(あと三年と…)
何ヶ月なんだ、とシロエが部屋で折ってみた指。
このステーション、E-1077を卒業できる日までの日数は、と。
(…まだ、かなり先…)
それでも昨日よりかは一日減った、という気分。
たまに、こうして夜に数える。思い立った日に、残りの日々を。
毎日などは、とても数えていられない。そんなことをしたら、持たない神経。
「気が強いシロエ」を演じてはいても、本当の中身は「子供時代のまま」だから。
両親の姿を夢に見た日は、「パパ、ママ…」と涙を零すような子供。
その大切な両親の記憶を機械に消されて、もうどのくらい経つだろう。
目覚めの日から今日までの日数、それを四年から引いた残りが「卒業できる日」までの日数。
悲しい数字を伴う計算、毎日のようにやりたくはない。
そうでなくても、今は地獄の日々だから。生き地獄を生きているのだから。
(…マザー・イライザ…)
今も何処かで監視している、あの憎い機械。
母の姿を真似て現れる、恩着せがましいコンピューター。
今の自分は「あれ」の言いなり、従わされて生きてゆくしかない。
どんなに抗い、逆らってみても、「従っている」自分の姿が見えてくる。
少しばかり距離を置いたなら。…今の「自分」を見詰めたら。
優秀な成績を収めたならば、マザー・イライザの思惑通り。憎い機械の意のままの自分。
E-1077というステーションは、エリートのための最高学府。
より優秀な者が出るほど、マザー・イライザの評価が上がる。
機械に鼻は無いのだけれども、鼻高々になるマザー・イライザ。
優秀な生徒が現れる度に、素晴らしい候補生たちを育てて、此処から送り出す度に。
そう、自分だって、マザー・イライザの手駒の一つ。
マザー・システムを痛烈に批判してみても、成績優秀な生徒だったら…。
(…ぼくをコールして、叱ったことさえ…)
地球の上層部に隠しておいたら、マザー・イライザは無失点。
むしろ褒められもするだろう。
地球を治めるグランド・マザーに、「よくやりました」と。
「そのままシロエを育てなさい」と、「今後に期待しています」とも。
じきに卒業するキース・アニアン、「機械の申し子」と呼ばれるほどの未来のメンバーズ。
彼の成績を幾つも抜いた自分は、どう考えても「優秀」だから。
キースよりも四年遅れて此処を出てゆくエリート、そうなるだろう理想の候補生。
いい成績を取れば取るほど、マザー・イライザを喜ばせる。
(ぼくの態度を隠しさえすれば…)
二人目のキースとも呼べるエリート、それを「育成中」だから。
反抗的な今の態度も、「いずれ収まる」と思っていそう。
何度もコールを繰り返していれば、思いのままに導いたなら。
逆らおうと足掻き続ける激しい感情、それに終止符を打てたなら。
(そう簡単に…)
言いなりになんかなりやしない、と唇をきつく噛むけれど。
機械に操られてたまるものかと思うけれども、きっと今日だって「喜ばせた」。
キース・アニアンが残した記録を、また一つ自分が塗り替えたから。
E-1077始まって以来の点数を取って、教官に褒められたのだから。
(ぼくは、マザー・イライザを喜ばせるために…)
勉強しているわけじゃない、と叫んでみたって、結果が全て。
「セキ・レイ・シロエ」という優秀な候補生、それを擁するステーション、E-1077。
グランド・マザーへの報告の度に、マザー・イライザは得意満面だろう。
「キースの次にはシロエがいます」と。
「四年後にはシロエを送り出します」と、「優秀なメンバーズになってくれるでしょう」と。
自分の成績が上がってゆくほど、マザー・イライザの評価も上がる。
つまりはマザー・イライザの手駒、キースと何処も変わりはしない。
(従順な生徒か、そうでないかというだけで…)
このステーションから送り出せたら、マザー・イライザには「同じこと」。
とても優秀なメンバーズを育て、無事に卒業させたのだから。
将来の地球を導く人材、それを「二人も」送り出したことになるのだから。
(…ぼくが勉強すればするほど…)
マザー・イライザを喜ばせる。…マザー・イライザの評価が上がる。
なんとも皮肉な話だけれども、それが真実。
