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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(ぼくの本…)
 これだけしか残っていないけれど、とシロエが抱き締める大切な本。
 E-1077の中の個室で、一人きりの夜に。
 たった一冊、故郷から持って来られた宝物。
 両親に貰った、ピーターパンの本。
 成人検査を受けた後にも、この本だけは残ってくれた。
 子供時代の記憶を奪われ、両親の顔すら、おぼろにぼやけてしまっても。
 懐かしい故郷のエネルゲイアの、風も光も、空気も霞んでしまっても。
(この本だけは、此処にあるから…)
 きっといつかは帰ってみせる、と誓う故郷の両親の家。
 今は住所さえ忘れてしまって、もう書くことも出来ないけれど。
 エネルゲイアの映像も、地図も、少しもピンと来ないのだけれど。
(…いつか必ず、思い出してやる…)
 機械が記憶を奪ったのなら、その機械から取り戻して。
 「ぼくの記憶を返せ」と、機械に命令して。
(…パパとママの家に帰れる日まで…)
 この本は、けして手放さない。
 何があっても守り続けて、何処へ行こうと、この本と一緒。
 メンバーズとして船に乗り込む時が来たって、戦地へ赴く日が来たって。
(何処へでも、持って行くんだから…)
 絶対に離してたまるもんか、と本を膝の上に置いて広げる。
 其処に書いてある、自分の名前。
 「セキ・レイ・シロエ」と、自分の字で。
 これが「自分の持ち物」の証。
 この本は誰にも渡しはしないし、いつまでも「セキ・レイ・シロエ」の本。
 誰にも書き換えさせない、その名。
 本の持ち主は自分一人だけで、何処までゆこうと「セキ・レイ・シロエ」。
 いつか命尽きる時が来たなら、その時は「失くす」かもしれないけれど。


 ぼくの本だ、と見詰める「セキ・レイ・シロエ」の文字。
 命ある限り、この本は自分だけのもの。
 こうして名前も書いてあるから、誰も「寄越せ」と奪えはしない。
 それをしたなら、責められるだけ。
 此処でなら、マザー・イライザに。
 E-1077を離れた後なら、グランド・マザーや、マザー・システムに。
(人の物を盗ったら泥棒だしね?)
 そういう時にはマザー・システムも役に立つよ、とクックッと笑う。
 「泥棒」は明らかに「規則違反」で、罰せられるもの。
 だから、この本を奪う者はいない。
 奪った途端に「泥棒」になって、評価が下がるだけなのだから。
(…渡すもんか…)
 この本は「ぼくの本」なんだから、と指で持ち主の名前をなぞる。
 「セキ・レイ・シロエ」と、一文字、一文字、自分の筆跡を追うように。
 それを辿って、指で書こうとするかのように。
(…セキ・レイ……)
 シロエ、と続けようとして、ふと止まった指。
 「シロエ」は自分の名前だけれども、今、書いた「レイ」。
 これも同じに「シロエ」の名前。
 「セキ」の後には「レイ」と続いて、最後に「シロエ」。
(……セキ・レイ・シロエ……)
 何度も自分でそう名乗った。
 そして誇らしげに、こう続けもした。
 「シロエと呼んで下さい」などと。
 お蔭で誰もが「シロエ」と呼ぶ。
 教官たちなら、「セキ・レイ・シロエ」と名簿を読みもするのだけれど。


(…ぼくはシロエで…)
 セキ・レイ・シロエ、と心の中で繰り返す。
 本に書いた文字を目で追ってみても、やはり「セキ・レイ・シロエ」とある。
 けれども、止まってしまった指。
 「セキ・レイ」までをなぞって、其処の所で。
 続けて「シロエ」と辿る代わりに、まるで縫い留められたかのように。
(……ぼくの名前は……)
 「セキ」なら両親の名前と同じ。
 父は「ミスター・セキ」でもあったし、「セキ」がファミリーネームになる。
 養父母とはいえ、子供時代の自分は「セキ」という家の子。
 今でも「セキ・レイ・シロエ」を名乗って、「セキ」の名を継いでいるけれど…。
(…シロエは、シロエで…)
 ファーストネームで、何も思わず口にしていた。
 名を問われたなら「セキ・レイ・シロエ」と、「シロエと呼んで下さい」と。
 だから自分でも「シロエ」のつもり。
 自分の名前は「シロエ」なのだと、ずっと信じていたのだけれど。
(……セキ・レイ……)
 「レイ」も「ぼく」だ、と今頃になって気が付いた。
 それはいわゆるミドルネームで、「セキ・レイ・シロエ」の名前の一部。
 「セキ・シロエ」ではなくて、「セキ・レイ・シロエ」。
 自分の名前はそれで全部で、「レイ」が無ければ、まるで別人。
 「セキ・シロエ」なんかは知らないから。
 自分はあくまで「セキ・レイ・シロエ」で、「他の名前」ではないのだから。


 どうして今日まで、不思議に思わなかったのだろう。
 「レイ」も自分の名前なのだと、考えさえもしなかったろう…?
(…それも忘れた…?)
 まさか、と背中がゾクリと冷える。
 あの忌まわしい成人検査で、「忘れなさい」と命じた機械。
 記憶の全てを捨てるようにと強いた、憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブ。
 あれが自分から「奪った」だろうか、「レイ」の名前を…?
 どうして「セキ・レイ・シロエ」なのかを、「レイ」の名は何処から来たのかを。
 それならば、分からないでもない。
 むしろピタリと合う符号。
 機械が「忘れさせた」なら。…記憶を「奪い去った」のならば。
(…パパの名前にも、ママの名前にも……)
 「レイ」という名は入ってはいない。
 そのことは今もハッキリしている。
 顔さえおぼろになった今でも、「セキ・レイ・シロエ」のパーソナルデータは健在。
 E-1077のデータベースにアクセスしたなら、即座に弾き出されるそれ。
 其処には、養父母の名前も書かれているのだから。
(…パパもママも、「レイ」じゃないのなら…)
 きっと「レイ」には意味がある筈。
 ミドルネームを持っている者は、そう沢山はいない時代。
(パパか、それともママだったのか…)
 あるいは二人で、そう決めたのか。
 とにかく「子供にミドルネームをつけよう」と、父と母とは考えた。
 そうして生まれた「セキ・レイ・シロエ」という名前。
 「セキ・シロエ」にはならないで。
 「レイ」を加えて、「セキ・レイ・シロエ」と。


