忍者ブログ

作られた生命

(…人間ですらもなかったとはな…)
 いや、人間だと言うべきなのか、とキースが強く握った拳。
 自分の他にはマツカしかいない小型艇。
 これで出て来た基地に戻るまで、「私の部屋には近付くな」と命じてある、忠実なマツカ。
 でないと、いったい何を仕出かすか分からないから。
 冷静なように見えていたって、心に渦巻く嫌悪感。
 …そう、嫌悪。
 その言い回しが相応しいだろう、今の自分の感情には。
 しかも、マツカに向けたものならまだしも、この嫌悪感が向かう先には自分自身。
 さっき見て来たサンプルと同じ、まるで変わらない姿の自分。
(…違うのは年齢くらいなものだ)
 私との違いは其処だけだな、と思うよりない標本たち。
 マザー・イライザが残したサンプル、それをE-1077ごと処分した。
 自分を生み出したフロア001、シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所を。


 この船室に閉じこもっていても、背を這ってゆく気味悪さ。
 此処にいる自分も、サンプルと何処も違わない。
 たまたま選び出された一体、そうなのだろうと思わざるを得ないのが自分。
(…何が最高傑作だ…)
 私の努力でそうなったのではないのだからな、と反吐が出そうなマザー・イライザの言葉。
 自分というモノが作られた時に、巡り合わせが良かっただけ。
 たまたま出来が良かっただけ。
 処分されずに、サンプルに回されることもないまま、こうして成長したというだけ。
 …無から生まれた人形が。
 人間と呼んでいいのかどうかも、自分では自信が持てないモノが。
(…シロエは人形だと言っていたが…)
 実際の所はどうなのだろうか、自分はヒトか、それとも作られた人形なのか。
 まさか、此処までとは思わなかった。
 人間ですらもなかったとは。
 自分を生み出す元になる「ヒト」が、世界の何処にもいなかったとは。


 遠い昔に、シロエに「お人形さんだ」と罵倒された後。
 自分なりに答えを探そうとした。
 マザー・イライザに向かって尋ねて、得られないままで終わった答え。
 ならばと目指した、シロエから聞いたフロア001という場所。
 けれども辿り着けないまま。
 いつも何らかの邪魔が入って、行けないままに離れてしまった、あのE-1077。
 卒業したら、もういられないから。
 用も無いのに、戻ってゆくことは不可能だから。
 まして廃校になった後には尚更、けれど何処かでホッとしてもいた。
(…成長する人形など、有り得ないからな…)
 どんなに精巧なアンドロイドでも、知能以外は成長しない。
 E-1077にいた間ならば、マザー・イライザが細工出来たかもしれないけれど…。
(…離れた後には、もう不可能だ)
 少しずつ年齢を重ねる身体を、新しいものに取り替えるのは。
 「キース・アニアン」と呼ばれる人間、それに相応しく外見を作り替えるのは。


 だから「人間だ」と弾き出した答え。
 シロエの言葉にあった「人形」、それは何かの例えなのだと。
 「マザー・イライザが作った人形」、シロエは確かにそう言った。
 自分の中の「何処か」は作られたものだろうけれど、恐らくはほんの一部分。
 基本的には人形ではなくヒトなのだ、と思った、自分自身という存在。
(…遺伝子レベルで操作したとか…)
 あるいは何らかの手段を用いて、高度な知識を大量に流し込んだとか。
 そんな所だ、と考えていた。
 どう転がっても「ヒト」は「ヒト」だと、アンドロイドでは有り得ないと。
 E-1077を離れた後にも、きちんと重ねてゆく年齢。
(怪我で血が出る程度なら…)
 アンドロイドに細工も可能だけれども、年を重ねる人形は無理。
 計画的に器を取り替えなければ、機械仕掛けの頭脳を移してやらなければ。
 そう思ったから、「ヒトだ」と安心した自分。
 どんな生まれでも、人間だと。
 遺伝子を組み換えた存在だろうが、脳に直接、データをインプットされていようが。


