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「キース・アニアン。今回の件はよくやりました」
 お蔭で被害は最小限に止まりました。これからの、あなたの活躍に期待します。
(マザー・イライザ…)
 まさか褒められるとは、と嬉しいけれど。
 少し複雑な気持ちもするな…、と思ったキース。自分の部屋で。
 新入生を乗せていた船の衝突事故。
 危うく区画ごとパージされる所だったのを、サムと二人で助けに行った。
 そうして見事にやり遂げたけれど、それを褒められたのだけれども。
(…サムは呼ばれなかったんだ…)
 サムには無かった、マザー・イライザのコール。
 二人で救助活動をしたのに、サムがいたから自分は帰って来られたのに。
(マザー・イライザは…)
 救助に向かった決断のみを買っているのだろうか。
 それならば分かる、サムがコールをされなかったこと。称賛を受けなかったこと。
 サムは自分を手伝ってくれただけだから。
 「船外活動は得意なんだ」と、「しっかり食って、しっかり動く」と。
 そう、サムは救助に向かおうと決めてはいない。決めた自分について来ただけ。
 同行するなら誰にでも出来る、それがたまたまサムだっただけ。
 だから評価はされることなく、サムは呼ばれなかったのだろう。
 誰にでも出来ることだから。
 「救助に向かう」と決断すること、行動を起こすことが重要。
 自分はそれをやったけれども…。


 サムには無かった称賛の言葉。マザー・イライザからの労い。
 けれど、そのサムがいなかったならば、自分は生きて戻ってはいない。
 パージの衝撃でぶつけたバーニア、壊れてしまった宇宙空間を移動するための装置。
 あの時、サムが助けに来てくれなかったら、間違いなく死んでいただろう。
 ステーションには戻れないまま、酸素切れになって。
(サムが助けてくれたから…)
 こうして生きていられる自分。
 しかも、自分を助けに来たサム。彼もまた命懸けだった筈。
(あの宇宙服のバーニアは…)
 本来は一人用のもの。二人分の姿勢を制御できるとは限らない。移動の方も。
 なのに、迷わず飛んで来たサム。
 失敗したなら、サムも宇宙の藻屑になりかねなかったのに。
 危うい回転をし続けていた自分の巻き添えになってしまって、回り続けて、酸素切れで。
 一度勢いがついてしまったら、宇宙空間では止まれないから。
 サムだけ慌てて逃げ出そうにも、手遅れということもあるのだから。
(…基礎の基礎なんだ、そういう知識は…)
 無重力訓練の講義の最初に叩き込まれる。
 サムが知らない筈は無いのに、迷うことさえしなかった。
 死んでしまうかもしれないのに。…巻き添えになって、後悔しても遅いのに。


 まさに命の恩人だったサム。命懸けで助けてくれたサム。
 運よく二人で助かっただけで、下手をしたなら、彼もまた死んでいたろうに。
(ぼくだったら…)
 出来たろうか、と自分に問い掛けてみる。
 あの場面で立場が逆だったなら、と。
(…多分、直ぐには飛び出していない…)
 戻り損ねたら無い命。
 何処かに命綱を取り付け、それから宇宙へ飛び出したろう。
 ただし、それでは間に合わないかもしれないけれど。
 姿勢を制御できなくなったら、何のはずみで高速移動を始めてしまうか分からないから。
 パージされた区画に引き摺られてゆくゴミの一つに、ぶつかったならば終わりだから。
 弾き飛ばされてしまうだろう身体、アッと言う間に彼方へと消える。
 恐らくサムもそれに気付いた。
 だから即座に飛んで来た。…命綱など、つけることなく。
(何故、そこまで…)
 出来たのだろう、と思った時に不意に頭に浮かんだ言葉。
(……友達……)
 サムが教えてくれたと言っていい言葉、そして自分はサムの「友達」。


 それで来たのか、と思い至った。
 サムは自分の友達だから。
 きっと「友達」というものは、そう。
 命を預けたり、命懸けで一緒に行動したりと、強い絆を持つのだろう。
 自分が礼を言った時にも、サムは笑っていただけだから。
 「いやあ、しっかり食って、しっかり動く。それだけさ」と。
 本当に命を懸けてくれたのに、恩着せがましいことも言わずに。
 それが「友達」なのだろう。
 互いに信頼し合っているから、迷わずに懸けられる命。
 同じに預けられる命で、「友達」だからこそ出来る行動。
 なるほど、と納得出来たこと。
 サムだからだ、と。
(命綱を確保、と思うようなぼくは…)
 まだまだ友達と呼べないのだろう、真の意味では。
 サムは友達だと言ってくれても、あそこで迷わず行動出来はしなかったから。
(しかし、今なら…)
 迷わずに出来る、サムを助けに飛び出して行ける。
 やっと「友達」になれたのだろう、命懸けで来てくれたサムのお蔭で。
 そうするべきだ、とサムに教えて貰ったから。


(友達か…)
 なんという奥の深い言葉か、と改めて思い知らされた。
 命も惜しまず、共に行動出来る相手が友達。
 迷わず命を懸けることが出来て、命を預けられるのが真の友達。
(命綱を確保しているようでは…)
 駄目なのだな、と自分自身を叱咤した。
 そんな腰抜けでは、「友達」が逃げてゆくだろうから。


 サムのお蔭でやっと分かった、と深く頷いた「友達」という言葉だけれど。
 自分もサムの真の友達になれそうだ、と嬉しくなったのだけれど。
「はあ…? 命懸けって、お前…」
 ポカンと口を開いたサム。
 二人で食事をしていた席で。
「いや、だから…。あの時、サムが来てくれたのは、友達だからだろう?」
 命綱無しで、あんな頼りないバーニアだけで、と続けたら。
「そりゃまあ…。そうかもしれねえけどよ。俺って、考えなしだから…」
 先に身体が動いちまった、命綱なんか忘れちまっていたよ。
 こりゃあ成績下がりそうだな、と笑ったサム。
 基礎の基礎だってえのによ、と困ったように頭を掻いて。
 どおりでマザー・イライザに褒めて貰えなかったわけだと、こんなウッカリ者では、と。


