忍者ブログ


 諸君、今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたい。
 とはいえ、今の私の名前は、全く違う。
 年にしても……そうだな、かつてのシロエくらいだろうか。
 ステーションなら「入学したて」といった所か。
 紹介しよう、友人の「ジョミー・マーキス・シン」だ。


「あっ、駄目だよ! ぼくの今の名前は…」
「悪い! だが、今の名前を言っていいのか?」
「あー…。それは困るかも…」
「なら、これしか仕方なかろうが。というわけで…」
「ジョミーです! みんな、元気にしてる? ぼくも、キースも…」
「この通り、とても元気にしていて、今日もこれから公園で…」
「サッカーなんだよ、でもって、ぼくたちだけじゃなくって…」


「どうも、セキ・レイ・シロエと呼んで下さい!」
「えっと…。ジョナ……、マツカでいいです…」
「俺さ、昔は、サム・ヒューストンな!」
「ぼくも名乗らせてくれたまえ…って、偉そうかな…。ブルーです」
「ブルーに遠慮されたら、ぼくはどうすれば…。トォニィです」
「ドサクサ紛れですみませんけど、これでもハーレイです!」
「どうも、ゼルです!」
「ヒルマンです!」


「あのさ、キース…。サッカーの人数、軽く超えるよ、その内に…」
「分かっている。向こうでスウェナたちも手を振ってるしな…」
「自己紹介とか始めるからだよ、キースがさ!」
「お前が他の連中を紹介したんだろうが!」
「だって、つい…。せっかくみんなで、こうして地球にいるんだし…」
「こうなっても仕方ないかもな…」


 というわけで、皆、息災で、地球で暮らしている。
 ただし、遥かに遠い未来の時代なのだが、地球という星には違いない。
 それぞれ、別の名前や家があっても、こうして会えて、話やサッカーも出来る。
 その昔、サムが言っていた通り、「みんな、友達」というわけだ。

 何故、今頃、それを言いに来たか、と尋ねるのか?
 2024年の日本が、正月早々、大変なことになっているからだ。
 元日に地震で、二日の夜には、羽田空港で飛行機が炎上したと聞く。
 一年で一番、平和でめでたい時の筈なのに、信じられないような非常事態が立て続けだ。

 こういった時は、「タイムラインに落ち着く画像を流す」ものなのだろう?
 だが生憎と、そういったものを流したくても、私たちの生きた時代には何も無かったのだ。
 代わりに、今の日常を流してみたというわけなのだが、苦笑されたかもしれないな。
 どうも私には、今も昔も、こういった役回りは向かないようだ。
 では、この辺で失礼しよう。
 さっきから、ジョミーがうるさいのでな。

 すぐ行くと言っているだろう!
 なに、遅れた分、後でおごれだと!?
 しかも全員分だって!?
 何人いると思っているんだ、破産させたいのか、馬鹿野郎ーっ!



           遥か地球より・了


※新年早々、なんだかとんでもない年に。元日の能登の地震だけでも仰天でしたが…。
 本日、二日の夕方に羽田空港で日航機の炎上事故とか、恐ろしすぎます。
 三が日が無事に済みますように、今年はもう、これ以上、何も起こりませんように…!





拍手[0回]

PR
(どうにも慣れんな…)
 此処の水は私には合わん、とキースは一人、溜息を零す。
 初の軍人出身の元老として、鳴り物入りで就任してから半月が過ぎた。
 そろそろ慣れても良い頃だけれど、一向にその気配さえ無い。
(本当に、引いている水まで違うのではないのか?)
 コーヒーまでが不味くて敵わん、と思わず顔を顰めてしまう。
 今、机の上にあるカップの中身は、不味いコーヒーではないけども。
(こうして部屋で味わう分には…)
 文句無しの味で、及第点ところか、最高の評価をつけられる。
 ジルベスター・セブン以来の側近のマツカ、彼が淹れるコーヒーは常に味わい深い。
 彼を連れて様々な場所に行ったけれども、何処で飲んでも、味は変わらなかった。
 それだけ心を配って淹れて、いいタイミングで出して来るのだろう。
(…だからマツカのだけが美味いのか、水は変わっていないのか…)
 まるで謎だな、と思いはしても、わざわざ調べる気にもなれない。
 恐らく水源は全く同じで、このノアの、首都とも言える地域は、何処へ行っても同じこと。
 首都惑星になるほどの星といえども、水源はさほど多くはない。
 一つの地域に一カ所あったら、充分と言える世界なのだし、此処も一つの筈だった。
 つまり、パルテノン入りを果たして転居した後も、その前も、居住空間に引かれた水は…。
(全く変わっていないのだろうな)
 浄化システムも同じだろうさ、と分かっているのに、何故、コーヒーは不味いのか。
 パルテノンで飲んでも、会議で出掛けた先で飲んでも、他の元老の家に招かれても…。
(本当に不味くて、どうにもならん)
 他に無いから飲むしかないが、とマツカのコーヒーを口に含むと、また溜息をつきたくなる。
 激務をこなして自分の個室に帰って来るまで、これが飲めない日が増えた。
 国家騎士団総司令だった頃には、気が向いた時に飲めたのに。
 「コーヒーを頼む」と命じさえすれば、マツカが淹れて持って来たのに。
(…此処では、マツカも異端だからな…)
 マツカもセルジュもパスカルもだ、と溜息の種は全く尽きない。
 なにしろ此処では「キース」までが異端、異色と呼ばれる存在だから。


