(…なんと傲慢な生命だろうな…)
この私は…、とキースが心で零す溜息。
それほどの価値があるのだろうか、と夜が更けた部屋で、ただ一人きりで。
「キース・アニアン」という存在。
国家騎士団上級大佐、叩き上げのメンバーズ・エリートでもある。
冷徹無比な破壊兵器と呼ばれようとも、「それが私だ」と歯牙にもかけはしなかった。
むしろ誇りを持ってさえいた。
グランド・マザーが直々に指名するほど、優れたエリート。優れた軍人。
「私は選ばれた存在なのだ」と自信に溢れて、疑いさえもしなかった。
どんな任務を任されようとも、そうして受けた任務の結果がどうなろうとも。
反乱軍を一人残らず地獄へ送ってしまおうと。
SD体制から生まれる異分子、ミュウを星ごとメギドで殲滅しようとも。
(…軍人ならば、それが当然だろうと…)
思ってもいたし、確固たる信念でもあった。
SD体制に異を唱える者、逆らう者は全て滅ぼすべきだと。
その考えが少し揺らいだのが、伝説のタイプ・ブルー・オリジンとの出会い。
長でありながら、命まで捨てて同胞のためにメギドを沈めた男。
(あいつのように、躊躇いもせずに…)
命さえも捨ててしまえる生き方、それを羨ましいと思った。
自分が置かれた地位も立場も、何もかもを顧みることさえもせずに死んでゆけたら、と。
けれど、その時は「そう思った」だけ。
直ぐに「馬鹿な」と冷静になって、「あいつはミュウだ」と、異分子なのだと切り捨てた。
SD体制の枠の中から弾き出された異分子がミュウ。
ならば、そのようにも生きるだろう。
秩序を重んじる「人類」とは違う種族なのだし、組織などには縛られないで。
「長」を失った者たちの混乱、其処まで考えたりはしないで。
そうして思った、「私は違う」という自覚。
ソルジャー・ブルーがどうであろうが、自分は自分。
異分子などには惑わされずに、真っ直ぐに前を見るべきだろう、と。
ジルベスター・セブンで上げた功績、それに相応しく二階級特進したのだから。
(…しかし、私は……)
異分子でさえもなかったのだ、と握り締める拳。
今、握り締めた拳さえもが、「人間」のそれとは違ったもの。
そう、文字通りに「違っていた」。
「キース・アニアン」という存在は。
遠い昔に「機械の申し子」と異名を取った、「グランド・マザーのお気に入り」は。
(まさか、ああして作られたなど…)
誰が思うものか、と腹立たしいだけ。
かつてシロエが「お人形さんだ」と言ったけれども、ただの比喩だと思っていた。
シロエが見て来たE-1077のフロア001、其処が「どういう場所」であろうと。
機械が並んだ改造室でも、「キース」の「元」はあると思った。
何らかの方法で「キースを改造していた」にせよ。
脳に直接、大量の情報を送り込んだりして、「優れた人材」を作っていても。
あるいは体術に秀でるようにと、肉体に手を加えていても。
その程度だろう、と高をくくっていた。
廃校になったE-1077、それの「処分」を命じられるまでは。
フロア001を「見て来る」ように、グランド・マザーに言われるまでは。
(…プロジェクト自体が極秘なだけに…)
大勢の部下を連れては行けない。
マツカだけを伴い、E-1077に近付き、其処から先は単独だった。
人工重力さえも失っていたステーション。
それを蘇らせ、一人きりで目指したフロア001という場所。
其処に並んだ幾つもの水槽、強化ガラスの中に浮かんでいた「サンプル」たち。
何人もの「キース・アニアン」がいた。
胎児から、「今のキース」と「さほど変わらない」キースまでが。
マザー・イライザが無から作った生命体。
三十億もの塩基対を合成した上、それを繋いでDNAという鎖を紡いで。
「キース」は「無から作られた」もの。
ミュウでさえも「無からは」生まれて来なくて、人工子宮で育ってゆくのに。
彼らの「元になった」モノなら、ちゃんと存在するというのに。
けれど、「そうではなかった」キース。
シロエが言った通りに「人形」。
人形だったら、それらしくしていれば良かったものを…。
(…水槽から出されて、育て上げられて…)
いつの間にやら上級大佐で、この先も昇進してゆくのだろう。
グランド・マザーの導きのままに、彼らの「人形」に相応しい道を歩み続けて。
そのこと自体は、どうでもいい。
「そうするために」作られたのなら、「そのようにしか」生きられない。
ただ、問題は「キース」そのもの。
今の「キース」を作り上げるために、マザー・イライザが用いた手段。
(……サムと知り合うように、仕向けていって……)
スウェナの場合は、知り合うどころか、その命さえも弄ばれた。
E-1077までスウェナを乗せて来た船、それを見舞った衝突事故。
