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「ブルー! 聞いて下さい、ブルー!」
 またヒルマンやエラたちが無茶な注文を…、とジョミーが走り込んで行った青の間。ソルジャー候補として長老たちにシゴキをされる毎日、安らぎの場所は其処しか無かった。
 ついでに言うなら、ブルーはソルジャー。
 このシャングリラで一番偉いのだから、長老たちにも睨みが利いた。此処でグチグチと愚痴り倒せば、場合によってはブルーの助け船。「それは酷すぎるんじゃないのかい?」と。
 体育会系もかくやと言わんばかりのシゴキに遭ったら、ブルーにチクれば何とかなる。そういう風に学習したから、ジョミーが駆け込む先は青の間。
 アルテメシアを脱出した後も、何度駆け込んだか分からない。今日も今日とて、サイオン訓練のメニューがキツ過ぎたから泣きに来た。ブルーに助けて貰おうと。
 けれど…。
「…ブルー?」
 どうしたんです、と覗き込んだベッドの住人は答えなかった。目を閉じたままで。
(…無視された?)
 たまにそういうこともあるから、後で出直すことにした。ちょっと駆け込むのが早すぎたかと、思わないでもなかったから。
(ブルー、厳しい時もあるしね…)
 もっと我慢が出来ないのか、と叱る代わりに無視という日も多かった。今日もそれだ、と判断したから、戻った訓練用の部屋。「すみませんでした」と頭を下げて、長老たちのシゴキを受けた。さっきトンズラこいた分まで、みっちりと。夕食の時間まで、ギッチリと。


 これだけシゴキを受けて来たからいいだろう、と夕食の後で青の間に愚痴りに行ったら。
(あれ…?)
 ブルーの枕元に手つかずの夕食、とっくに冷めた料理のトレイ。
(寝てるのかな?)
 明日にしようかとも思ったけれども、今日のシゴキが泣けたから。ブルーが一言、長老たちに言ってくれなければ、シゴキに拍車がかかるから。
(…夕食も食べて貰わないと…)
 栄養不足になるもんね、と心に掲げた大義名分。よし、とブルーを起こしにかかった。「夕食が冷めてしまってますよ」と、「食べないと身体に悪いですから」と。
 なのに、一向に起きないブルー。何かがおかしい、と無礼を承知で揺さぶったけれど、返らない返事。思念の揺れさえ起こらないような…。
(えーっと…?)
 こういう時には、と心を覗こうとして気が付いた。ブルーの心を読めるレベルなら、とっくの昔に長老たちのシゴキなんかは卒業の筈。悲しいかな、そんな力は未だに持ってはいない。
 だから大慌てで飛び出して行って、引っ掴んだのがナキネズミ。これの力を借りれば読めるし、ガン無視なのか、寝ているだけなのかを調べようと。
 そうしたら…。


「なんだって!?」
 そんな馬鹿な、と引っくり返ったジョミーの声。
 ナキネズミはとうにお役御免で、青の間にはドクター・ノルディが来ていた。何故かと言うに、ジョミーが自分で呼んだから。ナキネズミが「ブルー、変。何も感じない」と言ったから。
 体調不良で深く眠ってしまったのでは、とノルディを呼びに走ったけれども、その結果は…。
「ですから、昏睡状態だと…。いえ、それよりも深い眠りかもしれません」
 ソルジャーの眠りは深すぎます、とノルディは診断してくれた。これは当分目覚めはしないと、下手をしたなら数ヶ月は、と。
「……数ヶ月……」
 それは困る、と愕然としたジョミー。もしもブルーが目覚めなかったら…。
(毎日がシゴキ…)
 長老たちにシゴキ倒された末に、自分は過労死するかもしれない。そうでなければ、いびられた末に心の病になるだとか。
(…どっちにしたって、ミュウの危機だよ…)
 ブルーは昏睡状態で不在も同然、其処で自分が過労死したら。生きていたって、心の病で部屋に引きこもりになったなら。


 エライことになった、と泣きそうなキモチのジョミーを他所に、本当に目覚めないブルー。次の日に泣き付きに走り込んでも、その次の日に駆け込んでも。
(ゼルたちのシゴキは前より酷くなったし…)
 何かと言えば「ソルジャーがあの状態なんじゃ。頑張らんかい!」と怒鳴られる日々。このままブルーが目覚めなかったら、もう確実に過労死のフラグ。
 なんとかブルーが目覚めないか、と泣きの涙で考えていたら、浮かんだ名案。まだアタラクシアで両親と一緒に暮らしていた頃、お伽話で読んだことがある。
(確か、オーロラ姫だっけ?)
 魔女の呪いで眠り続けるお姫様。王子のキスで目覚めた筈だし、白雪姫だって似たようなもの。毒リンゴを食べて死んでいたのが、王子のキスで生き返るから…。
(うん、これだってば!)
 ブルーもきっと、と考えた。
 誰が王子か分からないけれど、募集したなら見付かるだろう。ブルーにかかった眠りの呪いか、昏睡状態の呪いだか。それを打ち破れる運命の誰か。


(とりあえず…)
 ぼくだったら話は早いんだけど、と早速、出掛けて行った青の間。
 自分のキスで目覚めてくれたら、誰にも御礼は言わなくていい。それにブルーも感謝の言葉をくれるだろうし、今まで以上に庇ってくれるに違いない。長老たちの鬼のシゴキから。
(…ぼくが王子でありますように…)
 神様お願い、とキスをしたのに、ブルーは動きもしなかった。念のためにと引っ掴んで来ていたナキネズミだって、ブルーの思念を読み取るどころか…。
『ジョミー、キスした! ブルーにキスした!』
 男同士でキスするのは変、と騒ぎ始めたから、一発お見舞いしたゲンコツ。
「いいんだ、今は非常事態だから!」
『ヒジョウジタイ?』
「そうなんだ! ブルーを起こすには、運命の誰かが必要なんだ!」
 キスをしたら目覚めさせられる誰かが、と睨み付けたら、ナキネズミは「フィシス?」と言ってくれたから、それだとピンと閃いた。フィシスはブルーの女神らしいし、きっといけると。
 そう思ったのに…。


