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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(…何故なんだろう?)
 どうして、あの人になるんだろうか、とシロエの頭から消えない疑問。
 講義を終えて、夕食を食べて個室に帰って、夜になっても。
 今日の昼間に目にした光景、それが鮮やかに焼き付いたままで。
(……いつも一緒にいるような……)
 今日と同じで、と昼食の時に「見掛けた」二人を思い浮かべる。
 少し離れたテーブルだったし、あちらは気付いていないだろうか。
 「セキ・レイ・シロエ」が「来ていた」ことも、「自分たちの方を見ていた」ことも。
(…キース・アニアン……)
 E-1077始まって以来の秀才、マザー・イライザの申し子とまで呼ばれるキース。
 「機械の申し子」という名前もあるほど。
 いずれキースは、メンバーズ・エリートになるのだろう。
 同期のメンバーズたちの中でも、トップの成績を誇る「エリート中のエリート」として。
(あいつの成績を、全部塗り替えない内は…)
 地球のトップになれやしない、と自分でも充分、分かっている。
 いつか自分が「頂点に立って」社会を変えてゆこうと言うなら、キースが最大の敵なことも。
 必ず勝たねばならないライバル。
 蹴落とさなければならない「キース」。
 そのライバルが、先にカフェテリアにいた。…「何か食べなきゃ」と入ったら。
 キースが「其処にいた」ことはいい。
 「先にいた」ことだって、かまいはしない。
 E-1077に、候補生のために設けられた「食事が出来る場所」は一ヶ所だけ。
 あのカフェテリアで「食べない」のならば、個室で食べることになるから。
 もちろんキースも食事のためにと、カフェテリアに来る日は珍しくない。
 「そのこと」自体は普通のことだし、「気に入りの席」をキースに盗られたわけでもない。
 けれども、気付いてしまったこと。
 「キースと一緒に」食べているのは、誰なのかと。


 考えてみれば、今日までに何度も目にした「それ」。
 カフェテリアでキースが食事中なら、一人きりで来ていない限りは…。
(……サム・ヒューストン……)
 彼の姿が、必ずキースの側にあるもの。
 向かいに座って食事していたり、「お前の分な!」とでも言うかのように…。
(…キースの分のトレイを持ってて、テーブルに置いて…)
 それから椅子を引いたりもする。
 キースと「一緒に」食事するために。
 食事でなくても、コーヒーを二人で飲んでいるとか。
 とうに食事は済んだ後なのか、「水だけが」置かれたテーブルに二人でいるだとか。
(…いつもキースと一緒なわけで…)
 カフェテリア以外の場所で出会っても、キースの側には「彼」がいるもの。
 初めてキースに「出くわした」時も、サム・ヒューストンの姿があった。
 そちらの方には用が無いから、「無視して」終わりだったけど。
 ただキースだけを瞳に映して、皮肉な言葉も吐いたのだけど。
(…あれが最初で、あれからも、ずっと…)
 キースの側に「誰か」いるなら、サム・ヒューストンでしか有り得ない。
 サムと同郷で幼馴染の、スウェナ・ダールトンの姿も見掛けることはあるけれど…。
(あっちは、明らかにオマケだよね?)
 サムのオマケだ、と考えなくても分かること。
 「スウェナ・ダールトンだけが」キースの「側にいる」のは、一度も見てはいないから。
 スウェナがいるなら、サムも必ず「其処にいる」もの。
 キースがいる場所が何処であろうと、誰かが側にいるとなったら、それはサムだけ。
 「オマケ」のスウェナは、きっと「どうでもいい」のだろう。
 サムと一緒に食事をしたり、通路を歩いたりするキースにとっては。
 早い話が、サムは「キースの友達」。
 あの「キース」などに「友達」だなんて、あまりにも「らしくない」けれど。
 友の一人もいさえしないのが、似合いのように思うのだけれど。


(そっちの方が、よっぽど似合いで…)
 キースらしいよ、と考えるほどに、引っ掛かってくる「サム」のこと。
 彼の噂は「知らない」と言ってもいいくらい。
 いつもキースの側にいるから、「また、あいつなんだ」と思っていた程度。
 サムの成績が優秀だったら、そんなことにはならないだろう。
 キースとしのぎを削るくらいに、優れたエリート候補生なら噂にもなる。
 けれど聞かない、サムの「評判」。
 優秀だとも、何かの科目でキースと並ぶ成績だとも。
(……サム・ヒューストン……)
 キースの側に「いつもいる」なら、彼はどういう人物なのか。
 「マザー・イライザの申し子」で「機械の申し子」のキースが、友だと認めている人物。
(…何かあるのに違いないってね…)
 迂闊だった、と舌打ちをする。
 初めてキースに「出会った」時に「サムもいた」せいで、勘が鈍っていたろうか。
 「サムはキースとセットなんだ」とでも、ごくごく自然に思い込んで。
 その手の「無自覚な錯覚」だったら、人間、誰しもありがちなこと。
 目にした何かを「真実」のように、疑問も抱かず信じることも。
(…成人検査も、それの一種で…)
 他の候補生たちは、何一つとして疑いもしない。
 システムに疑問を持ちさえしない。
 成人検査の「前」と「後」では、「自分の中身」が違うのに。
 子供時代の記憶を奪われ、「地球のシステム」に都合よく「書き換えられている」のに。
 それと同じで、「サムの存在」を、自分は錯覚したのだろう。
 「こういうものだ」と、「キースと一緒にいるサム」を風景の一部のように。
 キースがいるなら、その近くにはサムがいるのが普通なのだ、と。
 …どう考えてみても、「そちらの方が」変なのに。
 「キースなんかに」友達がいるということが。
 誰もいないなら分かるけれども、「親友としか思えない」サムが「側にいる」のが。


