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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(マザー・イライザ…)
 それが何さ、とシロエが顰めた顔。
 ステーションE-1077、其処で与えられた自分の部屋で。
 SD体制の時代の教育の要、エリートを育成するための最高学府。
(…こんな所になんか…)
 来たくなかった、いつまでも故郷にいたかった。
 十四歳の誕生日を迎えた子供は、大人の世界へ旅立つとは知っていたけれど。
 目覚めの日とはそういうものだと、学校で何度も習ったけれど。
(……誰も教えてくれなかった……)
 その日に受ける成人検査が何なのか。
 受ければ何が起こるというのか、自分はどうなってしまうのか。
(…荷物は持って行けないって…)
 そういう規則は知っていたものの、「邪魔になるから」だと思っていた。
 成人検査は健康チェックのような検査で、それには荷物が邪魔なのだろう、と。
(だから、注意されたら置けばいい、って…)
 そう考えて、大切な本を持って出掛けた。
 両親がくれた宝物。
 幼い頃から大事にしてきた、ピーターパンの本を鞄に入れて。
(…だけど、ぼくには…)
 これしか残らなかったんだ、と机の上の本を見詰める。
 ピーターパンの本は自分と一緒に来たのだけれども、他のものは全部置いて来た。
 大好きな両親も、懐かしい故郷も、何もかも。
 子供時代の記憶と一緒に失くした全て。
 憎い機械に、テラズ・ナンバー・ファイブに消された、「捨てなさい」と。
 「忘れなさい」と命じた機械。
 そうして全て失くしてしまった、ピーターパンの本以外は。


 E-1077に連れて来られて、既に何日も経ったのだけれど。
 同じ船で此処に着いた者たちや、同じ日に到着した者たち。
 共にガイダンスを受けた同級生たち、彼らは此処に馴染んでゆくのに…。
(…こんな薄気味悪い場所…)
 嫌だ、としか思えないステーション。
 頼りなく宇宙に浮いていることより、足の下に地面が無いことよりも…。
(…みんな、平気で…)
 誰も振り返りはしない過去。
 自分と同じに、過去を失くした筈なのに。
 子供時代の記憶は薄れて、もう漠然としたイメージくらいしか無い筈なのに。
 なのに平気な同級生たち、それが気味悪くてたまらない。
 おまけに此処は、機械が治めているという。
(マザー・イライザ…)
 そういう名前で呼ばれる機械。多分、巨大なコンピューター。
 恐らくはきっと、あの憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブと同じ。
(気味悪い顔で…)
 顔の左右が歪んだような、醜く恐ろしい姿。
 見た者を石に変えると言われる、メデューサのように忌まわしい顔。
(髪の毛が全部、蛇になっていても…)
 驚かないよ、と思うほど。
 どうせ会ったら、そういう姿だろうから。
 テラズ・ナンバー・ファイブなどより、ずっと醜いだろうから。


 そんな姿だ、としか思えない機械。
 出来れば会わずにいたい機械が、マザー・イライザ。
 もう機械などと話したいとは思わないから。
 テラズ・ナンバー・ファイブで懲りたし、二度と関わりたくもないから。
(…会うもんか…)
 絶対に会ってやるもんか、と心で繰り返していたら、けたたましく部屋に鳴り響いた音。
 此処では嵌めているのが規則の、手首の輪から。
(マザー・イライザ…!)
 この音がコールサインなのだと教わった。
 コールされたら、行かねばならない。…マザー・イライザが待つ場所へ。
 呼ばれる理由は実に様々、叱られるのだと聞いている。
 けれど自分は今の所は無失点だし、呼ばれる理由は何も無い筈。
(……なんで……)
 どうして、と手首を睨んでみたって、コールサインは止まらない。
 マザー・イライザに会いに行かない限りは、この音はけして消えないという。
 引き摺ってでも連れてゆかれる、自分の足で行かないのなら。
 「マザー・イライザがお呼びだ」と、音を聞きつけた職員たちに捕まって。
 あるいはプロフェッサーに言われて、渋々出掛けてゆくしかない。
(…そのくらいなら…)
 行ってやるさ、と蹴り付けた机。
 醜い機械と御対面だと、呼び付けた理由を正してやると。
 何もしていないのに何故呼んだのかと、憎まれ口の限りを叩いて。


 立ち上がったら、鳴り止んだコール。
 まるで心を読んでいるよう。
(……気味が悪いったら……)
 それとも監視カメラだろうか、如何にも機械がやりそうなこと。
 気付かれないよう、機械の瞳で全てを監視し続ける。
(…部屋に帰ったら…)
 そいつを見付けて壊してやるさ、と鼻で嗤った。
 機械が監視すると言うなら、こちらもそれに対処するまで。
 この部屋の中を端から探して、監視カメラを見付けて微塵に打ち砕くか…。
(…偽の映像でも流せるようにしてやろうかな?)
 そういう勝負なら負けないよ、と唇に浮かべた勝ち誇った笑み。
 相手は所詮、機械だから。
 どんなに優れたコンピューターでも、人間には劣る筈だから。
(勝たせて貰うよ)
 このぼくが、と固めた決意。
 自分は機械に負けはしないし、言いなりにだって、なったりはしない。
 監視するなら、そうされないよう手を打てばいいだけのこと。
 カメラが無ければ、機械の目など無いのと同じなのだから。
 けしてこの部屋を覗けはしないし、先回りだって出来ないから。
(帰って来たら…)
 最初にやることは、監視カメラの発見と破壊。
 それで防げる機械の盗み見、マザー・イライザの視線は消える筈だから。


