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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(…人間ですらもなかったとはな…)
 いや、人間だと言うべきなのか、とキースが強く握った拳。
 自分の他にはマツカしかいない小型艇。
 これで出て来た基地に戻るまで、「私の部屋には近付くな」と命じてある、忠実なマツカ。
 でないと、いったい何を仕出かすか分からないから。
 冷静なように見えていたって、心に渦巻く嫌悪感。
 …そう、嫌悪。
 その言い回しが相応しいだろう、今の自分の感情には。
 しかも、マツカに向けたものならまだしも、この嫌悪感が向かう先には自分自身。
 さっき見て来たサンプルと同じ、まるで変わらない姿の自分。
(…違うのは年齢くらいなものだ)
 私との違いは其処だけだな、と思うよりない標本たち。
 マザー・イライザが残したサンプル、それをE-1077ごと処分した。
 自分を生み出したフロア001、シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所を。


 この船室に閉じこもっていても、背を這ってゆく気味悪さ。
 此処にいる自分も、サンプルと何処も違わない。
 たまたま選び出された一体、そうなのだろうと思わざるを得ないのが自分。
(…何が最高傑作だ…)
 私の努力でそうなったのではないのだからな、と反吐が出そうなマザー・イライザの言葉。
 自分というモノが作られた時に、巡り合わせが良かっただけ。
 たまたま出来が良かっただけ。
 処分されずに、サンプルに回されることもないまま、こうして成長したというだけ。
 …無から生まれた人形が。
 人間と呼んでいいのかどうかも、自分では自信が持てないモノが。
(…シロエは人形だと言っていたが…)
 実際の所はどうなのだろうか、自分はヒトか、それとも作られた人形なのか。
 まさか、此処までとは思わなかった。
 人間ですらもなかったとは。
 自分を生み出す元になる「ヒト」が、世界の何処にもいなかったとは。


 遠い昔に、シロエに「お人形さんだ」と罵倒された後。
 自分なりに答えを探そうとした。
 マザー・イライザに向かって尋ねて、得られないままで終わった答え。
 ならばと目指した、シロエから聞いたフロア001という場所。
 けれども辿り着けないまま。
 いつも何らかの邪魔が入って、行けないままに離れてしまった、あのE-1077。
 卒業したら、もういられないから。
 用も無いのに、戻ってゆくことは不可能だから。
 まして廃校になった後には尚更、けれど何処かでホッとしてもいた。
(…成長する人形など、有り得ないからな…)
 どんなに精巧なアンドロイドでも、知能以外は成長しない。
 E-1077にいた間ならば、マザー・イライザが細工出来たかもしれないけれど…。
(…離れた後には、もう不可能だ)
 少しずつ年齢を重ねる身体を、新しいものに取り替えるのは。
 「キース・アニアン」と呼ばれる人間、それに相応しく外見を作り替えるのは。


 だから「人間だ」と弾き出した答え。
 シロエの言葉にあった「人形」、それは何かの例えなのだと。
 「マザー・イライザが作った人形」、シロエは確かにそう言った。
 自分の中の「何処か」は作られたものだろうけれど、恐らくはほんの一部分。
 基本的には人形ではなくヒトなのだ、と思った、自分自身という存在。
(…遺伝子レベルで操作したとか…)
 あるいは何らかの手段を用いて、高度な知識を大量に流し込んだとか。
 そんな所だ、と考えていた。
 どう転がっても「ヒト」は「ヒト」だと、アンドロイドでは有り得ないと。
 E-1077を離れた後にも、きちんと重ねてゆく年齢。
(怪我で血が出る程度なら…)
 アンドロイドに細工も可能だけれども、年を重ねる人形は無理。
 計画的に器を取り替えなければ、機械仕掛けの頭脳を移してやらなければ。
 そう思ったから、「ヒトだ」と安心した自分。
 どんな生まれでも、人間だと。
 遺伝子を組み換えた存在だろうが、脳に直接、データをインプットされていようが。


(…そっちだったら…)
 まだマシだった、と思える自分の正体と生まれ。
 遺伝子を好きに弄ってあろうが、頭蓋骨に怪しい傷があろうが。
 ヒトはヒトだし、ベースになった「ヒト」は何処かにいるのだから。
 もしくは過去に「居た」のだから。
 けれど、何処にも「居なかった」それ。
 自分は機械が無から作った人間、元になったヒトなどいはしない。
 三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。
 たったそれだけ、「ヒト」は何処にも介在しない。
 ゆえに神の手も働いてはいない、「ヒト」が関わらないのだから。
 神の領域にまでも踏み込んだ機械、それが自分を作っただけ。
 生命の神秘も、神に祝福された命も、自分の中には、その欠片すらも…。
(…まるで入ってはいないのだ…)
 こうして「頭脳」は「考える」のに。
 今も「心」は「乱される」のに、それさえも神の手の中には無い。
 あえて言うなら機械の手の中、機械が自分の「造物主」だから。
 自分を作った「神」がいるなら、その神はマザー・イライザだから。


