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天国の緑の丘

『箱の最後には……希望が残ったんだ』
 それがキースの心に届いた、ジョミーが紡いだ最期の思念。
 肉声は「キース」と呼び掛けて来たのが最後で、飛び去ってしまったジョミーの魂。
 ようやっと真の友が出来たと思ったのに。最後まで共に戦った仲間、本当の友を得られて心から満足したというのに。
 だからキースがついた溜息。「最後まで……私は一人か」と、悲劇のヒロイン気取りで。
 そう、ヒーローではなくてヒロイン、そんな感じで。一人残されて岩の下敷き、考えるだに気の毒な最期なのだから。誰も看取ってくれはしなくて、悲しむ人もいないのだから。
(マツカの方が恵まれていたな…)
 チラリと頭を掠めた思い。マツカも大概な最期だったけれど、自分が看取ってやったのだし…。
(セルジュもパスカルもあの場にいたぞ)
 それに比べて私はどうだ、と可哀想すぎる自分の最期を思いながら逝ったわけなのだけれど。
 とうとう岩が落ちて来たかと、多分、押し潰されたのだけれど…。


「…どの辺がどう気の毒なんだか…」
 悲劇のヒロインぶられても、と容赦なく頭を蹴り飛ばされた。ジョミーのブーツで。
 恐らく天国、もう見るからにそれっぽい雲の絨毯の上で、ゲシッと、「ていっ!」と。
「何をする!?」
 痛いじゃないか、と起き上がったら、其処で腕組みしていたジョミー。偉そうな態度でこちらを見下ろし、「自覚が無いのが酷すぎだから」と吐き捨てた。
「誰が言ったんだったっけ…。シロエだっけか、幸福なキースっていうヤツは」
 君は本当に幸福すぎだ、と睨み付けているジョミーの後ろから、シロエがヒョイと覗かせた顔。
「そうです、それで合ってます。幸福なキースは、ぼくの台詞ですよ」
 登録商標ではないんですけど、と謙遜しつつも、自慢の言葉ではあるらしい。遠い昔にシロエが罵倒してくれた、「幸福なキース」なるヤツが。
「…この期に及んで、それが何だと?」
 成人検査を通過したかどうか、そんなのは細かいことだろう、と言ったのに。
 死んで天国までやって来たのに、重箱の隅をつつくようなことをしなくても…、と考えたのに。
「甘いね、君は。…本当に甘くて、もう「幸福なキース」としか…」
 言えやしない、とジョミーは上から目線で続けた。思い切りハッピーエンドな最期だったのに、贅沢をぬかす奴なんて、と。
「あれがハッピーエンドだと!? 私のか!?」
 違うよな、とキースは噛み付いた。SD体制は崩壊したから、人類とミュウにとっては、きっとハッピーエンドだろう。ああいう悲惨な死に方でも。
 けれど自分にとってもそうかと言われたら…。
(全力で生きた者にも後悔は無いが、ハッピーエンドなら、もっとこう…)
 希望があってもいいと思うし、「箱の最後に残った」ような希望では困る。パンドラの箱など、死んだ後には何の役にも立たないから。希望は「生きてこそ」なのだから。