 ぼくは負けない、と部屋を出てから進んだ通路。
 マザー・イライザはこの先にいる、と教わった場所へ真っ直ぐに。
(…出て来い、機械…!)
 お前なんかに負けるもんか、と扉の奥へと踏み込んだ途端に、止まった息。
 もう文字通りに止まった呼吸。
 息をすることさえも忘れてしまって、懐かしさに胸が高鳴った。
 目の前に故郷の母がいたから。
 二度と会えないと思っていた母、顔さえもぼやけてしまった母が。
「ママ…!!」
 どうしてママが此処にいるの、と叫んで駆け寄ったのだけど。
 母に抱き付こうとしたのだけれども、すり抜けてしまった自分の腕。
「……ママ……?」
 ママの身体が透き通ってる、と見開いた瞳。
 いったい母はどうしたのだろう、それとも立体映像だろうか…?
「ママ……?」
 急にこみ上げて来た不安。
 故郷の母に何か起きたか、父に何かがあったのか。
 それで知らせが来たのだろうか、立体映像で自分宛にと。
(……ママ……?)
 何があったの、と尋ねたいのに声が喉から出て来ない。
 あまりの不安に押し潰されて、すっかり声が嗄れてしまって。
 マザー・イライザのコールの理由はこれだったのかと、恐ろしくて。
 故郷で何が起こったのかと、母はいったい、何を知らせに来たのかと。


 ただ怯えながら待っていた言葉。
 母の映像が告げに来た何か、きっと良くない何かの兆し。
 それは間違ってはいなかったけれど、不安は当たっていたのだけども…。
「…ようこそ。セキ・レイ・シロエ」
 あなたの心が不安定なのでコールしました、と微笑んだ母。
「…ママ……?」
 コールって何、と驚いて見詰めた母の顔。
 母の言葉とも思えないから、こんな言い回しを母はしなかった筈だから。
(ぼくのこと、ママは「あなた」だなんて…)
 呼ばなかった、と途惑う間に、母は優しい笑顔で続けた。
「コールサインで来たのでしょう? …セキ・レイ・シロエ」
 私の名前は、マザー・イライザ。
 このステーション、E-1077のメイン・コンピューターです。
 あなたが来るのを待っていました、と母は澱みなく話し続ける。
 「お母さんの姿に似ているでしょう?」と、笑みを湛えて。
 「見る者が親しみを覚える姿で現れることも、私の大切な役目なのです」と。
(……嘘だ……!)
 お前なんかはママじゃない、と叫びたいのに、動かない舌。
 身体ごと全部凍ってしまって、床に縫い止められたよう。
(…ママ、助けて…!)
 パパ、と心で悲鳴を上げても、母の手が頬に触れて来る。…マザー・イライザの手が。
「いらっしゃい、シロエ」
 あなたの心を私に見せて、と微笑む機械に逆らえない。
 こうする間に、意識が薄れて消えてゆくから。
 マザー・イライザが触れた頬から、身体中の力が抜けてゆくから。


 目覚めた時には、やはり同じに目の前に母。
 「大丈夫ですか?」と、「ずいぶん深く眠っていました」と。
 気分はどうです、と慈愛に満ちた笑みを浮かべる母を激しく怒鳴り付けた。
 「お前なんか」と、「ぼくは機械は大嫌いだ!」と。
「……まあ、シロエ……」
 あなたは混乱していますね、と機械は叱り付けさえしない。
 母ならば、きっと叱るのに。
 「ママに向かって怒鳴るだなんて」と、「パパが帰ったら言わなくちゃ」と。
(…まだ、そのくらいのことは覚えているよ…!)
 こんな機械には騙されない、と駆け出したけれど。
 後をも見ないで逃げ出したけれど、シロエは気付いていなかった。
 幾つかの記憶を消されたこと。
 一部を書き換えられたこと。
(…何なんだ、あのマザー・イライザって…!)
 機械のくせに、と走り込んだ部屋で机に叩き付けた拳。
 母を真似るなど許しはしないと、反吐が出そうなコンピューターだと。
 そうして怒り続けるけれども、戦いを決意するのだけれど。
『……全て、私のプログラム通り……』
 あなたはそのままでいいのです、と部屋を視ているマザー・イライザ。
 シロエの中から、監視カメラを破壊する決意を消したから。
 それを消されたことさえ知らずに、シロエは孤独な戦いの道へと踏み出したから…。

 

         母を真似る機械・了

※シロエには「ママ」に見える筈なのが、マザー・イライザ。母に似た姿で現れる機械。
 最初の出会いはどうだっただろう、と考えていたら、こういうことに。シロエ、可哀相。






