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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(ジョミー…。みんなを頼む)
 それがブルーの最後の思念。
 『ヒト』として紡いだ、最後の思い。
 気付けば身体は宇宙に浮いていて、けれども、思念体ではなかった。
 「自分なのだ」とは感じられても、きっと「誰にも」見えないだろう。
 そう、後継者として後を託したジョミーでさえも。
 ナスカの上空で出会った「未来」、タイプ・ブルーの子供たちにも。
(……もしも、見られる者がいるなら……)
 フィシスくらいなものだろうか、とブルーは「自分」の姿を見てみる。
 自分の目にさえも透けて見えるような、頼りなさげな腕や、足やら。
 思念体とは似て非なるもので、恐らく、今は魂だけ。
 依るべき『身体』を失ったせいで、このようになっているのだろう。
 「誰にも捉えられないだろう」と思う姿に。
 それでもブルーが纏っているのは、あまりにも見慣れたソルジャーの衣装。
 キースに撃たれて血まみれになった、その跡は消えているけども。
(…何もかも消えてしまったな…)
 メギドと共に、と見回す宇宙。
 地獄の劫火でナスカを燃やした忌まわしい兵器は、もはや残骸と化していた。
 人類軍の船も同じで、生き残った船が引き揚げてゆく。
 キース・アニアンを乗せた旗艦を、先頭に立てて。
 ぽっかりと大穴が開いてしまった、ジルベスター・エイトを後に残して。


 その遥か彼方、砕け散ってゆくナスカが見えた。
 赤い大地を持っていた星、ブルーは一度も降りなかった星。
 ミュウの楽園だったナスカは、宇宙の藻屑と消えてしまった。
 何人のミュウが逃げ延びられたか、シャングリラは無事に飛び立てたのか。
(……もう何も……)
 感じ取れるものが「此処に」無いなら、白い箱舟は「飛んだ」のだろう。
 あの七人の子供たちを乗せ、「ミュウの未来」へ。
 いつか地球へと繋がる道へと、宇宙の彼方にワープして行って。
(……どうか、皆が無事に……)
 一人でも多く、あの船に乗っているように…、とブルーは祈りを捧げる。
 魂だけしか持たない者でも、祈ることなら出来るから。
 祈りが神に届くものなら、「皆を地球へ」と。
(…ぼくは、船には戻れないけれど…)
 屍さえも戻らないけれど、きっと、その方が良いのだと思う。
 いったい誰が想像したろう、「あんな最期」を。
 弄ぶように銃で何発も撃たれた挙句に、右の瞳まで砕かれるなど。
 直接、命を奪い去ったものは、メギドの爆発。
 けれども、それを生き延びていても、あの有様では助かりはしない。
 元々、寿命が尽きていた上、サイオン・バーストまでをも引き起こしたから。
 ミュウの誰かが「ソルジャー・ブルー」を救い出したところで、それは無駄なこと。
 どうせ助かるわけなどはなくて、そのことが皆にもたらすものは…。
(……悲しみと、人類への激しい憎しみ……)
 そうなったろう、と痛いほどに感じる。
 仲間たちが「ソルジャー・ブルーの最期」を知ったら、憎しみだけが残るのだと。
 ミュウは人類と手を取り合えずに、人類を滅ぼす道を歩む、と。


 「ソルジャー・ブルーの亡骸」すらも、戻っては来ないシャングリラ。
 喪失感が船を包むだろうけれど、「知らない方が良い」こともある。
 長い年月、皆を導いた長が、どう散ったのか。
 惨たらしいほどに傷付けられて、赤い瞳さえ撃たれたなどは…。
(……誰も知らない方がいいんだ)
 知らなかったら、全ては時が癒してくれる。
 深い悲しみを抱えたままでも、仲間たちは未来へ進んでゆける。
 「ソルジャー・ブルー」が命を投げ出し、拓いた道を。
 メギドの炎に焼き尽くされずに、残った船で。
(……きっと、ジョミーがそうしてくれる)
 ナスカを失った今だからこそ、毅然と前を見詰めて立って。
 どうするべきかを自らに問うて、仲間たちに道を指し示して。
 「ソルジャー・ブルー」は、もういないのだし、ソルジャーは「ジョミー」ただ一人。
(…ぼくとは全く違った道を…)
 歩んでゆこうと、ジョミーなら行ってくれると思う。
 「自分」は見られなかった星まで。
 見たいと望んで、けれど叶わず、辿り着けなかった青い地球まで。


(……地球……)
 今ならば、其処へ行けるだろうか、とブルーの心に浮かんだこと。
 魂を縛る「身体」が無いなら、飛んでゆけるのかもしれない。
 その座標さえも知らない星でも、「想いさえ」すれば。
 強く強く「地球へ」と願ったならば、かの星を知る「誰か」の思いに魂を乗せて。
(…人類ならば、知っている筈…)
 青い地球は人類の聖地なのだし、知っている者は少ないだろう。
 けれども、聖地に「住む者」もいれば、「これから向かう者」だっている。
 彼らの心に「在る筈」の地球。
 それを標に飛んでゆけたら、一瞬の内に青い星まで…。
(……行けるかもしれない)
 地球へ、と心に強く念じた。
 どうか地球まで飛べるようにと、其処までの道が開くようにと。
(…………!!)
 感じた、空間を飛び越える時と同じ感覚。
 瞬間移動で飛ぶかのように、魂だけが宇宙(そら)を翔けてゆく。
 それこそ、瞬きするほどの間に。
 飛び越えた先に、夢に見た地球が…。
(……地球……?)
 あれが、と思わず疑った瞳。
 もう肉体の瞳は無くても、捉える像は変わらない筈。
 それなのに……。


