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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(……此処から、逃げて行けたらいい……)
 そして帰って行けたなら、とシロエの胸を占めてゆく思い。
 E-1077の個室で、一人きりの夜を迎える度に。
 成人検査で消された記憶。
 奪い去られた子供時代と、子供時代を過ごした故郷。
 其処へと帰ってゆきたいと思う。
 もう、おぼろげになってしまった過去へ。
 懐かしい過去があった故郷へ、今も両親が住んでいる場所へ。
(…でも、帰るには…)
 乗らなくてはならない、アルテメシア行きの宇宙船。
 故郷のエネルゲイアがあった雲海の星へ、飛んでゆくのだろう船が必要。
 E-1077にも、宇宙船が発着するポートはある。
 人類統合軍の宇宙船さえも出入りするなら、アルテメシア行きの船だって…。
(直行便ではないとしたって…)
 一隻くらいは、きっと入港して、また飛び去って行くのだと思う。
 此処で誰かを降ろしてゆくのか、誰かを乗せて旅立つものか。
 そのチケットを買えさえしたなら、アルテメシアに行けるのだけれど。
 アルテメシアの宙港に降りたら、エネルゲイアへの便だって飛んでいそうだけれど。
(……ぼくは、買えない……)
 故郷に帰るための、船のチケットは。
 候補生の身では買えはしないし、ハッキングなどで不正に入手したって…。
(…マザー・イライザに知られて、取り上げられて…)
 その後にコールされて叱られるか、保安部隊に取っ捕まるか。
 「ステーション、E-1077を脱走しようとした」罪で。
 謹慎を食らうか、成績を減点されるのか。
 ろくな結果になりはしないから、船のチケットは手に入れられない。
 それがあったら、故郷へと飛んでゆけるのに。
 「子供時代」があっただろう町、其処に「もう一度」立てるのに。


 けれど、叶いはしない夢。
 どう転がっても、手に入る筈もないチケット。
 ポートに出掛けて、行き先などを入力してみても。
 表示された金額に見合うだけの金を、「これだけ」と支払う意志を見せても。
(…ぼくの名前や、個人情報を入れないと…)
 けして発券されないチケット。
 漆黒の宇宙を飛んでゆく船は、ゲームセンターにあるような遊具の類とは違う。
 「人の命」を預かることになるから、「誰を乗せたか」は重要なこと。
 万一、事故が起こった時には、どのレベルまで対応するか。
 近隣にある惑星からの救助船さえ向かえばいいのか、宇宙海軍が出動するか。
(…任務の途中のメンバーズとか…)
 休暇中でも、パルテノンの元老のような「お偉方」が乗っていたなら、大変なこと。
 長距離ワープを繰り返してでも、最新鋭の船が最短距離で救助活動に向かう。
 宇宙海軍でも最大とされる、アルテミス級の戦艦だって。
(そういう判断に必要だから…)
 宇宙船のチケットを買うとなったら、名前とIDは必要不可欠。
 所属や、住所といった代物も。
 「セキ・レイ・シロエ」の「それ」を入れたら、発券は拒絶されるだろう。
 教育課程の候補生には、ステーションを離れる自由など無い。
 訓練飛行や、無重力訓練で「出る」のが限界。
 そんな人間のデータを入れた途端に、エラーになるのは目に見えている。
 保安部隊員が走って来るのか、ポートの係に取り押さえられるか。
(それを避けるのなら、ハッキングして…)
 偽の情報を入力してやれば、チケット自体は手に入る。
 「セキ・レイ・シロエ」とは違う名前や、IDなどを「偽造して」やれば。
(だけど、それを持ってポートに行けば…)
 その場でバレて、船には乗れない。
 マザー・イライザの監視が行き届いているか、厳重なチェックシステムがあるか。
 「脱走する者」が出ないようにと、ポート全体に目を光らせて。


 だから「乗れない」と分かっている船。
 此処から逃げてゆくことは無理で、逃げ出す手段さえも無い。
(…ぼくが、この手で作れたら…)
 宇宙船を、と思いはしても、其処までの技術を持ってはいない。
 エネルゲイアで学んだ範囲に、「宇宙船の設計」は含まれていなかった。
 建造技術も、学んではいない。
(独学で、それを身に付けたって…)
 きっと材料が手に入らなくて、諦めざるを得ないのだろう。
 船体に使う特殊鋼材、それが欲しくても「与えて貰える」ことなどは無くて。
 エネルギー伝導用のコイルも、何処からも入手出来なくて。
(…学ぶだけ無駄で、役に立たなくて…)
 でも…、と心は故郷へと飛ぶ。
 もう顔さえもぼやけて思い出せない両親、実感を伴わない風や光や。
 それらが「今も」あるだろう場所、どうすれば其処へ行けるだろうか、と。
(宇宙船に乗ったら、じきにワープで…)
 何十光年、何百光年といった距離を飛び越えて「其処」に向かう筈。
 此処からは遠いアルテメシアへ、エネルゲイアがある星へ。
 そうやって「ワープ」で飛んでゆくなら、欠かせないものは何なのか。
(……ワープドライブ……)
 それだ、と直ぐに出て来る答え。
 どんな小さな宇宙船でも、ワープドライブさえ積んであったら、故郷へと飛べる。
 逆に言うなら、ワープドライブさえあれば…。
(宇宙船なんかに…)
 頼らなくても飛べるのかもね、と思いもする。
 この手で「それ」を作れたならば。
 亜空間ジャンプが出来るシステム、小型のワープドライブを。
(…ぼく一人だけが、ワープ出来たら…)
 それでいいのに、と抱く考え。
 「シロエ」だけを運ぶワープドライブ、そういったものを作れたなら、と。


