(…私の他にはいないだろうさ)
宇宙広しといえども一人も、とキースが唇に浮かべた笑い。
国家騎士団にも、宇宙海軍にも、誰一人として。
けれど決めた、と迷いなど無い。
サムの血で出来た、赤いピアスをつけること。
グランド・マザーは「否」とは言わなかったから。
(軍規も一応、あるのだからな)
任務を離れた時はともかく、それ以外では禁止されるのが装身具。
勲章などは許可されていても、耳にピアスは許されない。
だから尋ねた、グランド・マザーに宛てて。
「友の血で作ったピアスをつけても、よろしいでしょうか」と丁寧に。
拒否されたとしても、つけるつもりではいたけれど。
任務は結果が全てなのだし、ピアスをつけても成果を上げればいいだけのこと。
これまで通りに、これまで以上に、ただ淡々と。
(しかし、マザーは…)
何の返事も寄越さなかったし、許可されたと見ていいだろう。
同じ時に送ったジルベスター星系に関する質問、それへの答えは来たのだから。
(…つまり、つけてもいいらしいな?)
これで何処でも、堂々と。
「グランド・マザーの許可は得ている」と、「マザーに問い合わせてくれてもいい」と。
もっとも、そんな度胸を持った者など、恐らくいないだろうけれど。
マザーが許可を出したと聞いたら、誰もが黙るだろうけども。
もうすぐ出来る予定のピアス。
検査のためにとサムから採られた、血液の一部を加工して。
サムは検査を酷く嫌うから、ピアス用にと採血させはしなかった。
「既にあるものを加工しろ」とだけ、病院の方にも伝えることを忘れなかった。
子供の心に戻ったサムには、採血用の針は怖いだけなのだから。
(私と一緒だった頃のサムなら、平気だったろうにな…)
E-1077での、候補生時代。
あの頃のサムなら、採血どころか大手術でさえも、きっと笑っていただろう。
「大したことじゃねえよ」と、「ちょっと痛いかもしれねえけどな」と。
強い心を持っていたサム、死ぬことさえも恐れなかった。
入学して間もない頃の事故では、ただ一人だけで自分について来てくれたから。
上級生たちさえも出ようとしないで、去ってしまった宇宙船の事故。
救助に行こうと支度していたら、サムも隣で開けたロッカー。
「船外活動は得意なんだ」と、「しっかり食って、しっかり動く。それだけさ」と。
宇宙へ救助に出掛けてゆくこと、それだけでも危険だったのに。
其処で制御を失った自分を、サムは迷わず助けてくれた。
命綱すらつけもしないで、命懸けで。
しかも命を懸けたことさえ、まるで自覚の無いままで。
それほどまでに強かったサム。
強くて、優しかったサム。
サムほどに強く優しい男を、今も自分は知らないのに…。
(…あそこで何があったんだ…?)
ジルベスターでMに出会った恐怖か、彼らがサムに何かをしたか。
サムの心は壊れてしまって、チーフパイロットを殺したという。
持っていたナイフで一撃の下に。
死んだパイロットと血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの顔。
それが、漂流していた船を発見した者たちが中で目にしたもの。
(お蔭でサムは殺人犯で…)
罪には問われないというだけ、心が子供に返ってしまって正常ではない状態だから。
優しかったサムに、人を殺せはしないのに。
どう考えても、それは事故でしか有り得ないのに。
だから悔しい、サムの仇を討ちたいと思う。
サムを壊したMを探し出して、根こそぎ宇宙から滅ぼすこと。
そのためにジルベスターを目指すし、サムの血と共に在ろうと思う。
友と呼べる者はサムだけだから。
今もやっぱり、ただ一人きりの友だから。
そうするために選んだピアス。
サムの血で作ったピアスを身につけ、何処までもサムと共にゆく。
赤い血のピアス、それが血だとは誰も気付きはしなくても。
「男のくせにピアスなのか」と、冷たい瞳で見られたとしても。
グランド・マザーが許したとはいえ、「ピアスをつけた男」には違いないのだから。
傍目には女々しい男と見えるか、はたまた洒落者と思われるのか。
(…どうせ、誰にも…)
自分の真意は分かりはしないし、伝えようとも思わない。
話したいという気持ちすら無い、誰も知らないままでいい。
サムの他には友はいないし、他に欲しいとも思わない。
自分の周りに、そうしたい者はいないから。
