(結局、何も分からないままか…)
その上、謎が増えただけか、とキースの頭を悩ませること。
ジルベスター星系での事故調査に赴く、任務は分かっているけれど。
其処から戻れば、謎の一つは解けるのだけれど。
(…ピーターパン…)
スウェナが口にしていたこと。
サムの病院で出会った時に。
わざわざ待ち伏せしていた上に、セキ・レイ・シロエの名を語ったスウェナ。
誰もが忘れている筈の名前、E-1077にいた者たちは。
マザー・イライザがそう指示したから、皆の記憶を消させたから。
(皮肉なものだな…)
結婚を機にE-1077を離れたスウェナは、今もシロエを覚えていた。
そしてシロエのメッセージを見付けた、何処でなのかは謎だけれども。
分からない謎の一つがそれ。
シロエが残したメッセージは何か、どうして自分宛なのか。
(ハッタリということも、ないことはないが…)
そうだと言うなら、それでもいい。
この謎は解ける謎だから。
ジルベスターから戻りさえすれば、どんな答えが出るにしたって。
心は激しく乱されたけれど、シロエのメッセージの件はいい。
いずれ答えを手にするのだから、任務が終わりさえすれば。
それとは別に謎が幾つも、どれも今回の任務絡みで。
ジルベスターにはMがいるのか、それとも事故に過ぎないのか。
(…私が派遣されるからには…)
間違いなくいる、と思うのがM。
そう呼ばれているミュウどものこと。
彼らは確実にいるだろうけれど、今の時点では何も無い証拠。
ミュウの尻尾をどう掴むのか、どうやって拠点を探し出すのか。
手掛かりすらも見付からないから、謎の一つはミュウたちの拠点。
(ジルベスター・セブン…)
事故が多発すると言われる宙域、その中の何処か。
際立って事故が多い惑星、ジルベスター・セブンが匂うのだけれど。
(何も証拠が無いからな…)
今は謎だな、と思うしかない。
これだけで軍は動かせない、とも。
何か訊けないかと見舞ったサム。
E-1077で四年間、一緒だった友、十二年も会っていなかった。
けれど元気だと思っていたから、取ろうともしていなかった連絡。
その間にサムは壊れてしまった、Mたちのせいで。
どう考えても事故ではなくて。
(…怪しい点が多すぎるんだ…)
特にサムのケースは、と零れる溜息。
乗っていた船ごと漂流していたのを救われたサム、とうに正気を失くした姿で。
心が子供に戻ってしまって。
(それだけでも充分、怪しいんだが…)
人の心を食う化け物と言われるM。
ミュウどもがサムを壊したのでは、と。
恐らくそうだと思うけれども、解せない点がもう一つ。
サムと一緒に乗っていた者、チーフパイロットは殺されていた。
それもナイフで、サムの側に落ちていたもので。
ミュウがやるなら、そんな武器など要らないだろうに。
彼らの力は、人の心臓をも止めるだろうに。
サムは人など殺さない。
殺せない、とも確信している。
E-1077で一緒だった四年、その間に思い知らされたこと。
同じ道を歩みたい友だけれども、サムはその道を歩けはしない、と。
(人間としての能力以前に…)
サムの資質が邪魔をするんだ、と当時からもう分かっていた。
優しすぎるサムは、メンバーズには向かないと。
どんなに才能があったとしたって、性格のせいで篩い落とされる。
サムには人は殺せないから。
その優しさを持ったままでは、軍人になどはなれないから。
(…サムなら、シロエも殺しはしない…)
きっと見逃すことだろう。
マザー・イライザに命じられても、「撃ちなさい」と声が届いても。
「見失った」と報告して。
そうしたせいで、自分の道が閉ざされても。
メンバーズの資格を失くしたとしても、サムはシロエを殺さない。
「行け」と見送り、そのまま機首を返すのだろう。
そのせいで自分がどうなろうとも、エリートの道から一般人に転落しようとも。
そうする筈だ、と今でも思っているのがサム。
十二年間の歳月を経ても、サムは変わりはしないだろう。
