カテゴリー「地球へ…」の記事一覧
(…ぼくの本…)
ぼくだけの大切な宝物、とシロエはピーターパンの本を眺める。
Eー1077の夜の個室で、勉強を終えた後の時間を、何度こうして過ごしたろうか。
故郷の星から、たった一つだけ、持ち出すことが出来たのが、この本だった。
幼かった日に両親がくれた、一番のお気に入りの本。
(いい子にしてれば、ピーターパンが迎えに来てくれて…)
ネバーランドへ連れて行ってくれる、と信じて、ずっと待ち続けた。
そのための準備もしていたけれども、ある日、父から「地球」のことを聞いた。
ネバーランドよりも素敵な場所が、地球だという。
父は笑顔で、こう言った。
「シロエなら、行けるかもしれないな」と、期待と励ましを乗せた声音で。
(だから、行こう、って…)
地球を夢見ていたというのに、今の有様はどうだろう。
素敵な場所だと聞かされた「地球」は、どうやら、そうではなかったらしい。
(…本当に素敵な所だったら、其処へ行くために、あんな成人検査なんかは…)
きっと必要無いと思う、と今も悔しくて堪らない。
SD体制のシステムと機械に騙され、こんな牢獄へ連れて来られてしまった。
故郷のエネルゲイアは遠くて、両親の家にも帰れはしない。
その上、子供時代の記憶も消されて、何もかも、おぼろげになっている。
両親の顔さえ、あちこちが欠けて、瞳の色すら分からないほどに。
(…なんで、騙されちゃったんだろう…)
うかうかと成人検査なんかを受けたんだろう、と悔やんでも過去に戻れはしない。
消された記憶を取り戻すには、先へ進んでゆくしかない。
機械に命令される代わりに、命令出来る立場になれる時まで。
二百年も誰も選ばれていない、国家主席に昇り詰めるまで。
(…その時が来るまで、ぼくの友達は…)
この本だけだよ、とピーターパンの本の表紙を撫でた。
誰も信用出来ない世界で、心の拠り所になってくれるのは、この本だけ。
逆に言うなら、この本さえあれば、何処までも進んでゆけるだろう。
茨の道でも、地獄だとしか思えないほどに辛い道でも。
ピーターパンの本と一緒なら、どんな時でも頑張れる。
Eー1077に連れて来られてから、この本に何度も力を貰った。
ページをめくって、本を抱き締めて、「負けやしない」と自分を励まして。
「パパとママの所へ帰るんだから」と、「この本を持って、「ただいま」って」と。
(…この本を持って来られて良かった…)
ホントに良かった、と心の底から湧き上がって来る懐かしさ。
記憶がおぼろになってしまっても、この本が「過去」と繋いでくれる。
両親と暮らした温かな家は、確かに存在したのだと。
本を贈ってくれた両親だって、けして幻ではなかったのだ、と。
(これが無かったら、今頃は…)
とうに挫けて、他の大勢の候補生たちと同じに、「羊」になっていたかもしれない。
SD体制とシステムに忠実な、マザー牧場の羊たち。
彼らのように「過去」を忘れて、両親も家も「ただの思い出」になっただろうか。
機械は「そうなるように」仕向けてくるし、そのように導く代物だから。
(繋ぎ止めてくれるモノが、何も無ければ…)
「シロエ」も機械に負けてしまって、「忘れた」可能性はある。
ただ「懐かしい」というだけだったら、記憶が薄れて消えてゆくのに抵抗は無い。
過去というのは「そうしたもの」だし、いつしか忘れて、時の彼方に流れ去るもの。
(子供時代の記憶だったら、ぼくも必死になるけれど…)
Eー1077に来てから起こったことなど、別に「どうでもかまわない」。
勉強の中身は忘れなくても、日々の会話や出来事なんかは、いちいち覚えていられない。
(忘れてしまって、思い出せないことなんて…)
数え切れないほどあると思うし、他の候補生たちにとっては、子供時代も「そう」だろう。
「思い出せなくても、困らないもの」で、「気にしないもの」。
だから「シロエ」も、ピーターパンの本が無ければ、彼らのようになりかねない。
二度と戻れない「過去」の欠片が、この手の中に無かったならば。
ピーターパンの本があって良かった、と「あの日」の自分に感謝する。
「成人検査の日は、何も持って行ってはいけない」という規則を破った、あの日の自分。
どうしても本を持って行きたくて、それだけを持って家を出た。
「検査の邪魔になると言うなら、その時は、置けばいいんだから」と考えて。
「そしたら、検査が終わった後に、係が返してくれると思う」と。
(…だけど、係なんかは何処にもいなくて…)
忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブが「セキ・レイ・シロエ」を待ち受けていた。
子供時代の記憶を消去し、大人の社会へ送り出すために。
「忘れなさい」と心に強い圧力をかけて、記憶を捨てろと命じた機械。
抗い切れずに「過去」を奪われてしまったけれども、ピーターパンの本は残った。
Eー1077へと向かう宇宙船の中で、正気に戻った時に「持っている」ことに気付いた。
何もかも奪われ、失った中で、一つだけ残った宝物。
こうして今も「この部屋」に在って、この先も、ずっと離れない。
メンバーズ・エリートの一人に選ばれ、任務で宇宙を駆けてゆく時も。
戦場に赴くような時でも、この本だけは持ってゆく。
荷物の底か何処かに隠して、一人乗りの宇宙船の中でも、きっと、必ず。
(だって、選ばれたんだから…)
ぼくは選ばれた子供なんだから、と誇らしい気持ちに包まれる。
「過去を奪われた」ことを忘れない、特別な「選ばれた子供」が「シロエ」。
いつか機械に「止まれ」と命じて、SD体制を破壊するよう、使命を託されているのだ、と。
(だから、ぼくだけが…)
過去の欠片を持っているんだ、とピーターパンの本を見詰める。
こうして「大切な本を持って来られた」ことこそ、「選ばれた子供」だという証。
過去と今とを繋ぐ絆を失くさず、何があっても「過去を忘れない」ようになっている。
他の子供は、何も持ってはいないのに。
規則を守って「何も持たずに」家を出たから、他の者たちは「過去にこだわらない」。
繋ぎ止めてくれる「もの」が無いから、「まあ、いいや」と時の流れに任せて流されて。
子供時代の記憶がおぼろになっても、「そんなものだ」と納得して。
けれど、「セキ・レイ・シロエ」は「違う」。
選ばれた子供の証を手にして、遥か未来を目指して進む。
メンバーズになって、いずれは国家主席の座に就き、SD体制を終わらせるために。
「子供が子供でいられる世界」を、もう一度、「ヒト」が手に出来るように。
(…ぼくを選んだのは、ピーターパンか、神様なのか…)
どちらなのかは知らないけれども、選ばれたことが誇りで励み。
辛い道のりでも、ピーターパンの本と一緒に乗り越えてゆく。
「この本を持って来られた」ことが「選ばれた証」なのだから。
ピーターパンの本さえあったら、いくらでも頑張ってゆける筈だし、何だって出来る。
必要とあらば、憎い機械に「服従している」ふりだって。
(今はまだ、そこまでしなくても済んでいるけれど…)
メンバーズになったら、そうはいかなくなるな、と分かってはいる。
堂々と反抗していられるのは、候補生の間だけなのだ、と。
(でも、機械くらい…)
ちゃんと騙して、上手くやるさ、と思ったはずみに、不意に掠めていった考え。
「本当に…?」と。
本当に上手く機械を騙して、国家主席の座までゆけるだろうか、と。
(…成人検査の時と違って、機械ってヤツのやり方は…)
もう読めてるし、と自信は充分あるのだけれども、恐ろしいことに気が付いた。
確かに自分は「選ばれた子供」で、「特別な存在」なのだと思う。
ピーターパンの本を「持って来られた」ことが証で、そんな者は他にいないけれども…。
(…ぼくを選んだのが、機械だったら…?)
神様でも、ピーターパンでもなくて…、と背筋がゾクリと冷たくなった。
考えたことさえ一度も無かった、「機械に選ばれた」可能性。
(……ゼロじゃないんだ……)
そっちなのかもしれないんだ、と身体が俄かに震え出す。
もしも「機械に選ばれた」のなら、「本を持って来られた」ことは当たり前。
これは機械がしている実験、「過去を忘れない」子供の成長ぶりを調べて、データを取る。
そうする理由は、例えば「成人検査の改革」。
この先も、従来通りでいいのか、改革するなら、どうすべきか、などと。
(……まさかね……)
まさか、そんな恐ろしい実験なんて、と自分を叱咤してみても、身体の震えは止まらない。
何故なら、それは「有り得る」から。
機械が最初から「そういうつもりで」いたのだったら、格好の獲物だったろう。
「そうするように」と仕向けなくても、自ら進んで「過去の欠片」を持ち込んだ子供。
(…丁度いい、って…)
わざと見逃し、ピーターパンの本と一緒に、Eー1077へ送り込んだのかもしれない。
今も密かに監視しながら、データを集めているのだったら…。
(…ぼくの心も、考え方も、全てお見通しで…)
何処まで持ち堪えることが出来るか、機械は実験を続けてゆく。
「セキ・レイ・シロエ」が「過去を手放す」か、「堪え切れずに壊れる」日まで。
ピーターパンの本を持たせたままで、「過去の欠片」をどうするのかを見定めながら。
(そうだとしたなら、ぼくの未来は…)
真っ暗でしかないんだれど、と足元が崩れ落ちてゆくよう。
過去を手放して「皆と同じに生きてゆく」か、「狂う」かの実験ならば、未来は無いも同然。
どちらに行っても、今の「シロエ」の望みとは…。
(違いすぎるし、どっちも嫌だよ…!)
