カテゴリー「地球へ…」の記事一覧
(…友達がいたら…)
何かが変わっていたのかな、とシロエの頭を掠めた考え。
Eー1077の夜はとうに更け、個室での予習なども終わった。
いつものように、ピーターパンの本を開いた所で、昼間の記憶が蘇って来た。
(食堂で、一人で食べていたけれど…)
朝食、昼食、それに夕食、全部の食事を一人きりで食べた。
その食堂にいた者たちの中に、一人でいた者は少ない。
(朝は何人だっけ? 昼には多分、ぼくだけで…)
夕食の時に、また何人か一人だった、と思い返すけれども、その顔ぶれが気になった。
一人で食事だった者は、いつでも一人きりではない。
朝食は一人で食べていたって、ランチタイムは誰かと一緒だったろう。
夕食の席で一人だった者にしても、ランチタイムには、連れがいたのに違いない。
(…毎日、毎日、三食を全部、一人きりなのは…)
覚えている限り、ぼくしかいない、とハタと気付いた。
それがどういう意味を持つのか、嫌と言うほど分かっている。
今日のランチタイムに、キースを見掛けた。
不釣り合いすぎる友人を連れて、ごくごく自然に入って来た。
(サムと二人で、ザッと見回して、空いている席を探して…)
何の違和感も与えることなく、二人は席に着いた。
それから短い会話があったのだろうか、席を立ったのはサムだった。
(ちょっと行って来る、といった感じで…)
食堂のカウンターへ出掛けて、間もなく、トレイを二つ持って戻った。
自分用の昼食と、キースが注文したらしい品を乗っけた、二つのトレイ。
片方をキースの前に据え、もう一方を自分のテーブルに置いて、食事を始めた。
(あいつら、どうして、話が合うんだろう…)
メンバーズに選ばれるのは確実そうなトップエリートと、劣等生なのに、と不思議ではある。
とはいえ、二人が仲がいいのは事実で、誰に尋ねてみたって「友人同士」と答えるだろう。
キース・アニアン。
「マザー・イライザの申し子」と呼ばれるくらいに、優秀過ぎて、誰も近付かない。
「近寄り難い」と言うべきだろうか、誰も好んで声は掛けない。
なのに、サムだけは違った。
人によっては「キースの親友」と表現したりもするだろう。
たった一人だけ、キースと気が合い、常に一緒に行動している。
(…前は、スウェナもいたんだけどな…)
スウェナは結婚するために、ステーションを出たから、今ではサムだけがキースと親しい。
恐らく、卒業した後になっても、なんだかんだと、縁は切れないままだろう。
メンバーズになったキースと、ただのパイロットのサムになっても、縁が続いてゆきそう。
サムの船が、キースの赴任先の星に降りたら、きっと落ち合って、食事したりする。
キースが宿を手配することだって、ありそうだった。
(自分の宿舎に近い所に宿を取ったら、ゆっくり会えるし…)
キースも外泊の許可を貰って、同じ宿に入ったりもするかもしれない。
(…機械みたいな、キースにだって…)
友はいるのに、シロエにはいない。
このステーションはもちろん、他所のステーションを探しても、誰一人いない。
(…子供の頃から、友達らしい友達なんか、いなくて…)
常に見下すような視線で捉えて、蔑みもしたし、逆に嘲られもした。
(ピーターパンが迎えに来るんだから、って言い張ってて…)
そうは思わない者を蔑み、その報いとして「大嘘つき」と嘲笑された。
いつまで待っても、ピーターパンは来なくて、ネバーランドに行かないのだから、仕方ない。
(ネバーランドに行って来たなら、証拠に何か持ってるだろう、って…)
馬鹿にしていた者たちさえいた。
そんな中では、友達を作る気などしないし、ピーターパンがいれば充分だった。
必ず、迎えに来てくれると信じて、準備を整えて待っているだけで、心は常に満たされていた。
そのままの心で、成人検査を受けた結果が、今の人生そのものだった。
(…こんな所に、ピーターパンは来てくれないし…)
この先にしたって、来ないままかもしれない。
もしも、ピーターパンが来ないままで、人生を終えてゆくとしたなら、どうだろう。
(…来るかどうかも分からない、ピーターパンを待っているより…)
友達がいた方がマシな人生だったろうか、という気がしないでもない。
キースでさえも、「サム」という「友」を持っている。
「シロエ」の方にも、不釣り合いな者でいいから、誰かいたなら、何もかも変わる。
夜更けに一人で、ピーターパンの本を開いて座ってはいない。
(…夜更けの外出は禁止されているけど、明日になったら、友達に会えるし…)
朝食の約束をしているのだったら、その席に行くまでに、やっておきたいことも生まれる。
渡したい「何か」を仕上げておくとか、授業の合間にやりたい「何か」の下準備とか。
(レクリエーション・センターに予約をしたり…)
明日の食堂の日替わりメニューを調べておくとか、楽しみが幾つも出来るのだろう。
(食堂で、一人きりじゃない人は、誰でも…)
キースにしたって、サムのために何かを考えるんだ、と想像すると何処か悲しい。
「友達」を作らないままで来たのは、失敗だったろうか。
不釣り合いでも「友」がいたなら、マザー牧場の羊にされても、平気だったかもしれない。
(…羊になるのも、悪くないよね、って…)
考えられたら、人生は、きっと楽だった。
深く考えてみれば、それは「敗北」に違いなくても、そちらに行くべきだっただろうか。
こんな所で、ただ一人きりで、足掻き続ける人生を歩み続けてゆくよりも…。
友がいたなら・了
※シロエの友人は、アニテラでも原作でも「いない」らしくて、アニテラの子供時代もそう。
機械の申し子と呼ばれるキースでさえ、サムがいるわけで、其処から生まれたお話。
何かが変わっていたのかな、とシロエの頭を掠めた考え。
Eー1077の夜はとうに更け、個室での予習なども終わった。
いつものように、ピーターパンの本を開いた所で、昼間の記憶が蘇って来た。
(食堂で、一人で食べていたけれど…)
朝食、昼食、それに夕食、全部の食事を一人きりで食べた。
その食堂にいた者たちの中に、一人でいた者は少ない。
(朝は何人だっけ? 昼には多分、ぼくだけで…)
夕食の時に、また何人か一人だった、と思い返すけれども、その顔ぶれが気になった。
一人で食事だった者は、いつでも一人きりではない。
朝食は一人で食べていたって、ランチタイムは誰かと一緒だったろう。
夕食の席で一人だった者にしても、ランチタイムには、連れがいたのに違いない。
(…毎日、毎日、三食を全部、一人きりなのは…)
覚えている限り、ぼくしかいない、とハタと気付いた。
それがどういう意味を持つのか、嫌と言うほど分かっている。
今日のランチタイムに、キースを見掛けた。
不釣り合いすぎる友人を連れて、ごくごく自然に入って来た。
(サムと二人で、ザッと見回して、空いている席を探して…)
何の違和感も与えることなく、二人は席に着いた。
それから短い会話があったのだろうか、席を立ったのはサムだった。
(ちょっと行って来る、といった感じで…)
食堂のカウンターへ出掛けて、間もなく、トレイを二つ持って戻った。
自分用の昼食と、キースが注文したらしい品を乗っけた、二つのトレイ。
片方をキースの前に据え、もう一方を自分のテーブルに置いて、食事を始めた。
(あいつら、どうして、話が合うんだろう…)
メンバーズに選ばれるのは確実そうなトップエリートと、劣等生なのに、と不思議ではある。
とはいえ、二人が仲がいいのは事実で、誰に尋ねてみたって「友人同士」と答えるだろう。
キース・アニアン。
「マザー・イライザの申し子」と呼ばれるくらいに、優秀過ぎて、誰も近付かない。
「近寄り難い」と言うべきだろうか、誰も好んで声は掛けない。
なのに、サムだけは違った。
人によっては「キースの親友」と表現したりもするだろう。
