忍者ブログ

カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(E-1077…)
 此処での暮らしに何の意味が、とシロエの心に蟠る疑問。
 何もかも全部、嘘ばかりだから。
 機械は平気で嘘をつくから、それに従う人間だって。
(いい成績を取れる奴しか来ないって…)
 そう教わったのが、このE-1077。
 エリートを育てる最高学府と言われるけれども、果たして本当にそうなのか。
 好成績を収めたならば、メンバーズへの道が開かれるのか。
(卒業生の中から、メンバーズは選ばれているけれど…)
 本当に最高学府なのかどうか、疑わしい気にもなってくる。
 もっと他にも優れた教育ステーションがあって、メンバーズが養成されているとか。
 社会に出たなら、同じメンバーズでも、他のステーションの者に劣るとか。
(絶対に無いとは…)
 言い切れないよね、と疑問は残るし、解けさえもしない。
 この世界は嘘で出来ているから、偽りに満ちた世界だから。


 身をもって思い知らされたこと。
 機械は嘘をつくということ、機械に従う人間たちも。
(…パパとママだって…)
 結果的には、自分に嘘をついていた。
 自分が生まれて来た時から。
 セキ・レイ・シロエという名を貰って、両親の子供になった時から。
(…ぼくは何人目の子供だったの?)
 それさえも分からない自分。
 両親は何も語らなかったし、自分の方でも疑わなかった。
 育ての親だと知っていたって、「ぼくのパパだ」と。
 自分を産んではいないと知った母でも、「ぼくのママ」。
 生まれた時から一緒だったし、家の中には沢山の写真があったから。
 赤ん坊の頃に撮った写真も、多分、初めて歩いた日に写したのだろう写真も。
(…きっと、そうだよね?)
 記憶はぼやけてしまったけれども、そういう記念の日の写真。
 バースデーケーキを前にした写真もあったろう。
 両親は自分を愛してくれたし、写真が溢れていたのだから。
 思い出せなくても、沢山の写真が家のあちこちにあったから。


 両親に愛されて育った子供。
 そうだと今も信じるけれども、両親は嘘をつき続けた。
 「ただいま、シロエ」と抱き上げてくれた、大きな身体をしていた父も。
 ブラウニーを作るのがとても得意な、お菓子作りが上手な母も。
(…ぼくはパパとママの、一人息子のシロエじゃなくて…)
 きっとセキ・レイ・シロエの前にも、一人息子はあの家にいた。
 一人息子でなかったとしたら、両親の大事な一人娘が。
 そういう子供がきっといた筈、写真さえも残っていなかっただけで。
 両親が一切何も語らず、隠し通していただけで。
(パパとママなら…)
 そうだったのに決まっている、と思わざるを得ない悲しい現実。
 成人検査で記憶を消されて、両親の顔もぼやけて分からないというのに…。
(……どうして……)
 こんなことだけ、自分は覚えているのだろう。
 他の子たちの親に比べたら、両親は年を取っていたと。
 けして若くはなかったのだと、残酷にすぎる現実だけを。
 あの姿ならば、「セキ・レイ・シロエ」は両親の「最初の子供」ではない。
 自分の前にも誰かいた筈で、一人息子か、一人娘か。
 あるいは両方いたというのか、「セキ・レイ・シロエ」は三人目の子で。
 他にも「セキ」と名前がつく子を、両親は育てていた筈で…。


 どうして、と机に叩き付けた拳。
 あんなに優しかった両親、パパとママが嘘をつくなんて、と。
(…でも、本当に…)
 嘘だったんだ、と分かる、懐かしい故郷での暮らし。
 両親の愛がいくら本物でも、あそこでの暮らしは嘘だった。
 成人検査の日を境にして、自分の世界から消える幻。
 もう戻れなくて、帰れない日々。
 故郷の土を踏めはしなくて、住所すらも思い出せない家には…。
(…どう頑張っても、帰れやしない…)
 そうなることを知っていたのが、父と母。
 両親も成人検査を受けたし、どんなものかは知っていた筈。
 学校の教師たちならともかく、両親だったら…。
(…本当のことを…)
 教えてくれても良かったのに、と零れる涙。
 成人検査を受けた後には、どうなるのか。
 目覚めの日を迎えてしまった子供は、どういう道を歩き出すのか。
 機械が監視していたとしても、自分を愛してくれていたなら。
 手放したくないと思ってくれていたなら、一言、伝えて欲しかった。
 「全部忘れてしまうんだよ」と。
 「今の間に、しっかり覚えておくのよ」と。