そんな実験なんかは御免だ、と震え続ける身体を抱き締め、心の中で繰り返す。
「違うよ、ぼくは選ばれたんだ」と。
「ぼくを選んだのは、きっと神様かピーターパンで、機械なんかじゃないんだから」と…。
本がある理由・了
※キースを立派に育て上げるために「機械が選んだ」のが、シロエだったんですけど。
「機械に選ばれた」可能性について、シロエの側から考えてみたのが、このお話。
ぼくだけの大切な宝物、とシロエはピーターパンの本を眺める。
Eー1077の夜の個室で、勉強を終えた後の時間を、何度こうして過ごしたろうか。
故郷の星から、たった一つだけ、持ち出すことが出来たのが、この本だった。
幼かった日に両親がくれた、一番のお気に入りの本。
(いい子にしてれば、ピーターパンが迎えに来てくれて…)
ネバーランドへ連れて行ってくれる、と信じて、ずっと待ち続けた。
そのための準備もしていたけれども、ある日、父から「地球」のことを聞いた。
ネバーランドよりも素敵な場所が、地球だという。
父は笑顔で、こう言った。
「シロエなら、行けるかもしれないな」と、期待と励ましを乗せた声音で。
(だから、行こう、って…)
地球を夢見ていたというのに、今の有様はどうだろう。
素敵な場所だと聞かされた「地球」は、どうやら、そうではなかったらしい。
(…本当に素敵な所だったら、其処へ行くために、あんな成人検査なんかは…)
きっと必要無いと思う、と今も悔しくて堪らない。
SD体制のシステムと機械に騙され、こんな牢獄へ連れて来られてしまった。
故郷のエネルゲイアは遠くて、両親の家にも帰れはしない。
その上、子供時代の記憶も消されて、何もかも、おぼろげになっている。
両親の顔さえ、あちこちが欠けて、瞳の色すら分からないほどに。
(…なんで、騙されちゃったんだろう…)
うかうかと成人検査なんかを受けたんだろう、と悔やんでも過去に戻れはしない。
消された記憶を取り戻すには、先へ進んでゆくしかない。
機械に命令される代わりに、命令出来る立場になれる時まで。
二百年も誰も選ばれていない、国家主席に昇り詰めるまで。
(…その時が来るまで、ぼくの友達は…)
この本だけだよ、とピーターパンの本の表紙を撫でた。
誰も信用出来ない世界で、心の拠り所になってくれるのは、この本だけ。
逆に言うなら、この本さえあれば、何処までも進んでゆけるだろう。
茨の道でも、地獄だとしか思えないほどに辛い道でも。
ピーターパンの本と一緒なら、どんな時でも頑張れる。
Eー1077に連れて来られてから、この本に何度も力を貰った。
ページをめくって、本を抱き締めて、「負けやしない」と自分を励まして。
「パパとママの所へ帰るんだから」と、「この本を持って、「ただいま」って」と。
(…この本を持って来られて良かった…)
ホントに良かった、と心の底から湧き上がって来る懐かしさ。
記憶がおぼろになってしまっても、この本が「過去」と繋いでくれる。
両親と暮らした温かな家は、確かに存在したのだと。
本を贈ってくれた両親だって、けして幻ではなかったのだ、と。
(これが無かったら、今頃は…)
とうに挫けて、他の大勢の候補生たちと同じに、「羊」になっていたかもしれない。
SD体制とシステムに忠実な、マザー牧場の羊たち。
彼らのように「過去」を忘れて、両親も家も「ただの思い出」になっただろうか。
機械は「そうなるように」仕向けてくるし、そのように導く代物だから。
(繋ぎ止めてくれるモノが、何も無ければ…)
「シロエ」も機械に負けてしまって、「忘れた」可能性はある。
ただ「懐かしい」というだけだったら、記憶が薄れて消えてゆくのに抵抗は無い。
過去というのは「そうしたもの」だし、いつしか忘れて、時の彼方に流れ去るもの。
(子供時代の記憶だったら、ぼくも必死になるけれど…)
Eー1077に来てから起こったことなど、別に「どうでもかまわない」。
勉強の中身は忘れなくても、日々の会話や出来事なんかは、いちいち覚えていられない。
(忘れてしまって、思い出せないことなんて…)
数え切れないほどあると思うし、他の候補生たちにとっては、子供時代も「そう」だろう。
「思い出せなくても、困らないもの」で、「気にしないもの」。
だから「シロエ」も、ピーターパンの本が無ければ、彼らのようになりかねない。
二度と戻れない「過去」の欠片が、この手の中に無かったならば。
ピーターパンの本があって良かった、と「あの日」の自分に感謝する。
「成人検査の日は、何も持って行ってはいけない」という規則を破った、あの日の自分。
どうしても本を持って行きたくて、それだけを持って家を出た。
「検査の邪魔になると言うなら、その時は、置けばいいんだから」と考えて。
「そしたら、検査が終わった後に、係が返してくれると思う」と。
(…だけど、係なんかは何処にもいなくて…)
忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブが「セキ・レイ・シロエ」を待ち受けていた。
子供時代の記憶を消去し、大人の社会へ送り出すために。
「忘れなさい」と心に強い圧力をかけて、記憶を捨てろと命じた機械。
抗い切れずに「過去」を奪われてしまったけれども、ピーターパンの本は残った。
Eー1077へと向かう宇宙船の中で、正気に戻った時に「持っている」ことに気付いた。
何もかも奪われ、失った中で、一つだけ残った宝物。
こうして今も「この部屋」に在って、この先も、ずっと離れない。
メンバーズ・エリートの一人に選ばれ、任務で宇宙を駆けてゆく時も。
戦場に赴くような時でも、この本だけは持ってゆく。
荷物の底か何処かに隠して、一人乗りの宇宙船の中でも、きっと、必ず。
(だって、選ばれたんだから…)
ぼくは選ばれた子供なんだから、と誇らしい気持ちに包まれる。
「過去を奪われた」ことを忘れない、特別な「選ばれた子供」が「シロエ」。
いつか機械に「止まれ」と命じて、SD体制を破壊するよう、使命を託されているのだ、と。
(だから、ぼくだけが…)
過去の欠片を持っているんだ、とピーターパンの本を見詰める。
こうして「大切な本を持って来られた」ことこそ、「選ばれた子供」だという証。
過去と今とを繋ぐ絆を失くさず、何があっても「過去を忘れない」ようになっている。
他の子供は、何も持ってはいないのに。
規則を守って「何も持たずに」家を出たから、他の者たちは「過去にこだわらない」。
繋ぎ止めてくれる「もの」が無いから、「まあ、いいや」と時の流れに任せて流されて。
子供時代の記憶がおぼろになっても、「そんなものだ」と納得して。
けれど、「セキ・レイ・シロエ」は「違う」。
選ばれた子供の証を手にして、遥か未来を目指して進む。
メンバーズになって、いずれは国家主席の座に就き、SD体制を終わらせるために。
「子供が子供でいられる世界」を、もう一度、「ヒト」が手に出来るように。
(…ぼくを選んだのは、ピーターパンか、神様なのか…)
どちらなのかは知らないけれども、選ばれたことが誇りで励み。
辛い道のりでも、ピーターパンの本と一緒に乗り越えてゆく。
「この本を持って来られた」ことが「選ばれた証」なのだから。
ピーターパンの本さえあったら、いくらでも頑張ってゆける筈だし、何だって出来る。
必要とあらば、憎い機械に「服従している」ふりだって。
(今はまだ、そこまでしなくても済んでいるけれど…)
メンバーズになったら、そうはいかなくなるな、と分かってはいる。
堂々と反抗していられるのは、候補生の間だけなのだ、と。
(でも、機械くらい…)
ちゃんと騙して、上手くやるさ、と思ったはずみに、不意に掠めていった考え。
「本当に…?」と。
本当に上手く機械を騙して、国家主席の座までゆけるだろうか、と。
(…成人検査の時と違って、機械ってヤツのやり方は…)
もう読めてるし、と自信は充分あるのだけれども、恐ろしいことに気が付いた。
確かに自分は「選ばれた子供」で、「特別な存在」なのだと思う。
ピーターパンの本を「持って来られた」ことが証で、そんな者は他にいないけれども…。
(…ぼくを選んだのが、機械だったら…?)
神様でも、ピーターパンでもなくて…、と背筋がゾクリと冷たくなった。
考えたことさえ一度も無かった、「機械に選ばれた」可能性。
(……ゼロじゃないんだ……)
そっちなのかもしれないんだ、と身体が俄かに震え出す。
もしも「機械に選ばれた」のなら、「本を持って来られた」ことは当たり前。
これは機械がしている実験、「過去を忘れない」子供の成長ぶりを調べて、データを取る。
そうする理由は、例えば「成人検査の改革」。
この先も、従来通りでいいのか、改革するなら、どうすべきか、などと。
(……まさかね……)
まさか、そんな恐ろしい実験なんて、と自分を叱咤してみても、身体の震えは止まらない。
何故なら、それは「有り得る」から。
機械が最初から「そういうつもりで」いたのだったら、格好の獲物だったろう。
「そうするように」と仕向けなくても、自ら進んで「過去の欠片」を持ち込んだ子供。
(…丁度いい、って…)
わざと見逃し、ピーターパンの本と一緒に、Eー1077へ送り込んだのかもしれない。
今も密かに監視しながら、データを集めているのだったら…。
(…ぼくの心も、考え方も、全てお見通しで…)
何処まで持ち堪えることが出来るか、機械は実験を続けてゆく。
「セキ・レイ・シロエ」が「過去を手放す」か、「堪え切れずに壊れる」日まで。
ピーターパンの本を持たせたままで、「過去の欠片」をどうするのかを見定めながら。
(そうだとしたなら、ぼくの未来は…)
真っ暗でしかないんだれど、と足元が崩れ落ちてゆくよう。
過去を手放して「皆と同じに生きてゆく」か、「狂う」かの実験ならば、未来は無いも同然。
どちらに行っても、今の「シロエ」の望みとは…。
(違いすぎるし、どっちも嫌だよ…!)
そんな実験なんかは御免だ、と震え続ける身体を抱き締め、心の中で繰り返す。
「違うよ、ぼくは選ばれたんだ」と。
「ぼくを選んだのは、きっと神様かピーターパンで、機械なんかじゃないんだから」と…。
本がある理由・了
※キースを立派に育て上げるために「機械が選んだ」のが、シロエだったんですけど。
「機械に選ばれた」可能性について、シロエの側から考えてみたのが、このお話。
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(シロエ…。お前は、今、幸せか?)
死んで自由になれたのだから、とキースは心で呼び掛けてみる。
国家騎士団総司令に与えられた個室で、マツカが淹れていったコーヒーを手に。
とうに夜更けになっているから、部下たちもマツカも、此処にはいない。
昔の友を思い出すには、丁度いい時間と言えるだろうか。
(もっとも、私とシロエとは…)
友とは言えなかったのだがな、と思うけれども、シロエは友に成り得たと思う。
あれだけの頭脳の持ち主だったし、出会いが違えば、きっと良き友になったろう。
最初はライバル同士であっても、いつの間にやら、色々と語らうようになって。
「キース」の生まれが何であろうと、「シロエ」なら受け入れてくれた気がする。
(…私の秘密を自ら暴いて、人形だと挑発してくる代わりに…)
同情さえもしてくれたのでは、と何度思ったことだろう。
「シロエならば」と、「シロエが此処にいてくれたら」と。
(…今の私にも、友は確かにいるのだが…)
彼の心は此処には無い、と頭に浮かぶのはサムのこと。
サムは確かに昔からの友で、今も友だと思ってはいても、それは一方的なものに過ぎない。
サムが見ている「キース」の姿は、「赤のおじちゃん」。
子供に戻ったサムとは別の、大人の世界に住んでいる者で、サムはキースに懐いているだけ。
(…父親も母親も、サムを迎えに来てくれないから…)
サムは親切にしてくれる「キース」を受け入れ、「赤のおじちゃん」と笑顔を見せる。
見舞いに行く度、サムが語るのは、いる筈もない両親との間にあった出来事。
「パパが勉強しろってうるさいんだ」だとか、「ママのオムレツは美味しいよ」とか。
(…サムの話を聞かされる内に…)
ようやく、かつての「シロエ」の気持ちが分かって来た。
シロエは何を失ったのか、何を求めてシステムに抗い続けたのか。
(…サムが語ってくれる、両親と過ごした時間のことなど…)
キース自身は、何も知らない。
マザー・イライザに無から作られ、水槽の中で育てられたから。
養父母を持たずに成長して来て、成人検査も受けてはいない生命だから。
シロエが成人検査で機械に奪われ、取り戻せないままに終わった記憶。
それを求めて、彼は宇宙に飛び立って行った。
ピーターパンの本だけを抱えて、武装していない練習艇に乗り込んで。
(…それを撃墜したのが、私で…)
シロエの命に終止符を打ってしまったけれども、彼は幸せになれただろうか。
機械の支配から自由になって、失くした記憶を取り戻して。
生身のままでは帰ることなど叶いはしない、懐かしい故郷へ、家へ帰って。
(…きっと、そうだな…)
彼ならそうだ、と考えることで、救われているのは「自分」だろう。
「シロエは自由になれたのだから」と、「死んで自由を手に入れたのだ」と信じることで。
(…私は今でも、ずっと後悔し続けていて…)
あの時、シロエを「殺した」罪を忘れた日などは一度も無い。
撃墜して直ぐ、Eー1077に戻る時から、もう後悔は始まっていた。
「本当に、他に取るべき道は無かったのか」と、「シロエを行かせてやれば良かった」と。
シロエが練習艇で目指した先は、座標さえも分からなかった「地球」。
当時、メンバーズに選ばれたばかりの「キース」も、地球の座標は知らなかったのだから…。
(シロエの船を見逃していても、どうせ地球には…)
辿り着けなどしなかったのだし、燃料切れで「旅」は終わっていたろう。
燃料が尽きれば、船の酸素も、宇宙の寒さなどから守る設備も、全て無くなる。
シロエは宇宙の藻屑となって、永遠に漂い続けるだけ。
その魂は身体を抜け出し、地球へ、故郷へと飛んでゆくかもしれないけれど。
(…そうしていたなら、私は後悔することもなく…)
シロエも宇宙で死んではいなくて、今でも生きていたかもしれない。
人類ではなく、敵に回って、ミュウどもの船に乗り込んで。
彼の優秀な頭脳をフルに使って、彼らのブレーンとなり、指揮を執って。
(シロエの船を撃墜した時…)