 フィシスを「お願いします」と拝み倒して、ブルーに贈って貰ったキス。これまた空振り、全く目覚めないブルー。女神だったら、起きてくれそうなものなのに。
「…フィシスでも駄目って…」
 どうしたら、と涙目になったら、フィシスも本当に困り顔で。
「私も占ってはみたのですけど…。いずれ、お目覚めになるとしか…」
 誰かがブルーを起こす筈です、と答えたフィシス。それが誰かは分かりませんが、と。
 そんなわけだから、ジョミーは慌ててチラシを作った。ブルーを目覚めさせられる人材を募集中だと、「我こそは」と思う仲間たちよ、青の間に来たれ、と。
 もちろん青の間にはデカいポスター、「運命の人を募集中」の文字。こういった時には、大いに煽って煽りまくらないと、と「君こそブルーの王子様だ!」とも書き込んだ。
 もっとも、文句は煽りだけのことで、事情は船の誰もが承知。
 たとえブルーが目覚めたとしても、せいぜい、ジョミーから御礼の言葉、と。ブルーの王子様になれるわけなどはなくて、恩人といった所なのだと。


 それでも、船の仲間たちにすれば、ソルジャー・ブルーは大切だから。
 眠ったままでは自分たちだって困るわけだから、王子は次々とやって来た。長老たちも来たし、船を指揮するキャプテンだって。
 ブリッジクルーも、機関部の輩も、養育部門の女性たちだって、我こそはと。
 船中の者たちが挑みまくって、ついには子供たちまで呼ばれたけれども、目覚めないブルー。
(…もう駄目かも…)
 ぼくは過労死しそうです、とジョミーは半殺しの日々を送り続けて、気付けばシゴキは終わっていた。納得のレベルに到達したから、もういいだろうと。
 そうなった途端に、舞い上がったのが失敗だった。調子をこいて人類に送ったメッセージ。
 上手く運ぶと考えたのに、見事に裏目に出てしまったから、シャングリラは人類軍に追われまくる日々で、針の筵の毎日で。
(…こんな時にブルーが起きてくれたら…)
 王子様さえいてくれたら、と青の間に今も貼りっ放しの例のポスターが恨めしい。
 「運命の人を募集中」だとか、「君こそブルーの王子様だ!」とか。


 そうこうする内に過ぎた年月、いつの間にやら、船はナスカに着いていた。人類の世界では別の名前があったけれども、とにかくナスカ。
 安住の地が見付かった、と若者たちは大喜びで、長老たちも文句を言いつつ、まあ、落ち着いてきてはいるようで。
 トォニィという自然出産児なども生まれて、築き始めた次期ソルジャーとしてのポジション。
 まだまだブルーには及ばないけれど、その内、なんとかなるだろう。
(…この調子なら…)
 なんとかなるさ、と思うジョミーは、もはやすっかり忘れ果てていた。ブルーを目覚めさせられる人材を募集したことも、そのためのポスターが今も青の間にあることも。
 「君こそブルーの王子様だ!」と青の間の壁に貼られっ放しで、其処で色褪せつつあることも。
 ブルーが眠りっ放しのままでも、もうヒッキーではない自分。
 立派に自信がついて来たから、ものの見事に忘れ去ったままで時は流れて…。


(…私を目覚めさせる者。お前は誰だ)
 ブルーの目覚めは、やがて唐突にやって来た。事故調査のために来たメンバーズ・エリート、捕虜にされていたキース・アニアン。
 彼を殺そうとしたトォニィがしくじり、それを感知したカリナが起こしたサイオン・バースト、大混乱に陥った船。その騒動で目覚めたブルーが目にしたものは…。
(…運命の人を募集中…?)
 青の間にデカデカと貼られたポスター、どうやら自分を目覚めさせた者は…。
(ぼくの王子様になるというのか…!?)
 よりにもよってアレがそうか、とブルーが把握していたキース。地球の男、と。
 ポスターにはジョミーの思念がしっかり残っていたから、このままではマズイ。地球の男を始末しないと、自分を待っている運命は…。
(…あの男の嫁…)
 そんな結末は御免蒙る、とフラフラの身体で歩き出したブルー。あいつを倒す、と。
 地球の男を倒さない限り、それはドえらいハッピーエンドになってしまう、と。


 かくして格納庫を目指したブルーが、果敢にキースに立ち向かったことは言うまでもない。
 派手に勘違いをしていたとはいえ、未来がかかっていたのだから。
 地球の男を、キース・アニアンを倒さなければ、嫁に行かされてしまうのだから。
 ミュウの未来がどうこう以前に、このまま行ったら、遠い昔の政略結婚とやらも真っ青。
 物騒な地球の男と自分がウェディングベルで、ハッピーエンドだかバッドエンドだか、泣くに泣けない結末が待っているのだから…。

 