 今日まで気付きもしなかったけれど、サムは「特別」なのだろう。
 キースが「友だ」と認めるからには、とびきり優れた「何か」を持っている人間。
(…まるで気付かなかっただなんて…)
 ぼくとしたことが、と机の端末に向かい、データベースにアクセスしてゆく。
 「サム・ヒューストンに関する情報を出せ」と、パーソナルデータも何もかも、全部。
 プロテクトされてはいない情報。
 何もブロックされはしないで、サムのデータは全て出揃ったのだけれども…。
(……何なんだ、あいつ……?)
 どうしてキースの友達なんだ、と信じられない思いで見てゆく。
 出身地だとか、両親だとかは、特に気にはならない。
 そういったものは「誰にでもある」し、キースにだって「もちろん、ある」。
 サムはキースと同郷ではなくて、アルテメシアの出身だけれど。
(…それは、どうでもいいんだけどね…)
 ぼくと同じ星の出身だろうが…、と「アルテメシア」の名は頭から放り出す。
 アルテメシアが故郷であっても、サムが育った育英都市はアタラクシア。
 懐かしい故郷のエネルゲイアとは違う場所。
 だから、そのことは「どうでもいい」。
 今、気にすべきは「サムの成績」。
(……下から数えた方が早くて……)
 どう転がっても、メンバーズには「なれるわけもない」成績を取っているのがサム。
 それも、このステーションに「入って直ぐ」から。
 何処かで「取り残された」わけではなくて、サムは最初から「成績が悪い」。
 E-1077に入れたことさえ、「間違いなんじゃあ?」と思うくらいに。
 同じ日に成人検査を受けた「誰か」と、ミスがあって「入れ替わってしまった」のかも、と。
 同姓同名の誰かがいたとか、プログラムが少し狂っただとか。
 誰も「ミスだ」と気付かないまま、「一般人向け」のコースと「此処」とを取り違えたとか。
(その方が、うんと自然なくらいに…)
 酷すぎるだろう、と思うサムの成績。あの「キース」とは対照的に。


 それでも、きっと「何かがある」と調べる間に、見付けた宇宙船の事故の情報。
 スウェナ・ダールトンを乗せて来た船、それと軍艦との衝突事故。
(……通信回線が切断された状態で……)
 E-1077からの救助部隊は出動しなかった。
 代わりに「新入生」だったキースと、サムの二人が向かった救助。
(…このせいで、サムと知り合ったとか…?)
 サムの成績を調べてみれば、船外活動は「得意だった」と分かる。
 優秀とまでは言えないけれども、非常事態でも、「宇宙に出られる」レベルくらいには。
(二人だけで救助に向かったんなら…)
 命を預けて、預けられもして、絆が生まれもするだろう。
 いくらキースが「機械の申し子」と呼ばれるくらいに、感情などは「無さそう」でも。
 友の一人も「いはしない」方が、似合いに思える人間でも。
(……この時以来の知り合いなわけで……)
 それなら「親友」にもなるか、とデータを辿る間に、見付けたもの。
 E-1077に入った直後の、新入生のためのガイダンス。
(…嘘だろう!?)
 握手している「サム」と「キース」の画像。
 ならば、二人は「最初からの」友。
 どういうわけだか、どういう風の吹き回しなのか、二人は此処で出会った時から…。
(……友達だったと……?)
 しかも、その後の「サム」は劣等生なのに。
 キースなら、そんな者とは「付き合いそうにない」のに。
(…何故なんだろう…?)
 どうして「友達」なんだろうか、と尽きない疑問。
 キースには、「サム」は似合わないのに。
 マザー・イライザも他の友を持つよう、キースに勧めそうなのに。
 それともキースは、「サムを友達にしている」くらいに、人間味があると言うのだろうか?
 そのようには、まるで見えなくても。
 人情などとは縁さえもなくて、「機械の申し子」の名が相応しくても…。

 

          友がいる理由・了

※キースと「友達になるように」マザー・イライザが用意したのが、アニテラでの「サム」。
 そのサムの成績は「優秀ではない」だけに、シロエ視点だとどうなるだろう、と書いたお話。







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(……厄介なことだ……)
 明日の予定も変更とはな…、とキースは深い溜息をつく。
 首都惑星ノア、其処の自室で、夜が更けた後に。
 側近のマツカは、もう下がらせた。コーヒーだけを置いてゆかせて。
 そのコーヒーも冷めそうだけれど、明日のことを思うと気が重いばかり。
 国家騎士団総司令。
 今のキースは、そういう立場。
 異例の速さで昇進してゆけば、それだけ敵も増えてゆくもの。
 このノアで、それに行く先々で、何度も練られる暗殺計画。
 狙撃だったり、爆発物を仕掛けられたり、ありとあらゆる方法で。
 そうした一つが、またも発覚したという。
 計画した者たちは既に捕まり、レベル10の心理探査を実施させている。
 精神崩壊してしまおうとも、知ったことではないのだから。
(だが、肝心の実行犯どもが逃走中では…)
 危険が去ったとは言えない。
 心理探査を実施させても、計画者たちは「実行手段」までは知らないのが常。
 政治のことしか関心が無くて、軍人としての訓練も受けていないのだから。
 彼らは、部下にこう命じるだけ。
 「目障りな、キース・アニアンを消せ」と。
 もっと言葉を並べるのならば、「手段は選ばん」とでも、「任せる」とでも。
 それで終わりで、後は「朗報を待つ」だけのこと。
 「キース・アニアンの暗殺に成功しました」と、部下の誰かが告げに来るのを。
(…そんな奴らを逮捕してみても…)
 本当のことは何も分からん、と苛立たしくなる。
 実行犯たちが全て捕まるまで、「キース」は自由に動けはしない。
 暗殺の危険がありそうな場所は、悉く避けて通るもの。
 たとえ演習の視察であろうと、開発中の兵器の実験、それが行われる時であろうと。


