(えーっと…?)
ぼくの席は、とジョミーが見回したブリッジの中。そう、シャングリラの。
ソルジャー候補に指名された後、アッと言う間に出来上がって来たのがマントもセットになった制服。それは御大層で、何処から見たってブルーとお揃い。色違いで。
名実ともに立派なソルジャー候補だからして、今日、お披露目と相成った。
ブルーはベッドで伏せっているから、キャプテン・ハーレイの先導で。
広いシャングリラの中をあちこち回って、行く先々で浴びた厳しい視線。「あいつが悪い」と。
ソルジャー・ブルーが瀕死の状態なのも、先日食らった人類軍の攻撃だって。
それは反論出来ないのだから、忍の一字で耐え忍んだ。「仕方ないや」と。
冷たい視線や思念にも耐えて、もう文字通りに「お詫び行脚」といった様相。お披露目どころか「お詫び行脚」で、土下座しなくて済んだというのが不思議なくらい。
だから何度もハーレイに「よく分かったか」と念を押された。
「二度と同じ轍を踏んではならん」と、「考えて行動するように」と。
そういう「お詫び行脚」なお披露目、フィナーレを飾るのがブリッジなる場所。
シャングリラの心臓部とも言える場所だし、足を踏み入れるのは今日が初めて。公園からなら、何度も見上げていたけれど。
キムと喧嘩になった時にも、公園の端にブリッジは浮いていたのだけれど。
なんとも奇妙な構造のブリッジ、「方舟」という通称らしい。公園の上に浮いているから。
方舟、すなわち箱舟とも言う。
キャプテン・ハーレイが纏めている場所、ゼル機関長やブラウ航海長も詰める重要な所。此処で全ての指揮を執るから、部外者は当然、立ち入り禁止。たとえソルジャー候補でも。
ようやっと「お披露目」、これで今日からブリッジにも出入り自由になる。
それだけに、密かに期待していた。「ブリッジの面子は優しいだろう」と。
何故なら自分はソルジャー候補で、お披露目が済めば、そこそこの地位。…多分。
「お詫び行脚」で回った所の仲間たちはカンカンだったけれども、ブリッジクルーならば事情は違う。食堂だとか、農場だとか、そういった部署とは違うから。
シャングリラの航行から防御に攻撃、全部を一手に引き受けるのがブリッジなる場所。其処での叩き上げとなったら、きっと冷静なエリートばかり。感情で動きはしないだろうから。
(…でも…)
なんだか違う、と感じたブリッジ。
ソルジャー候補の自分が姿を見せたというのに、「どうぞ」と勧められない椅子。
只今、ソルジャー・ブルーは不在なのだし、彼のための席に座らせてくれても良さそうなのに。
朝から散々「お詫び行脚」で、流石に疲れて来ているのに…。
ちょっとくらい、と見回してみても、誰も「どうぞ」と言ってくれない。
「ソルジャーの席は此処ですから」とも言ってくれない、誰一人として。操舵士以外は、全員、椅子に座っているのに。
キャプテンの席らしい場所だけが空席、他はガッツリ満員御礼。
(…どうなってるわけ?)
座りたいのに、と思いながらも我慢した。お披露目が済めばきっと座れるだろうと。
なのに…。
「というわけだ、ジョミー。…明日からはマメに通うように」
皆にも顔を覚えて貰わないと、締め括ったのがキャプテン・ハーレイ、それでおしまい。説明を終えた彼まで座った、空いていた席に。予想通りのキャプテンの席に。
(…ぼくの席は?)
なんで無いわけ、と周りをキョロキョロ、もしかして、これは苛めだろうか?
なまじエリートが集う場所だけに、苛めも捻って来たのだろうか?
冷たい視線やヒソヒソ思念でいびる代わりに、「アンタの席はありませんよ」という苛め。
頭を冷やして来やがれだとか、「顔を洗って出直せや、ボケ!」と。
そんな罵声を浴びせられるより、この方がよほど堪えるから。…自分の居場所が無いという方がキツイに決まっているのだから。
(そういうことかあ…)
お詫び百回というわけね、と遅まきながら理解した。
きっと彼らが許さない限り、自分の席は無いのだろう。今日も、これから先だって。
何度ブリッジに通って来たって、華麗にスルーされるのだろう。
いくらソルジャー候補でも。…お披露目も済んで、赤いマントや白い上着を纏っていても。
(…けっこうヒドイ…)
エリートだけに容赦ないや、と思うけれども、自業自得というものだから。
勝手に船から出て行った上に、ソルジャー・ブルーを瀕死の状態に追い込み、このシャングリラだって派手に爆撃されてメチャクチャ。
何もかも自分がやったことだし、こういう苛めも充分、有り得る。
お詫び百回、あるいは千回。
ブリッジクルーが、キャプテンが、それに機関長たちが自分を許してくれない限りは…。
(…ずっと席は無し…)
分かりましたよ、と背中で泣いて、肩を落としてブリッジを出た。「すみませんでした」と。
「明日からきちんと通って来ます」と、「色々教えて下さい」と。
そんな次第で、翌日から真面目に通うことにした。
船の心臓部たる大事なブリッジ、其処で総スカンを食らい続けては堪らないから。
これがブルーの耳に入れば、きっと叱られるだろうから。「君の反省が足りないからだ」と。
だから毎日通っているのに、せっせと顔を出し続けるのに…。
(…今日も「どうぞ」って言ってくれない…)
駄目だ、と俯くしかない状態。今日も今日とて立ちっ放しで、ただ見学しか無いのだろう。誰も教えてくれないから。「習うより慣れろ」らしいから。
(…此処も針の筵…)
何処もキツイよ、と涙ぐんでいたら、立ち上がったのがハロルドで。
(あそこ、譲ってくれるわけ?)
ひょっとしたら、と嬉しくなった。ソルジャー・ブルーの席でなくても、この際、無いよりマシだから。コアブリッジと呼ばれる部分の席でなくても、無いよりはマシ。
そう、ソルジャー・ブルーの席というのは…。
(…ヤエかキムかが座ってるトコ…)
どっちかなんだ、と分かっている。ブリッジの中央、キャプテンなどの席がある円形の場所。
其処に設けられたシートのどれかが、ソルジャー・ブルーの席というヤツ。
今は苛めで別の誰かが座って封鎖で、ヤエかキムかが「余計な面子」。
残念なことに、ハロルドの席はコアブリッジではないけれど…。
(譲ってくれる人が出て来ただけマシ…)
雰囲気がちょっと和らぐよね、と考えたのに。「どうぞ」の言葉を待ち受けたのに。
「…すみません。高野山に行って来ます」
「ああ、分かった」
それがハロルドとキャプテンの会話、姿を消してしまったハロルド。彼の持ち場は空席のまま。
(…コウヤサン?)
なんだそれ、と不思議だけれども、きっと教えて貰えない。現に説明は無いわけだから。
(こうやさん…???)