(…「レイ」の名前に、意味があったんだ…)
 きっとそうだ、と今なら分かる。
 自分は「何も覚えていなくて」、両親の名前に「レイ」の名は無い。
 父か母かが選んだ名前で、何らかの意味がこもっていた筈。
 「セキ・シロエ」よりも響きがいいから、と「レイ」を加えてくれたのか。
 それとも「レイ」という名の知り合いでもいて、その人の名に因んだものか。
(…知り合いじゃなくて、パパの尊敬する人だとか…?)
 遠く遥かな昔の学者か、あるいは偉人や、英雄などや。
 そうした名前を貰っただろうか、「セキ」の名を持つ息子のために…?
(ママが選んだ名前ってことも…)
 有り得るのだから、「レイ」というのは、母が好んだ画家や作家の名前とか。
 母の友人に「レイ」の名を持つ、親しい誰かがいただとか。
(……パパかママかは、分からないけど……)
 二人で決めたかもしれないけれども、「レイ」は「選んで貰った」名前。
 「この名がいい」と、わざわざミドルネームにして。
 本当だったら「セキ・シロエ」だけで充分なのに、「レイ」を加えて。
(…だから、忘れた……)
 ぼくは覚えていないんだ、と「レイ」の名前の部分をなぞる。
 この名に何の意味があったかと、それを名付けたのは父か母か、と。
(…何回も聞いて、「また聞かせて」って…)
 幼い自分は両親にせがんだのだろうか。
 「どうして、ぼくはシロエの他にも名前があるの?」と、「レイって誰?」と。
 その度に答えを聞かされたろうか、「それはね…」と母に、懐かしい父に。
 何度も何度も繰り返し聞いて、きっと心に刻んだ名前。
 「ぼくの名前はセキ・レイ・シロエ」と、「レイの名前は、パパたちが…」と大切に。
 宝物のように思っただろうに、「それ」を忘れた。
 「レイ」の名前は何処から来たのか、誰が名付けてくれたのかを。


 酷い、と涙が零れ落ちる。
 「名前を忘れてしまうだなんて」と、「パパたちがくれた名前なのに」と。
 名前は残っているのだけれども、意味を忘れたら、記号にすぎない。
 「セキ・レイ・シロエ」と名乗ってみたって、「レイ」の名前は謎のまま。
 「セキ」ならば、ファミリーネームなのに。
 「シロエ」の方ならファーストネームで、誰にでもあるものなのに。
(……ミドルネームは、持っている人が少なくて……)
 大抵は、それに意味があるもの。
 母の姓だったり、両親の名前の一部をそのまま使っていたりと。
(…だけど、ぼくのは……)
 両親の名前と繋がらないから、ただ、悲しい。
 それを贈ってくれた両親、その「思い」ごと忘れたから。
 「レイ」の名に何の意味があったか、どうしても思い出せないから。
(……セキ・レイ・シロエ……)
 レイって誰なの、と顔もおぼろな両親に問う。
 「どうして、ぼくの名前はレイなの」と。
 涙が頬を伝うけれども、それに答えは返らない。
 「セキ・レイ・シロエ」の「レイ」が何かは、何処から名付けられたのかは…。

 

         奪われた名前・了

※セキ・レイ・シロエの名前って、ある意味、色々、反則。「セキ」が姓だったり、と。
 ミドルネームも、ジョミーしか持っていないんですよねえ…。なので捏造。









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(……理想の子、キース……)
 厄介なものを作ってくれた、とキースは深い溜息をつく。
 国家騎士団、総司令。その肩書きに相応しい部屋。
 其処でただ一人、夜が更けてから。
 側近のマツカはとうに下がらせ、「明日の朝まで用などは無い」と告げてある。
 だから朝まで誰も来ないし、通信も入らないだろう。
 その部屋の中で、思い返してみる自分の生まれ。それから、マザー・イライザの言葉。
 E-1077を処分してから、ずいぶんと経った。
 「キース・アニアン」の正体は、誰も知らない。
 これから先も知られはしないし、いつの日か、SD体制が崩壊する日が来ない限りは…。
(…誰も気付きはしないのだ…)
 マザー・イライザが「無から作った」生命、言わば「人形」なのだとは。
 三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡いで生み出されたもの。
 人の姿で、「人のように」考え、こうやって生きているのだけれど。
 「真実を知った」日よりも出世し、いずれ「人類の指導者」として立つだろうけれど…。
(……所詮は、人形ではないか……)
 遠い日に、シロエが言った通りに。
 「お人形さんだ」と、「マザー・イライザの可愛い人形」だと嘲り笑ったように。
 自分では「人」のつもりではいても、「人形」でしか有り得ないモノ。
 機械が作った、「理想の指導者」たる人間。
 それが「人形」でなければ何だと言うのか、「自分の意志では歩めない」のに。
 今更、違った道を行こうにも、その道がありはしないのに。
(……国家騎士団総司令の次は……)
 パルテノン入りだ、と分かっている。
 初の軍人出身の元老、そう呼ばれる日が来るのだろう。
 そうして歩んで、いつかは「国家主席」になる。
 それが自分の歩むべき道で、其処から「外れる」ことは出来ない。
 もう、そのように「歩いた」から。この先も「歩いて」ゆくだけだから。


