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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(あの血の味…)
 キースは知りもしないんだろうさ、と吐き捨てたシロエ。
 灯りが消えた自分の部屋で。
 あの時、自分がそうした通りに、唇を拳でグイと拭って。
 キースに殴られ、衝撃で切れた口の中。
 自分の歯が当たった頬の内側、人間だったらこれで出血するけれど。
 現に自分も唇から血が流れたけれども、その傷をくれて寄越したキース。
(…あいつは知らない…)
 知るわけがない、と思う血の味。
 多分、彼には血など流れていないから。
 機械仕掛けの操り人形、マザー・イライザの申し子のキース。
 皮膚の下には、冷たい機械の肌が埋まっているのだろう。
 一皮剥いたら、もう人間ではないキース。
(機械も怒るらしいけれどね?)
 怒って自分を殴ったけれども、マザー・イライザも同じに怒る。
 キースとは違って計算ずくで。
 「叱った方が効果的だ」と判断したなら、厳しい顔で。
 さっき自分も叱られたから。
 コールを受けて食らった呼び出し、マザー・イライザは怒ったから。


 それが何だ、と腹立たしいだけ。
 キースに喧嘩を売った理由は、自分にとっては正当なもの。
 勝負しようと言っているのに、キースはそれを退けたから。
 受けて立とうという気が無いだけ、それだけのことで。
(エリートだったら…)
 正面からぼくと勝負しろよ、と今だって思う。
 逃げていないで、逃げる道など行かないで。
 堂々と戦ってこそのエリート、それでこそだと思うから。
 コソコソと逃げる卑怯者では、メンバーズ・エリートもきっと務まりはしないから。
(逃げるようなヤツに…)
 腰抜けなんかに何が出来る、と思うけれども、マザー・イライザはキースを支持した。
 彼の選択が正しいと。
 なのにしつこく食い下がったから、手を上げざるを得なかったのだと。


(…殴られ損だよ…)
 あんな機械に、と苛立つ心。
 同じ人間に殴られたのなら、まだしも気分がマシなのだけれど。
 人間ならば、血が通っているから。
 自分と同じに生き物だから。
 けれど、殴って来たのは機械で、血の味さえも知らない「モノ」。
 こちらから殴り返していたって、キースの口の中は切れたりはしない。
 あの精巧に出来た歯が当たろうとも、皮膚の下には機械の肌があるだけだから。
 血など一滴も流れていなくて、切れたところで赤い血は出ない。
(…流れてない血は、流れ出すことも出来ないさ…)
 彼は知らない、口の中に広がる鉄の味など。
 ヒトの血は鉄の味がするということも、その味が何によるものかも。
 それとも知っているのだろうか、知識として。
 マザー・イライザにプログラムされて、「人間の血は鉄の味がする」と。
 「人間」には「血」が流れていると。
 その「血」を人間が口に含めば、「鉄分」の味を知覚するのだと。


 あいつらしいね、と思った答え。
 如何にもキースが言いそうなことで、機械の申し子に似合いの答え。
 「キース先輩」と呼び掛け、尋ねたならば。
 「先輩は血の味を知ってますか」と、「どんな味だか、知らないんですか?」と。
 訓練でも負けを知らないキース。
 だから血などは流していないし、疑いもせずに答えるのだろう。
 「知らないが、鉄の味がするらしいな」と。
 「人間の血には鉄分が含まれているから、そのせいで鉄の味になるそうだ」とも。
(ご立派だよね…)
 エリート様だ、と皮肉な笑みしか浮かんでは来ない。
 確かに正しい答えだけれども、キースにはその「血」が無いのだから、と。
 自分では持っているつもりでも。
 キース自身に自覚が無くても、彼には血など流れていない。
 どう考えても、彼は人では有り得ないから。
 マザー・イライザが造った人形、そうだとしか思えないのだから。


(…あいつは何処からも来なかった…)
 このE-1077へ。
 記録の上ではトロイナスから来ているけれども、それは見せかけ。
 何もかも全て偽りなのだと、調べれば調べてゆくほどに分かる。
 キースの記録は、まるで無いから。
 新入生を迎えてのガイダンスの場へ、突然に姿を現すまでは。
 映像は何も残っていないし、同じ宇宙船で着いた筈の者たちも覚えていない。
 船にキースが乗っていたなら、きっと記憶に残るだろうに。
(…ごく平凡な成績だったら…)
 忘れられても、けして不思議ではないけれど。
 人の記憶はそういうものだし、「キース、いたかな…?」と首を傾げもするだろうけれど。
 あれほどのトップエリートともなれば、忘れる筈がないというもの。
 入学した途端に取った成績、たちまち評判になったろう、それ。
 E-1077始まって以来の成績だから。
 それまでの記録を端から塗り替え、トップに躍り出たのだから。


