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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧
(…ネバーランドか…)
 私には縁の無い場所だったな、とキースが心で呟いた地名。
 それを地名と呼ぶかはともかく、場所の名前には違いない。
 たとえ架空の場所であろうが、今は死の星になってしまった地球の上だと仮定されていようが。
 けれど、懐かしい地名ではある。
 その目で見たことは一度も無くても、まるで縁の無い場所であっても。
(……あらゆる意味で、私とは縁が無かったな……)
 ただの一つも接点が無い、とキースは深い溜息を零す。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の私室で、夜が更けた窓の外に目を遣って。
(…ピーターパンが飛んで来そうな空だ…)
 此処が地球なら、と想像せずにはいられない。
 もう側近のマツカも下がらせたから、何を思って夜空を見ようが、気付かれはしない。
 こういった時に、ふと零れがちな「心の中身」を拾われもしない。
 なんと言ってもマツカはミュウだし、いくらキースがガードしようと、完璧かどうか。
(日頃、あいつを便利に使っているからな…)
 声に出さずに指示をするなど、よくある話。
 むしろ、その方が多いとも言える。
 ミュウという種族の特性からして、「一度、接触した相手」の思考は読みやすいと聞く。
 キースの側から、一方的に命じるとはいえ、一方通行の思考だろうが…。
(接触には違いないのだし…)
 現にマツカは、キースの思惑以上に、機敏に動く。
 キースの心を読むまでもなく、意図することが「分かる」のだろう。
 つまりそれだけ、マツカにとって、「キースの思考」は読み取りやすい。
 正確に言えば、感じ取れるといったところか。
(……ピーターパンが飛んで来そうだ、などと考えていたならば……)
 いったいマツカは、どう思うだろう。
 熱でもあるかと心配するのか、違う方へと考えるのか。
(…どちらも、大いにありそうだ…)
 マツカが「ネバーランド」を知っていたなら、きっと後者になるだろう。
 とても意外だと驚きながらも、「キースも、読んでいたんですね」と、部屋に戻って微笑んで。


 そう、マツカならば、知っているかもしれない。
 ネバーランドが何処にあるかも、それが記された「ピーターパン」の本の中身も。
(…マツカが育った環境次第、ということになるか…)
 養父母が本を買い与えたとか、友達に借りて読んだとか。
 あるいは、本そのものに触れたことはなくても、内容を見聞きする可能性なら大いにある。
 マツカは育英都市で育って、大勢の同級生や友達、上級生やら下級生とも交流があった。
(…いじめられやすいタイプの子ではあったのだろうが…)
 引っ込み思案のマツカなのだし、そうしたことも無かったなどとは言い切れない。
 いくら機械が管理していても、いじめられたり、泣かされたりといったトラブルは起きる。
 もっとも、じきに機械が「それ」を察知し、教師たちが事態を収めに入る。
 それで駄目なら、加害者の子は…。
(教育ステーションで言う、いわゆる「コール」というヤツで…)
 ユニバーサル・コントロールの施設に呼ばれて、適切な「処置」を施される。
 機械が心の中を読み取り、記憶処理やら、「より良い導き」をするという仕組み。
 だから、大人の社会ほどには、マツカは「いじめられてはいなかった」だろう。
 国家騎士団でされているような、「能無し野郎」と嘲り、軽んじられるような仕打ちは。
(…そこそこ平和な子供時代で、ピーターパンも読んでいて…)
 マツカも、時には夜空を見上げて、ピーターパンの迎えを待っただろうか。
 多分、シロエが「そうだった」ように、今か、今かと待ち焦がれて。


 マツカも遠い日、故郷の星で、待ったかもしれない、ピーターパン。
 「行きたいな」とネバーランドに憧れ、夢見たことも…。
(まるで無いとは言えないな…)
 私の場合は、その機会さえも「無かった」のだが、とキースの思考が最初へと戻る。
 本当に、もう文字通りに「機会」は無かった。
 ピーターパンが迎えに来てくれる「子供時代」など、キースには「無かった」のだから。
(…私は機械に、水槽の中で育て上げられて…)
 子供時代を「知らずに」過ごした。
 キースを作る遺伝子データの「元になった」というミュウの女は、違ったのに。
(あの女は、まだ幼い内に…)
 水槽から外の世界に出されて、教育された。
 けれども、ミュウと判明したため、処分されると決まった所を、ソルジャー・ブルーが…。
(攫って行った、と記録が残っているからな…)
 実験体を「幼い間に外に出す」のは、マイナスになる、と機械は考えた。
 それ以降に「作られた」者たちは全て、水槽からは「出されていない」。
 「キース」が外に出された頃より、もっと育った「サンプル」も、キースは知っている。
 自分の生まれも、何もかも「今」は承知だけれども、まだ、それを知らなかった頃。
(シロエが告げた、フロア001には、とうとう辿り着けないままで…)
 Eー1077を卒業し、後にして来た「キース」は、ごくごく「普通」に過ごしていた。
 メンバーズ・エリートのコース通りに軍人になって、新人を指導する教官もやった。
 自分が「何か」を知らないのだから、気楽だったと言えるだろう。
 人類の未来を憂えるにしても、他の仲間たちと同列なのだし、特段、頭を悩ませはしない。
 そんな日の中、手に取ったのが「ピーターパン」の本だった。
(…Eー1077を出てから、そうは経たない頃の話で…)
 配属された先の軍での、初めての休暇だっただろうか。
 街に出た時、入った書店で、そのタイトルを偶然、目にした。
(…シロエが持っていた本とは違って、装丁は大人向けだったが…)
 コレだ、と何処かで声がしたから、買って帰った。
 シロエを個室に匿った日に、パラパラと本を捲っていたから、じっくりと読んでみたかった。
 何処がシロエを惹き付けたのか、その辺りを知りたかったから。


