持たない個性
(そういえば、休日だったのだな…)
全く意識していなかったが、とキースは、ふと、昼間に見た光景を思い出した。
とうに夜は更け、国家騎士団総司令の個室には、キースしかいない。
先刻下がらせた側近のマツカが、淹れて行ったコーヒーだけが湯気を立てている。
そのマツカの運転する車で、昼の間にサムを病院に見舞った。
(サムは普段と変わらない調子で、嬉しそうで…)
「赤のおじちゃん」を歓迎してくれた。
サムの昔語りを聞いて過ごして、その帰り道に、部下たちを見掛けた。
(…最初は、他人の空似かと驚いたくらいに…)
別人のように装い、華やかさを纏った「アンジェリン」が、道を横切る所だった。
横断歩道を渡る彼女は、洒落たバッグを手にして、とても軍人のようには見えない。
(よく似た女性がいるものだな、と考えたのに…)
運転していたマツカが、「みんな、いますね」と言ったものだから、ハッと気付いた。
アンジェリンと一緒に歩いている男性陣は、全て「見慣れた直属の部下」たち。
彼らも軍服を着てはいなくて、思い思いの服装だから、見落としたのだろう。
今日は休日だから、サムの見舞いに出掛けた。
部下たちを引き連れての訪問は、あまり好みではないだけに、丁度いい。
首都惑星ノアでは、今の所は、キースを狙う不穏な輩もいないし、マツカ一人で充分。
部下たちの方も、休日で騎士団を離れての自由な一日だった。
(とはいえ、軍人には違いないのだし…)
非常招集がかかった場合は、即座に駆け付けないといけない。
自分の家から近い場所なら、当然、軍服に着替えて出動となる。
家が遠いと、まずは国家騎士団の建物に集まり、置いてある軍服を纏って任務に就く。
(今日の昼間に、招集されていたなら、さぞかし見もので…)
珍しい格好の部下たちが見られたろうな、と苦笑めいた笑みが浮かんで来る。
もっとも、キースは自ら、駆け付ける部下たちを出迎える立場ではない。
「珍しい光景」を目にする機会があるのは、門などの警備や、ごく限られた者だけ。
(…マツカは、現場に走るだろうし、見られるだろうが…)
きっと話してはくれまいな、と可笑しくもある。
マツカは、常に控えめな立ち位置で、キースが望まない限り、余計なことは話さない。
休日を楽しんでいた部下たちは、あれから何処へ行ったのだろう。
皆で食事を楽しみ、夜は酒場に繰り出したかもしれない。
(…私の知らない、部下たちの顔か…)
教官として指導していた時代も、そういった顔を見てはいないな、と首を捻った。
完全な寮生活に近いものだし、休暇の時には留守にしていて、近くにはいなかった。
(あんな格好で歩いていたら、軍人だとは、誰も思わないぞ…)
「おしのび」などは必要無いようだ、と羨ましい。
キースが一般人のふりをして、群衆に紛れることは不可能だろう。
どんな格好をしようと、顔が知れ渡ってしまっているし、と考えた所でギクリとする。
(…どんな格好…?)
軍服の他に「服」はあったか、と記憶を探るまでもない。
ステーションを卒業してから後には、「軍服」だけが「キースの服」だった。
(…私服を持たなくなって、どのくらいになる…?)