聞いたこともない言葉だよね、と悩む間に戻ったハロルド。元の席へとストンと座って、綺麗に無視を食らってしまった。立ち上がった時と同じように。
(やっぱり駄目かあ…)
そう簡単にいくわけないか、と心底ガッカリ、おまけに謎の言葉も増えた。「コウヤサン」と。
次の日からも椅子は貰えないままで、突っ立っていると、たまに聞こえる「コウヤサン」。
「行って来ます」と立ってゆく面々、シドが行った時は操舵を別の者が代わった。
きっと重大な何かだろうと予想はついても、分からない場所が「コウヤサン」。
なんとも謎だ、と思い続けて、椅子無しの日々も続いていって…。
ある日、同じに立ちっ放しでブリッジにいたら、急に行きたくなったのがトイレ。
(…ヤバイ、ジュースを飲み過ぎたかな…)
訓練の後に喉が渇いたから、食堂でガブ飲みして来たジュース。それの報いがトイレなわけで、さりとて離れられないブリッジ。来てから半時間も経っていないわけだし、まだ帰れない。
(帰ったら、心象最悪だよね…)
此処で行くしかないだろう。誰もトイレに立たないけれども、逃げるよりかはマシなのだから。
でも…。
(…何処がトイレなわけ?)
困った、と其処で躓いた。ブリッジに詰めて長いというのに、教わっていないトイレの場所。
今日まで誰も行っていないし、「習うより慣れろ」も役に立たない。
(…それっぽい場所が無いんだけど…)
どう見回しても見当たらないのが個室へのドアで、トイレの扉。
そうこうする間も迫り来る危機、真面目にトイレがピンチだから。もう行きたくて堪らない上、誰も助けてくれないから。
(…どうせ、無視されまくりなんだし…)
今でも苛められてるんだし、と腹を括った。訊くは一時の恥と言うから、もうヤケクソで。
恥の上塗りになってしまおうが、トイレに間に合わないよりはマシ、と。
どうとでもなれ、と叫んだ一声。もう思い切り、腹を括って大声で。
「トイレ、行きたいんだけど!!」
途端に凍り付いたブリッジ、誰もが「えっ」と目を剥いた。「なんということを」という顔で。
「ジョミー、それは…」
いけません、とエラが眉を顰めるけれども、問答している暇は無いから。
「トイレだってば、何処にあるわけ!?」
もう持たないよ、と絶叫したら、「仕方ないな…」と立ち上がったのがハーレイで。
「来たまえ、ジョミー。…こっちだ」
これもキャプテンの仕事だろう、と連れてゆかれたブリッジの外。通路を少し進んだ所で、顎で促された扉が一つ。「入って右が男性用だ」と。
「ありがとう、キャプテン!!」
真面目にピンチ、と走り込んだトイレ、すっきりしてから「フウ…」と通路に出て来たら。
「…ジョミー。あれだけブリッジに通っていたのに、何も学ばなかったのか?」
まったく、と腕を組んでいるのがハーレイ、眉間の皺がバッチリ深め。
「え、えっと…? トイレが此処にあることとか…?」
すみません、と頭を下げたら、「それだけじゃない!」と叱られた。
「何がトイレだ、場を弁えろ!!」
高野山と言え、と睨んだハーレイ、いや、キャプテン。謎の「コウヤサン」は、どうもトイレのことらしい。どうしてトイレが高野山なのか、まるで全く分からないけれど。
「夜に私の部屋まで来るように」と言い渡されたのが通路でのことで、ハーレイと戻って行ったブリッジは、文字通りに雰囲気最悪だった。「信じられない」と。
あっちでヒソヒソ、こっちでコソコソ、飛び交う思念とチラチラ目線。
「神聖なブリッジでトイレだなんて」と、「高野山も知らなかったのか」と。
(…なんでトイレが高野山なわけ?)
それにトイレが無いってどうして、と思うけれども、言う度胸ゼロ。
此処はシャングリラの心臓なのだし、トイレがあっても良さそうなのに。むしろ無い方が変だと思うし、トイレの度に外に出るのは非効率的だと思うのに。
(…真面目に謎だよ…)
なんか色々、とグルグル悩み続けて、なんとか終えた本日のブリッジ。立ちっ放しの刑のこと。
トイレ騒ぎで、また一歩、椅子が遠のいた。…ソルジャー・ブルーの席に座れる日が。
(ヤエかキムかの、どっちかの席…)
その辺なんだと思うけどな、と考えたって仕方ない。「どうぞ」と言ってくれない内は。
トイレの件で更にイメージ悪化で、きっと当分、座れはしない。
口うるさいエラはカンカンだったし、ブリッジクルーも露骨に呆れていたのだから。
(……ぼくの印象、最悪だよ……)
今日までに稼いだポイントはパアで、またゼロからのやり直し。下手をしたなら、ゼロより下のマイナスからになるだろう。
キャプテンの部屋に呼び出しなのだし、マイナスかも…、と項垂れながら訪ねた部屋。扉の横のチャイムを押したら、「入れ」と声が返ったから…。
「昼間はすみませんでした…!」
とにかく詫びろ、と入るなり謝罪、「ごめんなさい」を連呼しまくった。泣きの涙で押した方がいいと考えたから。まだ駆け出しのソルジャー候補、とアピールするのが良さそうだから。
作戦は上手くいったらしくて、「座りたまえ」と勧められた椅子。此処は座ってもいいらしい。
助かった、と腰を下ろしたら、「いいか、ブリッジはシャングリラの顔だ」と見据えられた。
「あそこが船の中枢だ。イメージは守らねばならん」
「…え?」
イメージって、とキョトンとしたのだけれども、ハーレイは真顔。
「…イメージだ。船の顔であるカッコイイ場所、そんな所にトイレは作れん」
だからブリッジにトイレなど無い、というのが解説、ブリッジクルーもトイレに立たないという話。誰一人トイレに行きはしないし、ブリッジにトイレは存在しない。
船の仲間たちの憧れの職場、ブリッジクルーがトイレの代わりに行く場所は…。
「……こうやさん……?」
それって何、と訊き返したら、「高野山だ」という返事。遠い昔の地球の島国、日本で使われたトイレを指す言葉。ブリッジクルーだけが使う言葉で、他の仲間は意味を知らない、と。
「…そ、そんな…」
そこまでなわけ、とポカンと瞳を見開いていたら、「当然だろう」と答えたハーレイ。
同じ理屈で、ソルジャーの席もブリッジには存在しないのだ、と。
「よく聞け、ジョミー。…ブリッジですらも、トイレは無いという扱いだ」
船の顔のブリッジにトイレが無いなら、船を導くソルジャーともなれば尚更だろう。
高野山という言葉を使っていたって、ブリッジクルーには意味が通じる。
もしもソルジャーが「高野山に行ってくる」と席を立たれたら、どうなるか…。
ソルジャーがトイレに行かれるなどは、有り得ない。…美形はトイレに行かないものだ。
