「大佐、昼間はすみませんでした」
途中で抜けてしまうことになって…、とキースに頭を下げた部下。
夜の個室に、いつものようにコーヒーを運んで来たマツカ。
けれど、その顔には怯えたような不安が見える。
「構わん、よくあることだからな。それよりも早く休んでおけ」
明日からも役に立って貰わないと困る、とキースは顎をしゃくった。
「有能な部下に寝込まれたのでは、私の命が危ういからな」と。
「はい! 本当に、申し訳ありませんでした!」
次からは気を付けますから、と詫びて、マツカは下がっていったのだけれど…。
(…まあ、これからも何度もあるだろうさ)
今まで何度もあったのだしな、とキースの口元に苦笑が浮かぶ。
国家騎士団に所属しているとはいえ、マツカは、実は人類ではない。
排除するべき異分子のミュウ、たまたま人類に紛れていただけ。
成人検査を運良くパスして、教育ステーションでも上手くやり過ごして。
ミュウは虚弱な生き物なのだし、こういうことも無理はないのだ、と承知している。
サイオンを使い過ぎた時には、体調不良を起こして倒れる。
(傍目には、ただの貧血だしな…)
他の部下たちは「体調管理がなっていない」と、顔を顰めて呆れるだけ。
「よくもあれで、総司令の側近が務まるものだ」と。
(…あれでなくては、務まらんのだが…)
キース・アニアン総司令の側近などは、と可笑しいけれども、そのことは極秘。
グランド・マザーさえも知らない、「キースだけの秘密」。
「ミュウの部下を持っている」ことは。
マツカが操るサイオンのお蔭で、何度も難を逃れたことも。
(……一番最初は……)
ミュウの巣だった、ジルベスター・セブンからの脱出劇。
もしもマツカがいなかったならば、あの時、死んでいただろう。
モビー・ディックに撃墜されるか、ジョミー・マーキス・シンに船を破壊されて。
あえなく宇宙の藻屑と消えて、それきり、消息不明になって。
ところが自分は、生き残った。
ソレイド軍事基地に戻って、メギドを持ち出し、再びジルベスター・セブンへ向かった。
(そしてミュウどもを焼き払うつもりが…)
伝説のタイプ・ブルー・オリジン、ミュウの前の長、ソルジャー・ブルー。
彼がメギドを沈めに出て来て、自分は、それを狩ろうとして…。
(危うく、道連れにされる所を……)
またもマツカに救われた。
彼が救いに来なかったならば、間違いなく失せていた命。
あそこで死ななかったからこそ、国家騎士団総司令という地位にいる。
ジルベスター・セブンの時には少佐だったのが、二階級特進で、上級大佐。
そこからトントン拍子に出世し、今では国家騎士団のトップ。
そういう「キース」が、邪魔で仕方ない者たちも多い。
パルテノン入りが噂され始めてから、失脚を狙う者たちも増えた。
(……失脚だけでは生温い、と……)
暗殺を企む者もいるわけで、マツカの能力は「そこで」役立つ。
人の心を読むことが出来る特殊能力、いわゆるサイオン。
(その上、並みの人間よりも…)
感覚などが優れているから、危険を察知するのも早い。
「そちらの方に行っては駄目です」と、車のコースを変えさせたり、といった具合に。
マツカのお蔭で「拾った命」は、もう幾つほどになったろう。
(たかが化物…)
そう考えては、意識から弾き出すのだけれども、実際、誰よりも「大切な部下」。
何も知らない他の部下には、「使えない奴だ」と思われていても。
「コーヒーを淹れるしか能のない奴」と、陰口を叩かれてばかりでも。
(……もう少し、身体が丈夫だったら……)
部下たちの評価も違ったろうか、と少しは思わないでもない。
精鋭揃いの国家騎士団、体調不良を起こす者などは…。
(自分の体調も管理出来ない、無能な輩で…)
クビになっても不思議ではないし、事実、そうした前例もある。
国家騎士団に配属された者でも、「飛ばされる」こと。
まずは辺境送りになって、それでも駄目なら、宇宙海軍に行くしかない。
もっとも、そうして転属になれば…。
(…国家騎士団出身のエリートという扱いで…)
海軍では一目置かれるのだから、考えようによっては栄転。
とはいえ、国家騎士団から飛ばされるなどは…。
(不名誉の極みと言えるのだがな)
マツカの場合は、その逆だったが…、とコーヒーのカップを指で弾いた。
ソレイド軍事基地で拾った、宇宙海軍所属だったマツカ。
「宇宙海軍から転属だとは」と、セルジュが敵意を剥き出しにしたほど。
「どれほど使える部下が来たのか」と、身構えて。
「ポッと出の新人に負けてたまるか」と、事あるごとに睨み付けて。
なのにマツカは「無能だった」。
コーヒーを淹れるしか能が無い上、直ぐに倒れる。
まるで全く「使えない」から、敵意は、じきに軽蔑になった。
「あんな野郎に、何が出来る」と。
「他の者の足を引っ張るだけだ」と、「何故、転属にならないのか」と。
国家騎士団から飛ばされる者は、病気が理由になることも多い。
配属された時には欠片も無かった、後に発症した病。
(こればかりは、マザー・システムでさえも…)
完璧に予見出来はしないし、仕方ないことと言えるだろう。
ミュウどもでさえも、「成人検査で初めて」発覚する者が少なくないほど。
まして人類の発病などは、どれほど検査し尽くしてみても…。
(読み切れまいな)
元々の因子だったらともかく、環境などにも、大いに左右されるのだから。
