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「忘れるな、キース・アニアン!」
 今も耳から消えない声。
 保安部の兵士に連れてゆかれた、シロエが叫んでいた言葉。
 それがキースの耳に残っているのだけれど。
(…フロア001…)
 シロエは確かにそう言っていた。
 其処へ行けと、自分の目で真実を確かめろと。
 フロア001とは、進入禁止区域のこと。
(…シロエは其処で…)
 何かを見たのだ、という確信。
 成人検査を受けていないらしい自分、マザー・イライザが作った人形。
 その意味が其処に行けば分かると、シロエは確かにそう言ったから。


 …自分自身の生まれのこと。
 成人検査よりも前の記憶を持っていないこと、それと関係がありそうな何か。
 フロア001でシロエが見たもの。
 それを見ねばと、其処へ行かねばと思うのに…。
「よう、キース!」
 コーヒー飲みに行かねえか、と今夜はサムに捕まった。
 今日こそ行こうと、部屋から通路へ出た途端に。
 まるで待ち構えていたかのように、こちらへ向かって歩いて来たサム。
 片手を上げて、人のいい笑顔で。
 「一緒にコーヒー、飲みに行こうぜ」と。
 断られはしないと信じ切っている、友人からの誘いの言葉。
 此処で断ったら、申し訳ない気がするから。
 …二人でコーヒーを飲みに出掛けて、終わってしまった夜の自由時間。
 消灯の後で出歩く度胸は…。


(…どうせ、進入禁止区域だ…)
 規則を破りに出掛けるのだから、消灯後でも良さそうなのに。
 却って好都合だという気さえするのに、踏み出せない足。
 部屋から出ようと思う心が失せてしまって。
 夜は出歩くべきではないと、シャワーを浴びて、そのままベッドへ。
 多分、明日には行けるだろうから。
 今日はチャンスを逃したけれども、きっと明日には、と。
(…明日こそは…)
 行かなければ、と思いながら眠りに落ちてゆく。
 フロア001、それがシロエの遺言になってしまったから。
 …自分がシロエの乗っていた船を撃ち落としたから。
(…すまない、シロエ…)
 今日も行けなかった、と心で詫びて、眠りの淵へ。
 きっと明日にはと、明日こそ其処へ行ってくるからと。


 フロア001、其処にいったい何があるのか。
 マザー・イライザに尋ねたけれども、答えは返って来なかった。
 何一つ訊き出すことは出来なくて、命じられてしまったシロエの処分。
 「セキ・レイ・シロエが逃亡しました」と、「追いなさい」と。
 …そうして、撃ち落とすしかなかった船。
 シロエが乗った練習艇。
 溢れ出す涙を止められなかった、どうしてこうなってしまったのかと。
 けして嫌いではなかったシロエ。
 何度も心を乱されたけれど、嫌いだったら匿いはしない。
 マザー・イライザに追われているのだと、承知の上で。
 匿ったシロエを逮捕しに来た、兵士たちに「やめろ」と叫びはしない。
 …それから、ピーターパンの本。
 シロエが大切に抱えていた本、それを兵士に手渡しはしない。
 「これはシロエの持ち物だから」と、呼び止めてまで。
 連れ去られてゆく気を失ったシロエ、彼に渡してやって欲しいと。


 きっと自分は、シロエにいつしか惹き付けられていたのだろう。
 シロエの剥き出しのライバル意識や、強い感情。
 自分と同じにシステムに対して持っている疑問、そういったものに。
 サムのような友とは違うけれども、それに似た何か。
 一つピースが違っていたなら、分かり合えていたかもしれない、近しい存在。
 …けれど、撃ち落とさねばならなかった船。
 シロエが乗っている船なのだと、自分は確かに知っていたのに。
 撃ちたくなかった船だったのに。
 友だったかもしれない者を乗せた船、それを落としたいわけなどがない。
 …出来ることなら、あのまま行かせてやりたかったのに。
 どうせいつかは燃料不足で、あの船は破滅してゆくのだから。
 酸素すらも供給されなくなって、明かりも消えて。
 …そうしてシロエは息絶えただろう、宇宙の何処かで。
 暗い星の海を思いのままに何処までも飛んで、飛び続けて、全ての枷から自由になって。


 それなのに、落とすしかなかった船。
 余計にシロエを忘れられない、忘れてしまえる筈などがない。
 このステーションの者たちが一人残らず、シロエを忘れてしまっても。
 マザー・イライザが、シロエが遺したあのメッセージを無視し続けても。
 何度尋ねても、応えはしないマザー・イライザ。
 フロア001についても、人形だと言われたことについても。
 だから今でも分からないまま。
 シロエが自分に遺した言葉が、何を意味していたのかは。
 進入禁止区域で何を見たのかも、何を知らせたかったのかも。
(…フロア001…)
 行かなければ、と思うのに。
 今日こそはと目覚め、行こうとして動き始めるのに。
 まるで阻まれているかのように、必ず入る何らかの邪魔。
 サムに会ったり、プロフェッサーに呼び止められたり。
 あるいは候補生同士の下らぬ諍い、それに出くわしてしまったりして。


