(…我々はもう、時代遅れの人種なのだというのか…!)
またか、とキースが噛んだ唇。あの屈辱をまたも味わうのか、と。
遠い昔に、時代遅れだと知った人類。…自分が属している種族。
世界はとうにミュウのものだと、時代はミュウに味方したのだと思い知らされた時。
(あの時は仕方なかったが…)
そういう風に生まれついたし、自分の生まれは変えられない。
覚悟したから、ブチかましたのが大演説。マザー・システムを否定すること。
(あれで一気に株が上がって…)
敵だったミュウの長とも一緒に戦い、ますます上がった自分の株。
命はパアになったけれども、それを補ってなお余りある栄光を手に入れた。大勢のファンたちにチヤホヤされて。行く先々で追い掛けられて。
(少々、迷惑な目にも遭ったが…)
身に覚えのないゴシップと言うか、スキャンダルとでも呼ぶべきか。
「実はマツカと深い仲」だの、「ステーション時代はシロエとデキていた」だの、それは迷惑な噂がドッサリ。それを本にしてバラ撒かれた。薄い本とかいうヤツで。
(絵には描かれるわ、小説になるわ…)
ミュウの長との仲まで取り沙汰されたほど。ソルジャー・ブルーとか、ジョミーだとか。
迷惑極まりなかったけれども、栄華の絶頂ではあった。「我が世の春」といった具合で、誰もが萌えてくれたのに…。
気付けば、時代は変わっていた。
自分たちは忘れ去られた人種で、時代遅れなものでしかない。それは重々、承知している。
(…盛者必衰、諸行無常と言うそうだからな…)
栄華を誇った絶頂の時代、あれから流れた九年もの歳月。「十年ひと昔」と言うのだからして、忘れられても仕方ない。
だから黙って耐え忍んで来た。世の荒波が激しかろうと、自分たちの栄光が色褪せようと。
(巨人が壁を越えて来ようが、立体機動が話題だろうが…)
そういう世界に住んでいないから、諦めの境地でいるしかなかった。
もしも巨人が人を食べまくる世界にいたなら、華麗に活躍出来ただろうに。立体機動装置を使いこなして、今をときめく人だったろうに。
(…相手がソレなら、まだ諦めも…)
つくというものだ、と握った拳。
かつて自分たちが人気を誇ったように、あの世界にもいる美形たち。ありとあらゆる美形が選り取り見取りな世界で、ファンがつくのも当然のこと。薄い本がバンバン出されるのも。
(時代が移るのは、世の習いだしな…)
他の美形に人気が移れば、「まあ、仕方ない」と諦めもする。
けれど、世界は「時代遅れ」という嫌な言葉を突き付けて来た。
もはや美形の時代ではないと、「顔だけで売れる」時代は終わりを告げたのだと。
(…我々はアレに敗れるのか…!)
どう見ても美形とは言えない六つ子。それが今では最先端で、自分たちは見事に取り残された。
九年前にミュウにやられたように。「もう人類の時代ではない」と思い知らされたように。
(……どうして歴史は繰り返すのだ……)
世の中、「松」さえ付けばいいのか、と愚痴りたいほど。
あっちを向いても、こっちを向いても、絵も小説も「松」だらけだから。とにかく「松」だ、と言わんばかりに、「松」さえ付けば女性が群がるのだから。
(…だが、生憎と…)
我々の世界には松が無いのだ、と零れる溜息。
宇宙船が飛び交う世界の景色に、松は全く似合わないから。アルテメシアだろうが、首都惑星のノアであろうが、似合わない「松がある風景」。
(E-1077の中庭ともなれば、もう致命的に…)
松は駄目だ、と分かっている。黒松だろうが赤松だろうが、盆栽向きの五葉松だろうが、けして似合ってくれない世界。
どう転がっても「松」などは無くて、時代の流れについて行けない。
(……せめて、一本でも……)
我々にも松があったなら、と歯噛みした所で聞こえたノック。「失礼します」と。
そして、コーヒーのカップをトレイに載せて、部屋に入って来た者は…。
(…マツカ…!)
