忍者ブログ

「結婚なんて言ったって、所詮、ただの逃げ。挫折でしょ?」
 あるのはせいぜい、慰めだけ。
 そう言って悪ければ…、心の平穏かな。
 キースに投げ付けた自分の言葉。
 結婚するために教育ステーションを去った、スウェナの船を見送った後で。
 キースとサムが其処にいたから、ぶつけてやった正直な思い。
 本当にそう思っていたから、心の底から。
 去って行ったスウェナは負け犬なのだと、自分はそうはなりはしないと。
 あんな人間と付き合っていたキース、彼の程度も知れたものだと。
 「ぼくの敵じゃあ…なかったかな?」と皮肉な笑みを浮かべてやった。
 お前なんかに負けはしないと、自分の方が上なのだと。
 下級生の今は、まだまだ敵わないけれど。
 キースが築いたステーション始まって以来の秀才の地位は、まだ覆せはしないのだけれど。
 自分が卒業するまでは。
 四年間の教育課程の全てを終えて、キースの記録を塗り替えるまでは。


 結婚して去ってゆく者は敗者、せせら笑って部屋に戻ったシロエだけれど。
 逃げでしかないと、エリートにもなれない負け犬なのだと、スウェナを思い浮かべたけれど。
(…あの宇宙船…)
 遠ざかり、青い光の点になって消えていった船。
 スウェナと、彼女の未来の夫を乗せていた船。
 あの宇宙船は何処へ行くのだろうか、幾つもあると聞いた一般人向けの教育ステーション。
(まさか…)
 宇宙港の技師をしている男だと聞いた、スウェナの相手。
 そういう男と結婚するなら、技術系の人間が暮らす育英都市が向いているのだろう。
 いつか二人が一般人として養父母になるなら、きっとそういう都市に行く。
(…エネルゲイア…)
 自分の故郷もその一つだった、技術系のエキスパートを育てるための育英都市。
 ならばスウェナを乗せた宇宙船は…。
(パパとママがいた教育ステーション…)
 其処へと向かって行ったのだろうか、何も聞いてはいないけれども。
 あの船が直接向かわなくても、二人は乗り換えて行くのだろうか。
 今では顔も思い出せない両親、あの優しかった二人が出会った場所へ。
 結婚しようと決めた所へ、そういう教育ステーションへと。


(…そんな…)
 もしもスウェナが、スウェナの相手が、其処へ向かって行ったなら。
 ステーションでの教育課程を終えた後には、エネルゲイアへ行くかもしれない。
 自分が育った、懐かしい町へ。
 すっかり記憶が薄れてしまった、曖昧になった故郷へと。
(挫折したくせに…)
 メンバーズの道を諦めたくせに、途中で投げ出してしまったくせに。
 慰めどころか、スウェナは本物のエネルゲイアを手に入れる。
 それこそ心の平穏そのもの、自分にとっては何と引き換えにしてでも帰りたい場所。
 其処にスウェナは帰ってゆくのか、自分の代わりに。
 宇宙港の技師と結婚するから、その結果として。
 自分のようにエネルゲイアが出身地の子供、そういう子供を育てるために。
(…たった四年で…)
 もしかしたら、もっと短いかもしれない。
 スウェナは卒業間近だったし、結婚相手は既に何処かを卒業している男だから。
 四年も勉強しないでも済んで、ほんの二年か三年ほどで養父母になるのかもしれない。
(そうでなくても…)
 たった四年でエネルゲイアに行けそうなスウェナ。
 卒業した後の配属先が、エネルゲイアになったなら。
 其処へ行くよう、ステーションのマザーが命じたならば。


 負け犬だとばかり思ったスウェナ。
 挫折なのだと思った結婚。
 けれども、それは間違いだろうか、そんなにも早くエネルゲイアに行けるなら。
 行ける可能性が高いのだったら、スウェナがいつか手に入れるものは…。
(…ぼくが帰りたくても帰れない場所…)
 育った家が何処にあったかも忘れてしまって、戻れない場所。
 記憶を失くしてしまった場所。
 其処にいたという実感さえも薄れたけれども、もしもその場所に立てたなら…。
(思い出すかも…)
 どう歩いたら、両親の家へ行けるのか。
 懐かしい家の扉を叩いて、もう一度両親に会えるのか。
 スウェナの代わりに、自分が其処に立ったなら。
 故郷の土を踏めたとしたら。
(…たった四年で行けるんだ…)
 あるいはもっと短い期間で、エネルゲイアへ。
 機械が行き先に選びさえすれば、スウェナは其処へと辿り着く。
 どんなに遅くても、自分が此処を卒業する頃、スウェナはエネルゲイアに着く。
 自分は行けはしないのに。
 行きたいと願い続けたところで、どうにもなりはしないのに。
 エリート候補生の道に入った時点で、遠くなった故郷。
 恐らく地球のトップに立つまで、チャンスは巡って来ないだろうに。


 なんてことだ、と愕然として、それから思い浮かべた両親。
 今は顔さえぼやけてしまって、どんな顔だか分からないけれど。
 多分、マザー・イライザに似ている母。
 そして大きな身体だった父。
(パパもママも…)
 スウェナが行くだろう教育ステーションで出会った筈。
 父は技術系のエキスパートだったけれども、母と結婚していたのだから。
 独身のままでいてもいいのに、養父の道を選んだ父。
(…パパもそうだった…?)
 何処かで母とバッタリ出会って、恋をして、勉強し直して。
 ひょっとしたら母もそうかもしれない、コースを途中で変更して。
 スウェナがその道を選んだように、卒業間近で別の道へと。
(…そういうことも…)
 無いとは言えない、養父母としては年配だった両親。
 自分は何人目かの子供だろうけれど、スタート自体が遅いかもしれない。
 最初から一般人向けのコースに入った者よりも。
 途中で進路変更したなら、スウェナのような道を歩んだのなら。