 不完全とさえ言えない生命。
 この世に生まれる価値も無いモノ、これを本物の神が見たなら。
 自らの手が働かなかったものなら、神はこちらを「見もしない」だろう。
 神が差し伸べる救いの手さえも、自分のためには伸びては来ない。
 救う価値すら無いモノだから。
 「存在してはならない生命」、それこそがまさに自分のこと。
 神は自分を作っていないし、元になった「ヒト」さえいなかったから。
 機械が冒した禁忌の産物、それが自分という生命。
(…こんな醜い化け物などに比べたら…)
 ミュウどもの方が遥かにマシだ、と認めざるを得ない自分の「価値」。
 神にどちらかを選ばせたならば、間違いなくミュウが選ばれるから。
 ミュウが選ばれ、神の導く道をゆくなら、自分を待つのは地獄だから。
(…そして、本当に地獄なのだな)
 私の道は、と唇に浮かんだ自嘲の笑み。
 ミュウと人類、分がありそうなのはミュウの方だと分かっている。
 なのに自分は人類の指導者、そうなるように作り出されたから。
 明らかにミュウに劣る種族を、人類を率いてゆく者だから。
 どう進んだとて、茨の道。
 最後は地獄に落ちるしかない、自分を作った機械もろとも。
 ミュウたちが神に選ばれた時に。
 彼らが勝者となった途端に。


(…マザー・イライザは一足先に…)
 地獄に落ちて行ったのだがな、と処分したE-1077を思う。
 惑星の大気圏に落下し、燃え尽きていったステーション。
 マザー・イライザの悲鳴は地獄に消えたけれども、いつか自分も落ちるのだろう。
 「存在してはならない生命」、そんなモノには神は救いを寄越さないから。
 血を吐くような祈りを捧げてみたって、神は応えもしないのだろう。
 「ヒトではない」者の祈りには。
 神が作らなかったモノには、きっと視線も投げたりはしない。
 その生命に、いくら「心」があろうとも。
 今は神など要らないけれども、いつか「欲しい」と願ったとしても。
(……ミュウどもにも劣る生命体か……)
 そもそも生きているのかどうか、と自虐的にしかならない考え。
 この呼吸は本当に生の証かと、心臓の鼓動はどうなのかと。
 血管の中を流れる血さえも、全て機械が作ったもの。
 これでも自分は「生命」なのかと、「人間」だと言っていいのかと。
(…しかし、私は…)
 生きるようにと作り出されて、これからも生きてゆかねばならない。
 行く手に地獄が待っていようと、神の目には全く映らない生であろうとも。


 だから生きる、と思うけれども、生き抜く覚悟はあるのだけれど。
 そうは思っても、まだ暫くは…。
(……出られないな……)
 マツカの前に、と鍵を掛けた部屋でついた溜息。
 生命としての存在意義なら、マツカの方が上だから。
 ミュウであろうが、化け物だろうが、マツカは「ヒト」に違いないから。
 もう一度、自分が優位に立つまで、「上だ」と確信出来る時まで、此処からは出ない。
 一歩たりとも出てはならない、完璧なままでいたければ。
 誰もが敬意を抱くエリート、キース・アニアンの姿を保ちたければ。
 自分に自信を持てるまで。
 真に優れた存在なのだと、自分をも騙しおおせるまでは…。

 

         作られた生命・了

※キースが自分の正体を知って、何も思わない筈がないよな、という捏造。
 いくらキースがエリートだろうが、いや、エリートだけに考え込みそうな気がします…。






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(…こんな死に方は御免蒙りたいね)
 とんでもないや、とシロエが眺めた教科書。
 宇宙空間に浮かぶE-1077ならではの教育内容、船外活動。
 真空の宇宙空間で行う様々な演習、それに訓練。
 チームメイトのミスでも充分、起こり得る事故死。
 自分のミスのせいではなくて。
 一緒にチームを組んだ人間、そいつのミスで。
(足を引っ張られるくらいなら…)
 マシだけどね、と思う無能な同級生たち。
 「リーダーは俺だ」と威張る者やら、その取り巻きやら。
 彼らの中の誰かが犯してしまったミス。それで失われる自分の命。
 とても堪ったものではないから、これからも好きにやらせて貰おう。
 あんな輩のミスで殺されては堪らないから。
 そうなるよりかは、まだ自分で…。
(首でも括った方がマシだよ)
 でなければ、毒を呷るとか。
 保安部隊の銃を奪って、それで頭を撃ち抜くだとか。
 そういう死ならば、自分のせい。
 自分の意志で選ぶ死だから、どう死んだってかまわない。
 チームメイトに殺されるよりは、その方がずっとマシというもの。
 この部屋の中で、首を括ってぶら下がっても。
 床に血反吐を吐いて死んでも、脳漿を派手に撒き散らしても。


 遥かにマシだ、と考えた自殺。
 チームメイトのミスで死ぬより、よほどマシだし、納得して死ねる。
 自分で選んだ運命なのだし、どう死のうとも。
 死体と化してしまった自分を、他の者たちが眺めようとも。
 まるで何かのイベントのように、騒ぎ、楽しむ野次馬たちが来てもかまわない。
 チームメイトのミスなどのせいで、同じ結果になるよりは。
 「シロエが死んだ」と騒ぎになって、死体を囲まれるよりは。
 ずっとマシだ、と心で繰り返したら、ふと掠めた思い。
 「死ぬ」ということ。
 今まで思いもしなかったけれど、そういう道もあったのか、と。
 人間は生きてゆくだけではなくて、死んでゆくことも、その宿命。
 いつか、何処からか「死」は訪れるし、選び取りさえ出来るものが「死」。
 選ぼうとは思わないけれど。
 何が何でも生き抜かなければ、地球には辿り着けないけれど。
(…死んでしまったら、国家主席にもなれないから…)
 もう取り戻せない、失った記憶。
 だから死ねない、いつか機械に命じるまでは。
 「ぼくの記憶を、ぼくに返せ」と。
 そして「止まれ」と、グランド・マザーを停止させるまでは。