ミュウたちの母船、モビー・ディックが「近くにいた」ことを、後になって知った。
シロエをあのまま行かせていたなら、ミュウたちが助けた可能性が高い。
仲間の危機には敏感なのだし、きっと「シロエ」を見付けただろう。
燃料が尽きる寸前の船で、漂流している意識不明の「仲間」を。
シロエが彼らに呼び掛けなくとも、「何処かに仲間がいる」と気付いて。
(あの時、モビー・ディックが近くに来ていたことを…)
知った時の衝撃を忘れはしない。
「どうしてシロエを行かせなかった」と、足元が崩れるような気がした。
直後から後悔し始めるのなら、逃がしておけば良かったのに。
何年も後悔し続けた後に、「シロエが助かる道はあった」と知るのだったら…。
(…シロエを行かせるべきだったのだ…)
マザー・イライザに叱責されても、失点になっても、本当に逃がしてやれば良かった。
どうせ「キース」は出世の道を歩んでゆくから、大したことにはなってはいない。
結果として「シロエ」が敵に回っても、そうなった時は、その時のこと。
(好敵手が出来て良かった、とでも思っておくさ)
ただのミュウども相手よりもな、とコーヒーのカップを指でカチンと弾く。
ソルジャー・ブルーは手強かったけれど、彼は戦闘のプロではなかった。
銃を向けられたら何も出来ない、躱すことさえ出来ない「素人」。
ジョミー・マーキス・シンにしたって、同じだったと言えるだろう。
けれど「シロエ」がいたならば、違う。
途中で脱落したといえども、Eー1077で教育を受けた、メンバーズの卵なのだから。
もしもミュウ因子を持っていなくて、普通のエリート候補生なら、彼もメンバーズだった筈。
めきめきと頭角を現していって、「キース」を脅かすほどの力をつけて。
(そんなシロエが、ミュウの陣営に入ったならば…)
間違いなく最高の軍師で指揮官、更に前線にも出て来ただろう。
ミュウは何故だか、指導者自ら、前線に出る傾向があるようだから。
(私から見れば、無謀だとしか思えないのだが…)
彼らには彼らの「やり方」があって、「シロエ」もそれを踏襲する。
ミュウの船ではけして出来ない、エリートを養成するステーションでの「育ち」を活かして。
メンバーズにもなれていただろう実力、並みのミュウでは持ち得ない戦闘能力を。
(…タイプ・ブルーなどではなくも、「シロエ」は脅威でしかないのだが…)
そういう「敵」を「生み出した」ことを、後悔などはしないと思う。
シロエが人類に挑んで来るなら、こちらも受けて立つまでのこと。
「出来るものなら、やってみろ」と、きっと不敵な笑みを浮かべて。
「そう簡単に負けはしない」と、「絶対に、地球になど行かせるものか」と。
なのに、そうなりはしなかった。
シロエの命は宇宙に散って、「キース」は今も後悔だけを背負っている。
事あるごとに、「どうしてシロエを逃がさなかった」と、あの日に取った道を悔やんで。
別の道を選べば良かったのにと、今に至るまで、自問自答を繰り返して。
(…こんな思いをするくらいなら…)
良心など要らなかったのに、と悔いを抱えて生きる自分を自嘲する。
シロエのことを悔やみ続けて、後悔するのは「良心」の仕業というものだから。
「良心」を持っていなかったならば、こうして悔やみ続けてはいない。
自分は務めを果たしただけで、「シロエ」は処分するべきミュウで、ただの異分子。
そう、やったことは「正しいこと」。
SD体制の世界においては、誰もキースを責めたりはしない。
むしろ「シロエ」を処分したことを称え、キースの手柄だと手放しで褒める。
「まだ若いのに、よくぞやった」と、他の者が皆、倒れていた時の出撃だけに、余計に。
(…実際、私を、誰一人として…)
責めはしなかったし、マザー・イライザも、教官たちも「満足だった」。
「キース」の素晴らしい成長ぶりと、メンバーズに相応しい決断力を見られたのだから。
(…しかし私は、生涯、悔やみ続けるだけで…)
誰にも心を明かせはしなくて、深い悲しみが募ってゆくだけ。
「キース」を無から作ったのなら、「良心」などは持たないように作って欲しかった。
淡々と任務をこなし続ける、機械人形のような人間に。
(…だが、そのように私を作ったならば…)
人類の指導者になることは出来ない、欠陥品になると分かっている。
良心を持たない冷酷な指導者がどうなったのかは、過去の歴史で立証済み。
「そんなモノ」をマザー・イライザが作りはしないし、グランド・マザーも認めはしない。
だからどれほど苦しかろうとも、悔やみ続ける心を隠して、これからも生きてゆくしかない。
いつの日か、「それ」が膨らんだ末に、違う道を歩み始めようとも。
今は全く悔やんではいない、ジルベスター・セブンのことやら、ソルジャー・ブルーを…。
(この手で撃ったことを悔やんで、ミュウどもの方に…)
思いを寄せる時が来るのかもな、と感じるけれども、抗うことは出来ないだろう。
良心を持った存在として、「キース・アニアン」は作られたから。
その「良心」が今の「キース」を食い破ろうとも、後悔は微塵も無いだろうから…。
悔やみ続ける心・了
※シロエに機械人形と言われたキースですけど、良心を持たないように作れば欠陥品。
そのように作ってくれていれば、とキースが望んでも、叶わないこと。辛いですけどね…。
死んで自由になれたのだから、とキースは心で呼び掛けてみる。
国家騎士団総司令に与えられた個室で、マツカが淹れていったコーヒーを手に。
とうに夜更けになっているから、部下たちもマツカも、此処にはいない。
昔の友を思い出すには、丁度いい時間と言えるだろうか。
(もっとも、私とシロエとは…)
友とは言えなかったのだがな、と思うけれども、シロエは友に成り得たと思う。
あれだけの頭脳の持ち主だったし、出会いが違えば、きっと良き友になったろう。
最初はライバル同士であっても、いつの間にやら、色々と語らうようになって。
「キース」の生まれが何であろうと、「シロエ」なら受け入れてくれた気がする。
(…私の秘密を自ら暴いて、人形だと挑発してくる代わりに…)
同情さえもしてくれたのでは、と何度思ったことだろう。
「シロエならば」と、「シロエが此処にいてくれたら」と。
(…今の私にも、友は確かにいるのだが…)
彼の心は此処には無い、と頭に浮かぶのはサムのこと。
サムは確かに昔からの友で、今も友だと思ってはいても、それは一方的なものに過ぎない。
サムが見ている「キース」の姿は、「赤のおじちゃん」。
子供に戻ったサムとは別の、大人の世界に住んでいる者で、サムはキースに懐いているだけ。
(…父親も母親も、サムを迎えに来てくれないから…)
サムは親切にしてくれる「キース」を受け入れ、「赤のおじちゃん」と笑顔を見せる。
見舞いに行く度、サムが語るのは、いる筈もない両親との間にあった出来事。
「パパが勉強しろってうるさいんだ」だとか、「ママのオムレツは美味しいよ」とか。
(…サムの話を聞かされる内に…)
ようやく、かつての「シロエ」の気持ちが分かって来た。
シロエは何を失ったのか、何を求めてシステムに抗い続けたのか。
(…サムが語ってくれる、両親と過ごした時間のことなど…)
キース自身は、何も知らない。
マザー・イライザに無から作られ、水槽の中で育てられたから。
養父母を持たずに成長して来て、成人検査も受けてはいない生命だから。
シロエが成人検査で機械に奪われ、取り戻せないままに終わった記憶。
それを求めて、彼は宇宙に飛び立って行った。
ピーターパンの本だけを抱えて、武装していない練習艇に乗り込んで。
(…それを撃墜したのが、私で…)
シロエの命に終止符を打ってしまったけれども、彼は幸せになれただろうか。
機械の支配から自由になって、失くした記憶を取り戻して。
生身のままでは帰ることなど叶いはしない、懐かしい故郷へ、家へ帰って。
(…きっと、そうだな…)
彼ならそうだ、と考えることで、救われているのは「自分」だろう。
「シロエは自由になれたのだから」と、「死んで自由を手に入れたのだ」と信じることで。
(…私は今でも、ずっと後悔し続けていて…)
あの時、シロエを「殺した」罪を忘れた日などは一度も無い。
撃墜して直ぐ、Eー1077に戻る時から、もう後悔は始まっていた。
「本当に、他に取るべき道は無かったのか」と、「シロエを行かせてやれば良かった」と。
シロエが練習艇で目指した先は、座標さえも分からなかった「地球」。
当時、メンバーズに選ばれたばかりの「キース」も、地球の座標は知らなかったのだから…。
(シロエの船を見逃していても、どうせ地球には…)
辿り着けなどしなかったのだし、燃料切れで「旅」は終わっていたろう。
燃料が尽きれば、船の酸素も、宇宙の寒さなどから守る設備も、全て無くなる。
シロエは宇宙の藻屑となって、永遠に漂い続けるだけ。
その魂は身体を抜け出し、地球へ、故郷へと飛んでゆくかもしれないけれど。
(…そうしていたなら、私は後悔することもなく…)
シロエも宇宙で死んではいなくて、今でも生きていたかもしれない。
人類ではなく、敵に回って、ミュウどもの船に乗り込んで。
彼の優秀な頭脳をフルに使って、彼らのブレーンとなり、指揮を執って。
(シロエの船を撃墜した時…)
ミュウたちの母船、モビー・ディックが「近くにいた」ことを、後になって知った。
シロエをあのまま行かせていたなら、ミュウたちが助けた可能性が高い。
仲間の危機には敏感なのだし、きっと「シロエ」を見付けただろう。
燃料が尽きる寸前の船で、漂流している意識不明の「仲間」を。
シロエが彼らに呼び掛けなくとも、「何処かに仲間がいる」と気付いて。
(あの時、モビー・ディックが近くに来ていたことを…)
知った時の衝撃を忘れはしない。
「どうしてシロエを行かせなかった」と、足元が崩れるような気がした。
直後から後悔し始めるのなら、逃がしておけば良かったのに。
何年も後悔し続けた後に、「シロエが助かる道はあった」と知るのだったら…。
(…シロエを行かせるべきだったのだ…)
マザー・イライザに叱責されても、失点になっても、本当に逃がしてやれば良かった。
どうせ「キース」は出世の道を歩んでゆくから、大したことにはなってはいない。
結果として「シロエ」が敵に回っても、そうなった時は、その時のこと。
(好敵手が出来て良かった、とでも思っておくさ)
ただのミュウども相手よりもな、とコーヒーのカップを指でカチンと弾く。
ソルジャー・ブルーは手強かったけれど、彼は戦闘のプロではなかった。
銃を向けられたら何も出来ない、躱すことさえ出来ない「素人」。
ジョミー・マーキス・シンにしたって、同じだったと言えるだろう。
けれど「シロエ」がいたならば、違う。
途中で脱落したといえども、Eー1077で教育を受けた、メンバーズの卵なのだから。
もしもミュウ因子を持っていなくて、普通のエリート候補生なら、彼もメンバーズだった筈。
めきめきと頭角を現していって、「キース」を脅かすほどの力をつけて。
(そんなシロエが、ミュウの陣営に入ったならば…)
間違いなく最高の軍師で指揮官、更に前線にも出て来ただろう。
ミュウは何故だか、指導者自ら、前線に出る傾向があるようだから。
(私から見れば、無謀だとしか思えないのだが…)
彼らには彼らの「やり方」があって、「シロエ」もそれを踏襲する。
ミュウの船ではけして出来ない、エリートを養成するステーションでの「育ち」を活かして。
メンバーズにもなれていただろう実力、並みのミュウでは持ち得ない戦闘能力を。
(…タイプ・ブルーなどではなくも、「シロエ」は脅威でしかないのだが…)
そういう「敵」を「生み出した」ことを、後悔などはしないと思う。
シロエが人類に挑んで来るなら、こちらも受けて立つまでのこと。
「出来るものなら、やってみろ」と、きっと不敵な笑みを浮かべて。
「そう簡単に負けはしない」と、「絶対に、地球になど行かせるものか」と。
なのに、そうなりはしなかった。
シロエの命は宇宙に散って、「キース」は今も後悔だけを背負っている。
事あるごとに、「どうしてシロエを逃がさなかった」と、あの日に取った道を悔やんで。
別の道を選べば良かったのにと、今に至るまで、自問自答を繰り返して。
(…こんな思いをするくらいなら…)
良心など要らなかったのに、と悔いを抱えて生きる自分を自嘲する。
シロエのことを悔やみ続けて、後悔するのは「良心」の仕業というものだから。
「良心」を持っていなかったならば、こうして悔やみ続けてはいない。
自分は務めを果たしただけで、「シロエ」は処分するべきミュウで、ただの異分子。
そう、やったことは「正しいこと」。
SD体制の世界においては、誰もキースを責めたりはしない。
むしろ「シロエ」を処分したことを称え、キースの手柄だと手放しで褒める。
「まだ若いのに、よくぞやった」と、他の者が皆、倒れていた時の出撃だけに、余計に。
(…実際、私を、誰一人として…)
責めはしなかったし、マザー・イライザも、教官たちも「満足だった」。
「キース」の素晴らしい成長ぶりと、メンバーズに相応しい決断力を見られたのだから。
(…しかし私は、生涯、悔やみ続けるだけで…)
誰にも心を明かせはしなくて、深い悲しみが募ってゆくだけ。
「キース」を無から作ったのなら、「良心」などは持たないように作って欲しかった。
淡々と任務をこなし続ける、機械人形のような人間に。
(…だが、そのように私を作ったならば…)
人類の指導者になることは出来ない、欠陥品になると分かっている。
良心を持たない冷酷な指導者がどうなったのかは、過去の歴史で立証済み。
「そんなモノ」をマザー・イライザが作りはしないし、グランド・マザーも認めはしない。
だからどれほど苦しかろうとも、悔やみ続ける心を隠して、これからも生きてゆくしかない。
いつの日か、「それ」が膨らんだ末に、違う道を歩み始めようとも。
今は全く悔やんではいない、ジルベスター・セブンのことやら、ソルジャー・ブルーを…。
(この手で撃ったことを悔やんで、ミュウどもの方に…)
思いを寄せる時が来るのかもな、と感じるけれども、抗うことは出来ないだろう。
良心を持った存在として、「キース・アニアン」は作られたから。
その「良心」が今の「キース」を食い破ろうとも、後悔は微塵も無いだろうから…。
悔やみ続ける心・了
※シロエに機械人形と言われたキースですけど、良心を持たないように作れば欠陥品。
そのように作ってくれていれば、とキースが望んでも、叶わないこと。辛いですけどね…。
(…な…に…?)
