忍者ブログ

カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(ジルベスター・セブンか…)
 こんなことが無ければ、日の目を見ることも無かったろうに、とキースは思う。
 其処へと向かう船の一室で。
 けれど、直接ジルベスター星系へと飛ぶ船は無い。軍の船でさえも。
 まずはソレイド軍事基地に飛び、ジルベスター星系に向かう船を得ること。
 でないと辿り着けないくらいに、その星は遠い。
(百五十年ほど前に、テラフォーミングを断念した星…)
 人類は撤退、そしてジルベスター・セブンは破棄された。
 入植は二度と試みられずに、今もそのままだという星。
 ジルベスター星系の第七惑星。二つの太陽を持つ、赤い星がそれ。
(行ってみないことには分からないが…)
 間違いなくMは其処にいる、と確信に近いものがある。
 かつては目撃情報が相次いでいた、「宇宙鯨」。
 スペースマンたちの間の伝説、暗い宇宙を彷徨う鯨。
 異星人の船とも、本物の鯨だとも言われる物体。「見れば願いが叶う」とまで。
(だが、あれは…)
 けして本物の鯨ではない。
 異星人たちを乗せた船でもない。
 その正体はMの母船で、「モビー・ディック」の通り名がある。
 軍に所属し、追った経験を持つ者ならば分かる。「あれがそうだ」と。
 けれども、絶えた目撃情報。
 この四年ばかり、「宇宙鯨」を見た者はいない。
 それとピタリと重なるように、ジルベスター星系で事故が頻発するようになった。
 グランド・マザーが導き出した答えは「M」。
 彼らが其処に潜んでいると、モビー・ディックはジルベスターにいるのだと。


 Mと呼ばれる異分子、ミュウ。
 彼らは排除すべき存在、だから自分が派遣された。
 ジルベスターへと、ミュウの拠点を探しに。
 見付け次第、彼らを滅ぼすために。
(奴らが、サムの心を壊した…)
 事故に遭った者たちの名簿の中に、見付けた名前。
 E-1077で一緒だった友、サム・ヒューストン。
 彼の病院を見舞ったけれども、「友達」のサムは「いなかった」。
 かつて「友達だろ?」と何度も呼び掛けてくれた、人のいい友は。
(……十二年ぶりに会ったというのに……)
 サムは子供に返ってしまって、ステーション時代を忘れていた。
 彼は今でも「アルテメシアにいる」つもり。
 故郷なのだと語った星に、「成人検査で別れた筈の」父や母と一緒に。
(サムをあんな風にしてしまったのは…)
 明らかにミュウで、恐らく彼らの思念波攻撃。
 思念波が如何に恐ろしいかは、E-1077にいた時に知った。
 ステーション中の人間たちが皆、「一時的に子供に戻った」ほど。
 保安部隊の者たちまでもが、無邪気に遊び続けていた。「存在しない」オモチャを持って。
 あれと同じに、サムも「壊された」のだろう。
 至近距離で思念波を浴びせられたか、あるいは捕らえられたのか。
(船の航行記録は消されて…)
 何も残っていなかった。
 サムと一緒にいたパイロットは、サムのナイフで殺されていて…。
(…サムが錯乱して、チーフ・パイロットを殺してしまった、と…)
 報告書には記載されていた。
 自分が知っていたサムだったら、間違っても人は殺さないのに。
 たとえ自分が襲われたって、「殺してしまうほど」の反撃などはしないだろうに。


 そうは言っても、結果が全て。
 サムは「人殺し」で、「正気ではない」から「無罪」なだけ。
(ミュウどもめ…)
 よくもサムを、と「人殺し」だという濡れ衣だけでも腹立たしい。
 監視カメラの記録も消されて、真相は闇の中なのだけれど…。
(ミュウがサイオンで、サムのナイフを…)
 操ったのか、あるいは「サムごと」操ったか。
 そんな所だ、と思っている。
 「サムは人など殺していない」と、「ミュウの仕業だ」と。
 その上、彼らは「サムを壊した」。
 操り損ねて壊したものか、最初から「壊す」つもりだったか。
(…いずれにしても…)
 サムの仇は取らせて貰う、と右手で触れた「サムの血のピアス」。
 左の耳にも「同じもの」がある。
 「女のようだ」と嘲られようが、この耳のピアスが決意の証。
 何処までも友と共にあろうと、「私はサムを忘れはしない」と。
 サムの無念も、E-1077で友だった頃のサムの勇気も、それに限りない優しさも。
(…ミュウどもを皆殺しにしても…)
 サムの心は、きっと元には戻らない。
 いくらミュウたちの血を流そうとも、異分子どもを贄に捧げようとも。
(それでも、私は…)
 今回の任務を果たすまで。
 ミュウの拠点を見付けて滅ぼし、サムの仇を取るだけのこと。
 サムの血を固めたピアスに誓って、「やるべきこと」をやり遂げるけれど…。


(……Mか……)
 彼らは忌むべき異分子なのだ、と分かってはいても、今も心に引っ掛かること。
 一つは、訓練の過程で「見せられた」もの。
 ミュウの処分を記録した映像、その中で「子供が殺された」。
 それも幼くて、「自分自身が何者なのか」も、分からないほどの小さな子が。
 今でもたまに夢を見る度、夢の中で声を上げている。
 「待て!」と、「そんな子供を!」と、制止しようとする声を。
 メンバーズならば、率先して殺すべきなのだろうに。
 「ミュウは成人検査をパス出来ない」から、「幼い間に」処分するのは「当然」なのに。
(…だが、あれほどに…)
 幼い子供を殺すというのは、どうなのだろう。
 ミュウというだけで「命を奪う」のは、「ヒトとして」やっていいことかどうか。
 今も答えは出せないまま。
 「ミュウの子供」に出会ったことは無いから、「答えを出さずに」来てしまったと言うべきか。
 幸いにして、ミュウの母船が最後に潜んでいた星は…。
(アルテメシアで、それ以降は…)
 育英惑星での目撃情報はゼロで、目撃されていないのならば「子供」もいない。
 彼らが船に乗せた「子供」は、赤ん坊の時に迎え入れたとしても…。
(とうに成人検査の年を迎えているからな…)
 だから、今度の「拠点探し」でも、「子供に出会う」心配は無い。
 「殺すべきか」、それとも「見逃すべきか」で悩む必要など、まるで無い。
 任務と関係が無いのだったら、また先延ばしにすればいい。
 子供の件に関しては。
 けれど、もう一つ、気にかかること。
(…シロエ……)
 自分が殺したセキ・レイ・シロエ。
 「初めて」人を殺した瞬間。
 あのシロエもまた、「Mだった」という。
 「Mのキャリアが生徒にいたから」、E-1077は廃校になったという噂。