 失敗したぜ、と笑い続けて、それからサムは笑顔で言った。
「あのさ…。そんな大袈裟なモンじゃねえんだよ、友達ってのは」
 命懸けだとか、預けるだとか…。
 そんなんじゃ命が幾つあっても足りやしねえぜ、とポンと叩かれた肩。
 「こうして一緒に飯とか食えれば充分なんだよ」と、「友達ってのは、そういうモンさ」と。
「…そうなのか?」
「そう、そう! だから、お前はしっかり考えてから動いてくれよ?」
 間違えたって命綱無しで来ちゃいけねえぜ、とサムは注意をしてくれたけれど。
 サムの命が危うい時でも、自分の安全を優先するよう、釘を刺されてしまったけれど。


(…でも、ぼくも行こう)
 もしも、そういう時が来たなら、命綱は無しで。
 命綱など考える前に、友達の命を最優先で。
 それが本当の友達なのだと、サムから教えられたから。
 サムは「違う」と言うだろうけれど、それが真実だろうから。
 命を預けられる相手が真の友達、命懸けで助けに行くのが真の友達。
 そういう友を持って初めて、一人前の人間だろうと思うから。
 そうありたいと今は思っているから、その時は自分も、命綱は無しで…。

 

          本当の友・了

※あの事故、サムが一緒に行かなかったら、キースは本当におしまいだった筈なんですが…。
 サムが行ったのもマザー・イライザのプログラムだったら、ブチ切れちゃってもいいですか?





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「いらっしゃいませ!」
 そう言って頭を下げたい所を、グッと堪えたブルーやキースといった面々。
 アニテラ放映から九年目になる西暦2016年の元旦、いわゆる正月。
(((此処までの道が長かった…)))
 大変だった、と暮れの忙しさを振り返る一同、今日は誰もが正装で神様。正装と言っても…。
(ソルジャーの服とは大違いだよね…)
 何だったっけ、と首を捻るジョミーも、慣れない被り物が曲がっていないか気にするマツカも、誰もが漏れなく衣冠束帯。日本で言う所の神様の衣装、定番中の定番だった。
(下手に歩いたら脱げそうだけど…)
 そう考えるシロエの足元、靴とは違って沓というもの。ぴったりフィットの候補生が履く靴とは違う。もちろん、キースが馴染んだニーハイブーツとも。
 けれども、今日から「初詣」とやらの期間の間は、これが制服。神様なのだし、それっぽく。
(((日頃の御愛顧に感謝をこめて…)))
 初詣なのだ、と神社に鎮座している面々。誰もが主役で、立派な神社を一つ担当。
 なにしろ、今日まで「地球へ…」を忘れていないファンに御礼の精神だから。全員とっくの昔に神様、なれる資格はあるようだから。


 事の起こりは昨年の暮れで、人類もミュウも入り乱れての忘年会。
 いい感じに酒が入った所で、誰かが言い出した「今もファンの皆様に御礼」。放映終了から長く経つのに、今でも贔屓にしてくれる人。是非とも御礼をしたいものだ、と。
「御礼か…。それも悪くはないな」
 新春セールでもするか、と国家主席まで務めたキースが言ったけれども、何を売るかが難しい。日頃から売っていないわけだし、値引きの基準も謎な有様。
「バザーなんかはどうでしょう?」
 みんなで色々出すんですよ、というマツカの提案。けれど、これまた難しかった。朝も早くから並んだ輩が、根こそぎ持って行きそうだから。ファンとは違った、転売屋が。
「「「うーん…」」」
 どうすれば公平に御礼が出来るか、贔屓にしてくれる人をターゲットに出来るのか。それぞれに贔屓の人がいるわけで、ブルー命の人はキースに用が無いかもしれない。それどころか…。
(((…ブルーのファンだとキースが嫌いで、シロエのファンもキースが嫌いで…)))
 仇だしな、とキースに集中した視線。「この人、一番、嫌われてそうだ」と。
「失礼な! 私にだってファンはいるんだ!」
 ちゃんといるぞ、とキースは胸を張ったけれども、内心、不安でもあった。やっぱりブルーやシロエのファンには、ウケが悪いかもしれないと。
「その辺は人それぞれだろう。ぼくが嫌いな人だっている。…多分」
 遥か昔の劇場版でポスターを飾って以来の人気だけどね、と慰めてくれたミュウの元長。なにげに酒が回っているのか、かなりに自慢が入ったブルー。
 飲んで飲みまくって酔っ払いの団体、徹夜騒ぎで忘年会をやっている内に…。


 こうなったんだ、と誰もが神社に座っている結末。
 誰が言ったか、酔っ払いだけに一人も覚えていなかった。「初詣がいい」というアイデア。
 けれども酒が抜けた頃には、とてもナイスに思えたから。神社に座って初詣客を迎えるのなら、素敵に公平なイベントではある。
(((贔屓の神社に行けばいいわけで…)))
 嫌いな神社はスルーでオッケー。ついでに、モノが初詣。わざわざ新年から来てくれるファン、願い事を叶えて御礼も出来る。神様ならではのスペシャルな御礼。
 何故に全員神様と言うに、とうの昔に寿命を全うしていたから。
 アニテラの最終回で流れた特別エンディング。死の星だった地球が青く蘇って終わった以上は、それだけの歳月が流れ流れて、みんなとっくに人生を終えて神様なレベル。
 「これはいける」と皆で飛び付いた、2016年の初詣。
 とにかく神社に座っているだけ、初詣に来た人の願い事を叶えて日頃の御礼。
 同じやるなら徹底的に、と破魔矢やお守りも用意することになった。それぞれの得意分野を生かした、オリジナルのお守りだって。
 初詣をやるなら、おみくじも必須。神社もお守りも、おみくじの類も…。
(((各自で用意…)))
 これがなかなか大変だった、と思うけれども、そこは一応、神様だから。普通の人間がせっせと作ることを思えば、早かった。これだと決めたら、行け行けゴーゴー。
 そんなこんなで整った準備、2016年が明ける直前の二年参りでスタートで…。


