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(…どうして、こういうことになるんだ…)
 来る日も来る日も掃除ばかりで、とキースがついた大きな溜息。この無駄に広くてデカイ家は、と掃除するけれど、どうにもならない。
 床を掃いたり、モップをかけたり。灰まみれになって暖炉の掃除もするのに、一向に終わらない仕事。なにしろ、綺麗に掃除をしたと思ったら…。
「おっと、すまない。手が滑った」
 この床を拭いてくれたまえ、と銀色の髪に赤い瞳の偉そうなヤツが零した紅茶。どう見てもわざとやったというタイミングで、やらかしてくれた義理の兄貴のブルーときたら。
(何が、年寄りと女子供は丁重に扱え、だ…!)
 義理の兄だから、年上ではある。それは当然だと思うけれども、年寄りというのが嘘くさい。おまけに女子供でもないし、丁重に扱う義理などは多分、ない筈なのに。
(…逆らったら後が無いからな…)
 亡くなった母のイライザの代わりにやって来た継母、名はフィシスという。面影が母に似ているからと父が連れて来て、居座った女。デカイ息子を二人も連れて。
 そのフィシスがまたキッツイ女で、父がポックリ亡くなった後はやりたい放題。贅沢三昧に暮らしているのに、自分の連れ子ばかりを可愛がっていて…。
「キース、こっちも掃除してよね!」
 こんな床、ママが見たら怒るよ、と指差している義理の兄貴のジョミー。明るい金髪に緑の瞳のジョミーは人が好さそうなのに、生憎と外面だけだった。彼の兄貴のブルーと同じく。
(…全部、貴様がやったんだろうが…!)
 歩きながらポップコーンを食べるな、と怒鳴りたいけれど、やってしまったら後が無い。継母のフィシスに聞かれたら最後…。
(晩飯は抜きで、今夜のベッドも無しなんだ…)
 暖炉の灰にもぐって寝るしかないし、と嘆くしかない自分の境遇。なんだって父はこんな後妻を迎えたのかと、酷い兄貴を二人も増やしてくれたのかと。
 まったく惨いと、きっと一生、灰にまみれて掃除の日々だ、と。


 顔も思い出せない父を恨んでも仕方ないから、せっせと掃除。来る日も来る日も掃除ばかりで、義理の兄たちとキッツイ母とに苛められまくって過ごしていたら…。
(舞踏会だと?)
 遥か遠くに見えるお城で、舞踏会が開かれるらしい。キッツイ母親はもちろんお出掛け、義理の兄貴も出掛けるという。自分も是非、と考えたのに。
「あらあら、キース。…あなたはブーツを持っていないじゃありませんか」
 そんな靴でお城に行くのはちょっと、と継母のフィシスに笑われた。ブーツも履かずに舞踏会なんて、笑い物になるだけですよ、と。
「そうだろうねえ…。ジョミー、ブーツは大切だよね?」
「うん、ブルー。お城に出掛けて行くんだったら、ブーツが要るよ」
 マントはともかく、ブーツくらいは…、と嘲笑う兄たち、彼らの足には立派なブーツ。銀の縁取りのブーツがブルーで、金の縁取りのブーツがジョミー。
 そう、お城の舞踏会に行くとなったら、欠かせないのが正装なのに…。
(…ブーツどころか…)
 まだ候補生の制服なんだ、と零れた溜息。モノトーンに近い配色の制服、なにしろ候補生だから。世で言う所のヒヨコなるもの、社交界デビューを果たしてはいない。
 ゆえにブーツは履いていなくて、ごくごく普通の靴というヤツ。出世していけば、いつかブーツを履けるのに。二人の兄貴も履いていないような、ニーハイだって。
(…しかし、出世は…)
 あの兄貴どもと、キッツイ母とがいる限り無理、と肩を落とした。一生掃除で終わるのだろうと、舞踏会なぞは夢のまた夢、と。


 そうこうする内、やって来たのが舞踏会の日。継母と義理の兄貴二人は馬車でお出掛け、ポツンと家に取り残された。しっかり掃除をしておくように、と。
(…どうせ、こうなる運命なんだが…)
 あの継母と義理の兄どもがやって来た時から見えていたが、と泣き泣き掃除をしていたら…。
「よう、キース! お前、舞踏会、行かねえのかよ?」
 じきに始まるぜ、と現れた陽気な男。いったい何処から、とポカンとするしかないのだけれど。
「すまん、自己紹介、まだだったよな? 俺はサム。…サム・ヒューストン」
 ちょっと魔法が使えるもんで、と笑顔のサムは、同じ候補生にしか見えないのに…。
「本当ですよ? サム先輩に任せておけば安心ですって!」
 ぼくはシロエと言うんです、とサムよりも小さいのが現れた。セキ・レイ・シロエと名乗ったチビは、サムの手伝いをしているそうで。
「…お前が馬車を曳いてくれると?」
「嫌ですねえ…。ぼくは馬車なんか曳きませんってば、御者ですってば」
 馬車を曳くのはネズミですから、と答えたシロエ。まずは馬車を曳かせるネズミを捕ること、それから馬車にするカボチャ。両方用意して下さい、と。
「…ネズミにカボチャか…」
 よく分からないが、と思いながらも台所に出掛けて捕まえたネズミ。それとカボチャを抱えて行ったら、サムが「よし、いくぜ!」と取り出した杖を一振り。
 アッと言う間に出来上がった馬車、シロエが手綱を握っている。サムがもう一度杖を振ったら、候補生の制服が一瞬の内に…。
(…ニーハイブーツ…!)
 嘘だろう、と眺め回した国家騎士団の制服。これなら立派に舞踏会に…。
「行けるってもんだろ、楽しんでこいよ!」
 ただし、俺の魔法は十二時までな、と手を振るサムに見送られて出発した。いざ、お城へと。


 カボチャの馬車で辿り着いたら、誰よりも立派だったニーハイブーツ。
 たちまち、主催の女王陛下に気に入られた。グランド・マザーと呼ばれる大物、周りの王国の王たちもひれ伏すと噂の女傑。
「よく来てくれた。こういう人材が必要なのだよ、私が国を治めてゆくには」
 これからは私の右腕になって欲しいものだね、と陛下はいたくお喜びで。
(…やったぞ、私もついに出世を…!)
 チラと見れば歯軋りしている義理の兄貴たち、アテが外れて怒りMAXといった継母。
 魔法使いのお蔭で開けた出世街道、思わぬ幸運が転がり込んだ。陛下と何度も杯を交わして、国の未来を語り合ったけれど。
(…なんだって?)
 頭の中に、直接響いたシロエの声。「魔法の時間が切れますよ!」と。
 時計を見れば十二時になる前、このままではヤバイことになる。魔法が切れたらブーツも履けない候補生の身で、つまみ出されることは確実で…。
「陛下、失礼いたします!」
 ダッと駆け出したら、またまたシロエの声が聞こえた。「靴を片方、落として下さい」と。
「靴!?」
「ええ、靴です。お約束ですから、靴を片方…!」
 それを落として帰らないと未来が無いんですよ、と言われたけれど。
(…か、片方と言われても…!)
 走りながら脱げるようなモノではないのがニーハイブーツ。早く脱げろと焦るけれども、普通の靴のようにはいかない。そうこうする間に迫る十二時、とうとうブーツを履いたままで…。
「戻りましたか、急ぎますよ…!」
 サム先輩の魔法が切れますからね、と馬車を走らせるシロエ、お城にブーツを残し損ねた。ニーハイブーツは履いたままだし、そのまま魔法は切れてしまって…。