 自殺なんかはするもんか、と握った拳。
 死んでたまるかと、「チームメイトに殺されるよりはマシなだけ」と。
 自ら選ぶ「死」というものは。
 他の誰かに殺されるよりは、自分の意志で死にたいだけ。
 同じ「死」でも、遥かに価値があるから。
 自分で選んだ道がそれなら、押し付けられるよりも心地良いから。
 死体になることは変わらなくても。
 其処で命が尽きることには、何の違いも無かったとしても。
(…誰かの間抜けな、ミスで殺されるよりかはね…)
 それくらいならば自分で死ぬよ、と思ったけれど。
 ずっとマシだと考えたけれど、こうして「生きている」自分。
 成人検査で子供時代の記憶を奪われ、その復讐のためにだけ。
 いつか記憶を取り戻そうと、がむしゃらに努力し続けるけれど。
 トップエリートに昇り詰めようと、メンバーズに、それに国家主席に、と思うけれども…。
(……それよりも前に……)
 今よりも前に「死んで」いたなら、どうだったろう?
 機械に記憶を奪われる前に。
 E-1077に連れて来られるよりも前に、エネルゲイアにいた頃に。


 そういう道もあったんだ、と今頃、思い知らされたこと。
 養父母が大切に育てていたって、死んでしまう子供はゼロではない。
 病死とか、事故死。
 そちらの道を進んでいたなら、自分は此処にはいないのだけれど。
 セキ・レイ・シロエはとうの昔に、死んでしまっている筈だけれど…。
(…そうなっていたら…)
 失くさなかった、と気付いた子供時代の記憶。
 目覚めの日よりも前に死んだら、両親も故郷も、しっかりと胸に抱えたまま。
 何一つ欠けてしまいはしないで、そのまま空へ飛べたのだろう。
(…子供は、死んだら…)
 天使になると何処かで聞いた。
 それが何処かは覚えていないし、誰に聞いたのかも覚えていない。
 父だったのか、それとも母か。あるいは何かの本で読んだか。
(ぼくが子供のままで死んだら…)
 両親は嘆き悲しむけれども、自分は幸せだったろう。
 ネバーランドへ旅立つ代わりに、背中に白い翼を貰って。
 「見て、飛べるよ!」と、はしゃぎ回って。
 ピーターパンにだって会いに行けると、きっと無邪気に喜んだだろう。
 両親の側を飛び回って。
 「ぼくはこんなに幸せなんだし、泣かないで」と。
 ネバーランドまで飛んで行けるよと、「ぼくは天使になれたんだよ」と。


 考えたことも無かったこと。
 幸せだった子供時代に、そのままで時を止めること。
 心臓の鼓動が止まってしまえば、「セキ・レイ・シロエ」は子供でいられた。
 大好きな両親を覚えたままで。
 故郷の風も光も空気も、何一つ忘れてしまいはせずに。
 大切な思い出を全て抱えて、舞い上がれた空。
 真っ白な天使の翼を広げて、永遠へと。
 子供が子供でいられる国へと、ネバーランドのそのまた向こうの天国へと。
 天使だったら、この上もなく自由だったろう。
 何処へ飛ぶのも、何処へゆくのも。
 きっと地球へも飛んでゆけたろう、天使の翼だったなら。
 白い翼を貰っていたなら、今頃は自由だった筈。
 大好きな両親の側を飛ぶのも、故郷の空を飛び回るのも。
 雲の隙間から地上を覗いて、「オモチャみたい」と町や車を眺めるのも。
(…天使の梯子…)
 そう呼ぶのだと聞いた、雲間から地上に射す光。
 天使が其処を通る梯子だと、天国と地上を行き来するためにあるのだと。
 あれを昇って雲の上へ行って、滑り台みたいに滑って下へ。
 両親に会いたくなった時には、天使の梯子で下りてゆく。
 ネバーランドに行きたくなったら、天使の梯子を昇って空へ。
 真っ白な天使の翼で羽ばたき、ピーターパンと一緒に飛んでゆく国。
 遊び疲れて眠る時には、フカフカだろう雲のベッドに転がって。