 卒業の日まで、もうあと幾らも無いというのに。
 ステーションから出てしまったら、次のチャンスはいつになるかも分からないのに。
(…今日は絶対に…)
 なんとしても、と決意を固めて目覚めるけれども、全く意のままにならないそれ。
 どう頑張っても辿り着けない、シロエに告げられたフロア001。
 目の前で隔壁が下りてしまったこともあるほど。
 侵入者に対する警告ではなくて、非常事態に備えての訓練という理由までついて。
(…マザー・イライザ…)
 どうやら黒幕はそうらしいから。
 努力は悉く水泡に帰して、けしてフロアに近付けないから。
(……シロエ……)
 すまない、と心で詫び続ける日々。
 また行き損ねたと、きっと明日は、と。


 卒業の日が近いけれども、シロエが言っていたのだから。
 あれが遺言になってしまったから、そうなった理由は自分にあるから。
 シロエの船を落としたのだから、なんとしても行かねばならないだろう。
 でなければ、シロエは無駄死にだから。
 そんな虚しい、哀しい最期は、あのシロエには似合わないから。
(…行かなければ…)
 フロア001へ、と今朝もまた決意するのだけれど。
 決意も新たに向かうのだけれど、開いてくれない其処への扉。
 …シロエは何を見たのだろうか、そのフロアで。
 どうして死なねばならなかったのか、この目で全てを確かめたいのに。
 …また行き損ねて、終わる一日。
 卒業の日が近いのに。
 もしも自分が行けなかったら、シロエの死は無駄になるというのに。


 だからキースは挑み続ける、マザー・イライザに。
 フロア001へ行こうと、シロエが見て来たものを知ろうと。
 時が来るまで、扉は決して開かないのに。
 そうプログラムがされているのに、それに薄々、気付きながらも。
 シロエが自分に遺した言葉を、遺言を叶えてやりたいから。
 あの言葉を遺言にさせてしまった、自分自身が許せないから。
 シロエの船を撃つしかなかった不甲斐ない自分が、マザー・イライザに抗えなかった自分が。
 …そうは言っても、未だイライザの手の内だけれど。
 手の平の上で転がされているから、どうしても辿り着けないけれど。
 フロア001、進入禁止区域。
 其処へ、とキースは歩き続ける。
 きっといつかはと、それがシロエの遺言だからと。
 行かねばと、シロエを無駄死にさせはしまいと、辿り着けない場所に向かって…。

 

          行けないフロア・了

※シロエが「フロア001」を教えてから、キースが訪れるまでの歳月、長すぎ。
 どうしてステーション時代に行かないんだ、と放映当時から不思議でした。妨害工作…?





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「前方を飛行中の練習艇! 停船せよ!」
 停船せよ、シロエ!
 何度も懸命に呼び掛けているのに、止まらない船。
 分かっているのに、とキースが噛んだ唇。シロエは決して止まりはしない、と。
(頼む、止まってくれ!)
 船の速度を上げてゆくしかない自分が憎い。このままシロエを追い続けたら、次は…。
(マザー・イライザは…)
 なんと命令を下すのだろう、と思った所へ届いた声。「撃ちなさい」と。
「撃ちなさい、キース・アニアン」
(シロエ…!)
 セットするしかないレーザー。撃つしかないとは分かるのだけれど。
(停船しろ、シロエ…!)
 止まったところで、今更シロエが助かる道は…、と思いつつ、そう呟いた時。
「其処のバイク、止まりなさい!」
 いきなり男の声が響いた、それも後ろから。
 誰だ、と思う間もなくサイドミラーに映った赤色灯。それは激しく回転していて。
「制限速度オーバー、止まりなさい!」
(なんだ!?)
 何事なのだ、と驚くしかなかった自分の現状。
 乗っていた筈の小型艇は消えて、大きなバイクに跨った自分。それも旧式、今時こういうバイクが何処にあるだろうか、と思うくらいの。
 ついでに自分は追われているらしい、赤色灯を点けた車に。白と黒とのツートンカラーで、凄い音量のサイレンを鳴らしているヤツに。しかも闇の中で。
(どうなってるんだ…!)
 此処は何処だ、と慌てたけれども、マザー・イライザの命令が優先。とにかくシロエを追わなければ、と加速させたバイク。上手い具合に、仕組みは理解出来たから。
(くそっ…!)
 捕まってたまるか、と制限速度の三倍くらいで走り始めたキースは知らない。いつの間にやら、時空を飛び越えていたことを。遥か地球まで飛んだ挙句に、日本とやらのローカル都市の公道、其処を走っていることを。


 何が何だか分からないままに、ガンガン飛ばし続けたバイク。赤色灯を点けた車は、なんとか振り切ったと思う。それがパトカーだとは、キースは気付いていないけれども。
 「止まりなさい」と怒鳴った男が警官なことも、スピード違反をしていたことも。
(逃げ切れたか…?)
 何処をどう走って逃げて来たのか、此処はいったい何処なのか。
 マザー・イライザの指示は、シロエは…、と真っ暗な中でバイクを飛ばし続けていたら。
「うわぁ…っ!?」
 突然、ヘッドライトの向こうに見えた自転車、それに思い切り突っ込んだ。
 ガシャーン! と派手な衝突音。バイクも自分も宙を舞ったし、自転車だって。そのまま地面に叩き付けられる、と慌てて取った受け身は…。
(………!!?)
 ズボッと背中から埋まった泥。衝撃は全く無かったけれども、ズッポリと泥の中に沈んだ。辛うじて頭は出ているとはいえ、起き上がろうと動かした手も足も泥に沈んでしまう有様。
(どうなったんだ…?)
 凍えそうなくらいに冷たい泥と、吹き付けてくる寒風と。見上げれば怖いくらいに澄んだ星空、其処にパチパチと舞っている火の粉。誰かが焚火をしているらしい。こんな泥の上で。
 全く掴めもしない状況、シロエは、マザー・イライザは、と冷静に考えようとするよりも前に。
「困るな、兄ちゃん」
 なんてことをしてくれるんだ、とノッソリと男が現れた。胴まであるような長靴を履いて、防寒着に身を包んだ男が何人も。
「…ぼくは…?」
 此処は、と尋ねたら、呆れた顔付きの男たち。
 自分がやらかしたことも分からないのかと、これだから最近の若い者は、と。