(…無理なんだけどね……)
 人間だけが「生身で」ワープするなんて、と理屈の上では分かっている。
 亜空間理論を学んだ今では、「絶対に無理」だと教えられもした。
 けれども、夢を描くのは自由。
 今の理論では「無理」であろうが、「遠い未来」には「違うかも」と。
 遥かな昔は、ワープさえもが「夢」だった。
 小説などに出て来るだけの、架空の航法。
 それが今では「常識」なのだし、いつか「人間が」ワープしたって不思議ではない。
(…そういう機械を作れたら…)
 いいんだけどな、と考える内に、出てくる欲。
 ワープは「時空間を越える」航法、それなら「時」を越えたっていい。
 どうせ未来のシステムだったら、其処までのことが出来ればいい。
 遠い昔から、人が夢見た「タイムマシン」。
 未だに実現しないけれども、同じ「作る」のなら、そっちがいいに決まっている。
 故郷に向かって「シロエだけ」が飛んでゆくのなら。
 とても小さなワープドライブ、それで「目指そう」と思うなら。
(……タイムマシンなら、ぼくが子供の頃にだって……)
 飛んでゆけるし、それが出来たら「変えられる」未来。
 成人検査を受けないように、過去の時間に干渉して。
 そのせいで「歴史」がどう変わろうとも、かまいはしない。
 「此処」から「シロエ」が消えたって。
 宇宙そのものが変わってしまって、「シロエ」がいなくなったって。
(…こんな風に、記憶を消されてしまって…)
 苦痛に満ちた人生を送らされるよりかは、最初から「無かった」方がいい。
 「成人検査を受けなかったシロエ」が、どうなろうとも。
 そういう「シロエ」を作ったせいで、「今のシロエ」も消え去ろうとも。
 それで充分だと思う。
 タイムマシンを「作った結果」が、自分自身の「消滅」でも。
 そんな結末を招くのだとしても、「全てを忘れて」しまわないなら。


 あればいいのに、と思うタイムマシン。
 とても小さなワープドライブ、「シロエだけを」故郷へ運べるもの。
 作れはしないと分かっていても。
 今の時代の技術や理論で、「それ」は不可能だと知ってはいても。
(……夢を見るのは、ぼくの自由で……)
 だったら、それを「形」にしたっていいだろう。
 いつかは「載せたい」ワープドライブ、「可能にしたい」タイムマシン。
 その夢を乗せて「走る」何かを作っても。
 E-1077でも「手に入る」もので、「夢の乗り物」を形にしても。
(……今は、それしか出来ないけれど……)
 やってみようか、と心に描く設計図。
 見た目は「ただのバイク」だけれども、夢の世界では「タイムマシン」になるバイク。
 ワープドライブだって搭載していて、故郷までも駆けてゆける「それ」。
 そういうバイクを「作って」乗ったら、束の間の夢が見られるだろうか。
 走ってゆける場所はE-1077の「中」だけでも。
 宇宙にさえも出られなくても。
(…ぼくの中では、タイムマシンで…)
 故郷へも走ってゆけるモノ。
 誰にも分かって貰えなくても、ただの「バイク」に過ぎなくても。
 夢を見るのは自由なのだから、「それ」を作ってみるのもいい。
 ほんの一瞬、心だけが「過去」へ飛べるなら。
 懐かしい故郷へ飛んでゆけるのなら、きっと「飛べた」気がするだろうから…。

 

         飛び越えたい時・了


※いや、シロエ、楽しそうにバイクに乗っていたよね、と思ったわけで…。何故、バイクかと。
 其処から浮かんで来たお話。シロエなだけに、こういう理由でも通りそうな気が…。









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(……マザー・イライザ……)
 あの姿は正しかったのだろうか、とキースの心を掠める疑問。
 E-1077を処分してから、もうどのくらい経ったことだろう。
 「やめて!」と叫ぶマザー・イライザを無視して、全てを闇に葬った日から。
 今はとっくにノアに戻って、一日の任務を終えた後の夜。
 側近のマツカも下がらせたから、部屋には自分一人しかいない。
 冷めかけたコーヒーを傾けていて、ふと思い出した。
 遠い昔に、E-1077で、嘲るように言われた言葉を。
(…アンドロイドじゃねえのか、と…)
 口にしていた候補生。
 今でも顔が、鮮やかに目に浮かぶよう。
 「キース・アニアンの前に現れる」マザー・イライザは、その姿だろうと嗤った彼。
 過去の記憶を持っていないことや、「機械の申し子」と呼ばれる頭脳を詰るかのように。
(あの時は、気にも留めなかったが…)
 もしかしたら、と今、気付かされた。
 「あれは真実だったろうか」と。
 自分が「見ていた」マザー・イライザ、その姿は「アンドロイド」であったろうか、と。
(……ミュウの女……)
 フロア001で、「キース」の向かいに並んでいた水槽。
 それに収められたサンプルの「女性」、どれも「ミュウの女」にそっくりだった。
 ミュウたちの母船、モビー・ディックに捕らえられた時、出会った女に。
(…マザー・イライザかと思ったくらいに…)
 あの女は、「マザー・イライザ」に似ていた。
 それはそうだろう、「キース」は長年、「サンプル」を見て育ったのだから。
 強化ガラスの水槽の中から「見ていたもの」は、あのサンプルたち。
(…見る者が、親しみを覚える姿で…)
 現れるのが「マザー・イライザ」ならば、自然とそうなる。
 「キース」が「知っていた」女性は、他には誰もいなかっただけに。


