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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(…思った以上に、数は多いというわけか…)
 ミュウ因子の保持者というモノは…、とキースが心でついた溜息。
 旗艦ゼウスの指揮官室で、ただ一人きりで。
 ミュウの艦隊を迎え撃つべく、ソル太陽系に展開させた人類軍の船。
 かつてない規模の艦隊だけれど、果たしてミュウに勝てるのかどうか。
 首都惑星のノアを放棄してまで、捨て身の戦法に出てはみたものの…。
(…人質まで使うことになるとはな…)
 ジュピター上空にある、ミュウの強制収容所。
 コルディッツの名で呼ばれる「それ」。
 ノアへの入国審査などで「発覚した」ミュウ因子の保持者たち。
 彼らを送る施設といえども、今は「それだけではない」、其処に収容された者。
(……ジャンもあそこに……)
 送ったからな、と忠実だった部下を思い浮かべる。
 パスカルよりも大柄なジャンは、優秀な国家騎士団員の一人でもあった。
 「国家騎士団総司令」に対する数々の暗殺計画、それに関わった人物の処理を任せたほどに。
 パスカルと組ませて、レベル10の心理探査の実施に当たらせたり、といった具合に。
 けれど、そのジャンは「もういない」。
 念のためにと、ソル太陽系に布陣する前に、下士官たちに行った検査。
 ミュウ因子を保持しているのか、否か。
 引っかかる者など、いない筈だと思っていたのに…。
(…ジャンと、マードック大佐の部下が数人と…)
 他にも何人もの「軍人たち」が、「ミュウ因子の保持者」と判明した。
 彼らの行先は、一つしかない。
 ミュウ因子を持っているというなら、「処分される」か、強制収容所に「送られる」か。
 ジュピター上空のコルディッツに行くか、その場で撃ち殺される以外に道はない。
 彼らを閉じ込めてある「コルディッツ」さえも、駒に使うことになるミュウとの戦い。
 ミュウの艦隊が地球を目指すのであれば、コルディッツをジュピターに落下させる。
 そういう脅しで、ミュウ因子の保持者は格好の人質。
 ソルジャー・シンが「どう出てくる」かは、ともかくとして。


 ミュウの艦隊を指揮するソルジャー。
 かつて出会った、ジョミー・マーキス・シン。
 ジルベスター・セブンで会った頃の彼は、「まだまだ甘い」人間だった。
(…甘すぎるとまで思ったものだが…)
 あれでは、とても人類軍とは戦えまい、と思ったほどに。
 捕えた「キース」に尋問はしても、「それ以上」は考え付かなかったらしい。
 拷問はおろか、人質に取って有効活用することさえも。
(…もっとも、たかがメンバーズの一人くらいを…)
 人質にしても、結果は知れていただろう。
 他に「いくらでも代わりはいる」から、メギドの炎は容赦なく彼らを滅ぼした筈。
 彼らが「キース」を盾に取っても、他の誰かが指揮官になって、「キースごと」。
(…マードック大佐にでも、可能だったろうな…)
 艦隊の指揮権を彼に任せて、「キースごと撃て」と命令したなら、実行された。
 グランド・マザーが「それ」を望むなら、メギドが直接、送られて来て。
 「代わりのメンバーズ」は着任しなくても、ソレイドの最高責任者として、指揮すればいい。
 目標はジルベスター・セブン、とだけ決めて。
 「キースごと」滅ぼすことになっても、モビー・ディックも、あの赤い星も撃って。
(…グランド・マザーが、どう出たのかは分からないがな…)
 ジルベスターの頃には、自分でも「全く知らなかった」生まれ。
 人類の指導者となるべく、「無から作られた」生命体。
 それが「キース」なら、グランド・マザーが「惜しんだ」可能性もある。
 代わりになれる者は「誰もいない」だけに、モビー・ディックごと撃てはしなくて。
(…ジョミーが、私を人質に取れば…)
 時間稼ぎは出来たのかもしれない。
 あるいは「無傷で」、ジルベスター星系を後にすることも。
 そういう選択肢もあったというのに、「甘かった」ジョミー。
 「対話」にこだわり、チャンスを逸した。
 挙句に、おめおめと「キース」を逃がしてしまって、ジルベスター・セブンを失ったほど。
 指導者としては、まだ本当に甘かったのに…。


 今のジョミーは「そうではない」。
 同じ人間なのかと思うくらいに、「ソルジャー・シン」は変貌を遂げた。
(…冷徹無比な破壊兵器か…)
 それは私の渾名だったが、と皮肉な笑みすら浮かべたくなる。
 今では「ジョミーが」そうだから。
 かつての「キース」を上回るほどの、誰もが恐れるミュウの指導者。
 降伏を告げた人類軍の救命艇さえ、容赦なく爆破してゆく男。
 いくら「キース」でも、それは「やらない」し、「やってはいない」。
(……ミュウが相手なら、そうするのだがな……)
 同じ人類が相手だった時は、降伏したなら、その命までは奪っていない。
 「冷徹無比な破壊兵器」でも、「守らなければならないこと」は存在する。
 軍規だの、他にも色々と。
 降伏した者まで殺していたなら、今、この地位に立ってはいない。
 けれど、相手がミュウであったら、話は違う。
 彼らは「処分すべき存在」、あのコルディッツに集めた輩を人質に使っているように。
 ミュウの艦隊が強引に進んで来るというなら、ジュピターに落として命を奪う。
 その作戦でゆくのだけれども、問題は「ジョミー・マーキス・シン」。
 彼が本当に「血も涙もない」指導者として立っているなら、人質などは…。
(…きっと、意味さえ無いのだろうな…)
 ソル太陽系を、地球を目指すためなら、同胞の命も無視してかかる。
 モビー・ディックを地球へ向かわせるために。
 「コルディッツを落下させる」と脅しをかけても、聞く耳さえも持たないままで。
 ただ真っすぐに「地球を目指して」、ミュウの艦隊は進んで来るだけ。
 彼らの目の前で、コルディッツがジュピターに落下しようと。
 収容されたミュウの命が、其処で潰えてゆこうとも。
(…さて、どう出る…?)
 分からないが…、と「まるで読めない」ジョミーの動き。
 「甘かった」頃のジョミーだったら、これで「効果がある」のだろうに。
 人質を前にして慌てふためき、ミュウの進軍は止まるだろうに。