 そうしてくれたら、頑張ったのに。
(……この本に……)
 ピーターパンの本の文字の間に、色々なことを書き込んだのに。
 自分の記憶が消された後にも、手掛かりになるだろう大切なことを。
 家の住所も、両親の顔の特徴も。
(似顔絵だって…)
 力の限りに頑張って描いたことだろう。
 絵心はあまり無いのだけれども、それでも精一杯の力で。
 「これがパパの顔」と、「ママの顔はこう」と。
 挿絵のページに紛れ込ませて、両親の姿を描き残した筈。
 後で見たなら、「こういう顔だ」と分かるよう。
 機械が記憶を消してしまっても、両親を思い出せるよう。
(…でも、パパもママも…)
 何も話してくれなかったから、こうなった。
 セキ・レイ・シロエは故郷を忘れて、両親の顔も今ではおぼろ。
 家に帰ろうにも分からない住所、「アルテメシアのエネルゲイア」としか。
 機械に全てを消されてしまって、何も残りはしなかった。
(…この本しか…)
 ピーターパンの本しか残らなかったんだ、と溢れて止まらない涙。
 世界は嘘で作られていると、「パパとママも、ぼくに嘘をついてた」と。


 ネバーランドよりも素敵な地球へと、其処へ行こうと頑張ったのに。
 いい成績を取り続けたならば、きっと開ける筈の道。
(…シロエなら行けるさ、って…)
 父が言ったから、頑張った。
 母は笑っていたのだけれども、子供心に「頑張らなくちゃ」と思ったから。
 両親の自慢の息子になろうと、そして素敵な地球に行こうと。
(…そうするつもりだったのに…)
 世界は嘘で出来ていたから、こんな所に連れて来られた。
 エリートを育てるらしい所へ、E-1077へ。
 成人検査で記憶を消されて、故郷も、両親も全部失くして。
 機械が支配している世界へ、マザー・イライザという名のコンピューターが治める場所へ。
(此処でいい成績を取ってれば…)
 メンバーズになれて、地球へ行く道も開けるのだと聞くけれど。
 マザー・イライザも、教官たちもそう言うけれども、世界は全て嘘ばかり。
 両親でさえも嘘をついたし、どうして信じられるだろう?
 マザー・イライザを、それに従う人間たちを。
 地球にいるというグランド・マザーが、全てを統治している世界を。


(…此処でメンバーズになったって…)
 本当にトップに立てるのかどうか、なんとも疑わしいけれど。
 メンバーズになって更に昇進したなら、国家主席になれるというのも怪しいけれど。
(…だけど、それしか…)
 今の自分に行く道は無くて、トップに立たねば変わらない世界。
 嘘だらけの世界を変えるためには、自分がトップになるしかない。
 国家主席の地位を手に入れ、グランド・マザーを止めること。
 「ぼくの記憶を返せ」と命じて、失くした記憶を取り戻すこと。
 そうしたいならば、此処が嘘で出来ている世界でも…。
(…少しでも可能性のある方へ…)
 歩いて行くしかないんだよね、と分かってはいる。
 何度も考えて出した答えで、きっと他には道が無いから。
 進むべき道はただ一つだけで、其処を行くしかなさそうだから。
 それでも、たまに悲しくなる。
 「此処での暮らしに何の意味が」と。
 こんな所に来たくなかったと、人生に意味などありはしないと。
 世界は全て嘘だらけだから、何もかも嘘で出来ているから。
 あの優しかった両親でさえも、赤ん坊の自分を迎えた時から、嘘をつき続けていたのだから…。

 

          嘘で出来た世界・了

※シロエが陥る思考の迷路。「パパとママも嘘をついていた」と。優しい両親だったのに。
 そういう嘘をつかせていたのも機械なんですよね、機械嫌いになるわけです。






拍手[0回]

PR

(…ミュウどもの版図は拡大してゆく一方か…)
 もう止めようがないのだろうな、とキースが零した深い溜息。
 誰もいない部屋、とうに夜は更けて部下も訪れはしない筈。
 マツカも先に下がらせた。「コーヒーくらい、私でも淹れられる」と。
 言った言葉に嘘は無い。
(…インスタントのコーヒーならな)
 マツカが淹れるようなコーヒー、あの味はとても淹れられない。
 けれど一人でいたかった。
 何故だか酷く疲れた気分で、今日はマツカの気遣いさえも…。
(余計なことを、と思うんだ…)
 自分でもかなり酷いと思った、自分自身の感情のこと。
 普段だったら、苛立ちを覚えることはあっても、それを全く見せずにいられる。
 誰にも本音を知られることなく、心の中だけでする舌打ちも。
 それが出来ない、どうしたわけか。
 日に日に勢力を増してゆくミュウ、今日も一つの惑星が落ちた。
 そのせいだろうか、苛立つのは。
 妙に疲れを覚えるのは。
(…マツカも、所詮はミュウだからな)
 ミュウだから顔を見たくないなら、この感情も理解出来る、と思ったけれど。
 それで部屋から追い払ったのだ、と暫くは納得していたけれど…。