「キース、しっかり掃除するのよ?」
 ブルーもジョミーもお城にお勤めなのですからね、と拍車がかかった継母の苛め。女王陛下のお気に入りだった、ニーハイブーツの男は見付からなかったから。
 代わりに取り立てられてしまったのが義理の兄たち、出世街道を突き進んでいて。
(…ニーハイブーツ…)
 あの時、あれが脱げていたなら、と思うけれども、過ぎてしまったことは仕方ない。魔法使いも呆れてしまって二度と来ないし、部下だったらしいシロエも来ないし…。
(人生、終わった…)
 此処で一生、掃除の日々だ、と嘆いていたら、声が聞こえた。
「何か、お手伝いしましょうか?」
(…魔法使い…!)
 その二というヤツが来てくれたのか、とガバッと暖炉の灰の中から飛び起きたら…。
「どうしたんですか、キース?」
 驚かせてしまったでしょうか、と目を真ん丸にしているマツカ。国家騎士団の制服の部下。
(…ゆ、夢か……!)
 夢だったのか、と見下ろした足元、ちゃんとニーハイブーツがあった。お城で落とし損なったことを嘆き続けていたブーツが。
(…いったい、今のは…)
 何だったんだ、と思うけれども、ビッシリと額にかいている汗。
(とんだシンデレラもあったものだ…)
 あのミュウの長にしてやられたか、とコツンと自分の額を叩いた。ヤツの仕業かと、メギドを沈めたついでにお見舞いされたのか、と。


(……まさかな……)
 時限式のサイオニック・ドリームの類だろうか、と寒くなった背筋。やたらとリアルな悪夢だったし、ブルーとジョミーが義理の兄貴で、ミュウの女が継母だったし…。
(…こんな調子で次があったら…)
 どんな目に遭わされることだろうか、と情けない気持ち。ブーツを持たないシンデレラの次は、白雪姫が来るだとか。眠り続けるオーロラ姫とか、気付けば人魚姫だとか。
(あの野郎…!)
 よくも、と拳を握り締めるけれど、どうにも取れない夢の確認。
 ミュウの元長にしてやられたのか、自分が勝手に見た夢なのかが。
(…マツカに見せたら、分かるんだろうが…)
 それもなんだか情けないから、弱みは見せたくないものだから。
(……頼むから、来るなよ……)
 お伽話シリーズは勘弁してくれ、と呻くキースは、夢が相当に嫌だったらしい。ニーハイブーツを脱ぎ損なって出世街道を転げ落ちるのも、ブルーとジョミーに苛められるのも。
(…あれがサイオニック・ドリームならば…)
 残りは何発あるのだろうか、とキースを怯えさせる悪夢は、自己責任というヤツだった。ミュウの長は何もしてはいないし、時限式も何もないのだけれど。
(…人魚姫よりかは、白雪姫の方が…)
 いくらかマシだ、などと考えているから、自己責任で次が絶対無いとは言い切れない。夢は意のままにならないからこそ、夢だから。
 とんでもないことが起こってしまって、ガバッと起きるのが悪夢だから…。

 

       シンデレラのブーツ・了

※馬鹿ネタも此処に極まったよな、という感がある気がしますけど…。シンデレラのブーツ。
 思い付いたネタは書くのがポリシー、だってホントに、偉い人ほどブーツなんだもの…!




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「付き合っている人間を見れば、その人間の程度が分かる」
 あんな人と行動を共にしていたようじゃ、あなたも大したことないのかも…。
 ぼくの敵じゃあ……なかったかな?
 フッ、と皮肉に笑ったシロエ。
 その顔が、声が頭から消えてくれない。…何故、と自分に問い掛けても。
(分からない…。スウェナの気持ちも、サムの気持ちも)
 ちゃんと分かっているつもりなのに、とキースが噛んだ自分の唇。
 いっそシロエの言葉通りに、切り捨てられたら楽なのだろうに。
 スウェナは「あんな人」だったから、結婚して去って行ったのだと。
 エリートコースを自ら外れるような人間、ただ挫折しただけなのだと。


(だが、スウェナは…)
 挫折するような心の弱い人間ではない、それだけは確か。
 芯が強くて意志も強くて、勝ち気で、それに男勝りで。
 高く評価をしていたからこそ、友だと思っていたスウェナ。
 なのに、彼女に投げ付けられた言葉。
 「あなたには、分かってなんか貰えないわよね」と。
 サムもスウェナと同じに怒った、「スウェナの気持ち、お前には分かんねえのかよ!」と。
 肩を震わせて憤っていたサム。
 「この間は言い過ぎた」と今日、謝ってくれたけれども。
 スウェナを乗せてステーションを離れてゆく船、それを二人で見送った時に。
 同郷だったスウェナが、思い出そのものだったかのように語ったサム。
 微かに残った故郷の記憶が、スウェナと一緒に消えてゆくような気がすると。
(…記憶は、やはり大切なのか…)
 自分は持たない、故郷や幼馴染の記憶。
 何かが欠けているような気持ちが、胸をチクリと刺した瞬間。
 …飛び込んで来たのがシロエの言葉。
 「結婚なんて所詮、ただの逃げ」と、「挫折でしょ」と。
 まるでスウェナを侮辱するように。
 あからさまな挑発、それに乗りかけたサムを制したら、ぶつけられた嘲笑。
 「ぼくの敵じゃあ、なかったかな?」と。


 シロエが自分を敵視しようが、それまでは無視していられたけれど。
 あまりに悪すぎた、あのタイミング。
 自分の心が揺れていた時に、余裕の笑みを浮かべたシロエ。
 「あんな人」とスウェナを評価して。
 スウェナと直接話したことさえ無いのだろうに、見下し、馬鹿にし切った声で。
(…あいつには分かるとでも言うのか?)
 自分には分からない、スウェナの気持ちが。
 スウェナが「結婚する」と打ち明けるよりも前に、「あなたの彼女は?」と訊いて来たシロエ。
 「機械の申し子だから分からないのかな」とも言われた、同じ時に。
 ならばシロエには分かるのだろうか、スウェナの、それにサムの気持ちが。
 「あんな人」とスウェナを嘲笑うくせに、心は分かると言うのだろうか。
 だとしたら、シロエの方が上。
 人の心を知るというのも、エリートには必須の能力だから。
 相手の気持ちを推し量ることも出来ないようでは、部下など持てはしないのだから。
(…ただの部下なら持てるだろうが…)
 優秀な者はついては来ない、と何の講義で聞いたのだったか。
 エリートたる者、部下の心を掴めなければ、けして昇進出来はしないと。
 自分を補佐する有能な部下を使いこなすのも、メンバーズの出世の条件なのだと。
 ならば自分はエリート失格、スウェナの気持ちも、サムの気持ちも分からないから。
 シロエには分かるらしいのに。
 …遥かに年下の候補生でも、ちゃんと分かっているらしいのに。