 ふとした時に、そう気付かされる。
 自分は「歩まされている」のだと。
 機械が自分を「作った」時から、定められていたレールの上を。
 自分にはまるで自覚が無くても、最初からそうなっていた。
(…水槽から出されて、その日の内に…)
 サムと出会って、後には親友。ただ一人きりの「友」だと今も思っているサム。
 その「サム」さえも、マザー・イライザが「用意した」。
 人類の敵であるミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
 彼と同郷で、幼馴染なのが「サム」だったから。
 「キース・アニアン」が、いつか「人類の指導者」として立つのなら…。
(…ジョミー・マーキス・シンとの出会いは、避けられはしない…)
 真っ向から戦いを挑むのにせよ、「ミュウの殲滅」を命じるにせよ。
 ならば、布石は打っておくべき。
 早い間に、「ジョミー・マーキス・シン」を知る者たちと接触させて。
 折があったら、彼の名前を耳にするように。
(…実際、サムは何も知らずに…)
 ジョミーのことを聞かせてくれた。
 E-1077で、誰かを探しているようだったサム。
 「誰か探しているのか?」と訊いたら、「友達がいないかと思って…」と答えが返った。
 アタラクシアで友達だった、ジョミー・マーキス・シン。
 それが「ジョミー」の名を聞いた最初。
(…マザー・イライザは、何処まで計算していたのか…)
 あの話だけで終わる筈だったか、その先まで読んでいたと言うのか。
 サムは「ジョミーに会う」ことになった。
 訓練飛行の時に受けた思念波攻撃、それは「ジョミー」が放ったもの。
 サムは悲しみ、混乱した。「どうして、ジョミーがミュウの長に」と、悲嘆にくれて。
 なのに、「忘れてしまった」サム。
 次にジョミーのことを訊いても、「よく覚えていない」と怪訝そうな顔をしたほどに。


 マザー・イライザが、サムに施した記憶処理。
 「ジョミーを忘れさせる」こと。
 それは「必要なこと」だったのか、あれも「計算の内」だったのか。
(…あのタイミングで、ミュウが思念波攻撃をしてくるなどは…)
 マザー・イライザはもちろん、グランド・マザーにも「予測不可能」だったと思う。
 ミュウは「SD体制の枠から外れた」異分子なのだし、どう動くのかは読めない筈。
 そうは思っても、マザー・イライザのことだから…。
(ありとあらゆる可能性を考え、それの答えを…)
 あらかじめ準備していなかったとは、とても言えない。
 現にシロエも、「あの時」に「消された」のだから。
 二度目の思念波攻撃を受けて、混乱していたE-1077。
 保安部隊の者たちさえもが、一人も動けはしなかった。心だけが子供に戻ってしまって。
 そうした中で、練習艇で逃亡したシロエ。
 それを追い掛け、撃ち落とした。
 シロエは呼び掛けに応えることなく、真っ直ぐに飛び続けたから。
 連れ戻すことは不可能だったし、命ぜられるままに「撃った」のが自分。
 けれど、シロエが、「あの時に」逃げなかったなら…。
(…追跡するのも、撃ち落とすのも…)
 保安部隊の仕事になっていただろう。
 いくら自分が「メンバーズ」に決まって、卒業の日が迫っていても。
 じきに「本物の軍人」になる身で、配属先までが決められていても、所詮は「生徒」。
 武装した船で飛び出して行って、「逃亡者」を処分する権限などを持ってはいない。
 「非常事態だからこそ」許されたことで、通常だったら「有り得ない」こと。
 けれども、マザー・イライザは言った。
 「全ては計算通り」だったと。
 「キース・アニアン」の指導者としての資質を、開花させるための。
 サムに、スウェナに出会ったことも、ミュウ因子を持つシロエに出会ったことも。
 …そのシロエを「この手で」処分させたことも。


 何処までが「計算」だったのか。
 いくら優れたコンピューターでも、「未来を予知する」ことは出来ない。
 ありとあらゆる「可能性」なら予測できても、それに対する「答え」を導き出せたとしても。
 機械は、けして「神」などではない。
 神でないなら、未来を「読める」筈などがない。
 それでも「計算通り」だったと、マザー・イライザは言ったのだから…。
(……私の人生も、既に計算済みなのだろうな……)
 とうの昔に、先の先まで。
 シロエが遺した「ピーターパンの本」さえ、機械は「計算済み」だったろうか。
 「E-1077を処分せよ」と、グランド・マザーが告げて来たのと、本が姿を現したのは…。
(…同時だと言ってもいいほどで…)
 自分が「見た」シロエのメッセージ。
 あれさえも機械は「知って」いたのか、全て承知で「計算を続けていた」ものなのか。
 だとすれば、自分に「自由」などは無い。
 人生の先の先まで決められ、そのように「歩いて行く」というだけ。
 「自分の意志」では何も出来ずに、「歩まされて」。
 国家騎士団総司令の次は、パルテノン入りして元老になって、更には国家主席の地位へと。
 …其処から「外れる」ことは出来ない。
 「そうなるように」と作り出された生命体には、「他の選択」など許されはしない。
 せいぜい、「ミュウのマツカを生かしておく」だけ、その程度の自由。
 何一つとして、「自分の自由」にはならない人生、その道を歩んでゆくしかない。
 「そのように」機械が「作った」から。
 「理想の子」として、三十億もの塩基対を繋いで。
(…それ以外の道など、私には無い…)
 この先も選ぶことなど出来ない、と思う傍ら、ふと寒くなる。
 今、「これを」考えている「思考」。
 それは自分のものなのか、と。
 この思考もまた、「機械がプログラム」してはいないか、と。