 不意に心を掠めた言葉。
 「友達だろ?」と。
 遠い遠い昔、サムが何度も口にしていた。
 あのステーションで、今はもう無いE-1077のあちこちで。
(……友達か……)
 それか、と思い至ったこと。
 明らかにミュウに敗れるのだろう、人類という古すぎる種族。
 その日はそれほど遠くないのに、自分は此処から逃げ出せはしない。
 軍人だから、というのは表向きのこと。
 逃れられない本当の理由、それは自分の中にある。
 血にも、髪の毛の一筋にさえも、刻み込まれた恐ろしい呪い。
(…マザー・イライザ……)
 E-1077のメイン・コンピューター。
 あれが自分を作ったから。
 完全な無から作り出された生命、それが自分で、作られた理由そのものが…。
(…もう完全に時代遅れだ…)
 どう考えても分の無い人類、それを統べるよう作られた命。
 だから自分は逃げ出せない。
 軍の全員がミュウに寝返ろうとも、誰一人としてついてくる者はいなくとも。


 いつか、その日が来るのだろう。
 ミュウを忌み嫌う筈の人類さえもが、ミュウたちの肩を持つ時が。
 自分たちまでミュウになったような顔で、彼らに味方する時が。
 そうなった時も、きっと一人だけ…。
(…ついてくるんだ…)
 あのマツカなら、と尋ねなくても分かること。
 宇宙の全てがミュウの側へと転がったとしても、ミュウのマツカは残るのだろう。
 ただ一人きりで、自分の側に。
 もう負け戦で、自分もろとも滅ぼされると分かっていても。
 最後まで残った頑固な人類、そう勘違いされて消される時が来ようとも。
(…自分の命も顧みないで…)
 行動を共にしてくれる人間、それが友達。
 遠い日にサムが教えてくれた。
 サム自身はそうは言わなかったけれど、そういうものだと教えられた。
 マザー・イライザが仕組んだらしい、E-1077での新入生時代に起こった事故。
 スウェナを乗せて入港して来た、宇宙船が見舞われた衝突事故。
 上級生たちさえ行かなかった現場、其処へ救助に向かった自分。
 サムは迷わずついて来てくれた。
 「船外活動は得意だから」と、「しっかり食って、しっかり動く」と、こともなげに。


 そうしてサムに救われた命。
 命綱さえつけることなく、サムは助けに来てくれた。
 一つ間違えたら、サムの命も宇宙の藻屑だったのに。
 制御を失った自分の巻き添え、回転しながら宇宙の彼方へ飛ばされたかもしれないのに。
(…それを平気でやってのけるのが、友達なんだ…)
 サムは実際それをやったし、きっとシロエもそうだったろう。
 死ぬと承知で真っ直ぐに飛んで、宇宙に散ってしまったシロエ。
 自分があの船を落としたけれども、ああいう風にならなかったなら。
 マザー・イライザが選んだ捨て駒、それがシロエでなかったら。
(…マツカのように、上手い具合に…)
 成人検査をパスして来ていたミュウだったのなら、シロエもきっと生き延びた筈。
 マザー・システムを嫌いながらも、エリートとして。
 きっとメンバーズの道を歩んで、何度も喧嘩を繰り返しても…。
(…私に何かあった時には…)
 手を差し伸べてくれたのだろう。
 憎まれ口を叩きながらも、「仕方ないですね」と恩着せがましく。
 「高くつきますよ?」と恩を売ったりもして。
 本当は命を懸けていたって、それさえもきっと…。
(サムと同じに笑い飛ばして…)
 なんでもないのだ、という顔をしていただろう。
 そう、シロエだって、生きていれば、きっと。


 サムとシロエと、いる筈だった二人の友。
 もしも自分の運が良ければ、マザー・イライザが作った命でなかったら。
 けれど、自分が殺したシロエ。
 あの時は他に道などは無くて、マザー・イライザに従わざるを得なかったから。
 今から思えば、助ける道はあったのに。
 シロエの船を見逃がしていれば、シロエはミュウの母船に救われて生きていたのだろうに。
(…サムなら、きっと見逃したんだ…)
 そうだ、と確信できるサム。
 そのサムもまた失った。
 サムは生きてはいるのだけれども、もう覚えてはいてくれない。
 病院まで会いに出掛けて行っても、サムにとっては「赤のおじちゃん」。
 かつてのように話せはしないし、友ではあっても、今の自分と同じ場所には…。
(立っていないし、サムの世界に、友達のキースはいないんだ…)
 今のサムはもう、命懸けでは来てくれない。
 自分が危機に陥っていても、サムには理解出来ないから。
 そしてシロエは死んでしまって、懸ける命すら持ってはいない。
(……もう、友達は……)
 本当の意味でそう呼べる者は、誰も自分の側にはいない。
 だから苛立つ、マツカを見ると。
 最後まで自分の側にいるだろう、気弱なミュウのことを思うと。