それも「仕組まれたもの」だったから。
「キース」が上手く処理するかどうか、その能力を試すためだけに。
(…私が失敗していたら…)
あの船はE-1077の区画ごとパージされていた。
反物質が漏れ出すことで発生する、対消滅からE-1077を守り抜くために。
そうはならずに済んだけれども、スウェナや、あの船に乗っていた者の命。
それを「握っていた」のが「キース」で、失敗したなら、彼らは「死んだ」。
「キース・アニアン」とは、「そういう生命」。
マザー・イライザの「理想の子」とやらを育てるために、人の命さえ弄んだ末に出来たモノ。
スウェナもそうなら、「シロエ」も同じ。
シロエの場合は、人類ではなくてミュウだったけれど。
(…そのシロエもだ…)
もしも「キース」と出会わなかったら、「マツカ」のように生き延びたろう。
少し毛色の変わったエリート、そのように生きたに違いない。
マザー・イライザに選び出されて、「キースに殺されなかったら」。
「キース」を育てる「糧」として贄にされなかったら。
(…反乱軍の奴らを殲滅しようが…)
ジルベスター・セブンを焼き滅ぼそうが、それは「任務」の一環ではある。
「キース・アニアン」が「そうしなくても」、他の誰かが「やるだろう」こと。
成功するか、失敗するかは、また別のことで。
だから、そういう「命」を幾つ踏みにじろうとも、「軍人として」罪の意識は無い。
そんなものなど感じていたなら、とても軍人にはなれない。
けれど、「軍人になる」よりも前。
E-1077を卒業してから、メンバーズ・エリートになるよりも前。
その頃から「キース」は「人の命」を弄んでいた。
「無から生まれた生命体」であって、「人間でさえもない」というのに。
ミュウにさえも及ばない生命のくせに、預けられた「スウェナの船の乗員」の命。
まだ水槽から出されて間もない、候補生としては「ヒヨコ」の頃に。
そう、グレイブもそう言った。
あの日、救助に向かおうとしたら、「ヒヨコは鶏についてくるものだ」と。
ただの「ヒヨコ」であったというのに、幾つの命を預かったのか。
救助に失敗していたならば、何人の命が失われたのか。
(…そうなっていたら、何十人か、あるいは百人ほどもいたのか…)
それが「キース」を育てるための生贄になっていただろう。
マザー・イライザは「懲りることなく」、次の事故を起こしたに違いない。
その時点での「キース」に相応しい事故を、「上手く処理して」戻るようにと。
全ての仕上げに、「シロエ」の船を撃墜させた時と同じに。
「撃ちなさい」と冷たい声で命じて、シロエが乗った練習艇を落とさせたように。
つまり、「キース」は「そういう生命」。
任務とはまるで無関係な場所で、人の命を弄びながら「育った」者。
シロエの命も「キース」が奪った。
キースと出会っていなかったならば、シロエは「死ななかった」のだから。
(…何処の世界に、こんな人間がいるというのだ…)
育つためには「人の命」を欲するような…、と心で零して、漏らした失笑。
「私は、人ではなかったのだな」と。
人間の姿と変わらなくても、「作られた者」が「キース・アニアン」。
ならば、「人」ではないのだろう。
「人の命」を弄びながら、踏みにじりながら「育った」化け物。
化け物ではないと言うのだったら、傲慢なだけ。
自分以外の者の命を糧にして「出来上がった」のならば。
スウェナを乗せていた船の者や、シロエの命。
そういった「全て」を「糧にして育って」、今の「キース」がいるのなら。
(……遠い昔は、そういった者も……)
まるでいなかったわけではない。
王と呼ばれた者の中には、人を虫けらのように扱い、栄華を誇った者たちもいる。
彼らが犯した罪に比べれば、「キースの罪」は遥かに軽そうなのだけれども…。
(…人間でさえもないのが、私だ……)
人の物差しでは測れまいな、と分かっているから、自分自身が呪わしい。
「なんと傲慢な生命なのか」と、「人でもないのに、人の命を糧にしたか」と。
この世に神がいるというなら、神の目にはどう映るのだろう。
それとも「映りもしない」のだろうか、「人間ではない」生命などは。
いくら傲慢に育てられようとも、「神が作っていない」のならば。
(…どちらでもいいことなのだがな…)
今更どうにもなりはしない、と拳を握り締めるだけ。
行き着く所まで行かない限りは、きっと「終わり」の日さえも来ない。
そういう風に「作られた」者は、「そのようにしか」生きてゆけないから…。
傲慢な生命・了
※キースを育てるための計画、アニテラだと半端ないんですよね…。原作以上に。
だったら「自分の正体」に気付いたキースが、こう思うこともあるだろうか、というお話。