(挫折で、逃げで…)
 自分はキースにそう言ったけれど、本当に結婚は挫折だろうか。
 本当にただの逃げなのだろうか、スウェナが選んだあの道は。
 ステーションから遠くへ去って行った船、あの船がスウェナを連れてゆく道は。
(…ママみたいに優しいお母さんになって…)
 子供を愛して育てるのならば、それは挫折と言うのだろうか?
 逃げたと言ってもいいのだろうか、両親が辿って来たかもしれない道を。
 何処かで出会って、恋をして、進路を二人して変えて。
 その先で自分を育てたのなら、それでも挫折で逃げなのだろうか…?
(ママは挫折なんか…)
 していないと思う、優しかった父も。
 二人とも自分の自慢の両親、今では顔も忘れていても。
 育てられたことは忘れていないし、温かい手だって覚えている。
 どんなに機械が消していっても、おぼろげなものになってしまっても。
 いつか二人に会いに行きたいし、あの家に帰り着くのが夢。
 その両親が負け犬だなんて、もしも誰かが口にしたなら…。
(ぼくはきっと…)
 酷く怒って罵るのだろう、それを言った者を。
 言葉だけではとても済まなくて、拳を振り上げるかもしれない。
 殴り飛ばして、掴み掛かって、声の限りに怒鳴るのだろう。
 「お前なんかに何が分かる」と、「ぼくのパパとママを馬鹿にするな」と。
 最高の両親だったから。
 今も誰よりも愛しているから、きっと自分は許さない。
 両親を馬鹿にした者を。…負け犬なのだと言い捨てた者を。


(結婚なんて…)
 ただの逃げだ、と思うけれども、それも機械の仕業だろうか。
 本当はメンバーズよりも素晴らしい道で、両親はそれを歩いただろうか。
(…パパ、ママ…)
 どうだったの、と訊きたいけれども、今は会うことも出来ない両親。
 スウェナの方が先に会うのだろう、街の何処かですれ違って。
 同じ建物に住むかもしれない、隣の住人になることだって。
(…逃げじゃなかった…?)
 挫折したわけではなかっただろうか、このステーションを去ったスウェナは。
 両親と同じ場所に行くなら、同じ道を選んで行ったのならば。
(分からないよ、ママ…)
 パパ、と心で呼び掛けるけれど、返らない答え。
 それに自分はきっと行けない、スウェナが歩いて行った道へは。
 エネルゲイアへの近道なのだと分かっていても。
 それを選べば、と気付いていても。


(…待ってて、パパ、ママ…)
 いつか必ず会いに行くから、と零れた涙。
 その時はぼくに教えて、と。
 何処で出会って、どうして養父母になったのか。
 その道は幸せな道だったのかを、自分を育てて幸せだったかを。
(…きっと幸せに決まってる…)
 そういう答えが返るだろうから、自分の心が憎らしい。
 結婚なんてただの逃げだと、挫折だと思う、この考えが。
 その道を行けないらしい自分が、きっと行けないだろう自分が。
 パパもママも最高だったのに、と溢れ出す涙が止まらない。
 ぼくは何処かで間違えたろうかと、どうしてこうなってしまったのかと…。

 

         選べない道・了

※「結婚なんて…」と馬鹿にしたシロエ。原作シロエも同じでしたけど、甘めなアニテラ。
 あのシロエなら、後でドツボにはまりそうだな、と…。こういうのを自業自得と言うかも?





拍手[1回]

PR

「半年も経てば、恐らく全員、マザー牧場の羊だ」
 そう言ったことは確かだけれど、とシロエが抱えている頭。まさか本当に羊だなんて、と。
 周りを取り囲むモコモコの羊、どっちを向いても羊の群れ。夜だからパチパチ燃えている焚火、それを囲んで羊の番。なにしろ羊飼いだから。羊の番が仕事だから。
「…恐らくお前のせいだぞ、シロエ」
 あの台詞は忘れていないからな、とキースにジロリと睨まれた。あれから長年経ったけれども、私の記憶に間違いはない、と。
「そうだぜ、俺も聞いていたしよ…。お前、確かに羊と言ったぜ」
 サムまでキッチリ覚えているから、なんとも立場がマズかった。羊飼いの仲間は多いけれども、誰も覚えが無いらしいから。彼らが生きた歳月の中で、羊絡みの発言なぞは。
「アニアン閣下…! やはり、こいつのせいですか?」
 牧場で羊と言ったのなら、と不愉快そうなのがセルジュというヤツ。かつてキースの部下だった一人、中でも一番偉そうな態度。
「確証はないが…。他に羊と牧場と言った者が無いなら、シロエなのだろう」
 言霊というものがあるらしい、と声をひそめるキース。迂闊な言葉を口にしたから、皆に呪いがかかったようだ、と。
「ぼくは呪いなんか、かけてませんから!」
 そんな力もありませんから、と叫んだけれども、「甘い」と切って捨てられた。言霊とやらは、言った本人の能力とはまるで無関係だ、と。
「お前があれを言った時に、だ…。呪いがかかっていたのだろう。だからこうなった」
 ミュウのヤツらが一人も混ざっていないのが証拠、とキースが見回す羊飼いたち。キースの部下やら、グレイブやらと多彩な面子が揃っているのに、ミュウは一人もいなかった。
 キースの部下として生きた、変わり種のマツカを除いては。それと自分も、一応はミュウ。この二人だけが辛うじてミュウで、とはいえ人類の世界で生きて死んだ者。