 フロア001に立っていた時、微かに「過去」の記憶が戻った。
 水槽の中に浮かんで、ガラスの向こうの研究者たちを「見ていた」記憶。
 女性の研究者も混じっていたのだけれども、彼らは常にいたわけではない。
 一日に何度か、あるいは数日に一度だったのか、「キース」を確認しに来ただけ。
 生育状況やら、他の様々なデータなどを。
(…そんな連中の顔よりは…)
 たとえ息絶えた「サンプル」だろうと、「ミュウの女」を憶えるだろう。
 これが「一番、近しい者」だと、脳が記憶することだろう。
 その結果として、マザー・イライザの姿は「ミュウの女」に似た。
 「キース」が親しみを覚える姿を取るのなら、それが相応しいから。
 ただ……。
(…私が見ていた、マザー・イライザは…)
 いつも黒い色のロングドレスを身に着け、床に届くほどに長い黒髪。
 「ミュウの女」は金髪だった所を、まるで違っていた髪の色。
(…私の目に映るマザー・イライザは、アンドロイドだろうと…)
 候補生の一人が詰っていた時、彼らの話題は何だったか。
 マザー・イライザについての話だったけれど、彼らが「見ていた」マザー・イライザは…。
(故郷の母やら、恋人やらに似ていると…)
 そうして「現れた」マザー・イライザは、どれも「黒髪」だったのだろうか。
 どのイライザも、同じに「黒いロングドレス」を着ていたろうか…?
(……母親の姿ならば、ともかく……)
 年若い「恋人」の姿を取るのに、あのドレスは「似合いの服」なのだろうか…?
 とても似合うとは思えないだけに、「違う」と否定する心。
 「故郷の母」の姿を真似る時にも、きっと服まで真似たのだろう。
 その候補生を育てた母親、「彼女」が好んでいただろう服。
 それまで「そっくり真似ない」ことには、「こうではない」と拒絶されるだけ。
 親しみを覚えて貰うどころか、逆に嫌われさえしただろう。
 そうならないよう、マザー・イライザは注意を払っていた筈。
 そして「キース」の瞳に映っていた、「マザー・イライザ」は…。


(…ミュウの女に似ていた姿で、コンピューターの映像らしく…)
 頭の部分に「機械の端末」らしき「何か」を着けていた。
 両耳を覆って、それらを繋ぐコードかアンテナのように、頭の上にあった半円形の輪。
 「誰のマザー・イライザ」にも、あの不思議な「機械」は付いていたのだろうか?
 機械の映像めいて見えた「それ」を、マザー・イライザは常に伴って現れたろうか…?
(…母親や、恋人の頭などに…)
 あんな「機械」が付いていたなら、誰も親しみを覚えはしない。
 「これは機械だ」と、「マザー・イライザの幻影なのだ」と、強く認識するだけで。
 それでは「マザー・イライザ」は、「役目」を果たせはしない。
 候補生たちの「心」の奥深くにまで入れはしないし、彼らを導くことも出来ない。
 彼らが「心」を許さない限り、操れはしない深層心理。
 記憶処理などは可能であっても、「心」を解きほぐすことは出来ない。
 深く、深く「入り込んで」行って、それを「掴む」ことが出来なければ。
 彼らの心に直接触れて、「こうあるべきだ」と道を示したり、誤りを正してやれない限りは。
(……機械なのだ、と思われたなら……)
 誰もが身構えることだろう。
 マザー・イライザにコールされただけでも、大きな失点。
 更なる失点を増やさないよう、誰でも「自分を取り繕う」もの。
 「マザー・イライザ」の前に出たなら。
 コールを受けて、心を見せるようにと促されたら。
(…特に訓練を受けた者でなくても…)
 己の心を「見せたくない」と考えるだけで生じる、一種の心理防壁。
 それを築くのは簡単なことで、「嫌だ」と思うだけでいい。
 候補生たちが「そう思った」ならば、マザー・イライザは「心に入り込めない」。
 強引にこじ開け、入ったとしても、激しい抵抗があることだろう。
 彼らが「隠しておきたい思い」を「修正」したなら、きっと歪みが残る筈。
 マザー・イライザに対する不信感としてか、あるいは「システム」を疑い始めるか。
 それでは「まずい」し、「マザー・イライザ」は、あくまで「母」でなくてはならない。
 母でないなら「恋人」などで、けして「機械ではない」存在。


 そう考えてゆくほどに「不自然」な、「キース」の「マザー・イライザ」。
 明らかに「機械の映像」だと分かる、彼女の頭に「いつも、あった」輪。
 耳を覆っていた機械。
(…やはり、私のマザー・イライザは…)
 遠い昔に嘲られた通り、「アンドロイド」であったのだろうか。
 他の者たちが見ていた「マザー・イライザ」の頭に、ああいった「機械」は無かったろうか。
(…今更、確認のしようもないが…)
 E-1077は、この手で処分してしまった後。
 グランド・マザーには「尋ねるだけ無駄」で、あの紫の瞳が瞬くだけだろう。
 「そのようなことを、知ってどうするのだ?」と、まるで抑揚のない声がして。
 そして「自分」は、返す言葉を持たないのだろう。
 知ったところで、益のないこと。
 「キース・アニアン」が見ていた「マザー・イライザ」が、何だったのかは。
 他の候補生たちが出会った「マザー・イライザ」、それは皆、「機械ではなかった」としても。
 サムも、シロエも、「母に似た人」を、其処に見ていただけだとしても。
(……だが、恐らくは……)
 誰も「機械の映像」などを見てはいまい、と確信に近い思いがある。
 E-1077での「マザー・イライザ」の役割、それを数えてゆくほどに。
 全ての候補生たちの「母親代わり」で、システムへの疑問を「抱かせない」もの。
 彼らの心に生まれた疑問や、疑惑を端から解きほぐしては、「答え」を与えて。
 「こうあるべきだ」と道を示して、彼らを正しく導くもの。
 誰も「機械」には「ついてゆかない」。
 マザー・システムを「理解する」ことと、システムを「受け入れてゆく」ことは別。
 だから「機械」は「親しみを覚える姿」で現れ、抵抗感を持たれないようにする。
 「マザー・イライザ」は、「アンドロイドであってはならない」。
 どの候補生が目にしようとも、「母親」や「恋人」の姿であらねばならない。
 「キース・アニアン」が見ていたような姿は論外、頭に「機械」をつけてなどいない。
 一目で「機械だ」と分かる姿では、誰も「ついてはゆかない」だけに。