(……青い……地球は……?)
 青く輝く母なる星は、と魂だけのブルーの身体が震え出す。
 あの星の何処が「地球」だと言うのか、青さの欠片も無い星の。
 生命は悉く死に絶えたと分かる、砂漠に覆われ、青い海も無い赤茶けた星。
(…あれが…地球だと……?)
 信じたくない気持ちだけれども、「それ」が真実の「地球の姿」。
 魂だけで飛んで来たから、間違えはしない。
 「地球へ」と念じて、導かれた先が「この星」だから。
 其処へ飛んでゆく人類の船、それに乗っている者たちも「地球」を目指しているから。
(……この星が、地球……)
 青い星だと信じていたから、仲間たちに「地球へ」と説き続けた。
 ジョミーにも同じことを話して、其処へ行くよう、自分は最後の最後まで…。
(…促したのではなかったのか?)
 だから、ジョミーは「そうする」だろう。
 地球の本当の姿も知らずに、ひたすらに前へ歩み続けて。
 シャングリラに乗った仲間たちも皆、ジョミーを信じて、その後に続く。
 どれほどの犠牲を払うことになろうと、「青い地球」まで。
 地球まで辿り着かない限りは、「何も解決しない」のだから。
 人類と戦い、滅ぼすにしても、手を取り合うにしても、倒さねばならないSD体制。
 それの要が「地球に在る」から、グランド・マザーは「地球に居る」から。


 長く辛く厳しい旅路の果てに、いつか着くだろう「母なる地球」。
 青く輝く銀河のオアシス、宇宙に浮かんだ一粒の真珠。
 そういう「ご褒美」が待っているから、ミュウたちは迷わず進んでゆける。
 「青い地球へ」を合言葉に。
 いつかその目で地球を見ようと、ブルー自身が「そうだった」ように。
 けれど、これでは「どうなる」のだろう。
 青い地球など幻影に過ぎず、本物は「ただの死の星」ならば。
 これからミュウたちが払う犠牲は、どれほどのものかも知れないのに。
(……それでも、地球に辿り着くしか……)
 道は無いのだ、と分かっているから、せめてシャングリラを追ってゆこうか。
 謝る術さえ今は無くても、「見守る」ことは出来るから。
 旅の途中で潰えた命に、詫びるくらいは出来るだろうから。
(……皆と、地球まで……)
 シャングリラと共に旅してゆこう、とブルーは地球に背を向けた。
 青くない地球を見た仲間の衝撃、それを見る時が怖いけれども。
 その時、皆に謝りたくても、その方法は無いのだけれど。


(……シャングリラへ)
 皆の許へ、と念じて一瞬で翔けた、其処までの宇宙(そら)。
 白い船は悲しみの色を纏って、その灯りさえも悲しげだけれど…。
(……ジョミー……)
 ぼくも行こう、とジョミーの心にそっと寄り添う。
 決意を固めつつある者に。
 悲しみを越えて、前へ進もうとしている「ソルジャー・シン」に。
 この船がどういう道をゆこうと、旅の終わりは、死の星の地球。
 そういう星へと導いたことを、いつの日か、ジョミーに謝れたらいい。
 船の皆にも、出来ることなら、心からの詫びを。
 白いシャングリラが向かう先には、青い地球など無いのだから。
 夢と憧れが崩れ去る日が、ミュウたちの旅の終わりだから…。

 

          青くない星へ・了

※「ブルー追悼は、もう書かない」と言った筈ですが…。転生ネタやってるんですが…。
 アニテラ放映から12周年、干支が一回りした上、元号まで変わってしまった今年。
 「今年くらいは書いておくか」というわけで、2019年7月28日記念作品。
 おりしも原作者様の画業50周年展、只今、京都漫画ミュージアムで開催中。
 9月8日までに行ったら、カフェでブルーのラテアートが飲めます、本当です。











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(……また暴動の鎮圧か……)
 これで何度目になるというのだ、とキースがついた深い溜息。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令に与えられた個室で。
 とうに夜更けで、もう側近のマツカもいない。
 淹れていったコーヒーが残っているだけ。
 此処でこうして、手に馴染んだカップを傾けるのも…。
(明日から暫く、お預けだな)
 辺境星域で起こった暴動。
 軍まで巻き込み、政府に対する不満を爆発させたもの。
 それを鎮めて、火種が一つも残らないよう、完膚なきまでに殲滅するまでは…。
(…ノアには戻って来られないのだ)
 グランド・マザー、直々の指名。
 「冷徹無比な破壊兵器」と称されるのを、高く買ってのこと。
 マザーの期待は裏切れない。
 そうでなくても、SD体制を維持してゆくには、欠かせない任務。
 何処で暴動が起ころうと。
 幾つの星が叛旗を翻そうとも、悉く鎮圧せねばならない。
 SD体制に「例外」は有り得ないから。
 皆が粛々と機械に従い、統治を受け入れてこそなのだから。
(……それが歪んでいるというのは……)
 嫌というほど分かっている。
 暴動を起こした惑星発の、声明などを読まなくても。
 彼らが主張している「正義」を、わざわざ子細に調べなくても。


 機械が治めている世界。
 人間は全て機械の言いなり、逆らう者には居場所など無い。
 宇宙の何処まで逃れようとも、追手がかかって消されるだけ。
 遠い昔に、「セキ・レイ・シロエ」が、そうなったように。
 まだ候補生で、社会に出てさえいなかったのに。
(…シロエはミュウのキャリアだったが…)
 そんなことなど、些細なこと。
 シロエ自身に「ミュウの自覚」は全く無かった。
 ミュウの特徴とされるサイオン、それを使うのも目にしてはいない。
 たとえ事実がどうであろうと、「キース・アニアン」が知っていたシロエは…。
(……SD体制を受け入れられない、要注意人物……)
 そうでしかなくて、シロエも「そのつもり」だったろう。
 自分がミュウだとは思いもしなくて、「嫌いな機械」に逆らっただけ。
 大切な子供時代の記憶を、成人検査で奪われたから。
 養父母も故郷も、永遠に失くしてしまったから。
(…私は、どちらも持ってはいない…)
 故郷も、育ててくれた養父母たちも。
 もしも故郷があるのだとしたら、ステーションE-1077。
 自分は確かに其処で生まれて、機械に育てられたから。
 マザー・イライザが無から作った生命、養父母さえも持たないモノ。
 成人検査を迎える年まで、ずっと水槽の中だけにいて。
 シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所で、マザー・イライザに養育されて。