これは何なんだ、とシロエは信じられない光景に目を見開いた。
フロア001、進入禁止セクション。
マザー・イライザの監視を潜り抜けた末に、ようやく此処へと辿り着いた。
厳重な警備が施された部屋、其処で見付ける筈だった「モノ」は何処にも無い。
(…精密機械がズラリと並んだ、研究室っていうヤツで…)
組み立てる途中の細かいパーツや、未完成の機械があると考えていた。
その「機械」とは、まさに「こういう形」をした「モノ」で…。
(…とても精巧に出来た、アンドロイドで…)
ヒトの形を模したロボット、ヒトのように思考までする機械仕掛けの人形たち。
それがあるとばかり思っていたのに、まるで違った「モノ」たちがあった。
(アンドロイドを作るなら…)
此処にあるような、胎児を作りはしないだろう。
成長過程の半ばの幼児や、小さな子供も作りはしない。
(…そんな効率の悪いこと…)
けして科学者は「やりはしない」し、作るのならば、完成体を目指す筈。
成人のアンドロイドを作りたいのなら、最初から、その年恰好で。
もう少し若い者がいいなら、その年齢に見える姿に。
(…キース・アニアンを作るんだったら…)
このEー1077にいても「おかしくない」ものを何体か揃えていると思った。
成人検査を終えたばかりの年頃のモノと、次の段階に入ったモノ。
(十四歳のキースと十五歳のキース、それに十六歳の分のキースは…)
もう用済みになったろうから、此処にあっても「おかしくはない」。
「今のキース」に電子頭脳を載せ替え、もう思考しなくなった「キースたち」。
此処で見るのは、そうした「モノ」だと思い込んでいた。
マザー・イライザの申し子のキース、彼が取り澄ました機械人形である証拠。
(…それを見付けて、キースに現実を叩き付けて…)
プライドも機械仕掛けの心も、壊してやろうと目論んで、此処へやって来た。
精密な機械であればあるほど、一度狂うと、暴走の果てに自滅するのを知っているから。
それなのに、そんな「モノ」など無かった。
代わりにズラリと並んでいるのは、何処から見ても「生き物」でしかない。
とうの昔に「死んでいる」から、生きてはいないモノだけれども、これは「生物」。
その生を終えた生き物たちの死骸で、いわゆる「標本」というモノだろう。
(…キースと、ぼくが知らない女と…)
どうして、こんな標本が…、とシロエの背筋が冷えてゆく。
機械だと信じて疑わなかった「キース・アニアン」は、「ヒト」だった。
それも胎児から成長した「ヒト」、改造されたモノでさえない。
(…改造された人間だったら…)
まだ想像も出来るけれど…、と「サイボーグ」という単語を思い出す。
今の時代には存在しないけれども、臓器などを精巧な機械に置き換えている人間のこと。
置き換えた機械の性能に応じて、並みの人間では有り得ない能力を持つという。
(キースが「ソレ」なら、まだ分かるのに…)
アンドロイドではなく、サイボーグだと言うのだったら、まだしも理解の範疇ではある。
マザー・イライザが「素質のある者」を選んで、改造したのが「キース・アニアン」。
そのためのパーツが此処にあっても、さほど驚きはしなかったろう。
「なんだ、機械と置き換えていただけだったのか」と、拍子抜けさえしたかもしれない。
人間そっくりの機械などより、サイボーグの方が「作りやすい」から。
成長過程を慎重に見極めながら改造を重ね、年を取らせるのも簡単だから。
(…いろんな年齢の「キース」を作って、電子頭脳を載せ替えるより…)
手掛ける者たちもよほど楽だし、ずば抜けた能力も持たせやすい。
特に「頭脳」は、補助の電子頭脳を載せてやったら、いくらでも「ヒト」を超えられる。
元が人間の脳味噌だけに、コンピューターよりも基本の性能は高い。
其処に機械仕掛けの精巧な頭脳が加わったならば、どれだけの思考が可能なことか。
(…アンドロイドを、一から作り出すよりも…)
サイボーグの方が遥かに容易に、「優秀なキース」を作れるだろう。
だから、それなら「まだ良かった」。
改造するためのパーツが並んだ研究室なら、今頃は高笑いしていたと思う。
「アンドロイドでさえもなかったなんて」と。
「ただの改造人間じゃないか」と、キースの正体を掴んで、嘲笑って。
けれども、「これ」は何だろう。
いったいどういうことなのだろうか、胎児の「キース」が「ある」なんて。
様々な成長過程の「キース」たちの標本、それが並んでいる部屋なんて。
(…まさか、キースは…)
この部屋で「作り出された」のだろうか。
SD体制の時代においては、子供は全て人工子宮から生まれて来る。
今までに「かけ合わせた」精子と卵子の組み合わせの中から、優秀だった者を選んで…。
(クローンを作れば、それと同じに優秀に…)
育つ可能性はゼロではない。
環境に左右される部分もあるだろうから、此処で実験していたろうか。
「キース」も、それに「知らない女」も、クローンを「此処で」育て上げて。
育英都市で育つのではなく、Eー1077で研究者に育てられたなら…。
(そりゃ、優秀にもなるだろうさ)
生まれも違えば、育ちも全く違うんだから、と標本たちを眺め回した。
「そういうことか」と、納得して。
あの憎らしい「キース」に、成人検査の前の記憶が全く無いのも、頷ける。
「Eー1077で育った」事実を、他の人間に悟られないよう、機械が消去したのだろう。
都合の悪いことは消すのが、憎い機械の「やり方」だから。
(…なるほどね…)
まあ、これはこれで「いい収穫」だった、と唇に薄い笑みを浮かべる。
予想外の結果だったけれども、これで「キース」に打撃を与える切っ掛けが出来た。
(機械じゃないから、暴走させるのは無理だけど…)
その代わり、「心」があるわけだから、上手くゆけば「狂ってくれる」かもしれない。
狂うところまではいかないにしても、病ませることは可能だろう。
「自分の生まれ」を突き付けられて、その衝撃に打ちのめされることは有り得る。
(ぼくは普通じゃなかったんだ、と悩んで、夜も眠れなくなって…)
精神を病んでゆくというなら、これほど愉快なことはない。
電子頭脳の暴走よりも、ある意味、似合いかもしれない。
「機械の申し子」と言われた「キース」が、心を病んで「壊れる」のは。
誰よりも冷静沈着だった、マザー・イライザの「お気に入り」が自滅するというのは。
(…それじゃ、早速…)
仕上げに入ると致しますか、とシロエは持って来ていた自作の機械を接続することにした。
この標本たちを管理しているらしい、コントロールパネルのある装置に。
其処に繋いでハッキングすれば、情報は全て手に入る。
(それをキースに…)
見せてやるんだ、と使い慣れたキーを叩いてゆく。
パスワードを幾つか打ち込んでやれば、もう情報が流れ込んで来て…。
(ふふふ…)
キースもこれで終わりだよね、と薄く笑った。
自分はクローンなのだと知ったら、キースはどんな顔をするのだろうか。
真っ青になって震え始めるか、あるいは顔色一つ変えずに…。
(その場は静かに去って行くけど、自分の個室に戻ってから…)
絶叫しながら机を叩いて、マザー・イライザを呼び出し、喚き散らすのかもしれない。
「キース」を「作った」機械に呪いの言葉をぶつけて、ただ、当たり散らす。
他の者とは違った生まれの「自分」を、「何のために」わざわざ作ったのか、と。
「普通の人間でありたかった」と、「その方が遥かに良かったのに」と。
(…人間だったら、そう思うよね?)
たとえクローンで、研究者が育てたんだとしても…、と手に入れた情報をチェックする。
「キース」の生まれを詳しく知ろうと、どの情報を突き付けてやろうか、と。
(えーっと…?)
これが「キース」の遺伝子データで…、と辿っていた指が、其処で止まった。
指が先から氷のように冷たくなってゆく。
(……嘘だ……)
そんな馬鹿な、と頭を振ってから読み直してみても、見ているデータは変わらなかった。
瞳に映し出された真実、それは「キース」の生まれで、「正体」。
(…クローンではなくて、全部、一から…)
DNAから作られた「モノ」だったのか、と愕然とする。
「キース・アニアン」も「知らない女」も、どちらも無から生まれた「モノ」。
「ヒト」の中からは、優秀な者が生まれないから。
どれほど組み合わせを変えてみようと、「ヒト」には限界があるようだから、と。
そうやって機械が「作った」目的。
「キース」が作り出された本当の理由、それもデータの形で表示されていた。
(……導く者……)
人類を、SD体制の世界を導くための理想の指導者、それこそが「キース」なのだという。
長い年月、実験を重ね、ようやく生まれた「選ばれた者」。
いずれ「キース」は指導者となって、人類を導いてゆくことになる。
そのための資質を充分に備え、そのために「生きてゆく」ことこそが、「キース」の使命。
(……知りすぎた……)
なんてことだ、と目の前が暗くなってゆくよう。
これは最高の機密事項で、それこそ「誰も知らない」こと。
「キース」を作った研究者たちも、恐らく「消されてしまった」だろう。
つまりは、「これ」を知ってしまった「セキ・レイ・シロエ」も、きっと…。
(…パパ、ママ…!)
ぼくは帰れないかも、と故郷を、両親を思うけれども、もう遅い。
欺いたつもりの監視カメラも、警備システムも、役目を忠実に果たしている筈。
フロア001に入った者は誰かを、今も追い続けて、機密を「知られた」ことまでも…。
(…とっくの昔に感知していて、マザー・イライザに…)
もう報告が届いてるんだ、と足がガクガクと震え出す。
このステーションから、生きて出ることは出来ないだろう。
「知りすぎたシロエ」は機械に消されて、故郷に戻ることも出来ずに死んでゆく。
そうなるんだ、と奈落の底に落ちそうだけれど、同じ落ちるなら…。
(キース、お前も…!)