(…マツカは、命を捨てるだろうに…)
 命懸けで自分を救おうとさえ、きっとマツカはするのだろうに。
 それなのに、マツカを「友」と呼べない。
 マツカとの出会いが不幸だったせいか、それともマツカが弱すぎるのか。
 ジルベスターまで、たった一人で自分を救いに来たマツカ。
 あの時、マツカは命を懸けたし、メギドでもまた救われた。
(…いったい、何処が違うのだ…)
 自分のために命を懸けてくれたサムや、きっと懸けるだろうシロエ。
 彼らとマツカの何処が違うのか、どうして「友」になれないのか。
(……今更だ……)
 散々マツカを道具のように扱い続けて、今更、友になりたいだなどと。
 彼ならば友になれるだろうにと、なのに何故だと考えるなど。
(…友が欲しいなど…)
 言えた義理か、と自分自身を叱咤する。
 そのように動きはしなかったのだし、これが当然の結果だろうと。
(……私には似合いなのだがな……)
 時代遅れの人類の指導者、そのように作られた命。
 孤独に生きて死んでゆくのが似合いなのだし、それだけの覚悟は出来ている。
 ただ、一つだけ悔いがあるならば…。


(…友達を作り損ねたな…)
 それもまた私らしいのだがな、と浮かべるしかない自嘲の笑み。
 サムの時にも、サムの方から友達になってくれたから。
 自分は何もしなかったから。
(そして、シロエは…)
 この手で殺してしまったのだし、友を作れるわけがない。
 命を懸けてくれるだろうマツカ、彼と二人で最期を迎える日が来ようとも、自分には。
 マツカと自分と二人だけしか、もう戦場にはいなくても。
(きっと最期まで…)
 一人なのだ、と見える気がする自分の最期。
 友を作るには、自分は向いていないから。
 友になり得ただろうシロエも、自分が殺してしまったから。
 たとえマツカが隣にいてくれようとも、最期まで孤独だろう命。
 友を作るには向かない自分は、そのマツカさえも「友」と呼べないだろうから…。

 

         作れない友・了

※マツカがもっと押しの強い人間だったなら。…キースと対等にやり合えたなら。
 きっと友達になれたんだろう、という気がします。立場は部下でも、マブダチにね。





拍手[0回]

(マザー・イライザ…)
 それが何さ、とシロエが顰めた顔。
 ステーションE-1077、其処で与えられた自分の部屋で。
 SD体制の時代の教育の要、エリートを育成するための最高学府。
(…こんな所になんか…)
 来たくなかった、いつまでも故郷にいたかった。
 十四歳の誕生日を迎えた子供は、大人の世界へ旅立つとは知っていたけれど。
 目覚めの日とはそういうものだと、学校で何度も習ったけれど。
(……誰も教えてくれなかった……)
 その日に受ける成人検査が何なのか。
 受ければ何が起こるというのか、自分はどうなってしまうのか。
(…荷物は持って行けないって…)
 そういう規則は知っていたものの、「邪魔になるから」だと思っていた。
 成人検査は健康チェックのような検査で、それには荷物が邪魔なのだろう、と。
(だから、注意されたら置けばいい、って…)
 そう考えて、大切な本を持って出掛けた。
 両親がくれた宝物。
 幼い頃から大事にしてきた、ピーターパンの本を鞄に入れて。
(…だけど、ぼくには…)
 これしか残らなかったんだ、と机の上の本を見詰める。
 ピーターパンの本は自分と一緒に来たのだけれども、他のものは全部置いて来た。
 大好きな両親も、懐かしい故郷も、何もかも。
 子供時代の記憶と一緒に失くした全て。
 憎い機械に、テラズ・ナンバー・ファイブに消された、「捨てなさい」と。
 「忘れなさい」と命じた機械。
 そうして全て失くしてしまった、ピーターパンの本以外は。


 E-1077に連れて来られて、既に何日も経ったのだけれど。
 同じ船で此処に着いた者たちや、同じ日に到着した者たち。
 共にガイダンスを受けた同級生たち、彼らは此処に馴染んでゆくのに…。
(…こんな薄気味悪い場所…)
 嫌だ、としか思えないステーション。
 頼りなく宇宙に浮いていることより、足の下に地面が無いことよりも…。
(…みんな、平気で…)
 誰も振り返りはしない過去。
 自分と同じに、過去を失くした筈なのに。
 子供時代の記憶は薄れて、もう漠然としたイメージくらいしか無い筈なのに。
 なのに平気な同級生たち、それが気味悪くてたまらない。
 おまけに此処は、機械が治めているという。
(マザー・イライザ…)
 そういう名前で呼ばれる機械。多分、巨大なコンピューター。
 恐らくはきっと、あの憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブと同じ。
(気味悪い顔で…)
 顔の左右が歪んだような、醜く恐ろしい姿。
 見た者を石に変えると言われる、メデューサのように忌まわしい顔。
(髪の毛が全部、蛇になっていても…)
 驚かないよ、と思うほど。
 どうせ会ったら、そういう姿だろうから。
 テラズ・ナンバー・ファイブなどより、ずっと醜いだろうから。


