(自らの命を犠牲にして、メギドを止めたのか…)
ソルジャー・ブルー、とキースの心を占めるもの。そう、今も。
メギドを失い、グレイブの艦隊に残存ミュウの掃討をするよう命じたけれど。
その時からの思いで、今も消えない。
自室に引き上げ、こうしてシャワーを浴びている今も。
グレイブが指揮する艦隊とは別に、こちらの船はジルベスター・エイトから離脱中。
ミュウどもが「ナスカ」と呼んでいた星、ジルベスター・セブンも遠ざかりつつあるけれど。
ジルベスター・セブンは砕けて、跡形も無いのだけれど。
(…ソルジャー・ブルー…)
もういない、伝説のタイプ・ブルー。…タイプ・ブルー・オリジンと呼ばれた男。
自分が彼を撃ち殺したと言っていいのか、それとも成し遂げられなかったか。
(これで終わりだ、と…)
撃ち込んだ弾は、彼のシールドを突き抜けて右の瞳を砕いた。
あれで終わりだと思っていたのに、倒れなかったソルジャー・ブルー。
代わりに起こしたサイオン・バースト、噴き上げるように広がり始めた青い光の壁。
危うく、それに…。
(巻き込まれていたら、今頃、私は…)
生きて此処にはいなかったろう。
サイオンの光に一瞬にして焼き尽くされたか、あるいは意識を失ったのか。
もしも、あそこに倒れていたなら、自分の命は無かった筈。
メギドの制御室は、そういう所だから。
発射される時に其処にいたなら、命が危ういエネルギー区画。
それが常識、だからマツカは「行っては駄目です」と止めにかかったし、後を密かに…。
(つけて来ていたから、私を救い出せたんだ…)
サイオンの光に巻き込まれる直前、走り込んで来た忠実なマツカ。
彼が自分を抱えて「飛んだ」。
瞬間移動で、制御室からエンデュミオンの艦内まで。
そうして辛くも救われた命。
自分の命がどれほど危ういものであったか、嫌と言うほど思い知らされた。
残党狩りを命じた後に、「部屋に戻る」と戻って来たら。
酷く疲れを覚えていたから、気分転換に浴びようと思った熱いシャワー。
バスルームの扉を開けた途端に、其処の鏡に映った自分。
(セルジュたちにも見られたな…)
煤まみれになった、あの顔を。
けれど彼らは、「ソルジャー・ブルーと死闘を繰り広げた結果」なのだと思っているだろう。
戦いの最中に起こった爆発、その時に浴びた煤なのだと。
(…それならば良かったのだがな…)
生き残ったことを誇れもするし、死の淵からの生還の証と言えるのだから。
メギドを失ったほどの爆発、それを食らっても「生き延びる術」を持っていたのだと。
(…だが、実際は…)
マツカが助けに来なかったならば、失われていた自分の命。
本当に命の瀬戸際だったと、顔についた煤が示していた。
間一髪で救われただけで、そうでなければ失くした命。
サイオンの光に焼かれて死んだか、あるいはメギドの発射で命を落としたか。
どちらにしたって、生き残れていたわけがない。
いったい自分は何をしたのか、どれほど愚かだったのか。
それを突き付けられたのが鏡、其処に映った煤まみれの顔。
「これがお前だ」と、「お前がやったことの結果がこれだ」と。
マツカがいなければ死んでいたのだと、「なんと無様な姿なのだ」と。
煤まみれの顔が映っているのは、生きて此処にいる証拠だけれど。
その命は何処から拾って来たのか、ちゃんと自分で守ったのか。
答えは「否」で、一人だったら失くした命。
瞬間移動など出来はしないし、きっとメギドの制御室で。
ソルジャー・ブルーと共に倒れて、それきりになっていたのだろう。
「アニアン少佐は戻らなかった」と報告されて。
元より、命が惜しくはない。
軍人なのだし、惜しいと思ったことさえも無い。
ただ、その「命」の失くし方。…何処で失くすか、どう失くすのかで違う価値。
命を捨てた甲斐があるなら、軍人冥利に尽きるのだけれど。
何の成果も上げることなく死んでいったら、それは無駄死に、犬死にでしかない。
いくら「名誉の戦死」でも。
作戦中の死で、二階級特進になったとしても。
(…まさに無駄死にというヤツだ…)
あそこで死んでいたのなら。
ソルジャー・ブルーに巻き添えにされて、命を失くしていたのなら。
自分が死んでも、何の役にも立たないから。
この艦隊の指揮官の自分、それを失くしてきっと混乱したろう「その後」。
セルジュが代理を務めるとはいえ、彼も詳しくは知らない作戦。
「目的はミュウの殲滅」だという程度しか。
如何にセルジュが副官だとしても、伝えられない軍事機密も多いのだから。
(それなのに何故、私は、あの時…)
ソルジャー・ブルーが来たと知った時、制御室へと行ったのか。
彼を狩ろうと考えたのか。
「仕留めてやるのが、狩る者の狩られる者に対する礼儀だ」などと格好をつけて。
伝説の獲物が飛び込んで来たから、それを仕留めに行ってくる、と。
(保安部隊では、太刀打ち出来ない相手だが…)
ただの兵士では歯が立たないのがソルジャー・ブルー。
自分は身をもって知っているから、ミュウどもの船で負け戦を味わわされたから…。
(今度は勝ちたかったのか?)
