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孤独の内に

「最後まで…私は一人か」
 それがキースの最期の言葉。
 その唇から最後に零れた、肉体の声。
 崩れゆく地球の地の底深くの、暗闇の中で、聞く者さえも無いままに。
 自嘲するように呟いてから、彼の上に巨岩が落ちてくるまで、ほんの数秒。
 けれど「死にゆく者」の意識は、凄まじい速さで思考するもの。
 よく例えられる走馬灯のように、その人生における様々なことを。
 機械が作った生命だろうが、「ヒト」である以上、消えゆく命が見るものは同じ。
 キース・アニアンが最期に脳裏に描いた、彼の思いは悲しいもの。
 「最後まで、一人」だったから。
 どうして彼が「そう呟いた」か、呟かねばならなかったのか。
 隣にはジョミーがいたというのに。
 共にグランド・マザーと戦い、理解し合えたミュウの長が。


(……ジョミー)
 お前まで先に逝ったのか、とキースが一人、噛み締めた唇。
 巨岩が落ちてくるよりも前に。
 「最後まで…私は一人か」と、口にするよりも、ほんの少しばかり先に。
 長い年月、敵として戦い、この地の底でも「戦った」ジョミー。
 何度も激しく剣を打ち合わせ、死闘を繰り広げたとも言える。
 けれども、それはジョミーに対する、一種の挑発。
 ジョミーが本気にならない限りは、グランド・マザーを倒せはしない。
 無論、SD体制をも。
(だから私は、剣を突き付けた…)
 話し合いなどで、この戦いは「終わらない」から。
 倒すべき敵はグランド・マザーと、「機械の申し子」キース・アニアン。
 それをジョミーが認めさえすれば、全ては崩壊するだろう。
 何故なら、「キース」に「勝ちを収める」気など無いから。
 ジョミーの戦意に火を点けたならば、そこで斃されても悔いは無かった。
(……もっとも、メンバーズを剣で倒すことなど……)
 素人に出来はしないのだがな、と冷めた心で分かってもいる。
 せいぜい掠り傷を負わせる程度で、その辺りが「ジョミーの限界」だろう、と。
(私を敵だと認識すれば…)
 ジョミーの憎悪は、サイオンとなって膨れ上がる。
 グランド・マザーもとろも「キース」を倒すか、真っ直ぐグランド・マザーに向かうか。
 どちらであろうと、結果はSD体制の終わり。
(…私は、それで良かったのだが…)
 何処で歯車が狂ったろうか、と禁じ得ない苦笑。
 そういう方へと向かう代わりに、「今」があるから。
 ジョミーが先に逝ってしまって、自分は未だに「生きている」から。
 地の底で一人、剣で刺されて。
 虫ピンで留められた昆虫のように、この階段に縫い留められて。


(……国家主席の標本か……)
 それとも、遥か昔に目にした、E-1077に並んだ『サンプル』たち。
 「キース」と同じ顔をしていた彼らと、今の自分は似ているだろうか。
 サンプルと言えば、言わば標本。
 彼らの命は消えていたけれど、自分は今も「生きてはいる」。
 とはいえ、いずれは死んでゆく身で、死ねば『標本』が出来上がる。
 虫ピンの代わりに剣で留められた、「キース・アニアン」の標本が。
 もしも研究者がやって来たなら、「格好のサンプル」と見るだろう「モノ」が。
(…機械が無から作った人間となれば…)
 さぞや研究意欲を掻き立てるのに違いない、と思い浮かべる、おぼろげな記憶。
 E-1077の水槽にいた頃、ガラスの向こうから「見ていた」者たち。
 彼らが此処にやって来ることは、絶対に有り得ないのだけれど…。
(研究者などは、誰でも同じだ)
 標本となった「キース」を見たなら、狂喜して分析し始めるのだろう、と想像がつく。
 けれど…。
(ミュウに生まれた研究者でも、そうなのだろうか?)
 喜び勇んで「キース」の死体を切り刻むものか、あるいは違って…。
(研究するにしても、先に弔いそうな奴らだ)
 それが人類とミュウの違いか、と可笑しくなる。
 「だからこそ、人類は負けたのだ」と。
 ヒトがヒトとして生きてゆくには、「ヒトらしい思い」が必要だから。
 より「人間味」に溢れていたのは、明らかにミュウの方だったから。