 E-1077にあった水槽、あそこで見て来た「サンプル」たち。
 「キース・アニアン」にそっくりなモノ。
 マザー・イライザは「彼ら」を育てて、途中で廃棄し、標本にした。
 それを「免れた」のが「キース・アニアン」で、「たまたま選び出された」だけ。
 彼らと同じに育ったのなら、機械が「全てを」教えて、育て上げたなら…。
(…この考えまで、私に組み込んでいないだなどと…)
 どうして言える、と恐ろしくなる。
 マザー・イライザが「先の先までを」読んで、サムを、シロエを用意したなら。
 シロエの「最期」まで「読んでいた」なら、「キース・アニアン」の「思考」くらいは…。
(……容易くプログラム出来そうではないか…)
 可能性など計算せずとも、「そのように」教え込みさえすれば。
 幼い子でさえ、養父母次第で、どうとでも変わるらしいのだから。
(……本当に、実に厄介なものを……)
 作ってくれた、と呪いたくなる「自分の生まれ」。
 この思考でさえ、「自分のもの」だと自信が持てない時があるから。
 何処までが「自分自身の思考」で、何処からが「機械のプログラム」なのか、謎だから。
 せめて「思考」は、「自分のもの」だと思いたい。
 機械が作った生命でも。
 「無から作られた」生命体でも、「思考くらいは自由なのだ」と…。

 

          持たない自由・了

※原作キースだと、最後の最後にグランド・マザーに「操られる」わけで、なんとも気の毒。
 アニテラには「無い」設定ですけど、キースが心配になるのも当然だよな、と。








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(此処からは、何も…)
 見えやしない、とシロエが見渡した部屋。
 教育ステーション、E-1077で与えられた個室。
 とうに夜更けで、「外」だったならば星が瞬いていることだろう。
 宇宙に浮かんだステーションではなくて、何処かの惑星の上だったなら。
 けれど、此処では瞬かない星。
 真空の宇宙に光る星たちは、それぞれの場所で「輝く」だけ。
 大気が無ければ、星はそうなる。
 チラチラと瞬くことさえ忘れて、ただ光だけを放ち続けて。
 その星たちの中に、クリサリス星系もあるのだろうか。
 エネルゲイアがあった育英惑星、アルテメシア。
 それを擁するクリサリス星系、その中心で輝く恒星。
 「あれが故郷だ」と分かる光は、星たちの中にあるのだろうか…?
(…あったとしたって…)
 たとえ此処から見えたとしたって、「この部屋」からは何も見えない。
 個室には「窓が無い」ものだから。
 そういう構造になっているから、誰の部屋にも窓は無い筈。
 覗きたくても覗けない外、窓の向こうにあるだろう宇宙。
 漆黒のそれを目にするチャンスは、ステーションの外での無重力訓練などを除けば…。
(…食堂の窓くらいしか…)
 候補生が見られる場所も、機会も無いと言っていいだろう。
 星が瞬かない宇宙。
 何処までも暗い闇の色が続く、果てしなく深い宇宙を見ることが出来る場所は、あそこだけ。
 だから、此処から宇宙は見えない。
 故郷があるだろう星も見えない、「あれがそうだ」と探したくても。


 このステーションに連れて来られた直後。
 成人検査で記憶を奪われ、ピーターパンの本だけが支えだった頃。
 窓の有無など、どうでも良かった。
 どうせ故郷には「帰れない」から、「見えはしない」とも思ったから。
 …あまりに悲しすぎたから。
 失ったものがとても大きくて、帰れない過去が多すぎて。
 まるで心に穴が開いたよう、何もかも失くしてしまったかのよう。
 呆然と日々を過ごす傍ら、懸命に勉学に打ち込んだ。
 そうすればいつか、道が開けるかもしれないと。
 今の世界が「おかしい」のならば、「ぼく自身が、それを変えてやる」と。
 いつの日か地球のトップに立つこと、機械に「止まれ」と命じること。
 それだけを夢見て、自分を何度も叱咤する中、ある日、気付いた。
 「此処は牢獄だったんだ」と。
 マザー・イライザが見張る牢獄、けして此処からは逃れられない。
 何処へ逃げようとも、マザー・イライザの手のひらの上。
 このステーションにいる限り。
 E-1077で生きてゆく限りは。
(……牢獄ね……)
 それなら窓があるわけもない。
 囚人に「外」の世界は要らない、見せない方がマシというもの。
 見せれば、出ようとするだろうから。
 自由を求めて足掻き始めて、きっとろくでもないことをする。
(ずっと昔は…)
 食事のためにと渡されたスプーン、それで脱獄した者さえもいた。
 独房の床を、スプーンで少しずつ掘って。
 掘った穴はいつも巧妙に隠し、掘り出した土は…。
(外で作業をする時に…)
 衣服の中に隠して運んで、捨てたという。穴の存在が知られないように。


(……此処じゃ、スプーンで掘ったって……)
 外の世界に出られはしない。
 出られたとしても、その瞬間に潰える命。
 真空の「外」で、人間は生きてゆけないから。
 一瞬の内に死んでしまって、屍が残るだけなのだから。
(…それでも、此処に窓があったら…)
 きっと故郷が見えただろう。
 今も両親が暮らしている星、アルテメシアを連れた恒星。
 その輝きが窓の向こうにあったのだろう、瞬かない星たちの中に混じって。
(…パパ、ママ……)
 家に帰りたいよ、と心の中で呟いてみても、届きはしない。
 クリサリス星系が此処から見えても、其処に声など届けられない。
 けれど見えたら、どんなにか…。
(……懐かしくて、あそこにパパとママがいる、って……)
 毎夜のように、そちらばかりを見るのだろう。
 スプーンで掘っても、外に出ることは出来なくても。
 遠い故郷へ帰りたくても、其処へ飛んでゆく術が無くても。
 きっと焦がれて焦がれ続けて、ある日、割りたくなるかもしれない。
 故郷の星が見えている窓を。
 真空の宇宙と中を隔てる、強化ガラスで作られた窓を。
(割った途端に…)
 中の空気は吸い出されるから、投身自殺をするようなもの。
 死ぬと承知で、高層ビルの窓から外へ飛ぶのと同じ。
 自由になれたと思う間もなく、命は潰えているのだろう。
 ほんの僅かな自由を手に入れ、それと引き換えるようにして。
 空を舞ってから地面に落下するように、真空の宇宙に押し潰されて。


