(船だ…)
初めて見た、とシロエが眺めた窓の向こう。
E-1077の食堂、其処のガラス窓の向こうは宇宙。瞬かない星が輝く空間。
此処に来てから、何度目の食事になるだろう。
ただ黙々と食べていた時、その船たちが戻って来た。
そう、「船たち」。
何機もの同じ形をした船、このステーションに所属している練習艇。
何年生かは知らないけれども、上級生たちが乗っているのだろう。
自分の年ではまだ乗れない船、宇宙を飛んでゆける船。
その瞬間に閃いたこと。
あれに乗ったら、飛び出せる宇宙。
このステーションから解き放たれて、ほんの束の間、飛んでゆける宇宙(そら)。
(…練習艇でも…)
船の仕組みは同じ筈。
遠い星へとワープしてゆく船、それらと何処も変わらない筈。
違う部分があるとしたなら、恐らくは…。
(搭載している燃料くらい…)
所詮は練習用の船だし、想定していないワープや恒星間の航行。
其処を除けば、何もかも多分、同じだろう。
この牢獄まで自分を乗せて来た船と。
懐かしい故郷から自分を連れ去り、無理やり運んで来た宇宙船と。
練習艇の存在は知っていたのだけれども、飛んでいる姿を見たのは初めて。
格納庫さえも縁遠い場所で、其処へ出掛ける用も無いから。
けれども、何の前触れも無しに、心の中に住み着いた船。
E-1077に何隻もある練習艇。
(あれに乗るには…)
どういう資格が要るのだろうか、自分の年では本当に乗れはしないのか。
必要な単位を取得したなら、上級生たちの中に混じって飛んでゆくことが出来るだろうか…?
(部屋に帰ったら、調べなきゃ…)
船に乗れたら、此処から逃れられるから。
忌まわしい機械が支配する場所、マザー・イライザの手の中から。
(通信回線は繋がってたって…)
物理的には、何の支配も受けない所が宇宙空間。
マザー・イライザは、E-1077を離れることは出来ないから。
万能の神を気取っていたって、その正体はコンピューター。
メモリーバンクが置かれた此処から、外へと自由に出られはしない。
出られたとしても、せいぜい幻影。
母の姿を真似てくる姿、あれを見せるのが限界だろう。
(…気持ちいいよね…)
マザー・イライザがいない宇宙へ飛び出せたなら。
憎い機械の目から逃れて、鳥のように自由に飛んでゆけたら。
(間違えました、ってふりをして…)
故郷の方へと舵を切ることも出来るだろう。
エネルゲイアがある星へ。
クリサリス星系のアルテメシアへ、懐かしい星が浮かぶ方へと。
乗ってみたい、と思った船。
マザー・イライザの目から逃れられるなら、束の間の自由が手に入るなら。
逸る心で、返しに出掛けた食事のトレイ。
走り出したいような気分で、戻った自分に与えられた部屋。
(…訓練飛行……)
それはいつから許されるだろう、何年経てば飛べるのだろう?
今はまだ、宇宙に出てゆけるだけ。
船外活動と称した授業で、無重力での訓練を受けているというだけ。
どうすれば宇宙を飛べるのだろう、とデータベースにアクセスしてみたけれど。
自分でも飛べる術は無いかと、様々な手段を探すのだけれど。
(……どう転がっても……)
今の年では下りない許可。
トップエリートの成績を取っても、実年齢が邪魔をする。
目覚めの日を過ぎて間も無い場合は、不安定とされるその感情。
常に冷静さが要求される宇宙空間、其処での操縦には不向き。
出来るのは船外活動くらいで、練習艇に乗れる資格は無い。
(パイロットは駄目でも、通信士くらい…)
そう思うけれど、そちらも不可。
万一の時には、パイロットに代わって飛べる技術が必要だから。
このステーションでは成績不良の劣等生でも、他のステーションから見ればエリートばかり。
通信士といえども、鮮やかに船を操れるもの。
並みのパイロットよりも巧みに、初の操船でも経験を積んだ人間並みに。
どうやら乗れはしない船。
マザー・イライザの手から逃れたくても、束の間の自由が欲しくても。
「どうして…!」
何故、駄目なんだ、と机に叩き付けた拳。
途端に気が付く、「この感情が駄目なんだ」と。
練習艇に乗れないだけで、いらつき、怒りを覚える自分。
ついさっきまでは、「このステーションから自由になれる」と、とても気分が良かったのに。
やっと方法を見付け出したと、それは機嫌が良かったのに。
(…目覚めの日を過ぎてから、間も無い場合は…)
不安定だとされる感情、今の自分はまさにそれ。
この時期を過ぎたとされる年までは、練習艇には乗り込めない。
いい成績を収めても。
最高の点数で必要な単位を取得したって、けして乗せては貰えない船。
あれに乗れたら、自分は自由になれるのに。
訓練飛行の間だけでも、ステーションから出られるのに。
(……マザー・イライザ……)
あの機械め、と思うけれども、マザー・イライザが決めた規則ではないだろう。
何処のステーションでも規則は同じで、自分の年では乗れない船。
今、あの船に乗りたいのに。
あれで宇宙へ出てゆきたいのに、自由に飛んでみたいのに。
自由に見えても、それは決められたコースでも。
「間違えました」とミスをしない限りは、故郷に機首を向けられなくても。
(このステーションから出られるだけで…)
一歩、故郷に近付くのに。
記憶もおぼろになった故郷に、両親が住んでいる星に。
一度生まれた夢は消えなくて、どうしても消すことは出来なくて。
けれど、自分の今の年では、シミュレーターさえも、まだ使わせては貰えない。
それは必要ないものだから。
どんなに腕を上げたとしたって、練習艇に乗れる年ではないのだから。
(畜生……!)
