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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

 前方を飛んでゆく宇宙船。
 キースの目に映る、それは大きな船ではない。
 乗員は多くて六人くらいか、そういう小型の船ではある。
 けれど、見逃すわけにはいかない。
 メンバーズとして受けた任務は、必ず遂行せねばならない。
 出来得る限り、迅速に。
 自分一人で処理出来るのなら、近隣の基地からの援軍などは頼りにせずに。
 もちろん、同じメンバーズが乗る僚船も。
 共に出撃した仲間たちも、頼りにしてはいられない。
 他の誰かの手を借りるなどは、自分の評価を下げるだけのこと。
 更に言うなら、手を貸した者に評価を与える結果になって。
(…たかが一機だ)
 どれほど逃げ足が速かろうとも、この宙域から逃しはしない。
 「キース・アニアン」が見付けた以上は、必ず、あの船を仕留めてみせる。
(全ては我らの偉大な母、グランド・マザーの導きのままに…)
 何度、この言葉を口にしたろう。
 乗り込んだ船のブリッジで号令したこともあれば、今のように自分の心の中でも。
 本当に「そう」思っていようが、思っていまいが。
 メンバーズとして受けた教育、その過程で叩き込まれた言葉。
 宇宙の秩序を、SD体制を、地球を守り抜くのが選び抜かれたメンバーズ。
 グランド・マザーの導きのままに。
 人類の聖地、地球に据えられたコンピューターが命ずるままに。
 前方をゆく船を「撃ち落とす」ことが、自分の使命。
 今回の任務。
 慣れた手つきで、左手が勝手に動いてゆく。
 利き手の右手は操縦桿を握っているから、此処から先は左手の役目。
 親指を軽く動かしてやれば、前方の船に照準が合う。
 ロックオンされた印が出たなら、また親指で操作してやる。
 撃墜に向けてレーザー砲へと、船の出力を回すために。


 もう何度となく繰り返した手順。
 宇宙船が飛んでいる位置は遥か彼方で、肉眼では光しか見えない。
 けれども、ロックオンした画面は、宇宙船を大きく映し出している。
 肉眼では小さな光だとしか捉えられない、船のエンジンが曳く光の尾も。
(この私から逃れられると思うのか?)
 出会った相手が悪かったな、とレーザー砲の発射ボタンを押し込んだ。
 さっきから踏んだ手順の続きで、左手の親指だけを使って。
 そうして、前方で砕け散った船。
 弧を描くように広がる光と、目には見えない衝撃波と。
 その瞬間に、ハッと気付いた。
 自分が何を撃ったのか。
 「グランド・マザーの導きのままに」撃った船には、誰がいたのか。
(……シロエ……!)
 何故だ、と心で上げた絶叫。
 どうしてシロエの船を撃ったのか、自分は何をしでかしたのか。
 メンバーズとしての任務ならばともかく、それを外れて。
 反乱分子でもなく、海賊でもない、シロエの船を撃ち落とすなど。
(…嘘だ……!)
 これは何かの間違いだろう、と気が狂いそうな気持ちになった所で目が覚めた。
 首都惑星、ノアの一室で。
 国家騎士団総司令として与えられている、個室のベッドで。
(……夢か……)
 今、見ていたのは夢らしい。
 それも遠くに過ぎ去った過去で、とうの昔にシロエは「いない」。
 夢の自分がやった通りに、彼が乗る船を落としたから。
 E-1077から、練習艇で宇宙へ逃げ出したシロエ。
 彼の船を追って、撃ち落とした。
 グランド・マザーの導きではなく、マザー・イライザの命令で。
 船に届いたイライザの声が、「撃ちなさい」と命じるままに。


 あれから長い時が流れて、もう何人を殺したことか。
 「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる異名は、ダテではない。
 敵が反乱軍であったら、容赦なく殺す。
 まして人ではないミュウとなったら、星ごと全てを焼き尽くすことも厭わない。
 心の中では、それに疑問を感じていても。
 「本当に、ミュウは異分子なのか」と考え込む日が、たまにあっても。
(…シロエは、実はMのキャリアで…)
 ミュウだったのだ、と後になって知った。
 E-1077が廃校になったと聞いた噂と、相前後して。
 ミュウは人類の敵だけれども、シロエは「そうは思えなかった」。
 システムに反抗的だというだけ、マザー・イライザに逆らい続けただけ。
 他には何もしてなどはいない。
 彼が敵なら、E-1077は無事では済まなかったろう。
 「ミュウのスパイ」として潜入したわけでは、なかったとしても。
 ただ一人きりのミュウとして来て、孤独な日々を送っていても。
(…同じミュウでも、マツカは大人しいのだが…)
 シロエの方は違っていた。
 「機械の申し子」と呼ばれた「キース」に、敵意むき出しで挑んで来た。
 あの激しさをシステムの方に向けていたなら、彼はテロリストだったろう。
 「キース」の成績を抜き去るほどの、優れた頭脳の持ち主ならば。
 フロア001、進入禁止区域を探って、入り込んだほどの者だったなら。
(…あそこで私の出生の秘密を探る代わりに…)
 破壊活動に向かっていたなら、E-1077は、後に「自分」が処分に赴くまでもなく…。
(シロエのお蔭で、木っ端微塵に砕かれていたことだろうな)
 あちこちに仕掛けられた爆弾、それが同時に起爆して。
 エネルギー区画も、マザー・イライザのメモリーバンクも、一瞬の内に破壊されて。
 爆発の中で、シロエは笑っていたろうか。
 それとも、一人、船で逃れて、まだ見ぬ地球へ向かったろうか。
 あの日、シロエが「そうした」ように。
 武装していない船で、ただ一人きりで、暗い宇宙へ逃げ出したように。