 機械が統治するためのシステム、それがSD体制だった。
 「ヒト」のためではなく、「地球のために」存在していた制度。
 人間は地球を窒息させ、滅びさせるものだ、と考えた者らがシステムを作った。
 死の星と化した、地球を蘇らせるためだけに。
(……そのためには、ヒトの思いなど……)
 要りはしないし、情も要らない。
 だからこそ自然出産を禁じ、血の繋がりを崩壊させた。
 ヒトが地球よりも「情」を優先させないように。
 血の繋がった家族に抱く「思い」が、地球への「それ」を超えないように。
(…そうやって生きたのが、人類で…)
 逆の生き方を選んだのがミュウ。
 昨夜、あの「ミュウの女」も言った。
 指導者自ら前線に出て戦う理由を、「次の世代を守るため」だと。
 彼らは互いを思い合った上に、ミュウという種族の未来を思って地球まで来た。
 SD体制が敷かれたままでは、種族の未来は開けないから。
 「ミュウを抹殺せよ」と命じるシステム、それを壊さねばならないから。
(……結局、ヒトが生きてゆくのに必要なのは……)
 地球という星を守ることより、「ヒトらしく生きてゆく」ということ。
 その道を自ら捨てた人類、そんな種族に未来など無い。
 どんなに機械が叫ぼうとも。
 「ミュウを殲滅せよ」と言おうと、ミュウを不純物と決め付けようと。


(……だから、私は……)
 自ら滅びを選ぶつもりで、ジョミーに剣の切っ先を向けた。
 ジョミーが巻き起こす怒りのサイオン、その前に身を晒すつもりで。
 けれども、何処かで狂った計算。
 気付けば、グランド・マザーに向かって、直接、怒りをぶつけていた。
 銃を抜き放ち、何発も撃って。
 すっかり「ジョミーの戦友」となって、システムへの批判を隠しもせずに。
(…そうした結果が、この始末だ…)
 残酷な「処分」もあったものだ、とグランド・マザーの冷たさを思う。
 一撃で息の根を止める代わりに、こうして縫い留められてしまった。
 「生きたまま」全てを見届けるよう、「ジョミーの最期」を「その目で見よ」と。
 皮肉なことに、ジョミーではなく、グランド・マザーが「壊された」けれど。
 最後のあがきで報復はしても、明らかに「ジョミーの勝ち」だった。
 いくらジョミーが命尽きようと、SD体制は崩壊する。
 ジョミーが開いたパンドラの箱は、この先、世界をどう変えてゆくか。
(……箱の最後には……)
 「希望が残ったんだ」と、ジョミーは最期に言い残した。
 彼の目には見えていたのだろう。
 これから先のヒトの未来が、ミュウたちの希望に満ちた未来が。
(……私は、全てを見届けたのだが……)
 ジョミーと共には逝けなかったな、と寂しさだけが、こみ上げてくる。
 そうも長くは持たないにしても、やはり自分は「一人なのだ」と。
 長い時を、そうして生きて来たから。
 側近くにいたマツカさえをも、冷たくあしらい続けたから。
 本当は、心を許していても。
 マツカが「仲間の許へ逃れる」ことさえ、心の何処かで望んでいても。


 機械が無から作った生命、それを知る前は、どうだったろう。
 同じに一人で生きていたのか、それとも、そうではなかったのか。
(……サム…。シロエ……)
 過去を忘れてしまったのがサム、この手で殺してしまったシロエ。
 それを思うと「一人だった」と、悲しみが胸に広がってゆく。
 「ずっと昔から、私は一人だったのだ」と。
 生命としての父母さえも無くて、機械が無から作った人間。
 それが宿命づけたのだろうか、「一人きりで生きてゆく」道を。
 死の瞬間まで「たった一人」で、戦友さえも「先に逝ってしまう」道を。
(……こういう処分を受けなかったら……)
 とうの昔に死んでいたろうに、未だにこうして生き続けている。
 「致命傷を負わされ、それでも意識は鮮明なまま」で。
 グランド・マザーが「縫い留めた」箇所は、そういう部分を貫いていた。
 剣を抜けば多量の血が溢れ出して、死に至る場所を。
 「標本のように留められた」ままなら、かなりの時間を生きられる箇所を。
(……お蔭で、私は最後まで……)
 本当に、たった一人なのだ、と地の底で思う。
 ジョミーに殺される道をゆかずに、その戦友になれたのに。
 もしもジョミーが生き延びたならば、最期を看取ってくれただろうに。
(……機械に作られた人間には……)
 相応しいがな、と考えはしても、やはり虚しい。
 最後まで、一人きりだから。
 ジョミーまで先に逝ってしまって、死出の旅さえ、一人だから…。

 

           孤独の内に・了

※アニテラ放映当時から「え?」と思っていたのが、キースが最期に口にした言葉。
 「一人って、ジョミーの立場が無いよ」と。というわけで、今頃、書いてみました…。










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