(……私のマザー・イライザだけが……)
 ああいう「姿」だったのだろうな、と唇に浮かんだ自嘲の笑み。
 遠い日に詰られた言葉は、「真実」だったのかと。
 フロア001など「知る筈もなかった」候補生の一人が、投げ掛けた言葉。
 「あいつのマザー・イライザは、アンドロイドなんじゃねえの?」と、馬鹿にするように。
 けれども、それが「言い当てた」らしい、「本当のこと」。
 「キース」が見ていた「マザー・イライザ」は、明らかに「機械」だったから。
 他の候補生たちや、サムやシロエの「マザー」は、「人間」の姿だっただろうから。
(……本当に、機械の申し子ではな……)
 無から作られた生命ではな、と今頃になって気付いた「呪い」。
 フロア001を覗きに出掛けなくても、答えはとうに自分の中に「あった」のに。
 「マザー・イライザ」の姿が「機械」だったら、「キース・アニアン」の親は機械だろうに…。

 

             イライザの姿・了

※キースが見ていた、マザー・イライザ。どう見てもアンドロイドじゃん、と思ってたわけで…。
 原作だったら「フィシスそっくり」だったのにね、というのがネタ元。アニテラのは機械。









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(……ピーターパン……)
 こんな所へは来られないよね、とシロエが広げる本。
 E-1077の個室で、夜が更けた頃に。
 ベッドの端に一人座って、ただ懐かしい本を膝の上に乗せて。
 宇宙に浮かぶステーションでは、ピーターパンが来る「本当の夜」は無いけれど。
 外はいつでも暗い宇宙で、朝日が昇りはしないのだけれど。
 此処の昼と夜は、銀河標準時間の通りに照明が作り出すだけのもの。
 夜になったら落とされる明かり、昼は煌々と照らし出す「それ」。
 ピーターパンが駆けて来るような「夜」などは無いステーション。
 「二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずっと真っ直ぐ」、そう進む道も見えない場所。
 それの通りに歩いて行ったら、ネバーランドに行けるのに。
 真っ直ぐに行ける「朝」があるなら、ネバーランドに繋がる道があるのだろうに。
(…ピーターパンは来られなくって、ぼくが行くことも出来なくて…)
 なんて酷い所なんだろう、と何度溜息を漏らしたことか。
 ピーターパンの本だけを持って、此処へと連れて来られた日から。
 両親も故郷も全て失くして、子供時代の記憶も機械に奪い去られた時から。
(……でも、忘れない……)
 ピーターパンもネバーランドも、と本のページをめくってゆく。
 故郷の記憶が薄れた後にも、この本は「ここに在る」のだから。
 両親の顔さえおぼろになっても、失くしてはいない大切な本。
 これがあったら、きっといつかは「飛んでゆける日」も来るだろう。
 ネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵だと父に聞かされた地球へ。
 こうして忘れないでいたなら、「ピーターパンの本」を持っていたならば。
 ピーターパンが「此処へ来る」ことは出来なくても。
 朝まで真っ直ぐ行く道が無くて、ネバーランドまで歩いてゆくことは出来なくても。


 いつか、と夢を抱いた時から忘れない場所。
 子供が子供でいられる世界で、ピーターパンが住むネバーランド。
 幼い頃から憧れ続けて、迎えが来るのを待ち続けた。
 「いい子の所には、ピーターパンが来てくれる」から。
 ピーターパンが迎えに来たなら、一緒に夜空を駆けてゆこうと。
(…ぼくが大人になっていたって…)
 子供の心を忘れなければ、行ける日がやって来るだろう。
 「ピーターパンの本」の作者が、その目で「其処を見て来た」ように。
 大人になっても「子供の心を持っていた」人が、ネバーランドを見られたように。
(…ぼくだって、いつか行けるんだから…)
 みんなのようにならなかったら、と思い浮かべる自分以外の候補生たち。
 システムに何の疑問も抱かず、子供時代を捨ててしまった「マザー牧場の羊」たちの群れ。
 彼らと同じに「忘れてしまう」ことが無ければ、いつの日か道は開ける筈。
 E-1077を離れて、夜空がある場所に行ったなら。
 朝には本物の太陽が昇る、「朝がある場所」に行けたなら。
(卒業までは、夜も朝も無いけど…)
 此処を卒業しさえしたなら、夜も朝もある場所に行ける筈。
 もしかしたら、いきなり地球にさえも行けるかもしれない。
 とても素晴らしい成績を収め続けて、メンバーズに選ばれた者のトップに立てたなら。
(……地球には、ピーターパンが生まれた場所があるから……)
 本が書かれた場所も同じに地球にあるから、ネバーランドは直ぐ側にあることだろう。
 一度滅びてしまった地球には、作者の家も、本に出てくる場所も無くても。
 「此処にあった」という場所だけしか、探し当てることは出来なくても。
 それでも、ピーターパンは「きっと、いる」筈。
 朝まで真っ直ぐ歩いて行ったら、ネバーランドも見付けられる筈。
 子供の心を忘れないまま、地球に降り立つことが出来たら。
 地球に配属されはしなくても、夜と朝さえある場所に行けば、夢は叶ってくれるだろう。
 ピーターパンが夜空を駆けて来てくれて、朝まで真っ直ぐ歩いてゆけて。


(…その時までの我慢なんだから…)
 あと三年と何ヶ月だろう、と指を折っては、卒業までの日を数えてみる。
 ピーターパンの本を広げて、「それまでの我慢」と自分自身に言い聞かせながら。
(ぼくは絶対に忘れない…)
 両親や故郷の記憶は薄れてしまったけれども、子供の心を忘れはしない。
 ネバーランドに行ける資格を手放すだなんて、とんでもない。
 メンバーズに抜擢されていようと、いつでも「それ」を捨ててしまえる。
 ネバーランドに行くためだったら、地位も名誉も、何もかもを。
(今すぐだって、捨ててしまえるもんね…?)
 教育の最高学府と名高いE-1077も、此処で収めた「いい成績」も。
 そんなものなど要りはしないし、ネバーランドの方がいい。
 ピーターパンさえ来てくれるならば、「セキ・レイ・シロエ」はいつでも「行ける」。
 幼い頃から夢に見た場所へ、ピーターパンが住むネバーランドへ。
(いい子の所には、ピーターパンが…)
 きっと迎えに来てくれるから、と思った所で、ハタと気付いた。
 「セキ・レイ・シロエ」は「いい子」だろうか、と。
 ピーターパンが迎えに来るのに、相応しいだけの人間なのか、と。
(……いい子って……)
 いい子というのは、言葉通りに「良い子供」。
 誰もが褒めてくれる子供で、悪いことなどしない子のこと。
(パパやママの言うことを、ちゃんと聞く子で…)
 約束だって破りはしなくて、叱られることなど無い子供。
 もちろん喧嘩をするわけがないし、我儘だって、けして言わない。
 それが「いい子」で、ピーターパンは「いい子」を迎えに来るのだけれど…。
(……パパとママはもう、いないけど……)
 いない両親の「言い付け」を聞くことはもう出来ないから、そのことはいい。
 けれども、他の「いい子」の条件。
 そちらの方はどうだろうか、と思った途端に震えた身体。
 「ぼくは、いい子じゃなくなってる」と。