 そんな姿だ、としか思えない機械。
 出来れば会わずにいたい機械が、マザー・イライザ。
 もう機械などと話したいとは思わないから。
 テラズ・ナンバー・ファイブで懲りたし、二度と関わりたくもないから。
(…会うもんか…)
 絶対に会ってやるもんか、と心で繰り返していたら、けたたましく部屋に鳴り響いた音。
 此処では嵌めているのが規則の、手首の輪から。
(マザー・イライザ…!)
 この音がコールサインなのだと教わった。
 コールされたら、行かねばならない。…マザー・イライザが待つ場所へ。
 呼ばれる理由は実に様々、叱られるのだと聞いている。
 けれど自分は今の所は無失点だし、呼ばれる理由は何も無い筈。
(……なんで……)
 どうして、と手首を睨んでみたって、コールサインは止まらない。
 マザー・イライザに会いに行かない限りは、この音はけして消えないという。
 引き摺ってでも連れてゆかれる、自分の足で行かないのなら。
 「マザー・イライザがお呼びだ」と、音を聞きつけた職員たちに捕まって。
 あるいはプロフェッサーに言われて、渋々出掛けてゆくしかない。
(…そのくらいなら…)
 行ってやるさ、と蹴り付けた机。
 醜い機械と御対面だと、呼び付けた理由を正してやると。
 何もしていないのに何故呼んだのかと、憎まれ口の限りを叩いて。


 立ち上がったら、鳴り止んだコール。
 まるで心を読んでいるよう。
(……気味が悪いったら……)
 それとも監視カメラだろうか、如何にも機械がやりそうなこと。
 気付かれないよう、機械の瞳で全てを監視し続ける。
(…部屋に帰ったら…)
 そいつを見付けて壊してやるさ、と鼻で嗤った。
 機械が監視すると言うなら、こちらもそれに対処するまで。
 この部屋の中を端から探して、監視カメラを見付けて微塵に打ち砕くか…。
(…偽の映像でも流せるようにしてやろうかな?)
 そういう勝負なら負けないよ、と唇に浮かべた勝ち誇った笑み。
 相手は所詮、機械だから。
 どんなに優れたコンピューターでも、人間には劣る筈だから。
(勝たせて貰うよ)
 このぼくが、と固めた決意。
 自分は機械に負けはしないし、言いなりにだって、なったりはしない。
 監視するなら、そうされないよう手を打てばいいだけのこと。
 カメラが無ければ、機械の目など無いのと同じなのだから。
 けしてこの部屋を覗けはしないし、先回りだって出来ないから。
(帰って来たら…)
 最初にやることは、監視カメラの発見と破壊。
 それで防げる機械の盗み見、マザー・イライザの視線は消える筈だから。


 ぼくは負けない、と部屋を出てから進んだ通路。
 マザー・イライザはこの先にいる、と教わった場所へ真っ直ぐに。
(…出て来い、機械…!)
 お前なんかに負けるもんか、と扉の奥へと踏み込んだ途端に、止まった息。
 もう文字通りに止まった呼吸。
 息をすることさえも忘れてしまって、懐かしさに胸が高鳴った。
 目の前に故郷の母がいたから。
 二度と会えないと思っていた母、顔さえもぼやけてしまった母が。
「ママ…!!」
 どうしてママが此処にいるの、と叫んで駆け寄ったのだけど。
 母に抱き付こうとしたのだけれども、すり抜けてしまった自分の腕。
「……ママ……?」
 ママの身体が透き通ってる、と見開いた瞳。
 いったい母はどうしたのだろう、それとも立体映像だろうか…?
「ママ……?」
 急にこみ上げて来た不安。
 故郷の母に何か起きたか、父に何かがあったのか。
 それで知らせが来たのだろうか、立体映像で自分宛にと。
(……ママ……?)
 何があったの、と尋ねたいのに声が喉から出て来ない。
 あまりの不安に押し潰されて、すっかり声が嗄れてしまって。
 マザー・イライザのコールの理由はこれだったのかと、恐ろしくて。
 故郷で何が起こったのかと、母はいったい、何を知らせに来たのかと。


 ただ怯えながら待っていた言葉。
 母の映像が告げに来た何か、きっと良くない何かの兆し。
 それは間違ってはいなかったけれど、不安は当たっていたのだけども…。
「…ようこそ。セキ・レイ・シロエ」
 あなたの心が不安定なのでコールしました、と微笑んだ母。
「…ママ……?」
 コールって何、と驚いて見詰めた母の顔。
 母の言葉とも思えないから、こんな言い回しを母はしなかった筈だから。
(ぼくのこと、ママは「あなた」だなんて…)
 呼ばなかった、と途惑う間に、母は優しい笑顔で続けた。
「コールサインで来たのでしょう? …セキ・レイ・シロエ」
 私の名前は、マザー・イライザ。
 このステーション、E-1077のメイン・コンピューターです。
 あなたが来るのを待っていました、と母は澱みなく話し続ける。
 「お母さんの姿に似ているでしょう?」と、笑みを湛えて。
 「見る者が親しみを覚える姿で現れることも、私の大切な役目なのです」と。
(……嘘だ……!)
 お前なんかはママじゃない、と叫びたいのに、動かない舌。
 身体ごと全部凍ってしまって、床に縫い止められたよう。
(…ママ、助けて…!)
 パパ、と心で悲鳴を上げても、母の手が頬に触れて来る。…マザー・イライザの手が。
「いらっしゃい、シロエ」
 あなたの心を私に見せて、と微笑む機械に逆らえない。
 こうする間に、意識が薄れて消えてゆくから。
 マザー・イライザが触れた頬から、身体中の力が抜けてゆくから。