たった一人だけ、キースと気が合い、常に一緒に行動している。
(…前は、スウェナもいたんだけどな…)
スウェナは結婚するために、ステーションを出たから、今ではサムだけがキースと親しい。
恐らく、卒業した後になっても、なんだかんだと、縁は切れないままだろう。
メンバーズになったキースと、ただのパイロットのサムになっても、縁が続いてゆきそう。
サムの船が、キースの赴任先の星に降りたら、きっと落ち合って、食事したりする。
キースが宿を手配することだって、ありそうだった。
(自分の宿舎に近い所に宿を取ったら、ゆっくり会えるし…)
キースも外泊の許可を貰って、同じ宿に入ったりもするかもしれない。
(…機械みたいな、キースにだって…)
友はいるのに、シロエにはいない。
このステーションはもちろん、他所のステーションを探しても、誰一人いない。
(…子供の頃から、友達らしい友達なんか、いなくて…)
常に見下すような視線で捉えて、蔑みもしたし、逆に嘲られもした。
(ピーターパンが迎えに来るんだから、って言い張ってて…)
そうは思わない者を蔑み、その報いとして「大嘘つき」と嘲笑された。
いつまで待っても、ピーターパンは来なくて、ネバーランドに行かないのだから、仕方ない。
(ネバーランドに行って来たなら、証拠に何か持ってるだろう、って…)
馬鹿にしていた者たちさえいた。
そんな中では、友達を作る気などしないし、ピーターパンがいれば充分だった。
必ず、迎えに来てくれると信じて、準備を整えて待っているだけで、心は常に満たされていた。
そのままの心で、成人検査を受けた結果が、今の人生そのものだった。
(…こんな所に、ピーターパンは来てくれないし…)
この先にしたって、来ないままかもしれない。
もしも、ピーターパンが来ないままで、人生を終えてゆくとしたなら、どうだろう。
(…来るかどうかも分からない、ピーターパンを待っているより…)
友達がいた方がマシな人生だったろうか、という気がしないでもない。
キースでさえも、「サム」という「友」を持っている。
「シロエ」の方にも、不釣り合いな者でいいから、誰かいたなら、何もかも変わる。
夜更けに一人で、ピーターパンの本を開いて座ってはいない。
(…夜更けの外出は禁止されているけど、明日になったら、友達に会えるし…)
朝食の約束をしているのだったら、その席に行くまでに、やっておきたいことも生まれる。
渡したい「何か」を仕上げておくとか、授業の合間にやりたい「何か」の下準備とか。
(レクリエーション・センターに予約をしたり…)
明日の食堂の日替わりメニューを調べておくとか、楽しみが幾つも出来るのだろう。
(食堂で、一人きりじゃない人は、誰でも…)
キースにしたって、サムのために何かを考えるんだ、と想像すると何処か悲しい。
「友達」を作らないままで来たのは、失敗だったろうか。
不釣り合いでも「友」がいたなら、マザー牧場の羊にされても、平気だったかもしれない。
(…羊になるのも、悪くないよね、って…)
考えられたら、人生は、きっと楽だった。
深く考えてみれば、それは「敗北」に違いなくても、そちらに行くべきだっただろうか。
こんな所で、ただ一人きりで、足掻き続ける人生を歩み続けてゆくよりも…。
友がいたなら・了
※シロエの友人は、アニテラでも原作でも「いない」らしくて、アニテラの子供時代もそう。
機械の申し子と呼ばれるキースでさえ、サムがいるわけで、其処から生まれたお話。
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「マツカ、コーヒーを頼む」
いつもの調子でキースは口にし、振り返ってから気付いた。
コーヒーを頼んだ相手は、何処にもいない。
席を外しているのではなくて、いつまで待とうと、戻っては来ない。
(……そうだった……)
あいつは死んでしまったのだった、と心の奥深くから湧き上がるものは、何なのだろう。
悲しみなのか、喪失感か、後悔と呼ばれる感情なのか。
(…後悔などはしない生き方をして来て、実際、その通りだったが…)
今回ばかりは、そうはいかないようだ、とキース自身にも、自覚はあった。
「マツカ」を失った時から、何度も囚われ続けた「想い」。
絡み付く「それ」は、後悔以外の何物でもなくて、キースの心を縛り続ける。
マツカの死因に、キースは、直接、関わっていない。
キース自身が「死んでいた」からで、マツカの魂に呼ばれて蘇っただけ。
息を吹き返す前に、全ては「終わってしまっていた」。
「死んでいた」キースの身体を庇うようにして、マツカは逝った。
もしもマツカが「その身を呈して」庇わなければ、キースの蘇生は叶わなかったろう。
魂が戻るべき「肉体」が失われていたなら、息を吹き返すことは出来ない。
(…どうして、私を庇ったのだ…)
あれだけ冷たく扱ったのに、と思うけれども、それこそがマツカの生き方だった。
ミュウの側へと、逃れる機会は何度もあった筈だけれども、そうはしないで残り続けた。
(…ほんの気まぐれで、シロエと面影が重なっただけのことで…)
マツカを殺さなかったのが、出会いと切っ掛け。
その後は、「利用価値がある」と考えたから側近に据えて、便利に使った。
(…とはいえ、確かに、グランドマザーに逆らう行為で…)
知れていたなら、大変な事態になったろう。
マツカという「存在」に、重きを置き始めていたせいで、頼り続けた。
頼っていると気付かないままで、「甘えていた」部分さえもが、あったのだろう。
いつまでも、側にいるのだと考えていた。
ミュウの侵攻が激しさを増して、人類の敗色が濃くなって来ても、マツカは逃亡しなかった。
だから、「キース」が最期を迎える、その瞬間まで、「マツカ」がいるように思っていた。
(…私を看取って、それからミュウの船へ行くのか、あるいは、私もろとも…)
爆撃などに巻き込まれて、命を落とすことになるのだろう、と予感めいた思いがあった。
けれども、マツカは、逝ってしまった。
「コーヒーを頼む」と、心を落ち着けるための「一杯」を頼むことも出来ない。
いくら探しても、見付かりはしない。
直属の部下たちを総動員しても、マツカの消息を掴めはしない。
(…お前の魂は、何処へ飛び去って行ったのだ…)
地球を目指して進撃を続ける、白い鯨の船に行ったか、それとも、同僚だった人類の所か。
マツカは苛められる立場だったけれど、人類軍の戦死者たちと共にいそうな気もする。
いつか「キース」がやって来るまで、彼らと一緒にいるのだろうか。
(…しかし、私は…)
人類ではなくて、ミュウの側でもない。
機械が無から作った生命体で、どちら側にも属さない命。
果たして「魂」があるかどうかも、怪しいくらいに、危うすぎる存在と言えるだろう。
「キース」が「無から作られた」ことを、キースは誰にも明かしてはいない。
気付いていた者が、いるとしたなら、「シロエ」の他には、「マツカ」だった。
出生の秘密が明かされた時に、マツカは、Eー1077に同行していた。
(マツカは、私の心を読みはしないが、長い年月を共にする間に…)
ふとした動きや、なんでもなさそうな表情などから、読み取れていた可能性は高い。
知っていたとしたなら、もしかしたなら、今も何処かで、待っているのかもしれない。
人類の側にも、白い鯨にも行きはしないで、魂だけが留まり続けて。
(…私の魂には、行ける所が無いとしたなら…)
人類の魂が行くべき場所にも、ミュウの魂が行きつく場所にも、行けないことは有り得る。
機械が作った生命体など、神を冒涜する者でしかない。
行くべき所が見付からないまま、永遠に彷徨い続けるのならば、マツカは共に来るのだろうか。
天にも地にも、居場所を持たない「キース」に寄り添い、暗闇だろうと、いそうに思える。
(……そうなのか? マツカ……?)