 巷では「噂」に過ぎないけれども、メンバーズならば「知っている」こと。
 「それは事実だ」と、「Mのキャリアを処分した者は、キース・アニアンだ」と。
 これが頭を悩ませる。
 自分は「シロエを殺した」わけで、あの時、どれほど涙したことか。
 今日までの日々に、何度自分に問い掛けたことか。
 「本当にあれで良かったのか」と、「シロエを見逃すべきだったのでは」と。
 どうせ、あの船では「地球には着けない」。
 地球はもとより、他の星にも、どんな小さな基地にさえも。
 練習艇には、それだけの燃料が積まれてはいない。
 シロエは何処かに辿り着く前に、燃料不足になった船の中で死んだだろう。
 酸素の供給が止まってしまって、酸欠で眠るように死んだか。
 それよりも先に空調が止まり、絶対零度の宇宙の寒さで凍え死んだか。
(…あの時、シロエを見逃していても…)
 結果は変わらなかった筈。
 船と一緒に爆死していたか、あの船の中で死んでいたかの違いだけ。
 どう転がっても「シロエは死ぬ」なら、船を行かせてやれば良かった。
 撃ち落とさないで、シロエの望みのままに。
 彼が焦がれた「自由」に向かって、暗い宇宙を一直線に。
 そうして自分は戻れば良かった、「シロエの船を見失った」と偽って。
 マザー・イライザに真実を見抜かれたとしても、「大きな失点」になったとしても。
(…サムなら、きっとそうしていたな…)
 シロエを見逃し、エリートの道を踏み外しても。
 せっかく選ばれたメンバーズの道に、二度と戻れないことになっても。
 「サムだったら」と考える度に、自分を責めた。
 シロエの船を落とした自分を、「見逃さなかった」愚か者を。


 そうやって今も心に刺さったままの棘。
 「シロエを殺した」と、「シロエを追ったのが、サムだったなら」と。
 何度も考え続けるけれども、シロエは「Mのキャリア」だという。
 ならばシロエは「ミュウだった」わけで、自分は「すべきことをした」だけ。
 異分子のミュウを「処分した」だけ。
 けれど、この手は「シロエを殺した」。
 友になれたかもしれないシロエを、彼の船ごと撃ち落として。
 いくら繰り返し考えてみても、「正しかった」と思えはしない選択。
 シロエがミュウなら、あれで「正解」だったのに。
 「Mのキャリアだった」と知った途端に、心が軽くなっただろうに。
 なのに心に棘は残って、だから余計に「M」が気になる。
 「彼らは、いったい何者なのか」と、「本当に殺すべき存在なのか」と。
 これの答えは出るのだろうか、自分は出さねばならないのに。
 「ミュウの子供」はいない場所でも、「ミュウ」は必ずいるのだから。
(…サムの仇は、必ず取るが…)
 そうしなければ、と思ってはいても、今はまだ弾き出せない答え。
 きっと答えは「行けば見付かる」から、ジルベスターへと向かうだけ。
 「ミュウは何か」を知るために。
 殺すべきなのか、見逃すべきか、それとも他に道があるのか、答えを見付け出すために…。

 

           Mの拠点へ・了

※ジルベスターに向かうキースの胸中、それを書こうと思ったまではいいんですけど。
 「凄くいい人」なキースになっちゃったわけで、でも、キースって「いい人」だよね、と。








拍手[0回]

PR

(キース・アニアン…。待ってろよ)
 お前のすました顔を、このぼくが…、とシロエは深く潜ってゆく。
 ステーションE-1077の奥へと繋がる通路を、ただ一人きりで。
 通路と言っても、候補生たちが立ち入るような場所ではない。
 メンテナンス用にと設けられたもので、言わば舞台裏のようなもの。
 用も無いのに、そんな所を通ってゆく者など無い。
 当てもなく其処に入り込む者も。
(でも、ぼくは…)
 ちゃんと目的を持って入った、と自分自身を励まし続ける。
 小さなライトだけを頼りに、未知の空間を進む間に。
 この先に何があると言うのか、まるで全く知らない自分。
 当てなどは無く進むけれども、「目的」ならば持っている。
 「機械の申し子」、キース・アニアン、彼の秘密を暴くこと。
 それが何処かにある筈だから。
 どういう形か、それさえも謎なものだけれども。
(…あいつは何処からも来なかった…)
 このE-1077に、と確信を持って言えること。
 どんなにデータを集めようとも、集めたデータを手掛かりに「人」に会おうとも…。
(キースが此処に来た時のことは…)
 何処にも記録されていないし、キースと一緒に「来た」者もいない。
 記録の上では、同じ宇宙船で着いた筈でも、誰もキースを「覚えてはいない」。
 それに、ステーションのデータを端から調べてみても…。
(あいつを最初に捉えた画像は…)
 新入生ガイダンスの時の、ホールでのもの。
 他の者なら、その前のものが欠片くらいはあるものなのに。
 宇宙船が発着するポートの監視カメラにあったり、通路のカメラに残っていたり。