 その日から乱れ始めた心。
 夜には早速、マザー・イライザが部屋に現れた。
 「何か悩み事でもあるのですか?」と。
 コールよりかはマシだけれども、その前段階とも言える出現。
 自分の脳波はそんなに乱れていたのだろうか、と愕然とさせられたイライザの姿。
(…落ち着かないと…)
 でないと本当にエリート失格、自分の心も上手くコントロール出来ないようでは。
 シロエが言った通りの結末、「ぼくの敵じゃあ、なかったかな?」と。
 本当に全てシロエに抜かれる、ステーションでの成績や評価。
 先に卒業してゆく自分は、その時点でのトップだったということになってしまうだけ。
 シロエが卒業するよりも前に、教官たちは挙って彼を称え始めることだろう。
 「ステーション始まって以来の秀才」と、「マザー・イライザの申し子のようだ」と。
 そしてシロエは勝ち誇るだろう、いくらシステムを嫌っていても。
 反抗的だと言われていようが、要注意人物とされていようが、優秀ならば許されるから。
 現に自分も、システムの全てを信頼してはいないから。
(…シロエに抜かれる…)
 もしも自分が、乱れた心のままならば。
 スウェナの、サムの気持ちが分からず、シロエに劣るようならば。


 これではシロエの思う壺だ、と自分でも分かっているのだけれど。
 どうにも抑えられない苦しさ、解けないままで抱えた難問。
 スウェナは、サムは、何を思って、どう考えて自分を詰ったのか。
 何をどうやったら、自分はそれを読み解けるのか。
 分からないから、駆け巡る疑問。それに引き摺られて乱れる心。
 抑え切れない自分の感情、けして表には出さないけれど。
(…どうして、シロエにも分かるような事が…)
 自分には全く分からないのか、自分には何が足りないのか。
 知識か、それとも自分は持たない過去の記憶が鍵なのか。
 記憶だったら手も足も出ない、自分は持っていないのだから。
 過去に戻って取り戻そうにも、タイムマシンと呼ばれる機械はまだ無いのだから。
(タイムマシンか…)
 何処で知ったか、お伽話のような機械の名前を。
 本で読んだか、サムに聞いたか、小耳に挟んだ言葉を自分で調べたか。
 それがあったら乗って行きたい、自分が忘れた過去を探しに。
 落としてしまった大切な鍵を、解けない疑問を解くための小さな鍵を拾いに。


 タイムマシンがあったなら、と思ったはずみに浮かんだ気晴らし。
 何か本でも読めばいい。
 まだ読んだことのない本を何か、勉強ではなくて娯楽用の本。
 そんな本など、自分から読みはしないから。読みたいと思うことも無いから。
(適当に…)
 ステーションで人気の作品でも、と部屋からアクセスしたライブラリー。
 一番人気の一冊がいいと、それでも読めば気分が変わると。
 タイトルさえも確認しないで、表示された文字を追い始めて。
 非現実の世界に入り込んでいたら、主人公の少女がこう言った。
 「可哀相な人。…自分の尺度でしか物事を測れないのね」と。
 その瞬間に引き戻されてしまった現実。
 図らずも、現実にはいない少女に言い当てられた、自分の現状。
(…自分の尺度でしか…)
 それが真実なのだろう。
 自分の尺度で測っているから、スウェナの、サムの心が見えない。
 シロエでさえも、自分の尺度と違う尺度で測れるのに。
 器用にやってのけているのに、それが出来ない劣った自分。
 マザー・イライザは何も言っては来ないけれども、薄々気付いているかもしれない。
 自分よりもシロエの方が上だと、言動はともかく能力では、と。
(どうすれば…)
 測れるというのか、別の物差しで。自分の尺度以外のもので。
 それが分かれば苦労はしない。
 非現実の世界の少女さえもが、サラリとそれを言ったのに。
 驚いたはずみに消してしまって、本のタイトルも分からないけれど。


 疑問は解けずに、抱え込んだまま。
 違う物差しは見付からないまま、気晴らしの本もウッカリ読めない。
 迂闊に読んだら、別の言葉で心を抉られそうだから。
 たまたま選んだ一冊でさえも、主人公の少女に憐れまれたから。
(分からないままでシロエに負けるのか…?)
 いつか追い抜かれてしまうのだろうか、ステーションでの成績を。
 メンバーズになったシロエが自分を使うのだろうか、より重要なポストに就いて。
(そんな馬鹿な…!)
 有り得ない、と思うけれども、日毎に大きくなってゆく焦り。
 明らかに落ち着きを失った自分、幸い、誰も気付かないけれど。
 今の所はまだ表れていない影響、けれどもいずれ出始めるだろう。
 このまま心が乱れ続けたら、落ち着かない日々が続いたら。
(…心理的ストレス…)
 それだ、と自分で下した診断。
 ならば解消すればいい。
 あの日は本を選んだばかりに、失敗して酷くなっただけ。
 もっと自信を持てそうなもので、気晴らしが出来ることといったら…。
(何があるんだ…?)
 気晴らしなどに馴染みが無いから、調べてみたら「ゲーム」という文字。
(レクリエーション・ルームか…!)
 あそこへ行けば、と思い出した場所。
 確かエレクトリック・アーチェリーのゲームがあった筈。
 明日にでも行こう、ゲームではなくて訓練でやって、好成績を出したことがあるから。
 的を射抜いたら、爽快な気分になれるから。


(あのゲームがいい…)
 それにしよう、と決めた気晴らし。
 きっと心が晴れるだろう。
 幾つもの的を射抜いていったら、ゲームに夢中になったなら。
(考えても分からないことも…)
 解けるかもしれない、無心に的を射抜いていたなら、思わぬヒントが降って来て。
 皆が興じるゲームをしたなら、違う物差しが見えて来て。
 そうなればいいと、自信を取り戻して強くあろうと、部屋で構えを取ってみる。
 こう引き絞って、こう放って、と。
 的に向かって飛んでゆく矢を、わだかまる疑問を打ち砕く一矢を思い描きながら…。

 