 けれど、そうなりはしなかった。
 シロエはE-1077を壊してはおらず、皆の記憶から「消された」だけ。
 「キース・アニアン」の出生の秘密を知っただけ。
 そう、「暴いて」さえいなかった。
 「キースが何者なのか」を知っても、シロエは誰にも話してはいない。
 その場で保安部隊に捕まり、連行されてしまったから。
 「キース」本人に出会った時にも、「フロア001」と叫んだだけ。
 其処に何があるか明かしはしないで、「忘れるな」と伝えて、それで終わった。
 踏み込んで来た保安部隊の者たち、彼らに意識を奪い去られて。
(…シロエは、ミュウには違いなくても…)
 人類に対して不利益なことは、ただの一つもしていない。
 あの「マツカ」でさえ、ソレイドで初めて出会った時には、明確な殺意を向けたのに。
 自分の身を守るためだとはいえ、彼は「キース」を殺そうとした。
 力及ばず、逆に倒されてしまったけれど。
(そういう意味では、マツカの方が危険なミュウで…)
 シロエは人畜無害なミュウ。
 それを「殺した」のが自分。
 シロエなどより遥かに危険な、「マツカ」は今も生きているのに。
 それも「キースの側近」としてで、ミュウの力を「人類のために」使い続ける日々なのに。
(……シロエが何をしたというのだ……)
 何故、殺されねばならなかったのだ、と何度考えても、答えは出ない。
 あえて言うなら、「そういうプログラムだったから」。
 マザー・イライザが作った「人形」、「キース・アニアン」の生育のためのプログラム。
 理想的な指導者としての資質が開花するよう、シロエは「連れて来られた者」。
 キースと競ってライバルになって、最後はキースに殺されるために。
(…テロリストならば、まだ分かるのだがな…)
 シロエを消さねば、皆の命が危ういのなら。
 E-1077の危機だと言うなら、「シロエ」を殺す意味はある。
 なのに、そうではなかったシロエ。
 「Mのキャリア」であったことさえ、「マツカ」がいる今は、脅威でさえもないのだから。


 こうして歳月を経てゆくほどに、ますます分からなくなってゆく。
 シロエの船を落としたことは、本当に正しかったのか。
 Mだとはいえ、何の罪も害も無かった人間、それを「自分」が殺したのでは、と。
(……シロエの他にも、大勢の者を殺して来たが……)
 さっき見ていた夢の通りに、任務で殺した人間の数は数え切れない。
 反乱軍の船なのだからと、端から追尾して撃墜して。
 それが飛び立つ前の基地にも、幾つものミサイルを撃ち込んだりして。
(…殺した奴らの数は多いが…)
 ミュウの長まで殺したのだが、とソルジャー・ブルーを思い浮かべる。
 危険極まりなかったミュウ。
 あれほどの弾を撃ち込んでみても、「彼」は単身、メギドを沈めた。
 ああいう「危険なミュウ」だったならば、シロエも殺すしかなかっただろう。
 放っておいたらテロリストになり、E-1077を破壊し尽くす者だったなら。
(…しかし、シロエは…)
 本当に何もしてはいない、と他ならぬ「自分」が知っているから、忘れられない。
 生まれて初めて「殺した人間」、それが「罪もない」シロエなこと。
 マザー・イライザが、ああして仕組まなければ、友になれたかもしれないのに。
 何処かでピースが狂っていたなら、シロエもマツカと同じに「生き延びた」ろうに。
(…そういうシロエを殺したのが、私で…)
 それをしたのが、この左手だ、と眺める親指。
 レーザー砲の照準を合わせて、エネルギーを回して、発射ボタンを押し込んで。
 同じ手順は、もう何度となく繰り返したけれど…。
(…相手は反乱軍の船や、海賊ばかりで…)
 誰が聞いても「悪人だ」と思う者ばかり。
 殺されても仕方ない者ばかりで、シロエだけが「そうではなかった」者。
(……私は、立派な人殺しだな……)
 たとえMでも、シロエに罪は無かったから、と自覚している左手の罪。
 この手は「人を殺した」から。
 マザー・イライザが命じたとはいえ、罪もないシロエが乗っている船を落としたから…。

 

            左手の罪・了

※システムに反抗的だったのがシロエで、結果的にキースに撃墜されたわけですが…。
 具体的な罪状は不明で、逃亡したというだけのこと。殺されるほどのことはしていない…。










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(……ぼくの誕生日……)
 この日にアルテメシアを離れたんだ、とシロエが眺める日付。
 E-1077の個室で、夜更けに一人きりで。
 誰にでもある、パーソナルデータ。
 それを表示させては、確認してゆく様々なこと。
 今では顔さえおぼろになった、両親の名前や誕生日など。
 「今夜は思い出せるだろうか」と、記憶の欠片を其処に求めて。
 機械が消してしまった過去。
 「捨てなさい」と機械が冷たく命じて、奪い去って行った子供時代の記憶。
 こうしてデータを見詰めてみても、どれも実感が伴わない。
 其処に画像は入っていなくて、両親の面差しも分からないから。
(…十四歳になった子供は…)
 その日に成人検査を受ける。
 「目覚めの日」と呼ばれる、大人社会への旅立ちの時。
 故郷のエネルゲイアで暮らした頃には、その日を心待ちにしていた。
 十四歳の誕生日を迎えなければ、「ネバーランドよりも素敵な地球」には行けない。
 父が「シロエなら、行けるかもしれないな」と、教えてくれた人類の聖地。
 其処に行くには、まずは成人検査から。
 立派な成績で通過したなら、エリートだけが行く教育ステーションへの道が開ける。
 そう、このE-1077のようなステーション。
(ステーションでも、いい成績を取り続けたら…)
 いつか地球にも行けるだろう、と努力を重ねた。
 学校のテストは常にトップで、その座を守り続けられるように。
 エネルゲイアは「技術関係のエキスパート」の育英都市だし、他の学問も自ら学んで。
(技術者になるなら、学校の勉強だけでいいけど…)
 エリートになるには、それでは足りない。
 幅広い知識を身に付けなければ、エリート候補生にはなれない。
 懸命に学んで、学び続けて、待ち続けた日。
 大人社会への旅立ちだという、「目覚めの日」。
 十四歳の誕生日が早く来ないかと、「そうすれば地球に、一歩近付く」と。


