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分からない番号
(仕組み自体は…)
 ごくごく単純なんだけどね、とシロエが睨み付けるモノ。
 Eー1077の夜の個室で、仇のように憎々しげに。
 苛立ちをこめて眺める先には、ごく平凡な通信機が一つ据えられていた。
 此処にいる生徒たちなら誰でも、自室にそれが置かれている。
 マザー・イライザとの連絡用とは違った機械で、用途は文字通りに「通信機」。
(Eー1077の生徒は全員、エリート候補生だから…)
 他者との同居や共同生活は禁止で、個室に他人を招き入れることも許されない。
 当然、部屋では「一人きり」だけれど、だからと言って孤立しているわけではない。
 「部屋に招いてはいけない」だけで、食堂などの共用スペースで会うのは自由。
 もちろん待ち合わせだって出来るし、そのためには連絡手段が必要になる。
(あらかじめ、場所や時間を決めていたって…)
 何か用事が出来てしまうとか、急に体調を崩したとかで、行けないこともあるだろう。
 マザー・イライザにコールされたり、授業でいきなり課題を貰って、自由時間が消えたりも。
 そういう時に、相手を放っておいてはいけない。
 なにしろ約束しているのだから、相手は待っていることだろう。
 「あいつ、遅いな」と時計を眺めながらも、「その内、来るさ」と待ち続ける。
 暇つぶしにと本を読んだり、通り掛かった誰かと話をしたりするかもしれないけれど…。
(待ってる間も勉強しよう、なんて考える奴は…)
 いくら此処でも、ほぼいないよね、と断言出来る。
 黙々と勉強しながら人を待つなど、Eー1077の候補生でも、あまりやりたくないだろう。
 喜んでやる者がいるとしたなら、普段の日常生活からして、既に変人に違いない。
(…例えば、キース・アニアンとかね…)
 彼ならそうだ、と思うけれども、他の候補生たちは「キース」ではない。
 無駄に待たされる時間が出来ても、勉強などをするわけがなくて、それは決して…。
(好ましくも、望ましくもないことで…)
 マザー・イライザは喜ばないから、其処で通信機の出番になる。
 約束している相手を呼び出し、「悪いが、行けない」と連絡するのが此処でのルール。
 相手を待たせてしまわないよう、時間を無駄にさせないように。
 新たに待ち合わせの時間を決めるとか、先送りにするとか、通信機を使って連絡を取る。
 この通信機の役目の一つは、そういったこと。


 候補生同士で通信機を使う場面としては、待ち合わせなどの他に「勉強」もある。
 食堂などで集まる代わりに、各自、個室で勉強しながらの学習会。
 仲間と活発に意見を交わして、知識を増やして、実力をつける。
(ぼくは、そういうのは御免だけどね)
 マザー牧場の羊なんかと群れたくないよ、と思っているから、出たことは無い。
 けれど、その種の集まりはあるし、通信機は活用されている。
 候補生同士で使う他にも、教授たちとの連絡手段にもなる。
 予習や復習をしている時に、自分では分からないことが出来たら、担当の教授に質問せねば。
(多分、普通は、教授に質問する前に…)
 仲間同士で「どう思う?」などと、自分たちの力で解決を図ることだろう。
 下手に教授に連絡したなら、藪蛇になってしまいかねない。
 質問をした内容以外に、逆に質問をされてしまうということもある。
 「君は何処まで、この学問を理解しているのかね?」と、実力を試される羽目に陥る悲劇。
 エリート候補生といえども、それを喜ぶ者など、恐らくは「皆無」。
 いたとしたなら「キース・アニアン」、彼の他には、きっと一人も…。
(いやしないから、通信機は、やっぱり…)
 候補生同士で使うのが基本の筈なんだよね、とシロエは機械を睨み付ける。
 「ぼくには使う機会が無いけど」と、「教授に質問することだって、無いんだから」と。
 何か質問したいのだったら、授業で出会った時にする。
 個室からまで聞きたいくらいに、「勉強」に執着してなどはいない。
(…ぼくは、キースとは違うんだから…)
 オンとオフとは切り替えるよね、と通信機を指の先で弾いた。
 「これをどういう風に使うか、考える方が有意義だよ」と。
 そう、この機械は「通信機」であって、連絡用の機械。
 その気になったら、「キース・アニアン」だって「呼び出せる」。
 彼から連絡先を聞き出し、それを打ち込みさえすれば。
 「聞き出さなくても」、調べる方法だってある。
(ハッキングなんかしなくても…)
 候補生たちを管理しているセクションに通信を入れて、問い合わせれば答えが出る。
 自分の名前や学生番号、そういったことをきちんと伝えて、聞きたい相手を告げたなら。
(向こうで勝手に、ぼくが本人かどうかを調べて…)
 正しいことが確認出来たら、簡単に教えて貰えるだろう。
 「キース・アニアン」の連絡先なら、これになります、と、アッという間に。


