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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(テラズ・ナンバー・ファイブ……)
 許すもんか、とシロエが強く噛んだ唇。
 E-1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
 このステーションを支配している、マザー・イライザも憎いけれども…。
(一番憎いのは、成人検査だ)
 あれが全てを奪っていった、とハッキリと分かる。
 懐かしい故郷で過ごした記憶も、両親のことも、何もかも、全部。
 すっかりおぼろになってしまった、エネルゲイアにいた頃の「自分」。
 本当に「其処にいた」のかどうかも、たまに自信が無くなるほどに。
 もしも、奇跡のように持って来られた、ピーターパンの本が無かったならば…。
(……とっくに諦めていたのかも……)
 薄れてゆく記憶を繋ぎ止めようと努力することも、過去の欠片を探し求めることも。
 「何もかも、思い違いなのかも」と、機械の言い分を信じてしまって。
 子供時代の記憶は「不要なもの」だと、頭から思い込んでしまって。
(…このステーションにいる、候補生たちは…)
 誰一人として、システムを疑ってはいない。
 成人検査を受けたことさえ、彼らにとっては「誇らしいこと」。
 何故なら、「選ばれて」此処に来たから。
 エリートを育てる最高学府の、ステーションE-1077に。
(……その点だけは、感謝しているけどね……)
 機械の目は節穴じゃなかったよね、と自分も幸運に思ってはいる。
 幼かった日に父に教わった、「地球」という星。
 ネバーランドよりも素敵な所で、選ばれた人間だけしか行けない。
 そう聞かされたから、続けた努力。
 成人検査で「優秀な子」だと、認められるよう。
 地球に行くのに相応しい子だと、エリートコースに乗れるようにと。
 その結果として見事に選ばれ、此処にいるから、希望も持てる。
 「いつかシステムを破壊してやる」と、「地球の頂点に立てた時には」と。


 順調にエリートの道を歩めば、いずれ開ける地球への道。
 どんな所かは知らないけれども、其処に着いたら、更に上を目指す。
 今は空位の、国家主席の座に就けるよう。
 頂点にさえ立ってしまえば、機械に命令することも出来る。
 「奪った、ぼくの記憶を返せ」と。
 そして記憶を取り戻せたなら、成人検査を廃止する。
 二度と「自分のような子」が生まれないよう、あの忌まわしいシステムを。
 機械が統治している世界も、機械に命じて「終わり」にさせる。
 「止まれ」と、一言、命令して。
 人が生きるのに必要な分だけ、機械は人に貢献するべき。
 統治するのではなく、「人に従う」べき機械。
 遠く遥かな昔の時代は、「そう」だったから。
 地球が滅びてしまったばかりに、全てが狂ってしまっただけで。
(……こんなシステム、間違っている……)
 そこに気付いた「自分」がエリートコースにいること、それが「幸運」。
 「マザー牧場の羊」に過ぎない、他の候補生では何も出来ない。
 もちろん、「機械の申し子」と呼ばれる、トップエリートのキースにだって。
 彼らは機械を疑わないから、疑問を抱くことさえも無い。
 それでは「歪み」に気付きはしないし、システムを破壊しようともしない。
 大人しく機械に従うだけで、機械の言いなりになってゆくだけ。
(そんな奴らは、何の役にも立たないんだから…)
 自分が努力しなければ、と改めて思う。
 成人検査が憎いのならば、失くした記憶を「取り戻したい」と思うなら。
 システムを全て破壊し尽くし、テラズ・ナンバー・ファイブを壊したいなら。


(……いずれ、あいつも後悔するさ)
 ぼくをエリートコースに送ったことを、と憎い機械を脳裏に描く。
 その時、テラズ・ナンバー・ファイブは、いったい何を思うだろうか。
 国家主席になった「セキ・レイ・シロエ」が、「止まれ」と命を下した時に。
 「あの時の子だ」と気付くのかどうか、それともデータを検索するのか。
(……機械だからね……)
 後悔などは無いかもしれない、「感情」などは機械は持たない。
 激し、怒ったように見えてはいても、それは「プログラム」の仕業。
 マザー・イライザの猫撫で声も、優しげな慈母の表情も、全てプログラムされたもの。
 SD体制が始まる前に、「マザー・イライザ」を作った人間たちが、それを組んだだけ。
 「こういう時には、こうするように」と、根幹を成すプログラムを。
 後は機械が自分で思考し、「やりやすいように」発展させていっただけ。
 そのための「思考」も、元はプログラムに過ぎない。
 どれほど感情豊かに見えても、所詮、機械は「機械」でしかない。
(…国家主席が、「あの時の子供だ」と分かっても…)
 きっと後悔しないのだろう、その場で激しく憎みはしても。
 「システムに異を唱えるだとは」と絶叫したって、「後悔」はしない。
 そう、「シロエをパスさせるべきではなかった」などとは、考えもしない。
 「パスさせた」自分の過去の判断、それを「誤り」だと認めはしても。
(……機械なんかには、それが限界……)
 後悔さえもしない機械が、「感情を持った人間」を支配している、歪んだ世界。
 一刻も早く、微塵に破壊しなければ。
 エリートコースを懸命に走って、地球に辿り着いて。
 国家主席の座に昇り詰めて、命令出来る立場になって。