 忘れる方がどうかしている、と思うキースの活躍ぶり。
 此処へ来てから間も無い頃に起こった事故でも、見事な働きをしているキース。
(あんなヤツが一緒の船にいたなら…)
 最初は忘れていたとしたって、何処かで気付く。
 「あの時のヤツだ」と、「一緒の船で此処に着いた」と。
 記憶の海に埋もれていたって、思い出すには充分すぎる「優れた」キース。
 けれども、誰も彼を知らない。
 誰に訊いても、返る答えは同じこと。
 「覚えていない」と、判で押したように。
 忘れようもない人物なのに、普通だったら「覚えている」ことを誇るのに。
 成人検査で記憶を消されて、故郷の記憶が曖昧でも。
 両親の顔さえ忘れてしまったような者でも、「同郷だ」と。
 トップエリートのキースと同じで、トロイナスから来たのだと。


(…それが一人もいないってことは…)
 此処にいたんだ、という答えしか無い。
 キースは何処からも来はしなかった。
 最初からE-1077に居た者、マザー・イライザが造った者。
 造り、知識を与えた者。
 とびきりの頭脳を持ったエリート、そういう存在になるように。
 機械が治める世界なのだし、エリートも機械の方がいい。
 同じ機械と組む方が。
(パーツさえ上手に取り替えてやれば…)
 何百年だって生きられるしね、と機械の頑丈さを思う。
 地球に在るというグランド・マザーは、六百年近くも動いているから。
 動き続けて、今も宇宙を、人間を支配しているから。
(…そうやって治めて、治め続けて…)
 とうとう機械仕掛けの人形を思い付いたんだ、と忌まわしさしか感じない。
 機械が統治しているだけでも反吐が出るのに、人のふりをした機械だなんて、と。
 そんなモノが治める世界だなんてと、絶対に御免蒙りたいと。


 だから壊す、と握った拳。
 「ぼくがキースを壊してやる」と。
 彼がトップに立つ前に。
 人間の世界に出てゆく前に。
 この手で彼をブチ壊してやる、キース・アニアンという人形を。
 機械の申し子、マザー・イライザの精巧な操り人形を。
(どうせ機械だ…)
 壊したって血も出やしないさ、とクックッと笑う。
 「自分が何かを、知って仰天するがいい」と。
 皮膚の下には血など無いこと、それを知って壊れてしまうがいいと。
 「彼」は人間のつもりだから。
 自分が機械で出来ていることを、キースは認めていないから。
 想定外のデータを送り込まれれば、破壊されるのがプログラム。
 そうやって自滅してゆくがいいと、お前には血など無いのだから、と…。

 

        血を持たぬ者・了

※シロエがキースに殴られた時。その場はカッと来てるだろうけど、その後は…。
 口の中は血の味がしてた筈だよ、と思ったらこういうお話に。人形に血は無いんだから。






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(結局、何も分からないままか…)
 その上、謎が増えただけか、とキースの頭を悩ませること。
 ジルベスター星系での事故調査に赴く、任務は分かっているけれど。
 其処から戻れば、謎の一つは解けるのだけれど。
(…ピーターパン…)
 スウェナが口にしていたこと。
 サムの病院で出会った時に。
 わざわざ待ち伏せしていた上に、セキ・レイ・シロエの名を語ったスウェナ。
 誰もが忘れている筈の名前、E-1077にいた者たちは。
 マザー・イライザがそう指示したから、皆の記憶を消させたから。
(皮肉なものだな…)
 結婚を機にE-1077を離れたスウェナは、今もシロエを覚えていた。
 そしてシロエのメッセージを見付けた、何処でなのかは謎だけれども。
 分からない謎の一つがそれ。
 シロエが残したメッセージは何か、どうして自分宛なのか。
(ハッタリということも、ないことはないが…)
 そうだと言うなら、それでもいい。
 この謎は解ける謎だから。
 ジルベスターから戻りさえすれば、どんな答えが出るにしたって。


 心は激しく乱されたけれど、シロエのメッセージの件はいい。
 いずれ答えを手にするのだから、任務が終わりさえすれば。
 それとは別に謎が幾つも、どれも今回の任務絡みで。
 ジルベスターにはMがいるのか、それとも事故に過ぎないのか。
(…私が派遣されるからには…)
 間違いなくいる、と思うのがM。
 そう呼ばれているミュウどものこと。
 彼らは確実にいるだろうけれど、今の時点では何も無い証拠。
 ミュウの尻尾をどう掴むのか、どうやって拠点を探し出すのか。
 手掛かりすらも見付からないから、謎の一つはミュウたちの拠点。
(ジルベスター・セブン…)
 事故が多発すると言われる宙域、その中の何処か。
 際立って事故が多い惑星、ジルベスター・セブンが匂うのだけれど。
(何も証拠が無いからな…)
 今は謎だな、と思うしかない。
 これだけで軍は動かせない、とも。