直ぐ其処に自由が見えたのに。
このステーションから逃れる方法、マザー・イライザから離れる術が見付かったのに。
なのに開かれない扉。
固く閉ざされ、まだ開いてはくれない扉。
(…そういうことなら…)
気分だけでも飛んでやるさ、とデータベースを探してゆく。
シミュレーターは使えなくても、似たようなものがある筈だから。
自主練習のためとも言えるシステム、自分の部屋でも訓練を積んでゆけるもの。
(航路設定とかだったら…)
きっと何かが見付かる筈、と探す間に出会ったもの。
(ふうん…?)
それは一種のゲームだけれども、明らかに訓練用だと分かる。
シミュレーターに向かうようになったら、自分の部屋からアクセスして重ねる仮想訓練。
(丁度いいってね)
今の間に腕を上げれば、最初の訓練飛行では、きっと…。
(ぼくがリーダーになれる筈…)
航路設定を間違えました、と故郷に舵を切ろうとも。
教官に酷く叱られようとも、その選択が出来る権利が手に入る。
(…最初にするのは、航路設定…)
だったらこう、と入れてゆく座標。
いきなりワープになるのだけれども、故郷のクリサリス星系のもの。
いつか飛ぼうと、自由になれたら最初に機首を向けようと。
そうして何度も重ねた練習。
自由自在に操れるようになった船。
シミュレーターさえ使えないのに、まだ使わせては貰えないのに。
(ぼくは自由になってやる…!)
練習艇に乗せて貰える時が来たら、と挑み続けて、その時はついにやって来た。
マザー・イライザの手から逃れて飛んでゆく時が、自由な宇宙(そら)へ飛び立つ時が。
ただ一人きりの船だけれども、目指す先は自由。
チームメイトは誰もいなくて、代わりにピーターパンの本でも。
行き先は座標も知らない地球でも、きっと其処まで飛んでゆける筈。
ピーターパンの声が聞こえたから。
船で宇宙に滑り出したら、いつの間にやら、両親も一緒に乗っていたから。
だから行ける、と飛んでゆくシロエ。
この日が来るのを待っていたから、やっと自由な宇宙(そら)へ飛び立てたのだから…。
乗れない練習艇・了
※原作はともかく、アニテラのシロエは訓練飛行はしていないんじゃあ…、と思っただけ。
逃亡する時も自分で操船してるというより、サイオンだったし…。そういう捏造。
(…私の他にはいないだろうさ)
宇宙広しといえども一人も、とキースが唇に浮かべた笑い。
国家騎士団にも、宇宙海軍にも、誰一人として。
けれど決めた、と迷いなど無い。
サムの血で出来た、赤いピアスをつけること。
グランド・マザーは「否」とは言わなかったから。
(軍規も一応、あるのだからな)
任務を離れた時はともかく、それ以外では禁止されるのが装身具。
勲章などは許可されていても、耳にピアスは許されない。
だから尋ねた、グランド・マザーに宛てて。
「友の血で作ったピアスをつけても、よろしいでしょうか」と丁寧に。
拒否されたとしても、つけるつもりではいたけれど。
任務は結果が全てなのだし、ピアスをつけても成果を上げればいいだけのこと。
これまで通りに、これまで以上に、ただ淡々と。
(しかし、マザーは…)
何の返事も寄越さなかったし、許可されたと見ていいだろう。
同じ時に送ったジルベスター星系に関する質問、それへの答えは来たのだから。
(…つまり、つけてもいいらしいな?)
これで何処でも、堂々と。
「グランド・マザーの許可は得ている」と、「マザーに問い合わせてくれてもいい」と。
もっとも、そんな度胸を持った者など、恐らくいないだろうけれど。
マザーが許可を出したと聞いたら、誰もが黙るだろうけども。
もうすぐ出来る予定のピアス。
検査のためにとサムから採られた、血液の一部を加工して。
サムは検査を酷く嫌うから、ピアス用にと採血させはしなかった。
「既にあるものを加工しろ」とだけ、病院の方にも伝えることを忘れなかった。
子供の心に戻ったサムには、採血用の針は怖いだけなのだから。
(私と一緒だった頃のサムなら、平気だったろうにな…)
E-1077での、候補生時代。
あの頃のサムなら、採血どころか大手術でさえも、きっと笑っていただろう。
「大したことじゃねえよ」と、「ちょっと痛いかもしれねえけどな」と。
強い心を持っていたサム、死ぬことさえも恐れなかった。
入学して間もない頃の事故では、ただ一人だけで自分について来てくれたから。
上級生たちさえも出ようとしないで、去ってしまった宇宙船の事故。
救助に行こうと支度していたら、サムも隣で開けたロッカー。
「船外活動は得意なんだ」と、「しっかり食って、しっかり動く。それだけさ」と。
宇宙へ救助に出掛けてゆくこと、それだけでも危険だったのに。
其処で制御を失った自分を、サムは迷わず助けてくれた。
命綱すらつけもしないで、命懸けで。
しかも命を懸けたことさえ、まるで自覚の無いままで。
それほどまでに強かったサム。
強くて、優しかったサム。
サムほどに強く優しい男を、今も自分は知らないのに…。
(…あそこで何があったんだ…?)