 人類を統べる最高機関が、元老院であり、パルテノン。
 聖地、地球の地の底に座す巨大コンピューター、グランド・マザーの意を受けて動く。
 その構成員である「元老」は皆、根っからの文官、政治家だった。
(…この私とは、根本からして違うのだ…)
 生まれ以前の問題でな、とEー1077で見た光景を思い出す。
 シロエが命懸けで暴いた、フロア001と「キース・アニアン」の生まれの秘密。
 彼が「ゆりかご」と呼んだ場所では、何人もの「キース」が眠っていた。
 標本にされて、二度と覚めない永遠の眠りに就いていた「彼ら」。
(…アレも、私も、全くの無から作り出されて…)
 人類を統治するべく「キース」は生まれたけれども、どうして「軍人」だったのか。
 Eー1077で「マザー・イライザが作る」必要は、何処にあったのか。
(他のステーションでは、作れないなどということは…)
 無いということは、既に知っている。
 あそこで目にした「ミュウの女」が気にかかったから、調べてみた。
 「アレ」も同じにEー1077で作られたとは、どうしても考えられなくて。
(ミュウどもが、私が作られるよりも前の時代に…)
 アルテメシアを出たという記録は全く無いし、存在さえも長く確認されてはいなかった。
 ジョミー・マーキス・シンの成人検査に絡んで、雲海から母船が浮上してくるまで。
 アルタミラでメギド兵器が使われて以来、彼らは息を潜めていた。
 三百年もの長きに渡って、何も起こりはしなかった。
 「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」の名が残ってはいても、見た者はいない。
(…そういう時代に、奴が危険を冒してまで…)
 Eー1077に潜入するとは考え難いし、そうする理由も思い付かない。
 ならばどうして、「あの女」はミュウの船にいたのか。
 自ら逃げ出す筈などは無くて、マザー・イライザが脱走を許すわけもない。
 それらを考え合わせてみれば、答えは一つだけしか無かった。
(あの女は恐らく、アルテメシアで…)
 作り出されて、ソルジャー・ブルーが見付けて攫って行ったのだろう。
 そのせいで研究の場所が移され、Eー1077で続けてゆくことになった。
 其処までは理解出来るのだけれど、今もって解けない謎がある。
 どうして「Eー1077」が選ばれ、其処で「キース」を作ったのか。


 「初の軍人出身の元老」。
 キースのパルテノン入りを喜び、讃える者たちなら星の数ほどいる。
 一般社会を構成する者や、軍人たちからすれば「希望の星」と言えるだろう。
 「軍人でも、やれば頂点に立てる」と証明した上、異色の経歴で未来を切り開きそうだから。
 けれども、パルテノンと言ったら、文官と政治家たちの世界で、まるで水が違う。
(…文字通りに、水が合わなくて…)
 コーヒーまでが不味いのだ、と幾つ目だか知れない溜息が落ちる。
 周りを見たなら、「キース」とは違う人種ばかりが目につき、職員までもが違っていた。
 国家騎士団に所属していた頃には、其処で働く職員さえもが「軍人」ばかり。
 恐らく、厨房や清掃係といった職種以外は、全員、軍人だったろう。
(…もしかしたら、清掃係までもが…)
 かつての「マツカ」のように落ちこぼれてしまった、軍人という可能性もある。
 軍人としては無能だけれども、清掃係くらいにはなる、と配属されて来た者たち。
 厨房は流石に専門職だし、料理人を育てるステーションから来た者たちだったろうけれど。
(私は、そういう世界で育って…)
 Eー1077もまた、「軍人を育てる」ステーションだった。
 「エリートを育てる最高学府」には違いなくても、育成するのは政治家ではない。
 だから「文官向け」の教育などは全く受けていないし、その逆がパルテノンの構成員たち。
(まるで全く違う世界で育てられ、生きて来たのだからな…)
 彼らと「キース」が違いすぎるのは、当然のことと言えるだろう。
 水が合わないのも無理はない。
 「コーヒーが不味い」と思う理由も、その辺にある。
 何処へ行っても落ち着かないから、コーヒーの味が不味くなる。
 「此処は私の世界ではない」と、嫌でも認識させられる場所で、真の味など分かりはしない。
 同じコーヒーが、国家騎士団で出て来たならば、驚くほどに美味くても。
 「マツカの他にも、上手く淹れる者がいるようだな」と、感嘆するほどのコーヒーでも。
(…とことん、私には合わん…)
 未だに慣れん、と溜息ばかりが零れるけれども、もう「この道」を行くしかない。
 それがグランド・マザーの意向で、「キース・アニアン」の役目だから。
 いずれ人類の指導者として、国家主席に就任することになるのだろう。


 どうしようもない、自分の未来。
 変えることは出来ない、「キース」の生まれ。
 Eー1077で「作られた」時から、こうなる未来は決まっていた。
 「そういうキース」を作り出すために、サムやスウェナや、シロエまでが選び出されていた。
(そしてシロエは、私のこの手で撃墜されて…)
 宇宙に散っていったのだけれど、どうして「そうなった」のだろう。
(パルテノン入りが決まっているなら、私をわざわざ、あそこで作って…)
 長い回り道をさせる必要など、本当に何処にあったのか。
 政治家を育てるステーションで「キース」を作っていたなら、全ては変わる。
 文官は軍事教育などは、受けていないと言っていいほど。
 護身用の銃を使える程度で、護身術のような体術の訓練も「受けた」というだけのことらしい。
 実際、彼らは皆、隙だらけで、Eー1077の候補生でさえ、彼らよりも腕が上だろう。
(その代わり、彼らは実に狡猾で…)
 政治の世界には必須の駆け引きなどには、抜きん出た才能を発揮する。
 散々やられた「キース・アニアン暗殺計画」にしても、その才能が生んだ歪みと言える。
(…私を最初から、そういう世界で育てていれば…)
 今頃はとうに、国家主席の座に就いていたのだろうな、と自分でも思う。
 ライバルを蹴落とし、あらゆる手段を張り巡らせて、誰もが驚く速さで昇進し続けて。
 上手く運べば、今の自分が「少佐」で、ジルベスター・セブンに行った年には…。
(最年少の元老として、パルテノンで名を轟かせていて…)
 国家主席に就任する日も、目前になっていたかもしれない。
 「そのために」生まれて育った以上は、大いに才を発揮するのが「キース」の役目。
 シロエが乗った練習艇を追い掛け、撃墜している暇などは無い。
 目出度く卒業が決まったのなら、政治の世界に住む人間と接触すべき。
 彼らを乗せた宇宙船が、偶然、ステーションに立ち寄るように仕組まれていて。
 其処で「キース」が彼らと出会って、目に留まり、未来が開けるように。
 「卒業したなら、私の許で働かないか」と、いきなり出て来る「引き抜き話」。
 本来、歩むべき道を飛び越え、最初から「ノアで」勤務するとか。
 元老の側近に抜擢されて、パルテノン勤務で始まるだとか。