だからこそ、「呆れられている」マツカ。
ジルベスター・セブンで見出された時には、分からなかった「欠点」なのだ、と。
たった数日、共にいただけでは、虚弱かどうかは、分かりにくいもの。
ましてや「ミュウの殲滅」という重大な局面、少しばかり弱い兵士でも…。
(ここぞとばかりに、奮い立って…)
勇んで戦線に出てゆくだろうし、見た目だけでは判断出来ない。
マツカも「それだ」と思う者は多くて、仕方なく受け入れられている。
「運のいい奴だ」と、「バレる前に、お目に留まったとはな」と。
(…それはいいのだが…)
本当に、もう少し丈夫だったら、というのが自分の本音でもある。
マツカが「直ぐに倒れる」ことが分かっているから、ハードな予定は最初から組めない。
もしもマツカが倒れてしまえば、「キース」の周りは「がら空き」だから。
腹心の部下たちが固めていたって、マツカ一人に敵いはしない。
なにしろマツカは、銃の弾さえ、その手で受け止めてしまえるくらい。
他の部下では、暗殺者に向かって「銃撃する」のがせいぜいなのに。
撃たれた後から撃ってみたとて、既に「キース」は倒れた後。
(狙撃手の腕が確かだったら…)
最初の一発、それでキースは死んでいる。
眉間に風穴を開けられるだとか、心臓を撃ち抜かれるとかして。
(……マツカにしか、ああいう輩は防げんからな)
もっと丈夫でいてくれたなら、と願うのは「無い物ねだり」だろう。
ミュウは大概、虚弱だから。
ジョミー・マーキス・シンのようなミュウは、あくまで例外だから。
(……それに、マツカも……)
きっと思いは同じだろうな、と想像がつく。
いじらしいほどに尽くすマツカも、歯痒い思いをしている筈。
「ぼくさえ倒れなかったならば」と、今日のようなことになる度に。
「もっと身体が丈夫だったら」と、「キース」の期待に応えられない「弱さ」を悔やんで。
(…さっきにしても…)
まだまだ身体が辛いだろうに、ちゃんとコーヒーを淹れて来た。
「これは自分の役目だから」と、寝ていた部屋から起きて出て来て。
きちんと騎士団の制服に着替えて、普段と同じに香りの高いコーヒーを。
(……体調不良か……)
私とは縁が無いのだがな、と小さく笑って、けれど笑いは凍り付いた。
自分の記憶に「そういったこと」が無かったから。
「ここで倒れるわけにはいかない」と、歯を食いしばったことは多くても…。
(…体力や気力の限界だっただけで…)
体調不良というものではない。
そう、E-1077の頃から、そうだった。
厳しい訓練や授業が続く四年間、大抵の者は一度くらいは医務室に行く。
何処か、具合が悪くなって。
(…しかし、私は…)
ただの一度も行きはしなくて、ステーションを卒業した後も同じ。
それだけに、不思議に思いもした。
教官をやっていた頃にしても、第一線に立っていた時も。
(…どうして、こんな大事な時に…)
休めるのだろう、と思ったけれども、体調不良なら仕方ない。
「きっと、たるんでいるからだ」と溜息をついて、それで終わった。
自分の生まれを「全く知らなかった」から。
機械が無から作った生命、「優秀であるよう」作られた身体。
ならば、体調不良を引き起こすような要因は…。
(最初から、取り除かれていて…)
何処にも在りはしないのだろう。
後天的な環境でさえも、病などは忍び寄れないように。
(…きっと、そうだな…)
そうに違いない、と自分の生まれが恐ろしい。
虚弱なマツカの心の内は分かったとしても、他の者たちはどうなのか。
いつか導くだろう人類、彼らの「心」が分かるだろうか。
「ちょっとした病」さえも知らない、これからも「知らないまま」だろう者に。
「体調を崩す」ことなど知らない、機械が作った生命体に。
(……分からないなら、想像するしかないのだが……)
そんな自分が指導者となる、「人類」は不幸なのだと思う。
「他人の痛みが分からない」者は、優れた者ではないと言うから。
それを知るための手掛かりさえをも、持っていないのが「キース」だから…。
持っていない者・了
※「マツカは虚弱だけど、キースは寝込むなんて無さそう」と思った所から生まれたお話。
訓練次第で強くなれても、人間、限界があるわけで…。キースはそれも無いだろうな、と。
(……パパ、ママ……。会いたいよ…)
帰りたいよ、とシロエの瞳から涙が溢れそうになる。
E-1077の夜の個室で、ベッドの端に腰を下ろして。
両親から貰った宝物の本、ピーターパンの本を膝の上に置いて。
懐かしい故郷を奪われた日から、もうどのくらい経っただろうか。
優しかった両親も、エネルゲイアで暮らした家も、どちらも、とうに記憶の彼方。
過ぎた月日の数だけで言えば、さほど遠くはないのだけれど。
半年も経ってはいないけれども、十年も昔のように思える。
(…十四年しか生きていないのに…)
十五歳にもなっていないのに、それほどに故郷の記憶は遠い。
四歳の頃と思しき記憶と、変わらないほどに。
何故なら、「思い出せない」から。
(……全部、機械が奪って、消して……)
忘れさせてしまった、故郷のこと。
両親の顔も、家があった場所も、今の自分は覚えてはいない。
おぼろにぼやけて薄れてしまって、とても「鮮明」とは言えない記憶。
懸命に思い出そうとしたって、浮かんで来るのは「焼け焦げた写真」のような両親の顔。
