(……理想の子……)
今度こそは、とマザー・イライザが続ける思考。
E-1077のシークレット・ゾーン、フロア001での「実験」。
三十億もの塩基対を合成し、それを繋いでDNAという名の鎖を紡ぐ。全くの無から生命を生み出すために、何度となく実験を続けて来た。
その「基礎」は既に出来上がっている。強化ガラスの水槽の中に並んだ「サンプル」たち。
彼らと同じにDNAを紡いでゆけば、「外見」だけは立派に完成するのだけれど…。
(…足りないのは、押し…)
今のままでは、どう作っても「ただのヒト」しか出来ない。とても優秀な「人類」が一人、出来上がるというだけのこと。そう、「人類」。
(いずれは、時代遅れになる筈の種族で…)
より「優れた者」を作り出すなら、人類ではなくて「ミュウ」でなければならない。SD体制の異分子とされる、「M」と呼ばれる生き物たち。
彼らは排除するべき存在だけれど、進化の必然でもあった。宇宙を統べるグランド・マザーが、ひた隠しにしている「ミュウの真実」。
もちろんマザー・イライザにも「内緒」で、知られたとは気付いていないだろう。こんな末端の「たかが教育ステーション」のコンピューター風情が、最高機密を「掴んだ」とは。
ところがどっこい、それが「現実」。
このプロジェクトを任された時から、マザー・イライザは常に「上」を目指して来た。要求された内容以上の成果を上げてゆかなければ、と。
そうするためなら、手段を選びはしない。グランド・マザーの意向を知ろうと、ハッキングさえもやらかす勢い。「従っている」ふりをしたなら、容易に侵入可能なだけに。
(…どう考えても、ミュウ因子を加えた方がお得で…)
優秀な人材が「生まれる」だろうに、それは御法度。
なんとも惜しい限りの話で、どうにかして「そこ」をクリアしたいもの。「理想の子」を見事に作り上げるなら、欠かせないブツがミュウ因子。
何か方法はないものだろうか、とマザー・イライザは思考し続ける。
「人類」であるべき「理想の指導者」、それと「ミュウ因子」とは並び立たないのか、あるいは抜け道があるものなのか。
(…普段は人類、場合によってはミュウというのは…)
どうだろうか、と考えたものの、その切り替えが難しい。何かのはずみにスイッチオンで、人類からミュウにパッと変身するなら、ともかく。
(…変身……?)
これは使えるかもしれない、とメモリーバンクを探ってゆく。遥か昔から、人間たちは「それ」を夢見て来た。変身して戦うヒーローやヒロイン、そういったモノを。
(……データは、山ほど……)
ならば私の「好み」で決めて…、とマザー・イライザは「観始めた」。SD体制が始まるよりも遠い昔に、人間が「作った」変身モノの様々な映像などを。
(…美少女戦士セーラームーン…)
少女の話は必要ない、と思ったものの、参考のために観てもいいだろう、と全話を確認した後、マザー・イライザは「コレだ!」と考えた。
人類の聖地、母なる地球。ソル太陽系の第三惑星、そこが肝心。
戦う美少女セーラームーンは、地球にある「月」の名前を持っていて…。
(セーラー・マーキュリー、セーラー・マーズ…)
他の美少女戦士たちには、ソル太陽系の惑星の名がついていた。後の時代に「準惑星」へと転落していった冥王星までが、バッチリ入って、セーラー・プルート。
(…これだけ揃っても、無いのが地球…)
地球の名を持つ「美少女戦士」は、いなかった。
だったら、名前だけを拝借、セーラー・アースか、セーラー・ガイアとでも。
(据わりがいいのは、セーラー・ガイア…)
それにしよう、とマザー・イライザが決めた「理想の子」にして、「理想の戦士」。この際、美少女の件はサラッと無視して、「要は、セーラー戦士でいい!」と。
もうちょっとばかり思考していたら、「タキシード仮面」が「地球担当」だと気付いただろうに、どこか抜けていたマザー・イライザ。
勝手に決めたのが「セーラー・ガイア」で、ミュウ因子が発動した時は「ソレ」。
(…変身して、華麗に戦うのなら…)
人類以上の能力があってもオールオッケー、きっと問題ナッシング。
これで「理想の子」を作れる、とマザー・イライザは頑張った。「理想の子」が変身を遂げた時には、服までが変わるようにして。
(本当に変えられるわけがないから…)
其処の所は、ミュウの得意技でいいだろう。サイオニック・ドリームで「服」を作れば。
美少女戦士たちのパクリで、セーラーカラーにミニスカートの「戦士」でかまわない。なんと言っても「セーラー・ガイア」を名乗るからには、あくまで「本家」に忠実に。
(ガイア・ミラクルパワー…)
メイクアップ! という「掛け声」も組み込むことにした。
かてて加えて、忘れちゃいけない決め台詞。「地球に代わって、おしおきだ!」と。