 そういった「最初のパーソナルデータ」。
 誰の記録にも伴う「それ」。
 自分にもあるし、サムやスウェナのデータにもあった。
 けれど、キースのものだけは「無い」。
 つまりは、「何処からも来なかった」キース。
 「着いた」画像が無いのだったら、「最初から此処にいた」ということ。
 画像が無いと言うだけだったら、何かのミスで消されたことも有り得るけれど…。
(…誰も覚えていないだなんてね?)
 いくら「記憶の処理」があっても、キースのことまで消さなくてもいい。
 消す必要など無いのだから。
(到着して直ぐに、倒れたって…)
 そういうデータは目にしたけれども、それはキースの失点にはならない。
 むしろ「救助した」誰かがいる筈、「医務室に運んだ」者だとか。
(そんな騒ぎが起こったんなら、なおのこと…)
 皆の記憶に残ってもいい。
 「キース・アニアンを覚えてますか?」と尋ねた時に、「ああ、あの時の…」と思い出すほど。
 それがキースだとは記憶に無くても、「着くなり倒れた人が」と訊いたら、ピンと来て。
 けれど、誰もが無反応だった。
 「覚えてないなあ…」だとか、「さあ…?」だとか。
 キース・アニアンの名を、知らない者などいないのに。
 同郷だったら誇るだろうし、同じ宇宙船で着いただけでも、自慢の種になりそうなのに。
 「キースと一緒だったんだ」と、語るだけで集められる注目。
 「どんな奴だった?」と、「その時の話を聞かせてくれよ」と、皆が周りに集まって来て。
(……それなのに……)
 誰もキースを覚えていなくて、最初の画像も「ガイダンスの時」。
 意味する所はたった一つで、キースは「何処からも来てなどはいない」。
 E-1077で「生まれて」「育てられた」モノ。
 今のキースを構成している、ああいう姿になるように。


 もっとも、キースが「生まれた」かどうか。
 あれを「育てた」と言っていいのか、どうなのか。
(機械仕掛けの人形ではね…)
 あの皮膚の下は冷たい機械で、血など流れてはいないのだろう。
 流れていたなら、それは偽の血。
 「キースは機械だ」と知られないよう、精巧に作られ、配管されて…。
(其処に人工血液を…)
 循環させているだけのことさ、と舌打ちをする。
 「なんて奴だ」と。
 機械でも怒るくらいのことなら、まだ納得も出来るけど。
 「怒ったキースに殴り飛ばされた」のも、「そうプログラムされているんだ」で済むけれど。
(…この四年間に、自然に育ったように見せかけて…)
 何度、器を取り替えたのか。
 「キース・アニアン」という人工知能を「乗せ換えた」のか。
 皮膚の下には、人工血液までも流して。
 「人間だったら怪我をする」ような傷を受けたら、血が流れるように細工までして。
(…その忌々しいアンドロイドの…)
 秘密ってヤツを暴いてやるさ、というのが自分の「目的」。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」あのように育てて来たか。
 このステーションに「来て直ぐ」のキースは、今よりも背が低くて「若い」。
 何処かで「器を取り替えた」わけで、「人工知能を乗せ換えた」筈。
 それが「何処か」が分かりさえしたら、キースの秘密はもう「手の中にした」も同然。
 後はゆっくり確かめるだけで、キースにもそれを突き付けるだけ。
 「これがお前だ」と、「お前は人間なんかじゃない」と。
 自分が機械仕掛けの人形なのだと、知って壊れてしまうがいい。
 「機械」には似合いの末路だから。
 予期せぬデータを強制的に送り込んだら、人工知能は破壊されるから。


 そのために「キースのデータ」が欲しい。
 「何処で」作ったか、「何処で」今日まで育てて来たか。
 答えの在り処は全くの謎で、行く当てさえも無いのだけれど…。
(……此処は?)
 不意に開けた広い空間。
 頭上に溜まった大量の水。…頭の上にプールの水面があるかのように。
 水の中には、幾つもの黒くて四角い「モノ」。
 規則正しく並べられたそれは、どう見ても…。
(マザー・イライザのメモリーバンク…!)
 やった、と心で叫んだ快哉。
 目指すデータは、此処にある筈。
 自分の部屋の端末からだと、データはブロックされるけれども…。
(コントロールユニット…)
 あれだ、と見抜いたマザー・イライザの心臓部。
 人間の手で操作可能な、「マザー・イライザを構築している」精密機械。
 それに直接アクセスしたなら、もはやブロックは意味が無いもの。
 「何もかも」其処にあるのだから。
 E-1077の生徒たちのデータも、「キース・アニアン」に関するものも。
 何処でキースを作ったのかは、此処で見られる。
 コントロールユニットに、ケーブルを繋いでやったなら。
 そのためだけに持って来ている、小型コンピューターでアクセスしたら。


 クルリと身体を回転させて、逆様だった上下を入れ替えた。
 水面が下に来るように。
 コントロールユニットの前に「真っ直ぐに」立って、中のデータを見られるように。
(…覗かせて貰うよ?)
 ケーブルを繋いでやった途端に、早くも点いた「アクセス可能」を表示するランプ。
 あれほど何度も部屋からやっても、ガードが堅くて、まるで入れはしなかったのに。
(ふうん…?)
 なんて無防備なんだろう、と高笑いしたくなるほどだけれど、それも当然のことだろう。
 誰も此処まで「来はしない」から。
 マザー・イライザの維持管理をする者たちだけしか、此処に入りはしないのだから。
(下手にブロックしていたら…)
 万一の時に手間取るだけ。
 何もかもが後手に回ってしまって、最悪の事態を招きかねない。
(だからこそ、ってね…)
 此処までやって来た「自分」のためには、褒美があってもいいだろう。
 「キース・アニアンの秘密」という名の、E-1077の最高機密。
 マザー・イライザが懸命に隠し続けているもの、それを貰って帰りたいもの。
 どうすればそれが手に入るのかは、ほぼ見当がつくものだから…。
(…キース・アニアン…)
 それから、これ、と次から次へと出してゆく指示。
 「ぼくに情報を開示しろ」と。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」育てて来たというのか。


