(……どれほど技術が進歩したって……)
単純なモノほど無くならないね、とシロエが指で摘まんだ部品。
E-1077での唯一の趣味、機械弄りの真っ最中に。
遠い故郷のエネルゲイアは、技術者向けの育英都市だった。
雲海の星、アルテメシアに育英都市は二つ。
その片方は、ごくごく普通の一般社会の構成員たちを育てる場所。
『アタラクシア』という名前で呼ばれて、如何にも「それらしかった」と思う。
シロエ自身は、行った覚えは無いのだけれど。
このステーションに連れて来られてから、改めて学び直したくらいに。
(ぼくの故郷には違いないから…)
エネルゲイアの方ではなくても、アルテメシアにあった都市。
覚えておいて損は無いから、と映像などを何度も眺めた。
公園などが幾つもあって、高層ビルは数えるほどしか無い街を。
子供が好む遊園地までが、違和感も無く溶け込む都市を。
(…だけど、ぼくが育ったエネルゲイアは…)
隙間なく高層ビル群が並ぶ、殺風景とも思える街。
アタラクシアとは、まるで違っていた街並み。
(……技術者を育てる街なんだしね……)
心が和む風景などは、多分、必要無かったのだろう。
エネルゲイアで育てられた子は、いずれ、「そういう場所」に行くから。
仕事の合間の息抜きでさえも、公園ではなくて休憩室で。
外に出るような時間があったら、もっと仕事を効率良く。
(…精密機械を作るんだったら…)
ほんの小さな埃でさえも、その工場には持ち込めない。
機械の誤作動を招きもするし、機械自体の組み立てなどにも、塵は禁物。
そうした世界で生きてゆく子に、「普通の光景」などは要らない。
緑溢れる公園なども、心安らぐ風景なども。
「セキ・レイ・シロエ」は、其処で育った。
いつか技術者になる子供として、そのための教育を施されて。
けれども、行きたかった地球。
父から聞いた、「ネバーランドよりも素敵な場所」。
地球に行くには、「ただの技術者」などでは無理。
(……技術者も、きっといるだろうけれど……)
人類の聖地、地球にあると習ったグランド・マザー。
SD体制の世界を統治する、巨大コンピューター。
誰よりも偉い機械だとはいえ、自己修復機能を備えてはいても…。
(…此処にある、マザー・イライザと同じで…)
保守要員は必要な筈。
機械は自分で「部品」を作れはしないから。
作れたとしても、材料を「自分で」調達することは不可能だから。
それを考えれば、「技術者」が地球に行く道もある。
ただし、とびきりのエリートとして。
「グランド・マザーを任されるほどの」優れた手腕の持ち主として。
(……そんな技術者に選ばれるには……)
どれほどの長い時間がかかることだろう。
腕を磨いて、ひたすら現場で精密機械と戦い続けて。
あちこちの星を回り続けて、「どんな機械でも」扱えるような技術者になって。
(とんでもない回り道なんだから…)
技術者としての道を行くより、手っ取り早く出世したかった。
エネルゲイアからは、「選ばれない」のが常識とされる職業でも。
ほんの一握りの優秀な子だけに、許された道の入口でも。
(……エリートのための、最高学府……)
そう、このステーションに来たかった。
いつか「メンバーズ」になるために。
メンバーズ・エリートに選ばれたならば、地球への道が開けるだけに。
(…成人検査は、誤算だったけど…)
子供時代の記憶を機械に消されたけれども、E-1077に来ることは出来た。
後は自分が「上手く」やったら、どうとでも出来ることだろう。
いつの日か国家主席の座に就き、地球の頂点に立てたなら。
グランド・マザーに「止まれ」と命じてもいい、「権力」が手に入ったら。
今はそれまでの我慢の時で、歯を食いしばって耐えるしかない。
機械に与えられた屈辱、それを決して忘れはせずに。
マザー・イライザが何と言おうと、機械に従ったりはしないで。
(…その機械だって…)
こんなので出来ているんだから、と目の前にビスを翳してみる。
自分は「ビス」と呼んでいるけれど、一般人は「ネジ」と言うのだろうか。
(ずっと昔から、ビスはビスだし…)
これが無ければ留められない、と眺めるパーツ。
幾つもの部品を組み立て、完成させるまでには、何処かでビスが必要になる。
溶接などの手段を使わないなら、ビスで留めるのが早いし、基本。