 何か訊けないかと見舞ったサム。
 E-1077で四年間、一緒だった友、十二年も会っていなかった。
 けれど元気だと思っていたから、取ろうともしていなかった連絡。
 その間にサムは壊れてしまった、Mたちのせいで。
 どう考えても事故ではなくて。
(…怪しい点が多すぎるんだ…)
 特にサムのケースは、と零れる溜息。
 乗っていた船ごと漂流していたのを救われたサム、とうに正気を失くした姿で。
 心が子供に戻ってしまって。
(それだけでも充分、怪しいんだが…)
 人の心を食う化け物と言われるM。
 ミュウどもがサムを壊したのでは、と。
 恐らくそうだと思うけれども、解せない点がもう一つ。
 サムと一緒に乗っていた者、チーフパイロットは殺されていた。
 それもナイフで、サムの側に落ちていたもので。
 ミュウがやるなら、そんな武器など要らないだろうに。
 彼らの力は、人の心臓をも止めるだろうに。


 サムは人など殺さない。
 殺せない、とも確信している。
 E-1077で一緒だった四年、その間に思い知らされたこと。
 同じ道を歩みたい友だけれども、サムはその道を歩けはしない、と。
(人間としての能力以前に…)
 サムの資質が邪魔をするんだ、と当時からもう分かっていた。
 優しすぎるサムは、メンバーズには向かないと。
 どんなに才能があったとしたって、性格のせいで篩い落とされる。
 サムには人は殺せないから。
 その優しさを持ったままでは、軍人になどはなれないから。
(…サムなら、シロエも殺しはしない…)
 きっと見逃すことだろう。
 マザー・イライザに命じられても、「撃ちなさい」と声が届いても。
 「見失った」と報告して。
 そうしたせいで、自分の道が閉ざされても。
 メンバーズの資格を失くしたとしても、サムはシロエを殺さない。
 「行け」と見送り、そのまま機首を返すのだろう。
 そのせいで自分がどうなろうとも、エリートの道から一般人に転落しようとも。


 そうする筈だ、と今でも思っているのがサム。
 十二年間の歳月を経ても、サムは変わりはしないだろう。
 彼の優しさは本物だから。
 誰よりも自分が知っているから。
(船の中で何があったとしても…)
 サムにパイロットは殺せない。
 敵でさえも殺せないようなサムに、同僚を殺せる筈などがない。
 だからおかしい、サムの事故は。
 どうしてサムが人を殺したのか、そういうことになったのか。
(…サムからは何も訊けなかったが…)
 それもまた、Mの仕業だろうか。
 自分たちの手を汚す代わりに、サムに命じたチーフパイロットを殺すこと。
 彼は何かを知りすぎたのか、それとも他に何かあったか。
(…サムに殺せはしないんだ…)
 事故調査の結果は、サムの仕業になっていたけれど。
 サムがやったと、彼の心が壊れたこととの因果関係は不明だ、とも。
(あのサムが…)
 人を殺すなど有り得ない、と思うけれども、添えられたデータ。
 血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの写真と。
 サムは殺人者になってしまった、Mたちのせいで。
 ミュウの拠点に近付いたせいで、まるでサムらしくない存在に。


 サムは罪には問われない。
 心が壊れてしまっているから、責任を負えはしないから。
 けれど、記録はそうはいかない。
 チーフパイロットの名前と一緒に、永遠に記録され続ける。
 返り血を浴びた写真のままで。
 血染めのナイフを添えられたままで、殺人者のサム・ヒューストンとして。
(…サムは人など殺さないのに…!)
 どうしたらこれを覆せる、と歯噛みしたって、Mどもを連れて来たって無駄。
 人間扱いされていないM、ミュウの証言などに意味は無いから。
 彼らを法廷に出すよりも前に、処分するのが鉄則だから。
(サムは一生…)
 人殺しだ、と握った拳。
 サム・ヒューストンのデータを見る者、それを知り得る誰にとっても。
 自分を除いた誰が見たって、サムは殺人を犯した者。
 返り血を浴びた写真が動かぬ証拠で、血染めのナイフも同じに証拠。
 罪に問われはしなくても。
 病院で一生、穏やかに生きてゆけるとしても。


 どうしてサムが殺人者に、と濡れ衣を晴らしたいけれど。
 Mが相手では無理でしかなくて、サムの写真は血染めのまま。
 返り血を浴びた顔のまま。
(…一番、サムらしくない姿なのにな…)
 これがステーション時代だったら、「何の仮装だ?」と訊いただろうに。
 人気のドラマか何かだろうかと、まだ知らないから観てみたいとも。
(本当に悪い冗談だ…)
 血染めのサムか、と吐き捨てた瞬間、閃いたこと。
 「そうか、血なのか」と。
 サムの写真はこうだけれども、サムの体内にも血は流れている。
 広い宇宙にただ一人だけの、サムだけが持ち得る血というものが。
 一滴の血を分析したなら、それだけで「サムだ」と分かる赤い血が。
(…サムと一緒に行けそうだな)
 ジルベスターに、と浮かんだ笑み。
 あの病院から、サムの血を貰い受けたなら。
 ほんの一滴、赤い雫を貰ってこの身に付けたなら。
 そうすればサムは常に一緒で、何処までも共に行くことが出来る。
 ジルベスターへも、サムが病院で歌っていた歌にあった地球へも。