(…シロエの本を読んだ時には、SD体制には似合わない本だ、と…)
 思った自分を覚えている。
 ピーターパンは「大人にならない」子供で、SD体制の根幹とは逆と言えるだろう。
 SD体制の時代においては、「大人になるのを拒否する」ことは、体制批判とされるから。
 それなのに、何故、今の時代も「ピーターパン」の本があるのか。
 不思議でたまらなかったけれども、蔵書になった本を読み返す内に、少し分かった。
 体制批判な部分はあっても、全体としては、とても夢のある物語。
 育英都市で情操教育に用いるのならば、役に立つ面も多そうだ。
(なるほどな、と納得したら…)
 ネバーランドという夢の国もまた、子供たちの心を育てそうではある。
 「いつか行きたいな」と夢を見るのは、悪いこととは言い切れない。
 そうした「夢」は力になるから、成長のためのエネルギーになる。
(…あくまで適度に用いれば、だがな…)
 それが過ぎると「シロエ」のようになるわけだ、と苦笑する。
 シロエが「そうなってしまった」理由の全てが、「ピーターパン」の本ではないだろうけれど。
(…しかし、シロエは…)
 Eー1077から逃亡した時、何処を目指して飛んでいたのか。
 誰もが夢見る地球か、それともネバーランドか。
 永遠の謎になってしまったけれども、きっと、シロエは…。
(…ネバーランドに迎え入れられて、機械の支配から自由になって…)
 大空を飛んでいるのだろう。
 ピーターパンやティンカーベルと並んで、何処までも、ずっと。


 夜空に「ピーターパンが飛んでいそう」な時には、シロエの姿も見える気がする。
 子供時代のシロエは知らないけれども、幼い姿で飛んでいるのか、育った姿のままなのか。
(…シロエなら、ステーション時代の姿でも…)
 ネバーランドの住人になって、広い空を飛んでゆけそうに思う。
 「キース」と違って、幼い頃から、ピーターパンの世界に触れていたから。
 迎えが来そうな子供時代を、育英都市で過ごしたから。
(…水槽の中で育ったのでは…)
 ピーターパンなど来るわけもなくて、「ピーターパンの本」の知識も得なかった。
 機械が「不要」と判断したのか、タイトルさえも「習ってはいない」。
(その上、シロエが持っていた本を目にしても…)
 知らない本だ、と思っただけで、「何故、知らないのか」も深く考えはしなかった。
 「故郷の記憶も、養父母のことも、すっかり忘れてしまったからな」と片付けた。
 まさか、それらが「無かった」などとは、夢にも思わないままで。
(…子供向けの本のようだし、覚えていないのも当然だ、と…)
 自分で勝手に答えを出して、遥か後まで「知らないまま」。
 シロエが命懸けで暴いた「キースの生まれ」も、フロア001でシロエが見て来たモノも。
(…そんな私が、軽い気持ちで買って来た本…)
 ピーターパンの本は「大人向け」だったのに、「本物」が目の前に現れた。
 シロエが最後まで持っていた本、あちこち焼け焦げた「子供向け」の表紙の本が。
(…あの本をシロエに返しに行った日、フロア001を初めて見たというのがな…)
 何も知らずに生きていたとは、と情けないけれど、仕方ない。
 機械が「そのように」仕組んだのなら、そのようにしか「生きてゆけない」。
(……ピーターパンの迎えも来ない育ちで、これから先も……)
 ネバーランドとは無縁のようだ、と苦い笑いを浮かべながらも、窓を見ずにはいられない。
 「ピーターパンが飛んで来そうな空だ」と、其処に「飛んでゆくシロエ」を探して。
 「今は自由に飛んでいるな」と、呼び掛けたくて。
 シロエなら、きっと、ネバーランドへも、青い地球へも行っただろう。
 今は何処にも「無い筈」の星、母なる水の星の澄んだ空へも、ピーターパンと、きっと…。



           縁の無い場所・了


※いい子の所には、ピーターパンが迎えに来るわけですけど、子供時代が無いのがキース。
 「ネバーランドとも、無縁だよね」と思った所から生まれたお話。






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(パパとママは、ぼくのことを…)
 どのくらい覚えているのかな、とシロエはフウと溜息を零す。
 Eー1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
 此処に来てから、何度、考えたことだろう。
 今も会いたくてたまらない、懐かしい故郷で暮らす両親のことを。
(ぼくたち、子供の場合だったら、みんな、成人検査を受けて…)
 子供時代の記憶を消されるけれども、養父母の場合はどうなるのか、と。
 自分たちが育てた子供の記憶を、消去されるか、残ったままか。
(消すにしたって、ぼくみたいに…)
 顔までおぼろになってしまっては、養父母としての役目に支障が出そうではある。
 幼い子供は、感情を言葉で上手く表せはしない。
 赤ん坊だったら、なおのことだし、その頃に見せた様々な顔を忘れたならば…。
(次の子供を育てていく時、前の知識を生かせないから…)
 きっと駄目だと思うんだよね、という気がする。
 養父母を教育するステーションでも、色々、教えはするだろうけれど、経験は違う。
 自分がその目で確かめたことは、「教えられたこと」よりも、遥かに強い。
(人は経験を重ねて、覚えていくものなんだし…)
 養父母としての子育て経験、それは貴重な知識になるから、絶対に、持っておく方がいい。
 機械に消されて「忘れ去ったら」、また最初からの「やり直し」になる。
 それでは効率が悪すぎるから、機械は「残しておく」のだと思う。
 彼らが「子育てで得た、子供の成長に関する記憶」は、消しはしないで。
(…パパとママも、ぼくを育ててたことも、ぼくの姿も…)
 残さず覚えているといいな、と心から思う。
 必要な箇所だけ残すのではなくて、そっくりそのまま、手を加えないで。
(…自然に忘れてしまう部分は、どうしようもないと思うけど…)
 それも人間には、よくあるんだし、と苦笑する。
 自分自身を振り返ってみても、機械の仕業とは明かに違う「忘却」はある。
 大きな出来事は覚えていたって、些細なことまで漏らさず覚えてはいないから。
(昨日のランチは思い出せても、三日前とかは…)
 どうだったかな、と記憶を手繰る羽目になるのは、けして珍しいことではない。
 「シロエが、その日に何を食べたか」など、機械は「どうでもいい」から、消さない。
 なのに「忘れてしまう」というのは、人間には、ありがちな現象の一つ。
 両親にしても、そうした部分はあるだろう。
 「シロエ」を育てた日々の全てを、丸ごと記憶しておくことなど、人間の脳では無理だから。