ミュウの船ではなく、自分の船が戦場だから。
より正確に表現するなら、自分の船とドッキングしているメギドを舞台に戦うのだから。
「今度こそ勝つ」と思っただろうか、それが出掛けた理由だろうか?
ソルジャー・ブルーの覚悟のほども知りたかったし、見届けたくもあったから。
「お前は、どれほどの犠牲を払える?」と。
そうして出掛けて行ったメギドで、またも無様な負け戦。
傍目には「勝ち戦」だけれど。
セルジュたちも、きっとグランド・マザーも、そうだと思うだろうけれど。
(しかし、自分を誤魔化すことは…)
けして出来ない、勝ち戦だなどと思えはしない。
マツカが自分を救いに来たこと、それを誰にも漏らさなくても、自分自身は誤魔化せない。
あそこでマツカが来なかったならば、失くした命。
それも犬死に、何の役にも立ちはしない死。
艦隊が無駄に混乱するだけ、指揮官が死んでしまっただけ。
「名誉の戦死」で、「ソルジャー・ブルーと死闘を繰り広げた末の最期」でも。
ソルジャー・ブルーと共に散っても、皆が自分を褒め称えても…。
(…私の死などは、それだけのことで…)
実際の所は、狩るべき獲物に返り討ちにされただけのこと。
ソルジャー・ブルーに巻き添えにされて、命を失くしてしまっただけ。
彼を狩ろうと考えたから。
「今度こそ、私が勝ってみせる」と、自分の誇りにこだわったから。
いくら伝説のタイプ・ブルーでも、「今度はそうそうやられはしない」と。
二度も負け戦でたまるものかと、「来たことを後悔させてやる」と。
相手はミュウで、宇宙から排除されるべきもの。
撃ち殺してやれば自分の勝ちだし、反撃されても「今度は勝つ」。
メギドが発射されてしまえば、彼が来た意味は無くなるから。
ソルジャー・ブルーは「狩られるために」飛び込んで来ただけのことになるから。
飛んで火にいる夏の虫だし、彼を殺せば自分の勝ち。
(…まさか、サイオンをバーストさせるなど…)
まるで思いはしなかった。
サイオン・バーストを起こしたミュウを待つものは、「死」のみ。
命を捨てる覚悟が無ければ、サイオンを全て放出するのは不可能だから。
そんなミュウなど、見たことがない。
聞いたことすら一度も無かった、死への引き金を自ら引いたミュウの話は。
きっと最初から、ソルジャー・ブルーは命を捨てる気だったのだろう。
生きて戻ろうとは微塵も思わず、ただ一人きりでやって来た。
(たまたま、私に遭遇したから…)
何発も弾を撃ち込まれた末の死だったけれども、そうでなくても死んだのだろう。
メギドもろとも、命を捨てて。
持てるサイオンを全て出し尽くして、メギドそのものを道連れにして。
(…そしてあいつの思い通りになったというわけだ…)
メギドは沈んで、ミュウどもの船はワープして逃げた。
ソルジャー・ブルーは仲間を救った、自らの命を犠牲にして。
あの船に乗っていた仲間を守って、宇宙に散ったソルジャー・ブルー。
彼が守ったのはミュウの仲間と、その未来。
逃げ延びたならば、巻き返しのチャンスもあるだろうから。
場合によっては、ミュウの勝利もまるで無いとは言い切れないから。
(…あいつは無駄死にしなかった…)
無駄死にどころか、万が一、ミュウが勝利した時は、どれほどの価値があることか。
ソルジャー・ブルーが捨てた命に、仲間のために払った犠牲に。
それに引き換え、自分はといえば…。
(…マツカが助けに来なかったなら…)
犬死にだった、と情けない気分。
またしても自分は負けたのだろう、ソルジャー・ブルーという男に。
もう永遠に前に立ってはくれない男に、逝ってしまって「二度と戦えはしない」相手に。
それを思うと、もう見たくもない自分の顔。煤まみれになっていた時の顔。
(…煤と一緒に、何もかも洗い流せたら…)
ソルジャー・ブルーに負けたことまで、洗い流してしまえたら、と浴び続ける水。
熱いシャワーを浴びるつもりで来たというのに、水しか浴びる気になれない。
犬死にしかけた愚かな自分を、ソルジャー・ブルーに負けた自分を、流し去りたい気分だから。
水ごと全てを洗い流せたら、きっと元通りの自分が戻って来るだろうから…。
永遠の敗北・了
※なんだってキースは「ギリギリまで粘って」撃ち続けたのか、未だに疑問な管理人。
とりあえず今はこんなトコです、考え方としては。結果だけを見ればブルーの勝ちだ、と。