         眠れる船の美女・了

※シャルル・ペロー生誕388周年、と某グーグルに出ていたロゴを眺めた管理人。
 「ふうん…」とお出掛け、家に帰ったら、こういう話が出来てしまったオチ。本当です。






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(捕虜にしたのはいいんだが…)
 何処に閉じ込めればいいんだろう、とジョミーは頭を抱えていた。シャングリラに戻る小型艇の中で、さっきから。
 ナスカにやって来たメンバーズの男、キース・アニアン。階級は少佐。
 そのくらいしか読み取れなかった、心の遮蔽が強すぎる男。身体能力もかなりのものだし、気を失っている今はよくても…。
(意識を取り戻したら、危険な男だ)
 仲間たちに危険が及ばないよう、監禁せねばと思うけれども、問題は船の構造だった。ミュウの箱舟とも言えるシャングリラ。捕虜を監禁出来るような場所は…。
(無い筈だよな?)
 あの船で誰かを閉じ込めると言ったら、ヒルマンがたまにしているお仕置き。悪戯が過ぎた子供たちを押し込む小部屋くらいで、その正体は備品倉庫で。
(外から鍵がかかるというだけ…)
 なんとも心許ない牢獄。メンバーズ相手に役に立つとも思えない。
 これは困った、と悩む間に、小型艇はシャングリラに滑り込んで行って…。


「なんだって!?」
 ジョミーが耳を疑った言葉。格納庫で帰りを待ち受けていた長老たち。彼らが言うには…。
「じゃから、お誂え向きの部屋があるんじゃ。こやつを閉じ込めるにはピッタリじゃわい」
 一度も使ったことは無かったんじゃが、とゼルが繰り返した「座敷牢」。
「座敷牢…?」
 なんだそれは、と訊き返したら、「そのままの意味じゃ」という返事。座敷牢、すなわち座敷な牢獄。監禁用の部屋だと言うから驚いた。
 何故、シャングリラに監禁用の部屋が必要なのか。ミュウの箱舟、名前通りの楽園なのでは、と心底仰天したのだけれども、「使っていないと言っただろう」とヒルマンがフウとついた溜息。
「今まで出番が無かったのだよ、問題を起こした仲間は一人もいなかったから」
「ええ、そうです。幸いなことに、誰もが健康でしたから…」
 身体はともかく心の方は、と引き継いだエラ。
 説明によると、ミュウは精神の生き物とも言える。その精神の力がサイオン。
 もしも常軌を逸したならば、サイオンで船を壊しかねない。そういう状態に陥った仲間を収容するべく、座敷牢を作っておいたという。シャングリラを改造した時に。
「色々と便利に出来てるんだよ、座敷牢だから」
 其処だけで全部間に合うようにね、とブラウも押した太鼓判。バストイレ完備、その上、心理探査用の設備まであるのが座敷牢。精神状態をチェックするのも欠かせないから。


 一気に解決した難問。捕虜を閉じ込めるのに格好の場所が座敷牢。
(丁度良かった…)
 いいものがあった、とジョミーは感謝したのだけれど。早速キースを其処に突っ込み、心理探査を始めたけれども、無かった収穫。
 キースの心理防壁は堅固で、どうしても破れなかったから。下手に進めたら精神崩壊、欲しい情報を頂く前に廃人になってしまうから。
「…此処までにしよう」
 仕方ない、と日を改めることに決めた尋問。何か良策が見付かるまでは、座敷牢に入れておけば充分、と。
 長老たちの話によると、破壊力では定評のあるタイプ・イエローでも壊せないらしい座敷牢。
 メンバーズといえども人類なのだし、サイオンは持っていないから…。
(いくら暴れても、座敷牢は絶対に壊せない)
 其処で暮らしているがいい、と放置プレイを決め込んだ。座敷牢だけに、中に入らずとも外から出来る囚人の世話。食事も、それに入浴だって。


 かくして決まったキースの処遇。当分は放置、世話は座敷牢のマニュアル通り。
(初使用だが…)
 熟練の仲間もいないけれども、マニュアルがあれば初心者でも世話が出来るだろう。手の空いている警備の者でも使って、「これだ」とマニュアルを渡しておけば。
 だから、ジョミーは目を通しさえもしなかった。座敷牢用のマニュアルには。
 マニュアルを受け取った警備員の方も、相手は人類の捕虜だとあって…。
(…マニュアル通りにやればいいよな?)
 それで全く問題無し、とパラリパラリとめくったページ。
 精神に異常を来たした仲間だったら、色々と気を遣うけれども、所詮、相手は捕虜だから。
 ミュウの敵の人類、おまけに物騒なメンバーズ。
(何も遠慮は要らないさ)
 人類には散々、酷い目に遭わされて来たのだから、と考えたキースの世話係たち。マニュアル通りの世話で充分、それでも上等すぎるくらい、と。


 そうとも知らない、捕虜になったキース。失っていた意識が戻って来たら…。
(何処だ、此処は!?)
 見たこともないガラス張りの部屋。ドームのようになった構造。自分は椅子に座らされていて、手足を拘束されていた。そう、その椅子にガッチリと。
(…ミュウどもの仕業か…)
 上等だ、と思ったけれども、ピンチはピンチ。どうやら自分は、モビー・ディックの中に囚われているらしい。逃げ出そうにも、右も左も分からない船に。
(第一、此処から出る方法が…)
 あるのだろうか、と見回す間に、何故だか俄かに催して来た。いわゆる生理的欲求なるもの、そう言えば最後にトイレに行ったのは…。
(…ジルベスター・セブンに降下する前…)
 着陸用の船に乗り込む直前、母船で用を足したのが最後。あれから水分さえも摂っていないし、今まで持ち堪えただけで…。
(…どうしろと?)
 この部屋にトイレは見当たらないが、と流石のキースも悟った自分の危機。行きたいというのに無いトイレ。其処まで案内してくれそうな、人影さえも見えはしなくて。
(……これはマズイぞ……)
 なんともマズイ、と焦っていたら、いきなりガコンと抜けた椅子の底。座面の一部が。
(待て、この椅子はトイレなのか!?)
 そうだったのか、と慌てる間に、椅子から出て来たロボットアーム。それが拘束された手足の代わりに、器用に下ろしてくれたファスナー。
 何も頼んでいないのに。周りはガラス張りだというのに、遠慮なく。そして…。