こんな呪われた魂だろうと、お前は私と共に来るのか、と漆黒の宇宙に問うても、返事はない。
答えは返って来ないけれども、マツカだったら、共に来るのかもしれない。
この瞬間にさえも、「キース」の想いを受け止め続けて、返せる言葉を探し続けて。
どうすれば、キースに声が届くか、ただ一人きりで、道を探して…。
共にいた者・了
※マツカの魂は、何処へ行ったか。ミュウの側なのか、人類側にいるのか。
そう考えた所から、出来たお話です。キースは、どっちにも行けそうにないかも、と…。
いつもの調子でキースは口にし、振り返ってから気付いた。
コーヒーを頼んだ相手は、何処にもいない。
席を外しているのではなくて、いつまで待とうと、戻っては来ない。
(……そうだった……)
あいつは死んでしまったのだった、と心の奥深くから湧き上がるものは、何なのだろう。
悲しみなのか、喪失感か、後悔と呼ばれる感情なのか。
(…後悔などはしない生き方をして来て、実際、その通りだったが…)
今回ばかりは、そうはいかないようだ、とキース自身にも、自覚はあった。
「マツカ」を失った時から、何度も囚われ続けた「想い」。
絡み付く「それ」は、後悔以外の何物でもなくて、キースの心を縛り続ける。
マツカの死因に、キースは、直接、関わっていない。
キース自身が「死んでいた」からで、マツカの魂に呼ばれて蘇っただけ。
息を吹き返す前に、全ては「終わってしまっていた」。
「死んでいた」キースの身体を庇うようにして、マツカは逝った。
もしもマツカが「その身を呈して」庇わなければ、キースの蘇生は叶わなかったろう。
魂が戻るべき「肉体」が失われていたなら、息を吹き返すことは出来ない。
(…どうして、私を庇ったのだ…)
あれだけ冷たく扱ったのに、と思うけれども、それこそがマツカの生き方だった。
ミュウの側へと、逃れる機会は何度もあった筈だけれども、そうはしないで残り続けた。
(…ほんの気まぐれで、シロエと面影が重なっただけのことで…)
マツカを殺さなかったのが、出会いと切っ掛け。
その後は、「利用価値がある」と考えたから側近に据えて、便利に使った。
(…とはいえ、確かに、グランドマザーに逆らう行為で…)
知れていたなら、大変な事態になったろう。
マツカという「存在」に、重きを置き始めていたせいで、頼り続けた。
頼っていると気付かないままで、「甘えていた」部分さえもが、あったのだろう。
いつまでも、側にいるのだと考えていた。
ミュウの侵攻が激しさを増して、人類の敗色が濃くなって来ても、マツカは逃亡しなかった。
だから、「キース」が最期を迎える、その瞬間まで、「マツカ」がいるように思っていた。
(…私を看取って、それからミュウの船へ行くのか、あるいは、私もろとも…)
爆撃などに巻き込まれて、命を落とすことになるのだろう、と予感めいた思いがあった。
けれども、マツカは、逝ってしまった。
「コーヒーを頼む」と、心を落ち着けるための「一杯」を頼むことも出来ない。
いくら探しても、見付かりはしない。
直属の部下たちを総動員しても、マツカの消息を掴めはしない。
(…お前の魂は、何処へ飛び去って行ったのだ…)
地球を目指して進撃を続ける、白い鯨の船に行ったか、それとも、同僚だった人類の所か。
マツカは苛められる立場だったけれど、人類軍の戦死者たちと共にいそうな気もする。
いつか「キース」がやって来るまで、彼らと一緒にいるのだろうか。
(…しかし、私は…)
人類ではなくて、ミュウの側でもない。
機械が無から作った生命体で、どちら側にも属さない命。
果たして「魂」があるかどうかも、怪しいくらいに、危うすぎる存在と言えるだろう。
「キース」が「無から作られた」ことを、キースは誰にも明かしてはいない。
気付いていた者が、いるとしたなら、「シロエ」の他には、「マツカ」だった。
出生の秘密が明かされた時に、マツカは、Eー1077に同行していた。
(マツカは、私の心を読みはしないが、長い年月を共にする間に…)
ふとした動きや、なんでもなさそうな表情などから、読み取れていた可能性は高い。
知っていたとしたなら、もしかしたなら、今も何処かで、待っているのかもしれない。
人類の側にも、白い鯨にも行きはしないで、魂だけが留まり続けて。
(…私の魂には、行ける所が無いとしたなら…)
人類の魂が行くべき場所にも、ミュウの魂が行きつく場所にも、行けないことは有り得る。
機械が作った生命体など、神を冒涜する者でしかない。
行くべき所が見付からないまま、永遠に彷徨い続けるのならば、マツカは共に来るのだろうか。
天にも地にも、居場所を持たない「キース」に寄り添い、暗闇だろうと、いそうに思える。
(……そうなのか? マツカ……?)