 そうやって指示を出して、出し続けて、ついに答えは示されたけれど。
 画面に答えが表示されたけれど、その答えとは…。
(…これは……)
 小型コンピューターの画面にある文字。
 「F001」、そして「ME505-C」。
 それが答えで、キースが作られた場所とキースを示すもの。
(F001…?)
 Fっていうのは何なんだ、と次の問いを出す。
 「ME505-C」は、「キース」で間違いないのか、と。
(…なるほどね…)
 如何にも機械という感じだよ、と思うキースの「製造番号」。
 もう可笑しくてたまらないから、笑いながらデータを集め続ける。
 「F」は「フロア」の意味らしいから。
 「F001」は「フロア001」、E-1077のシークレットゾーン。
(入るためには…)
 パスワードなんだ、と愉快な作業は続いてゆく。
 これで「キースを壊せる」から。
 フロア001で「全てを見た」なら、製造番号「ME505-C」にそれを突き付ける。
(楽しみだよね…)
 「キースが壊れる」瞬間が。
 機械仕掛けの精巧すぎる操り人形、それの頭脳が壊れて「止まる」だろう時が…。

 

          探り当てた秘密・了

※シロエが手に入れたフロア001とキースのデータ。問題は「ME505-C」。
 アニテラだと「ME5051C」、原作だと「ME505-C」。アニテラ、誤植したな…。








拍手[0回]

(…私は何をしているのだろうな)
 いったい何を望んでいる、とキースは自分自身に問う。
 生き物は棲めない、死の星と化した地球の上で。
 「地球再生機構」とは名ばかり、巨大なだけのユグドラシルの一室で。
 ミュウたちがついに地球へと降りた。
 会談は明日の午前十時から。
 「それまでは部屋でお休み下さい」と、スタージョン大尉がミュウたちに告げた。
 つまり、それまでは「お互いに顔を合わせはしない」。
 人類からも、客分であるミュウからも。
 それを口実に、警備兵たちを下がらせた。「奴らは来ない」と。
 ミュウがどれほどの脅威であろうと、彼らの目的は「地球での会談」。
 人類との交渉のテーブルに着くこと、それがミュウたちの目当てで「要求」。
 その機会を自ら壊しはしない。
 「壊すわけがない」と、下がらせたのが「無用な部下たち」。
 警備兵はもちろん、本来だったら隣室などに控えているべき直属の部下も。
(……マツカだったら……)
 この状況でも残しただろうか、今の自分の身辺に。
 国家主席として明日の会談に臨む、キース・アニアンの腹心として。
 それともマツカを喪ったから、こうして立っているのだろうか。
 赤い満月が見える窓辺に。
 ただ一人きりで、警備の兵さえ置きもしないで。


 更には、「持っていない」銃。
 とうに背後の机に置いた。
 武器と言ったら、銃の他には無いというのに。
 いくら国家主席のための部屋でも、暗殺を防ぐ仕掛けなどは無い。
 今、背後から撃たれたならば、確実に「終わり」。
 キース・アニアンの命は潰えて、物言わぬ死体が横たわるだけ。
 振り向きざまに応戦するには、「銃」という武器が必須だから。
 銃も持たずに刺客と対峙するなど、「人類」には無理なことなのだから。
(…ミュウならば、可能なのだろうがな…)
 彼らのサイオン、それは人間の心臓さえも握り潰せる。
 指の一本も動かすことなく、一瞬の内に。
(…あのミュウは…)
 オレンジ色の髪と瞳を持った、旗艦ゼウスに侵入したミュウ。
 マツカを殺してしまったミュウ。
 彼は「嬲り殺し」にしようとしたから、サイオンで首を絞めただけ。
 殺すだけなら、直ぐに終わっていたのだろう。
 マツカが気付いて駆け付ける前に、「キース・アニアン」は死体となって。
 それほどの力を持つというのに、使わなかったミュウがいた。
 銃弾の雨にその身を晒して、刺し違えることを狙った男。
(……ソルジャー・ブルー……)
 今でも、彼を忘れられない。
 彼には生涯、勝てはすまいと。
 「伝説」と呼ばれるほどの長きにわたって、ミュウの長だったタイプ・ブルー。
 なのに自ら「死ぬためだけに」、メギドまで来たソルジャー・ブルー。
 彼の真似など、どう転がっても出来はしない。
 人類を、組織を守るためには、指揮官たる者、「生き延びなければ」ならないのだから。


(…奴の真似でもしたくなったか…?)
 今の自分は最高指揮官、ジルベスターの頃とは比較にならない立ち位置にいる。
 明日の朝、国家主席の自分が「死んでいた」なら、会談は「お流れ」では済まない。
 戦況はあくまで「ミュウに有利」で、衛星軌道上にある六基のメギドを使おうとしても…。
(グランド・マザーが地球に在る限り、地球に向かってメギドは撃てない…)
 主だったミュウが、地球に集っていようとも。
 彼らを倒せば、ミュウたちの統率が取れなくなると分かっていても。
 それは即ち、「地球がミュウどもに掌握される」のを看過するしか無いということ。
 グレイブが指揮する旗艦ゼウスが、まだ地球の衛星軌道上にあろうとも。
 艦隊が未だ維持されていても、人類は「地球を失う」だろう。
 冷たい瞳の「ソルジャー・シン」は、グランド・マザーを破壊するだろうから。
 オレンジ色の髪と瞳のミュウにも、「やれ」と冷ややかに命令して。
(…そうなると分かっているのにな…)
 何故、このようなことをしている、と先刻の問いを繰り返す。
 自分は何をしているのかと、自分の望みは何なのかと。
 まず間違いなく、「刺客」が此処へ来るのだろうに。
 ソルジャー・ブルーの仇だと狙う、あの盲目のミュウの女が。