 やられた、と呆然とするしか無かった。手足を拘束されたままでトイレ、屈辱だとしか言えない状況。なのに忌々しい椅子の方には、ウォシュレットが完備されていた。更に温風、それも適温。こういう温度だったら快適だ、と平時だったら希望するかもしれない温度。
 なにしろ、ミュウの船だから。
 座敷牢に入るのは精神に異常を来たした仲間、と想定していたものだから。
 例の椅子に座った人間の様子を見ながら、上手い具合に世話をするように出来ていた。トイレが済んだらウォシュレットの出番で、次は温風。快適に用を足せるようにと。
 すっかり終われば、ロボットアームがファスナーを上げて元に戻して、それで終了。座面の穴も閉じてしまって、椅子は元通りになったけれども…。
(…これから毎回、こうなるのか!?)
 私の尊厳はどうなるのだ、と叫びたくても身分は捕虜。人類同士なら、捕虜の待遇について色々と細かく決まっているのに、相手はミュウ。人類の規則は通用しない。
(…こんな屈辱的なトイレは…)
 人類の世界には存在しない、と怒鳴りたい気分。少なくとも普通の所には、と。
 捕虜をこういう風に扱うのがミュウのやり方か、とキースの心に生まれた憎しみ。サムの仇もさることながら、私への待遇も最悪すぎる、と。


 ガラス張りの部屋で、拘束されたままで行く全自動トイレ。
 もうそれだけでもキースにとっては屈辱なのに、上には上があったというのが座敷牢。食事の方はまだマシだったけれど、ロボットアームが口に突っ込むだけだけれども。
(今度は何だ!?)
 ガコーン! と椅子の前後左右に出て来た柱。それをまじまじと見ている間に、枠だけになってしまった椅子。座面ばかりか抜けた背面、辛うじて身体を支えられる程度。
(いったい何が起こるというのだ…!)
 サッパリ分からん、と思っていたら、再び出て来たロボットアーム。それは甲斐甲斐しくブーツを抜き取り、お次は服を脱がせにかかった。手足を拘束しているパーツと連動しながら、まるっと裸に剥いてしまって、下着も綺麗に剥ぎ取ったからたまらない。
(なんだ、これは…!)
 どうするつもりだ、と色を失ったキースの四方で、柱からバーン! と出て来たブラシ。恐らくブラシだろう代物、それがウィンウィンと回転し始め、ビシューッ! と吹き付けられた液体。
 毒かと一瞬身構えたけれど、どう考えてもボディーソープとしか思えない香り。
(ま、まさか…)
 私を洗おうとしているのか、という読みは間違っていなかった。ウィンウィンと回転しながら接近する柱、洗車よろしく丸洗いされた。
 挙句にロボットアームに開けさせられた口、シャカシャカシャカと歯磨きまで。
 全部終わったら乾燥用の温風が吹き付け、ようやく服を着せて貰えると考えたのに。


(……この状態で待機しろと!?)
 脱がされた服は、床から出て来た洗濯機らしき代物の中で回っていた。多分、乾燥させている途中、そうでなければ脱水中と言った所か。
(…あれが終わるまで…)
 代わりの服も貰えないのか、と見詰めるしか無かった洗濯機。メンバーズの制服も下着も纏めてガンガン洗っているから、もう素っ裸でいるしかなくて。
(せめてタオルの一枚でも…!)
 頼む、と切実に願ったけれども、そのシステムは無いらしい。ただ、何らかの着衣を希望という思考が漏れていたのか、ロボットアームがやって来て…。
(ブーツだけ履かせて貰っても…!)
 ますます間抜けなだけなのだが、と鉄の精神さえ崩壊しそうなミュウの連中に入れられた檻。
 とりあえず椅子は元の姿に戻ったけれども、今も変わらず素っ裸だから。タオルの一枚でも前の部分に掛けてくれたら、という気持ちなのに、ブーツだけが足に戻って来たから。
(…この檻はいったい、何なのだ…!)
 ミュウどもは私に何をする気だ、とズタズタにされたキースの尊厳。全自動トイレも大概だけれど、丸洗いの方も酷かったから。
 せめてタオルをと願った途端に、ブーツを履かされてしまったから。
 裸ブーツなど、一度も聞いたことがない。海賊どものリンチにしたって…。
(これよりはマシな扱いの筈だ…!)
 拷問だったら、どんなものでも耐えられる。そういう風に訓練されたけれども、想定外すぎる全自動トイレに丸洗い。かてて加えて裸ブーツで、もう唇を噛むより無かった。
 人類とミュウは違いすぎると、殲滅すべき生き物だと。


 そんなこんなで、キースの憎悪は増す一方。来る日も来る日もこの扱いだし、たまに拘束が解ける時間はあっても、じきに拘束されるから。メンテナンスの間だけしか自由になれない、そういう仕様の牢だったから。
(…あのミュウの女…)
 たった一度だけ、メンテナンス中に来合わせた女。マザー・イライザかと見間違えた女、それが漏らした船の構造。此処から自由になれるようなら、脱出用のルートは頭の中。どう行くべきかは分かっているから、一刻も早く逃げるに限る。
(ミュウと我々とは、決定的に違いすぎるのだ…!)
 捕虜の扱いを見れば分かる、とギリギリギリと噛み締めた奥歯。よくもと、これが捕虜に対する扱いなのかと。
 そしてジョミーは、今も知らないままだった。座敷牢がどういうシステムなのか、マニュアル通りに捕虜を扱ったらどうなるか。
 マニュアル通りに実行している係の定時報告は、「順調です」の一言だったから。
 捕虜は一向に何も吐こうとしないものだから、どうやって心を読めばいいのか悩み続けるミュウたちの長。
 そうする間も、キースが憎しみを募らせているとは夢にも思わないままで。
 全自動トイレと丸洗いの日々で、ガラス張りの部屋でブチ切れていることも知らないで…。