 「ヒト」とは言えない生まれの「自分」。
 けれども、作り出された理由は、「ヒトを、より良く導くため」。
 SD体制に異を唱えないよう、皆を機械に従わせて。
 機械に叛旗を翻す者は、シロエのように、端から殺して。
(…今度の暴動鎮圧でも…)
 何百どころか、何千という数の「命」を奪うことだろう。
 反乱軍の船はもちろん、敗色が濃いことを悟って、逃げてゆく民間人たちの船をも…。
(落とせ、と冷たく命じることしか…)
 出来ない立場に「自分」はいる。
 かつて、シロエの練習艇を追い掛け、飛んだ時のように。
 「撃ちなさい」と命じたマザー・イライザ、彼女に逆らえなかったように。
(…いったい、何人の命を奪えば…)
 自分の役目は終わるのだろう。
 「殺せ」と部下に指示する立場を、逃れることが出来るのだろう。
 今の立場に立つよりも前は、自分が「この手で」殺していた。
 シロエと同じに「逆らった者」を。
 SD体制を良しとしないで、機械の統治を拒否した者を。
(……流石に、子供は殺していないが……)
 それだけは、きっと出来ないと思う。
 ジルベスター・セブンで出会った、ミュウの子供も…。
(…私に殺意を抱かなかったら…)
 殺そうとしたりはしなかった。
 あの船に「子供がいる」と知った時は、思い悩んだほどだから。
 逃亡するために船を壊せば、あの「ミュウの子」も命を落としかねない。
(迂闊に爆破したりは出来ん、と…)
 心の底から思ったもの。
 モビー・ディックに乗っているだけの「子供」に罪は無いのだから。
 かつて教材で目にした映像、其処で殺されたミュウの子供も、そうだったから。


 SD体制に逆らう異分子、ミュウの子でさえ「殺せない」自分。
 そんなことなど「してはならない」と、今も何処かで思っている。
 ミュウの子供も殺せないのに、今日までに何人、殺して来たか。
 自分が直接、手を下したのか、部下に「殺させた」のかは、ともかく。
(……百や千では、とても足りんな…)
 万に届いているかもしれない。
 あるいは、億の単位にさえもなっているのだろうか。
 「国家騎士団総司令」にまで出世するには、相応の武勲が必要なもの。
 ジルベスター・セブンのようなケースは、そうそう幾つも転がってはいない。
(…つまり、私の出世の陰には…)
 暴動鎮圧や反乱軍の殲滅、機械に逆らった者たちの粛清。
 文字通りに「血で血を洗う」作戦、それが無数に積み上がっている。
 敵兵はもちろん、命を落とした味方兵士たちの屍が。
 一瞬の爆発で失せた命も、苦悶の果てに消えていった命も。
(……明日からの任務で、また増えるのだ……)
 そうやって儚く消える命と、流される血が。
 「キース・アニアン」が、それを命じて。
(…そして私は、また出世する…)
 もう階級は上がらないけれど、グランド・マザーに称賛されて。
 将来、パルテノンへと送り込みたい、「彼女」の期待を裏切ることなく。
 軍人出身の元老はいない、パルテノン。
 其処へ入って、更に上へと昇るためには…。
(…今よりも、もっと沢山の数の…)
 「命」を奪わねばならないのだろう。
 機械が理想としている世界に、逆らう者を端から消して。
 異分子とされるミュウとなったら、子供でさえも容赦はせずに。


(いくら殺せば、私の役目は終わるのだ…?)
 分からないから、恐ろしくなる。
 いつの日か国家主席に昇り詰めても、まだ屍の数は増えるのだろうか。
 人類が皆、粛々と機械に従わないなら。
 相も変わらず、懲りもしないで、反乱や暴動を繰り返すなら。
(……私の命が終わる時まで……)
 道の先には「殺す」ことしか無いかもしれない。
 グランド・マザーの導きのままに、「殺せ」と部下に命じ続けて。
 明らかに歪んだ「機械の時代」が、滅びることなく、受け継がれるよう。
 そのために「キース」は「作られた」から。
 機械が望んで、機械の手で。
 ヒトは傍から見守っただけで、研究者たちも「見ていた」だけ。
 マザー・イライザが、三十億もの塩基対を合成してゆくのを。
 それを繋いで、DNAという鎖を紡ぐのを。
 「機械の意向」に異を唱えたなら、研究者たちも「消される」から。
 壮大な実験に手を貸し続けて、神の領域を侵す結果になろうとも。
(…誰一人として、逆らえないままで…)
 作り出された「キース・アニアン」。
 その手が罪を重ねてゆく。
 幾つもの命をその手で奪って、部下たちにも殺すように命じて。
 そう、「殺す」ことは「罪」でしかない。
 人類が地球で暮らした頃から。
 一番最初の「ヒト」だったという、アダムとイヴがエデンの園を追われてから。