 キースが言うには、マザー牧場の羊として生きていた面子。それが集められて羊飼いの群れで、こんな所で羊の番をしているらしい。モコモコの羊の群れに囲まれ、焚火をして。
(ぼくのせいで…?)
 それで羊、とシロエは泣きたい気分。ピーターパンと行くネバーランドなら嬉しいけれども、羊飼い。夜に羊の番だなんて、と。
「ぼくたち、これからどうなるんですか…!」
 一生、羊の番でしょうか、と叫んでからハタと気が付いた。全員、とっくに人生終了、一生も何もこれが結末。ハッピーエンドを迎える代わりに、羊飼い。ずっとこうして羊の番。
(…酷すぎるかも…)
 あんな台詞を吐かなきゃ良かった、と俯いていたら、「諦めるな」と肩を叩いたキース。
「まるで救いが無いということもないだろう。…羊飼いだからな」
「どういう意味です?」
「知らんのか、聖書。羊飼いが夜に羊の番なら、救い主キリストの降誕だぞ」
 可能性の一つに過ぎないが…、とキースが語ったキリスト降誕。もしも聖書の通りだったら、天の御使いが現れる。神の栄光に照らされて。
 それに夥しい天の軍勢、神を賛美して歌うという。
 「いと高き所には、栄光が神にあるように。地の上に住む人々に、平和があるように」と。
 そのメッセージを受け取ったならば、ベツレヘムという町に行けばいい。クリスマスの夜に馬小屋で生まれたキリスト、救い主の赤子を拝むために。
「ああ、なるほど…。そしたら、羊飼いの役目は終了というわけですか…」
「上手く行けばな。我々は人類代表なのだ」
 聖書の羊飼いたちもそうだ、と言われてみればその通り。救い主の誕生を知らせる使いは、羊飼いの所に現れるから。
「時空が捩れているわけですね。…キリストが生まれた時代辺りに」
「お前の迷惑な台詞のせいでな!」
 それを忘れるな、とループした話。周りの視線がとても痛いから、羊の中へと逃げ込んだ。モコモコの群れに隠れていたなら、さほど視線は刺さらないから。


 そうやってシロエは羊に隠れて、キースたちが続けた羊の番。早く天使がやって来ないかと、神の栄光が辺りを照らさないかと。焚火を囲んで待っている内に…。
「キース、何か来ます!」
 ミュウだけあって勘の鋭いマツカが指差した方。モコモコの羊の群れの向こうは真っ暗な闇で、誰が見たって何も見えない。キースも、セルジュも、グレイブたちも目を凝らすけれども…。
「何も見えんぞ?」
 天の使いなら光り輝く筈だが、とキースが首を捻った時。
「なんか聞こえねえか?」
 変な音が、とサムが言い出して、間もなく誰もが耳にした音。テケテン、テケテンと妙にリズミカルで、まるで太鼓でも叩いているよう。
「アニアン閣下…。天使は太鼓を叩くんですか?」
 おまけに変な節回しですが、とセルジュが指摘するテケテンな音。天の軍勢なら、もっと荘厳な音楽の方が似合うのに。太鼓でテケテン、テケテンやるより、ハープなんかが似合うだろうに。
(((テケテン、テケテン…?)))
 天の軍勢のセンスは良くないようだ、と誰もが思ったBGM。テケテン、テケテン、テレツク、テレツクと小太鼓が鳴って、テレツクテンテン。
 あまりのことにシロエも羊の群れから出て来て、目をパチクリとさせている始末。これに関しては責任は無いと、ぼくの責任は羊飼いまで、と。
 テンテンテレツク、テケテン、テケテン。
 天の軍勢は光り輝きもぜすに、テレツクテレツク近付いて来て…。


「なんだ、貴様は!」
 どうしてお前がその立ち位置に、と怒鳴ったキース。
 テレツクテンテンと小太鼓を打ち鳴らす天の軍勢、その先頭に立っていたのは、あろうことかミュウの長だった。それも忌々しいアルビノの方の。
 なんだってヤツが天の御使い、そんな素敵な立ち位置に…、とキースは歯噛みしたのだけれど。
「どうしても何も…。我々は進化の必然だからね」
 天の御使いとも思えない台詞を吐いてくれたのが、ソルジャー・ブルー。もう少しオブラートに包んだ物言いをして欲しいものだ、と誰もが思った。
 人類はミュウに破れたのだし、この配役は諦めよう。あちらが天の軍勢になって、自分たちの方が羊飼いでも。
 けれども、天の御使いたちはキリストの誕生を告げに来たわけで、いわば救いの神というヤツ。これからベツレヘムの馬小屋に行って、キリストを拝めばお役目終了。きっと時空の捩れも直って、羊の群れとはオサラバだから…。
(((もうちょっと優しい言葉遣いで…)))
 喋れないものか、と羊飼いたちが見詰めたソルジャー・ブルー。天の御使いな役どころならば、もっとソフトに喋って欲しい、と。
 そうしたら…。
「…天の御使い?」
 このぼくが、とソルジャー・ブルーは目を丸くした。それにキリストと言われても…、と。
「違うのか?」
 これはそういう話だろうが、と食ってかかったキースだけれど。
「…まるで間違ってはいないかな…。ぼくたちが来ないと年が明けないし」
「「「はあ?」」」
 紀元が切り替わるという意味だろうか、と首を傾げた羊飼いたち。確かキリストの誕生を境に暦が変わっていたかと、紀元前とその後だったような、と。