 そうした小さなことを除けば、両親は、覚えていそうではある。
 「シロエ」と名付けた子を育て上げるまでの、様々なことを。
 次の子供を育ててゆくのか、養父母の役目を終えてしまったかは、分からないけれど。
(…パパとママの年からすれば、次の子供を育てるのは…)
 難しいかな、と思いはしても、どうなったのかは全くの謎。
 育てるかどうか、決断するのは両親なのだし、もしかしたら子育て中かもしれない。
(パパもママも、優しかったから…)
 養父母としては、優秀な部類に入っていそう。
 たとえ年齢が少し高めでも、機械の方から「育ててみないか」と打診が来るだろう。
 体力的な面などはサポートするから、もう一人くらい、と。
(…いいけどね…)
 少し寂しい気はするけれども、「シロエ」を忘れていないのならば、我慢は出来る。
 両親が「シロエ」のことを忘れず、次の子供を育ててゆく時、経験を活かしてくれるなら。
(…昔だったら、そうなれば、ぼくは、お兄ちゃん、っていうヤツで…)
 SD体制が始まる前の時代には、「お兄ちゃん」は損なものだったらしい。
 「お姉ちゃん」にしても其処は同じで、弟や妹に「両親」を、すっかり盗られてしまう。
 愛情も時間も、何もかも、そっくり持ってゆかれて、貧乏クジ。
 弟や妹が生まれる前には、とても楽しみに待っていたのに、蓋を開ければ、そういう結末。
(家族で出掛けて、道でウッカリ転んでも…)
 両親は「大丈夫?」と心配してはくれても、腕に抱いている赤ん坊を離しはしない。
 その赤ん坊が泣き出したならば、当然、そちらの方が優先。
 転んで大泣きしている方は、大きな怪我でもしていない限り、もう間違いなく後回し。
(膝を擦り剥いたとか、その程度なら…)
 我慢しなさい、と絆創膏をペタリと貼られて、それでおしまい。
 弟や妹が来る前だったら、もっと心配して貰えたのに。
 「痛いよ!」とワンワン泣いていたなら、お菓子だって買って貰えそうなのに。
(…ずっと昔でも、そうだったんだし、ぼくのことがお留守になってしまっていても…)
 仕方ないよね、と諦めはつくし、構わない。
 両親が「シロエ」を思い出す日が、どんどん間遠になっていっても。
 「そういえば、シロエはどうしてるかな?」と、たまにしか気にしてくれなくても。


(…それは自然なことなんだしね?)
 機械のせいとは言い切れないし、と分別はつく。
 両親が「新しく迎えた子供」を溺愛しようが、シロエを忘れ去っていようが、気にしない。
 記憶を消されたわけではないなら、「お兄ちゃん」の心で耐えられる。
 そういう「お兄ちゃん」を育て上げた経験を、両親が、子育てに役立ててくれるのならば。
(お兄ちゃんって、そういうものなんだから…)
 我慢、我慢、と自分自身に言い聞かせていて、ハタと気付いた。
 その「お兄ちゃん」を育てた経験、それが「素晴らしいものだった」とは限らない。
 養父母の役目は、システムにとって「都合のいい子」を育てること。
 システムに疑問を抱きはしないで、素直に従い、機械の言うままに動くことが出来る人間を。
(…もしかして、ぼくを育てたことは…)
 両親にとってはプラスではなく、失点になっているのだろうか。
 「セキ・レイ・シロエ」は成績優秀だけれど、システムに対して忠実ではない。
 むしろ反抗的な子供で、今も逆らい続けている。
 ありとあらゆる場面において、機械に文句を言い続けて。
(…エネルゲイアで暮らしてた頃も、生意気な子供だったけど…)
 クラスメイトを小馬鹿にしていて、ろくに友達もいなかったことは間違いない。
 けれども、それは「周りの子供が馬鹿だった」のだし、仕方ないだろう。
 頭脳のレベルが違い過ぎたら、関心が向くものも違うし、友達など出来るわけもない。
(…その辺のことは、機械にだって分かるだろうし…)
 子供時代の「シロエ」については、マイナスの評価は無かったと思う。
 もし、マイナスな面があったら、指導が入っていただろう。
 教師に呼ばれて説教だとか、両親に「友達を作るように」と諭されるとか。
(だけど、そういう経験は無いし、無かったし…)
 無かった筈だ、と記憶している。
 機械が記憶を消していたって、何度も呼ばれる「問題児」だったら、記憶に残る。
 「今後は、心を改めるように」と、成人検査を受けた後には、心を入れ替えてゆくように。
(でも、それは無くて、ぼくが問題児になったのは…)
 このステーションに来てからなんだ、と自分でも分かる。
 「セキ・レイ・シロエ」が「失敗作」になってしまったのは、成人検査を受けた後。
 今の「シロエ」は、明らかに「失敗作の子供」で、それを育てた両親の方も…。
(子育てに失敗しましたね、って…)
 失点がついて、指導が入ってしまったろうか。
 次の子供を育ててゆくなら、そうなったということも有り得る。
 「失敗作のシロエ」を育て上げたのなら、教育方針が「良くなかった」と機械に判断されて。


(…そうなったのかな…?)
 ぼくには分からないけれど、と肩をブルッと震わせる。
 両親は「優秀な養父母だから」と、次の子育てを打診されるどころか、逆かもしれない。
 自分たちの方から「次の子供を育てたい」と願い出たなら、渋られるとか。
(…ああいう子供は困るんですよ、って…)
 ユニバーサルの担当の者に言われて、申請を却下されただろうか。
 それとも、無事に「新しい子供」を迎えられても、厳重に注意されるとか。
 次の子供は、「シロエ」のようには、ならないように。
 システムに従順な「良い子」に育って、社会に役立つ立派な人材になるように。
(…再教育、ってことはないだろうけど…)
 「シロエ」を育て上げる過程で、何処に問題があったものかは、詳細に調査されてしまいそう。
 同じ失敗を繰り返さないよう、ユニバーサルに残る記録を、片っ端から洗い出して。
(…ピーターパンの本を読ませたのが、良くなかったとか…?)
 確かに、ぼくの原点はそれ、とゾクリと背筋が冷たく冷えた。
 このステーションまで持って来られた、何よりも大切な宝物の本。
 それが「問題作」の本だなどとは思っていないし、普通に売られている本だけれど…。
(ぼくにとっては、問題作…?)
 ある種の感性を持った子供には、有害な内容だっただろうか。
 夢を見がちになってしまって、子供時代の記憶にこだわる人間になって。
(…まさか、まさかね…)
 この本がマイナスだったなんて、と恐ろしいけれど、それが正解なのかもしれない。
 ピーターパンの本に出会って、ネバーランドに憧れ始めて、其処で全てが狂ったろうか。
 システムが望む道を外れて、今の「シロエ」が作られていって。
(…だけど、そうだったとしても…)
 両親を恨む気持ちなどは無いし、この本も、ずっと離しはしない。
 これこそが「シロエ」の原点だから。
 この本が「シロエ」を生み出したのなら、それで少しも構いはしない。
 機械の言うなりに生きるよりかは、今の生き方がいいと思うから。
 システムに組み込まれて生きる道より、遥かに自由に生きられるから。
 両親にとっては「失敗作」の子育てになって、失点がついていませんようにと祈るけれども…。