(……死んじゃってたら……)
 両親を好きなままでいられた。
 もちろん今も大好きだけれど、もう覚えてはいない顔。
 思い出せないから、何処で出会っても分からない。
 けれど、天使になっていたなら、両親の顔はぼやけなかった。
 故郷も家も覚えていられた、忘れたりせずに。
 幸せな子供のままでいられた、背中に白い翼の子供。
 「パパ、ママ!」と側を飛び回って。
 「シロエがいない」と嘆き悲しむ両親、大好きな二人に呼び掛けられた。
 自分の声は届かなくても。
 両親は泣いたままだとしたって、きっと自分は今より幸せ。
 何一つ失くさなかったから。
 命と身体は失くしたけれども、記憶は持っていられたから。
(……こんな所で、誰かのミスで……)
 命を落としてしまうよりかは、幸せすぎる自分の最期。
 ピーターパンの本で憧れた永遠の子供、自分はそれになれるのだから。
 真っ白な天使の翼を広げて、いつまでも子供なのだから。
 どうしてそちらへ行けなかったろう、この道へ来てしまったろう。
 もしも自分で選べたのなら、あそこで時を止めたのに。
 両親に手を握って貰って、「さよなら」と告げて。
 涙を流すだろう両親、誰よりも好きな人たちに「パパ、ママ、大好き」と。
 最後にそれを言えたら良かった、そして天使になれば良かった。
 自分で選んで良かったのなら、選び取ることが出来たなら。
(…でも、ぼくは…)
 成人検査がどんなものかも知らなかったし、きっと選ばない選択肢。
 素敵な未来があると信じて、機械に騙されたのだから。
 成人検査に全てを奪われ、此処にポツンと一人きりだから。


 けれど、と頬に零れた涙。
 自分が天使になっていたなら、本当に幸せだった筈。
 両親も故郷も何も失くさず、もう永遠に子供のまま。
(……神様は、どうして……)
 ぼくを死なせてくれなかったの、と思うけれども、もう戻れない。
 自分は天使になり損ねたまま、今も此処に生きているのだから。
 天使になり損なった子供は、こうして生きてゆくしかない。
 事故で命を落とさないように、誰かの間抜けなミスで殺されないように。
 今となっては、生きて世界のトップに立つしか道は無いから。
 失くした子供時代の記憶は、そうしないと戻って来ないのだから…。

 

          なり損ねた天使・了

※目覚めの日までに死んでいた場合、両親の記憶はそのままだよね、と思ったわけで。
 その発想に至るまでのシロエは、強気な今のシロエという。天使になりたいのもシロエ。






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(冷徹無比な破壊兵器か…)
 よくも名付けた、とキースが翳らせた、冷たいアイスブルーの瞳。
 自分の姿はそう見えるのか、と。
 「コンピューターの申し子」の次は、「冷徹無比な破壊兵器」かと。
 どちらも心が無さそうなモノで、破壊兵器の方が「申し子」よりも更に上。
 「申し子」だったら人間だけれど、「破壊兵器」は機械だから。
 元より心を持っていないモノ、持っていなくて当然のもの。
 それが自分かと、ついに其処まで成り下がったかと。
(……グランド・マザーの御意志ならな……)
 仕方ないが、と思うけれども、何故だか酷く疲れた気がする。
 あの名が軍に、国家騎士団に広がってゆくだけで。
 陰でヒソヒソ囁き交わしているならまだしも、褒め言葉として言われるのが今。
 配属されたばかりの若い士官が最敬礼して。
 「少佐の部下に配属されるとは、光栄であります!」と。
 彼らの憧れ、キース・アニアン上級少佐。
 それが自分で、冷徹無比な破壊兵器と称賛されている有様。
 多分、そうではない筈なのに。
 今はそうかもしれないけれども、元は違っていた筈なのに。


 疲れた、と自分で淹れたコーヒー。
 自室に座って口にしながら、思い出すのは名前の理由。
 どうして今の異名があるのか、「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる所以は何なのか。
(マザー直々の命令だったが…)
 陣頭指揮を執ることになった、ラスコーで起こった反乱の鎮圧。
 マザー・システムに不満を抱く兵士たち、彼らが起こしたクーデター。
 元々は小さな部隊の反乱、けれども増えた賛同者たち。
 手をこまねく間に、燎原の火のように広がり、星を丸ごと巻き込んだ。
 「独立しよう」と、「マザー・システムはもう要らない」と。
 相手は戦闘に慣れた者たち、地の利もあるから手も足も出ない。
(…だから私が駆り出されたんだ…)
 メンバーズならば、きっと鎮圧できるだろうと。
 どういう指揮を執るのも良しと、兵器も何を使っても良し、と。
(そこまでお膳立てをされたからには、働くさ)
 グランド・マザーの御意志のままに、と口に含んだコーヒーの苦味。
 それが戦場を思い出させる、「こうやった」と。
 あの作戦の指揮を執っていたのは、確かに自分だったのだと。


 綿密に立てておいた作戦。
 けれど、尻込みした兵士たち。
 相手も同じ兵士だから。
 通信回線を通して流れる、反乱軍からのメッセージ。
 「共に戦おう」と、「我々は同志を歓迎する」と。
 彼らは攻撃して来なかった。
 「君たちの心を信じて待つ」と。
 それこそが彼らの強さで、戦法。
 考える時間を与えられる内に、「彼らが正しい」と共に反旗を翻した者たち。
 彼らが集う場所がラスコー、幾つもの部隊が合流しては増える戦力。
 銃を向けては来ないのに。
 ミサイルの一つも放ちはしないで、戦わずに待っているだけなのに。
(ああいう奴らが厄介なんだ…)
 何処から見たって、彼らの方が正義だから。
 鎮圧しようと兵器を持ち出す方が悪魔で、邪悪だから。
(どいつもこいつも、役に立たなくて…)
 持ち場にいたって、照準を合わせることさえしない。
 「あそこにいるのは、仲間なのでは」と。
 何も攻撃して来ないのだし、きっと話せば分かるのだろうと。