ジルベスターでMに出会った恐怖か、彼らがサムに何かをしたか。
サムの心は壊れてしまって、チーフパイロットを殺したという。
持っていたナイフで一撃の下に。
死んだパイロットと血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの顔。
それが、漂流していた船を発見した者たちが中で目にしたもの。
(お蔭でサムは殺人犯で…)
罪には問われないというだけ、心が子供に返ってしまって正常ではない状態だから。
優しかったサムに、人を殺せはしないのに。
どう考えても、それは事故でしか有り得ないのに。
だから悔しい、サムの仇を討ちたいと思う。
サムを壊したMを探し出して、根こそぎ宇宙から滅ぼすこと。
そのためにジルベスターを目指すし、サムの血と共に在ろうと思う。
友と呼べる者はサムだけだから。
今もやっぱり、ただ一人きりの友だから。
そうするために選んだピアス。
サムの血で作ったピアスを身につけ、何処までもサムと共にゆく。
赤い血のピアス、それが血だとは誰も気付きはしなくても。
「男のくせにピアスなのか」と、冷たい瞳で見られたとしても。
グランド・マザーが許したとはいえ、「ピアスをつけた男」には違いないのだから。
傍目には女々しい男と見えるか、はたまた洒落者と思われるのか。
(…どうせ、誰にも…)
自分の真意は分かりはしないし、伝えようとも思わない。
話したいという気持ちすら無い、誰も知らないままでいい。
サムの他には友はいないし、他に欲しいとも思わない。
自分の周りに、そうしたい者はいないから。
友と呼びたい者もなければ、友にしたい者も今日まで一人も見なかったから。
(…もしもシロエが生きていたなら…)
上手く機械と折り合いをつけて、生き延びてくれていたならば。
彼ならば友に成り得たと思う、憎まれ口を叩いても。
「またですか?」と嫌そうな顔で、何かといえば喧嘩ばかりでも。
けれどシロエは自分が殺して、とうに宇宙から消えた人間。
だから友など見付からない。
今までも、そしてこれから先も。
(…サムだけなんだ…)
自分と共に在れるのは。
共に在りたいと今も思う「友」は、命を懸けてもいい友は。
サムの血のピアス、それがサムへの友情の証。
ピアスにしようと決めた理由は二つある。
一つは、「邪魔にならない」こと。
耳は動かす部分ではないし、其処にピアスをつけていたって、動きを束縛されないから。
たとえ肉弾戦になろうと、自分の邪魔にはならないピアス。
せいぜい耳たぶが千切れる程度で、そのくらいの傷は掠り傷とも言わない。
(これがペンダントの類だと…)
きっと何処かで邪魔になる。
「邪魔だ」と感じる時が来る筈、サムの血を「邪魔」と思いたくはない。
ほんの一瞬、反射的に感じただけだとしても。
直ぐに「違う」と思い直しても、一度「邪魔だ」と考えたならば…。
(サムを邪魔だと言うのと同じ…)
そうならないよう、ピアスを選んだ。
鏡に映して眺めない限り、自分の目では見られなくても。
ただ指で触れて「此処にいるな」と思うだけしか、サムを確かめる術が無くても。
そしてもう一つ、そちらの方が遥かに大切。
自分の身体に傷をつけねば、ピアスをつけることは出来ない。
耳たぶに穴を開けること。
ほんの僅かな赤い血と痛み、けれどもピアスをつけるためには欠かせないもの。
サムがMたちに壊された痛み、それはどれほどのものだったか。
想像さえもつかないものだし、きっとサムにしか分からない。
サムを襲った痛みと苦しみ、心が壊れてしまうほどのそれ。
(…少しだけでも…)
分かち合いたいと思うのが友、だからこそ開けるピアス用の穴。
両方の耳に、サムの血と共に在るために。
ピアスをつけないのならば必要ない傷、それを自分の身体に刻む。
どんな拷問にも耐えられるように訓練を受けた、今の自分の身体には…。
(蚊が刺したほども痛まなくても…)
まるで痛みを感じなくても、耳のその部分に風穴は開く。
風穴と呼ぶにはささやかすぎて、針で刺した程度の大きさでも。
向こう側さえ見えないくらいに、放っておいたら直ぐに塞がりそうなくらいに小さくても。
(それでも、傷は傷なのだからな)
だからピアスだ、と触れてみる耳。
今は傷一つ無い耳だけれど、じきに小さな穴が開く。
サムの血のピアスをつけてやるために、何処までもサムとゆくために。
ジルベスターへも、Mがいるだろう蛇や悪魔の巣窟へも。
(じきに行ってやるさ)
サムを壊したMの拠点へ、友が流した血の報復に。
殺人犯にされてしまったサムの代わりに、Mどもを全て血祭りに上げる。
返り血を浴びたサムの写真は、血まみれの姿だったけれども…。
(…私の方は、耳に血のピアスだ)
Mが気付くか、気付かないままか、気付いたならばどう出て来るか。
ジルベスターではどうなるにしても、自分はサムと共にゆく。
サムの血で出来たピアスが出来たら、両方の耳に開ける穴。
それが自分の決意だから。
何処までもサムと共にゆこうと、サムと在ろうと、そのために選んだサムの血のピアス。
(少しだけでも、「痛い」と思えればいいのだがな…)
ピアス用の穴を開ける時。
サムの痛みを、サムの苦痛を少しでも分かち合いたいから。
傷から溢れるだろう血だって、ただの一滴ではない方がいい。
その血の分だけ、サムの所へ近付けるから。
ピアスが無ければ無いだろう傷、それが深くて酷く痛むほど、サムの心に近付けるから。
