「最後まで…私は一人か」
それがキースの最期の言葉。
その唇から最後に零れた、肉体の声。
崩れゆく地球の地の底深くの、暗闇の中で、聞く者さえも無いままに。
自嘲するように呟いてから、彼の上に巨岩が落ちてくるまで、ほんの数秒。
けれど「死にゆく者」の意識は、凄まじい速さで思考するもの。
よく例えられる走馬灯のように、その人生における様々なことを。
機械が作った生命だろうが、「ヒト」である以上、消えゆく命が見るものは同じ。
キース・アニアンが最期に脳裏に描いた、彼の思いは悲しいもの。
「最後まで、一人」だったから。
どうして彼が「そう呟いた」か、呟かねばならなかったのか。
隣にはジョミーがいたというのに。
共にグランド・マザーと戦い、理解し合えたミュウの長が。
(……ジョミー)
お前まで先に逝ったのか、とキースが一人、噛み締めた唇。
巨岩が落ちてくるよりも前に。
「最後まで…私は一人か」と、口にするよりも、ほんの少しばかり先に。
長い年月、敵として戦い、この地の底でも「戦った」ジョミー。
何度も激しく剣を打ち合わせ、死闘を繰り広げたとも言える。
けれども、それはジョミーに対する、一種の挑発。
ジョミーが本気にならない限りは、グランド・マザーを倒せはしない。
無論、SD体制をも。
(だから私は、剣を突き付けた…)
話し合いなどで、この戦いは「終わらない」から。
倒すべき敵はグランド・マザーと、「機械の申し子」キース・アニアン。
それをジョミーが認めさえすれば、全ては崩壊するだろう。
何故なら、「キース」に「勝ちを収める」気など無いから。
ジョミーの戦意に火を点けたならば、そこで斃されても悔いは無かった。
(……もっとも、メンバーズを剣で倒すことなど……)
素人に出来はしないのだがな、と冷めた心で分かってもいる。
せいぜい掠り傷を負わせる程度で、その辺りが「ジョミーの限界」だろう、と。
(私を敵だと認識すれば…)
ジョミーの憎悪は、サイオンとなって膨れ上がる。
グランド・マザーもとろも「キース」を倒すか、真っ直ぐグランド・マザーに向かうか。
どちらであろうと、結果はSD体制の終わり。
(…私は、それで良かったのだが…)
何処で歯車が狂ったろうか、と禁じ得ない苦笑。
そういう方へと向かう代わりに、「今」があるから。
ジョミーが先に逝ってしまって、自分は未だに「生きている」から。
地の底で一人、剣で刺されて。
虫ピンで留められた昆虫のように、この階段に縫い留められて。
(……国家主席の標本か……)
それとも、遥か昔に目にした、E-1077に並んだ『サンプル』たち。
「キース」と同じ顔をしていた彼らと、今の自分は似ているだろうか。
サンプルと言えば、言わば標本。
彼らの命は消えていたけれど、自分は今も「生きてはいる」。
とはいえ、いずれは死んでゆく身で、死ねば『標本』が出来上がる。
虫ピンの代わりに剣で留められた、「キース・アニアン」の標本が。
もしも研究者がやって来たなら、「格好のサンプル」と見るだろう「モノ」が。
(…機械が無から作った人間となれば…)
さぞや研究意欲を掻き立てるのに違いない、と思い浮かべる、おぼろげな記憶。
E-1077の水槽にいた頃、ガラスの向こうから「見ていた」者たち。
彼らが此処にやって来ることは、絶対に有り得ないのだけれど…。
(研究者などは、誰でも同じだ)
標本となった「キース」を見たなら、狂喜して分析し始めるのだろう、と想像がつく。
けれど…。
(ミュウに生まれた研究者でも、そうなのだろうか?)
喜び勇んで「キース」の死体を切り刻むものか、あるいは違って…。
(研究するにしても、先に弔いそうな奴らだ)
それが人類とミュウの違いか、と可笑しくなる。
「だからこそ、人類は負けたのだ」と。
ヒトがヒトとして生きてゆくには、「ヒトらしい思い」が必要だから。
より「人間味」に溢れていたのは、明らかにミュウの方だったから。
機械が統治するためのシステム、それがSD体制だった。
「ヒト」のためではなく、「地球のために」存在していた制度。
人間は地球を窒息させ、滅びさせるものだ、と考えた者らがシステムを作った。
死の星と化した、地球を蘇らせるためだけに。
(……そのためには、ヒトの思いなど……)
要りはしないし、情も要らない。
だからこそ自然出産を禁じ、血の繋がりを崩壊させた。
ヒトが地球よりも「情」を優先させないように。
血の繋がった家族に抱く「思い」が、地球への「それ」を超えないように。
(…そうやって生きたのが、人類で…)
逆の生き方を選んだのがミュウ。
昨夜、あの「ミュウの女」も言った。
指導者自ら前線に出て戦う理由を、「次の世代を守るため」だと。
彼らは互いを思い合った上に、ミュウという種族の未来を思って地球まで来た。
SD体制が敷かれたままでは、種族の未来は開けないから。
「ミュウを抹殺せよ」と命じるシステム、それを壊さねばならないから。
(……結局、ヒトが生きてゆくのに必要なのは……)
地球という星を守ることより、「ヒトらしく生きてゆく」ということ。
その道を自ら捨てた人類、そんな種族に未来など無い。
どんなに機械が叫ぼうとも。
