「この色がいいと思うけれどね?」
ジョミーには、とブルーが示したデザイン画。
今はソルジャー候補のジョミーが着る服、それのマントの色が今日の話題で。
「確かに目立つ色ではあるのう…」
何処におっても目を引きそうじゃ、とゼルも頷く真っ赤なマント。これでいいじゃろ、と。
「あたしも赤に賛成だよ。やっぱり目立つのが一番じゃないか」
地味な色だとイマイチだし…、とブラウが眺めるハーレイの背中。其処には地味な緑のマント。こういう色より、派手に真っ赤に、と。
「私も赤だと思います。赤は王者の色ですから」
紫と並ぶ高貴な色です、とエラも乗り気の真紅のマント。目立って、おまけに王者の色だと。
「王者の色ねえ…」
赤もそういう色だったとは、とブルーが漏らした大きな溜息。何故なら、ブルーの紫のマント。それも同じに押し付けられた色だったから。
ずっと昔に、高貴な色だと。ソルジャーに相応しい色は紫、皇帝の色、と。
「…その件はもう、水に流して欲しいのだがね…」
時効が成立している筈だ、と逃げの姿勢が見えるヒルマン。彼は、いわゆる戦犯だった。皇帝の紫を推した戦犯、ブルーに着せた張本人。
かなり長いこと、ヒルマンはブルーに恨まれていた。
「皇帝の色の紫だなんて、仰々しいマントにしなくても」と。
キャプテンのマントみたいに地味なのでいいと、よくも紫をプッシュしたな、と。
紫のマントで悪目立ちをした嫌な思い出。それがブルーの心の傷で、いわゆるトラウマ。
なにしろ、着せたヒルマンと来たら、当時に宣伝しまくったから。
じっと黙っていたならともかく、「紫は皇帝の色だ」と喋りまくって、偉い色だと持ち上げた。紫はソルジャーに相応しいのだと、ブルーこそシャングリラの帝王なのだ、と。
(あれのお蔭で…)
雲の上の人にされてしまった、と今でも悲しい紫のマント。同じマントでも地味な色なら、他の色なら人生違っていたのかも、と。
(もっと、みんなとフレンドリーに…)
ワイワイやりたかったのがブルーの本音で、只今、会議中の青の間。この部屋だって楽しく使いたかった。これだけの広さがあるのだから。仲間を集めてドンチャン騒ぎも出来そうだから。
(なのに、宝の持ち腐れで…)
お偉方な長老の四人とキャプテン、その程度しか自由に出入りしない部屋。
雲の上の人にされたお蔭で、紫のマントを背負ったせいで。
(ジョミーには、ぼくのような思いを…)
して欲しくない、と考えてしまう。
ソルジャーの肩書きを継いだ時点で、充分、雲の上だけど。
雲の上の人にされた自分の後継者ならば、そういうコースで当然だけれど。
(…そうなるのだから、せめてマントは…)
普通の色にしてやりたい。自分の二の舞にならないように、王者の色は避けるのが吉。
赤がいいな、と思った考え、それは彼方へブン投げて。
ジョミーが祭り上げられないよう、もっと普通の色を選んで。
そう思ったから、しげしげ眺めたデザイン画。赤いマントは却下だ、と。
(…赤が駄目だと…)
ハーレイのマントと被るけれども、緑とか。こっちの青もけっこういいな、と見ていたら…。
「ソルジャー。…赤に決まったじゃろうが」
わしらは赤と言っておるぞ、とゼルが揚げ足を取りにかかった。ハーレイも赤に賛成だし、と。
「はい。特に異存はございませんが…。赤のマントでよろしいのでは?」
それにソルジャーが赤だと仰いましたが、とハーレイに突かれた痛い所。言い出しっぺは確かに自分で、他の誰でもなかったから。「この色がいい」と最初に言った記憶は鮮明だから。
「……赤ということになるのかい?」
そしてジョミーも、雲の上の人にされてしまうというわけかい、と見詰めた遠い昔の戦犯。
紫のマントを背負わせてくれて、皇帝の色だの、シャングリラの帝王だのと言ったヒルマン。
「…しかし、ソルジャー…。その件は、もう…」
とうに時効で、とヒルマンは逃走する気だけれども、ジョミーの今後が目に見えるよう。
赤いマントを纏った時には、またもヒルマンが旗振り役をするのだろう。今回はエラが加担する可能性も大、「王者の色です」とヒルマンよりも先に言ったのだから。
きっとジョミーも、自分と同じコースを辿るに違いない。
赤いマントは王者の色で、シャングリラで一番偉いのだ、と妙な設定がついて来て。
皇帝の紫にも負けていないと、赤のマントはシャングリラの王者の証だと。
(…それではジョミーが…)
可哀相すぎる、と経験者だからこそ分かる、マントの色の大切さ。
それが人生を左右するのだと、ジョミーの今後の運命だってマントで決まる、と。
だから…。
「…赤だけは駄目だ。どうしても赤を推したいのなら…」
然るべき理由を考えたまえ、とジロリと睨み回した、四人の長老たちの顔。キャプテンの顔も。
王者の色よりマシな理由を考えて来いと、皆に親しまれる理由がいいと。
それが無いなら、赤い色は却下。
さっきの言葉は撤回すると、青か緑のマントを選ぶと。
「…ソルジャー、それは御命令ですか?」
そういうことなら従わざるを得ませんが、とハーレイが訊くから、「そうだ」と答えた。
赤にしたいなら他に理由をと、王者の色なら赤は駄目だ、と。
今でも微妙な立ち位置のジョミー、勝手に船から出て行った上に、えらい騒ぎを起こしたから。船の仲間たちは忘れていなくて、まだ陰口も消えないから。
(…皆に親しまれるソルジャーになって欲しいのに…)
王者の色のマントを着せたら、更に開いてしまう距離。仲間たちとの間がグンと。
赤いマントは意地でも避けるか、他に理由を見付けるか。
「雲の上の人だ」と崇められる代わりに、誰もが気軽に名前を呼んでくれるソルジャー。
マントの色には、邪魔されないで。
むしろ歓迎される赤色、それを纏ったソルジャーになってくれれば、と。
こうして青の間から叩き出された長老たち。キャプテンも含めて、一人残らず。
ゼルやブラウは「駄目だと言うなら仕方ないねえ…」と投げてしまって、ハーレイも同じ。赤が駄目なら別に青でもいいじゃないか、という程度。青でも緑でも、何でもオッケー。
けれど、違ったのがエラとヒルマン。
「…赤で決まりだと思いましたのに…」
「まったくだよ。…まだ根に持っていたとはねえ…」
何年経ったと思うんだね、とヒルマンがぼやく紫のマント。
そうは言っても、それを纏って雲の上の人になったのがブルー、彼の意向には逆らえない。赤いマントを選びたいなら、理由を捻り出すしかない。