        解けない疑問・了

※なんだってキースがゲームなんかをやっていたんだ、と考えていたらこうなったオチ。
 ストレス解消、なのにシロエがノコノコと…。そりゃあ勝負を始めるよね、と。





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(メリー・クリスマス…?)
 今更、クリスマスも何も…、と首を捻ったアルビノの人物、実はかなりの有名人。
 名前はソルジャー・ブルーという。今も「ソルジャー」とつくかどうかは、謎だけれども。
 どうして今頃クリスマスカードが、と彼が悩むのも無理はなかった。とっくの昔に死んでいる上、心当たりがゼロの差出人。何故、彼から、と。
(サンタクロース…)
 名前くらいは知っているものの、死後の世界にいそうにはない。きっと何かの間違いだろう、とカードをポイと投げたゴミ箱。間違いにしても、返す先など分からないから。
 とりあえず、ゴミ箱はあるらしい。死後の世界にも。


 ブルーがカードを捨てていた頃、同じく頭を抱える男が約一名。国家主席まで務めた人間、こちらも相当、名高い人物。
(メリー・クリスマスと言われても…)
 死んでからかなり経つのだが、とクリスマスカードを眺めるキース。差出人はサンタクロースで、冗談だとしか思えない。
(地球が滅びてから、何年経つと思っているんだ…!)
 サンタクロースも地球と一緒に滅びた筈だ、と唸るキースは全く知らない。死後の世界に時間なんぞは無いことを。縦、横、斜めと交わりまくりで、カオスになっていることを。
 ついでに言うなら、キースが「滅びた」と言い切った地球。それはコッソリ蘇っていた、青い姿に。昔の話は忘れましたと言わんばかりに、それは美しく。
(…誰がこういう悪ふざけを…)
 知らん、とキースもカードを捨てた。死後の世界でも、健在らしいゴミ箱へ。


 二人の人物がクリスマスカードをポイ捨てした頃、やはり同じに悩める少年。僅か十四歳で夭折したシロエ、破格の若さ。
(…メリー・クリスマスって…)
 ピーターパンなら良かったんだけど、とぼやくシロエは若い分だけ夢が大きい。サンタクロースよりもピーターパンの方が良かった、と思う彼にも届いたクリスマスカード。
(どうして、サンタクロースから…?)
 ぼくは北国よりネバーランドが好みで、とガン見してみても、差出人はサンタクロース。
(サンタクロースの国って、思い切り寒くて、雪だらけで…)
 殆ど北極だったんじゃあ…、と彼もポイ捨てしたカード。死後の世界でも、ゴミ箱はアリ。


 これで三人が捨てたけれども、侮るなかれ。クリスマスカードを捨てた人間は、他にも山ほど。そして北極に近い北国、其処でサンタクロースがバンザイしていた。万歳三唱、空に向かって。
 「これでプレゼントを届けられる!」と。
 なにしろ、本当に困った事態だったから。
(せめてクリスマスには、とお願いされても、難しくてねえ…)
 サンタクロースが音を上げたものは、同人誌。薄い本という隠語で呼ばれるブツで、それが欲しいと願う人間がいるわけで。
(本当に本物の子供だったら、神様も力を貸して下さるのに…)
 身体は大人で、中身が子供の場合はちょっと、とサンタクロースはブツブツと。
 夢はたっぷりあるようだけれど、その子供たち。8年も前に放映終了のアニメ、それを未だに追っているのは、永遠の子供な証拠だけれど。
(欲しがるものが半端に大人で…)
 R指定のBL本などと言われても…、と禿げた頭が更にツルリと禿げそうなくらい、悩みまくっていた、この季節。
 ハタと閃いた凄い名案、餅は餅屋と言うのだから。
(本家本元に丸投げすれば…)
 完璧というものじゃないかね、と大きな身体を揺すって笑った。自分が配るのは嫌だけれども、部下を任命すればいい。臨時雇いのサンタクロースを、そのためにだけ。


 かくして、クリスマスカードを山ほど、ホホイのホイ、と配りまくったサンタクロース。
 その正体は、なんと召喚状だった。貰った人間がポイと捨てれば、サンタの国への入口が開く。ポンと開いたら、問答無用。アッと言う間に吸い込まれる仕組み、北の国へと御案内。
 だから…。


「メリー・クリスマス!!!」
 おいでませ、サンタワールドへ! と満面の笑みのサンタクロースに、ハグで歓迎されてしまった面々。8年ほど前に「地球へ…」というアニメにハマった人なら、「マジで!?」と目を剥く、それはゴージャスで、豪華なメンバー。
 ソルジャー・ブルーに、ジョミー・マーキス・シン。キース・アニアンもいれば、シロエに、マツカにトォニィなどなど。登場人物は全員揃っていそうな勢い、北の国へと呼ばれた面々。
 全員をハグしたサンタクロースは、真っ赤な衣装で、ご機嫌で。
「ようこそ、サンタクロースの国へ! 君たちを今日から、サンタクロースに任命しよう!」
 メリー・クリスマス! と、一瞬にして、全員に着せられた真っ赤な衣装。頭の上には真っ赤な帽子で、これぞサンタのコスチュームで。
「おい、オッサン! 何の真似だよ!」
 オレンジ色の髪と瞳の、血気盛んなトォニィが掴みかかろうとしたら。
「ホッホッホッ…。君たちは臨時雇いのサンタクロースで、ちゃんとトナカイの橇もあるから」
 一人に一台用意したから、頑張ってプレゼントを配ってくれたまえ、とボワンと出て来た真っ白な袋。いわゆるサンタの袋が山ほど、中身は入れてあるようで。
「これを君たちが持ってくれれば、中身がプレゼントになるのだよ。萌えのパワーで」
「「「萌え?」」」
 何のことだ、と驚く面々、サンタクロースの方はシラッと。
「薄い本が山ほど入っていてねえ…。貰う人間のニーズに合わせて、萌えも色々…」
 配りに出掛けてみれば分かるよ、とニッコニコ。
 袋を開けて自由に読んでみるも良し、見ないで配って歩くのも良し。クリスマスまでは、まだ充分に日にちがあるから、ご自由にどうぞ、と。


「これの中身が、本なんだって言われても…」
 薄い本って何なんだろう、とサンタ姿のジョミーが悩む、パチパチと燃える暖炉の前。
 「クリスマスまで好きに使っていいよ」と、サンタクロースが案内してくれた、とても居心地のいい館。部屋数は充分、こんな大きな広間まで。
「さあねえ…。三百年以上も生きたぼくの知識にも、入っていないね。…薄い本というのは」
 萌えだって、とブルーが頭を振っている横で、キースが仏頂面で。
「無駄に長生きしたわけか。伝説のタイプ・ブルー・オリジンは」
「そういう君こそ、マザー・イライザの最高傑作…だったと思ったけどねえ?」
 君の知識も大概だねえ、とやっているのを、横目で眺めるシロエやサム。
「…サム先輩。どうなんです、これ?」
「開けて読んだら、分かるんじゃねえかと思うけどなあ…」
 でも…、と腰が引けているサム。自分の袋をチラ見しながら。
 開けて読むのは自由だけれども、開けたら最後。…何故だか誰もが、そう思う袋。
 なんだか不幸になりそうだから、と悩めるサンタクロースの集団。
 自分たちが配る、本の中身は気になるけれど。本当にとても気になるけれども、そこで袋をバッと開いて、読んでみようという勇者。それが一人もいない集団、つまりはチキン。
「…どけーい、ヒヨッコども! …と、私も言いたい所なのだが…」
 メギドに突っ込む勇気はあっても、この袋を開ける勇気はちょっと、とコケた鶏。チキンの中でも期待の鶏、マードック大佐も逃げる有様。そんな袋だから、もう誰一人として開けられなくて。
「そういえば…。どうして、女の人がいないんでしょう?」
 不思議ですね、と見回すマツカ。どういうわけだか、女性が一人もいなかった。ただの一人も。
「それが余計に不安な所じゃ。きっと、ロクでもない中身なんじゃ!」
 開けて読んだら、目が潰れるのに違いない、と大袈裟に震えるミュウの長老。彼の名はゼル。およそBLとは無縁っぽいのに、ゼルの本まであるらしい。萌えは色々、ニーズも色々。
 必要な面子は漏れなく揃える、それがサンタクロースの戦略で…。