 今から思えば、愚かだった自分。
 「目覚めの日」が何かを知りもしないで、憧れて待っていたなんて。
 「早く誕生日が来ればいいのに」と、指折り数えていたなんて。
 目覚めの日を迎えてしまった子供は、過去の記憶を失くすのに。
 機械が無理やり、全てを奪ってしまうのに。
(……馬鹿だったよ……)
 自分から罠に飛び込むなんて、と後悔しても、もう遅い。
 「目覚めの日」も、故郷のエネルゲイアも、遥か彼方に消え去った後。
 失くしてしまった記憶ごと。
 あちこち穴が開いたみたいに、抜け落ちてしまった「過去」と一緒に。
(…誰も教えてくれなかったから…)
 「目覚めの日」と呼ばれるモノの正体。
 その日が来たなら何が起こるか、「セキ・レイ・シロエ」はどうなるのか。
(ぼくは、何一つ知らなくて…)
 ただ未来への希望に溢れて、「その日」の朝も家を出た。
 「行ってきます」と、両親に手を振って。
 宝物のピーターパンの本だけを持って、「未来」に向かって、颯爽と。
 そうして「歩き出した」自分が、どうなったのか。
 何処で機械に捕まったのか、それさえ今では思い出せない。
 「嫌だ!」と叫んで、逆らったことは覚えていても。
 子供時代の記憶を手放すまいと、無駄な足掻きをしていた記憶は消えなくても。
(…あれは何処だったんだろう?)
 テラズ・ナンバー・ファイブと呼ばれる、成人検査を行う機械。
 あの化け物と何処で出会ったか、まるで全く覚えてはいない。
 出会った後には、どうなったかも。
 抗い続けた記憶の後には、ぽっかりと穴が開いているから。
(…此処に来る宇宙船の中まで…)
 飛んでしまっている記憶。
 ただ呆然と暗い宇宙を見ているだけの、「此処への旅」の所まで。


 そんな具合に奪われた過去。
 希望に溢れて旅立つ筈が、逆様になってしまった日。
(……十四歳になる誕生日なんて……)
 いっそ来なければ良かったのに、と思いさえもする。
 きっと一生、「あの日」を忘れないだろう。
 機械に与えられた屈辱、過去の記憶を奪われた日を。
 そうなる前は、「誕生日」という日が好きだったのに。
 目覚めの日は憧れの「待ち遠しい日」で、それよりも前の誕生日は…。
(…目覚めの日に、少し近付ける日で…)
 あと何回、と数えて待った。
 何度「誕生日」を迎えたならば、「目覚めの日」が来てくれるだろうかと。
 早くその日が来ればいいのにと、未来への夢を抱き続けて。
(…それに誕生日は、パパとママがお祝いしてくれて…)
 ケーキや御馳走、それに誕生日のプレゼント。
 子供心にも嬉しかったし、毎年、心が躍ったもの。
 「パパとママは、何をくれるかな?」と、誕生日プレゼントのことを思って。
 どんな御馳走が食べられるのかと、「今年のケーキは、どんなのかな?」などと。
(……とても素敵な日だったのに……)
 最高の記念日だったというのに、それを「忌まわしい日」に変えられた。
 過去を奪ってしまう機械に、憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブに。
(…ぼくの人生で、最高の日を…)
 最悪な日に変えてしまうだなんて、と噛んだ唇。
 「あの日」を境に、何もかも失くしてしまったから。
 両親も故郷も、子供時代の思い出なども。
(……全部、失くして……)
 こんな所に連れて来られた、と尽きない悔い。
 こうなるのだと分かっていたなら、心待ちになどしなかったのに。
 「十四歳になる誕生日」を。
 誰もが瞳を輝かせて待つ、「目覚めの日」の名を持っている日を。


(……誕生日に、全部失くすだなんて……)
 あんまりすぎる、と今でも涙が零れる。
 そうなる前には、一年で一番、楽しみにしていた日だったのに。
 あと何日で誕生日が来るのか、毎年、毎年、待っていたのに。
(寝る前にも、カレンダーを眺めて…)
 誕生日までの残りの日数、それを数えていた自分。
 「もうすぐだよ」とか、「まだ一週間以上あるよね」とかいった調子で、御機嫌で。
(…本当に、楽しみだったのに…)
 クリスマスよりも、ニューイヤーよりも、ずっと眩しく輝いていた日。
 世界の全てが「自分のために」あるようで。
 目にするものが、どれも「シロエの誕生日」を祝ってくれているようで。
(…風も光も、誕生日のは特別だったんだよ…)
 いつもよりも、ずっと輝いてたよ、と懐かしんでいて、気が付いた。
 その「輝いていた」風や光を、「覚えていない」ということに。
 眩いほどに思えた「それら」に、実感さえも無いことに。
(……ぼくの誕生日は……)
 どういう季節だったっけ、と考えてみても、「知識」しか無い。
 エネルゲイアがあった「故郷の星」では、何の季節に当たるのか。
 雲海の星のアルテメシアは、その季節には、どんな風や光をエネルゲイアに運ぶのか。
(……嘘だ……)
 そんな…、と信じられない思い。
 人生で一番輝いていた日を、「残さず忘れてしまった」なんて。
 その日の故郷の風も光も、知識だけしか無いなんて。
(…目覚めの日だって、覚えていない…)
 家を出た後、どういう光に照らされて歩いて行ったのか。
 吹き抜けてゆく風が、何を運んでくれたのか。
(……風にも匂いがある筈なのに……)
 花の香りや、木々の葉の匂い。
 他にも色々な「季節の匂い」を、風は運んで来るものなのに。
 冬枯れの景色が広がる時さえ、肌を切るような冷たさを帯びて吹き付けるのに。


