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「マツカ、コーヒーを頼む」
 いつもの調子でキースは口にし、振り返ってから気付いた。
 コーヒーを頼んだ相手は、何処にもいない。
 席を外しているのではなくて、いつまで待とうと、戻っては来ない。
(……そうだった……)
 あいつは死んでしまったのだった、と心の奥深くから湧き上がるものは、何なのだろう。
 悲しみなのか、喪失感か、後悔と呼ばれる感情なのか。
(…後悔などはしない生き方をして来て、実際、その通りだったが…)
 今回ばかりは、そうはいかないようだ、とキース自身にも、自覚はあった。
 「マツカ」を失った時から、何度も囚われ続けた「想い」。
 絡み付く「それ」は、後悔以外の何物でもなくて、キースの心を縛り続ける。


 マツカの死因に、キースは、直接、関わっていない。
 キース自身が「死んでいた」からで、マツカの魂に呼ばれて蘇っただけ。
 息を吹き返す前に、全ては「終わってしまっていた」。
 「死んでいた」キースの身体を庇うようにして、マツカは逝った。
 もしもマツカが「その身を呈して」庇わなければ、キースの蘇生は叶わなかったろう。
 魂が戻るべき「肉体」が失われていたなら、息を吹き返すことは出来ない。


(…どうして、私を庇ったのだ…)
 あれだけ冷たく扱ったのに、と思うけれども、それこそがマツカの生き方だった。
 ミュウの側へと、逃れる機会は何度もあった筈だけれども、そうはしないで残り続けた。
(…ほんの気まぐれで、シロエと面影が重なっただけのことで…)
 マツカを殺さなかったのが、出会いと切っ掛け。
 その後は、「利用価値がある」と考えたから側近に据えて、便利に使った。
(…とはいえ、確かに、グランドマザーに逆らう行為で…)
 知れていたなら、大変な事態になったろう。
 マツカという「存在」に、重きを置き始めていたせいで、頼り続けた。
 頼っていると気付かないままで、「甘えていた」部分さえもが、あったのだろう。


 いつまでも、側にいるのだと考えていた。
 ミュウの侵攻が激しさを増して、人類の敗色が濃くなって来ても、マツカは逃亡しなかった。
 だから、「キース」が最期を迎える、その瞬間まで、「マツカ」がいるように思っていた。
(…私を看取って、それからミュウの船へ行くのか、あるいは、私もろとも…)
 爆撃などに巻き込まれて、命を落とすことになるのだろう、と予感めいた思いがあった。
 けれども、マツカは、逝ってしまった。
 「コーヒーを頼む」と、心を落ち着けるための「一杯」を頼むことも出来ない。
 いくら探しても、見付かりはしない。
 直属の部下たちを総動員しても、マツカの消息を掴めはしない。


(…お前の魂は、何処へ飛び去って行ったのだ…)
 地球を目指して進撃を続ける、白い鯨の船に行ったか、それとも、同僚だった人類の所か。
 マツカは苛められる立場だったけれど、人類軍の戦死者たちと共にいそうな気もする。
 いつか「キース」がやって来るまで、彼らと一緒にいるのだろうか。
(…しかし、私は…)
 人類ではなくて、ミュウの側でもない。
 機械が無から作った生命体で、どちら側にも属さない命。
 果たして「魂」があるかどうかも、怪しいくらいに、危うすぎる存在と言えるだろう。


 「キース」が「無から作られた」ことを、キースは誰にも明かしてはいない。
 気付いていた者が、いるとしたなら、「シロエ」の他には、「マツカ」だった。
 出生の秘密が明かされた時に、マツカは、Eー1077に同行していた。
(マツカは、私の心を読みはしないが、長い年月を共にする間に…)
 ふとした動きや、なんでもなさそうな表情などから、読み取れていた可能性は高い。
 知っていたとしたなら、もしかしたなら、今も何処かで、待っているのかもしれない。
 人類の側にも、白い鯨にも行きはしないで、魂だけが留まり続けて。


(…私の魂には、行ける所が無いとしたなら…)
 人類の魂が行くべき場所にも、ミュウの魂が行きつく場所にも、行けないことは有り得る。
 機械が作った生命体など、神を冒涜する者でしかない。
 行くべき所が見付からないまま、永遠に彷徨い続けるのならば、マツカは共に来るのだろうか。
 天にも地にも、居場所を持たない「キース」に寄り添い、暗闇だろうと、いそうに思える。
(……そうなのか? マツカ……?)
 こんな呪われた魂だろうと、お前は私と共に来るのか、と漆黒の宇宙に問うても、返事はない。
 答えは返って来ないけれども、マツカだったら、共に来るのかもしれない。
 この瞬間にさえも、「キース」の想いを受け止め続けて、返せる言葉を探し続けて。
 どうすれば、キースに声が届くか、ただ一人きりで、道を探して…。



            共にいた者・了


※マツカの魂は、何処へ行ったか。ミュウの側なのか、人類側にいるのか。
 そう考えた所から、出来たお話です。キースは、どっちにも行けそうにないかも、と…。




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