 だから一人でやることに決めた。
 「どけ!」と兵士たちを退け、淡々と照準を合わせていって。
 反乱軍の拠点を一つ残らずロックオンして、発射ボタンを押したミサイル。
 多分、迎撃するだろうから、「攻撃が来たら撃て」と命じた。
 「奴らは敵だ」と、「我々を撃って来るのだからな」と。
 狙いは当たって、第一波で潰れなかった拠点は、部下の兵士たちが当たった掃討。
 彼らもようやく目が覚めたから。
 こちらへ向かって撃たれたミサイル、それを目にして。
 あちこちの基地から急発進した、戦闘機の群れで正気を取り戻して。
(…私は口火を切っただけのことだ)
 そう思うけれど、それが「誰にも出来なかったこと」。
 同じ仲間がいる筈の場所に、ミサイルを撃ち込んでやるということ。
 撃てば、仲間は死ぬのだから。
 自分と同じ仲間を殺してしまうのだから。


(ただ、それだけのことなのだがな…)
 しかし、誰も出来ずにいたのが現実。
 自分の他には、誰一人として。
 反乱部隊を鎮圧した後、ついた異名が「冷徹無比な破壊兵器」というものだった。
 血も涙も無いから出来たことだと、本当に破壊兵器だと。
 普通、人間には出来はしないと、恐ろしすぎるメンバーズだと。
(…私はマザーに従ったまでで…)
 それに、と心にわだかまる思い。
 マザー・システムに反旗を翻した者、ラスコーに集っていた兵士たち。
 彼らの中には、きっとシロエがいた筈だから。
 そういう名前ではなかったとしても。
 「セキ・レイ・シロエ」の名は持たなくても、シロエと同じ心の持ち主。
 マザー・システムには従えない者、機械の言いなりになって生きたくなかった者。
 大勢のシロエがいたのだろうと、自分だからこそ分かること。
 あの時、作戦に赴いた兵士、その中の誰が気付かなくても。
 誰一人として知らないままでも、自分には分かる。
 「もう一度、シロエを殺したのだ」と。
 シロエと同じに、強すぎる意志を持った者。
 それを何人殺したのかと、この手は何処まで血に染まるのかと。


 ラスコーの反乱、その首謀者が何人ものシロエだったなら。
 彼らの下には、大勢のサムもいたのだろう。
 優しい心を持っていた友、気のいいサム。
 彼ならばきっと、危険な任務も「いいぜ」と進んで引き受ける。
 それが仲間の役に立つなら、喜んで。
 真っ先に爆撃される場所でも、「俺なんかで役に立つんなら」と。
 何人のサムが、あのラスコーにいたことか。
 自分がミサイルを撃ち込んだ場所に。
 部下たちに「撃て」と命じた地点に、飛び立って来た戦闘機の操縦席に。
(…サムと、シロエと…)
 どちらも私が殺したんだ、と分かっている。
 もっとも、サムなら、今も元気にしているけれど。
 ずいぶんと長く会っていなくても、本物のサムは今も宇宙を飛んでいる。
 パイロットとして、今も何処かの宙域を。
 昔のままに気のいい笑顔で、仲間たちとも仲良くして。
(…あのサムが、これを聞いたなら…)
 いったい何と思うだろうか、ラスコーで自分がしてきたことを知ったなら。
 対外的には、反乱軍の鎮圧でしかないけれど。
 サムは事実を知りようもなくて、「流石はキース!」と言いそうだけれど。
 昔と同じにエリートだよなと、「やっぱり俺とは出来が違うぜ」と。


(…サムに、シロエに…)
 私が殺した相手はそうだ、と分かっているから覚える疲れ。
 本当にこれでいいのか、と。
 「冷徹無比な破壊兵器」の道を歩んでいていいのかと。
 それは間違いではないけれど。
 正しい道だと、グランド・マザーは自分を導いてゆくのだけれど。
(…いつか後悔せねばいいがな…)
 そんな日が来る筈もないのに、時折、胸を掠める思い。
 「誤りだった」と気付かされる日、その日は遠くないのでは、と。
 サムはともかく、シロエの声が聞こえて来る日。
 「前から言っていたでしょう?」と。
 なのに気付かなかったんですかと、「機械の申し子も、大したことはありませんね」と。
(……そうなりたくはないのだが……)
 分からないのが未来なんだ、と傾けたカップのコーヒーが苦い。
 いつもは舌に心地良いのに、今日は疲れているせいなのか。
 それともシロエの声が未来から、響いて来た気がするからなのか。
(ラスコーか…)
 冷徹無比な破壊兵器か、と唇に浮かべた自虐の笑み。
 それには心はありそうもないなと、兵器は心を持たないからな、と…。

 

         ラスコーの反乱・了

※「冷徹無比な破壊兵器」の異名を取ったらしい、ラスコーの反乱。その中身は謎。
 捏造したっていいんだよな、と書いたオチ。ラスコーもアルタミラも洞窟壁画だよね?