 けれど、「知識」しか無くなった「風」。
 頭上から照らす太陽の光も、「誕生日のもの」を覚えてはいない。
 「暑い夏には、眩しい」としか。
 「冬には日差しも弱くなる」とか、そういう理屈くらいしか。
(……ぼくの誕生日は、ちゃんとデータに残ってるのに……)
 自分でも日付を覚えているのに、消えてしまった「誕生日」。
 一年で一番眩しく感じた、「最高の日」の風は、どうだったのか。
 「最高の日」を祝ってくれた太陽、それはどういう光だったか。
(……日付しか覚えていないんじゃ……)
 無いのと変わらないじゃないか、と悔しくて頬を伝い落ちる涙。
 人生の節目が「誕生日」なのに、だから「目覚めの日」と重なったのに。
(…パパ、ママ、教えて……)
 どんな日だったの、と顔さえおぼろな両親に向かって、心の中で問いかける。
 「ぼくの誕生日は、どんな日だった?」と、「ぼくに教えて」と。
 記憶の中を探っていっても、もう季節さえも分からないから。
 「この日付ならば、こんな季節だ」と、「知識」が残っているだけだから…。

 

          忘れた誕生日・了

※アニテラで誕生日が分かっているのは、キースだけ。シロエが調べてましたしね。
 そのシロエにも「誕生日」はあった筈なのに、と考えていた所から出来たお話。









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(……過去か……)
 それに子供時代か、とキースが浮かべた自嘲の笑み。
 「私は、持ってはいなかったのだ」と、今更ながらに、ノアの自室で。
 グランド・マザー直々の任務で、E-1077を処分してから暫く経つ。
 遥か昔に、シロエが「見て来た」フロア001に入った日から。
 彼が「ゆりかご」だと言っていた場所、其処で目にしたサンプルたち。
 「キース」は「生まれたモノ」ではなかった。
 機械に「作り出されたモノ」。
 文字通りに「無から」生まれた生命、三十億もの塩基対を合成されて。
 「ヒト」なら誰もが持つDNA、その名の鎖を紡ぎ出されて。
 マザー・イライザが「作った」人形、「ヒト」であっても「ヒト」でないモノ。
 皮膚の下には、ちゃんと赤い血が流れていても。
 こうして思考している頭脳は、機械ではなくて脳味噌でも。
(…水槽にいた頃の、私の記憶は…)
 強化ガラスの水槽の中の「キース」を眺める、研究者たちだけ。
 あの頃に「キース」の名があったのか、ただの記号で呼ばれていたかは知らない。
 マザー・イライザが「それ」を語る前に、全てを破壊して来たから。
 フロア001のコントロールユニットはもちろん、E-1077の心臓部も。
(名前だったか、記号だったか、そんなことはどうでもいいのだがな…)
 過去を持たないことは確かだ、と零れる溜息。
 とうに夜更けで、側近のマツカも部屋にはいない。
 彼が淹れて行ったコーヒーも冷めて、一人、考え事をするだけ。
 昼間の出来事、それが頭をもたげたから。
 普段だったら気に留めないのに、今夜は何故か引っ掛かる。
 見舞いに出掛けたサムの病院、其処でいつもの笑顔だったサム。
 「赤のおじちゃん!」と嬉しそうに笑んで、「今日の報告」をしてくれて。
 何を食べたか、どれが一番美味しかったか。
 苦手な料理も食べたけれども、「ママのオムレツは美味しいよ!」と。


 「今日のサム」は、父に叱られたらしい。
 勉強しろ、と怖い顔をされて。
 母が作ってくれたオムレツ、それの他にも「これも食べろ」と強いられたりして。
(…今のサムは、私を覚えていないが…)
 「友達だったキース」を忘れて、「赤のおじちゃん」としか呼んではくれない。
 心だけが子供に戻ってしまったサムの世界に、「候補生時代」は残っていないから。
 E-1077も「キース」も、子供時代のサムとは無縁のものだから。
(そうやって、全て忘れてしまっていても…)
 サムは幸せに生きている。
 ノアには「いない」筈の両親、優しくも、また厳しくもあった養父母たちと。
 彼の心を覗いたならば、きっと、「ジョミー・マーキス・シン」もいることだろう。
 「ミュウの長になった」幼馴染ではなくて、「一緒に遊ぶ友達」として。
 かつて「キース」がそうだったように、サムが心を許す者として。
(…心だけなら、赤のおじちゃんの私にも…)
 許してくれてはいるのだろう。
 そうでなければ、サムは懐きはしないから。
 「自分だけの世界」に生きているサム、けれども彼の笑顔は消えない。
 幸せに満ちた子供時代に、心だけが戻っているものだから。
 彼の側には、養父母たちがいるのだから。
(…サムは、いつでも幸せそうで…)
 たまにションボリしている時には、「パパがうるさいんだ」と悲しげな顔。
 勉強せずに遊んでいたから、サッカーボールを取り上げられたとか、そういう思い出。
 子供時代のサムが経験したこと、それがそのまま蘇って。
(…そうやって、しょげている時があっても…)
 じきに元気を取り戻す。
 「赤のおじちゃん」に、あれこれ報告するために。
 病院で食べた筈の料理を、母が作った料理のつもりで披露して。
 オムレツなどは食べていない筈の日も、「ママのオムレツ、美味しかったよ!」と。
 苦手な野菜なども食べたと、「サムは偉いな」と褒めて貰いたくて。