こんな呪われた魂だろうと、お前は私と共に来るのか、と漆黒の宇宙に問うても、返事はない。
答えは返って来ないけれども、マツカだったら、共に来るのかもしれない。
この瞬間にさえも、「キース」の想いを受け止め続けて、返せる言葉を探し続けて。
どうすれば、キースに声が届くか、ただ一人きりで、道を探して…。
共にいた者・了
※マツカの魂は、何処へ行ったか。ミュウの側なのか、人類側にいるのか。
そう考えた所から、出来たお話です。キースは、どっちにも行けそうにないかも、と…。
「自分を信じることから道は開ける」
「事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないさ」
遠い日、まだアルテメシアに潜んでいた頃、僕がジョミーに贈った言葉だ。
この言葉が、今もなお、途切れることなく、心の奥深くで巡り続ける。
本当に、僕は正しかったのか。
取り返しのつかない誤った教えを、ジョミーに伝えていないだろうか。
メギドに飛ぶ前、シャングリラの中にいた時、目だけで、ジョミーにこう伝えた。
「長とは、どうあるべきか、これが君に伝えられる、最後のチャンスになるかもしれない」
僕の中には、キースを察知して目覚めた時から、予感があった。
キースと、彼の背後の脅威を滅ぼし、禍根を断っておくべきなのだ、と。
だから迷いなく、メギドへと飛んだ。
あの選択は、正しかったろうか。
あそこで飛ぶより、ジョミーと共にナスカへと降り、皆を連れ戻すべきだったかもしれない。
結果論になるとはいえ、そのための時間は充分にあった。
ジョミーと僕のサイオンがあったら、力ずくでも、皆を眠らせることは可能だった。
そうしておいたら、皆をシャトルに積み込んで脱出させられた。
目覚めた時には船の中でも、「ナスカは滅びた」ことを知ったら、文句は出なかったろう。
そちらの道を取っていたなら、ジョミーの心に刻まれたものは、違っていた。
「一人でも多くの命を救わないといけない」。
反対意見の者であっても、手段を尽くして「救うべきだ」と。
似たような言葉なら、あの日、ジョミーに伝えた。
「我々にとっての勝利は、一人でも多くのミュウが生き残ることだ」。
僕は、「ミュウ」としか言いはしなかった。
言葉足らずな部分があったことを、否めはしない。
ジョミーが受け止めた言葉は、額面通りで、こうだったのだろう。
「一人でも多くのミュウが生き残ることだ」。
ナスカから後のジョミーは、僕の言葉に、忠実すぎるくらいに従い続けた。
「一人でも多くのミュウ」が生き残るために、血に染まった道を歩んでいった。
救難信号を発信している人類軍の船さえ、容赦なく破壊し、仲間たちにさえも恐れられた。
破竹の勢いで地球を目指して、ジョミーは、確かに「勝った」と言える。
自分自身の命をも捨て、グランド・マザーも、マザー・システムも完全に倒した。
とはいえ、それが「正しかった」と、誰が確信を持って言えるだろう。
もっと戦略的な方法で、駆け引きしながらの侵攻であれば、犠牲者は減らせた。
地球までの道は回り道でも、あそこまでの数の命は、失われていない。
ジョミー自身も、命を落とすことなく、円満に全てを終わらせる道はあったと思う。
恐らく今も、多くの者たちが、両方の道筋を思い描いて、思考を巡らせているだろう。
「ジョミー・マーキス・シン」は、本当に「正しかったか」。
採るべき道は他に無かったのか、「恐るべき侵略者」だった部分は無かったのか、と。
あの日、ジョミーに「長としての、あり方」を示した僕も、未だに答えを見いだせない。
ジョミーが正しかったのなら、僕にも悔いはない。
もしも、逆であったら、ジョミーに、間違えたことを伝えたのは「僕」だ。
ジョミーが歩んだ血塗れの道で、失われていった命に、責任を負うのも、僕でしかない。
救命艇ごと破壊された命に、何と詫びればいいのだろう。
ジョミーが「一人でも多くの命を救わないといけない」と考えていたなら、結果は違った。
彼らは救われ、シャングリラに迎え入れられた後、捕虜として人類軍側に引き渡された筈だ。
そんな具合に、失われた命が多すぎた戦い。
僕の言葉が間違っていたなら、取り返しのつかないミスでしかない。
「事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないさ」
この言葉が指し示す「善し悪し」、どちらだったか、今も答えは出て来ないまま。
少しずつ青くなってゆく地球が、青い水の星に戻る頃には、全てが終わったと言えるだろうか。
僕は今でも、蘇りつつある地球を見ながら、自問自答を繰り返している。
こう言ったならば、魂が縛られたままのように思えるけれども、多分、そうではないだろう。
目に映る地球は、夜であったり、いきなり昼に変わっていたりと、目まぐるしく変わる。
本当の「僕」の魂は、とうの昔に生まれ変わって、何処かで「普通に」暮らしていそうだ。
ただ、魂に刻まれた「問い」が大きすぎて、夜に見る夢の合間に、引き戻されるだけ。
翌朝、目覚めた「今の僕」には、地球を見ていた記憶も、自問自答も、残っていないだろう。
永劫とも言えるくらいに長い時間を、僕は、自分に問い続ける。
いつの日か、地球が青くなったら、「事の善し悪し」が分かって、永劫の問いは終わるだろうか。
そうあって欲しいし、そうであって欲しい。
良い方であろうと、悪い方であろうと、答えが出るなら、僕は喜んで、それを受け入れよう。
出来ることなら、答えが出る時、「今の僕」が、青い地球の上にいれば嬉しい。
たとえ一本の花であっても、蘇った地球の風に吹かれて、水の星の息吹を感じ取れたら…。
永劫の問い・了
※アニテラのブルーが逝った日から、19年。未だに追悼作品を書く人、他にはいないかも。
おまけに原点回帰とも言える中身で、暗くて、すみませんです。
最後に出て来る「一本の花」は、アニテラ最終話のラストシーンをイメージしました。
作者、コレ書いてる合間に、アーモンドチョコとか食べてますんで、ご心配なく。