              育てる過程で・了


※シロエを育てた両親の「子育て」は失敗だったのかも、と恐ろしくなってしまったシロエ。
 ピーターパンの本さえ読ませなかったら、システムに反抗的な「シロエ」は出来なかったかも。






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「先輩らしくないですよね」
 ハハッ、と笑う声が聞こえたような気がした。
 遠く遥かな時の彼方の、もう戻れない遠い過去から。
 キースを「先輩」と呼んだシロエは、もういないのに。
(…私らしくない、か…)
 シロエなら、そう評するだろうな、とキースは苦い笑みを浮かべる。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の私室で、ただ一人きりで。
 とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせたから、此処にはキースだけしかいない。
 だから「苦い笑み」を湛えるけれども、普段だったら「それさえもしない」。
 かつてシロエが「お人形さんだ」と言った通りに、ずっと「そのように」生きて来た。
 表情も感情も全て押し殺して、機械仕掛けの人形のように、無感動に見える人生を。
(…しかし、シロエは…)
 全て見抜いて、「全て、お見通しで」今だって「側にいる」のだろう。
 シロエが存在している世界が「違っている」から、キースの目には「見えない」だけで。
(…きっと、そうだな…)
 そうなのだろう、とキースが実感していることさえ、シロエなら笑うに違いない。
 「先輩らしくないですよね」と、それは可笑しそうに、楽しげな顔で。
(…だが、私には、その生き方しか…)
 出来ないのだ、とコーヒーを喉に落とし込む。
 まだ少し温かい「それ」を淹れたマツカが「側近」なことも、シロエなら笑い転げるだろう。
 「何故、先輩の側近なんです?」と、「先輩らしくないですよね」と。
(…まあ、そうだろうな…)
 私らしくなどないことだしな、と自分でも思う。
 何故なら、マツカは人類ではなくて、抹殺すべき「ミュウ」なのだから。
 国家騎士団総司令として、何度命じたことだろう。
 「ミュウを殺せ」と、「一匹たりとも生かしておくな」と厳しい口調で言い放って。
(そう言っておいて、その一方で…)
 側に控えたマツカに向かって、「コーヒーを頼む」と平然と告げているのが「キース」。
 そのコーヒーを「淹れて来る」のは、ミュウなのに。
 マツカがコーヒーを淹れる間に、何人ものミュウが消され、殺されてゆくというのに。
 なんとも矛盾しているけれども、これが「キース」の生き方だから仕方ない。
 心の内側と、外に見せる顔が、まるで全く異なっていても。
 今も側にいるらしい「シロエ」が笑って、「先輩らしくないですよね」と評しても。


 そう、そのように生きて来た。
 自分でもすっかり慣れてしまって、奇妙だとさえ思わない。
 周りが見ている「キース」は機械のように冷徹な上に、血も涙も無いと言われるほど。
 そう「演じる」のが常になっていて、「本当は違う」ことを知る者の数は少ない。
(…サムとマツカと…)
 生きてはいないが、シロエだけだな、と浮かべる苦笑も、誰一人として「見ない」だろう。
 外で感情など見せはしないし、表情を変えることさえも無い。
 どれほど腹を立てていようが、怒りでさえも押し殺す。
 もっとも、「怒り」の表情の方は、見せる場面も幾らかはある。
 人間は「叱り付けられる」ことで、ようやく自分のミスに気付きもするから、怒りは見せる。
 「これくらいのことも分からないのか!」と、拳で机を叩きもする。
 けれども、個人的な「怒り」は、押し殺すのが「キース」の生き方だった。
 システムに反感を抱いていても、ずっと怒りを見せることなく、今日まで生きて来たほどに。
 どんなに理不尽と思えることでも、そうは言わずに従い、実行し続けて来た。
 「ミュウは殺せ」という指示にしても、「マツカ」以外のミュウに対しては忠実に守る。
 どう考えても、それは「正しくない」のだけれども、グランド・マザーに逆らわずに。
(…そちらの私が、シロエの言う「先輩らしい」私で…)
 さっき笑われた方の私が、「本物の私」だというのがな、と自分でも可笑しくなって来る。
 「どうして、私はこうなのだろう」と。
 自分らしく生きることも出来ずに、「違う自分」を演じ続けて生きるのだろう、と思いもする。
 それさえも「表に出しはしないで」、この先も生きてゆくのだろう。
 「らしくない」ことを何かする度、シロエに「らしくないですね」と笑われて。
 時の彼方で笑うシロエの、楽しげな声を聞き続けて。
(…サムの見舞いに行っただけでも、この有様で…)
 シロエに笑われてしまうのがな、と情けなくても、「本当の自分」を出せる日は来ない。
 「キース」が本当に「自分らしく」生きてしまったならば、人類の未来は「無くなる」だろう。
 自らの心に従って生きて、システムに異を唱えたならば。
(…グランド・マザーが、それを許すかどうか…)
 恐らく、その前に「消される」だろう、という気がするから、今は「慎重に」振舞っている。
 「本当の心」を全て押し殺して、機械の申し子「キース・アニアン」として。