道連れにしてやるんだから、と拳を握って、倒れることは踏み止まった。
こうなった以上、「キース」をのうのうと生かしておきなどはしない。
同じ奈落に引き摺り落として、死なないまでも、狂わせてやろう。
(ぼくに出来るのは、もう、それだけしか…)
無いんだから、と無理やり笑みを作って、勝ち誇った顔で映像を撮り始める。
「見てますか? キース・アニアン」と。
「此処が何処だか分かります?」と、「フロア001、あなたのゆりかごですよ」と…。
知りすぎた秘密・了
※フロア001に入ったシロエですけど、それが自分の死を招くと知っていたのかな、と。
最初からヤケだったのならともかく、そうでないなら…、と考えた所から出来たお話です。
これは何なんだ、とシロエは信じられない光景に目を見開いた。
フロア001、進入禁止セクション。
マザー・イライザの監視を潜り抜けた末に、ようやく此処へと辿り着いた。
厳重な警備が施された部屋、其処で見付ける筈だった「モノ」は何処にも無い。
(…精密機械がズラリと並んだ、研究室っていうヤツで…)
組み立てる途中の細かいパーツや、未完成の機械があると考えていた。
その「機械」とは、まさに「こういう形」をした「モノ」で…。
(…とても精巧に出来た、アンドロイドで…)
ヒトの形を模したロボット、ヒトのように思考までする機械仕掛けの人形たち。
それがあるとばかり思っていたのに、まるで違った「モノ」たちがあった。
(アンドロイドを作るなら…)
此処にあるような、胎児を作りはしないだろう。
成長過程の半ばの幼児や、小さな子供も作りはしない。
(…そんな効率の悪いこと…)
けして科学者は「やりはしない」し、作るのならば、完成体を目指す筈。
成人のアンドロイドを作りたいのなら、最初から、その年恰好で。
もう少し若い者がいいなら、その年齢に見える姿に。
(…キース・アニアンを作るんだったら…)
このEー1077にいても「おかしくない」ものを何体か揃えていると思った。
成人検査を終えたばかりの年頃のモノと、次の段階に入ったモノ。
(十四歳のキースと十五歳のキース、それに十六歳の分のキースは…)
もう用済みになったろうから、此処にあっても「おかしくはない」。
「今のキース」に電子頭脳を載せ替え、もう思考しなくなった「キースたち」。
此処で見るのは、そうした「モノ」だと思い込んでいた。
マザー・イライザの申し子のキース、彼が取り澄ました機械人形である証拠。
(…それを見付けて、キースに現実を叩き付けて…)
プライドも機械仕掛けの心も、壊してやろうと目論んで、此処へやって来た。
精密な機械であればあるほど、一度狂うと、暴走の果てに自滅するのを知っているから。
それなのに、そんな「モノ」など無かった。
代わりにズラリと並んでいるのは、何処から見ても「生き物」でしかない。
とうの昔に「死んでいる」から、生きてはいないモノだけれども、これは「生物」。
その生を終えた生き物たちの死骸で、いわゆる「標本」というモノだろう。
(…キースと、ぼくが知らない女と…)
どうして、こんな標本が…、とシロエの背筋が冷えてゆく。
機械だと信じて疑わなかった「キース・アニアン」は、「ヒト」だった。
それも胎児から成長した「ヒト」、改造されたモノでさえない。
(…改造された人間だったら…)
まだ想像も出来るけれど…、と「サイボーグ」という単語を思い出す。
今の時代には存在しないけれども、臓器などを精巧な機械に置き換えている人間のこと。
置き換えた機械の性能に応じて、並みの人間では有り得ない能力を持つという。
(キースが「ソレ」なら、まだ分かるのに…)
アンドロイドではなく、サイボーグだと言うのだったら、まだしも理解の範疇ではある。
マザー・イライザが「素質のある者」を選んで、改造したのが「キース・アニアン」。
そのためのパーツが此処にあっても、さほど驚きはしなかったろう。
「なんだ、機械と置き換えていただけだったのか」と、拍子抜けさえしたかもしれない。
人間そっくりの機械などより、サイボーグの方が「作りやすい」から。
成長過程を慎重に見極めながら改造を重ね、年を取らせるのも簡単だから。
(…いろんな年齢の「キース」を作って、電子頭脳を載せ替えるより…)
手掛ける者たちもよほど楽だし、ずば抜けた能力も持たせやすい。
特に「頭脳」は、補助の電子頭脳を載せてやったら、いくらでも「ヒト」を超えられる。
元が人間の脳味噌だけに、コンピューターよりも基本の性能は高い。
其処に機械仕掛けの精巧な頭脳が加わったならば、どれだけの思考が可能なことか。
(…アンドロイドを、一から作り出すよりも…)
サイボーグの方が遥かに容易に、「優秀なキース」を作れるだろう。
だから、それなら「まだ良かった」。
改造するためのパーツが並んだ研究室なら、今頃は高笑いしていたと思う。
「アンドロイドでさえもなかったなんて」と。
「ただの改造人間じゃないか」と、キースの正体を掴んで、嘲笑って。
けれども、「これ」は何だろう。
いったいどういうことなのだろうか、胎児の「キース」が「ある」なんて。
様々な成長過程の「キース」たちの標本、それが並んでいる部屋なんて。
(…まさか、キースは…)
この部屋で「作り出された」のだろうか。
SD体制の時代においては、子供は全て人工子宮から生まれて来る。
今までに「かけ合わせた」精子と卵子の組み合わせの中から、優秀だった者を選んで…。
(クローンを作れば、それと同じに優秀に…)
育つ可能性はゼロではない。
環境に左右される部分もあるだろうから、此処で実験していたろうか。
「キース」も、それに「知らない女」も、クローンを「此処で」育て上げて。
育英都市で育つのではなく、Eー1077で研究者に育てられたなら…。
(そりゃ、優秀にもなるだろうさ)
生まれも違えば、育ちも全く違うんだから、と標本たちを眺め回した。
「そういうことか」と、納得して。
あの憎らしい「キース」に、成人検査の前の記憶が全く無いのも、頷ける。
「Eー1077で育った」事実を、他の人間に悟られないよう、機械が消去したのだろう。
都合の悪いことは消すのが、憎い機械の「やり方」だから。
(…なるほどね…)
まあ、これはこれで「いい収穫」だった、と唇に薄い笑みを浮かべる。
予想外の結果だったけれども、これで「キース」に打撃を与える切っ掛けが出来た。
(機械じゃないから、暴走させるのは無理だけど…)
その代わり、「心」があるわけだから、上手くゆけば「狂ってくれる」かもしれない。
狂うところまではいかないにしても、病ませることは可能だろう。
「自分の生まれ」を突き付けられて、その衝撃に打ちのめされることは有り得る。
(ぼくは普通じゃなかったんだ、と悩んで、夜も眠れなくなって…)
精神を病んでゆくというなら、これほど愉快なことはない。
電子頭脳の暴走よりも、ある意味、似合いかもしれない。
「機械の申し子」と言われた「キース」が、心を病んで「壊れる」のは。
誰よりも冷静沈着だった、マザー・イライザの「お気に入り」が自滅するというのは。
(…それじゃ、早速…)
仕上げに入ると致しますか、とシロエは持って来ていた自作の機械を接続することにした。
この標本たちを管理しているらしい、コントロールパネルのある装置に。
其処に繋いでハッキングすれば、情報は全て手に入る。
(それをキースに…)
見せてやるんだ、と使い慣れたキーを叩いてゆく。
パスワードを幾つか打ち込んでやれば、もう情報が流れ込んで来て…。
(ふふふ…)
キースもこれで終わりだよね、と薄く笑った。
自分はクローンなのだと知ったら、キースはどんな顔をするのだろうか。
真っ青になって震え始めるか、あるいは顔色一つ変えずに…。
(その場は静かに去って行くけど、自分の個室に戻ってから…)
絶叫しながら机を叩いて、マザー・イライザを呼び出し、喚き散らすのかもしれない。
「キース」を「作った」機械に呪いの言葉をぶつけて、ただ、当たり散らす。
他の者とは違った生まれの「自分」を、「何のために」わざわざ作ったのか、と。
「普通の人間でありたかった」と、「その方が遥かに良かったのに」と。
(…人間だったら、そう思うよね?)
たとえクローンで、研究者が育てたんだとしても…、と手に入れた情報をチェックする。
「キース」の生まれを詳しく知ろうと、どの情報を突き付けてやろうか、と。
(えーっと…?)
これが「キース」の遺伝子データで…、と辿っていた指が、其処で止まった。
指が先から氷のように冷たくなってゆく。
(……嘘だ……)
そんな馬鹿な、と頭を振ってから読み直してみても、見ているデータは変わらなかった。
瞳に映し出された真実、それは「キース」の生まれで、「正体」。
(…クローンではなくて、全部、一から…)
DNAから作られた「モノ」だったのか、と愕然とする。
「キース・アニアン」も「知らない女」も、どちらも無から生まれた「モノ」。
「ヒト」の中からは、優秀な者が生まれないから。
どれほど組み合わせを変えてみようと、「ヒト」には限界があるようだから、と。
そうやって機械が「作った」目的。
「キース」が作り出された本当の理由、それもデータの形で表示されていた。
(……導く者……)
人類を、SD体制の世界を導くための理想の指導者、それこそが「キース」なのだという。
長い年月、実験を重ね、ようやく生まれた「選ばれた者」。
いずれ「キース」は指導者となって、人類を導いてゆくことになる。
そのための資質を充分に備え、そのために「生きてゆく」ことこそが、「キース」の使命。
(……知りすぎた……)
なんてことだ、と目の前が暗くなってゆくよう。
これは最高の機密事項で、それこそ「誰も知らない」こと。
「キース」を作った研究者たちも、恐らく「消されてしまった」だろう。
つまりは、「これ」を知ってしまった「セキ・レイ・シロエ」も、きっと…。
(…パパ、ママ…!)
ぼくは帰れないかも、と故郷を、両親を思うけれども、もう遅い。
欺いたつもりの監視カメラも、警備システムも、役目を忠実に果たしている筈。
フロア001に入った者は誰かを、今も追い続けて、機密を「知られた」ことまでも…。
(…とっくの昔に感知していて、マザー・イライザに…)
もう報告が届いてるんだ、と足がガクガクと震え出す。
このステーションから、生きて出ることは出来ないだろう。
「知りすぎたシロエ」は機械に消されて、故郷に戻ることも出来ずに死んでゆく。
そうなるんだ、と奈落の底に落ちそうだけれど、同じ落ちるなら…。
(キース、お前も…!)