いたじゃないか、と気付いた「松」。
神は我々を見捨てなかったと、我々の世界にも今をときめく人気の「松」が、と。
此処にあった、と見詰めた「マツカ」。
松は松科の植物なのだし、マツカはガチで「松」な人物。多分、この世界では唯一の「松」。
これを逃してなるものか、とコーヒーを「どうぞ」と置いたマツカに頭を下げた。
「頼む、私を養子にしてくれ!!」
「えっ!?」
何故ですか、とマツカが目を真ん丸にするものだから、「我々には松が必要なのだ!」と叫んでやった。「松はお前しか持っていない」と、「お前が唯一の希望なのだ」と。
「いいか、今の世の中、松が人気だ。…それは分かるな?」
「は、はい…。それが何か…?」
「お前なら「ジョナ松」になることが出来る!」
ジョナ・マツカだから「ジョナ松」だろうが、と指摘した名前。それと同じに、自分が養子縁組したなら「マツカ」な名前が手に入る、と。
「……キースがマツカになるんですか?」
「そうだ、キース・アニアン改め、キース・マツカになれるのだ!」
そうすれば私は「キス松」になる、と畳み掛けた。
時代遅れの人種にならないためには、とにかく「松」。「ジョナ松」に「キス松」、養子縁組で松が二人に増えるのだ、と。
「…わ、分かりました…!」
ぼくの名前が役に立つなら、とマツカは快諾してくれた。直ぐに書類を取り寄せます、と。
(よし、これでいける…!)
我々も松を手に入れたぞ、とキースの唇に浮かんだ笑み。ジョナ松にキス松、松が二人も。
この世界に松は無いから無理だ、と絶望的な気分だったのに。
時代遅れの人種になったと、ミュウの次には「松」にやられたと悔しさMAXだったのに。
(マツカは元から松だったわけだが、その価値に気付いていなかったからな…)
きっと「マツカ」で話が大きすぎたのだ、と頷く「松」を束ねる「松科」。
どんな松でも松科なのだし、「松科」というのが大前提。つまりマツカは…。
(松の総本山なのだ…!)
もっと養子を取らせてやろう、と考える。人気の「松」は六つ子なのだし…。
(あと四人いれば、もう充分に対抗できるぞ…!)
しかもこっちは正統派の美形揃いだからな、と巡らせる策。誰を養子に取らせるべきか、其処の所が重要だ、と。
(…シロエとセルジュは確定だな…)
あの二人は人気があった筈だ、と「シロ松」と「セル松」は迷わない。残る二人は…。
(サム松にグレ松、そんな所か…?)
グレイブも地味に人気だったし、サムは大切な親友だからな、と選んでゆく残り二人の松。
顔だけだったら、ジョミ松もブル松もアリだけれども…。
(せっかく、我々に分があるのだしな?)
ミュウの奴らには泣いて貰おう、と切り捨てた美形なミュウの長たち。
今をときめく「松」が六人、その美味しさは人類だけで頂いておくべきだろう。
遠い昔に「時代遅れ」にされた人類、それが今度はミュウどもを抜いて最先端を突っ走る。
こちらには「松」の総本山がいるのだから。
マツカの養子になりさえしたなら、誰もが「松」になれるのだから。
(ジョナ松、キス松、それにシロ松…)
セル松にサム松、グレ松で「松」が六人だぞ、とキースが確信した勝利。
「松」を持たないミュウの連中、彼らは時代遅れになる。
こちらには「松」が六人だから。
ジョナ松、キス松、シロ松、セル松、サム松、グレ松、六人ものマツカが揃うから。
そのためだったら、「アニアン」の名はドブに捨てられる。
今をときめく「松」になれるなら。「時代遅れの人種」にサヨナラ出来るのならば…。
六人のマツカ・了
※久しぶりに疑った自分の頭。「気は確かか?」と。…確かにマツカは「松」なんだけど。
時代が「松」になってしまっても、まだアニテラな管理人。「時代遅れな人種」そのもの…。
ぼくの名前は、セキ・レイ・シロエ。
(…本当は、セキ君なんだけれどね…)
うんと平凡に、「関」なんだけど。
関って苗字で、名前がシロエ。こっちは片仮名。
だけど、学校ではセキ・レイ・シロエで通ってる。先生にだって。
(入って直ぐの、英語の時間に…)
日本語は一切、喋っちゃいけないハードな授業。ネイティブの先生がやって来る。
「自己紹介も英語でプリーズ」って言われたから、ちょっと凝りたくなった。
この高校に入学する時、ツイッターとかの名前を全部、「セキレイ」で統一してたから。
それまでの緩かった私立中学校から進学校へ、公立だけど特進コース。
(心機一転といきたいもんね?)