 キリストが生まれる前が紀元前、生まれた後は紀元何年、と数えていたのが昔の暦。SD暦に切り替わる前は、そういう暦の筈だから。
 それで天の御使いがやって来ないと、年が明けないのかと思ったら…。
「違うね、君たちが飼っているのは羊。ぼくたちの方は…」
 こういうヤツで、とソルジャー・ブルーが合図をしたら、テケテン、テケテンと始まった音楽。天の軍勢なミュウの面々、彼らが小太鼓でテレツクテンテン。
 その間を縫うように現れたジョミー、トォニィやらキャプテン・ハーレイやらと、それは豪華なメンバーだけれど。
「「「サル!??」」」
 なんでまた、と羊飼いたちも唖然呆然、ミュウのお歴々はサルを連れていた。一人に一匹、二足歩行をしているサル。妙なベストを着ているサルで、それがテケテン、テケテンと…。
(((…踊っている…)))
 小太鼓のリズムに合わせてテケテン、テケテンと踊るサルたち。テンテンテレツク、テケレツテンテン、それはいわゆる猿回しだった。ジョミーやトォニィの合図でテレツク、テケレツ、軽快にサルたちは踊り続ける。二足歩行で、それは楽しげに。
「新しい年はサル年だからねえ…」
 でもって古い年が羊で、とソルジャー・ブルーはフッと笑った。羊飼いのターンはこれで終了、お役御免というヤツだから、と。
「なんだと!? では、我々はどうなるのだ!」
 貴様たちが取って代わるのか、とキースが怒鳴ると、ソルジャー・ブルーは余裕の笑みで。
「そうなるのかな? 干支の引き継ぎに関してはね」
 サルが進化してヒトになったのは有名な話、と言い返されてグッと詰まったキース。それで進化の必然という台詞が出たかと、ミュウの側にサルがつくのか、と。


 干支の引き継ぎと言われた途端に、羊飼いたちは理解した。西暦2015年とやら、自分たちが生きていたのとは少しズレた時空。そこで一年が終わるのだと。未年が去ってゆくのだと。
(((2016年は申年…)))
 サルに関してはミュウに分がある、ミュウは進化の必然だから。ヒトの進化を語る上では、サルは欠かせない存在だから。
「シロエ、どうしてサルと言わなかった!?」
 何故、羊だと言ったのだ、とキースがキレても、普通、牧場でサルは飼わない。サルと言ったらモンキーパークで、牧場と言ったら羊とか。
「シロエを苛めないで欲しいね、彼の責任ではないと思うから」
 たまたま羊と言っただけだし、とソルジャー・ブルーが言うのも事実。そうこうする間にテケレツテンテン、猿回しのサルたちが焚火の周りで暖を取り始めた。動物は火を恐れるのに。
「どういうことだ!?」
 このサルどもは、とキースも羊飼いたちも驚いたけれど。
「未年の最後を締め括るホットなニュースと言うべきかな? あれは何処だったか…」
 焚火で暖を取るサルたちの群れが現れたそうだ、とソルジャー・ブルーに告げられたニュース。何処かの時空で焚火を恐れないサルたちが現れ、年の瀬の話題になったという。
(((そんなニュースまで…)))
 来てしまったらもう駄目だ、と羊飼いたちが悟った敗北。とりあえず来年はミュウの年、と。
 焚火をミュウたちに譲り渡して、自分たちはこれから流浪の民か、と思ったら…。


「引き継ぎが済んだら、正月とかいうモノらしいけどね?」
 みんなで焚火で餅を焼くのだ、とソルジャー・ブルーがキッパリと言った。
 その内に初日が昇ってくるから、それを見ながら宴会らしい、と。
「「「宴会!?」」」
「そう、宴会。飲んで騒いで、三日間ほど…。箱根駅伝とやらも見てね」
「「「箱根駅伝…」」」
 なんだそれは、と羊飼いたちは思ったけれども、どうやら焚火は譲らなくてもいいらしいから。
「分かった、とにかく宴会なんだな?」
 シロエのせいでババを引いたのではないんだな、と念を押したキース。このまま焚火でかまわないのだなと、羊飼いの役目が終わりなだけで、と。
「そのようだけど? ぼくたちの方も、猿回しは年越しだけだからねえ…」
 干支の引き継ぎが無事に終わるまで、君たちも羊飼いをよろしく、と言われた羊飼いたちは張り切った。役目を終えたら宴会なのだし、此処を去らなくてもいいようだから。
「こらっ、そっちへ行くんじゃない!」
「大人しくしていて下さいよ~!」
 モコモコの羊が逃げないようにと頑張る羊飼いたち、BGMに流れるテレツクテンテン。大勢のミュウたちが鳴らす小太鼓、焚火の周りで踊るサルたち。
 こうして2015年が暮れて、やがて新しい年が来る。未年が去って、サルの年。
 テンテンテレツク、テケレツテンテン、年が明けるまでは羊飼いたちと猿回しのコラボ。干支の引き継ぎをちゃんと済ませて、新しい年が来るように。
 テケテン、テケテンと年は暮れてゆく、そしてもうすぐ2016年になる。
 年が明けたら、人類もミュウも揃って宴会。餅を焼いたり、おせちにお雑煮。
 箱根駅伝なども見ながら、「無事に新しい年を呼べた」と干支の引き継ぎを語り合いながら…。

 

         ゆく年くる年・了

※今年はヒツジ年だったっけな、と漠然と考えただけなんです。来年はサル、と。
 なんだってこんな話になったか、今度こそ自分が分からないかも…!