 「いらっしゃいませ!」とやりたい所を、グッと堪えた神様な面々。
 衣冠束帯の神様スタイル、その格好で「いらっしゃいませ」だと、コスプレだから。有難味も何もパアになるから、其処は偉そうに構えておいた。
 ガランガランと鳴らされる鈴に、チャリンチャリンと投げ入れられるお賽銭。誰の所にも、初詣客がやって来た。御贔屓キャラが神様なのだし、これは行かねばと思うのが人情。
(((お願い事も様々…)))
 それはちょっと、と思うようなヤツもあるのだけれども、感謝をこめての初詣イベント。神様の力で何とかなるなら、叶えなくては神様失格。
 ファンの皆様が喜んで下さるのなら、と誰もが神様稼業への決意を新たにしていたら…。
「破魔矢下さい!」
 あちこちの神社で破魔矢におみくじ、それにお守りと注文が入った初詣。つまり…。
「お待たせしました、破魔矢ですね?」
 お値段が…、とシロエが叩く頭の電卓、破魔矢と学業のお守りを合わせて幾らだっけ、と。
 別の神社では、「長寿のお守り…。それとおみくじの三十四番、少しだけ待ってくれたまえ」とブルーがおみくじの棚に向かっていた。「三十四番、三十四番…」と。
 キースは立身出世のお守りと破魔矢とおみくじを注文されている最中、ジョミーの神社は無病息災のお守りの他にサッカーお守りも作っていたから、もう大忙し。


(((神様は、なんて忙しいんだ…)))
 誰もが忘れていた巫女さんの存在、それにバイトの人たちも。
 なんと言っても、誰もが初詣の経験が無くて、素人というヤツだったから。とにかく神社で破魔矢でお守り、それに願い事を叶えるイベント、と思い込んでいたものだから。
 神様自ら破魔矢の授与で、おみくじも渡せば、お守りも渡す。目の回るような忙しさだけれど、日頃の御愛顧に感謝のイベント。
「すみません、順番に並んで下さいね」
 やたらと腰の低い神様がマツカ、破魔矢とおみくじを渡していたら。
「御朱印もよろしくお願いします!」
 これ、と差し出された御朱印帳。そういえばそれもあったんだった、と思い出した次第。
(誰が言い出したんだっけ…?)
 覚えていない、と暮れの忙しさで飛んだ記憶はブン投げておいて、サラサラと書いた御朱印帳。神社のハンコをバンッ! と押したら出来上がり。
 「どうぞ」と御朱印帳を渡した相手は、大喜びで。
「ありがとうございます! 次はキースの方にもお参りしますね!」
「え?」
 初詣は一ヶ所だけではなかったのか、と驚いたマツカ。けれど、御朱印帳を抱き締めたファンの女性は、弾む足取りで去って行った。次はキースの神社で御朱印、と。
(ぼくとキースのファンなんでしょうか…?)
 そうですよね、とマツカは破魔矢とお守りとおみくじの授与に頭を切り替えたけれど…。


(((誰が御朱印を流行らせたんだ…!)))
 スタンプラリーとは違うのに、とジョミーが、キースが抱えた頭。ブルーもシロエも、他の大勢の神様だって。
 御朱印帳とスタンプラリーは違うのだから、コンプリートしたって御褒美は出ない。なのに御朱印を集めるファンが続出、破魔矢やお守りを販売、いやいや授与する合間に御朱印書き。
(((絶対、ファンとは違う筈…)))
 お賽銭も入れていなかっただろう、と神様だから分かる悲しい現実。お賽銭も入れない、願い事もしない、なのに御朱印希望の客たち。全員の分を集めたいだけ、御贔屓の神様以外でも。
(((お客様は神様…)))
 仕方がない、と御朱印を書いて見送った客も多かった。いったい誰のファンだろうか、と。
 けれども、そんな侘しい気持ちも一気に吹っ飛ぶ、ガランガランと鈴を鳴らす音。チャリンチャリンとお賽銭の音で、パンパンと柏手を打って貰ったら…。
(((今年も一年、どうぞよろしく!)))
 そんなキモチになるのが神様、今でも贔屓にしてくれるのがファンだから。お願い事の中身が何であろうと、わざわざ来てくれた初詣。破魔矢やお守りも買ってくれるし、神様としては…。
(((努力あるのみ!!!)))
 いい一年になりますように、と誰もが燃える自分の使命。願い事は是非とも叶えなければと、お守りの御利益もキッチリと、と。


(((初詣をやって、きっと正解…)))
 忙しくても、これぞ究極のファンサービス、と頑張りまくる神様たち。衣冠束帯で右へ左へ、新年早々、大忙しで。それでも初詣をやって良かったと、ファンの皆さんに御礼を、と。
 サムの神社もグレイブ神社も、何処も大忙しだった。トォニィ神社も、リオ神社だって。渋さが売りのゼル神社とかも、セルジュ神社も、満員御礼。
 もちろん女性の神様の方も。フィシス神社もミシェル神社も大忙しだし、良縁祈願のカリナ神社も大人気。女性の神様は衣冠束帯は着ていないけれど、裳だの領巾だの、そんな服装。
(((お正月の間、頑張らないと…)))
 ファンサービスを、と駆け回る神様、ファンの初詣は嬉しいから。
 今になっても来てくれるファンは、とても嬉しいものだから。
 御朱印だけのお客様でも、きっと誰かの熱烈なファン。いったい誰のファンなのだろう、と想像するのも楽しい気分になってきたから、お賽銭無しでも文句は言わない。
(((今年もいい年にしなくては…!)))
 それが神様の仕事で使命、と頑張る「地球へ…」な神様たち。何処もバイトを雇い忘れて、神様自ら出番だけれど。破魔矢やお守りをせっせと授与して、おみくじも自分で渡すのだけれど。
 神様が顔出しな初詣だから、まさに究極のファンサービス。
 御贔屓の神様に会える仕組みは、只今、人気沸騰中。そしてどんどん人が増えるけれど、神様は今日も頑張り続ける。「今年も一年どうぞよろしく」と、「いい一年を」と…。

 

         初詣にようこそ・了

※干支の引き継ぎをやったからには初詣、と思ったわけではないんですけど…。
 こういう神社があったら行きます、もちろん、御朱印コンプリートで!