 ピーターパンが迎えに来てくれる「いい子」。
 約束をしたら破らない子で、叱られることなどしないのが「いい子」。
 喧嘩もしないし、我儘を言いもしない子供が「いい子」なのだけれど…。
(…マザー・イライザにコールされたら…)
 その度に叱られ、色々と約束させられる。
 E-1077の秩序を乱さないよう、「此処のルールに従いなさい」と。
 何回、それを繰り返したろうか。
 約束を何度、破って「コールを受けた」だろうか。
 その上、喧嘩も当たり前のように売ってばかりで、売られた喧嘩は受けて立つもの。
 同級生たちと口を利く度、喧嘩になると言っていいほどに。
(我儘だって…)
 今この瞬間にも、心に抱いている有様。
 E-1077で「するべきこと」は山とあるのに、それを「捨てたい」と。
 ネバーランドに行けるものなら、何もかも捨ててしまっていい、と。
 「いい子」だったら、そう考えはしないのに。
 消された記憶やシステムのことは、この際、置いておくとしたって…。
(…他のみんなの目から見たなら、ぼくなんかは…)
 いい子どころか、「悪い子」なだけ。
 マザー・イライザが見ている「シロエ」も、間違いなく「悪い子」のシロエ。
 「いい子のシロエ」は、何処にもいない。
 両親と故郷で暮らした頃には、確かに「いい子」だったのに。
 たまに喧嘩もしてはいたけれど、「今よりは、ずっと」いい子だった「シロエ」。
 それが「いい子でなくなった」のなら、ピーターパンは…。
(…いくら待っても、来てくれない…?)
 悪い子になった「シロエ」なんかを、迎えに来てはくれないだろうか。
 ピーターパンが迎えに来る子は、「いい子」だけ。
 「いい子」のシロエは迎えに来たって、「悪い子」のシロエは駄目なのだろうか…?
 今のシステムがどうであろうと、其処ではシロエは「悪い子」だから。
 誰が見たって「いい子」ではなくて、「悪い子」でしかないのだから。


(……まさか、今のぼくは……)
 ピーターパンと夜空を駆ける資格を持ってはいないだろうか。
 朝まで真っ直ぐ歩いてゆけても、ネバーランドには「行けない」子供になっただろうか。
 子供の心を忘れずにいても、「シロエ」が「悪い子供」なら。
 けして「いい子」ではないと言うなら、夢が叶う日は来ないかもしれない。
 「悪い子」になってしまった子供は、もう「いい子」ではないだけに。
 ピーターパンは「悪い子」の所に、迎えに来ることはないだけに。
(…だとしたら……)
 どうすればいいと言うのだろう。
 システムに従う「いい子」になったら、「子供の心」を失くしそうなのに。
 子供の心を抱き締めたままで「いい子」になるなら、生きるのはとても辛いだろうに。
(喧嘩もしなくて、マザー・イライザの言い付けを聞いて…)
 そうやって「いい子」でいようとするなら、「子供の心」を持ったままでは辛すぎる。
 けれど、ピーターパンが「いい子」を迎えに来るのなら…。
(…どんなに辛くて、苦しくっても…)
 いい子でいないと駄目だろうか、と眺める本。
 その道は、とても辛そうなのに。
 此処で「いい子」で生きてゆくことは、「シロエ」には、きっと出来ないのに…。

 

           いい子の所に・了

※幼い日のシロエは、「いい子の所に迎えに来てくれる」ピーターパンを待っていたわけで…。
 それをE-1077でも覚えているなら、こういう考えに陥る時もあるかもね、と。








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(…なんと傲慢な生命だろうな…)
 この私は…、とキースが心で零す溜息。
 それほどの価値があるのだろうか、と夜が更けた部屋で、ただ一人きりで。
 「キース・アニアン」という存在。
 国家騎士団上級大佐、叩き上げのメンバーズ・エリートでもある。
 冷徹無比な破壊兵器と呼ばれようとも、「それが私だ」と歯牙にもかけはしなかった。
 むしろ誇りを持ってさえいた。
 グランド・マザーが直々に指名するほど、優れたエリート。優れた軍人。
 「私は選ばれた存在なのだ」と自信に溢れて、疑いさえもしなかった。
 どんな任務を任されようとも、そうして受けた任務の結果がどうなろうとも。
 反乱軍を一人残らず地獄へ送ってしまおうと。
 SD体制から生まれる異分子、ミュウを星ごとメギドで殲滅しようとも。
(…軍人ならば、それが当然だろうと…)
 思ってもいたし、確固たる信念でもあった。
 SD体制に異を唱える者、逆らう者は全て滅ぼすべきだと。
 その考えが少し揺らいだのが、伝説のタイプ・ブルー・オリジンとの出会い。
 長でありながら、命まで捨てて同胞のためにメギドを沈めた男。
(あいつのように、躊躇いもせずに…)
 命さえも捨ててしまえる生き方、それを羨ましいと思った。
 自分が置かれた地位も立場も、何もかもを顧みることさえもせずに死んでゆけたら、と。
 けれど、その時は「そう思った」だけ。
 直ぐに「馬鹿な」と冷静になって、「あいつはミュウだ」と、異分子なのだと切り捨てた。
 SD体制の枠の中から弾き出された異分子がミュウ。
 ならば、そのようにも生きるだろう。
 秩序を重んじる「人類」とは違う種族なのだし、組織などには縛られないで。
 「長」を失った者たちの混乱、其処まで考えたりはしないで。