 皮肉なものだ、と暗殺者の顔を思い浮かべる。
 自分に「死」を運ぶかもしれない女は、あろうことか自分と同じ生まれの「人間」。
 あちらがそれを知るかはともかく、自分は既に知ってしまった。
 彼女の生まれを、自分と「彼女」の繋がりを。
 あの盲目の女を「作った」時の遺伝子データが、自分に継がれていることを。
(…私の「母親」が、私を殺すか…)
 息子を殺した母親ならば、神話の時代から幾らでもいるが、とクッと喉を鳴らす。
 ギリシャ悲劇の王女メディアも、そうだった。
 それが此処でも起こるだけのことで、人類は「指導者」を喪う。
 更には地球をも失うのだ、と分かっているのに、何故、暗殺者を待っているのか。
 「刺客が来る」ことを察知しながら、警備の者を退けたのか。
(……やはり、あいつの……)
 真似だろうか、とソルジャー・ブルーの死に様を思う。
 指導者自ら前線に立って、死をも恐れず戦った男。
 「奴と同じに死にたいのか?」と、「あの時の銃とは、違うのだがな」と。
 刺客が来たなら「銃は其処だ」と言うつもりのそれは、メギドの時とは違うもの。
 あれから長い時が経ったし、自分の肩書きも何度も変わった。
 銃も同じに変わってしまって、「使いやすい」銃でも、あの時とは別。
 けれども、それで「撃たれて死ぬ」のも一興だろう、と思う自分がいる。
 そうなったならば、人類は皆、困るのに。
 指導者を、国家主席を失い、地球さえもミュウに奪われるのに。


(…私が此処で斃れなくても…)
 いずれ、その日がやって来る。
 遠からず、宇宙は「ミュウのもの」になる。
 グランド・マザーは、自分にそれを明かしたから。
 「ミュウは進化の必然なのだ」と、「ミュウ因子を排除するプログラムは無い」と。
 あれを聞いた時、崩れた足元。
 自分が信じて歩いて来た道、「SD体制の異分子として」ミュウの殲滅を目指した道。
 それは「誤り」だったのだと。
 時代はミュウに味方していて、自分はそれに抗っただけ。
 そうと知らずに、自分が正義のつもりになって。
 「正しいことをしているだけだ」と、間違った「逆賊の旗」を掲げて。
(…それでも、私は…)
 その道を歩いてゆくしかない。
 もうすぐ此処へと来るだろう刺客、彼女と違って「ミュウに攫われはしなかった」から。
 人類のエリートの道を歩んで、此処まで昇り詰めたのだから。
 自分は責任を果たすべきだし、他に進める道などは無い。
 「そのために」作られ、「育てられた」から。
 サムを、シロエを、贄にして「今」があるのだから。
 それは充分、承知だけれども、こうして自分は「死」を待っている。
 自分の命を奪う死神を、あの盲目のミュウの女を。


 そのくらいの自由は欲しいものだ、と赤く濁った月を見上げる。
 「誤った道」とも知らずに歩いて、これから先も「歩くしかない」。
 ならば途中で終わったとしても、道の半ばで命尽きても良かろう、と。
 どうせ宇宙はミュウのものになるし、人類は過去のものとなるから。
(…打つべき手は、もう打ったのだからな…)
 もしも自分に万一があれば、「これを送れ」と記した圧縮データ。
 宛先は「自由アルテメシア放送」、その筆頭のスウェナ・ダールトン。
 「キース・アニアン」が会談に臨めず斃れた時には、全宇宙帯域で流れるだろうメッセージ。
 ミュウは進化の必然なのだと、「マザー・システムは、時代遅れのシステムだ」と。
 あれを見たなら、「心ある者は」立ち上がるだろう。
 たとえ人類であろうとも。
 「人類はミュウに劣る種族だ」と、突き付けられた側であろうと。
(…さて、どうなる…?)
 あのメッセージを、自分は「この手で」スウェナに送信できるのか。
 それとも自分の死体を目にした、スタージョン大尉が「送る」ことになるか。
 「アニアン閣下の御遺志なのだ」と、その中身さえも確かめないで。
 パンドラの箱の蓋を開く結果になるとも、知らないままで。
(…どう転ぼうとも…)
 もはや時代は、私の思うようには動かせぬ、と仰ぎ見る月。
 此処で死んでも、何も変わらぬなら、「殺される」のも悪くはない。
 自分が渡した銃で撃たれるのも、「ソルジャー・ブルーの仇」と命を奪われるのも…。

 

          死神を待つ・了

※フィシスが来るのを承知の上で、キースは待っていたわけで…。どういうつもりだったやら。
 サッパリ分からん、と思ったトコから出て来た話。撃たれたら終わってましたよね、アレ?








拍手[0回]

「ピーターパン…!」
 待って、と声を張り上げたシロエ。「行かないで」と。
 夜空を駆けてゆく少年。
 急いで彼を追い掛けなければ、一緒に飛んでゆかなければ。
 ネバーランドへ、夢の国へと。
 「子供が子供でいられる世界」へ、ピーターパンの背中を追って。
 でないと此処に残されたままで、また牢獄に繋がれる。
 二度と空には舞い上がれないで、ネバーランドにも行けないままで。
「待って…!」
 ぼくも一緒に連れて行って、と叫んだ声で目が覚めた。
 閉じ込められた牢獄の中で、ステーションE-1077の自分の部屋で。
(……まただ……)
 行き損ねたよ、と零れた溜息。
 夢の中なら、何処までも飛んでゆけるのに。
 ピーターパンと一緒にネバーランドへ、時には故郷のエネルゲイアへ。
 けれど今夜は行き損ねる夢で、最近、そちらが増えて来た。
(…子供の心を失くしたから…)
 ぼくは「大人」になりかけてるから、と涙が溢れそうになる。
 テラズ・ナンバー・ファイブに奪われた記憶と、夢の世界へ飛び立つ翼。
 成人検査を受ける前なら、何処からだって「飛べた」のに。
 ピーターパンの本を開けば、ページの向こうにネバーランドが見えていたのに。