(…グランド・マザーの采配ならば、どうとでも…)
 なった筈だ、と分かっているのに、現実は「水の合わない世界」に放り込まれてしまった。
 コーヒーまでもが不味くて、やっていられないほど、とことん水の合わない環境。
 けれど、「慣れる」しかないだろう。
 どういう意図で「こういう育て方をしたか」は、未だに分からないけれど。
 グランド・マザーが何を考え、どう計算して、軍人として育てたのかは、謎だけれども。
(…まさか、軍人として育てておいて…)
 いざという時、ミュウの長と刺し違えてでも彼らを止めろ、というつもりか、と可笑しくなる。
 そんなことなど不可能なことは、もう身をもって知っているから。
 もしもマツカがいなかったならば、とうの昔に、メギドで死んでいる身だから。
(…私が助かった本当の理由を、機械は今も知らないからな…)
 刺し違えさせるつもりでいるなら、おめでたいことだ、とクックッと笑う。
 ジョミー・マーキス・シンと戦ったならば、勝負は一瞬でつくだろう。
 オレンジ色の瞳の子供にしたって、恐らく勝ち目は全く無い。
(…まったく、私を何のために…)
 軍人に育て上げたのだろうな、と「美味いコーヒー」で喉を潤す。
 今の「キース」の癒しといったら、これだけだから。
 マツカが淹れるコーヒー以外は、此処では、どれも「不味い」のだから…。



            水が違う世界・了


※パルテノン入りして間もない、キースの愚痴。コーヒーまで不味くなる気分らしいです。
 けれど実際、軍人として育てる必要は何処にあったのでしょう。政治のプロでは駄目だと?








拍手[0回]

(…キース・アニアン…。おかしな奴…)
 本当に、とてもおかしな奴だ、とシロエは首を傾げるしかない。
 このEー1077に来てからの月日は、さほど長いとは言えないけれど…。
(子供時代の記憶が、全く残っていないなんて話は…)
 ただの一度も、耳にしてはいない。
 確かに、子供時代の記憶は「あまり」定かではなく、おぼろではある。
 自分はそれで苦しんでいるし、成人検査を呪ってもいる。
 とはいえ、記憶は「皆無」ではない。
 両親や故郷の家の記憶は薄れたけれども、他の記憶は充分にある。
 学校のことや、クラスメイトや先生、そういった「今」に繋がることなら。
(…同級生だとか先生とかは、これから先も…)
 人生に関わってくるだろうから、機械は記憶を「消さずにおいた」。
 Eー1077には「同級生」が誰もいなくても、先はどうなるか分からない。
 何処かでバッタリ出くわした時に、覚えていたなら、プラスになることもあるだろう。
(…エリートにはなっていなくったって…)
 優秀な技師に育っているとか、研究者としては一流だとか。
 そういう人物の顔や名前を「知っている」のと、「知らない」のとでは…。
(大きく差がつく時だって、きっと…)
 人生の中では、出て来るだろう。
 自分が目指すのはメンバーズ・エリート、任務は多岐にわたっている。
 あちこちの星に出向いて行って、様々なことをせねばならない。
(戦うだけじゃなくて、指揮を執ったり、作戦だって…)
 立ててゆかねばならないのだから、当然、周りの協力が必須。
 同じメンバーズだけではなくて、基地の職員やら、技術者たちの力も要る。
(そういった時に、技術者の中に、エネルゲイアで一緒だった子が…)
 混じっていたなら、仕事は上手く進むだろう。
 エリートは敬遠されがちだけれど、知っている顔なら話は別。
 快く協力してくれる上に、あちらにもメリットがあるかもしれない。
 働きぶりが「シロエ」の目に留まったなら、引き抜かれて昇進出来るだとか。