「事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないさ」
遠い日、まだアルテメシアに潜んでいた頃、僕がジョミーに贈った言葉だ。
この言葉が、今もなお、途切れることなく、心の奥深くで巡り続ける。
本当に、僕は正しかったのか。
取り返しのつかない誤った教えを、ジョミーに伝えていないだろうか。
メギドに飛ぶ前、シャングリラの中にいた時、目だけで、ジョミーにこう伝えた。
「長とは、どうあるべきか、これが君に伝えられる、最後のチャンスになるかもしれない」
僕の中には、キースを察知して目覚めた時から、予感があった。
キースと、彼の背後の脅威を滅ぼし、禍根を断っておくべきなのだ、と。
だから迷いなく、メギドへと飛んだ。
あの選択は、正しかったろうか。
あそこで飛ぶより、ジョミーと共にナスカへと降り、皆を連れ戻すべきだったかもしれない。
結果論になるとはいえ、そのための時間は充分にあった。
ジョミーと僕のサイオンがあったら、力ずくでも、皆を眠らせることは可能だった。
そうしておいたら、皆をシャトルに積み込んで脱出させられた。
目覚めた時には船の中でも、「ナスカは滅びた」ことを知ったら、文句は出なかったろう。
そちらの道を取っていたなら、ジョミーの心に刻まれたものは、違っていた。
「一人でも多くの命を救わないといけない」。
反対意見の者であっても、手段を尽くして「救うべきだ」と。
似たような言葉なら、あの日、ジョミーに伝えた。
「我々にとっての勝利は、一人でも多くのミュウが生き残ることだ」。
僕は、「ミュウ」としか言いはしなかった。
言葉足らずな部分があったことを、否めはしない。
ジョミーが受け止めた言葉は、額面通りで、こうだったのだろう。
「一人でも多くのミュウが生き残ることだ」。
ナスカから後のジョミーは、僕の言葉に、忠実すぎるくらいに従い続けた。
「一人でも多くのミュウ」が生き残るために、血に染まった道を歩んでいった。
救難信号を発信している人類軍の船さえ、容赦なく破壊し、仲間たちにさえも恐れられた。
破竹の勢いで地球を目指して、ジョミーは、確かに「勝った」と言える。
自分自身の命をも捨て、グランド・マザーも、マザー・システムも完全に倒した。
とはいえ、それが「正しかった」と、誰が確信を持って言えるだろう。
もっと戦略的な方法で、駆け引きしながらの侵攻であれば、犠牲者は減らせた。
地球までの道は回り道でも、あそこまでの数の命は、失われていない。
ジョミー自身も、命を落とすことなく、円満に全てを終わらせる道はあったと思う。
恐らく今も、多くの者たちが、両方の道筋を思い描いて、思考を巡らせているだろう。
「ジョミー・マーキス・シン」は、本当に「正しかったか」。
採るべき道は他に無かったのか、「恐るべき侵略者」だった部分は無かったのか、と。
あの日、ジョミーに「長としての、あり方」を示した僕も、未だに答えを見いだせない。
ジョミーが正しかったのなら、僕にも悔いはない。
もしも、逆であったら、ジョミーに、間違えたことを伝えたのは「僕」だ。
ジョミーが歩んだ血塗れの道で、失われていった命に、責任を負うのも、僕でしかない。
救命艇ごと破壊された命に、何と詫びればいいのだろう。
ジョミーが「一人でも多くの命を救わないといけない」と考えていたなら、結果は違った。
彼らは救われ、シャングリラに迎え入れられた後、捕虜として人類軍側に引き渡された筈だ。
そんな具合に、失われた命が多すぎた戦い。
僕の言葉が間違っていたなら、取り返しのつかないミスでしかない。
「事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないさ」
この言葉が指し示す「善し悪し」、どちらだったか、今も答えは出て来ないまま。
少しずつ青くなってゆく地球が、青い水の星に戻る頃には、全てが終わったと言えるだろうか。
僕は今でも、蘇りつつある地球を見ながら、自問自答を繰り返している。
こう言ったならば、魂が縛られたままのように思えるけれども、多分、そうではないだろう。
目に映る地球は、夜であったり、いきなり昼に変わっていたりと、目まぐるしく変わる。
本当の「僕」の魂は、とうの昔に生まれ変わって、何処かで「普通に」暮らしていそうだ。
ただ、魂に刻まれた「問い」が大きすぎて、夜に見る夢の合間に、引き戻されるだけ。
翌朝、目覚めた「今の僕」には、地球を見ていた記憶も、自問自答も、残っていないだろう。
永劫とも言えるくらいに長い時間を、僕は、自分に問い続ける。
いつの日か、地球が青くなったら、「事の善し悪し」が分かって、永劫の問いは終わるだろうか。
そうあって欲しいし、そうであって欲しい。
良い方であろうと、悪い方であろうと、答えが出るなら、僕は喜んで、それを受け入れよう。
出来ることなら、答えが出る時、「今の僕」が、青い地球の上にいれば嬉しい。
たとえ一本の花であっても、蘇った地球の風に吹かれて、水の星の息吹を感じ取れたら…。
永劫の問い・了
※アニテラのブルーが逝った日から、19年。未だに追悼作品を書く人、他にはいないかも。
おまけに原点回帰とも言える中身で、暗くて、すみませんです。
最後に出て来る「一本の花」は、アニテラ最終話のラストシーンをイメージしました。
作者、コレ書いてる合間に、アーモンドチョコとか食べてますんで、ご心配なく。
(…マザー牧場の羊たち…)
順調に育っているようで何より、とシロエが浮かべた嘲りの笑み。
Eー1044の夜の個室で、昼間の光景を思い返すと、他の言葉は出て来ない。
(到着してから、まだ一週間ほどなのに…)
すっかり、マザー・イライザの虜だよね、と可笑しくなる。
先日、着いたばかりの、エリート候補生の卵たちの群れ。
成人検査を終えた直後で、おどおどしていた。
それが今では、どうだろう。
彼らの話の中身と言ったら、マザー・イライザへの全面的な信頼に溢れている。
(…あんなに良く出来た母親は、いないって?)
