(またまた勝手に決めちゃって…)
酷いよね、とジョミーは地味に怒っていた。
ミュウの船へと連れて来られて、なるしかなかったソルジャー候補。
なにしろ、自分が悪いのだから仕方ない。
ミュウたちを導く立場のソルジャー、それを半殺しの目に遭わせたから。…自分のせいで。
家に帰ろうと船から飛び出し、好き勝手にした結果がソレ。
(…だから、仕方がないんだけれど…)
今も臥せっているソルジャー・ブルー。
最強のサイオンを誇るという彼、彼と自分の二人だけしかいないらしいのがタイプ・ブルー。
他のミュウだと戦えないから、ソルジャー・ブルーの強烈な推しでソルジャー候補なのだけど。
そういう立場になったのだけれど、如何せん、「候補」。
(…他に候補はいないくせにさ…)
候補だから、と仕切りまくるのが長老たち。
今日も今日とて、「おはようございます」と現れたリオ。
親切な兄貴分だけれども、彼も長老には絶対服従。毎朝、部屋に届けに来るのが…。
(……スケジュール表……)
今日はこうか、と溜息しか出ない。
サイオン訓練の時間が山ほど、他の時間もミュウの歴史に帝王学にと、てんこ盛り。
身体は一つだけしかないのに、ギュウギュウ詰めのスケジュール。
(それに、こっちの都合なんかは…)
まるで聞いてもくれないんだから、と不満たらたら、怒りMAX。
ほんの少しだけ、自分の意見を聞いてくれたら…。
(ちょっとくらいは…)
ぼくだって前向きな気持ち、と思ったりもする。
「休憩時間は此処で欲しい」とか、「ここの予定を入れ替えたい」とか。
たった一言、「これでいいか」と確かめて欲しい自分の意見。
一方的に決めて来ないで、柔軟に。
(疲れて動きたくない日だってあるから…)
そういう時には訓練は無しで、ひたすら座学にしてくれたならば嬉しい気分。
疲れた身体で下手に頑張るより、効率だって良さそうな感じ。
(だけど、意見は…)
ただの一度も聞いてくれずに、リオがスケジュール表を持って来るだけ。
来る日も来る日も、「おはようございます」と爽やかに。
「よく眠れましたか?」と、「今日のスケジュールはこれになります」と。
なんとも辛くて、自由が無いのがソルジャー候補。
部屋に帰ればオフだけれども、そのオフでさえも自分の意見は通らない。
「今日は早めに上がりたいのに」と思っていたって、スケジュール表が先に立つから。
この時間まで、と決められた時間、それが来ないと部屋には帰れないから。
(…これって、真面目に辛いんだけど…!)
たまにはぼくの意見も聞いてよ、とフツフツと腹が立ってくる。
長老たちが何処でスケジュールを決めているかは、まるで知らないのだけれど…。
(直訴したなら…)
いけるかもね、と思わないでもないスケジュール。
多分、自分がオフの間に集まって決めているだろうから、乗り込んで。
「ぼくの意見は、こうなんだけど!」と主張して。
それもいいかも、と考えた直訴。
思い立ったが吉日と言うし、もう早速に怒鳴り込みたい気分。
(…今日のスケジュールをこなしたら…)
直訴しよう、と決意を固めた。
とはいえ、長老たちは何処に集まっているのだろう…?
(会議室かな…?)
そういう部屋もあったよね、と知っているから、その日のオフを迎えた後。
「ここまでにしよう」とヒルマンが講義を終えて、立ち去ってから…。
(…確か、こっちで…)
頃合いや良し、とノックしてみた会議室の扉。
けれどもシンと音もしないし、人の気配さえ無さそうな感じ。
(ぼくが来たから、黙ったとか…?)
だったら勝手に入らせて貰う、と勢いよく開け放ってみた扉。
ところが其処には誰もいなくて、灯りも点いていなかった。薄暗い部屋があるばかり。
(…此処じゃなかったわけ?)
