消えた衛星
(……結婚ねえ……)
このステーションにもあるだなんてね、とシロエは机に頬杖をつく。
授業は終わって、とうに夜更けになっている。
もっとも、このEー1077には、人工の夜しか無いのだけれど。
とはいえ夜は落ち着く時間で、他の候補生たちを気にしないで済む。
自分の個室に引っ込んでいれば、誰も思考を邪魔しに来ない。
(…邪魔っけで、うんと目障りだった、キースの衛星…)
忌々しいライバル、キース・アニアン。
彼の周りをいつも回っていた二つの衛星、その片方が、今日、消えていった。
「結婚」という、信じられない選択をして。
エリートを育てる最高学府の、Eー1077を捨ててしまって。
(…一般人の道へ行くなんて…)
どう考えても「有り得ない」けれど、スウェナは「それ」を選んで去った。
エリート候補生には相応しくない、冴えない職の男と共に。
Eー1077を離れたら最後、もうメンバーズ・エリートにはなれないのに。
(いなくなったことは、嬉しいんだけどね…)
とても目障りだったから、と「スウェナが消えた」ことは喜ばしい。
もう一つの衛星、サム・ヒューストンが残ってはいても、衛星が二つあるよりは…。
(一つの方が、遥かにマシさ)
苛立たされる回数が半分になる、と精神衛生上の利点を挙げる。
スウェナ・ダールトンが「消えた」からには、キースを庇う者だって減る。
面と向かって「シロエ」を詰っていたのが彼女で、まさにキースの衛星そのもの。
その点はサムも同じだけれども、スウェナと二人で「かかって来る」ことは二度と出来ない。
二人を一度に相手にするより、一人の方が楽に決まっている。
どんな言いがかりをつけられようとも、サムだけならば、適当に…。
(あしらえばいいし、無視をしたって…)
もう片方の「衛星」が騒ぐことも無いから、いいだろう。
此処での暮らしは、これで幾らか「改善される」に違いない。
目障りなものが一つ消えたら、その分、神経が逆立つことも減るだろうから。
手放しで喜び、祝福したいほどの「スウェナの結婚」。
エリートらしからぬ彼女の選択、それが招いた有難い「結果」。
その筈なのに、何故か心に引っ掛かる。
此処では「考えられない」ことが起こって、彼女が「消えた」せいなのだろうか。
(…結婚なんか…)
エリート候補生が進む先には、けして無い筈の生き方と言える。
誰もが目指す「メンバーズ・エリート」、それは「独身」が条件になる。
結婚という道を選んだ時点で失格となって、メンバーズの職を辞すしか無い。
(そんな馬鹿な奴がいたなんて…)
一度も聞いたことが無いから、「そうした」者はいないのだろう。
「メンバーズを目指す」と決めたからには、余計なことは「考えない」のが正しい道。
結婚したくなるような要素や切っ掛け、それらの全てに背を向けて生きる。
「彼氏」や「彼女」なんかを作りはしないで、ただ勉強に打ち込んで。
(それが出来ないような奴では…)
到底、メンバーズになれはしないし、落ちこぼれるだけ。
そういう輩も「多い」けれども、このステーションに「いる」間は…。
(誰かと親しく付き合っている、というだけで…)
結婚を選んで、Eー1077を離れたりはしない。
なんと言っても「最高学府」で、卒業すれば「それなりの」評価が得られる。
卒業後の道が何であろうと、他のステーション出身の者よりも良い職に就ける筈。
(そうなった後も、まだ付き合いが続いていたら…)
彼らは「結婚する」のだろうか。
良い職業を失うことなく、そのままで。
追加で「一般人のためのコース」を履修し、養父母となる道へ進んで。
何処かの星で「子供」を育てて、一緒に仲良く年を重ねて。
(…ぼくのパパとママも…)
もしかしたら、それに似ていたのかも、とハタと気付いた。
父が卒業したステーションの名は、聞いたことなど無いけれど…。
(研究所では、うんと偉かったんだし…)
一種の「エリート」には違いないから、一般人向けのコース出身ではないかもしれない。
メンバーズと違って「独身が条件」ではなかっただけで、エリートかも、と。
「優秀な技術者」を養成するためにある、教育ステーション。
父はそういう場所で学んで、その間に「母と出会った」可能性はある。
(四年間も勉強するんだものね…)
様々な人間と出会うのだろうし、知り合う機会は幾らでもあったことだろう。
授業もあれば、学生向けのカフェテリアもあるし、公園などの休憩場所も沢山。
そういった場所で「偶然」出会って、気が合ったから、互いの連絡先を知らせて…。
(また会って、いろんな話とかをして…)
別れる時に「次」の約束、何日か経てば「また会って」話す。
(…そうやって何度も会って、話して…)
ステーションを卒業する頃になったら、二人で決めていたのだろうか。
「卒業したら、結婚しよう」と。
二人一緒に、一般人向けのステーションへ行って、「一から勉強し直そう」と。
(そうじゃない、って言い切れる…?)