拍手[0回]

(…こんな日の何処が目出度いんだ…)
 サッパリ分からん、と顔を顰めたキース。
 今日の日付は十二月二十七日、今日を含めてあと五日ほどで今年も終わる。
 たったそれだけ、それ以上でも以下でもない日。ずっと前から。
 けれども、部屋に山と積まれたプレゼントの箱。
 定番のリボンがかかった箱やら、凝ったラッピングやらと、それは賑やか。
 これを寄越した連中の顔が見えるようだ、と零した溜息。
(国家騎士団、上級大佐…)
 いつの間にやら、アイドルスター並みの人気を誇っていた自分。
 全く自覚は無かったのに。
(冷徹無比な破壊兵器ではなかったのか…?)
 それは軍部の中だけだったろうか、と情けない気持ち。
 軍人だというのに、この大量のプレゼント。
 朝からマツカやパスカルたちが台車で運び込んで来た。
 「全部、大佐にお届け物です」と、「セキュリティーチェックは済んでいます」と。
 つまり爆発しないということ、危険はまるで無いということ。
 中身は菓子の類だろう箱も、こだわりの逸品が入っているらしい箱だって。


 迷惑な、と思うけれども、届いたものは仕方ない。
 今日は自分の誕生日だから、あちらこちらからドッサリと届く。
 前からチラホラ来てはいたものの…。
(昇進して以来、拍車がかかった…)
 画面に姿が映し出されただけで、黄色い悲鳴が上がると聞いた。
 あれはセルジュからの報告だったか、「凄い人気ですよ」と。
 そんなわけだから、今日は朝からプレゼントの山。
 きっとまだまだ増えるのだろう、今日の間に。
(……まったく、何処が目出度いんだか……)
 人工子宮から出されたというだけ、それが世に言う誕生日。
 SD体制が始まる前だったならば、もう少し意味もあっただろうに。
(…そういえばミュウのガキどもがいたな…)
 あの連中には誕生日があるか、と思うけれども、所詮は化け物。
 生身で宇宙空間を飛んで来たミュウの長、ソルジャー・ブルーと変わりはしない。
 第一、トォニィとかいう子供には危うく殺されかけたし…。
(ロクでもないな…)
 誕生日なんぞ、と歪めた唇。
 ついでに自分の誕生日の場合、人工子宮から取り出されるよりも酷いのだが、と。


 マツカだけが知っている、E-1077に向かった任務。
 あそこで処分して来たモノ。
 その正体まではマツカも知るまい、自分そっくりの標本の群れを消して来たとは。
(私もアレと同じに育って…)
 たまたま計算通りに上手く運んだというだけなのだが、と浮かべた自嘲の笑み。
 どうやら自分は人ですらないと、無から作られた人形だから、と。
(あのガラスケースから出された日が、だ…)
 十二月二十七日だっただけで、本当に人工子宮より酷い。
 赤ん坊ではなくて、少年の姿で自分はこの世に出て来たのだから。
 それを誕生日と言っていいのか、実際、とても怪しい所。
 なのにドッサリ、プレゼントの山。
(…後でマツカに処分させるか…)
 自分そっくりの標本の群れを処分するよりは、マシな方法があるだろう。
 食べ物の類は希望者に配ってしまえばいいし、他の物だって。
(利益を出すなら…)
 バザーでもすれば良かろうと思う。
 国家騎士団の名も自分の名も伏せて、何処かでスペースでも借りて。
 上がった利益は、バザー開催に奔走した者たちで分ければいいし、と考えた。
 バザーでなくても、他にも方法は色々と…、と。


 とにかく全部、処分なのだ、とプレゼントの山を苦々しい気持ちで眺めていたら。
「嫌ですねえ…。キース先輩」
 誰のお蔭でプレゼントを貰えると思ってるんです、と声がした。
 振り返ってみたら、立っていたシロエ。
 E-1077にいた頃と同じに制服姿で、少年のままで。
「……シロエ?」
「そうですよ。ぼくが先輩のデータを色々調べましたから…」
 キース先輩の誕生日だけが知られているんです。今日だってことが。
 他の人たちは謎のままです、先輩よりも人気の高い人もね。
「…他の人だと? それに人気とは…」
 何のことだ、と首を捻った。
 一番人気は自分の筈だし、だからこそのプレゼントの山なのだから。
「分かりません? じゃあ、この人なら知ってますよね」
 どうぞ、とシロエが部屋に呼び入れた人物。
 印象的な赤い瞳のアルビノ、メギドと一緒に消え失せた筈のソルジャー・ブルー。
「お、お前は…! 何処から入った!?」
「何処からも何も…。ぼくやシロエに壁や扉が意味を成すとでも?」
 スイと通り抜けるだけだから、とソルジャー・ブルーは不敵に笑った。
 それに君よりも私の方が人気は上だ、と。
「何故、お前が!」
 私より上になるというのだ、と解せないけれども、シロエも可笑しそうに笑っている。
 「本当に何も知らないんですね」と、「キース先輩は幸せですね」と。


 そんなシロエが「これ、知ってます?」と手にしている本。
 表紙に「地球へ…」と書かれた一冊、シロエはパラパラとページをめくって。
「この本の中だと、ぼくたちは登場人物なんですよ」
 お伽話の世界みたいに、一つの世界が入っていて…。
 その世界の話を読んでいる人たちがいるんです。それこそ世界のあちこちにね。
 ソルジャー・ブルーが一番人気で、その次は、さあ…。誰なんでしょう?
 キース先輩もけっこう人気ですけど、さっきも言った通りにですね…。
 誕生日ってヤツが分かっているのは、キース先輩だけなんです。
 ぼくが調べていたからですよ、とシロエは本のページを指した。
 「こういう挿絵になっています」と、お蔭で本を読んだら誰でも分かるんです、と。
「ば、馬鹿な…。私も本の登場人物だと?」
「この本がある世界の人たちにとっては…、ですけどね」
 そうですよね、とシロエが視線を向けると、頷いたアルビノのソルジャー・ブルー。
「世界というのは一つではないよ。…この世界だけが全てではない」
 私や君にとっては、この世界こそが本物だけどね…。
 この世界がお伽話のように見える世界も、また存在する。
 其処では、君の誕生日だけしか分からないことを、今も嘆いている人も多いのだから…。
 大切にしたまえ、そのプレゼント。
 それが言いたくてね、私も、シロエも。