ちなみに皇帝の色の紫、それは染料が高かったから。遠い昔は小さな貝から採れる染料、それを大量に使って染めていたから、べらぼうな値段で、皇帝くらいしか買えなかったオチ。
王者の赤もそれと同じで、貝を使った紫の染め方が失われた後、カイガラムシなる小さな虫から採った染料で染めていた。やっぱり同じにべらぼうな値段、ゆえに王者の色は赤色。
「由緒正しい赤ですのに…」
「私だって、あれを諦めたくはないのだが…」
何かいい手は無いだろうか、とエラとヒルマンは踏ん張った。何かある筈、と。
そして…。
「ソルジャー、先日のジョミーのマントの件ですが…」
如何でしょうか、とエラが披露した赤についての話。青の間に長老とキャプテンを集めて。
曰く、今年は申年とやらで、その年の赤は非常に縁起がいいらしい。それも赤い服が。
「なるほど、今年は赤色がいい、と…」
それは全く知らなかった、とブルーは先を促した。申年というのは初耳だけれど、遠い昔には、こだわる人たちも多かったらしい。申年を含む十二の干支に。
「申年に赤い服を誂えると、無病息災なのだそうです。それに…」
その赤い服を誂えた人が、赤い下着を着ていた場合。周りの人にも幸運が及んで、それは幸せな最高の年になるのだとか。しかも、申年から赤い下着を着け始めると…。
無病息災も、周りの人への幸運のお裾分けパワーも一生モノに、と言い切ったエラ。
実際、デッチ上げではなかった。
遠い昔の申年の話、赤い下着が売れた時代の言い伝え。それが何処かで曲がってしまって、この時代にはこうなっていた。シャングリラが誇る、データベースの情報では。
「赤い服を誂えて、赤い下着か…。すると最高の年になる上に、今、始めると…」
幸運が持続するのだね、と確認したブルーは、とうに赤へと傾いていた。
王者の色なら却下だけれども、幸運の色なら大歓迎。
それにジョミーも、皆に好かれることだろう。申年に誂えた赤いマントとセットで、赤い下着を着け始めたなら。
(ジョミーが赤いパンツを履いたら…)
これから先も履き続けたなら、一生の間、周りに幸運のお裾分け。
申年に初めて身に着け始めた、赤いマントと赤いパンツのパワーとやらで。
「いいだろう。そういう赤なら、ジョミーの立場もきっと良くなるだろうから」
マントの色は赤にしよう、とブルーが出したゴーサイン。
赤いマントが出来上がったら、ちゃんと宣伝するように、と付け加えることも忘れなかった。
申年に誂えた赤いマントは縁起がいいと、赤いパンツで周りの運気も一気にアップ、と。
それを皆にも伝えて欲しいと、王者の赤より、申年の赤いマントと赤いパンツ、と。
(これでジョミーも、皆に親しまれるソルジャーに…)
なる筈だから、というブルーの読みは見事に当たった。
ソルジャー候補ながらも赤いマントで赤いパンツになったジョミーは、縁起の良さで人気上昇。
誰もが幸運のお裾分けをと狙っているから、仲良くしておいて損は無いから。
(…ぼくの二の舞にならなくて良かった…)
本当に、とホッと息をつくブルーは、まるで知らない。
赤いパンツを履く羽目になったジョミーの、「なんで、ぼくが」という嘆きの声を。
「一生、赤いパンツなんて」と、涙目になっていることを。
これから一生、ジョミーのパンツは赤で決まりで、泣けど叫べど赤一択。
幸運の赤いパンツだから。
申年に誂えた赤いマントとセットものだから、赤いパンツは運気上昇の縁起物だから…。
幸運の赤いマント・了
※今年は申年だったっけな、と考えていたら降って来たネタ。赤いマントだよね、と。
一生、赤いパンツを履くらしいジョミー。気の毒すぎる運命かも…。ブルー、酷すぎ。
「取材なら、軍の広報を通してくれ」
無関心にそう言い捨てたキース。
久しぶりに見たスウェナだけれども、特に関心は無かったから。
「この花、覚えてる?」と訊かれた花にも。
「E-1077の中庭にも咲いていたわ」と言われた所で、もう昔のこと。
サムでさえも何処かに行ってしまった。
姿は昔と同じにサムでも、「キース」を覚えていたサムは。友達だったサムは。
だからスウェナと話すことは無い。
まして彼女が知りたい内容、ジルベスター星系の事故調査となれば任務だから。
Mと関係があるかもしれない、国家機密を明かせはしない。
無駄な話をするつもりも無い、つまらない思い出話など。
けれど…。
「ピーターパン」
スウェナがいきなり口にした言葉、それがキースの足を縫い止めた。
遠い昔にシロエが語った、その本の中身そのままに。
シロエが乗った練習艇を追っていた時、通信回線を通して聞こえて来た声。
ピーターパンの本に書かれていること、それをシロエは語り続けていた。
「影がくっつかないよ」と泣いたピーター、「私が影を縫ってあげる」という言葉。
まるで時の彼方から戻ったかのように、影の代わりに足を縫われた。
「ピーターパン」と聞いた途端に。
縫い止められて立ったままの背中、振り返れないでいたらスウェナは続けた。
「あなた宛のメッセージが発見されたわ」
…そう、セキ・レイ・シロエのものよ。サムの事故には、私の追っている…。
白い宇宙鯨が関わっている、とスウェナが前へと回り込んだけれど、どうでも良かった。
そんな話は。
問題はシロエ、彼の名前とメッセージ。
スウェナは「今度会えたら、そのメッセージを渡せるんだけど」と見詰めて来たから。
「戻ったら連絡しよう」
迷うことなく、そう応えた。
シロエが残したメッセージならば、どうしても見ておきたいから。
そう思ったから、「その時は二人だけの同窓会でもしましょ」と言ったスウェナを見送った。
(…変わったのは君の方だ。…スウェナ)
渡された花を手に持ったままで、心の中で呟いたけれど。
強くなったと思ったけれども、それもどうでもかまわないこと。
手の中の花も、今では何の意味も持たない。
同じ花でも、この白い花は病院の花。
違う所で咲いた花。
花を頼りにE-1077に戻れはしないし、サムの心も昔に戻りはしないだろうから。
見上げれば、病室から手を振るサム。
「キース」だとは分かってくれないのに。
サムは笑顔を向けるけれども、それは「関心を持ってくれた人間」だから。
(…何もかもが…)
変わってしまったんだ、と地面に投げ捨てた花。
持っていたって、何の役にも立たないから。
車の運転の邪魔になるだけ、それだけの存在に過ぎないから。
そうして走り出して間もなく、気付いたこと。
(…シロエ…!)