 

         座敷牢の男・了

※キースが捕虜になっていた間、ガラス張りの部屋でお風呂だろうか、と考えただけ。
 監視付きでお風呂はキツイよね、と思っていたのに、何故こうなった。ごめん、キース…。




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(ブラウニー…!)
 今日はツイてる、とシロエの顔に浮かんだ笑み。
 ステーションの食堂、ティータイムの趣味は無いのだけれど。
 暇がある日は欠かさないチェック、どういう菓子が出されているか。
 メニューにブラウニーがあればラッキー、これだけは食べていかなければ。
「ブラウニーと…。シナモンミルクも、マヌカ多めにね」
 注文したら、渡されたトレイ。
 それを手にして向かったテーブル、邪魔をされない隅っこがいい。
 丁度いい具合に壁際に空席、今日は本当にツイている。
 ストンと座って、早速頬張るブラウニー。
 チョコレート味の小ぶりなケーキを、手づかみで。
 これはそういう菓子だから。そうやって食べるケーキだから。
(ママのブラウニー…)
 とっても美味しかったんだよ、と顔が綻ぶ。
 此処のブラウニーはママのと同じ味だと、ママのケーキ、と。


 成人検査で消されてしまった沢山の記憶。
 ぼやけて霞んでしまった両親、けれどブラウニーの記憶は残った。
 母が得意なケーキだったと、いつも出来るのが楽しみだったと。
 そのブラウニーがメニューにあるのを発見した時、どれほど嬉しかっただろう。
 どんなに心が弾んだだろうか、初めて注文してみた時は。
(ママの方がきっと上手なんだよ、って…)
 そう思いつつも、心の何処かで願っていたのが母の味。
 ブラウニーが得意だった母は自慢だけれども、あれと同じ味のが食べられたら、と。
 料理上手な人がいたなら、同じ味かもしれないと。
(あんまり期待はしてなかったけど…)
 マザー・イライザが支配しているステーション。
 そんな所に母のような人がいるわけがないし、どうせ美味しくないのだろう。
 やたらパサパサしているだとか、チョコレートの味が濃すぎるだとか。
 そうだとばかり思っていたのに、食べてみたら同じだった味。
 奇跡のように此処で出会えてしまった、懐かしい母のブラウニー。
 あれ以来、ずっとチェックを欠かさない。
 ブラウニーをメニューに見付けた時には、それを頼んで至福の時。
 誰にも邪魔をされない席で。
 手づかみで食べる小ぶりなケーキを、頬を緩めて。


 今日も美味しい、と大満足だったブラウニー。
 顔さえおぼろになった両親、けれども舌は忘れなかった。
 母のブラウニーはこの味だったと、ステーションでも出会えた、と。
 少し汚れてしまった手を拭き、空になったトレイを返しに行ったのだけれど。
 途中で擦れ違った生徒のトレイに、ブラウニー。
 さっきまで自分が食べていたケーキ。
 そのせいだろうか、耳が捉えたその生徒の声。
 並んで歩く友人に向けて言った言葉で、なんということもない言葉。
「美味いんだよな、ここのブラウニー。母さんのと同じ味なんだ」
 えっ、と見開いてしまった瞳。
 呆然と見送った、トレイを持った生徒。
 彼の母もブラウニーが得意だったというのは、まだ分かるけれど。
(……同じ味……)
 まさか、と信じられない気持ち。
 どうして母のと同じ味のを、彼の母親が作るのだろう?
 そんなにありふれたケーキだったろうか、母の得意のブラウニーは?
(誰でも作れて…)
 同じ味になるとでも言うのだろうか、あの思い出のブラウニーは?
(ぼくだけの思い出の味なんだ、って…)
 思っていたのに、違うかもしれないブラウニー。
 それならばそれで、いいのだけれど。
 ブラウニーが得意だった母親の子供は、誰でも「この味!」と思うのならば。


 大切にしていたブラウニーの記憶。
 自分だけだと思った偶然、ステーションで出会った母の味。
 けれど、さっきの生徒もそうだと言ったから。
 他にもきっといるに違いない、あのブラウニーが大好きな生徒。
(ぼく一人だけじゃなかったんだ…)
 まるで特別な儀式のように味わっていたブラウニー。
 もう一つの思い出、マヌカ多めのシナモンミルクとセットにして。
 その思い出が揺らいだ気がして、ラッキーな気分も減ってしまった感じ。
 他にも同じ儀式をしている生徒が何人もいるだなんて、と。


 ガッカリしながら戻った部屋。
 机の前に座って溜息を一つ、台無しになったラッキーデー。
 せっかく母の思い出の味を食べたのに。
 ブラウニーに出会えた日だったのに。
(本当に美味しかったんだけどな…)
 ママのと同じ味のブラウニー、と頬杖をついて考えていたら、閃いたこと。
 料理にも、お菓子作りにも…。
(レシピ…!)
 それが同じなら、同じ味にもなるだろう。
 さっきの生徒の母のレシピと、自分の母のが偶然にも同じだっただけ。
 ついでに、ステーションのレシピも。
 きっとそうだ、と救われた気分。
 幸運にも同じレシピで作ったブラウニーに出会えた生徒が二人。
 自分と、さっき見掛けた生徒。
(ステーションのは…)
 レシピを調べられる筈、とアクセスしてみたデータベース。
 其処で見付けた、ブラウニーのレシピ。
(ママもこうやって…)
 作ったんだ、と懸命に記憶を掻き回すけれど。
 後姿しか思い出せなくて、その手元までは分からない。
 材料をどう混ぜていたのか、どうやって型に入れていたのか。