(…きっと、グランド・マザーにだって…)
ビスを使って留めている箇所があるだろう。
E-1077を支配するマザー・イライザにも。
マザー・イライザが君臨している、このE-1077にだって。
(……本当に単純なんだけれどね……)
ビスなんかは、と摘まんで見詰める。
留める箇所に合わせて、サイズなどは調整されるけれども…。
(高度な技術なんかは、何処にも…)
ありはしないし、「部品」の中では、最も下位に位置するモノ。
たとえ失くしてしまったとしても、すぐに代わりが作れるような。
新しく作る費用にしたって、ほんの些細な額でしかない。
大量に生産すればするほど、下がってゆくのだろう単価。
1本のビスを手に入れたければ、子供の小遣いでも充分なほどの。
実際、故郷での子供時代は、そうだった。
機械弄りが趣味の子だったし、何度も自分で買い込んだパーツ。
ビスは一番、安かったと思う。
まとめ買いして、工具箱の中に入れていたほど。
作りたい機械のサイズに合わせて、「これがいいや」と選んだほどに。
(…いくらでも作れて、だけど無ければ、機械は組み立てられなくて…)
こんなに単純なんだけどな、と思った所で、ふと気付いたこと。
「もしかしたら」と、今の社会に。
子供を選り分け、職業さえも機械が決める「今の世界」は…。
(…いわゆる一般市民ってヤツは…)
部品で言ったら、「ビス」なのだろうか。
あちこちの育英惑星で育てられている、大勢の子供。
エネルゲイアのように「技術者向け」などと、決まっていないのだったなら…。
(……何処の星の子も、メンバーズの候補生を除けば……)
一般市民向けのステーションに送られ、「そのように」育つ。
将来は養父母などになったり、一般社会を構成したり。
結婚しない道に行っても、文字通り「ただの社会人」となって。
(ビスと同じで…)
彼らの代わりはいくらでもいるし、また、次々に「生産される」。
機械が選んだ、無限大とも言える「精子と卵子の組み合わせ」から。
人工子宮の中で育って、頃合いになったら外に出されて。
いずれは「社会を構成する子」と位置付けられて、養父母の手に委ねられて。
(……まるで、巨大な部品工場……)
そう思ったら、背筋がゾクリと冷えた。
今の社会は、機械が支配する「工場」では、と。
普通の子ならば「ビス」になるけれど、優秀な子供は「良い部品」になる。
メンバーズ・エリートに選ばれたならば、それこそ機械の中枢を担う。
コンピューターの頭脳を構成するような。
メモリーバンクに配置されるとか、中央演算処理装置だとか。
(…機械が支配している世界は…)
本当に「部品工場」なのかもしれない。
いくら人間が「生命体」でも、機械の目から見たならば…。
(優秀な部品か、そうじゃないのか…)
ただそれだけの違いしかなくて、そのように「振り分けられて」ゆくだけ。
ビスにしかなれない子供だったら、ビスとして。
とても優秀な人材だったら、メンバーズに選んで、要所に配する。
(…こんなビスでも、無かったならば…)
機械を組み立てられはしないし、「社会を構成する」のも無理。
どんな「つまらない」部品でも。
どれほど単純な仕組みで、安価に作られていても。
(……だから、機械は嫌なんだ……)
ぼくは機械の部品なんかじゃないんだから、と改めて募る嫌悪感。
「セキ・レイ・シロエ」は部品ではないし、他の人間たちだって、そう。
(…人間は「考える葦」だ、って…)
遠い昔に、地球で有名な人が口にした。
きっと機械は、それさえも「理解していない」だろう。
自分が選んで振り分けている「部品たち」が、「考える葦」だとは。
思考するのは「コンピューター」だけで、「人間の思考」は、それ以下のもの。
だから「こういう社会」になる。
子供時代の記憶を処理して、消してしまうような。
適性だけを考えた上で、職業も機械が決めてゆくような。
(……御免だよね……)
部品だなんて、と震わせた肩。
けして「部品」になりはしないし、されたとしても「逆らってやる」と。
いつか社会の頂点に立って。
国家主席の座に昇り詰めて、機械に「止まれ」と命令して…。
機械と部品・了
※いや、SD体制の時代だったら、人間は「ただの歯車だよね」と思ったんですが…。
アニテラの時代に「歯車」があるのかが謎で、「ビス」に置き換え。メカには弱いっす。