 いつもは「そうか」と笑顔で頷き、しょげていたなら慰めもする。
 ジルベスター星系から戻った頃にも、そのように時を過ごしていた。
 十二年間、会わないままでいた「友達」に会いに出掛けては。
 「昔のサム」は、もういなくても。
 「キースを覚えていないサム」しか、病院で待ってはいてくれなくても。
 E-1077を処分した後も、何度も訪ねた。
 「自分の正体」が何かを知っても、「ヒトではないのだ」と思い知らされても。
 それでも自分は「人間」なのだし、怪我をしたなら血も流れる。
 頭の中を巡る考え、それも「機械のプログラム」ではない。
 何度も自分にそう言い聞かせて、「私はヒトだ」と思って来た。
 たとえ作られたモノであろうと、見た目も中身も「ヒトと同じだ」と。
 けれども、「持っていない」過去。
 今の自分が、何かの事故で「サムと同じ」になってしまったら、いったい何が残るのか。
 強化ガラスで出来た水槽、その中で育って来たのなら。
 成人検査が「全部、奪った」とシロエが怒りを露わにしていた、子供時代が無いのなら。
(…ただ、ぼんやりと虚ろな瞳をしているだけで…)
 たまに頭を掠めてゆくのは、フロア001にいた研究者たちの姿だろうか。
 水槽の向こうで「何か記録をつけていた」者や、水槽を軽く叩いていた者。
 白衣を纏った「彼ら」だけしか、残ってくれはしないのだろうか。
 「失う過去」が無かったら。
 最初から「過去を持たずに育って」、そのまま社会に出て来たのなら。
(……てっきり、忘れてしまったものだと……)
 長い間、そう信じていた。
 シロエが「フロア001」に行くまでは。
 其処で「ゆりかご」を見付けたシロエに、「忘れるな!」と言われるまでは。
(…フロア001に行けば、全て分かると…)
 そう思わされた、その名を聞いた日。
 シロエが保安部隊に連行されて、E-1077から「消えてしまった日」。
 次の日にはもう、誰もシロエの名を覚えてはいなかったから。
 「そんな子、知りませんけれど」と、同期生までが答えたほどに。


 あの忌まわしい出来事のせいで、疑い始めた自分の生まれ。
 「もしかしたら、自分は機械なのでは」と、「ヒトではない」可能性さえも考えて。
(…ある意味、ヒトではなかったのだが…)
 それでも「キース」を調べてみれば、「ヒトだ」と誰もが思うだろう。
 DNAまで解析しても、「そういうDNAを持ったヒトだ」と判断するだけ。
 似たような遺伝子データの持ち主、それが一人もいなくても。
(…SD体制が始まって以来、一度も使われなかった卵子などを使って…)
 人工子宮で育てたならば、「誰も知らないDNAの持ち主」が生まれることも有り得る。
 今から六百年以上もの昔に、凍結されたままの卵子や精子を使って子供を作ったら。
(私のデータを解析しても、ヒトだと答えが出るのだろうが…)
 しかし私は「ヒト」ではない、と自分自身が知っている。
 サムのように「戻ってゆける過去」を持たない、「子供時代」を知らない者。
 シロエが最後まで焦がれ続けた「生まれ故郷」さえ、持ってはいない。
 いくら「キース」のパーソナルデータに、それらが「きちんと」記されていても。
 父の名はフルで、母はヘルマで、出身地は育英都市のトロイナスでも。
(…フルという名の父もいなければ、母のヘルマもいないのだ…)
 その上、トロイナスなど知らない。
 任務でさえも訪れたことがない場所、「キース」が存在しなかった場所。
(……もしも、忘れてしまったのなら……)
 何かが違っていただろうか、と今夜は思わずにいられない。
 「成人検査のショックで忘れる」ことなら、たまにあるのだと聞いている。
 養父母も故郷も存在するのに、「思い出せなくなってしまう」例。
 自分もそうだと信じていたから、平気な顔をしていられた。
 シロエが何と詰って来ようが、「思い出せない」ことに不安を覚える夜があろうが。
(…忘れたのなら、それは仕方のないことで…)
 どうしようもない、と割り切っただけに、余計に「シロエ」が不思議だった。
 何故、あれほどに「過ぎ去った過去」にこだわるのか。
 もう会えはしない養父母たちを懐かしんでは、帰れない故郷にしがみつくのか。
 「忘れてしまえば、此処での暮らしも楽だろうに」と思いもした。
 システムに逆らい続けはしないで、「そういうものだ」と納得したなら楽なのに、とまで。


 けれど、今なら「分かる」気がする。
 今では「子供時代」を生きているサム、彼は幸せそうだから。
 傍から見たならサムの心は壊れていようと、彼の笑顔は本物だから。
(ああいった風に、笑えるのならば…)
 成人検査が「消してしまう」過去は、きっとシロエが叫んだように、大切なもの。
 「ヒト」が生きてゆく上で欠かせないもの、「無くてはならないもの」なのだろう。
 成人検査で「奪われた」後も、「その人間」を根幹から構成し続けて。
 「何もかも失くしてしまったサム」にも、「その時代だけ」が残ったように。
(…その過去さえも、持たない私は…)
 いったい何者なのだろうか、と「水槽の記憶」にゾクリとする。
  それが「キースを構成する」なら、「ヒトとは言えない」だろうから。
 サムのように「全てを失くした」時には、「空っぽのキース」が残るのだろう。
 「ママのオムレツは美味しいよ!」と、「過去に生きる」ことは出来なくて。
 ただ、ぼんやりと宙を見詰めて、研究者たちの幻だけが、時折掠めてゆくだけのことで…。

 

           持っていない過去・了

※キースには「過去の記憶が無い」わけですけど、それはプラスなのかマイナスなのか。
 もしもサムのような目に遭った時は、何一つ残らないだけに。…有り得ない話ですけどね。









