(全ての者が等しく地球の子ね…)
そして仲間だと言われてもね、とシロエが浮かべた皮肉な笑み。
E-1077に連れて来られて、もうどのくらい経ったろう?
けれど未だに出来ない仲間。いない友達。
(欲しいとも思わないけどね?)
ぼくの方から願い下げだよ、と思う「仲間を作る」こと。
それに「友達」、どちらも要らない。
手に入れたいとも思いはしないし、いつでも一人きりの自分。
何処へ行っても、何をする時も。
一人で暮らすよう定められた個室、それ以外の場所にいる時も。
(みんな、嫌いな奴ばかりだ…)
初対面の時からそういう印象、だから誰とも繋がらない。
チームを組むよう強制されたら、仕方ないから従うけれど。
くだらないことで減点などはされたくないから、組んでおくチーム。
けれども誰の指図も受けない、自分からだって指図はしない。
(どうせ、どいつも…)
機械の言いなりになった人間、全ての者たちが等しく「地球の子」。
生まれ故郷で育ててくれた両親よりも、マザー・イライザを選んだ者。
それが「地球の子」、どうやら此処では。
他の教育ステーションでも、基本は同じなのだろう。
其処を治めるコンピューターを、親の代わりに慕う者たち。
そういう人間が「地球の子」ならば、自分は「地球の子」でなくてもいい。
どうせ地球には幻滅したから。
地球に行くには、大切な過去を捨ててくるしか無いのだから。
ネバーランドよりも素敵な場所だ、と父が教えてくれた「地球」。
「シロエなら行けるかもしれないぞ」という父の言葉で、胸が躍った。
きっと行こうと、いつか必ずと。
そうすれば父も喜ぶだろうし、母も喜んでくれるだろうと。
(…なのに、地球って…)
地球に行くための第一段階、エリートが行ける教育ステーションに入ること。
自分の夢は叶ったけれども、あまりにも大きすぎた代償。
夢の星の地球に行き着くためには、支払わねばならない「過去」という対価。
子供時代を、育った故郷を、両親のことを忘れること。
自分の過去を捨て去ること。
それが地球への第一歩だった、何も知らずに憧れたけれど。
其処へ行きたいと願ったけれども、支払わされてしまった対価。
(…パパ、ママ…)
顔だって思い出せやしない、と唇をきつく噛みしめる。
故郷の景色もぼやけてしまって、本物かどうか怪しいもの。
その上、忘れてしまった住所。
子供だった自分が住んでいた家、其処の住所が思い出せない。
文字を初めて覚えた頃には、得意になって書いたのに。
アルテメシアのエネルゲイアの、その先までもスラスラと。
けれど今では書けない住所。
手さえも覚えていてくれなかった、あんなに何度も書いていたのに。
幼かった自分が繰り返し書いて、両親に見せては自慢したのに。
過去を失くしたと気付かされた時、もう此処に来る船にいた。
ピーターパンの本だけを持って、他の何人もの候補生たちと。
此処に着いたら、行くように言われたガイダンス。
その時に映し出された映像、この世界のシステムを解説するもの。
養父母たちの姿も映っていたのに、「パパ」や「ママ」と口にする者もいたのに…。
(全ての者が等しく地球の子…)
そう聞かされた途端、誰もが変わった。
促されるままに手を取り合って、和やかに始まった自己紹介やら会話やら。
誰一人として、もう両親を思い出そうとはしなかった。
育ての親より仲間が大切、此処で友達を作ることが大切。
アッと言う間に出来たグループ、そうでなければ二人組とか。
(でも、ぼくは…)
入りそびれた「地球の子」たちの輪。
何故だか「違う」と思ったから。
自分は彼らと同じではないと、「地球の子」とやらにはなれそうもない、と。
あの時、心が求めていたのは映像の中にいた養父母たち。
彼らの姿は、何処もぼやけていなかったから。
今はぼやけて思い出せない、自分を育てた両親の顔。
父が、母の顔が、あの映像のように鮮やかに思い出せたなら、と願っただけ。
どうして映像の養父母たちは「違う人」なのかと。
彼らの代わりに「父」を、それに「母」の姿を、映して見せて欲しかった。
そうしてくれたら、二度と忘れないのに。
ほんの一瞬、映し出されただけにしたって、生涯、忘れはしないだろうに…。
映像の中には「いなかった」両親、多分「映っていなかった」故郷。
其処に焦がれて、焦がれ続けて、今も入れない「地球の子」たちの輪。