家の中の部屋は覚えてはいても、扉の向こうは思い出せない。
「高層ビルの中にあった」としか。
玄関の扉を開けて外に出たなら、何処に行けるのか分からない自分。
此処まで薄れてしまった記憶は、本当に「遠い過去」のよう。
四歳の頃の幼い自分が体験したことと、変わらない重さ。
(……それに、そっちの記憶にしたって……)
本物かどうかは怪しいものだ、と疑い始めればきりが無い。
記憶を奪った成人検査は、偽の記憶を植え付けるから。
SD体制のシステムに向いた、機械に都合のいいものを。
それでも機械が奪えないもの。
どんなに消しても、白紙にすることは出来なかったもの。
それを「自分」は持っている。
膝の上のピーターパンの本。
幼かった日に両親がくれた、夢の国へと飛び立てる本。
(二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずっと真っ直ぐ…)
そうやって進んで行った先には、ネバーランドがあるという。
子供が子供でいられる世界、成人検査も忌まわしい機械も存在しない夢の国。
いつの日か行きたいと強く憧れ、今でも願い続けて追い続けている、そういう「自分」。
他の者たちは「持ってはいない」過去の「持ち物」を、今も、こうして持っているから。
成人検査の前と後とを、確かに繋いでいるものを。
(……持って来て、良かった……)
成人検査を受ける日の朝、持って出た「荷物」。
「これだけは」と大事に鞄に詰め込み、両親の家を後にした。
(成人検査に、荷物は禁止…)
そう教わってはいたのだけれども、本当に駄目なら、その時のこと。
検査の間だけ、係官にでも預ければいい、と考えていたのが幸運だった。
(係官なんかは、いやしなくって…)
突然、テラズ・ナンバー・ファイブに捕まり、過去の記憶を奪われた。
何処で成人検査を受けたか、それさえも思い出せないほどに。
気が付いた時は宇宙船の中で、故郷の星さえ、もう見えなかった。
けれど、大切に持っていた本。
検査の間も離すことなく、ずっと抱き締めていたのだろうか。
ピーターパンの本は、そうして自分と「一緒に来た」。
過去のものなど「誰も持っていない」、このE-1077まで。
記憶は失くしてしまったけれども、形を持った「思い出」として。
だから自分は「忘れない」。
両親も故郷も、けして忘れてしまいはしない。
必ず記憶を奪い返して、両親の許へと帰ってみせる。
此処で優れた成績を出して、メンバーズ・エリートに選ばれて。
国家主席の座に昇り詰めて、機械に「止まれ」と命令して。
(…パパ、ママ、待ってて…)
ぼくは必ず帰るからね、と記憶の欠片を追っている内に、ハタと気付いた。
自分はこうして「忘れない」けれど、両親の方は、どうだろうか、と。
養父母の内では年配だったし、恐らくは自分が「最後の子供」。
それだけに「強く心に残る子供」だと思うけれども、そうなる保証は何処にも無い。
(……新しい子を、育てることになったなら……)
きっと「シロエ」の記憶は薄れて、新しい子に愛情を注ぐことだろう。
機械もそれを後押しするから、記憶を処理することも有り得る。
もう戻らない「シロエ」などより、新しく育てる子供が大切。
「シロエのこと」を忘れられずに、比べたりするなど、言語道断。
(……それだと、新しい子供は可愛がっては貰えないから……)
機械にとっては「まずい」状態、そんな養父母では話にならない。
ならば、両親に新しい子供を託すより前に…。
(…パパとママから、ぼくの記憶を…)
抜き去り、ゼロにするかもしれない。
あるいは今の自分と同じに、「ぼやけて思い出せない」ように。
子供がいたことは覚えていたって、どんな子だったか、記憶にあるのは名前くらいで…。
(他はすっかり、真っ白になって…)
家に在る筈の「シロエの思い出」も、ユニバーサルが処分するのだろうか。
両親と撮った沢山の写真や、シロエが持っていたものなどを。
アルバムも本も全部纏めて、残らず廃棄してしまって。
(…そういえば…)
自分は、両親の「前の子供」のことを知らない。
成人検査で忘れてしまったわけではなくて、最初から。
エネルゲイアで暮らした頃から、まるで知らない「自分の前に」両親が育てていた子供。
家には「何も無かった」から。
その子の思い出の品などは無くて、両親も話しはしなかった。
本当に、ただの一度でさえも。
年齢からして、「育てていた」のは確かなのに。
名前も知らない兄か姉かが、間違いなく「存在した」筈なのに。
(……ぼくには、話さないにしたって……)
養父母として教わることの一つに、「それ」も含まれているかもしれない。
新しい子供を養育する時、「前の子」のことは話さないこと。
SD体制というシステムにおいて、好ましいとは思えないから。
(子供は、取り替えてゆくものだ、って…)
現に自分は知らなかったし、目にしたという記憶も無い。
成人検査で卒業していった学校の先輩、彼らの両親の「その後」のことも。
(…新しい子を育ててるな、って思ったんなら…)
それで仕組みに気付くだろうから、機械は細工をしていたのだろう。
新しい子供を育てる時には、別の家に引っ越しさせるとか。
あるいは周囲の記憶を処理して、「新しい子供を育てている」事実を隠すだとか。
(……パパとママの時も、そうだったの?)