道連れにしてやるんだから、と拳を握って、倒れることは踏み止まった。
こうなった以上、「キース」をのうのうと生かしておきなどはしない。
同じ奈落に引き摺り落として、死なないまでも、狂わせてやろう。
(ぼくに出来るのは、もう、それだけしか…)
無いんだから、と無理やり笑みを作って、勝ち誇った顔で映像を撮り始める。
「見てますか? キース・アニアン」と。
「此処が何処だか分かります?」と、「フロア001、あなたのゆりかごですよ」と…。
知りすぎた秘密・了
※フロア001に入ったシロエですけど、それが自分の死を招くと知っていたのかな、と。
最初からヤケだったのならともかく、そうでないなら…、と考えた所から出来たお話です。
(この命なぞに、それほどの…)
価値があるとは思えないがな、とキースは皮肉な笑みを浮かべた。
首都惑星ノアの国家騎士団総司令の個室で、ただ一人きりで。
もう夜更けだから、側近のマツカは下がらせた後。
彼が淹れていったコーヒーだけが、机の上に残っている。
その「マツカ」に、今日も「救われた」。
キースを狙った暗殺計画は頓挫し、実行犯も背後の者も、全て捕らえられ、投獄された。
もう何度目になるのだろうか、数える気さえ起こりはしない。
(私を殺そうとする輩の方が、私よりも遥かに、このシステムに忠実で…)
何の疑問も抱いていないことだろう。
機械に支配されることにも、人生までをも機械に左右されることにも。
(彼らをトップに据えておく方が、よほどマシだと思うのだがな…)
私は半ば異分子だぞ、という自覚はある。
本物の異分子とされる「ミュウ」には及ばないのだけれども、この体制に向いてはいない。
SD体制への批判だったら、幾らでも挙げて語れるだろう。
ただ、その相手が「いない」だけで。
広い宇宙の何処を探しても、「それ」を語り合える相手はいない。
(ミュウの連中なら、理解出来るだろうが…)
彼らとは「語り合う」以前の問題、ミュウたちは「キース」を許しはしない。
ジルベスター・セブンを焼かれた恨みを、彼らは忘れないだろう。
指導者だったソルジャー・ブルーが、二度と戻って来なかったことも。
(…彼らと話せる時が来るなら、もう、その時には…)
人類はミュウに敗れた後で、敗者としての会談になる。
それまで「キース」が生きていれば、の話だけれど。
暗殺されてしまうことなく、グランド・マザーの計画通りに、国家主席になれば、の話。
(こればかりは、なんとも分からないからな…)
とはいえ、生きているのだろうさ、という気がする。
いつか、「その時」が訪れるまで。
ミュウが人類に勝利を収めて、このノアはおろか、聖地たる地球に向かう時まで。
自分自身を観察するほど、価値などは無いと思える命。
確かに能力は高いけれども、このシステムには批判的なのが「キース・アニアン」。
致命的とも言える欠陥なのに、機械は何も言っては来ない。
結果さえ出せればいいのだろうか、中身の方はどうであっても。
(皆が見ている私自身は、冷徹で…)
ジルベスター・セブンで「そうした」ように、ミュウに対して容赦はしない。
SD体制に反抗的な者にも、少しも同情したりはしない。
端から捕らえて投獄したり、辺境の惑星に送りもする。
国家騎士団総司令として、体制に逆らう星に赴き、殺戮を繰り広げることさえもある。
(…しかし、私は…)
心の底では、このシステムを認めてはいない。
かつてシロエが「そうした」ように、批判したい気持ちは常に心の何処かに在る。
それを語れる相手さえいれば、夜を徹して語り合うことだろう。
場合によっては手を取り合って、システムに立ち向かうこともあるかもしれない。
ミュウたちが日々、「戦っている」のと同じように。
機械に、システムに反旗を翻し、賛同する者たちを率いて「反逆者」として。
(…それをやりかねない、私の命などには…)
本当に何の価値も無いな、と思うけれども、機械はそうは考えない。
キースは「シロエ」のように消されず、この先も行きてゆくのだろう。
暗殺されてしまわなければ。
機械から見れば「無能」な輩が、「キース」に取って代わらなければ。
考えるほどに、価値の無い命。
これを欲しがる輩がいるなら、くれてやっても構わない。
機械は「キース」を失うけれども、無能な輩がトップであっても、人類という種族の方は…。
(結果的には、同じ結末を迎えるのだしな?)
恐らく世界は「ミュウのものだ」と踏んでいるから、人類の末路は変わりはしない。
国家主席が「キース」でなくても、国家主席になれる人材が不在でも。
(…そうは思うが、グランド・マザーは…)
そんな道など望まないから、「キース」は生きてゆくしかない。
誰かに暗殺されない限りは、予め敷かれたレールの上を。
Eー1077で全くの無から生まれた時から、定められていた宿命の道を。
(…いっそ、暗殺されてしまっていた方が…)
楽だったろう、と思う日が、そう遠くない未来に待っている気がしないでもない。
ミュウに敗れて、彼らに捕らえられてしまえば、きっと、そうなる。
(ジルベスター・セブンを焼き、ソルジャー・ブルーを殺した私を…)
ミュウたちは憎み、けして許さないことだろう。
拷問されるか、心の隅々まで覗き込まれて、掻き回されて苦しむ時が続くのか。
「いっそ、殺せ!」と叫んだところで、彼らが殺すとは思えない。
モビー・ディックでキースを「殺そうとした」、あの子供でも「殺さない」だろう。
「殺して、楽にしてやる」ことなど、あの子供でさえ考えはしない。
「キース」の望みを叶えるなどは、愚の骨頂というものだから。
「殺してくれ」と叫び、願うのなら、叶えないのが、最高の復讐と言えるから。
(…勘弁願いたい未来なのだが…)
そうなる前に殺された方がマシなのだがな、と背筋が冷える。
恐ろしい予感が当たった場合は、生き地獄に落ちることだろう。
ミュウに捕まり、死ぬことも、狂うことさえも出来ない、地獄の日々。
モビー・ディックで牢にいた時、それと似たような経験をした。
あの時も充分、拷問だと感じていたのだけれども、その比ではない目に遭わされる。
誰も止めようとは考えなくて、ただ傍らで「見ているだけ」。
ジョミー・マーキス・シンさえも。
あの船から逃げる切っ掛けになった、盲目だったミュウの女も。
(…もう負けるのだ、と分かった時点で…)
自ら命を断ち切ったならば、その苦痛から逃れられるだろう。
死んでしまった「キース」の身体は、ミュウが持ち去り、切り刻むかもしれないけれど。
ソルジャー・ブルーに心を読まれたからには、もう正体は知れているだろう。
「機械が無から作った生命」は、いったい、どういうものだったのか。
それを知ろうと、ミュウの研究者が解剖しようが、何をしようが、それはいい。
死んだ後なら、全ては「どうでもいい」こと。
刻んで調べられたところで、もう「キース」には「分からない」から。
けれど…。
(そうなる前に、自ら命を捨てることなど…)
果たして、それは可能だろうか。
機械が、全てを統治するグランド・マザーが、そのような選択を許すだろうか。
マザー・イライザが無から作った「キース」を、機械は失うわけにはいかない。
どれほど敗色が濃い戦いでも、機械は諦めたりしない。
機械の思考は「0」か「1」かで、他の選択など有り得ないもの。
完膚なきまでに叩きのめされ、何もかも「ゼロ」になってしまうまで、機械は「戦う」。
いや、「戦え」と命じるだろう。
「0」になってはいないからには、まだ戦いの局面は「1」。
機械は、けして「諦めない」から、「キース」も戦い続けるしかない。
負けた時には、屈辱的な運命が待っていようとも。
ミュウに囚われ、死ぬことさえも出来ない地獄に突き落とされる他は無くても。
(…この命さえも…)
私の自由にはならないのか、と絶望的な気持ちになる。
グランド・マザーが、このシステムが健在な限り、自分の手では死ねないのか、と。
(…きっと、そうだな…)
銃を手にして、自分に向けて撃つよりも前に、機械が「それ」を取り上げるだろう。
監視カメラとセットになった、警備システムで「キース」の手を撃ってでも。
要は「キース」が生きてさえいれば、機械はそれで満足する。
生きているなら、部下を使って「戦える」から。
二度と「死」などは考えないよう、死ぬための手段も全て封じて、飼い殺しにする。
「SD体制のために戦え」と、完全な敗北が訪れるまで。
機械も壊され、SD体制が「ゼロ」となり、無に帰す時が来るまで。
(…私には、死という選択さえも…)
まるで許されてはいないのだな、とシロエが少し羨ましくなる。
自分自身の意志を貫き、宇宙に散ったセキ・レイ・シロエ。
あの時、彼の影響を受けて、「このシステムに従うよりは」と死を考えても無駄だったろう。
そう思考する「心」を修正されていたのか、あるいは、心はそのままにして…。
(死のうとしても、死ねない現実を突き付けて来て…)
諦めの内に生きてゆくことを、あの年齢で受け入れさせていたものか。
「そちらなのかもしれないな」と思うものだから、気が付かなくて良かったと思う。
誇りを守って死ぬことさえも許されない、と知っていたなら、この世は既に地獄だから。
命までも機械に握られていては、心の底には暗い淵しか見えないから。
(…何もかもが「ゼロ」になる日まで…)
生きてゆくしかないというのも、立派な拷問というものだろう。
実際、どうやら、そうなのだけれど。
ミュウどもの手に落ちる時まで、命を絶てずに生き永らえるしか無さそうだから…。
この命さえも・了
※原作のキースは「ジョミーに殺される」最期を選びましたが、違ったのがアニテラ。
そして原作の方も、機械が健在だった間は、操られたりしたキース。強制的に生かされそう。
価値があるとは思えないがな、とキースは皮肉な笑みを浮かべた。
首都惑星ノアの国家騎士団総司令の個室で、ただ一人きりで。
もう夜更けだから、側近のマツカは下がらせた後。
彼が淹れていったコーヒーだけが、机の上に残っている。
その「マツカ」に、今日も「救われた」。
キースを狙った暗殺計画は頓挫し、実行犯も背後の者も、全て捕らえられ、投獄された。
もう何度目になるのだろうか、数える気さえ起こりはしない。
(私を殺そうとする輩の方が、私よりも遥かに、このシステムに忠実で…)
何の疑問も抱いていないことだろう。
機械に支配されることにも、人生までをも機械に左右されることにも。
(彼らをトップに据えておく方が、よほどマシだと思うのだがな…)
私は半ば異分子だぞ、という自覚はある。
本物の異分子とされる「ミュウ」には及ばないのだけれども、この体制に向いてはいない。
SD体制への批判だったら、幾らでも挙げて語れるだろう。
ただ、その相手が「いない」だけで。
広い宇宙の何処を探しても、「それ」を語り合える相手はいない。
(ミュウの連中なら、理解出来るだろうが…)
彼らとは「語り合う」以前の問題、ミュウたちは「キース」を許しはしない。
ジルベスター・セブンを焼かれた恨みを、彼らは忘れないだろう。
指導者だったソルジャー・ブルーが、二度と戻って来なかったことも。
(…彼らと話せる時が来るなら、もう、その時には…)
人類はミュウに敗れた後で、敗者としての会談になる。
それまで「キース」が生きていれば、の話だけれど。
暗殺されてしまうことなく、グランド・マザーの計画通りに、国家主席になれば、の話。
(こればかりは、なんとも分からないからな…)
とはいえ、生きているのだろうさ、という気がする。
いつか、「その時」が訪れるまで。
ミュウが人類に勝利を収めて、このノアはおろか、聖地たる地球に向かう時まで。
自分自身を観察するほど、価値などは無いと思える命。
確かに能力は高いけれども、このシステムには批判的なのが「キース・アニアン」。
致命的とも言える欠陥なのに、機械は何も言っては来ない。
結果さえ出せればいいのだろうか、中身の方はどうであっても。
(皆が見ている私自身は、冷徹で…)
ジルベスター・セブンで「そうした」ように、ミュウに対して容赦はしない。
SD体制に反抗的な者にも、少しも同情したりはしない。
端から捕らえて投獄したり、辺境の惑星に送りもする。
国家騎士団総司令として、体制に逆らう星に赴き、殺戮を繰り広げることさえもある。
(…しかし、私は…)
心の底では、このシステムを認めてはいない。
かつてシロエが「そうした」ように、批判したい気持ちは常に心の何処かに在る。
それを語れる相手さえいれば、夜を徹して語り合うことだろう。
場合によっては手を取り合って、システムに立ち向かうこともあるかもしれない。
ミュウたちが日々、「戦っている」のと同じように。
機械に、システムに反旗を翻し、賛同する者たちを率いて「反逆者」として。
(…それをやりかねない、私の命などには…)
本当に何の価値も無いな、と思うけれども、機械はそうは考えない。
キースは「シロエ」のように消されず、この先も行きてゆくのだろう。
暗殺されてしまわなければ。
機械から見れば「無能」な輩が、「キース」に取って代わらなければ。
考えるほどに、価値の無い命。
これを欲しがる輩がいるなら、くれてやっても構わない。
機械は「キース」を失うけれども、無能な輩がトップであっても、人類という種族の方は…。
(結果的には、同じ結末を迎えるのだしな?)