その瞬間に踏んだブレーキ、後ろの車が憤るように鳴らしたクラクション。
メンバーズ・エリートらしくもないミス、慌てて路肩に車を寄せた。
こんな所で事故を起こすなど、軍に迷惑をかけるだけ。
けれども今は運転出来ない、そう思ったから停めようと決めた。
激しく脈を打つ心臓。
E-1077に、それからシロエ。
(…誰も覚えていない筈なんだ…)
あのステーションに、セキ・レイ・シロエがいたことを。
ステーションの運営に関わる者ならともかく、生徒だった者は。
シロエと同じ時期に其処に居た者、彼らの記憶は消されたから。
(…マザー・イライザ…)
記憶を消させたマザー・イライザ、皆がシロエを忘れてしまった。
サムも、シロエの同級生たちも。
誰もが忘れてしまったシロエ。
彼の船を撃った自分以外は、一人残らず。
マザー・イライザの計算の下に奪われた記憶、それは戻りはしないだろう。
サムのようにでもならない限り。
今は子供に戻ったサム。
あんな具合に、シロエのいた時代に心だけが戻れば、有り得るけれど。
(だが、それは…)
精神状態が普通ではないということ。
年相応の話はまるで出来ない、ただの子供になるということ。
候補生時代を「子供」と呼ぶかどうかは、ともかくとして。
(……スウェナ……)
けれど、スウェナは覚えていた。
E-1077の中庭に咲いていた花を。
ステーションにいたセキ・レイ・シロエを、あの頃のままに。
そしてそのまま成長を遂げて、自分の前に戻って来た。
「ピーターパン」と。
シロエが残したメッセージを持って、普通に会話が出来る者として。
(……システムの誤算……)
それに違いない、マザー・イライザの手から離れたスウェナ。
ステーションから出て行った時は、結婚という道を選んでいたから、記憶はそのまま。
何も処理されずに旅立って行った、セキ・レイ・シロエを覚えたままで。
(本当だったら…)
スウェナは子供の母親になって、それきり消えていただろう。
シロエの記憶を持っていたって、単なる知り合い程度のこと。
「昔、そういう人間がいた」と思い出しても、その時限りで消えてゆくもの。
その後のシロエを追いはしなくて、無関心に記憶の淵に沈むもの。
(しかし、スウェナは…)
ジャーナリストの道を選んで、離婚してまで今の世界を追っている。
宇宙鯨を、モビー・ディックを。
Mの母船がそれの正体だと、スウェナが知っているわけがない。
ミュウの存在も、Mとは何を指すのかも。
なのに、核心に迫りつつある、ジャーナリストの勘だけで。
其処に何かが隠されていると、モビー・ディックが鍵なのだと。
スウェナが此処まで辿り着いたなら、そしてシロエを覚えているなら。
メッセージまで持っていると言うなら…。
(…神がシロエに…)
味方したのか、忘れ去られてしまわぬように。
どんな形かは分からないけれど、彼のメッセージが届くようにと。
本当だったら、それは残りはしないのに。
ステーションの中で処理されているか、何処かに廃棄されて終わりか。
(それが残ったのも…)
残ってスウェナの手に渡ったのも、神の采配なのだろう。
スウェナがモビー・ディックを追っていたから、全ての糸が繋がった。
たった一人だけ、シロエを覚えていた人間。
それがスウェナで、彼女は何故だか、モビー・ディックを追い始めたから。
離婚してまで、ジャーナリストになったから。
(……こんなことが……)
この世にあるのか、と心臓は今も激しく脈打ったまま。
マザー・システムにもミスはあるのかと、その手を逃れる者もいるのかと。
シロエは逃れ損なったのに。
逃げ切れないまま、宇宙に散って行ったのに。
(……シロエ……)
彼は自分に何を残したと言うのだろう。
「ピーターパン」とスウェナが口にした言葉、それで思い出すのは古びた本だけ。
シロエが大切に抱いていた本、子供時代からの持ち物だった本。
(あの時、保安部隊がシロエを…)
ベッドに乗せて運び去った時、ピーターパンの本を持たせてやった。
シロエの大事な本なのだからと、側に置いてやって。
(まさか、あの本が…)
戻って来るとは思えないけれど、他には心当たりが無いから。
(……そうなのか?)
あれが手元に来るのだろうか、次にスウェナに会ったなら。
ジルベスターから戻ったなら。
「ピーターパン」の本、シロエが大切に持っていた本。
練習艇で宇宙へ逃げ出した時も、中身を語り続けていた本。
「影がくっつかないよ」と、「縫うって何さ?」と。
それがあるなら、もう間違いなくマザー・イライザの、マザー・システムのミス。
シロエはシステムに消されたけれども、あの本は消えずに何処かに残った。
きっとそうだという気がするから、まだ暫くは…。
(……動けないな……)
メンバーズ・エリートが、自動車事故など起こせないから。
運転ミスは出来ないから。
揺り起こされてしまった感情、それが落ち着いて凪いでくれるまでは、このまま路肩に。
早くなった鼓動が鎮まるまでは、車を走らせることは出来ない。
E-1077に、シロエがいた日に、引き戻されてしまったから。
シロエの船を撃ち落とした日に、あの瞬間へと、心だけが飛んでしまったから。
(…今、走ったなら…)
前をゆく船が見えるのだろう。
あの日、シロエが乗っていた船が。暗い宇宙を飛んでゆく船が。
それを見たなら、また踏むのだろう急ブレーキ。
今も後悔しているから。
シロエを乗せた船を見たなら、今の自分は追えはしないで、止まる方をきっと選ぶのだから…。
彼方からの記憶・了
※スウェナが「シロエを覚えている唯一の生徒」なんですよねえ、皮肉なことに。
いくらマザー・システムでも、そこまでは計算していなかったと思うんですけど…?