 そうならないかもしれない「今」。
 ソルジャー・シンは進軍を続け、コルディッツは「無駄になる」ことも起こり得る。
 ただジュピターに落下するだけで、収容者たちが「死んでゆく」だけで。
 あそこに送られたジャンや、マードック大佐の部下たちの命が奪われるだけで。
(…そうなれば、ジャンは無駄死にか…)
 ミュウ因子さえ持っていなければ、今も活躍していたろうに。
 これから先のミュウとの戦い、其処でも大いに役立ったろうに。
 それを思うと「惜しい」し、「無駄死に」だとさえ考えてしまう。
 ジャンが「ミュウ因子の保持者」だったからには、「ミュウと同じ」なのに。
 戦い、倒すべき「敵」だというのに、彼を「無駄死に」だと思うなどとは…。
(……私も甘くなったものだな……)
 かつてのジョミーを笑えはしない、と冷めたコーヒーのカップを傾ける。
 「ミュウ因子の保持者だった部下」の命を惜しむとは…、と。
 コクリと飲んだコーヒーの味で、ハッタと思い出したこと。
 このコーヒーを淹れた「マツカ」はどうだったのか。
 ジルベスター以来の側近のマツカ、彼こそ生粋のミュウだと言える。
 ミュウ因子の保持者などとは違って、とうに覚醒しているミュウ。
 それを承知で側近に据えて、ミュウ因子の有無を調べる検査を実施した時も…。
(…マツカに受けさせれば、確実にミュウだと分かるのだから…)
 検査の前に「必要ない」と外しておいた。
 「キース」自身が受けていないように、「検査を受けなかった者たち」はいる。
 主に上級士官だけれども、下士官たちでも、検査実施時に特段の事情があった者たち。
 任務に忙殺されていた者や、他にも様々な理由などで。
 マツカの場合も、それに含まれる。
(…国家主席の身の回りの世話で忙しい、と…)
 理由をつけて、リストの中から外させた。
 そうして「マツカ」は、今も「此処にいる」。
 コルディッツには行かずに、旗艦ゼウスに国家主席の側近として。
 誰よりも「キース」の側近く仕え、誰にも「ミュウなのでは」などと疑われはせずに。


(……そのマツカをだ……)
 いつか「戦いが終わった時」には、どうするのか。
 ミュウとの戦いに有利だからと、「生かしている」筈の「ミュウのマツカ」を。
 人類がミュウに勝利したなら、ミュウは悉く滅ぼされるけれど…。
(…マツカを処分するというのは…)
 出来はしまいな、という気がする。
 「ミュウだ」と誰にも気付かれなければ、処分の必要は「ない」のだから。
 今と同じに側近のままで、マツカを「生かしておく」ことが出来る。
 その選択をするのだろうと、自分でもとうに分かっている。
(……ジャンは無駄死にになる、と思ってみたり……)
 マツカを「処分しないで」生かしておこうと考えていたり、「自分」は何処まで甘いのか。
 きっと今なら、「ジョミー」の方が「冷たい」のだろう。
 コルディッツをさえ見捨てかねない、冷徹なミュウの指導者の方が。
(…あいつよりも、私が甘いとはな…)
 いつの間に逆転したのやら…、と思いはしても、この生き方で後悔は無い。
 「マツカまで殺す」ようになったら、きっと「キース」は終わりだから。
 指導者としては「それで良くても」、「人として」は、きっと「おしまい」だから…。

 

            甘くなった自分・了

※アニテラのキースは、ミュウとの戦いに勝利した後は、マツカも処分だと言いましたけど。
 どう見てみたって「口だけ」なわけで、こういう話になったオチ。人間味があるキース。









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(……此処から、逃げて行けたらいい……)
 そして帰って行けたなら、とシロエの胸を占めてゆく思い。
 E-1077の個室で、一人きりの夜を迎える度に。
 成人検査で消された記憶。
 奪い去られた子供時代と、子供時代を過ごした故郷。
 其処へと帰ってゆきたいと思う。
 もう、おぼろげになってしまった過去へ。
 懐かしい過去があった故郷へ、今も両親が住んでいる場所へ。
(…でも、帰るには…)
 乗らなくてはならない、アルテメシア行きの宇宙船。
 故郷のエネルゲイアがあった雲海の星へ、飛んでゆくのだろう船が必要。
 E-1077にも、宇宙船が発着するポートはある。
 人類統合軍の宇宙船さえも出入りするなら、アルテメシア行きの船だって…。
(直行便ではないとしたって…)
 一隻くらいは、きっと入港して、また飛び去って行くのだと思う。
 此処で誰かを降ろしてゆくのか、誰かを乗せて旅立つものか。
 そのチケットを買えさえしたなら、アルテメシアに行けるのだけれど。
 アルテメシアの宙港に降りたら、エネルゲイアへの便だって飛んでいそうだけれど。
(……ぼくは、買えない……)
 故郷に帰るための、船のチケットは。
 候補生の身では買えはしないし、ハッキングなどで不正に入手したって…。
(…マザー・イライザに知られて、取り上げられて…)
 その後にコールされて叱られるか、保安部隊に取っ捕まるか。
 「ステーション、E-1077を脱走しようとした」罪で。
 謹慎を食らうか、成績を減点されるのか。
 ろくな結果になりはしないから、船のチケットは手に入れられない。
 それがあったら、故郷へと飛んでゆけるのに。
 「子供時代」があっただろう町、其処に「もう一度」立てるのに。