ブリッジにソルジャーの席が無ければ、滞在時間は当然、短い。
…今日の君のように「トイレ!」と叫んで飛び出さなくても、余裕たっぷりというわけだ。
ソルジャーはブリッジに長居をなさらないからな、と畳み掛けられたトイレ事情。
つまりは、やたら麗しい超絶美形な、ソルジャー・ブルーのイメージを守るためにだけ…。
「…ブリッジに席は無いっていうわけ、ソルジャー用の!?」
「そうなるな。…君の代でイメージを崩したいなら、また、その時に考えよう」
高野山に行く度胸があるなら、ソルジャーの席を新設してもいい。
ただし、よくよく考えるんだな、船の仲間やブリッジクルーが君のイメージをどう捉えるか。
「ソルジャー・ブルーはトイレにも行かれなかったが、今度のソルジャーは…」と嘆く者たちも出ることだろう。…其処までは私も責任は持てん。
いいな、と念を押されたジョミーは、船の恐ろしさを思い知った。
言われてみれば、青の間にしても、目立たない所に隠されているのがバスルーム。あの部屋には存在しないとばかりに、青の間の奥の暗がりに。…言われなければ気付かない場所に。
(…美形はトイレに行かないんだ…)
だからブリッジにソルジャー用の席は無くて…、と自分の部屋で折ってゆく指。
ソルジャーはトイレに行かないどころか、ブリッジは船の顔なのだから…。
(…ブリッジクルーも、トイレなんかは行かなくて…)
あのカッコイイ、公園の上に浮いた方舟、其処にトイレは備わっていない。
トイレに行くならブリッジから出て、その時にトイレだと知らせるための言葉が…。
(……高野山……)
恐ろしすぎだ、と思うけれども、船のルールは社会のルール。船だけが全てのミュウだから。
自分の代でルールを変えたら、きっと陰口満載だから…。
(…ブリッジにソルジャーの席は無いんだ…)
これから先も作っちゃ駄目だ、とブルッたジョミー。
後に宇宙を流離った時に、彼がブリッジに顔を出さなかったのも無理はない。
「美形はトイレに行かないものだ」と食らった上に、「ブリッジは船の顔だ」と、強烈な言葉。
イメージ戦略が第一な船で、迂闊に行ったら血を見そうだから。
そうでなくてもソルジャー専用の席は無いから、それがシャングリラの鉄則だから…。
ソルジャーの席・了
※アニテラ放映当時から気になっていたのが、ブリッジにソルジャーの席が無い件。
いったいどういう理由なんだか、と思った途端に「高野山」。美形にトイレは不要だとか。
(すまない、って言ったよね…?)
確かに言った、とジョミーが捉えたソルジャー・ブルーの言葉尻。
あの時、ぼくは聞いたんだから、と。
アルテメシアの遥か上空、其処から落下して行ったブルー。力が尽きて、意識を失くして。
けれど意識が消えるよりも前に、彼が自分に残した言葉。思念と呼ぶのが正しいけれど。
「ジョミー、すまない…。君を選んで…」
心から…すまなく…思って…いる…。
そう言い残して落ちて行ったのがブルー、懸命に追い掛けて彼を救った。
服が燃えるのもかまわずに。なんとか彼を助けなければと、「ソルジャー、生きて!」と。
頑張った甲斐はあったけれども、ブルーの命は救えたけれど…。
(…針の筵で、四面楚歌で…)
此処の居心地、真面目に最悪、と愚痴りたい気分。
自業自得だからと諦めていても、やっぱり零れてしまう溜息、毎日が辛くてたまらない。
おまけにソルジャー候補とやらで、サイオンの訓練メニューがガンガン。長老たちのシゴキが半端ない日々、過労死しそうな雰囲気の船、シャングリラ。
いくら頑張っても、残業手当も出ないから。居残り上等、もっと頑張れとしごかれるから。
ブラック企業も真っ青な勢い、かてて加えて…。
(…ヤケ食いしたくても、何も無いんだよ…!)
せめてヤケ食い出来たならば、と溢れる涙。アタラクシアの家にいた頃だったら、ヤケ食いは当たり前だったから。
学校で教師に叱られた時は、食べて食べまくっていたものだから。
(ポテトチップスに、ハンバーガーに…)
なんで無いわけ、と怒鳴りたい船がシャングリラ。
それっぽいブツはあるのだけれども、何処から見たってパチモノばかり。同じポテチでもこうも違うかと、ハンバーガーはこうじゃないんだ、と。
ヤケ食いだって出来やしない、と今夜も怒っていたけれど。
ベッドの上で膝を抱えて、昔だったら食べまくれた物を思い出しては、今の自分の境遇を嘆いていたのだけれど…。
(心からすまなく思ってるんなら…)
ちょっと何とかして欲しいよね、と逸れた矛先。
なんと言ってもソルジャー・ブルーは、ソルジャーだから。船で一番偉いのだから。
(ヤケ食い用のポテチくらいは…)
用立ててくれてもいいじゃないか、という気がして来た。このシャングリラにはパチモノが溢れているのだけれども、船の外なら本物のポテチがある世界。アタラクシアも、エネルゲイアも。
(リオが普通に自転車で走っていたんだし…)
この船の制服でもなかったし、とアタラクシアに帰った日の光景が鮮明に蘇る。
ダテ眼鏡までかけていたのがリオだし、チャリンコだって持っていた。つまりは船の外の世界で色々調達できるということ。
(眼鏡とか、自転車に比べたら…)
ポテチくらいは楽勝だよね、と考えてみるポテトチップスの値段。眼鏡一つで幾つ買えるか、自転車だったら、どのくらい…、と。
(きっと山ほど…)
ベッドの上にドッサリ並べられそうなポテチ。自転車一台分の値段で、眼鏡一つの分の値段で。
ハンバーガーだって買えるだろうし、他にも色々手に入る筈。
実際、自転車はあったのだから。リオのダテ眼鏡も、普通の服も、靴も。
(ああいう予算を決めているのも…)
ソルジャー・ブルーに違いない。今回の作戦用にこれだけ、と決めて渡すのだろう小遣い。予算と呼ぶかもしれないけれど。
だったら、自分もちょっぴり優遇して欲しい。
なにしろソルジャー候補なのだし、連れて来たのもソルジャー・ブルーなのだから。
心からすまなく思っているなら、ヤケ食い用に予算ちょっぴり、ポテチに、それに…。
ハンバーガーだっていける筈だ、と思い立ったが吉日のジョミー。
来る日も来る日も、ブラック企業な船でエライ目に遭っているから。残業手当も出ない船だし、居残り上等でシゴキ三昧の毎日だから。
「ソルジャー・ブルー!!」
起きてますか、と突撃したのがソルジャーの部屋。いわゆる青の間、普通のミュウなら、恐れ多くて入れない部屋。其処へドカドカ踏み込んで行って、スロープも一気に駆け上って。
「…ジョミー?」
どうしたんだい、とベッドに寝ていたブルーが目を開けたものだから…。