 それでも、と思わないでもない。
 もしもこの部屋に窓があったら、「ぼくは飛ぶかもしれない」と。
 懐かしい故郷に近付けるなら、と漆黒の宇宙へ身を投げて。
(…そのために窓が無いのかも…)
 ぼくのような生徒が外へ飛ばないように、と考える。
 その気になったら、強化ガラスを叩き割ることは出来るから。
 現に自分が持っている工具、それの一つで殴り付ければ、ガラスは微塵に砕けるから。
(…自殺防止って…?)
 ふざけるなよ、と言いたい気分。
 自分は「自殺」などしない。
 この牢獄から「逃げたい」だけで、「自由になった」結果が「死」になるだけ。
 強化ガラスの窓を割っても、きっと後悔などしないだろう。
 「ぼくは自由だ」と夢見るように、瞬かない星を見るだけで。
 「あそこにパパとママがいるんだ」と、「ぼくはこれから帰るんだから」と。
 帰ってゆくのが魂だけでも、自由があるならそれでい。
 この牢獄から逃げ出せるのなら、何処までも飛んでゆけるのならば。
(飛んで行ったら、家に帰れて…)
 もっと飛んだら、ネバーランドに着けるだろうか。
 ネバーランドよりも素敵な地球へも、此処から飛んでゆけるのだろうか。
 この部屋に「窓」がありさえしたら。
 窓の向こうに故郷を見付けて、焦がれ続けて、ある日、「飛んだ」ら。
 強化ガラスの窓を叩き割り、その向こうへと。
 高い窓から身を投げるように、漆黒の宇宙(そら)へ飛び出したなら。
(……きっと、飛べるに違いないんだ……)
 そんな気がしてたまらない。
 窓の向こうには、「自由」が待っているだろうから。
 牢獄の外に、マザー・イライザはいないのだから。


 叩き割ったら外に出られるのは、食堂にある窓でも同じ。
 とても大きな窓を割ったら、たちまち宇宙に放り出されることだろう。
(…でも、あそこだと…)
 死んで終わりで、宇宙を何処までも飛んでゆけはしない。
 あの場所だったら、大勢が見ているのだから。
 「セキ・レイ・シロエが何かしている」と、「まさか、あの窓を割るのでは」と。
(どうせ、あいつらなんかには…)
 逆立ちしたって分かりはしない。
 どうして自分が窓を割るのか、窓の向こうに何があるのか。
 騒ぐ生徒は野次馬ばかりで、誰も分かってなどくれない。
 どんなに自分が「飛んで」ゆきたいか、どうして「窓を割りたい」のか。
(…そんな所で宇宙に放り出されても…)
 無駄に屍を晒すだけのことで、きっと「自由」は手に入らない。
 本当に自由が欲しいのだったら、「誰もいない」場所で飛び立つこと。
 「誰も止めない」、「誰も騒ぎはしない」所で。
 ただ一人きりの場所で窓を割ったら、迎えが飛んで来るのだろう。
 幼い頃から、待って、待ち焦がれたピーターパンが。
 背に翅を持ったティンカーベルが。
(妖精たちは宇宙を飛べなくたって…)
 「窓を割った向こう」にある宇宙ならば、彼らもきっと自由に飛べる。
 そうして、此処に来るのだろう。
 「ネバーランドへ、地球へ行こう」と。
 クリサリス星系にも寄ってゆこうと、「お父さんとお母さんにも会って行こう」と。
(……此処に窓さえあったなら……)
 ぼくは自由を手に入れるのに、と「ありもしない窓」に恋い焦がれる。
 「此処は牢獄なんだから」と、だから窓さえありはしない、と唇を噛んで。
 窓の向こうは、きっと自由な世界だから。
 其処に向かって身を投げたならば、何処までも飛んでゆけそうだから…。

 

           逃れたい窓・了

※いや、E-1077の個室って「窓」が無いよな、と思ったわけで。多分、構造上の問題。
 けれど「無い」なら、見えないのが「外」。こういう話になりました、はい…。









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(ジルベスター・セブンか…)
 こんなことが無ければ、日の目を見ることも無かったろうに、とキースは思う。
 其処へと向かう船の一室で。
 けれど、直接ジルベスター星系へと飛ぶ船は無い。軍の船でさえも。
 まずはソレイド軍事基地に飛び、ジルベスター星系に向かう船を得ること。
 でないと辿り着けないくらいに、その星は遠い。
(百五十年ほど前に、テラフォーミングを断念した星…)
 人類は撤退、そしてジルベスター・セブンは破棄された。
 入植は二度と試みられずに、今もそのままだという星。
 ジルベスター星系の第七惑星。二つの太陽を持つ、赤い星がそれ。
(行ってみないことには分からないが…)
 間違いなくMは其処にいる、と確信に近いものがある。
 かつては目撃情報が相次いでいた、「宇宙鯨」。
 スペースマンたちの間の伝説、暗い宇宙を彷徨う鯨。
 異星人の船とも、本物の鯨だとも言われる物体。「見れば願いが叶う」とまで。
(だが、あれは…)
 けして本物の鯨ではない。
 異星人たちを乗せた船でもない。
 その正体はMの母船で、「モビー・ディック」の通り名がある。
 軍に所属し、追った経験を持つ者ならば分かる。「あれがそうだ」と。
 けれども、絶えた目撃情報。
 この四年ばかり、「宇宙鯨」を見た者はいない。
 それとピタリと重なるように、ジルベスター星系で事故が頻発するようになった。
 グランド・マザーが導き出した答えは「M」。
 彼らが其処に潜んでいると、モビー・ディックはジルベスターにいるのだと。