(本当に、幸運だったけど…)
 エリートコースに来られたことは、と考えた所で、ハタと気付いた。
 成人検査を無事にパスして、E-1077に来たから、知っていること。
 子供の頃には学ばなかった、成人検査の裏の真実。
(……全員がパスするわけじゃない……)
 おぼろになった記憶の中では、同級生たちが「その日」を待ちわびていた。
 「目覚めの日」と呼ばれる、十四歳の誕生日を。
 その日が来たなら、大人の世界に一歩近づく。
 両親たちとは別れるけれども、じきに自分も「大人」になれる。
 大人の世界に行くための勉強、それをステーションに行って学んで。
 能力別のコースだけれども、運が良ければ、メンバーズにだって、なれる将来。
(…エリートコースに行けるかどうかは、みんな話していたけれど…)
 選ばれなかった時の話も、それぞれに想像してはいた。
 「俺なんか、きっと一般市民にしかなれないよ」とか、いった具合に。
 けれど、一度も耳にしてはいない、「落ちた」時のこと。
 成人検査にパスしなかったら、どうなるのか。
(……そんなこと、誰も考えなかった……)
 誰も教えはしないから。
 「目覚めの日」は人生の節目の一つ、と自分だって、そう信じていた。
 まさか記憶を消されるなどとは、思わずに。
 「そのままの自分」で、ステーションへと旅立てるのだと、疑いもせずに。
 そうしてE-1077に入ったからこそ、「落ちる子もいる」と、知っている今。
(…殆どの子供は通過するけど、3パーセントは…)
 成人検査をパス出来ない。
 パス出来なかった子供を待っている道は、発狂するか…。
(……処分……)
 処分というのが何を指すのか、そこまで教わってはいない。
 とはいえ、機械が統治している世界の中では、「処分」となれば…。


(……文字通り、処分されるんだ……!)
 生きてゆくには相応しくない、と、何らかの形で奪われる命。
 そうでないなら、「発狂するか、処分されるか」という表現は使われないだろう。
 発狂した子は、恐らく、「何処かで」生きてゆく。
 大人の世界には行けないけれども、不幸な「彼ら」のために用意された場所で。
(だけど、処分っていう方の子は……)
 問答無用で射殺されるか、薬物かガスでも用いるものか。
 いずれにしたって、「存在する」ことは、もうシステムが許さない。
 「彼ら」は殺され、この世界から抹殺される。
 友人たちの記憶からさえ、抹消されるのかもしれない。
 「そんな子供は、いなかった」と。
 最初から存在しなかったのだと、養父母たちの記憶までをも消して。
(……そうだとしたら……)
 自分もそうなっていたかもしれない、という気がする。
 機械にとっては危険な思考を、自分は「持っている」のだから。
 「いつかシステムを壊してやる」とか、「機械を止めてやるんだ」だとか。
(…もしかしたら、ぼくも処分されていた…?)
 そうなのかも、と思うと怖いけれども、その方が幸せだっただろうか。
 子供時代の記憶を失くして、こんな所にいるよりは。
 ピーターパンの本を抱き締め、帰れない故郷や両親を想い続けるよりは。
(……どうして、ぼくをパスさせたんだ……!)
 いっそ殺された方が良かった、と激しい怒りがこみ上げてくる。
 エリートを目指す長い道よりは、その方が辛くない筈だから。
 何も失くさずに殺される方が、今よりは幸せだろうから。
 いくら「シロエ」には、未来があろうと。
 長い長い道を歩き続けた果てには、国家主席の座があろうとも…。

 

          処分される道・了

※本当だったら成人検査をパスできないのが、シロエという人物。アニテラでも原作でも。
 パスしなかったらどうだったかな、と考えた所から生まれたお話。落ちる確率は原作から。











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「最後まで…私は一人か」
 それがキースの最期の言葉。
 その唇から最後に零れた、肉体の声。
 崩れゆく地球の地の底深くの、暗闇の中で、聞く者さえも無いままに。
 自嘲するように呟いてから、彼の上に巨岩が落ちてくるまで、ほんの数秒。
 けれど「死にゆく者」の意識は、凄まじい速さで思考するもの。
 よく例えられる走馬灯のように、その人生における様々なことを。
 機械が作った生命だろうが、「ヒト」である以上、消えゆく命が見るものは同じ。
 キース・アニアンが最期に脳裏に描いた、彼の思いは悲しいもの。
 「最後まで、一人」だったから。
 どうして彼が「そう呟いた」か、呟かねばならなかったのか。
 隣にはジョミーがいたというのに。
 共にグランド・マザーと戦い、理解し合えたミュウの長が。


(……ジョミー)
 お前まで先に逝ったのか、とキースが一人、噛み締めた唇。
 巨岩が落ちてくるよりも前に。
 「最後まで…私は一人か」と、口にするよりも、ほんの少しばかり先に。
 長い年月、敵として戦い、この地の底でも「戦った」ジョミー。
 何度も激しく剣を打ち合わせ、死闘を繰り広げたとも言える。
 けれども、それはジョミーに対する、一種の挑発。
 ジョミーが本気にならない限りは、グランド・マザーを倒せはしない。
 無論、SD体制をも。
(だから私は、剣を突き付けた…)
 話し合いなどで、この戦いは「終わらない」から。
 倒すべき敵はグランド・マザーと、「機械の申し子」キース・アニアン。
 それをジョミーが認めさえすれば、全ては崩壊するだろう。
 何故なら、「キース」に「勝ちを収める」気など無いから。
 ジョミーの戦意に火を点けたならば、そこで斃されても悔いは無かった。
(……もっとも、メンバーズを剣で倒すことなど……)
 素人に出来はしないのだがな、と冷めた心で分かってもいる。
 せいぜい掠り傷を負わせる程度で、その辺りが「ジョミーの限界」だろう、と。
(私を敵だと認識すれば…)
 ジョミーの憎悪は、サイオンとなって膨れ上がる。
 グランド・マザーもとろも「キース」を倒すか、真っ直ぐグランド・マザーに向かうか。
 どちらであろうと、結果はSD体制の終わり。
(…私は、それで良かったのだが…)
 何処で歯車が狂ったろうか、と禁じ得ない苦笑。
 そういう方へと向かう代わりに、「今」があるから。
 ジョミーが先に逝ってしまって、自分は未だに「生きている」から。
 地の底で一人、剣で刺されて。
 虫ピンで留められた昆虫のように、この階段に縫い留められて。