友と呼びたい者もなければ、友にしたい者も今日まで一人も見なかったから。
(…もしもシロエが生きていたなら…)
上手く機械と折り合いをつけて、生き延びてくれていたならば。
彼ならば友に成り得たと思う、憎まれ口を叩いても。
「またですか?」と嫌そうな顔で、何かといえば喧嘩ばかりでも。
けれどシロエは自分が殺して、とうに宇宙から消えた人間。
だから友など見付からない。
今までも、そしてこれから先も。
(…サムだけなんだ…)
自分と共に在れるのは。
共に在りたいと今も思う「友」は、命を懸けてもいい友は。
サムの血のピアス、それがサムへの友情の証。
ピアスにしようと決めた理由は二つある。
一つは、「邪魔にならない」こと。
耳は動かす部分ではないし、其処にピアスをつけていたって、動きを束縛されないから。
たとえ肉弾戦になろうと、自分の邪魔にはならないピアス。
せいぜい耳たぶが千切れる程度で、そのくらいの傷は掠り傷とも言わない。
(これがペンダントの類だと…)
きっと何処かで邪魔になる。
「邪魔だ」と感じる時が来る筈、サムの血を「邪魔」と思いたくはない。
ほんの一瞬、反射的に感じただけだとしても。
直ぐに「違う」と思い直しても、一度「邪魔だ」と考えたならば…。
(サムを邪魔だと言うのと同じ…)
そうならないよう、ピアスを選んだ。
鏡に映して眺めない限り、自分の目では見られなくても。
ただ指で触れて「此処にいるな」と思うだけしか、サムを確かめる術が無くても。
そしてもう一つ、そちらの方が遥かに大切。
自分の身体に傷をつけねば、ピアスをつけることは出来ない。
耳たぶに穴を開けること。
ほんの僅かな赤い血と痛み、けれどもピアスをつけるためには欠かせないもの。
サムがMたちに壊された痛み、それはどれほどのものだったか。
想像さえもつかないものだし、きっとサムにしか分からない。
サムを襲った痛みと苦しみ、心が壊れてしまうほどのそれ。
(…少しだけでも…)
分かち合いたいと思うのが友、だからこそ開けるピアス用の穴。
両方の耳に、サムの血と共に在るために。
ピアスをつけないのならば必要ない傷、それを自分の身体に刻む。
どんな拷問にも耐えられるように訓練を受けた、今の自分の身体には…。
(蚊が刺したほども痛まなくても…)
まるで痛みを感じなくても、耳のその部分に風穴は開く。
風穴と呼ぶにはささやかすぎて、針で刺した程度の大きさでも。
向こう側さえ見えないくらいに、放っておいたら直ぐに塞がりそうなくらいに小さくても。
(それでも、傷は傷なのだからな)
だからピアスだ、と触れてみる耳。
今は傷一つ無い耳だけれど、じきに小さな穴が開く。
サムの血のピアスをつけてやるために、何処までもサムとゆくために。
ジルベスターへも、Mがいるだろう蛇や悪魔の巣窟へも。
(じきに行ってやるさ)
サムを壊したMの拠点へ、友が流した血の報復に。
殺人犯にされてしまったサムの代わりに、Mどもを全て血祭りに上げる。
返り血を浴びたサムの写真は、血まみれの姿だったけれども…。
(…私の方は、耳に血のピアスだ)
Mが気付くか、気付かないままか、気付いたならばどう出て来るか。
ジルベスターではどうなるにしても、自分はサムと共にゆく。
サムの血で出来たピアスが出来たら、両方の耳に開ける穴。
それが自分の決意だから。
何処までもサムと共にゆこうと、サムと在ろうと、そのために選んだサムの血のピアス。
(少しだけでも、「痛い」と思えればいいのだがな…)
ピアス用の穴を開ける時。
サムの痛みを、サムの苦痛を少しでも分かち合いたいから。
傷から溢れるだろう血だって、ただの一滴ではない方がいい。
その血の分だけ、サムの所へ近付けるから。
ピアスが無ければ無いだろう傷、それが深くて酷く痛むほど、サムの心に近付けるから。
耳たぶに穴を開ける時には、願わくば出来るだけ強い痛みを。
開ける時に必ず流れ出す血も、出来るだけ多く。
サムはそれより、遥かに多く苦しんだから。
Mに心を壊されたサムは、この先もずっと、元に戻りはしないのだから…。
選んだピアス・了
※どうしてサムの血のピアスだったんだ、と考えていたら、こうなったオチ。
ピアスは実際、動くのに邪魔にならないわけで…。ドッグタグというのもありますけどね。
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