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「ソルジャー。あの捕虜ですが…。新たな危険が判明しました」
 実に恐るべき存在です、とキャプテン・ハーレイが深くした眉間の皺。それは切迫した危険を訴え掛けるには充分なもので。
「何が分かった?」
 そう問い返したジョミーだけれども、「こちらへ」と案内された部屋。いつも長老たちが会議をする部屋、其処に着くまでは何も話して貰えなくて。
(…どうなってるんだ?)
 仲間たちに聞かれたらマズイのだろうか、とハーレイに促されるままに部屋に入ったら…。
「あの男、とんでもないヤツじゃわい!」
 ゼルが大袈裟に肩を震わせ、ヒルマンも重々しく頷いた。「あの男」というのは、先日捕えたメンバーズ・エリート、キース・アニアン。
「…信じられないことだがね…。あの男がつけているピアスを見たかね?」
「あ、ああ…。あれが何か?」
 爆発物でも仕込んであるのか、とゾッとしたけれど、「いいえ」と即座に返った返事。そういう危険は無いらしい。けれど、危険なのはピアスだという。
「両方の耳にしてるだろ、アイツ。あたしやエラなら分かるんだけどさ」
 女だったら普通のことだ、とブラウが指差す自分のピアス。だけど、アイツは男だろ、と。
「…あいつの趣味だというだけだろう?」
「その趣味が危険なのです、ソルジャー。…私やブラウとは違います」
 それに、あの男は軍人です、とエラが厳しい表情で言った。一般人ならまだ分かるけれども、前線に出てくる軍人に装身具は許されていない筈、と。


 長老たちが口々に語ったこと。もし装身具を許可されたとしたら、それだけでも特例中の特例。グランド・マザーに目をかけられた者で、ただのメンバーズとはわけが違うと。
 その上、捕虜がつけているピアス。装身具がピアスなことが問題。
「ピアスの何処が問題なんだ?」
 分からないから訊き返したら、長老たちは顔を見合わせてから。
「…そのぅ…。言いにくいのだがね、男が右耳にピアスをつけたら…」
 ゲイのアピールなのだそうだ、とヒルマンが代表で口を開いた。
「ゲイ…? ゲイというのは何のことだ?」
「…口にするのも恐ろしいのだが…」
 こういう趣味の持ち主のことで、と思念波で耳打ちされたこと。ジョミーは腰を抜かさんばかりに驚き、とんでもないと震え上がった。あの男はそういう人種だったか、と。
(…キース・アニアン…!)
 ウッカリあいつの太腿なんかを触ってしまった、とゴシゴシと手を擦り合わせていたら。
 それに成り行きで組み伏せられたし、と身の危険さえ感じていたら。
「右耳だけなら、まだいいのだがね…。左耳にもつけているのが…」
 ヒルマンが顔を曇らせているから、「言ってくれ!」と先を促した。右耳がゲイなら左耳の方は何になるのか、あまり聞きたくもないのだけれど。知ったら不幸になりそうだけれど、此処で逃げてはいられない。ソルジャーたるもの、敵を知らねば。
「言ってくれ、ヒルマン! 左耳のピアスは何なんだ!」
「…いや、それが…。左耳はノーマル、いわゆる普通だというアピールで…」
 右にも左にもピアスとなったら、バイしかなかろう、とヒルマンの答え。バイというのは両刀使いで、男も女もオッケーな人種。あの男はどうやらバイのようだ、と。


「…バイだって…!?」
 それはコワイ、とジョミーの背中に走った悪寒。長老たちも恐れ戦く、グランド・マザーの覚えがめでたい、バイなメンバーズ。男も女も端から食らって、食らい尽くすのではなかろうか。
「ソルジャー、危険じゃ。ヤツは拘束しておくべきじゃ」
 でないと近付いた者が何をされるか…、とゼルに言われるまでもない。自分だって迂闊に近付きたくないし、もちろん他の者だって。出来れば船中に周知徹底させたいけれども…。
(…却って不安を煽りかねないか?)
 伏せておくか、と緘口令を敷いた捕虜の正体。筋金入りのバイらしいこと。
 けれども、それから数日が経って、酷く後悔する羽目になった。ナスカの方へ降りている間に、逃げ出してしまったキース・アニアン。
 すったもんだの末に、キースは宇宙へ逃れたけれども…。
(……とても訊けない……)
 無事でしたか、と見舞ったブルーとフィシス。
 ブルーは長い眠りから覚めて、まだ満足に動けない身体でキースと対峙したらしい。キースが人質に取っていた二人、フィシスとトォニィを救おうとして。
(トォニィの方は、いくらバイでも…)
 殺そうとしていたくらいなのだし、多分、興味は無かったと思う。
 けれど、ブルーは超絶美形で、なんとも危険そうではある。格納庫でいったい何が起きたか、訊かない方がいいのだろう。性犯罪の被害者は心に深い傷を負うのだと、例の会議で聞いたから。
(フィシスも、連れ去られてしまったわけだし…)
 ギブリの中で何をされたか、これまた訊かない方がいい。心に傷を負っていたなら、その傷口に塩を擦り込むようなものだから。
(……あの男……!)
 よくも、と歯軋りするしかない現実。ブルーとフィシスがレイプされたかもと、でなければレイプ未遂だ、と。


 そんなこんなで、ジョミーも、それに長老たちも、見事に勘違いしたキースの正体。メンバーズにしてバイな男だと、ブルーとフィシスを毒牙にかけた悪魔だと。
 おまけにブルーはメギドに単身殴り込みをかけ、そのまま戻って来なかったから。
(…やっぱり、心の傷が深くて…)
 きっとブルーはキースを許せなかったんだ、とジョミーが流した後悔の涙。
 「あなたの心の傷に気付かなくてすみません」と、「ぼくが相談に乗るべきでした」と。
 キースを殺して自分も死のう、と思い詰めてブルーは死んだから。もっと自分がしっかりしていたら、悲劇は起こらなかったから。
(…ブルーがキースを殺せていたら…)
 マシだったのに、と止まらない涙。憎いキースは逃げ延びたらしく、二階級も特進したという情報までが入って来たから、更に腹が立つ。
(……ブルー……)
 レイプされた挙句に、その犯人を殺すことさえ出来ないままで…、と嘆くしかない。それに…。
(…もしかしたら、ブルーは殴り込んだ先でも…)
 悪魔のようなバイのキースに、弄ばれてしまったかもしれない。あまり考えたくないけれど。
 メギドは沈んだと聞いているから、それは無かったと思いたいけれど。
(……ぼくは愚かで、未熟でした……)
 あなたとフィシスを、死ぬより酷い目に遭わせてしまいました、と何度詫びても既に手遅れ。
 何もかもあの男のせいだと言いたいけれども、捕虜にしたのは自分だから。とても危険なバイの捕虜だと、皆に知らせもしなかったから。