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(あの血の味…)
 キースは知りもしないんだろうさ、と吐き捨てたシロエ。
 灯りが消えた自分の部屋で。
 あの時、自分がそうした通りに、唇を拳でグイと拭って。
 キースに殴られ、衝撃で切れた口の中。
 自分の歯が当たった頬の内側、人間だったらこれで出血するけれど。
 現に自分も唇から血が流れたけれども、その傷をくれて寄越したキース。
(…あいつは知らない…)
 知るわけがない、と思う血の味。
 多分、彼には血など流れていないから。
 機械仕掛けの操り人形、マザー・イライザの申し子のキース。
 皮膚の下には、冷たい機械の肌が埋まっているのだろう。
 一皮剥いたら、もう人間ではないキース。
(機械も怒るらしいけれどね?)
 怒って自分を殴ったけれども、マザー・イライザも同じに怒る。
 キースとは違って計算ずくで。
 「叱った方が効果的だ」と判断したなら、厳しい顔で。
 さっき自分も叱られたから。
 コールを受けて食らった呼び出し、マザー・イライザは怒ったから。


 それが何だ、と腹立たしいだけ。
 キースに喧嘩を売った理由は、自分にとっては正当なもの。
 勝負しようと言っているのに、キースはそれを退けたから。
 受けて立とうという気が無いだけ、それだけのことで。
(エリートだったら…)
 正面からぼくと勝負しろよ、と今だって思う。
 逃げていないで、逃げる道など行かないで。
 堂々と戦ってこそのエリート、それでこそだと思うから。
 コソコソと逃げる卑怯者では、メンバーズ・エリートもきっと務まりはしないから。
(逃げるようなヤツに…)
 腰抜けなんかに何が出来る、と思うけれども、マザー・イライザはキースを支持した。
 彼の選択が正しいと。
 なのにしつこく食い下がったから、手を上げざるを得なかったのだと。


(…殴られ損だよ…)
 あんな機械に、と苛立つ心。
 同じ人間に殴られたのなら、まだしも気分がマシなのだけれど。
 人間ならば、血が通っているから。
 自分と同じに生き物だから。
 けれど、殴って来たのは機械で、血の味さえも知らない「モノ」。
 こちらから殴り返していたって、キースの口の中は切れたりはしない。
 あの精巧に出来た歯が当たろうとも、皮膚の下には機械の肌があるだけだから。
 血など一滴も流れていなくて、切れたところで赤い血は出ない。
(…流れてない血は、流れ出すことも出来ないさ…)
 彼は知らない、口の中に広がる鉄の味など。
 ヒトの血は鉄の味がするということも、その味が何によるものかも。
 それとも知っているのだろうか、知識として。
 マザー・イライザにプログラムされて、「人間の血は鉄の味がする」と。
 「人間」には「血」が流れていると。
 その「血」を人間が口に含めば、「鉄分」の味を知覚するのだと。


 あいつらしいね、と思った答え。
 如何にもキースが言いそうなことで、機械の申し子に似合いの答え。
 「キース先輩」と呼び掛け、尋ねたならば。
 「先輩は血の味を知ってますか」と、「どんな味だか、知らないんですか?」と。
 訓練でも負けを知らないキース。
 だから血などは流していないし、疑いもせずに答えるのだろう。
 「知らないが、鉄の味がするらしいな」と。
 「人間の血には鉄分が含まれているから、そのせいで鉄の味になるそうだ」とも。
(ご立派だよね…)
 エリート様だ、と皮肉な笑みしか浮かんでは来ない。
 確かに正しい答えだけれども、キースにはその「血」が無いのだから、と。
 自分では持っているつもりでも。
 キース自身に自覚が無くても、彼には血など流れていない。
 どう考えても、彼は人では有り得ないから。
 マザー・イライザが造った人形、そうだとしか思えないのだから。


(…あいつは何処からも来なかった…)
 このE-1077へ。
 記録の上ではトロイナスから来ているけれども、それは見せかけ。
 何もかも全て偽りなのだと、調べれば調べてゆくほどに分かる。
 キースの記録は、まるで無いから。
 新入生を迎えてのガイダンスの場へ、突然に姿を現すまでは。
 映像は何も残っていないし、同じ宇宙船で着いた筈の者たちも覚えていない。
 船にキースが乗っていたなら、きっと記憶に残るだろうに。
(…ごく平凡な成績だったら…)
 忘れられても、けして不思議ではないけれど。
 人の記憶はそういうものだし、「キース、いたかな…?」と首を傾げもするだろうけれど。
 あれほどのトップエリートともなれば、忘れる筈がないというもの。
 入学した途端に取った成績、たちまち評判になったろう、それ。
 E-1077始まって以来の成績だから。
 それまでの記録を端から塗り替え、トップに躍り出たのだから。


 忘れる方がどうかしている、と思うキースの活躍ぶり。
 此処へ来てから間も無い頃に起こった事故でも、見事な働きをしているキース。
(あんなヤツが一緒の船にいたなら…)
 最初は忘れていたとしたって、何処かで気付く。
 「あの時のヤツだ」と、「一緒の船で此処に着いた」と。
 記憶の海に埋もれていたって、思い出すには充分すぎる「優れた」キース。
 けれども、誰も彼を知らない。
 誰に訊いても、返る答えは同じこと。
 「覚えていない」と、判で押したように。
 忘れようもない人物なのに、普通だったら「覚えている」ことを誇るのに。
 成人検査で記憶を消されて、故郷の記憶が曖昧でも。
 両親の顔さえ忘れてしまったような者でも、「同郷だ」と。
 トップエリートのキースと同じで、トロイナスから来たのだと。