 そのせいで、明日の予定も狂った。
 一つ予定を変更したなら、他の予定も次々に変わる。
(……サムの見舞いに行きたかったが……)
 それも行けなくなってしまった。
 何日も前から「この日にゆく」と部下たちに告げて、警備の予定を立てさせたのに。
 幾つものルートを用意させた上で、「見舞いに行ける」筈だったサム。
 病院に着いてしまいさえすれば、部下たちを暫し遠ざけておいて、サムと話が出来るのに。
 サムにとっては、「キース」は「赤のおじちゃん」でも。
 E-1077で友だった頃と同じ調子で、「キース」と呼んでは貰えなくても。
(…サムの見舞いに出掛けるだけでも、今の私には自由など無いな…)
 ジルベスターに向かう前なら、一人で見舞いに行けたのに。
 任務の合間に、自分で車を運転して。
 上級大佐になった後でも、今よりは自由に動けたのに。
(国家騎士団総司令などと言われても…)
 不自由なものだ、としか思えはしない。
 暗殺計画がどうであろうと、実行犯が逃げていようと、今の立場でなかったら…。
(どうとでも動けていたのだろうな…)
 上級大佐くらいだったら、「代わりの人材」は幾らでもいる。
 「キース」が暗殺されて消えたら、他の誰かが昇進するだけ。
 もう直ぐにでも、グランド・マザーが「この者にせよ」と選び出して。
 新しい「上級大佐」が来たなら、何もかも、何処も変わりはしない。
 「キース」が上級大佐だった頃と、まるで全く。
 ただ少しばかり、「やり方」などが違っているとか、部下の顔ぶれが変わる程度で。
(…誰が上級大佐であろうが…)
 地球のシステムは変わりはしないし、マザー・システムも不変のまま。
 それまで通りの日々が続いて、「キース」は忘れ去られるのだろう。
 国家騎士団の者たちからも、ジルベスター以来の部下たちからも。
 「キース」を上級大佐に選んだ、グランド・マザーのメモリーバンクからさえも。


 けれども、今は「そうはいかない」。
 地球のシステムも、マザー・システムも、「キース・アニアン」を失えない。
 「国家騎士団総司令」などという、肩書を持っていなくても。
 未だ「上級大佐」であろうと、もはや「失う」ことは出来ない命。
 「キース」の命が潰えた時には、地球も、マザー・システムまでもが失う「未来」。
 それを知る者は、「キース」の他には、誰一人いないのだけれど。
(…知っていたなら、暗殺計画を立てるどころか…)
 誰もが「キース」の前にひれ伏し、懸命に媚を売ることだろう。
 システムの中で生き残るために、今より以上に出世するために。
 「キース」に認められさえしたなら、どんなことでも「望みのまま」になるのだから。
 国家主席の地位を除けば、その他のものは、何もかも、全て。
 何故なら、「キース」は「作り出された」もの。
 グランド・マザーがそれを命じて、神の領域を冒してまでも。
 まるっきりの「無」から生まれた生命、マザー・イライザが「作った」存在。
 DNAという鎖を紡ぎ出すために、合成された三十億もの塩基対。
 それを繋いで作られた「キース」、マザー・イライザは「理想の子」と呼んでいた。
 サムもシロエも、「キース」を育てる糧だったとさえ。
(…私を完成させたからには…)
 もう「実験」は不要だったのだろう。
 E-1077は廃校になって、長く宇宙に捨て置かれていた。
 表向きは「候補生にMのキャリアがいたから」だけれど、その真相はどうなのか。
 「Mのキャリア」の正体はシロエ、「計算ずくで」連れて来られた者。
 ならば最初から「全てを」承知だったのだろうし、廃校などにしなくても…。
(皆の記憶を処理してしまえば、それまで通りに…)
 E-1077を維持できた筈。教育の最高学府として。
 なのに、「廃校になった」教育ステーション。
 政府の者さえ立ち入ることを許されないまま、「キース」がそれを処分した。
 自分と同じ顔の者たち、幾つもの「キース」のサンプルごと。


 あの「実験」がもう「無い」以上は、「キース」しかいない。
 ミュウとの戦いが続く世界で、「地球のシステム」の舵を取れる者は。
 SD体制を維持できる者も、マザー・システムを不動にしておける者も「キース」だけ。
 「代わりの者」は、何処からも「来はしない」から。
 同じ生まれの「優秀な者」は、何処を探しても「見付かる」わけがないから。
(…私は、命を失えない…)
 ミュウとの戦いに敗れて、処刑されたりしない限りは。
 地球を、システムを守る戦争、それで命を落とす時でも来ない限りは。
(たかが暗殺計画などで…)
 死んでしまえば、「全てが」終わる。
 この世界は「導く者」を失い、いずれ滅びてゆくしかない。
 マザー・イライザが作った「最高傑作」、「地球の子」が「キース」なのだと言うなら。
 グランド・マザーも、それを認めているのなら。
(…あの「ゆりかご」を知る前だったら…)
 遠い日にシロエが見付けた「ゆりかご」、「キース」が作られた強化ガラスの水槽。
 それをこの目で「見る」前だったら、命は「自分のもの」だった。
 まさか「失えない」ものだとは、思いさえもしないで。
 ソルジャー・ブルーとメギドで対峙した時は、命懸けでさえあったほど。
 もしもマツカが来なかったならば、巻き込まれて死んでいただろう。
 ソルジャー・ブルーがバーストさせたサイオン、青い焔に焼き尽くされて。
(私の命だと思っていたから、何をしようと自由だったが…)
 今では、それは出来ないのだ、と「ゆりかご」を目にして、思い知らされた。
 「キース」は「地球を導く者」。
 知る者は自分一人だけでも、けして変えられない「生まれ」。
 地球を、マザー・システムを「守り抜く」ために、無から作られた生命体。
 命さえも「自由にならない」ような。
 軍人のくせに、「命を落とすこと」さえ出来ない、システムに縛り付けられた者。
 それを知る者は誰もいなくても、暗殺を企てる者たちが後を絶たなくても。