 そんなわけだから、「違う」と思ったハッピーエンド。人柱よろしく斃れた自分は、もう絶対にハッピーエンドを迎えてはいない。バッドエンドの方だろう、と自信満々だったのに…。
「まあ、そうだとも言えるだろう。君にはあれが全てなんだし、気の毒なのかもしれないが…」
 でも天国に来たら、こんなテキストが…、とジョミーが、シロエが持っている本。
 いったい何の本だろうか、と見詰めてみたら、『地球へ…』と書かれたタイトル。何処かで目にした覚えがあるな、と思うけれども、おぼろな記憶。死んだはずみに、ブッ飛んだかも。
(地球というのは、あの地球だろうが…)
 私が岩の下敷きになって死んだ場所だな、と理解はしても、結び付かない本との関係。あの本に何の意味があるのか謎だし、タイトルの記憶もナッシング。
 けれどジョミーが、シロエが繰っているページ。互いに頷き合いながら。
 「なんて幸せな男なんだ」と、「ええ、幸福なキースですよね」と。
(どういう意味だ…?)
 サッパリ分からん、とボーッとしていたら、「このタコがあ!」とジョミーに張り飛ばされた。
 「テメエの人生、ちゃんと自分で確かめやがれ」と、「この本がオリジナルだから!」と。
(…オリジナル……?)
 それは伝説のタイプ・ブルー・オリジンとは別物なのか、と思ったオリジナル。手渡された本をパラパラめくると、其処に見付けた「タイプ・ブルー・オリジン」。そう、伝説の。
(こんな所にソルジャー・ブルーが…?)
 私が知らない時代のだな、と伝記っぽい本を読んでゆく。文字オンリーではなくて、見るからに娯楽なコミックだけど。何処から見たって漫画だけれど。
 そうしたら…。
(…へ?)
 此処で終わりか、と仰天したソルジャー・ブルーの最期。
 驚いたことに、アルテメシア、いやアタラクシアという星でジョミーを後継者に据えた途端に、彼の命は終わったらしい。ご丁寧にガラスの柩に入って、花まで背負って。
(…いや、こう見えて、実は死んでいなくて…!)
 白雪姫の童話よろしく、ガラスの柩から復活だろう、と考えたのに甘かった。舞台は其処で暗転だから、もう本当に死んだっぽい。…ソルジャー・ブルーは、綺麗サッパリ。


 はて…、とページをめくってみたら、颯爽と登場した自分。サムもセットで。ついでにシロエも一緒に登場、何処か違った世界なE-1077。
(…これはどういう本なのだ?)
 私の人生が描かれている本なのか、と読み進めたら、またしても衝撃の展開。まだ少年のような自分が、フロア001にいた。シロエが「ゆりかごですよ」と言っていた場所に、その直後に。
(知るのが、やたらと早すぎないか!?)
 ジルベスターの後まで知らなかったが、と愕然とさせられた出生の秘密。
 自分の場合は、「マザー・イライザが無から作った生命」だなんて、中年に差し掛かるまで全く知らなかったから。
(…えらくまた、苦労性な私もいたものだ…)
 こんなに早く知ってどうする、と驚きながらも読んでゆく『地球へ…』。もうあちこちで何かが違うし、見て来たものとは別世界。天国に来るまでに生きた人生、それとも激しくズレまくり。
 そうやって辿り着いた終幕、なんとジョミーを撃ち殺したから驚いた。そう、自分が。
 自分の名誉のために言うなら、自分の意志ではないけれど。グランド・マザーに操られた末に、及んだ凶行。平たく言うなら心神喪失、多分、責任は問われない。そうは言っても…。
(これはあまりに…)
 強烈すぎる、とガクブルしながら読んでいったら、トドメの一撃。
 グランド・マザーの次に控えた、「コンピューター・地球(テラ)」という有難い機械。地球を滅びから救える機械を、せっせと止めている自分。「もう決めたんだ」と、せっせ、せっせと。
(いったい、此処の私は何を…!)
 それを止めたら地球は終わりで…、と思った通りに、ドえらい惨事に見舞われた地球。
 その一方で自分はといえば、「この世をば、どりゃお暇に線香の煙と共にハイ、さようなら」と言わんばかりに、この世にオサラバしてしまっていた。十返舎一九ではないけれど。
 自分が暴走して殺したジョミーに、「俺を殺せ」と格好をつけて、サックリと。
 かくして終わった自分の人生、やたらと苦労が多そうだけれど。
 最後の最後まで友はいなくて、「私は一人か」を極めた感じが、もうMAXに漂うけれど。