 機械が「記憶を全て消さない」のは、機械なりの計算があってのこと。
 それぞれの子供の「先」を考慮し、大切なピースは「残しておく」。
 だから「全てを消しはしない」のに、キースには、それが無いという。
 本人から直接、聞いたわけではないけれど…。
(あれだけ噂になっているなら、間違いないよ)
 噂が「ただの噂」だったら、とうの昔に消えている。
 キース本人も、流石に否定するだろう。
 「それは違う」と、「ぼくにだって、親はいるんだから」と。
 いくらキースが冷血漢でも、それとは違った次元の話が「自分の過去」。
 誰でも通って来ている道だし、記憶も「持っている」のが当然。
 根も葉もありはしない噂が流れていたなら、キースなら、きっと、こう考える。
 「ぼくは全く気にしないけれど、皆の勉強の妨げになっているのでは」と。
 噂話に夢中になって、講義に遅れてしまう者やら、課題を忘れてしまう者たちもいそう。
 それでは駄目だし、エリート候補生としても好ましいとは、とても言えない。
(…サッサと噂話を鎮めて、「みんな、勉強するべきだ」って…)
 説教するのが、「キース」という人間には相応しい。
 なにしろエリート中のエリート、マザー・イライザの覚えもめでたい「キース」。
 彼が噂の中心になって、Eー1077の秩序を乱すことなど、あってはならない。
(キース自身もそう考えるし、イライザだって…)
 早く噂を終わらせなさい、とキースに指導するだろう。
 「この状態は良くありません」と、キース・アニアンをコールして。
 「あなたがこれを収められないなら、失点になってしまいますよ」と叱咤して。
(…そうなる筈なのに、そうはならなくて…)
 今も噂は流れているから、「キースには、過去の記憶が無い」のは明白な事実。
 なんとも奇妙な話だけれども、何故、そうなったのかが、大いに気になる。
 機械が「残しておくべき」記憶が、キースの中には「残されていない」。
 その原因は、何だったのか。
 成人検査で機械がミスを仕出かしたのか、それとも逆か。
 どちらの可能性もある。
 それを「やった」のは、機械だから。


(…ミスだとしたなら、機械の出力の問題で…)
 消さなくてもいい記憶までをも、消してしまう結果になったということ。
 キースには不幸な事故だけれども、事故は「いい方」に働いた。
 過去の記憶が「全く無い」から、キースは過去に左右されたりはしない。
 思い出話に花を咲かせたり、懐かしんだりする「過去」が残っていないのだから。
(誰かと一緒にいる時にしても、キースしかいない個室にいても…)
 余計な記憶に煩わされることが無いから、常に勉強に集中出来る。
 サムとスウェナという友人はいても、キースの交流の輪は、それ以上には広がらない。
 彼自身が「広げる必要は無い」と思っていたなら、広がる理由は全く無い。
 同郷の者が誰かいないか、探す必要さえ「無い」のだろう。
 覚えていない過去のことなど、追い求めるだけ無駄というもの。
 そんなことよりも「まずは勉強」で、トレーニングにも余念が無いのだと思う。
(結果的には、凄いメリットがあったってわけで…)
 キースの成人検査をやった機械は、イライザに褒められているかもしれない。
 「本来、ミスは認められませんが、今回に関しては例外です」と。
 「素晴らしい人材が出来ましたから」と、キースの能力を褒めちぎって。
(…何処の星だか知らないけどね…)
 まあ、その内に気が向いたなら調べてみよう、と思う程度の「キースの故郷」。
 知った所で得はしないし、噂話をしている中に入ってゆく気も、まるで無いから。
(いい仕事をしたとは言えるわけだよ、ミスにしたって)
 なんと言っても結果が「アレ」だ、と「キース」の優秀さは認めざるを得ない。
 過去を覚えていない分だけ、いい方向に転ぶのは分かる。
(ぼくだって、過去にこだわらなければ…)
 もっと勉強時間が増えるだろうし、そうなれば成績も今よりも上がる。
 どうしても「削ることが出来ない時間」を、丸ごと削ってしまえるから。
 記憶を繋ぎ留めようと足掻く努力も、全く必要無くなるから。
(…それを思うと、ミスじゃなくって…)
 わざとだった可能性も出て来るんだよ、とシロエは顎に手を当てる。
 「いったい、どっちだったんだろう」と、首を捻って。
 機械のミスか、「全て消す」という操作をしたのか、どちらなのだろう、と。


 今の時点では、どちらなのかは分からない。
 まだ情報が足りなすぎるし、噂だけで判断出来るものでもない。
(…どっちなんだろう…?)
 このまま噂が収まらないなら、調べてみるのも一興だろう。
 データベースを掘り返したなら、事故か否かは、簡単に分かるかもしれないから。
(…わざとじゃなくて、機械がミスした結果だったなら…)
 少しキースが羨ましいな、と、ふと思った。
 成人検査を受ける前までは、キースにも両親がいたのは確かで、家だって在った。
 キースの故郷は知らないけれども、其処で育って、学校に行って…。
(毎日、「ただいま」って自分の家に帰って、お母さんが作る料理を食べて…)
 母親の得意料理の他にも、お菓子だって食べていたのだろう。
 「シロエ」の母が得意だったお菓子は、ブラウニー。
 キースの母は、何を得意としていたろうか。
 パウンドケーキか、シュークリームか、あるいは「シロエ」の母と同じに…。
(…ブラウニーってことも、まるで無いとは言えなくて…)
 キースがそれを「覚えていた」なら、今のようにライバルになっていたかは怪しい。
 カフェテリアで出て来た「ブラウニー」が縁で、仲良くなっていたかもしれない。
 互いの母の思い出話を、それを食べながら話したりして。
 「あまり覚えていないというのが、残念なんだが…」と、キースも苦笑したりして。
(そうなっていたら、ぼくは友達が出来るけれども、キースの方は…)
 シロエとの競争に励む代わりに、シロエと「過ごして」勉強の時間を無駄にする。
 それでは成績は上がりはしないし、機械はガッカリするけれど…。
(普通は、そういうものなんだしね?)
 キースの場合が例外なんだ、と分かっているから、羨ましくなる。
 何も「覚えていない」キースが。
 懐かしむ過去を全く持っていなくて、前だけを見詰めてゆけるキースが。