「ミュウを殲滅せよ」と言おうと、ミュウを不純物と決め付けようと。
(……だから、私は……)
自ら滅びを選ぶつもりで、ジョミーに剣の切っ先を向けた。
ジョミーが巻き起こす怒りのサイオン、その前に身を晒すつもりで。
けれども、何処かで狂った計算。
気付けば、グランド・マザーに向かって、直接、怒りをぶつけていた。
銃を抜き放ち、何発も撃って。
すっかり「ジョミーの戦友」となって、システムへの批判を隠しもせずに。
(…そうした結果が、この始末だ…)
残酷な「処分」もあったものだ、とグランド・マザーの冷たさを思う。
一撃で息の根を止める代わりに、こうして縫い留められてしまった。
「生きたまま」全てを見届けるよう、「ジョミーの最期」を「その目で見よ」と。
皮肉なことに、ジョミーではなく、グランド・マザーが「壊された」けれど。
最後のあがきで報復はしても、明らかに「ジョミーの勝ち」だった。
いくらジョミーが命尽きようと、SD体制は崩壊する。
ジョミーが開いたパンドラの箱は、この先、世界をどう変えてゆくか。
(……箱の最後には……)
「希望が残ったんだ」と、ジョミーは最期に言い残した。
彼の目には見えていたのだろう。
これから先のヒトの未来が、ミュウたちの希望に満ちた未来が。
(……私は、全てを見届けたのだが……)
ジョミーと共には逝けなかったな、と寂しさだけが、こみ上げてくる。
そうも長くは持たないにしても、やはり自分は「一人なのだ」と。
長い時を、そうして生きて来たから。
側近くにいたマツカさえをも、冷たくあしらい続けたから。
本当は、心を許していても。
マツカが「仲間の許へ逃れる」ことさえ、心の何処かで望んでいても。
機械が無から作った生命、それを知る前は、どうだったろう。
同じに一人で生きていたのか、それとも、そうではなかったのか。
(……サム…。シロエ……)
過去を忘れてしまったのがサム、この手で殺してしまったシロエ。
それを思うと「一人だった」と、悲しみが胸に広がってゆく。
「ずっと昔から、私は一人だったのだ」と。
生命としての父母さえも無くて、機械が無から作った人間。
それが宿命づけたのだろうか、「一人きりで生きてゆく」道を。
死の瞬間まで「たった一人」で、戦友さえも「先に逝ってしまう」道を。
(……こういう処分を受けなかったら……)
とうの昔に死んでいたろうに、未だにこうして生き続けている。
「致命傷を負わされ、それでも意識は鮮明なまま」で。
グランド・マザーが「縫い留めた」箇所は、そういう部分を貫いていた。
剣を抜けば多量の血が溢れ出して、死に至る場所を。
「標本のように留められた」ままなら、かなりの時間を生きられる箇所を。
(……お蔭で、私は最後まで……)
本当に、たった一人なのだ、と地の底で思う。
ジョミーに殺される道をゆかずに、その戦友になれたのに。
もしもジョミーが生き延びたならば、最期を看取ってくれただろうに。
(……機械に作られた人間には……)
相応しいがな、と考えはしても、やはり虚しい。
最後まで、一人きりだから。
ジョミーまで先に逝ってしまって、死出の旅さえ、一人だから…。
孤独の内に・了
※アニテラ放映当時から「え?」と思っていたのが、キースが最期に口にした言葉。
「一人って、ジョミーの立場が無いよ」と。というわけで、今頃、書いてみました…。
(鳥でもいいな…)
ネバーランドへ飛んでいけるんなら、とシロエの頭に浮かんだこと。
E-1077の夜の個室で、ピーターパンの本を手にして。
眠る前のひと時、ベッドに腰掛け、それを読もうと膝に乗せていて。
表紙に描かれた、夜の空を飛ぶピーターパンやウェンディたち。
彼らの背には翼は無いのだけれども、ネバーランドへと翔けてゆく。
夜の街を遥かな下に見下ろし、高い夜空を。
まるで体重など無いもののように、重力からは切り離されて。
(ぼくは、こんな風には飛べないけれど……)
無重力空間の訓練でならば、似たように宙に浮くことが出来る。
宇宙空間に出た時だって。
(あのまま、飛んで行けたらいいのに…)
遠い遠いネバーランドまで、と思うけれども、無理だろう。
宇宙服などを着込んだ者には、行き着く資格が無いだろうから。
ネバーランドに行きたいのならば、生身で行かねば駄目だろうから。
(二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずうっと真っ直ぐ……)
そうやって歩いて行けば着くのが、子供が子供でいられる国。
ネバーランドという素敵な場所。
宇宙服を着て歩いてゆくのは、どう考えても難しい。
重たい上に不格好だし、なにより、ネバーランドに「無い」モノ。
宇宙服ではなく、海賊船に乗ってゆくなら、扉は開きそうだけれども。
ただし、今の時代の船とは違って、海をゆく船。
そういう船なら、海賊フックも乗っていたから、ネバーランドにも行けるだろうに。
(……宇宙服なんかは、お断り……)
きっとそうだ、という気がするから、鳥の方へと思考が向いた。
鳥の翼で飛んでゆくなら、ネバーランドは迎えてくれる。
人間の子供とは違っていたって、鳥は「自然なもの」だから。
ネバーランドの森に住むなら、喜んで受け入れてくれる筈。