「お小遣い、出して欲しいんだけど!」
「…お小遣い?」
オウム返しに訊き返したブルー、怪訝そうな顔に向かって言い放った。
「言ったよね、すまなく思っているって!!」
「…は?」
寝起きだからか、イマイチ分かっていないらしいブルー。確かに「すまない」と言ったくせに。
「だーかーらー! ブルー、言ったと思うんだけど!」
心からすまなく思っている、と言った筈だ、と繰り返したら。
「ああ、あの時…。それで?」
どうお小遣いに繋がるんだい、と物分かりが悪いのがソルジャー・ブルー。こんなブラック企業の船に、自分が連れて来たくせに。
「お小遣いだよ、ぼくの分の!」
ビタ一文だって貰っていない、とブチまけた。来る日も来る日も苦労ばかりで、残業だって当たり前だと。なのに残業手当は出ないし、居残ったってタダ働きだ、と。
「…なるほどね…。ぼくが連れて来たせいで、そうなったと…」
すまなく思っているのだったら、お小遣いをくれということなのか、と理解したらしい、船で一番偉い人。予算を出せと言うことか、と。
「そうだよ! 今のままだと、ヤケ食いだって出来ないんだから!」
ポテチも、それにハンバーガーも、と叫んだら。
「…どちらも船にあると思うが?」
「この船のヤツは、ぼくから見たらパチモノだから!」
なんちゃってポテチでハンバーガーだ、と怒鳴ってやった。本物のポテチはもっと美味しいと、人類の世界のハンバーガー最高と、ホットドッグもピザも外の世界のヤツに限ると。
「すまない…。船ではあれが限界で…」
君は知らないかもしれないが…。この船では酒も合成なんだよ、だからどうしても…。
味が落ちるのは仕方ない、と言って貰っても納得出来ない。リオはダテ眼鏡をかけていた上、自転車にだって乗っていたから。普通の服も着ていたから。
「やればなんとか出来る筈だよ!」
ソルジャー候補のお小遣いくらい、と食い下がってゴネて、頑張って…。
「…分かった。いくら欲しい?」
「えーっと…。家にいた時のお小遣いがアレだから…」
働いてる分と残業代と…、と破格の金額を請求した。家にいた頃なら一年分に相当する額、それが一ヶ月分のお小遣い、と。
ソルジャー候補なら危険手当もつくのだろうし、他にも色々、と思い付く限り。
危険物取扱者に爆発物処理資格はまだいいとしても、勢いに乗って、フグの調理師免許まで。
「……フグねえ……」
まあ、危険ではあるだろう、と重々しく頷いたソルジャー・ブルー。
それなら予算を出してやるから、お小遣いの額に相応しい働きをしてくれたまえ、と。
かくしてジョミーは凄い予算を勝ち取った。
教育ステーションを卒業したての新人だったら、貰える筈もない額を。下手をしたなら、もう少し後に出会うキースの初任給より高かったかもしれないお小遣いを。
(これから毎月…)
こんなに沢山貰えるわけで、とホクホクのジョミー。
読みの通りに、ソルジャー・ブルーは船の金庫を握っていたから。青の間の奥にドッサリ置いてあった現ナマ、そこから束で貰えたから。
(もう明日からは…)
好きなだけポテチ食べ放題で、ハンバーガーにピザにホットドッグ、とスキップしながら青の間を後にしたジョミー。
「頑張ります」とブルーに約束をして。「一筆入れろ」と睨まれたから、サインもして。
明日からヤケ食いし放題だし、サインくらいはお安い御用。
(どんなにシゴキが凄くったって…)
残業に居残り上等だって、と弾む足取り、本物のポテチが待っているから。ハンバーガーだって食べられるわけで、これだけあったら食べ放題の日々だから。
けれど…。
(…フグの調理師免許を取りたいと…)
他のはともかく、フグを何処から調達しようか、とソルジャー・ブルーが浮かべている笑み。
シャングリラにフグはいないわけだし、誰かを派遣しなければ、と。
市場までフグを買いに行くために、シャングリラの外の世界まで。人類が暮らす育英都市へ。
(…ジョミーの頭は、そこまで回っていなかったしね?)
本物のポテチを買いに行けるのはいつのことやら、とクスクスと笑うソルジャー・ブルーは、ダテに長生きしていなかった。
予算はサラッと出したけれども、それに見合った働きに期待。
いつかジョミーが自分の力で、ポテチやハンバーガーをサクッと買いに出掛けるくらいの腕前、瞬間移動その他を頑張るようにと。
テラズ・ナンバー・ファイブの監視もサラッとくぐって買い食いを、と。
(危険物取扱者に、爆発物処理…)
その辺はハードル高めだからして、まずは調理師免許から。…フグの。
ジョミーは一筆入れて行ったし、この先は文句は言わせない。爆発物処理も、他の訓練だって。
(心からすまなく思っているから…)
あれだけ出してやったんだ、とソルジャー・ブルーは明日の朝イチでリオを呼ぶつもりだった。
「すまないが、フグを買って来てくれたまえ」と。
ジョミーはこれから頑張るらしいし、とにかく最初はフグなんだよ、と…。
勝ち取った予算・了
※ブラック企業なシャングリラ。お小遣いを貰っても、使える場所が無いんですけど…。
読み間違えたらしい、ジョミーの悲劇。明日からフグを捌くようです、頑張れとしか…。
(…嘘だ…)
どうしてこんなことに、とシロエが呆然と見詰めるもの。
膝の上に一冊、大切なピーターパンの本。幼かった頃に両親がくれた宝物だけれど。
今もこうして持っているけれど、問題は…。
(…パパもママも…)
ぼくの家も、と眺めた暗い窓の外。漆黒の宇宙。瞬かない星が散らばるだけの。
強化ガラスの窓に映った自分の顔。気付けば宇宙船の中。
故郷の星は何処へ行ったのか、アルテメシアをいつ離れたのか。自分が育ったエネルゲイアも、後にしたという記憶が無い。
気付けば船の中にいただけ。他の子供たちと一緒に座って、運ばれる途中だっただけ。
ピーターパンの本だけを持って。…他には何も持たないままで。
(…ぼくの記憶…)
忘れなさい、と命じた機械。「捨てなさい」と冷たく言い放った機械。
テラズ・ナンバー・ファイブと名乗った異形のコンピューター。
それが何もかも奪ってしまった、大切なものを。
目覚めの日までの人生の全て、子供時代の何もかもを。
(思い出せないよ…)
何度試みても、何度挑んでも。
掴もうと何度探ってみたって、まるで取り戻せない沢山の記憶。
大好きだった両親の顔も、育った家も。
自分の家が何処にあったか、そんな基本のことでさえも。
何もかも全部奪われたんだ、と見詰めるピーターパンの本。
「ぼくにはこれしか残らなかった」と、「全部失くした」と。
