(……今のは……)
ミュウか、とブルーが見開いた瞳。
右の瞳は砕けてしまって、視界は半分だったけれども。
禍々しく青い光が満ちた、メギドの制御室。
母なる地球の青とは違った、人に破滅をもたらす光。
いったい人類は何を思って、こんな兵器を作ったのか。
元は惑星改造用にと作られたものを、破壊兵器に転用してまで。
これを沈めに、此処まで来た。
させまいと現れた「地球の男」を、道連れにする筈だった。
この身に残ったサイオンを全て、かき集めて。
自ら制御を外してしまって、暴走させるサイオン・バーストで。
けれど、叶わなかった「それ」。
地球の男は、目の前で消えた。
「キース!」と、彼の名を叫んだ青年と共に。
どう考えても「ミュウの力」で、瞬間移動で何処かへと飛んで。
(……何故、ミュウが……)
人類の船に乗っているのか、キースを救いに駆け付けたのか。
そういえば、シャングリラで耳にしたろうか。
「思念波を持つ者が、人類の船でナスカに来た」と。
「地球の男を救って逃げた」と、メギドの劫火が襲うよりも前に。
(…ならば、噂は…)
噂ではなくて、「本当にあった」ことなのだろう。
「地球の男」は「ミュウ」を連れていて、ミュウの力で命拾いをしたのだろう。
(……もし、そうならば……)
ずっと遥かな先でいいから、「地球の男」の「考え方」が変わればいい。
「人類とミュウは兄弟なのだ」と、「分かり合える」と。
彼が考えを変えてくれたら、手を取り合える日も来るだろう。
「地球の男」は、「ただのヒト」ではないのだから。
フィシスと同じに無から作られ、人類を導く指導者になる存在だから。
そんな日がいつか、来てくれればいい。
自分は見届けられないけれども、人類とミュウが手を取り合う日が。
もう「シャングリラ」という「箱舟」は要らず、踏みしめられる地面を得られる時が。
(……ジョミー……。みんなを頼む!)
この身が此処で滅ぶ代わりに、メギドの炎は「持って逝く」から。
「ソルジャー・ブルー」はいなくなっても、皆の命を遠い未来へ繋いで欲しい。
ナスカで生まれた子たちはもちろん、前から船にいた者たちの命をも。
青い地球まで無事に辿り着き、白い箱舟から降りられるよう。
赤いナスカは砕けたけれども、地球で命を紡げるよう。
(……この目で、地球を見られなくても……)
充分だった、という気がする。
ミュウの未来を生きる子たちを、七人も見られたのだから。
「地球の男」を救ったミュウには、「未来への希望」を貰ったから。
それ以上のことを望むというのは、きっと贅沢に過ぎるのだろう。
一番最初のミュウとして生まれ、実験動物として扱われた日々。
生き地獄だった檻で生き延び、皆と宇宙へ旅立った。
「ソルジャー・ブルー」と仲間たちから慕われ、三世紀以上もの歳月を生きた。
焦がれ続けた青い地球には、行けなくても。
肉眼で夢の星を見るのは、叶わなくても。
(……充分だ……)
この人生に悔いなどは無い。
ミュウの未来が、先へと続いてくれるなら。
いつの日か、白い「ミュウの箱舟」が、役目を終えてくれるのならば。
未来への夢と希望とを抱いて、終わった命。
メギドが滅びる青い閃光、それと一緒に「消え去った」全て。
気付けば、秋が訪れていた。
「秋だ」と感じて、目覚めた意識。
色づいた木々と、とても穏やかな公園と。
頭上には青い空が広がり、木々の向こうには街並みも見える。
(……地球……?)