「トォニィ。お前が次のソルジャーだ」
ミュウを、人類を…導け、とジョミーがトォニィに渡した補聴器。
「グランパ…」
ぼくはまだ子供だ、と繰り返したいのに、ジョミーがいない世界なんて嫌なのに。
ジョミーは真っ直ぐ見詰めて来るから、どうしようもない今の状況。
(…グランパ…)
補聴器を着けろ、と促すジョミーの瞳。いくら泣いてみても、もう無駄らしい。ジョミーは命を捨てているから、助かるつもりも無いらしいから。
(…メギドなんて…。こんな星なんて…)
どうでもいい、と叫びたくても、それがジョミーの最期の望み。地球を破壊しようとしている、六基のメギドを止めること。ジョミーを救うことではなくて。
それにソルジャーを継げとも言われた。「ぼくの自慢の強い子だ」とも。
(……グランパの自慢の……)
強くなんかないのに、と思うけれども、ジョミーの期待は裏切れない。望みを叶えないわけにもいかない、選べる道はただ一つだけ。
こうすることだ、とトォニィが仕方なく着けた補聴器。それは嬉しそうに微笑むジョミー。
(…これでいいんだ…)
ぼくにはこれしか、と溢れた涙に重なったもの。
ジョミーの顔が滲むようにぼやけて、その彼方から…。
「ウゼエんだよ、ジジイ!」
とんでもない罵声が聞こえて来たから驚いた。いったい何処にジジイが、と。
あえてジジイと呼べそうな者は、さっきジョミーが「共に戦った仲間だ」と言っていたキース。通信機の向こうの自分の部下に、メギドを止めろと伝えていたようだけれど…。
(……ジジイ?)
ウザいジジイとはアレのことか、と思う間もなく、今度は聞こえた「クソババア!」の声。
ジジイはともかく、ババアはいそうにない空間。いや、さっきまではいたのかも…。
(…グランド・マザー…?)
とうに瓦礫と化していたけれど、キースがジジイなら、クソババアはアレ。なるほど、と合点はいったけれども、誰が叫んでいたかが問題。
(此処には、ぼくたち三人だけ…)
だったら誰が叫ぶんだ、と見回そうとしてハタと気付いた。今の罵声の正体に。
(…この補聴器……)
それに入っていたジョミーの記憶。
ナスカで生まれた初めての自然出産児だった、自分たち。急成長していった七人の子供、従来の育児書の類は役に立たない。「目覚めの日」だの、成人検査だのというシステムの方の情報も。
(…グランパ……)
ジョミーは懸命に勉強していた。戦いのことしか考えていないように見えたのに。
その裏側で、遠い昔の、子供が自然に生まれて育った時代のことを、あれこれ調べて。
(…反抗期があって、それに中二病…)
遥かな昔の子育ての脅威、それが反抗期に中二病。世の親たちが手を焼いたらしい、その現象。
実の父親に「ウゼエんだよ、ジジイ!」と怒鳴って、母親に向かって「クソババア!」。
ついでに色々ややこしい上に、こじれまくるのが中二病。
そうだったんだ、と改めて気付いたジョミーの愛情。
育児についても気を配ってくれた、優しいジョミー。置いてゆくなんて、とても出来ない。
こんな記憶を見せられたら。知ってしまったら、もう無理なのに…。
(…でも、行くしか…)
ないんだから、とグイと涙を拭った瞬間、不意に閃いた解決策。これならいける、と湧き上がる自信、ジョミーを置いて行かなくてもいい。ジョミーの戦友だというキースの方も。
(軌道上のメギドは、全部で六基…)
キースの部下たちも攻撃に向かう筈なのだから、全部を一人で止めなくてもいい。それに応援も呼べる筈だし、メギドの方は何とかなる。
「行け」と促すジョミーの方だって、ガチでやったら勝てないけども…。
(…今は死にかけてて、ぼくの方が…)
絶対強いに決まっているから、やるぞ、とスックと立ち上がった。ジョミーはといえば、もう本当に孫を見る目で「ありがとう」と別れの言葉を口にしたけれど…。
「グランパ、ぼくは今、反抗期だから!」
「…え?」
なんだ、と見開かれたジョミーの瞳。キースも唖然としているけれども、此処で言わねば。
「もう反抗期で中二病だから、思いっ切り、ぼくの好きにするから!」
「トォニィ…?」
待て、と声を絞り出そうとしたジョミーに向かって言い放った。「ウゼエんだよ!」と。
「いいから、ジジイは死んでいやがれ!」
ブッ殺す、と言い捨てて放ったサイオン、もろに食らったジョミーは気絶。
「な、何をする…!」
狂ったのか、と慌てるキースにも「ウゼエ!」と怒鳴って、同じに一発食らわせたから、止める者はもはやいなかった。ジョミーとキースが見事に気絶しているだけ。
(やった…!)
反抗期で中二病の子供は無敵なんだ、と感謝してしまったジョミーの記憶。これが無かったら、ジョミーの言いなりになっていた。「ぼくの自慢の強い子」のままで。
(反抗期だったら何でもアリで、中二病だとこじれてて…)
ぼくにもそういう時期があったって、と開き直った無敵のトォニィ。
とにかくジョミーとキースの救助を最優先で、と凍らせて仮死状態にした。かつてキースに胸をグッサリ刺された時に使った手だから、今回だって有効な筈。
(シャングリラに二人を連れて帰って、それから手術…)
でもって、その前にメギドだったな、と確認してから、二人を抱えて飛び出した。地球の地の底から地上へ一気に、其処から更にジャンプで宇宙へ。
もちろん、ジョミーとキースにはキッチリ、シールドをかけて。
(先にメギドで…)
この辺でいいか、と二人を軌道上に仮置き、思念で呼び掛けたシャングリラ。
「タキオン、ツェーレン、ペスタチオ、手を貸せ!」
メギドを撃つ、と飛んでゆく間に、キースの部下たちもやって来たから、いける筈。ジョミーの望み通りにメギドを破壊出来る、と頑張ったのに…。
「残弾ゼロだ…! 残るメギドはあと一つなのに…!」
そういう人類の声が届いて、発射体制に入っているメギド。
「駄目か…!」
「間に合わない…!」
もう駄目だ、と覚悟した時、「どけーい、ヒヨッコどもーっ!!」と突っ込んで来たのが人類の船で、旗艦ゼウスとかいうヤツで。
(…マードック大佐…!)
ヤバイ、と悟った自分の危機。メギドの炎は地球の地表を掠めただけで済んだけれども、それをやったのは人類が「マードック大佐!」と呼び掛けた男。
そのマードック大佐が乗っている船は、メギドと一緒に燃え盛りながら落下中で。
(…これがジョミーとキースにバレたら…)
怒鳴られまくりの叱られまくりで、もう確実に後が無い。「だから置いて行けと言ったのに」と二人がかりでネチネチ言われて、どうにもこうにもならないから…。
「ツェーレン、ちょっと行ってくる!」
メギドを止めるのは無理だったけれど、一人助けるくらいなら、と大慌てで追った地球へと落下してゆくメギド。追い掛けて中へ飛び込んで…。
(間に合った…!)