 Mと呼ばれる異分子、ミュウ。
 彼らは排除すべき存在、だから自分が派遣された。
 ジルベスターへと、ミュウの拠点を探しに。
 見付け次第、彼らを滅ぼすために。
(奴らが、サムの心を壊した…)
 事故に遭った者たちの名簿の中に、見付けた名前。
 E-1077で一緒だった友、サム・ヒューストン。
 彼の病院を見舞ったけれども、「友達」のサムは「いなかった」。
 かつて「友達だろ?」と何度も呼び掛けてくれた、人のいい友は。
(……十二年ぶりに会ったというのに……)
 サムは子供に返ってしまって、ステーション時代を忘れていた。
 彼は今でも「アルテメシアにいる」つもり。
 故郷なのだと語った星に、「成人検査で別れた筈の」父や母と一緒に。
(サムをあんな風にしてしまったのは…)
 明らかにミュウで、恐らく彼らの思念波攻撃。
 思念波が如何に恐ろしいかは、E-1077にいた時に知った。
 ステーション中の人間たちが皆、「一時的に子供に戻った」ほど。
 保安部隊の者たちまでもが、無邪気に遊び続けていた。「存在しない」オモチャを持って。
 あれと同じに、サムも「壊された」のだろう。
 至近距離で思念波を浴びせられたか、あるいは捕らえられたのか。
(船の航行記録は消されて…)
 何も残っていなかった。
 サムと一緒にいたパイロットは、サムのナイフで殺されていて…。
(…サムが錯乱して、チーフ・パイロットを殺してしまった、と…)
 報告書には記載されていた。
 自分が知っていたサムだったら、間違っても人は殺さないのに。
 たとえ自分が襲われたって、「殺してしまうほど」の反撃などはしないだろうに。


 そうは言っても、結果が全て。
 サムは「人殺し」で、「正気ではない」から「無罪」なだけ。
(ミュウどもめ…)
 よくもサムを、と「人殺し」だという濡れ衣だけでも腹立たしい。
 監視カメラの記録も消されて、真相は闇の中なのだけれど…。
(ミュウがサイオンで、サムのナイフを…)
 操ったのか、あるいは「サムごと」操ったか。
 そんな所だ、と思っている。
 「サムは人など殺していない」と、「ミュウの仕業だ」と。
 その上、彼らは「サムを壊した」。
 操り損ねて壊したものか、最初から「壊す」つもりだったか。
(…いずれにしても…)
 サムの仇は取らせて貰う、と右手で触れた「サムの血のピアス」。
 左の耳にも「同じもの」がある。
 「女のようだ」と嘲られようが、この耳のピアスが決意の証。
 何処までも友と共にあろうと、「私はサムを忘れはしない」と。
 サムの無念も、E-1077で友だった頃のサムの勇気も、それに限りない優しさも。
(…ミュウどもを皆殺しにしても…)
 サムの心は、きっと元には戻らない。
 いくらミュウたちの血を流そうとも、異分子どもを贄に捧げようとも。
(それでも、私は…)
 今回の任務を果たすまで。
 ミュウの拠点を見付けて滅ぼし、サムの仇を取るだけのこと。
 サムの血を固めたピアスに誓って、「やるべきこと」をやり遂げるけれど…。


(……Mか……)
 彼らは忌むべき異分子なのだ、と分かってはいても、今も心に引っ掛かること。
 一つは、訓練の過程で「見せられた」もの。
 ミュウの処分を記録した映像、その中で「子供が殺された」。
 それも幼くて、「自分自身が何者なのか」も、分からないほどの小さな子が。
 今でもたまに夢を見る度、夢の中で声を上げている。
 「待て!」と、「そんな子供を!」と、制止しようとする声を。
 メンバーズならば、率先して殺すべきなのだろうに。
 「ミュウは成人検査をパス出来ない」から、「幼い間に」処分するのは「当然」なのに。
(…だが、あれほどに…)
 幼い子供を殺すというのは、どうなのだろう。
 ミュウというだけで「命を奪う」のは、「ヒトとして」やっていいことかどうか。
 今も答えは出せないまま。
 「ミュウの子供」に出会ったことは無いから、「答えを出さずに」来てしまったと言うべきか。
 幸いにして、ミュウの母船が最後に潜んでいた星は…。
(アルテメシアで、それ以降は…)
 育英惑星での目撃情報はゼロで、目撃されていないのならば「子供」もいない。
 彼らが船に乗せた「子供」は、赤ん坊の時に迎え入れたとしても…。
(とうに成人検査の年を迎えているからな…)
 だから、今度の「拠点探し」でも、「子供に出会う」心配は無い。
 「殺すべきか」、それとも「見逃すべきか」で悩む必要など、まるで無い。
 任務と関係が無いのだったら、また先延ばしにすればいい。
 子供の件に関しては。
 けれど、もう一つ、気にかかること。
(…シロエ……)
 自分が殺したセキ・レイ・シロエ。
 「初めて」人を殺した瞬間。
 あのシロエもまた、「Mだった」という。
 「Mのキャリアが生徒にいたから」、E-1077は廃校になったという噂。