 けれど、叶いはしない夢。
 どう転がっても、手に入る筈もないチケット。
 ポートに出掛けて、行き先などを入力してみても。
 表示された金額に見合うだけの金を、「これだけ」と支払う意志を見せても。
(…ぼくの名前や、個人情報を入れないと…)
 けして発券されないチケット。
 漆黒の宇宙を飛んでゆく船は、ゲームセンターにあるような遊具の類とは違う。
 「人の命」を預かることになるから、「誰を乗せたか」は重要なこと。
 万一、事故が起こった時には、どのレベルまで対応するか。
 近隣にある惑星からの救助船さえ向かえばいいのか、宇宙海軍が出動するか。
(…任務の途中のメンバーズとか…)
 休暇中でも、パルテノンの元老のような「お偉方」が乗っていたなら、大変なこと。
 長距離ワープを繰り返してでも、最新鋭の船が最短距離で救助活動に向かう。
 宇宙海軍でも最大とされる、アルテミス級の戦艦だって。
(そういう判断に必要だから…)
 宇宙船のチケットを買うとなったら、名前とIDは必要不可欠。
 所属や、住所といった代物も。
 「セキ・レイ・シロエ」の「それ」を入れたら、発券は拒絶されるだろう。
 教育課程の候補生には、ステーションを離れる自由など無い。
 訓練飛行や、無重力訓練で「出る」のが限界。
 そんな人間のデータを入れた途端に、エラーになるのは目に見えている。
 保安部隊員が走って来るのか、ポートの係に取り押さえられるか。
(それを避けるのなら、ハッキングして…)
 偽の情報を入力してやれば、チケット自体は手に入る。
 「セキ・レイ・シロエ」とは違う名前や、IDなどを「偽造して」やれば。
(だけど、それを持ってポートに行けば…)
 その場でバレて、船には乗れない。
 マザー・イライザの監視が行き届いているか、厳重なチェックシステムがあるか。
 「脱走する者」が出ないようにと、ポート全体に目を光らせて。


 だから「乗れない」と分かっている船。
 此処から逃げてゆくことは無理で、逃げ出す手段さえも無い。
(…ぼくが、この手で作れたら…)
 宇宙船を、と思いはしても、其処までの技術を持ってはいない。
 エネルゲイアで学んだ範囲に、「宇宙船の設計」は含まれていなかった。
 建造技術も、学んではいない。
(独学で、それを身に付けたって…)
 きっと材料が手に入らなくて、諦めざるを得ないのだろう。
 船体に使う特殊鋼材、それが欲しくても「与えて貰える」ことなどは無くて。
 エネルギー伝導用のコイルも、何処からも入手出来なくて。
(…学ぶだけ無駄で、役に立たなくて…)
 でも…、と心は故郷へと飛ぶ。
 もう顔さえもぼやけて思い出せない両親、実感を伴わない風や光や。
 それらが「今も」あるだろう場所、どうすれば其処へ行けるだろうか、と。
(宇宙船に乗ったら、じきにワープで…)
 何十光年、何百光年といった距離を飛び越えて「其処」に向かう筈。
 此処からは遠いアルテメシアへ、エネルゲイアがある星へ。
 そうやって「ワープ」で飛んでゆくなら、欠かせないものは何なのか。
(……ワープドライブ……)
 それだ、と直ぐに出て来る答え。
 どんな小さな宇宙船でも、ワープドライブさえ積んであったら、故郷へと飛べる。
 逆に言うなら、ワープドライブさえあれば…。
(宇宙船なんかに…)
 頼らなくても飛べるのかもね、と思いもする。
 この手で「それ」を作れたならば。
 亜空間ジャンプが出来るシステム、小型のワープドライブを。
(…ぼく一人だけが、ワープ出来たら…)
 それでいいのに、と抱く考え。
 「シロエ」だけを運ぶワープドライブ、そういったものを作れたなら、と。


(…無理なんだけどね……)
 人間だけが「生身で」ワープするなんて、と理屈の上では分かっている。
 亜空間理論を学んだ今では、「絶対に無理」だと教えられもした。
 けれども、夢を描くのは自由。
 今の理論では「無理」であろうが、「遠い未来」には「違うかも」と。
 遥かな昔は、ワープさえもが「夢」だった。
 小説などに出て来るだけの、架空の航法。
 それが今では「常識」なのだし、いつか「人間が」ワープしたって不思議ではない。
(…そういう機械を作れたら…)
 いいんだけどな、と考える内に、出てくる欲。
 ワープは「時空間を越える」航法、それなら「時」を越えたっていい。
 どうせ未来のシステムだったら、其処までのことが出来ればいい。
 遠い昔から、人が夢見た「タイムマシン」。
 未だに実現しないけれども、同じ「作る」のなら、そっちがいいに決まっている。
 故郷に向かって「シロエだけ」が飛んでゆくのなら。
 とても小さなワープドライブ、それで「目指そう」と思うなら。
(……タイムマシンなら、ぼくが子供の頃にだって……)
 飛んでゆけるし、それが出来たら「変えられる」未来。
 成人検査を受けないように、過去の時間に干渉して。
 そのせいで「歴史」がどう変わろうとも、かまいはしない。
 「此処」から「シロエ」が消えたって。
 宇宙そのものが変わってしまって、「シロエ」がいなくなったって。
(…こんな風に、記憶を消されてしまって…)
 苦痛に満ちた人生を送らされるよりかは、最初から「無かった」方がいい。
 「成人検査を受けなかったシロエ」が、どうなろうとも。
 そういう「シロエ」を作ったせいで、「今のシロエ」も消え去ろうとも。
 それで充分だと思う。
 タイムマシンを「作った結果」が、自分自身の「消滅」でも。
 そんな結末を招くのだとしても、「全てを忘れて」しまわないなら。