ピーターパンたちが暮らす近くに、いくらでも木を用意してくれて。
鳥でもいいな、と空を飛ぶ自分を頭に描く。
小さな翼で羽ばたいてゆけば、ネバーランドが見えてくるのに違いない。
二つ目の角を右へ曲がって、後は朝まで、ずうっと真っ直ぐ。
ピーターパンの本に書かれた通りに、夜の空を飛んで行ったなら。
朝の光が差す方角へと、せっせと夜通し、翔けて行ったら。
(鳥は夜には空を飛ばない、って言うけれど…)
夜目が利かない鳥の瞳は、夜空を飛ぶには向かないという。
けれども、遥かな昔の地球には、夜も飛んでゆく鳥たちがいた。
普段は昼間は飛びはしないのに、ある時期にだけ。
(……渡り鳥……)
鳥の身体には広すぎる海を、渡り鳥たちは越えて旅をした。
どんな仕組みになっていたのか、夜になっても眠らずに。
眠れば海に落ちてしまうから、休むことなく飛び続けて。
(だから、ぼくだって、頑張ったなら……)
渡り鳥ではなくて普通の鳥でも、ネバーランドまで辿り着けるだろう。
ピーターパンが住んでいる夢の国まで。
子供が子供でいられる場所まで、鳥の翼で。
無事に着けたら、もう辛いことは何も無くなる。
悲しいことも消えてしまって、本当の自由が手に入る場所。
(……パパやママには、会えなくなってしまうけど……)
それは今でも同じだしね、と零す溜息。
大好きだった両親の顔さえ、今では思い出せないから。
一緒に暮らした家の場所さえ、記憶には何も残っていなくて。
(…こんな目に遭っているよりは…)
鳥がいいな、と心から思う。
小さな翼で羽ばたいて飛んで、ネバーランドへ行けるのならば。
(……鳥が見たいな)
自分は空を飛べないけれども、飛べる鳥たち。
宇宙服など身に着けなくても、無重力にした場所でなくても。
彼らは自由に空を舞うから、飛んでゆく姿を見てみたい。
思えば、長く見ていないから。
このステーションへと連れて来られてから、ただの一度も。
(…エネルゲイアでも、鳥は見られたんだよ)
自然が豊かとは、とても言えない育英都市がエネルゲイア。
技術者を育てる場所だっただけに、立ち並んでいた高層ビル群。
それでも、鳥たちは飛んでいた。
けして多いとは言えない緑地や、公園などをねぐらにして。
ふとした折に空を見上げたら、小さな姿が見えたもの。
宇宙船やら飛行艇とは違う姿が、高い高い空を飛んでゆくのを。
懸命に翼を動かす鳥やら、気流に乗って舞う鳥やらを。
(あんな風に、空を飛んでゆく鳥……)
見に行きたいな、と瞬きをして、そこで気付いた。
その鳥たちは「いない」のだ、と。
長い間、目にしていない理由は、それだったことに。
(……このステーションには、鳥は一羽も……)
いないんだった、と愕然とする。
大きな広い中庭があるから、「いるような気がしていた」だけで。
公園と呼んでもいいくらいに広い、E-1077の立派な中庭。
木があって花も咲いているから、見た目は「地上」と変わらない。
きちんと調整された照明、それが作り出す昼と夜。
朝には夜明けに似せて明るさが増し、夕方は逆に暗くなってゆく。
だから起こした勘違い。
中庭は「地上」の「外」と同じで、見上げれば鳥がいるのだと。
気に留めなければ分からないだけで、小さな翼で遥か上を、いつも飛んでいる鳥。
そんな具合に思っていた。
鳥など一羽も飼われていなくて、振り仰いでも、目には入らないのに。
鳥さえもいないステーション。
広い中庭を設けたのなら、飼えばいいのに。
他の小動物とは違って、それほどに手はかからないのに。
(餌場と水場を作っておいたら…)
鳥たちは自分で餌を摂るのだし、ねぐらになる木は何本もある。
自分で巣をかけ、雛を育てて、代替わりだって、自然にしてゆく。
(もしも増えすぎて困るんだったら、卵を奪って…)
調節すればいいだけのことで、犬や猫よりも楽に飼えるに違いない。
ペットにしたがる者が出て来て、喧嘩になりもしないだろう。
何の変哲もない鳥だったら、みんな「見ているだけ」だろうから。
自分が気付かなかったみたいに、「いる」のが、ごくごく当たり前になって。
(…気付かなければ、いてもいなくても…)
さほど変わりはないのが生き物、小鳥くらいは飼っておくべき。
情操教育とは言わないけれども、きっと時には癒しになる。
たまには餌を撒く者がいたり、観察する者もいるかもしれない。
(そろそろ雛が孵りそうだ、って…)
心待ちに見に通う者やら、記録をつけてゆく者やら。
それを思えば、鳥というのは「いた」方がいい。
ステーションでの話題も増えるし、中庭だって賑やかになる。
なのにどうして、鳥は飼われていないのだろう。
本当に手間はかからないから、一種類でも飼っておけばいい。
そうして鳥を飼ってくれていれば、自分も鳥を見に行けるのに。
「鳥が見たいな」と思った時に。
今日まで思いはしなかったけれど、飛んでゆく姿を眺めたい時に。
(中庭が、いくら広くても……)
地上の公園には及ばないから、さほど高くはない天井。
それでも鳥は充分に飛べる。
動物園のケージと比べてみれば、もっと広くて大きな空間。
鳥の家族の五つや六つは、楽に飼えそうな場所なのに。
(……まさか、飼わない理由があるとか……?)