 巷では「噂」に過ぎないけれども、メンバーズならば「知っている」こと。
 「それは事実だ」と、「Mのキャリアを処分した者は、キース・アニアンだ」と。
 これが頭を悩ませる。
 自分は「シロエを殺した」わけで、あの時、どれほど涙したことか。
 今日までの日々に、何度自分に問い掛けたことか。
 「本当にあれで良かったのか」と、「シロエを見逃すべきだったのでは」と。
 どうせ、あの船では「地球には着けない」。
 地球はもとより、他の星にも、どんな小さな基地にさえも。
 練習艇には、それだけの燃料が積まれてはいない。
 シロエは何処かに辿り着く前に、燃料不足になった船の中で死んだだろう。
 酸素の供給が止まってしまって、酸欠で眠るように死んだか。
 それよりも先に空調が止まり、絶対零度の宇宙の寒さで凍え死んだか。
(…あの時、シロエを見逃していても…)
 結果は変わらなかった筈。
 船と一緒に爆死していたか、あの船の中で死んでいたかの違いだけ。
 どう転がっても「シロエは死ぬ」なら、船を行かせてやれば良かった。
 撃ち落とさないで、シロエの望みのままに。
 彼が焦がれた「自由」に向かって、暗い宇宙を一直線に。
 そうして自分は戻れば良かった、「シロエの船を見失った」と偽って。
 マザー・イライザに真実を見抜かれたとしても、「大きな失点」になったとしても。
(…サムなら、きっとそうしていたな…)
 シロエを見逃し、エリートの道を踏み外しても。
 せっかく選ばれたメンバーズの道に、二度と戻れないことになっても。
 「サムだったら」と考える度に、自分を責めた。
 シロエの船を落とした自分を、「見逃さなかった」愚か者を。


 そうやって今も心に刺さったままの棘。
 「シロエを殺した」と、「シロエを追ったのが、サムだったなら」と。
 何度も考え続けるけれども、シロエは「Mのキャリア」だという。
 ならばシロエは「ミュウだった」わけで、自分は「すべきことをした」だけ。
 異分子のミュウを「処分した」だけ。
 けれど、この手は「シロエを殺した」。
 友になれたかもしれないシロエを、彼の船ごと撃ち落として。
 いくら繰り返し考えてみても、「正しかった」と思えはしない選択。
 シロエがミュウなら、あれで「正解」だったのに。
 「Mのキャリアだった」と知った途端に、心が軽くなっただろうに。
 なのに心に棘は残って、だから余計に「M」が気になる。
 「彼らは、いったい何者なのか」と、「本当に殺すべき存在なのか」と。
 これの答えは出るのだろうか、自分は出さねばならないのに。
 「ミュウの子供」はいない場所でも、「ミュウ」は必ずいるのだから。
(…サムの仇は、必ず取るが…)
 そうしなければ、と思ってはいても、今はまだ弾き出せない答え。
 きっと答えは「行けば見付かる」から、ジルベスターへと向かうだけ。
 「ミュウは何か」を知るために。
 殺すべきなのか、見逃すべきか、それとも他に道があるのか、答えを見付け出すために…。

 

           Mの拠点へ・了

※ジルベスターに向かうキースの胸中、それを書こうと思ったまではいいんですけど。
 「凄くいい人」なキースになっちゃったわけで、でも、キースって「いい人」だよね、と。








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(キース・アニアン…。待ってろよ)
 お前のすました顔を、このぼくが…、とシロエは深く潜ってゆく。
 ステーションE-1077の奥へと繋がる通路を、ただ一人きりで。
 通路と言っても、候補生たちが立ち入るような場所ではない。
 メンテナンス用にと設けられたもので、言わば舞台裏のようなもの。
 用も無いのに、そんな所を通ってゆく者など無い。
 当てもなく其処に入り込む者も。
(でも、ぼくは…)
 ちゃんと目的を持って入った、と自分自身を励まし続ける。
 小さなライトだけを頼りに、未知の空間を進む間に。
 この先に何があると言うのか、まるで全く知らない自分。
 当てなどは無く進むけれども、「目的」ならば持っている。
 「機械の申し子」、キース・アニアン、彼の秘密を暴くこと。
 それが何処かにある筈だから。
 どういう形か、それさえも謎なものだけれども。
(…あいつは何処からも来なかった…)
 このE-1077に、と確信を持って言えること。
 どんなにデータを集めようとも、集めたデータを手掛かりに「人」に会おうとも…。
(キースが此処に来た時のことは…)
 何処にも記録されていないし、キースと一緒に「来た」者もいない。
 記録の上では、同じ宇宙船で着いた筈でも、誰もキースを「覚えてはいない」。
 それに、ステーションのデータを端から調べてみても…。
(あいつを最初に捉えた画像は…)
 新入生ガイダンスの時の、ホールでのもの。
 他の者なら、その前のものが欠片くらいはあるものなのに。
 宇宙船が発着するポートの監視カメラにあったり、通路のカメラに残っていたり。


 そういった「最初のパーソナルデータ」。
 誰の記録にも伴う「それ」。
 自分にもあるし、サムやスウェナのデータにもあった。
 けれど、キースのものだけは「無い」。
 つまりは、「何処からも来なかった」キース。
 「着いた」画像が無いのだったら、「最初から此処にいた」ということ。
 画像が無いと言うだけだったら、何かのミスで消されたことも有り得るけれど…。
(…誰も覚えていないだなんてね?)
 いくら「記憶の処理」があっても、キースのことまで消さなくてもいい。
 消す必要など無いのだから。
(到着して直ぐに、倒れたって…)
 そういうデータは目にしたけれども、それはキースの失点にはならない。
 むしろ「救助した」誰かがいる筈、「医務室に運んだ」者だとか。
(そんな騒ぎが起こったんなら、なおのこと…)
 皆の記憶に残ってもいい。
 「キース・アニアンを覚えてますか?」と尋ねた時に、「ああ、あの時の…」と思い出すほど。
 それがキースだとは記憶に無くても、「着くなり倒れた人が」と訊いたら、ピンと来て。
 けれど、誰もが無反応だった。
 「覚えてないなあ…」だとか、「さあ…?」だとか。
 キース・アニアンの名を、知らない者などいないのに。
 同郷だったら誇るだろうし、同じ宇宙船で着いただけでも、自慢の種になりそうなのに。
 「キースと一緒だったんだ」と、語るだけで集められる注目。
 「どんな奴だった?」と、「その時の話を聞かせてくれよ」と、皆が周りに集まって来て。
(……それなのに……)
 誰もキースを覚えていなくて、最初の画像も「ガイダンスの時」。
 意味する所はたった一つで、キースは「何処からも来てなどはいない」。
 E-1077で「生まれて」「育てられた」モノ。
 今のキースを構成している、ああいう姿になるように。