 ありとあらゆる、萌えなキャラたち。受けだの攻めだの、総受けだのと、それは色々。薄い本が欲しい人の数だけ、萌えの数だけ、BL本が詰まった袋。カップリング乱舞、そういう感じ。
 サンタの衣装を着込んだ面子は、一人残らず、自分を描いたBL本を背負って配る運命だった。サンタクロースに託された袋、それへと注ぎ込まれた萌えを。
 「食料に困らないのは有難いが…」とキャプテンらしい台詞を吐くハーレイも、こんな時にも気配りのリオも、サンタに袋を任されている。薄い本がドッサリ入ったヤツを。
 とはいえ、衣食住には困らないのがサンタワールド。
 ちょっと気の早い、クリスマス料理が食べ放題。ホットワインも飲み放題だし、外は大雪でも、館の中には温かい暖炉。
 袋の中身を気にしないのなら、至極快適。サンタワールドは、そういう所。
 サンタクロースは気前が良かった、けしてケチりはしなかった。臨時雇いのサンタクロースでも、トナカイなんぞは初対面だという面子でも。


 そう、トナカイ。たまに窓の向こうを通ってゆくから、面通しだけは済んでいるものの。
「トナカイの橇か…。そんな乗り物は未経験だが」
 メンバーズの訓練メニューにも無かった、とキースが愚痴れば、「落ちても別に死なないし」とジョミーがマジレス、そういう暮らし。
 かつての敵は今日の友達、サムが言わずとも「みんな友達」、ワイワイやっているけれど。
 サンタクロースの服を纏って、クリスマスを待つ日々だけれども。
「あの袋…」
 何が入っているんでしょうか、と口にしかけたマツカに、「シーッ!」と「黙れ」の嵐。覗きたいなら止めはしないが、中身は決して口にするなと。嫌な予感がするから、と。
「そ、そうですね…。サンタクロースは、とにかく配ればいいんですしね」
 どうせ臨時雇いのサンタクロースなんですから、とマツカは疑問をブン投げた。窓の向こうの雪の中へと、エイッと、消えろと。
 もうサックリと捨てたマツカが、担当しているサンタの袋。中を覗けば後悔は必至、ギッチリ詰まったマツカ受けの本。ひっそりとマツカ攻めなどもあった、相手はドMなキースだとかで。
 他の面子の袋も同じで、凄すぎるラインナップだけれど。どんなニッチなカップリングも見事にカバーで、R指定のレベルも色々なのだけど…。
 誰も袋を開けてみようとしなかった。体当たりが売りのマードック大佐も、命なんぞはメギドに捨てた、なミュウの元長も。


 見るな触るな、口にするなとサンタの袋を避けまくる内に、ついに来た出番。サンタクロースが走るクリスマス・イブで、ボスな上司がやって来て。
「では、君たち。メリー・クリスマス!」
 頑張って配って回りたまえ、と激励されたプレゼントの山。薄い本とやらが詰まった袋。
 配り終わったら、君たちにもクリスマスプレゼント! とサンタクロースが約束したのは、夢のハッピーエンドというヤツ。
 トナカイの橇が、運んで行ってくれる地球。青い地球での新しい人生、それが御褒美。
「そうだったのか…。地球に行けるのか」
 頑張らないと、とブルーが担いで橇に乗り込む袋。それの中身は強烈だった。ブルー総受けからブルー攻めまで、ギッシリ詰まっている袋。本人は何も知らないけれども、エロすぎる中身。
「ふん、ようやっと行けるようになったか。有難いと思うんだな、ソルジャー・ブルー」
 私も仕事を頑張らねば、とキースも乗り込むトナカイの橇。これまた凄い中身の袋を背負って、颯爽と。「アドスが一番、サンタクロースが様になるのが…」癪だな、などと言いながら。
 元老アドスまでがサンタの衣装で、トナカイの橇でスタンバイ。彼が背負った袋の中にも、凄い本が溢れているらしい。アドスの相手はキースはもちろん、ブルーだったり、ジョミーだったり。
「何なんだろうね、この面子…」
 まあ、楽しくはあったんだけどさ、とジョミーが別れを惜しむサム。それにシロエも。それぞれトナカイの橇に乗り込み、後は出発を待つばかり。誰もが凄い中身の袋を背負って、本人は中身を知らないままで。
「「「メリー・クリスマス!!」」」
 サンタクロースのボスの合図で、一斉に飛び立つトナカイの橇。地球で会おう、を合言葉に。
 シャンシャンと賑やかに鈴を鳴らして、サンタクロースな面々を乗せて。サンタワールドの雪景色を後に、クリスマス・イブの空に向かって。


 そんなわけだから、「地球へ…」でBL萌えな人の枕元には、クリスマスの朝にプレゼント。
 目覚めた時には、きっと一冊、薄い本。御贔屓のキャラが夜の間に、そっと届けてくれるから。
 ただし、彼らは初めて開ける袋だから。初めて目にする本だから。
 「見ては駄目だ」と思っていたのに、枕元で読むかもしれないけれど。どういう本が欲しかったのかと、ちょっと開いてビックリ仰天、腰を抜かすかもしれないけれど。


 そうなった時は捕獲のチャンス。サンタクロースの服を纏った、御贔屓のキャラをゲットかも。萌えが詰まった薄い本もセットで、ウハウハと。
 御贔屓のキャラの腰が抜けるような、それは強烈なBL本。そこまでのブツを妄想できたら、腰を抜かしたサンタクロースが手に入るという凄い幸運。試すだけの価値は、きっとある。
 今からクリスマスまでに妄想、受けでも攻めでも、思いのままに。萌えの限りに。
 妄想しまくって、御贔屓キャラに腰を抜かさせて、ゲットするのは自由だけれど。捕獲したならアレもコレもと、考えるのもいいけれど。
 きっと彼らが捕まったならば、助けに来るのがサンタクロース。大ボスと呼ぶか、ラスボスと呼ぶか、彼らの上司がやって来る。約束が「青い地球」だから。彼らは地球にゆくのだから。