 でも、これなんだ、と眺めたレシピ。
 母の手元を思い浮かべながら、こんな感じ、と粉をふるって。
 卵を溶いて、チョコレートを湯煎にして溶かして。
(ママが作っていたブラウニー…)
 これを忘れずに覚えておきたい。
 いっそ書き抜いて持っておこうか、ピーターパンの本に挟んで。
 そしたら何処へ行くにも一緒で、いつか地球まで行った時にも同じ味のを食べられるだろう。
 自分で作る機会はなくても、誰かに頼んで。
 「この通りに作って」とレシピを渡して、母のと同じブラウニーを。
(それがいいよね…)
 書いておくのが一番だから、とメモする紙を取り出したけれど。
 はずみに指が滑ってしまって、どうスクロールしたのだか。
(……嘘……)
 ズラリと並んだブラウニーのレシピ、それこそ画面を埋め尽くすほどに。
 幾つも幾つも、得意とする人の数だけありそうなほどに。
 ついでに其処に書かれていたこと。
 ブラウニーの由来はハッキリしないと、アメリカ生まれだとも、イギリスだとも。
 だからレシピも、「これだ」と決まったものなどは無いと。


(それじゃ、ステーションのブラウニーのレシピは…)
 母のと偶然同じだったのか、それとも違うものなのか。
 ゾクリと背筋に走った悪寒。
 もしかしたら、違うのは自分の方かもしれない。
(マザー・イライザ…)
 それに、記憶を消してしまった成人検査。
 母の味だと思っていたのは、偽りの記憶だっただろうか。
 ステーションに馴染みやすいようにと、機械がわざと作った仕掛け。
 ブラウニーが得意な母の子供には、このステーションの味がそれだと思わせる。
 さっきの生徒も、それに自分も、まんまと罠にかかっただけ。
 本当は違う味のを食べていたのに、これがそうだと思い込まされて。
 母の味だと勘違いをして、それは幸せな気分になって。
(……まさか、ママの味……)
 違うのだろうか、あのブラウニーは母の味ではないのだろうか。
 またしても自分は騙されたろうか、成人検査に引き摺り込まれた時と同じに…?


 そんな、と涙が零れたけれど。
 本物の母のブラウニーを食べられたら分かることなのだけれど、それは叶わないことだから。
 いつか偉くなって、エネルゲイアに戻る日までは、どうすることも出来ないから。
(きっと、違うんだ…)
 あれは本当にママのなんだ、と唇を噛んで言い聞かせる。
 疑問を覚えた自分の心に、辛くても今は騙されておけ、と。
 母の味だと考えておけと、ブラウニーが得意だった母がいたのだから、と。
 もしも注文しなくなったら、それまで忘れそうだから。
 母の美味しいブラウニーまで、それを作ってくれた母まで。
 そうなれば機械の思う壺だから、今は我慢して騙されたふりを。
 可能性はとても低いけれども、本当なのかもしれないから。
 このステーションで食べるあのブラウニーは、母の味かもしれないから…。

 

       ブラウニーの味・了

※シロエが夢に現れたジョミーに、「美味しいんだよ」と自慢したママのブラウニー。
 幸せそうな顔で作る姿を見ていたっけね、と考えていたら…。ごめんね、シロエ。





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 ゼウス級一番艦、ゼウス。
 人類統合軍が誇る最新鋭の宇宙戦艦、ミュウ殲滅作戦に赴く連合艦隊の旗艦。
 軍人ならば誰もが指揮したいだろう船、その艦長に選ばれた男。
 彼の名はグレイブ・マードック。
 史上初めて国家騎士団からパルテノン入りした、元老キース・アニアンを乗せる艦長だけども。
「久しぶりだな、マードック大佐」
「ジルベスター以来です、閣下」
 キースが呼び掛けた言葉通りに、彼の階級は大佐だった。ジルベスターでも大佐だったのに。
 あれから長く経つというのに、一階級も上がっていないのがマードック大佐。キースの方は同じジルベスターで二階級特進、その後も順調に出世したのに。
 大佐の上には少将、中将と続いてゆくわけで、本来だったら…。


 旗艦ゼウスを指揮する者は、大佐などでは有り得なかった。軍というのはそういう世界。
 けれども、キースが抜擢したのがマードック大佐。
(万年大佐でも、腰抜けよりは役に立つからな)
 そう、誰が呼んだか「万年大佐」。人類統合軍の者なら「大佐」と聞けばピンと来るのが万年大佐で、マードック大佐。
 もっとも、彼とて出世を目指した時期だってあった。
 ジルベスターでは野望に燃えて、キースよりも先にミュウを殲滅しようとしていたくらい。
 ところがどっこい、彼の野望がズッコケたのがジルベスター。嘘ではなくて、本当の話。


 此処で勘違いをしてはいけない、「残党狩りをしなかったからだろう」と。
 キースが命じたミュウの残党狩り、応じなかったマードック大佐。
 曰く、「我々は電磁波障害で、その命令は受けられなかった」。
「私は軍人だ。戦争となれば敵と戦う。だが、これは戦争ではない。これは虐殺だ」
 キース・アニアン。…奴こそ化け物だ。
 そう言ったのが彼だけれども、キースや上層部が知るわけがない。まるっと信じた電磁波障害、ゆえにお咎め無しだった。
 昇進の話も出たというのに…。