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(地球を……見たかった)
 そう、今も。あの青い星を。
 辿り着けないままに、命尽きようとしている今も。
 あの青なのだ、とブルーの心を占めるもの。
 キースに撃たれて右の瞳を失くしたけれども、それでも「違う」と思う青。
 視界を覆い尽くす光は、この青は地球の青ではないと。
(…沈むがいい)
 忌まわしい青を帯びたメギドは、地獄の劫火は、自分と共に燃え尽きるがいい。
 暗い宇宙に沈むがいい。
 こんなモノなど、誰も欲しいと思わないから。
 死と破壊しかもたらさないもの、滅びの炎を吐くものなどは。
(同じ青でも…)
 どうして、これほどまでに違う青なのか。
 焦がれ続けた地球の青とは、まるで違った魔性の青。
 滅びるがいい、と心から思う。
 この青は自分が連れて逝くから、船は地球へと旅立つがいい。
 長く暮らした、あの白い船。
 楽園という名のミュウの箱舟、シャングリラはどうか、青い地球まで…。


 不思議なくらいに凪いでいる心、そうして伸びてゆく時間。
 じきに全てが終わるのに。
 この命の灯は消えるというのに、まだ紡がれてゆく想い。
(ジョミー…)
 皆を頼む、と叫んだ思念は、ジョミーの許に届いたろうか。
 フィシスに託した記憶装置も、ジョミーの手へと渡るだろうか。
(…フィシスなら、きっと…)
 きっと分かってくれると思う。
 あれを残して行った理由を、彼女はあれをどうすべきかを。
 青い地球を抱いた神秘の女神。
 無から作られた者と知りながら、ミュウだと偽り、手に入れたフィシス。
(皆を騙して…)
 フィシスにも嘘をついたけれども、そうまでしても欲しかった地球。
 彼女だけが持つ青い地球が欲しくて、それを見たくて犯した罪。
(…本物の地球を見られないのは…)
 そのせいだろうか、「地球が欲しい」と欲張ったから。
 白い箱舟の皆を騙して、地球を抱くフィシスを欺いてまで。


 青い地球まで辿り着けないのが、罪の報いと言うのなら。
 罪ゆえに此処で終わると言うなら、この身で罪を償った後。
 メギドと共に滅びた後には、どうか地球まで飛ばせて欲しい。
 魂だけでも、青い地球まで。
 肉眼では地球を見られなくても、この魂に焼き付けるから。
 青く美しい星の姿を、母なる地球を。
(…地球へ…)
 どうか地球へ、と宇宙(そら)へ舞い上がる想い。
 神にも慈悲があると言うなら、あの青い星へ。
 魂は何処へ飛び去ろうとも、何億年という旅をしようと、旅の終わりが地球ならばいい。
 あの青い星を、一目だけでも見られればいい…。


 それがブルーの最期の願い。
 暗い宇宙を彷徨おうとも、青い地球へと。
 幾千億の塵と化した後でも、ひとひらでいい、地球に辿り着ければ、と。
 この魂を乗せた欠片が巡り巡って、あの青い星に着けたなら…。
 どうか、と願い、その身は滅びたけれど。
 魂は宇宙(そら)へ飛び去ったけれど、その旅の終わり。
(…地球か…?)
 そうなのか、と再び目覚めた意識。
 ずいぶんと長く旅をしたような、星の瞬きほどだったような、定かではない流れた時。
(……ああ、地球は……)
 あの直ぐ側に在ったのか、と見上げたメギド。
 すっかり風化しているけれども、地球の大地に突き刺さったそれ。
(意外と頑丈だったのだな…)
 爆発したかと思ったのに、と青い空を仰ぐブルーは知らない。
 あれから気の遠くなるほどの時が流れ去ったことも、そのメギドは別のものだとも。
 ただ、分かることは「地球」ということ。
 今の自分は花になったこと、風に揺られる淡い桃色の花に。
 そう、人の身ではないのだけれども、満ちてゆくのは幸せな想い。
 願いは叶えられたから。
 青い地球に咲く花になれたから、地球をこの目で見られたから…。

 

         青い星まで・了

※「7月28日はブルー生存ネタの日なんだぜ!」と、2011年から戦っていた管理人。
 ハレブル転生ネタを始めた2014年から、記念作品はサボっていたんですけど…。
 2016年7月28日の記念作品、ハレブルじゃないから此処に置かせて下さいです。





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(…人間ですらもなかったとはな…)
 いや、人間だと言うべきなのか、とキースが強く握った拳。
 自分の他にはマツカしかいない小型艇。
 これで出て来た基地に戻るまで、「私の部屋には近付くな」と命じてある、忠実なマツカ。
 でないと、いったい何を仕出かすか分からないから。
 冷静なように見えていたって、心に渦巻く嫌悪感。
 …そう、嫌悪。
 その言い回しが相応しいだろう、今の自分の感情には。
 しかも、マツカに向けたものならまだしも、この嫌悪感が向かう先には自分自身。
 さっき見て来たサンプルと同じ、まるで変わらない姿の自分。
(…違うのは年齢くらいなものだ)
 私との違いは其処だけだな、と思うよりない標本たち。
 マザー・イライザが残したサンプル、それをE-1077ごと処分した。
 自分を生み出したフロア001、シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所を。