(…しかし、そうやって生きる私を…)
 シロエが笑って評するのだ、とコーヒーのカップを傾ける。
 さっきも聞こえた「先輩らしくないですよね」という、あの笑い声を何度、耳にしたろう。
 シロエは、いつも、そうやって笑う。
 「キース」の正体を知っているから、シロエは今も笑い続ける。
 「先輩らしくないですよね」と、「キースらしからぬ」ことをする度、さも可笑しそうに。
(…私の生まれも、生き方も、全て承知しているからこその…)
 シロエの笑い声だけれども、あれをいつまで聞くことだろう。
 自分の心に素直に従い、密かに何か行動した日は、シロエが笑う。
 「キースらしくない」振舞いをした、と鬼の首でも取ったかのように、得意げな顔で。
(…私がサムの見舞いに行くのが、そんなに楽しくて面白いのか?)
 確かに見ものではあるだろうがな、という自覚ならある。
 サムの病院へ見舞いに行くのは、決して義務でも任務でも無い。
 激務が続く日々の合間に、ほんの少しでも「余暇」が出来たら、出掛けてゆく。
 ノアにいる時の「空いた時間」は、殆どをサムの見舞いに費やしていると言ってもいい。
 余暇など滅多に出来はしないし、今日のように夜が更けるまで「自分の時間」などは無い。
(…なのに、貴重な余暇を使って…)
 サムの見舞いに出掛ける「キース」は、どう見ても「らしくない」だろう。
 現に部下たちは「仕事の一つ」だと勘違いしている部分がある。
 サムは「ジルベスター・セブン」周辺で起きた、ミュウによる事故の被害者の一人。
 そのサムが「ステーション時代の友人だった」という偶然を、役に立てたいのだろう、と。
(…サムの友人だった私なら、他の者には聞き出せないような情報を…)
 サムから引き出せるかもしれないからな、とキースは肩を竦めて小さな笑いを零す。
 そう、この「笑い」も、聞いた者など「いはしない」。
 キースが自分の心のままに、感情を表した笑い声など、知る者はいない。
(…そしてシロエが、また笑うのだ…)
 こうやって笑う私のことを、と情けなくても、そのようにしか「生きてゆけない」。
 「キース」は「機械に作られた者」で、「人類を導いてゆくべき者」。
 システムに忠実に生きて生き続けて、人類の未来に奉仕してゆくより他はない。
 「人類に、果たして未来はあるのか」と、疑問が心に山積みでも。
 この先、歴史が味方するのは「ミュウの方では」という気がして来ていても。


 そんな思いを押し殺しながら生きる「キース」を、シロエは今日も評して笑う。
 「先輩らしくないですよね」と、キースが自らの心に従い、正直に動き、振舞う度に。
(…お前こそが、知っているくせに…)
 どちらが「私らしいのか」をな、と言い返したい気分だけれども、まだ「しない」。
 言い返せる日が来るかどうかも、まだ「分からない」。
(これが本当の私なのだ、とシロエに向かって叫べる時が来るとしたなら…)
 その時は「キース」の命が消える時かもしれない。
 グランド・マザーに逆らった末に、命を奪われ、死んでゆく時、初めて言えるのかもしれない。
 「らしくなくても、これが私だ」と、誇らしげに。
 「お前に散々、笑われてきたが、これで文句は無いだろうが」と。
(…きっと、そうだな…)
 今のように「自分を殺し続けて」生きる間は、シロエは笑い続けるのだろう。
 「先輩らしくないですよね」と、楽しげに、とても可笑しそうに。
 「どちらが本当のキースなのか」を、誰よりも「知っている」くせに。
 「シロエを殺した」その瞬間から、ずっと後悔の淵に沈んで、浮かび上がれずにいることも。
(…何もかも、全て知っているから…)
 シロエは笑い続けるのだ、と苦いコーヒーを一息に喉に流し込む。
 まだまだ、シロエは笑うだろうし、言い返すことも出来ないだろう。
 心のままに振舞える時は、来る気配さえも見えないから。
 もしかしたなら、そう出来る時は訪れないまま、終わりを迎えるのだろうか。
 機械に、システムに縛り付けられ、人形のように生き続けて。
 「先輩らしくないですよね」とシロエに評され続けて、ついに一度も言い返せないままで。
 恐ろしい予感を覚えるけれども、こうして「恐れを抱く」キースも、きっとシロエなら笑う。
 「先輩らしくないですよね」と、いつもの声で。
 「怖がるだなんて、そんな気持ちは、先輩は持っていないでしょう?」と。
 機械の申し子の方の「キース」に、それは確かにありはしないし、あるわけもない。
 本当の「キース」は違うのに。
 機械に縛られて生きるしかなくて、そういう未来に恐ろしささえも覚えるのに…。



            彼方からの声・了


※マツカや、今のサムに対する時のキースを、シロエなら、どう評するかな、と思ったわけで。
 そこから生まれて来たお話です。シロエの評価は、きっとこんな風。真実を知っているだけに。






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(…ピーターパン…)
 こんな所までは来てくれないよね、とシロエの瞳から涙が落ちた。
 たった一粒だけだけれども、その一粒の意味は重すぎる。
 今日の昼間に、マザー・イライザからコールを受けた。
 「お眠りなさい」と深く眠らされ、起きた時には、少しだけ心が軽かった。
 此処での暮らしに鬱々としたり、苛立ったりといった気分がふわりと和らいでいて。
 これが普通の生徒だったら、それだけで喜ぶことだろう。
 「流石はマザー!」と、「マザー・イライザは分かってくれているよね」と大感激で。
(…そりゃそうさ…)
 どうして心が軽くなったか、まるで分かっていないのならね、とシロエは唇を噛み締める。
 「コールで気持ちが楽になる」のは、「苦しい」と思う原因、それを取り除かれたから。
 その「原因」に纏わる記憶を消したり、書き換えられたりして。
(どうせ、喜ぶようなヤツらは…)
 消されたくない記憶なんかは、持ち合わせてはいないんだから、と忌々しくて堪らない。
 彼らの中身は上っ面だけ、その下は皆が判で押したように「同じもの」。
 SD体制と機械に「都合のいいように」出来た、いわゆる優等生ばかり。
 エリートを育てる最高学府、Eー1077に相応しい者が揃っている。
 だから彼らは「困りはしない」。
 マザー・イライザのコールで呼ばれて、何らかの「記憶」を失くしても。
 すっかり書き換えられていたって、気付くことさえ無いだろう。
 何故なら、「消された後」が「あるべき姿」だから。
 メンバーズ・エリートを目指してゆく者、エリート候補生は「こうあるべき」という理想。
(…失くしかけてた自信が戻って、勉学にだって励めるってね…)
 馬鹿々々しい、と舌打ちするしかないのだけれども、シロエも「それ」に逆らえはしない。
 コールされる度、「このステーションに相応しい」モノに「修正されてゆく」。
 大切な故郷や両親の記憶、それを少しずつ消されていって。
 後から「あれっ」と気付く時まで、それを「失くした」ことにさえ…。
(自分じゃ、絶対、気付かないんだ…)
 今日は何を消されたんだろう、と考えるだけで怖くなる。
 思い出そうとする時が来るまで、「消された」何かに、けして気付きはしないのだから。
 一粒だけ落ちた涙の中には、その苦しみが詰まっていた。
 それに悲しみ、どうにも出来ない牢獄にいるという焦燥感や辛さまでもが。