 いつまで「こうして」生きてゆかねばならないのか。
 サムの見舞いにさえも自由に行けないような、不自由でたまらない日々を。
 命など惜しいと思わないのに、その「命」を失くせない生を。
(…私が「作られた者」でなければ…)
 きっと全ては違ったろうな、と虚しくもなる。
 指揮官は前線に「出ない」とはいえ、自分の場合は「違う」から。
 「キース」が命を失った時は、地球の未来が無いのだから。
 それを「知らされた」、あの日から、ずっと探している。
 この「失えない命」を「捨ててしまっても」、かまわない場所を。
 広い宇宙の何処を探しても、ある筈もない「死に場所」を。
 いつの日か、それが見付かった時は、「キース」の命は「自分のもの」。
 行き着く先が「死の世界」であろうと、もうシステムに縛られて生きる必要はない。
(……そんな場所は、きっと無いだろうがな……)
 だが、探すのは私の自由だ、と冷めたコーヒーを傾ける。
 いつか「見付かったら」いい、と。
 失えないように「定められた」命を、「捨ててしまってもいい」死に場所が…。

 

           失えない命・了

※ネタ元はマツカの台詞だったりします。「いつも死に場所を探しているような」という。
 本当に探していると言うなら、何故だろうな、と考えたらコレに。真相は不明ですけどね。







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(……成人検査……)
 あれが全てを奪って行った、とシロエは唇を噛む。
 E-1077の個室で、夜が更けた後に、一人きりで。
 もっとも、宇宙に浮かぶ「此処」には、本物の夜は無いけれど。
 中庭などの照明が暗くなるだけのことで、逆に昼間は「明るくなる」だけ。
 そのシステムが故障したなら、きっと暗闇になるのだろう。
 非常灯だけは灯ったとしても、他の明かりは失われて。
 どちらを向いても闇でしかなくて、昼か夜かも、まるで区別がつかなくなって。
(…こんな所に、連れて来られる前は…)
 朝は太陽が昇ったものだし、日暮れには沈んでいったもの。
 その「太陽」を見なくなってから、どれほどの時が経ったのか。
 両親も、家も、故郷の風や光も失くしてしまって、このステーションで暮らし始めてから。
 こうなるのだとは、夢にも思っていなかった。
 成人検査を受けた後には、「地球」に行けるかとも考えたほど。
 優秀な成績を収めていたなら、ネバーランドよりも素敵な「地球」に行けると聞いて。
(パパにそう聞いて、頑張ったのに…)
 地球に行こうと努力したのに、其処へ行ける道は茨の道。
 子供のままでは地球に行けなくて、「教育」とやらが必要になる。
 宇宙に浮かんだ「このステーション」に、四年もの間、囚われたままで。
(…でも、それだけなら…)
 そう苦しみはしなかったろう。
 どれほど講義が難しくても、課される課題や実習などが厳しい中身であったとしても。
 懸命に努力しさえしたなら、「地球への道」が開けるのなら。
 故郷で育った頃と同じに、勉強すればいいというだけ。上を目指してゆけばいいだけ。
 「地球に行ける者」として選ばれるよう、トップの成績を収め続けて。


 けれど、そうではなかった「現実」。
 エリート教育のためのステーション、最高学府と名高い「此処」。
 E-1077に入学するには、過去を捨てねばならなかった。
 両親と暮らした子供時代や、懐かしい故郷の思い出などを。
 「持っていても、過去には戻れないから」要らないのだ、と機械は冷たく告げた。
 あの憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブが、「成人検査」を施すコンピューターが。
(…ぼくは、忘れたくなかったのに…)
 忘れたいなどと願いはしないし、そうなるのだとも思わなかった。
 「子供時代」に別れを告げる日、それが「目覚めの日」だと信じて。
 地球に行けるにせよ、他の何処かへ送られるにせよ、進路が決まるというだけの日だと。
 両親には別れを告げたけれども、「いつか戻れる」と思い込んでいた。
 大人としての教育期間を無事に終えたら、故郷へと向かう宇宙船に乗って。
 アルテメシアへ飛ぶ客船のチケットを買って、エネルゲイアの宙港に降りて。
(その日まで、持っていたかったから…)
 ピーターパンの本だけを持って、後にした家。
 両親に貰った「大切な本」で、ネバーランドへの行き方が書かれた宝物。
 成人検査の日に、荷物は持って行けないけれども、「本くらいなら」と鞄に入れて。
 荷物が検査の邪魔になるなら、「何処かに置かせて貰えばいい」と考えて。
(…ピーターパンの本は、失くさなかったのに…)
 もっと大事なものを失くした。
 「捨てなさい」と命じた機械が、過去の「一切を」奪い去った。
 顔さえおぼろになった両親、まるで現実味が無い「故郷」の記憶。
 エネルゲイアの映像を見ても、「其処にいたシロエ」を思い出すことが出来ないから。
 立ち並ぶ高層ビル群の何処に、自分の家が在ったのかも。
(……成人検査が、あんなものだなんて……)
 誰も教えてくれなかったし、同級生たちも少しも疑問を抱いてはいない。
 「忘れてしまった」子供時代や、「忘れさせられてしまった」ことに。
 今の暮らしにすっかり馴染んで、マザー・イライザを「母」のように信頼したりもして。