ぱらりとページをめくってみたって、戻っては来ない失くした記憶。
機械が奪ってしまった記憶。
(二つ目の角を右に曲がって…)
後は朝までずうっと真っ直ぐ、そうすれば行けるネバーランド。
行き方は本に書いてあるけれど、自分の家への帰り方は何処にも載っていなくて。
(…パパ、ママ…)
家に帰りたいよ、と零れそうな涙を指で拭ったら。
「食事ですよ」
何にしますか、と笑顔で覗き込まれた。
船の乗員らしい女性に、制服を着た若い一人に。
肉料理がいいか、魚料理にするか。それとも肉や魚は抜きか。
「えっと…」
今はそういう場合では、と途惑いながら顔を上げたら、微笑んだ女性。
「あらまあ…。ピーターパンの本ね、昔、読んだわ」
にこやかに語り掛けられた。
成人検査を終えたばかりで不安だろうと、けれども、誰でもそんなものだと。
そして親切に見せて貰えた、「特別よ?」と。
肉料理はこれで、魚料理はこれ。肉も魚も抜きの食事はこれになるの、と。
「どれでもいいわよ」と言って貰えたから、「これ…」と指差したトレイの一つ。
女性はテーブルをセットしてくれて、「どうぞ」とトレイを上に乗せてくれた。
「本を汚さないように気を付けてね」と、「はい」と膝の上にナプキンだって。
とても優しくしてくれた女性。
「船にいる間は何でも言ってね」と、「困った時には呼んで頂戴」と。
ホッと一息つけた瞬間。
優しい人だって乗っているのだと、誰もが悪人ばかりではないと。
悪いのは機械、記憶を奪った憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブ。
けれど…。
(…E-1077…)
この宇宙船が向かってゆく先。エリートを育てる最高学府。
其処に着いたら、何もかもが変わってしまうのだろう。
さっきの優しかった女性は、ただの客船の乗務員。エリートなどではない人種。
(…そんな人だから、優しいんだ…)
足の引っ張り合いなどは無いし、トップ争いをする世界でもない。
失くしてしまった父や母がいた、あの懐かしい故郷と同じ。穏やかに時が流れる世界。
(…船を降りたら…)
きっと全く違う世界があるのだろう。
両親や故郷の記憶さえをも、消し去ってまでも馴染むべき世界。
毎日がエリート同士の戦い、ライバル同士で蹴り落としたり、引き摺り落としたり。
(……嫌だ……)
そんな所には行きたくないよ、と思うけれども、決められた進路。
機械が勝手に決めてしまって、もう引き返せはしない道。
どんなに嫌だと泣き叫んだって、この船で泣いて暴れてみたって。
(…ネバーランドに行きたかったのに…)
ネバーランドよりも素敵な地球へ、と今も覚えている自分の夢。
それはすっかり狂ってしまって、気付けば独り、宇宙船の中。
他に乗っている子供たちも皆、ぼんやりとした様子だけれど。
言葉も交わさず、黙々と食事の最中だけれど…。
(…みんな、ライバル…)
この船がステーションに着いたら。
E-1077に着いて降りたら、誰もがライバル。
其処はそういう場所だから。エリートのための教育ステーションだから。
エリートになるより、あのまま故郷に、エネルゲイアにいたかった。
父と母のいる家でずっと過ごして、いつかはネバーランドへも。
(ぼくの本…)
この本だけは持って来られた、とピーターパンの本を抱き締めたけれど。
食事の途中で抱き締めていたら、さっきの女性が通路を通って行ったけれども。
「とても大切な本なのね?」と、「汚さないように気を付けてね」と。
優しい言葉に「うん!」と大きく頷いたけれど、考えてみれば。
(…E-1077…)
エリートが足を引っ張り合う場所、そんな所でピーターパンの本を大事にしていたら。
大切に抱えて持っていたなら、いったい何を言われることか。
(きっと、馬鹿にされて…)
この本をくれた両親のことも、嘲笑われるに違いない。
「そんなの、子供が読む本なんだぜ」と、「見ろよ、こんなの持ってやがる」と。
甘やかされて育ったんだと、だから子供の本なんか、と。
とてもエリートに見えはしないと、こんな子供を育てた親も愚かな親に違いない、と。
(ぼくのパパは…)
凄いパパだったのに、と思うけれども、思い出せない父の職業。
研究者だったか、技術者だったか、その区別さえも。
優しかった母も思い出せない、顔立ちも、瞳の色でさえも。
(…パパ、ママ…)
ぼくは怖い所に連れて行かれる、と抱き締めたピーターパンの本。
優しい人なんか誰もいなくて、怖い人ばかりに違いないよ、と。
友達だって出来はしなくて、誰もかも、皆、ライバルばかり。
何かと言ったら競い合いで喧嘩、そんな所に行かされるんだ、と。
(…どうしたらいいの?)
怖いよ、と唇を噛んでみたって、降りることは出来ない宇宙船。
エネルゲイアに帰れはしなくて、船の乗務員の優しい女性ともお別れで…。
記憶を失くしてしまったことも悲しいけれども、これから先の自分の運命。
それが怖くてたまらない。
きっと自分は上手くやってはゆけないから。
父と母が大好きで、ピーターパンの本が宝物の子は、苛められて酷い目に遭うだろうから。
「お前なんか」と、「なんだよ、まるで子供じゃねえか」と。
「パパとママの家に帰ったら?」だとか、「子供はとっくに寝る時間だぜ?」だとか。
帰れるものなら帰りたいのに。
両親の家に帰りたいのに、子供のままでいたかったのに。
(だけど、ステーションじゃ…)
そんな子供は苛められる、と本を抱き締める間に、「食事はいいの?」と尋ねられた。
「殆ど食べていないわよ?」と、さっきの女性に。
「…大丈夫…。ぼく、あんまり…」
食べたい気分にならないから、と彼女に返した食事のトレイ。
暫く経ったら、籠を手にして来てくれた女性。
「ほら、キャンディー」と、「後でお腹が空くだろうから、好きなだけ取って」と。
その優しさがとても嬉しくて、「ありがとう!」と沢山貰ったキャンディー。
ストロベリーやら、レモン味やら、他にも色々。
包み紙を剥がして、一つ口に入れて。
(…あの人とだって、じきにお別れ…)
そしてとっても怖い所へ、と震わせた肩。
父と母が好きな子供は苛められる世界、ピーターパンの本が馬鹿にされる世界。
其処へ自分は連れてゆかれると、どうすれば生きてゆけるのかと。
(パパもママもいなくて…)
ピーターパンの本も、持っているだけで馬鹿にされて…、と震える間に閃いたこと。
馬鹿にされるなら、そうならなければいいのだと。
揚げ足を取られなければいいと、自分が隙さえ見せなければ、と。
(…攻撃は最大の防御だっけ…?)