 目覚めた時には、やはり同じに目の前に母。
 「大丈夫ですか?」と、「ずいぶん深く眠っていました」と。
 気分はどうです、と慈愛に満ちた笑みを浮かべる母を激しく怒鳴り付けた。
 「お前なんか」と、「ぼくは機械は大嫌いだ!」と。
「……まあ、シロエ……」
 あなたは混乱していますね、と機械は叱り付けさえしない。
 母ならば、きっと叱るのに。
 「ママに向かって怒鳴るだなんて」と、「パパが帰ったら言わなくちゃ」と。
(…まだ、そのくらいのことは覚えているよ…!)
 こんな機械には騙されない、と駆け出したけれど。
 後をも見ないで逃げ出したけれど、シロエは気付いていなかった。
 幾つかの記憶を消されたこと。
 一部を書き換えられたこと。
(…何なんだ、あのマザー・イライザって…!)
 機械のくせに、と走り込んだ部屋で机に叩き付けた拳。
 母を真似るなど許しはしないと、反吐が出そうなコンピューターだと。
 そうして怒り続けるけれども、戦いを決意するのだけれど。
『……全て、私のプログラム通り……』
 あなたはそのままでいいのです、と部屋を視ているマザー・イライザ。
 シロエの中から、監視カメラを破壊する決意を消したから。
 それを消されたことさえ知らずに、シロエは孤独な戦いの道へと踏み出したから…。

 

         母を真似る機械・了

※シロエには「ママ」に見える筈なのが、マザー・イライザ。母に似た姿で現れる機械。
 最初の出会いはどうだっただろう、と考えていたら、こういうことに。シロエ、可哀相。






拍手[0回]

(地球を……見たかった)
 そう、今も。あの青い星を。
 辿り着けないままに、命尽きようとしている今も。
 あの青なのだ、とブルーの心を占めるもの。
 キースに撃たれて右の瞳を失くしたけれども、それでも「違う」と思う青。
 視界を覆い尽くす光は、この青は地球の青ではないと。
(…沈むがいい)
 忌まわしい青を帯びたメギドは、地獄の劫火は、自分と共に燃え尽きるがいい。
 暗い宇宙に沈むがいい。
 こんなモノなど、誰も欲しいと思わないから。
 死と破壊しかもたらさないもの、滅びの炎を吐くものなどは。
(同じ青でも…)
 どうして、これほどまでに違う青なのか。
 焦がれ続けた地球の青とは、まるで違った魔性の青。
 滅びるがいい、と心から思う。
 この青は自分が連れて逝くから、船は地球へと旅立つがいい。
 長く暮らした、あの白い船。
 楽園という名のミュウの箱舟、シャングリラはどうか、青い地球まで…。


 不思議なくらいに凪いでいる心、そうして伸びてゆく時間。
 じきに全てが終わるのに。
 この命の灯は消えるというのに、まだ紡がれてゆく想い。
(ジョミー…)
 皆を頼む、と叫んだ思念は、ジョミーの許に届いたろうか。
 フィシスに託した記憶装置も、ジョミーの手へと渡るだろうか。
(…フィシスなら、きっと…)
 きっと分かってくれると思う。
 あれを残して行った理由を、彼女はあれをどうすべきかを。
 青い地球を抱いた神秘の女神。
 無から作られた者と知りながら、ミュウだと偽り、手に入れたフィシス。
(皆を騙して…)
 フィシスにも嘘をついたけれども、そうまでしても欲しかった地球。
 彼女だけが持つ青い地球が欲しくて、それを見たくて犯した罪。
(…本物の地球を見られないのは…)
 そのせいだろうか、「地球が欲しい」と欲張ったから。
 白い箱舟の皆を騙して、地球を抱くフィシスを欺いてまで。


 青い地球まで辿り着けないのが、罪の報いと言うのなら。
 罪ゆえに此処で終わると言うなら、この身で罪を償った後。
 メギドと共に滅びた後には、どうか地球まで飛ばせて欲しい。
 魂だけでも、青い地球まで。
 肉眼では地球を見られなくても、この魂に焼き付けるから。
 青く美しい星の姿を、母なる地球を。
(…地球へ…)
 どうか地球へ、と宇宙(そら)へ舞い上がる想い。
 神にも慈悲があると言うなら、あの青い星へ。
 魂は何処へ飛び去ろうとも、何億年という旅をしようと、旅の終わりが地球ならばいい。
 あの青い星を、一目だけでも見られればいい…。