 いったい誰が「成人検査」を考えたのか。
 子供時代と大人時代を、どうして「分けねばならない」のか。
 SD体制の要だとはいえ、まるで分からない、その「必要性」。
 「子供時代の記憶を持ったまま」では、何が「いけない」と言うのだろうか。
 子供が子供でいられる世界は、遠い昔に、「地球」に確かにあったのに。
 ピーターパンの本の中にも、それが書かれているというのに。
(……ずっと大人にならない子供は……)
 社会の役には立たないとしても、「悪い」わけでもないだろう。
 それが「良くない」ことであったら、「ピーターパン」は「好かれはしない」。
 ピーターパンの本もそうだし、その主人公の「ピーターパン」も。
 本は誰にも好まれないまま、とうの昔に消えていた筈。
 作者が本を出版して直ぐに、書店で少しも売れはしないで、「邪魔だ」と全て捨てられて。
 書いた作者も「すっかりと」懲りて、原稿を破り捨てただろう。
 そうならなくても、きっと原稿は「忘れ去られた」。
 出版された本と同じで、誰にも相手にされないままで。
 時の彼方にいつの間にか消えて、塵になって風に吹き散らされて。
 けれど、「そうなってはいない」。
 ピーターパンの本も、ピーターパンも、長い長い時の流れと共に旅して、今でも「在る」。
 故郷の父も、こう言っていた。
 「ピーターパンか。パパも昔、読んだな」と、今はもう「思い出せない」笑顔で。
(…この本が、悪くないのなら…)
 今も宇宙に「在っていい」なら、どうして機械は「子供時代」を消し去るのか。
 「子供が子供でいられる世界」が、存在してはならないのか。
 子供は誰でも、いつか「大人」になるものだけれど…。
(…ネバーランドに行けなかったら、大人になるしかないけれど…)
 「子供の続き」に「大人になる」のと、途中でプツリと「切れる」のは違う。
 子供時代の記憶を消されて、全てを「忘れ去る」のとは違う。
 ずっと昔は、子供の続きに「大人の世界」があったのに。
 そういった具合に「大人になる」なら、諦めようもあるというのに。


 いつしか自分が「忘れ去る」のと、無理やり「忘れさせられる」のは違う。
 自分が忘れてゆくのだったら、それは「自分には、もう要らない」から。
 昨日までは役に立ったことでも、今日からは違うということもある。
 エネルゲイアでは技術を主に学んだけれども、E-1077では「役に立たない」ように。
 機械いじりが得意であっても、メンバーズには「なれない」ように。
(…そんな風に、自分で選んでいって…)
 ある日、気付いたら「子供時代」は遠くに消えているかもしれない。
 成人検査などが無くても、自分で「勝手に」大人になって。
 子供の心を忘れてしまって、幼い子供を前にしたって、その子の気持ちが分からないほどに。
(きっと、昔は…)
 ピーターパンの本が「書かれた」頃には、そうだったろう。
 それよりも後の時代にしたって、子供は「子供時代の続きに」大人になっていったのだろう。
 「これは要らない」と、色々なことを忘れていって。
 大人の世界の決まり事だの、考え方だのに「染まっていって」。
(……今の時代も、そうだったなら……)
 きっと自分は「苦しんでいない」。
 故郷の星を遠く離れて、このステーションに「連れて来られて」いても。
 ピーターパンの本だけを持って、この部屋で一人きりの日々でも。
 機械が全てを「奪わなかったら」、心の中には「父」と「母」の顔があったろう。
 懐かしい故郷の風や光も、鮮やかに思い出せたのだろう。
 二度と帰ってゆけないとしても、両親には二度と会えなくても。
 此処を卒業する時が来ても、両親も、故郷も、「手が届かないもの」であっても。
(……全部、覚えていたんなら……)
 二度と戻れない日々であっても、きっと心の支えになった。
 辛い時には思い浮かべて、幸せだった頃に思いを馳せたりもして。
 それが出来たら、今よりもずっと、「セキ・レイ・シロエ」は頑張れたろう。
 機械を憎んでばかりいないで、「地球への道」を歩み続けて。
 そうする間に、故郷の記憶が薄れたとしても。…両親の顔を思い出す日が減っていっても。


(……その方が、ずっと……)
 合理的だし、人間的だと思うのに。
 「シロエ」は優秀な成績を収め続けて、苦しみのない日々を送っていたろうに。
 成人検査が「子供時代」を奪わなければ、「過去の記憶」を無理やりに消していなければ。
(…どうして、成人検査なんかが…)
 あると言うのか、それは「何のために」必要なのか。
 誰が考え、誰が機械に「そうするように」と、あのプログラムを組み込んだのか。
(……全ては、地球を蘇らせるためで……)
 SD体制も「そう」だと教わるけれども、いくら考えても「分からない」。
 成人検査が必要な「理由(わけ)」が、「子供」と「大人」を分けてしまう意味が。
 遠い昔は、子供の続きに「大人の世界」があったのに。
 永遠に大人にならない子供が、ピーターパンが生まれて来たほどに。
(…このシステムを作った奴らは……)
 どんな大人で、どんな考えを持っていたのか、誰が「彼らを育てた」のか。
 「きっと機械だ」と、有り得ないことを考えたくもなる。
 彼らが「子供の続き」に「大人になった」のであれば、こんな惨いことは出来ないから。
 彼らにも「親」がいたのだったら、成人検査を考え付くとは思えないから。
 けれど、そうでは「有り得ない」から、辛くなる。
 こんな時代を作った「大人」は、「子供の続きに」大人になれた者たちだから…。

 

         子供の続きに・了

※成人検査で「過去を消す」意味が、イマイチ分からないのがアニテラ。SD体制が緩すぎて。
 ピーターパンは禁書でも変じゃないのに、堂々とあるし…。シロエでなくても謎だらけ。