耳たぶに穴を開ける時には、願わくば出来るだけ強い痛みを。
開ける時に必ず流れ出す血も、出来るだけ多く。
サムはそれより、遥かに多く苦しんだから。
Mに心を壊されたサムは、この先もずっと、元に戻りはしないのだから…。
選んだピアス・了
※どうしてサムの血のピアスだったんだ、と考えていたら、こうなったオチ。
ピアスは実際、動くのに邪魔にならないわけで…。ドッグタグというのもありますけどね。
「一切の記憶を捨てなさい。あなたは全く新しい人間として…」
地球の上に生まれ落ちるのです、と告げられた声。ブルーの頭の中で。
それが誰かは分からないけれど、女性の声。「一切の記憶を捨てなさい」と。
(ぼくの記憶…)
今日まで生きて来た日々の、自分の記憶。
それを捨てろと、捨ててしまえと命じられるのが「成人検査」の正体。
誰も教えてはくれなかったけれど、健康診断の一種なのかと頭から信じていたけれど。
呼びに来た係は看護師だったし、検査に付き添う者も看護師。
成人検査に使う機械も、医療用のそれに見えたから。
(これが成人検査だなんて…!)
騙されたのだ、と悟った瞬間。
成人検査について教えてくれた学校の教師に、検査を受けに来た此処の職員たちに。
(忘れるなんて…。全部忘れて、違う人間になるなんて…!)
嫌だ、と悲鳴を上げた途端に弾けた何か。…そして本当に起こった爆発。
気付けば機械は砕け散っていて、宙に浮かんでいる幾つもの破片。
(…いったい何が…?)
事故でも起こったのだろうか、と呆然と眺めた金属片。
其処に映っている顔は…。
(…これが、ぼく…?)
嘘だ、と見開いてしまった瞳。
破片に映った自分も瞳を見開くけれども、その瞳の色。
(……ぼくの目じゃない……)
赤い、と見詰めた破片の中。
水色だった瞳は赤に変わって、金色の髪も今は銀色。
とても自分とは思えないのに、それは間違いなく自分自身で…。
(ぼくじゃない…!)
こんなのは、ぼくの姿じゃない、と愕然とした所でフッと覚めた目。
上の方には見慣れた天蓋、「青の間」と呼ばれる自分の部屋。
(……夢……)
夢だったのか、と何度か瞬きした瞳。
側に鏡は無いのだけれども、きっと瞳は赤いだろう。
今の自分が持っている色はそうだから。
赤い瞳に銀色の髪で、色素が抜けてしまったアルビノ。
もうこの姿で長く生きたし、とうに馴染んでいるけれど。
「変だ」と思いもしないけれども、久しぶりに見た遠い日の夢。
あれは本当に起こった出来事、全てが変わってしまった、あの日。
金色の髪と水色の瞳を失くした自分は、一切のものを失くしてしまった。
未来も、「人」として生きてゆく権利も。
成人検査用の機械を壊したサイオン、それが目覚めてしまったから。
「ミュウ」と呼ばれる異人種になって、もう人権は無かったから。
(…あの時から、ぼくは…)
もう人間じゃなくなったんだ、と痛烈に思い知らされる。
「殺さないで」と悲鳴を上げていた看護師。駆け付けて来た保安部隊の者たち。
彼らは自分に銃口を向けて、問答無用で撃ったから。
「ぼくは何もしない」と訴えたのに、聞く耳も持たなかったのだから。
(…無意識の内に、サイオンで弾を止めなかったら…)
きっと自分は死んでいたろう、機械の破片が浮いていた部屋で。
撃ち殺された後の身体は、切り刻んで調べられたのだろう。
「こいつに何が起こったのか」と、「どういう理由で変化したか」と。
そして研究室に並ぶサンプル、元は自分の一部だったもの。
赤い瞳や、脳などが入った幾つものケース。
自分の名前のラベルが貼られて、いつでも取り出して調べられるように。
嫌な夢だ、とベッドの上に起き上がる。
自分は辛くも生き延びたけれど、その後の地獄も無事に脱出できたのだけれど。
この瞬間にも、きっと何処かで同じ目に遭っているだろう仲間たち。
(…タイプ・ブルーは、今も確認されていないが…)
そういう情報は来ていないから、自分と同じに変化した者はいないと思う。
けれど「ミュウだ」と判断されたら、待っているものは「死」でしかない。
その場で撃たれて処分されるか、実験動物として扱われるか。
もとより生かすつもりは無いから、過酷な人体実験の末に迎えるだろう「死」。
死体は刻まれて保存されたり、ゴミ同然に廃棄されたり。
(…ぼくは何人も助けたけれど…)
処分されそうになったミュウの子供を、何人も助け出したのだけれど。
それが出来るのは、この星でだけ。
シャングリラと名付けたミュウの箱舟、白い鯨が雲海に潜むアルテメシアだけ。
他の星では、手も足も出せはしないから。
ミュウの子供が何処にいるのか、それさえ掴めはしないのだから。
(…ぼくたちが此処で助けた以上に…)
その何倍も、何十倍も。
あるいは何百倍かもしれない、何千倍でもおかしくはない。
膨大な数だろうミュウの子供たち、彼らが命を落としていても。
研究施設に送り込まれて、死に続く道を歩んでいても。
(ソルジャー・ブルーと名乗ったところで…)
ミュウの長だと宣言したって、変わることなど何一つない。
自分は何も変えられはしない、この星、アルテメシアでさえも。
発見されては処分されてゆくミュウの子供たち、彼らを救うことしか出来ない。
それも「間に合った」時にだけ。
運よく事前に発見したとか、救出が間に合ったとか。
そうでない時は、救い出せない子供たち。
