(ミュウは排除すべき生き物なのだ…)
この宇宙からな、とキースが改めて思うこと。
ミュウの版図は拡大の一途を辿るけれども、それを防ぐのが「キース」の務め。
数々の暗殺計画にさえも屈することなく、此処まで歩み続けて来た。
何もかも、全ては「人類」のために。そして「地球」のために。
(…ミュウの侵入を許したら…)
宇宙の秩序は全て崩れる、と一人、傾けるコーヒーのカップ。
少し冷めた「それ」を淹れて来たのは、ミュウなのだけれど。
(……マツカは、役に立つからな……)
今の所は「人類のために」役立っている、と夜の自室で言い訳をする。
とうの昔に「入り込んでいる」ミュウ、それが「マツカ」。
人類どころか、国家騎士団の内部にまでも。
国家騎士団総司令の側近、そういう立場に「いる」者がミュウ。
けれど、あくまでマツカは「例外」。
役に立つから側近なのだし、その辺にいるミュウとは違う。
今日も実験する所を見て来た、開発中のAPD。アンチ・サイオン・デバイススーツ。
それを着ければ、対サイオンの訓練を受けていない者でも…。
(ミュウを相手に戦えるわけで…)
もうそれだけで、即戦力が増すことだろう。
対サイオンの訓練で鍛え上げられるのは、素質を持ったエリートのみ。
彼らの数は限られるだけに、とてもミュウには対抗できない。
それを補うのがAPDスーツで、全軍きってのゴロツキだろうが、立派な兵士に変身する。
今は開発中だけれども、見事、完成した暁には。
(あれの開発に欠かせないのがミュウどもだが…)
捕獲され、処分される運命のミュウ。
彼らを待つのは元から「死」だから、ただ死に場所が変わるだけ。
処分用の施設で殺されてゆくか、開発中のAPDを着けた兵士に撃ち殺されるか。
そういった「ミュウ」なら、いくら死んでも惜しくはない。
彼らは排除すべき存在、端から殺していった所で、痛くも痒くもないのだから。
宇宙の秩序を乱すのが「ミュウ」。
SD体制の中から生まれる異分子、「人類」とは違う異質なモノ。
彼らは悉く処分すべきで、排除すべきだと信じている。
人の心を盗み見るような輩は生かしておけないから。
(…その点、マツカは何も問題ないからな…)
きちんと躾けてあるのだから、と唇に浮かべた薄い笑み。
マツカに心を読まれたことは、ただ一度だけ。
ジルベスターへと向かう途中で、ソレイドの基地で出会った時。
(あれは私が、わざと読ませて…)
ミュウかどうかを確かめたのだし、「読まれた」内には数えられない。
承知していて「読ませる」ことと、意識しないで「読まれる」こととは、明らかに別。
マツカを生かしておいた理由は、幾つもあると思うけれども…。
(要は、役に立つミュウだからで…)
その辺のミュウとは全く違う、と自信を持って言うことが出来る。
「自分」は、けして「裏切ってはいない」と。
ミュウの排除を唱えながらも、ミュウを側近にしていることで。
(役に立つ者は、使わねばな…)
使いこなせれば、それでいいのだ、と自分自身にも、ある自信。
ミュウの「マツカ」を使いこなして「役に立てられる」のは、自分だから。
もしも、あのままソレイド軍事基地にいたなら…。
(…グレイブにとっては、何の役にも立たない部下で…)
きっと基地では、使い走りでしかなかっただろう。
「ミュウの存在」さえ知らなかったマツカは、ただの劣等生の軍人。
ろくに「使えはしない」部下だし、グレイブがノアへ転属になった段階で…。
(置いてゆかれて、それきりだな)
次にソレイドに赴任した者の部下になるだけ。
グレイブからの申し送りには、とても低い評価がつけられていて。
引き継いだ者が「マツカ」を見たって、真価は見抜けなかったろう。
「使えない奴だ」と思うばかりで、つまらない仕事しか与えはせずに。
要は資質の問題なのだ、と可笑しくなる。
「ミュウのマツカ」を上手く使うのも、価値に気付かず、「役立たない」と思うのも。
巧みに使いこなせさえすれば、マツカは役立つ部下なのに。
並みの軍人よりも優れた面さえ、幾つも持っているというのに。
(…暗殺者の弾を、素手で受け止めるなどは…)
セルジュでさえも無理だからな、と宙港での出来事を考えてみる。
あれはゴフェルの暴動鎮圧、その任務から戻った時だったか。
船を降りるなり、整列していた兵士の中から、飛び出して来た暗殺者。
まさか軍の中から、出てくるとは思わないものだから…。
(当然、武装していたわけで…)
銃には実弾がこめられていた。