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(……全て、プログラムだったと言うのなら…)
 もしかしたら、とキースの脳裏を掠めた思い。
 首都惑星ノアに与えられた個室、其処で一人きりで過ごす夜更けに。
 側近のマツカはとうに下がらせ、冷めたコーヒーだけが残っているのだけれど。
 それを傾け、「ゆりかご」のことを考えていたら、ふと気付いたこと。
 フロア001、E-1077に在った、シークレットゾーン。
 シロエに「行け」と言われていたのに、在学中には「辿り着けなかった」。
 恐らくは、「来ていなかった」時期。
 「キース」が其処に立ち入るためには、一定の期間が要ったのだろう。
 何故なら、全ては「プログラムされたもの」だったから。
 フロア001で見た、強化ガラスで出来た水槽。
 その「ゆりかご」で育った「キース」の人生、水槽から出ても「育てられた」。
 マザー・イライザの計算通りに、ありとあらゆる事象や「人」まで「用意されて」。
(…三十億もの塩基対を…)
 無から合成して、繋いで、紡ぎ上げられたDNAという名の鎖。
 そうして「作り上げた」キースを、「十四歳まで」水槽の中で「育てた」機械。
 養父母や教師に「邪魔をされずに」、完璧な人間に成長するように。
 その水槽から出した後にも、機械は同じに「教育した」。
 入学して間もない頃に起こった、宇宙船の事故。
 スウェナ・ダールトンも「巻き込まれた」それは、マザー・イライザが起こしたもの。
 管制システムを乗っ取った上で、軍艦を許可なく発進させて。
 民間人が乗っている船にぶつけて、乗員たちを「キースに救わせる」ために。
(私が救助に失敗したなら、誰一人として助からなくて…)
 スウェナを乗せた船は、E-1077の区画ごと、パージされていただろう。
 初期型の船に搭載されたエンジンは、セーフティーシステムが脆い。
 事故を起こせば、反物質が漏れ出すことになるから。
 区画ごと船をパージしないと、対消滅でE-1077までが「消える」結末。
 そうならないよう、マザー・イライザは、乗員ごと船を「宇宙に」捨てたのだろう。
 キースとサムが「乗員を全員救助した」後、空の船をパージしたのと同じに。


 あの船に乗っていた、候補生たち。
 彼らの命さえも「キースを育てる」ための材料、機械は何も迷いはしない。
 そんな「事故」まで起こすほどだし、「キースを取り巻く友人」たちをも「選び出した」。
 ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと「接触のあった人物」を二人。
 アタラクシアで育った、サム・ヒューストンと、スウェナ・ダールトンを。
 彼らと「キース」が「出会う」ようにと、E-1077の候補生にして。
(…それに、シロエだ……)
 ミュウ因子を持った人間だから、と「選び出された」下級生。
 マザー・システムに反抗的だったシロエも、「キースのために」と選ばれた者。
 彼との出会いも、成績争いも、最後にシロエを「処分させた」ことも、全てプログラムの内。
(……シロエは、そのためだけに連れて来られて……)
 暗い宇宙に散ったのだけれど、その「シロエのこと」が引っ掛かった。
 キースが何処で作られたのか、「ゆりかご」の在り処を探り当てたのもシロエ。
 そのこともやはり、マザー・イライザの計算で、「プログラム」だったのだろう。
 シロエは答えを得たのだけれども、キースが「答え」に辿り着くには、早すぎた「時」。
 E-1077を卒業するまでに、何度挑んでも、フロア001には「行けない」まま。
 邪魔が入ったり、通路が封鎖されていたりもして。
(…そして、ようやく「時」が来たわけで…)
 廃校になったE-1077で「知ることになった」、自分の生まれ。
 シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所、水槽の中で「作られた」キース。
 マザー・イライザの理想の子として、「地球の子」として。
 他のサンプルとは違う「最高傑作」、そう位置付けられ、未来の指導者として。
(……私を作り上げるまでには……)
 水槽の中で、大量の知識を流し込んでいたに違いない。
 本来だったら、育英都市で「学ぶべきこと」や、他にも色々。
 どんな人間よりも「優れた頭脳」を持った人間、それが「完璧に」仕上がるように。
 他の誰にも負けない成績、まさしく「機械の申し子」として。
 マザー・イライザが誇る子として、誰よりも「優れた」者になるよう。


 そうやって「作り出された」キース。
 E-1077始まって以来の秀才、そう称えられて当たり前。
 機械が「完璧に」教育したなら、誰も「キース」に及びはしない。
 どれほど優れた人間だろうと、「マザー・イライザの申し子」に勝てるわけもない。
(…しかし、シロエは……)
 私に勝った、と今でも思い出せること。
 自作のバイクに乗ったシロエが、得意そうに告げに来ていた「あの日」。
 バイクの後ろに、ツインテールの少女を乗せて。
(…亜空間理論と、位相力学の成績は…)
 「抜かせて頂きました」と、シロエは「事もなげに」言った。
 それが最初で、シロエは「幾つ」塗り替えたことか。
 E-1077始まって以来の秀才、キース・アニアンが取った成績を。
 同じ講義や実習などで、シロエが「試験」を受ける度に。
(……機械が作った、私を抜くなど……)
 どう考えても、「並みの人間」には不可能なこと。
 いずれメンバーズに選抜される者であっても、「抜き去る」ことは困難だろう。
 ただの一教科だけのことでも。
 講義だろうが、実習だろうが、一つでも「抜く」のは難しい筈。
 よほどツイていたか、「まぐれ」で抜ければ、きっと上等。
(なのに、シロエは…)
 幾つもの科目で、「キース」を抜いた。
 シロエが「同じ試験」を受ければ、当然のように、キースが立てた「記録」を抜き去って。
 それをシロエが「やっていた」なら、シロエの頭脳は「恐るべきもの」。
 「機械に作られた」わけでもないのに、「教育されてもいなかった」のに、優秀だった頭脳。
 いったい、シロエの「実力」は、どのくらいあったのか。
 「ミュウ因子」を持っていなかったならば、彼は「何処まで」行けたのか。
 機械が作った「キース」に処分されることなく、教育を受け続けていったなら。
 「キースの成績」を端から塗り替え、E-1077をトップで卒業して行ったなら。