最期の思念がこの胸を貫き、儚く消えてゆくというだけ。悲鳴だったり、泣き声だったり。
この船で何度、歯噛みしたことか。
「救えなかった」と、「どうして早く気付かなかった」と。
ソルジャーと言っても名前ばかりだと、「戦士」でさえありはしないのだと。
名前通りに戦士だったら、戦い、敵を倒せるだろうに。
ミュウを端から殺すシステム、それを打ち砕けるのだろうに。
けれど自分は「助けて逃げる」ことしか出来ない、殺されかかった子供たちを。
子供たちを殺せと命じる機械を壊すことさえ、今の自分には叶わない。
SD体制を敷いた地球のシステム、グランド・マザーが宇宙に広げたネットワークの…。
(この星の分だけの端末さえも…)
破壊できずに、見ているしかないテラズ・ナンバー・ファイブという機械。
ミュウの子供を発見しようと見張る機械を、成人検査を行う「それ」を。
戦士だったら、戦って壊すべきなのに。
端から機械を壊さない限り、ミュウの子供は殺されてゆくだけなのに。
(…ぼくの代で、いったい何処まで出来る…?)
何処まで変えることが出来るのか、この世界を。…この理不尽なシステムを。
ミュウというだけで殺す世界を、ミュウが生きられない今の時代を。
(…人類と手を取り合えたなら…)
分かり合うことが出来たなら、と思うけれども、夢のまた夢。
さっき自分が見た夢と同じ、人類はミュウを「殺す」だけ。
そうでなければただ恐れるだけ、「殺さないで」と。
ミュウの力を、サイオンを思念を忌み嫌うだけ。
自分一人では何も出来ない、「ソルジャー・ブルー」と名乗りはしても。
ミュウの長だと人類たちに認識されても、船の仲間たちに崇め、敬われても。
(ぼくには力も、それだけの時間も…)
どう考えてもありはしない、と思うのは自分の命の「終わり」。
それが来るまでに何が出来るか、一つでも変えてゆけるのかと。
ミュウの時代に続く扉を見付けられるか、扉の鍵を開けられるかと。
燃えるアルタミラを脱出してから、今日までに流れた長い歳月。
ミュウは長寿で、外見さえも若く留めておけるけれども。
(…それでも、不老不死じゃない…)
自分の寿命はどれほどあるのか、あとどのくらい生きられるのか。
ミュウの子供を助け出すのが精一杯の今を、無力な自分を変えられるのか。
(ぼくの命が燃え尽きる前に…)
神が一つだけ、願いを叶えてくれるなら。
人の力では成し得ないこと、奇跡を起こしてくれるのならば。
(…ぼくは、地球より…)
ミュウの未来を選ぶのだろう、と思うのは自分が「ソルジャー」だから。
皆を導いて此処まで来たから、きっと最期まで自分はソルジャーだろうから。
ミュウの長なら、そう名乗るのなら、捨てねばならない「自分のこと」。
それだけの覚悟は出来ているけれど、いつでも「自分」を捨てられるけれど。
(…ぼくの思いだけで選んでいいなら…)
青い地球を、と願う気がする。
死の床に就いて、神に願いを問われたら。
どんなことでも「一つだけ」夢を叶えてやろうと、神が耳元で囁いたなら。
(ぼくにしか聞こえない声ならば…)
青い地球まで連れて行って欲しい、この目で地球を最期に見たい。
そうは思っても、選べないとも、また思う。
さっきのような夢を見る度、自分の力の限界を思い知らされるから。
生きている間に何処までやれるか、まるで自信が無いのだから。
(ぼくはきっと、いつか…)
地球への夢を捨てる気がする、仲間たちのために。
ミュウが殺されずに生きてゆける世界、その礎となるために。
そうなれば地球は見られないけれど、自分の命が役に立つならそれでいい。
名前ばかりでも、ソルジャーだから。
ソルジャー・ブルーと名乗った以上は、死の瞬間まで「自分」を捨てねばならないから…。
長としての道・了
※「地球を見たかった」というブルーの呟き、あれが未だに忘れられない管理人。
長としての自分はどうあるべきか、ずっと考えていたんだろうな、と思っただけ。
いや、実は前PCがブルー様の祥月命日の翌日にクラッシュ、新PCは酷い不良品でね…。
「本体もOSも壊れてる」なんて思わないから、2週間もそいつと戦ってたオチ。
不良品だと分かって交換、「自分を取り戻したくて」リハビリにブルー。見逃して下さい。
(E-1077…)
此処での暮らしに何の意味が、とシロエの心に蟠る疑問。
何もかも全部、嘘ばかりだから。
機械は平気で嘘をつくから、それに従う人間だって。
(いい成績を取れる奴しか来ないって…)
そう教わったのが、このE-1077。
エリートを育てる最高学府と言われるけれども、果たして本当にそうなのか。
好成績を収めたならば、メンバーズへの道が開かれるのか。
(卒業生の中から、メンバーズは選ばれているけれど…)
本当に最高学府なのかどうか、疑わしい気にもなってくる。
もっと他にも優れた教育ステーションがあって、メンバーズが養成されているとか。
社会に出たなら、同じメンバーズでも、他のステーションの者に劣るとか。
(絶対に無いとは…)
言い切れないよね、と疑問は残るし、解けさえもしない。
この世界は嘘で出来ているから、偽りに満ちた世界だから。
身をもって思い知らされたこと。
機械は嘘をつくということ、機械に従う人間たちも。
(…パパとママだって…)
結果的には、自分に嘘をついていた。
自分が生まれて来た時から。
セキ・レイ・シロエという名を貰って、両親の子供になった時から。
(…ぼくは何人目の子供だったの?)