 カインとアベル。
 人類が最初に犯した殺人、それの加害者と被害者の兄弟。
 兄のカインがアベルを殺して、カインの末裔が「ヒト」だという。
 ヒトは誰でも、カインの血を引いているけれど…。
(…その血さえも、私は持たないのだ…)
 機械が無から作った命は、カインの血など引いてはいない。
 他の者なら、ミュウでさえもが、「カインの血」を継いでいるというのに。
 殺人者の血を引いていながら、「殺すことは罪だ」と、きちんと認識しているのに。
(…彼らが、人を殺すのと…)
 自分が人を殺すのとでは、違うのだろう「罪深さ」。
 ヒト同士ならば、神も許してくれそうだけれど…。
(……ヒトでさえもない、私の場合は……)
 神がいるなら、目を背けるか、憤怒の視線が注がれるものか。
 機械が統治する世界自体が、神には「許し難い」だろうから。
(…考えても、逃れられないのだがな…)
 殺さなければ、殺されるのだ、と自分自身を叱咤する。
 「キース・アニアン」が殺されたならば、今の世界はじきに壊れる。
 機械が作った「理想の指導者」を喪って。
 歪んだ世界が軋み、綻び、きっと異分子のミュウに敗れて。
(…そうならないよう、また殺すしか…)
 ないのだがな、と思う明日からの任務。
 血で染まってゆく、この先の道。
 それでも「歩いてゆく」しかない。
 そのために「キース」は作られたから。
 カインの血を引いていない者でも、その肩に「世界」が乗っているから…。

 

          終わらない罪・了

※キースが殺した人間の数は、きっと多いと思うのですが…。キースの生まれが問題。
 ヒト同士ならば、神も許してくれそうですけど、キースは許して貰えないかも…。










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(……パパ……)
 ママ、とシロエが心に描く両親。
 E-1077の夜の個室で、ベッドの上で膝を抱えて。
 今では顔もぼやけてしまって、定かには思い出せない人たち。
 どんなに記憶の糸を手繰っても、顔の辺りは、まるで焼け焦げた写真のよう。
 瞳の色さえ、その有様では分からない。
 辛うじて記憶に残っているのは、体格だとか、髪の色だとか。
(…会いたいよ……)
 パパたちに会いに帰りたいよ、と思うけれども、家の住所も覚えてはいない。
 「アルテメシアの、エネルゲイア」ということだけしか。
 文字を覚えて直ぐの頃には、得意になって書いたのに。
 何度も何度も、自分の名前と、エネルゲイアの家の住所を。
(……いくら調べても、分からなくて……)
 未だに手掛かりさえも無い。
 エネルゲイアに幾つも並んだ、高層ビルの「どれ」だったのか。
 いったい何階に住んでいたのか、そんな基本の基本でさえも。
(…それに、パパの名前…)
 もしかしたら、と検索した時、見付けた名前が「ミスター・セキ」。
 エネルゲイアで「ミスター・セキ」なら、間違いなく父のことだと思う。
 けれど、そこまで。
 「ミスター・セキ」が何処にいるのか、住所も所属も分からなかった。
 きっとプロテクトされた情報。
 「セキ・レイ・シロエ」が、両親を見付け出せないように。
 連絡を取ろうと試みるとか、密航してでも、故郷まで会いに行けないように。
 今の世の中は「そういった風に」出来ているから。
 十四歳を迎えた子供は、過去の記憶を消されてしまう。
 二度と両親の許へは戻らず、大人の社会で生きてゆくよう。
 機械が治める歪んだ世界で、そうとも知らずに大人しく暮らしてゆけるようにと。


 どうすれば、両親に会えるのだろう。
 懐かしい故郷に戻ったとしても、家の場所さえ分からないのに。
 両親の面差しも覚えていなくて、「パパだ!」と気付けはしないだろうに。
(……ミスター・セキ……)
 データベースにあった情報は、たったそれだけ。
 顔写真などはついていなくて、手掛かりとさえも呼べない状態。
 それ以上のことを知ろうとしたって、出るのはエラーメッセージばかり。
(…パパは、とっても偉かったのに…)
 職業さえ思い出せないけれども、「偉い人物」だったのは確か。
 子供心に「パパは凄い」と、誇らしかった記憶があるから。
 そのことは今も忘れていなくて、「パパは偉い人」だと思っているから。
(……パパが、とっても偉い人なら……)
 もしかしたら、と思い付いたこと。
 いつか自分が偉くなったら、父に会うことが出来るだろうか。
 父の職業が何にしたって、理由をつけて。
(…メンバーズ・エリートに選ばれたなら…)
 軍人の道を歩むけれども、手に入るだろう様々な権限。
 それを使えば、「あるいは」と思う。
 「エネルゲイアのミスター・セキ」を、呼び出して、話すことだって。
 もしも運良く、父の専門が軍事関連のことだったなら…。
(たった一回、会うだけじゃなくて、何回も…)
 会議を重ねて、顔を合わせることだって出来る。
 「ミスター・セキ?」と意見を求めて。
 父の方でも、データと「シロエ」を見比べながら話すのだろう。
 「その件については、私の意見は、こうなりますが」と。
 会議が長引いてくれた時には、その後に、きっと、会食だって。


(……パパに会えたら……)
 今では思い出せない姿も、また鮮やかに蘇る筈。
 相応の年を重ねていたって、「父」には違いないのだから。
 「そうだ、こういう顔だったんだ」と、幼かった頃の記憶と共に。
(…いくら機械が統治してても…)
 メンバーズとして「会う」のだったら、止める権限は持たないだろう。
 「それ」が必要なことならば。
 「メンバーズのシロエ」が、「ミスター・セキ」の助けを要しているのなら。
(……パパの研究……)
 本当に軍事関連だったら、事は簡単に運んでくれる。
 メンバーズとして出世した後、「ミスター・セキ」を呼ばねばならなくなったなら。
(そうやって、パパを呼び出して…)
 最初に会うのは執務室なのか、それとも会議室になるのか。
 父は「シロエ」を分かってくれるか、懐かしそうに笑んでくれるのか。
(…パパたちの記憶は、消さないよね…?)
 子供の方の記憶は消しても、養父母の記憶は消さないと思う。
 それをしたなら、社会が歪んでしまうから。
 育英都市とは、大勢の人が、家族が暮らしている場所。
 其処で「養父母」の記憶を消したら、厄介なことになるだろう。
 隣人などから「お子さんは?」と尋ねられても、答えることが出来ないから。
 「子供なんかが、いましたっけ?」と言おうものなら、誰もが怪しむ。
 「この社会は、何処かおかしくないか」と。
 昨日まで「いた」筈の子供が消えても、「両親が」覚えていないだなんて。
(…そんなの、絶対、有り得ないから…)
 父の方では「シロエ」を覚えていることだろう。
 「あのシロエなのか?」と訝しみながら、呼び出しに応じて来てくれる筈。
 そうして「シロエ」が待っていたなら、その瞬間に…。
(…ぼくだ、って分かってくれるよね…?)
 ずっと昔に家を離れた「息子」だと。
 「シロエ」がこんなに大きくなったと、「今はメンバーズ・エリートなのか」と。