 よし、と心に決めたこと。
 サムの身の証は立てられなくても、これからはサムと共に在ろうと。
 彼のものだと分かる血の雫、それでピアスを作らせようと。
 サムが血染めのサムだと言うなら、自分は「血のピアスのキース」でいい。
 その意味を誰も知らなくても。
 誰一人、血だと気付かなくても、自分だけが知っていればいい。
 サムは自分と共にいるから。
 優しすぎて人も殺せないサム、そのサムと共に、サムが行けなかった道をゆくのだから…。

 

        友の血のピアス・了

※アニテラでも原作でも、当たり前にキースが付けているピアス。どうして血なんだ、と。
 理由は全く語られないまま、サッパリ謎だと思い続けて何年だか。…こうなりました。





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(…何処…)
 此処は、とシロエは思うけれども。
 次の瞬間、思考は砕けて、砂粒のように崩れ落ちてゆく。
 心を、頭を、機械が探り続けているから。
 端からバラバラに切り刻んでは、中身を調べてゆくのだから。
(…ぼくは…)
 誰なのか、もうそれすらも掴めないほど。
 囚われ人になった身だから、手足も拘束されているから。
 ミュウの思考を分析するための機械、それがE-1077に持ち込まれて。
 本当の所は、かなり早くからあったのだけれど。
 シロエがステーションに着いた時から、密かに手配されていた機械。
 その目的は伏せられたままで。
 「万一に備えて」という、マザー・イライザからの指示だけで。
 ミュウの因子を持った少年、それを迎えたとは誰も知らないままで。


(…パパ、ママ…)
 頭の中に浮かんだ言葉。
 何を意味するのか、シロエには分からないけれど。
 けれど、好きだったと思う「パパ」と「ママ」。
 とても大切なものだった、と考えた途端に砕かれる思考。
 手の中から虚しく落ちてゆく言葉。
(ママ…)
 パパ、と繰り返す内に、思考は徐々に繋がり始める。
 機械がいくら砕き続けても、人の心はそれに勝つから。
 人の想いを打ち砕く力、其処までは機械も持っていないから。
(…ママ、パパ……)
 そうだった、と苦痛の中でも生まれる想い。
 紡ぎ出す望み。
 「帰りたい」と。
 もう終わりだろう自分の人生、きっとこのまま断たれる命。
 ならば最後に帰ってみたい。
 帰れるものなら、あの故郷へと。


 今はもう、住所も分からない家。
 けれど其処へと向かうことは出来る。
(…船に乗ったら…)
 そう、船があれば。
 どんなに小さな宇宙船でも、それに乗ることが出来たなら。
(……エネルゲイア……)
 それにアルテメシア、と途切れ途切れに紡いでゆく思考。
 何度、機械に断ち切られても。
 ブツリと斧が振り下ろされても。
(…クリサリス星系…)
 そういう名前だった筈。
 アルテメシアが在った星系、エネルゲイアがある場所は。
 座標はきっと…。
(……オートパイロット……)
 どの宇宙船にも備わった機能、それを使えば自動的に設定されるだろう。
 アルテメシアへ、エネルゲイアへ飛ぶのなら。
 漆黒の宇宙を飛んでゆくなら。


 そうしたいのだ、と生まれる気持ち。
 この苦痛から抜け出せるのなら、故郷へと。
(…殺されたって……)
 かまうもんか、と紡ぎ出される明確な思考。
 どうせ自分には無い未来。
 此処で黙って殺されるよりは、少しでも夢のある方へ。
 同じ死ぬなら、少しでも…。
(…パパ、ママ…)
 パパとママに近い所まで、と湧き上がる望み。
 なんとしても其処へ行きたいと。
 此処で終わってたまるものかと、きっと宇宙へ逃れてみせると。
 小さな船でもかまわないから、逃げた途端に撃ち落とされても本望だから。
(…此処よりは……)
 ずっとマシだ、と思う死に場所。
 少しでも故郷に近付けたなら。
 両親が今もいるだろう家、其処に向かって飛べたなら。


 行ってみせる、と組み立てる思考。
 機械がそれを砕いても。
 組み上げる端から壊していっても、何度も紡げば形になる。
 人の想いは強いから。
 機械のそれより、遥かに強く思考するのが人だから。
(…帰りたいよ……)
 パパ、ママ、と生まれては直ぐに消される想い。
 機械に頭を掻き回されて、心の中身をバラバラにされて。
 それでもシロエは考え続ける、今の自分が望むことを。
 本当の想いは何処にあるかを、自分は何をしたいのかを。
(……パパとママに……)
 会えないままで命尽きようとも、此処から飛んでゆきたい宇宙(そら)。
 遠く故郷まで続く宇宙へ、其処へ自由に船出すること。
 それが望みで、欲しいのは自由。
 とても小さな船でいいから、練習艇でもかまわないから。
 此処から外へ出てゆけるなら。
 少しでも故郷に近い所へ、自分の意志で飛んでゆけるなら。