 もう住所さえも思い出せない、懐かしい故郷の家にいた頃、いつだって空に憧れていた。
 いつか空から、「ピーターパン」が迎えにやって来る筈だから、と。
 来てくれたならば、ピーターパンやティンカーベルと一緒に空へ舞い上がる。
 子供のためにある夢の国へと、ネバーランドを目指して旅立つ。
(…いつ来てくれてもいいように…)
 幼かったシロエは、準備万端、整えて迎えを待っていた。
 今日か明日かと、明後日には、きっとピーターパンが、と「ピーターパン」の本と一緒に。
 けれど、迎えはついに来なくて、シロエは「ステーション」にいる。
 漆黒の宇宙に浮かぶ「此処」まで、ピーターパンは来られないだろう。
 いくらピーターパンが空を飛べても、真空の宇宙を飛べるかどうかは全くの謎。
 エネルゲイアの家にいた時、迎えにやって来てくれていたら、きっと其処までの道中は…。
(宇宙船にコッソリ乗って来るとか、そんな方法だったかも…)
 子供の頃には、想像さえもしなかったけど、と可笑しくなる。
 それとも、ピーターパンの場合は、「まるで関係無い」のだろうか。
 迎えにゆく子が何処にいようが、何光年、何億光年と離れた彼方だろうが。
(…どっちかと言えば、そっちかな…?)
 そうなのかも、と心がほどけてゆくのが分かる。
 ついさっきまでは、涙が一粒落ちたくらいに辛かったけれど、今では軽い。
 マザー・イライザのコールと違って、何をされたというわけでもないのに、ふうわりと。
(…ピーターパンのお蔭だよね…)
 此処では無理でも、いつか迎えに来てくれるよね、とシロエは今でも「待ち続けている」。
 きっといつかは、ピーターパンが夜空を駆けて来てくれるのだと、固く信じて。
 それを疑わずに信じていたなら、「きっと、いつか」と子供の心を忘れないよう保ち続けて。
(ネバーランドに行きたいな、って思う気持ちを忘れなければ…)
 本当にいつか、きっと行けるよ、とシロエは、けして「疑いはしない」。
 もしも一瞬でも「疑った」ならば、ネバーランドに行ける資格を失うだろう。
 それを「疑う」気持ちが何処からか生まれて来たなら、「大人になった証」になる。
 大人になったら、ピーターパンはもう、来てはくれない。
 ピーターパンが迎えに来るのは、ネバーランドまで飛んでゆける「子供」だけなのだから。


(…いつまで待てばいいのかな、って考えるのも、きっと良くなくて…)
 ただ「待つ」のが、きっと一番なんだ、と信じ続けて今日まで来た。
 こんな牢獄に放り込まれて、夜の個室で一人きりで泣くしか出来ない今も。
 ピーターパンは、いつ来てくれるだろう。
 やはり「地球」まで行かないと駄目で、国家主席の座に就くまでは、来ないだろうか。
 この体制のトップの座にまで昇って、機械に「止まれ」と命じるまで。
 「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻す日まで。
(そしたら、ぼくの記憶も戻って、パパやママにも会いに帰れて…)
 故郷の家で夜に寛いでいたら、窓が「ひとりでに」開くかもしれない。
 高層ビルの上層階にいるというのに、ベランダに人が降り立って。
 夢見た通りの「ピーターパン」が、ティンカーベルと一緒に「シロエ」を迎えに来て。
(…迎えに来たよ、って言ってくれたら、もう直ぐにだって…)
 迷わず空へと飛び立つだろう。
 両親が自分たちの部屋で眠っている間に、冒険の旅に出掛けるために。
 朝には戻って来られるだろうし、それまではネバーランドで過ごす。
 「そうか、こういう場所だったんだ!」と大感激して、「大人」のくせにはしゃぎ回って。
 海賊船の上を飛んだり、海岸で波と戯れる内に、きっと子供になっている。
 姿まですっかり、幼かった日に戻っていて。
 着て来た「国家主席の衣装」が、もうぶかぶかになってしまって。
(そうなっちゃったら、そんな服は脱いで捨てちゃって…)
 木の葉を何枚も縫い合わせていって、素敵な服を作ろうか。
 それともピーターパンに頼んで、服を探して来て貰うだとか。
(海賊船から貰って来たよ、って…)
 ずだ袋に穴を開けてあるだけの衣装、そんな服でも気にしない。
 むしろ愉快で楽しいくらいで、朝が来るまで、その格好で遊び続けることだろう。
 ピーターパンに「もう帰らないと」と言われるまで。
 「送って行くよ」と「国家主席の服」を返され、まだぶかぶかの上着に袖を通すまで。


 きっといつかは、そういう未来がやって来る。
 こうして「信じて」待っていたなら、ピーターパンは来るに違いない。
 エネルゲイアの家でなくても、地球でも、首都惑星のノアでも、もしかしたなら…。
(このステーションだって、ピーターパンなら…)
 来てくれるかもしれないものね、と「信じる心」を忘れはしない。
 マザー・イライザにコールされても、それで記憶を何か失くしても、この心だけは手放さない。
 今日まで守って来られたのだし、マザー・イライザでも、地球にあるグランド・マザーでも…。
(忘れさせることなんか、出来やしないんだから!)
 そのために、この本を持ってるんだ、とシロエは「ピーターパン」の本を抱き締める。
 たった一つだけ持って来られた、子供時代の宝物。
 これを大事に持っている限り、「シロエ」は「忘れない」だろう。
 「ピーターパンが来ると信じる心」も、「子供の心を、けして失わない」ことも。
(そうやって待って、待ち続けてたら…)
 きっと迎えに来るんだよね、と心の中で繰り返す内に、不意に浮かんで来た考え。
 「本当に、待っていればいいの?」と、自分自身に尋ねられた。
 「そうやって、じっと待つだけなの?」と、「自分から、出て行きはしないの?」と。
(……えっ?……)
 そんなの、考えたことも無かった、とシロエの瞳が丸くなる。
 この考えは、どう考えても「大人になった」せいで出て来たものではないだろう。
 何故なら、子供の声だったから。
 今のシロエより、もっと幼い「シロエ」が、「シロエ」に問い掛けた声。
 「本当に、待っていればいいの?」と、「待つだけなの?」と。
(…待っていないなら、どうすれば……?)
 どうしろって、と訊き返すまでもなく、答えは「幼いシロエ」が、とうに声にしていた。
 「自分から、出て行きはしないの?」と、まだ幼くてあどけない声で。
(……自分から……)
 そうしていたら、と故郷の家にあった景色を思い出す。
 高い高いビルの上の方にいて、窓の向こうは「空だった」。
 地面より、空が近かったほどで、いつも厳しく言われていた。
 「ベランダに出るなら、気を付けるのよ」と、「落ちないように」と、しつこいほどに。