 あればいいのに、と思うタイムマシン。
 とても小さなワープドライブ、「シロエだけを」故郷へ運べるもの。
 作れはしないと分かっていても。
 今の時代の技術や理論で、「それ」は不可能だと知ってはいても。
(……夢を見るのは、ぼくの自由で……)
 だったら、それを「形」にしたっていいだろう。
 いつかは「載せたい」ワープドライブ、「可能にしたい」タイムマシン。
 その夢を乗せて「走る」何かを作っても。
 E-1077でも「手に入る」もので、「夢の乗り物」を形にしても。
(……今は、それしか出来ないけれど……)
 やってみようか、と心に描く設計図。
 見た目は「ただのバイク」だけれども、夢の世界では「タイムマシン」になるバイク。
 ワープドライブだって搭載していて、故郷までも駆けてゆける「それ」。
 そういうバイクを「作って」乗ったら、束の間の夢が見られるだろうか。
 走ってゆける場所はE-1077の「中」だけでも。
 宇宙にさえも出られなくても。
(…ぼくの中では、タイムマシンで…)
 故郷へも走ってゆけるモノ。
 誰にも分かって貰えなくても、ただの「バイク」に過ぎなくても。
 夢を見るのは自由なのだから、「それ」を作ってみるのもいい。
 ほんの一瞬、心だけが「過去」へ飛べるなら。
 懐かしい故郷へ飛んでゆけるのなら、きっと「飛べた」気がするだろうから…。

 

         飛び越えたい時・了


※いや、シロエ、楽しそうにバイクに乗っていたよね、と思ったわけで…。何故、バイクかと。
 其処から浮かんで来たお話。シロエなだけに、こういう理由でも通りそうな気が…。









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(……マザー・イライザ……)
 あの姿は正しかったのだろうか、とキースの心を掠める疑問。
 E-1077を処分してから、もうどのくらい経ったことだろう。
 「やめて!」と叫ぶマザー・イライザを無視して、全てを闇に葬った日から。
 今はとっくにノアに戻って、一日の任務を終えた後の夜。
 側近のマツカも下がらせたから、部屋には自分一人しかいない。
 冷めかけたコーヒーを傾けていて、ふと思い出した。
 遠い昔に、E-1077で、嘲るように言われた言葉を。
(…アンドロイドじゃねえのか、と…)
 口にしていた候補生。
 今でも顔が、鮮やかに目に浮かぶよう。
 「キース・アニアンの前に現れる」マザー・イライザは、その姿だろうと嗤った彼。
 過去の記憶を持っていないことや、「機械の申し子」と呼ばれる頭脳を詰るかのように。
(あの時は、気にも留めなかったが…)
 もしかしたら、と今、気付かされた。
 「あれは真実だったろうか」と。
 自分が「見ていた」マザー・イライザ、その姿は「アンドロイド」であったろうか、と。
(……ミュウの女……)
 フロア001で、「キース」の向かいに並んでいた水槽。
 それに収められたサンプルの「女性」、どれも「ミュウの女」にそっくりだった。
 ミュウたちの母船、モビー・ディックに捕らえられた時、出会った女に。
(…マザー・イライザかと思ったくらいに…)
 あの女は、「マザー・イライザ」に似ていた。
 それはそうだろう、「キース」は長年、「サンプル」を見て育ったのだから。
 強化ガラスの水槽の中から「見ていたもの」は、あのサンプルたち。
(…見る者が、親しみを覚える姿で…)
 現れるのが「マザー・イライザ」ならば、自然とそうなる。
 「キース」が「知っていた」女性は、他には誰もいなかっただけに。


 フロア001に立っていた時、微かに「過去」の記憶が戻った。
 水槽の中に浮かんで、ガラスの向こうの研究者たちを「見ていた」記憶。
 女性の研究者も混じっていたのだけれども、彼らは常にいたわけではない。
 一日に何度か、あるいは数日に一度だったのか、「キース」を確認しに来ただけ。
 生育状況やら、他の様々なデータなどを。
(…そんな連中の顔よりは…)
 たとえ息絶えた「サンプル」だろうと、「ミュウの女」を憶えるだろう。
 これが「一番、近しい者」だと、脳が記憶することだろう。
 その結果として、マザー・イライザの姿は「ミュウの女」に似た。
 「キース」が親しみを覚える姿を取るのなら、それが相応しいから。
 ただ……。
(…私が見ていた、マザー・イライザは…)
 いつも黒い色のロングドレスを身に着け、床に届くほどに長い黒髪。
 「ミュウの女」は金髪だった所を、まるで違っていた髪の色。
(…私の目に映るマザー・イライザは、アンドロイドだろうと…)
 候補生の一人が詰っていた時、彼らの話題は何だったか。
 マザー・イライザについての話だったけれど、彼らが「見ていた」マザー・イライザは…。
(故郷の母やら、恋人やらに似ていると…)
 そうして「現れた」マザー・イライザは、どれも「黒髪」だったのだろうか。
 どのイライザも、同じに「黒いロングドレス」を着ていたろうか…?
(……母親の姿ならば、ともかく……)
 年若い「恋人」の姿を取るのに、あのドレスは「似合いの服」なのだろうか…?
 とても似合うとは思えないだけに、「違う」と否定する心。
 「故郷の母」の姿を真似る時にも、きっと服まで真似たのだろう。
 その候補生を育てた母親、「彼女」が好んでいただろう服。
 それまで「そっくり真似ない」ことには、「こうではない」と拒絶されるだけ。
 親しみを覚えて貰うどころか、逆に嫌われさえしただろう。
 そうならないよう、マザー・イライザは注意を払っていた筈。
 そして「キース」の瞳に映っていた、「マザー・イライザ」は…。