 一方、逃れたキースの方。そちらも周囲に派手に勘違いをされていた。
 エラが指摘した通り、軍人の身では認められない装身具。なのに両耳に真っ赤なピアスで、常につけているものだから…。
「おい、セルジュ。…アニアン大佐のピアスなんだが…」
 教官時代には無かったよな、とパスカルに訊かれて、頷いたセルジュ。
「間違いない。見てはいないし、それに…」
 ジルベスターの事故調査に向かった時からだと聞いている、と視線を走らせた先にマツカの姿。いつの間にやら、キースの側近中の側近、国家騎士団に転属になって来た青年。
「マツカか…。やっぱり、そういうことか?」
「多分…。あのピアスで周りにアピールしておけば、誰もマツカに手を出せないしな」
 お目当てはマツカだったんだろう、とセルジュは苦々しい顔で。
 きっと何処かで嗅ぎ付けたんだと、大佐好みのマツカの存在を…、とブツブツ愚痴を零すから。
「ぼやくなよ。…それともアレか、お前も大佐のお側仕えを希望なのか?」
「大佐の御指名なら、喜んで。その趣味は無くても光栄だ。…しかし…」
 生憎とまだ呼ばれていない、とセルジュもパスカルも間違えていた。マツカはキースのベッドに呼ばれて、夜のお相手をするのが仕事、と。
 もちろん、例のピアスのせいで。絶妙な時期にキースが装着したせいで。


 人類側でもこんな具合で、あまつさえ…。
(…一生かけても、知りたい所なんだがねえ…)
 サム・ヒューストンからは何も聞けそうにないし、と白衣の医師がついた溜息。
(…血液でピアスを作れますか、と言って来た上に、そのピアスをだね…)
 両耳につけてアピールだしね、と溜息の医師。彼がサムの血でピアスを作って、キースの両耳にピアス穴を開けた。…言われるままに。
(右耳のピアスはゲイのアピール、左耳のピアスはノーマルでだね…)
 だからバイだと言いたいんだろうが、という所までは分かる。キースとサムとの深い関係、それも容易に分かるけれども、どうにも解けない謎が一つだけ。
(いったい、キースはどっちでだね…)
 サム・ヒューストンはどっちだったのだろう、と未だに分からない彼らの関係。キースがサムを組み敷いていたのか、それともサムに組み敷かれて悦がる方だったのか。
(それが分かるなら、相応の対価を払う用意はあるのだが…)
 誰も教えてくれないだろうね、と嘆いている医師、彼が最初の勘違い野郎というヤツだった。
 キースはバイな男なのだと、サムがキースのパートナーだったと信じて疑わない男。


 サムの血のピアスを作った医師でもこの有様だし、他の者たちが間違えるのも無理はない。
 キースはバイだと、ブルーとフィシスは被害者なのだと、泣きの涙のジョミーとか。
 上級大佐の大のお気に入りはマツカなのだと、信じ込んでいる部下たちだとか。
 そしてキースは何も知らない、皆が間違えていることを。
 サムとの友情の証なのだと、毅然とピアスをつけているから。
 グランド・マザーに忠誠を誓ったエリートとして。
(…私はサムを忘れまい…)
 一生サムの血と共に在ろうと、生涯これを、と決めているキース。
 本人だけが知らない誤解は、きっと永遠に解けないまま。気付かないのでは、誤解を解こうと思いさえしないままだから。
 右耳のピアスはゲイのアピール、左耳ならノーマルの証。
 赤い血のピアスは、キースの両耳に今日も輝く。誤解を山と背負ったままで。人類にもミュウにも誤解されたままで、右耳に、それに左の耳に…。

 

        罪作りなピアス・了

※本気で自分の頭の中身が謎になって来た今日この頃。ピアスだよな、と思っただけなのに。
 どう間違えたらバイなキースの脅威になるのか、なんか色々とスミマセン…。





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「結婚なんて言ったって、所詮、ただの逃げ。挫折でしょ?」
 あるのはせいぜい、慰めだけ。
 そう言って悪ければ…、心の平穏かな。
 キースに投げ付けた自分の言葉。
 結婚するために教育ステーションを去った、スウェナの船を見送った後で。
 キースとサムが其処にいたから、ぶつけてやった正直な思い。
 本当にそう思っていたから、心の底から。
 去って行ったスウェナは負け犬なのだと、自分はそうはなりはしないと。
 あんな人間と付き合っていたキース、彼の程度も知れたものだと。
 「ぼくの敵じゃあ…なかったかな?」と皮肉な笑みを浮かべてやった。
 お前なんかに負けはしないと、自分の方が上なのだと。
 下級生の今は、まだまだ敵わないけれど。
 キースが築いたステーション始まって以来の秀才の地位は、まだ覆せはしないのだけれど。
 自分が卒業するまでは。
 四年間の教育課程の全てを終えて、キースの記録を塗り替えるまでは。


 結婚して去ってゆく者は敗者、せせら笑って部屋に戻ったシロエだけれど。
 逃げでしかないと、エリートにもなれない負け犬なのだと、スウェナを思い浮かべたけれど。
(…あの宇宙船…)
 遠ざかり、青い光の点になって消えていった船。
 スウェナと、彼女の未来の夫を乗せていた船。
 あの宇宙船は何処へ行くのだろうか、幾つもあると聞いた一般人向けの教育ステーション。
(まさか…)
 宇宙港の技師をしている男だと聞いた、スウェナの相手。
 そういう男と結婚するなら、技術系の人間が暮らす育英都市が向いているのだろう。
 いつか二人が一般人として養父母になるなら、きっとそういう都市に行く。
(…エネルゲイア…)
 自分の故郷もその一つだった、技術系のエキスパートを育てるための育英都市。
 ならばスウェナを乗せた宇宙船は…。
(パパとママがいた教育ステーション…)
 其処へと向かって行ったのだろうか、何も聞いてはいないけれども。
 あの船が直接向かわなくても、二人は乗り換えて行くのだろうか。
 今では顔も思い出せない両親、あの優しかった二人が出会った場所へ。
 結婚しようと決めた所へ、そういう教育ステーションへと。


(…そんな…)
 もしもスウェナが、スウェナの相手が、其処へ向かって行ったなら。
 ステーションでの教育課程を終えた後には、エネルゲイアへ行くかもしれない。
 自分が育った、懐かしい町へ。
 すっかり記憶が薄れてしまった、曖昧になった故郷へと。
(挫折したくせに…)
 メンバーズの道を諦めたくせに、途中で投げ出してしまったくせに。
 慰めどころか、スウェナは本物のエネルゲイアを手に入れる。
 それこそ心の平穏そのもの、自分にとっては何と引き換えにしてでも帰りたい場所。
 其処にスウェナは帰ってゆくのか、自分の代わりに。
 宇宙港の技師と結婚するから、その結果として。
 自分のようにエネルゲイアが出身地の子供、そういう子供を育てるために。
(…たった四年で…)
 もしかしたら、もっと短いかもしれない。
 スウェナは卒業間近だったし、結婚相手は既に何処かを卒業している男だから。
 四年も勉強しないでも済んで、ほんの二年か三年ほどで養父母になるのかもしれない。
(そうでなくても…)
 たった四年でエネルゲイアに行けそうなスウェナ。
 卒業した後の配属先が、エネルゲイアになったなら。
 其処へ行くよう、ステーションのマザーが命じたならば。