「初日の出暴走には早いぜ、兄ちゃん。…ま、警察には電話しといたけどな」
 田舎だから来るまでに少し時間はかかりそうだが、と泥の中から引き上げられた。焚火の側へと引き摺って行かれて、「座れ」とポンと叩かれた椅子。それはいわゆるドラム缶だけれど、キースに分かるわけもない。「妙な椅子だ」と思っただけで。
 男たちは毛布を被せてくれて、「この時期になると多いんだよな」と溜息をついた。
「何がですか…?」
「調子狂うな、派手にやらかしてくれた割によ。…あんた、何処かの坊ちゃんか?」
 それなら分かる、と頷き合っている男たち。
 親の金で買って貰ったバイクで好き放題に走りまくって、カーブを曲がり損なったか、と。この辺りは街灯の数が少ないから、池に突っ込むのもよくあるパターン、と。
「池…?」
 その割には水が無いようだが、と泥まみれになった手足や服を眺めたら、「冬だからな」と問うまでもなく届いた答え。
「冬の間は池を干すんだよ、ため池だから。ついでに池の魚を売る、と」
「そうそう、丸々と太った鯉をな。夜の間に盗まれないよう、こうして番をしているんだが…」
 何年かに一度は車かバイクが落ちてくるよな、と男たち。
「しかしなあ…。勝手に落ちるのはまだいいんだが…」
「人身事故は困るんだよなあ、朝までに片付けばいいけどよ…」
 明日は商売が出来るだろうか、と男たちが見上げる堤の上。其処に出来ている人だかり。大勢がガヤガヤ騒ぐ声もする、「地元校の制服じゃないようだ」などと。
(制服…?)
 もしや、とガバッと立ち上がった途端に、泥に足を取られて見事に転んだ。けれども、男たちは意図を理解したようで、両脇を抱えて堤へと上がる石段の方へと連れて行ってくれて。
「ちゃんと見とけよ、あんたのバイクが巻き込んだんだし」
 救急車が来る前に謝るんだな、と背中を押された。ショックで混乱しているようだし、通じないとは思うんだが、と。


 泥まみれの身体で上がった石段。たちまち非難の声が起こった、「なんて酷いことを」と。
「自転車の子をはね飛ばすなんて! こんな時間だ、塾帰りの子だよ」
 それも遠くから帰って来た子だ、と見慣れないエプロンを着けたオバチャンに怒鳴られた。キースは知らない割烹着。それがオバチャンのエプロンなるもの。
「この辺の学校の制服じゃないし、街の学校へ行ってる子だね」
「高校受験で頑張ってるんだよ、遅い時間まで塾通いでさ」
 あんたのような道楽息子とは違うんだ、と怒りMAXの男女の人垣、その真ん中に…。
(シロエ…!)
 懸命に介抱している人が何人か、それでは自分がはね飛ばした自転車に乗っていたのは…。
(…シロエだったのか…)
 けれども、言ったら終わりな気がした。知り合いを事故に遭わせたと知れたら、此処ではマズイという雰囲気。マザー・イライザの命令で、などと言っても通りそうにない。
 これはヤバイ、と素直に謝ることにした。シロエは毛布にくるまれたままで、うわ言を言っているけれど。「ピーターパン…」とか、「ネバーランド」だとか、「パパ、ママ」だとか。
「…すまない、ぼくが悪かった」
「…ピーターパン…?」
 来てくれたんだね、とシロエの瞳が開いたけれども、ほんの一瞬。瞼は直ぐに閉じてしまって、遥か遠くでサイレンの音。自分が追われていた時のヤツと、それとは違うサイレンと。
「あっ、救急車よ!」
「大丈夫かね、この子…。頭、打ってなきゃいいんだけどねえ…」
「酷いもんだよ、この子が池に落ちてた方がマシだったのにさ」
 はね飛ばした方がピンピンしてるだなんて、と非難轟々、身の置き所も無い悲劇。あのサイレンの車が到着したなら、自分は逮捕されるのだろう。此処が何処かも分からないままで、マザー・イライザに連絡すらも取れないで。