(…ミュウの女に似ていた姿で、コンピューターの映像らしく…)
 頭の部分に「機械の端末」らしき「何か」を着けていた。
 両耳を覆って、それらを繋ぐコードかアンテナのように、頭の上にあった半円形の輪。
 「誰のマザー・イライザ」にも、あの不思議な「機械」は付いていたのだろうか?
 機械の映像めいて見えた「それ」を、マザー・イライザは常に伴って現れたろうか…?
(…母親や、恋人の頭などに…)
 あんな「機械」が付いていたなら、誰も親しみを覚えはしない。
 「これは機械だ」と、「マザー・イライザの幻影なのだ」と、強く認識するだけで。
 それでは「マザー・イライザ」は、「役目」を果たせはしない。
 候補生たちの「心」の奥深くにまで入れはしないし、彼らを導くことも出来ない。
 彼らが「心」を許さない限り、操れはしない深層心理。
 記憶処理などは可能であっても、「心」を解きほぐすことは出来ない。
 深く、深く「入り込んで」行って、それを「掴む」ことが出来なければ。
 彼らの心に直接触れて、「こうあるべきだ」と道を示したり、誤りを正してやれない限りは。
(……機械なのだ、と思われたなら……)
 誰もが身構えることだろう。
 マザー・イライザにコールされただけでも、大きな失点。
 更なる失点を増やさないよう、誰でも「自分を取り繕う」もの。
 「マザー・イライザ」の前に出たなら。
 コールを受けて、心を見せるようにと促されたら。
(…特に訓練を受けた者でなくても…)
 己の心を「見せたくない」と考えるだけで生じる、一種の心理防壁。
 それを築くのは簡単なことで、「嫌だ」と思うだけでいい。
 候補生たちが「そう思った」ならば、マザー・イライザは「心に入り込めない」。
 強引にこじ開け、入ったとしても、激しい抵抗があることだろう。
 彼らが「隠しておきたい思い」を「修正」したなら、きっと歪みが残る筈。
 マザー・イライザに対する不信感としてか、あるいは「システム」を疑い始めるか。
 それでは「まずい」し、「マザー・イライザ」は、あくまで「母」でなくてはならない。
 母でないなら「恋人」などで、けして「機械ではない」存在。


 そう考えてゆくほどに「不自然」な、「キース」の「マザー・イライザ」。
 明らかに「機械の映像」だと分かる、彼女の頭に「いつも、あった」輪。
 耳を覆っていた機械。
(…やはり、私のマザー・イライザは…)
 遠い昔に嘲られた通り、「アンドロイド」であったのだろうか。
 他の者たちが見ていた「マザー・イライザ」の頭に、ああいった「機械」は無かったろうか。
(…今更、確認のしようもないが…)
 E-1077は、この手で処分してしまった後。
 グランド・マザーには「尋ねるだけ無駄」で、あの紫の瞳が瞬くだけだろう。
 「そのようなことを、知ってどうするのだ?」と、まるで抑揚のない声がして。
 そして「自分」は、返す言葉を持たないのだろう。
 知ったところで、益のないこと。
 「キース・アニアン」が見ていた「マザー・イライザ」が、何だったのかは。
 他の候補生たちが出会った「マザー・イライザ」、それは皆、「機械ではなかった」としても。
 サムも、シロエも、「母に似た人」を、其処に見ていただけだとしても。
(……だが、恐らくは……)
 誰も「機械の映像」などを見てはいまい、と確信に近い思いがある。
 E-1077での「マザー・イライザ」の役割、それを数えてゆくほどに。
 全ての候補生たちの「母親代わり」で、システムへの疑問を「抱かせない」もの。
 彼らの心に生まれた疑問や、疑惑を端から解きほぐしては、「答え」を与えて。
 「こうあるべきだ」と道を示して、彼らを正しく導くもの。
 誰も「機械」には「ついてゆかない」。
 マザー・システムを「理解する」ことと、システムを「受け入れてゆく」ことは別。
 だから「機械」は「親しみを覚える姿」で現れ、抵抗感を持たれないようにする。
 「マザー・イライザ」は、「アンドロイドであってはならない」。
 どの候補生が目にしようとも、「母親」や「恋人」の姿であらねばならない。
 「キース・アニアン」が見ていたような姿は論外、頭に「機械」をつけてなどいない。
 一目で「機械だ」と分かる姿では、誰も「ついてはゆかない」だけに。


(……私のマザー・イライザだけが……)
 ああいう「姿」だったのだろうな、と唇に浮かんだ自嘲の笑み。
 遠い日に詰られた言葉は、「真実」だったのかと。
 フロア001など「知る筈もなかった」候補生の一人が、投げ掛けた言葉。
 「あいつのマザー・イライザは、アンドロイドなんじゃねえの?」と、馬鹿にするように。
 けれども、それが「言い当てた」らしい、「本当のこと」。
 「キース」が見ていた「マザー・イライザ」は、明らかに「機械」だったから。
 他の候補生たちや、サムやシロエの「マザー」は、「人間」の姿だっただろうから。
(……本当に、機械の申し子ではな……)
 無から作られた生命ではな、と今頃になって気付いた「呪い」。
 フロア001を覗きに出掛けなくても、答えはとうに自分の中に「あった」のに。
 「マザー・イライザ」の姿が「機械」だったら、「キース・アニアン」の親は機械だろうに…。

 

             イライザの姿・了

※キースが見ていた、マザー・イライザ。どう見てもアンドロイドじゃん、と思ってたわけで…。
 原作だったら「フィシスそっくり」だったのにね、というのがネタ元。アニテラのは機械。









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(……ピーターパン……)
 こんな所へは来られないよね、とシロエが広げる本。
 E-1077の個室で、夜が更けた頃に。
 ベッドの端に一人座って、ただ懐かしい本を膝の上に乗せて。
 宇宙に浮かぶステーションでは、ピーターパンが来る「本当の夜」は無いけれど。
 外はいつでも暗い宇宙で、朝日が昇りはしないのだけれど。
 此処の昼と夜は、銀河標準時間の通りに照明が作り出すだけのもの。
 夜になったら落とされる明かり、昼は煌々と照らし出す「それ」。
 ピーターパンが駆けて来るような「夜」などは無いステーション。
 「二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずっと真っ直ぐ」、そう進む道も見えない場所。
 それの通りに歩いて行ったら、ネバーランドに行けるのに。
 真っ直ぐに行ける「朝」があるなら、ネバーランドに繋がる道があるのだろうに。
(…ピーターパンは来られなくって、ぼくが行くことも出来なくて…)
 なんて酷い所なんだろう、と何度溜息を漏らしたことか。
 ピーターパンの本だけを持って、此処へと連れて来られた日から。
 両親も故郷も全て失くして、子供時代の記憶も機械に奪い去られた時から。
(……でも、忘れない……)
 ピーターパンもネバーランドも、と本のページをめくってゆく。
 故郷の記憶が薄れた後にも、この本は「ここに在る」のだから。
 両親の顔さえおぼろになっても、失くしてはいない大切な本。
 これがあったら、きっといつかは「飛んでゆける日」も来るだろう。
 ネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵だと父に聞かされた地球へ。
 こうして忘れないでいたなら、「ピーターパンの本」を持っていたならば。
 ピーターパンが「此処へ来る」ことは出来なくても。
 朝まで真っ直ぐ行く道が無くて、ネバーランドまで歩いてゆくことは出来なくても。