(…それが一人もいないってことは…)
 此処にいたんだ、という答えしか無い。
 キースは何処からも来はしなかった。
 最初からE-1077に居た者、マザー・イライザが造った者。
 造り、知識を与えた者。
 とびきりの頭脳を持ったエリート、そういう存在になるように。
 機械が治める世界なのだし、エリートも機械の方がいい。
 同じ機械と組む方が。
(パーツさえ上手に取り替えてやれば…)
 何百年だって生きられるしね、と機械の頑丈さを思う。
 地球に在るというグランド・マザーは、六百年近くも動いているから。
 動き続けて、今も宇宙を、人間を支配しているから。
(…そうやって治めて、治め続けて…)
 とうとう機械仕掛けの人形を思い付いたんだ、と忌まわしさしか感じない。
 機械が統治しているだけでも反吐が出るのに、人のふりをした機械だなんて、と。
 そんなモノが治める世界だなんてと、絶対に御免蒙りたいと。


 だから壊す、と握った拳。
 「ぼくがキースを壊してやる」と。
 彼がトップに立つ前に。
 人間の世界に出てゆく前に。
 この手で彼をブチ壊してやる、キース・アニアンという人形を。
 機械の申し子、マザー・イライザの精巧な操り人形を。
(どうせ機械だ…)
 壊したって血も出やしないさ、とクックッと笑う。
 「自分が何かを、知って仰天するがいい」と。
 皮膚の下には血など無いこと、それを知って壊れてしまうがいいと。
 「彼」は人間のつもりだから。
 自分が機械で出来ていることを、キースは認めていないから。
 想定外のデータを送り込まれれば、破壊されるのがプログラム。
 そうやって自滅してゆくがいいと、お前には血など無いのだから、と…。

 

        血を持たぬ者・了

※シロエがキースに殴られた時。その場はカッと来てるだろうけど、その後は…。
 口の中は血の味がしてた筈だよ、と思ったらこういうお話に。人形に血は無いんだから。






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(結局、何も分からないままか…)
 その上、謎が増えただけか、とキースの頭を悩ませること。
 ジルベスター星系での事故調査に赴く、任務は分かっているけれど。
 其処から戻れば、謎の一つは解けるのだけれど。
(…ピーターパン…)
 スウェナが口にしていたこと。
 サムの病院で出会った時に。
 わざわざ待ち伏せしていた上に、セキ・レイ・シロエの名を語ったスウェナ。
 誰もが忘れている筈の名前、E-1077にいた者たちは。
 マザー・イライザがそう指示したから、皆の記憶を消させたから。
(皮肉なものだな…)
 結婚を機にE-1077を離れたスウェナは、今もシロエを覚えていた。
 そしてシロエのメッセージを見付けた、何処でなのかは謎だけれども。
 分からない謎の一つがそれ。
 シロエが残したメッセージは何か、どうして自分宛なのか。
(ハッタリということも、ないことはないが…)
 そうだと言うなら、それでもいい。
 この謎は解ける謎だから。
 ジルベスターから戻りさえすれば、どんな答えが出るにしたって。


 心は激しく乱されたけれど、シロエのメッセージの件はいい。
 いずれ答えを手にするのだから、任務が終わりさえすれば。
 それとは別に謎が幾つも、どれも今回の任務絡みで。
 ジルベスターにはMがいるのか、それとも事故に過ぎないのか。
(…私が派遣されるからには…)
 間違いなくいる、と思うのがM。
 そう呼ばれているミュウどものこと。
 彼らは確実にいるだろうけれど、今の時点では何も無い証拠。
 ミュウの尻尾をどう掴むのか、どうやって拠点を探し出すのか。
 手掛かりすらも見付からないから、謎の一つはミュウたちの拠点。
(ジルベスター・セブン…)
 事故が多発すると言われる宙域、その中の何処か。
 際立って事故が多い惑星、ジルベスター・セブンが匂うのだけれど。
(何も証拠が無いからな…)
 今は謎だな、と思うしかない。
 これだけで軍は動かせない、とも。


 何か訊けないかと見舞ったサム。
 E-1077で四年間、一緒だった友、十二年も会っていなかった。
 けれど元気だと思っていたから、取ろうともしていなかった連絡。
 その間にサムは壊れてしまった、Mたちのせいで。
 どう考えても事故ではなくて。
(…怪しい点が多すぎるんだ…)
 特にサムのケースは、と零れる溜息。
 乗っていた船ごと漂流していたのを救われたサム、とうに正気を失くした姿で。
 心が子供に戻ってしまって。
(それだけでも充分、怪しいんだが…)
 人の心を食う化け物と言われるM。
 ミュウどもがサムを壊したのでは、と。
 恐らくそうだと思うけれども、解せない点がもう一つ。
 サムと一緒に乗っていた者、チーフパイロットは殺されていた。
 それもナイフで、サムの側に落ちていたもので。
 ミュウがやるなら、そんな武器など要らないだろうに。
 彼らの力は、人の心臓をも止めるだろうに。