そういう言葉を何処で聞いたか、あるいは本で読んだのだろうか。
とにかく先に攻撃すること、それが自分を守ることになる。
E-1077が怖い場所なら、自分から打って出ればいい。
誰も自分を襲えないよう、自分が強くなればいい。
(…ぼくの中身は弱いままでも…)
父と母が好きで、ピーターパンの本が宝物でも、それがバレなければオールオッケー。
噛み付かれる前にガブリと噛んだら、蹴られる前に蹴り飛ばしたら。
(…そういうヤツだ、って思われたなら…)
誰も自分に寄って来ないし、バレるリスクが低くなる筈。
話し掛けようとする者が減ったら、減った分だけ。
会話の数が減っていったら、その分だけ。
(…嫌がられるヤツになればいいんだ…)
何かといったら皮肉ばかりで、憎まれ口を叩くキャラ。
そういう自分を作り上げたら、誰も近付いては来ない筈。
ピーターパンの本を持っていたって、指摘されたら、「ああ、これ?」とフンと鼻で嗤って。
「ちょっとした事故で、ぼくの持ち物になっちゃってさ」と、「捨てるのもね?」と。
「ゴミに出すより、持っていたならプレミアがつくかもしれないから」と。
いつか高値がついた時には、売り飛ばして儲けるんだから、と。
(君たちには真似が出来ないだろ、って…)
持っていない物は売れないもんね、と唇に浮かべた微かな笑み。
嫌な人間になってやろうと、攻撃は最大の防御だから、と。
(…この船を降りたら…)
とても嫌がられる生意気なヤツになってやる、と固めた決意。
ついでに機械にも嫌われてやると、生意気なシロエに手を焼くがいい、と。
かくして出来上がったのが、皮肉屋で嫌味を飛ばしまくりのシロエ。
乗って来た船を降りる時には、例の女性に「ありがとう」と御礼を言っていたのに。
とても素直な子だったのに。
新入生ガイダンスの時にホールにいたのは、とびきり「嫌なヤツ」だった。
「さあ、手を取り合いたまえ。共に地球を構成する仲間たちよ」
そう促したのがガイダンスで流れた映像だったけれども、それに応えて伸ばされた手。
隣の男子が「よろしく」と差し出した手を、「触らないでくれる?」と払いのけたシロエ。
「君の手、なんだか汗っぽいから」と、「気持ち悪いね」と。
それがシロエの第一声。
周りの新入生たちはドン引き、誰も怖くて近寄れなかった。「なんてヤツだ」と。
ガイダンスでそうやってのけたら、後は闇雲に突っ走るだけ。
誰もに憎まれ口を叩いて、皮肉と嫌味をガンガン飛ばして。
(…ぼくに触ると…)
火傷するって覚えておけよ、とシロエのキャラは見事に変わった。
ただし外面、中身は今でも…。
(…パパ、ママ…)
帰りたいよ、と部屋で抱き締める大切なピーターパンの本。
けれども部屋から一歩出たなら嫌味MAX、誰もに喧嘩を売ってばかりの嫌なヤツ。
攻撃は最大の防御だから、と頑張りまくって、嫌われまくり。
それがシロエの狙いなのだし、思い切り成功しているけれど…。
(高校デビュー…)
あれは死語だと思っていたのに、と溜息をつくマザー・イライザ。
ミュウ因子を持つシロエを此処まで連れて来たけれど、まさか高校デビューするとは、と。
もうちょっとばかり苦労するかと、馴染めずに泣きが入ると踏んでいたのに、と。
(…この調子だと…)
いい感じにキースに喧嘩を売りそうだけれど、帳尻は合ってくれそうだけれど。
もう少しばかり弱いキャラかと、まさか自分のキャラを変えるとは、と。
溜息をつくマザー・イライザ、機械にも読めなかったこと。
SD体制の時代に高校デビュー、それを華麗に果たしたシロエ。
高校ではなくて教育ステーションだけれど、最高学府と名高いEー1077だけれど。
それでも果敢に高校デビュー。
キャラを切り替えたシロエは今日も嫌味MAX、同級生に売っている喧嘩。
「君たちなんかと組まされた、ぼくの身にもなってよ」と。
「足を引っ張って欲しくないね」と、寄るな触るなと嫌われ者オーラ全開で…。
反逆のシロエ・了
※子供時代は可愛かったシロエ。どう転がったら、あのクソ生意気なキャラになるやら…。
ふと思い出した言葉が「高校デビュー」、そういうことなら仕方ない、うん。
(伝説のタイプ・ブルー…)
あれがオリジン、とキースの脳裏に浮かんだ顔。
旗艦エンデュミオンの一室、指揮官用にと設えられた部屋で。
モビー・ディックの中で出会ったアルビノの男、ソルジャー・ブルー。
実在するとは思わなかった。
今もなお生きていたなどとは。
かつて確かに存在したモノ、けれど途絶えたその痕跡。
モビー・ディックがアルテメシアを離れた後には、掴めなくなった彼の消息。
(…ジョミー・マーキス・シンの方なら…)
自分も確かにこの目で見たから、ジルベスター星系に来る前に既に知っていた。
ソルジャー・ブルーの次のソルジャー、ミュウの長だと。
彼が自らそう名乗ったから、E-1077を思念波攻撃した時に。
あの頃、自分は知らなかったM。ミュウを示す言葉。
メンバーズとしてミュウを学ぶまでには、暫くかかった。
其処で教えられた、ソルジャー・ブルー。
彼が最初に発見されたと、最強のタイプ・ブルーだったと。
ただし、アルテメシアを出てゆくまでは。
それよりも後の消息は不明、恐らく死亡したのだろうと。
今のミュウの長は、別人だから。
ジョミー・マーキス・シンなのだから。
モビー・ディックに囚われてからも、その名を耳にしなかった。
だから「いない」と信じていた。
もう死んだのだと、過去のものだと。
彼がどれほど強かろうとも、死んだのでは何の意味もない。
敵として出会うことなどは無いし、今のソルジャーでは足りない手応え。
伝説の男は強かったろうかと、それとも彼もこの程度かと嗤ってもいた。
(…いくら私を捕えても…)
心を読むことも出来ない男が、ソルジャー・シン。
ミュウの長でも、その程度。
子供を使って入り込むのが精一杯。
それ以上のことは出来はしないと、自分の敵とも言えはしないと。
何も情報を引き出せないなら、ミュウに勝機は無いのだから。
たとえ自分を殺したとしても、代わりは幾らでもいるのだから。
そう思ったから、嘲笑ったミュウ。
いずれ殲滅されるだろうと、その人柱でもかまわないと。
自分の消息が此処で消えたら、次は艦隊がやって来るから。
有無を言わさず殲滅するから、そうなるのを待っているがいいと。
(…だが、あの男…)
死んだとばかり思った男。
伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルー。
彼に出会って、負けを悟った。
勝てはしないと、自分の負けだと。
たまたま運良く生き残れただけ、ミュウの女が何かしただけ。
どういうわけだか自分を庇った、同じ記憶を持つ女。
あれが自分を庇わなければ、きっと殺されていただろう。
防ぐ間も無く、あの一瞬で。
頭の中身を木っ端微塵に打ち砕かれたか、心臓を握り潰されたか。