 そしてやって来た、いわゆるパトカー。救急車も同時に到着したから、シロエは担架で運ばれて行った。救急車の扉がバタンと閉まって、猛スピードで走り去ってゆく。赤色灯を回転させて、サイレンの音を高く響かせて。
(シロエ…)
 彼は助かったのだろうか、と見送っていたら、ガチャリと両手にかけられた手錠。「とにかく署まで来て貰おうか」と、「君の親御さんの名前と連絡先は?」と。
(…親…)
 父はフルで母はヘルマとだけしか知らない、連絡先など知るわけがない。どうやら此処ではシロエに分がある、自分の立場は限りなくマズイ。
(マザー・イライザ…!)
 ぼくはどうしたら、と心で叫びを上げた瞬間、闇の彼方で弾けた閃光。
(……シロエ……?)
 気付けば船の中にいた。泥にまみれてなどはいなくて、バイクに乗ってもいなかった。自分はシロエが乗った船を撃って、今の光は…。
(だが、さっきのは…)
 夢とは思えなかった光景。シロエを乗せて走り去って行った救急車。
(Mの思念波攻撃のせいで…)
 自分も今頃、夢を見たのかもしれないけれど。
 あれが本当だったらいい、とステーションに向かって舵を切る。もしも自分を悪と断じる世界が何処かにあるのなら。シロエが其処で生き延びたなら…、と。


 一方、シロエがキースのバイクにはねられた世界。日本の何処かのローカル都市。
 あれから賑やかなクリスマスが終わって、除夜の鐘が鳴って、新しい年がやって来て。
「シロエ、初詣、気を付けるのよ?」
 お友達と一緒に行くのはいいけど、退院したばかりなんだから、と玄関先で見送る女性。
「うん、大丈夫! クリスマスの分、取り戻さなきゃ!」
 家でケーキも食べ損なったし、とマフラーを巻いて颯爽と駆けてゆくシロエ。
 今の御時世、キラキラネームが流行るほどだし、シロエという名は目立ちもしない。ついでに奇跡か神の悪戯か、シロエは最初から此処に居たことになっていた。
 玄関先で見送る母と、「大丈夫さ」と笑っている父、彼らの姿までシロエが好きだった両親たちと何処も変わりはしなかった。
 チラホラと白い雪が舞う中、シロエは地球を駆けてゆく。彼が夢見たネバーランドを、行こうと夢に見ていた世界を。
 自分は此処で生まれ育ったと、まるで疑わないままで。
 マザー・イライザも、キースもいない世界で、日本の何処かのローカル都市で…。

 

           師走の奇跡・了

※こういうネタがスッコーン! と落ちてくるのが管理人の頭。どうなってるのか自分でも謎。
 シロエが暮らす、日本の何処かのローカル都市。初詣でタコ焼き食べるのかも?

※半年も経ってから、後日談が出来ました。「奇跡のその後」、よろしくです。






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 …それがいつだったか、自分でも思い出せないけれど。
 いつ気付いたのか、それも覚えていないけれども。
(…テラズ・ナンバー・ファイブ…)
 あいつのせいだ、とシロエが強く噛んだ唇。
 大人の社会へ旅立つための第一歩だとか、新しい人生への扉だとか。
 学校では色々と甘い言葉を教わったけれど、あの忌まわしい成人検査。
 「忘れなさい」と、「お捨てなさい」と、記憶を消してしまった機械。
 それがテラズ・ナンバー・ファイブ。
 今でも夢に出て来る悪魔。


(ぼくの家は何処にあったんだろう…?)
 何度この問いを繰り返したろう、自分に向かって。
 自分自身の記憶が収まっている筈の場所に、何度問い掛けたことだろう。
 けれども、思い出せない答え。
 かつて自分が住んでいた場所。
 今では顔もおぼろな両親、それに自分の三人家族だった家。
 …何処かには在った筈なのに。
 今も何処かにある筈なのに。
 雲海の星アルテメシアへ、エネルゲイアへ帰ったならば。
 「ただいま」と家の扉を開けたら、其処に両親がいる筈なのに。
 家を移るとは思えないから。
 多分、今でも同じ所で両親は暮らしているだろうから。


 なのに、その場所が分からない。
 何度、自分に尋ねてみても。
 成人検査で奪われ、曖昧になった記憶を掻き回してみても、出て来ない答え。
 自分は何処に住んでいたのか、あの家は何処にあったのか。
(…アルテメシアの、エネルゲイア…)
 それは間違いないけれど。
 教育ステーションのデータベースに登録された、情報そのままなのだけれども。
(…その先が分からないよ、ママ…)
 パパ、と机にポタリと零れ落ちた雫。一粒の涙。
 どうしても思い出せない場所。
 ぼんやりと記憶に残っているのは、高層ビルだったことくらい。
 その形すらも定かではなくて、何度調べても分からない。
 エネルゲイアの町の映像、それを端からチェックしてみても。


 もっとも、自分が育った家。
 高層ビルの中だった家の在り処は、映像でさえも嘘をつかれていそうだけれど。
 成人検査がどういうものかを、甘い言葉で偽ったように。
 それと同じに、エネルゲイアの映像も処理してあるかもしれない。
(…ぼくみたいな奴が…)
 自分の育った家を探しても、決して見付けられないように。
 本当は無かったビルを加えるとか、逆に消去しておくだとか。
 町の道路さえも、今の自分が映像で知るものと、かつて見たものとは別かもしれない。
(…記憶を消されたからだけじゃなくて…)
 偽の情報が仕込んであるなら、いくら映像を眺めた所で、何の実感も湧かないだろう。
 知っていた町とは違うのだから。
 そんな偽物の映像の町で、自分は育たなかったのだから。