(…そう言われたから、ぼくはいつでも…)
 ベランダの手すりに近付かないよう、いつだって距離を取っていた。
 星や景色をよく眺めようと思った時には、手すりをしっかり掴んでいたか、座っていた。
 けれど、そういう距離を取らずに、心の赴くままに、気ままに、其処で過ごしていたならば…。
(うっかり空へと放り出されて、落ちてゆくのも、やっぱり空で…)
 その空の中へ飛び出していたら、迎えがやって来たのだろうか。
 たとえ昼間の青い空でも、「よく来たね!」とピーターパンが飛んで来て。
(…まさかね…)
 いくら何でもそんなことは…、とシロエはクスッと笑うけれども、彼は知らない。
 まだ幼い日に、その青空から「ピーターパンが飛んで来た」ことを。
 「一緒に行こう」と差し出された手を拒んで、家に残ったことを。
 あの時、その手を取っていたなら、シロエは今頃、きっと幸せだったろう。
 故郷の家には帰れなくても、記憶は全て「持っている」から。
 白い宇宙船の中だけが「シロエの世界」だったとしたって、両親の顔を思い出せるから…。



           待っていないで・了


※シロエが最期に見た「ピーターパン」は、ジョミーだったのか、違ったのか。
 アニテラでは描かれていなかったので謎ですけれど、シロエの所に迎えが来たのは事実。







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(後悔、か……)
 キースの頭に、ふと浮かんで来た、その言葉。
 さっきマツカが置いて行ったコーヒー、それを一口飲んだ所で。
 何処からか、不意に涌いた言葉は、あまりにも「キース」に似合ってはいない。
(私は、後悔などはしないと…)
 誰もが思っているだろうな、とコーヒーを喉へ落とし込む。
 つい数日前、初の軍人出身の元老として、パルテノン入りというのを果たした。
 国家主席が不在の今は、元老たちが実質上のトップとなる。
 年功序列の不文律めいたものはあっても、「キース」は恐らく、それを超えるだろう。
(なんと言っても、グランド・マザーが目を掛けていて…)
 パルテノン入りの件についても、異論を挟ませはしなかった。
 そのため、不満を抱いた者も多くて、暗殺計画が何度も立案されては、実行された。
 しかし「キース」は殺されはせずに、とうとう此処まで昇り詰めて来た。
 この先は、もう暗殺を企てる者も無くなるだろう。
 国家騎士団元帥までなら、ドサクサ紛れに殺せはしても、元老となればそうはゆかない。
 警護の者も増やされるのだし、簡単に「消す」ことは出来ない。
(…そして私は、これから先も…)
 順調に足場を固めて行って、国家主席になるのだろう。
 これまでの例とは比較にならない、破格の若さで抜擢されて。
(…誰から見ても、後悔などとは、まるで無縁で…)
 順風満帆の人生だけども、「そうではない」ことは、キースが誰よりも承知している。
 普段は「忘れる」ように心掛けていて、そのための訓練も受けているから、後悔はしない。
 任務の最中に迂闊に後悔しようものなら、失敗に終わるのは目に見えている。
(メンバーズならば、誰もが同じで…)
 まして「機械の申し子」となれば、それ以上だと思われていることだろう。
 訓練以前に、後悔自体が「全く存在しない」生き方と思考。
 全ては冷徹な計算された行動ばかりで、想定外のことが起きても、直ちに計算をやり直す。
 行動自体を組み替えたならば、自ずと過程も結果も変わる。
 始める前なら「作戦失敗」と見做していた筈の事態だろうと、成功に変えて作戦は終わる。
(まさに、そうやって生きては来たが…)
 それと後悔とは別物なのだ、と改めて思う。
 マツカが淹れて去ったコーヒー、まだ熱いそれを傾けながら。


 もう夜更けだから、マツカは来ない。
 「今日は、もういい」と下がらせておいた。
 他の部下たちも来はしないから、自分一人の思考の淵に沈んでいようと、問題は無い。
 「キース」が何を考えようが、似つかわしくない「後悔」の数を振り返っては溜息だろうが。
(…実際、後悔ばかりなのだ、と…)
 言って言えないこともないな、と深い溜息が零れてしまう。
 そもそも人生の「最初」からして、そうだった。
 もっとも「キース」に責任は無くて、責任が誰かにあるとしたなら、機械なのだけれど。
(どうして私を作ったのだ…)
 マザー・イライザ、とEー1077を統治していた、コンピューターを思い浮かべる。
 あのステーションも、マザー・イライザも、キース自身が破壊したけれど、過去は消えない。
 見た目の上では消えていたって、「キース」自身が忘れはしない。
 「あのような」生まれだったことなど、忘れられよう筈も無かった。
 どんなに「キース」が忘れたくても、この記憶は「消されない」だろう。
 SD体制を統べる巨大コンピューター、グランド・マザーが、そう仕向けるに違いない。
 「キース」が「無から作られた」ことは、機械にとっては最高の成果なのだから。
(私を作って、人類を導く存在として…)
 人間の世界に送り込むのが、グランド・マザーの目的だった。
 「優秀な者が出て来ないから」などと言ってはいても、本当かどうか分かりはしない。
 機械の意を酌み、命令せずとも自主的に動く、「理想の人間」を作ろうとしたかもしれない。
 養父母の代わりに機械が育てて、人間らしさを排除してゆけば、可能ではある。
 実際、「キース」は、そう「作られた」。
 思考する時、過去の経験に影響されずに、動くことが出来る「人間」として。
(マザー・イライザの、お人形さんだ、と…)
 シロエが嘲り笑った言葉は、間違っていない。
 「キース」は「そのように作られた」筈で、人間的な思考などは「一切しない」人形。
 感情があるように見えてはいても、それは「学習した」結果に過ぎない。
 サムやスウェナやシロエといった存在、それを配しておいたら、充分、「学べる」内容。
(…そうなる筈だったのだがな…)
 上手くはゆかなかったようだ、と自分自身でも、少し可笑しい。
 Eー1077を出るよりも前に、既に「キース」は後悔し始めていたのだから。