 サンタクロースに勝てはしないから、妄想の方はほどほどに。
 一度捕まえた御贔屓キャラに、「ああいう人か」と呆れられたくなかったら。
 逃げられた上に赤っ恥というオチが嫌なら、彼らが腰を抜かさないよう控えめに。あるいは、腰を抜かした彼らは放置で、黙って本だけ貰っておこう。そっと薄目で拝んでおいて。
 いい子の所に、プレゼントはきっと届くから。御贔屓キャラが一冊届けてくれるから。
 クリスマス・イブの夜の間に、それはピッタリの一冊を。
 どんなにニッチなカップリングでも、受けでも攻めでも、思いのままの薄い一冊を。
 臨時雇いのサンタクロースが、素敵な仕事をしてくれるから。
 シャンシャンと賑やかに鈴を鳴らして、トナカイの橇で来てくれるから…。

 

       聖夜に一冊 ~薄い本を貴女に~ ・了

※どうしようもなく馬鹿だ自分、と思ってしまった酷いお話。BLなんか書けないのに。
 サンタクロースと同じくお手上げ、本の中身はご自由にどうぞv





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(…パパ…。ママ…)
 自分はなんと馬鹿だったのだろう、とシロエがきつく噛み締めた唇。
 失くしてしまった父と母。…それから自分が育った家。
 全部、故郷に置いて来てしまった。
 雲海の星、アルテメシアのエネルゲイアに。
 持って来られた物はたった一つだけ、両親に貰ったお気に入りの本。
(ピーターパン…)
 ポタリと机に零れ落ちた涙。
 ピーターパンの本が涙でぼやける、滲んでしまったその表紙の絵。
 空を飛んでゆくピーターパンも、ティンカーベルも、続く子供たちも。
 輪郭だけしか見て取れないから、慌てて拳で涙を拭った。
 …この本までが消えてしまいそうで。
 両親や故郷の記憶と同じに、ぼやけて見えなくなりそうで。
(ぼくの本…)
 ギュッと抱き締め、その感触を確かめたら、また溢れ出して零れた涙。
 ピーターパンの本はあるのに、何処にもありはしない家。
 両親の家に帰れはしなくて、もう道順さえ分からない。
 たとえアルテメシアに飛べても、エネルゲイアまで飛んでゆけても。
(…ぼくの家は何処…?)
 気付けば、それさえも自分は覚えていなかった。
 故郷はアルテメシア、としか。
 アルテメシアにあったエネルゲイア、と其処までしか。


 どうしてこうなったんだろう、と悔やんでも悔やみ切れない、あの日。
 十四歳の誕生日を迎えて、両親に「行って来ます」と告げた日。
 成人検査が無事に済んだら、振り分けられる教育ステーション。
 父は何度も言ってくれていた、「メンバーズも夢じゃないかもな」と。
 エリートだけが行けるステーション、其処に入ってメンバーズに。
 そうなれば行けるらしい地球。
 ネバーランドよりも素敵な場所だと、父が教えてくれた星。
(…パパだって行けなかった星…)
 優れた研究者であり、技術者でもあった大好きな父。
 その父でさえも行けなかった地球、いつかその星を見たいと思った。
 メンバーズになって、素晴らしい地球へ。
 其処へ行ったと父に言おうと、母にも聞いて貰おうと。
 そうするためには、エリートが集まる教育ステーションに入らなければならないけれど。
(ぼくの成績なら、きっと行けるって…)
 父も言ったし、学校でも期待されていた。
 技術系のエキスパートを育成するためのエネルゲイアから、メンバーズが出るかもしれないと。
 いい成績を収めて欲しいと、エリート候補生からメンバーズへ、と。
 エリートが集う教育ステーションは、メンバーズになるための第一歩。
 だから、楽しみでもあった。
 目覚めの日を迎えて、其処へ行くのが。
 「やっと選ばれた」と胸を張って、旅立ちを迎えるのが。
 両親との別れは辛いけれども、ほんの少しの間だけ。
 教育ステーションを卒業したなら、また戻れると思っていたから。


 夢と希望に胸を膨らませて、家を出た、あの日。
 ほんの少しの不安を抱えて。
 「荷物を持って行っては駄目だ」と教えられて来た、成人検査。
 目覚めの日と呼ばれる十四歳の誕生日の日に、何処かで受けると聞かされた検査。
 その日は荷物を持って行けない。
 けれども、離れたくなかった大切な本。
 両親に貰ったピーターパン。
 この本だけは、と鞄に詰め込み、「さよなら」と両親に手を振った。
 また帰って来る日まで、四年ほどのお別れ。
 戻って来る時もピーターパンの本を持っていられたらいいと、鞄を提げて。
 検査の係に「駄目です」と取り上げられたら困る、と小さな不安を胸に抱いて。
 でも、そうなったら、その時のこと。
 本は係に預けよう。「パパとママの家に届けて下さい」と頼んでおこう。
 メンバーズになって家に戻った時、またこの本に出会えるように。
(パパとママなら…)
 きっと大切に残しておいてくれるから。
 自分が過ごした部屋の本棚、其処に戻してくれるだろうから。


(…ピーターパンの本は、持って来られたけれど…)
 教育ステーションまで持って来られたけれども、失くしてしまった沢山のもの。
 両親も家も、故郷の記憶も。
 「捨てなさい」と、「忘れなさい」と、忌まわしい機械に取り上げられて。
 テラズ・ナンバー・ファイブに消されて、おぼろげでしかなくなった記憶。
 両親の顔も、育った家も。…いつも歩いた街並みさえも。
(…もう帰れない…)
 今の自分は帰ってゆけない、アルテメシア行きの船に乗れても。
 ピーターパンやティンカーベルが、一緒に宇宙を飛んでくれても。
 育った家が分からないから、帰り道を忘れてしまったから。
 今のままでは、辿り着けない。
 …いつか機械に、「記憶を返せ」と命令できる日が来るまでは。
 正真正銘のエリートになって、システムを変えられる地位に就くまでは。
 メンバーズに選ばれ、地球にまで行って、国家主席に。
 それよりも他に道などは無くて、それを自分は進むより無い。
 失くした記憶を取り戻すには。
 …両親の所へ帰るには。