 故郷へ飛ぶこと、此処から宇宙(そら)へ飛び立つこと。
 望むことは一つ、夢見ることもただ一つだけ。
(…帰るんだから……)
 辿り着けずに終わったとしても、辿りたい家路。
 この先に自分の家が在ったと、これから帰ってゆくのだと。
(……命なんか……)
 どうせ無いから、捨ててしまってかまわない。
 今でも焦がれ続ける故郷へ、父と母の許へ飛べるなら。
 其処へと帰ってゆくための船に乗れるなら。
(……ピーターパン……)
 そうだ、と思い出した本。
 両親に貰った宝物。
 あの本も一緒に持って行きたい、故郷に帰ってゆく時は。
 此処から宇宙へ飛び立つ時は。
 あれのお蔭で、シロエは「シロエ」でいられたから。
 今もこうして、思考を紡ぎ続けているから。
 何度、機械に砕かれても。
 心ごと無残に踏み躙られても。


(負けるもんか…)
 このまま死んでたまるもんか、と組み立てる思考。
 手足が自由になりさえしたなら、この牢獄から抜け出せたなら…。
(…あの本を持って…)
 飛び立ってみせる、マザー・イライザが支配しているステーションから。
 E-1077から宇宙へ逃げ出してみせる、行き先には死が待っているとしても。
 此処で死ぬより、ずっとマシな死。
 懐かしい故郷に近い所で、両親に少しでも近い所で死ねたなら。
 宝物のように持って来た本、あの本を抱いてゆけるなら。
(…ぼくは負けない……)
 今日までそうして生きて来たから、と悔いることなど無い人生。
 セキ・レイ・シロエは立派に生きた。
 どう生きたのかは思い出せないままだけれども、機械に支配されないで。
 機械の言いなりに生きる人生、その道を選び取らないで。
(…そうして生きた結果がこれでも……)
 ぼくは後悔なんかしない、と刻まれる思考の中でもシロエは笑い続ける。
 この想いを機械は消せないだろう、と。
 ぼくの心を支配するなど、機械に出来るわけがないのだから、と。


 行く先が死でも、選びたい自由。
 このステーションから自由になること、宇宙へと船出してゆくこと。
 小さな練習艇でいいから、行き先を故郷に設定して。
 飛び立った途端に撃ち落とされても、少しでも故郷に近い場所へと飛んでゆきたい。
 両親が今もいる筈の星へ、クリサリス星系のアルテメシアへ。
 その星の上のエネルゲイアへ。
(…パパ、ママ……)
 ぼくは必ず帰るからね、と組み上げる思考は砕かれるけれど。
 端から機械が壊すけれども、それでもけして諦めはしない。
 諦めたら、其処で終わりだから。
 このステーションから出られもしないで、殺されてゆくだけだから。
(…ぼくは必ず……)
 帰ってみせる、と繰り返し考えて夢見ること。
 ピーターパンの本を抱えて、宇宙へ船出してゆく自分。
 これで自由だと、何処までも飛んでゆける船。
 たとえ一瞬で撃ち落とされても、それは自由への旅立ちで船出。
 行く先は死でも、故郷には辿り着けなくても。


 そうやって何度も組み立てた思考。
 機械に微塵に壊される度に、組み立て直した故郷への夢。
 自由になろうと、宇宙(そら)を飛ぼうと。
 必ず自由になってみせると、故郷へと船出するのだと。
 何度も組み立て、壊されたから。
 壊されても夢は、想いは、機械にも壊せなかったから。
(……ピーターパン……)
 幼い日に会ったと思った少年、ピーターパン。
 そう呼んだジョミーの思念波通信と共鳴した時、少しばかり違った思考が出来た。
 故郷へ帰る夢の代わりに、ネバーランドへ、地球へ行こうと。
 両親も一緒に地球へ行きたいと、そうすることが出来ればいい、と。
 だからシロエは飛び立って行った、彼の心が望んだままに。
 それで故郷へ飛ぼうと願った、小さな練習艇で宇宙へ。
 彼が夢見た自由への船出、飛んでゆく先に待つものが死でも。
 これがセキ・レイ・シロエの意志だと、何処までも自由に飛び続けようと…。

 

         自由への船出・了

※アニテラのシロエ、最期が「シロエらしくなかった」感があるのが管理人。原作のせいで。
 強い意志は何処へ行ったんだろう、と考えていたらこうなったオチ。これならシロエっぽい。





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「サム・ヒューストンを覚えているか?」
 キースがジョミーに投げ掛けた問い。
 ミュウの長はどう答えるのか、と。
 彼は知っている筈だから。
 サムがどうなったか、そうなったのは誰のせいなのか。
(…どう答える?)
 拘束されたままで見詰めたけれど。
 ミュウでない自分にジョミーの心は読めないけれども、それでも、と。
 何か動きを見せるだろうと、サムとは幼馴染だから、と。
 けれど、返って来た答え。
 「ああ。…何故、彼のことを?」と。
 ジョミーは訊きもしなかった。
 サムのその後を、友達だったサムがどうなったのかを。
 ならば答える必要も無い。
 義務すらもな、と噤んだ口。
 その沈黙に、「だんまりか」と苦笑を浮かべたジョミー。
 苦笑したいのは、こちらなのに。
 「サムはどうでもいいのか」と。
 どうして自分がサムを知っているか、知りたいことは「何故」の一言だけなのか、と。