 この船室に閉じこもっていても、背を這ってゆく気味悪さ。
 此処にいる自分も、サンプルと何処も違わない。
 たまたま選び出された一体、そうなのだろうと思わざるを得ないのが自分。
(…何が最高傑作だ…)
 私の努力でそうなったのではないのだからな、と反吐が出そうなマザー・イライザの言葉。
 自分というモノが作られた時に、巡り合わせが良かっただけ。
 たまたま出来が良かっただけ。
 処分されずに、サンプルに回されることもないまま、こうして成長したというだけ。
 …無から生まれた人形が。
 人間と呼んでいいのかどうかも、自分では自信が持てないモノが。
(…シロエは人形だと言っていたが…)
 実際の所はどうなのだろうか、自分はヒトか、それとも作られた人形なのか。
 まさか、此処までとは思わなかった。
 人間ですらもなかったとは。
 自分を生み出す元になる「ヒト」が、世界の何処にもいなかったとは。


 遠い昔に、シロエに「お人形さんだ」と罵倒された後。
 自分なりに答えを探そうとした。
 マザー・イライザに向かって尋ねて、得られないままで終わった答え。
 ならばと目指した、シロエから聞いたフロア001という場所。
 けれども辿り着けないまま。
 いつも何らかの邪魔が入って、行けないままに離れてしまった、あのE-1077。
 卒業したら、もういられないから。
 用も無いのに、戻ってゆくことは不可能だから。
 まして廃校になった後には尚更、けれど何処かでホッとしてもいた。
(…成長する人形など、有り得ないからな…)
 どんなに精巧なアンドロイドでも、知能以外は成長しない。
 E-1077にいた間ならば、マザー・イライザが細工出来たかもしれないけれど…。
(…離れた後には、もう不可能だ)
 少しずつ年齢を重ねる身体を、新しいものに取り替えるのは。
 「キース・アニアン」と呼ばれる人間、それに相応しく外見を作り替えるのは。


 だから「人間だ」と弾き出した答え。
 シロエの言葉にあった「人形」、それは何かの例えなのだと。
 「マザー・イライザが作った人形」、シロエは確かにそう言った。
 自分の中の「何処か」は作られたものだろうけれど、恐らくはほんの一部分。
 基本的には人形ではなくヒトなのだ、と思った、自分自身という存在。
(…遺伝子レベルで操作したとか…)
 あるいは何らかの手段を用いて、高度な知識を大量に流し込んだとか。
 そんな所だ、と考えていた。
 どう転がっても「ヒト」は「ヒト」だと、アンドロイドでは有り得ないと。
 E-1077を離れた後にも、きちんと重ねてゆく年齢。
(怪我で血が出る程度なら…)
 アンドロイドに細工も可能だけれども、年を重ねる人形は無理。
 計画的に器を取り替えなければ、機械仕掛けの頭脳を移してやらなければ。
 そう思ったから、「ヒトだ」と安心した自分。
 どんな生まれでも、人間だと。
 遺伝子を組み換えた存在だろうが、脳に直接、データをインプットされていようが。


(…そっちだったら…)
 まだマシだった、と思える自分の正体と生まれ。
 遺伝子を好きに弄ってあろうが、頭蓋骨に怪しい傷があろうが。
 ヒトはヒトだし、ベースになった「ヒト」は何処かにいるのだから。
 もしくは過去に「居た」のだから。
 けれど、何処にも「居なかった」それ。
 自分は機械が無から作った人間、元になったヒトなどいはしない。
 三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。
 たったそれだけ、「ヒト」は何処にも介在しない。
 ゆえに神の手も働いてはいない、「ヒト」が関わらないのだから。
 神の領域にまでも踏み込んだ機械、それが自分を作っただけ。
 生命の神秘も、神に祝福された命も、自分の中には、その欠片すらも…。
(…まるで入ってはいないのだ…)
 こうして「頭脳」は「考える」のに。
 今も「心」は「乱される」のに、それさえも神の手の中には無い。
 あえて言うなら機械の手の中、機械が自分の「造物主」だから。
 自分を作った「神」がいるなら、その神はマザー・イライザだから。


 不完全とさえ言えない生命。
 この世に生まれる価値も無いモノ、これを本物の神が見たなら。
 自らの手が働かなかったものなら、神はこちらを「見もしない」だろう。
 神が差し伸べる救いの手さえも、自分のためには伸びては来ない。
 救う価値すら無いモノだから。
 「存在してはならない生命」、それこそがまさに自分のこと。
 神は自分を作っていないし、元になった「ヒト」さえいなかったから。
 機械が冒した禁忌の産物、それが自分という生命。
(…こんな醜い化け物などに比べたら…)
 ミュウどもの方が遥かにマシだ、と認めざるを得ない自分の「価値」。
 神にどちらかを選ばせたならば、間違いなくミュウが選ばれるから。
 ミュウが選ばれ、神の導く道をゆくなら、自分を待つのは地獄だから。
(…そして、本当に地獄なのだな)
 私の道は、と唇に浮かんだ自嘲の笑み。
 ミュウと人類、分がありそうなのはミュウの方だと分かっている。
 なのに自分は人類の指導者、そうなるように作り出されたから。
 明らかにミュウに劣る種族を、人類を率いてゆく者だから。
 どう進んだとて、茨の道。
 最後は地獄に落ちるしかない、自分を作った機械もろとも。
 ミュウたちが神に選ばれた時に。
 彼らが勝者となった途端に。