 何年かかるか、分からない道。
 教育ステーションだけで四年で、その先は自分の腕次第。
 何処まで短縮出来るのだろうか、想像もつかない遠い道のりを。
 長い年月、空席のままの国家主席になるまでの道を。
(…でも、パパとママは…)
 きっと待っていてくれることだろう。
 養父母としては、年配だった筈だから。
 自分の後に次の子供を育てるとは、とても思えないから。
(ぼくは、いつまでも、パパとママの子…)
 それだけが救い。
 両親の顔はぼやけてハッキリしないけれども、それは記憶を消されたから。
 成人検査で機械が奪ってしまったから。
(パパとママには、成人検査なんて…)
 もう無いのだから、自分の顔もきっと覚えていてくれるだろう。
 この瞬間にも、思い出してくれているかもしれない。
 もしかしたら、自分の写真が沢山貼られたアルバムを開いて、見ていることだって…。
(パパとママなら…)
 きっとあるよ、と思いを馳せる。
 だから、あの家へ帰ってゆこうと。
 いつか記憶を取り戻したら。…国家主席に昇り詰めたら。
 「ただいま」と、「ぼくは帰って来たよ」と。
 その頃にはきっと、両親にとっても自慢の息子。
 「うちのシロエが国家主席になってくれた」と、「大切に育てた甲斐があった」と。


 アルテメシアへ、故郷へ帰る船に乗ること、それだけが夢。
 メンバーズも、それに国家主席も、そのためだけの足掛かり。
 機械が支配する世界を変えて、失くした記憶を取り戻すための。
 両親の顔と育った家とをまた思い出して、其処へ帰って行く日のための。
(…必ず、思い出すんだから…)
 ピーターパンの本を持って行こうと決めて家を出て、此処まで持って来られた自分。
 誰も持ってはいない持ち物、それを確かに持っている自分。
(頑張れば、夢は叶うんだから…)
 成人検査では機械にしてやられたけれど、こうして本は持って来た。
 「持ち物は駄目だ」という規則があるのに、それをくぐり抜けて。
 自分の意志が機械に勝った証拠で、今も手元にあるピーターパンの本。
(…二度と、機械には騙されない…!)
 甘い言葉に騙されないよう、陥れられてしまわないよう、気を付けなければ。
 マザー・イライザの魔手をすり抜け、メンバーズへの道を歩まなければ。
 その先だって、機械に惑わされないように意志を強く持って。
 国家主席に昇り詰めるまで、世界のシステムを変えるまで。


(…待ってて、パパ、ママ…)
 ぼくは必ず家に帰るから、と抱き締めるピーターパンの本。
 家に帰ったら、この本を真っ先に見せなければ、と両腕でギュッと。
 「パパとママに貰ったピーターパンだよ」と、「これのお蔭で強くなれたよ」と、いつの日か。
 本は古びているだろうけれど、その日が来るのが待ち遠しい。
 「まだ大切に持っていたのか」と父が驚いてくれる日が。
 「シロエの大好きな本だったわねえ…」と母が笑顔になってくれる日が。
 その日までずっと、ピーターパンの本と一緒にゆこう。
 メンバーズの道へも、遠い地球へも。
 国家主席の執務室へも、このピーターパンの本と一緒に…。

 

         帰りたい家・了

※教育ステーションを卒業したら家に帰れる、と思っていたシロエ。普通はそうじゃないかと。
 まさか「記憶を消される」なんて、子供は思わないですよね~。大人も気付いてないけどな!





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「みんなで行こう…。地球へ」
 ぼくは自由だ。自由なんだ。いつまでも、何処までも、この空を自由に飛び続けるんだ…!
 ピーターパンだ、とシロエが思った光。
 それに包まれてネバーランドへ飛び立ったのだ、と信じた身体が軽くなった瞬間。
(えーっと…?)
 何処だろうか、とシロエは辺りを見回した。
 ピーターパンもティンカーベルも誰もいなくて、さっきの光も消え失せていて。
「仕事納め…?」
 墨でドドーン! と書かれた四文字、もちろんシロエに読めるわけがない日本語なるもの。
 けれども、何故だかストンと分かった。「仕事納め」と書いてあるのだ、と。ただ、仕事納めとは何のことかが分からない。首を捻って考え込んでいたら。
「あーーーっ!!?」
 嘘だ、と思わず叫んでしまった。「仕事納め」の四文字が黒々と書かれた、いわゆる掛軸。それが画面のように変わって、流れ始めたエンドロール。
(ぼくの本…)
 宇宙空間に散らばる残骸、其処に紛れたピーターパンの本。自分の持ち物だった本。
 それから走馬灯のように映し出される自分の人生、これがエンドロールだということは…。
(…死んだわけ!?)
 そんな、と愕然としたのだけれども、終わったらしい自分の人生。仕事納めとはこういう意味か、と遅まきながら理解した。人生という仕事が終わってしまったようだ、と。
(うーん…)
 ピーターパンはいなかったのか、とガックリさせられた人生の終わり。どうやら此処はネバーランドでも地球でもなくて…。
(なんだか謎だ…)
 強いて言うならキッチンだろうか、と眺め回しているシロエは知らない。そのキッチンを遠い昔の日本人が見たら、「ああ、料亭とか割烹の…」と即座に理解するだろうことを。彼らにとっては馴染んだ代物、料理ドラマでもありがちな厨房。
 ただし、それしか無いけれど。キッチンと、壁の「仕事納め」の掛軸だけで全部だけれど。


 ネバーランドも地球も無かった、と残念だった上、キッチンに来てしまったシロエ。
(ママのブラウニー…)
 それも此処では作れそうにないな、と何度も見回し、チェックしてみた。何の材料も無いキッチンだけでは、ブラウニーなど作れはしない。他の料理も絶対に無理で、けれど飢え死にするわけでもなくて。
(まあ、死んでるし…)
 仕事納めになっちゃったから、とキッチンの光景に馴染んで来た頃、いきなり人が降って来た。そう文字通りに、何処からか。やたらと偉そうな紫のマント、おまけにアルビノだったから。
「誰ですか!?」
 驚いて叫んだら、向こうもポカンと目を丸くして。
「…君は?」
「…えっと…」
 果たして名乗っていいのだろうか、と悩んでいる内に、例の掛軸にエンドロールが流れ始めた。自分が此処に来た時のように、アルビノの人の人生色々かと思ったけれど。
(…なんかスペシャル…)
 雨で始まり、天蓋付きの立派なベッドに、アルビノの人のアップが次々、雨を纏って。締めには青い地球まで出て来た、この人は大物かもしれない。そう思ったから、素直に名乗った。
「シロエ。…セキ・レイ・シロエと言います」
「ああ、君が…! ジョミーに聞いたよ、君の名前は」
 ジョミーは君のピーターパンでね、とアルビノの人は説明してくれた。自分の名前はブルーだとも教えてくれたけれども、その直ぐ後に気の毒そうに。
「…それでは、君は死んでしまったのだね。ジョミーが助け損なったから…」
「いえ、いいんです。…ぼくが大人しく一緒に行ってたら…」
 仕事納めにはならなかったんですから、と壁の掛軸を指差した。「仕事納め」の文字に戻っているヤツを。
「そうなのかい? なら、いいけどね…」
 ぼくは充分、長生きしたから、仕事納めでもいいんだけれど、と苦笑するブルーはミュウの長だったらしい。しかも三百年以上も生きた大物、スペシャルなエンドロールで当然。