 今では「見えなくなった」それ。
 大人の社会への入口に立って、「子供の心」を失ったから。
 自分では「子供のつもりで」いたって、「違う」と思い知らされる。
 ピーターパンの本の向こうに、ネバーランドは「もう見えない」。
 どんなに瞳を凝らしてみたって、夢の国の扉は開かないから。
(……夢の中でも……)
 行けない日が増えてくるなんて、と悲しくて辛くて、胸が張り裂けてしまいそう。
 今夜の夢でも、ピーターパンは行ってしまった。
 自分を残して、夜空を駆けて。
 印象的な赤いマントの残像、それだけを瞳の中に残して。
(…いつか、ホントに来てくれなくなる…)
 ピーターパンは、と痛いくらいに分かっている。
 今でさえも「置いてゆかれる」のならば、もっと「大人」になったなら。
 もっと背が伸びて、声も男らしい声に変わって、少年らしくなくなったなら。
(…大人は、ネバーランドには…)
 行けはしない、と突き付けられる苦い現実。
 ピーターパンに置いてゆかれる夢を見る度に、赤いマントを見失う度に。
(きっといつかは、あのマントだって…)
 見えなくなって、ピーターパンが夜空を駆ける姿も、見られなくなることだろう。
 今は辛うじて残っているらしい、「子供の心」が曇ったら。
 すっかりと錆びて大人になって、目に見えるものだけが「世界の全て」になったなら。
(…そんなの、嫌だ…)
 それくらいなら、「置いてゆかれる」方がいい。
 ピーターパンと一緒に飛んでゆけなくても、ネバーランドに着けなくても。
 夜空を駆ける永遠の少年、ピーターパンの赤いマントを見送ることが出来るなら。


 その方がいいに決まってる、とベッドから下りた。
 まだ夜中だから、充分にある「自由な時間」。
 こんな時には本を読もうと、ピーターパンの本がいい、と。
(…ぼくの宝物…)
 パパとママが買ってくれた本、とギュッと両腕で胸に抱き締め、戻ったベッド。
 その端に腰掛け、膝の上で広げようとした本。
 ふと目に入った本の表紙に、アッと息を飲んだ。
 其処に描かれた、夜空を駆けるピーターパン。
 ティンカーベルもいるし、ウェンディたちも一緒に飛んでいるけれど…。
(……ピーターパンの服……)
 マントなんかは何処にも無い、と今頃になって気付いたこと。
 そういえば、さっき見ていた夢。
 あの夢の中のピーターパンは、この表紙の絵とそっくりだったけれど…。
(服もこの絵とそっくりで…)
 何処も変わりはしなかったけれど、夜空の果てに見えなくなる時。
 消えてゆく時に残った残像、それは真紅のマントの欠片。
(…マントを着けたピーターパンって…?)
 ぼくは知らない、と本のページを繰ってゆく。
 挿絵が入ったページに出会えば、手を止めてそれを覗き込んで。
 「これも違う」と、「これでもない」と。
 どの絵に描かれたピーターパンも、彼らしい服を着ているだけで…。
(……マントなんて……)
 挿絵の何処にも描かれてはいない。
 しかも「真紅のマント」だなんて、自分は何処で見たのだろうか?
 ピーターパンの映画なんかを観てはいないし、知っているのはこの本だけ。
 本の端から端まで見たって、「赤いマント」は出て来ないのに。
 そらで言えるほど何度も読んだ文の中にも、そんな描写は無い筈なのに。


(…赤いマントのピーターパン…)
 この本に、そんなピーターパンがいないと言うなら、夢の中の「彼」は何なのだろう?
 まだ見えるような赤い残像、マントの欠片を自分は何処で見たのだろう…?
(…でも、ピーターパン…)
 あれは確かにそうだった、と夢の光景を覚えている。
 ネバーランドには行き損ねたけれど、ピーターパンを「見ていた」自分。
 「ピーターパンだ」と、「ぼくも一緒に連れて行って」と、夜空を駆けてゆく少年を。
 考えてみれば、いつも、いつだって「見失う」マント。
 ピーターパンに置いてゆかれた時には、いつだって。
(……一緒に飛んでゆける夢なら……)
 その夢の中のピーターパンは、本の表紙と同じ服。
 本の挿絵とそっくり同じで、赤いマントを見ることはない。
 置いてゆかれた夢の時だけ、ピーターパンが残す残像。
 それが真紅のマントの欠片で、目を覚ます度に悲しくなる。
 「ネバーランド行けなかった」と、「ピーターパンに置いてゆかれた」と。
 あまりにも辛い夢なのだけれど。
 いつかは赤いマントの欠片も、見えなくなる日が来そうだけれど。
(…ぼくは確かに見たんだから…)
 今夜も見たし、今までだって。
 追えないままに飛び去る少年、ピーターパンが残してゆく残像は、いつも赤いマント。
 目にも鮮やかな真紅のマントの欠片を残して、ピーターパンは消えてゆく。
 これだけ何度も、同じ夢を見ているのなら…。
(……きっと、本物のピーターパン……)
 彼がそうだ、と閃いた思い。
 ピーターパンの本が書かれた時代は、今から遥か昔のこと。
 人間が地球しか知らなかった頃で、宇宙船は無くて、馬車が走っていた時代。
 その時代からずっと、ピーターパンが今も高い夜空を駆けているのなら…。