(…マザー・イライザは一足先に…)
 地獄に落ちて行ったのだがな、と処分したE-1077を思う。
 惑星の大気圏に落下し、燃え尽きていったステーション。
 マザー・イライザの悲鳴は地獄に消えたけれども、いつか自分も落ちるのだろう。
 「存在してはならない生命」、そんなモノには神は救いを寄越さないから。
 血を吐くような祈りを捧げてみたって、神は応えもしないのだろう。
 「ヒトではない」者の祈りには。
 神が作らなかったモノには、きっと視線も投げたりはしない。
 その生命に、いくら「心」があろうとも。
 今は神など要らないけれども、いつか「欲しい」と願ったとしても。
(……ミュウどもにも劣る生命体か……)
 そもそも生きているのかどうか、と自虐的にしかならない考え。
 この呼吸は本当に生の証かと、心臓の鼓動はどうなのかと。
 血管の中を流れる血さえも、全て機械が作ったもの。
 これでも自分は「生命」なのかと、「人間」だと言っていいのかと。
(…しかし、私は…)
 生きるようにと作り出されて、これからも生きてゆかねばならない。
 行く手に地獄が待っていようと、神の目には全く映らない生であろうとも。


 だから生きる、と思うけれども、生き抜く覚悟はあるのだけれど。
 そうは思っても、まだ暫くは…。
(……出られないな……)
 マツカの前に、と鍵を掛けた部屋でついた溜息。
 生命としての存在意義なら、マツカの方が上だから。
 ミュウであろうが、化け物だろうが、マツカは「ヒト」に違いないから。
 もう一度、自分が優位に立つまで、「上だ」と確信出来る時まで、此処からは出ない。
 一歩たりとも出てはならない、完璧なままでいたければ。
 誰もが敬意を抱くエリート、キース・アニアンの姿を保ちたければ。
 自分に自信を持てるまで。
 真に優れた存在なのだと、自分をも騙しおおせるまでは…。

 

         作られた生命・了

※キースが自分の正体を知って、何も思わない筈がないよな、という捏造。
 いくらキースがエリートだろうが、いや、エリートだけに考え込みそうな気がします…。






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(…こんな死に方は御免蒙りたいね)
 とんでもないや、とシロエが眺めた教科書。
 宇宙空間に浮かぶE-1077ならではの教育内容、船外活動。
 真空の宇宙空間で行う様々な演習、それに訓練。
 チームメイトのミスでも充分、起こり得る事故死。
 自分のミスのせいではなくて。
 一緒にチームを組んだ人間、そいつのミスで。
(足を引っ張られるくらいなら…)
 マシだけどね、と思う無能な同級生たち。
 「リーダーは俺だ」と威張る者やら、その取り巻きやら。
 彼らの中の誰かが犯してしまったミス。それで失われる自分の命。
 とても堪ったものではないから、これからも好きにやらせて貰おう。
 あんな輩のミスで殺されては堪らないから。
 そうなるよりかは、まだ自分で…。
(首でも括った方がマシだよ)
 でなければ、毒を呷るとか。
 保安部隊の銃を奪って、それで頭を撃ち抜くだとか。
 そういう死ならば、自分のせい。
 自分の意志で選ぶ死だから、どう死んだってかまわない。
 チームメイトに殺されるよりは、その方がずっとマシというもの。
 この部屋の中で、首を括ってぶら下がっても。
 床に血反吐を吐いて死んでも、脳漿を派手に撒き散らしても。


 遥かにマシだ、と考えた自殺。
 チームメイトのミスで死ぬより、よほどマシだし、納得して死ねる。
 自分で選んだ運命なのだし、どう死のうとも。
 死体と化してしまった自分を、他の者たちが眺めようとも。
 まるで何かのイベントのように、騒ぎ、楽しむ野次馬たちが来てもかまわない。
 チームメイトのミスなどのせいで、同じ結果になるよりは。
 「シロエが死んだ」と騒ぎになって、死体を囲まれるよりは。
 ずっとマシだ、と心で繰り返したら、ふと掠めた思い。
 「死ぬ」ということ。
 今まで思いもしなかったけれど、そういう道もあったのか、と。
 人間は生きてゆくだけではなくて、死んでゆくことも、その宿命。
 いつか、何処からか「死」は訪れるし、選び取りさえ出来るものが「死」。
 選ぼうとは思わないけれど。
 何が何でも生き抜かなければ、地球には辿り着けないけれど。
(…死んでしまったら、国家主席にもなれないから…)
 もう取り戻せない、失った記憶。
 だから死ねない、いつか機械に命じるまでは。
 「ぼくの記憶を、ぼくに返せ」と。
 そして「止まれ」と、グランド・マザーを停止させるまでは。