 だから皮肉をぶつけてやった。
 「待て」とジョミーを呼び止めて。
 「一つ訊きたい」と、「星の自転を止めることが出来るか」と。
 「さあ…。やってみなければ分からないが」と返した化け物。
 星の自転さえも、止められるかもしれないミュウ。
 「その力がある限り、人類とミュウは相容れない」と、「残念だったな」と突き放したけれど。
 ジョミーの方でも、「残念だ」と部屋から出て行ったけれど。
(…サムのことを尋ねていたならな…)
 あんな言い方はしなかったろうな、とギリッと強く噛んだ唇。
 お前に私の何が分かる、と。
(子供まで使って、心に飛び込んで来たくせに…)
 姑息な手段を使う割には、尋問すらも出来ないらしいミュウの長。
 サムの名前を耳にしたなら、彼は食い付くべきなのに。
 本当に幼馴染なら。
 ジルベスター星系で事故に遭ったサム、きっとミュウどもが絡んでいる筈。
 何も知らないわけなどが無くて、元凶はジョミーと仲間だろうに。
 サムの心を破壊したのは、壊れたサムを捨てたのは彼ら。
 もしも捨ててはいないと言うなら、ジョミーは自分に訊くべきだった。
 「サムはどうした?」と。
 サムの名前を知っているなら、その後のことを教えて欲しいと。


 けれど、噛み合わなかった会話。
 自分が投げたサムの名前に、微塵も反応しなかったジョミー。
 「懐かしい名だ」とも、「サムとは幼馴染だ」とも。
 彼にとってはその程度のこと、サムが壊れてしまったことは。
 最初から心に留めていなければ、まるでどうでもいいのだろう。
 サムの心が壊れても。
 二度と元には戻せなくても、ほんの些細なことでしかない。
(…所詮、あいつは…)
 ミュウの長だ、と握った拳。
 手足を拘束されていたって、握ることだけは出来るから。
 握った拳を叩き付けることは出来なくても。
 胸の底から湧き上がる怒り、それをぶつける先は無くても。
(サムを壊して、放り出して…)
 自分たちさえそれで良ければ、気にもしないのがミュウなのだろう。
 ジルベスター・セブンをナスカと名付けて、自分たちの世界に閉じこもって。
 歩み寄りたいなどと綺麗事を言って、その同じ口で訊こうともしない。
 かつて友だったサムのその後を、サムはどうしているのかを。
 もはや友ではないらしいから。
 ただの人類、ミュウにとっては排除すべき敵を壊しただけ。
 どうしているのか、知りたいとさえ思わないのだろう。
 自分たちさえ守れれば。
 あの赤い星と、この船とだけを守れれば。


 許すものか、と睨んだ扉。
 ジョミーたちが去って閉まった扉。
 閉じて動かない扉と同じに、ジョミーの心もまた動かない。
 サムの名前を聞いたって。
 その名を知るとも思えない自分、捕虜の口から「サム・ヒューストン」と耳にしたって。
(…当然と言えば、当然だろうな)
 ジョミーがサムを壊したのなら、その時点でもう終わったこと。
 遠い日にサムと過ごした日々も。
 サムの故郷のアタラクシアで、一緒に成長して来たことも。
 ジョミーの中では消えてしまって、友達だったサムはもういない。
(私は過去を持っていないが…)
 ジョミーよりかはずっとマシだ、と思える自分。
 故郷の記憶を持っていなくても、自分は友を忘れないから。
 今でもサムを覚えているから、友だった頃のままの姿で。
 サムが壊れてしまっても。
 もう覚えてはいてくれなくても。
 それにシロエも忘れてはいない、彼は友ではなかったけれど。
 友と呼んだらシロエはきっと怒るだろうけれど、友になり得た人間だから。


(私のようなメンバーズでも…)
 多くの敵を殺した者でも、友のことをけして忘れはしない。
 成人検査よりも前の記憶が無くても、両親も故郷も忘れていても。
 何もかもすっかり消えていたって、その後に出来た友たちは今も忘れないから。
(なのに、あいつは…)
 サムを忘れた、と手のひらに爪が深く食い込む。
 皮膚が裂けて血が流れようとも、自分の手などはどうでもいい。
 サムの苦痛に比べたら。
 二度と元には戻らないサム、彼の心が砕けてしまった時の痛みに比べたら。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 あいつがやった、という確信。
 サムのことは今も覚えているのに、容赦なく。
 人類はミュウの敵だというだけ、ただそれだけの理由でもって壊したサム。
 「彼は友達だ」と庇わずに。
 見逃してやれと言いもしないで、冷たい瞳でサムを壊した。
 人類が名付けたジルベスター・セブンを、「ナスカ」と変えてしまったように。
 ミュウに都合よく、ミュウの世界を守るためだけに。
 今ではミュウの長だから。
 前は確かにサムの友でも、今では別の種族だから。