それなら長老たちの部屋か、と端から突撃していった。
まずはキャプテンの部屋から始めて、ゼル機関長で、ブラウ航海長。お次がヒルマン、それでも誰もいないからして、エラの部屋まで行ったのに…。
(…何処にもいない…?)
謎だ、と傾げてしまった首。
途中でブリッジも覗いたけれども、長老たちはいなかったから。…キャプテンだって。
いったい何処に、と心当たりを探しまくっても、長老たちは見付からない。
もう闇雲に駆け回る内に、バッタリとリオに出くわした。
『どうしました、ジョミー?』
リオの思念はとても優しくて、その瞬間に閃いたこと。
いつもスケジュール表を届けに来るのはリオだし、もしかしたら、と。
「あのさ、リオ…。長老たちって、何処にいるわけ?」
ぼくのスケジュールを何処かで決めてる筈なんだけど、と尋ねたら「ええ」と頷いたリオ。
『この時間なら、そうですね。…いつもの所においでですよ』
「それって何処!?」
『M3号ですが…』
「ありがとう、リオ! それって、何処から行けるのかな?」
M3号という部屋に覚えが無いから、訊いてみた。リオは答えてくれたけれども…。
『ジョミー、何をしに行くんです? あの部屋は…』
「どうせ立ち入り禁止区域とか言うんだろう? ソルジャー候補は!」
だけど行くんだ、と駆け出した。
「待って下さい!」と止めるリオの思念を振り切って。
もうキッパリと無視して走って、広いシャングリラの中を走り続けて…。
(……M3号……)
此処か、と眺めた普通の扉。「なんだ、居住区と変わらないじゃん」と。
ソルジャー候補は入れないらしい、M3号という長老たちが集う部屋。
けれど扉はごくごく普通で、どちらかと言えば…。
(凄く親しみやすい感じで…)
憩いの空間でもある居住区に激似、恐るるに足らずといった雰囲気。
きっと長老たちだけが使う、プライベートな部屋なのだろう。休憩室とか、そんな具合に。
(此処でお茶とか飲みながら…)
ぼくのスケジュールを決めているんだ、と思ったら何だかムカついてくる。こちらは毎日、そのスケジュールに追われまくって、意見も聞いては貰えないのに。
(だけど、此処まで来たんだしね?)
直訴あるのみ、とノックもしないでバアン! と扉を開け放ったら…。
「なんじゃ、いきなり」
無礼なヤツじゃな、と振り返ったゼル。…思った通りに飲み物を手にしているけれど…。
(…どうなってるわけ!?)
此処って、バスルームだったわけ、と丸くなった目。
何故ならゼルは、長老の衣装を纏う代わりにバスローブ一丁だったから。
「えーっと…」
失礼しました、と慌てて返した踵。リオが止めたのも、バスルームならば無理はない。お風呂でスケジュールを決められるのは空しいけれども…。
(ズカズカ入っていい場所じゃないし…)
直訴どころじゃないよね、きっと、と部屋から出ようとした瞬間に…。
「ちょいとお待ちよ、何の用だい?」
話くらいは聞こうじゃないか、とブラウ機関長が現れた。これまたバスローブ一丁で。
「せっかく来たなら、アンタも楽しんで行くといいよ」と。
こうして招き入れられた部屋。長老たちが集うM3号。
「パンツはワシのを貸してやるでな。…ちとキツイかもしれんがのう」
男性用の更衣室はあっちじゃ、とゼルに渡された水泳パンツ。…そう、どう見ても水着。
「これって…?」
どうして水泳パンツなんですか、と質問したら、「サウナだからじゃ!」と返したゼル。
「此処はそういう部屋なんじゃ。M3号と言ったら、サウナパーティーじゃ!」
「……サウナパーティー?」
何ですか、それ、と見開いた瞳。
サウナだったら知っているけれど、サウナパーティーとは何だろう?