 いつか、と夢を抱いた時から忘れない場所。
 子供が子供でいられる世界で、ピーターパンが住むネバーランド。
 幼い頃から憧れ続けて、迎えが来るのを待ち続けた。
 「いい子の所には、ピーターパンが来てくれる」から。
 ピーターパンが迎えに来たなら、一緒に夜空を駆けてゆこうと。
(…ぼくが大人になっていたって…)
 子供の心を忘れなければ、行ける日がやって来るだろう。
 「ピーターパンの本」の作者が、その目で「其処を見て来た」ように。
 大人になっても「子供の心を持っていた」人が、ネバーランドを見られたように。
(…ぼくだって、いつか行けるんだから…)
 みんなのようにならなかったら、と思い浮かべる自分以外の候補生たち。
 システムに何の疑問も抱かず、子供時代を捨ててしまった「マザー牧場の羊」たちの群れ。
 彼らと同じに「忘れてしまう」ことが無ければ、いつの日か道は開ける筈。
 E-1077を離れて、夜空がある場所に行ったなら。
 朝には本物の太陽が昇る、「朝がある場所」に行けたなら。
(卒業までは、夜も朝も無いけど…)
 此処を卒業しさえしたなら、夜も朝もある場所に行ける筈。
 もしかしたら、いきなり地球にさえも行けるかもしれない。
 とても素晴らしい成績を収め続けて、メンバーズに選ばれた者のトップに立てたなら。
(……地球には、ピーターパンが生まれた場所があるから……)
 本が書かれた場所も同じに地球にあるから、ネバーランドは直ぐ側にあることだろう。
 一度滅びてしまった地球には、作者の家も、本に出てくる場所も無くても。
 「此処にあった」という場所だけしか、探し当てることは出来なくても。
 それでも、ピーターパンは「きっと、いる」筈。
 朝まで真っ直ぐ歩いて行ったら、ネバーランドも見付けられる筈。
 子供の心を忘れないまま、地球に降り立つことが出来たら。
 地球に配属されはしなくても、夜と朝さえある場所に行けば、夢は叶ってくれるだろう。
 ピーターパンが夜空を駆けて来てくれて、朝まで真っ直ぐ歩いてゆけて。


(…その時までの我慢なんだから…)
 あと三年と何ヶ月だろう、と指を折っては、卒業までの日を数えてみる。
 ピーターパンの本を広げて、「それまでの我慢」と自分自身に言い聞かせながら。
(ぼくは絶対に忘れない…)
 両親や故郷の記憶は薄れてしまったけれども、子供の心を忘れはしない。
 ネバーランドに行ける資格を手放すだなんて、とんでもない。
 メンバーズに抜擢されていようと、いつでも「それ」を捨ててしまえる。
 ネバーランドに行くためだったら、地位も名誉も、何もかもを。
(今すぐだって、捨ててしまえるもんね…?)
 教育の最高学府と名高いE-1077も、此処で収めた「いい成績」も。
 そんなものなど要りはしないし、ネバーランドの方がいい。
 ピーターパンさえ来てくれるならば、「セキ・レイ・シロエ」はいつでも「行ける」。
 幼い頃から夢に見た場所へ、ピーターパンが住むネバーランドへ。
(いい子の所には、ピーターパンが…)
 きっと迎えに来てくれるから、と思った所で、ハタと気付いた。
 「セキ・レイ・シロエ」は「いい子」だろうか、と。
 ピーターパンが迎えに来るのに、相応しいだけの人間なのか、と。
(……いい子って……)
 いい子というのは、言葉通りに「良い子供」。
 誰もが褒めてくれる子供で、悪いことなどしない子のこと。
(パパやママの言うことを、ちゃんと聞く子で…)
 約束だって破りはしなくて、叱られることなど無い子供。
 もちろん喧嘩をするわけがないし、我儘だって、けして言わない。
 それが「いい子」で、ピーターパンは「いい子」を迎えに来るのだけれど…。
(……パパとママはもう、いないけど……)
 いない両親の「言い付け」を聞くことはもう出来ないから、そのことはいい。
 けれども、他の「いい子」の条件。
 そちらの方はどうだろうか、と思った途端に震えた身体。
 「ぼくは、いい子じゃなくなってる」と。


 ピーターパンが迎えに来てくれる「いい子」。
 約束をしたら破らない子で、叱られることなどしないのが「いい子」。
 喧嘩もしないし、我儘を言いもしない子供が「いい子」なのだけれど…。
(…マザー・イライザにコールされたら…)
 その度に叱られ、色々と約束させられる。
 E-1077の秩序を乱さないよう、「此処のルールに従いなさい」と。
 何回、それを繰り返したろうか。
 約束を何度、破って「コールを受けた」だろうか。
 その上、喧嘩も当たり前のように売ってばかりで、売られた喧嘩は受けて立つもの。
 同級生たちと口を利く度、喧嘩になると言っていいほどに。
(我儘だって…)
 今この瞬間にも、心に抱いている有様。
 E-1077で「するべきこと」は山とあるのに、それを「捨てたい」と。
 ネバーランドに行けるものなら、何もかも捨ててしまっていい、と。
 「いい子」だったら、そう考えはしないのに。
 消された記憶やシステムのことは、この際、置いておくとしたって…。
(…他のみんなの目から見たなら、ぼくなんかは…)
 いい子どころか、「悪い子」なだけ。
 マザー・イライザが見ている「シロエ」も、間違いなく「悪い子」のシロエ。
 「いい子のシロエ」は、何処にもいない。
 両親と故郷で暮らした頃には、確かに「いい子」だったのに。
 たまに喧嘩もしてはいたけれど、「今よりは、ずっと」いい子だった「シロエ」。
 それが「いい子でなくなった」のなら、ピーターパンは…。
(…いくら待っても、来てくれない…?)
 悪い子になった「シロエ」なんかを、迎えに来てはくれないだろうか。
 ピーターパンが迎えに来る子は、「いい子」だけ。
 「いい子」のシロエは迎えに来たって、「悪い子」のシロエは駄目なのだろうか…?
 今のシステムがどうであろうと、其処ではシロエは「悪い子」だから。
 誰が見たって「いい子」ではなくて、「悪い子」でしかないのだから。