むしろ、そっちの可能性の方が高いんじゃあ…、と思えてくる。
父は、あまりにも「優秀」だった。
Eー1077に来てから調べてみても、「セキ博士」の名は見付けられる。
その分野での権威の一人で、所属している研究機関のトップでもある。
(…一般人向けのコースなんかで…)
それほどの高い技術や知識を、習得出来るとは「とても思えない」。
現に、今ではおぼろになった記憶の中でも、エネルゲイアという場所は…。
(技術者を育てるための育英都市で…)
友人たちの父親の職も、技術者が飛び抜けて多かった。
他の職業だと、ごくありふれた会社員とか、様々な施設で働く者とか。
(…ぼくのパパみたいに、凄い人って…)
いなかったよね、と思い返して、「やっぱり、そうかも」と顎に手を当てる。
「パパはエリートだったのかも」と、「ママとは、たまたま出会っただけで」と。
母が「父と同じステーション」にいたのだったら、父の優秀さも頷ける。
本来なら「一般コースには行かない」技術系のエリート、母も「その卵たち」の中の一人。
父と出会って恋をしたから、「今日消えた、スウェナ」がそうしたように…。
(…技術系のエリートになって、研究者の道を進む代わりに…)
父に合わせて選んだ道が「母親になる」道で、それしか選べなかったのかも、と。
(…育英都市で暮らす、養父母の場合は…)
女性の方は、職業に就くことは無い。
家で「子供を育てる」のが役目で、職に就いてはいられない。
(…ぼくのママも、母親をやらなきゃいけないから…)
父と出会ったステーションで「学んだ」知識や技術を捨てて、母親をやっていたろうか。
ブラウニーを作ってくれていた手は、他の技術を「本当は」持っていたのだろうか。
(…そうだった、って考えた方が…)
あるいは「自然」なのかもしれない。
一般人向けのコースで学び直したのなら、元々の技術は「忘れなさい」と教えられるだろう。
「それ」は子育てには不要なのだし、忘れて封印するのが一番。
代わりに料理や家事を学んで、そちらのエキスパートになるべき。
最初から一般人向けのコースで育った女性に、引けを取ることが無いように。
将来、子供を育てる時には、「最高の母親」になれるよう。
(…ママはそうやって、ぼくのママになって…)
父も「一般人向けのコース」の知識を、元の知識や技術の上に、重ねて乗せて…。
(ぼくのパパをやっていたのかな…?)