此処に着いた時には、故郷の母の話が多かったのに、と呆れ果ててしまう。
引き離されて来た、故郷を思って、涙を零した者さえ見掛けた。
ところが、今の彼らの「母」というのは、マザー・イライザに他ならない。
(一体、どの辺りから入れ替わったんだろう。お見事としか…)
何という手際のいい機械なのだろう、と「傍観者」の立場だからこそ見えて来る。
故郷の母より、マザー・イライザを慕い始めている、当人に自覚は無さそうだった。
鮮やかなまでに「人の心」を操る機械。
本来、機械は、人間の暮らしを便利にしてゆくために、作り出されていた存在。
(…機械弄りが趣味だった上に、エネルゲイアの出身だから…)
そういった機械の歴史については、一般人よりも遥かに詳しい。
機械が「人間を超えてゆく」ことが危惧されていた時代も、黎明期にはあったと聞いている。
あらゆるデータを拾い集めた「賢い機械」が、人間を超えた力を持つことが恐れられた。
(…そんな時代に、きちんと線引きしてくれていたなら…)
マザー・イライザも、地球にいるというグランド・マザーも、いなかったろう。
SD体制を敷くにしたって、機械に与えられた領域は、あくまで「人間の監視」のみ。
規則を破って、地球への降下を試みそうな者を、探し出しては、チェックするとか。
(…人間だけの力じゃ、監視するにも、限界があるしね…)
機械がするのは、「この人間の行動に注意するべき」と、関係機関に知らせることだけ。
後の始末は、「人間」がつける。
厄介事を引き起こす前に、捕えに出掛けて、厳重に注意してから、家に戻すなど。
家に戻した後の監視は、再び機械任せにしておけばいい。
そんな機械を作っておいたら、勝手に記憶を操作したりする「化け物」は生まれて来なかった。
今の時代は、明らかに「機械が主役」になっている世界。
機械が囁き掛ける言葉や、導いてゆこうとする方向に、「人間」は、黙って従ってゆく。
「逆らう」ことなど、考えもしないで、「マザー牧場の羊」に育ってゆくばかり。
(…なんて時代だろう…)
どの辺で道を誤ったんだろう、と疑問だけれども、その件についての説などは無い。
きっと「機械に都合のいいよう」、関連付けられた論文などは、抹消されているのだろう。
酷い時代だと思うけれども、考えようによっては、「いい」のかもしれない。
(…機械の言葉に従ってさえいれば、苦労することなんか何も無くって…)
思い通りにいかない「何か」があるなら、地球くらいかな、と分かってはいる。
一度は滅びた「地球」という星は、人類の聖地と呼ばれていた。
ごく少数の「選ばれた人間」以外に、本物の「地球」へ降下することは許されていない。
一生、地球に焦がれ続けて、地球を一目も見られないまま、命を終える者が殆ど。
(…地球があるらしい、ソル太陽系にさえも、近付けなくて…)
太陽さえも見られないのが普通なんだ、と考えてみると、機械に従って生きても損は無さそう。
殆どの者が「見られない」なら、さほど羨ましいとも思わないだろう。
そう考えてみると、「機械に逆らって、生きてゆく」より、従った方が、楽な人生。
逆らって生きてゆく道に、メリットは、あまりありそうにない。
(…ぼくは、せっせと逆らい続けて、パパとママの記憶も、消され続けて…)
コールされる度に、故郷の記憶が薄れるけれども、コールされない者たちは違う。
機械に「都合のいい」人材なのだし、危険な要素を取り除かなくても、そのままでいい。
(たまに、食堂とかで、故郷の話に花を咲かせているグループとかが…)
あったりするから、彼らの中の「故郷の記憶」は、おぼろげとはいえ、残っているのだろう。
どんな景色の場所で育っていたのか、養父母たちとの暮らしは、どうだったのかも。
(…ぼくだって、マザー・イライザに逆らうことなんか、思い付きもしないで…)
言われる通りに生きていたなら、楽に暮らしていただろう。
此処に来る時、ピーターパンの本を失っていれば、そうなった気がする。
(…成人検査に、荷物を持って行くのは、禁止なんだし…)
規則通りに没収された、とガッカリした後には、切り替えるしかない。
マザー・イライザの指示に従い、メンバーズ・エリートに選ばれるように努力するだけ。
(…どういった風に生きて行ったら、確実に選んで貰えるんだろう、って…)
尋ねる相手は、マザー・イライザ。
頼りになるのも、マザー・イライザ。
そうやって「マザー・イライザ」に依存して、メンバーズ・エリートに選ばれた後には…。
(…グランド・マザーが、どうすればいいのか、導いてくれるし…)
何も間違えはしないで、順風満帆、と思うけれども、どちらの生き方が正しいのだろう。
信じるものは「機械」か、「自分自身の心」にすべきか、悩ましい時代。
「自分自身を信じるシロエ」が正しかったかどうかは、後の時代まで分からない。
(…正しかったの、ぼくの方だと評価されたら…)
本望だけど、と今のシロエは祈るしかない。
後の時代を生きる人間たちの評価が、「セキ・レイ・シロエ」を支持してくれることを…。
信じるもの・了
※自分の信念を信じて生きるか、機械の言いなりになって生きるか。
シロエは前者を選びましたけど、ピーターパンの本を失っていたら、違ったのかも…。
順調に育っているようで何より、とシロエが浮かべた嘲りの笑み。
Eー1044の夜の個室で、昼間の光景を思い返すと、他の言葉は出て来ない。
(到着してから、まだ一週間ほどなのに…)
すっかり、マザー・イライザの虜だよね、と可笑しくなる。
先日、着いたばかりの、エリート候補生の卵たちの群れ。
成人検査を終えた直後で、おどおどしていた。
それが今では、どうだろう。
彼らの話の中身と言ったら、マザー・イライザへの全面的な信頼に溢れている。
(…あんなに良く出来た母親は、いないって?)
此処に着いた時には、故郷の母の話が多かったのに、と呆れ果ててしまう。
引き離されて来た、故郷を思って、涙を零した者さえ見掛けた。
ところが、今の彼らの「母」というのは、マザー・イライザに他ならない。
(一体、どの辺りから入れ替わったんだろう。お見事としか…)
何という手際のいい機械なのだろう、と「傍観者」の立場だからこそ見えて来る。
故郷の母より、マザー・イライザを慕い始めている、当人に自覚は無さそうだった。
鮮やかなまでに「人の心」を操る機械。
本来、機械は、人間の暮らしを便利にしてゆくために、作り出されていた存在。
(…機械弄りが趣味だった上に、エネルゲイアの出身だから…)
そういった機械の歴史については、一般人よりも遥かに詳しい。
機械が「人間を超えてゆく」ことが危惧されていた時代も、黎明期にはあったと聞いている。
あらゆるデータを拾い集めた「賢い機械」が、人間を超えた力を持つことが恐れられた。
(…そんな時代に、きちんと線引きしてくれていたなら…)
マザー・イライザも、地球にいるというグランド・マザーも、いなかったろう。
SD体制を敷くにしたって、機械に与えられた領域は、あくまで「人間の監視」のみ。
規則を破って、地球への降下を試みそうな者を、探し出しては、チェックするとか。
(…人間だけの力じゃ、監視するにも、限界があるしね…)
機械がするのは、「この人間の行動に注意するべき」と、関係機関に知らせることだけ。
後の始末は、「人間」がつける。
厄介事を引き起こす前に、捕えに出掛けて、厳重に注意してから、家に戻すなど。
家に戻した後の監視は、再び機械任せにしておけばいい。