 サムは人など殺さない。
 殺せない、とも確信している。
 E-1077で一緒だった四年、その間に思い知らされたこと。
 同じ道を歩みたい友だけれども、サムはその道を歩けはしない、と。
(人間としての能力以前に…)
 サムの資質が邪魔をするんだ、と当時からもう分かっていた。
 優しすぎるサムは、メンバーズには向かないと。
 どんなに才能があったとしたって、性格のせいで篩い落とされる。
 サムには人は殺せないから。
 その優しさを持ったままでは、軍人になどはなれないから。
(…サムなら、シロエも殺しはしない…)
 きっと見逃すことだろう。
 マザー・イライザに命じられても、「撃ちなさい」と声が届いても。
 「見失った」と報告して。
 そうしたせいで、自分の道が閉ざされても。
 メンバーズの資格を失くしたとしても、サムはシロエを殺さない。
 「行け」と見送り、そのまま機首を返すのだろう。
 そのせいで自分がどうなろうとも、エリートの道から一般人に転落しようとも。


 そうする筈だ、と今でも思っているのがサム。
 十二年間の歳月を経ても、サムは変わりはしないだろう。
 彼の優しさは本物だから。
 誰よりも自分が知っているから。
(船の中で何があったとしても…)
 サムにパイロットは殺せない。
 敵でさえも殺せないようなサムに、同僚を殺せる筈などがない。
 だからおかしい、サムの事故は。
 どうしてサムが人を殺したのか、そういうことになったのか。
(…サムからは何も訊けなかったが…)
 それもまた、Mの仕業だろうか。
 自分たちの手を汚す代わりに、サムに命じたチーフパイロットを殺すこと。
 彼は何かを知りすぎたのか、それとも他に何かあったか。
(…サムに殺せはしないんだ…)
 事故調査の結果は、サムの仕業になっていたけれど。
 サムがやったと、彼の心が壊れたこととの因果関係は不明だ、とも。
(あのサムが…)
 人を殺すなど有り得ない、と思うけれども、添えられたデータ。
 血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの写真と。
 サムは殺人者になってしまった、Mたちのせいで。
 ミュウの拠点に近付いたせいで、まるでサムらしくない存在に。


 サムは罪には問われない。
 心が壊れてしまっているから、責任を負えはしないから。
 けれど、記録はそうはいかない。
 チーフパイロットの名前と一緒に、永遠に記録され続ける。
 返り血を浴びた写真のままで。
 血染めのナイフを添えられたままで、殺人者のサム・ヒューストンとして。
(…サムは人など殺さないのに…!)
 どうしたらこれを覆せる、と歯噛みしたって、Mどもを連れて来たって無駄。
 人間扱いされていないM、ミュウの証言などに意味は無いから。
 彼らを法廷に出すよりも前に、処分するのが鉄則だから。
(サムは一生…)
 人殺しだ、と握った拳。
 サム・ヒューストンのデータを見る者、それを知り得る誰にとっても。
 自分を除いた誰が見たって、サムは殺人を犯した者。
 返り血を浴びた写真が動かぬ証拠で、血染めのナイフも同じに証拠。
 罪に問われはしなくても。
 病院で一生、穏やかに生きてゆけるとしても。


 どうしてサムが殺人者に、と濡れ衣を晴らしたいけれど。
 Mが相手では無理でしかなくて、サムの写真は血染めのまま。
 返り血を浴びた顔のまま。
(…一番、サムらしくない姿なのにな…)
 これがステーション時代だったら、「何の仮装だ?」と訊いただろうに。
 人気のドラマか何かだろうかと、まだ知らないから観てみたいとも。
(本当に悪い冗談だ…)
 血染めのサムか、と吐き捨てた瞬間、閃いたこと。
 「そうか、血なのか」と。
 サムの写真はこうだけれども、サムの体内にも血は流れている。
 広い宇宙にただ一人だけの、サムだけが持ち得る血というものが。
 一滴の血を分析したなら、それだけで「サムだ」と分かる赤い血が。
(…サムと一緒に行けそうだな)
 ジルベスターに、と浮かんだ笑み。
 あの病院から、サムの血を貰い受けたなら。
 ほんの一滴、赤い雫を貰ってこの身に付けたなら。
 そうすればサムは常に一緒で、何処までも共に行くことが出来る。
 ジルベスターへも、サムが病院で歌っていた歌にあった地球へも。


 よし、と心に決めたこと。
 サムの身の証は立てられなくても、これからはサムと共に在ろうと。
 彼のものだと分かる血の雫、それでピアスを作らせようと。
 サムが血染めのサムだと言うなら、自分は「血のピアスのキース」でいい。
 その意味を誰も知らなくても。
 誰一人、血だと気付かなくても、自分だけが知っていればいい。
 サムは自分と共にいるから。
 優しすぎて人も殺せないサム、そのサムと共に、サムが行けなかった道をゆくのだから…。

 

        友の血のピアス・了

※アニテラでも原作でも、当たり前にキースが付けているピアス。どうして血なんだ、と。
 理由は全く語られないまま、サッパリ謎だと思い続けて何年だか。…こうなりました。





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