だからセキレイ、何故セキレイかは、また後で。
とにかくセキレイ、その名前もアピールしたかったから…。
(自己紹介の英語で、思いっ切り…)
ミドルネームと洒落込んだ。
本当だったら「シロエ・セキです」と言うべき所を、「セキ・レイ・シロエ」。
ネイティブの先生と、クラスのみんなに、そう言った。
「セキ・レイ・シロエと呼んで下さい」って。
他の英語もパーフェクトだったし、先生が思わず「ワンダホー!」って叫んだほど。
お蔭で、ぼくは「セキ・レイ・シロエ」。
担任の先生も、他の教科の先生だって、「関君」よりも「シロエ君」。
出席を取る時も、茶目っ気のある先生だと…。
(セキ・レイ・シロエ! って…)
やってくれるから、面白い。
生粋の日本人なのに、関君なのに、セキ・レイ・シロエ。
ちょっぴり有名人の、ぼく。
この春に入った今の高校、実は其処では…。
(入った時から、ちょっと有名…)
首席で入って、新入生代表の挨拶をしたのも、理由の一つなんだけど。
もう一つ、かなり知られたネタ。
(ひき逃げ事故の被害者だしね?)
去年の暮れに、塾の帰りにはねられた。
乗ってた自転車ごと、大型バイクに衝突されてしまった夜。
ぼくはショックで意識不明で、何も覚えていないんだけど…。
(はねた男が消えちゃったんだよ)
そういう、ミステリアスな事故。
ぼくを自転車ごとはねた犯人、バイクに乗ってた若い男は溜池に落ちた。
たまたま冬で水を抜いてて、犯人は溺れはしなかったけれど…。
(泥まみれになって、警察官に手錠をかけられて…)
其処までは何人もの人が見ていた。警察官だって、しっかり見てた。
だけど、パトカーに乗せようとしたら…。
(そいつ、何処にもいなかった、って…)
パパとママからも、警察の人からも、そう聞かされた。
病院で読んだ新聞の記事にも、おんなじことが書かれていた。
「消えたひき逃げ犯」って見出しで、死亡事故ってわけじゃないのに、とても大きく。
ぼくの町では、凄く有名になった事故。
犯人捜しの似顔絵ポスター、それは今でも貼ってある。
事故現場を扱う警察署の玄関前にある掲示板と、事故現場に立ってる目撃情報を募る看板。
(犯人が消えたのも、不思議だけれど…)
バイクが盗まれたヤツだったことも、話題になった理由かも。
最初の間は、消えた犯人は、バイクの持ち主の大学生だと思われてたから。
そいつなんだ、って警察が学生アパートに出掛けて捕まえようとしたら、まるで別人。
しかもバイクが盗まれてたから、盗難届を出しに行こうとしていた所。
(盗んだバイクで事故を起こして、おまけにドロンと消えちゃうなんてね?)
ミステリー作家もビックリな事故で、ぼくが死んでたら、きっと小説になってたと思う。
ぼくは何かの組織に属する、裏の顔がある中学生。
それを消しに来たのが別の組織とか、でなきゃSF小説みたいな設定。
(でも、ぼく、死んでいないから…)
有名人になったというだけ、「あの事故に遭った中学生だ」って。
今の高校に入った時にも、アッと言う間に広がった噂。
(でもって、今じゃ、セキ・レイ・シロエで…)
上級生だって知っている。
クラブの先輩じゃない人だって、気軽に声を掛けて来る。
「シロエ、犯人、見付かったか?」って。
夏休みになったら、犯人捜しをしようって動きもあるくらい。
高校生が犯人を見付け出したら、表彰されて大手柄。
新聞にだって載せてくれるし、今の世の中、ツイッターとかで…。
(全国区のニュースで、時の人だし…)
やりたい生徒は、とても沢山。
男子も女子も、夏休みになったら謎解きしようと思ってるみたい。
ぼくと一緒に現場に出掛けて、遺留品探しとか、ちょっとオカルトもどきとか。
「霊の仕業だ」って言ってる子だって多いから。
夏休みは肝試しにもってこいだし、「はねられた時間に行ってみようぜ」って声だとか。
ぼくの学校、特進コースでも「塾に行かない」のが売りの学校。
「授業をきちんと聞いていたなら、何処の大学でも合格出来ます」って。
クラブ活動だって楽しく、それでホントに名門大学に受かっちゃう。