(……まさか、今のぼくは……)
 ピーターパンと夜空を駆ける資格を持ってはいないだろうか。
 朝まで真っ直ぐ歩いてゆけても、ネバーランドには「行けない」子供になっただろうか。
 子供の心を忘れずにいても、「シロエ」が「悪い子供」なら。
 けして「いい子」ではないと言うなら、夢が叶う日は来ないかもしれない。
 「悪い子」になってしまった子供は、もう「いい子」ではないだけに。
 ピーターパンは「悪い子」の所に、迎えに来ることはないだけに。
(…だとしたら……)
 どうすればいいと言うのだろう。
 システムに従う「いい子」になったら、「子供の心」を失くしそうなのに。
 子供の心を抱き締めたままで「いい子」になるなら、生きるのはとても辛いだろうに。
(喧嘩もしなくて、マザー・イライザの言い付けを聞いて…)
 そうやって「いい子」でいようとするなら、「子供の心」を持ったままでは辛すぎる。
 けれど、ピーターパンが「いい子」を迎えに来るのなら…。
(…どんなに辛くて、苦しくっても…)
 いい子でいないと駄目だろうか、と眺める本。
 その道は、とても辛そうなのに。
 此処で「いい子」で生きてゆくことは、「シロエ」には、きっと出来ないのに…。

 

           いい子の所に・了

※幼い日のシロエは、「いい子の所に迎えに来てくれる」ピーターパンを待っていたわけで…。
 それをE-1077でも覚えているなら、こういう考えに陥る時もあるかもね、と。








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(…なんと傲慢な生命だろうな…)
 この私は…、とキースが心で零す溜息。
 それほどの価値があるのだろうか、と夜が更けた部屋で、ただ一人きりで。
 「キース・アニアン」という存在。
 国家騎士団上級大佐、叩き上げのメンバーズ・エリートでもある。
 冷徹無比な破壊兵器と呼ばれようとも、「それが私だ」と歯牙にもかけはしなかった。
 むしろ誇りを持ってさえいた。
 グランド・マザーが直々に指名するほど、優れたエリート。優れた軍人。
 「私は選ばれた存在なのだ」と自信に溢れて、疑いさえもしなかった。
 どんな任務を任されようとも、そうして受けた任務の結果がどうなろうとも。
 反乱軍を一人残らず地獄へ送ってしまおうと。
 SD体制から生まれる異分子、ミュウを星ごとメギドで殲滅しようとも。
(…軍人ならば、それが当然だろうと…)
 思ってもいたし、確固たる信念でもあった。
 SD体制に異を唱える者、逆らう者は全て滅ぼすべきだと。
 その考えが少し揺らいだのが、伝説のタイプ・ブルー・オリジンとの出会い。
 長でありながら、命まで捨てて同胞のためにメギドを沈めた男。
(あいつのように、躊躇いもせずに…)
 命さえも捨ててしまえる生き方、それを羨ましいと思った。
 自分が置かれた地位も立場も、何もかもを顧みることさえもせずに死んでゆけたら、と。
 けれど、その時は「そう思った」だけ。
 直ぐに「馬鹿な」と冷静になって、「あいつはミュウだ」と、異分子なのだと切り捨てた。
 SD体制の枠の中から弾き出された異分子がミュウ。
 ならば、そのようにも生きるだろう。
 秩序を重んじる「人類」とは違う種族なのだし、組織などには縛られないで。
 「長」を失った者たちの混乱、其処まで考えたりはしないで。


 そうして思った、「私は違う」という自覚。
 ソルジャー・ブルーがどうであろうが、自分は自分。
 異分子などには惑わされずに、真っ直ぐに前を見るべきだろう、と。
 ジルベスター・セブンで上げた功績、それに相応しく二階級特進したのだから。
(…しかし、私は……)
 異分子でさえもなかったのだ、と握り締める拳。
 今、握り締めた拳さえもが、「人間」のそれとは違ったもの。
 そう、文字通りに「違っていた」。
 「キース・アニアン」という存在は。
 遠い昔に「機械の申し子」と異名を取った、「グランド・マザーのお気に入り」は。
(まさか、ああして作られたなど…)
 誰が思うものか、と腹立たしいだけ。
 かつてシロエが「お人形さんだ」と言ったけれども、ただの比喩だと思っていた。
 シロエが見て来たE-1077のフロア001、其処が「どういう場所」であろうと。
 機械が並んだ改造室でも、「キース」の「元」はあると思った。
 何らかの方法で「キースを改造していた」にせよ。
 脳に直接、大量の情報を送り込んだりして、「優れた人材」を作っていても。
 あるいは体術に秀でるようにと、肉体に手を加えていても。
 その程度だろう、と高をくくっていた。
 廃校になったE-1077、それの「処分」を命じられるまでは。
 フロア001を「見て来る」ように、グランド・マザーに言われるまでは。
(…プロジェクト自体が極秘なだけに…)
 大勢の部下を連れては行けない。
 マツカだけを伴い、E-1077に近付き、其処から先は単独だった。
 人工重力さえも失っていたステーション。
 それを蘇らせ、一人きりで目指したフロア001という場所。
 其処に並んだ幾つもの水槽、強化ガラスの中に浮かんでいた「サンプル」たち。
 何人もの「キース・アニアン」がいた。
 胎児から、「今のキース」と「さほど変わらない」キースまでが。