 そうして思った、「私は違う」という自覚。
 ソルジャー・ブルーがどうであろうが、自分は自分。
 異分子などには惑わされずに、真っ直ぐに前を見るべきだろう、と。
 ジルベスター・セブンで上げた功績、それに相応しく二階級特進したのだから。
(…しかし、私は……)
 異分子でさえもなかったのだ、と握り締める拳。
 今、握り締めた拳さえもが、「人間」のそれとは違ったもの。
 そう、文字通りに「違っていた」。
 「キース・アニアン」という存在は。
 遠い昔に「機械の申し子」と異名を取った、「グランド・マザーのお気に入り」は。
(まさか、ああして作られたなど…)
 誰が思うものか、と腹立たしいだけ。
 かつてシロエが「お人形さんだ」と言ったけれども、ただの比喩だと思っていた。
 シロエが見て来たE-1077のフロア001、其処が「どういう場所」であろうと。
 機械が並んだ改造室でも、「キース」の「元」はあると思った。
 何らかの方法で「キースを改造していた」にせよ。
 脳に直接、大量の情報を送り込んだりして、「優れた人材」を作っていても。
 あるいは体術に秀でるようにと、肉体に手を加えていても。
 その程度だろう、と高をくくっていた。
 廃校になったE-1077、それの「処分」を命じられるまでは。
 フロア001を「見て来る」ように、グランド・マザーに言われるまでは。
(…プロジェクト自体が極秘なだけに…)
 大勢の部下を連れては行けない。
 マツカだけを伴い、E-1077に近付き、其処から先は単独だった。
 人工重力さえも失っていたステーション。
 それを蘇らせ、一人きりで目指したフロア001という場所。
 其処に並んだ幾つもの水槽、強化ガラスの中に浮かんでいた「サンプル」たち。
 何人もの「キース・アニアン」がいた。
 胎児から、「今のキース」と「さほど変わらない」キースまでが。


 マザー・イライザが無から作った生命体。
 三十億もの塩基対を合成した上、それを繋いでDNAという鎖を紡いで。
 「キース」は「無から作られた」もの。
 ミュウでさえも「無からは」生まれて来なくて、人工子宮で育ってゆくのに。
 彼らの「元になった」モノなら、ちゃんと存在するというのに。
 けれど、「そうではなかった」キース。
 シロエが言った通りに「人形」。
 人形だったら、それらしくしていれば良かったものを…。
(…水槽から出されて、育て上げられて…)
 いつの間にやら上級大佐で、この先も昇進してゆくのだろう。
 グランド・マザーの導きのままに、彼らの「人形」に相応しい道を歩み続けて。
 そのこと自体は、どうでもいい。
 「そうするために」作られたのなら、「そのようにしか」生きられない。
 ただ、問題は「キース」そのもの。
 今の「キース」を作り上げるために、マザー・イライザが用いた手段。
(……サムと知り合うように、仕向けていって……)
 スウェナの場合は、知り合うどころか、その命さえも弄ばれた。
 E-1077までスウェナを乗せて来た船、それを見舞った衝突事故。
 それも「仕組まれたもの」だったから。
 「キース」が上手く処理するかどうか、その能力を試すためだけに。
(…私が失敗していたら…)
 あの船はE-1077の区画ごとパージされていた。
 反物質が漏れ出すことで発生する、対消滅からE-1077を守り抜くために。
 そうはならずに済んだけれども、スウェナや、あの船に乗っていた者の命。
 それを「握っていた」のが「キース」で、失敗したなら、彼らは「死んだ」。
 「キース・アニアン」とは、「そういう生命」。
 マザー・イライザの「理想の子」とやらを育てるために、人の命さえ弄んだ末に出来たモノ。
 スウェナもそうなら、「シロエ」も同じ。
 シロエの場合は、人類ではなくてミュウだったけれど。


(…そのシロエもだ…)
 もしも「キース」と出会わなかったら、「マツカ」のように生き延びたろう。
 少し毛色の変わったエリート、そのように生きたに違いない。
 マザー・イライザに選び出されて、「キースに殺されなかったら」。
 「キース」を育てる「糧」として贄にされなかったら。
(…反乱軍の奴らを殲滅しようが…)
 ジルベスター・セブンを焼き滅ぼそうが、それは「任務」の一環ではある。
 「キース・アニアン」が「そうしなくても」、他の誰かが「やるだろう」こと。
 成功するか、失敗するかは、また別のことで。
 だから、そういう「命」を幾つ踏みにじろうとも、「軍人として」罪の意識は無い。
 そんなものなど感じていたなら、とても軍人にはなれない。
 けれど、「軍人になる」よりも前。
 E-1077を卒業してから、メンバーズ・エリートになるよりも前。
 その頃から「キース」は「人の命」を弄んでいた。
 「無から生まれた生命体」であって、「人間でさえもない」というのに。
 ミュウにさえも及ばない生命のくせに、預けられた「スウェナの船の乗員」の命。
 まだ水槽から出されて間もない、候補生としては「ヒヨコ」の頃に。
 そう、グレイブもそう言った。
 あの日、救助に向かおうとしたら、「ヒヨコは鶏についてくるものだ」と。
 ただの「ヒヨコ」であったというのに、幾つの命を預かったのか。
 救助に失敗していたならば、何人の命が失われたのか。
(…そうなっていたら、何十人か、あるいは百人ほどもいたのか…)
 それが「キース」を育てるための生贄になっていただろう。
 マザー・イライザは「懲りることなく」、次の事故を起こしたに違いない。
 その時点での「キース」に相応しい事故を、「上手く処理して」戻るようにと。
 全ての仕上げに、「シロエ」の船を撃墜させた時と同じに。
 「撃ちなさい」と冷たい声で命じて、シロエが乗った練習艇を落とさせたように。