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(……パパ、ママ……)
 もう顔さえも、はっきり思い出せやしない、とシロエが噛んだ唇。
 一日の講義が終わった後で、E-1077の個室で。
 エリートを育てる最高学府と、名高い此処。
 目覚めの日を控えた子供たちの憧れ、其処に自分は来られたけれど…。
(…その代わりに…)
 何もかも忘れて、失くしてしまった。
 育ててくれた両親も家も、懐かしい故郷の風や光も。
 成人検査で奪われた記憶。
 「捨てなさい」と、過去の記憶を消し去った機械。
 子供時代は消えてしまって、残ったものはピーターパンの本だけだった。
 たった一つだけ、故郷と「自分」を繋いでくれる宝物。
 残念なことに、「いつ貰ったか」は、どうしても思い出せないけれど。
 両親が贈ってくれた日のことは、何も覚えていないけれども。
(…それと同じで…)
 宝物の本をくれた両親、その二人の顔も、おぼろなもの。
 「こんな風だった」と記憶はあっても、正確には思い出せなくて。
(…まるで焼け焦げた写真みたいに…)
 あちこちが欠けた「両親の顔」。
 「パパの姿は、こんなのだった」と、大きな身体を覚えてはいても。
 キッチンに立つ母の姿を思い出せても、その顔までは出て来ない。
 どれほどに努力してみても。
 なんとかヒントを掴み取ろうと、懸命に記憶の糸を手繰っても。
(……マザー・イライザは、ママに似ていて……)
 最初は「ママなの?」と思ったほどだし、参考になるのは「それ」くらい。
 憎らしい機械の化身とはいえ、貴重な「マザー・イライザ」の姿。
 「あれがママだ」と、描きとめる日もあるほどだから。
 さほど上手いとは言えない腕でも、似顔絵を描いてみたりするから。
 「忘れてしまった」母の姿を描きたくて。
 これが母だと思える似姿、それを自分で描けたなら、と。


 そうして忘れまいとするのに、日ごとに薄れてゆく記憶。
 このステーションに来て間もない頃より、「欠けた部分」は大きくなった。
 E-1077に着いて直ぐなら、両親の顔は「ただ、ぼやけていた」だけだったのに。
 全体に靄がかかったかのように、定かではなかったというだけのこと。
 それが今では、焼け焦げた写真を見るかのよう。
 「パパの顔は…」と思い浮かべても、欠けた部分が幾つもあって。
 大好きだった母の顔さえ、幾つもの穴が開いていて。
(…パパとママだと、どっちが、ぼくに似てたんだろう…?)
 何の気なしに思ったこと。
 SD体制が敷かれた時代は、両親の血など、子供は継いではいないけれども。
 人工子宮から生まれた子供を、機械が養子縁組するだけ。
 養父母の資質や、子供の資質を考慮して。
 「この子は、此処だ」と送り届けたり、養父母の注文を聞いたりもして。
(…次の子供は、女の子がいいとか…)
 最初は男の子を育てたいとか、そういった希望も通るらしい。
 機械が許可を出した場合は、注文通りの子供が届く。
 目の色も髪も、肌の色までも、養父母が「欲しい」と思った通りの子が。
(…養父母になる人が、希望したなら…)
 絵に描いたような「親子」も出来る。
 遠い昔は、「息子は母親の顔立ちを継いで、娘は父親に似る」とも言われた。
 その時代を再現したかのように、母親そっくりの「息子」とか。
 父親と面差しの似た「娘」だとか、そういう例もあるだろう。
 養父母に連れられた子が歩いていたなら、「まあ、そっくり!」と皆が褒めるとか。
 「お父さんの顔に似てるわね」だとか、「お母さんに、なんて似てるのかしら」だとか。
 機械が子供を「配る」時代に、血縁などは有り得ないのに。
 本当の意味での「母親似の息子」や、「父親似の娘」は、いはしないのに。
 けれど、「両親」が揃っているなら、やはり「どちらか」には似るのだろう。
 「母親に似た息子」ではなくて、「父親そっくりの息子」でも。
 「父の面差しに似た娘」はいなくて、「母親に顔立ちが似た娘」でも。


 自分の場合は、いったい、どちらだったのか。
 「セキ・レイ・シロエ」は、母親似だったか、はたまた父に似ていたのか。
(…パパは、身体が大きかったから…)
 小柄な自分は、母親の方に似ていたろうか。
 「男の子は、母親に似る」という昔の言葉通りに、母の面差しを持っていたろうか。
 母の血を継いだわけではなくても、傍から見たなら「似ていた」とか。
 輪郭が母親そっくりだとか、目鼻立ちが似ているだとか。
(…パパの鼻とは似ていないよね…)
 まるで焼け焦げた写真みたいに、あちこちが欠けた記憶でも分かる。
 父の鼻は「自分と似てはいない」と。
 それよりは母の方なのだろうと、「ママの鼻の方が、ぼくに似てる」と照らし合わせて。
(…輪郭は、パパが太ってなければ…)
 あるいは父に似たのだろうか。
 父が太ってしまう前なら、「シロエのような」輪郭を持っていたかもしれない。
 髪の色だって、あんな風に白くなる前だったならば、黒かったろうか。
 母の髪の色は「黒」ではない。
 「黒い色の髪」を持った子供を、両親が希望したのなら…。
(…若かった頃のパパは、黒髪…)
 その可能性は充分にある。
 優しかった父なら、「自分に似た子」が欲しいと注文しそうだから。
 母にしたって、父の意見に大いに賛成しそうだから。
(鼻の形はママに似ていて、髪の色がパパで…)
 輪郭は、どちらか、よく分からない。
 あの父が「若くて痩せていた頃」の写真なんかは、知らないから。
 もしも見たことがあるにしたって、記憶は機械に消されたから。
(…肌の色は、パパもママも、おんなじ…)
 自分と同じ肌の色だし、其処は「本物の親子」のよう。
 これで目鼻立ちが「そっくり」だったら、「シロエ」は実の子にだって見える。
 「母親に似た息子」でなくても、「父親に似た息子」でも。