それさえも分からない自分。
両親は何も語らなかったし、自分の方でも疑わなかった。
育ての親だと知っていたって、「ぼくのパパだ」と。
自分を産んではいないと知った母でも、「ぼくのママ」。
生まれた時から一緒だったし、家の中には沢山の写真があったから。
赤ん坊の頃に撮った写真も、多分、初めて歩いた日に写したのだろう写真も。
(…きっと、そうだよね?)
記憶はぼやけてしまったけれども、そういう記念の日の写真。
バースデーケーキを前にした写真もあったろう。
両親は自分を愛してくれたし、写真が溢れていたのだから。
思い出せなくても、沢山の写真が家のあちこちにあったから。
両親に愛されて育った子供。
そうだと今も信じるけれども、両親は嘘をつき続けた。
「ただいま、シロエ」と抱き上げてくれた、大きな身体をしていた父も。
ブラウニーを作るのがとても得意な、お菓子作りが上手な母も。
(…ぼくはパパとママの、一人息子のシロエじゃなくて…)
きっとセキ・レイ・シロエの前にも、一人息子はあの家にいた。
一人息子でなかったとしたら、両親の大事な一人娘が。
そういう子供がきっといた筈、写真さえも残っていなかっただけで。
両親が一切何も語らず、隠し通していただけで。
(パパとママなら…)
そうだったのに決まっている、と思わざるを得ない悲しい現実。
成人検査で記憶を消されて、両親の顔もぼやけて分からないというのに…。
(……どうして……)
こんなことだけ、自分は覚えているのだろう。
他の子たちの親に比べたら、両親は年を取っていたと。
けして若くはなかったのだと、残酷にすぎる現実だけを。
あの姿ならば、「セキ・レイ・シロエ」は両親の「最初の子供」ではない。
自分の前にも誰かいた筈で、一人息子か、一人娘か。
あるいは両方いたというのか、「セキ・レイ・シロエ」は三人目の子で。
他にも「セキ」と名前がつく子を、両親は育てていた筈で…。
どうして、と机に叩き付けた拳。
あんなに優しかった両親、パパとママが嘘をつくなんて、と。
(…でも、本当に…)
嘘だったんだ、と分かる、懐かしい故郷での暮らし。
両親の愛がいくら本物でも、あそこでの暮らしは嘘だった。
成人検査の日を境にして、自分の世界から消える幻。
もう戻れなくて、帰れない日々。
故郷の土を踏めはしなくて、住所すらも思い出せない家には…。
(…どう頑張っても、帰れやしない…)
そうなることを知っていたのが、父と母。
両親も成人検査を受けたし、どんなものかは知っていた筈。
学校の教師たちならともかく、両親だったら…。
(…本当のことを…)
教えてくれても良かったのに、と零れる涙。
成人検査を受けた後には、どうなるのか。
目覚めの日を迎えてしまった子供は、どういう道を歩き出すのか。
機械が監視していたとしても、自分を愛してくれていたなら。
手放したくないと思ってくれていたなら、一言、伝えて欲しかった。
「全部忘れてしまうんだよ」と。
「今の間に、しっかり覚えておくのよ」と。
そうしてくれたら、頑張ったのに。
(……この本に……)
ピーターパンの本の文字の間に、色々なことを書き込んだのに。
自分の記憶が消された後にも、手掛かりになるだろう大切なことを。
家の住所も、両親の顔の特徴も。
(似顔絵だって…)
力の限りに頑張って描いたことだろう。
絵心はあまり無いのだけれども、それでも精一杯の力で。
「これがパパの顔」と、「ママの顔はこう」と。
挿絵のページに紛れ込ませて、両親の姿を描き残した筈。
後で見たなら、「こういう顔だ」と分かるよう。
機械が記憶を消してしまっても、両親を思い出せるよう。
(…でも、パパもママも…)
何も話してくれなかったから、こうなった。
セキ・レイ・シロエは故郷を忘れて、両親の顔も今ではおぼろ。
家に帰ろうにも分からない住所、「アルテメシアのエネルゲイア」としか。
機械に全てを消されてしまって、何も残りはしなかった。
(…この本しか…)
ピーターパンの本しか残らなかったんだ、と溢れて止まらない涙。
世界は嘘で作られていると、「パパとママも、ぼくに嘘をついてた」と。
ネバーランドよりも素敵な地球へと、其処へ行こうと頑張ったのに。
いい成績を取り続けたならば、きっと開ける筈の道。
(…シロエなら行けるさ、って…)
父が言ったから、頑張った。
母は笑っていたのだけれども、子供心に「頑張らなくちゃ」と思ったから。
両親の自慢の息子になろうと、そして素敵な地球に行こうと。
(…そうするつもりだったのに…)
世界は嘘で出来ていたから、こんな所に連れて来られた。
エリートを育てるらしい所へ、E-1077へ。
成人検査で記憶を消されて、故郷も、両親も全部失くして。
機械が支配している世界へ、マザー・イライザという名のコンピューターが治める場所へ。
(此処でいい成績を取ってれば…)
メンバーズになれて、地球へ行く道も開けるのだと聞くけれど。
マザー・イライザも、教官たちもそう言うけれども、世界は全て嘘ばかり。
両親でさえも嘘をついたし、どうして信じられるだろう?