Eー1077を出たのは、何年前になるというのだ、と窓の向こうの夜に目を遣る。
長い年月、「私服」というものに、縁が無かった。
(必要など無いと考えていたし、実際、その通りで…)
いつ招集があるかも不明で、常に備えていないと、と言い訳めいた理由を挙げた。
現に、夜に眠る時にも、パジャマの類は着ていない。
軍服に付属のアンダーウェアを纏って、「いつでも出られるように」している。
ベッドサイドに揃えた軍服を纏うのにかかる時間は、訓練の成果で早い。
一般人が見たなら「ほんの一瞬」と思うくらいに、短いものだった。
(ステーション時代は、マザー・イライザに指導された通りに…)
皆が私服を纏う時には、そうするように努めていた。
自分では「何の意味があるのか」と不思議ではあっても、必要ならば仕方ない。
あの頃以来、キースは「私服」を持ってはいないし、欲しいと思ったことも無い。
不要なものだし、纏いたい気もしないけれども、それは「普通」ではないかもしれない。
(…私が目にしていないだけで、恐らく、マツカも…)
夜に自室に戻った後には、軍服を脱いでいるだろう。
キースのように「アンダーウェア」で過ごしているなら、キースへの忠誠心だと思う。
(いつ呼ばれても、駆け付けられるように…)
備えているわけで、本当の所は、マツカも「部屋だけで着る服」が欲しいに違いない。
鍛え上げられた「選りすぐりの部下たち」でさえ、今日の昼間は、あの有様だった。
(…私服を持っていないどころか、欲しいと思いさえもしないのは…)
私に「自分」が無い証なのかも、と空恐ろしくなる。
私服は「私服」と言うだけあって、「私」のための「服」を指す言葉なのだから。
(…私は機械が無から作って、育て上げてられて来た人間で…)
「自分」というものを持つようには、出来ていないのだろうか、と底無しの深淵を覗いたよう。
確かに「自分」はある筈なのに、「私」と言える「個人」も「個性」も持たないだとか。
(…違う、私は機械に逆らい、ミュウのマツカを側近に据えて…)
今も便利に使っているし、「何の役にも立たなくなったサム」の病院を訪ねもする。
それは「私」で、「個性」なのだと思いはしても、普通の人間には及ばないだろうか。
(…だからといって、今、好きな服を選んで着てもいい、と言われても…)
何も浮かんで来てはくれないのだ、と深い溜息が零れてしまう。
「やはり私は、「私」も「個性」も、完全なものを持ってはいないのかもな」と…。
持たない個性・了
※キースの私服って、アニテラでは出ないままで、原作でもステーション時代だけ。
休日は何を着ていたんだろう、と考えた所から生まれたお話です。
全く意識していなかったが、とキースは、ふと、昼間に見た光景を思い出した。
とうに夜は更け、国家騎士団総司令の個室には、キースしかいない。
先刻下がらせた側近のマツカが、淹れて行ったコーヒーだけが湯気を立てている。
そのマツカの運転する車で、昼の間にサムを病院に見舞った。
(サムは普段と変わらない調子で、嬉しそうで…)
「赤のおじちゃん」を歓迎してくれた。
サムの昔語りを聞いて過ごして、その帰り道に、部下たちを見掛けた。
(…最初は、他人の空似かと驚いたくらいに…)
別人のように装い、華やかさを纏った「アンジェリン」が、道を横切る所だった。
横断歩道を渡る彼女は、洒落たバッグを手にして、とても軍人のようには見えない。
(よく似た女性がいるものだな、と考えたのに…)
運転していたマツカが、「みんな、いますね」と言ったものだから、ハッと気付いた。
アンジェリンと一緒に歩いている男性陣は、全て「見慣れた直属の部下」たち。
彼らも軍服を着てはいなくて、思い思いの服装だから、見落としたのだろう。
今日は休日だから、サムの見舞いに出掛けた。
部下たちを引き連れての訪問は、あまり好みではないだけに、丁度いい。
首都惑星ノアでは、今の所は、キースを狙う不穏な輩もいないし、マツカ一人で充分。
部下たちの方も、休日で騎士団を離れての自由な一日だった。
(とはいえ、軍人には違いないのだし…)
非常招集がかかった場合は、即座に駆け付けないといけない。
自分の家から近い場所なら、当然、軍服に着替えて出動となる。
家が遠いと、まずは国家騎士団の建物に集まり、置いてある軍服を纏って任務に就く。
(今日の昼間に、招集されていたなら、さぞかし見もので…)
珍しい格好の部下たちが見られたろうな、と苦笑めいた笑みが浮かんで来る。
もっとも、キースは自ら、駆け付ける部下たちを出迎える立場ではない。
「珍しい光景」を目にする機会があるのは、門などの警備や、ごく限られた者だけ。
(…マツカは、現場に走るだろうし、見られるだろうが…)
きっと話してはくれまいな、と可笑しくもある。
マツカは、常に控えめな立ち位置で、キースが望まない限り、余計なことは話さない。
休日を楽しんでいた部下たちは、あれから何処へ行ったのだろう。
皆で食事を楽しみ、夜は酒場に繰り出したかもしれない。
(…私の知らない、部下たちの顔か…)
教官として指導していた時代も、そういった顔を見てはいないな、と首を捻った。
完全な寮生活に近いものだし、休暇の時には留守にしていて、近くにはいなかった。
(あんな格好で歩いていたら、軍人だとは、誰も思わないぞ…)
「おしのび」などは必要無いようだ、と羨ましい。
キースが一般人のふりをして、群衆に紛れることは不可能だろう。
どんな格好をしようと、顔が知れ渡ってしまっているし、と考えた所でギクリとする。
(…どんな格好…?)