そんな機械を作っておいたら、勝手に記憶を操作したりする「化け物」は生まれて来なかった。
今の時代は、明らかに「機械が主役」になっている世界。
機械が囁き掛ける言葉や、導いてゆこうとする方向に、「人間」は、黙って従ってゆく。
「逆らう」ことなど、考えもしないで、「マザー牧場の羊」に育ってゆくばかり。
(…なんて時代だろう…)
どの辺で道を誤ったんだろう、と疑問だけれども、その件についての説などは無い。
きっと「機械に都合のいいよう」、関連付けられた論文などは、抹消されているのだろう。
酷い時代だと思うけれども、考えようによっては、「いい」のかもしれない。
(…機械の言葉に従ってさえいれば、苦労することなんか何も無くって…)
思い通りにいかない「何か」があるなら、地球くらいかな、と分かってはいる。
一度は滅びた「地球」という星は、人類の聖地と呼ばれていた。
ごく少数の「選ばれた人間」以外に、本物の「地球」へ降下することは許されていない。
一生、地球に焦がれ続けて、地球を一目も見られないまま、命を終える者が殆ど。
(…地球があるらしい、ソル太陽系にさえも、近付けなくて…)
太陽さえも見られないのが普通なんだ、と考えてみると、機械に従って生きても損は無さそう。
殆どの者が「見られない」なら、さほど羨ましいとも思わないだろう。
そう考えてみると、「機械に逆らって、生きてゆく」より、従った方が、楽な人生。
逆らって生きてゆく道に、メリットは、あまりありそうにない。
(…ぼくは、せっせと逆らい続けて、パパとママの記憶も、消され続けて…)
コールされる度に、故郷の記憶が薄れるけれども、コールされない者たちは違う。
機械に「都合のいい」人材なのだし、危険な要素を取り除かなくても、そのままでいい。
(たまに、食堂とかで、故郷の話に花を咲かせているグループとかが…)
あったりするから、彼らの中の「故郷の記憶」は、おぼろげとはいえ、残っているのだろう。
どんな景色の場所で育っていたのか、養父母たちとの暮らしは、どうだったのかも。
(…ぼくだって、マザー・イライザに逆らうことなんか、思い付きもしないで…)
言われる通りに生きていたなら、楽に暮らしていただろう。
此処に来る時、ピーターパンの本を失っていれば、そうなった気がする。
(…成人検査に、荷物を持って行くのは、禁止なんだし…)
規則通りに没収された、とガッカリした後には、切り替えるしかない。
マザー・イライザの指示に従い、メンバーズ・エリートに選ばれるように努力するだけ。
(…どういった風に生きて行ったら、確実に選んで貰えるんだろう、って…)
尋ねる相手は、マザー・イライザ。
頼りになるのも、マザー・イライザ。
そうやって「マザー・イライザ」に依存して、メンバーズ・エリートに選ばれた後には…。
(…グランド・マザーが、どうすればいいのか、導いてくれるし…)
何も間違えはしないで、順風満帆、と思うけれども、どちらの生き方が正しいのだろう。
信じるものは「機械」か、「自分自身の心」にすべきか、悩ましい時代。
「自分自身を信じるシロエ」が正しかったかどうかは、後の時代まで分からない。
(…正しかったの、ぼくの方だと評価されたら…)
本望だけど、と今のシロエは祈るしかない。
後の時代を生きる人間たちの評価が、「セキ・レイ・シロエ」を支持してくれることを…。
信じるもの・了
※自分の信念を信じて生きるか、機械の言いなりになって生きるか。
シロエは前者を選びましたけど、ピーターパンの本を失っていたら、違ったのかも…。
(…恐らく私が、最初で最後なのだろうな…)
人類の理想の統治者というのは、とキースは深い溜息を零した。
宇宙空間に夜は無くても、地球標準時で言えば夜更けで、旗艦ゼウスも夜間照明。
国家主席の地位に就いたけれども、「後を継ぐ者」に心当たりが無い。
人類とミュウの戦いは最終局面、人類側の敗色が濃かった。
負けた場合は、国家主席も退任するしかないだろう。
統治するのがミュウになったら、国家主席などは要らない。
そうなった時に、誰が人類を導いてゆくのか。
「キース」が「ただの国家主席」だったら、退任した後でも、道は作れる。
最高統治者がミュウに移るだけで、政権もミュウが取っていようが、やりようはある。
(人類だけの世界しか認められない者には、自治区域でも設けてやれば…)
ミュウを受け入れられない者だけの「国家もどき」で、それなりに生きてゆけるだろう。
もっとも、SD体制は破壊されるだろうから、人口は必然的に先細りになる。
人口出産を続けるとしても、ミュウは「人類だけ」を区別はしない。
(ミュウと共存出来るように育てて、自然に融和するのだろうし…)
どうしようもない、と思考はマイナスにしか向かってゆかない。
ミュウは「進化の必然」だったことを知った。
そのせいで、SD体制を治める機械も「ミュウの因子」を排除出来ない。
SD体制が崩壊した後となったら、ミュウを異分子と決め付けることは不可能だった。
(最初の間は、ごく僅かしかミュウが生まれないとしても…)
自然に数は増えるのだろうし、何より人類の子供は「ミュウを嫌わない」ように育ってゆく。
「人類だけで作った、国家もどき」の自治区域に、移住する者は誰もいないだろう。
(…頭の固い、古い人類どもが、どんな暮らしをしているのかを、若い人類が…)
聞き取り調査などをするためだけに、訪れる程度の「滅びゆく世界」。
けれども、そういった場所を「作り上げられる」者が、「いそうにない」。
(…機械はキースを作って、国家主席にまで仕立て上げたが…)
後継者を育てようとはしていないようで、頭角を現す「若手」も見当たらなかった。
つまり「キース」が「理想の統治者」、機械は「キースの後継者」を考慮してはいない。
(私が最後だとすれば、人類は…)
ミュウに敗北すると同時に、導く者さえも失う、とキースは頭を抱えたくなる。
「キース」は、「ただの国家主席」と認識されてはいないだろう。
ミュウにしてみれば「ナスカ」、即ち「ジルベスター・セブン」の惨劇を引き起こした者。
「ナスカ崩壊」から後の長い戦いにしても、最高指揮官は「キース」でしかない。
ミュウが統治者になった暁には、「戦犯」という扱いになる。
どれほどミュウが寛大であっても、「戦犯」に「人類の指導者」は任せられない。
(…ミュウの間でも、揉めるだろうし、人類の側にしてみても…)
「戦犯」の烙印を押された「指導者」を立てておくのは、不安だろう。
何か起きた時に、ミュウの側と上手く交渉出来るのか。
「かつての、わだかまり」のせいで、渋られる面が出ては来ないか。
(…何のしがらみも持たない、新しく出て来た者がトップだったら…)
ミュウの側でも、便宜を図ってくれそうではある。
指導経験さえも浅いわけだし、「人類だけの、国家もどき」でも、気に掛けるだろう。
天災に見舞われたりした折には、要請せずとも、察知して救助の船がやって来る。
食料不足などがあったら、不足している品は何なのか、問い合わせが来て、救援物資も。
(そういったことが期待出来ないのが、私が指導者だった場合で…)
救援要請を無視されるとか、取り次ぐ者が「止めてしまって」上に届かない事態とか。
個人的に「恨みを抱いている者」が、「多そう」なのが「キース・アニアン」。
人類が「次の指導者」を持っているなら、そちらが継いでゆけばいい。
「キース」が戦犯になって裁かれていようが、次の指導者は無関係だし、自由に動ける。