自分の前に育てていた子の、痕跡さえも残らないように…。
(機械が忘れさせてしまっていたとか、引っ越したとか…)
引っ越しと同時に、前の子供の持ち物も処分したかもしれない。
前の子供が存在したこと、それを「シロエ」が「気付かないまま」育ってゆくように。
両親の子供は「シロエだけだ」と、疑いもせずに信じるように。
そうだとしたなら、両親の家に、新しい子供が来ていたとしたら…。
(…ぼくを育てていたことを…)
両親は忘れてしまっただろうか、「シロエの前の子」を忘れたように。
あるいは「忘れていない」にしたって、自分と同じに記憶が薄れて、おぼろになって…。
(シロエっていう名前だったことだけ…)
覚えているというのだろうか、あれほど優しかったのに。
今も懐かしくてたまらないのに、両親の方では「そうではない」とか。
「シロエの持ち物」も全て処分し、新しい子供に愛を注いでいるのだろうか。
養父母の愛は、ただ一人だけの「子供」に向けられるものかもしれない。
機械が記憶を処理しなくても、そのように教育されていて。
養父母向けの教育ステーションでは、「子供は常に一人きりだ」と考えるように叩き込まれて。
新しい子を迎えた時には、前の子供のことを「忘れる」。
意識して自分の気持ちを切り替え、前の子供の痕跡を家から消し去って。
新しく来た「我が子」たちには、「私たちの子は、お前だけだ」と思い込ませて。
(……どっちにしたって……)
パパもママも忘れてしまうんだよね、と零れた涙。
機械が記憶を処理するにしても、自ら記憶を追い出すにしても。
「新しい子供」を迎えるのならば、その前にいた「シロエ」のことは。
そして家からは「シロエ」という子が存在していた、あらゆる証が全て消え去る。
アルバムも持ち物も、何もかもが。
(…そんなの、嫌だ…)
酷すぎるよ、と思うけれども、現実はきっと、そうなのだろう。
両親が「新しい子」を育てているなら、「シロエ」は消えてしまっただろう。
そう考えると胸が痛くて、本当に消えてしまいたくなる。
「いつか帰りたい」気持ちまでもが、粉々に砕けてしまいそうだから…。
(……パパ、ママ、お願い……)
新しい子を育てないで、と手を組んで、ただ祈るしかない。
どうか自分が「最後の子供」であるように。
両親が「シロエ」を忘れることなく、年を重ねてくれるようにと…。
次の子が来たら・了
※SD体制のシステムからして、こういう話は充分にあると思うのです。忘れ去られる子供。
機械がやるにせよ、自発的にせよ、子供にとっては惨すぎる現実。気付いた子供だけですが。
聞け、地球を故郷とする全ての命よ
私は、かつてソルジャーと呼ばれた男、ブルー
素晴らしい子供たちを見ることが出来た。
ミュウの未来を生きてゆくだろう、七人の子たち。
まさか、出会えるとは思わなかった。
こんな絶体絶命の時に、眩いほどの希望の光に。
だから、未来は必ずある。
今は闇しか見えないようでも、絶望の淵を覗いた先に。
いつか光は差す筈なのだと、ぼくは信じて疑いはしない。
そう、生き抜いて、生きてさえいれば。
けして未来を諦めはせずに、この禍の時を越えて生き延びたなら。
眠れる獅子たちよ
百億の光越え、生きろ、仲間たち
命さえあれば、時と共に先へ進んでゆける。
けれど命を失ったならば、未来を掴むことは出来ない。
どんな未来が訪れようとも、其処に自分が生きていてこそ。
そして「自分」が生きていたなら、変えることもまた、出来るのだから。
未来をも、自分自身の進んでゆく道をも。
長きにわたる私の友よ
そして愛する者よ
ナスカから一刻も早く脱出せよ
ぼくはそのための盾となろう
ナスカへの未練は分かるけれども、今は、縋り付く時ではない。
馴染んだ暮らしも、馴染んだ世界も、それと一緒に自分が滅べば、未来ごと消えてしまうから。
沈みゆく船にしがみついたら、共に沈むしかないのだから。
そう命じたいとは思わないけれど、生き延びるためにナスカを捨てよ。
ぼくが時間を稼ぐ間に。
どうせ、もうすぐ燃え尽きる命。
こういう形で消えてゆくとは、夢にも思いはしなかった。
あの船で仲間たちに囲まれ、眠るように逝くのだと信じていた。
けれども、これで良かったのだろう。
ぼくの命が役に立つなら、仲間たちの盾になれるのならば。
きっと楽には死ねないだろうと、自分でも、ちゃんと分かっている。
メギドの巻き添えで爆死したなら、まだしも楽な方だろう、とも。
ぼくが駆けてゆく宇宙の先には、地球の男が待っているから。
鍛え抜かれたあの男だけは、そう簡単には倒せはしない。
もしも道連れにすることが出来たら、幸運なのだと思っておこう。
そうするためには、ぼくが思っているよりもずっと、払う犠牲が大きいとしても。
(ああ、それなのに…)
逃げ延びたのか、あの男は。
この身を餌に、仕留めるつもりだったのに。
銃を手にしたゲームに興じて、あの男が我を忘れている間に。
それでも、これで良かったと思う。