どうなのだろう、と機械の思考を想像してみる。
このステーションを支配している、巨大コンピューター、マザー・イライザ。
彼女の立場で考えてみたら、何か不都合でもあるのだろうか、と。
候補生たちの癒しになりそうな鳥は、致命的な欠点を抱えているだろうか…、と。
(…癒しは必要なものだから…)
鳥を飼えば得になりそうだけれど、それを打ち消すほどの欠点。
そういう何か…、と考える内に、思い出した「鳥を見たい」と感じた理由。
(……鳥は自由に空を舞うから……)
久しぶりに見たくなったのだった。
人工重力にも縛られないで、自由に羽ばたいてゆく姿を。
思いのままに空を舞う鳥、空ではなくて中庭の上の空間でも。
(…鳥を見ていたら、自由に憧れ始めるから…)
機械には都合が悪いのだろう。
なにしろ、此処は「牧場」だから。
ついでに機械が作った檻で、「社会という檻」に押し込むための訓練場。
其処で「自由」を目にされたならば、たちまち修正が必要になる。
自由に焦がれて「羽ばたきたい」と思う気持ちを、消してゆかねばならないから。
成人検査で記憶を奪って操作したように、此処でも、同じに。
(……きっと、そうだ……)
そのせいで鳥は飼わないんだ、と背筋がゾクリと冷えてゆく。
ただでも苦痛なこの牢獄は、思った以上に酷いようだから。
飛んでゆく鳥さえ見られないほど、不自然すぎる世界だから。
(……鳥が見たくても、見られないなんて……)
その酷さに誰が気付くだろうか、と思うけれども、気付く者などいないだろう。
皆、従順な羊だから。
「鳥がいない」と思ったとしても、その理由までは考えない。
ただ「いないのだ」と納得して。
「ステーションだし、仕方ないな」と、機械に都合よく解釈して。
(……きっと、ぼくだけ……)
鳥がいないことを酷く思うのも、「鳥が見たい」と思い付くのも。
此処では決して手に入らない、「自由」というものに焦がれるのも。
なんて酷い、と涙が零れるけれども、この檻からは逃れられない。
鳥の翼は、持たないから。
ピーターパンが迎えに来ない限りは、空を飛んではゆけないから…。
鳥のいない場所・了
※E-1077の中庭、けっこう立派だったんですけど…。そこから生まれたお話です。
ステーションで鳥は飼われてなくても、当たり前。そう考えるのが普通ですよね?
(まったく……。これで何度目なのだ)
もう報告も聞き飽きたぞ、とキースが零した深い溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令のために与えられた個室で。
夜の帳は降りたけれども、昼間のことを思い出させる報告書。
直属の部下のセルジュが届けた、暗殺計画の首謀者のリストや、後始末などの中身。
(今のところは、マツカのお蔭で全て未遂に終わっているが…)
いつか成功するやもしれん、と呆れるくらいに何度も起こる暗殺計画。
「キース・アニアン」は邪魔だから。
『冷徹無比な破壊兵器』と呼ばれた頃には、無害だったけれど。
お偉方にすれば「使える部下」で、仕事の出来るメンバーズ。
けれど今では事情は変わった。
国家騎士団総司令にまで昇り詰めた上に、グランド・マザーの「お気に入り」。
放って置いたら、何処まで昇るか分からない。
現にチラホラ聞こえてくるのが「パルテノン入り」という噂。
パルテノンと言えば、元老たちで構成された最高機関。
軍人出身の元老は過去に一人もいないけれども、初の例外になりそうだ、と。
グランド・マザーのお声がかりでパルテノン入りか、あるいは誰かが抜擢するか。
(……しかし、抜擢するような奴は……)
誰もいないと見ていいだろう。
皆が保身に必死だから。
「キース・アニアン」がパルテノン入りを果たせば、自分の立場が危ういから。
元老ともなれば、今以上に強まる発言権。
グランド・マザーの後ろ盾もあるし、「キース・アニアン」は無敵になる。
二百年以上も空席だった、国家主席の座に就くことさえも…。
(…夢物語ではないのだからな)
だから私を殺そうとする、と顰める顔。
本当に「地球のため」を思うなら、私欲に走ってはならないのに。
SD体制を守りたいなら、醜い足の引っ張り合いなど、決してしてはならないのに。
そうは言っても、ヒトは私欲に走るもの。
自分の利益を守るためには、目障りな者は排除するだけ。
彼らの頭の中にあるのは、「出る杭は打たねばならぬ」ということ。
「キース・アニアン」を早々に消して、目の前の脅威を葬り去る。
そうしておいたら、自分の人生は安泰だから。
これから出世をしてゆく者も、功成り名遂げている者たちも。
(……もしも奴らが、私を消すのに成功したら……)
厄介なことになるだろうな、と「キース亡き後」を想像してみる。
表面上は何も変わらず、世界は動いてゆくことだろう。
たかが人間一人消えても、宇宙が滅びるわけもないから。
直ちに代わりの者が選ばれ、国家騎士団総司令の座に就くだけだから。
(周りから見れば、何も変わらん…)
新しい国家騎士団総司令が就任するというだけ、その名を覚え直すだけ。
部下たちも、一般社会を構成している者も。
「新しい国家騎士団総司令は、彼か」と、素直に現実を受け入れる。
それが意味することも知らずに。
世界は何を失ったのかも、まるで全く知らないままで。
「キース」の代わりは「いない」のに。
広い宇宙の何処を探しても、絶対に「見付けだせない」のに。
(……そして、これからも……)
何年、何十年と待とうと、「キースの代わり」は現れはしない。
どんなに待っても、何処からも来ない。
何故なら、「キース」は「作られた」から。
機械が無から作った生命、そんな者など他にはいない。
(…実際は、もう一人だけいるのだが…)
残念なことに失敗作で、その上、「ミュウに攫われた」それ。
今ではすっかりミュウの仲間で、人類には戻れないだろう。
なにしろ出会った自分自身が、そう思うから。
「ミュウの女」で、「人類とは全く違う者だ」と。
最初は恐らくアルテメシアで、行われていただろう実験。
「ミュウの女」が作られた頃には、ガラスの水槽は地上にあった。
(…そういうデータを見てはいないが…)
E-1077ではなかったのだ、ということくらいは想像がつく。
伝説のタイプ・ブルー・オリジンの侵入を許したのだから。
ソルジャー・ブルーが易々と入り、水槽の少女を攫って行った。
無から作られた盲目の少女、彼女が育って水槽の外へ出された後に。
「失敗作だ」と判断されて、処分が決まったその日の朝に。
(…いくらソルジャー・ブルーでも…)
舞台がE-1077では、そんな芸当は出来ないだろう。
足繁く通って入り込むことも、攫って逃亡することも。
つまり「かつては、別の場所に在った」実験施設。
そこで少女が攫われたせいで、実験は宇宙に移ったろうか。
またしてもミュウが通って来たなら、また失敗に終わるから。
新たに無から作る命も、まんまとミュウに奪われるから。
(……E-1077に移したお蔭で……)
ソルジャー・ブルーは二度と現れず、機械は「キース」を完成させた。
幾つもの「命」を作り出しては、処分した末に。
サンプルとして残した他にも、きっと何人もいた「キース」。
少なくとも顔は「キース」な男を、幾つも、幾つも作り続けて。
(…ようやく私が生まれたらしいが…)
そうやって「キース」が世に出た後の、機械のやり方。
果たして正しかったのだろうか、その判断は。
「もしや、間違いだったのでは」と、時々、背筋が寒くなる。
暗殺計画が起こって、それを乗り越えた時に。
「いつか、彼らが成功したら」と、「キース亡き後」を考えた時に。
代わりは「何処にもいない」から。
誰も代わりになれはしないし、何年待とうと、代わりは現れないのだから。
(……所詮は、機械の浅知恵なのか……?)