そうだとしたら、優秀なのも分かるんだよね、と頷かざるを得ない。
「そっちの方が有り得るんだよ」と、「最初から、一般人向けのコースよりかは」と。
(…でも、パパもママも…)
そんなそぶりは、ただの一度も「見せてはいない」。
成人検査で記憶を奪われてはいても、そのくらいのことは「覚えている」。
父も母も「理想の両親」だったし、今でも忘れられない存在。
温かくて優しかった二人も、涙が出るほど懐かしい家も、どちらも確かに「本物だった」。
元々は「違うステーションで育った二人」だったとは、まるで全く思えはしない。
また、そうでなければ「一般人向けのコース」で学んだ意味は無いだろう。
育てている子に「何処か変だよ」と、違和感を持たれる養父母では。
「ぼくのパパとママって、何か違うよ」と、友人の両親たちと比較されてしまうようでは。
(……ぼくのパパとママだって、ひょっとしたら……)
スウェナと良く似た道を選んで学んで、「シロエ」の親になっただろうか。
母には「他の技術と知識があった」のに、それらを捨てて「家事」を選んで。
そうなのかも、と考える内に、ふと浮かんで来た「可能性」。
両親も歩んで来た道ならば、スウェナが選んで去って行った道へ…。
(…ぼくだって、絶対、進まないとは…)
言えないのかも、と視線をピーターパンの本へと移す。
本の表紙に描かれている、夜空を駆ける子供たち。
いつか「子供が子供でいられる世界」を取り戻そうと、懸命に努力しているけれど…。
(運命の相手ってヤツに、出会っちゃったら…)
今の気持ちや固い決意は、太陽に晒された氷のように、儚く溶けてしまうのだろうか。
それこそ、ほんの一瞬の内に。
「この人と、ずっと話していたいな」と思う相手に、何処かで出会ってしまったら。
(…Eー1077では、出会わなくても…)
メンバーズに選ばれて進んだ先で、出会わないとは言い切れない。
任務で出掛けた星で出会うとか、所属先の基地に勤務している女性と知り合うだとか。
(そうなった時は、この本のことも忘れてしまって、夢中になって…)
相手の女性と何度も何度も会って話して、やがて結婚を選ぶのかもしれない。
メンバーズを辞した「最初の人間」になってしまって、一般人向けのコースに行って。
相手の女性と二人で一から学び直して、何処かの星で養父母になって。
(…ピーターパンの本は、とっくに失くして…)
手元に無いかもしれないけれども、今度は「自分で」買って、育てている子に贈るとか。
(そして、その子が気に入ってくれたら…)
故郷の父がそう言ったように、「パパも子供の頃に読んだ」と、自分も笑顔で話すだろうか。
「この本はね…」と、成人検査に持って出掛けたことなどを。
SD体制のシステムに染まって馴染んで、「パパは悪い子だったかもな」と苦笑して。
(……うーん……)
それもいいかな、という気もする。
恐らく、今夜だけだろうけれど。
「スウェナの結婚」に毒気を抜かれて、「シロエ」らしさが減ってしまって、そう思うだけ。
きっと明日には、元の通りの「シロエ」が笑っていることだろう。
「キースの衛星が一つ消えたよ」と、「有難いよね」と…。
消えた衛星・了
※「シロエだって、恋をしたなら変わるんじゃあ?」と思った所から生まれたお話。
キースを育てるために選ばれた時点で、そうなるわけがないんですけど、可能性について。
このステーションにもあるだなんてね、とシロエは机に頬杖をつく。
授業は終わって、とうに夜更けになっている。
もっとも、このEー1077には、人工の夜しか無いのだけれど。
とはいえ夜は落ち着く時間で、他の候補生たちを気にしないで済む。
自分の個室に引っ込んでいれば、誰も思考を邪魔しに来ない。
(…邪魔っけで、うんと目障りだった、キースの衛星…)
忌々しいライバル、キース・アニアン。
彼の周りをいつも回っていた二つの衛星、その片方が、今日、消えていった。
「結婚」という、信じられない選択をして。
エリートを育てる最高学府の、Eー1077を捨ててしまって。
(…一般人の道へ行くなんて…)
どう考えても「有り得ない」けれど、スウェナは「それ」を選んで去った。
エリート候補生には相応しくない、冴えない職の男と共に。
Eー1077を離れたら最後、もうメンバーズ・エリートにはなれないのに。
(いなくなったことは、嬉しいんだけどね…)
とても目障りだったから、と「スウェナが消えた」ことは喜ばしい。
もう一つの衛星、サム・ヒューストンが残ってはいても、衛星が二つあるよりは…。
(一つの方が、遥かにマシさ)
苛立たされる回数が半分になる、と精神衛生上の利点を挙げる。
スウェナ・ダールトンが「消えた」からには、キースを庇う者だって減る。
面と向かって「シロエ」を詰っていたのが彼女で、まさにキースの衛星そのもの。
その点はサムも同じだけれども、スウェナと二人で「かかって来る」ことは二度と出来ない。
二人を一度に相手にするより、一人の方が楽に決まっている。
どんな言いがかりをつけられようとも、サムだけならば、適当に…。
(あしらえばいいし、無視をしたって…)
もう片方の「衛星」が騒ぐことも無いから、いいだろう。
此処での暮らしは、これで幾らか「改善される」に違いない。
目障りなものが一つ消えたら、その分、神経が逆立つことも減るだろうから。
