(……サム……)
やはり無理なのか、とキースが握り締めた拳。ノアの自室で。
国家騎士団総司令から、元老院入りを果たしたけれど。
今はパルテノンに集う元老の一人だけれども、そうなった理由。
初の軍人出身の元老、表向きはパルテノンの元老たちの要請。「求心力のある指導者を」と。
「腑抜けた老人たちも、ようやく目を覚ましたようだ」と思ったそれ。
必要とされての抜擢なのだと、ならば期待に応えなくては、と。
(頑張らねば、と思ったのだが…)
初めてパルテノンに行ったら、その場で分かった。「誰も歓迎していない」こと。
自分を元老に推した人物、そんな者などいはしなかった。誰一人として。
(…全てはグランド・マザーの采配…)
人類の聖地、地球に座している巨大コンピューター。SD体制の時代を支配する機械。
グランド・マザーが自分を元老の一人に選んだ。
未来の国家主席として。…人類を導く指導者として。
(私を作らせたのも、グランド・マザー…)
理想の指導者を作り出すため、無から合成された塩基対。
三十億ものそれを繋いで、マザー・イライザが紡いだDNAという名の鎖。
自分は其処から作り出されて、サムを、シロエを糧に育った。
ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと幼馴染だったサム。
それに、ミュウ因子を持っていたシロエ。
サムの心はミュウに壊され、シロエは自分がこの手で殺した。船を落として。
(…サムも、シロエも…)
きっと自分と関わらなければ、壊れも死にもしなかったろう。
ミュウのシロエも、恐らくは器用に生き延びた筈。
彼ほどの頭脳を持っていたなら、可能だろうと思うから。
(…マツカでも生きているのだからな…)
シロエだったら、自分で上手く生きただろう。
SD体制の枠から逃れた反乱軍でも指揮していたか、あるいは気ままな海賊なのか。
どの道だろうと、生きただろうシロエ。…そして壊れはしなかったサム。
自分のせいだ、と何度思ったことか。
廃校になったE-1077、シロエに言われたフロア001。
卒業までには行けずに終わって、何があるかも知らなかった場所。
グランド・マザーに処分を任され、赴いた時に全てを知った。
自分の生まれも、サムとシロエの役割も。…二人が自分の糧だったことも。
(そうやって私を育て上げて…)
いよいよ人類の指導者として立てというのが、グランド・マザーの意向で命令。
従うしかない道だけれども、そのための策も練ったのだけれど…。
(これを実行に移す時には…)
捨ててゆかねばならないノア。人類が最初に入植した星。今の宇宙の首都惑星。
ノアの価値は、この際、どうでもいい。
その策でミュウに勝てさえすれば。
ソル太陽系に布陣した上で、ミュウの艦隊を迎え討ち、そして滅ぼせたなら。
(…しかし、このノアは…)
下手をしたなら戦場になる。
国家騎士団も、人類統合軍の艦隊も、全て自分がソル太陽系に展開させるけれども…。
(艦船を持たない軍人どもは…)
ノアに残るから、彼らがミュウをどう扱うか。
戦わずして降伏だろうと読んでいたって、蓋を開けねば分からない。
頑迷な者が一人いたなら、己の力を過信している者がいたなら、来るだろう破局。
勝てもしないのに、ミュウの母船にミサイルの一つでも撃とうものなら…。
(ミュウどもも容赦しないだろうしな)
血も涙も無い、と今や評判のミュウの長。
降伏を伝えた救命艇さえ、容赦なく爆破したジョミー・マーキス・シン。
(私も大概、冷徹な破壊兵器と言われたものだが…)
今のあいつはそれ以上だな、と感じるジョミーの揺るぎない意志。
「人類軍は全て敵だ」と断じて、躊躇いもせずに殺してゆく。
彼がいる船にミサイルを撃てば、たちまち焼かれるだろうノア。
メギドほどではないだろうけれど、ミサイルを撃った基地の辺りは破壊し尽くされて。
きっとそうなる、と分かっているから、その前にサムを逃がしたかった。
何処でもいいから、ミュウが来そうにない星へ。
ミュウは地球へと向かっているから、逆の方へと逃せばサムは巻き込まれない。
愚かな輩が起こした戦い、負け戦だと最初から見える戦争には。
けれども、今日も届いた報告。サムの病院の主治医から。
(今の状態のサムを移送するのは…)
危険すぎる、と唱え続ける医師。何度確かめても、日を改めて問い合わせても。
このままでは置いてゆくしかないサム。
(…動かすことさえ出来たなら…)
安心してノアを離れられるのに。
他の者たちの命はともかく、サムの命を救えるのなら。
サム一人だけでも、安全な場所に逃げ延びていてくれるのならば。