入りたいとさえ思わないけれど、こちらから願い下げだけど。
(…あんな連中と一緒だったら…)
きっと、こちらまで毒される。
「朱に交われば赤くなる」という言葉通りに、自分自身も染まってしまう。
機械の言いなりになって生きる姿に、過去の自分を捨ててしまった人間たちに染まってゆく。
自分でもそうとは気付かない内に、じわじわと毒に侵されて。
毒を少しずつ摂取したなら、毒が効かなくなるのと同じ。
いつの間にやら「これは毒だ」と思わなくなって、気付かないままにすっかり「地球の子」。
両親を、それに故郷を忘れて、マザー・イライザを母と慕って。
(…そんな風になるくらいなら…)
独りぼっちで生きる人生、そちらの方がよっぽどマシ。
友達が一人もいなくても。
「仲間」と呼べる者もいなくても、チームメイトの中でさえ孤立していても。
それが自分の生き方なのだし、寂しいと思うことはない。
一人きりの日々に満足だけれど、ふとしたはずみに思うこと。
自分は昔からそうだったのかと、故郷での自分はどうだったかと。
(エネルゲイアの学校だって…)
此処と同じに、大勢の同級生たちがいた筈。
彼らの中でも一人だったかと、自分は孤独だったのかと。
友を作りはしなかったのかと、「友達」は誰もいなかったのかと。
(ぼくの友達…)
両親さえも覚えていないし、友達の顔を覚えている筈もないけれど。
きっとそうだと思うのだけれど、どうしたわけだか、次々と頭に浮かぶ顔。
それに名前も、時には何処のクラスの子かも。
(…全ての者が等しく地球の子…)
そのためだろうか、友達の記憶がまるで消されていないのは。
何処かで彼らと出会った時には、もう一度手を取り合えるように。
「また会えたな」と、「久しぶりだ」と。
同じ故郷で育ったのだと、また友情を築けるように。
(…余計なお世話って言うんだよ…)
こんな記憶がいったい何の役に立つんだ、と思うけれども、実際、役に立つらしい。
此処での候補生の中にも、「幼馴染」と組んでいる者がいるようだから。
「あいつと、あいつは同郷だってよ」などと噂も耳にするから。
そういうケースを聞く度に覚える激しい苛立ち。
「友達なんか」と、「そんなものが何の役に立つ?」と。
けれど、此処ではそうなのだろう。
大人の社会で生きてゆくには、「両親」よりも「友達」が大事。
故郷には二度と戻れないから、両親と暮らせはしないから。
もう手の届かない世界よりかは、これからも共に生きられる仲間。
だから機械は「過去」を残した、両親の代わりに「友達」を。
何もかも全て消しはしないで、「友達」だけは残しておいて。
「友達」はいつか役に立つから。
もう用済みの「両親」などより、遥かに意味があるものだから。
それが機械の判断だけれど、だから故郷では「友達」を持っていたようだけれど…。
(こんな記憶なんか…)
捨ててしまってかまわないから、両親を覚えていたかった。
何を捨てるか選べるのならば、友達の方を捨てたと思う。
同じ過去なら、要らないものは「友達」だから。
それは無くても生きてゆけるから、現に自分はそうなのだから。
(地球の子なんかに、なれなくていいから…)
なりたくもないから、要らない友達。
どうせ友達を作らないなら、不要なのだろう「友達」の記憶。
思い出すだけで腹が立つから、普段は記憶の海に沈める。
瓶に詰め込んで、海の底深く沈めてしまって、知らないふり。
けれども、たまに…。
(ぼくに友達はいたんだろうか、って…)
考えるとこうして思い出すから、もう考えない方がいい。
友達なんかは欲しくもないし、この先も、きっと作らないから。
自分は一人で生きてゆくから、孤独に生きてゆきたいから。
(…ぼくには友達なんか、一人も…)
いやしないんだ、と自分自身に言い聞かせる。
ずっと昔からいはしなかったと、これから先もいないのだと。
機械が「友達」を勧めるのならば、そんな「友」など要らないから。
独りぼっちでかまわないから、忘れてしまいたい故郷の「友」。
記憶の海の深淵の底に、瓶に詰めて沈めてしまいたい。
二度と浮かんで来ないよう。
二度と苛立たなくて済むよう、永遠に思い出せないように…。
友達の記憶・了
※シロエが作らない「友達」。それに「仲間」も。欲しいと思うことも無いから。
けれど故郷ではどうだったのか、と考えてみた話。友達の記憶は残るみたいですしね?