あの男を連れて逃げた青年、彼は確かにミュウだったから。
ミュウが「あの男」を救ったのなら、そのことに意味はあるだろうから。
ジョミー
みんなを頼む
ぼくに出来るのは、此処までだから。
これから先は、君が、ただ一人きりのソルジャーだから。
あの子供たちも乗っている船で、皆と未来へ旅をするのが、君の大切な役目で、使命。
ナスカを失くした禍の先で、未来を掴み取ることが。
君が行くだろう遠い未来には、ぼくが見たかった地球もある筈。
其処から、きっとミュウの未来が、遥か先へと開け、続いてゆくだろうから。
良きことだけを選べる人生など、ありはしない
人間も、ミュウも、それは皆、同じ
ぼくは、フィシスにそう言った。
ナスカを失う予感に怯えて、自らを責めていたフィシスに。
良きことだけを選べる人生など、ありはしないし、ぼくの最期は、この通りだ。
傍で見ている者があったら、無残だとしか思わないだろう。
惨めに撃たれて、ボロ屑のように死んでゆくだけ。
だからこそ、ぼくは最後に祈る。
悪しきことは全て、ぼくが持って逝こう。
そうしたならば、皆の未来には、良きことだけが残るから。
この禍が過ぎ去った先に、輝く未来が訪れるように。
ぼくは先には行けないけれども、君たちは生きて、闇の中でも先へと進め。
人間も、ミュウも。
「あの男」をミュウが救ったからには、いつの日か、手を取り合えるだろう。
その日は、まだまだ遠い先でも。
今、皆の目に映る世界は、絶望の暗い淵であっても。
悪しきことは、ぼくが持って逝くから、生きろ、全ての命あるものよ。
人間も、ミュウも、命ある限り。
良きことだけを遺して、ぼくは逝くから、君たちは生きて、先の未来へ…。
全ての命へ・了
※「ブルー追悼は、もう書かない」と言った筈ですが…。転生ネタやってるんですが…。
アニテラ放映から既に13年、本来なら今頃は東京オリンピックで、お祭り騒ぎだった筈。
ところが、やって来たのがコロナで、終息どころか、どえらいことになっているという。
「やっぱり、今年も書いておくか」というわけで、2020年7月28日記念作品。
ここだけの話、コロナ禍へのメッセージを兼ねていますが、通じたら御の字。
(私には、親というものが無い…)
記録の上ではいるのだがな、とキースの頭を掠めたこと。
初の軍人出身の元老となって、パルテノン近くに与えられた家で。
側近のマツカは下がらせた後で、もう夜も更けた。
警備している者はあっても、彼らが姿を見せることは無い。
部屋にはキース一人だけ。
マツカが淹れていったコーヒー、そのカップだけが「他の者」を感じさせるだけ。
つらつらと考え事をしていた間に、思い出したのがシロエとサム。
成人検査で消されてしまった記憶を追い掛け、暗い宇宙に散っていったシロエ。
ミュウと遭遇して精神を狂わせ、過去に戻ってしまったサム。
二人とも「過去」に囚われ続けて、シロエは逝って、サムの心は戻らない。
それほどに「過去」は良いものだろうか、成人検査よりも前の時代は。
失われた記憶を命を懸けて追ったり、自分自身を失ってまでも過去に留まりたいほどに。
(……シロエが戻りたかった所も、サムが留まったままの時代も……)
私には想像さえもつかん、と微かに湯気が立つカップを眺める。
このコーヒーを淹れたマツカにも、両親はいた。
此処の警備をしている者にも、部下の者にも、元老たちにも、存在する親。
もちろん、実の親ではない。
今の時代は、子供は全て管理出産、人工子宮から生まれて来るもの。
例外は存在しているけれども、あれは人間ではなくて…。
(化物の子供だ)
異分子から生まれた不純物だ、と断じたモビー・ディックで見た子供。
幼いくせに、メンバーズの自分を暗殺しようとした化物。
(化物どもだけに、あんな化物も生み出すとみえる)
だから秩序を乱すのだ、と改めて誓うミュウの殲滅。
そのために元老に就任したのだし、自分の任務はやり遂げるまで。
政治の世界に興味は無いから、ただ淡々と。
暗殺計画を立てる輩も、端から無視して。
それとは別に、気にかかる「親」。
普通ならば存在している両親。
自分の場合も、記録の上では「親がいる」ことになっている。
養父母として「キース・アニアン」を育てた、育英都市トロイナスの住人。
(父の名はフル、母の名はヘルマ……)
何度もデータで目にした名前。
全く記憶が伴わない親。
(成人検査のショックで、忘れたのだと……)
自分自身でも、そう思っていた。
E-1077で、「記憶が無い」現実に気付いた時は。
周囲の者たちもそう噂したし、そうだと信じて疑わなかった。
……シロエが調べて来るまでは。
フロア001と呼ばれる立ち入り禁止区域に入って、「何か」を掴んで来るまでは。
(…それでも、その後、長い年月…)
真実は謎のままだった。
フロア001には辿り着けずに、E-1077を卒業したから。
その上、シロエが「Mのキャリアだった」ことを理由に、E-1077は廃校。