「なんだと!?」
 それは本当なのか、と愕然としたのがマードック大佐。
 噂のジルベスター星系から帰還した後、キースと同じく上級大佐に昇進させるという話。上級とつけば次の昇進では恐らく少将、トントン拍子に出世できそうだけれど。
 顎が外れそうなほどに仰天したわけで、「とんでもない」と断った昇進。
 何故なら、条件付きだったから。
(…そんな規則があろうとは…)
 お気に入りの副官、ミシェル・パイパー少尉が問題。副官と言いつつ実は愛人、彼女を連れて行けないらしい。
 大佐までなら副官は異性でオッケーだけれど、それより上だと必ず同性。つまりは、昇進の話を受けたら最後…。
(ミシェルとお別れ…)
 有り得んだろう、と思わず叩いた机。潤いのない人生なんぞは御免蒙る。


 かくして蹴り飛ばしたのが昇進の話、彼の野望は其処で潰えた。頑張って出世すればするほど、薔薇色の人生が遠ざかるから。麗しの副官がいなくなるから。
(むくつけき野郎を侍らせてまで…)
 出世したいとは思わんね、とツイと眼鏡を押し上げておいた。
 軍人たるもの、美しき女性を侍らせてなんぼ、仕事の合間にイチャついてなんぼ。
 それが出来ない人生なんて、とマードック大佐が固めた決意。
 昇進なんぞは糞食らえだと、出世なんぞもしなくていいと。
(人生、大切なことは二つだけだ…)
 麗しい女性との恋愛、それから気に入りの酒。他のものは全て、消えてしまってかまわない。
 何故なら、全部醜いからだ、とフッと格好をつけて呟く。
 朴念仁には分かるまいなと、化け物のキース・アニアンにも、と。


 出世街道から外れた裏道、其処を行こうとマードック大佐は驀進し続け、相も変わらず女連れ。
 何処へ行くにも副官のミシェル、出世よりかは女を取った。
 誰が呼んだか「万年大佐」で、女を選んだと評判の男。
 けれども、軍人としての手腕は確かだったから。万年大佐でも、凄腕の軍人だったから。
(ついに私にも運が向いて来た…)
 旗艦ゼウスと来たものだ、とマードック大佐が湛える笑み。
 出世しなくても、転がり込んで来た人類統合軍の旗艦ゼウスの艦長の地位。
 この作戦が終わった後には、出世せずとも人生、順風満帆だから。
 女連れのままで人類統合軍のトップで、今をときめくマードック大佐になれるのだから…。

 

         マードック大佐の事情・了

※いや、どう考えても旗艦ゼウスの艦長が「大佐」は変だよな、と。それも万年大佐って。
 何か事情があるんだよ、と思った途端にピンと来た「女」。これっきゃないでしょ!





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「答えを聞こう。人類は我を必要や、否や」
 とてつもない高みから降って来た問い。グランド・マザーからキースへの。
 これはマズイ、と動いたジョミー。これにキースがどう答えるかで、ミュウの未来が決まってしまうから。
「キース、ぼくらは理解し合える!」
 そのことは君が一番分かっているだろう、と言ったのに。
 「…お前は人類の真の愚かさを知らない」などと言い出したキース。ますますもってヤバイ方へと行きそうな雰囲気、ミュウの未来を守らなければ。
「そんなことはない!」
 ぼくは人間に育てられた、とキースの説得にかかろうとした時。
(…???)
 なんだ、と思わず失った声。キースの方もポカンとしている、明後日の方を向いたまま。
「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー…」」」
 景気よさげな歌が聞こえて来て、ツルハシを担いで行進して来る七人の小人。
 これで固まらない方がどうかしている、ソルジャーだろうが、国家主席だろうが。此処は地球の地の底深く、グランド・マザーが認めた者しか入れない筈の空間だから。
 なのに…。
「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー、仕事が好き~」」」
 そう歌いながらやって来る小人たち。
 どうしたわけだか、グランド・マザーも沈黙中で、歌声だけが高く響き渡って。
 ハイ・ホー、ハイ・ホー、と直ぐ側まで来た小人たちが訊いた。「白雪姫?」と。


「「白雪姫?」」
 キースとジョミーの声がハモッたけれども、七人の小人が見上げるのはキース。国家主席をガン見したまま、七人の小人はもう一度尋ねた。「白雪姫?」と、キースに向かって。
「し、白雪姫…。私がか?」
「雪のように白い肌に、黒い髪だけど?」
「赤い頬と唇は、年のせいかイマイチだけど…」
 「白雪姫?」というのが質問、つまりキースは白雪姫か、という質問。白雪姫といえば七人の小人で、そのくらいのことはジョミーも知っているから。
 声も出ないらしいキースは放って、小人たちに向かって問い返した。
「もしもキースが白雪姫なら、どうなるんだ?」
「あんた、王子様?」
 斜めなことを訊かれたけれども、此処で負けたら駄目な気がした。だから…。
「ぼくが王子なら、いったいなんだと!?」
「あー、それだったら…」
 助けないとねえ、と答えた小人たち。白雪姫を悪いお妃から守らないとと、ハッピーエンドにしなければ、と。
「悪いお妃は何処にいるんだ!?」
「「「あそこ」」」
 七人の小人たちが指差したものは、グランド・マザーというヤツだった。よりにもよってアレが悪いお妃、キースが白雪姫ならば。ついでにジョミーが王子ならば。