(これはいったい…)
 何なのだ、とガン見した『地球へ…』。運命を左右する「予言の書」というブツにも見えるし、あるいは冗談、いやいや悪魔の仕業なのかも…、とも思っていたら。
「分からないかな、オリジナルだと言ったけど?」
 ジョミーがフンと鼻を鳴らして、のたまった。「本来、君の人生はそういうヤツらしい」と。
 若い頃からドップリ苦悩で、死ぬまでひたすら苦労の連続。そう生きるのがキース・アニアン、「最後まで……私は一人か」などと寝言も言えずに、ドツボな人生。
 なのに全く違う生き方、「お気楽極楽、そういう感じで生きなかったか?」と、イヤンな指摘。
 自分の生まれを知りもしないで、ノホホンと生きた若かりし日々。それこそやりたい放題で。
 メギドは持ち出す、ソルジャー・ブルーもなぶり殺すで、人生エンジョイしたろうが、と。
 自分の生まれを知った後にも、まるで無かった反省の色。
 グランド・マザーと戦う時さえ、「私は自分のしたいようにする」と銃をぶっ放していた程度。やっぱり変わらず好き放題だし、苦労の「く」の字も無かったわけで…、と。
「い、いや、それは…。それは間違いないんだが…!」
 あれが私の精一杯の抵抗で…、と食い下がったけれど、弱すぎる立場。オリジナルの方と比べてみたなら、「何もしていない」も同然の自分。…情けないことに。
 銃をぶっ放したまでは良しとしたって、グランド・マザーに粛清されて剣でグッサリ。あえなくリタイヤ、後はジョミーに丸投げしたのが自分というヤツ。
(…ただ転がっていて、グダグダ喋っていただけだとか、なんとか言わないか…?)
 そうだったかも、と青ざめた顔。「頑張りがかなり、足りないのでは…?」と。
 苦労知らずでぬくぬく育って、最後はサックリ退場だから。
 あれこれ御託を並べていたって、剣で刺されて、まるで虫ピンで留められた虫。動きもしないで「くっちゃべっていた」と切り捨てられたら、「ハハーッ!」と土下座で詫びるしかない。
(…確かに、「幸福なキース」なのかもしれん…)
 この人生に比べたら…、とガクガクブルブル。オリジナルだという『地球へ…』を手にして。
 「私の人生は、本来こうか」と、「悲劇を気取って申し訳ない」と。


 ジョミーに、シロエに、詰られたって仕方ないのだな、とブルッていたら、ポンと叩かれた肩。
 「久しぶりだね」と、後ろから。
(誰だ!?)
 今度は誰がやって来たんだ、と振り返った所に、立っていたのがソルジャー・ブルー。
 ジョミーたちと同じに、『地球へ…』の本をキッチリ手にして、「その節はどうも」と。
「もう読んだんなら、分かってくれたと思うんだけどね? ぼくは本当なら…」
 間違っても君と出会う筈はなくて、狩りの獲物になるわけもなくて…、とソルジャー・ブルーが浮かべているのが、怖すぎる笑み。愛想が良すぎて、こみ上げる恐怖。
 そんな心を知ってか知らずか、伝説のミュウは極上の笑顔で続けてくれた。
 「君の人生に花を添えるためにだけ、ぼくは生かされていたようだけどね?」と。
 「お蔭で散々酷い目に遭って、ガラスの柩を貰うどころか、葬式も無しの人生だった」と。
 脇役だから仕方ないけれど、と言いつつ、実は据わっているのが彼の赤い瞳。そしてやっぱり、シロエの自慢の例の台詞をパクッてくれた。「君は幸福なキースだよ」と。
 「ぼくの人生を踏み台にして、華麗にステップアップだからね」と、「二階級特進で上級大佐になった気分は、さぞかし素敵だっただろう」とも。
「そ、そう言われても…。私に、そういう自覚は全く…!」
 無かったんだが、と言い終えない内に、ジョミーに、シロエに取り囲まれた。両脇から。
「往生際の悪い奴だな、君という奴は。要は、君が生きて来た人生は…」
 君にとってはハッピーなヤツで、最後もハッピーエンドなわけで、とジョミーが迫れば、横からズズイと出て来たシロエ。思いっ切りの訳知り顔で。
「その通りですよ。オリジナルの方なら、ぼくが死んでも意味はあったんですけどね…」
 こっちのコースだと無駄死にですよ、とキッツイ一言。実際そうだし、ヤバすぎる立場。自分の生まれを全く知らずに何年生きたか、お気楽すぎる時代が何年あったのか。
「…で、では、私が生きたあの人生は…」
「君がハッピーエンドを迎えるために、他のみんなが踊らされていたようだけれどね?」
 ぼくも含めて…、とソルジャー・ブルーは笑顔だけれども、生憎、その目がマジだった。囲みにかかったジョミーもシロエも、ジト目で見ている「幸福なキース」。
 ちょっと幸福すぎやしないかと、「その幸福は、皆にお裾分けするべきだ」と。