やった、と躍り上がったけれども、同時に「え?」と仰天もした。爆風を食らって倒れた人類、一人だけだと思っていたのに、なんと二人もいたものだから。
(…女もいたんだ…)
でもまあ、誤差の範囲内、と抱えて飛び出した人類が二人。マードック大佐と、パイパー少尉。
当然、きちんとシールドをかけて、さっき仮置きしたジョミーとキースも回収して…。
これでオッケー、と戻って行ったシャングリラ。
「ソルジャー・シン!?」
船はたちまち上を下への大騒ぎになり、何故にキースが、と半ばパニック状態だけれど。
「どうでもいいから、さっさと手術だ!」
ノルディを呼ぶんだ、と凄んでやった。手術の順番はジョミーが最初で、次がキースで、と仕切りまくって。残る二人もしっかりキッチリ治療しろ、と。
(…反抗期と中二病の話は…)
此処ではしないのが吉だ、と判断したから、ジョミーが意識を取り戻すまではソルジャー代理。
幸か不幸か補聴器もあるし、皆は素直に納得した。ソルジャー代理、大いに結構、と。
キースとマードック大佐とパイパー少尉は、人類の船に移せるような状態ではなくて、当分の間はシャングリラで治療に専念するという方向になって…。
「…ジョミー。一つ訊いていいか?」
包帯グルグルで点滴つきのキースが眺めた隣のベッド。個室もあるのに、意識が戻ったら相部屋希望と言い出した二人。ジョミーとキース。
「…なんだ?」
ジョミーも同じに包帯グルグル、腕には点滴。
「いや、トォニィが言っていた、あの…」
反抗期とか中二病とかいうのは何だ、と訊かれたジョミーが「ああ…」と浮かべた苦笑い。
「多分、ああいうのを言うんだろう。…まさか今頃、反抗期なんて…」
「お前に向かって、ウゼエと怒鳴っていたようだが…」
おまけにジジイと、とキースには解せないトォニィの豹変、けれども、それが反抗期だから。
中二病の方も、そういったものだと学んで記憶したのがジョミーだったから…。
「トォニィは反抗期に入ったらしい。…初めてぼくに反抗したよ」
「そうなのか…。お前もこれから苦労しそうだな」
「君の方こそ、大変なんじゃないのかい…?」
復帰したらきっと仕事が山積み、とジョミーは言ってやったのだけれど、「お前の方こそ苦労しそうだぞ」と返された。「ウザいジジイと言われたろうが」と。
「…あいつがソルジャー代理だそうだが、ソルジャー復帰はウザがられないか?」
「その時は、隠居するまでだよ。トォニィが本当に反抗期で中二病ならね」
口で言ってるだけじゃないかと思う、と答えるジョミーは、ダテに勉強していなかった。本物の反抗期で中二病なら、ああいうことにはならないと。
(…やっぱりトォニィは、ぼくの自慢の…)
後継者なんだ、と誇らしい気持ちもするのだけれども、ソルジャーに復帰した暁には、おしおきから始めるべきだろう。
(…ぼくの最期の頼みを無視して…)
勝手に暴走したんだから、とガッツリお灸をすえるつもりでいるジョミー。
そしてトォニィの方は、ちょっぴり後悔し始めていた。
(……やり過ぎたかな……)
反抗期なんだと叫ぶだけにしておけば良かったかな、と。
いくら助けるためだとはいえ、大好きなグランパに向かって「ウゼエんだよ!」と叫んだから。
「いいから、ジジイは死んでいやがれ!」と、思い切り怒鳴ってしまったから…。
恐るべき後継者・了
※アニテラのラスト、トォニィだったらジョミーもキースも助けられたのでは、という可能性。
同じツッコミをなさった貴腐人のコメントで降って来たネタ、謹んで献上させて頂きます~v
(船は立派に出来たんじゃが…)
どうもイマイチ、とゼル機関長は感じていた。
元はコンスティテューションとかいう、人類の船だったシャングリラ。長い年月、そいつで宇宙を旅する間に、培ったミュウの技術力。
それを生かして改造した船、元の船とは比較にならない巨大な船が出来上がった。白い鯨のような船体、人類の船には備わっていないシールドとステルス・デバイスもつけて。
(これで総員、一致団結…)
地球を目指したい所だけれども、生憎と地球の座標は謎。
さりとて大気圏内を長く航行できる性能、それを生かさない手は無いだろう。人類のレーダーに捕捉されないステルス・デバイス、そっちだって。
というわけで、雲海の星、アルテメシアにやって来た。雲海の中なら更に安全、人類の育英都市があるから最新情報もゲット出来そうだ、と。
(じゃがなあ…)
どうにも士気が高まらんのじゃ、と考えるゼルの理想の船。
皆が朝からシャキッとしていて、希望が溢れて、やる気満々。そんな船がいい、と思うのに…。
(なまじ面子が固定じゃからのう…)
遠い昔にアルタミラから脱出したミュウ、その顔ぶれは今も変わらない。
ソルジャーにキャプテン、機関長だの航海長だの、役職がついていっただけ。今更やる気満々も何も、と心機一転とはいかなかった。
せっかく船が出来たのに。
人類軍だって持っていないような、シールドまで備えた船なのに。
なんとも悲しいキモチになるゼル、彼が改造の最高責任者だった。博識な友のヒルマンと検討を重ね、船を造った。
現場で働いた者は他の面子で、改造案にゴーサインを出したのもソルジャーとキャプテン、つまりはゼルは「縁の下の力持ち」という立ち位置になる。
脚光を浴びる立場ではないから、船の現状に不満があっても、どうこう言える権限は無い。
皆が「これでいい」と現状維持なら、ソルジャーとキャプテンも同じなら。
(もうちょっと、こう…)
このカッコイイ船に相応しく、と士気の高まりを願ってみたって、どうにも出来ない。やる気を出そうと発破をかけるには、やはり材料が要るのだから。
(地球の座標も分からんのでは…)
仕方ないのう、と入った船のライブラリー。
SD体制以前のデータも豊富に揃った、紙の本から映像までがギッシリある場所。これまた船の自慢の施設で、大いに誇りたいのだけれども…。
(利用者がイマイチ増えんのじゃ…)
面子が固定のままじゃからのう、と零れる溜息。新しい船が出来ただけでは、新しい風は吹かないらしい。いくら自慢の新造船とも呼びたい船でも。
(こういう時には…)
腐っていたって仕方ないわい、と何か観ようと考えた。
同じ観るなら、馬鹿々々しいのがいいだろう。うんと笑えて、楽しい気分になれるモノ。憧れの地球が絡めばもっといいが、と気まぐれに打ち込んでいった文字。
そうしたら…。
(釣りバカ日誌?)