 負け犬だとばかり思ったスウェナ。
 挫折なのだと思った結婚。
 けれども、それは間違いだろうか、そんなにも早くエネルゲイアに行けるなら。
 行ける可能性が高いのだったら、スウェナがいつか手に入れるものは…。
(…ぼくが帰りたくても帰れない場所…)
 育った家が何処にあったかも忘れてしまって、戻れない場所。
 記憶を失くしてしまった場所。
 其処にいたという実感さえも薄れたけれども、もしもその場所に立てたなら…。
(思い出すかも…)
 どう歩いたら、両親の家へ行けるのか。
 懐かしい家の扉を叩いて、もう一度両親に会えるのか。
 スウェナの代わりに、自分が其処に立ったなら。
 故郷の土を踏めたとしたら。
(…たった四年で行けるんだ…)
 あるいはもっと短い期間で、エネルゲイアへ。
 機械が行き先に選びさえすれば、スウェナは其処へと辿り着く。
 どんなに遅くても、自分が此処を卒業する頃、スウェナはエネルゲイアに着く。
 自分は行けはしないのに。
 行きたいと願い続けたところで、どうにもなりはしないのに。
 エリート候補生の道に入った時点で、遠くなった故郷。
 恐らく地球のトップに立つまで、チャンスは巡って来ないだろうに。


 なんてことだ、と愕然として、それから思い浮かべた両親。
 今は顔さえぼやけてしまって、どんな顔だか分からないけれど。
 多分、マザー・イライザに似ている母。
 そして大きな身体だった父。
(パパもママも…)
 スウェナが行くだろう教育ステーションで出会った筈。
 父は技術系のエキスパートだったけれども、母と結婚していたのだから。
 独身のままでいてもいいのに、養父の道を選んだ父。
(…パパもそうだった…?)
 何処かで母とバッタリ出会って、恋をして、勉強し直して。
 ひょっとしたら母もそうかもしれない、コースを途中で変更して。
 スウェナがその道を選んだように、卒業間近で別の道へと。
(…そういうことも…)
 無いとは言えない、養父母としては年配だった両親。
 自分は何人目かの子供だろうけれど、スタート自体が遅いかもしれない。
 最初から一般人向けのコースに入った者よりも。
 途中で進路変更したなら、スウェナのような道を歩んだのなら。


(挫折で、逃げで…)
 自分はキースにそう言ったけれど、本当に結婚は挫折だろうか。
 本当にただの逃げなのだろうか、スウェナが選んだあの道は。
 ステーションから遠くへ去って行った船、あの船がスウェナを連れてゆく道は。
(…ママみたいに優しいお母さんになって…)
 子供を愛して育てるのならば、それは挫折と言うのだろうか?
 逃げたと言ってもいいのだろうか、両親が辿って来たかもしれない道を。
 何処かで出会って、恋をして、進路を二人して変えて。
 その先で自分を育てたのなら、それでも挫折で逃げなのだろうか…?
(ママは挫折なんか…)
 していないと思う、優しかった父も。
 二人とも自分の自慢の両親、今では顔も忘れていても。
 育てられたことは忘れていないし、温かい手だって覚えている。
 どんなに機械が消していっても、おぼろげなものになってしまっても。
 いつか二人に会いに行きたいし、あの家に帰り着くのが夢。
 その両親が負け犬だなんて、もしも誰かが口にしたなら…。
(ぼくはきっと…)
 酷く怒って罵るのだろう、それを言った者を。
 言葉だけではとても済まなくて、拳を振り上げるかもしれない。
 殴り飛ばして、掴み掛かって、声の限りに怒鳴るのだろう。
 「お前なんかに何が分かる」と、「ぼくのパパとママを馬鹿にするな」と。
 最高の両親だったから。
 今も誰よりも愛しているから、きっと自分は許さない。
 両親を馬鹿にした者を。…負け犬なのだと言い捨てた者を。


(結婚なんて…)
 ただの逃げだ、と思うけれども、それも機械の仕業だろうか。
 本当はメンバーズよりも素晴らしい道で、両親はそれを歩いただろうか。
(…パパ、ママ…)
 どうだったの、と訊きたいけれども、今は会うことも出来ない両親。
 スウェナの方が先に会うのだろう、街の何処かですれ違って。
 同じ建物に住むかもしれない、隣の住人になることだって。
(…逃げじゃなかった…?)
 挫折したわけではなかっただろうか、このステーションを去ったスウェナは。
 両親と同じ場所に行くなら、同じ道を選んで行ったのならば。
(分からないよ、ママ…)
 パパ、と心で呼び掛けるけれど、返らない答え。
 それに自分はきっと行けない、スウェナが歩いて行った道へは。
 エネルゲイアへの近道なのだと分かっていても。
 それを選べば、と気付いていても。


(…待ってて、パパ、ママ…)
 いつか必ず会いに行くから、と零れた涙。
 その時はぼくに教えて、と。
 何処で出会って、どうして養父母になったのか。
 その道は幸せな道だったのかを、自分を育てて幸せだったかを。
(…きっと幸せに決まってる…)
 そういう答えが返るだろうから、自分の心が憎らしい。
 結婚なんてただの逃げだと、挫折だと思う、この考えが。
 その道を行けないらしい自分が、きっと行けないだろう自分が。
 パパもママも最高だったのに、と溢れ出す涙が止まらない。
 ぼくは何処かで間違えたろうかと、どうしてこうなってしまったのかと…。

 

         選べない道・了

※「結婚なんて…」と馬鹿にしたシロエ。原作シロエも同じでしたけど、甘めなアニテラ。
 あのシロエなら、後でドツボにはまりそうだな、と…。こういうのを自業自得と言うかも?