「いつか機械に復讐する」ために積んでいる努力、懸命に目指すメンバーズ。
その先に続くだろう道だって、順調に歩むつもりだけれど。
キースを追い越し、蹴落としてやって、国家主席に昇り詰めるのが目標だけれど。
(…国家主席になって、機械を止める時まで…)
機械に奪われた記憶を取り戻す日まで、きっと傍目には「機械の言いなり」。
上手く躱して生きていたって、機械の目から見たならば…。
(…成績優秀な候補生の後は、とても優秀なメンバーズ…)
そういう存在でしかない自分。
ドロップアウトでもしない限りは、マザー・イライザの「自慢の生徒」。
何処まで行っても「マザー・イライザが育てた生徒」で、その烙印は消えてくれない。
いつか機械に牙を剥くまで、機械に「止まれ」と命じる日まで。
まだ三年と何ヶ月もある、此処での日々。
マザー・イライザに力ずくで抑え込まれる屈辱、それに歯を食いしばって耐える年月。
ようやっと自由になれる日が来ても、今度はグランド・マザーが来る。
(メンバーズは、グランド・マザーの直属…)
どんな形で抑えに来るのか、果たして自分は逆らえるのか。
今でさえもマザー・イライザの手駒、抗い、もがき続けていても。
力の限りに逆らっていても、結果だけを見れば「マザー・イライザの勝利」でしかない。
マザー・イライザの評価が上がって、喜ばせているだけだから。
いい成績を取れば取るほど、そうなるから。
(…それと同じ日々が、これから先も…)
無限に続いてゆくのだろうか、このステーションを卒業したら…?
メンバーズになって、グランド・マザーの直属の部下になったなら…?
(……嫌だ……)
今の地獄がまだ続くなんて、とギュッと拳を握ったけれども、それ以外には見えない道。
もしもドロップアウトしたなら、地球への道は開けない。
国家主席になれはしなくて、失くした記憶は取り戻せない。
機械に「止まれ」と命じる力も、その権限も、持てずに何処かで力尽きるだけ。
ただのつまらない軍人になるか、教官にでもなって終わりの人生。
(…それだと、本当に機械の言いなり…)
生きた証もありやしない、と思ってはみても、それが嫌なら地獄への道。
いつ果てるとも知れない道を、ひたすら歩んでゆくしかない。
E-1077で三年と何ヶ月かを過ごして、卒業したらメンバーズ。
マザー・イライザの手から自由になったら、今度はグランド・マザーの手の中。
そうしてもがいて、もがき続けて、いつになれば自由になれるのだろう?
いったい何年、茨の道を歩き続ければいいのだろう…?
(…考えただけでも、気が滅入りそうだよ…)
此処での三年と何ヶ月かの残り日数、それさえも「永遠」に続くかのように見えるのに。
まるで果てのない道に見えるのに、まだその先へと続く地獄の日々。
いくら歩いても終わりが見えない、「機械の手駒」として生きてゆく道。
それに自分は耐えられるのか、上手く歩んでゆけるのか。
(……歩くしかないなら、歩くけれども……)
誰か終わりを教えて欲しい、と折ってみる指。
何年耐えれば、国家主席になれるのか。
子供時代の記憶を全て取り戻して、憎い機械を止められるのか。
(…それさえ分かれば…)
まだ耐えようもあるというのに、と考えてみても、見えない「終わり」。
自分の未来は果てのない地獄、E-1077を卒業しても。
メンバーズの道に足を踏み入れ、エリートとして歩み始めても。
(……全部、傍目には機械の言いなり……)
そして機械が得をするだけ、と分かっていたって、歩くしかない。
この屈辱にまみれた道を。
機械に頭を押さえつけられ、這いつくばって進む、泥の中に伸びてゆく道を。
いつか見えるだろう「終点」までは、此処から逃れられないから。
国家主席になりたかったら、機械の手駒として生きる他には、道は何処にも無いのだから…。
機械の手駒・了
※本当は別の意味で「マザー・イライザの手駒」だったシロエ。連れて来られた時から。
けれどシロエは知らないわけで、いい成績を取れば取るほど地獄。機械の手駒。
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