 処分させようなどと罰当たりなことを…、と言われてハタと気が付いた。
 それも真実かもしれない。
 自分の生まれが何であろうと、祝ってくれる人が大勢いるわけで…。
「そうだった…。バザー送りはやめておくか」
 マツカたちと開けて、使い道を真面目に考えるか、とプレゼントの山をじっと見詰めて。
 それでいいか、と向き直ったら…。
(…いない…?)
 ソルジャー・ブルーも、それにシロエもいなかった。
 別の世界へと消えたかのように。
(…夢だったのか…?)
 それにしては妙に生々しい夢で、人としての道まで説かれたような気もするから。
 プレゼントを処分するなど罰当たりな、と言われた声が耳に残っているから。
(…たまには、マツカたちを労うとするか…)
 今日の仕事が終わった後には、皆でプレゼントを開けるとしよう。
 食べ物だったら分けて宴で、他のプレゼントは…。
(クジ引きだな…)
 誰に一番いいのが当たるか、きっと賑やかなことだろう。
(少し早いが…)
 ニューイヤーのパーティーだと思っておくか、と決めたプレゼントの使い道。
 夜までには、もっと増えるだろうから。
 マツカたちが何度も運んで来るだろうから、今夜は宴。
 シロエに、それにソルジャー・ブルーに、諭されたような気がするから。
 標本と同じに処分したのでは、罰当たりな気がして来たから…。

 

        誕生日の訪問者・了

※アニテラの登場人物で誕生日が分かっているのって、キースだけなんですよね…。
 それもシロエが調べたせいだし、と12月27日の記念にちょこっと小ネタ。





拍手[0回]

(…売らないと帰れないんだよね?)
 これを全部、とジョミーが眺めるマッチの山。籠に山盛り、それを売らないと家に帰れない。家と言っても、怖い父親が思い切り番を張っているのだけれど。
(…逆らったら酷い目に遭うし…)
 もう散々な目に遭っちゃったから、と思い出すのも情けない気分。父親のブルーは、それは厳しくてキツかったから。頑固ジジイと呼ぶのがピッタリ、そういう感じ。
(今日は大晦日なのに…)
 しかも、とっくに暮れてしまって、街は夜。しんしんと雪が降り積んでゆく。
 こんな夜でも、マッチを売らずに家に帰ったらブルーに張り倒される、と懸命に売ろうとするのだけれど。
「すみません、マッチを買ってくれませんか?」
 ほんの一束でいいんです、と褐色の肌のガッシリした男の袖に縋ったら。
「ブリッジは火気厳禁だ! そんなモノが買えるか!」
 キャプテンの責任問題だからな、と怒鳴り飛ばされた。買ってくれるどころか、大股で歩き去ってしまった男。肩章と緑色のマントまでついた、立派な服を着ているのに。
(…ぼくに怒鳴られても…)
 そういうのはブルーに言って下さい、と心で泣きながら、呼び止めたジジイ。ツルリと禿げた頭だけれども、やたら偉そうなジジイなのだし、きっとお金もあるだろう。
「マッチを買ってくれませんか? 一束だけでいいですから」
「なんじゃと? わしにマッチを持ち込めと言うのか、機関部に!」
 エンジンが火事になったらどうするんじゃ、と激怒したジジイ。機関部にマッチを持ち込んだが最後、エンジンはパアでワープドライブも駄目になるわい、と。
 その上、「縁起でもないわ、この大晦日に!」と突き飛ばされて、派手に転んだ。
(……ジジイ……)
 パワーだけは無駄にあるみたい、と雪の中に突っ伏したままで見送った。今度も駄目、と。


 次に通り掛かった温厚そうな白い髭の爺さん、いけそうだと声を掛けたのに。
「マッチねえ…。子供たちが火遊びをしたら大変だからね」
 船が燃えたらどうするんだね、と諭すような口調になった爺さん。子供たちは何でもオモチャにするから、マッチは危なくて持ち込めないね、と。
(…また売れなかった…)
 雪はどんどん降って来るのに、寒くなってゆく一方なのに。気付けば凍えそうな寒さで、足元は裸足。いつの間にか靴を失くしたらしい。
(あの爺さんに突き飛ばされた時かな…?)
 ブルーに知れたら、また叱られる、と泣きたいキモチ。叱られるだけで、きっと新しい靴などは買って貰えないから。
(これからは裸足でマッチ売りなんだ…)
 冬はまだまだ厳しくなるのに、大晦日に靴まで失くすなんて、と悲しいけれども、全部売らないと帰れないのが籠の中のマッチ。
(でも、寒いし…)
 足も冷たいから一休み、と家と家との隙間に座った。少しだけ軒が張り出しているから、頭の上に屋根がある気分、と。
(寒いよね…)
 まるで売れないマッチだけれども、火気厳禁だの、船が燃えるだのと断りまくられてしまった危険なブツ。つまりは燃やせば火が出るわけで…。
(一本くらい…)
 ちょっと温めるだけだから、と一本シュッと擦ってみた。小さくても火には違いないから。
(暖かい…!)
 いいな、と冷えた手をかざした途端に、目の前に現れた立派なストーブ。温まれそう、と手足を近付けようとしたら…。