(……国家主席の標本か……)
 それとも、遥か昔に目にした、E-1077に並んだ『サンプル』たち。
 「キース」と同じ顔をしていた彼らと、今の自分は似ているだろうか。
 サンプルと言えば、言わば標本。
 彼らの命は消えていたけれど、自分は今も「生きてはいる」。
 とはいえ、いずれは死んでゆく身で、死ねば『標本』が出来上がる。
 虫ピンの代わりに剣で留められた、「キース・アニアン」の標本が。
 もしも研究者がやって来たなら、「格好のサンプル」と見るだろう「モノ」が。
(…機械が無から作った人間となれば…)
 さぞや研究意欲を掻き立てるのに違いない、と思い浮かべる、おぼろげな記憶。
 E-1077の水槽にいた頃、ガラスの向こうから「見ていた」者たち。
 彼らが此処にやって来ることは、絶対に有り得ないのだけれど…。
(研究者などは、誰でも同じだ)
 標本となった「キース」を見たなら、狂喜して分析し始めるのだろう、と想像がつく。
 けれど…。
(ミュウに生まれた研究者でも、そうなのだろうか?)
 喜び勇んで「キース」の死体を切り刻むものか、あるいは違って…。
(研究するにしても、先に弔いそうな奴らだ)
 それが人類とミュウの違いか、と可笑しくなる。
 「だからこそ、人類は負けたのだ」と。
 ヒトがヒトとして生きてゆくには、「ヒトらしい思い」が必要だから。
 より「人間味」に溢れていたのは、明らかにミュウの方だったから。


 機械が統治するためのシステム、それがSD体制だった。
 「ヒト」のためではなく、「地球のために」存在していた制度。
 人間は地球を窒息させ、滅びさせるものだ、と考えた者らがシステムを作った。
 死の星と化した、地球を蘇らせるためだけに。
(……そのためには、ヒトの思いなど……)
 要りはしないし、情も要らない。
 だからこそ自然出産を禁じ、血の繋がりを崩壊させた。
 ヒトが地球よりも「情」を優先させないように。
 血の繋がった家族に抱く「思い」が、地球への「それ」を超えないように。
(…そうやって生きたのが、人類で…)
 逆の生き方を選んだのがミュウ。
 昨夜、あの「ミュウの女」も言った。
 指導者自ら前線に出て戦う理由を、「次の世代を守るため」だと。
 彼らは互いを思い合った上に、ミュウという種族の未来を思って地球まで来た。
 SD体制が敷かれたままでは、種族の未来は開けないから。
 「ミュウを抹殺せよ」と命じるシステム、それを壊さねばならないから。
(……結局、ヒトが生きてゆくのに必要なのは……)
 地球という星を守ることより、「ヒトらしく生きてゆく」ということ。
 その道を自ら捨てた人類、そんな種族に未来など無い。
 どんなに機械が叫ぼうとも。
 「ミュウを殲滅せよ」と言おうと、ミュウを不純物と決め付けようと。


(……だから、私は……)
 自ら滅びを選ぶつもりで、ジョミーに剣の切っ先を向けた。
 ジョミーが巻き起こす怒りのサイオン、その前に身を晒すつもりで。
 けれども、何処かで狂った計算。
 気付けば、グランド・マザーに向かって、直接、怒りをぶつけていた。
 銃を抜き放ち、何発も撃って。
 すっかり「ジョミーの戦友」となって、システムへの批判を隠しもせずに。
(…そうした結果が、この始末だ…)
 残酷な「処分」もあったものだ、とグランド・マザーの冷たさを思う。
 一撃で息の根を止める代わりに、こうして縫い留められてしまった。
 「生きたまま」全てを見届けるよう、「ジョミーの最期」を「その目で見よ」と。
 皮肉なことに、ジョミーではなく、グランド・マザーが「壊された」けれど。
 最後のあがきで報復はしても、明らかに「ジョミーの勝ち」だった。
 いくらジョミーが命尽きようと、SD体制は崩壊する。
 ジョミーが開いたパンドラの箱は、この先、世界をどう変えてゆくか。
(……箱の最後には……)
 「希望が残ったんだ」と、ジョミーは最期に言い残した。
 彼の目には見えていたのだろう。
 これから先のヒトの未来が、ミュウたちの希望に満ちた未来が。
(……私は、全てを見届けたのだが……)
 ジョミーと共には逝けなかったな、と寂しさだけが、こみ上げてくる。
 そうも長くは持たないにしても、やはり自分は「一人なのだ」と。
 長い時を、そうして生きて来たから。
 側近くにいたマツカさえをも、冷たくあしらい続けたから。
 本当は、心を許していても。
 マツカが「仲間の許へ逃れる」ことさえ、心の何処かで望んでいても。


 機械が無から作った生命、それを知る前は、どうだったろう。
 同じに一人で生きていたのか、それとも、そうではなかったのか。
(……サム…。シロエ……)
 過去を忘れてしまったのがサム、この手で殺してしまったシロエ。
 それを思うと「一人だった」と、悲しみが胸に広がってゆく。
 「ずっと昔から、私は一人だったのだ」と。
 生命としての父母さえも無くて、機械が無から作った人間。
 それが宿命づけたのだろうか、「一人きりで生きてゆく」道を。
 死の瞬間まで「たった一人」で、戦友さえも「先に逝ってしまう」道を。
(……こういう処分を受けなかったら……)
 とうの昔に死んでいたろうに、未だにこうして生き続けている。
 「致命傷を負わされ、それでも意識は鮮明なまま」で。
 グランド・マザーが「縫い留めた」箇所は、そういう部分を貫いていた。
 剣を抜けば多量の血が溢れ出して、死に至る場所を。
 「標本のように留められた」ままなら、かなりの時間を生きられる箇所を。
(……お蔭で、私は最後まで……)
 本当に、たった一人なのだ、と地の底で思う。
 ジョミーに殺される道をゆかずに、その戦友になれたのに。
 もしもジョミーが生き延びたならば、最期を看取ってくれただろうに。
(……機械に作られた人間には……)
 相応しいがな、と考えはしても、やはり虚しい。
 最後まで、一人きりだから。
 ジョミーまで先に逝ってしまって、死出の旅さえ、一人だから…。