見るだに馬鹿っぽい雰囲気のタイトル、遠い昔に人気を博した笑える映画らしいから。
(とにかく釣りをするんじゃな?)
それならば青い地球の自然が溢れまくっているだろう。水の星、地球の本領発揮で、そこで釣りをして、おまけにお笑い。
これに決めた、と呼び出してみたら、「釣りバカ日誌」はシリーズだった。幾つもあるから、どれを観ようか悩ましい所。
タイトルを端から順に眺めて、目に留まったのがシリーズ16、「浜崎は今日もダメだった」。
のっけから笑わせてくれるというから、それで様子見してみよう。
本当に笑える映画なのかどうか、冒頭で判断可能だから。時間を無駄にしないから。
よし、と観賞し始めた映画、いきなり高らかなファンファーレ。
何事なのか、と仰け反っていたら、たちまち歌が始まった。それは陽気に、能天気に。
(社歌じゃと?)
主人公が勤める鈴木建設、そこで毎朝、歌われる社歌。いわば会社のテーマソングで、社員が歌うものらしい。
(ほほう…)
なるほど、と眺めた社歌を歌っている登場人物。会社で働く関係者は皆、もれなく楽しく歌いまくっていた。受付嬢から、重役まで。デスクワークの社員はもちろん、現場でガテンな面々も。
(掃除係も歌うんじゃな?)
トイレ掃除をしているオバチャンも歌いまくる社歌は素晴らしかった。
社内はもちろん、ツルハシを担いで建設現場なガテン系まで歌うのだから。経営者の社長を除く面子は、一人残らず。
(素晴らしい会社じゃ…!)
わしの理想じゃ、と惚れ込んでしまった鈴木建設、其処の社歌。
朝一番には皆で歌って、ついでに踊って、やる気満々。
シャングリラもこういう船だったら、と心の底から湧き上がる思い。社歌を歌って始まる一日、きっと最高の船になる。
希望もやる気も溢れまくりの、誰もが元気一杯の船。そうあって欲しい、シャングリラに。
思い立ったが吉日とばかり、コピーしたデータ。鈴木建設の社歌のシーンを。
そして長老会議を開いた、ソルジャーとキャプテンも出席するヤツを。
「社歌だって…?」
それはどういう、とブルーが訊くから、「社歌じゃ」と胸を張って答えた。「これを見てくれ」と会議室の大きなモニターで再生、流れ始めた例の社歌。ファンファーレで始まって、景気よく。
「「「…………」」」
誰もが唖然としたのだけれども、歌は確かに見ものではあった。偉そうな重役からヒラ社員までが揃って歌って、掃除係も現場なガテンの兄ちゃんたちも。
「どうじゃ、シャングリラにもこんな歌をじゃな…」
作ればいいのではなかろうか、と提案したゼル。朝から歌えば一致団結、やる気もきっと、と。
「ちょいとお待ちよ、誰が作曲するんだい?」
ブラウの疑問はもっともだった。作曲の才能を持った仲間は一人もいない。
「何かをパクればいいじゃろうが!」
名曲は幾つもある筈じゃから、と自信満々、曲はパクッて替え歌で良し、と。
「替え歌か…。その手があるか…」
それも悪くはないかもしれん、と頷いたのがキャプテン・ハーレイ。彼も薄々、今の船では駄目だと思っていたらしい。変える切っ掛けでもあれば、と。
「なるほどねえ…。それもいいんじゃないのかい?」
こういう陽気な船もいいし、とブラウも乗り気になってくれた。ヒルマンもエラも。
この流れなら社歌が作れそうだ、と思ったゼル。
社歌というわけではないけれど。シャングリラという船の歌だし、何と呼ぶやら。
けれど出来ると、何をパクろうかと、ヒルマンたちと検討し始めていたら…。
「…ぼくはこのままでいいと思うよ」
下手にパクるより、とブルーが口を開いた。歌詞もそっくりそのままでいいと、鈴木建設の社歌で充分だと。
「なんじゃと!? しかし、ソルジャー…!」
それでは鈴木建設になってしまいますぞ、とゼルはもちろん、誰もが慌て始めたけれど。
「でもね…。歌の見本は此処にあるんだし、歌詞も素敵だと思うから…」
聴いてみたまえ、というブルーの言葉。
改めて社歌をよく聴いてみれば、歌詞はなかなかのものだった。
「悩みは無用、光を胸に」だとか、「大きな理想、挫けぬ心。時代を築く礎よ」だとか。
そう、「鈴木建設」と歌うくだりをスルーしたなら、立派にミュウのための歌で通る歌。
「躍進する」だの「邁進する」だの、「あなたの町の明るい明日を」だのと、前向きだから。
「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」も、船の精神にはピッタリだから。
「…で、では、ソルジャー…」
このままですか、と尋ねたキャプテンの声に、ブルーは重々しく頷いた。「これでいこう」と。
かくして決まってしまった社歌。
シャングリラには毎朝、鈴木建設の社歌が景気よく流れて、皆が歌って踊ることになった。
「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「鈴木建設」と。
ゼルの狙いは見事に当たって、一気に高まった団結力。朝一番には皆で歌おうと、今日も一日、元気にいこうと。
(…あの歌にしようと言って良かった…)
皆がここまでノリノリでは、と青の間でホッと息をつく一人。ソルジャー・ブルー。
「鈴木建設の社歌でいい」と推した理由は、メロディと歌詞にもあったのだけれど…。
(…替え歌にされたら、ぼくの立場がマズイんだ…)
なにしろ、自分がソルジャーだから。
鈴木建設が邁進する分には気にしないけれど、シャングリラが躍進したって気にしないけれど。
下手に弄られたら、歌詞に「ソルジャー・ブルー」と入る恐れが大。
毎朝、毎朝、自分の名前を皆が連呼し、士気を高めるなどとんでもない。歌う方は良くても、歌われる方の身になって欲しい、それは激しく恥ずかしすぎる。
こうも誰もがノリノリでは。朝一番から「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」では。