そんな所だと分かっている。
「アレなら出来る」と、「私の力では防げなかった」と。
彼がそうすると読めなかったから。
殺意の欠片も見せることなく、あの男はそれを放って来たから。
(…本当に、よくも助かったものだ…)
死なずに此処へ来られたとは。
ミュウの殲滅に向かう艦隊、その指揮権を任されるとは。
本当だったら、自分は生きて此処にはいない。
ソルジャー・ブルーが放った一撃、あれに息の根を止められて。
死骸になって宇宙に棄てられ、それをマツカが拾えたかどうかも危ういくらい。
「行方不明」とだけ上がる報告、後はグランド・マザーの判断。
やはりあの星は怪しいと。
ミュウの巣だから滅ぼすべきだと、彼らが宇宙に広がる前に、と。
きっと同じにメギドは用意されただろう。
こうして自分が依頼せずとも、グランド・マザー直々に。
星さえ砕けばミュウは消せるし、モビー・ディックも破壊出来るから。
(…私は運が良かっただけだ…)
人質に取った、あの女。
あれがいなければ死んでいたのだと、負けだったのだと分かっている。
易々と心に入られたから。
心の中身を読み取られたから、ソルジャー・ブルーに。
なんとも無様な負けっぷり。
ミュウの女に庇われたのなら、それで危険に気付くだろうに。
次は何かと構えるだろうに、その前に読まれていた心。
誰も読めない筈なのに。
ジョミー・マーキス・シンには、無理だったのに。
(あのまま、いたなら…)
どうなっていたか、今頃は。
人質を二人取っていたから、辛うじて逃げ延びられただけ。
「人質を一人、解放しよう」と、子供を放り投げたから。
ソルジャー・ブルーの注意を逸らして、その隙に船に逃げ込めたから。
もう一人、人質を引き連れたままで。
ミュウの女を放さないままで。
(…もしも、人質が一人だったら…)
そんな姑息な手は使えなくて、ソルジャー・ブルーに殺されていたか、捕えられたか。
心を読めるくらいなのだし、ソルジャー・シンよりも遥かに強い。
彼とまともに対峙していたら、きっと命は無かっただろう。
人質無しで出会っていたら。
その人質がいたとしたって、一人しか連れていなかったなら。
尻尾を巻いて逃げるしか無かった、あの格納庫。
余裕の欠片もありはしなくて、それから後も運が良かっただけ。
たまたまマツカが来合わせただとか、人質が価値あるモノだったとか。
ソルジャー・シンが自ら飛んで来たほど、大切らしいあの女。
(…あれが下っ端の女だったら…)
やはり無かったろう命。
躊躇いもなくミサイルが来るとか、遠隔操作で船ごと爆破されるとか。
「シールドすれば助かる筈だ」と、「ミュウの女なら出来るだろう」と。
重要人物だったからこそ、ミュウどもが手出しを躊躇っただけ。
他に手段が何か無いかと、いきなり爆破は無礼すぎると。
(…本当に、運が良かっただけだ…)
自分が生きて此処にいるのは。
メギドを携え、ジルベスター星系へとミュウを滅ぼしに行けるのは。
(そして、あそこには…)
今もソルジャー・ブルーがいる筈。
あれで終わるとは思えない。
きっと彼なら出て来るのだろう、他の者では手に負えないと知ったなら。
メギドの炎で燻し出したら、あの時、自分に向けた闘志を此方へと向けて。
今の長では、まるで話にならないから。
人類に勝てはしないから。
(私一人が逃げ出しただけで…)
大混乱だった船の中。
彼がきちんと指揮していたなら、あんなことにはならないから。
ソルジャー・ブルーが出て来なかったら、自分はまんまと逃げおおせていた筈だから。
敵と呼べるのは、きっとソルジャー・ブルーだけ。
自分と戦い、勝ちを収めることが出来るのも、きっとソルジャー・ブルーしかいない。
そんなつもりは無いけれど。
彼に容易く倒される気は無いけれど。
(…しかし、アレなら…)
自分を殺す力を持っているのだろう。
現に自分は殺されかけたし、生きているのが不思議なほど。
アレにもう一度会いたいと思う、真正面から。
一対一で彼に会ったら、どちらが死ぬのか、どちらが生きるか。
それを無性に知りたいと思う、生き残れるのは何方なのかと。
ソルジャー・ブルーか、自分なのかと。
(…負けたままでは…)
尻尾を巻いて逃げたままでは、きっと一生、彼に勝てない。
メギドの炎が彼を焼いても、星ごと砕いてしまっても。
それは自分の力ではなくて、メギドの破壊力だから。
自分は「発射!」と命令するだけ、他の者でも、それこそ部下でも出来るのだから。
(……ソルジャー・ブルー……)
此処へ出て来い、と握り締めた拳。
メギド如きに滅ぼされるなと、生きて私の前に立てと。
そうすれば、仕切り直せるから。
今度こそ自分が勝ちを収めて、真の勝者となってやるから。
(…私を殺せるような男を…)
敵に出来たら、そして勝てたら、きっと爽快だろうから。
ジルベスターまで来た価値があるから、もう一度チャンスが欲しいと思う。
あの伝説のタイプ・ブルーと、ソルジャー・ブルーと戦える場所。
それが欲しいと、たとえ負けても構わないからと。
彼ともう一度向き合えなければ、戦えなければ、ずっと負け犬のままだから。
尻尾を巻いて逃げて行ったと、運が良かっただけの男だと、きっと嗤われるだけだから。
ソルジャー・ブルーに、あの男に。
自分を窮地に追い込んだ男、殺すことさえ出来る力を秘めた男に。
「地球の男は、あの程度か」と。
メギドに頼らねば勝てないのかと、よくも偉そうな口を叩けたと。
そうならないよう、今はチャンスを願うだけ。
ソルジャー・ブルーが出て来ることを。
メギドの炎に滅ぼされずに、生きて再び自分を殺しにやって来ることを…。
伝説のミュウ・了
※自分が本当にソルジャー・ブルーのファンなのかどうか、疑われそうなブツを書いた気が…。
ブルーのファンには間違いないです、根っからのブルー・ファンです。マジで…。
(第一段階は、計算通り…)
上手くいった、とマザー・イライザが眺めるキース。
グランド・マザーの期待通りに、キースと接触してくれたサム。何の手段も講じなくても。
(…なんとも冴えない候補生だけれど…)
それがイマイチ不満だけれども、グランド・マザーの絶対命令。
エリートとしてのサムの才能など、最初から夢を持ってはいない。落ちこぼれない程度について行けたら、上等だと思うべきだろう。
サムがE-1077にやって来たのは、単なる人脈だったから。
人脈と言っても、裏口だとか、誰かの口利きなどではない。もう本当にサムの人脈、彼の故郷での友が問題。グランド・マザーの読みが当たっていれば…。
(ミュウの次の長は、ジョミー・マーキス・シン…)
アタラクシアでのサムの親友、それが後釜に座る筈。
長い年月、忌々しいミュウを纏めていた長、ソルジャー・ブルーがいなくなったら。
ミュウの次の長を友に持つサム、誰よりもキースに相応しい友。
なにしろキースは特別なのだし、その友人にも選りすぐりを。