(…ぼくは、どっちに似てたんだろう…)
 今では記憶も定かではない、故郷で暮らしていた頃は。
 両親と何処かへ出掛けた時には、他の人の目には、どう映ったろうか。
 「ただの養子だ」と見られただけか、「親に似ている」と思われたのか。
 父親にしても、母親にしても、まるで血縁があるかのように。
(…そうだったなら…)
 きっと「自分の姿」の中に、両親のヒントもあるのだろう。
 鏡に向かって眺めていたなら、「これがママだ」と思える部分が見付かるとか。
 「パパそっくりだ」と懐かしくなる何か、それが自分の顔にあるとか。
(…口元なんかは…)
 表情によって変わるものだし、分かりやすいのは瞳だろうか。
 とても優しく微笑む時も、驚きで丸く見開かれた時も、瞳そのものは変わらない。
 「目の大きさ」は変わって見えても、「瞳の色」は。
 持って生まれた「目の色」だけは、どう頑張っても変えられはしない。
 色のついたレンズを、上から被せない限り。
 青い瞳でも黒く見せるとか、そういったカラーコンタクトレンズ。
(…養父母コースに行くような人は…)
 子供の前では、そんなレンズを嵌めて暮らしはしないだろう。
 父親はもちろん、「化粧をする」母親の方にしたって。
(……ぼくの目の色は……)
 パパとママと、どっちに似ていたのかな、と考える。
 血こそ繋がっていないけれども、「母親譲り」の瞳だったか。
 それとも父にそっくりだったか、どうなのだろう、と。
(…ぼくの瞳は、菫色で…)
 どちらかと言えば、個性的な色の部類に入る。
 ありふれた瞳の色ではないから、両親の瞳が菫色なら…。
(それだけで、立派に親に似ていて…)
 きっと自慢の息子だったよ、と考えた所で気が付いた。
 父の瞳も、母の瞳も、「色さえ、分からない」ことに。
 機械が奪ってしまった記憶は、両親の目元を「完全に消している」ことに。


(……そんなことって……)
 酷い、と改めて受けた衝撃。
 瞳の色が分からないこともショックだけれども、その目元。
 「人の顔立ち」は、目元に特徴が出るものなのに。
 写真で身元がバレないように細工するなら、目元を「消しておく」ものなのに。
(…パパやママの目の色も、分からないのなら…)
 目元を思い出せないのならば、どう頑張っても、顔立ちは「思い出せない」のだろう。
 「こんな風かも」と思いはしたって、決め手に欠けて。
 輪郭や鼻や髪の色なら、赤の他人でも「似る」ものだから。
 「似たような顔だ」と思える顔なら、この世に幾つもあるのだから。
(……テラズ・ナンバー・ファイブ……)
 あいつは其処まで計算してた…、とギリッと噛み締める奥歯。
 両親の「目元」を、真っ先に消して。
 まるで焼け焦げた写真みたいな両親の記憶、二人とも「目元」が見えないから。
(…ぼくの目の色は、パパに似てたか、ママに似てたか…)
 どちらにも似ていなかったのか。
 分からないのも悔しいけれども、「目元が分からない」のが辛い。
 目元を隠した写真だったら、赤の他人でも、父や母のように「見える」だろうから。
 機械は其処まで計算した上で、「シロエの記憶」を奪ったから…。

 

         両親の面差し・了

※シロエが思い出すことが出来ない、両親の顔。そういえば目元が欠けていたっけ、と。
 「目元を隠す」のは身バレ防止の定番なだけに、ソレだったかな、というお話。









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(……今のは……)
 ミュウか、とブルーが見開いた瞳。
 右の瞳は砕けてしまって、視界は半分だったけれども。
 禍々しく青い光が満ちた、メギドの制御室。
 母なる地球の青とは違った、人に破滅をもたらす光。
 いったい人類は何を思って、こんな兵器を作ったのか。
 元は惑星改造用にと作られたものを、破壊兵器に転用してまで。
 これを沈めに、此処まで来た。
 させまいと現れた「地球の男」を、道連れにする筈だった。
 この身に残ったサイオンを全て、かき集めて。
 自ら制御を外してしまって、暴走させるサイオン・バーストで。
 けれど、叶わなかった「それ」。
 地球の男は、目の前で消えた。
 「キース!」と、彼の名を叫んだ青年と共に。
 どう考えても「ミュウの力」で、瞬間移動で何処かへと飛んで。
(……何故、ミュウが……)
 人類の船に乗っているのか、キースを救いに駆け付けたのか。
 そういえば、シャングリラで耳にしたろうか。
 「思念波を持つ者が、人類の船でナスカに来た」と。
 「地球の男を救って逃げた」と、メギドの劫火が襲うよりも前に。
(…ならば、噂は…)
 噂ではなくて、「本当にあった」ことなのだろう。
 「地球の男」は「ミュウ」を連れていて、ミュウの力で命拾いをしたのだろう。
(……もし、そうならば……)
 ずっと遥かな先でいいから、「地球の男」の「考え方」が変わればいい。
 「人類とミュウは兄弟なのだ」と、「分かり合える」と。
 彼が考えを変えてくれたら、手を取り合える日も来るだろう。
 「地球の男」は、「ただのヒト」ではないのだから。
 フィシスと同じに無から作られ、人類を導く指導者になる存在だから。