(……国家騎士団総司令……)
 今のキースが就いている地位、それはシロエのものだったろうか。
 キースよりも「優れた頭脳」を持つなら、そうなっていても不思議ではない。
 マザー・イライザが推したところで、「セキ・レイ・シロエ」の方が優れていたならば…。
(…グランド・マザーが選び出すのは、シロエの方になっただろうな…)
 たとえシロエが、「システムに反抗的」であろうと。
 SD体制を平気で批判し、辛辣な皮肉を吐いているのが常であろうと。
 シロエの素行がどうであっても、「優秀であれば」、キースよりも「上」。
 マザー・イライザが作った「理想の子」などは、きっとシロエの敵ではなかった。
 同じ任務を任せたならば、シロエの方が優れた成果を上げるのだから。
 メンバーズとしての戦いだろうが、後進を育て上げる立場の教官だろうが。
(…シロエは機械などに頼ることなく、育てられもせずに…)
 「キース」以上の成績を取って、E-1077で「暮らしていた」。
 彼の頭脳がどれほどだったか、今となっては、もう分からない。
 グランド・マザーに問うたところで、きっと答えを得られはしない。
 けれど、一つだけ確かなこと。
 シロエが「キース」の成績を幾つも「抜き去った」ことは、事実で真実。
 多分、シロエは「遥かに優秀」だったのだろう。
 機械が作った「理想の子」よりも、「無から作られた指導者」よりも。
(……そのシロエが、ミュウ因子を持っていたのなら……)
 ミュウというのは、人類よりも「優れた」人種になるのだろうか?
 SD体制から生まれる異分子、不純物だと言われていても。
 ミュウは「サイオンを持つ」ばかりではなくて、人類よりも優秀な種族なのかもしれない。
(……まさかな……)
 「キースをも抜いた」シロエの頭脳は、例外だったと思いたい。
 たまたま「シロエが持っていた」だけで、「ミュウ因子」とは、まるで無縁なのだと。
 そうでなければ、人類はきっと「おしまい」だから。
 ミュウが人類よりも優れているなら、彼らの存在は「進化の必然」。
 いずれ人類はミュウに敗れて、ミュウの時代になるのが「宇宙の摂理」だから…。

 

            優秀さの意味・了

※シロエが「抜いた」キースの成績。よく考えたら、「凄すぎる頭脳」の持ち主なわけで…。
 「機械の申し子」に勝てたシロエは、ミュウ因子の保持者。ミュウの方が頭脳優秀なのかも。








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(……E-1077……)
 教育のための最高学府、とシロエが挙げてみる「此処」の謳い文句。
 未来を担うエリートたちを育てる所、と「其処」の個室で。
 好成績で卒業したなら、開けるという「メンバーズ」への道。
 それに選ばれれば、「頂点に立つ」のも夢ではない。
 今は空席の「国家主席」の地位にまで「昇り詰める」ことさえ。
 そうすることが、今の目標。
 いつかメンバーズに、それを足掛かりに続ける昇進。国家主席になるために。
 歪んだ「機械の時代」を終わらせ、「子供が子供でいられる世界」を作るためにだけ。
(その時は、きっと…)
 奪われた「過去」も取り戻す。
 成人検査で消されてしまった、両親や、懐かしい故郷の記憶。
 それを機械に「返せ」と命じて、記憶が戻れば「機械を止める」。
 もう二度と、動き出さないように。…「人間」を統治できないように。
 けれど、その日は、まだずっと先で、そうなるまでには、歩むしかない茨の道。
 機械に従う「ふりをする」ことも、必要な時が来るだろう。
 此処で「逆らい続ける」ことは出来ても、この先は、きっと無理なのだろう。
 マザー・イライザならばともかく、地球に在るというグランド・マザー。
 SD体制の要の機械に、「逆らう」ことは得策ではない。
(……ぼくも、いずれは……)
 マザー牧場の子羊なんだ、と唇に浮かべる自嘲の笑み。
 自分では「違う」と分かっていたって、周りの者は気付きはしない。
 上官も、それに同僚たちも。
 「自分たちと同じに」敬礼している「シロエ」を見ては、「正しい」と思うことだろう。
 SD体制に、グランド・マザーに、とても忠実な「メンバーズ」。
 あれでこそ出世も出来るものだと、「我々も、あのように在らねば」と。


 なんとも皮肉で、忌まわしくなる「シロエ」の未来。
 誰よりも「機械」を嫌っているのに、「従うふり」をするなんて。
 いつの日か「機械に」牙を剥くまで、大人しい「羊」として過ごすなんて。
(……でも、そうするしか……)
 ぼくには道が無いんだから、と考える度に、「今は、まだマシ」なのだと思う。
 マザー・イライザに逆らい続けて、何かと言えば「コールされる」日々。
 コールの度に、「何かを失くして」しまおうとも。
 「心が軽くなった」と感じる代わりに、「思い出せない過去」が増えても。
 そう、此処でならば、「相手」はマザー・イライザだけ。
 今も憎んでいる、成人検査の時の機械と、どちらが「上」かは分からないけれど。
(……テラズ・ナンバー・ファイブ……)
 アレの方が「マザー・イライザ」よりも上か、あるいは下に位置しているのか。
 まだ「其処までは」習っていないし、想像の域を出ないけれども…。
(…きっと、あの機械は、グランド・マザーの……)
 直属なのに違いない。
 マザー・イライザは、「エリートを育成するための」此処を統治するだけ。
 けれども、テラズ・ナンバー・ファイブは違う。
 成人検査を受けた「子供」を振り分け、あちこちの教育ステーションに送り出す。
 E-1077の他にも、幾つも存在するステーション。
 「一般市民」を育てるものやら、「養父母」を育成する場所やら。
 つまり「子供の未来」を決めては、「送り出す」のがテラズ・ナンバー・ファイブ。
 どういう子供が「何の仕事に向いている」のか、その適性を見極めて。
 SD体制の時代においては、「進路は機械が決める」もの。
 「メンバーズになれる、優秀な子供」を、「一般人向け」のコースに送りはしない。
 その逆も、また「有り得ない」こと。
 ましてミスなど許されないから、テラズ・ナンバー・ファイブの権限は、きっと…。
(……マザー・イライザよりも、遥かに上で……)
 グランド・マザーから、「直接」指示も受けるのだろう。…「こうするように」と。