「畜生、どうしてこうなるんだ!?」
 死んだ後まで、何故こうなる、と悲鳴を上げても、後が無かった「幸福なキース」。
 「言いがかりだ」と必死に言い返そうにも、「オリジナルはこうだ」と、皆が掲げる錦の御旗。
 誰もが手にする『地球へ…』のコミック、この天国では聖書よろしくデフォ装備。
 それを読んだら、ナチュラルに理解できること。キースが生きた人生と世界、それらは残らず、全部キースのハッピーエンドのために書かれた物語。
 もう思いっ切りハッピーに生きて、やりたい放題、し放題。グランド・マザーに逆らう時さえ、貫いたのが自分流。挙句の果てにジョミーに丸投げ、気分は悲劇のヒロインな最期。
 そうとしか読めない恐怖のテキスト、皆が知っているオリジナル。『地球へ…』のコミック。
(うわー…)
 アレのせいで皆にたかられるんだ、と泣きそうなキモチの「幸福なキース」。
 何かと言ったら「今日はキースのおごりだから」と、ジョミーが、シロエが毟ってゆく。天国の酒場やレストランやら、そういった所で遊ぼうと。今日は居酒屋『緑の丘』を貸し切りだ、と。
 もちろんソルジャー・ブルーも毟るし、毟らないのはマツカくらいかと思ったら…。
(…いつの間にやら、ミュウの連中とマブダチになって…)
 楽しく飲み食いしていやがった、と「幸福なキース」の苦悩は尽きない。
 オリジナルと違って、「リアル人生」で全く苦労をしなかった分だけ、天国で苦悩。
 今日も今日とて、「キース!」とジョミーが駆けて来る。『緑の丘』で飲んで騒ごうと。
 その後ろにはソルジャー・ブルーの姿も見えるし、シロエやサムも。それにマツカも、グレイブまで混じっているものだから…。
(今度こそ破産しそうなんだが…!)
 もういい加減、後が無いんだ、と既にリーチなキースの財布。
 来る日も来る日も毟られまくって、神様に何度も頼みまくっている前借り。そろそろ「断る」と言われそうだし、そしたら破産するしかない。この天国では稼ぐ道など無いのだから。
 それでも彼らは逃がしてくれずに、遠慮なく飲み食いするのだろう。
 「お金が無いなら、お皿を洗えばいいじゃない」と、ジョミーあたりが厨房の奥に蹴り込んで。
 「ぼくたちは勝手に飲み食いするから、君は代金を身体で払ってくれたまえ」と、恐ろしすぎる伝説のタイプ・ブルーが、逃げ道を塞いでくれたりして。


(…きっと本当に、そういうコースだ…)
 もう泣きたい、と呻くしかない「幸福なキース」。いっそこの名を、商標登録しようかと。
 誰かがそれを口にする度、小金が入って来るようになれば、今よりはマシな暮らしが…、と。
 ウッカリ幸福に生きたばかりに、この始末。今日もたかられる、天国の居酒屋『緑の丘』。
 自分的には、悲劇のヒロインな最期だったのに。
 「最後まで……私は一人か」と呟いて死んだ時には、きっとキマッていた筈なのに。
 人生、本当に分からないから恐ろしい。
 あれでも究極のハッピーエンドで、それまでの人生もハッピー満載。
 周りの全てを巻き込みながらの「幸福なキース」、そう生きたのが自分らしいから。
 どんなに「違う」と叫んでみたって、誰もが『地球へ…』のコミックをドンと突き付けるから。
 今日も賑わう天国の居酒屋、その名も『地球の緑の丘』。
 もう最高のネーミングセンス、ワイワイと皆が入り浸る店。「いつかは本物に行こう」と。
 せっかくだから夢は大きく、天国よいトコ、青い地球だっていい所。
 いつか「幸福なキース」よりもずっと素敵なハッピーエンドを、本物の地球の緑の丘で、と…。

 

          天国の緑の丘・了

※アニテラ放映終了から9周年の記念に何か、と思ったのは確かですけれど…。
 気付けば気の毒すぎたのがキース、でも、そう読める原作の怖さ。誤解と曲解てんこ盛りで。
 すまない、キース、記念作品のネタに君を選んで。心からすまなく思って…い…る…?






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