マザー・イライザを、それに従う人間たちを。
地球にいるというグランド・マザーが、全てを統治している世界を。
(…此処でメンバーズになったって…)
本当にトップに立てるのかどうか、なんとも疑わしいけれど。
メンバーズになって更に昇進したなら、国家主席になれるというのも怪しいけれど。
(…だけど、それしか…)
今の自分に行く道は無くて、トップに立たねば変わらない世界。
嘘だらけの世界を変えるためには、自分がトップになるしかない。
国家主席の地位を手に入れ、グランド・マザーを止めること。
「ぼくの記憶を返せ」と命じて、失くした記憶を取り戻すこと。
そうしたいならば、此処が嘘で出来ている世界でも…。
(…少しでも可能性のある方へ…)
歩いて行くしかないんだよね、と分かってはいる。
何度も考えて出した答えで、きっと他には道が無いから。
進むべき道はただ一つだけで、其処を行くしかなさそうだから。
それでも、たまに悲しくなる。
「此処での暮らしに何の意味が」と。
こんな所に来たくなかったと、人生に意味などありはしないと。
世界は全て嘘だらけだから、何もかも嘘で出来ているから。
あの優しかった両親でさえも、赤ん坊の自分を迎えた時から、嘘をつき続けていたのだから…。
嘘で出来た世界・了
※シロエが陥る思考の迷路。「パパとママも嘘をついていた」と。優しい両親だったのに。
そういう嘘をつかせていたのも機械なんですよね、機械嫌いになるわけです。
(…ミュウどもの版図は拡大してゆく一方か…)
もう止めようがないのだろうな、とキースが零した深い溜息。
誰もいない部屋、とうに夜は更けて部下も訪れはしない筈。
マツカも先に下がらせた。「コーヒーくらい、私でも淹れられる」と。
言った言葉に嘘は無い。
(…インスタントのコーヒーならな)
マツカが淹れるようなコーヒー、あの味はとても淹れられない。
けれど一人でいたかった。
何故だか酷く疲れた気分で、今日はマツカの気遣いさえも…。
(余計なことを、と思うんだ…)
自分でもかなり酷いと思った、自分自身の感情のこと。
普段だったら、苛立ちを覚えることはあっても、それを全く見せずにいられる。
誰にも本音を知られることなく、心の中だけでする舌打ちも。
それが出来ない、どうしたわけか。
日に日に勢力を増してゆくミュウ、今日も一つの惑星が落ちた。
そのせいだろうか、苛立つのは。
妙に疲れを覚えるのは。
(…マツカも、所詮はミュウだからな)
ミュウだから顔を見たくないなら、この感情も理解出来る、と思ったけれど。
それで部屋から追い払ったのだ、と暫くは納得していたけれど…。
不意に心を掠めた言葉。
「友達だろ?」と。
遠い遠い昔、サムが何度も口にしていた。
あのステーションで、今はもう無いE-1077のあちこちで。
(……友達か……)
それか、と思い至ったこと。
明らかにミュウに敗れるのだろう、人類という古すぎる種族。
その日はそれほど遠くないのに、自分は此処から逃げ出せはしない。
軍人だから、というのは表向きのこと。
逃れられない本当の理由、それは自分の中にある。
血にも、髪の毛の一筋にさえも、刻み込まれた恐ろしい呪い。
(…マザー・イライザ……)
E-1077のメイン・コンピューター。
あれが自分を作ったから。
完全な無から作り出された生命、それが自分で、作られた理由そのものが…。
(…もう完全に時代遅れだ…)
どう考えても分の無い人類、それを統べるよう作られた命。
だから自分は逃げ出せない。
軍の全員がミュウに寝返ろうとも、誰一人としてついてくる者はいなくとも。
いつか、その日が来るのだろう。
ミュウを忌み嫌う筈の人類さえもが、ミュウたちの肩を持つ時が。
自分たちまでミュウになったような顔で、彼らに味方する時が。
そうなった時も、きっと一人だけ…。
(…ついてくるんだ…)
あのマツカなら、と尋ねなくても分かること。
宇宙の全てがミュウの側へと転がったとしても、ミュウのマツカは残るのだろう。
ただ一人きりで、自分の側に。
もう負け戦で、自分もろとも滅ぼされると分かっていても。
最後まで残った頑固な人類、そう勘違いされて消される時が来ようとも。
(…自分の命も顧みないで…)
行動を共にしてくれる人間、それが友達。
遠い日にサムが教えてくれた。
サム自身はそうは言わなかったけれど、そういうものだと教えられた。
マザー・イライザが仕組んだらしい、E-1077での新入生時代に起こった事故。
スウェナを乗せて入港して来た、宇宙船が見舞われた衝突事故。
上級生たちさえ行かなかった現場、其処へ救助に向かった自分。
サムは迷わずついて来てくれた。