だから夏休みも全力投球、犯人捜しも遊びの内。
そんなこんなで、毎日、充実してるけど。
(パパとママにしか言ってないけど…)
あの事故の時に、ぼくは不思議な体験をした。
はねられて意識が無かった間に、見ていた夢がSFなんだ。
(ぼくは宇宙船で…)
何処かを目指して飛んでいた。
それが何処かは分からないけど、とても素敵な場所に向かって。
(いつまでも、何処までも飛び続けるんだ、って…)
幸せ一杯で飛び続けてたら、真っ白な光に包まれた。
着いたんだ、って思った途端に、目が覚めた場所が病院のベッド。
ぼくの腕には点滴の針で、頭は包帯でグルグル巻きで。
(変な夢を見たよ、って話したら…)
パパは笑ってこう言った。
「個性的な臨死体験だな、シロエ」って。
ママも泣きながら笑ってた。
「三途の川とか、お花畑は無かったの?」って、「無事で良かった」って。
もしも光に包まれたままで飛んで行ったら、ぼくは死んでたかもしれない。
パパとママとが病院に着くのが、もう少しだけ遅かったら。
「シロエ!」って呼ぶ声が聞こえて来なかったなら。
(…ホントに不思議で…)
だけど気持ちが良かった夢。
宇宙船の中でも、あの真っ白な光の中でも、ぼくは飛んでた。
まるで鳥みたいに飛び続けていて、とても幸せだった夢。
(…だから、セキレイ…)
ふと思ったんだ、「夢の中のぼくは、ホントに鳥みたいだった」って。
鳥になるなら何がいいかな、って漠然と思い始めてて…。
今の学校に合格した後、自転車で行ってみた事故現場。
溜池にはまだ水が少しだけ、殆ど底が見えてる状態。
乾いてひび割れた泥だらけのトコを、一羽の鳥が跳ねてった。
小さな魚が残っていないか探しに来ていた、尻尾の長い可愛い小鳥。
(セキレイだよね、って…)
眺めていたら、閃いた名前。
ぼくは「関」だし、「セキレイ」がいい、って。
高校に行ったら、そういう名前で色々やるのが素敵だよね、って。
そう思ったから、ぼくは「セキレイ」。
英語の時間にカッコ良くキメて、今は「セキ・レイ・シロエ」だけれど…。
(…あれ?)
まただ、と眺めた、ぼくの左側。
(誰もいないよね…?)
今は放課後でクラブ活動の時間、弓道部に入っているのが、ぼくなんだけど。
こうして弓を構えてる時や、矢を射た後の瞬間とか。
(ぼくの左に…)
とてもよく知っていた誰かが立ってる、そんな気がする時がある。
ぼくと同じに弓を構えて、真剣な顔で的を射ている誰か。
弓道なんか、中学じゃやっていないのに。
やりたかったけれど無かったクラブで、剣道部所属だったのに。
(でも、左側…)
確かにいたんだ、って気がする誰か。
その誰かの顔が、例のひき逃げ犯の似顔絵にとても似ているだなんて…。
(…ウッカリ話したら、オカルト研究会の出番で…)
もう間違いなく、夏休みは引っ張り出されるから。
「お前も来いよ」って、毎日のように犯人捜しに連れて行かれて、大変だから。
(黙っていなくちゃ…)
でないと弓道の大会に行けるメンバーに選ばれないよ、って目の前の的を真っ直ぐに睨む。
勉強もクラブも全力投球、弓も一位を目指すんだから。
(集中、集中…)
左側なんて気にしない。
ぼくと弓道で競った相手は、クラブの先輩しかいないわけだし…。
(同級生よりは、ぼくが上だよ)
大会に行くのはぼくなんだから、って弓を構えて放った矢。
的のド真ん中、見事に当たった。
(ふふっ、実力…)
大会出場メンバーの一人は、絶対に、ぼくで決まりだと思う。
セキ・レイ・シロエで、大会でも、きっといい成績。
光の加減で紫に見える、瞳のぼくが。
「関君」だけれど「セキ・レイ・シロエ」で、「セキレイ」を名乗る、このぼくが。
(夏休みだって…)
うんと頑張る、朝早く起きて、クラブ活動。
それに勉強、ひき逃げ犯を捜しに行くよりも。
ぼくをバイクではねた犯人、それが誰でも気にしない。
(…もしも、SFの世界だったら…)
弓を射る時、ぼくの左側に立っているような気がする誰か。
黒髪にアイスブルーの瞳の、ハーフかもしれない犯人は、きっと、ぼくの知り合い。