 そういった嘘を、平然とつきかねない機械。
 偽ったとさえ思いはしなくて、「これが正しいやり方だから」と。
 「二度と戻れない過去は要らない」と、「探す必要など何処にも無い」と。
 …だから、未だに見付からない家。
 見付け出すことが叶わない家。
 其処に両親が住んでいるのに。
 自分はずっと其処で育って、離れたくなどなかったのに。
(…成人検査で離れたって…)
 いつか帰れると信じていた。
 テラズ・ナンバー・ファイブに捕まるまでは。
 記憶を消されて、このステーションに向かう宇宙船に乗せられるまでは。
 成人検査は通過儀礼で、誰でも通る道だから。
 いつか立派な大人になったら、「ただいま」と家に帰れるのだと。


 けれど、帰れなくなった家。
 …今の自分には帰る術も無い、何処にあるのかも分からない家。
 アルテメシアという星の上に、それは在ったということしか。
 町の名前はエネルゲイアと、たったそれだけになってしまった。
 誰でも見られる、教育ステーションのデータベースの情報が全て。
(エネルゲイアの、何処だったの、ママ…?)
 パパ、と尋ねても返らない答え。
 両親は此処にいないから。
 遠く離れたアルテメシアの、エネルゲイアの何処かで暮らしているのだから。
 「高層ビル」としか無い手掛かり。
 どんな外観のビルだったのかも、周りには何があったのかも。


 何処にあるのか分からないから、今の自分は住所が書けない。
 文字を覚えて直ぐの頃には、得意になって書いていたのに。
 同い年の子たちはまだ書けないのに、自分は住所も書けるんだから、と。
(アタラクシアの、エネルゲイア…)
 其処までは書ける、今の自分でも。
 けれど書けない、それよりも先にあった筈の文字。
 両親が暮らしている場所を示す、大切な手掛かりだったのに。
 もう欠片さえも覚えていなくて、エネルゲイアに関する情報を片っ端から引き出してみても…。
(…何もかもピンと来ないよ、パパ…)
 ママ、と握り締めた手製のコンパス。
 磁石を使った方位磁針で、此処に来て直ぐに作ったけれど。
 とてもレトロなものだけれども、その針の向きも思い出せない。
 これをどう使って幼い自分が歩いていたのか、どちらに家があったのか。
 北へ向かうのか、南だったのか、東か、それとも西なのかさえも。


(パパ、ママ…)
 教えて、と顔さえハッキリとしない両親を思い浮かべるけれど。
 もしかしたら、手が、指が覚えていはしないかと、ペンを握ってみるのだけれど。
(…やっぱり、書けない…)
 アタラクシアのエネルゲイア。
 分かり切った情報の、その先の文字。
 これでは手紙も出せやしない、と零れ落ちる涙。
 ピーターパンの本が書かれた時代は、住所を書けば届いた手紙。
 自分はそれも書けはしないと、両親に手紙も出せないのだと。
(……ぼくの家……)
 何処だったろう、と今日も紙に書いては、止まってしまう手。
 「エネルゲイア」までで。
 今夜こそは、と挑んでみたって、「今朝は書いてやる」と寝起きの頭で書いてみたって。
 アタラクシアのエネルゲイアの、その先の文字が出て来はしない。


 それに気付いて涙した日は、いつだったのか。
 もうそれさえも思い出せないけれども、ただ悲しくて悔しくなる。
 幼かった自分はスラスラと紙に書いていたのに。
 両親も「凄い」と褒めてくれたのに、今ではそれが書けない自分。
(…手紙だって…)
 書いても届けて貰えないだろう、ティンカーベルがいたとしたって。
 ピーターパンの本に出て来る妖精、彼女に「パパたちに手紙を届けて欲しい」と言ったって。
 いくら妖精が空を飛べても、住所が分からないのでは。
 …両親が今でも住んでいる家、其処の住所を書けないのでは。
(パパやママに手紙…)
 書いても届けられない手紙。
 帰ろうにも何処か分からない家。


 零れ落ちる涙は、もう止まらない。
 ぼくは迷子になってしまったと、これではロストボーイのようだ、と。
 ピーターパンの本に出て来る迷子がロストボーイで、自分の家には帰れない子供。
 ぼくはそれだと、家を忘れてしまったからと。
 同じ迷子でもロストボーイは幸せなのにと、あの子供たちはネバーランドにいるのだからと。
(…パパ、ママ…)
 ぼくの家は何処にあったんだろう、と何度訊いても返らない答え。
 書けなくなってしまった住所は、まるで無いのと同じだから。
 自分は帰る家を失くした、孤独なロストボーイだから。
 ぱたり、ぱたりと零れ落ちる涙。
 家に帰してと、家への道を思い出せてと。
 ぼくにもう一度あれを書かせてと、エネルゲイアのその先の字を、と…。

 

        書けない住所・了

※成人検査って、家の住所も消してそうだな、と考えていたらこういう話に…。
 シロエが持っているコンパスは、管理人の捏造。『後は真っ直ぐ』に出て来ますv





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「ジョミーだった。…あれは……ジョミーだった!」
 そう言って嘆き悲しんだサム。幼馴染の変わりようを。
 「なんで、あいつが!」と、「教えてくれよ」と。
 あの表情が、声が、頭を離れない。
 悲しむサムを慰めようと側にいたのに、「いやあ、キース君!」と現れた男。
 プロフェッサーと呼ばれる教官。
 彼の自慢話に、大袈裟に騒ぐ生徒たち。誰もが自分をヒーロー扱い。
 打ち消される優しいサムの感情。
 とても冷静ではいられなくて。
 堪えようとしても瞳が揺れてしまって、ついには頭を抱えて呻いた。
 「やめろ。…やめてくれ、もう沢山だ!」と。
 それすらも通じないかと思ったけれども、騒ぎを収めに来た警備兵たち。
 彼らが皆を散らしてくれた。その代わりに…。