 マザー・イライザの役目は、「育てること」だけ。
 E-1077に「送られて来た子」を、未来のエリートにするべく、「立派に」。
 その段階に至る前には、テラズ・ナンバー・ファイブが「振り分ける」。
 「この子は、此処だ」と、行くべき教育ステーションを決めて。
 有無を言わさず記憶を「処理して」、其処へと向かう宇宙船に「乗せて」。
(…ぼくも、そうやって……)
 E-1077に「運ばれて来た」。
 成人検査が「いつ終わった」のかも、定かではない「記憶」を抱えて。
 大切なピーターパンの本だけを手にして、漆黒の宇宙を此処まで旅して。
(……いい成績を取っていたなら、ネバーランドよりも……)
 もっと素敵な「地球」に行けると、大好きだった父が教えてくれた。
 今は顔さえぼやけてしまって、思い出せない「優しかった」父が。
 「シロエなら、行けるかもしれないぞ」と、両腕で、高く抱き上げて。
 そうして、母が笑っていた。
 「親馬鹿なんだから」と、それは可笑しそうに。
 その母の顔も「思い出せなくて」、何もかも機械に奪い去られた。
 けれども、今も「忘れてはいない」。
 父から「地球」を教えられた日を、「地球に行きたいな」と夢を抱いた日を。
 ネバーランドよりも素敵な場所なら、いつか「この目で」見てみたい。
 いい成績を取り続けたならば、きっと地球への道が開ける。
(…そう思ったから、頑張って……)
 それまで以上に、重ねた努力。
 単に「頭がいい」だけの子では、「行けなくなる」かもしれないから。
 他の子たちとは違う能力、それを身につけなければ、と。
(エネルゲイアは、技術関係のエキスパートを育てる育英都市で……)
 とても「エリート」には繋がらない、と子供心にも分かっていた。
 エネルゲイアでは「頭が良くても」、宇宙全体では「通用しない」ことだってある。
 ならば、他の子たちより「抜きん出る」ことが、きっと大切だろうから。


 そう気付いてから、磨き続けた「自分の能力」。
 同じ機械を相手にするなら、皆よりも高い技術を、と。
 コンピューター相手の作業だったら、才能を問われる「ハッキング」など。
 何か機械を作るのだったら、「より精密で」高度なものを。
(ずっと頑張って、頑張り続けて…)
 地球に行く日を夢見ていたのに、気付けば「此処に」連れて来られていた。
 両親も、故郷の記憶も「消されて」、ピーターパンの本だけを持って。
(……何もかも、全部、機械が決めて……)
 シロエは「選び出された」けれど、「努力次第で」地球にも行けるのだけれど。
 それと引き換えに「失くした」過去。
 顔さえぼやけてしまった両親、もう鮮やかには思い出せない「故郷」の風や光などや。
 このステーションに来ていなかったら、「何かが」違ったかもしれない。
 機械が処理する「過去の記憶」が、今とは違う内容になって。
(…技術者だったら、今と大して変わりはなくても…)
 一般市民に選ばれていたら、どうなったのか。
 「シロエの能力」が「とても低くて」、養父母向けの教育ステーションへと送られていたら。
(…養父母は、子供を育てるんだし…)
 子供が「どういう風に」育つか、それを教わることだろう。
 自分の所に「届けられて来た」赤ん坊を育て、十四歳になるまで「面倒を見る」のだから。
(……子供を育ててゆくんだったら……)
 子供時代の記憶が「まるで」無ければ、話にならないかもしれない。
 教育ステーションで教えるよりかは、「幾らかは」記憶を消さずに残すのかもしれない。
 その方が、きっと便利だろう。
 彼らを「教える」教官たちだって、そのステーションを統べるコンピューターだって。
 「何も覚えていない」よりかは、「基礎になる記憶」。
 赤ん坊はともかく、幼い子供には、こう接するのが「望ましい」とか。
 もう少し育った子供だったら、「このように叱るべき」だとか。
 その可能性は、大いに有り得る。…全てを消すより、「目的別に消してゆく」方が。


(……だったら、ぼくは……)
 道を間違えたんだろうか、と冷えてゆく背筋。
 もしも「シロエ」が、どうしようもなく「成績の悪い子供」だったら、と。
 養父母にしか「なれない」能力、それしか「持っていなかった」なら。
 技術者の道を歩みはしたって、単なる「子供の父親」としての、職業が技術者だったなら。
(…ぼくは、何もかも忘れる代わりに……)
 もっと覚えていたのだろうか、両親と過ごした子供時代を?
 懐かしいエネルゲイアにしたって、いつか養父母として「妻」と一緒に赴いた時に…。
(子供の頃は、此処で遊んだとか、あっちに行ったら何があるとか…)
 ごくごく自然に思い出せるよう、記憶は「残っていた」かもしれない。
 エネルゲイアの出身ではない「妻」を、あちこち案内してやれるように。
 託された子供が育ち始めたら、「パパも昔は…」と、色々なことを話せるように。
(……そうだったなら……)
 ぼくは自分の首を「自分で」締めただろうか、と恐ろしくなる。
 いつか「機械を止める力」を、「グランド・マザーに従い続けて」得るよりも…。
(…何の能力も持たないシロエで…)
 ただの「養父」になっていたなら、全てが違っていたかもしれない。
 もう、その道は「歩めない」けれど。
 E-1077に来てしまった今は、何もかも、とうに「手遅れ」だけれど。
 「シロエ」は道を間違えたのか、と零れ落ちる涙。
 努力した結果が「これ」だとしなら、あまりにも惨い結末だから。
 機械に従う道をゆくより、両親の顔を、故郷を、「シロエ」は覚えていたかったから…。

 

          間違えた道・了

※原作に比べて「ゆるい」アニテラのSD体制。スウェナがジョミーの両親を覚えているとか。
 だったら、記憶の処理が「目的別」でも変じゃないよね、と。…ホントに有り得る。









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