拍手[1回]

「半年も経てば、恐らく全員、マザー牧場の羊だ」
 そう言ったことは確かだけれど、とシロエが抱えている頭。まさか本当に羊だなんて、と。
 周りを取り囲むモコモコの羊、どっちを向いても羊の群れ。夜だからパチパチ燃えている焚火、それを囲んで羊の番。なにしろ羊飼いだから。羊の番が仕事だから。
「…恐らくお前のせいだぞ、シロエ」
 あの台詞は忘れていないからな、とキースにジロリと睨まれた。あれから長年経ったけれども、私の記憶に間違いはない、と。
「そうだぜ、俺も聞いていたしよ…。お前、確かに羊と言ったぜ」
 サムまでキッチリ覚えているから、なんとも立場がマズかった。羊飼いの仲間は多いけれども、誰も覚えが無いらしいから。彼らが生きた歳月の中で、羊絡みの発言なぞは。
「アニアン閣下…! やはり、こいつのせいですか?」
 牧場で羊と言ったのなら、と不愉快そうなのがセルジュというヤツ。かつてキースの部下だった一人、中でも一番偉そうな態度。
「確証はないが…。他に羊と牧場と言った者が無いなら、シロエなのだろう」
 言霊というものがあるらしい、と声をひそめるキース。迂闊な言葉を口にしたから、皆に呪いがかかったようだ、と。
「ぼくは呪いなんか、かけてませんから!」
 そんな力もありませんから、と叫んだけれども、「甘い」と切って捨てられた。言霊とやらは、言った本人の能力とはまるで無関係だ、と。
「お前があれを言った時に、だ…。呪いがかかっていたのだろう。だからこうなった」
 ミュウのヤツらが一人も混ざっていないのが証拠、とキースが見回す羊飼いたち。キースの部下やら、グレイブやらと多彩な面子が揃っているのに、ミュウは一人もいなかった。
 キースの部下として生きた、変わり種のマツカを除いては。それと自分も、一応はミュウ。この二人だけが辛うじてミュウで、とはいえ人類の世界で生きて死んだ者。


 キースが言うには、マザー牧場の羊として生きていた面子。それが集められて羊飼いの群れで、こんな所で羊の番をしているらしい。モコモコの羊の群れに囲まれ、焚火をして。
(ぼくのせいで…?)
 それで羊、とシロエは泣きたい気分。ピーターパンと行くネバーランドなら嬉しいけれども、羊飼い。夜に羊の番だなんて、と。
「ぼくたち、これからどうなるんですか…!」
 一生、羊の番でしょうか、と叫んでからハタと気が付いた。全員、とっくに人生終了、一生も何もこれが結末。ハッピーエンドを迎える代わりに、羊飼い。ずっとこうして羊の番。
(…酷すぎるかも…)
 あんな台詞を吐かなきゃ良かった、と俯いていたら、「諦めるな」と肩を叩いたキース。
「まるで救いが無いということもないだろう。…羊飼いだからな」
「どういう意味です?」
「知らんのか、聖書。羊飼いが夜に羊の番なら、救い主キリストの降誕だぞ」
 可能性の一つに過ぎないが…、とキースが語ったキリスト降誕。もしも聖書の通りだったら、天の御使いが現れる。神の栄光に照らされて。
 それに夥しい天の軍勢、神を賛美して歌うという。
 「いと高き所には、栄光が神にあるように。地の上に住む人々に、平和があるように」と。
 そのメッセージを受け取ったならば、ベツレヘムという町に行けばいい。クリスマスの夜に馬小屋で生まれたキリスト、救い主の赤子を拝むために。
「ああ、なるほど…。そしたら、羊飼いの役目は終了というわけですか…」
「上手く行けばな。我々は人類代表なのだ」
 聖書の羊飼いたちもそうだ、と言われてみればその通り。救い主の誕生を知らせる使いは、羊飼いの所に現れるから。
「時空が捩れているわけですね。…キリストが生まれた時代辺りに」
「お前の迷惑な台詞のせいでな!」
 それを忘れるな、とループした話。周りの視線がとても痛いから、羊の中へと逃げ込んだ。モコモコの群れに隠れていたなら、さほど視線は刺さらないから。


 そうやってシロエは羊に隠れて、キースたちが続けた羊の番。早く天使がやって来ないかと、神の栄光が辺りを照らさないかと。焚火を囲んで待っている内に…。
「キース、何か来ます!」
 ミュウだけあって勘の鋭いマツカが指差した方。モコモコの羊の群れの向こうは真っ暗な闇で、誰が見たって何も見えない。キースも、セルジュも、グレイブたちも目を凝らすけれども…。
「何も見えんぞ?」
 天の使いなら光り輝く筈だが、とキースが首を捻った時。
「なんか聞こえねえか?」
 変な音が、とサムが言い出して、間もなく誰もが耳にした音。テケテン、テケテンと妙にリズミカルで、まるで太鼓でも叩いているよう。
「アニアン閣下…。天使は太鼓を叩くんですか?」
 おまけに変な節回しですが、とセルジュが指摘するテケテンな音。天の軍勢なら、もっと荘厳な音楽の方が似合うのに。太鼓でテケテン、テケテンやるより、ハープなんかが似合うだろうに。
(((テケテン、テケテン…?)))
 天の軍勢のセンスは良くないようだ、と誰もが思ったBGM。テケテン、テケテン、テレツク、テレツクと小太鼓が鳴って、テレツクテンテン。
 あまりのことにシロエも羊の群れから出て来て、目をパチクリとさせている始末。これに関しては責任は無いと、ぼくの責任は羊飼いまで、と。
 テンテンテレツク、テケテン、テケテン。
 天の軍勢は光り輝きもぜすに、テレツクテレツク近付いて来て…。