(サム…)
 座り込んでいたサムも連れ去られた、その警備兵に。
 マザー・イライザの指示で医務室に連れてゆくと。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 ミュウの長と名乗ったサムの幼馴染、彼の思念に晒されたから、と。
 自分以外の者たちは全て、念のためにと医務室へ。
 誰もが意識を失ったのだから、当然の処置ではあるけれど。
(…すまない、サム…)
 お前の力になれなかった、と引き揚げた部屋。
 サムが落ち着くまで、話を聞いてやりたかったのに。
 ジョミーという名は何度もサムから聞いていたから、こんな時こそ。
 「きっと何かの間違いだろう」と、「他人の空似だ」と、励ましてやって。
 サムはジョミーが「あの頃の姿のままで、全然変わっていない」と言ったのだから。
 そんなことなど、ある筈がない。
 人は必ず年を取るのだし、ジョミーがサムと一緒だった頃の姿だなどと。


 そう言ってやれば、サムは落ち着いただろうに。
 「そうだよな」と頷いてくれたのだろうに、掛けてやる暇が無かった言葉。
 プロフェッサーに、「早くみんなにヒーローの顔を見せてやれ」と促されて。
 強引に連れてゆかれてしまって。
 サムは心細そうに座り込んだままで、悲しそうに顔を覆っていたのに。
 幼馴染と、ジョミーと名乗ったミュウとの間で揺れていたのに。
 …見たものが信じられなくて。
 モニターに映ったミュウの長のジョミーが、幼馴染だとショックを受けて。
(…本当にそうなのかもしれないが…)
 たとえそうでも、「違う」と一言、自分が言ってやれたなら。
 「まだジョミーだと決まってはいない」と、肩を叩いてやっていたなら。
 サムのことだから、きっと、考え直してくれただろう。
 「本当に人違いなのかもしれない」と、「他人の空似だ」と前向きに。
 持ち前の元気と、明るさでもって。


 …なのに、励ましてやれなかったサム。
 医務室へ連れてゆかれたサム。
 今頃はきっと、治療を受けているのだろう。
 他の者たちよりも酷かった動揺、それを収めるための治療を。
(…薬は確かに効くのだろうが…)
 それだけでサムが受けたショックが癒えるだろうか?
 心の傷になってはいないか、あのミュウの長が。
 まだ本当にサムの幼馴染だと、決まったわけでもないというのに。
 何の証拠もありはしないのに。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
 会ったこともないのに、すらすらと空で言えてしまう名前。
 サムが何度も繰り返し話した、幼馴染のジョミーの名前。
(シロエにそっくりの目をしていた、と…)
 そんな話さえ聞いたほど。
 サムの一番の友達だったと、「また会えたら」と思っていると。


 友達とは重要なものなのか、と遠い日にサムに尋ねたけれど。
 あの時に初めて、ジョミーの名前を耳にした。
 それからは何度聞いたのだろう。
 ジョミーの名前も、サムの故郷での思い出話も。
 だからこそ、サムの悲しみも分かる。
 モニターに映ったミュウの長の少年、彼が本当にジョミーだったなら、と。
 もしもそうなら、サムの幼馴染はもういない。
 少なくとも、同じ世界には。
 いつの日かサムが友として再び巡り会えるだろう、この世界には。
 ミュウのことは殆ど知らないけれども、敵だから。
 少なくとも、自分や訓練中の仲間は命を落としかけたのだから。
 サムも含めて、一人残らず。
 あのまま意識が戻らなかったら、惑星の地表に叩き付けられて。


 幼馴染がどういうものかは、自分には分からないけれど。
 成人検査よりも前の記憶を持っていないらしい、自分にはまるで謎なのだけれど。
 「古くからの友達」だとは分かっているから、想像はつく。
 自分の友達はサムだから。
(…幼馴染が敵だというなら…)
 ある日突然、友達のサムが敵へと変わるようなもの。
 それも自分を殺そうとする敵、危うく殺されかけたなら。
 …サムが自分に刃を向けたら、自分もきっと、ああなるだろう。
 嘆き悲しんでいたサムのように。
 「なんで、あいつが!」と、「教えてくれよ」と、肩を震わせて。
 冷静さの欠片も失くしてしまって、ただ繰り返すだけだろう。
 「どうして」と、「サムはどうなったんだ」と。


 …考えるほどに、悔やまれること。
 サムの話を聞いてやれずに、励ますことさえ出来なかったこと。
(プロフェッサーさえ出て来なければ…)
 あの手を振り払うべきだった。
 プロフェッサーの機嫌を損ねて、自分の評価が下がろうとも。
(……すまない、サム……)
 せめて今からでも見舞いに行かねば、面会許可が下りるようなら。
 こういう時に駆け付けなければ、とても友とは言えないから。
(…行ってみようか…)
 駄目で元々、と見回した部屋。
 見舞いの品を持ってゆこうにも、生憎と何も無いのだが、と。
 けれど…。