(…キースが忘れてしまったことが、事故だというなら…)
 それと同じ事故が、自分の身にも起こっていたら、とピーターパンの本に目を遣った。
 自分は「あの本」を、このステーションまで持って来た。
 今も大切にしているけれども、「キースのような」事故に遭っていたなら、事情は変わる。
(成人検査が終わった後で、宇宙船の中で気が付いて…)
 膝の上を見たら「知らない本」が一冊、チョコンと乗っかっている。
 それがいったい何の本なのか、目覚めた「シロエ」には「分からない」。
(ピーターパンの本で、子供向けの本なんだ、って所までしか…)
 過去の記憶を失くした「シロエ」は、把握出来ないことだろう。
 どうして「その本」が此処にあるのか、膝の上に置いてあるのかさえも。
(…船に子供は乗っていないだろうし、きっと何かの間違いで…)
 自分の所にあるだけなのだ、と「シロエ」は思って、船員に本を届け出る。
 「誰かの忘れ物だと思うんですけど」と、「ぼくの本ではありませんから」と。
 そうやってピーターパンの本と別れて、Eー1077に着いたなら…。
(メンバーズになれるように、頑張らなくちゃ、って…)
 一念発起で、両親も故郷も思い出しもしないで、ただひたすらに勉強する。
 先に来ていた「キース」との仲は、どうなるのかは知らないけれど…。
(…思い出す過去が何も無いなら、パパもママも、どうでもいいわけで…)
 今よりも楽な毎日だよね、と思うけれども、慌てて首を横に振る。
 「それは嫌だよ」と。
 どんなに苦しい日々であろうと、自分は「覚えていたい」から。
 いくら「キース」が羨ましくても、心の底から「ああなりたい」と思いはしないのだから…。



           覚えていなければ・了


※キースには過去の記憶が無い、と聞いたシロエが考えるのは、そうなった原因。
 もしも事故なら、シロエにも起きた可能性があるのです。何も覚えていなかったなら…。
 







拍手[0回]

(…ミュウか…)
 使いようではあるのだがな、とキースはマツカが消えた扉を見遣る。
 たった今、コーヒーを淹れて置いて行った側近の正体は、ミュウ。
 SD体制の不純物で忌むべき異分子、本来、生かしておいてはならない。
 けれど「マツカ」が側にいたから、自分は現在、この部屋にいる。
(…初の、軍人出身の元老…)
 そういう地位まで昇れた理由は、命を落とさなかったから。
 マツカが持っているミュウの能力、それが「キース」を救い続けた。
 数多の暗殺計画を退け、時には盾にもなっていた「マツカ」。
 これから先も、「彼」の助けを借りながら生きてゆくのだろう。
 他の元老には目障りな「キース」、それを消したい輩は幾らでもいる。
(寛げるのは、夜更けだけだな)
 流石に部屋に戻った後まで、命を狙われたことは無い。
 明日の朝、部屋を後にするまで、差し迫った危機は訪れはしない。
 マツカが誰かの不穏な思考を、この時間に察知していても…。
(わざわざ伝えに来なくていい、と…)
 言ってあるから、マツカは此処へは来ない。
 代わりに「不穏な思考」を追い掛け、誰のものかを確実に掴み、更に読み取る。
 思考の持ち主が「キース」に何をするのか、どういう罠を仕掛けるのかと。
(実に便利で、役に立つのがミュウというヤツだ)
 有効活用すればいいのに、と何度思ったことだろう。
 発見されたミュウを「処分する」より、「活用する」道は無いのだろうか、と。
 自分が「マツカ」を使う要領で、適切な対応を誤らなければ、彼らは便利な生き物と言える。
 様々な場面で役に立つ上、忠実な部下にも成り得る存在。
 彼らは「恩義を受けた相手」を、けして忘れはしないから。
 その相手から惨い仕打ちを受けても、本気で逆らい、殺すことなど無いのだから。


 今日という日まで、「そのように」マツカを使って来た。
 ソレイドで命を救った事実が、マツカに「キース」を「仕えるべき相手」と認識させた。
 キースが傷付くことがないよう、マツカは能力を使い続ける。
 疲労困憊している時でも、虚弱な身体が高熱を出している時でも。
(…使いようだと思うのだがな…)
 それとも「キース」にしか「使いこなせない」ほど、彼らの扱いは難しいのか。
 何と言っても「キース」は普通ではなくて、ミュウとは違う意味で「特殊な存在」。
 人類を導くために作られ、育て上げられた「機械の申し子」。
 生まれながらに優秀なのだし、「キース」には容易いことであっても…。
(他の者には、ミュウを使うのは不可能なのか?)
 そういうことなら、「活用」ではなくて「処分」になるのも仕方がない。
 どれほど便利な生き物だろうが、使いこなせなければ猛獣と同じ。
 いつ牙を剥いて主人を殺すか、それこそ分からないのだから。
(……猛獣か……)
 まさにそうだ、という気がする。
 ミュウの能力は様々だけども、マツカを長年、見ていれば分かる。
 外見だけでは判断出来ない、彼らが秘めている力。
 たとえサイオンが弱かろうとも、追い詰められれば、凄まじい力を発揮するだろう。
 実験室で「日々、殺されている」ミュウは、まだまだ未熟なミュウだからこそ。
 彼らが自由を手にした時には、その能力はいくらでも伸びる。
(タイプ・ブルーには及ばなくても…)
 そこそこの力を手に出来る筈で、だからこそ「役に立つ」と思った。
 彼らを便利に使いこなせば、人類の方にも充分なメリットがあるだろうに、と。