(…そっちだったら…)
 まだマシだった、と思える自分の正体と生まれ。
 遺伝子を好きに弄ってあろうが、頭蓋骨に怪しい傷があろうが。
 ヒトはヒトだし、ベースになった「ヒト」は何処かにいるのだから。
 もしくは過去に「居た」のだから。
 けれど、何処にも「居なかった」それ。
 自分は機械が無から作った人間、元になったヒトなどいはしない。
 三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。
 たったそれだけ、「ヒト」は何処にも介在しない。
 ゆえに神の手も働いてはいない、「ヒト」が関わらないのだから。
 神の領域にまでも踏み込んだ機械、それが自分を作っただけ。
 生命の神秘も、神に祝福された命も、自分の中には、その欠片すらも…。
(…まるで入ってはいないのだ…)
 こうして「頭脳」は「考える」のに。
 今も「心」は「乱される」のに、それさえも神の手の中には無い。
 あえて言うなら機械の手の中、機械が自分の「造物主」だから。
 自分を作った「神」がいるなら、その神はマザー・イライザだから。


 不完全とさえ言えない生命。
 この世に生まれる価値も無いモノ、これを本物の神が見たなら。
 自らの手が働かなかったものなら、神はこちらを「見もしない」だろう。
 神が差し伸べる救いの手さえも、自分のためには伸びては来ない。
 救う価値すら無いモノだから。
 「存在してはならない生命」、それこそがまさに自分のこと。
 神は自分を作っていないし、元になった「ヒト」さえいなかったから。
 機械が冒した禁忌の産物、それが自分という生命。
(…こんな醜い化け物などに比べたら…)
 ミュウどもの方が遥かにマシだ、と認めざるを得ない自分の「価値」。
 神にどちらかを選ばせたならば、間違いなくミュウが選ばれるから。
 ミュウが選ばれ、神の導く道をゆくなら、自分を待つのは地獄だから。
(…そして、本当に地獄なのだな)
 私の道は、と唇に浮かんだ自嘲の笑み。
 ミュウと人類、分がありそうなのはミュウの方だと分かっている。
 なのに自分は人類の指導者、そうなるように作り出されたから。
 明らかにミュウに劣る種族を、人類を率いてゆく者だから。
 どう進んだとて、茨の道。
 最後は地獄に落ちるしかない、自分を作った機械もろとも。
 ミュウたちが神に選ばれた時に。
 彼らが勝者となった途端に。


(…マザー・イライザは一足先に…)
 地獄に落ちて行ったのだがな、と処分したE-1077を思う。
 惑星の大気圏に落下し、燃え尽きていったステーション。
 マザー・イライザの悲鳴は地獄に消えたけれども、いつか自分も落ちるのだろう。
 「存在してはならない生命」、そんなモノには神は救いを寄越さないから。
 血を吐くような祈りを捧げてみたって、神は応えもしないのだろう。
 「ヒトではない」者の祈りには。
 神が作らなかったモノには、きっと視線も投げたりはしない。
 その生命に、いくら「心」があろうとも。
 今は神など要らないけれども、いつか「欲しい」と願ったとしても。
(……ミュウどもにも劣る生命体か……)
 そもそも生きているのかどうか、と自虐的にしかならない考え。
 この呼吸は本当に生の証かと、心臓の鼓動はどうなのかと。
 血管の中を流れる血さえも、全て機械が作ったもの。
 これでも自分は「生命」なのかと、「人間」だと言っていいのかと。
(…しかし、私は…)
 生きるようにと作り出されて、これからも生きてゆかねばならない。
 行く手に地獄が待っていようと、神の目には全く映らない生であろうとも。


 だから生きる、と思うけれども、生き抜く覚悟はあるのだけれど。
 そうは思っても、まだ暫くは…。
(……出られないな……)
 マツカの前に、と鍵を掛けた部屋でついた溜息。
 生命としての存在意義なら、マツカの方が上だから。
 ミュウであろうが、化け物だろうが、マツカは「ヒト」に違いないから。
 もう一度、自分が優位に立つまで、「上だ」と確信出来る時まで、此処からは出ない。
 一歩たりとも出てはならない、完璧なままでいたければ。
 誰もが敬意を抱くエリート、キース・アニアンの姿を保ちたければ。
 自分に自信を持てるまで。
 真に優れた存在なのだと、自分をも騙しおおせるまでは…。

 

         作られた生命・了

※キースが自分の正体を知って、何も思わない筈がないよな、という捏造。
 いくらキースがエリートだろうが、いや、エリートだけに考え込みそうな気がします…。






拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]