 父が「シロエ」を覚えていたなら、話は早い。
 「もしかして、パパ?」と尋ねた時には、「ああ」と答えてくれるだろう。
 今では思い出せない顔立ち、それを笑顔で一杯にして。
 「ずいぶん立派になったなあ、シロエ」と、懐かしい声で。
(…ちゃんと地球にも行けたのか、って…)
 父は問い掛けてくれるだろうか。
 幼かった日に「ネバーランドよりも素敵な場所さ」と、父が話してくれた「地球」。
 選ばれた人しか行けない地球まで、「シロエ」は行って来たのか、と。
(ぼくが地球まで行っていたなら…)
 たちまち弾むだろう会話。
 「地球はホントに素敵だったよ」と、地球で見て来たことを語って。
 それから父に「ママは元気?」と、母の様子を質問して。
(元気だぞ、って…)
 写真を見せてくれるだろうか、父が持ち歩いていたならば。
 その日は持っていなかったとしても、会議で何度も会えるなら…。
(次に会う時に、持って来よう、って…)
 父なら約束してくれる。
 おぼろになった記憶の中でも、父は、いつでも優しいから。
 「シロエの頼み」は、いつだって聞いてくれていたから。
(…パパが写真を見せてくれたら…)
 母の記憶も、たちまち戻ってくれるのだろう。
 過ぎた月日が、母の上にも重なっていても。
 子供の頃に見ていた顔より、何年分も老けていたって。
(…ママの顔は、ママの顔なんだから…)
 若かった頃の面差しだって、きっと心に蘇る。
 エプロンを着けて、キッチンに立っていた時の顔。
 「今日はシロエの大好物よ」と、微笑む顔が。


(……出世したなら……)
 会えるかもしれない「ミスター・セキ」。
 父に会えたら、見られるかもしれない、母の写真。
(…ぼくの記憶を取り戻すには…)
 社会の仕組みを変えるしかなくて、それには長い時間がかかる。
 メンバーズとして出世した後、頂点にまで昇り詰めないと…。
(…グランド・マザーを止める力は…)
 手に入らないし、奪われた記憶も戻りはしない。
 けれども、「父に会う」ことだったら、それよりも早く出来そうなこと。
 父の職業が何だったのか、それによるとは思うけれども。
(…軍事じゃなくって、テラフォーミングとかの研究だったら…)
 メンバーズの任務と重なるかどうか、自信が無い。
 そうは思っても、可能性があるなら、それを見逃すつもりも無い。
(……何か、口実……)
 上手く見付けて、「ミスター・セキ」を呼び出せばいい。
 「シロエ」に会いに来るように。
 会って、かつての「息子」と再会を遂げられるよう。
(…それが出来るなら、いいんだけどね…)
 夢物語かな、と振り払う「想い」。
 今の所は、曖昧な「夢」に過ぎないから。
 メンバーズ・エリートとしての権限、それが何処まで及ぶものかも分からないから。
(……だけど、夢でも……)
 この夢が叶ってくれればいい、と今は縋らずにはいられない。
 遠い故郷を想う夜には、涙が溢れて止まらないから。
 両親に会いに行きたい気持ちは、どうしても消えてくれないから。
 いくら記憶を消されていても。
 機械が忘れさせた両親、その顔立ちさえ、今では思い出せなくても…。

 

          父に会えたら・了

※シロエが思い付いたこと。いつか出世して「ミスター・セキ」を呼び出すこと。
 それが出来たら、両親の顔を思い出すことが出来るかも、と。夢物語でも、縋りたい夢。









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(…つっ……!)
 切ったな、とキースが眺めた自分の指先。
 右手の人差し指の先、そこに走った赤く細い線。
 たちまちプクリと血が零れ出して、見る間に盛り上がってゆく雫。
(厄介な…)
 書類に落ちたら大変なんだ、と執務机の引き出しから拭くための紙を取り出す。
 整頓された机の上には、そのような紙は置いていないから。
(……まったく……)
 面倒なことだ、と拭い取った血。
 傷の手当てをするための箱は、これまた机に置いてはいない。
(昼間だったら、マツカがいるのだがな…)
 生憎と今はとうに夜更けで、部屋にマツカの姿は無い。
 去る前に淹れていったコーヒー、それが半分残ったカップがあるだけで。
 つまりは「部屋には、いない」側近。
 「其処の薬箱を取ってくれ」と命じる相手は、何処にもいない。
 側近も下がった後の部屋には、セルジュたちのような部下もいないから。
(雑用が増えた、というヤツだ…)
 あと少しで終わりだったのにな、と仕方なく椅子から立ち上がった。
 書類に血の色の染みなど、残せはしない。
 紙で切った傷というのは意外に深くて、放っておいたら、また血が零れる。
 他の書類に引っ掛かった時や、何気なく紙をめくったはずみに。
(…それに、手当てをしておかないと…)
 指の先の傷は侮れん、と分かってもいる。
 利き手は、「何処でも使う」から。
 それを承知で、「触れそうな場所」に毒でも塗られていようものなら…。
(……国家騎士団総司令様の、暗殺計画成功だからな)
 傷があったら、毒の吸収も早い。
 皮膚が覆ってくれていたなら、まだマシだったろう程度の毒でも、死ぬかもしれない。
 紙で切れた傷があるだけで。
 手当てしないで放置した傷が、文字通りに「キース」の命取りとなって。