 マザー・イライザが無から作った生命体。
 三十億もの塩基対を合成した上、それを繋いでDNAという鎖を紡いで。
 「キース」は「無から作られた」もの。
 ミュウでさえも「無からは」生まれて来なくて、人工子宮で育ってゆくのに。
 彼らの「元になった」モノなら、ちゃんと存在するというのに。
 けれど、「そうではなかった」キース。
 シロエが言った通りに「人形」。
 人形だったら、それらしくしていれば良かったものを…。
(…水槽から出されて、育て上げられて…)
 いつの間にやら上級大佐で、この先も昇進してゆくのだろう。
 グランド・マザーの導きのままに、彼らの「人形」に相応しい道を歩み続けて。
 そのこと自体は、どうでもいい。
 「そうするために」作られたのなら、「そのようにしか」生きられない。
 ただ、問題は「キース」そのもの。
 今の「キース」を作り上げるために、マザー・イライザが用いた手段。
(……サムと知り合うように、仕向けていって……)
 スウェナの場合は、知り合うどころか、その命さえも弄ばれた。
 E-1077までスウェナを乗せて来た船、それを見舞った衝突事故。
 それも「仕組まれたもの」だったから。
 「キース」が上手く処理するかどうか、その能力を試すためだけに。
(…私が失敗していたら…)
 あの船はE-1077の区画ごとパージされていた。
 反物質が漏れ出すことで発生する、対消滅からE-1077を守り抜くために。
 そうはならずに済んだけれども、スウェナや、あの船に乗っていた者の命。
 それを「握っていた」のが「キース」で、失敗したなら、彼らは「死んだ」。
 「キース・アニアン」とは、「そういう生命」。
 マザー・イライザの「理想の子」とやらを育てるために、人の命さえ弄んだ末に出来たモノ。
 スウェナもそうなら、「シロエ」も同じ。
 シロエの場合は、人類ではなくてミュウだったけれど。


(…そのシロエもだ…)
 もしも「キース」と出会わなかったら、「マツカ」のように生き延びたろう。
 少し毛色の変わったエリート、そのように生きたに違いない。
 マザー・イライザに選び出されて、「キースに殺されなかったら」。
 「キース」を育てる「糧」として贄にされなかったら。
(…反乱軍の奴らを殲滅しようが…)
 ジルベスター・セブンを焼き滅ぼそうが、それは「任務」の一環ではある。
 「キース・アニアン」が「そうしなくても」、他の誰かが「やるだろう」こと。
 成功するか、失敗するかは、また別のことで。
 だから、そういう「命」を幾つ踏みにじろうとも、「軍人として」罪の意識は無い。
 そんなものなど感じていたなら、とても軍人にはなれない。
 けれど、「軍人になる」よりも前。
 E-1077を卒業してから、メンバーズ・エリートになるよりも前。
 その頃から「キース」は「人の命」を弄んでいた。
 「無から生まれた生命体」であって、「人間でさえもない」というのに。
 ミュウにさえも及ばない生命のくせに、預けられた「スウェナの船の乗員」の命。
 まだ水槽から出されて間もない、候補生としては「ヒヨコ」の頃に。
 そう、グレイブもそう言った。
 あの日、救助に向かおうとしたら、「ヒヨコは鶏についてくるものだ」と。
 ただの「ヒヨコ」であったというのに、幾つの命を預かったのか。
 救助に失敗していたならば、何人の命が失われたのか。
(…そうなっていたら、何十人か、あるいは百人ほどもいたのか…)
 それが「キース」を育てるための生贄になっていただろう。
 マザー・イライザは「懲りることなく」、次の事故を起こしたに違いない。
 その時点での「キース」に相応しい事故を、「上手く処理して」戻るようにと。
 全ての仕上げに、「シロエ」の船を撃墜させた時と同じに。
 「撃ちなさい」と冷たい声で命じて、シロエが乗った練習艇を落とさせたように。


 つまり、「キース」は「そういう生命」。
 任務とはまるで無関係な場所で、人の命を弄びながら「育った」者。
 シロエの命も「キース」が奪った。
 キースと出会っていなかったならば、シロエは「死ななかった」のだから。
(…何処の世界に、こんな人間がいるというのだ…)
 育つためには「人の命」を欲するような…、と心で零して、漏らした失笑。
 「私は、人ではなかったのだな」と。
 人間の姿と変わらなくても、「作られた者」が「キース・アニアン」。
 ならば、「人」ではないのだろう。
 「人の命」を弄びながら、踏みにじりながら「育った」化け物。
 化け物ではないと言うのだったら、傲慢なだけ。
 自分以外の者の命を糧にして「出来上がった」のならば。
 スウェナを乗せていた船の者や、シロエの命。
 そういった「全て」を「糧にして育って」、今の「キース」がいるのなら。
(……遠い昔は、そういった者も……)
 まるでいなかったわけではない。
 王と呼ばれた者の中には、人を虫けらのように扱い、栄華を誇った者たちもいる。
 彼らが犯した罪に比べれば、「キースの罪」は遥かに軽そうなのだけれども…。
(…人間でさえもないのが、私だ……)
 人の物差しでは測れまいな、と分かっているから、自分自身が呪わしい。
 「なんと傲慢な生命なのか」と、「人でもないのに、人の命を糧にしたか」と。
 この世に神がいるというなら、神の目にはどう映るのだろう。
 それとも「映りもしない」のだろうか、「人間ではない」生命などは。
 いくら傲慢に育てられようとも、「神が作っていない」のならば。
(…どちらでもいいことなのだがな…)
 今更どうにもなりはしない、と拳を握り締めるだけ。
 行き着く所まで行かない限りは、きっと「終わり」の日さえも来ない。
 そういう風に「作られた」者は、「そのようにしか」生きてゆけないから…。

 

           傲慢な生命・了

※キースを育てるための計画、アニテラだと半端ないんですよね…。原作以上に。
 だったら「自分の正体」に気付いたキースが、こう思うこともあるだろうか、というお話。







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