政府の管理下に置かれてしまって、データは一切、見られなかった。
いくら自分がメンバーズでも、下りなかったデータ開示の許可。
(……私はアンドロイドなのかも、と……)
考えもしていた、その後の時代。
何故なら、シロエが「そう言った」から。
フロア001を見た後、囚われた場所から逃げ出して来て。
彼を匿ってやったというのに、嘲笑ったシロエ。
「お人形さんだ」と。
マザー・イライザが作った人形、だから成人検査も「知らない」。
そんな検査は受けていなくて、「幸福なキース」。
シロエの言葉から導き出せる答えは一つで、文字通り「マザー・イライザの人形」。
身体も頭脳も「作られたもの」で、とても精巧な機械なのだと。
自分でさえも気が付かないほど、よく出来たアンドロイドに違いない、と。
(……そうだと思っていたのだがな……)
覚悟も決めていたというのに、真実は、もっと酷かった。
「機械でさえもなかった」キース。
機械が神の領域を侵し、全くの無から作り出したモノ。
養父母どころか、真の意味での「親」も存在しなかった。
精子も卵子も関与していない、有機物から紡ぎ出された命。
三百億もの塩基対を作って、DNAという鎖を繋いで。
だから「キース」に親はいないし、養父母も存在していない。
機械に育てられたから。
成人検査の年に至るまで、人工羊水の中に留め置かれて。
(…何故、そうまでする必要があった?)
養父母に育てさせなかった、という疑問の答えは既に得ている。
「キース」を育てた、マザー・イライザから聞いて。
(…養父母や教師に影響されずに…)
育て上げられた「無垢なる者」が、「キース・アニアン」。
誰の影響も受けることなく、真っ直ぐ、純粋に育って成人した「人間」。
(……しかし……)
そのことに意味はあるのだろうか、とコーヒーのカップを傾けた。
シロエが、サムが囚われた過去。
それを一切持たない自分は、果たして「傑作」なのだろうか、と。
(普通の者でも、成人検査で過去の記憶を消すのなら…)
機械がそれを行う時点で、軌道修正は可能に思える。
害になりそうな記憶は消し去り、より良い記憶に書き換えればいい。
実際、機械はそれを「している」。
成人検査をとうに通過し、社会に出ている者にまで。
E-1077で受けたミュウの思念波攻撃、あの事件の時に確かに見た。
影響された者は漏れなく、記憶を処理され、書き換えられた。
候補生ばかりか、職員たちも。
保安部隊の隊員さえも、事件を忘れてしまっていた。
攻撃のことは覚えていたって、「自分の身に何が起きたのか」は。
記憶は、いくらでも書き換えが出来る。
大人にさえも可能なのだし、成人検査を受ける年齢の子供たちなら…。
(もっと容易に、それこそ丸ごと置き換えることも…)
機械にとっては、不可能なことではないだろう。
ならば「キース」を養父母の手に委ねたとしても、修正可能だった「過去」。
好ましくない記憶があったら、成人検査で消去するだけ。
(…そうすれば済む話だがな?)
もっと極端に考えるならば、普通の子供を「逆に」育てても良いだろう。
わざわざ無から作り出さずとも、優秀な卵子と精子を選んで、掛け合わせて。
そしてキースに「そうした」ように、人工子宮の外に出さずに…。
(成人検査を迎える年まで、人工羊水の中に置いたなら…)
その子は養父母も教師も知らずに、ただ真っ直ぐに育ってゆく。
「キース」と同じに、膨大な知識を流し込まれて、指導者に相応しい人材へと。
効率から言うと、その方が「遥かにマシ」な気がする。
フロア001で目にした、幾つもの「キース」のサンプルたち。
「キース」を作る以前に機械が手掛けた、「ミュウの女」のサンプルもあった。
(…あのサンプルは全て、失敗作で…)
マザー・イライザは「サンプル以外は処分しました」と言っていた。
つまりは、もっと多かった筈の「失敗作」。
なんとも非効率な話で、それよりは、いっそ…。
(優秀な子供を、キースと同じ方法で育ててゆく方が…)
良いものが沢山出来そうだがな、と首を捻った。
無から作って失敗するより、優秀な子供を何パターンも育ててやれば良い。
きっと、どれかは「傑作」だろうし、その「傑作」が出来たなら…。
(クローンで増やして、定期的に世に出してやったら…)
二百年以上も空位のままの国家主席も、何人も出たことだろう。
「同じ顔をした人間」ばかりが国家主席でも、この社会では、誰も気にしない。
機械が、それを「良し」としたなら。
「SD体制の時代は、こうあるべきだ」と、規定し、それを示したならば。
(……それなのに、何故……)
私という者を作ったのだ、と考える内に、不意にゾクリと凍えた背中。
(…サムも、シロエも…)
成人検査で過去を消されたけれども、「そうではない」者が存在している。
モビー・ディックで見た子供ではなく、「モビー・ディックを導く者」。
自然出産で生まれた子供を、「生み出すことを思い付いた」者。
(……ジョミー・マーキス・シン……!)