此処は地球だ、と直ぐに分かった。
どれほどの時が流れたのかは、まるで全く分からないけれど。
それに「自分」が、「何故、目覚めたか」も。
どうやら「自分」は「ヒト」の身ではなく、地面に根付いた「木」のようだから。
他にも並んだ木々と同じに、色づいた葉たち。
公園を彩る木たちに交じって、「今の自分」も植わっていた。
(…地球に来たのか…)
ヒトでなくても「来られた」のか、と幸せな思いが満ちてゆく。
青い地球まで来られたのなら、もう本当に満足だから。
たとえ名も無い木であろうとも、自分は「地球にいる」のだから。
そうして眺めた下の地面に、置かれたベンチ。
其処に座った少年の顔に、ただ驚いた。
「地球の男」が少年だったら、こういう顔になるのだろう。
その少年は、静かに本を読んでいるけれど。
「何処、蹴ってんだよ!」
そう声がして、飛んで来たボール。
サッカーボールは少年の手から、読んでいた本を叩き落とした。
「ごめん! …本当にごめん…」
駆けて来て本を拾った少年、彼の顔立ちは、あの「ジョミー」にしか見えなくて…。
(……ジョミー……?)
それにキースが此処にいるのか、と見詰める間に、二人の瞳から溢れた涙。
二人とも、思い出したのだろうか。
かつて「ジョミー」と「キース」だった二人が生まれ変わって、この公園で出会ったろうか。
「…不思議だね。ぼくたち、遠い昔に友達だったのかもしれないな」
「敵同士だったのかも?」
「…でも、こうやって会うことが出来た」
キースに似た少年が差し伸べた手を、ジョミーのような子は取らなかったのだけれど。
サッカー仲間の子から呼ばれて、そちらへと走り出したのだけど。
「おーい! 君も一緒にやろうぜ!」
ジョミーに似た子が、誘った「キースのような」少年。
「あ、ああ…!」
誘われた少年は、本をベンチに置くなり、ただ真っ直ぐに駆け出した。
たった今、出来たばかりの「友達」、その子とボールを蹴りにゆくために。
本を読むより、その方がいい、と。
(……あの二人は、地球で……)
もう一度、巡り会えたのだろう。
人類とミュウとが和解した先の遠い未来か、ほんの一世紀ほど先の未来かで。
(…それならばいい…)
ぼくが望んだ「未来」は訪れたのだから、と「キース」が置いた本を見下ろす。
(……ピーターパン……?)
この本にも、意味があるのだろうか。
此処でこうして立っていたなら、「ピーターパンの本」を知る子が来るのだろうか。
(……ぼくには、心当たりが無いが……)
キースの側には、そういう「誰か」がいたかもしれない。
もしかしたら、メギドで「キースを救った」ミュウの青年だっただろうか。
それとも他にも誰かいたのか、其処までは分からないけれど…。
(…ぼくは此処から、見守ることしか出来なくても…)
せっかく地球まで来られたのだから、皆が「出会う」のを見られたらいい。
ベンチには座り切れないくらいに、「キース」や「ジョミー」の友が大勢、増えるのを。
その顔の中に、「見知った誰か」が加わるのを。
(今は秋だから、冬になったら…)
公園に集う人間たちの数は減っても、来年の春には「友達」が増えていたらいい。
ピーターパンの本を好む子だとか、「自分」にも分かる顔の子だとか。
「あれは、あの子だ」と気付く誰かが、加わったらいい。
自分は「その輪」に入れなくても、「ジョミーたち」の上に心地よい陰を作ってやろう。
暑い夏でも、強すぎる日差しを避けられるように。
「この木の下が、一番いいね」と、皆の気に入りの場所になるよう。
誰も気付いてくれなくても。
「ブルーだ」と分かって貰えなくても、ちゃんと「自分」は此処で見ている。
ミュウの箱舟が要らない世界で、「憩いの場」を作れる一本の木に姿を変えて。
焦がれ続けた青い星の上で、夢に見ていた「ヒトの未来」が紡がれるのを…。
青い星の上で・了
※あの17話の日から、ついに10周年という。早かったような、長かったような。
転生キースとジョミーを扱ったのは初です、10周年の記念創作なら、コレだろう、と!