 きっと服だって変わるだろう。
 人間が地球を離れた時から、五百年以上も経っている今。
 SD体制が始まるずっと前から、ピーターパンは空を飛び続けている。
 ネバーランドに行きたい子供を見付け出しては、一緒に空を飛ぶために。
 高い空へと舞い上がるために、地球の夜空を、今の時代は宇宙に広がる幾つもの空を。
(違う服だって、着てみたいよね…?)
 長い長い時を駆けているなら、時には違う服だって。
 時代が変わってゆくのと同じに、流行りの服も変わってゆく。
 ピーターパンの本が書かれた時代と、今の時代の服とでは…。
(まるで違うし、どっちの時代の人が見たって…)
 別の時代の服を「変だ」と思うだろう。
 本の中で見るなら「普通に」見えても、それを実際、目にしたならば。
(…ピーターパンは、子供の味方なんだから…)
 子供が親しみやすい服装、それに着替えてゆくのだろう。
 時代が移れば、その時代の子が「素敵だ」と思う類の服に。
 そしてSD体制が敷かれた今の時代に、ピーターパンが着ている服は…。
(赤いマントがついているんだよ)
 マントを目にする機会は全く無いのだけれども、なんと言ってもネバーランド。
 「永遠の少年」のピーターパンは、今の時代は…。
(ちょっと王子様みたいな感じで…)
 颯爽と赤いマントを纏って、剣だって下げているかもしれない。
 出会った子供が「かっこいい!」と目を瞠るように。
 「ぼくも一緒に、海賊たちと戦うんだ!」と、張り切るように。
(…きっとそうだよ…)
 ぼくは本物に会ったんだ、と嬉しくなる。
 ピーターパンが残した残像、赤いマントの欠片を見たのが「本物」の証。
 置いてゆかれてばかりだけれども、ピーターパンには「会えて」いる。
 一緒に駆けてはゆけないだけで、「ぼくはまだ、会えているんだよ」と。


 ピーターパンにまだ「会える」のならば、「子供の心」を失くしてはいない。
 かなり失くしてしまったけれども、消えてなくなってはいない。
(……ピーターパン……)
 忘れないようにするから、ぼくも一緒に連れて行って、と願うシロエは気付かない。
 遠い昔に、彼が出会った「ピーターパン」。
 赤いマントを纏ったミュウの少年、ジョミー・マーキス・シンが「そうだ」と信じたことを。
 彼が自分の「ピーターパン」だということを。
 ピーターパンが残した欠片は、今もシロエの心の中。
 赤いマントの残像になって、いつも、いつだって少年のままで…。

 

          ピーターパンの欠片・了

※シロエが「ぼくは此処だよ!」と呼んでいた「ピーターパン」。ジョミーの思念波通信で。
 だったら覚えていたんだろうか、と考えたわけで…。其処から捏造、赤いマントの残像。







拍手[0回]

(…デカイ顔をしていられるのも、今だけだよ)
 キース・アニアン、とシロエが浮かべた皮肉な笑み。
 視界の端に、キースの姿を捉えたから。
 講義を終えて自分の部屋へと戻る途中で、すました顔で立つ彼の姿を。
 「機械の申し子」と異名を取るのが、キース・アニアン。
 E-1077始まって以来の秀才、教官たちも挙って彼を誉めるけれども。
(いずれ、このぼくが…)
 あいつの成績を全て抜き去ってやる、と心に決めている。
 だから今だけ、「キースがトップに立っていられる」のは。
 未来のエリート気取りのキースは、いつか「セキ・レイ・シロエ」に敗れる。
(ぼくがE-1077を卒業したら…)
 もうその時は、ぼくの方が上だ、と自信を持っている成績。
 キースなどには負けないから。
 キースでなくても、他の誰にも自分は負けない。
(…誰よりも上に立たない限りは…)
 立つことが出来ない、この世界のトップ。
 今は空席の国家主席の地位に就くには、キースよりも、誰よりも上に立つこと。
 それが絶対、そうでなければ「機械の手駒」にされるだけ。
 メンバーズの肩書きを持っていようと、機械に使い捨てられるだけ。
(ぼくが機械に命令するには…)
 とにかく、最高の地位が必要。
 地球にあると聞くグランド・マザーと対等の立場、それに意見を述べられる地位。
 「お前は要らない」と命令したなら、グランド・マザーをも止められる力。
 それが欲しいから、ひたすらに上を目指すだけ。
 最初に蹴落とし、抜き去る目標、それに決めたのが「キース・アニアン」。
 いずれ自分は彼を抜くのだと、此処を卒業したならば、と。


 そうして戻った自分の部屋。
 ベッドに座って、広げたピーターパンの本。
 今の自分の、ただ一つきりの宝物。
 成人検査が奪い損ねた、故郷の思い出を形にしたもの。
(…ぼくが忘れてしまっても…)
 両親の顔も、故郷の風や光もおぼろになっても、この本は消えずに此処にある。
 幼い日に両親に貰った時から、ずっと自分のお気に入りのままで。
(子供が子供でいられる世界を、もう一度…)
 歪んでしまった今の世界に取り戻したければ、自分がトップに立たねばならない。
 ピーターパンの本を愛する自分が、ネバーランドを夢見た自分が。
(他の奴らや、キースが国家主席になっても…)
 何も変わりはしないだろう。
 世界は変わらず機械が治めて、子供たちは過去を奪われ続ける。
 十四歳になったなら。
 「目覚めの日」などと、立派な名前がついている日を迎えたら。
(…何処が目覚めの日なんだか…)
 いったい何に目覚めるんだ、と毒づきたい気分。
 目覚めるどころか、永遠の眠りに突き落とされてしまったかのよう。
 あの日を境に、自分は全てを失ったから。
 両親も故郷も、何もかもを。
 宝物だったピーターパンの本の他には、何も残らなかったから。
(ぼくみたいな子供が、これ以上、生まれないように…)
 いつか自分が機械を止める。
 子供たちから両親を、故郷を奪う機械を。
 成人検査のための機械も、それを束ねるグランド・マザーも。