彼は「成人検査を終えることなく」逃亡し、今に至っている。
過去の記憶を持ち続けたまま、サムやキースと同い年な分だけ、年を重ねて。
(…養父母や教師が、悪い影響を与えるのなら…)
ジョミーは「救いようのない劣等人種」で、かてて加えて、異分子のミュウ。
優秀であろう筈が無いのに、ミュウはジョミーの指導の下に、着実に版図を拡大して…。
(このままでは、いずれ、このノアにまで…)
来るだろうから、それに備えて、自分が元老に就任した。
ミュウどもを、来させないために。
今度こそ完全に息の根を止め、悉く殲滅するために。
(…そのミュウどもを指導するのが、過去を持ったままのジョミーなら…)
人類の中から「優秀な者」を選び出しても、異分子のミュウには「敵わない」のか。
「キースと同じに」育て上げても、「ミュウには決して勝てない」のならば…。
(……私というモノを、作ったのも……)
無理はないか、と零れる溜息。
そうであったら、人類に未来は無いだろうから。
どんなに「キース」が努力しようとも、人類はミュウに劣るのだから…。
作られた理由・了
※子供時代の記憶を消してしまうのが、成人検査ですけれど。そうしなくてもいいような…。
「記憶処理すればいいのでは?」と思った辺りから、出来たお話。ミュウの方が優秀…。
(テラズ・ナンバー・ファイブ……)
許すもんか、とシロエが強く噛んだ唇。
E-1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
このステーションを支配している、マザー・イライザも憎いけれども…。
(一番憎いのは、成人検査だ)
あれが全てを奪っていった、とハッキリと分かる。
懐かしい故郷で過ごした記憶も、両親のことも、何もかも、全部。
すっかりおぼろになってしまった、エネルゲイアにいた頃の「自分」。
本当に「其処にいた」のかどうかも、たまに自信が無くなるほどに。
もしも、奇跡のように持って来られた、ピーターパンの本が無かったならば…。
(……とっくに諦めていたのかも……)
薄れてゆく記憶を繋ぎ止めようと努力することも、過去の欠片を探し求めることも。
「何もかも、思い違いなのかも」と、機械の言い分を信じてしまって。
子供時代の記憶は「不要なもの」だと、頭から思い込んでしまって。
(…このステーションにいる、候補生たちは…)
誰一人として、システムを疑ってはいない。
成人検査を受けたことさえ、彼らにとっては「誇らしいこと」。
何故なら、「選ばれて」此処に来たから。
エリートを育てる最高学府の、ステーションE-1077に。
(……その点だけは、感謝しているけどね……)
機械の目は節穴じゃなかったよね、と自分も幸運に思ってはいる。
幼かった日に父に教わった、「地球」という星。
ネバーランドよりも素敵な所で、選ばれた人間だけしか行けない。
そう聞かされたから、続けた努力。
成人検査で「優秀な子」だと、認められるよう。
地球に行くのに相応しい子だと、エリートコースに乗れるようにと。
その結果として見事に選ばれ、此処にいるから、希望も持てる。
「いつかシステムを破壊してやる」と、「地球の頂点に立てた時には」と。
順調にエリートの道を歩めば、いずれ開ける地球への道。
どんな所かは知らないけれども、其処に着いたら、更に上を目指す。
今は空位の、国家主席の座に就けるよう。
頂点にさえ立ってしまえば、機械に命令することも出来る。
「奪った、ぼくの記憶を返せ」と。
そして記憶を取り戻せたなら、成人検査を廃止する。
二度と「自分のような子」が生まれないよう、あの忌まわしいシステムを。
機械が統治している世界も、機械に命じて「終わり」にさせる。
「止まれ」と、一言、命令して。
人が生きるのに必要な分だけ、機械は人に貢献するべき。
統治するのではなく、「人に従う」べき機械。
遠く遥かな昔の時代は、「そう」だったから。
地球が滅びてしまったばかりに、全てが狂ってしまっただけで。
(……こんなシステム、間違っている……)
そこに気付いた「自分」がエリートコースにいること、それが「幸運」。
「マザー牧場の羊」に過ぎない、他の候補生では何も出来ない。
もちろん、「機械の申し子」と呼ばれる、トップエリートのキースにだって。
彼らは機械を疑わないから、疑問を抱くことさえも無い。
それでは「歪み」に気付きはしないし、システムを破壊しようともしない。
大人しく機械に従うだけで、機械の言いなりになってゆくだけ。
(そんな奴らは、何の役にも立たないんだから…)
自分が努力しなければ、と改めて思う。
成人検査が憎いのならば、失くした記憶を「取り戻したい」と思うなら。
システムを全て破壊し尽くし、テラズ・ナンバー・ファイブを壊したいなら。
(……いずれ、あいつも後悔するさ)
ぼくをエリートコースに送ったことを、と憎い機械を脳裏に描く。
その時、テラズ・ナンバー・ファイブは、いったい何を思うだろうか。
国家主席になった「セキ・レイ・シロエ」が、「止まれ」と命を下した時に。