 あった、と思い出した物。
 サムに貰ったぬいぐるみ。
 宇宙の珍獣シリーズと言ったか、レア物だというナキネズミ。
(…元気でチューか…)
 そう言ってサムが励ましてくれた、シロエを殴ってしまった時に。
 ぬいぐるみを握って、お辞儀をさせて。
 「元気でチューか?」と。
 そしてそのまま、貰ってしまったぬいぐるみ。
 「やるよ」と、「それはお前のだから」と。
 けれど、レア物のぬいぐるみ。お返しの品も持っていないから、と断ったら…。
 「それじゃ、貸しってことにしようぜ」と笑ったサム。
 「いつか俺がさ、元気を失くすようなことがあったら、返してくれよ」と。
 そんな日は来ないだろうけれど、と。
 もしも来たなら、その時に「元気でチューか?」と返してくれ、と。


(元気でチューか、か…)
 今がきっと、サムが言っていた時。
 サムが元気を失くしている時。
 今こそ返すべきだろう。貰ったレア物のぬいぐるみを。
 ナキネズミを持って、サムの所へ。
 「元気でチューか?」とあれを返して、サムを励ます時なのだろう。
 ジョミーのことは心配するなと、きっと何かの間違いだからと。
 「元気を出せ」と、「あれは幼馴染のジョミーじゃない」と。
(…まさか返せる時が来るとは…)
 貰いっ放しだと思っていたが、と取り出したナキネズミのぬいぐるみ。
 幼馴染のことで悲しむ今のサムには、きっと効果がある筈だから。
 友達の自分が励ましたならば、どんな薬よりも効くだろうから。
「…元気でチューか…」
 上手くやれればいいんだが、とキュッと握ったぬいぐるみ。
 サムを励ましてやりたいから。…さっき励まし損ねた分まで、駆け損なった声の分まで。
 「元気でチューか?」とサムに返そう、このナキネズミのぬいぐるみを。
 それだけでサムは、きっと笑顔になるだろうから。
 「あの貸し、返されちまったか」と。
 「俺としたことが」と、「やられちまった」と、きっと笑ってくれるだろうから…。

 

        励ましたい友・了

※キースがやった「元気でチューか?」。サムには効果抜群でしたよね、「癒される」と。
 『友の励まし』と対になっています、とうとう書いてしまったか、自分…。





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(ふうん…?)
 耳に入った噂話。
 キースという名が聞こえて来たから、耳を澄ませていたけれど。
 面白い、とクスッと笑ったシロエ。
 どうやらキースは、振られてしまったらしいから。
(機械の申し子はダテじゃないってね)
 思った以上に、人の心の機微というものに疎いらしい。
 あのエリートの先輩は。
(彼女に逃げられてるようじゃ…)
 話にならない、と心で嘲る。
 メンバーズ・エリートを目指すのだったら、恋は要らないものだけれども。
 このステーションでは恋は不要だとも言えるけれども、それはまた別。
 人間としての質の高さで考えるなら…。
(彼女の一人も繋ぎ止められないエリートなんてね)
 本当に笑い話でしかない、そんな愚かな男など。
 しかもキースが破れたらしい恋のライバル、それは宙航の技師だという噂。
 メンバーズどころか、宙航の技師。
 パイロットにすらもなれなかった男、キースに勝利を収めた男は。


 なんとも可笑しくて、馬鹿々々しくて。
 部屋に戻っても、まだ可笑しさがこみ上げてくる。
 宙航の技師に魅力で劣るエリート、そんな者が自分のライバルなのか、と。
(…とりあえず…)
 亜空間理論と位相幾何学の成績は抜かせて貰った、間違いなく。
 E-1077始まって以来の秀才、キースの成績を塗り替えてやった。
 他の教科も、もちろん抜いてやるけれど。
(エリートってヤツは、勉強だけじゃあ…)
 駄目ってことさ、と机の代わりに座り込んだ床。手にした工具。
 此処に来てから作り始めたバイクの仕上げをしなければ。
 乗って颯爽と走ったならば、きっと気分も晴れるから。
(息抜きも大切…)
 特に此処では。
 マザー・イライザが監視しているステーションでは。
 勉強ばかりでは、本当にイライザの意のままになる人形だから。
 それ以外のこともやってみなくては、やりたいことをやりたいように。
(…エネルゲイアの出身だったら…)
 機械に強くて当たり前。
 自分が育った故郷も意識しておきたいから、こうしてバイク。
 工具を手にして作っていたなら、故郷にいるような気持ちだから。
 その間だけは、懐かしい町へ心が飛んでゆくようだから。