恐らく世界は「ミュウのものだ」と踏んでいるから、人類の末路は変わりはしない。
国家主席が「キース」でなくても、国家主席になれる人材が不在でも。
(…そうは思うが、グランド・マザーは…)
そんな道など望まないから、「キース」は生きてゆくしかない。
誰かに暗殺されない限りは、予め敷かれたレールの上を。
Eー1077で全くの無から生まれた時から、定められていた宿命の道を。
(…いっそ、暗殺されてしまっていた方が…)
楽だったろう、と思う日が、そう遠くない未来に待っている気がしないでもない。
ミュウに敗れて、彼らに捕らえられてしまえば、きっと、そうなる。
(ジルベスター・セブンを焼き、ソルジャー・ブルーを殺した私を…)
ミュウたちは憎み、けして許さないことだろう。
拷問されるか、心の隅々まで覗き込まれて、掻き回されて苦しむ時が続くのか。
「いっそ、殺せ!」と叫んだところで、彼らが殺すとは思えない。
モビー・ディックでキースを「殺そうとした」、あの子供でも「殺さない」だろう。
「殺して、楽にしてやる」ことなど、あの子供でさえ考えはしない。
「キース」の望みを叶えるなどは、愚の骨頂というものだから。
「殺してくれ」と叫び、願うのなら、叶えないのが、最高の復讐と言えるから。
(…勘弁願いたい未来なのだが…)
そうなる前に殺された方がマシなのだがな、と背筋が冷える。
恐ろしい予感が当たった場合は、生き地獄に落ちることだろう。
ミュウに捕まり、死ぬことも、狂うことさえも出来ない、地獄の日々。
モビー・ディックで牢にいた時、それと似たような経験をした。
あの時も充分、拷問だと感じていたのだけれども、その比ではない目に遭わされる。
誰も止めようとは考えなくて、ただ傍らで「見ているだけ」。
ジョミー・マーキス・シンさえも。
あの船から逃げる切っ掛けになった、盲目だったミュウの女も。
(…もう負けるのだ、と分かった時点で…)
自ら命を断ち切ったならば、その苦痛から逃れられるだろう。
死んでしまった「キース」の身体は、ミュウが持ち去り、切り刻むかもしれないけれど。
ソルジャー・ブルーに心を読まれたからには、もう正体は知れているだろう。
「機械が無から作った生命」は、いったい、どういうものだったのか。
それを知ろうと、ミュウの研究者が解剖しようが、何をしようが、それはいい。
死んだ後なら、全ては「どうでもいい」こと。
刻んで調べられたところで、もう「キース」には「分からない」から。
けれど…。
(そうなる前に、自ら命を捨てることなど…)
果たして、それは可能だろうか。
機械が、全てを統治するグランド・マザーが、そのような選択を許すだろうか。
マザー・イライザが無から作った「キース」を、機械は失うわけにはいかない。
どれほど敗色が濃い戦いでも、機械は諦めたりしない。
機械の思考は「0」か「1」かで、他の選択など有り得ないもの。
完膚なきまでに叩きのめされ、何もかも「ゼロ」になってしまうまで、機械は「戦う」。
いや、「戦え」と命じるだろう。
「0」になってはいないからには、まだ戦いの局面は「1」。
機械は、けして「諦めない」から、「キース」も戦い続けるしかない。
負けた時には、屈辱的な運命が待っていようとも。
ミュウに囚われ、死ぬことさえも出来ない地獄に突き落とされる他は無くても。
(…この命さえも…)
私の自由にはならないのか、と絶望的な気持ちになる。
グランド・マザーが、このシステムが健在な限り、自分の手では死ねないのか、と。
(…きっと、そうだな…)
銃を手にして、自分に向けて撃つよりも前に、機械が「それ」を取り上げるだろう。
監視カメラとセットになった、警備システムで「キース」の手を撃ってでも。
要は「キース」が生きてさえいれば、機械はそれで満足する。
生きているなら、部下を使って「戦える」から。
二度と「死」などは考えないよう、死ぬための手段も全て封じて、飼い殺しにする。
「SD体制のために戦え」と、完全な敗北が訪れるまで。
機械も壊され、SD体制が「ゼロ」となり、無に帰す時が来るまで。
(…私には、死という選択さえも…)
まるで許されてはいないのだな、とシロエが少し羨ましくなる。
自分自身の意志を貫き、宇宙に散ったセキ・レイ・シロエ。
あの時、彼の影響を受けて、「このシステムに従うよりは」と死を考えても無駄だったろう。
そう思考する「心」を修正されていたのか、あるいは、心はそのままにして…。
(死のうとしても、死ねない現実を突き付けて来て…)
諦めの内に生きてゆくことを、あの年齢で受け入れさせていたものか。
「そちらなのかもしれないな」と思うものだから、気が付かなくて良かったと思う。
誇りを守って死ぬことさえも許されない、と知っていたなら、この世は既に地獄だから。
命までも機械に握られていては、心の底には暗い淵しか見えないから。
(…何もかもが「ゼロ」になる日まで…)
生きてゆくしかないというのも、立派な拷問というものだろう。
実際、どうやら、そうなのだけれど。
ミュウどもの手に落ちる時まで、命を絶てずに生き永らえるしか無さそうだから…。
この命さえも・了
※原作のキースは「ジョミーに殺される」最期を選びましたが、違ったのがアニテラ。
そして原作の方も、機械が健在だった間は、操られたりしたキース。強制的に生かされそう。
(パパ、ママ…。会いたいよ…)
ほんの少しの時間でいいから、とシロエはベッドの上で膝を抱える。
Eー1077の夜の個室で、思うのは故郷のことばかり。
けれど、鮮やかには思い出せない。
成人検査で消された記憶は、努力してみても蘇らない。
逆に、どんどん薄れてゆく。
(ぼくが忘れたくなくて、あれこれ努力してるのを…)
此処を支配するマザー・イライザは、とっくの昔に見抜いている。
過去にこだわり続ける「シロエ」が、システムから離脱してゆく危険にだって気付いている。
(だから、せっせとコールされて…)
マザー・イライザに呼び出される度に、「何か」を其処に「落として来る」。
それが何だったか、自分でも分からないのだけれども、大切な「何か」。
シロエの「過去」に繋がる記憶で、大切に守り抜きたいピースが、消されて無くなる。
(…パパとママの顔も、あちこちが欠けてしまってて…)
どんな面差しで、どんな瞳の色だったのかも、今では忘れ去ってしまった。
記憶の中の両親の顔は、まるで焼け焦げた写真のよう。
「こういう顔だ」とピンと来る部分、肝心の所が霞んでしまって残っていない。
(…それでも、ぼくは…)
両親のことを忘れはしないし、今も会いたくて堪らない。
一瞬だけでも家に帰れたら、どれほど幸せなことだろう。
「パパ、ママ!」と呼び掛けて、両親が振り向いてくれた瞬間、許された時間が終わっても。
「面会時間は終わりですよ」と係が扉を閉めてしまって、お別れになってしまっても。
(…ホントに、一瞬だけでいいから…)
会わせて欲しいよ、と思うけれども、システムはそれを許しはしない。
成人検査で別れた両親や故郷、それらは確かに在るというのに、子供は其処に帰れはしない。
SD体制が敷かれた世界は、大人の社会と子供の社会を分けているから。
「大人と子供が、一緒に暮らしてゆける世界」は、育英都市の中だけにしかない。
十四歳になった子供は、其処を離れて旅立つしか無くて、記憶も消されてしまうのだから。
それでも、其処に帰りたい。
そう願うことは、機械にとっては「有り得ない」ことで、誤った考えだとされる。
「シロエ」の軌道を修正するべく、機械は記憶を「消し続ける」。
一つのピースを消しても結果が出ないのならば、次のピースを、といった具合に。
(……悪循環だよ……)
自分でも自覚しているけれども、頑張っても、どうすることも出来ない。
心は両親を求めてしまうし、故郷に帰りたい思いも消えない。
(…帰りたいのに…)
パパとママがいる家に帰りたいよ、と膝に顔を埋めていて、ハタと気付いた。
「帰りたい」のは、「懐かしい」のは、「ぼくの方だけかもしれない」と。
(……パパとママにとっては、ぼくは何人目かの子供だよね……?)
けして若くはなかったのだし、「シロエ」の前にも、子供を育てていただろう。
育英都市で暮らす夫婦の仕事は、まず一番に「子供を育てること」。
父は研究者だったけれども、それは「二番目の仕事」に過ぎない。
「シロエの父親であるということ」、それこそが父の仕事だったと言ってもいい。
母の場合は言うまでもなく、「シロエの母」であることが役目。
二人とも、「シロエ」を愛して、可愛がってくれたけれども…。
(…もしかして、あれも…?)
仕事だったというのだろうか、「シロエ」を愛して育てることが。
そういう教育を受けて来たから、愛して、大事に育てたのか。
(……まさかね……?)