 もっとも、キースが「生まれた」かどうか。
 あれを「育てた」と言っていいのか、どうなのか。
(機械仕掛けの人形ではね…)
 あの皮膚の下は冷たい機械で、血など流れてはいないのだろう。
 流れていたなら、それは偽の血。
 「キースは機械だ」と知られないよう、精巧に作られ、配管されて…。
(其処に人工血液を…)
 循環させているだけのことさ、と舌打ちをする。
 「なんて奴だ」と。
 機械でも怒るくらいのことなら、まだ納得も出来るけど。
 「怒ったキースに殴り飛ばされた」のも、「そうプログラムされているんだ」で済むけれど。
(…この四年間に、自然に育ったように見せかけて…)
 何度、器を取り替えたのか。
 「キース・アニアン」という人工知能を「乗せ換えた」のか。
 皮膚の下には、人工血液までも流して。
 「人間だったら怪我をする」ような傷を受けたら、血が流れるように細工までして。
(…その忌々しいアンドロイドの…)
 秘密ってヤツを暴いてやるさ、というのが自分の「目的」。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」あのように育てて来たか。
 このステーションに「来て直ぐ」のキースは、今よりも背が低くて「若い」。
 何処かで「器を取り替えた」わけで、「人工知能を乗せ換えた」筈。
 それが「何処か」が分かりさえしたら、キースの秘密はもう「手の中にした」も同然。
 後はゆっくり確かめるだけで、キースにもそれを突き付けるだけ。
 「これがお前だ」と、「お前は人間なんかじゃない」と。
 自分が機械仕掛けの人形なのだと、知って壊れてしまうがいい。
 「機械」には似合いの末路だから。
 予期せぬデータを強制的に送り込んだら、人工知能は破壊されるから。


 そのために「キースのデータ」が欲しい。
 「何処で」作ったか、「何処で」今日まで育てて来たか。
 答えの在り処は全くの謎で、行く当てさえも無いのだけれど…。
(……此処は?)
 不意に開けた広い空間。
 頭上に溜まった大量の水。…頭の上にプールの水面があるかのように。
 水の中には、幾つもの黒くて四角い「モノ」。
 規則正しく並べられたそれは、どう見ても…。
(マザー・イライザのメモリーバンク…!)
 やった、と心で叫んだ快哉。
 目指すデータは、此処にある筈。
 自分の部屋の端末からだと、データはブロックされるけれども…。
(コントロールユニット…)
 あれだ、と見抜いたマザー・イライザの心臓部。
 人間の手で操作可能な、「マザー・イライザを構築している」精密機械。
 それに直接アクセスしたなら、もはやブロックは意味が無いもの。
 「何もかも」其処にあるのだから。
 E-1077の生徒たちのデータも、「キース・アニアン」に関するものも。
 何処でキースを作ったのかは、此処で見られる。
 コントロールユニットに、ケーブルを繋いでやったなら。
 そのためだけに持って来ている、小型コンピューターでアクセスしたら。


 クルリと身体を回転させて、逆様だった上下を入れ替えた。
 水面が下に来るように。
 コントロールユニットの前に「真っ直ぐに」立って、中のデータを見られるように。
(…覗かせて貰うよ?)
 ケーブルを繋いでやった途端に、早くも点いた「アクセス可能」を表示するランプ。
 あれほど何度も部屋からやっても、ガードが堅くて、まるで入れはしなかったのに。
(ふうん…?)
 なんて無防備なんだろう、と高笑いしたくなるほどだけれど、それも当然のことだろう。
 誰も此処まで「来はしない」から。
 マザー・イライザの維持管理をする者たちだけしか、此処に入りはしないのだから。
(下手にブロックしていたら…)
 万一の時に手間取るだけ。
 何もかもが後手に回ってしまって、最悪の事態を招きかねない。
(だからこそ、ってね…)
 此処までやって来た「自分」のためには、褒美があってもいいだろう。
 「キース・アニアンの秘密」という名の、E-1077の最高機密。
 マザー・イライザが懸命に隠し続けているもの、それを貰って帰りたいもの。
 どうすればそれが手に入るのかは、ほぼ見当がつくものだから…。
(…キース・アニアン…)
 それから、これ、と次から次へと出してゆく指示。
 「ぼくに情報を開示しろ」と。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」育てて来たというのか。


 そうやって指示を出して、出し続けて、ついに答えは示されたけれど。
 画面に答えが表示されたけれど、その答えとは…。
(…これは……)
 小型コンピューターの画面にある文字。
 「F001」、そして「ME505-C」。
 それが答えで、キースが作られた場所とキースを示すもの。
(F001…?)
 Fっていうのは何なんだ、と次の問いを出す。
 「ME505-C」は、「キース」で間違いないのか、と。
(…なるほどね…)
 如何にも機械という感じだよ、と思うキースの「製造番号」。
 もう可笑しくてたまらないから、笑いながらデータを集め続ける。
 「F」は「フロア」の意味らしいから。
 「F001」は「フロア001」、E-1077のシークレットゾーン。
(入るためには…)
 パスワードなんだ、と愉快な作業は続いてゆく。
 これで「キースを壊せる」から。
 フロア001で「全てを見た」なら、製造番号「ME505-C」にそれを突き付ける。
(楽しみだよね…)
 「キースが壊れる」瞬間が。
 機械仕掛けの精巧すぎる操り人形、それの頭脳が壊れて「止まる」だろう時が…。

 

          探り当てた秘密・了

※シロエが手に入れたフロア001とキースのデータ。問題は「ME505-C」。
 アニテラだと「ME5051C」、原作だと「ME505-C」。アニテラ、誤植したな…。








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