 

           孤独の内に・了

※アニテラ放映当時から「え?」と思っていたのが、キースが最期に口にした言葉。
 「一人って、ジョミーの立場が無いよ」と。というわけで、今頃、書いてみました…。










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(鳥でもいいな…)
 ネバーランドへ飛んでいけるんなら、とシロエの頭に浮かんだこと。
 E-1077の夜の個室で、ピーターパンの本を手にして。
 眠る前のひと時、ベッドに腰掛け、それを読もうと膝に乗せていて。
 表紙に描かれた、夜の空を飛ぶピーターパンやウェンディたち。
 彼らの背には翼は無いのだけれども、ネバーランドへと翔けてゆく。
 夜の街を遥かな下に見下ろし、高い夜空を。
 まるで体重など無いもののように、重力からは切り離されて。
(ぼくは、こんな風には飛べないけれど……)
 無重力空間の訓練でならば、似たように宙に浮くことが出来る。
 宇宙空間に出た時だって。
(あのまま、飛んで行けたらいいのに…)
 遠い遠いネバーランドまで、と思うけれども、無理だろう。
 宇宙服などを着込んだ者には、行き着く資格が無いだろうから。
 ネバーランドに行きたいのならば、生身で行かねば駄目だろうから。
(二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずうっと真っ直ぐ……)
 そうやって歩いて行けば着くのが、子供が子供でいられる国。
 ネバーランドという素敵な場所。
 宇宙服を着て歩いてゆくのは、どう考えても難しい。
 重たい上に不格好だし、なにより、ネバーランドに「無い」モノ。
 宇宙服ではなく、海賊船に乗ってゆくなら、扉は開きそうだけれども。
 ただし、今の時代の船とは違って、海をゆく船。
 そういう船なら、海賊フックも乗っていたから、ネバーランドにも行けるだろうに。
(……宇宙服なんかは、お断り……)
 きっとそうだ、という気がするから、鳥の方へと思考が向いた。
 鳥の翼で飛んでゆくなら、ネバーランドは迎えてくれる。
 人間の子供とは違っていたって、鳥は「自然なもの」だから。
 ネバーランドの森に住むなら、喜んで受け入れてくれる筈。
 ピーターパンたちが暮らす近くに、いくらでも木を用意してくれて。


 鳥でもいいな、と空を飛ぶ自分を頭に描く。
 小さな翼で羽ばたいてゆけば、ネバーランドが見えてくるのに違いない。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝まで、ずうっと真っ直ぐ。
 ピーターパンの本に書かれた通りに、夜の空を飛んで行ったなら。
 朝の光が差す方角へと、せっせと夜通し、翔けて行ったら。
(鳥は夜には空を飛ばない、って言うけれど…)
 夜目が利かない鳥の瞳は、夜空を飛ぶには向かないという。
 けれども、遥かな昔の地球には、夜も飛んでゆく鳥たちがいた。
 普段は昼間は飛びはしないのに、ある時期にだけ。
(……渡り鳥……)
 鳥の身体には広すぎる海を、渡り鳥たちは越えて旅をした。
 どんな仕組みになっていたのか、夜になっても眠らずに。
 眠れば海に落ちてしまうから、休むことなく飛び続けて。
(だから、ぼくだって、頑張ったなら……)
 渡り鳥ではなくて普通の鳥でも、ネバーランドまで辿り着けるだろう。
 ピーターパンが住んでいる夢の国まで。
 子供が子供でいられる場所まで、鳥の翼で。
 無事に着けたら、もう辛いことは何も無くなる。
 悲しいことも消えてしまって、本当の自由が手に入る場所。
(……パパやママには、会えなくなってしまうけど……)
 それは今でも同じだしね、と零す溜息。
 大好きだった両親の顔さえ、今では思い出せないから。
 一緒に暮らした家の場所さえ、記憶には何も残っていなくて。
(…こんな目に遭っているよりは…)
 鳥がいいな、と心から思う。
 小さな翼で羽ばたいて飛んで、ネバーランドへ行けるのならば。


(……鳥が見たいな)
 自分は空を飛べないけれども、飛べる鳥たち。
 宇宙服など身に着けなくても、無重力にした場所でなくても。
 彼らは自由に空を舞うから、飛んでゆく姿を見てみたい。
 思えば、長く見ていないから。
 このステーションへと連れて来られてから、ただの一度も。
(…エネルゲイアでも、鳥は見られたんだよ)
 自然が豊かとは、とても言えない育英都市がエネルゲイア。
 技術者を育てる場所だっただけに、立ち並んでいた高層ビル群。
 それでも、鳥たちは飛んでいた。
 けして多いとは言えない緑地や、公園などをねぐらにして。
 ふとした折に空を見上げたら、小さな姿が見えたもの。
 宇宙船やら飛行艇とは違う姿が、高い高い空を飛んでゆくのを。
 懸命に翼を動かす鳥やら、気流に乗って舞う鳥やらを。
(あんな風に、空を飛んでゆく鳥……)
 見に行きたいな、と瞬きをして、そこで気付いた。
 その鳥たちは「いない」のだ、と。
 長い間、目にしていない理由は、それだったことに。
(……このステーションには、鳥は一羽も……)
 いないんだった、と愕然とする。
 大きな広い中庭があるから、「いるような気がしていた」だけで。
 公園と呼んでもいいくらいに広い、E-1077の立派な中庭。
 木があって花も咲いているから、見た目は「地上」と変わらない。
 きちんと調整された照明、それが作り出す昼と夜。
 朝には夜明けに似せて明るさが増し、夕方は逆に暗くなってゆく。
 だから起こした勘違い。
 中庭は「地上」の「外」と同じで、見上げれば鳥がいるのだと。
 気に留めなければ分からないだけで、小さな翼で遥か上を、いつも飛んでいる鳥。
 そんな具合に思っていた。
 鳥など一羽も飼われていなくて、振り仰いでも、目には入らないのに。