(連絡先さえ知っていたなら、連絡出来て…)
 相手と会話も出来る機械が、この「通信機」というモノになる。
 ただし此処では、通信範囲がかなり制限されていた。
 連絡を取れる相手は、あくまでEー1077の「関係者」だけ。
 候補生や教授、管理セクション、それに食堂などの施設などとも通信可能な機械だけれど…。
(Eー1077のポートに入って来た船や…)
 船の乗員と通信しようとしたって、それは全く出来ない仕組み。
 エリート候補生としての日々の暮らしに、「彼ら」は無関係だから。
 余計なことに気を取られないよう、候補生たちは「隔離されている」と言っていいだろう。
 とはいえ、相手は「たかが通信機」だし、シロエから見れば「単純な」機械。
 制限をかけている仕組みは分かるし、それを解除する方法も分かる。
 ほんの数回、あるコマンドを打ち込んでやれば、機械は直ちに、何処とでも通信可能になる。
 ポートの宇宙船はもちろん、この宙域を飛行中の宇宙船とも繋がるようになるけれど…。
(でも、制限を解除したって…)
 ぼくが通信したい先には繋がらないんだ、と深い溜息が胸の奥から溢れて来る。
 この制限を解除したなら、この通信機から連絡不可能な場所は無くなるのに。
 理屈から言えば、宇宙の何処でも、何処の星でも「呼び出せる」のに。
(…地球には連絡出来ない、っていうのは無理もないけれど…)
 地球は「人類の聖地」と呼ばれて、座標も明かされていない星。
 其処に在るという「グランド・マザー」ともども、SD体制の最高機密の一つ。
 だから「繋がらなくて当然」、それを不思議だと思いはしない。
 機密とは「そうしたもの」なのだから、知るべき時がやって来るまで、知らなくていい。
(…だけど、ぼくが通信したいのは…)
 地球なんかとは違うんだよね、と、また溜息が零れてしまう。
 「通信したい」と思う場所には、何の機密も、恐らく存在していない。
 あったとしても、大したものではないだろう。
 宇宙に幾つも散らばっている育英惑星、其処なら「何処でも」ありそうなモノ。
 子供の育成に関する機密で、ユニバーサル・コントロールの管轄下に置かれている「何か」。
 きっと「大したものではない」のに、それが「シロエ」の邪魔をする。
 故郷の惑星、アルテメシアと「通信したい」と願っているのに、不可能だから。
 この通信機にかけられている制限を解除したって、繋がってはくれない「連絡先」。
 アルテメシアに繋ぐだけなら、問題は全く無いのだけれども、希望の場所には繋がらない。


(…パパ、ママ…)
 声だけでも聞けたら嬉しいのに、と通信機をいくら睨み付けても、繋がらない「それ」。
 通信するための方法だったら、今も忘れていないのに。
 Eー1077で更に通信に詳しくなって、アルテメシアの「呼び出し方」も知ったのに。
(…惑星には、それぞれ固有の番号があって…)
 通信する時は「その番号」を打ち込んでやれば、特定の惑星に連絡出来る。
 それに加えて、それぞれの星で使われている「連絡用の番号」、それが連絡先になる。
 例えば、父が所属していた研究所ならば、アルテメシアの番号を入れて…。
(それから、エネルゲイアの番号で…)
 その後に続けて、父の研究所の連絡番号を打ち込めばいい。
 そうすれば「機械」は、即座に自分の役目を果たして、父の研究所を呼び出してくれる。
 呼び出し音が何回か鳴って、誰かが、応答するのだろうけれど…。
(通信に出るのは、きっと、担当の職員で…)
 父を呼び出してくれと言っても、願いは叶えられないだろう。
 研究所の番号は分かるけれども、その番号は「誰でも連絡出来る」表向きの番号に過ぎない。
 所属している研究員を呼び出すためには、他に専用の番号が要る。
(その番号は、ぼくが此処から調べても…)
 見付け出せない辺りからして、何か「機密」を扱っているに違いない。
 だったら仕方ないのだけれども、本当に連絡したいと願っている先は「其処ではない」。
 アルテメシアの番号の後に、エネルゲイアの番号を入れて…。
(その番号を入れてやったら、呼び出し音が鳴って、ママが「はい?」って…)
 懐かしい声で「セキですけれど」と、応えてくれる「連絡先」。
 故郷で暮らした家の「番号」、それは機密でも、秘密でもない。
 エネルゲイアの、いや、アルテメシアの住人だったら、誰でも知ることが出来る番号。
 「セキ博士の家に連絡するなら、この番号」と、教えてくれる番号さえも存在する。
 あの星の住人が「その番号」に通信を入れて、問い合わせれば「貰える」答え。
(それなのに、いくら、どう頑張っても…)
 パパとママの家が見付からないよ、とシロエの瞳から大粒の涙が溢れ出す。
 かつて故郷で暮らした頃には、その番号を知っていたのに、機械に記憶を奪い去られた。
 今も「通信の知識」はあるのに、子供時代より増えたというのに、その番号が分からない。
 分かりさえすれば、この通信機の制限を解いて、両親の家を呼び出すのに。
 懐かしい声を聞けさえしたなら、それだけで、きっと満足なのに…。



              分からない番号・了


※成人検査で家から引き離される子供ですけど、養父母は、そのまま住み続けるわけで…。
 だったら「連絡先」は変わらないし、機密事項でもないよね、と思った所から出来たお話。









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