 自殺なんかはするもんか、と握った拳。
 死んでたまるかと、「チームメイトに殺されるよりはマシなだけ」と。
 自ら選ぶ「死」というものは。
 他の誰かに殺されるよりは、自分の意志で死にたいだけ。
 同じ「死」でも、遥かに価値があるから。
 自分で選んだ道がそれなら、押し付けられるよりも心地良いから。
 死体になることは変わらなくても。
 其処で命が尽きることには、何の違いも無かったとしても。
(…誰かの間抜けな、ミスで殺されるよりかはね…)
 それくらいならば自分で死ぬよ、と思ったけれど。
 ずっとマシだと考えたけれど、こうして「生きている」自分。
 成人検査で子供時代の記憶を奪われ、その復讐のためにだけ。
 いつか記憶を取り戻そうと、がむしゃらに努力し続けるけれど。
 トップエリートに昇り詰めようと、メンバーズに、それに国家主席に、と思うけれども…。
(……それよりも前に……)
 今よりも前に「死んで」いたなら、どうだったろう?
 機械に記憶を奪われる前に。
 E-1077に連れて来られるよりも前に、エネルゲイアにいた頃に。


 そういう道もあったんだ、と今頃、思い知らされたこと。
 養父母が大切に育てていたって、死んでしまう子供はゼロではない。
 病死とか、事故死。
 そちらの道を進んでいたなら、自分は此処にはいないのだけれど。
 セキ・レイ・シロエはとうの昔に、死んでしまっている筈だけれど…。
(…そうなっていたら…)
 失くさなかった、と気付いた子供時代の記憶。
 目覚めの日よりも前に死んだら、両親も故郷も、しっかりと胸に抱えたまま。
 何一つ欠けてしまいはしないで、そのまま空へ飛べたのだろう。
(…子供は、死んだら…)
 天使になると何処かで聞いた。
 それが何処かは覚えていないし、誰に聞いたのかも覚えていない。
 父だったのか、それとも母か。あるいは何かの本で読んだか。
(ぼくが子供のままで死んだら…)
 両親は嘆き悲しむけれども、自分は幸せだったろう。
 ネバーランドへ旅立つ代わりに、背中に白い翼を貰って。
 「見て、飛べるよ!」と、はしゃぎ回って。
 ピーターパンにだって会いに行けると、きっと無邪気に喜んだだろう。
 両親の側を飛び回って。
 「ぼくはこんなに幸せなんだし、泣かないで」と。
 ネバーランドまで飛んで行けるよと、「ぼくは天使になれたんだよ」と。


 考えたことも無かったこと。
 幸せだった子供時代に、そのままで時を止めること。
 心臓の鼓動が止まってしまえば、「セキ・レイ・シロエ」は子供でいられた。
 大好きな両親を覚えたままで。
 故郷の風も光も空気も、何一つ忘れてしまいはせずに。
 大切な思い出を全て抱えて、舞い上がれた空。
 真っ白な天使の翼を広げて、永遠へと。
 子供が子供でいられる国へと、ネバーランドのそのまた向こうの天国へと。
 天使だったら、この上もなく自由だったろう。
 何処へ飛ぶのも、何処へゆくのも。
 きっと地球へも飛んでゆけたろう、天使の翼だったなら。
 白い翼を貰っていたなら、今頃は自由だった筈。
 大好きな両親の側を飛ぶのも、故郷の空を飛び回るのも。
 雲の隙間から地上を覗いて、「オモチャみたい」と町や車を眺めるのも。
(…天使の梯子…)
 そう呼ぶのだと聞いた、雲間から地上に射す光。
 天使が其処を通る梯子だと、天国と地上を行き来するためにあるのだと。
 あれを昇って雲の上へ行って、滑り台みたいに滑って下へ。
 両親に会いたくなった時には、天使の梯子で下りてゆく。
 ネバーランドに行きたくなったら、天使の梯子を昇って空へ。
 真っ白な天使の翼で羽ばたき、ピーターパンと一緒に飛んでゆく国。
 遊び疲れて眠る時には、フカフカだろう雲のベッドに転がって。