滅びを知らないグランド・マザー。
部品さえ交換していったならば、永久に壊れることなどはないコンピューター。
それゆえに「キース」も、「一人いればいい」と思ったろうか。
もしも万一のことがあったら、「いなくなる」とは考えもせずに。
「キース・アニアン」を失った時は、代わりの者が必要なのに。
(…自分が死なないものだから…)
不慮の事故さえ想像もせずに、一人だけ作って満足したのがグランド・マザー。
「キース」の代わりを作っておかねば、万一の時は「後が無い」のに。
人類は導く者を失い、グランド・マザーも困るだろうに。
(……私が出来上がったら、これ幸いと……)
閉鎖されたのが実験の場所で、E-1077は廃棄された。
表向きの理由は、シロエの事件にかこつけて。
「ミュウのキャリアに汚染された」と、在学生たちを処分して。
そうして宇宙に棄て置かれたのを、グランド・マザーは跡形もなく消し去った。
他ならぬ「キース」に命令して。
「E-1077を処分せよ」と、マザー・イライザごと滅ぼすようにと。
(……お蔭で自分の生まれを知ったが……)
あの時、受けて来た命令通りにした自分。
実験施設もサンプルも全て、E-1077もろとも消した。
惑星上に落下させて。
大気圏との摩擦で燃やして、重力の中で爆発させて。
(…だが、本当に正しかったのか…?)
施設そのものを壊したことは…、と恐ろしくなる。
破壊しないで残しておいたら、多分、「キース」を作れたから。
全く違う生命さえも、作ることは可能だっただろう。
「ミュウの女」の遺伝子データに基づき、「キース」を新たに作ったように。
今度は「キース」のデータを基本に、まるで全く違ったモノを。
E-1077さえ今もあったら、「代わりの者」は作り出せた。
もう一度「無から作る」となったら、かなり時間がかかるけれども。
(……それでも、いないよりかは遥かにマシだ……)
そうも思うし、「どうして作り続けなかった?」とも問い掛けたくなる。
機械に問うても、きっと理解はしないけれども。
「キース」一人で満足し切って、E-1077を捨てた機械は。
(……作り続けていてくれたなら……)
私の心が軽くなるのに、と思っても、それは無駄なこと。
E-1077を「処分した」のは「自分」だから。
この自分でさえ、あの瞬間には、その意味が「分かっていなかった」から。
(…私が暗殺されてしまったならば、何もかもが…)
終わってしまって、人類の導き手は消える。
劣等人種のミュウでさえもが、ちゃんと代替わりをしているのに。
ソルジャー・ブルーが死んだ後には、ジョミー・マーキス・シンがいるのに。
(ついでに、ジョミーに何かあっても…)
次の世代のタイプ・ブルーが何人もいるし、ミュウの導き手は失われない。
人類は「そうはいかない」のに。
「キース・アニアン」が死んでしまえば、あえなく滅びそうなのに。
(……こんな具合だから、ミュウに敗れる未来しか……)
私には見えて来ないのかもな、と暗澹たる気分になってくる。
暗殺計画を無事に切り抜け、命を拾った時などに。
「いつか暗殺が成功するかも」と、最悪の結果を考えた時に。
もしも「キース」が殺されたならば、「代わりの者」はいないから。
人類の未来は「お先真っ暗」、ミュウに滅ぼされて終わりだから。
(……私は、死ねん……)
暗殺などで決して死んではならないのだ、と重荷を背負って生きるしかない。
「キース」は一人きりだから。
代わりの者など何処にもいなくて、何年待とうと、現れることはないのだから…。
一人きりの重荷・了
※原作ではキースが生まれた後にも、作られていた実験体。E-1077で、定期的に。
けれどアニテラでは「キース」で最後。本当にそれで良かったのか、というお話。
(……こんなトコかな)
今日の所は、とシロエが閉じた勉強用のノートと端末。
E-1077の夜の個室で、キリのいい辺りで。
机を離れてベッドに向かうと、腰を下ろして本を手に取った。
いつも決まった場所に置いてある、大切な本を。
たった一つだけ、故郷の星から持って来たもの。
(……ピーターパン……)
ぼくは頑張っているからね、と本の表紙に語り掛ける。
心の中で語る言葉は、ピーターパンにも届くだろうと思うから。
声に出すより、その方がいいと思えるから。
(…まだまだだけど……)
まだまだ時間はかかりそうだけれど、着実に前進している自分。
次の試験でもきっとトップで、その後も、ぐんぐん昇ってゆく。
周りのエリート候補生たち、彼らを端から置き去りにして。
単独でトップを走り続けて、メンバーズ・エリートに選ばれる日まで。
(……待っていてね……)
ぼくは必ずメンバーズになって見せるから、とピーターパンに何度誓っただろう。
幼い頃から憧れ続けた、ネバーランドに住む少年に。
永遠に年を取らない子供に、「ぼくは頑張る」と。
このステーションから選び出される、何人かのメンバーズ・エリートたち。
選抜されれば、能力次第でいくらでも上に昇ってゆける。