 とはいえ、「キース」にしか「使えない」なら、生かしておいても危険なだけ。
 「全て処分する」という、グランド・マザーの意見は正しい。
(…そうは思うが、なんとも惜しいな…)
 ミュウを有効に使えれば…、と考えていて、ハタと気付いた。
 「彼ら」が便利で役に立つなら、何故、「キース」には…。
(…ミュウの能力が備わってはいないのだ?)
 持たせておけばいいではないか、と顎に手を当て、首を傾げる。
 もしも「キース」に「マツカのような力」があったら、全ては変わって来るだろう。
 マツカを側近に据えていなくても、自分の力で危機を見抜いて切り抜けられる。
 暗殺計画は端から潰して、突発的なテロとも言える襲撃だって…。
(マツカが弾を受け止めるように、私がこの手で…)
 撃ち殺される前に弾を握って、止めてしまえば問題は無い。
 不意に爆弾を投げ付けられても、自分自身でシールドも張れる。
(それらを全て、サイオンのせいとは気付かせないで…)
 誰にも「ミュウ」だと知られないよう、隠して生きるのは難しくない。
 現に「マツカ」は、グランド・マザーにさえ見抜かれはせずに「生きている」。
 「キース」の場合は、SD体制の頂点に立つ「グランド・マザー」が作らせたのだし…。
(マザー自身が、今の私が「マツカ」を隠しているように…)
 真の能力に誰も「気が付かない」よう、仕向けることは簡単だろう。
 仮に気付いた者がいたなら、記憶操作か、抹殺するか。
 そうすれば「誰にも」知られることなく、「キース」はミュウの能力を持って…。
(あらゆる危難を全て退け、他の者たちの心を読み取り、今の私よりも…)
 優れた者になっていたろう、と容易に想像がつく。
 更に言うなら、ミュウは「寿命が長い」生き物。
 「キース」の寿命は、せいぜい持って百年だけども、彼らは「違う」。
 ソルジャー・ブルーの例がある通り、ミュウの因子さえあれば「キース」も…。
(…三百年は生きて、指導者として…)
 人類を導いてゆけるわけだし、その方が「遥かにいい」と思える。
 「人類のふりをしている」以上は、表立っては出られなくても、導く方法は幾らでもある。
 忠実な腹心の部下を選んで、傀儡として据えて、操るだとか。


(私が、ミュウでさえあれば…)
 優に三百年の間は、人類を指導出来た筈だし、後継者をも立派に育て上げられただろう。
 傀儡として選んだ部下であっても、教育次第で「キース」の後継者にすることは可能。
 それに「キース」が、人類を治め続ける間に…。
(…私の後を継ぐ能力を持った「誰か」を…)
 またしても「無から」作り出すことも、長い時間さえあったら出来る。
 処分されたEー1077の代わりに、新たな実験場を設けて。
 マザー・イライザとは違う機械に、次の時代を担う「誰か」を作り上げるよう命令して。
(…そうしておけば、ミュウどもが暴れ続けていても…)
 人類はなんとか「やってゆける」だろうと思うし、聖地たる地球も持ち堪えられる。
 ミュウどもの手に落ちることなく、人類の支配下に置き続けて。
(…良いことずくめだとしか思えないのだが…)
 実際、そうだと思うのだが、とキースは首を捻るしかない。
 「それなのに、何故」と、解せない「現実」。
 ミュウの因子を組み込んでおけば、今よりも「優れたキース」を作れた。
 因子を作るのが「不可能だった」とは思えない。
 仮に「不可能だった」としたって、それならば「持ってくればいい」。
 「全くの無から作り出す」ことにこだわり続けず、ミュウの因子だけを何処かから…。
(持って来て、組み込めばいいだけのことで…)
 機械に「こだわり」などは無いから、結果さえ出せれば「それで充分」。
 自分が作った因子でなくとも、「キース」に組み込み、発現させることが出来たなら。
(…しかし、マザーは…)
 その道を選びはしなかった。
 それは何故だ、と疑問が湧き上がって来る。
 「どうして、私を人類にした」と、「何故、ミュウの因子を組み込まなかったのだ」と。
 考えるほどに、「そちらの方が」上策なのに。
 キースが「ミュウだ」という真実さえ隠しておいたら、最高の指導者が出来上がるのに。


 どうしてなのだ、と自分自身に問い掛けてみても分からない。
 「ミュウは虚弱だ」という定説にしても、ジョミー・マーキス・シンという「例外」がある。
 彼のようなミュウが存在するなら、もちろん「作れる」ことだろう。
 今の「キース」と全く同じに、健康な肉体を持っている「ミュウのキース」を。
 メンバーズの厳しい訓練に耐えて、軍人としてやってゆける「キース」を。
(…それなのに、そうしなかったのは…)
 まさか…、と恐ろしい考えが過っていった。
 「作れる筈」の「ミュウのキース」を、機械が「作らなかった」理由があるのでは、と。
 それが何かは謎だけれども、恐らくは「禁忌」。
 ミュウの因子を「触ってはならず」、それを「操作する」ことも出来ない。
 機械には「その権限」が無くて、それゆえに「作れはしなかった」。
 「キース」にミュウの因子さえあれば、優秀になると分かっていても。
 ミュウの因子を作り出すためのノウハウ、それをマザー・イライザが持ってはいても。
(…そうだとしたなら…)
 グランド・マザーが何と言おうとも、ミュウは「進化の必然」だろう。
 人類よりも「進化した」種で、次の時代を託された者。
 彼らが「そういう位置付け」だったら、「キース」に因子を組み込みたくても…。
(出来はしないし、してもならない…)
 グランド・マザーには、そうする権限が無い、と考えれば全てに納得がゆく。
「あれば役立つ」筈の力を、「キース」は持っていないこと。
 ミュウの因子を持っていたなら、「より優秀なキース」になることも。
(…つまり、ミュウどもの方が遥かに…)
 人類よりも優れているから、「世界が彼らのものになるよう」、ミュウの因子は弄れない。
 いつか、その日が「やって来る」のを、機械に止めることは出来ない。
 「生まれて来たミュウ」は抹殺出来ても、根源を断ち切ることだけは…。
(…けして出来ない、というわけか…)
 そして「私」は、それが出来ない象徴なのか、と自嘲の笑みを浮かべてコーヒーを呷る。
 「私は古い人間なのか」と、「新しい種族にしてはならないモノだったのか」と…。