 鳥さえもいないステーション。
 広い中庭を設けたのなら、飼えばいいのに。
 他の小動物とは違って、それほどに手はかからないのに。
(餌場と水場を作っておいたら…)
 鳥たちは自分で餌を摂るのだし、ねぐらになる木は何本もある。
 自分で巣をかけ、雛を育てて、代替わりだって、自然にしてゆく。
(もしも増えすぎて困るんだったら、卵を奪って…)
 調節すればいいだけのことで、犬や猫よりも楽に飼えるに違いない。
 ペットにしたがる者が出て来て、喧嘩になりもしないだろう。
 何の変哲もない鳥だったら、みんな「見ているだけ」だろうから。
 自分が気付かなかったみたいに、「いる」のが、ごくごく当たり前になって。
(…気付かなければ、いてもいなくても…)
 さほど変わりはないのが生き物、小鳥くらいは飼っておくべき。
 情操教育とは言わないけれども、きっと時には癒しになる。
 たまには餌を撒く者がいたり、観察する者もいるかもしれない。
(そろそろ雛が孵りそうだ、って…)
 心待ちに見に通う者やら、記録をつけてゆく者やら。
 それを思えば、鳥というのは「いた」方がいい。
 ステーションでの話題も増えるし、中庭だって賑やかになる。
 なのにどうして、鳥は飼われていないのだろう。
 本当に手間はかからないから、一種類でも飼っておけばいい。
 そうして鳥を飼ってくれていれば、自分も鳥を見に行けるのに。
 「鳥が見たいな」と思った時に。
 今日まで思いはしなかったけれど、飛んでゆく姿を眺めたい時に。
(中庭が、いくら広くても……)
 地上の公園には及ばないから、さほど高くはない天井。
 それでも鳥は充分に飛べる。
 動物園のケージと比べてみれば、もっと広くて大きな空間。
 鳥の家族の五つや六つは、楽に飼えそうな場所なのに。


(……まさか、飼わない理由があるとか……?)
 どうなのだろう、と機械の思考を想像してみる。
 このステーションを支配している、巨大コンピューター、マザー・イライザ。
 彼女の立場で考えてみたら、何か不都合でもあるのだろうか、と。
 候補生たちの癒しになりそうな鳥は、致命的な欠点を抱えているだろうか…、と。
(…癒しは必要なものだから…)
 鳥を飼えば得になりそうだけれど、それを打ち消すほどの欠点。
 そういう何か…、と考える内に、思い出した「鳥を見たい」と感じた理由。
(……鳥は自由に空を舞うから……)
 久しぶりに見たくなったのだった。
 人工重力にも縛られないで、自由に羽ばたいてゆく姿を。
 思いのままに空を舞う鳥、空ではなくて中庭の上の空間でも。
(…鳥を見ていたら、自由に憧れ始めるから…)
 機械には都合が悪いのだろう。
 なにしろ、此処は「牧場」だから。
 ついでに機械が作った檻で、「社会という檻」に押し込むための訓練場。
 其処で「自由」を目にされたならば、たちまち修正が必要になる。
 自由に焦がれて「羽ばたきたい」と思う気持ちを、消してゆかねばならないから。
 成人検査で記憶を奪って操作したように、此処でも、同じに。
(……きっと、そうだ……)
 そのせいで鳥は飼わないんだ、と背筋がゾクリと冷えてゆく。
 ただでも苦痛なこの牢獄は、思った以上に酷いようだから。
 飛んでゆく鳥さえ見られないほど、不自然すぎる世界だから。


(……鳥が見たくても、見られないなんて……)
 その酷さに誰が気付くだろうか、と思うけれども、気付く者などいないだろう。
 皆、従順な羊だから。
 「鳥がいない」と思ったとしても、その理由までは考えない。
 ただ「いないのだ」と納得して。
 「ステーションだし、仕方ないな」と、機械に都合よく解釈して。
(……きっと、ぼくだけ……)
 鳥がいないことを酷く思うのも、「鳥が見たい」と思い付くのも。
 此処では決して手に入らない、「自由」というものに焦がれるのも。
 なんて酷い、と涙が零れるけれども、この檻からは逃れられない。
 鳥の翼は、持たないから。
 ピーターパンが迎えに来ない限りは、空を飛んではゆけないから…。

 

           鳥のいない場所・了

※E-1077の中庭、けっこう立派だったんですけど…。そこから生まれたお話です。
 ステーションで鳥は飼われてなくても、当たり前。そう考えるのが普通ですよね?









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(まったく……。これで何度目なのだ)
 もう報告も聞き飽きたぞ、とキースが零した深い溜息。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令のために与えられた個室で。
 夜の帳は降りたけれども、昼間のことを思い出させる報告書。
 直属の部下のセルジュが届けた、暗殺計画の首謀者のリストや、後始末などの中身。
(今のところは、マツカのお蔭で全て未遂に終わっているが…)
 いつか成功するやもしれん、と呆れるくらいに何度も起こる暗殺計画。
 「キース・アニアン」は邪魔だから。
 『冷徹無比な破壊兵器』と呼ばれた頃には、無害だったけれど。
 お偉方にすれば「使える部下」で、仕事の出来るメンバーズ。
 けれど今では事情は変わった。
 国家騎士団総司令にまで昇り詰めた上に、グランド・マザーの「お気に入り」。
 放って置いたら、何処まで昇るか分からない。
 現にチラホラ聞こえてくるのが「パルテノン入り」という噂。
 パルテノンと言えば、元老たちで構成された最高機関。
 軍人出身の元老は過去に一人もいないけれども、初の例外になりそうだ、と。
 グランド・マザーのお声がかりでパルテノン入りか、あるいは誰かが抜擢するか。
(……しかし、抜擢するような奴は……)
 誰もいないと見ていいだろう。
 皆が保身に必死だから。
 「キース・アニアン」がパルテノン入りを果たせば、自分の立場が危ういから。
 元老ともなれば、今以上に強まる発言権。
 グランド・マザーの後ろ盾もあるし、「キース・アニアン」は無敵になる。
 二百年以上も空席だった、国家主席の座に就くことさえも…。
(…夢物語ではないのだからな)
 だから私を殺そうとする、と顰める顔。
 本当に「地球のため」を思うなら、私欲に走ってはならないのに。
 SD体制を守りたいなら、醜い足の引っ張り合いなど、決してしてはならないのに。