「船外活動は得意だから」と、「しっかり食って、しっかり動く」と、こともなげに。
そうしてサムに救われた命。
命綱さえつけることなく、サムは助けに来てくれた。
一つ間違えたら、サムの命も宇宙の藻屑だったのに。
制御を失った自分の巻き添え、回転しながら宇宙の彼方へ飛ばされたかもしれないのに。
(…それを平気でやってのけるのが、友達なんだ…)
サムは実際それをやったし、きっとシロエもそうだったろう。
死ぬと承知で真っ直ぐに飛んで、宇宙に散ってしまったシロエ。
自分があの船を落としたけれども、ああいう風にならなかったなら。
マザー・イライザが選んだ捨て駒、それがシロエでなかったら。
(…マツカのように、上手い具合に…)
成人検査をパスして来ていたミュウだったのなら、シロエもきっと生き延びた筈。
マザー・システムを嫌いながらも、エリートとして。
きっとメンバーズの道を歩んで、何度も喧嘩を繰り返しても…。
(…私に何かあった時には…)
手を差し伸べてくれたのだろう。
憎まれ口を叩きながらも、「仕方ないですね」と恩着せがましく。
「高くつきますよ?」と恩を売ったりもして。
本当は命を懸けていたって、それさえもきっと…。
(サムと同じに笑い飛ばして…)
なんでもないのだ、という顔をしていただろう。
そう、シロエだって、生きていれば、きっと。
サムとシロエと、いる筈だった二人の友。
もしも自分の運が良ければ、マザー・イライザが作った命でなかったら。
けれど、自分が殺したシロエ。
あの時は他に道などは無くて、マザー・イライザに従わざるを得なかったから。
今から思えば、助ける道はあったのに。
シロエの船を見逃がしていれば、シロエはミュウの母船に救われて生きていたのだろうに。
(…サムなら、きっと見逃したんだ…)
そうだ、と確信できるサム。
そのサムもまた失った。
サムは生きてはいるのだけれども、もう覚えてはいてくれない。
病院まで会いに出掛けて行っても、サムにとっては「赤のおじちゃん」。
かつてのように話せはしないし、友ではあっても、今の自分と同じ場所には…。
(立っていないし、サムの世界に、友達のキースはいないんだ…)
今のサムはもう、命懸けでは来てくれない。
自分が危機に陥っていても、サムには理解出来ないから。
そしてシロエは死んでしまって、懸ける命すら持ってはいない。
(……もう、友達は……)
本当の意味でそう呼べる者は、誰も自分の側にはいない。
だから苛立つ、マツカを見ると。
最後まで自分の側にいるだろう、気弱なミュウのことを思うと。
(…マツカは、命を捨てるだろうに…)
命懸けで自分を救おうとさえ、きっとマツカはするのだろうに。
それなのに、マツカを「友」と呼べない。
マツカとの出会いが不幸だったせいか、それともマツカが弱すぎるのか。
ジルベスターまで、たった一人で自分を救いに来たマツカ。
あの時、マツカは命を懸けたし、メギドでもまた救われた。
(…いったい、何処が違うのだ…)
自分のために命を懸けてくれたサムや、きっと懸けるだろうシロエ。
彼らとマツカの何処が違うのか、どうして「友」になれないのか。
(……今更だ……)
散々マツカを道具のように扱い続けて、今更、友になりたいだなどと。
彼ならば友になれるだろうにと、なのに何故だと考えるなど。
(…友が欲しいなど…)
言えた義理か、と自分自身を叱咤する。
そのように動きはしなかったのだし、これが当然の結果だろうと。
(……私には似合いなのだがな……)
時代遅れの人類の指導者、そのように作られた命。
孤独に生きて死んでゆくのが似合いなのだし、それだけの覚悟は出来ている。
ただ、一つだけ悔いがあるならば…。
(…友達を作り損ねたな…)
それもまた私らしいのだがな、と浮かべるしかない自嘲の笑み。
サムの時にも、サムの方から友達になってくれたから。
自分は何もしなかったから。
(そして、シロエは…)
この手で殺してしまったのだし、友を作れるわけがない。
命を懸けてくれるだろうマツカ、彼と二人で最期を迎える日が来ようとも、自分には。
マツカと自分と二人だけしか、もう戦場にはいなくても。
(きっと最期まで…)
一人なのだ、と見える気がする自分の最期。
友を作るには、自分は向いていないから。
友になり得ただろうシロエも、自分が殺してしまったから。
たとえマツカが隣にいてくれようとも、最期まで孤独だろう命。
友を作るには向かない自分は、そのマツカさえも「友」と呼べないだろうから…。
作れない友・了
※マツカがもっと押しの強い人間だったなら。…キースと対等にやり合えたなら。
きっと友達になれたんだろう、という気がします。立場は部下でも、マブダチにね。