 そんな日がいつか、来てくれればいい。
 自分は見届けられないけれども、人類とミュウが手を取り合う日が。
 もう「シャングリラ」という「箱舟」は要らず、踏みしめられる地面を得られる時が。
(……ジョミー……。みんなを頼む!)
 この身が此処で滅ぶ代わりに、メギドの炎は「持って逝く」から。
 「ソルジャー・ブルー」はいなくなっても、皆の命を遠い未来へ繋いで欲しい。
 ナスカで生まれた子たちはもちろん、前から船にいた者たちの命をも。
 青い地球まで無事に辿り着き、白い箱舟から降りられるよう。
 赤いナスカは砕けたけれども、地球で命を紡げるよう。
(……この目で、地球を見られなくても……)
 充分だった、という気がする。
 ミュウの未来を生きる子たちを、七人も見られたのだから。
 「地球の男」を救ったミュウには、「未来への希望」を貰ったから。
 それ以上のことを望むというのは、きっと贅沢に過ぎるのだろう。
 一番最初のミュウとして生まれ、実験動物として扱われた日々。
 生き地獄だった檻で生き延び、皆と宇宙へ旅立った。
 「ソルジャー・ブルー」と仲間たちから慕われ、三世紀以上もの歳月を生きた。
 焦がれ続けた青い地球には、行けなくても。
 肉眼で夢の星を見るのは、叶わなくても。
(……充分だ……)
 この人生に悔いなどは無い。
 ミュウの未来が、先へと続いてくれるなら。
 いつの日か、白い「ミュウの箱舟」が、役目を終えてくれるのならば。


 未来への夢と希望とを抱いて、終わった命。
 メギドが滅びる青い閃光、それと一緒に「消え去った」全て。
 気付けば、秋が訪れていた。
 「秋だ」と感じて、目覚めた意識。
 色づいた木々と、とても穏やかな公園と。
 頭上には青い空が広がり、木々の向こうには街並みも見える。
(……地球……?)
 此処は地球だ、と直ぐに分かった。
 どれほどの時が流れたのかは、まるで全く分からないけれど。
 それに「自分」が、「何故、目覚めたか」も。
 どうやら「自分」は「ヒト」の身ではなく、地面に根付いた「木」のようだから。
 他にも並んだ木々と同じに、色づいた葉たち。
 公園を彩る木たちに交じって、「今の自分」も植わっていた。
(…地球に来たのか…)
 ヒトでなくても「来られた」のか、と幸せな思いが満ちてゆく。
 青い地球まで来られたのなら、もう本当に満足だから。
 たとえ名も無い木であろうとも、自分は「地球にいる」のだから。


 そうして眺めた下の地面に、置かれたベンチ。
 其処に座った少年の顔に、ただ驚いた。
 「地球の男」が少年だったら、こういう顔になるのだろう。
 その少年は、静かに本を読んでいるけれど。
「何処、蹴ってんだよ!」
 そう声がして、飛んで来たボール。
 サッカーボールは少年の手から、読んでいた本を叩き落とした。
「ごめん! …本当にごめん…」
 駆けて来て本を拾った少年、彼の顔立ちは、あの「ジョミー」にしか見えなくて…。
(……ジョミー……?)
 それにキースが此処にいるのか、と見詰める間に、二人の瞳から溢れた涙。
 二人とも、思い出したのだろうか。
 かつて「ジョミー」と「キース」だった二人が生まれ変わって、この公園で出会ったろうか。
「…不思議だね。ぼくたち、遠い昔に友達だったのかもしれないな」
「敵同士だったのかも?」
「…でも、こうやって会うことが出来た」
 キースに似た少年が差し伸べた手を、ジョミーのような子は取らなかったのだけれど。
 サッカー仲間の子から呼ばれて、そちらへと走り出したのだけど。
「おーい! 君も一緒にやろうぜ!」
 ジョミーに似た子が、誘った「キースのような」少年。
「あ、ああ…!」
 誘われた少年は、本をベンチに置くなり、ただ真っ直ぐに駆け出した。
 たった今、出来たばかりの「友達」、その子とボールを蹴りにゆくために。
 本を読むより、その方がいい、と。


(……あの二人は、地球で……)
 もう一度、巡り会えたのだろう。
 人類とミュウとが和解した先の遠い未来か、ほんの一世紀ほど先の未来かで。
(…それならばいい…)
 ぼくが望んだ「未来」は訪れたのだから、と「キース」が置いた本を見下ろす。
(……ピーターパン……?)
 この本にも、意味があるのだろうか。
 此処でこうして立っていたなら、「ピーターパンの本」を知る子が来るのだろうか。
(……ぼくには、心当たりが無いが……)
 キースの側には、そういう「誰か」がいたかもしれない。
 もしかしたら、メギドで「キースを救った」ミュウの青年だっただろうか。
 それとも他にも誰かいたのか、其処までは分からないけれど…。
(…ぼくは此処から、見守ることしか出来なくても…)
 せっかく地球まで来られたのだから、皆が「出会う」のを見られたらいい。
 ベンチには座り切れないくらいに、「キース」や「ジョミー」の友が大勢、増えるのを。
 その顔の中に、「見知った誰か」が加わるのを。
(今は秋だから、冬になったら…)
 公園に集う人間たちの数は減っても、来年の春には「友達」が増えていたらいい。
 ピーターパンの本を好む子だとか、「自分」にも分かる顔の子だとか。
 「あれは、あの子だ」と気付く誰かが、加わったらいい。
 自分は「その輪」に入れなくても、「ジョミーたち」の上に心地よい陰を作ってやろう。
 暑い夏でも、強すぎる日差しを避けられるように。
 「この木の下が、一番いいね」と、皆の気に入りの場所になるよう。
 誰も気付いてくれなくても。
 「ブルーだ」と分かって貰えなくても、ちゃんと「自分」は此処で見ている。
 ミュウの箱舟が要らない世界で、「憩いの場」を作れる一本の木に姿を変えて。
 焦がれ続けた青い星の上で、夢に見ていた「ヒトの未来」が紡がれるのを…。

 

          青い星の上で・了

※あの17話の日から、ついに10周年という。早かったような、長かったような。
 転生キースとジョミーを扱ったのは初です、10周年の記念創作なら、コレだろう、と!









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