(そうだったら、とても面白いけど…)
有り得ないから、犯人捜しをやっているより、断然、クラブ。
そっちの方がいいに決まってる。
弓道部代表、セキ・レイ・シロエ。
いつかは主将になってみたいし、全国大会一位の座だって、ぼくの大きな夢なんだから…。
奇跡のその後・了
※「師走の奇跡」の後日談を、というリクエストを貰ったら、こうなったオチ。
弓道部に入ったシロエの左にいるのは、もちろんキース。ステーション時代の記憶です。
イロモノ時代からの最古参の読者様、リク主でらっしゃるI様に捧ぐv
(…何処…)
此処は、とシロエは思うけれども。
次の瞬間、思考は砕けて、砂粒のように崩れ落ちてゆく。
心を、頭を、機械が探り続けているから。
端からバラバラに切り刻んでは、中身を調べてゆくのだから。
(…ぼくは…)
誰なのか、もうそれすらも掴めないほど。
囚われ人になった身だから、手足も拘束されているから。
ミュウの思考を分析するための機械、それがE-1077に持ち込まれて。
本当の所は、かなり早くからあったのだけれど。
シロエがステーションに着いた時から、密かに手配されていた機械。
その目的は伏せられたままで。
「万一に備えて」という、マザー・イライザからの指示だけで。
ミュウの因子を持った少年、それを迎えたとは誰も知らないままで。
(…パパ、ママ…)
頭の中に浮かんだ言葉。
何を意味するのか、シロエには分からないけれど。
けれど、好きだったと思う「パパ」と「ママ」。
とても大切なものだった、と考えた途端に砕かれる思考。
手の中から虚しく落ちてゆく言葉。
(ママ…)
パパ、と繰り返す内に、思考は徐々に繋がり始める。
機械がいくら砕き続けても、人の心はそれに勝つから。
人の想いを打ち砕く力、其処までは機械も持っていないから。
(…ママ、パパ……)
そうだった、と苦痛の中でも生まれる想い。
紡ぎ出す望み。
「帰りたい」と。
もう終わりだろう自分の人生、きっとこのまま断たれる命。
ならば最後に帰ってみたい。
帰れるものなら、あの故郷へと。
今はもう、住所も分からない家。
けれど其処へと向かうことは出来る。
(…船に乗ったら…)
そう、船があれば。
どんなに小さな宇宙船でも、それに乗ることが出来たなら。
(……エネルゲイア……)
それにアルテメシア、と途切れ途切れに紡いでゆく思考。
何度、機械に断ち切られても。
ブツリと斧が振り下ろされても。
(…クリサリス星系…)
そういう名前だった筈。
アルテメシアが在った星系、エネルゲイアがある場所は。
座標はきっと…。
(……オートパイロット……)
どの宇宙船にも備わった機能、それを使えば自動的に設定されるだろう。
アルテメシアへ、エネルゲイアへ飛ぶのなら。
漆黒の宇宙を飛んでゆくなら。
そうしたいのだ、と生まれる気持ち。
この苦痛から抜け出せるのなら、故郷へと。
(…殺されたって……)
かまうもんか、と紡ぎ出される明確な思考。
どうせ自分には無い未来。
此処で黙って殺されるよりは、少しでも夢のある方へ。
同じ死ぬなら、少しでも…。
(…パパ、ママ…)
パパとママに近い所まで、と湧き上がる望み。
なんとしても其処へ行きたいと。
此処で終わってたまるものかと、きっと宇宙へ逃れてみせると。
小さな船でもかまわないから、逃げた途端に撃ち落とされても本望だから。
(…此処よりは……)
ずっとマシだ、と思う死に場所。
少しでも故郷に近付けたなら。
両親が今もいるだろう家、其処に向かって飛べたなら。
行ってみせる、と組み立てる思考。
機械がそれを砕いても。
組み上げる端から壊していっても、何度も紡げば形になる。
人の想いは強いから。
機械のそれより、遥かに強く思考するのが人だから。
(…帰りたいよ……)
パパ、ママ、と生まれては直ぐに消される想い。
機械に頭を掻き回されて、心の中身をバラバラにされて。
それでもシロエは考え続ける、今の自分が望むことを。
本当の想いは何処にあるかを、自分は何をしたいのかを。
(……パパとママに……)