軍服の他に「服」はあったか、と記憶を探るまでもない。
ステーションを卒業してから後には、「軍服」だけが「キースの服」だった。
(…私服を持たなくなって、どのくらいになる…?)
Eー1077を出たのは、何年前になるというのだ、と窓の向こうの夜に目を遣る。
長い年月、「私服」というものに、縁が無かった。
(必要など無いと考えていたし、実際、その通りで…)
いつ招集があるかも不明で、常に備えていないと、と言い訳めいた理由を挙げた。
現に、夜に眠る時にも、パジャマの類は着ていない。
軍服に付属のアンダーウェアを纏って、「いつでも出られるように」している。
ベッドサイドに揃えた軍服を纏うのにかかる時間は、訓練の成果で早い。
一般人が見たなら「ほんの一瞬」と思うくらいに、短いものだった。
(ステーション時代は、マザー・イライザに指導された通りに…)
皆が私服を纏う時には、そうするように努めていた。
自分では「何の意味があるのか」と不思議ではあっても、必要ならば仕方ない。
あの頃以来、キースは「私服」を持ってはいないし、欲しいと思ったことも無い。
不要なものだし、纏いたい気もしないけれども、それは「普通」ではないかもしれない。
(…私が目にしていないだけで、恐らく、マツカも…)
夜に自室に戻った後には、軍服を脱いでいるだろう。
キースのように「アンダーウェア」で過ごしているなら、キースへの忠誠心だと思う。
(いつ呼ばれても、駆け付けられるように…)
備えているわけで、本当の所は、マツカも「部屋だけで着る服」が欲しいに違いない。
鍛え上げられた「選りすぐりの部下たち」でさえ、今日の昼間は、あの有様だった。
(…私服を持っていないどころか、欲しいと思いさえもしないのは…)
私に「自分」が無い証なのかも、と空恐ろしくなる。
私服は「私服」と言うだけあって、「私」のための「服」を指す言葉なのだから。
(…私は機械が無から作って、育て上げてられて来た人間で…)
「自分」というものを持つようには、出来ていないのだろうか、と底無しの深淵を覗いたよう。
確かに「自分」はある筈なのに、「私」と言える「個人」も「個性」も持たないだとか。
(…違う、私は機械に逆らい、ミュウのマツカを側近に据えて…)
今も便利に使っているし、「何の役にも立たなくなったサム」の病院を訪ねもする。
それは「私」で、「個性」なのだと思いはしても、普通の人間には及ばないだろうか。
(…だからといって、今、好きな服を選んで着てもいい、と言われても…)
何も浮かんで来てはくれないのだ、と深い溜息が零れてしまう。
「やはり私は、「私」も「個性」も、完全なものを持ってはいないのかもな」と…。
持たない個性・了
※キースの私服って、アニテラでは出ないままで、原作でもステーション時代だけ。
休日は何を着ていたんだろう、と考えた所から生まれたお話です。
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