 それがブルーの最期の願い。
 暗い宇宙を彷徨おうとも、青い地球へと。
 幾千億の塵と化した後でも、ひとひらでいい、地球に辿り着ければ、と。
 この魂を乗せた欠片が巡り巡って、あの青い星に着けたなら…。
 どうか、と願い、その身は滅びたけれど。
 魂は宇宙(そら)へ飛び去ったけれど、その旅の終わり。
(…地球か…?)
 そうなのか、と再び目覚めた意識。
 ずいぶんと長く旅をしたような、星の瞬きほどだったような、定かではない流れた時。
(……ああ、地球は……)
 あの直ぐ側に在ったのか、と見上げたメギド。
 すっかり風化しているけれども、地球の大地に突き刺さったそれ。
(意外と頑丈だったのだな…)
 爆発したかと思ったのに、と青い空を仰ぐブルーは知らない。
 あれから気の遠くなるほどの時が流れ去ったことも、そのメギドは別のものだとも。
 ただ、分かることは「地球」ということ。
 今の自分は花になったこと、風に揺られる淡い桃色の花に。
 そう、人の身ではないのだけれども、満ちてゆくのは幸せな想い。
 願いは叶えられたから。
 青い地球に咲く花になれたから、地球をこの目で見られたから…。

 

         青い星まで・了

※「7月28日はブルー生存ネタの日なんだぜ!」と、2011年から戦っていた管理人。
 ハレブル転生ネタを始めた2014年から、記念作品はサボっていたんですけど…。
 2016年7月28日の記念作品、ハレブルじゃないから此処に置かせて下さいです。





拍手[1回]

(…人間ですらもなかったとはな…)
 いや、人間だと言うべきなのか、とキースが強く握った拳。
 自分の他にはマツカしかいない小型艇。
 これで出て来た基地に戻るまで、「私の部屋には近付くな」と命じてある、忠実なマツカ。
 でないと、いったい何を仕出かすか分からないから。
 冷静なように見えていたって、心に渦巻く嫌悪感。
 …そう、嫌悪。
 その言い回しが相応しいだろう、今の自分の感情には。
 しかも、マツカに向けたものならまだしも、この嫌悪感が向かう先には自分自身。
 さっき見て来たサンプルと同じ、まるで変わらない姿の自分。
(…違うのは年齢くらいなものだ)
 私との違いは其処だけだな、と思うよりない標本たち。
 マザー・イライザが残したサンプル、それをE-1077ごと処分した。
 自分を生み出したフロア001、シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所を。


 この船室に閉じこもっていても、背を這ってゆく気味悪さ。
 此処にいる自分も、サンプルと何処も違わない。
 たまたま選び出された一体、そうなのだろうと思わざるを得ないのが自分。
(…何が最高傑作だ…)
 私の努力でそうなったのではないのだからな、と反吐が出そうなマザー・イライザの言葉。
 自分というモノが作られた時に、巡り合わせが良かっただけ。
 たまたま出来が良かっただけ。
 処分されずに、サンプルに回されることもないまま、こうして成長したというだけ。
 …無から生まれた人形が。
 人間と呼んでいいのかどうかも、自分では自信が持てないモノが。
(…シロエは人形だと言っていたが…)
 実際の所はどうなのだろうか、自分はヒトか、それとも作られた人形なのか。
 まさか、此処までとは思わなかった。
 人間ですらもなかったとは。
 自分を生み出す元になる「ヒト」が、世界の何処にもいなかったとは。


 遠い昔に、シロエに「お人形さんだ」と罵倒された後。
 自分なりに答えを探そうとした。
 マザー・イライザに向かって尋ねて、得られないままで終わった答え。
 ならばと目指した、シロエから聞いたフロア001という場所。
 けれども辿り着けないまま。
 いつも何らかの邪魔が入って、行けないままに離れてしまった、あのE-1077。
 卒業したら、もういられないから。
 用も無いのに、戻ってゆくことは不可能だから。
 まして廃校になった後には尚更、けれど何処かでホッとしてもいた。
(…成長する人形など、有り得ないからな…)
 どんなに精巧なアンドロイドでも、知能以外は成長しない。
 E-1077にいた間ならば、マザー・イライザが細工出来たかもしれないけれど…。
(…離れた後には、もう不可能だ)
 少しずつ年齢を重ねる身体を、新しいものに取り替えるのは。
 「キース・アニアン」と呼ばれる人間、それに相応しく外見を作り替えるのは。


 だから「人間だ」と弾き出した答え。
 シロエの言葉にあった「人形」、それは何かの例えなのだと。
 「マザー・イライザが作った人形」、シロエは確かにそう言った。
 自分の中の「何処か」は作られたものだろうけれど、恐らくはほんの一部分。
 基本的には人形ではなくヒトなのだ、と思った、自分自身という存在。
(…遺伝子レベルで操作したとか…)
 あるいは何らかの手段を用いて、高度な知識を大量に流し込んだとか。
 そんな所だ、と考えていた。
 どう転がっても「ヒト」は「ヒト」だと、アンドロイドでは有り得ないと。
 E-1077を離れた後にも、きちんと重ねてゆく年齢。
(怪我で血が出る程度なら…)
 アンドロイドに細工も可能だけれども、年を重ねる人形は無理。
 計画的に器を取り替えなければ、機械仕掛けの頭脳を移してやらなければ。
 そう思ったから、「ヒトだ」と安心した自分。
 どんな生まれでも、人間だと。
 遺伝子を組み換えた存在だろうが、脳に直接、データをインプットされていようが。