そうして、いつかは頂点に立てることだろう。
けして努力を怠らなければ。
自分自身を磨き続けて、グランド・マザーに気に入られれば。
(…システムを批判してたって…)
その能力さえ優れていたなら、機械は「シロエ」を抜擢する筈。
今の社会を統治する者は、他にいないと。
二百年間も空席のままの、国家元首の座にだって就ける。
他に適した者がいないなら、「シロエ」にするしかないのだから。
その日を目指して、ステーションでも続ける勉強。
候補生なら当たり前のことだけれども、「それ以上」のものを。
課された課題や、するべき勉強、それらだけでは終わらせない日々。
地球のトップに立とうと言うなら、覚えるべきことは山のようにある。
今から先取りしておいたって、得にはなっても損にはならない。
(ぼくは、そうして来たんだから…)
エネルゲイアにいた頃から、と子供時代の記憶を手繰る。
成人検査で消され、薄れた記憶とはいえ、そういったことは「忘れていない」。
学校の場所さえ曖昧になっても、「頑張って勉強した」ことは。
懐かしい家すら霞んだ今でも、その家で「努力していた」頃の記憶は。
(……きっと、都合がいいからなんだ……)
勉強好きの努力家だったことが、「機械にとっては」。
その事実を忘れさせるよりかは、覚えておかせた方がいい。
そうすれば「シロエ」は、努力するから。
「あの頃のぼくも、頑張ってたよ」と、励みに思って上を目指すから。
(…いいんだけどね…)
別にそれでも、と浮かべる皮肉な笑み。
努力は裏目に出たのだけれども、「勉強好き」は今後の役に立つ。
機械に選ばれ、国家元首になりたいのなら。
トップエリートの階段を上り、出世街道を駆け抜けたいなら。
(……本当は、ネバーランドよりも素敵な地球へ……)
行こうと思って、故郷で努力を続けていた。
優しかった父が、こう言ったから。
「シロエなら行けるかもしれないな」と。
ネバーランドも悪くないけれど、それよりも素晴らしいという所が「地球」。
其処へ行けたら、と夢を抱いて、ひたすらに励み続けた自分。
「頑張った先」に待っているものも、知らないで。
子供時代の記憶を消されて、ステーションに行くとも気が付かないで。
ネバーランドよりも素敵な地球へ、と頑張ったことは失敗だった。
こうして過去を奪い去られて、ステーションに連れて来られたから。
「地球に行くこと」は、「子供時代の全てを捨て去ること」だったから。
(……でも、どうせ……)
成人検査は必ず受けるものだし、どんな子供でも逃れられない。
それなら、これでも「いい」のだろう。
E-1077に来られた自分は、いつか力を持てるから。
国家主席の座に就いたならば、機械に向かって命令出来る。
「奪った、ぼくの記憶を返せ」と。
大切な記憶を奪い返したら、次は「止まれ」と下す命令。
自分のような子供を作り出し続ける歪んだ世界は、滅ぶべきだから。
「ヒトが、ヒトらしく」生きるためには、機械が治める世界は要らない。
だから「止まれ」と機械に命じて、SD体制を終わらせる。
「子供が子供でいられる世界」を、取り戻すために。
ピーターパンの本が書かれた時代に、地球で、人間が「そう生きた」ように。
(…もちろん、滅びを繰り返さないように…)
策を講じねばならないけれども、SD体制なんかは「要らない」。
世界は「ヒト」のものであるべきで、機械のものではないのだから。
誰もが幸福になれる世界は、「ヒトが治める」べきだろうから。
(……頑張らなくちゃ……)
そのために、ぼくは選ばれたんだ、と今は誇りに思っている。
ピーターパンの本を失くさず、ステーションに持って来られた自分。
成人検査を受けた子供は、「何も持っては来られない」のに。
子供時代の記憶はもちろん、故郷で大切にしていた物も。
成人検査を受ける時には、荷物を持っては行けない決まり。
けれど自分はそれに従わず、宝物の本を持って出掛けた。
お蔭で今でも失くしてはいない、大切な本。
それこそが「選ばれた者」の証で、ピーターパンにも、きっと期待をされているから。
(……今よりも、もっと……)
もっともっと努力を重ねないと、と「やるべきこと」に思いを馳せる。
メンバーズ・エリートに選ばれた先に、国家元首の座に就いた先に。
そうやって頑張り続けていたなら、ピーターパンにも会えることだろう。
「迎えに来たよ」と、永遠の少年が空を翔けて来て。
その頃には「シロエ」は年老いていても、この命を終える時であっても。
(…ネバーランドに行けるなら…)
それでいいや、と緩んだ頬。
懸命に生きた生の終わりに、そんな御褒美が待っているなら。
ピーターパンと一緒に空に舞い上がり、ネバーランドへ飛んでゆけるのならば。
(……だけど、ホントは……)
もっと早くに行きたかったな、と微かにチリリと痛む胸。
「ネバーランドよりも素敵な地球へ」と思わなかったら、あるいは行けていたのだろうか。
子供の味方のピーターパンは、「シロエの夢」を尊重したから、迎えに来ないで…。
(…こういう人生になってしまったとか?)