(だが、そう簡単には…)
いかないのだな、と覚悟を決めるしかない自分。
サムのために計画を変更出来はしないし、グランド・マザーも承認することはないだろう。
個人的な感情で動くことなど、グランド・マザーは良しとはしない。
それをしたなら、未来の国家主席といえども、失脚するのか、降格なのか。
(…そうなった時は、マツカさえも守り切れなくなるからな…)
もしもマツカがミュウだと知れたら、即座に処分されるだろう。
問答無用で撃ち殺されるか、収容所にでも送られるのか。
それではサムも悲しむだろうし、シロエも悲しむに違いない。
(マツカも守れなかったのかよ、とサムなら言うな…)
悲しそうな顔で、「何してんだよ」と。
シロエも同じに言うのだろう。皮肉を少しも交えることなく、「どうしたんです?」と。
(先輩らしくもありませんね、と私を見据えて…)
どうしてその道を選んだのかと問うことだろう。
「マツカを生かして側に置いたこと、ぼくは評価していたんですけどね?」と。
「なのに最後にどうしたんです」と、「守ると決めたら、守るべきだったでしょう?」と。
マツカを安全に生かしたいなら、自分自身の身を守ること。
グランド・マザーの意に背かないこと。
(…すまない、サム…)
どうやら逃がしてやれそうもない、と噛んだ唇。
もはや打つべき手など無いから、ノアは捨てるしかないのだから。
サム自身の運に賭けるしかなくて、運良くノアが戦場にならずに済んだなら…。
(ミュウどもの艦隊を滅ぼした後で…)
見舞いに行ってやるからな、と心で詫びる。
そして手にした、サムに貰った「お気に入り」のパズル。
…あの日からサムに会えてはいない。「あげる」と渡され、貰った日から。
(みんな友達…)
そう言ってサムはパズルをくれた。人のいい笑顔で。
サムは「友達」にこれをくれたのか、それともパズルに飽きただけなのか。
(キース、スウェナ、ジョミー…)
あの時、サムが口にした名前。
木の枝に止まった三羽の小鳥を、白い小鳥を順に数えて。
「みんな、元気でチューか?」とも言った。
遠い昔にE-1077で、ナキネズミのぬいぐるみを手にして、そう言ったように。
(…サムは一瞬、戻って来たように思うのだがな…)
戻って来たから、「友達」の自分にパズルをくれた。そんな気がする。
そうだったのだと思うけれども、あの日のサムが持っていたもの。
小さな望遠鏡のようにも見えた万華鏡。
(あれがサムの新しいお気に入りで…)
パズルには飽きて、もう要らないから、昔馴染みの「おじちゃん」に譲ってくれただろうか。
何度も見舞いに来てくれるから、サムが気に入った「赤のおじちゃん」。
国家騎士団の制服のせいで、自分は「赤のおじちゃん」になった。
サムの心は子供に戻って、同い年の筈の自分が年上に見えているものだから。
子供のサムから眺めた自分は、「友達」ではなくて「おじちゃん」だから。
その「おじちゃん」にパズルをくれたか、飽きたから譲っただけなのか。それすらも謎。
(くれたのだと思いたいのだが…)
あの日から一度も会えていないし、確かめる術を持たないまま。
サムに会えたら、パズルを見せて訊いてみるのに。
(借りっ放しで悪かったな、と…)
差し出したならば、どんな表情が返るのか。
「ぼくのパズル!」と引っ手繰るのか、「おじちゃんのだよ?」と笑顔になるか。
その時にサムが、あの万華鏡の方に夢中でも…。
(おじちゃんのだよ、と言ってくれたら…)
どんなに嬉しいことだろう。
サムと心が繋がったようで、遠い昔に戻れたようで。
(頼むから、死なずに生きていてくれ…)
私がノアに戻れる日まで、と僅かな希望を未来に抱く。
時代がミュウへと味方していても、「負ける」と決まったわけではない。
勝ちを収めたなら、戻れるノア。そして再会できるサム。
(白のおじちゃん、とポカンとしてくれたらな…)
楽しいのだが、と眺めた元老の衣装。
「赤のおじちゃん」の赤い制服は、もう着ないから。今では白い服だから。
サムも自分も生き延びたならば、この服でサムに会いに行こう。パズルを持って。
「元気にしてたか?」と、「白のおじちゃんになったんだぞ」と。
その日が訪れてくれたらいい。
サムを置いてノアを離れるけれども、「白のおじちゃん」がサムの見舞いにまた行ける日が…。
置いてゆく友へ・了
※「白のおじちゃん」になったキースは、サムに会えたのか、会えなかったのかが謎。
会えなかった可能性も高いんだよね、と考えたトコから出来たお話。どうだったんでしょう?
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