 そんな輩を許しはしない、と睨み付けたジョミーを隠した扉。
 彼が出て行った、今は閉ざされた扉。
 あれの向こうに続く通路を、どう行くのかは知っている。
 ミュウの女が持っていた知識、それを自分は垣間見たから。
 どう進んだら逃れられるか、道筋はとうに頭に叩き込んだから。
(…此処を出られたら…)
 サムの仇を討ってやろう、と誓った心。
 此処にはサムの友はいなくて、化け物が一人いただけのこと。
 星の自転も止められるような化け物が。
 遠い日に共に過ごした友さえ、躊躇わず壊す化け物が。
 サムの心を壊してしまった、ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
(あいつを必ず殺してやる…)
 最初からそのために来たのだからな、と自分自身に誓うけれども、見えない道。
 今も扉は閉ざされたままで、自分は拘束されているから。
 この牢獄から出られない内は、宇宙へも逃げてゆけないから。


 けれど、必ず逃げ出してみせる。
 サムを壊してしまった化け物、あのミュウの長を消すために。
 この宇宙からミュウを一人残らず、跡形もなく焼き払い、滅ぼすために。
(…奴らは心を読むくせに…)
 肝心の心を誰も持ってはいないのだからな、と憎しみだけが募ってゆく。
 サムの名前は覚えていたのに、そのサムを壊してしまったジョミー。
 あれは化け物だと、存在してはならないのだと。
 何故なら、自分は忘れないから。
 サムを忘れていないからこそ、ジルベスターまで来たのだから。
(……この耳のピアス……)
 これが何かも知ろうともしない化け物めが、と心の中だけで吐き捨てた言葉。
 サムの血を固めたピアスと知っても、あいつの顔は変わるまいな、と。
 自分を捕えて、閉じ込めたジョミー・マーキス・シン。
 遠い日にサムの友だった彼は、今ではただの化け物だから。
 サムを平気で壊した化け物、壊した相手を気にも留めてはいないのだから。
(生かしてはおけん…)
 あいつも、ミュウも一人残らず、と睨み付ける扉。
 必ず此処から逃げてみせると、心を持たない化け物どもは、一人残らず焼き払わねば、と…。

 

          壊された友・了

※「サム・ヒューストンを覚えているか?」と、キースは訊いたわけですけれど。
 どういう答えが聞きたかったのか、どうして黙っていたのかが謎。それを捏造してみたお話。





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(ぼくの故郷…)
 エネルゲイア、とシロエが手繰った自分の記憶。
 一日の講義を終えた後の部屋で、「大丈夫」と、「まだ覚えている」と。
 成人検査を受けた時から、おぼろに霞んでいる故郷。
 それが怖くて、こうして辿る。
 「まだ大丈夫」と、「忘れていない」と。
 大好きだった故郷は、ちゃんと心の中にあるから。
 どんなに霞んでしまっていたって、消えたわけではないのだから。
(パパとママがいて、ぼくの家があって…)
 たったそれだけ、その程度しか確かなことが無かったとしても。
 家が在った場所を示す住所を、まるで書くことが出来なくても。
(でも、覚えてる…)
 あそこがぼくの故郷だった、と思い出す「エネルゲイア」という名前。
 アルテメシアという星の上に、エネルゲイアは在ったのだと。
 自分は其処で暮らしていたと、毎日が幸せだったのだと。


 けれど、全てを奪われた。
 忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブに、あの憎らしい成人検査に。
 ピーターパンの本だけを残して、何もかもを。
 両親も家も、エネルゲイアという場所も。
 気付けば消されていた記憶。
 あんなに「嫌だ」と抵抗したのに、機械が消してしまった記憶。
 大人になるには、必要無いと。
 両親も家も、故郷も要りはしないのだと。
(…だけど、忘れてやるもんか…)
 こうして残っている分は。
 今も自分の中に残った、大切な故郷の記憶の欠片。
 顔さえ思い出せない両親、住所が分からなくなった家。
 それでも記憶は残っているから、好きだったことは忘れないから。


 穴だらけだろうが、欠けていようが、自分は自分。
 こういう記憶を持っている者、それが自分でセキ・レイ・シロエ。
 エネルゲイアの家で育って、ネバーランドを夢見た子供。
 両親がくれたピーターパンの本が宝物、今でも持っているほどに。
 成人検査を終えた後にも、此処まで持って来たほどに。
(ぼくは決して忘れやしない…)
 機械が何をしたのかも。
 記憶を消されてしまってもなお、自分を構成しているものも。
 両親が、故郷が好きだった自分。
 故郷の家も、風も光も。
 エネルゲイアの映像を見ても、何処か現実味が無いけれど。
 自分が確かに其処に居たこと、その実感が湧かないけれど。
 あそこが大好きだったのに。
 あの故郷から、故郷の空から、ネバーランドへ飛ぼうと何度も夢を見たのに。