 そうは言っても、ヒトは私欲に走るもの。
 自分の利益を守るためには、目障りな者は排除するだけ。
 彼らの頭の中にあるのは、「出る杭は打たねばならぬ」ということ。
 「キース・アニアン」を早々に消して、目の前の脅威を葬り去る。
 そうしておいたら、自分の人生は安泰だから。
 これから出世をしてゆく者も、功成り名遂げている者たちも。
(……もしも奴らが、私を消すのに成功したら……)
 厄介なことになるだろうな、と「キース亡き後」を想像してみる。
 表面上は何も変わらず、世界は動いてゆくことだろう。
 たかが人間一人消えても、宇宙が滅びるわけもないから。
 直ちに代わりの者が選ばれ、国家騎士団総司令の座に就くだけだから。
(周りから見れば、何も変わらん…)
 新しい国家騎士団総司令が就任するというだけ、その名を覚え直すだけ。
 部下たちも、一般社会を構成している者も。
 「新しい国家騎士団総司令は、彼か」と、素直に現実を受け入れる。
 それが意味することも知らずに。
 世界は何を失ったのかも、まるで全く知らないままで。
 「キース」の代わりは「いない」のに。
 広い宇宙の何処を探しても、絶対に「見付けだせない」のに。
(……そして、これからも……)
 何年、何十年と待とうと、「キースの代わり」は現れはしない。
 どんなに待っても、何処からも来ない。
 何故なら、「キース」は「作られた」から。
 機械が無から作った生命、そんな者など他にはいない。
(…実際は、もう一人だけいるのだが…)
 残念なことに失敗作で、その上、「ミュウに攫われた」それ。
 今ではすっかりミュウの仲間で、人類には戻れないだろう。
 なにしろ出会った自分自身が、そう思うから。
 「ミュウの女」で、「人類とは全く違う者だ」と。


 最初は恐らくアルテメシアで、行われていただろう実験。
 「ミュウの女」が作られた頃には、ガラスの水槽は地上にあった。
(…そういうデータを見てはいないが…)
 E-1077ではなかったのだ、ということくらいは想像がつく。
 伝説のタイプ・ブルー・オリジンの侵入を許したのだから。
 ソルジャー・ブルーが易々と入り、水槽の少女を攫って行った。
 無から作られた盲目の少女、彼女が育って水槽の外へ出された後に。
 「失敗作だ」と判断されて、処分が決まったその日の朝に。
(…いくらソルジャー・ブルーでも…)
 舞台がE-1077では、そんな芸当は出来ないだろう。
 足繁く通って入り込むことも、攫って逃亡することも。
 つまり「かつては、別の場所に在った」実験施設。
 そこで少女が攫われたせいで、実験は宇宙に移ったろうか。
 またしてもミュウが通って来たなら、また失敗に終わるから。
 新たに無から作る命も、まんまとミュウに奪われるから。
(……E-1077に移したお蔭で……)
 ソルジャー・ブルーは二度と現れず、機械は「キース」を完成させた。
 幾つもの「命」を作り出しては、処分した末に。
 サンプルとして残した他にも、きっと何人もいた「キース」。
 少なくとも顔は「キース」な男を、幾つも、幾つも作り続けて。
(…ようやく私が生まれたらしいが…)
 そうやって「キース」が世に出た後の、機械のやり方。
 果たして正しかったのだろうか、その判断は。
 「もしや、間違いだったのでは」と、時々、背筋が寒くなる。
 暗殺計画が起こって、それを乗り越えた時に。
 「いつか、彼らが成功したら」と、「キース亡き後」を考えた時に。
 代わりは「何処にもいない」から。
 誰も代わりになれはしないし、何年待とうと、代わりは現れないのだから。


(……所詮は、機械の浅知恵なのか……?)
 滅びを知らないグランド・マザー。
 部品さえ交換していったならば、永久に壊れることなどはないコンピューター。
 それゆえに「キース」も、「一人いればいい」と思ったろうか。
 もしも万一のことがあったら、「いなくなる」とは考えもせずに。
 「キース・アニアン」を失った時は、代わりの者が必要なのに。
(…自分が死なないものだから…)
 不慮の事故さえ想像もせずに、一人だけ作って満足したのがグランド・マザー。
 「キース」の代わりを作っておかねば、万一の時は「後が無い」のに。
 人類は導く者を失い、グランド・マザーも困るだろうに。
(……私が出来上がったら、これ幸いと……)
 閉鎖されたのが実験の場所で、E-1077は廃棄された。
 表向きの理由は、シロエの事件にかこつけて。
 「ミュウのキャリアに汚染された」と、在学生たちを処分して。
 そうして宇宙に棄て置かれたのを、グランド・マザーは跡形もなく消し去った。
 他ならぬ「キース」に命令して。
 「E-1077を処分せよ」と、マザー・イライザごと滅ぼすようにと。
(……お蔭で自分の生まれを知ったが……)
 あの時、受けて来た命令通りにした自分。
 実験施設もサンプルも全て、E-1077もろとも消した。
 惑星上に落下させて。
 大気圏との摩擦で燃やして、重力の中で爆発させて。
(…だが、本当に正しかったのか…?)
 施設そのものを壊したことは…、と恐ろしくなる。
 破壊しないで残しておいたら、多分、「キース」を作れたから。
 全く違う生命さえも、作ることは可能だっただろう。
 「ミュウの女」の遺伝子データに基づき、「キース」を新たに作ったように。
 今度は「キース」のデータを基本に、まるで全く違ったモノを。