「なんだ、貴様は!」
 どうしてお前がその立ち位置に、と怒鳴ったキース。
 テレツクテンテンと小太鼓を打ち鳴らす天の軍勢、その先頭に立っていたのは、あろうことかミュウの長だった。それも忌々しいアルビノの方の。
 なんだってヤツが天の御使い、そんな素敵な立ち位置に…、とキースは歯噛みしたのだけれど。
「どうしても何も…。我々は進化の必然だからね」
 天の御使いとも思えない台詞を吐いてくれたのが、ソルジャー・ブルー。もう少しオブラートに包んだ物言いをして欲しいものだ、と誰もが思った。
 人類はミュウに破れたのだし、この配役は諦めよう。あちらが天の軍勢になって、自分たちの方が羊飼いでも。
 けれども、天の御使いたちはキリストの誕生を告げに来たわけで、いわば救いの神というヤツ。これからベツレヘムの馬小屋に行って、キリストを拝めばお役目終了。きっと時空の捩れも直って、羊の群れとはオサラバだから…。
(((もうちょっと優しい言葉遣いで…)))
 喋れないものか、と羊飼いたちが見詰めたソルジャー・ブルー。天の御使いな役どころならば、もっとソフトに喋って欲しい、と。
 そうしたら…。
「…天の御使い?」
 このぼくが、とソルジャー・ブルーは目を丸くした。それにキリストと言われても…、と。
「違うのか?」
 これはそういう話だろうが、と食ってかかったキースだけれど。
「…まるで間違ってはいないかな…。ぼくたちが来ないと年が明けないし」
「「「はあ?」」」
 紀元が切り替わるという意味だろうか、と首を傾げた羊飼いたち。確かキリストの誕生を境に暦が変わっていたかと、紀元前とその後だったような、と。


 キリストが生まれる前が紀元前、生まれた後は紀元何年、と数えていたのが昔の暦。SD暦に切り替わる前は、そういう暦の筈だから。
 それで天の御使いがやって来ないと、年が明けないのかと思ったら…。
「違うね、君たちが飼っているのは羊。ぼくたちの方は…」
 こういうヤツで、とソルジャー・ブルーが合図をしたら、テケテン、テケテンと始まった音楽。天の軍勢なミュウの面々、彼らが小太鼓でテレツクテンテン。
 その間を縫うように現れたジョミー、トォニィやらキャプテン・ハーレイやらと、それは豪華なメンバーだけれど。
「「「サル!??」」」
 なんでまた、と羊飼いたちも唖然呆然、ミュウのお歴々はサルを連れていた。一人に一匹、二足歩行をしているサル。妙なベストを着ているサルで、それがテケテン、テケテンと…。
(((…踊っている…)))
 小太鼓のリズムに合わせてテケテン、テケテンと踊るサルたち。テンテンテレツク、テケレツテンテン、それはいわゆる猿回しだった。ジョミーやトォニィの合図でテレツク、テケレツ、軽快にサルたちは踊り続ける。二足歩行で、それは楽しげに。
「新しい年はサル年だからねえ…」
 でもって古い年が羊で、とソルジャー・ブルーはフッと笑った。羊飼いのターンはこれで終了、お役御免というヤツだから、と。
「なんだと!? では、我々はどうなるのだ!」
 貴様たちが取って代わるのか、とキースが怒鳴ると、ソルジャー・ブルーは余裕の笑みで。
「そうなるのかな? 干支の引き継ぎに関してはね」
 サルが進化してヒトになったのは有名な話、と言い返されてグッと詰まったキース。それで進化の必然という台詞が出たかと、ミュウの側にサルがつくのか、と。


 干支の引き継ぎと言われた途端に、羊飼いたちは理解した。西暦2015年とやら、自分たちが生きていたのとは少しズレた時空。そこで一年が終わるのだと。未年が去ってゆくのだと。
(((2016年は申年…)))
 サルに関してはミュウに分がある、ミュウは進化の必然だから。ヒトの進化を語る上では、サルは欠かせない存在だから。
「シロエ、どうしてサルと言わなかった!?」
 何故、羊だと言ったのだ、とキースがキレても、普通、牧場でサルは飼わない。サルと言ったらモンキーパークで、牧場と言ったら羊とか。
「シロエを苛めないで欲しいね、彼の責任ではないと思うから」
 たまたま羊と言っただけだし、とソルジャー・ブルーが言うのも事実。そうこうする間にテケレツテンテン、猿回しのサルたちが焚火の周りで暖を取り始めた。動物は火を恐れるのに。
「どういうことだ!?」
 このサルどもは、とキースも羊飼いたちも驚いたけれど。
「未年の最後を締め括るホットなニュースと言うべきかな? あれは何処だったか…」
 焚火で暖を取るサルたちの群れが現れたそうだ、とソルジャー・ブルーに告げられたニュース。何処かの時空で焚火を恐れないサルたちが現れ、年の瀬の話題になったという。
(((そんなニュースまで…)))
 来てしまったらもう駄目だ、と羊飼いたちが悟った敗北。とりあえず来年はミュウの年、と。
 焚火をミュウたちに譲り渡して、自分たちはこれから流浪の民か、と思ったら…。


「引き継ぎが済んだら、正月とかいうモノらしいけどね?」
 みんなで焚火で餅を焼くのだ、とソルジャー・ブルーがキッパリと言った。
 その内に初日が昇ってくるから、それを見ながら宴会らしい、と。
「「「宴会!?」」」
「そう、宴会。飲んで騒いで、三日間ほど…。箱根駅伝とやらも見てね」
「「「箱根駅伝…」」」
 なんだそれは、と羊飼いたちは思ったけれども、どうやら焚火は譲らなくてもいいらしいから。
「分かった、とにかく宴会なんだな?」
 シロエのせいでババを引いたのではないんだな、と念を押したキース。このまま焚火でかまわないのだなと、羊飼いの役目が終わりなだけで、と。
「そのようだけど? ぼくたちの方も、猿回しは年越しだけだからねえ…」
 干支の引き継ぎが無事に終わるまで、君たちも羊飼いをよろしく、と言われた羊飼いたちは張り切った。役目を終えたら宴会なのだし、此処を去らなくてもいいようだから。
「こらっ、そっちへ行くんじゃない!」
「大人しくしていて下さいよ~!」
 モコモコの羊が逃げないようにと頑張る羊飼いたち、BGMに流れるテレツクテンテン。大勢のミュウたちが鳴らす小太鼓、焚火の周りで踊るサルたち。
 こうして2015年が暮れて、やがて新しい年が来る。未年が去って、サルの年。
 テンテンテレツク、テケレツテンテン、年が明けるまでは羊飼いたちと猿回しのコラボ。干支の引き継ぎをちゃんと済ませて、新しい年が来るように。
 テケテン、テケテンと年は暮れてゆく、そしてもうすぐ2016年になる。
 年が明けたら、人類もミュウも揃って宴会。餅を焼いたり、おせちにお雑煮。
 箱根駅伝なども見ながら、「無事に新しい年を呼べた」と干支の引き継ぎを語り合いながら…。

 

         ゆく年くる年・了

※今年はヒツジ年だったっけな、と漠然と考えただけなんです。来年はサル、と。
 なんだってこんな話になったか、今度こそ自分が分からないかも…!





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