 ぱらり、と本のページをめくる。
 永遠の少年、夜空を駆けるピーターパン。
 行けると信じたネバーランドは、今の自分の目には見えない。
 子供時代の記憶を失ったせいか、夢見る力を奪われたせいか。
(…でも、それも…)
 いつの日か、きっと取り戻す。
 地球のトップに立ちさえしたなら、国家主席になったなら…。
(機械がぼくから奪った記憶を、戻させることも…)
 出来る筈だし、それだけが励み。
 たとえ茨の道であろうと、歩んで地球のトップに立つこと。
 まずはキースの成績を抜いて、最高の成績でE-1077を後にすること。
 そうしてメンバーズの道に入れば、上には上がいるだろうけれど…。
(キースが今しか、デカイ顔をしていられないのと同じことで…)
 誰であろうと、抜き去るだけ。
 自分よりも上の地位に立っている者、そういった者を一人残らず。
 出来るだけ早く、出来る限りの力を尽くしてトップに立つ。
(ぼくには目標があるんだから…)
 そのためだったら、何だって出来る、と繰ってゆくページ。
 こうして「宝物の本」を此処まで持って来られたように、努力したなら道は開ける。
 そのことを、この本が示しているから。
 本当だったら、この本は「此処に無い」筈だから。
(…成人検査の日は、何も持っては行けない、って…)
 そう教わるから、誰もが信じる。
 何も持たずに家を出たせいで、何も持っては来られない。…故郷からは。
 けれど、自分はピーターパンの本と一緒に此処まで来た。
 「持って行こう」と手にして出たから、きちんと努力したものだから。


 それと同じで、どんな道でも開ける筈。
 国家主席に昇り詰めるまでは、けして自分は諦めない。
 投げ出しもしない、「努力する」ことを。
 どんなに機械が「忘れなさい」と囁こうとも、記憶を消そうと試みようとも。
(…ぼくは忘れない…)
 機械に与えられた屈辱、奪われた子供時代の記憶。
 両親も故郷も奪った機械を、憎い機械を忘れはしない。
 いつか復讐するために。…機械が治める時代を終わらせ、奪われた記憶を取り戻すために。
(…E-1077を卒業したら…)
 其処からが本当の戦いになる、と卒業の日を頭に描く。
 メンバーズとして此処を出てゆく時を。
 候補生の制服に別れを告げて、国家騎士団に入るだろう日を。
(その時までには…)
 いろんな意味で抜き去ってやる、と思う「キース・アニアン」。
 最上級生のキースは、年相応に背だって高い。
 側に来たなら、嫌でも自分は「見下ろされる」形になるけれど…。
(あいつの背だって…)
 出来ることなら抜いてやりたい、自分が上から「見下ろせる」ように。
 口では「キース先輩」と呼ぼうが、メンバーズとしての役職名で呼び、敬礼しようが。
(ぼくの方が、背が高かったなら…)
 もう、それだけで最高の気分になれるだろう。
 「この背と同じに、お前だって、じきに抜いてやる」と。
 メンバーズの世界では上官だろうと、出世したなら自分が上になる世界。
 その日を頭に思い描いて、上からキースを「見下ろして」みたい。
 E-1077で暮らす間は、そうすることは無理だけれども。


(あいつの方が、先に卒業して行くから…)
 自分の背丈が伸びた時には、もういない「キース」。
 今のキースが着ている制服、ああいう上着を自分が纏える頃には、もう。
 E-1077に「キース」はいなくて、残念なことに「見下ろせはしない」。
 メンバーズとして顔を合わせるまで、自分が此処を卒業するまで。
(……残念だね……)
 あいつを見下ろしてやりたいのに、と考えた時に、ふと掠めた思い。
 キースが着ているような制服、それを纏った「セキ・レイ・シロエ」は、どんなだろう、と。
 背が伸びた自分はどんな姿か、どんな顔立ちの人間なのか。
(今のぼくより…)
 大人びていることは確かだけれども、そういう自分を思い描けない。
 此処を卒業してゆくくらいの、「大人」の自分。
 今よりも大人になった「シロエ」を、「少年ではない」自分の姿を。
(……国家主席になるほどだったら……)
 今のキースどころではない、その年齢。
 いったいどういう顔なのだろうか、そうなった時の自分の顔は?
 「セキ・レイ・シロエ」は、自分は、どういう姿形になってゆくのか。
(…今のぼくなら…)
 両親と別れた時の姿と、それほど変わっていないと思う。
 此処では「下級生」の立場で、キースたちのような制服もまだ似合わないから。
 けれども、あれが似合う年頃に成長したなら、自分の姿はどうなるのだろう?
 今の「シロエ」は消えるのだろうか、子供時代の記憶が消えてしまったように…?
(……ぼくの姿も……)
 消えてしまったらどうしよう、と捕まった思い。
 ピーターパンの本が似合わないような、「大人」の姿になるだろう自分。
 此処を卒業してゆく頃には、もうそうなっているかもしれない。
 少年の姿を失くしてしまって、「大人」になって。
 今のキースを見下ろせるほどの、背丈の高い男になって。


(…そんなのは、今のぼくじゃない…)
 今のシロエのままでいたい、と覚えた恐怖。
 子供の心を失くした上に、姿まで自分は失くすのかと。
 今なら姿は、「子供」時代の面影があるし、まだ失くしてはいないのに。
(でも、いつか…)
 それも失くす、と気が付いたから恐ろしい。
 自分は未来を目指すけれども、それと引き換えに失くすもの。
 いつかキースを蹴落とす時には、もはや持ってはいないだろう「もの」。
(……子供が子供でいられる世界……)
 このまま子供でいられたならば、とピーターパンの本の世界に逃げ込みたい。
 それでは未来は掴めなくても、「失う」よりは幸せだから。
 子供の姿を失くすよりかは、今の姿でネバーランドに行く方が幸せに思えるから…。

 

         いつか失くすもの・了

※「大人になったシロエって、思い浮かばないな…」と、考えた所から出来たお話。
 原作ワールドには該当者なしで、どんな顔だか、マジで想像つかないんですけど…!








拍手[0回]

Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]