 E-1077さえ今もあったら、「代わりの者」は作り出せた。
 もう一度「無から作る」となったら、かなり時間がかかるけれども。
(……それでも、いないよりかは遥かにマシだ……)
 そうも思うし、「どうして作り続けなかった?」とも問い掛けたくなる。
 機械に問うても、きっと理解はしないけれども。
 「キース」一人で満足し切って、E-1077を捨てた機械は。
(……作り続けていてくれたなら……)
 私の心が軽くなるのに、と思っても、それは無駄なこと。
 E-1077を「処分した」のは「自分」だから。
 この自分でさえ、あの瞬間には、その意味が「分かっていなかった」から。
(…私が暗殺されてしまったならば、何もかもが…)
 終わってしまって、人類の導き手は消える。
 劣等人種のミュウでさえもが、ちゃんと代替わりをしているのに。
 ソルジャー・ブルーが死んだ後には、ジョミー・マーキス・シンがいるのに。
(ついでに、ジョミーに何かあっても…)
 次の世代のタイプ・ブルーが何人もいるし、ミュウの導き手は失われない。
 人類は「そうはいかない」のに。
 「キース・アニアン」が死んでしまえば、あえなく滅びそうなのに。
(……こんな具合だから、ミュウに敗れる未来しか……)
 私には見えて来ないのかもな、と暗澹たる気分になってくる。
 暗殺計画を無事に切り抜け、命を拾った時などに。
 「いつか暗殺が成功するかも」と、最悪の結果を考えた時に。
 もしも「キース」が殺されたならば、「代わりの者」はいないから。
 人類の未来は「お先真っ暗」、ミュウに滅ぼされて終わりだから。
(……私は、死ねん……)
 暗殺などで決して死んではならないのだ、と重荷を背負って生きるしかない。
 「キース」は一人きりだから。
 代わりの者など何処にもいなくて、何年待とうと、現れることはないのだから…。

 

           一人きりの重荷・了

※原作ではキースが生まれた後にも、作られていた実験体。E-1077で、定期的に。
 けれどアニテラでは「キース」で最後。本当にそれで良かったのか、というお話。











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(……こんなトコかな)
 今日の所は、とシロエが閉じた勉強用のノートと端末。
 E-1077の夜の個室で、キリのいい辺りで。
 机を離れてベッドに向かうと、腰を下ろして本を手に取った。
 いつも決まった場所に置いてある、大切な本を。
 たった一つだけ、故郷の星から持って来たもの。
(……ピーターパン……)
 ぼくは頑張っているからね、と本の表紙に語り掛ける。
 心の中で語る言葉は、ピーターパンにも届くだろうと思うから。
 声に出すより、その方がいいと思えるから。
(…まだまだだけど……)
 まだまだ時間はかかりそうだけれど、着実に前進している自分。
 次の試験でもきっとトップで、その後も、ぐんぐん昇ってゆく。
 周りのエリート候補生たち、彼らを端から置き去りにして。
 単独でトップを走り続けて、メンバーズ・エリートに選ばれる日まで。
(……待っていてね……)
 ぼくは必ずメンバーズになって見せるから、とピーターパンに何度誓っただろう。
 幼い頃から憧れ続けた、ネバーランドに住む少年に。
 永遠に年を取らない子供に、「ぼくは頑張る」と。
 このステーションから選び出される、何人かのメンバーズ・エリートたち。
 選抜されれば、能力次第でいくらでも上に昇ってゆける。
 そうして、いつかは頂点に立てることだろう。
 けして努力を怠らなければ。
 自分自身を磨き続けて、グランド・マザーに気に入られれば。
(…システムを批判してたって…)
 その能力さえ優れていたなら、機械は「シロエ」を抜擢する筈。
 今の社会を統治する者は、他にいないと。
 二百年間も空席のままの、国家元首の座にだって就ける。
 他に適した者がいないなら、「シロエ」にするしかないのだから。


 その日を目指して、ステーションでも続ける勉強。
 候補生なら当たり前のことだけれども、「それ以上」のものを。
 課された課題や、するべき勉強、それらだけでは終わらせない日々。
 地球のトップに立とうと言うなら、覚えるべきことは山のようにある。
 今から先取りしておいたって、得にはなっても損にはならない。
(ぼくは、そうして来たんだから…)
 エネルゲイアにいた頃から、と子供時代の記憶を手繰る。
 成人検査で消され、薄れた記憶とはいえ、そういったことは「忘れていない」。
 学校の場所さえ曖昧になっても、「頑張って勉強した」ことは。
 懐かしい家すら霞んだ今でも、その家で「努力していた」頃の記憶は。
(……きっと、都合がいいからなんだ……)
 勉強好きの努力家だったことが、「機械にとっては」。
 その事実を忘れさせるよりかは、覚えておかせた方がいい。
 そうすれば「シロエ」は、努力するから。
 「あの頃のぼくも、頑張ってたよ」と、励みに思って上を目指すから。
(…いいんだけどね…)
 別にそれでも、と浮かべる皮肉な笑み。
 努力は裏目に出たのだけれども、「勉強好き」は今後の役に立つ。
 機械に選ばれ、国家元首になりたいのなら。
 トップエリートの階段を上り、出世街道を駆け抜けたいなら。
(……本当は、ネバーランドよりも素敵な地球へ……)
 行こうと思って、故郷で努力を続けていた。
 優しかった父が、こう言ったから。
 「シロエなら行けるかもしれないな」と。
 ネバーランドも悪くないけれど、それよりも素晴らしいという所が「地球」。
 其処へ行けたら、と夢を抱いて、ひたすらに励み続けた自分。
 「頑張った先」に待っているものも、知らないで。
 子供時代の記憶を消されて、ステーションに行くとも気が付かないで。