手放しで喜び、祝福したいほどの「スウェナの結婚」。
エリートらしからぬ彼女の選択、それが招いた有難い「結果」。
その筈なのに、何故か心に引っ掛かる。
此処では「考えられない」ことが起こって、彼女が「消えた」せいなのだろうか。
(…結婚なんか…)
エリート候補生が進む先には、けして無い筈の生き方と言える。
誰もが目指す「メンバーズ・エリート」、それは「独身」が条件になる。
結婚という道を選んだ時点で失格となって、メンバーズの職を辞すしか無い。
(そんな馬鹿な奴がいたなんて…)
一度も聞いたことが無いから、「そうした」者はいないのだろう。
「メンバーズを目指す」と決めたからには、余計なことは「考えない」のが正しい道。
結婚したくなるような要素や切っ掛け、それらの全てに背を向けて生きる。
「彼氏」や「彼女」なんかを作りはしないで、ただ勉強に打ち込んで。
(それが出来ないような奴では…)
到底、メンバーズになれはしないし、落ちこぼれるだけ。
そういう輩も「多い」けれども、このステーションに「いる」間は…。
(誰かと親しく付き合っている、というだけで…)
結婚を選んで、Eー1077を離れたりはしない。
なんと言っても「最高学府」で、卒業すれば「それなりの」評価が得られる。
卒業後の道が何であろうと、他のステーション出身の者よりも良い職に就ける筈。
(そうなった後も、まだ付き合いが続いていたら…)
彼らは「結婚する」のだろうか。
良い職業を失うことなく、そのままで。
追加で「一般人のためのコース」を履修し、養父母となる道へ進んで。
何処かの星で「子供」を育てて、一緒に仲良く年を重ねて。
(…ぼくのパパとママも…)
もしかしたら、それに似ていたのかも、とハタと気付いた。
父が卒業したステーションの名は、聞いたことなど無いけれど…。
(研究所では、うんと偉かったんだし…)
一種の「エリート」には違いないから、一般人向けのコース出身ではないかもしれない。
メンバーズと違って「独身が条件」ではなかっただけで、エリートかも、と。
「優秀な技術者」を養成するためにある、教育ステーション。
父はそういう場所で学んで、その間に「母と出会った」可能性はある。
(四年間も勉強するんだものね…)
様々な人間と出会うのだろうし、知り合う機会は幾らでもあったことだろう。
授業もあれば、学生向けのカフェテリアもあるし、公園などの休憩場所も沢山。
そういった場所で「偶然」出会って、気が合ったから、互いの連絡先を知らせて…。
(また会って、いろんな話とかをして…)
別れる時に「次」の約束、何日か経てば「また会って」話す。
(…そうやって何度も会って、話して…)
ステーションを卒業する頃になったら、二人で決めていたのだろうか。
「卒業したら、結婚しよう」と。
二人一緒に、一般人向けのステーションへ行って、「一から勉強し直そう」と。
(そうじゃない、って言い切れる…?)
むしろ、そっちの可能性の方が高いんじゃあ…、と思えてくる。
父は、あまりにも「優秀」だった。
Eー1077に来てから調べてみても、「セキ博士」の名は見付けられる。
その分野での権威の一人で、所属している研究機関のトップでもある。
(…一般人向けのコースなんかで…)
それほどの高い技術や知識を、習得出来るとは「とても思えない」。
現に、今ではおぼろになった記憶の中でも、エネルゲイアという場所は…。
(技術者を育てるための育英都市で…)
友人たちの父親の職も、技術者が飛び抜けて多かった。
他の職業だと、ごくありふれた会社員とか、様々な施設で働く者とか。
(…ぼくのパパみたいに、凄い人って…)
いなかったよね、と思い返して、「やっぱり、そうかも」と顎に手を当てる。
「パパはエリートだったのかも」と、「ママとは、たまたま出会っただけで」と。
母が「父と同じステーション」にいたのだったら、父の優秀さも頷ける。
本来なら「一般コースには行かない」技術系のエリート、母も「その卵たち」の中の一人。
父と出会って恋をしたから、「今日消えた、スウェナ」がそうしたように…。
(…技術系のエリートになって、研究者の道を進む代わりに…)
父に合わせて選んだ道が「母親になる」道で、それしか選べなかったのかも、と。
(…育英都市で暮らす、養父母の場合は…)
女性の方は、職業に就くことは無い。
家で「子供を育てる」のが役目で、職に就いてはいられない。
(…ぼくのママも、母親をやらなきゃいけないから…)
父と出会ったステーションで「学んだ」知識や技術を捨てて、母親をやっていたろうか。
ブラウニーを作ってくれていた手は、他の技術を「本当は」持っていたのだろうか。
(…そうだった、って考えた方が…)
あるいは「自然」なのかもしれない。
一般人向けのコースで学び直したのなら、元々の技術は「忘れなさい」と教えられるだろう。
「それ」は子育てには不要なのだし、忘れて封印するのが一番。
代わりに料理や家事を学んで、そちらのエキスパートになるべき。
最初から一般人向けのコースで育った女性に、引けを取ることが無いように。
将来、子供を育てる時には、「最高の母親」になれるよう。
(…ママはそうやって、ぼくのママになって…)
父も「一般人向けのコース」の知識を、元の知識や技術の上に、重ねて乗せて…。
(ぼくのパパをやっていたのかな…?)