 執務の中断を余儀なくされた、紙で切った傷。
 手当てを終えて、傷の箇所もきちんと覆った後には、薬箱を元の位置に戻して…。
(本当に、残り少しの所で…)
 とんだ時間を取られたものだ、とチェックしてゆく書類。
 毎日のように山と届けられるのが「書類」なるもの。
 いくら技術が進歩していても、重要なデータはアナログの形で出力される。
 無駄なようでも、それが一番「失われる」リスクが低いから。
 磁気や些細なミスで消えたりしない「もの」だから。
(……現に、シロエの本も残った……)
 スウェナの手を経て、「キース」の手許にやって来た本。
 かつてシロエが大事にしていた、ピーターパンの物語。
 あれが「紙に刷られた本」でなければ、間違いなく消えていただろう。
(紙の本でも、爆発の中で残ったというのが奇跡だが…)
 爆風を受けた場所によっては、そういう奇跡も考えられる。
 表紙があちこち焦げていた本が、運良く、直撃を免れて。
 中に隠されていた「データを収めたチップ」も、紙の本のお蔭で保護されて。
(だが、紙の本でなかったら…)
 シロエの船が爆発した時、木っ端微塵に消えていた筈。
 船のデータを記録するための、ブラックボックスなどとは違って。
(…紙媒体が一番、強いものだからな…)
 遥かな昔に、人類は「それ」を身をもって知った。
 大切な記録は「紙」を使って残さねば、と。
 それゆえに、今も「書類」がある。
 国家騎士団総司令に宛てて、山と刷られる文書の類が。
(新しい紙しか、やって来ないからな…)
 さっきのように指先が切れることもある。
 新品の紙の端は鋭く、刃物のように皮膚を、肉を切るから。
 凶器でさえもない筈の紙に、指先を深く傷付けられて。


 思わぬ時間を取られたけれども、終わった執務。
 書類の束をトントンと揃え、机の端へ押し遣った。
(すっかり冷めてしまったな…)
 いつものことだが、と傾けたカップ。
 マツカが淹れて去ったコーヒー、これを飲み干したら、後は寝るだけ。
 また明日からの仕事に備えて、今日の疲れを残さないよう。
 どんな事態に陥ろうとも、冷静な判断を下せるように。
(……ミュウどもは、どう動くやら……)
 アルテメシアが落とされて以来、ミュウの版図は拡大の一途。
 たった一隻だった母船も、今は艦隊と称されるほど。
(モビー・ディック以外は、雑魚なのだがな…)
 巨大な白い鯨を除けば、さほど脅威でもないだろう。
 「彼ら」が艦隊に加えた船は、殆どが人類軍の船。
 改造するには時間もかかるし、まだ万全とは言えない筈。
 ただし、それらが「完全に」ミュウの船になる前に…。
(…叩いておかんと、どうにもならん)
 人類軍が不利になるのだからな、と分かっている。
 未だに仕組みが解明できない、モビー・ディックが備えた機能。
(レーダーに全く映らない上、シールドまでも持っているのだ…)
 あれほど巨大な船だというのに、モビー・ディックは「目視で」探すしかない。
 「彼ら」が「その気」にならない限りは、けして解かれはしないシールド。
 ミュウの母船は、ステルスモードで航行するから、何処にいるのか分かりはしない。
 「目の前にいる」と気付いた時には、もはや手遅れ。
 闇雲にレーザー砲を撃っても、それらは全て…。
(シールドに弾かれてしまうのだからな)
 人類軍の船には、そんな装備は無いというのに。
 ミュウ艦隊との混戦になれば、同士討ちさえ起こり得るのに。
 あの技術が「ミュウ艦隊の全て」に施されたなら、濃くなる敗色。
 そうなってからでは遅すぎるのだし、今の間に殲滅せねば。
 書類の山が増える一方だろうと、新しい紙に指先を切られる日が増えようとも。


(たかが紙だが…)
 こうして私の邪魔をするのだ、と見詰めた指先。
 傷は覆ってしまったけれども、その下に確かに刻まれた傷。
 書類に染みが出来ては困る、と手当てする前に拭いた、零れ出した血。
(あんな傷でも、放っておいたら命取りになるというのがな…)
 時と場合によるのだがな、と苦笑する。
 皮膚から吸収されるタイプの猛毒、それが「キース」に使われたことは、一度も無い。
 けれど先例が幾つもある上、実は「キースが知らない」だけで…。
(マツカが見付けて、処分している可能性もあるな)
 いちいち報告するまでもない、とマツカが守りそうな沈黙。
 「キース・アニアンの側近」がミュウとは、誰一人として知らないから。
 ミュウだからこそ知り得た事実は、尋ねない限りは「話さない」から。
(…こうして自分で用心をして、更にマツカの助けを借りて…)
 今日まで生き延びて来たのだけれども、ふと気になった。
 「この命に、価値はあるのか」と。
 さっきのように指を切ったら、赤い血が流れ出るけれど…。
(…赤い血なら、ミュウも持っているのだ)
 何度、その血を目にしただろう。
 自分で殺したミュウも多いし、APDスーツの開発過程でも見た。
 APDスーツ、すなわちアンチ・サイオン・デバイススーツ。
 それを着ければ、どんな兵士もサイオンが特徴のミュウと互角に戦える。
 サイオンが通用しなくなるから、白兵戦に持ち込みさえすれば。
(開発実験で殺した、ミュウどもの血は…)
 人工子宮から生まれたとはいえ、「ヒト」が流した血に違いない。
 けれども、「キース・アニアン」は違う。
 同じに「ヒト」の姿でも。
 人類として生きて暮らしてはいても、まるで全く違った「生まれ」。
 機械が「無」から作った生命。
 三十億もの塩基対を合成した上、繋ぎ合わせてDNAという名の鎖を紡いで。