(鈴木で、鈴木建設だから…)
高みの見物を決め込めるけれど、「ソルジャー・ブルー」と歌われたのでは堪らない。ウッカリ外を歩けもしなくて、歩きたいとも思わない。…歌が流れる時間帯には。
そういう事情があったとは誰も気付かないままで、鈴木建設の社歌は定着した。
アルテメシアの育英都市から救出されたミュウの子たちも、船に来るなり覚えて歌った。新しい世代は「そういうものだ」と思っているから、それは素直に。
シドもリオもヤエも元気に歌って、ブルーが連れて来たフィシスも歌った。シャングリラの朝は歌で始まると、今日も一日、元気にいこうと。
そんな調子だから、ジョミーが船に来た時も…。
「…鈴木建設?」
なにそれ、と変な顔をしたジョミーは、キムたちにフルボッコにされてしまった。
「俺たちの歌に文句があるか」と、「嫌なら船から出て行け」と。
それくらいに愛された歌が「鈴木建設の社歌」で、後にはジョミーも歌うようになった。よく聴いてみたら前向きな歌で、やる気が出て来る歌だから。
「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と歌いながらだと、頑張れるような気がするから。
なんと言っても、元はガテンな兄ちゃんたちまでもがツルハシ担いで歌った社歌。
それでやる気が出ないわけがない、やたらと元気で、「歌って踊れる」社歌なのだから。
アルテメシアを離れた後にも、鈴木建設の社歌は毎朝、船に流れた。
人類軍に追われまくって、誰もが疲れ果てていた時にだって、朝一番だけは溢れた気力。今日もやるぞと、今日こそはと。
たとえ行き先が見えない船でも、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と。
そうやって歌ってナスカまで行って、相も変わらず鈴木建設。ナスカに入植した若い者たちも、この歌で育っていたものだから。
船を離れて古い世代と対立しようが、赤い大地を開拓するには、歌の精神がピッタリだから。
「大きな理想、挫けぬ心」で、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」。
「明日へ築く、木槌の音よ」で、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」。
シャングリラの中でも歌い続けられて、毎朝、流れ続ける社歌。揃って歌って、踊ったりして。
そんなわけだから、ナスカで捕虜にされたメンバーズのキース、彼も朝から聞く羽目になった。
彼が押し込まれた部屋の周りにも、高らかに響き渡る社歌。朝一番には、朗々と。
「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「鈴木建設」と。
(…この船は、いったい…)
どうなっているのだ、とキースの優れた頭脳をもってしても分からない。
何ゆえに鈴木建設なのかと、ミュウの長の名は「鈴木」だっただろうかと。ミュウどもは何処で建設業をと、請け負う仕事は無い筈だが、と。
いくら考えても出て来ない答え、仕方ないからジョミーに訊いた。
少々、間抜けになったけれども、「一つ訊きたい」とキメる代わりに…。
「待て、二つ訊きたい。…星の自転を止めることが出来るか?」
「…さあ? やってみなければ分からないが」
「残念だったな。その力がある限り、人間とミュウは相容れない」
それと、もう一つ。鈴木建設というのは何だ?
お前たちのことか、と投げた質問、ジョミーの答えは…。
「さあ…? 多分、そうなんだろう。相容れないなら、残念だ」
言い捨てて去ってしまったジョミー。
鈴木建設の謎は残って、とうとう解けないままだったから…。
「パンドラの箱を開けてしまったな…。良かったのだろうか」
グランド・マザーが崩壊した後、地球の地の底で、致命傷を負った者同士。
ジョミーと暗闇で語り合う中、「お前に出会えて良かった」と口にしてみたら…。
「ぼくもだ」と返って来た言葉。
やっと友が、という気がした。遅きに失した気はするけれども、友が出来たと。
「キース…。箱の最後には希望が残ったんだ」
ジョミーに言われて、ふと思い出した。遠い昔に聞かされた歌を。ミュウの船の中で毎朝々々、流れまくっていた前向きな歌を。
「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「大きな理想、挫けぬ心」と。
あれは希望の歌だったのか、と今頃になって合点がいった。
ミュウの長の名が鈴木かどうかは、関係無く。本当に鈴木建設かどうか、細かいことはサラッと抜きで。ひたすら前へと躍進、邁進、そういう歌を歌っていたか、と。
「分かったぞ、ジョミー。お前たちは…」
鈴木建設をやっていたのではなくて、あの歌が大切だったのだな、と言おうとしたのに。
「今もあの歌を歌っているか?」と、「いい歌だな」と褒めたかったのに…。
ジョミーの声は返らなかった。先に命が潰えてしまって、その魂は飛び去ったから。
(…最後まで、私は一人か…)
けれど、キースの唇に浮かんだ笑み。
ミュウの船で毎朝流れていた歌、あの歌は本当にいい歌だった、と。
ジョミーの跡を継ぐ青年だって、きっとあの歌を歌うだろうと。
何処までも生きて進んでくれと、この世界を、地球を、未来を頼むと。
「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」の精神で。
「悩みは無用、光を胸に」で、「大きな理想、挫けぬ心」で…。
ミュウたちの社歌・了
※真面目なんだか、ふざけてるのか、悩ましい話になったオチ。…キースのせいで。
作中の社歌は嘘ついてません、youtubeで「鈴木建設 社歌」と検索すると本物が出ます。
(もしかしたら、パパ…?)