そうだとしたら、優秀なのも分かるんだよね、と頷かざるを得ない。
「そっちの方が有り得るんだよ」と、「最初から、一般人向けのコースよりかは」と。
(…でも、パパもママも…)
そんなそぶりは、ただの一度も「見せてはいない」。
成人検査で記憶を奪われてはいても、そのくらいのことは「覚えている」。
父も母も「理想の両親」だったし、今でも忘れられない存在。
温かくて優しかった二人も、涙が出るほど懐かしい家も、どちらも確かに「本物だった」。
元々は「違うステーションで育った二人」だったとは、まるで全く思えはしない。
また、そうでなければ「一般人向けのコース」で学んだ意味は無いだろう。
育てている子に「何処か変だよ」と、違和感を持たれる養父母では。
「ぼくのパパとママって、何か違うよ」と、友人の両親たちと比較されてしまうようでは。
(……ぼくのパパとママだって、ひょっとしたら……)
スウェナと良く似た道を選んで学んで、「シロエ」の親になっただろうか。
母には「他の技術と知識があった」のに、それらを捨てて「家事」を選んで。
そうなのかも、と考える内に、ふと浮かんで来た「可能性」。
両親も歩んで来た道ならば、スウェナが選んで去って行った道へ…。
(…ぼくだって、絶対、進まないとは…)
言えないのかも、と視線をピーターパンの本へと移す。
本の表紙に描かれている、夜空を駆ける子供たち。
いつか「子供が子供でいられる世界」を取り戻そうと、懸命に努力しているけれど…。
(運命の相手ってヤツに、出会っちゃったら…)
今の気持ちや固い決意は、太陽に晒された氷のように、儚く溶けてしまうのだろうか。
それこそ、ほんの一瞬の内に。
「この人と、ずっと話していたいな」と思う相手に、何処かで出会ってしまったら。
(…Eー1077では、出会わなくても…)
メンバーズに選ばれて進んだ先で、出会わないとは言い切れない。
任務で出掛けた星で出会うとか、所属先の基地に勤務している女性と知り合うだとか。
(そうなった時は、この本のことも忘れてしまって、夢中になって…)
相手の女性と何度も何度も会って話して、やがて結婚を選ぶのかもしれない。
メンバーズを辞した「最初の人間」になってしまって、一般人向けのコースに行って。
相手の女性と二人で一から学び直して、何処かの星で養父母になって。
(…ピーターパンの本は、とっくに失くして…)
手元に無いかもしれないけれども、今度は「自分で」買って、育てている子に贈るとか。
(そして、その子が気に入ってくれたら…)
故郷の父がそう言ったように、「パパも子供の頃に読んだ」と、自分も笑顔で話すだろうか。
「この本はね…」と、成人検査に持って出掛けたことなどを。
SD体制のシステムに染まって馴染んで、「パパは悪い子だったかもな」と苦笑して。
(……うーん……)
それもいいかな、という気もする。
恐らく、今夜だけだろうけれど。
「スウェナの結婚」に毒気を抜かれて、「シロエ」らしさが減ってしまって、そう思うだけ。
きっと明日には、元の通りの「シロエ」が笑っていることだろう。
「キースの衛星が一つ消えたよ」と、「有難いよね」と…。
消えた衛星・了
※「シロエだって、恋をしたなら変わるんじゃあ?」と思った所から生まれたお話。
キースを育てるために選ばれた時点で、そうなるわけがないんですけど、可能性について。
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