(…キースなんかには負けないってね)
 成績はキースに勝って当然、人間としてもキースに勝つ。
 それが目標、いつかは自分が地球のトップに立つのだから。
 器を大きく持っておかねば、人の上には決して立てはしないのだから。
(ぼくなら、彼女に振られるような無様な真似は…)
 しないんだけどな、とクックッと笑う。
 同じエリートが恋のライバルだったとしたって、振られた時には負けは負け。
 いくら成績で勝っていたって、器では敵わないということ。
 振られた相手が選んだ男に、まるで全く。
 「成績は上だ」と叫んだ所で、魅力が無いと笑われるだけ。
 なのに、振られてしまったキース。
 よりにもよって宙航の技師と並んで秤にかけられて。
 「要らない」とポイと捨てられたキース、宙航の技師の方が選ばれて。
 もう可笑しくてたまらないから、早くバイクを仕上げなければ。
 これが出来たら、きっと同期の候補生たちのヒーローだから。
 誰もバイクを作れはしないし、乗って走りもしないから。
(女の子だって寄ってくる筈…)
 日頃の彼女たちの言動、その辺りから考えてみても。
 目新しいものが好きそうな少女、他の同期生たちに人気があるのも…。
(あの子だってね?)
 きっと来るな、と思い浮かべたツインテールの少女。
 同期生の中で一番人気の、クルンとした目の。
 バイクを作り始めた時には、何も考えていなかったけれど。
 出来上がったならば、彼女を乗せて走ってみようか、自分の後ろに。
 そして振られたと噂のキースの前に、颯爽と。


 バイクを作り始めた時の動機から、少し外れてしまったけれど。
 エネルゲイアを懐かしんで走るつもりが、キースとの勝負になりそうだけれど。
 それもいいか、と作り上げたバイク。
 やっと出来たから、今日は早速試運転といこう、と繰り出した食堂。
 案の定、皆に取り囲まれた。
 同期生の男女にワッと囲まれ、質問攻め。
 ツインテールの少女も出て来た、「乗せて、乗せて!」と。
 一番人気の女の子だけに、男子の視線が一気に険しくなるけれど。
 知ったことかと、「いいよ」と答えた。「後ろに乗って」と。
 「危ないから、しっかり捕まっててよ?」と。
 「うんっ!」と後ろに跨った少女。ツインテールの髪を揺らして。
 抱き付くようにギュッと回された少女の両腕、「この野郎!」と睨む男子たち。
(…君たちに魅力が足りないからだよ)
 何処かのキースと変わらないよね、とスイッとバイクで走り出す。
 後ろの少女は、彼女などではないけれど。
 二人きりで話したことなどは無くて、本当はどうでもいいのだけれど。
(ナンバーワンってトコが大切…)
 誰もが羨む、今の自分がいるポジション。
 男子に一番人気がある女子、それを後ろに乗せていることが。
 キースには決して真似の出来ない離れ業。
 自分ならこうして彼女も作れる、その気になりさえしたならば。
 これを機会に「付き合わない?」と言いさえしたなら、後ろの少女は手に入るから。


 そうやって走って、見付けたキース。
 振られたと評判のキースがのんびり、友と座っているようだから。
 すかさずバイクで横に乗り付け、インタビューよろしく問い掛けてみた。
 二科目でキースの成績を抜いたと宣言してから、ついでのように。
 なにしろ、腑抜けたキースときたら、成績の方で受けて立つ気は無いようだから。
 張り合いが無いから、次はこっち、と。
「ところで、あなたの彼女は?」
 そうしたら…。
「彼女? 誰のことだ?」
 怪訝そうなキース、彼は自覚さえ無かったらしい。
 彼の友人ですらも「スウェナか?」とキョトンとしている有様だから。
 しかも「あいつがどうかしたのか?」とまで。
 とっくの昔に、ステーション中にスウェナの噂が流れているのに。
 宙航の技師と結婚すると、キースは振られてしまったらしいと。
 キースが鈍いなら友人も鈍い、類は友を呼ぶと言うべきか。
(バーカ…)
 そんな調子だから振られるんだよ、とツインテールの少女と顔を見合わせた。
 「ね?」とばかりに。
「お二人とも、御存知ないんですか…」
 呆れた、という口調で言ってやる。
「機械の申し子でも分からないことがあるんですね。いや…」
 …機械の申し子だから、分からないのかな?


 ふふっ、と笑ってまた走り出した、ツインテールの少女を乗せて。
 同期生の嫉妬と羨望の眼差し、心地良いそれを浴びに行こうと。
(分かってないね…)
 あの調子じゃね、とシロエはバイクで走り続ける。
 こっちの面でもぼくの勝ちだ、と。
 振られた自覚も無いらしいキース、何も分かっていないらしいキース。
 宙航の技師に魅力で負けたと、まだ気付いてもいないのがキース。
 それに比べて自分はと言えば…。
(今日からぼくの彼女なんです、って言うことだって…)
 簡単に出来る、同期生に人気ナンバーワンの少女をあっさり手に入れることが。
 面倒だからそれはしないけれども、望みさえすれば。
 後ろの少女を誘いさえすれば。
 勝った、と今日は爽快な気分。
 バイクは出来たし、キースにも勝った。
 最高の気分で初乗りが出来た、エネルゲイアと繋がるバイクの。
 故郷で学んだ技術を生かして作り続けて来たバイクの。
 これで何処までも走ってゆこうか、いつかは夢のネバーランドへも。
 地球のトップに立った時には、これで故郷へ帰ろうか。
 父の許へと、母の許へと、バイクを駆って。
 「ただいま」と、「ぼくは帰って来たよ」と。
 機械に命じて取り戻した記憶をしっかりと抱いて、懐かしい町へ、このバイクで…。

 

       勝者のバイク・了

※放映当時に思ったこと。「シロエ、なんで女の子を乗せて走ってるわけ?」。
 アンタそういうキャラだったのかよ、と印象には残ったんですが…。スミマセンです。





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