いくらなんでも、そんなこと…、と思いはしても、「そうではない」という証拠は無い。
両親が見せてくれた笑顔も、優しかった手も、何もかも「仕事上」のものだったろうか。
育てる子供が「シロエ」でなくても、両親は同じに「愛した」ろうか。
(…そうじゃなかった、なんていうことは…)
それこそ無いよ、と薄れてしまった記憶の中の両親を思う。
あの優しさが演技だったとは、とても思えない。
そして「本物だった」としたなら、両親は「違う子供」でも愛するだろう。
「シロエ」ではない子供でも。
まるで違った顔立ちの子で、性格も、性別も違ったとしても。
(……パパとママなら……)
きっとそうだ、と悔しくなる。
今も会いたくて堪らない二人は、他の子供の「両親」でもある。
どんな子供かも知らないけれども、その子は、きっと「何処かにいる」。
「シロエ」と違って、両親のことなど忘れてしまって、普通に暮らしていることだろう。
マザー・システムの言いなりになって、大人しい羊になってしまって。
(…そんなの、酷い…)
パパとママを忘れてしまうなんて、と悲しくて、辛い。
あんなに優しい人たちのことを、どうして忘れられるのだろう。
何もかも忘れ去ってしまって、平気で生きてゆくことが出来るのだろう。
両親は「愛してくれた」のに。
それが両親の「仕事」だとはいえ、愛も、優しさも、本物なのに。
(…相性の悪い子供だった、って言うのなら…)
まだ分かるけど、と唇を噛む。
人間には「相性」というものがあるから、「合わない」場合は、どうしようもない。
子供同士でも、それで喧嘩になったりもする。
(…養父母のことは、此処では学ばないから…)
知らないけれども、子供と相性が悪かった時は、養父母を替えたりもするのだろうか。
(養父母と、衝突してばかりだと…)
健全な精神を持った子供は育たないだろうし、そういう時には「替える」かもしれない。
相性の良さそうな夫婦を探して、「途中から」の育児になったとしても。
(子供を育て終わった親なら、手が空いてるし…)
前にも子供を育てているから、途中からでも「上手くやる」だろう。
もしも、そういうことが「ある」なら、「取り替える」まではいかなくとも…。
(…両親と、あまり合わない、って子も…)
この世界には「いる」のだろうか。
「シロエ」の両親のように優しい親でも、「何処となく」肌が合わない子供。
さほど親には関心が無くて、成人検査で引き離された後は、思い出しさえしないような子。
「親を愛していなかった」ならば、そうなるだろう。
懐かしいとも、「また会いたい」とも、思う理由が「無い」のだから。
(…パパとママが、ぼくより前に育てた子供の中にも…)
そういう子供がいたのだろうか。
それとも、「愛されて、愛して」育ったけれども、成人検査で「忘れた」ろうか。
Eー1077にいる候補生たちが、誰もが「そうである」ように。
二度と戻れない過去のことなど、気にもしないで暮らしているように。
(…どっちなのかは、今のぼくには分かりもしないし…)
分かったところで、得なことなど何も無いけれど、一つの「可能性」を見付けた。
「そうなっていたら」、今の暮らしが「楽になる」もの。
膝を抱えて嘆く代わりに、毎日、楽しく生きてゆけそうな道。
「ぼくは自由だ」と歓声を上げて、未来だけを見て、過去など捨ててしまえる人生。
「シロエ」はそうはならなかったけれど、「そうなる」可能性なら「あった」。
(…パパとママのことを、愛さなかったら…)
大好きになっていなかったならば、「シロエ」の「今」は楽だったろう。
もう「両親」は「いない」のだから、彼らのことなど「二度と考えなくてもいい」。
システムもそれを推奨していて、「思い出しなさい」とは、けして言わない。
そういう場合は、成人検査は、まさしく「未来への扉」。
まるで好きではない両親がいた家を離れて、希望に満ちた社会に向けて旅立ってゆける。
何処のステーションに行ったとしたって、もう両親は「いない」から。
うるさく小言を言われもしなくて、生活に口を出されもしない。
それほど自由なことがあるだろうか、「もう両親はいない」だなんて。
「二度と会わずに生きてゆける」上に、「忘れてしまってかまわない」なんて。
(……最高だよね……)
ホントに最高、と「その可能性」について考えてみる。
両親に関心が無かったならば、どれほど素敵だっただろうか、と。
記憶が薄れてしまったところで、嘆き悲しむ必要は無い。
むしろ「思い出せない」くらいに、綺麗に忘れ去ってもいい。
両親のことなど「どうでもいい」し、「まるで好きではなかった」のだから。
(…そうなっていたら…)
楽だったろうし、今だって、こうして嘆いてはいない。
この時間まで起きているなら、きっと勉強しているのだろう。
「なんとしてでも、メンバーズになってやるんだから」と、懸命に。
他の候補生たちが寝ている間に、寝る間も惜しんで、自分の能力に磨きをかける。
より良い成績を出して、皆より百歩も、二百歩も先を行くように。
「睡眠時間を削った」分も、「深く眠る」ことで取り戻す。
でないと訓練についてゆけずに、成績を落とすことになるから、体調管理も抜かりなく。
(絵に描いたような、立派な候補生ってヤツだよね…)
それにシステムにも逆らわないから、マザー・イライザの覚えだって「いい」。
その時が来たら、メンバーズに相応しい人材として、推薦もしてくれるだろう。
「シロエなら、間違いありません」と、太鼓判を押して、出世コースに送り出してくれる。
間違いなく、そうなる道なのだろうし、とても楽ではあるのだけれど…。
(…パパとママが嫌いで、早く離れてしまいたい、なんて…)
日々、思いながら生きることなど、絶対に「したくなかった」と思う。
後に苦しむことになろうと、愛して生きていたかった。
実際、「シロエ」が「そうした」ように。
今も会いたくて堪らないほど、両親が大好きだった子供時代は、大切な宝物なのだから…。
愛さなかったら・了
※子供の行動が怪しいから、と通報するような親がいるのが、SD体制の時代ですけど。
親の愛情がその程度だったら、子供の方はどうなんだ、と思った所から生まれたお話です。
ほんの少しの時間でいいから、とシロエはベッドの上で膝を抱える。
Eー1077の夜の個室で、思うのは故郷のことばかり。
けれど、鮮やかには思い出せない。
成人検査で消された記憶は、努力してみても蘇らない。
逆に、どんどん薄れてゆく。
(ぼくが忘れたくなくて、あれこれ努力してるのを…)
此処を支配するマザー・イライザは、とっくの昔に見抜いている。
過去にこだわり続ける「シロエ」が、システムから離脱してゆく危険にだって気付いている。
(だから、せっせとコールされて…)
マザー・イライザに呼び出される度に、「何か」を其処に「落として来る」。
それが何だったか、自分でも分からないのだけれども、大切な「何か」。
シロエの「過去」に繋がる記憶で、大切に守り抜きたいピースが、消されて無くなる。
(…パパとママの顔も、あちこちが欠けてしまってて…)
どんな面差しで、どんな瞳の色だったのかも、今では忘れ去ってしまった。
記憶の中の両親の顔は、まるで焼け焦げた写真のよう。
「こういう顔だ」とピンと来る部分、肝心の所が霞んでしまって残っていない。
(…それでも、ぼくは…)
両親のことを忘れはしないし、今も会いたくて堪らない。
一瞬だけでも家に帰れたら、どれほど幸せなことだろう。
「パパ、ママ!」と呼び掛けて、両親が振り向いてくれた瞬間、許された時間が終わっても。
「面会時間は終わりですよ」と係が扉を閉めてしまって、お別れになってしまっても。
(…ホントに、一瞬だけでいいから…)
会わせて欲しいよ、と思うけれども、システムはそれを許しはしない。
成人検査で別れた両親や故郷、それらは確かに在るというのに、子供は其処に帰れはしない。
SD体制が敷かれた世界は、大人の社会と子供の社会を分けているから。
「大人と子供が、一緒に暮らしてゆける世界」は、育英都市の中だけにしかない。
十四歳になった子供は、其処を離れて旅立つしか無くて、記憶も消されてしまうのだから。
それでも、其処に帰りたい。
そう願うことは、機械にとっては「有り得ない」ことで、誤った考えだとされる。
「シロエ」の軌道を修正するべく、機械は記憶を「消し続ける」。
一つのピースを消しても結果が出ないのならば、次のピースを、といった具合に。
(……悪循環だよ……)
自分でも自覚しているけれども、頑張っても、どうすることも出来ない。
心は両親を求めてしまうし、故郷に帰りたい思いも消えない。
(…帰りたいのに…)
パパとママがいる家に帰りたいよ、と膝に顔を埋めていて、ハタと気付いた。
「帰りたい」のは、「懐かしい」のは、「ぼくの方だけかもしれない」と。
(……パパとママにとっては、ぼくは何人目かの子供だよね……?)
けして若くはなかったのだし、「シロエ」の前にも、子供を育てていただろう。
育英都市で暮らす夫婦の仕事は、まず一番に「子供を育てること」。
父は研究者だったけれども、それは「二番目の仕事」に過ぎない。
「シロエの父親であるということ」、それこそが父の仕事だったと言ってもいい。
母の場合は言うまでもなく、「シロエの母」であることが役目。
二人とも、「シロエ」を愛して、可愛がってくれたけれども…。
(…もしかして、あれも…?)
仕事だったというのだろうか、「シロエ」を愛して育てることが。
そういう教育を受けて来たから、愛して、大事に育てたのか。
(……まさかね……?)
いくらなんでも、そんなこと…、と思いはしても、「そうではない」という証拠は無い。
両親が見せてくれた笑顔も、優しかった手も、何もかも「仕事上」のものだったろうか。
育てる子供が「シロエ」でなくても、両親は同じに「愛した」ろうか。
(…そうじゃなかった、なんていうことは…)
それこそ無いよ、と薄れてしまった記憶の中の両親を思う。
あの優しさが演技だったとは、とても思えない。
そして「本物だった」としたなら、両親は「違う子供」でも愛するだろう。
「シロエ」ではない子供でも。
まるで違った顔立ちの子で、性格も、性別も違ったとしても。
(……パパとママなら……)
きっとそうだ、と悔しくなる。
今も会いたくて堪らない二人は、他の子供の「両親」でもある。
どんな子供かも知らないけれども、その子は、きっと「何処かにいる」。
「シロエ」と違って、両親のことなど忘れてしまって、普通に暮らしていることだろう。
マザー・システムの言いなりになって、大人しい羊になってしまって。
(…そんなの、酷い…)
パパとママを忘れてしまうなんて、と悲しくて、辛い。
あんなに優しい人たちのことを、どうして忘れられるのだろう。
何もかも忘れ去ってしまって、平気で生きてゆくことが出来るのだろう。
両親は「愛してくれた」のに。
それが両親の「仕事」だとはいえ、愛も、優しさも、本物なのに。
(…相性の悪い子供だった、って言うのなら…)
まだ分かるけど、と唇を噛む。
人間には「相性」というものがあるから、「合わない」場合は、どうしようもない。
子供同士でも、それで喧嘩になったりもする。
(…養父母のことは、此処では学ばないから…)
知らないけれども、子供と相性が悪かった時は、養父母を替えたりもするのだろうか。
(養父母と、衝突してばかりだと…)
健全な精神を持った子供は育たないだろうし、そういう時には「替える」かもしれない。
相性の良さそうな夫婦を探して、「途中から」の育児になったとしても。
(子供を育て終わった親なら、手が空いてるし…)
前にも子供を育てているから、途中からでも「上手くやる」だろう。
もしも、そういうことが「ある」なら、「取り替える」まではいかなくとも…。
(…両親と、あまり合わない、って子も…)
この世界には「いる」のだろうか。
「シロエ」の両親のように優しい親でも、「何処となく」肌が合わない子供。
さほど親には関心が無くて、成人検査で引き離された後は、思い出しさえしないような子。
「親を愛していなかった」ならば、そうなるだろう。
懐かしいとも、「また会いたい」とも、思う理由が「無い」のだから。
(…パパとママが、ぼくより前に育てた子供の中にも…)
そういう子供がいたのだろうか。
それとも、「愛されて、愛して」育ったけれども、成人検査で「忘れた」ろうか。
Eー1077にいる候補生たちが、誰もが「そうである」ように。
二度と戻れない過去のことなど、気にもしないで暮らしているように。
(…どっちなのかは、今のぼくには分かりもしないし…)
分かったところで、得なことなど何も無いけれど、一つの「可能性」を見付けた。
「そうなっていたら」、今の暮らしが「楽になる」もの。
膝を抱えて嘆く代わりに、毎日、楽しく生きてゆけそうな道。
「ぼくは自由だ」と歓声を上げて、未来だけを見て、過去など捨ててしまえる人生。
「シロエ」はそうはならなかったけれど、「そうなる」可能性なら「あった」。
(…パパとママのことを、愛さなかったら…)
大好きになっていなかったならば、「シロエ」の「今」は楽だったろう。
もう「両親」は「いない」のだから、彼らのことなど「二度と考えなくてもいい」。
システムもそれを推奨していて、「思い出しなさい」とは、けして言わない。
そういう場合は、成人検査は、まさしく「未来への扉」。
まるで好きではない両親がいた家を離れて、希望に満ちた社会に向けて旅立ってゆける。
何処のステーションに行ったとしたって、もう両親は「いない」から。
うるさく小言を言われもしなくて、生活に口を出されもしない。
それほど自由なことがあるだろうか、「もう両親はいない」だなんて。
「二度と会わずに生きてゆける」上に、「忘れてしまってかまわない」なんて。
(……最高だよね……)
ホントに最高、と「その可能性」について考えてみる。
両親に関心が無かったならば、どれほど素敵だっただろうか、と。
記憶が薄れてしまったところで、嘆き悲しむ必要は無い。
むしろ「思い出せない」くらいに、綺麗に忘れ去ってもいい。
両親のことなど「どうでもいい」し、「まるで好きではなかった」のだから。
(…そうなっていたら…)
楽だったろうし、今だって、こうして嘆いてはいない。
この時間まで起きているなら、きっと勉強しているのだろう。
「なんとしてでも、メンバーズになってやるんだから」と、懸命に。
他の候補生たちが寝ている間に、寝る間も惜しんで、自分の能力に磨きをかける。
より良い成績を出して、皆より百歩も、二百歩も先を行くように。
「睡眠時間を削った」分も、「深く眠る」ことで取り戻す。
でないと訓練についてゆけずに、成績を落とすことになるから、体調管理も抜かりなく。
(絵に描いたような、立派な候補生ってヤツだよね…)
それにシステムにも逆らわないから、マザー・イライザの覚えだって「いい」。
その時が来たら、メンバーズに相応しい人材として、推薦もしてくれるだろう。
「シロエなら、間違いありません」と、太鼓判を押して、出世コースに送り出してくれる。
間違いなく、そうなる道なのだろうし、とても楽ではあるのだけれど…。
(…パパとママが嫌いで、早く離れてしまいたい、なんて…)
日々、思いながら生きることなど、絶対に「したくなかった」と思う。
後に苦しむことになろうと、愛して生きていたかった。
実際、「シロエ」が「そうした」ように。
今も会いたくて堪らないほど、両親が大好きだった子供時代は、大切な宝物なのだから…。
愛さなかったら・了
※子供の行動が怪しいから、と通報するような親がいるのが、SD体制の時代ですけど。
親の愛情がその程度だったら、子供の方はどうなんだ、と思った所から生まれたお話です。