彼の優しさは本物だから。
誰よりも自分が知っているから。
(船の中で何があったとしても…)
サムにパイロットは殺せない。
敵でさえも殺せないようなサムに、同僚を殺せる筈などがない。
だからおかしい、サムの事故は。
どうしてサムが人を殺したのか、そういうことになったのか。
(…サムからは何も訊けなかったが…)
それもまた、Mの仕業だろうか。
自分たちの手を汚す代わりに、サムに命じたチーフパイロットを殺すこと。
彼は何かを知りすぎたのか、それとも他に何かあったか。
(…サムに殺せはしないんだ…)
事故調査の結果は、サムの仕業になっていたけれど。
サムがやったと、彼の心が壊れたこととの因果関係は不明だ、とも。
(あのサムが…)
人を殺すなど有り得ない、と思うけれども、添えられたデータ。
血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの写真と。
サムは殺人者になってしまった、Mたちのせいで。
ミュウの拠点に近付いたせいで、まるでサムらしくない存在に。
サムは罪には問われない。
心が壊れてしまっているから、責任を負えはしないから。
けれど、記録はそうはいかない。
チーフパイロットの名前と一緒に、永遠に記録され続ける。
返り血を浴びた写真のままで。
血染めのナイフを添えられたままで、殺人者のサム・ヒューストンとして。
(…サムは人など殺さないのに…!)
どうしたらこれを覆せる、と歯噛みしたって、Mどもを連れて来たって無駄。
人間扱いされていないM、ミュウの証言などに意味は無いから。
彼らを法廷に出すよりも前に、処分するのが鉄則だから。
(サムは一生…)
人殺しだ、と握った拳。
サム・ヒューストンのデータを見る者、それを知り得る誰にとっても。
自分を除いた誰が見たって、サムは殺人を犯した者。
返り血を浴びた写真が動かぬ証拠で、血染めのナイフも同じに証拠。
罪に問われはしなくても。
病院で一生、穏やかに生きてゆけるとしても。
どうしてサムが殺人者に、と濡れ衣を晴らしたいけれど。
Mが相手では無理でしかなくて、サムの写真は血染めのまま。
返り血を浴びた顔のまま。
(…一番、サムらしくない姿なのにな…)
これがステーション時代だったら、「何の仮装だ?」と訊いただろうに。
人気のドラマか何かだろうかと、まだ知らないから観てみたいとも。
(本当に悪い冗談だ…)
血染めのサムか、と吐き捨てた瞬間、閃いたこと。
「そうか、血なのか」と。
サムの写真はこうだけれども、サムの体内にも血は流れている。
広い宇宙にただ一人だけの、サムだけが持ち得る血というものが。
一滴の血を分析したなら、それだけで「サムだ」と分かる赤い血が。
(…サムと一緒に行けそうだな)
ジルベスターに、と浮かんだ笑み。
あの病院から、サムの血を貰い受けたなら。
ほんの一滴、赤い雫を貰ってこの身に付けたなら。
そうすればサムは常に一緒で、何処までも共に行くことが出来る。
ジルベスターへも、サムが病院で歌っていた歌にあった地球へも。
よし、と心に決めたこと。
サムの身の証は立てられなくても、これからはサムと共に在ろうと。
彼のものだと分かる血の雫、それでピアスを作らせようと。
サムが血染めのサムだと言うなら、自分は「血のピアスのキース」でいい。
その意味を誰も知らなくても。
誰一人、血だと気付かなくても、自分だけが知っていればいい。
サムは自分と共にいるから。
優しすぎて人も殺せないサム、そのサムと共に、サムが行けなかった道をゆくのだから…。
友の血のピアス・了
※アニテラでも原作でも、当たり前にキースが付けているピアス。どうして血なんだ、と。
理由は全く語られないまま、サッパリ謎だと思い続けて何年だか。…こうなりました。
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