才能の有無とは関係なく。人脈や特性、そういったものが非常に大切。もう少ししたら、サムと同じにジョミーの友人だった人間。それがもう一人…。
(やって来る筈…)
今度は女性で、名前はスウェナ。
到着する時には、乗っている船を事故らせて…、と尽きない計算。
いずれはミュウの因子を持った少年、そういう人材も必要になる。理想の指導者、キースの才能を華麗に開花させるためには。
まずは第一段階クリア、と大満足なマザー・イライザ。
何もせずとも、サムはキースと握手したから。人がいいらしいサムの性格、この先もきっと計算通り。キースとすっかり友達になって、いずれは其処にスウェナが加わる。
(私の子…)
素晴らしいキース、と自画自賛してしまう、作り上げた子供。
三十億もの塩基対を繋いで、DNAから紡いだキース。今日、水槽から出したばかりで、この先はキースが自分で歩く。
あらかじめ敷かれたレールの上を。
サムという友も、近く来る予定のスウェナも、その時に起こる事故だって。
キースがもっと成長したなら、ミュウの因子を持った下級生を迎え入れて…、と先の先まで敷いてあるレール、キースは其処を走ってゆくだけ。
完全無欠なエリートとして、完璧な指導者への道を。メンバーズへ、そして国家主席へと。
その日が来るのが待ち遠しい、とマザー・イライザの夢は大きいのだけれど…。
(サム・ヒューストンか…)
知り合いが出来た、と認識したキース。何故だか妙に肌が合うな、と。
まるで前から知っていたように。さっき出会って、握手したばかりとは思えないほどに。
(多分、故郷で…)
似たような知り合いがいたのだろう、と考えるキースは気付いていない。自分に過去の記憶が無いとは、何も覚えていないとは。
なのに「故郷」だとか「知り合い」と思う、その原因は新入生ガイダンス。
誰もがこういう風に育った、と映し出された映像、それを自分に当て嵌めただけ。自分では全く意識しないで、自分の過去もこんな具合、と。
(…サムか…)
知り合いに似ている人間だったら、違和感も感じないだろう。初対面でも、初めて耳にした名前でも。そういうものだ、と弾き出した答え、過去の記憶は無いままで。
それから後は、マザー・イライザの計算通り。
サムに誘われた食事が切っ掛け、一気に仲のいい「友達」。
宇宙船の事故が起こった時にも、サムが一緒に来てくれたほど。ますますもって深まる友情、親しみが増す一方だけれど。
キース的には嬉しい出来事、マザー・イライザにしても、オールオッケー。
これで順調、と機械に親指があれば、グッと立てたいほどだけれども…。
実はキースとサムの友情、それには凄い伏線があった。
マザー・イライザも気付いていない伏線、何故なら、キースは「人間」だから。
無から作った存在とはいえ、何処から見たって人間の筈。身体も頭脳も、何もかもが。
(私の理想の子、キース…)
悦に入っているマザー・イライザ、その報告を聞いて喜ぶグランド・マザー。
どちらも気付いていなかった。
強化ガラスで出来た水槽、その中だけで育った人間がどうなるか。
ずっと昔にミュウが攫った、キースを作る基本になった女性体。そちらのデータは、追跡不可能だったから。ミュウが攫って行った時点で、行方不明になっていたから。
(どうせ、あちらは処分予定で…)
その直前にミュウが攫っただけだし、と考えているマザー・イライザ、それはグランド・マザーも同じ。後のことなど知ったことか、と。
けれど、問題は「その後」にあった。
ミュウが掻っ攫った女性、フィシスの「その後」が分かれば、せめて攫われる直前までデータを取っていたなら、あるいは分かっていたかもしれない。
水槽育ちの無から生まれた人間の場合、普通とは事情が異なるのだと。
人間では起こらない筈の「刷り込み」、それが発動するのだと。
刷り込みと言ったら、カモが有名。
卵から孵って最初に見たもの、それを親だと思う現象。
「水槽育ちの人間」で起こると、刷り込みは少し違ってくる。水槽で育つ間に目にした人間、中でも一番フレンドリーな者。そういう人間に懐く仕組みで、水槽から出した途端に起動。
本人も、気付かない内に。
懐く対象になりそうな人間、それに出会ったら入るスイッチ。
ミュウが攫ったフィシスの場合は、実験室へと通い詰めていたブルーに懐いた。ブルーが研究所時代の記憶をスッパリ消してしまっても、刷り込みで。
「この人が一番、フレンドリーだった」と、「この顔の人に何度も会った」と。
それと同じに、キースの方でも起こった刷り込み。
マザー・イライザは人間をデータで判断するから、まるで気付いていなかっただけ。
水槽時代のキースを世話した人間、研究者の中でも一番の古株だった初老の男性。彼の雰囲気がサムに似ていたことに。
顔のパーツも体格も全く似てはいないのに、「人間」が見たなら「似ている」と思う、そういう人種。何処がどうとは言えなくても。
年恰好も何もかも別物なのに、「ああ、似ているな」と人間だったら気付くこと。
そう、後にサムがシロエを目にして、「ジョミーに似ている」と評したように。
あんな具合に、キースを世話した研究者の男性はサムに似ていて、起こった刷り込み。
マザー・イライザの計算以上に、グランド・マザーの思惑以上に、キースはサムにしっかりすっかり懐いてしまった。
フィシスがブルーに懐いたように。無条件に信頼していたように。
キースも同じに、サムに懐いたものだから…。
上手い具合に運んだ筈の、キースにサムを近付けること。
ジョミー・マーキス・シンの存在をキースに知らしめることも、シナリオ以上の成果を上げた筈だったのに。
ミュウが計画した思念波通信、それのお蔭で劇的な効果があったと、機械は頭から信じて疑いもしなかったのに…。
(……サム……)
どうして、とキースが噛んだ唇。
E-1077を離れて十二年が経った後、サムの病院を訪れて。子供に戻ったサムに出会って。
其処から狂い始めたシナリオ、元は刷り込みだったから。
キースにとっては、サムは「友達」以上の存在だったのだから。
(ミュウどもめ…)
よくもサムを、と今は仇討ちに燃えるキースだけれども、これがグランド・マザーの破滅に繋がるカウントダウン。
友達以上の存在だったサムを失くしてしまって、キースの感情は激しく揺り起こされたから。
「人間らしい」キースが目覚めて、その後はずっと、それに従って動くから。
手始めにミュウだったマツカを見逃がし、次から次へと狂う歯車。
もはや機械には、どうしようもない方向へ。
刷り込みのお蔭で生まれた友情、それはブルーとフィシスの絆と同じに、キースにとっては大切すぎるものだったから…。
刷り込みの誤算・了
※キースとサムの出会いはマザー・イライザの計算通り、というのがアニテラ設定。
仲良くなるよう刷り込んだのかも、と考えていたらこういうネタに。水槽育ちですもんねv