まさかね、と急に冷たくなった背。
あれだけ待って待ち続けたのに、ピーターパンは「来なかった」。
もしかしたら、それは「自分が選んだ」道だったろうか。
「ピーターパンと一緒に行くより、地球に行こう」と。
そう出来るだけの素質と能力、それが「シロエ」にはあったから。
努力と勉強を怠らなければ、「地球への道」が開くのだから。
(……ぼくが、こういう道に来たなら……)
SD体制を破壊するために、更なる努力を続けてゆく。
「ぼくは選ばれた子供なんだ」と、誇りを持って。
ピーターパンなら忌み嫌うだろう、機械の世界を滅ぼすために、と。
だから自分は「今、ステーションにいる」のだろうか、ネバーランドには行けないで。
ピーターパンは迎えに来ないで、大人への道を歩み始めて。
(……そんなことって……)
あるだろうか、と思うけれども、否定するには決め手に欠ける。
ピーターパンが「ずっと、探していた」のが、「シロエのような子供」だったら…。
(…迎えに行くより、SD体制を破壊して貰おう、って思うよね?)
きっとそうだ、と容易に想像がつく。
ネバーランドを、ピーターパンを忘れない子で、優秀な子供が、どれほどいるか。
こんな「機械の言うなり」な世界に、マザー牧場の羊ばかりが増える世界に。
(……ぼくの他には、誰もいなくて……)
そのせいで、ぼくが「選ばれた」なら…、とゾクリとする。
もっと成績が悪かったならば、「違っていたかもしれない」と。
成人検査を受けるより前に、ピーターパンが迎えに来て。
今では住所も思い出せない、エネルゲイアの高層ビルにあった家。
あそこの窓から、夜の間に高い空へと舞い上がって。
ピーターパンやティンカーベルと、夜空を翔けてネバーランドへ。
(……二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ……)
謎かけのような、ネバーランドへ行ける道。
それはすっかり無視してしまって、真っ直ぐに飛んで。
子供が子供でいられる世界へ、幼い自分が焦がれた場所へ。
(……ぼくが劣等生だったなら……)
そっちの道へ行けただろうか、と零れ落ちる涙。
もしもそうなら、「選ばれた子供」でなくても良かった、と。
世界を救った英雄になるより、ただの名も無い子供で良かった。
先の見えない長い長い道、其処を懸命に歩くよりかは。
SD体制を破壊する日まで、がむしゃらに努力の人生よりは。
たとえ「負け犬」と呼ばれようとも、そちらの道なら後悔は無い。
ピーターパンが迎えに来るのだったら、ネバーランドへ行けたのならば…。
劣等生なら・了
※ステーションで努力するシロエですけど、もしも劣等生だったら、どうなったのか。
成人検査で一般コースに送られるのが普通とはいえ、ネバーランドに行けていたのかも…。
(優秀な人材か……)
そんな者はいないから困るのだがな、とキースが心で零した溜息。
首都惑星ノアの、元老のためにと与えられた個室で。
側近のマツカも部下たちもいない、とうに夜更けとなった時間に。
マツカが淹れて行ったコーヒー、それもすっかり冷めてしまった。
半分ほど飲んであったけれども、考え事をしている間に。
(まったく、元老たちといえども…)
本当にクズばかりなのだ、と悩みは尽きない。
最初から予想はしていたけれど。
初の軍人出身の元老として、パルテノン入りをする前から。
(鳴り物入りでの大抜擢だったが……)
それは民間人から眺めた視点で、上層部の者たちの考えは違う。
軍人も、肝心の元老たちも。
保守と出世欲に凝り固まった思考の持ち主、エリートどもの考え方。
(出る杭は打たれる、と言うのだがな…)
その杭である「キース・アニアン」、それを消そうとしていた者たち。
国家騎士団総司令だった頃に、散々、身をもって知らされた。
幾つも立てられた暗殺計画、何度、実行に移されたことか。
ミュウのマツカがいなかったならば、とっくに死んでいただろう。
爆弾に車ごと吹き飛ばされて。
あるいは、あえなく撃ち殺されて。
(私を消してまで、守りたいものが…)
自分の出世欲だというのが情けないな、と呆れ果てる。
もっと志を高く持たねば、社会も宇宙も、守れないだろうに。
たかが劣等人種のミュウども、彼らに秩序を覆されて。
気付けば宇宙はミュウに征服され、人類の方が劣等人種に成り下がる。
今のように、日々、足の引っ張り合いばかりでは。
己の保身だけを考え、全体を見詰めないままでは。
パルテノン入りを果たした今となっては、絶望感は深まるばかり。
何処を探しても、「優秀な者」はいないから。
宇宙の、地球の舵を取れる者は、誰一人として「いそうにない」。
ただ単純に「優秀な者」と言うだけだったら、直属の部下たちが「そう」だけれども。
スタージョン中尉やパスカルたちなら、充分に優秀な頭脳の持ち主。
とはいえ、彼らは「指導者」ではない。
指導者になれる器でもない。
いくら優秀な人材とはいえ、方向性が違うから。
自分で思考し、自分の意志で行動出来ても、彼らに「指導者」は向いてはいない。
そう、適性の問題と言える。
どんなに励まし、どれほど教育を施そうとも、「なれない」指導者。
とても優秀な部下にだったら、なれるのに。
上司の指示が無くても動けて、命じた以上の成果を上げることが出来るのに。
(……そう、それこそが問題なのだ……)
今の世界には一人もいない、と溜息を漏らすしかない「優秀な人材」という代物。
そういった者が全く「生まれて来なくなった」惨い現実。
無限大の精子と卵子の交配、それを繰り返し続けても。
人工子宮で育てては世に出し、様々な場所で育ててみても。
(……国家主席の座は、二百年も空位……)
つまり二百年も「出て来なかった」、指導者の座に就ける人材。
二百年前までは、その座に就ける者がいたのに。
ミュウが宇宙に現れた頃にも、国家主席はいたというのに。