会えないままで命尽きようとも、此処から飛んでゆきたい宇宙(そら)。
遠く故郷まで続く宇宙へ、其処へ自由に船出すること。
それが望みで、欲しいのは自由。
とても小さな船でいいから、練習艇でもかまわないから。
此処から外へ出てゆけるなら。
少しでも故郷に近い所へ、自分の意志で飛んでゆけるなら。
故郷へ飛ぶこと、此処から宇宙(そら)へ飛び立つこと。
望むことは一つ、夢見ることもただ一つだけ。
(…帰るんだから……)
辿り着けずに終わったとしても、辿りたい家路。
この先に自分の家が在ったと、これから帰ってゆくのだと。
(……命なんか……)
どうせ無いから、捨ててしまってかまわない。
今でも焦がれ続ける故郷へ、父と母の許へ飛べるなら。
其処へと帰ってゆくための船に乗れるなら。
(……ピーターパン……)
そうだ、と思い出した本。
両親に貰った宝物。
あの本も一緒に持って行きたい、故郷に帰ってゆく時は。
此処から宇宙へ飛び立つ時は。
あれのお蔭で、シロエは「シロエ」でいられたから。
今もこうして、思考を紡ぎ続けているから。
何度、機械に砕かれても。
心ごと無残に踏み躙られても。
(負けるもんか…)
このまま死んでたまるもんか、と組み立てる思考。
手足が自由になりさえしたなら、この牢獄から抜け出せたなら…。
(…あの本を持って…)
飛び立ってみせる、マザー・イライザが支配しているステーションから。
E-1077から宇宙へ逃げ出してみせる、行き先には死が待っているとしても。
此処で死ぬより、ずっとマシな死。
懐かしい故郷に近い所で、両親に少しでも近い所で死ねたなら。
宝物のように持って来た本、あの本を抱いてゆけるなら。
(…ぼくは負けない……)
今日までそうして生きて来たから、と悔いることなど無い人生。
セキ・レイ・シロエは立派に生きた。
どう生きたのかは思い出せないままだけれども、機械に支配されないで。
機械の言いなりに生きる人生、その道を選び取らないで。
(…そうして生きた結果がこれでも……)
ぼくは後悔なんかしない、と刻まれる思考の中でもシロエは笑い続ける。
この想いを機械は消せないだろう、と。
ぼくの心を支配するなど、機械に出来るわけがないのだから、と。
行く先が死でも、選びたい自由。
このステーションから自由になること、宇宙へと船出してゆくこと。
小さな練習艇でいいから、行き先を故郷に設定して。
飛び立った途端に撃ち落とされても、少しでも故郷に近い場所へと飛んでゆきたい。
両親が今もいる筈の星へ、クリサリス星系のアルテメシアへ。
その星の上のエネルゲイアへ。
(…パパ、ママ……)
ぼくは必ず帰るからね、と組み上げる思考は砕かれるけれど。
端から機械が壊すけれども、それでもけして諦めはしない。
諦めたら、其処で終わりだから。
このステーションから出られもしないで、殺されてゆくだけだから。
(…ぼくは必ず……)
帰ってみせる、と繰り返し考えて夢見ること。
ピーターパンの本を抱えて、宇宙へ船出してゆく自分。
これで自由だと、何処までも飛んでゆける船。
たとえ一瞬で撃ち落とされても、それは自由への旅立ちで船出。
行く先は死でも、故郷には辿り着けなくても。
そうやって何度も組み立てた思考。
機械に微塵に壊される度に、組み立て直した故郷への夢。
自由になろうと、宇宙(そら)を飛ぼうと。
必ず自由になってみせると、故郷へと船出するのだと。
何度も組み立て、壊されたから。
壊されても夢は、想いは、機械にも壊せなかったから。
(……ピーターパン……)
幼い日に会ったと思った少年、ピーターパン。
そう呼んだジョミーの思念波通信と共鳴した時、少しばかり違った思考が出来た。
故郷へ帰る夢の代わりに、ネバーランドへ、地球へ行こうと。
両親も一緒に地球へ行きたいと、そうすることが出来ればいい、と。
だからシロエは飛び立って行った、彼の心が望んだままに。
それで故郷へ飛ぼうと願った、小さな練習艇で宇宙へ。
彼が夢見た自由への船出、飛んでゆく先に待つものが死でも。
