(…全ては偉大なる我らの母、グランド・マザーの導きのままに…)
そうなるのだがな、とキースが歪めた唇。
国家騎士団総司令として、首都惑星ノアで与えられた個室で。
日付は、とうの昔に変わった。
側近のマツカも下がらせた後で、彼が置いていったコーヒーも既に冷たい。
熱い間に飲み始めたけれど、カップに半分ほどが残った。
考え事に囚われていて。
心の端をフイと掠めた、自分の思いに深く沈み込んで。
終わりが見えない、ミュウとの戦い。
この戦いが始まった時には、直ぐに終わると考えていた。
「彼ら」と呼ぶのも馬鹿らしいような、SD体制の異分子たち。
人類ではなく、処分されるか、実験動物にされる生き物。
そんなミュウを「彼ら」と呼んではいても、ただ便宜上の言葉として。
頭の中では「動物」と同じ。
ヒトよりも遥かに劣る存在、彼らに何が出来るものか、と嘲笑った。
育英惑星アルテメシアは落ちたけれども、それは「彼ら」が慣れていたから。
長い年月、モビー・ディックで潜み続けていた惑星。
人類軍の布陣も、ユニバーサルの動きも、何もかも把握済みだったろう。
遠い昔に「逃れた」とはいえ、復讐のために戻って来るなら、準備は万全。
その上、当時は二人きりだった「タイプ・ブルー」。
攻撃性の高いサイオンを持つ「最強のミュウ」が、今は八人。
「ソルジャー・ブルー」が欠けなかったら、九人もの数になっていた筈。
前よりも戦力が増えているなら、アルテメシアを落とすくらいは出来なくては。
(…そうでなければ、敵とも呼べん)
だが、其処までだ、と踏んでいた「未来」。
アルテメシアを制圧した後、ミュウたちは「自滅するだろう」と。
次に攻め込んだ先で敗れて、モビー・ディックも沈められて。
ソルジャー・ブルーの後継者さえも、生きて逃れることは出来ずに。
それなのに、何処で狂ったろうか。
事は思ったようには運ばず、ミュウの版図は拡大の一途。
今日も一つの惑星が落ちた。
まさか落ちるとは思わない星が。
近隣の軍事基地まで潰され、完膚なきまでに滅びた星域。
(ミュウにとっては、滅びたどころか勝ち戦だが…)
また新たなる星を手に入れ、戦力を増やしたことだろう。
物資を補給し、囚われていた実験体のミュウたちを解放して。
人類軍との戦いのために、必要な拠点を一つ増やして。
(……そして、いずれは……)
このノアにまで来るのだろうか。
彼らの船が沈まなければ。
モビー・ディックが、タイプ・ブルーが、人類軍を破り続けてゆけば。
(……まさかな……)
いくら何でも、それはあるまい、と考えたい。
所詮、「彼ら」は異分子だから。
SD体制の枠から外れた存在、海賊たちと何処も変わりはしない。
「サイオンを持っている」だけで。
それだけが海賊とミュウの違いで、どちらも殲滅されるべきモノ。
だから「滅ぼす」。
人類軍の船を次々に出して、このノアからは遠い星域で。
首都惑星の影さえ見ることも出来ない、辺境の星で。
今日も艦隊を激励した。
国家騎士団総司令として、遠く離れた場所にいる者を。
モニターの向こうに並んだ兵士や、将校たちを。
いつも口にする決まり文句で。
「死を恐れるな!」と、拳を高く掲げて。
「SD体制のために」、「地球のために」と、ミュウとの戦いに向かわせた彼ら。
明日にでもミュウと遭遇するのか、まだ数日は無事に航行し続けるのか。
(……無事に、だと……?)