そうだったのかな、とシロエが見詰める手の中。
小さなコンパス、磁石を使った初期型のもの。
このステーションに来てから間もない頃に、自分で作って持っているそれ。
(作り方を教えてくれた人…)
今は全く思い出せない、その人の顔。
男性だったか、女性だったのか、それさえも。
何処で教わったか、それも分からないまま。
学校だったか、家だったのかも分からないから、まるで無い手掛かり。
けれども、これを手に取った時に、スイと頭を掠めた思い。
父だったかも、と。
(…エネルゲイアは…)
技術関係のエキスパートを育てることを目標としていた、育英都市。
記憶はどんどん薄れてゆくけれど、そのくらいの情報は今も得られるから。
(…技術関係のエキスパートなら…)
きっと苦もなく作れるのだろう、コンパスくらい。
これよりももっと凝ったものでも、高度なものでも。
だから父でも不思議ではない、作り方を教えてくれた誰かは。
逆に言うなら、他の誰でも、おかしくないということだけれど。
学校の教師でも、近所に住んでいた誰かでも。
あるいは年上の友達でも。
父だったなら、と思いたい。
ピーターパンの本をくれた両親、今も大好きな父と母。
顔さえ思い出せなくなっても、好きだったことは忘れないから。
今も覚えているのだから。
(きっとパパが教えてくれたんだ…)
そう信じたなら、少し心が軽くなる。
コンパスの中には、父の思い出。
自分が忘れてしまっていたって、この手は父を覚えていたから。
こうして作る、とコンパスのことを覚えたままでいてくれたから。
(……パパ……)
パパだったよね、と尋ねてみたって、返らない答え。
コンパスは何も話しはしないし、エネルゲイアは遠いから。
父のいる家に、声が届きはしないから。
何処に在ったかも分からない家。
高層ビルとしか覚えていなくて、町の景色も思い出せない。
映像を見ても湧かない実感、何もかもが全部、偽物に見える。
機械だったら、映像くらいは簡単に処理してしまえるから。
偽の情報を混ぜていたって、誰も気付きはしないから。
(…機械の言うことは嘘ばかりだ…)
記憶を奪った成人検査も、あんな中身だとは自分は思いもしなかった。
誰もそうだと教えはしないし、一度も習いはしなかったから。
大人になるための節目の一つで、十四歳の誕生日。
目覚めの日と呼ばれる日がそうなのだと、旅立ちの日だと教わっただけ。
荷物を持っては行けないとだけ。
何もかもが嘘で塗り固められた、機械が支配している世界。
本当のことなど探せはしなくて、きっと一つも見付けられない。
自分の記憶が曖昧なように、世界そのものが曖昧だから。
真実はきっと、機械が隠しているだろうから。
(ぼくの家だって、捜せない…)
住所を覚えていないから。
家へ帰るための道順さえも、思い出すことが出来ないから。
覚えていたなら、このコンパスが役に立つのに。
エネルゲイアの町に立ったら、「こっち」と歩いてゆけるのに。
家が在った場所も分からなければ、両親の顔も思い出せない自分。
まるで迷子のロストボーイで、何もかも全部、機械のせい。
真実は伏せて、嘘ばかりの。
いいように嘘を教える機械の。
(…パパの名前だって…)
此処にデータはあるけれど、と呼び出した画面。
ステーションに着いて以来の自分の記録で、生年月日と両親の名前。
それを眺めてもピンと来ないし、赤の他人を見ているよう。
顔写真すらついていないから、ただの文字でしかないのだから。
(…コンパス、パパならいいんだけど…)
パパに教わったなら嬉しいけれど、と見詰める名前。
父だと言われればそうも思うし、違うと言われても「そうか」と思う。
そのくらい曖昧になっているのが、今の自分の両親の記憶。
誰かの記録と入れ替わっていても、丸ごと信じてしまいそうなほどに。
これが父かと、母の名前かと、しみじみと眺めていそうなほどに。
(……パパ……)
本当に思い出せないよ、と画面を見ていて気付いたこと。
コンパスの記憶は無いのだけれども、父の仕事は…。
(…凄く大事な研究だった…?)
そんな気がしてたまらない。
エネルゲイアでも屈指の技術者、そうでなければ研究者。
父が誇らしかったから。
いつか自分も父のように、と憧れたように思うから。
(だとしたら…)
嘘で固められた世界だけれども、真実を掴めるかもしれない。
父が優秀な技術者だったら、研究者だったというのなら。
(きっと何処かに、パパのデータが…)
あるに違いない、と閃いた。
いくら機械が隠し続けても、嘘をついても、消せない真実。
優秀な人間の名前や功績、それはデータが残るから。
SD体制の時代の分も、その前の分も。
子供相手なら隠せたとしても、大人社会への入口に立ったら、データは開示される筈。
それは役立つ情報だから。
誰がどういう研究をしたか、どういう成果を上げたのか。
(…パパの名前も…)
ある筈なんだ、とデータベースに打ち込んだ名前。
きっと故郷に繋がるから。
パスワードなどをくぐり抜けたら、懐かしい家にも辿り着けるから。
心を躍らせて打ち込んだ名前、此処で機械は嘘をつけない。
父の名前は父の名前で、他の誰かでは有り得ないから。
其処まで細かい細工はしないし、自分の名前は今も昔もセキ・レイ・シロエ。
(パパだって、セキ…)
ミスター・セキ、と呼ばれていた筈。
父の名前はきっとある筈、ミスター・セキでも、フルネームでも。
「エネルゲイア」と区切って入れた。「アタラクシア」も。
データベースに名前があるなら、これだけ絞れば、と。
ドキドキしながら出したコマンド、「この条件で探すように」と。
一瞬、明滅した画面。
そして出て来た、ミスター・セキの名。
父のフルネームも一緒にあるから、間違いなく父。
(パパだ…!)
ぼくのパパだ、と詳しいデータを表示させようとしたのだけれど。
いきなり住所は出ないとしたって、所属の部署や顔写真なら、と指示したけれど。
(…エラー…?)
嘘だ、と受けた衝撃。
ブロックされている父の情報、それは確かにある筈なのに。
データベースに存在するなら、開示されている筈なのに。
(…ぼくには引き出せないデータ…?)
自分がセキ・レイ・シロエだから。
養父の情報を引き出そうとして、アクセスしたと判断されて。
機械だったら、そのくらいのことはやりかねない。
この端末からマザー・イライザが来るのだから。
「どうしたのですか?」と呼ぶのだから。
きっとそうだ、と机に激しく叩き付けた拳。
せっかく此処まで辿り着いたのに、自分は先へと進めないのかと。
パスワードさえもくぐれないのかと、「セキ・レイ・シロエ」だから駄目なのかと。
またも機械にしてやられたから、目の前で父を隠されたから。
他の者なら引き出せるだろう、父の情報は開かないから。
(これも機械のやり方なんだ…)
許すもんか、と零れる涙。
此処まで自分で辿り着いたのに、やっと見付けた手掛かりなのに。
(何もかも、いつか思い出してやる…)
機械が此処までやるのだったら、自分が地球のトップに立って。
国家主席の地位に昇り詰めて、憎い機械を必ず止める。
「ぼくの記憶を全部返せ」と命令して。
記憶を全て取り戻したなら、「止まってしまえ」と機械に命じて。
その日が来たなら、懐かしい父を取り戻す。
優しかった母も、大好きだった家も。
(……パパ……)
ぼくは必ず帰るからね、と「ミスター・セキ」としか表示されない画面を閉じた。
父の名前しか表示されない、自分を拒否する憎い画面を。
そして眠ったシロエは知らない、エラーメッセージの本当の理由。
父の所属は、国家機密のMを扱う研究所。
サイオニック研究所は存在自体が極秘なのだと、国家機密だとシロエは知らない。
国家機密のエラーメッセージ、それをシロエは知らないから。
まだ学んではいなかったから。
知っていたなら、シロエは機械に従ったろうか?
父のデータを見られる日までは、逆らいながらもエリートの道を進んだろうか?
それは今でも分からないまま。
シロエは空へと飛び立ったから。
いつまでも、何処までも、自由に飛び続けられる広い空へと…。
隠された父・了
※シロエのお父さんのデータは捜せるんじゃないの、と一瞬、思った管理人ですけど。
所属している部署が悪かったっけ、と気付いたことから出来たお話。Mじゃ国家機密…。
シロエが持っているコンパスは捏造、「後は真っ直ぐ」に出て来ます。