(…アルタミラ事変で、ミュウの殲滅を命じた者も…)
その時の国家主席の筈。
アルタミラを擁したジュピターの衛星、ガニメデをメギドで破壊させた命令。
計画自体は、グランド・マザーが立案した。
けれど命令を実行するには、軍を動かさなければならない。
当時の国家主席が自ら、その命令を下しただろう。
「全ては偉大なる母、グランド・マザーの導きのままに」と。
そうした決断を下すことが出来た、人類の指導者。
彼らが座った国家主席の座は、いずれ「キース」のものになる。
二百年もの長い空位の時代を経て。
そうなる予定なのだけれども、どうして「キース」になるというのか。
誰一人として気付かなくても、「キース」自身が知っている。
「キース」は、「ヒトではない」ものだと。
機械が無から作った存在、それも「指導者になるために」。
作った理由は、「人類の中から、優秀な人材が出て来ないから」。
無限大の精子と卵子の交配、機械が延々と続けてきたこと。
二百年前までは、そのやり方は有効だった。
国家主席になれる者が出て、人類を上手く纏め上げられた。
ところが何がいけなかったか、生まれなくなった「優秀な者」。
いくら交配を繰り返しても。
かつては優秀な者が生まれた、仕組み自体は変わらなくても。
(……機械は、それに業を煮やして……)
ついに「キース」を作り上げた。
神の領域に足を踏み入れ、幾つもの実験体を生み出した末に。
ミュウの船で見た盲目の女や、E-1077の廃墟で目にしたサンプルたち。
彼らの遺伝子データをベースに、三十億もの塩基対を合成して。
DNAという名の鎖を紡いで、無から作った生命が「キース」。
しかも「ヒト」とは思えぬ期間を、胎児の状態で育成して。
成人検査を迎える年まで、人工羊水の中に浮かべて。
そうやって「キース」は出来たけれども、本当に、それでいいのだろうか。
機械が作った「ヒトではないモノ」、そんな存在が国家主席でも。
人類を纏める者となっても、指導者の座に就いたとしても。
(……そもそも、SD体制下でも……)
機械がヒトの出産を管理しているとはいえ、制限はある。
優秀な人材が生まれなくなることが予想出来ても、それを防げなかった理由が。
「キース」のようなモノを作らなくても、方法は他にあったのに。
無から生命を作り出さずとも、「既にあるモノ」をコピーすればいい。
最後に国家主席の座に就いた者は、ちゃんと優秀だったのだから。
彼の遺伝子データを継いだら、同じく優秀な者が生まれる。
(…いわゆる、クローンというヤツだ…)
遺伝子レベルでの生命体の複製、それを作れる技術ならある。
ヒトには使っていないけれども、クローンの動物や植物は多い。
何故なら、彼らは「優秀」だから。
同じ遺伝子を持った彼らの複製、それらも、もれなく優秀なモノ。
だからクローンの技術があるのに、グランド・マザーは「使わなかった」。
最後の国家主席でもいいし、その前の国家主席であっても、かまわないのに。
間違いなく優秀な者がいたなら、彼らのクローンを作りさえすれば…。
(……人類の指導者は、絶えることなく続いて……)
国家主席の座は空位にならずに、今も彼らが占めていたろう。
「キース」を作り出す必要も無くて、E-1077も、ただの教育ステーション。
けれども、そうならなかった原因、それがSD体制の「禁忌」。
機械に与えられた制限、「ヒトのクローンを作り出すこと」。
いくら優秀な者が生まれても、彼らのクローンを生み出すことは許されない。
グランド・マザーを作った者たち、SD体制の前の世界を生きた者。
彼らは機械に命令を出した。
「ヒトのクローンだけは、決して作ってはならない」と。
それは禁断の技だから。
神の領域を侵す行為で、神への冒涜。
ヒトはヒトらしく生まれ出るべきで、クローンなどでは有り得ない。
だから「禁ずる」と下した命令。
そのせいで、機械は作れなかった。
優秀な者が生まれなくなると分かってはいても、彼らのクローンというものを。
(……それなのに……)
グランド・マザーが見付けた抜け穴、「禁止されてはいなかった」こと。
SD体制を作った者さえ、まるで考えなかった行為。
(…クローンが許されないのなら…)
無から生命を生み出せばいい、とグランド・マザーは考えた。
そのことは禁止されてはいないし、「許されるのだ」と。
神の領域を侵すことなど、考えもせずに。
(…機械の世界に、神というものは…)
概念さえも存在しなくて、ただデータだけが存在する。
機械は神を恐れはしないし、神の怒りを考えもしない。
だから「キース」を作り出せた。
クローンですらも禁忌な世界で、それを遥かに上回る禁忌を犯してまで。
しかも、そのことを悔いてさえもいない。
「とても優秀な者が生まれた」と、自画自賛しても。
自分たちが無から生み出した「キース」、彼のためにあらゆる手を尽くしても。
(……おおよそ、ろくな結果には……)
ならないだろうな、と思う「機械の暴走」。
そのような機械が治める世の中、それは滅びるべきだと思う。
機械が作った「キース」が言うのも変だけれども、「滅びて貰おう」と。
(…もっとも、私が手を下さずとも…)
滅びるのは時間の問題だがな、と唇に浮かべた皮肉な笑み。
「その時」は、もう見えているから。
機械がどんなに抗おうとも、歴史の流れは変えられないから。
劣等人種のミュウが勝ったら、自然と機械の世界は滅ぶ。
「キース」も一緒に滅ぶけれども、それで少しも悔しくはない。
何故なら、滅ぶべきだから。
機械も、機械が作った「キース」も、滅びるのが正しい道なのだから…。
滅ぶべきもの・了
※国家主席の座に就いた人間も、ずっと昔には存在した筈。それを考えたら出来たお話。
かつての「優秀な者」のクローンだったら優秀なのに、と。クローン禁止は、もちろん捏造。