 これはどういう展開なんだ、と流石のジョミーも詰まったけれど。
 七人の小人たちが言うには、「悪いお妃」が此処に来てから六百年近く。小人たちは来る日も来る日も白雪姫を探しているという。ハイ・ホー、ハイ・ホーとダイヤモンドを掘りながら。
(ダイヤモンド…? 売りに行く先も無さそうなのに…)
 もう本当に意味が不明だ、とジョミーは思ったけれども、あるいはチャンスかもしれない。小人たちは白雪姫を「悪いお妃」から守るそうだから。
 駄目で元々、当たって砕けろ。人生、出たトコ勝負だとばかり、七人の小人に訊いてみた。
「君たちは、悪いお妃を倒せるのか?」
「「「白雪姫を守るためなら!!」」」
 あっさりサックリ、倒すという返事。こんな小人がどうやって、と謎は山積み、そうは言っても渡りに船。この際、キースが白雪姫でもいいだろう。グランド・マザーを倒せるのなら。
 そう思ったから、キースを彼らに紹介した。「正真正銘、白雪姫だ」と。
「ぼくが保証する。雪のように白い肌に黒い髪だから、キースは白雪姫なんだ」
「待て、ジョミー!」
 私の立場はどうなるんだ、と空気が読めないキースが言うから、「シーッ!」と唇に人差し指。
「今は白雪姫でいいだろう! ぼくが王子ということで」
「そ、そうか…。そうだな、私が白雪姫…らしい」
 キースが「白雪姫」と名乗った途端に、躍り上がった小人たち。やっと白雪姫が来た、と。


「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー、仕事が好きーっ!!」」」
 ツルハシを担いだ小人たちのパワーは凄かった。ハイ・ホー、ハイ・ホー、と歌いまくりながら行進してゆき、グランド・マザーをガッツンガッツン。
 六百年近くもダイヤモンドを掘り続けたツルハシ、それでガンガン叩きまくって、ハイ・ホー、ハイ・ホー。
「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー」」」
 仕事が好きーっ! と歌う彼らは、まさに無敵の戦士そのもの。聳える巨大なグランド・マザーもなんのその。足元の方からガッツンガッツン、せっせ、せっせと壊してゆく。
「どうなっているんだ…」
 グランド・マザーを破壊出来る筈などがない、と白雪姫なキースが呟くけれども、これが現実。七人の小人に、グランド・マザーの攻撃は通用しなかった。
 ならば、とグランド・マザーが放った剣の攻撃、それも届きはしなかった。あまつさえ…。
「白雪姫と王子は守らないと!」
「ハッピーエンドな結末のために!」
 其処に立っていれば安全だから、と自称・王子と白雪姫にもシールドのサービスつきだった。至れり尽くせりの七人の小人、ハイ・ホー、ハイ・ホーと壊しまくって…。


 気付けば「悪いお妃」なグランド・マザーは、ただの瓦礫の山だった。何が何だか分からないけれど、どうやら全ては終わったらしい。
「グラン・パ!」
 トォニィが突然降って現れて、その光景に唖然としてから。
「グラン・パ、ぼくと一緒に帰ろう。こんな所、もういいだろう!」
「あ、ああ…。うん、帰ろうか」
 キースは一人で帰れるだろうし、とトォニィと一緒に行こうとしたら。
「「「王子様!!」」」
 行っちゃ駄目! と七人の小人に掴まれたマント、「白雪姫を置いて行っちゃ駄目」と。
「し、白雪姫って…?」
 もしかしなくても、と慌てたけれども、言い出しっぺは自分だったから。
(…キースとハッピーエンドになるわけ?)
 そんな殺生な、と青ざめたって、後悔先に立たず。覆水盆に返らずとも言って、ジョミーに退路は無さそうだった。ついでに白雪姫なキースも。
 というわけで…。


「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー、仕事が好きーっ!」」」
 七人の小人たちの歌声が響く毎日、ガッツガッツとツルハシを振るう彼らの仕事が、ようやく理解出来て来た。彼らは地球を作り直そうと、毎日せっせと仕事中で…。
「ジョミー・マーキス・シン。…お前のせいだぞ」
 お蔭で私はこんな所で白雪姫だ、とキースがぼやくけれども、ジョミーも囚われの王子だから。お互い、此処から出られないから、おあいこと言うか、どっちもどっち。
 シャングリラはとっくに地球を離れて去って行ったし、キースの部下たちも去って行ったし…。
 その代わりと言っては何だけれども、いつの間にやら増えていた面子。
「キース先輩が白雪姫だったとは、ぼくも思いもしませんでしたよ」
 そんな情報、フロア001にも無かったですねえ…、と呆れるセキ・レイ・シロエ。彼の隣ではソルジャー・ブルーが頭を振り振り、「ジョミーが王子ねえ…」と。
「知らなかったよ、君が生まれた時から見ていた筈なんだけどね」
 何処の国の王子様だったんだい、と呆れ返っているミュウの元長。ぐるり見回せば、サムも来ているし、マツカもいるしで、どうやら此処は…。
((お伽の国…))
 ハッピーエンドの国だったのか、と悟るしかないジョミーとキース。
 きっとその内に、もっと面子が増えるのだろう。シャングリラで去ったトォニィだとか、キースの部下のセルジュたちとか。
 そしてその内、地球はすっかり青く蘇って、本当に本物のハッピーエンドが来るのだろう。


 ハイ・ホー、ハイ・ホー、と小人たちは今日も歌い続ける、ツルハシを担いでハイ・ホーと。
 白雪姫と王子のためにと、ハッピーエンドの結末を、と。
「なんでキースが白雪姫に…」
「やかましい! それで命を拾ったろうが!」
 お前が私を白雪姫にしたんだろうが、とジョミーとキースの腐れ縁。小人たちは白雪姫と王子様だと今も信じて疑わないから。違うと言ったら後が無いから、今も王子と白雪姫。
 いつか本物のハッピーエンドが来るまでは。
 ハイ・ホー、ハイ・ホー、と七人の小人がツルハシで掘って、青い地球が戻って来るまでは…。

 

          白雪姫と王子・了

※ラストは地の底だったよなあ、と思っただけ。気付けば頭に響いていた「ハイ・ホー」。
 丁度いい具合にキースが白雪姫な黒髪、王子もいるからと思ったオチ。馬鹿だ、自分。





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