            持たない因子・了


※キースにミュウの因子があったら、より優秀な人材になった筈だ、と思ったわけで。
 そのことにキースが気付いたとしたら、どうなるだろう、というお話。少し可哀相かも…。







拍手[0回]

(……結婚ねえ……)
 このステーションにもあるだなんてね、とシロエは机に頬杖をつく。
 授業は終わって、とうに夜更けになっている。
 もっとも、このEー1077には、人工の夜しか無いのだけれど。
 とはいえ夜は落ち着く時間で、他の候補生たちを気にしないで済む。
 自分の個室に引っ込んでいれば、誰も思考を邪魔しに来ない。
(…邪魔っけで、うんと目障りだった、キースの衛星…)
 忌々しいライバル、キース・アニアン。
 彼の周りをいつも回っていた二つの衛星、その片方が、今日、消えていった。
 「結婚」という、信じられない選択をして。
 エリートを育てる最高学府の、Eー1077を捨ててしまって。
(…一般人の道へ行くなんて…)
 どう考えても「有り得ない」けれど、スウェナは「それ」を選んで去った。
 エリート候補生には相応しくない、冴えない職の男と共に。
 Eー1077を離れたら最後、もうメンバーズ・エリートにはなれないのに。
(いなくなったことは、嬉しいんだけどね…)
 とても目障りだったから、と「スウェナが消えた」ことは喜ばしい。
 もう一つの衛星、サム・ヒューストンが残ってはいても、衛星が二つあるよりは…。
(一つの方が、遥かにマシさ)
 苛立たされる回数が半分になる、と精神衛生上の利点を挙げる。
 スウェナ・ダールトンが「消えた」からには、キースを庇う者だって減る。
 面と向かって「シロエ」を詰っていたのが彼女で、まさにキースの衛星そのもの。
 その点はサムも同じだけれども、スウェナと二人で「かかって来る」ことは二度と出来ない。
 二人を一度に相手にするより、一人の方が楽に決まっている。
 どんな言いがかりをつけられようとも、サムだけならば、適当に…。
(あしらえばいいし、無視をしたって…)
 もう片方の「衛星」が騒ぐことも無いから、いいだろう。
 此処での暮らしは、これで幾らか「改善される」に違いない。
 目障りなものが一つ消えたら、その分、神経が逆立つことも減るだろうから。


 手放しで喜び、祝福したいほどの「スウェナの結婚」。
 エリートらしからぬ彼女の選択、それが招いた有難い「結果」。
 その筈なのに、何故か心に引っ掛かる。
 此処では「考えられない」ことが起こって、彼女が「消えた」せいなのだろうか。
(…結婚なんか…)
 エリート候補生が進む先には、けして無い筈の生き方と言える。
 誰もが目指す「メンバーズ・エリート」、それは「独身」が条件になる。
 結婚という道を選んだ時点で失格となって、メンバーズの職を辞すしか無い。
(そんな馬鹿な奴がいたなんて…)
 一度も聞いたことが無いから、「そうした」者はいないのだろう。
 「メンバーズを目指す」と決めたからには、余計なことは「考えない」のが正しい道。
 結婚したくなるような要素や切っ掛け、それらの全てに背を向けて生きる。
 「彼氏」や「彼女」なんかを作りはしないで、ただ勉強に打ち込んで。
(それが出来ないような奴では…)
 到底、メンバーズになれはしないし、落ちこぼれるだけ。
 そういう輩も「多い」けれども、このステーションに「いる」間は…。
(誰かと親しく付き合っている、というだけで…)
 結婚を選んで、Eー1077を離れたりはしない。
 なんと言っても「最高学府」で、卒業すれば「それなりの」評価が得られる。
 卒業後の道が何であろうと、他のステーション出身の者よりも良い職に就ける筈。
(そうなった後も、まだ付き合いが続いていたら…)
 彼らは「結婚する」のだろうか。
 良い職業を失うことなく、そのままで。
 追加で「一般人のためのコース」を履修し、養父母となる道へ進んで。
 何処かの星で「子供」を育てて、一緒に仲良く年を重ねて。
(…ぼくのパパとママも…)
 もしかしたら、それに似ていたのかも、とハタと気付いた。
 父が卒業したステーションの名は、聞いたことなど無いけれど…。
(研究所では、うんと偉かったんだし…)
 一種の「エリート」には違いないから、一般人向けのコース出身ではないかもしれない。
 メンバーズと違って「独身が条件」ではなかっただけで、エリートかも、と。


 「優秀な技術者」を養成するためにある、教育ステーション。
 父はそういう場所で学んで、その間に「母と出会った」可能性はある。
(四年間も勉強するんだものね…)
 様々な人間と出会うのだろうし、知り合う機会は幾らでもあったことだろう。
 授業もあれば、学生向けのカフェテリアもあるし、公園などの休憩場所も沢山。
 そういった場所で「偶然」出会って、気が合ったから、互いの連絡先を知らせて…。
(また会って、いろんな話とかをして…)
 別れる時に「次」の約束、何日か経てば「また会って」話す。
(…そうやって何度も会って、話して…)
 ステーションを卒業する頃になったら、二人で決めていたのだろうか。
 「卒業したら、結婚しよう」と。
 二人一緒に、一般人向けのステーションへ行って、「一から勉強し直そう」と。
(そうじゃない、って言い切れる…?)
 むしろ、そっちの可能性の方が高いんじゃあ…、と思えてくる。
 父は、あまりにも「優秀」だった。
 Eー1077に来てから調べてみても、「セキ博士」の名は見付けられる。
 その分野での権威の一人で、所属している研究機関のトップでもある。
(…一般人向けのコースなんかで…)
 それほどの高い技術や知識を、習得出来るとは「とても思えない」。
 現に、今ではおぼろになった記憶の中でも、エネルゲイアという場所は…。
(技術者を育てるための育英都市で…)
 友人たちの父親の職も、技術者が飛び抜けて多かった。
 他の職業だと、ごくありふれた会社員とか、様々な施設で働く者とか。
(…ぼくのパパみたいに、凄い人って…)
 いなかったよね、と思い返して、「やっぱり、そうかも」と顎に手を当てる。
 「パパはエリートだったのかも」と、「ママとは、たまたま出会っただけで」と。
 母が「父と同じステーション」にいたのだったら、父の優秀さも頷ける。
 本来なら「一般コースには行かない」技術系のエリート、母も「その卵たち」の中の一人。
 父と出会って恋をしたから、「今日消えた、スウェナ」がそうしたように…。
(…技術系のエリートになって、研究者の道を進む代わりに…)
 父に合わせて選んだ道が「母親になる」道で、それしか選べなかったのかも、と。