 そうやって「作り出された命」と、「生まれて来た」異分子、ミュウの命と。
 いったい、どちらが「重い」のだろう。
 同じに赤い血を持っていても、価値があるのは「どちら」なのか。
 「生命」というもので比べたら。
 命の価値を比較したなら、神が手にするだろう秤は…。
(…私の命の方に傾く代わりに、それこそ名前も無いだろうミュウの命を…)
 載せた方へと傾くだろうか、秤にかけた瞬間に。
 機械が無から作った命は、神の領域を侵した存在。
 そんな命に価値などは無くて、たとえ異分子のミュウであろうと…。
(遥かに重いのかもしれん…)
 「命の重さ」というものは。
 赤い血を持つ存在同士で比べたとしても、最初から比べる価値さえも無くて。
(……そうかもしれんが、そうなのだとしても……)
 この命を守ってゆくしかないな、と零れる溜息。
 人類には「キース」が必要だから。
 ミュウの脅威から宇宙を守り抜くには、まだ死ぬわけにはいかないから。
 全身の血を全て流し尽くしても、ミュウの赤い血の一滴にさえも、及ばなくても。
 どれほど「価値の無い命」だとしても、「そのため」に作り出された命。
 機械が、それを望んだから。
 神の目で見れば価値は無くとも、機械にとっては大切な「機械の申し子」だから…。

 

           生命の価値・了

※キースでも紙で指を切るのですが、その傷から零れた赤い血が問題。ミュウにもある血。
 名も無いミュウと、キースの命とでは、いったいどちらが価値を持つのか。









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(……ぼくの名前は……)
 セキ・レイ・シロエ、とシロエが心で呟いた名前。
 たった一つだけ、故郷から持って来られたもの。
 このステーション、E-1077にまでも。
 過去を奪われ、両親も故郷も奪い去られて、残ったものは「自分の名前」だけ。
 此処まで持って来られた「物」なら、ピーターパンの本もあるけれど…。
(…ピーターパンの本は、ぼくの人生の途中から…)
 現れたもので、「生まれた時から」一緒だったというわけではない。
 物心ついて間もない頃なら、まだ貰ってはいなかったろう。
 「文字も読めない幼児」のために買い与えるには、早すぎるから。
 いくら「シロエ」が優秀な子でも、二歳やそこらの年では読めない。
(…絵本くらいは読めたって…)
 ピーターパンの本は難しすぎる。
 同じ文字で中身が綴られていても、「知らない単語」が多すぎて。
 造語の「ネバーランド」はともかく、「海賊」でさえも分からなくて。
(だから、この本は途中から…)
 ぼくの人生に来たんだよね、と宝物の本の表紙を眺める。
 いつ貰ったのか、何歳の時から持っているのか、今となっては謎になった本を。
 テラズ・ナンバー・ファイブに記憶を消されて、思い出せなくなった記念日。
 こんなに大事にしている本でも、「いつから持っているのか」が。
 父がくれたか、母に貰ったか、二人揃って「くれた」のかも。
(……だけど、名前は……)
 もう間違いなく、生まれて直ぐから持っている「もの」。
 しかも「両親から」贈られて。
 機械が名付けた名前ではなくて、父と母とが考えてくれて。
 過去を、両親を、記憶を奪い去られた今でも、名前は「過去」に繋がっている。
 その名をくれた両親にも。
 「セキ・レイ・シロエ」と呼ばれて育った、故郷にも、過去の時間にも。


 そういう意味では、ピーターパンの本よりもずっと大切な「名前」。
 成人検査で「名前を忘れた」者はいないから、忘れてしまいがちだけど。
 「故郷から持って来られたもの」なら、「本だ」と思ってしまうのだけれど。
(…本当は、ぼくの、この名前が…)
 とても大事なものなんだよね、と改めて思う。
 いつか故郷に帰れる日が来たなら、機械から記憶を取り返したら…。
(パパ、ママ、ただいま、って…)
 帰ってゆく先は「セキ・レイ・シロエ」が育った家。
 ピーターパンの本も、もちろん一緒に持って帰ってゆくけれど…。
(シロエだよ、って…)
 名乗って両親を驚かせるのは、「シロエ」の名前。
 両親が口にする言葉だって、「シロエなの?」だとか、「シロエなのか?」で。
 たとえ面影が残っていたって、両親は、きっとそう言うだろう。
 「本当に、あのシロエなのか」と目を丸くして。
 もう十四歳の子供ではない、大人になった「シロエ」を見て。
(……名前の方が、ずっと大切……)
 こうしてじっくり考えてみれば、ピーターパンの本よりも、ずっと。
 「シロエ」の名前と一緒に育って、これからも共に生きてゆくから。