 つまり、「キース」は「そういう生命」。
 任務とはまるで無関係な場所で、人の命を弄びながら「育った」者。
 シロエの命も「キース」が奪った。
 キースと出会っていなかったならば、シロエは「死ななかった」のだから。
(…何処の世界に、こんな人間がいるというのだ…)
 育つためには「人の命」を欲するような…、と心で零して、漏らした失笑。
 「私は、人ではなかったのだな」と。
 人間の姿と変わらなくても、「作られた者」が「キース・アニアン」。
 ならば、「人」ではないのだろう。
 「人の命」を弄びながら、踏みにじりながら「育った」化け物。
 化け物ではないと言うのだったら、傲慢なだけ。
 自分以外の者の命を糧にして「出来上がった」のならば。
 スウェナを乗せていた船の者や、シロエの命。
 そういった「全て」を「糧にして育って」、今の「キース」がいるのなら。
(……遠い昔は、そういった者も……)
 まるでいなかったわけではない。
 王と呼ばれた者の中には、人を虫けらのように扱い、栄華を誇った者たちもいる。
 彼らが犯した罪に比べれば、「キースの罪」は遥かに軽そうなのだけれども…。
(…人間でさえもないのが、私だ……)
 人の物差しでは測れまいな、と分かっているから、自分自身が呪わしい。
 「なんと傲慢な生命なのか」と、「人でもないのに、人の命を糧にしたか」と。
 この世に神がいるというなら、神の目にはどう映るのだろう。
 それとも「映りもしない」のだろうか、「人間ではない」生命などは。
 いくら傲慢に育てられようとも、「神が作っていない」のならば。
(…どちらでもいいことなのだがな…)
 今更どうにもなりはしない、と拳を握り締めるだけ。
 行き着く所まで行かない限りは、きっと「終わり」の日さえも来ない。
 そういう風に「作られた」者は、「そのようにしか」生きてゆけないから…。

 

           傲慢な生命・了

※キースを育てるための計画、アニテラだと半端ないんですよね…。原作以上に。
 だったら「自分の正体」に気付いたキースが、こう思うこともあるだろうか、というお話。







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(…何故なんだろう?)
 どうして、あの人になるんだろうか、とシロエの頭から消えない疑問。
 講義を終えて、夕食を食べて個室に帰って、夜になっても。
 今日の昼間に目にした光景、それが鮮やかに焼き付いたままで。
(……いつも一緒にいるような……)
 今日と同じで、と昼食の時に「見掛けた」二人を思い浮かべる。
 少し離れたテーブルだったし、あちらは気付いていないだろうか。
 「セキ・レイ・シロエ」が「来ていた」ことも、「自分たちの方を見ていた」ことも。
(…キース・アニアン……)
 E-1077始まって以来の秀才、マザー・イライザの申し子とまで呼ばれるキース。
 「機械の申し子」という名前もあるほど。
 いずれキースは、メンバーズ・エリートになるのだろう。
 同期のメンバーズたちの中でも、トップの成績を誇る「エリート中のエリート」として。
(あいつの成績を、全部塗り替えない内は…)
 地球のトップになれやしない、と自分でも充分、分かっている。
 いつか自分が「頂点に立って」社会を変えてゆこうと言うなら、キースが最大の敵なことも。
 必ず勝たねばならないライバル。
 蹴落とさなければならない「キース」。
 そのライバルが、先にカフェテリアにいた。…「何か食べなきゃ」と入ったら。
 キースが「其処にいた」ことはいい。
 「先にいた」ことだって、かまいはしない。
 E-1077に、候補生のために設けられた「食事が出来る場所」は一ヶ所だけ。
 あのカフェテリアで「食べない」のならば、個室で食べることになるから。
 もちろんキースも食事のためにと、カフェテリアに来る日は珍しくない。
 「そのこと」自体は普通のことだし、「気に入りの席」をキースに盗られたわけでもない。
 けれども、気付いてしまったこと。
 「キースと一緒に」食べているのは、誰なのかと。


 考えてみれば、今日までに何度も目にした「それ」。
 カフェテリアでキースが食事中なら、一人きりで来ていない限りは…。
(……サム・ヒューストン……)
 彼の姿が、必ずキースの側にあるもの。
 向かいに座って食事していたり、「お前の分な!」とでも言うかのように…。
(…キースの分のトレイを持ってて、テーブルに置いて…)
 それから椅子を引いたりもする。
 キースと「一緒に」食事するために。
 食事でなくても、コーヒーを二人で飲んでいるとか。
 とうに食事は済んだ後なのか、「水だけが」置かれたテーブルに二人でいるだとか。
(…いつもキースと一緒なわけで…)
 カフェテリア以外の場所で出会っても、キースの側には「彼」がいるもの。
 初めてキースに「出くわした」時も、サム・ヒューストンの姿があった。
 そちらの方には用が無いから、「無視して」終わりだったけど。
 ただキースだけを瞳に映して、皮肉な言葉も吐いたのだけど。
(…あれが最初で、あれからも、ずっと…)
 キースの側に「誰か」いるなら、サム・ヒューストンでしか有り得ない。
 サムと同郷で幼馴染の、スウェナ・ダールトンの姿も見掛けることはあるけれど…。
(あっちは、明らかにオマケだよね?)
 サムのオマケだ、と考えなくても分かること。
 「スウェナ・ダールトンだけが」キースの「側にいる」のは、一度も見てはいないから。
 スウェナがいるなら、サムも必ず「其処にいる」もの。
 キースがいる場所が何処であろうと、誰かが側にいるとなったら、それはサムだけ。
 「オマケ」のスウェナは、きっと「どうでもいい」のだろう。
 サムと一緒に食事をしたり、通路を歩いたりするキースにとっては。
 早い話が、サムは「キースの友達」。
 あの「キース」などに「友達」だなんて、あまりにも「らしくない」けれど。
 友の一人もいさえしないのが、似合いのように思うのだけれど。