(……死んじゃってたら……)
 両親を好きなままでいられた。
 もちろん今も大好きだけれど、もう覚えてはいない顔。
 思い出せないから、何処で出会っても分からない。
 けれど、天使になっていたなら、両親の顔はぼやけなかった。
 故郷も家も覚えていられた、忘れたりせずに。
 幸せな子供のままでいられた、背中に白い翼の子供。
 「パパ、ママ!」と側を飛び回って。
 「シロエがいない」と嘆き悲しむ両親、大好きな二人に呼び掛けられた。
 自分の声は届かなくても。
 両親は泣いたままだとしたって、きっと自分は今より幸せ。
 何一つ失くさなかったから。
 命と身体は失くしたけれども、記憶は持っていられたから。
(……こんな所で、誰かのミスで……)
 命を落としてしまうよりかは、幸せすぎる自分の最期。
 ピーターパンの本で憧れた永遠の子供、自分はそれになれるのだから。
 真っ白な天使の翼を広げて、いつまでも子供なのだから。
 どうしてそちらへ行けなかったろう、この道へ来てしまったろう。
 もしも自分で選べたのなら、あそこで時を止めたのに。
 両親に手を握って貰って、「さよなら」と告げて。
 涙を流すだろう両親、誰よりも好きな人たちに「パパ、ママ、大好き」と。
 最後にそれを言えたら良かった、そして天使になれば良かった。
 自分で選んで良かったのなら、選び取ることが出来たなら。
(…でも、ぼくは…)
 成人検査がどんなものかも知らなかったし、きっと選ばない選択肢。
 素敵な未来があると信じて、機械に騙されたのだから。
 成人検査に全てを奪われ、此処にポツンと一人きりだから。


 けれど、と頬に零れた涙。
 自分が天使になっていたなら、本当に幸せだった筈。
 両親も故郷も何も失くさず、もう永遠に子供のまま。
(……神様は、どうして……)
 ぼくを死なせてくれなかったの、と思うけれども、もう戻れない。
 自分は天使になり損ねたまま、今も此処に生きているのだから。
 天使になり損なった子供は、こうして生きてゆくしかない。
 事故で命を落とさないように、誰かの間抜けなミスで殺されないように。
 今となっては、生きて世界のトップに立つしか道は無いから。
 失くした子供時代の記憶は、そうしないと戻って来ないのだから…。

 

          なり損ねた天使・了

※目覚めの日までに死んでいた場合、両親の記憶はそのままだよね、と思ったわけで。
 その発想に至るまでのシロエは、強気な今のシロエという。天使になりたいのもシロエ。






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(冷徹無比な破壊兵器か…)
 よくも名付けた、とキースが翳らせた、冷たいアイスブルーの瞳。
 自分の姿はそう見えるのか、と。
 「コンピューターの申し子」の次は、「冷徹無比な破壊兵器」かと。
 どちらも心が無さそうなモノで、破壊兵器の方が「申し子」よりも更に上。
 「申し子」だったら人間だけれど、「破壊兵器」は機械だから。
 元より心を持っていないモノ、持っていなくて当然のもの。
 それが自分かと、ついに其処まで成り下がったかと。
(……グランド・マザーの御意志ならな……)
 仕方ないが、と思うけれども、何故だか酷く疲れた気がする。
 あの名が軍に、国家騎士団に広がってゆくだけで。
 陰でヒソヒソ囁き交わしているならまだしも、褒め言葉として言われるのが今。
 配属されたばかりの若い士官が最敬礼して。
 「少佐の部下に配属されるとは、光栄であります!」と。
 彼らの憧れ、キース・アニアン上級少佐。
 それが自分で、冷徹無比な破壊兵器と称賛されている有様。
 多分、そうではない筈なのに。
 今はそうかもしれないけれども、元は違っていた筈なのに。


 疲れた、と自分で淹れたコーヒー。
 自室に座って口にしながら、思い出すのは名前の理由。
 どうして今の異名があるのか、「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる所以は何なのか。
(マザー直々の命令だったが…)
 陣頭指揮を執ることになった、ラスコーで起こった反乱の鎮圧。
 マザー・システムに不満を抱く兵士たち、彼らが起こしたクーデター。
 元々は小さな部隊の反乱、けれども増えた賛同者たち。
 手をこまねく間に、燎原の火のように広がり、星を丸ごと巻き込んだ。
 「独立しよう」と、「マザー・システムはもう要らない」と。
 相手は戦闘に慣れた者たち、地の利もあるから手も足も出ない。
(…だから私が駆り出されたんだ…)
 メンバーズならば、きっと鎮圧できるだろうと。
 どういう指揮を執るのも良しと、兵器も何を使っても良し、と。
(そこまでお膳立てをされたからには、働くさ)
 グランド・マザーの御意志のままに、と口に含んだコーヒーの苦味。
 それが戦場を思い出させる、「こうやった」と。
 あの作戦の指揮を執っていたのは、確かに自分だったのだと。


 綿密に立てておいた作戦。
 けれど、尻込みした兵士たち。
 相手も同じ兵士だから。
 通信回線を通して流れる、反乱軍からのメッセージ。
 「共に戦おう」と、「我々は同志を歓迎する」と。
 彼らは攻撃して来なかった。
 「君たちの心を信じて待つ」と。
 それこそが彼らの強さで、戦法。
 考える時間を与えられる内に、「彼らが正しい」と共に反旗を翻した者たち。
 彼らが集う場所がラスコー、幾つもの部隊が合流しては増える戦力。
 銃を向けては来ないのに。
 ミサイルの一つも放ちはしないで、戦わずに待っているだけなのに。
(ああいう奴らが厄介なんだ…)
 何処から見たって、彼らの方が正義だから。
 鎮圧しようと兵器を持ち出す方が悪魔で、邪悪だから。
(どいつもこいつも、役に立たなくて…)
 持ち場にいたって、照準を合わせることさえしない。
 「あそこにいるのは、仲間なのでは」と。
 何も攻撃して来ないのだし、きっと話せば分かるのだろうと。