 ネバーランドよりも素敵な地球へ、と頑張ったことは失敗だった。
 こうして過去を奪い去られて、ステーションに連れて来られたから。
 「地球に行くこと」は、「子供時代の全てを捨て去ること」だったから。
(……でも、どうせ……)
 成人検査は必ず受けるものだし、どんな子供でも逃れられない。
 それなら、これでも「いい」のだろう。
 E-1077に来られた自分は、いつか力を持てるから。
 国家主席の座に就いたならば、機械に向かって命令出来る。
 「奪った、ぼくの記憶を返せ」と。
 大切な記憶を奪い返したら、次は「止まれ」と下す命令。
 自分のような子供を作り出し続ける歪んだ世界は、滅ぶべきだから。
 「ヒトが、ヒトらしく」生きるためには、機械が治める世界は要らない。
 だから「止まれ」と機械に命じて、SD体制を終わらせる。
 「子供が子供でいられる世界」を、取り戻すために。
 ピーターパンの本が書かれた時代に、地球で、人間が「そう生きた」ように。
(…もちろん、滅びを繰り返さないように…)
 策を講じねばならないけれども、SD体制なんかは「要らない」。
 世界は「ヒト」のものであるべきで、機械のものではないのだから。
 誰もが幸福になれる世界は、「ヒトが治める」べきだろうから。
(……頑張らなくちゃ……)
 そのために、ぼくは選ばれたんだ、と今は誇りに思っている。
 ピーターパンの本を失くさず、ステーションに持って来られた自分。
 成人検査を受けた子供は、「何も持っては来られない」のに。
 子供時代の記憶はもちろん、故郷で大切にしていた物も。
 成人検査を受ける時には、荷物を持っては行けない決まり。
 けれど自分はそれに従わず、宝物の本を持って出掛けた。
 お蔭で今でも失くしてはいない、大切な本。
 それこそが「選ばれた者」の証で、ピーターパンにも、きっと期待をされているから。


(……今よりも、もっと……)
 もっともっと努力を重ねないと、と「やるべきこと」に思いを馳せる。
 メンバーズ・エリートに選ばれた先に、国家元首の座に就いた先に。
 そうやって頑張り続けていたなら、ピーターパンにも会えることだろう。
 「迎えに来たよ」と、永遠の少年が空を翔けて来て。
 その頃には「シロエ」は年老いていても、この命を終える時であっても。
(…ネバーランドに行けるなら…)
 それでいいや、と緩んだ頬。
 懸命に生きた生の終わりに、そんな御褒美が待っているなら。
 ピーターパンと一緒に空に舞い上がり、ネバーランドへ飛んでゆけるのならば。
(……だけど、ホントは……)
 もっと早くに行きたかったな、と微かにチリリと痛む胸。
 「ネバーランドよりも素敵な地球へ」と思わなかったら、あるいは行けていたのだろうか。
 子供の味方のピーターパンは、「シロエの夢」を尊重したから、迎えに来ないで…。
(…こういう人生になってしまったとか?)
 まさかね、と急に冷たくなった背。
 あれだけ待って待ち続けたのに、ピーターパンは「来なかった」。
 もしかしたら、それは「自分が選んだ」道だったろうか。
 「ピーターパンと一緒に行くより、地球に行こう」と。
 そう出来るだけの素質と能力、それが「シロエ」にはあったから。
 努力と勉強を怠らなければ、「地球への道」が開くのだから。
(……ぼくが、こういう道に来たなら……)
 SD体制を破壊するために、更なる努力を続けてゆく。
 「ぼくは選ばれた子供なんだ」と、誇りを持って。
 ピーターパンなら忌み嫌うだろう、機械の世界を滅ぼすために、と。
 だから自分は「今、ステーションにいる」のだろうか、ネバーランドには行けないで。
 ピーターパンは迎えに来ないで、大人への道を歩み始めて。


(……そんなことって……)
 あるだろうか、と思うけれども、否定するには決め手に欠ける。
 ピーターパンが「ずっと、探していた」のが、「シロエのような子供」だったら…。
(…迎えに行くより、SD体制を破壊して貰おう、って思うよね?)
 きっとそうだ、と容易に想像がつく。
 ネバーランドを、ピーターパンを忘れない子で、優秀な子供が、どれほどいるか。
 こんな「機械の言うなり」な世界に、マザー牧場の羊ばかりが増える世界に。
(……ぼくの他には、誰もいなくて……)
 そのせいで、ぼくが「選ばれた」なら…、とゾクリとする。
 もっと成績が悪かったならば、「違っていたかもしれない」と。
 成人検査を受けるより前に、ピーターパンが迎えに来て。
 今では住所も思い出せない、エネルゲイアの高層ビルにあった家。
 あそこの窓から、夜の間に高い空へと舞い上がって。
 ピーターパンやティンカーベルと、夜空を翔けてネバーランドへ。
(……二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ……)
 謎かけのような、ネバーランドへ行ける道。
 それはすっかり無視してしまって、真っ直ぐに飛んで。
 子供が子供でいられる世界へ、幼い自分が焦がれた場所へ。
(……ぼくが劣等生だったなら……)
 そっちの道へ行けただろうか、と零れ落ちる涙。
 もしもそうなら、「選ばれた子供」でなくても良かった、と。
 世界を救った英雄になるより、ただの名も無い子供で良かった。
 先の見えない長い長い道、其処を懸命に歩くよりかは。
 SD体制を破壊する日まで、がむしゃらに努力の人生よりは。
 たとえ「負け犬」と呼ばれようとも、そちらの道なら後悔は無い。
 ピーターパンが迎えに来るのだったら、ネバーランドへ行けたのならば…。

 

          劣等生なら・了

※ステーションで努力するシロエですけど、もしも劣等生だったら、どうなったのか。
 成人検査で一般コースに送られるのが普通とはいえ、ネバーランドに行けていたのかも…。











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