(そっちの方が、よっぽど似合いで…)
 キースらしいよ、と考えるほどに、引っ掛かってくる「サム」のこと。
 彼の噂は「知らない」と言ってもいいくらい。
 いつもキースの側にいるから、「また、あいつなんだ」と思っていた程度。
 サムの成績が優秀だったら、そんなことにはならないだろう。
 キースとしのぎを削るくらいに、優れたエリート候補生なら噂にもなる。
 けれど聞かない、サムの「評判」。
 優秀だとも、何かの科目でキースと並ぶ成績だとも。
(……サム・ヒューストン……)
 キースの側に「いつもいる」なら、彼はどういう人物なのか。
 「マザー・イライザの申し子」で「機械の申し子」のキースが、友だと認めている人物。
(…何かあるのに違いないってね…)
 迂闊だった、と舌打ちをする。
 初めてキースに「出会った」時に「サムもいた」せいで、勘が鈍っていたろうか。
 「サムはキースとセットなんだ」とでも、ごくごく自然に思い込んで。
 その手の「無自覚な錯覚」だったら、人間、誰しもありがちなこと。
 目にした何かを「真実」のように、疑問も抱かず信じることも。
(…成人検査も、それの一種で…)
 他の候補生たちは、何一つとして疑いもしない。
 システムに疑問を持ちさえしない。
 成人検査の「前」と「後」では、「自分の中身」が違うのに。
 子供時代の記憶を奪われ、「地球のシステム」に都合よく「書き換えられている」のに。
 それと同じで、「サムの存在」を、自分は錯覚したのだろう。
 「こういうものだ」と、「キースと一緒にいるサム」を風景の一部のように。
 キースがいるなら、その近くにはサムがいるのが普通なのだ、と。
 …どう考えてみても、「そちらの方が」変なのに。
 「キースなんかに」友達がいるということが。
 誰もいないなら分かるけれども、「親友としか思えない」サムが「側にいる」のが。


 今日まで気付きもしなかったけれど、サムは「特別」なのだろう。
 キースが「友だ」と認めるからには、とびきり優れた「何か」を持っている人間。
(…まるで気付かなかっただなんて…)
 ぼくとしたことが、と机の端末に向かい、データベースにアクセスしてゆく。
 「サム・ヒューストンに関する情報を出せ」と、パーソナルデータも何もかも、全部。
 プロテクトされてはいない情報。
 何もブロックされはしないで、サムのデータは全て出揃ったのだけれども…。
(……何なんだ、あいつ……?)
 どうしてキースの友達なんだ、と信じられない思いで見てゆく。
 出身地だとか、両親だとかは、特に気にはならない。
 そういったものは「誰にでもある」し、キースにだって「もちろん、ある」。
 サムはキースと同郷ではなくて、アルテメシアの出身だけれど。
(…それは、どうでもいいんだけどね…)
 ぼくと同じ星の出身だろうが…、と「アルテメシア」の名は頭から放り出す。
 アルテメシアが故郷であっても、サムが育った育英都市はアタラクシア。
 懐かしい故郷のエネルゲイアとは違う場所。
 だから、そのことは「どうでもいい」。
 今、気にすべきは「サムの成績」。
(……下から数えた方が早くて……)
 どう転がっても、メンバーズには「なれるわけもない」成績を取っているのがサム。
 それも、このステーションに「入って直ぐ」から。
 何処かで「取り残された」わけではなくて、サムは最初から「成績が悪い」。
 E-1077に入れたことさえ、「間違いなんじゃあ?」と思うくらいに。
 同じ日に成人検査を受けた「誰か」と、ミスがあって「入れ替わってしまった」のかも、と。
 同姓同名の誰かがいたとか、プログラムが少し狂っただとか。
 誰も「ミスだ」と気付かないまま、「一般人向け」のコースと「此処」とを取り違えたとか。
(その方が、うんと自然なくらいに…)
 酷すぎるだろう、と思うサムの成績。あの「キース」とは対照的に。


 それでも、きっと「何かがある」と調べる間に、見付けた宇宙船の事故の情報。
 スウェナ・ダールトンを乗せて来た船、それと軍艦との衝突事故。
(……通信回線が切断された状態で……)
 E-1077からの救助部隊は出動しなかった。
 代わりに「新入生」だったキースと、サムの二人が向かった救助。
(…このせいで、サムと知り合ったとか…?)
 サムの成績を調べてみれば、船外活動は「得意だった」と分かる。
 優秀とまでは言えないけれども、非常事態でも、「宇宙に出られる」レベルくらいには。
(二人だけで救助に向かったんなら…)
 命を預けて、預けられもして、絆が生まれもするだろう。
 いくらキースが「機械の申し子」と呼ばれるくらいに、感情などは「無さそう」でも。
 友の一人も「いはしない」方が、似合いに思える人間でも。
(……この時以来の知り合いなわけで……)
 それなら「親友」にもなるか、とデータを辿る間に、見付けたもの。
 E-1077に入った直後の、新入生のためのガイダンス。
(…嘘だろう!?)
 握手している「サム」と「キース」の画像。
 ならば、二人は「最初からの」友。
 どういうわけだか、どういう風の吹き回しなのか、二人は此処で出会った時から…。
(……友達だったと……?)
 しかも、その後の「サム」は劣等生なのに。
 キースなら、そんな者とは「付き合いそうにない」のに。
(…何故なんだろう…?)
 どうして「友達」なんだろうか、と尽きない疑問。
 キースには、「サム」は似合わないのに。
 マザー・イライザも他の友を持つよう、キースに勧めそうなのに。
 それともキースは、「サムを友達にしている」くらいに、人間味があると言うのだろうか?
 そのようには、まるで見えなくても。
 人情などとは縁さえもなくて、「機械の申し子」の名が相応しくても…。

 

          友がいる理由・了

※キースと「友達になるように」マザー・イライザが用意したのが、アニテラでの「サム」。
 そのサムの成績は「優秀ではない」だけに、シロエ視点だとどうなるだろう、と書いたお話。







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