 そんな大物と知り合ったけれど、やはり周りはキッチンのままで、例の掛軸があるばかり。
「これって、どういうことなんでしょう?」
「さあねえ…。ぼくにもサッパリ分からないよ」
 ぼくだって地球に行きたかった、と残念そうなミュウの大物。お互い、地球には行き損なった者同士だから、意気投合して気付けば友達。
 材料も無ければ鍋も釜も無い、無い無い尽くしのキッチンで過ごしている内に…。
「「「うわっ!?」」」
 またしても人が降って来たわけで、しかもとんでもない面子。やたらと老けた先輩のキース、それから育ったピーターパン。
 あちらも仰天しているけれども、こちらもビックリ仰天なわけで。
「キース先輩!?」
「ジョミー!?」
「シロエか!?」
「ブルー!?」
 声が飛び交う中、またまた掛軸がエンドロールを映し出した。それは様々な人間模様で、一人用でも二人用でもなさそうで。
「…ジョミー、何があった?」
「キース先輩、どうしたんです?」
 ミュウの大物と二人して尋ねたら、ドえらいことになったらしい地球。あまつさえ、キースもピーターパンことジョミー・マーキス・シンも仲良く…。
「「仕事納め…」」
 まあ、終わったのは確かだが、とキースが呟き、ジョミーの方も頷いている。けれども、やっぱり分からないのが、何故キッチンかということで…。
「謎だな、シロエが一番の古株のようだが」
 そんなに長く居ても分からないのか、と老けたキースが言うから、「ぼくだって散々、考えましたよ!」と怒鳴ってやったら。
「待ちたまえ、シロエ」
 何か増えたようだ、とミュウの大物が眺める先にドンと置かれた食材の山に、鍋やら釜やら、その他もろもろ。しかも…。


「「「おせち作り!?」」」
 なんだ、と四人で目を剥いたけれど、それが使命というものらしい。本日が仕事納めとやらで、始まったらしいカウントダウン。元旦、すなわちニューイヤーまでに作り上げねばならない料理。
「ぼく、おせちなんて初耳ですよ!」
 こんなの無理です、と作るべき大量の料理の品数を見ながら絶叫したら、ミュウの大物も、老けたキースも、育ったピーターパンも同じで。
「どうしろと…。ぼくの三世紀以上の記憶の中にも、おせちなんかは…」
「ブルーが知らないような代物、ぼくも知りませんよ!」
「私も何も知らないのだが…」
 マザーからは何も聞いていないし、と国家主席に昇り詰めていたらしいキースもお手上げ。そうは言っても作るのが使命、作らなかったら年が明けない、元旦が来ない。
 今更、ニューイヤーなんて、と四人揃って思ったけれど。
 とっくの昔に死んでいるのに、元旦も何も、と思うけれども、其処は真面目な面子だから。
「ジョミー、黒豆の方は君に任せた!」
「やってますから、早く作って下さい、田作り!」
「キース先輩、クワイってどうやって煮るんですか!」
「話し掛けるな、昆布巻が煮詰まって焦げるだろうが!」
 ああ忙しい、と右へ左へ駆け回る面子、どうにもこうにも手が足りない。
「こんな時にサム先輩がいたら心強いんですけどね…」
「サムか、あいつも死んでたな!」
 ついでにマツカも死んでるんだが、と老けたキースが紅白なますと格闘しながら叫んだ途端に、またまた人が降って来た。仕事納めはとうに過ぎたから、例の掛軸は無かったけれど。
「サム先輩! えっと、それから…?」
「マツカだ、ぼくの部下だったんだ!」
 ぼくの、と返したキースは何故だか若返っていて、さながらステーション時代のようで。マツカはそんなキースとタメ年くらいの若さで、ついでにサムも若かった。
(…あれ…?)
 ピーターパンは、と見ればジョミーも若い。面子は増えたし、若さのパワーも手に入ったしで、後は行け行けゴーゴーなわけで…。


「で、出来ましたよ、キース先輩! ピーターパン!」
「いや、だから…。ぼくはジョミーで…。でも…」
 おせちはなんとか出来たけれども、どうすれば、と困った様子のピーターパン。ミュウの大物もギッシリ詰められたおせちを前にして、「それで、これを…?」と悩んでいるけれど。
「おっ、見ろよ、キース! なんか変なのが…」
 あれは何だろう、とサムが指差す先に掛軸、今度は真っ赤な朝日の絵。でもって、エンドロールの代わりに映し出されたものは…。
「「「地球…」」」
 しかも青い、と誰もが呆然、地球は死の星ではなかったか。おせち作りでリーチな間に、何度もそういう話が出ていた。青い地球など幻だったと、ついでに派手に燃え上がったようだ、と。
 その地球が何故、と掛軸を眺めている内に…。
「分かりましたよ、キース先輩。ぼくたちが何をやらされたのか…」
「そうだな、おせち作りだとばかり思っていたが…」
「俺たち、地球を作ってたんだな、新しいヤツをよ…」
「そうみたいですね…」
 サムも、マツカも分かった様子で、ミュウの大物とピーターパンも涙していた。この時のために慣れない料理を作りまくったのかと、おせち作りで地球を新しく作り直したのか、と。
「やりましたね、ブルー。あなたが見たかった青い地球ですよ」
「…おせちも作ってみるものだね…」
 あのお箸には苦労したけれど、とミュウの大物が言う通り。それが一番の難関だった、と皆で笑い合って、それから食べた豪華なおせち。地球が蘇ったなら頑張った甲斐もあったものだ、とワイワイガヤガヤ、若い面子しかいないわけだし、賑やかにやって…。
「あれ? もしかして、地球に行けるんじゃないですか?」
 其処の絵の向こう、地球みたいです、とシロエが突っ込んでみた右手。ヒョイと掛軸に入ってしまって、どうやらそのまま行けそうだから。
「行けるみたいです、それじゃ、お先に!」
 地球だ、と飛び込んだ掛軸の向こうは本当に本物の青い地球だった。振り返ってみたら、ピーターパンもキースも、ミュウの大物も、サムも、マツカも続いて来るから。


「みんなで行こう…! 地球へ!」
 今度こそ本物の地球なんだ、とシロエは飛び立つ、青い地球へと。
 ぼくは自由だ、と下りてゆく地球で、きっと新しく生きてゆけると予感がするから、もう嬉しくてたまらない。
 頑張って作りまくったおせち。初めて手にしたお箸とやらで頑張った御褒美、自分たちの手で作り直した青い地球。
 ピーターパンもミュウの大物も、キースも、サムも、それにマツカも、きっと地球の上でまた会えるだろう。みんな揃って友達になって、幸せな日々が訪れるのに違いない。
 新しい地球が出来たから。夢に見ていた青い地球へと、自由に飛んでゆけるのだから…。

 

      厨房から地球へ ~頑張ったおせち~・了

※なんだってこういう話になるのか、もう自分でも分かりませんです。おせちって…。
 漠然と「おせち…」と考えただけだったのに、どう間違えたら地球を作り直すわけ!?





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