(ぼくの好きな所が、一杯あって…)
 パパやママと一緒に行ったっけ、と思った所で途切れた記憶。
 いきなりプツリと切られたように。
 せっせと辿った道しるべの糸、その糸が消えてしまったように。
(…これは、何…?)
 どうして、と手繰ろうとした続き。
 両親と一緒に何度も出掛けた、大好きだった思い出の場所。
 お気に入りの場所は、と手繰った糸には先が無かった。
 鋭い刃物でブツリと切られて、あるいはハサミでチョキンと切られて。
 糸の先には、もう無かった道。
 お気に入りの場所は何処だったのかが、まるで記憶に無かったから。
 ただ「好き」としか、「好きだった」としか。
 其処がいったい何処にあるのか、それが分からないなら、まだいいけれど…。


 嘘だ、と見詰めた記憶の穴。
 心にぽっかり開いた空洞、何も覚えていない自分。
 両親と何処へ行ったのか。
 胸を高鳴らせて出掛けた先には何があったか、何を見たのか。
(……そんな……)
 そんな馬鹿な、と背中に流れた冷たい汗。
 いくら霞んでしまったとはいえ、故郷の記憶はある筈なのに。
 お気に入りの場所が何処にあったか、それはハッキリしなくても…。
(好きだったものは覚えている筈…)
 そう思うのに、糸はプツンと切れたまま。
 両親と何をしていたのか。
 どうして其処が気に入っていたか、何をするための場所だったのか。
 多分、子供が喜びそうな場所なのに。
 とても気に入って、何度も出掛けていた筈なのに。


(あれは何処…?)
 幼い頃から何度も行った。
 両親の手をキュッと握って、大はしゃぎして。
 自分一人では、上手く帽子も被れなかったほどの頃から。
 母が被せて、父が直してくれたりしていた頭の帽子。
(…帽子なんだし…)
 日よけの帽子で、それならば外。
 屋外の何処か、気に入りの場所はそういう所。
(…海とか、山とか…?)
 それだろうか、と思うけれども、記憶には穴が開いたまま。
 何も返ってこない反応、「それだ」とも、「それじゃない」とさえ。
 消された記憶を、自分は持っていないから。
 機械にすっかり奪い去られて、手掛かりさえも掴めないから。
(…海でも山でもないのなら…)
 公園だとか、と自分に向かって尋ねるけれど。
 他に子供が好きそうな場所は、と次から次へと挙げてゆくけれど。


 幾つ挙げても、「これだ」と思えない答え。
 他には、もう思い付かないのに。
 ピーターパンの本を広げて、端から拾っていったって。
 これだろうか、と指で言葉を指したって。
(…好きだった場所を…)
 ぼくは忘れた、と足元が崩れ落ちるよう。
 大好きな両親と何度も出掛けた、お気に入りの場所が出て来ない。
 いったい何を好んでいたのか、好きだった場所は何処だったのか。
 それの答えが何と出るかで、きっと何通りもある組み合わせ。
 海が大好きな子供だったら、泳ぎがとても好きだったとか。
 山が好きなら、木登りが得意だったとか。
(…遊園地に出掛けて行ったって…)
 好きだった遊具で変わるのだろう。
 セキ・レイ・シロエの子供時代というものは。
 今の自分が出来た切っ掛け、自分を構成しているものは。


(……酷い……)
 酷い、と失くしてしまった言葉。
 自分では「自分」を掴んでいるつもりだったのに。
 記憶がおぼろになっていたって、セキ・レイ・シロエは自分だと。
 此処にいるのだと、これがセキ・レイ・シロエだと。
 それなのに欠けている記憶。
 大切なものが、とても大切だった筈の部分が。
 今のシロエを築き上げたもの、幹とも言うべき自分の根幹。
 大好きで興味を示していた場所、其処で自分がやっていたこと。
 それを丸ごと忘れてしまって、何も残っていないだなんて。
 幼い頃から好きだった場所も、その場所でしか出来ないことも。
(…ぼくは、いったい…)
 誰なんだろう、と揺らぐ足元。
 今の自分を築いた記憶は、何も残っていなかったから。
 プツリと途切れた糸の先には、何もくっついてはいなかったから。


 ぼくは誰なの、と問い掛けてみても分からない。
 どうやって今のセキ・レイ・シロエが出来たのか。
 スポーツが好きな子供だったか、スポーツより読書が好きだったのか。
 そんな単純なことさえも。
 もしや、と記憶の糸を辿ったら、それも途切れて消えていたから。
 機械が消してしまったから。
(パパ、ママ…)
 教えて、と奈落の縁に立って震える。
 ぼくはどうやって育って来たのと、何処へ連れてってくれていたの、と。
 それの答えで、シロエが誰かが変わるから。
 お気に入りの場所に全てがあるのに、何も覚えていないから。
(……お願い、ママ、パパ……)
 ぼくに教えて、と零れ落ちる涙。
 自分が誰だか分からないよと、本物のシロエは何処にいるの、と…。

 

         ぼくは誰なの・了

※シロエの記憶の欠けっぷりからして、多分、こういう記憶も消えてるんだろう、と。
 どういう風に育って来たかは、大切だと思うんですけどね…。ごめんよ、シロエ。





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