(あ…!)
 消えてしまった大きなストーブ。代わりに燃え尽きたマッチが一本。
(…もう一度、ストーブ…)
 暖かかったし、とシュッともう一本マッチを擦ったら、その光で透けた家の壁。大晦日の御馳走が並んだテーブル、それはまるで…。
(ママが作った料理みたいだ…!)
 ブルーとセットのフィシスではなくて、本物のママ。もういなくなってしまったけれど。
 ママの料理だ、と眺める間に、またまた消えてしまったマッチ。もっとしっかり、懐かしいママが作った料理を見たかったのに。
(…もう一度、ママの…)
 料理が見たいよ、とマッチを擦ったら、光の中に浮かんだ家。厳しいブルーに捕まる前に、本物のママと暮らしていた家。パパも一緒で、幸せだった。本物のパパとママがいた家。
 あそこに帰ろう、と駆け出そうとしたら、マッチの炎が消えてしまって…。
(……ママ、パパ……)
 なんで、と見上げた空に流れた星。
「…今、誰かのサイオンが爆発したんだ…」
 きっとそうだ、と思った理由は、前にみんなが言っていたから。
 「あの子のせいで」と責められた自分。ブルーは大変な目に遭ったのだと、勝手に飛び出した挙句に成層圏まで駆け上がるなんて、と。
 誰もが自分に厳しい世界。ブルーは怖いし、マッチも売れない。大晦日なのに、全部売らないと家に帰ってゆけないのに。…怖いブルーが番を張っている家だとしても。


(…もう一本くらい…)
 夢を見たってかまわないよね、と擦ってみたマッチ。一瞬でも夢が見られるなら、と。
 そうしたら…。
「ママ…!」
 明るいマッチの光の中に立っている母。ブルーとセットのフィシスではなくて、本物のママ。
 会いたかった、と喜んだけれど、マッチの炎が消えてしまったら、母だって消えてしまうから。
「待って、ママ…!」
 お願い、ぼくを連れて帰って、とマッチを一束、思い切って擦った。大きな炎が出来るだろうし、ママはずっと側にいてくれるよ、と。
 その炎の向こう、眩い光を纏った母が両手を広げて、「ジョミー!」と呼んでくれたから。
「ぼくも一緒に行くよ、ママ…!」
 家に帰ろう、と抱き付いて、抱き締め返して貰って。そのまま天に昇ろうとしたら…。
「ジョミー・マーキス・シン。…不適格者は処分する!」
 いきなり母の姿が変わった、奇妙に歪んだ顔の化け物に。何処から見たって機械でしかない、不気味な影を纏ったものに。
(……嘘……!)
 テラズ・ナンバー・ファイブ、と悟った母の正体。どうしてこんなことになるのかと、母と一緒に家に帰れるのではなかったのか、と。
 もう本当に泣きたい気分で、どうすればいいかも分からなくて…。


「嫌だーーーっ!!!」
 こんなの嫌だ、と絶叫したら、パァン! と頬を叩かれた。「いい加減にしろ」と。
「……ブルー……?」
「いい夢だったかい? ジョミー」
 ぼくの力は本当に残り少なくてね、と説教を垂れ始めたソルジャー・ブルー。このシャングリラを束ねている長、寝たきりと言ってもいいほどなのに。
(…こんな時だけ、無駄に元気で…)
 でもって怖い、と頭を抱えるしかない、ブルーのベッドの枕元。青の間の奥。
 来る日も来る日も此処に呼ばれては、昼間の特訓の成果を報告させられ、場合によっては厳しい説教。長ったらしくて終わりもしないし、ついついウトウトしてしまうわけで。
(……あのままママと行っていたなら……)
 シャングリラから無事に逃げられたかな、と思うけれども、オチがあまりに酷すぎたから。
 懐かしい母はテラズ・ナンバー・ファイブに化けてしまったから、あの夢だって…。
(…ぼくには似合いの結末なんだ…)
 ママは迎えに来てくれないんだ、と自分の境遇を嘆くしかない。
 幼かった頃に読んだ童話の通りだったら、母と天国に行けるのに。ハッピーエンドが待っているのに、どうやら自分には無いらしいから。
「ジョミー? 今、ぼくが言ったことを復唱したまえ!」
「えっ? え、えっ、待って下さい、ブルー!」
 もう一回最初からお願いします、と土下座せんばかりのソルジャー候補、ジョミーの未来は大変そうで。マッチ売りの少女みたいな逃げ道さえも用意されていなくて、ただひたすらに…。
(…努力しろって?)
 いつまで続くの、と号泣モードのマッチ売りの少年、いやソルジャー候補。マッチを売る方がずっとマシだ、と夢の中へと戻りたくても、今夜は逃がして貰えそうにない。
 説教の途中で居眠ったから。挙句に素敵な夢を見過ぎて、ブルーに張り飛ばされたから…。

 

       マッチ売りの少年・了

※どう間違えたら、ジョミーがマッチを売るんだか…。本気で自分が分からないです。
 この時代でもマッチはあるんですかね、レトロ趣味な人向けに作ってるかな?





拍手[0回]

「え…? コーヒーがお好きなんですか?」
 その時、自覚は無かったけれども、きっと輝いていたのだろう。
 キースと共に向かった宙港、其処で出会った老人に向けたマツカの瞳は。
 「少し外す」と出て行ったキースは、まだ戻らない。
 何か急用でも出来たというのか、あるいは誰かに呼び出されたか。
 一人ポツンと待っていた自分は、所在なげに見えていたのだろうか。
 それとも心細そうだったか、声を掛けて来てくれた老人が一人。
 国家騎士団の退役軍人、今は悠々自適の日々を送っているという。
 あちこちの星へ、ふらりと旅して。
「君もコーヒーが好きなのかね?」
 そう問われたから、頷いた。
 この老人は、どうやら無類のコーヒー好きのようだから。
 誰かにそれを話したいような、そんな気配がしてくるから。
 彼の心を読まずとも。
 「コーヒー」と口にする時の瞳、それに表情。
 きっとコーヒーをこよなく愛して、あれこれと飲んで来ただろうから。