(…そっちだったら…)
 まだマシだった、と思える自分の正体と生まれ。
 遺伝子を好きに弄ってあろうが、頭蓋骨に怪しい傷があろうが。
 ヒトはヒトだし、ベースになった「ヒト」は何処かにいるのだから。
 もしくは過去に「居た」のだから。
 けれど、何処にも「居なかった」それ。
 自分は機械が無から作った人間、元になったヒトなどいはしない。
 三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。
 たったそれだけ、「ヒト」は何処にも介在しない。
 ゆえに神の手も働いてはいない、「ヒト」が関わらないのだから。
 神の領域にまでも踏み込んだ機械、それが自分を作っただけ。
 生命の神秘も、神に祝福された命も、自分の中には、その欠片すらも…。
(…まるで入ってはいないのだ…)
 こうして「頭脳」は「考える」のに。
 今も「心」は「乱される」のに、それさえも神の手の中には無い。
 あえて言うなら機械の手の中、機械が自分の「造物主」だから。
 自分を作った「神」がいるなら、その神はマザー・イライザだから。


 不完全とさえ言えない生命。
 この世に生まれる価値も無いモノ、これを本物の神が見たなら。
 自らの手が働かなかったものなら、神はこちらを「見もしない」だろう。
 神が差し伸べる救いの手さえも、自分のためには伸びては来ない。
 救う価値すら無いモノだから。
 「存在してはならない生命」、それこそがまさに自分のこと。
 神は自分を作っていないし、元になった「ヒト」さえいなかったから。
 機械が冒した禁忌の産物、それが自分という生命。
(…こんな醜い化け物などに比べたら…)
 ミュウどもの方が遥かにマシだ、と認めざるを得ない自分の「価値」。
 神にどちらかを選ばせたならば、間違いなくミュウが選ばれるから。
 ミュウが選ばれ、神の導く道をゆくなら、自分を待つのは地獄だから。
(…そして、本当に地獄なのだな)
 私の道は、と唇に浮かんだ自嘲の笑み。
 ミュウと人類、分がありそうなのはミュウの方だと分かっている。
 なのに自分は人類の指導者、そうなるように作り出されたから。
 明らかにミュウに劣る種族を、人類を率いてゆく者だから。
 どう進んだとて、茨の道。
 最後は地獄に落ちるしかない、自分を作った機械もろとも。
 ミュウたちが神に選ばれた時に。
 彼らが勝者となった途端に。


(…マザー・イライザは一足先に…)
 地獄に落ちて行ったのだがな、と処分したE-1077を思う。
 惑星の大気圏に落下し、燃え尽きていったステーション。
 マザー・イライザの悲鳴は地獄に消えたけれども、いつか自分も落ちるのだろう。
 「存在してはならない生命」、そんなモノには神は救いを寄越さないから。
 血を吐くような祈りを捧げてみたって、神は応えもしないのだろう。
 「ヒトではない」者の祈りには。
 神が作らなかったモノには、きっと視線も投げたりはしない。
 その生命に、いくら「心」があろうとも。
 今は神など要らないけれども、いつか「欲しい」と願ったとしても。
(……ミュウどもにも劣る生命体か……)
 そもそも生きているのかどうか、と自虐的にしかならない考え。
 この呼吸は本当に生の証かと、心臓の鼓動はどうなのかと。
 血管の中を流れる血さえも、全て機械が作ったもの。
 これでも自分は「生命」なのかと、「人間」だと言っていいのかと。
(…しかし、私は…)
 生きるようにと作り出されて、これからも生きてゆかねばならない。
 行く手に地獄が待っていようと、神の目には全く映らない生であろうとも。


 だから生きる、と思うけれども、生き抜く覚悟はあるのだけれど。
 そうは思っても、まだ暫くは…。
(……出られないな……)
 マツカの前に、と鍵を掛けた部屋でついた溜息。
 生命としての存在意義なら、マツカの方が上だから。
 ミュウであろうが、化け物だろうが、マツカは「ヒト」に違いないから。
 もう一度、自分が優位に立つまで、「上だ」と確信出来る時まで、此処からは出ない。
 一歩たりとも出てはならない、完璧なままでいたければ。
 誰もが敬意を抱くエリート、キース・アニアンの姿を保ちたければ。
 自分に自信を持てるまで。
 真に優れた存在なのだと、自分をも騙しおおせるまでは…。

 

         作られた生命・了

※キースが自分の正体を知って、何も思わない筈がないよな、という捏造。
 いくらキースがエリートだろうが、いや、エリートだけに考え込みそうな気がします…。






拍手[0回]

Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]