移住を希望する者を纏めて、新天地を見付けて「人類だけの、国家もどき」を作れるだろう。
(…しかし、機械は、どう考えてみても…)
次の指導者を考慮していないし、作られている気配さえ無い。
「キースが与かり知らない所」で、密かに作っているとも考えにくい。
(…機械は、ミュウを滅ぼすためだけに、私を作り上げて…)
そのシナリオでしか、道筋を描いていないのだろう。
SD体制が始まった時点のままで「思考停止」で、柔軟に思考することが出来ない。
(…負け戦になるのは見えているから、私がいなくなった時には…)
人類は「指導する者」を失い、ミュウの世界に「飲まれてゆく」より他に無かった。
「人類だけの、国家もどき」は生まれないまま、否応なしに「ミュウと暮らす」道だけ。
(…私が死のうが、生きたままで指導者の地位を失おうが…)
人類だけの世界は「其処で終わりだ」と、奈落の底を覗き込んだような気分に陥る。
長く続いた「人類の歴史」に、「キース」が幕を下ろすことになる。
「キース」が国家主席を退いた後には、人類の世界は、もう「残せない」。
(……私が、幕を下ろす者か……)
よりにもよって、機械に無から作られた生命体が、と嘆きたくても、どうしようもない。
自分の生まれは変えられないし、次の指導者もいない以上は、そうなるのだろう。
せめて誰かに引き継げたなら、と思うけれども、気付くのが少し遅すぎたらしい。
今から探している暇などは無いし、「キース」は幕を下ろすしかない。
SD体制の遥か前から、長く栄え続けた、「人類」という種族が生きた舞台に…。
幕を下ろす者・了
※キースの後継者を、機械は作っていない気しかしません。原作は、まさにソレ。
グランド・マザーが「全権をあなたに」と言ってましたけど、先を考えていないとしか…。
人類の理想の統治者というのは、とキースは深い溜息を零した。
宇宙空間に夜は無くても、地球標準時で言えば夜更けで、旗艦ゼウスも夜間照明。
国家主席の地位に就いたけれども、「後を継ぐ者」に心当たりが無い。
人類とミュウの戦いは最終局面、人類側の敗色が濃かった。
負けた場合は、国家主席も退任するしかないだろう。
統治するのがミュウになったら、国家主席などは要らない。
そうなった時に、誰が人類を導いてゆくのか。
「キース」が「ただの国家主席」だったら、退任した後でも、道は作れる。
最高統治者がミュウに移るだけで、政権もミュウが取っていようが、やりようはある。
(人類だけの世界しか認められない者には、自治区域でも設けてやれば…)
ミュウを受け入れられない者だけの「国家もどき」で、それなりに生きてゆけるだろう。
もっとも、SD体制は破壊されるだろうから、人口は必然的に先細りになる。
人口出産を続けるとしても、ミュウは「人類だけ」を区別はしない。
(ミュウと共存出来るように育てて、自然に融和するのだろうし…)
どうしようもない、と思考はマイナスにしか向かってゆかない。
ミュウは「進化の必然」だったことを知った。
そのせいで、SD体制を治める機械も「ミュウの因子」を排除出来ない。
SD体制が崩壊した後となったら、ミュウを異分子と決め付けることは不可能だった。
(最初の間は、ごく僅かしかミュウが生まれないとしても…)
自然に数は増えるのだろうし、何より人類の子供は「ミュウを嫌わない」ように育ってゆく。
「人類だけで作った、国家もどき」の自治区域に、移住する者は誰もいないだろう。
(…頭の固い、古い人類どもが、どんな暮らしをしているのかを、若い人類が…)
聞き取り調査などをするためだけに、訪れる程度の「滅びゆく世界」。
けれども、そういった場所を「作り上げられる」者が、「いそうにない」。
(…機械はキースを作って、国家主席にまで仕立て上げたが…)
後継者を育てようとはしていないようで、頭角を現す「若手」も見当たらなかった。
つまり「キース」が「理想の統治者」、機械は「キースの後継者」を考慮してはいない。
(私が最後だとすれば、人類は…)
ミュウに敗北すると同時に、導く者さえも失う、とキースは頭を抱えたくなる。
「キース」は、「ただの国家主席」と認識されてはいないだろう。
ミュウにしてみれば「ナスカ」、即ち「ジルベスター・セブン」の惨劇を引き起こした者。
「ナスカ崩壊」から後の長い戦いにしても、最高指揮官は「キース」でしかない。
ミュウが統治者になった暁には、「戦犯」という扱いになる。
どれほどミュウが寛大であっても、「戦犯」に「人類の指導者」は任せられない。
(…ミュウの間でも、揉めるだろうし、人類の側にしてみても…)
「戦犯」の烙印を押された「指導者」を立てておくのは、不安だろう。
何か起きた時に、ミュウの側と上手く交渉出来るのか。
「かつての、わだかまり」のせいで、渋られる面が出ては来ないか。
(…何のしがらみも持たない、新しく出て来た者がトップだったら…)
ミュウの側でも、便宜を図ってくれそうではある。
指導経験さえも浅いわけだし、「人類だけの、国家もどき」でも、気に掛けるだろう。
天災に見舞われたりした折には、要請せずとも、察知して救助の船がやって来る。
食料不足などがあったら、不足している品は何なのか、問い合わせが来て、救援物資も。
(そういったことが期待出来ないのが、私が指導者だった場合で…)
救援要請を無視されるとか、取り次ぐ者が「止めてしまって」上に届かない事態とか。
個人的に「恨みを抱いている者」が、「多そう」なのが「キース・アニアン」。
人類が「次の指導者」を持っているなら、そちらが継いでゆけばいい。
「キース」が戦犯になって裁かれていようが、次の指導者は無関係だし、自由に動ける。
移住を希望する者を纏めて、新天地を見付けて「人類だけの、国家もどき」を作れるだろう。
(…しかし、機械は、どう考えてみても…)
次の指導者を考慮していないし、作られている気配さえ無い。
「キースが与かり知らない所」で、密かに作っているとも考えにくい。
(…機械は、ミュウを滅ぼすためだけに、私を作り上げて…)
そのシナリオでしか、道筋を描いていないのだろう。
SD体制が始まった時点のままで「思考停止」で、柔軟に思考することが出来ない。
(…負け戦になるのは見えているから、私がいなくなった時には…)
人類は「指導する者」を失い、ミュウの世界に「飲まれてゆく」より他に無かった。
「人類だけの、国家もどき」は生まれないまま、否応なしに「ミュウと暮らす」道だけ。
(…私が死のうが、生きたままで指導者の地位を失おうが…)
人類だけの世界は「其処で終わりだ」と、奈落の底を覗き込んだような気分に陥る。
長く続いた「人類の歴史」に、「キース」が幕を下ろすことになる。
「キース」が国家主席を退いた後には、人類の世界は、もう「残せない」。
(……私が、幕を下ろす者か……)
よりにもよって、機械に無から作られた生命体が、と嘆きたくても、どうしようもない。
自分の生まれは変えられないし、次の指導者もいない以上は、そうなるのだろう。
せめて誰かに引き継げたなら、と思うけれども、気付くのが少し遅すぎたらしい。
今から探している暇などは無いし、「キース」は幕を下ろすしかない。
SD体制の遥か前から、長く栄え続けた、「人類」という種族が生きた舞台に…。
幕を下ろす者・了
※キースの後継者を、機械は作っていない気しかしません。原作は、まさにソレ。
グランド・マザーが「全権をあなたに」と言ってましたけど、先を考えていないとしか…。