「知らないのかね? 元々は地球の北欧にあった習慣なのだよ」
ヒルマンが解説してくれた。
仲良くなるならサウナが一番、いわゆる裸の付き合いなるもの。
サウナの中でじっくりゆっくり、温まりつつ楽しく歓談。合間に外で軽い食事や飲み物なども。
「…此処って、そういう部屋なんですか?」
「うむ。アルタミラからの生き残り組の憩いの場だな」
ソルジャー・ブルーもお好きなのだ、とキャプテン・ハーレイが浮かべた笑み。
「今は臥せっておられるから無理だが、お元気な時には此処がお気に入りだ」と。
「…ふうん…?」
あんな超絶美形でもサウナに入るのか、と驚いたジョミー。
偉そうなソルジャーの制服を脱いで、水泳パンツで寛ぐサウナ。外へ出たってバスローブ一丁、その格好で食事に飲み物なのか、と。
ミュウの長なソルジャー・ブルーはもとより、キャプテンや長老といった面々。
他のミュウとは違うんです、と一目で分かる偉い連中、彼らが催すサウナパーティー。
(…凄く意外だけど…)
思ったよりも話の分かる人たちかも、と弾んだ心。
会議室に集まるわけではなくて、サウナだから。裸の付き合いでのんびり歓談、スケジュールも其処で決めるのだから。
(これなら、ぼくの意見も聞いて貰えそう…)
きっと話せば分かってくれる、とウキウキ着替えた水泳パンツ。長老たちはサウナの中に戻って行ったし、いざ自分も、と足を踏み入れた途端…。
(…え?)
何これ、と疑ったサウナの暑さ。有り得ないほどに暑かったから。
「ようこそ、ジョミー・マーキス・シン」
此処へどうぞ、とエラが案内してくれた席に座ったけれども、噴き出す汗。サウナは、こんなに暑かったろうか…?
(クラクラする…)
っていうか死にそう、と思った所へ聞こえた声。
「流石はソルジャー候補じゃのう…。M3号の伝統も引き継げそうじゃ」
「そうだな、我々くらいしか楽しめないのがM3号だし…」
アルタミラで実験動物をやっていた間に鍛えられすぎて、と交わされている恐ろしい会話。
曰く、サウナは200℃が基本。
中でも「通」のソルジャー・ブルーが入った時には…。
(…石ストーブに水をぶっかけて、蒸気…)
それでもうもうと上がるのが湯気、暑さ倍増。
ソルジャー・ブルーはそれが好みで、付き合える面子はキャプテンと長老の四人だけ。
(有り得ないから…!)
あの人、何処が弱かったわけ、という心の声を最後に暗転した視界。
次に目覚めたら部屋のベッドで、リオが看病してくれていて…。
『ですから、お止めしたんです。…M3号はとても無理です、と』
「…それ、早く言って…」
まだ身体中が煮えてるみたい、と息も絶え絶えに訴えたら。
『…手遅れです、ジョミー。…長老たちは期待しておられますから』
これからは毎日、サウナパーティーで裸の付き合いだと仰っておられました、という話。
おまけにソルジャー・ブルーも乗り気で、回復したら入りに来るそうだから…。
(…サウナパーティーの通で、石ストーブに水…)
そんな人に付き合わされたら死ねる、と思ったけれども、既に手遅れ。
M3号に入ってしまった後だし、サウナパーティーも知ってしまったから…。
(……ぼくの人生……)
明日からサウナでアルタミラ体験、とガクガクブルブル、憩いの空間、M3号。
実験動物だった時代に無駄に鍛えられた、長老たちやらソルジャー・ブルー。
その連中と一緒にサウナで、気分は実験動物だから。
歴史で習っただけの世界を、明日からサウナでガンガン体験させられるから…。
憩いのサウナ・了
※地味に原作から引っ張ったらしい、「M3号」と「200℃」だというサウナの温度。
いや、アルタミラの生き残り組ってタフそうだから…。こんな世界もアリなのかも、と!