(……パパの名前も、名前だけなら……)
 このステーションにいたって見付かる。
 「セキ・レイ・シロエ」のパーソナルデータとは違った場所で。
 故郷の星のアルテメシアに絞りさえすれば。
(…サイオニック研究所の、ミスター・セキ…)
 それが父の名前。
 子供だった頃には、深く考えなかったけれども、研究者だったのが幸いした。
 一般市民とは違うものだから、同姓同名の「他人」ではないと確信できる。
 「ミスター・セキ」が父なのだ、と。
 そこまでだけしか分からなくても。
 「ミスター・セキ」の名前を頼りに、家を探すことは不可能でも。
(パパが何処かに異動したって…)
 所属している研究所だけなら、これから先も見付かるだろう。
 いつか退職したとしたって、最後の職場は分かる筈。
(…そこまで分かれば…)
 「シロエ」が相応の地位に就いていたなら、「その後」を追えるのかもしれない。
 住所は教えて貰えなくても、「ミスター・セキなら、今は、この星」と。
 その程度ならば、きっと差し支えはないだろうから。
 「両親に会いに行く」のは無理でも、「ちょっとしたデータ」くらいだったら。
(……運が良かったら……)
 両親が暮らす星に「任務で」行くことだって、あるかもしれない。
 そしてバッタリ何処かで出会って、「シロエなのか?」と言われることだって。
(…パパとママの顔は、ぼやけて思い出せないけれど…)
 両親の方では、今も覚えていることだろう。
 「育てた子供」が大人になって、偶然、再会した時に…。
(…声をかけても、かまわないなら…)
 あの優しかった父や母なら、「シロエ?」と呼んでくれるのだろう。
 故郷から持って来た、大切な名を。
 自分たちが選んで「息子」に与えた、「セキ・レイ・シロエ」という名前を。


 普段は意識していないけれど、とても大切な宝物。
 ピーターパンの本よりもずっと、両親や過去に「近い」のが名前。
(……セキ・レイ・シロエ……)
 ぼくだけの名前、と机の端末に打ち込んでみる。
 宇宙はとても広いけれども、同じ名前の者はいるのか、と。
(……いないのかな?)
 少なくとも、今はいそうにないね、と見詰める文字たちの列。
 条件を変えて検索したって、「セキ・レイ・シロエ」は出て来なかった。
(…有名な人じゃないのなら…)
 多分、引っ掛かっては来ないだろうし、宇宙の何処かには「いる」かもしれない。
 「セキ・レイ・シロエ」という人が。
 年も姿もまるで違っても、同じ名前を持っている人が。
(それはそれで、少し気になるけどね…)
 どんな人なのか興味があるよ、とキーボードを叩き続ける内に…。


(…セキレイ…?)
 ぼくと同じ、と見付けた文字列。
 「シロエ」とはついていないけれども、「セキレイ」の名前。
 けれど、「セキレイ」は「ヒト」ではなかった。
 そういう名前がついていた鳥で、今よりも遥かに遠い昔に…。
(……地球の、日本っていう島国……)
 小さいけれども、広く知られていたらしい国。
 其処に「セキレイ」という鳥がいた。
 日本の国でだけ使われた言葉、それで「セキレイ」と呼ばれた小鳥。
 他の国では違う名前で、SD体制に入った時代も別の名がある。
 違う名前で呼ばれていたって、「セキレイ」は絶滅していないから…。
(…こうして引っ掛かったんだ…)
 これがセキレイ、と食い入るように画面に見入る。
 故郷で見たことがあるのか、無いのか、それも定かではないけれど。
(育英都市とか、普通に人が暮らす星なら…)
 豊かに流れる川があったら、セキレイは住んでいるらしい。
 水鳥とは違う鳥だけれども、水辺を好むらしいから。
 印象的な長い尾羽を上下させながら、川を泳ぐ小魚などを狙って。


 たまたま出会った、同じ名の小鳥。
 今の時代は誰も「セキレイ」とは呼ばないけれども、昔は「セキレイ」。
 ついつい親近感を覚えて、データを読んでゆく内に…。
(……セキレイは、親が卵を温めて孵して……)
 孵った雛に餌を運んで、巣立ちするまで育てるもの。
 巣立ちの時にも「飛び方」を教えて、巣立った後にも、暫くは一緒。
 まだ幼鳥と言える子供が、餌の取り方を覚えるまで。
 一人前の大人に育って、自分だけの力で生きてゆける日がやって来るまで。
(…もちろん養父母なんかじゃなくて…)
 本当に本物の親鳥だよね、と見詰めるセキレイの巣と卵の画像。
 鳥によっては「托卵」と言って、他の鳥に子育てをさせる種類もあるようだけれど…。
(…このセキレイは、そうじゃなくって…)
 親に育てて貰える鳥だ、と分かったら胸が苦しくなった。
 同じ「セキレイ」で、こうも違うかと。
 とても小さな小鳥だけれども、「セキレイ」は過去を奪われはしない。
 鳥の世界に成人検査は、無いものだから。
 子供にしたって、人工子宮から生まれて来たりはしないのだから。
(……ぼくも、こっちのセキレイだったら……)
 どんなに幸せだったろう。
 ヒトとは比べ物にもならない、短すぎる時しか生きられなくても。
 文字を読んだり、「ピーターパンの本」をプレゼントされることは無くても。
(…鳥のパパとママと、ずっと一緒で…)
 一人前になった後にも、きっと会いにも行けるのだろう。
 「パパとママがいそうな辺りは、此処」と、懐かしい水辺に飛んで行ったら。
 生まれ育った巣があった場所の、近くまで空を翔けて行ったら。


(…そっちの方が…)
 ぼくは幸せだったのかも、という気がしないでもない。
 「なんだ、鳥か」と思われるだけの、ちっぽけな生に過ぎなくても。
 ピーターパンの本など読めはしなくて、ネバーランドにも行けなくても。
 鳥ならば、過去は失くさないから。
 本物の両親に育てて貰って、望みさえすれば、きっと何処までも一緒だから。
 鳥の命は短くても。
 「セキ・レイ・シロエ」が過去を奪われた、十四歳までも生きられなくても。
(……パパもママも、過去も、それに故郷も……)
 失くさないなら、鳥で良かった。
 難しい本など、読めなくても。
 ピーターパンの本は貰えなくても、鳥だった方が、ずっと自由で幸せだから…。

 

         鳥だった方が・了

※シロエと鳥の「セキレイ」で書くのは、これで三度目。名前が似てると思うので。
 ネタ系で書いたシロエ生存ED『奇跡のその後』と、ハレブル聖痕シリーズの『セキレイ』。
 気になった方は、そちらもよろしくお願いしますv








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