 だから一人でやることに決めた。
 「どけ!」と兵士たちを退け、淡々と照準を合わせていって。
 反乱軍の拠点を一つ残らずロックオンして、発射ボタンを押したミサイル。
 多分、迎撃するだろうから、「攻撃が来たら撃て」と命じた。
 「奴らは敵だ」と、「我々を撃って来るのだからな」と。
 狙いは当たって、第一波で潰れなかった拠点は、部下の兵士たちが当たった掃討。
 彼らもようやく目が覚めたから。
 こちらへ向かって撃たれたミサイル、それを目にして。
 あちこちの基地から急発進した、戦闘機の群れで正気を取り戻して。
(…私は口火を切っただけのことだ)
 そう思うけれど、それが「誰にも出来なかったこと」。
 同じ仲間がいる筈の場所に、ミサイルを撃ち込んでやるということ。
 撃てば、仲間は死ぬのだから。
 自分と同じ仲間を殺してしまうのだから。


(ただ、それだけのことなのだがな…)
 しかし、誰も出来ずにいたのが現実。
 自分の他には、誰一人として。
 反乱部隊を鎮圧した後、ついた異名が「冷徹無比な破壊兵器」というものだった。
 血も涙も無いから出来たことだと、本当に破壊兵器だと。
 普通、人間には出来はしないと、恐ろしすぎるメンバーズだと。
(…私はマザーに従ったまでで…)
 それに、と心にわだかまる思い。
 マザー・システムに反旗を翻した者、ラスコーに集っていた兵士たち。
 彼らの中には、きっとシロエがいた筈だから。
 そういう名前ではなかったとしても。
 「セキ・レイ・シロエ」の名は持たなくても、シロエと同じ心の持ち主。
 マザー・システムには従えない者、機械の言いなりになって生きたくなかった者。
 大勢のシロエがいたのだろうと、自分だからこそ分かること。
 あの時、作戦に赴いた兵士、その中の誰が気付かなくても。
 誰一人として知らないままでも、自分には分かる。
 「もう一度、シロエを殺したのだ」と。
 シロエと同じに、強すぎる意志を持った者。
 それを何人殺したのかと、この手は何処まで血に染まるのかと。


 ラスコーの反乱、その首謀者が何人ものシロエだったなら。
 彼らの下には、大勢のサムもいたのだろう。
 優しい心を持っていた友、気のいいサム。
 彼ならばきっと、危険な任務も「いいぜ」と進んで引き受ける。
 それが仲間の役に立つなら、喜んで。
 真っ先に爆撃される場所でも、「俺なんかで役に立つんなら」と。
 何人のサムが、あのラスコーにいたことか。
 自分がミサイルを撃ち込んだ場所に。
 部下たちに「撃て」と命じた地点に、飛び立って来た戦闘機の操縦席に。
(…サムと、シロエと…)
 どちらも私が殺したんだ、と分かっている。
 もっとも、サムなら、今も元気にしているけれど。
 ずいぶんと長く会っていなくても、本物のサムは今も宇宙を飛んでいる。
 パイロットとして、今も何処かの宙域を。
 昔のままに気のいい笑顔で、仲間たちとも仲良くして。
(…あのサムが、これを聞いたなら…)
 いったい何と思うだろうか、ラスコーで自分がしてきたことを知ったなら。
 対外的には、反乱軍の鎮圧でしかないけれど。
 サムは事実を知りようもなくて、「流石はキース!」と言いそうだけれど。
 昔と同じにエリートだよなと、「やっぱり俺とは出来が違うぜ」と。


(…サムに、シロエに…)
 私が殺した相手はそうだ、と分かっているから覚える疲れ。
 本当にこれでいいのか、と。
 「冷徹無比な破壊兵器」の道を歩んでいていいのかと。
 それは間違いではないけれど。
 正しい道だと、グランド・マザーは自分を導いてゆくのだけれど。
(…いつか後悔せねばいいがな…)
 そんな日が来る筈もないのに、時折、胸を掠める思い。
 「誤りだった」と気付かされる日、その日は遠くないのでは、と。
 サムはともかく、シロエの声が聞こえて来る日。
 「前から言っていたでしょう?」と。
 なのに気付かなかったんですかと、「機械の申し子も、大したことはありませんね」と。
(……そうなりたくはないのだが……)
 分からないのが未来なんだ、と傾けたカップのコーヒーが苦い。
 いつもは舌に心地良いのに、今日は疲れているせいなのか。
 それともシロエの声が未来から、響いて来た気がするからなのか。
(ラスコーか…)
 冷徹無比な破壊兵器か、と唇に浮かべた自虐の笑み。
 それには心はありそうもないなと、兵器は心を持たないからな、と…。

 

         ラスコーの反乱・了

※「冷徹無比な破壊兵器」の異名を取ったらしい、ラスコーの反乱。その中身は謎。
 捏造したっていいんだよな、と書いたオチ。ラスコーもアルタミラも洞窟壁画だよね?






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