「あの時の子だ」と気付くのかどうか、それともデータを検索するのか。
(……機械だからね……)
後悔などは無いかもしれない、「感情」などは機械は持たない。
激し、怒ったように見えてはいても、それは「プログラム」の仕業。
マザー・イライザの猫撫で声も、優しげな慈母の表情も、全てプログラムされたもの。
SD体制が始まる前に、「マザー・イライザ」を作った人間たちが、それを組んだだけ。
「こういう時には、こうするように」と、根幹を成すプログラムを。
後は機械が自分で思考し、「やりやすいように」発展させていっただけ。
そのための「思考」も、元はプログラムに過ぎない。
どれほど感情豊かに見えても、所詮、機械は「機械」でしかない。
(…国家主席が、「あの時の子供だ」と分かっても…)
きっと後悔しないのだろう、その場で激しく憎みはしても。
「システムに異を唱えるだとは」と絶叫したって、「後悔」はしない。
そう、「シロエをパスさせるべきではなかった」などとは、考えもしない。
「パスさせた」自分の過去の判断、それを「誤り」だと認めはしても。
(……機械なんかには、それが限界……)
後悔さえもしない機械が、「感情を持った人間」を支配している、歪んだ世界。
一刻も早く、微塵に破壊しなければ。
エリートコースを懸命に走って、地球に辿り着いて。
国家主席の座に昇り詰めて、命令出来る立場になって。
(本当に、幸運だったけど…)
エリートコースに来られたことは、と考えた所で、ハタと気付いた。
成人検査を無事にパスして、E-1077に来たから、知っていること。
子供の頃には学ばなかった、成人検査の裏の真実。
(……全員がパスするわけじゃない……)
おぼろになった記憶の中では、同級生たちが「その日」を待ちわびていた。
「目覚めの日」と呼ばれる、十四歳の誕生日を。
その日が来たなら、大人の世界に一歩近づく。
両親たちとは別れるけれども、じきに自分も「大人」になれる。
大人の世界に行くための勉強、それをステーションに行って学んで。
能力別のコースだけれども、運が良ければ、メンバーズにだって、なれる将来。
(…エリートコースに行けるかどうかは、みんな話していたけれど…)
選ばれなかった時の話も、それぞれに想像してはいた。
「俺なんか、きっと一般市民にしかなれないよ」とか、いった具合に。
けれど、一度も耳にしてはいない、「落ちた」時のこと。
成人検査にパスしなかったら、どうなるのか。
(……そんなこと、誰も考えなかった……)
誰も教えはしないから。
「目覚めの日」は人生の節目の一つ、と自分だって、そう信じていた。
まさか記憶を消されるなどとは、思わずに。
「そのままの自分」で、ステーションへと旅立てるのだと、疑いもせずに。
そうしてE-1077に入ったからこそ、「落ちる子もいる」と、知っている今。
(…殆どの子供は通過するけど、3パーセントは…)
成人検査をパス出来ない。
パス出来なかった子供を待っている道は、発狂するか…。
(……処分……)
処分というのが何を指すのか、そこまで教わってはいない。
とはいえ、機械が統治している世界の中では、「処分」となれば…。
(……文字通り、処分されるんだ……!)
生きてゆくには相応しくない、と、何らかの形で奪われる命。
そうでないなら、「発狂するか、処分されるか」という表現は使われないだろう。
発狂した子は、恐らく、「何処かで」生きてゆく。
大人の世界には行けないけれども、不幸な「彼ら」のために用意された場所で。
(だけど、処分っていう方の子は……)
問答無用で射殺されるか、薬物かガスでも用いるものか。
いずれにしたって、「存在する」ことは、もうシステムが許さない。
「彼ら」は殺され、この世界から抹殺される。
友人たちの記憶からさえ、抹消されるのかもしれない。
「そんな子供は、いなかった」と。
最初から存在しなかったのだと、養父母たちの記憶までをも消して。
(……そうだとしたら……)
自分もそうなっていたかもしれない、という気がする。
機械にとっては危険な思考を、自分は「持っている」のだから。
「いつかシステムを壊してやる」とか、「機械を止めてやるんだ」だとか。
(…もしかしたら、ぼくも処分されていた…?)
そうなのかも、と思うと怖いけれども、その方が幸せだっただろうか。
子供時代の記憶を失くして、こんな所にいるよりは。
ピーターパンの本を抱き締め、帰れない故郷や両親を想い続けるよりは。
(……どうして、ぼくをパスさせたんだ……!)
いっそ殺された方が良かった、と激しい怒りがこみ上げてくる。
エリートを目指す長い道よりは、その方が辛くない筈だから。
何も失くさずに殺される方が、今よりは幸せだろうから。
いくら「シロエ」には、未来があろうと。
長い長い道を歩き続けた果てには、国家主席の座があろうとも…。
処分される道・了
※本当だったら成人検査をパスできないのが、シロエという人物。アニテラでも原作でも。
パスしなかったらどうだったかな、と考えた所から生まれたお話。落ちる確率は原作から。