 コーヒーと言えば、直ぐに頭に浮かぶのがキース。
 何度聞いただろう、「コーヒーを頼む」という彼の言葉を。
 その度に用意するのだけれども、感想を聞いたことなどは無い。
 「美味い」とも、「これは不味い」とも。
 淹れ直して来いとも、「これでいい」とも。
 けれども、分かるものだから。
 コーヒーを好んで飲んでいることも、それを傾ける時が好きだとも分かるから。
 いつしか心を砕くようになった、「もっと美味しいコーヒーを」と。
 それを飲む時のキースの表情、ほんの少しだけ和らぐ空気。
 心を澄ましていたならば分かる、どの一杯が美味しかったのか。
 キースが好む味はどれかと、好む熱さはどのくらいかと。
 気付けば、すっかりコーヒーの虜。
 自分はさほど好きでもないのに、より美味しくと重ねた努力。
 キースが美味しく飲めるようにと、この一杯が役に立つのなら、と。
 彼がその背に負っているもの、その荷を下ろすほんの一瞬。
 直ぐにキースは背負い直すけれど、憩いのための僅かな時間。
 それを作るのがコーヒーならばと、これで休んで貰えるなら、と。


 だから、老人の話に輝いた瞳。
 耳寄りな話が聞けるのではと、この老人はコーヒーが自慢のようだから。
「コーヒーはね…。美味しく淹れるにはネルドリップが一番だね、うん」
 知っているかい、と訊かれて「はい」と答えたら。
 「どのくらいの量を淹れるのかね」という問いが返った。
 何人分を用意するのかと、一度に淹れるのはどのくらいかと。
「えっと…。ぼくが淹れるのは一人分ですから…」
 そんなに沢山は淹れませんけど、とキースが出掛けた方へと自然に向いた目。
 冷めたコーヒーなどは美味しくないから、いつもキースが飲む分だけ。
「なるほどねえ…。それも悪くはないのだけどね」
 美味しく淹れるには、十人分は淹れないとね、と笑った老人。
 贅沢だけれど、それに限ると。
「十人分…ですか?」
「そうだよ。さっきの彼が君の上官だね」
 キース・アニアン上級大佐。知っているよ。
 もちろん、彼を知らないようでは、今どき話にならないんだが…。
 一人分を淹れていると言うなら、彼のために淹れているんだろう?
 覚えておくといいよ、十人分だ。
 余ったコーヒーは、他の部下にでもくれてやるといい。
 大佐からだ、と勿体をつけて淹れてやったら、冷めたヤツでも喜ぶだろうさ。


 そして老人は教えてくれた。
 十人分を淹れるだけでは、まだ足りないと。
 秘訣は、ネルドリップに使う生地。
 十人分だから生地もたっぷり必要だけれど、一度目に淹れたコーヒーは捨てる。
 生地の匂いがしみているから、勿体ないなどと思わずに。
 勿体ないと思うのだったら、それこそ部下に飲ませるといい、と。
「それからね…。その生地を直ぐに使っては駄目だ」
 お湯で煮るんだよ、二十分ほど。
 ぐらぐらと煮立てて、お湯がすっかりコーヒーの色になるくらいまで。
 生地にしみていた分のコーヒーだからね、それほど濃くはならないんだが…。
 コーヒーの色だな、と思う筈だよ。やってみたなら。
 その生地をしっかり絞って、乾かす。
 これで出来上がりだ、ネルドリップのための用意はね。
 そういう生地を準備したなら、今度こそ本当に十人分のコーヒーだ。
 惜しみなく淹れて、最高の一杯を彼に運んで行くといい。
 きっと美味しい筈だから。
 …とはいえ、相手が彼ではねえ…。
 多分、感想は聞けないだろうと思うがね。


 試してみたまえ、と教えて貰ったコーヒー。
 老人の名前を尋ねたけれども、「名乗るほどでもないよ」と微笑んだ彼。
 「キース・アニアンに、私のコーヒーを飲んで貰えるだけでも嬉しいね」と。
 光栄だよと、コーヒー党の軍人冥利に尽きるねと。
 そうして、彼は「それじゃ」と悠然と歩き去って行った。
 自分の乗る便が出るようだから、と。
 入れ替わるように戻って来たキース。
 「待たせた」とも何も言わないけれども、もう慣れている。
 こういう時には、どうすればいいか。
「まだ、少し時間があるようです。…コーヒーを取って来ましょうか」
「そうだな、頼む」
 ただ、それだけしか言われないけれど。
 こんな宙港で出て来るコーヒー、そんなものでも、キースは何も言わないけれど。
(…美味しいコーヒーの方がいいですよね?)
 きっと、と思うものだから。
 この旅が済んで戻った時には、あのコーヒーを淹れてみようか。
 さっきの老人に教わったコーヒー、ネルドリップで十人分だというものを。
 それだけ淹れるのがコツだというのを。


(…セルジュやパスカルが困るでしょうけど…)
 大佐からのコーヒーですから、冷めていたっていいですよね、とクスリと笑う。
 キースが背負っている重荷。
 それは誰にも背負えないから、代われる者などいはしないから。
 せめて荷を下ろす間のほんのひと時、それを作れるコーヒーを淹れてみたいと思う。
 感想などは聞けなくても。
 「美味いな」と言って貰えなくても。
 きっとキースが纏う空気で、ほんの微かな息だけで分かるだろうから。
 「美味い」と思って貰えたのなら、もうそれだけで充分だから。
 ネルドリップで十人分、と頭の中でコツを繰り返す。
 秘訣は生地を煮ることだったと、二十分ほど煮て乾かして…、と。
 最初のコーヒーは捨てるのだったと、勿体ないなら部下に飲ませろと言っていたな、と。
(…すみません、セルジュ…)
 皆さんで手伝って下さいね、と思い浮かべるキースの部下たち。
 美味しいコーヒーを淹れるためですからと、それにキースからのコーヒーですよ、と…。

 

        習ったコーヒー・了

※マツカが退役軍人の老人に習ったコーヒー。実は管理人が習ったんです、つい先日。
 この話じゃないけど、名前も聞けなかったご老人に。…ネタにしちゃってスミマセン…。





拍手[1回]

Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]