「理想の子」は男性なのだからして、「おしおきよ!」では、流石にアウトっぽいから。
(…同じミュウなら…)
最強のタイプ・ブルーと洒落込みたいけれど、如何せん、データが足りなさすぎた。最初に発見された一人を除いて、タイプ・ブルーのミュウなどは「いない」。
仕方ないから、攻撃力だけはタイプ・ブルーに匹敵すると噂の、タイプ・イエロー。それで代用しておこう、とマザー・イライザが固めた方針。
(強ければ、それでいいのだし…)
無い物ねだりをしているよりは、現実的な選択をすべき。
人類の指導者となるべき「理想の子」。その正体は、タイプ・イエローのミュウでもあって、それゆえに「人類以上の能力」を持つ。
もっとも、「彼」が変身する機会があるかどうかは、別の話で。
こうして無から作り出された、「セーラー・ガイア」。
人類としての名前は「キース・アニアン」、彼はフロア001で成人検査の年まで育った。養父母や教師に情緒を曲げられることなく、強化ガラスの水槽の中で、無垢な者として。
E-1077の候補生となった後には、「機械の申し子」の異名を取るほど、優れたエリート。人類以上の能力は「頭脳にも」影響を与えてゆくだけに。
(ようやく、生まれた…)
理想の子が、とマザー・イライザは御満悦。
E-1077では、さしたる事件も無かったお蔭で、「セーラー・ガイア」の出番は無かった。やがてメンバーズに抜擢された「キース」は、自分の「真の能力」を知らないままで卒業してゆき、「冷徹無比な破壊兵器」とも呼ばれ続けて…。
「…ジルベスターへ飛んでくれるかね?」
上官からの、そういう命令。
ジルベスター星域での事故調査と言いつつ、ミュウの拠点を見付けるのが任務。キースは早速にジルベスターへ飛び、其処の第七惑星で…。
「メンバーズ・エリート…。グランド・マザーの犬というわけか」
そう言い放った、キースの船を落とした青年。ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。それは恐ろしいオーラを背負った「彼」の登場で、キースは危機を悟ったわけで…。
(…こいつを相手に、ナイフ一本で勝つことが出来るのか…!?)
無理なのでは、と思った瞬間、口をついた叫び。まるで意識はしなかったのに。
「ガイア・ミラクルパワー…。メイクアーップ!!」
それが引き金、キースは華麗に「変身」を遂げた。地球の名を持つ「セーラー・ガイア」に。
サイオニック・ドリームとはいえ、凄いミニスカのセーラー戦士。
ジョミーは「え!?」とビビりまくりで、キースはビシィ! とポーズを決めた。
「貴様、ミュウの長か…! 地球に代わって、おしおきだ!」
「ちょ、ちょっと…! 君はミュウだ!」
もう絶対にミュウなんだけど、とジョミーはオタオタ、キースもハッと我に返った。さっきから自分が何を叫んだか、自分の「見た目」はどうなのか、などと。
「…わ、私は…? な、なんだ、これは…!?」
「いや、だから…。君はミュウだと思うわけでさ…」
セーラー・ガイアが君の正体だろう、と突っ込んだジョミー。「人類」としての名前は何であっても、ミュウとしての名前は「セーラー・ガイア」だ、と。
「……セーラー・ガイア……」
私がか…、とキースも「目が点」だったのだけれど、実際、やってしまった変身。それに決め台詞やら決めポーズまでがセットものだし、そういうことなら…。
(……実は私は、キース・アニアンではなくて……)
セーラー・ガイアだったのか、とキースも認めざるを得ない現実。「そうだったのか」と。
かくして、キースは「事故調査」から戻りはしなかった。
マザー・イライザが作った「理想の子」キース、それは優れた頭脳を活かして、ミュウの側につくことになる。
何と言っても「セーラー・ガイア」で、変身したなら戦士なのだし…。
「ソルジャー・シン。…アルテメシアは陥落させたが…」
いよいよ地球を目指すのか、とキースはサックリ「ミュウの世界」に馴染んで、メギドは出番も無いままだった。
ソルジャー・ブルーは今も存命、青の間で昏々と眠り続けている。
ナスカの子たちも急成長を遂げないままで、シャングリラは地球へと進んでゆく。地球の名を持つセーラー戦士、「セーラー・ガイア」と共に戦いながら。
「彼」を作ったマザー・イライザが、グランド・マザーに「消された」ことさえ知らないで。
そのラスボスのグランド・マザーですら、呆気なく倒されてしまったという。
「地球に代わって、おしおきだ!」と叫ぶ「セーラー・ガイア」と、ソルジャー・シンに。
無から作った「優れた人材」、その正体が実は「ミュウだった」せいで…。
地球の戦士・了
※「誰か変身しないモンかねえ?」と、ふと思ったのがネタ元ですけど…。セーラー戦士…。
いや、「ガイア、いないな…」なんて気付いちゃったら、やるっきゃない…ような…?