(…育英都市で暮らす、養父母の場合は…)
 女性の方は、職業に就くことは無い。
 家で「子供を育てる」のが役目で、職に就いてはいられない。
(…ぼくのママも、母親をやらなきゃいけないから…)
 父と出会ったステーションで「学んだ」知識や技術を捨てて、母親をやっていたろうか。
 ブラウニーを作ってくれていた手は、他の技術を「本当は」持っていたのだろうか。
(…そうだった、って考えた方が…)
 あるいは「自然」なのかもしれない。
 一般人向けのコースで学び直したのなら、元々の技術は「忘れなさい」と教えられるだろう。
 「それ」は子育てには不要なのだし、忘れて封印するのが一番。
 代わりに料理や家事を学んで、そちらのエキスパートになるべき。
 最初から一般人向けのコースで育った女性に、引けを取ることが無いように。
 将来、子供を育てる時には、「最高の母親」になれるよう。
(…ママはそうやって、ぼくのママになって…)
 父も「一般人向けのコース」の知識を、元の知識や技術の上に、重ねて乗せて…。
(ぼくのパパをやっていたのかな…?)
 そうだとしたら、優秀なのも分かるんだよね、と頷かざるを得ない。
 「そっちの方が有り得るんだよ」と、「最初から、一般人向けのコースよりかは」と。
(…でも、パパもママも…)
 そんなそぶりは、ただの一度も「見せてはいない」。
 成人検査で記憶を奪われてはいても、そのくらいのことは「覚えている」。
 父も母も「理想の両親」だったし、今でも忘れられない存在。
 温かくて優しかった二人も、涙が出るほど懐かしい家も、どちらも確かに「本物だった」。
 元々は「違うステーションで育った二人」だったとは、まるで全く思えはしない。
 また、そうでなければ「一般人向けのコース」で学んだ意味は無いだろう。
 育てている子に「何処か変だよ」と、違和感を持たれる養父母では。
 「ぼくのパパとママって、何か違うよ」と、友人の両親たちと比較されてしまうようでは。
(……ぼくのパパとママだって、ひょっとしたら……)
 スウェナと良く似た道を選んで学んで、「シロエ」の親になっただろうか。
 母には「他の技術と知識があった」のに、それらを捨てて「家事」を選んで。


 そうなのかも、と考える内に、ふと浮かんで来た「可能性」。
 両親も歩んで来た道ならば、スウェナが選んで去って行った道へ…。
(…ぼくだって、絶対、進まないとは…)
 言えないのかも、と視線をピーターパンの本へと移す。
 本の表紙に描かれている、夜空を駆ける子供たち。
 いつか「子供が子供でいられる世界」を取り戻そうと、懸命に努力しているけれど…。
(運命の相手ってヤツに、出会っちゃったら…)
 今の気持ちや固い決意は、太陽に晒された氷のように、儚く溶けてしまうのだろうか。
 それこそ、ほんの一瞬の内に。
 「この人と、ずっと話していたいな」と思う相手に、何処かで出会ってしまったら。
(…Eー1077では、出会わなくても…)
 メンバーズに選ばれて進んだ先で、出会わないとは言い切れない。
 任務で出掛けた星で出会うとか、所属先の基地に勤務している女性と知り合うだとか。
(そうなった時は、この本のことも忘れてしまって、夢中になって…)
 相手の女性と何度も何度も会って話して、やがて結婚を選ぶのかもしれない。
 メンバーズを辞した「最初の人間」になってしまって、一般人向けのコースに行って。
 相手の女性と二人で一から学び直して、何処かの星で養父母になって。
(…ピーターパンの本は、とっくに失くして…)
 手元に無いかもしれないけれども、今度は「自分で」買って、育てている子に贈るとか。
(そして、その子が気に入ってくれたら…)
 故郷の父がそう言ったように、「パパも子供の頃に読んだ」と、自分も笑顔で話すだろうか。
 「この本はね…」と、成人検査に持って出掛けたことなどを。
 SD体制のシステムに染まって馴染んで、「パパは悪い子だったかもな」と苦笑して。
(……うーん……)
 それもいいかな、という気もする。
 恐らく、今夜だけだろうけれど。
 「スウェナの結婚」に毒気を抜かれて、「シロエ」らしさが減ってしまって、そう思うだけ。
 きっと明日には、元の通りの「シロエ」が笑っていることだろう。
 「キースの衛星が一つ消えたよ」と、「有難いよね」と…。




             消えた衛星・了


※「シロエだって、恋をしたなら変わるんじゃあ?」と思った所から生まれたお話。
 キースを育てるために選ばれた時点で、そうなるわけがないんですけど、可能性について。







拍手[1回]

Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]