 マザー・イライザが良かれと思って、「選んだ」シロエが失敗だったのかもしれない。
 機械が想定した以上の「学び」を、「キース」は「シロエ」から得てしまった。
 「システムに疑問を抱く」ことやら、機械が統治する世界が「歪んでいる」現実などを。
(シロエが現れなかったとしても…)
 それらは「キース自身が気付いて」、自分で答えを出したとは思う。
 事実、シロエに出会う前から、不審に思っていた部分なら多い。
 けれど「シロエ」は、それらを全て「形にして見せて」、そうして散った。
 「本当に疑問に思うのだったら、こうすべきだ」と、機械に逆らい、練習艇で逃亡して。
(…あれが鮮烈すぎたのだ…)
 シロエの心が何処にあろうと、と今でも思う。
 あの時、シロエが正気だったか、そうでないかは、もう分からない。
 尋ねたくても、シロエは何処にも存在しない。
 そうなったのは「キース」が「手を下した」からで、機械が命じた通りに「やった」。
 マザー・イライザが「撃ちなさい」と告げた一言、それに従うよりは無かった。
 シロエが乗った練習艇を追った時点で、そうなるだろうと覚悟していた。
(…しかし、あそこで命令通りに…)
 撃墜したのは「キースの意志」で、指摘されたら否定出来ない。
 マザー・イライザは自ら「宇宙に出ては来られない」のだし、道は二通り在ったと言える。
 シロエの船を撃墜するか、撃墜するのに「失敗する」か。
(いくら「キース」が優秀とはいえ、どんな人間でも…)
 機械が作った人間だろうと、その肉体は「人間」以外の何物でもない。
 人間であれば、当然、ミスをすることもある。
 どれほど周到に準備し、訓練を積んでいようとも、不測の事態は何処にでもある。
(正確に狙って撃ったつもりが、微妙に狂っていたならば…)
 シロエの船は微塵に砕ける代わりに、弾き飛ばされたということも有り得る。
 片翼を掠めていったレーザー、その衝撃で予定のコースを外れて、遥か彼方へと。
(そうなっていたら、もう追えなくて…)
 見失うしかないだろう。
 下手に追い掛け、深追いしたら「キース」の機体の燃料が切れる。
 シロエの船を見失った上に、自分も帰還出来ないなどは言語道断、取るべき道は一つしか無い。
 「失敗しました」と連絡を入れて、Eー1077に帰還する。
 シロエの船は、損傷を負っているわけなのだし、いずれ酸素も切れるだろう、と判断して。


 そうする道を「選ばなかった」のは、「キース」自身のせいでしかない。
 もしも「シロエ」を逃がしていたなら、この後悔は無かっただろう。
 シロエの「その後」は分からなくても、「自分が殺した」わけではない。
 見逃した後に死ぬか生きるか、それは「シロエ」の運で責任、シロエ自身が自分で決める。
(…運が良ければ、モビー・ディックに拾われていて…)
 今頃はミュウの陣営にいて、好敵手になっていただろう。
 ジルベスター・セブンの件にしたって、「シロエ」がミュウの陣営にいれば、全て変わった。
 彼は「キース」が何者なのかを知っている上、キースと肩を並べたほどの者でもある。
(私を殺して、メギドを持ち出せないようにしていたか、あるいは私の中の後悔を…)
 引き摺り出して、上手くつついて、ミュウの側へと引き入れたろうか。
 ミュウの肩を持つスパイに仕立てて、人類の世界に戻しておいたら、どうなったろう。
 あの時点での「キース」は、自分の「生まれ」を知らないのだから、「シロエ」に分がある。
 「キース」に真実を突き付けたならば、後悔は一気に膨れ上がって、疑問も深まることだろう。
 機械が何を目論んでいるか、それをシロエに「教えられる」ことになるのだから。
(私は機械に無から作られて、機械に忠実に動くようにと計算されて…)
 この世に送り出されたという事実を知ったら、受ける衝撃は計り知れない。
 事実、シロエが遺した映像を目にしないままで、Eー1077の処分に出掛けていたならば…。
(マザー・イライザが何をやったか、予備知識無しで知ることになって…)
 流石の「キース」も、その場で床に崩れ落ちていたかもしれない。
 ほんの一瞬のことであっても、真実を受け止めきれなくて。
(直ぐに立ち上がって、ステーションごと処分したとしても…)
 見て来た「現実」は心から消えず、どれほど苦しむことになったか、容易に分かる。
 「私は何をやって来たのだ」と、「本物のヒトでもなかったくせに」と、後悔ばかりで。
(…一事が万事で、この先も、ずっと…)
 後悔の数は増えて、増え続けて、減る日など、きっと訪れはしない。
 ミュウとの戦いの行く末にしても、あるのは不安だけでしかない。
 「私は、本当に正しいのか」と自問してみては、ミュウに分がある実情を恐れ続けている。
 歴史がミュウに味方するなら、「キース」は破滅することだろう。
 「人類のために」機械が作った生命、そのような「モノ」に未来など無い。
(…私は後悔し続けた末に、この息が絶える瞬間までも…)
 後悔ばかりになるのだろうな、と虚しい気持ちしかしないけれども、仕方ない。
 きっと「キース」は、最期の瞬間、自分の人生に「後悔は無い」とは言えないだろう。
 心の底から満足し切って死ねるようには、生きられる筈も無さそうだから…。



              後悔の果てに・了


※アニテラの最終話で「全力で生きた者にも、後悔は無い」と言ったキースですけど。
 最初から全力で生きていたかな、と考えている内に出来たお話。後悔だらけの人生では…?










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