その考えに愕然とする。
人類軍が勝って当然、そうは思えない今の戦況。
弱気になったとは思わなくても、実の所は「そう」なのだろう。
今日、励ました兵士たちも「多分、戻って来ない」と何処かで諦めていて。
「死を恐れるな」と言った通りに、彼らは戦い、散るのだろう、と。
(……グランド・マザーの導きのままに……)
また艦隊を一つ失いかねない。
いくら辺境星域とはいえ、そこそこ優秀な者もいるのに。
指揮官クラスの将校の中には、メンバーズの名さえもあったのに。
(…彼らは、何処までも戦い抜いて…)
白旗を掲げることもしないで、宇宙に散ってゆくのだろうか。
かつて降伏した艦隊をも、ミュウは「殲滅してしまった」と聞く。
もう戦えない、非武装の救命艇を沈めて。
人類が「彼ら」にそうやったように、「ヒトとして」扱うことはしないで。
その噂はとうに広がっているし、誰も降伏しはしないだろう。
逃亡する者はあったとしても。
いわゆる「腰抜け」、そういった者が逃げ出すことはあっても。
(だが、それも…)
きっと無いな、という気がする。
彼らは「死をも、恐れない」から。
そのように彼らを励まさなくとも、彼らが生粋の軍人ならば。
(…逃げたり、降伏するような者は…)
元から資質が劣った者で、いわゆる「ただの一兵卒」。
どう努力しても将校はおろか、部隊の一つも任されないままで終わる者たち。
定められた年まで軍に所属し、後は退役してゆくだけ。
何の手柄も立てないままで。
武勲の一つも得られないままで、名簿からその名を抹消されて。
(しかし、そういう者を除けば…)
軍人は「死を恐れない」もの。
一般社会を構成している、普通の人類たちと違って。
ミュウがどれほど脅威であろうと、彼らは勇んで戦場にゆく。
「人類のために」、「地球のために」と。
SD体制を守るためにと、死が待つのかもしれない場所に。
考えていたのは、まさにそのこと。
どうして、彼らは「恐れない」のかと。
(ヒトというのは、生命体で…)
生きている以上、本能的に死を恐れるもの。
自分の命が惜しくて当然、それゆえに昔は法律もあった。
今のように統制されていなくて、社会が混然としていた時代。
善人も悪人も混じった世の中、ある日、意味もなく襲われもする。
そういった時に「身を守るために」反撃した結果、相手を殺してしまっても、無罪。
そんな法律があったくらいに、人間は死を恐れるもの。
虫も殺さぬような者でも、人を殺してしまうほどに。
自分の命を守るためにと、相手の命を奪ってしまって。
本来、ヒトとは「そうした生き物」。
けれど、軍人は死を恐れはしない。
(…私のように、機械が作った生命ならば…)
そういったこともあるだろう。
見た目はヒトと変わらなくても、生まれが「まるで違う」のだから。
それに成人検査の年まで、機械が施し続けた教育。
何もかもが「ヒトとは違っている」から、考え方もきっと「ヒトとは違う」。
きっと、根本的な所で。
だからこそグランド・マザーが目をかけ、此処まで育て上げて来た。
「人類の指導者」になる者として。
いずれはパルテノンに入って、元老の次は国家主席の座に就くようにと。
(死など恐れるような者では、話にならん…)
現に暗殺の危機を何回、切り抜けたことか。
間一髪で爆破を逃れたことやら、銃撃戦を繰り広げたことやら。
それでも「怖い」と思わなかった「死」。
特別な生まれの自分だったら、何の不思議も無いのだけれど…。
(……軍人も、普通の人間なのだ……)
たまたま資質に恵まれただけで、子供時代は「普通の子供」だったろう。
一般市民と何処も変わらず、無邪気に遊び回ったりして。
そんな子供が、どうやって「死を恐れない」者になったのか。
理由は、たった一つしかない。
どう考えても、遠い昔の歴史の知識を動員しても。
(……洗脳か……)
気味が悪いな、と心の中で呟く。
遥か昔から、人間たちが使って来た手段。
「死は怖くない」と兵士に教えて、名誉だとさえも思い込ませて。
死をも恐れぬ軍隊を作り、死ぬためだけに戦わせもして。
(……ヒトがやるなら、まだいいのだがな……)
そうではない分、酷く思える。
今は機械が「それをする」から。
記憶を消したり、植えたりするのと同じように。
「死を恐れる」という本能に触れて、それをブロックしてしまって。
(…不自然で、おまけに非人道的で…)
これでは仕方ないのだろうか、と零れた溜息。
ミュウたちの方が勝ったとしても。
人類軍は負け戦の末に、船の一隻すら残らなくても。
(……あのミュウの子供……)
確かトォニィという名前だったか、母の胎内から生まれた子供。
本来の「ヒト」の生まれ方をして来た、ああいう子供がいるミュウの艦隊。
(機械に本能さえも弄られ、死も恐れないような軍隊よりは…)
奴らの方に分があるかもしれん、と不安になる。
歴史は、どちらに味方するのかと。
「ヒトらしく」生きるミュウの方なのか、「優れたヒト」である人類なのか。
答えを出すのは神だけれども、人類を導くべき指導者は…。
(……神の領域を侵して生まれた私だからな……)
人類の勝利に終わればいいが、と傾けるカップ。
コーヒーは冷めてしまったけれど。
それを「不味い」と思う心は、「ヒト」と同じな筈なのだけれど…。
恐れない者・了
※SD体制の社会と言ったら、機械が洗脳しているようなもの。ごくごく普通の一般人でも。
だったら兵士はどうなんだろう、というお話。こういったコントロールは可能な筈…。