本当だったら、あそこで「キース」の命は終わっていたのだろう。
防弾服など着けていないし、避ける暇さえ無かっただけに。
けれど、「マツカ」が役立った。
他の者には、その動きさえも見切ることは出来ない「ミュウの能力」。
誰にも知られず飛び出して行って、実弾を全て、手で受け止めた。
「そうした」ことを、知る者さえも無いままで。
同じように側にいたセルジュからは、「役立たずだ」と思われたままで。
(…あの能力は、人類には持ち得ないものだ…)
ついでに「その辺のミュウ」も同じだ、とフンと鼻を鳴らす。
SD体制の異分子だというだけの「ミュウ」など、たかが知れている。
彼らは「人の心を読む」だけ、「サイオンを持っている」だけの者。
その能力を「どう使うか」など、彼らの頭に入ってはいない。
追い詰められれば、サイオンを爆発させるけれども…。
(意識して使いこなすことなど、出来ない奴らだ)
それが出来るなら、とうに逃亡しているだろう。
APDスーツの実験台として、あの場に引き出される前に。
押し込められた「檻」から出された途端に、警備の兵を全て倒して。
並みのミュウでも、それだけの力は、充分に持っているのだから。
「使える」ミュウと、「使えない」ミュウ。
その差は何処から生まれるものか、それを考えるつもりは無い。
じきに滅ぼす種族のことなど、深く突き詰めても無意味なこと。
「キース」は、「人類」を守りさえすればいいのだから。
(…私だから、マツカも使いこなせる…)
本来は「処分される」筈のミュウ、その能力さえ「役立てている」。
ミュウを滅ぼすことが使命の、「キース・アニアン」の側近として。
マツカは大いに役に立つから、これから先も使ってゆかねば。
宇宙から「ミュウ」がいなくなるまで、ミュウの艦隊を沈め、殲滅する日まで。
(…ミュウを宇宙に広げないためには…)
いずれミュウ因子のチェックも必要になるだろう。
ミュウが制圧した惑星から、このノアにも移民船が来ている。
彼らと共存したくない者、そういう人類が逃げ出して来て。
(……だが、その中にミュウがいないとは……)
言い切れないのが「現実」なのだし、いつか提案せねばならない。
それを言える立場に立った時には、「すぐに実行するように」と。
ミュウが宇宙にはびこらないよう、彼らを水際で食い止めるために。
(…入国審査を厳重にして…)
宙港でサイオンの有無をチェックさせること。
ミュウ因子が陽性反応の者は、その場で捕らえてしまえばいい。
彼らがサイオンを爆発させても、対抗できる「警備兵」が完成したならば。
(育成するのは、とても無理だが…)
APDスーツさえ出来上がったら、ただの警備兵でも可能になる。
陽性反応を示した者たち、彼らを排除することが。
いきなりサイオンが爆発しようと、それに対抗することが。
(自由に動けさえしたら…)
撃ち殺すことは簡単だからな、とAPDへの期待が高まる。
あれさえ出来たら、「それ」を進言すべき時。
入国審査を厳重にしろと、「ミュウは水際で防ぐべきだ」と。
そうして入国審査で始めて、徐々に範囲を広げてゆく。
「既に入り込んでいる」かもしれない、「人類に混じったミュウ」を排除しに。
彼らを端から処分するために、一人たりとも見落とさないために。
(…ノアの一般人はもちろん、軍の内部にも…)
ミュウは「いる」かもしれないのだから、探し出しては処分してゆく。
たとえ「軍人」であろうとも。
国家騎士団員の中から、直属の部下から「ミュウ」が出ようとも。
(…だが、マツカだけは…)
検査から除外しておかねばな、と「正当な理由」を考えてある。
マツカが検査を受けさせられたら、「ミュウ」だと発覚してしまうから。
そうなった時は、「貴重な部下」を失うから。
(…役に立つミュウは、使いこなせる者が使ってこそだ)
そして用済みになった時には…、と進めた思考を其処で打ち切る。
「まだ、その時は来ていないからな」と、強引に。
その時が来れば「考えればいい」。
とても役立つ、忠実な部下の「マツカ」のことは。
ミュウは処分すべきだと考えていても、マツカは役に立つのだから。
役に立つ者は、有能な者が十二分に使いこなしてこそ。
次の任務ではどう使うべきか、その能力をどう生かすべきかと…。
役に立つ部下・了
※キースがマツカを「生かしている」理由。本当は「役に立つから」だけではない筈で…。
けれど普段に考える時は「こう」だろうな、というお話。あくまで「役に立つ」というだけ。