これがセキ・レイ・シロエの意志だと、何処までも自由に飛び続けようと…。
自由への船出・了
※アニテラのシロエ、最期が「シロエらしくなかった」感があるのが管理人。原作のせいで。
強い意志は何処へ行ったんだろう、と考えていたらこうなったオチ。これならシロエっぽい。
「相変わらず、何も吐きそうにないな」
こいつの心理防壁はどうなっているというんだ、とジョミーが睨んだ地球の男。
ナスカで捕えたキース・アニアン、人類統合軍の犬。
グランド・マザーの命令を受けて、ミュウを殲滅しに来たメンバーズ・エリート。
分かっているのは、たったそれだけ。
意識を取り戻す瞬間に読んだ、ほんの僅かな情報だけ。
知りたいことは山ほどあるのに、まるで破れない心理防壁。読めない心。
(…こいつの心が読めさえしたら…)
歯噛みするだけの自分が悔しい。
もっと力があったなら、と。もっとサイオンが強かったならば、読めるのにと。
こうする間にも、人類の方では着々と…。
(…ミュウの殲滅計画を…)
きっと進めているのだろう。
先日、送り込まれて来たサム。アタラクシアでの幼馴染。
あの時点でもう、ナスカには目を付けられていた。
だから欲しいのが地球の情報、どう対処するのがベストなのか。
このままナスカに隠れるべきか、ナスカから一時撤退するか。
(…本当に、こいつが使えさえすれば…)
情報が手に入るのに、と思うけれども、心理防壁はどうにもならない。今日も駄目か、と溜息をついて、居住区へ戻って行ったのだけれど…。
銀河標準時間ではとうに夜更けで、照明暗めのシャングリラの通路。
其処を一人で歩いていたらば、「ちょいと」とブラウに手招きされた。「こっちに来な」と。
「ブラウ?」
何か用でも、と尋ねたら、「シーッ!」とブラウが唇に当てた人差し指。「声を立てるな」と。
なんだかアヤシイ雰囲気だけれど、呼ばれたからには行かねばなるまい。
(…ブラウの部屋じゃないようだけど…)
あそこはヒルマンの部屋だったんじゃあ…、と招かれるままに入った部屋。
案の定、其処はヒルマンの部屋で、「ようこそ、ソルジャー」と迎えてくれたのが部屋の住人。それにブラウとゼル機関長に、エラとキャプテン・ハーレイまでいる。
なんとも豪華な面子だからして、「えっと…?」とポカンと突っ立っていたら。
「まあ、座りたまえ」
秘密会議をしようじゃないか、と妙な提案。そう言われたって、会議なんかは聞いてもいない。
「…秘密会議だって?」
「ええ、そうです」
捕えた例の捕虜のことで…、とエラが大きく頷いた。「心が読めなくてお困りでしょう」と。
私たちも色々考えました、という言葉が少し頼もしい。
ヒルマンもエラも博識なのだし、その上、こういう豪華な面子。もしかしたら、何か解決策でも見付かったろうか、亀の甲より年の功とも言うのだから。
嫌が上にも高まる期待。ワクワクしながら椅子に座ったジョミーだったのだけれど。
「…びーえる…?」
なんだ、それは、と見開いた瞳。「びーえる」とは何のことだろう?
「BLだよ。…ボーイズラブとも言ったらしいね」
ずっと昔の地球で人気を博した代物なのだ、とヒルマンは言った。BL、すなわちボーイズラブとも呼ばれるブツ。なんでも男同士の恋愛、それが大いに人気だったらしい。
「…お、男同士…?」
ちょっとコワイ、と震えたジョミー。まるで分からない世界だから。
けれど、ヒルマンやエラの説明によれば、今の時代も好きな人間は後を絶たないとのこと。男にしか興味を持たないゲイとか、女もいけるバイなどの人種。
そういった人種に大人気なのが、その手の動画などの「お宝」。プロのものより、素人のヤツが好まれる傾向があったりもする。
「そこでだね…。あのメンバーズの男もだね…」
お宝映像を撮ってやってはどうだろうか、というヒルマンの言葉で腰が抜けそうになった。
今までの話の流れからして、撮るという「お宝」はBLな動画。それもメンバーズな地球の男を撮った代物、おまけにモノがBLだけに…。
「そ、その動画は…。あの男だけでは撮れない筈だな?」
男同士と言わなかったか、と返した質問、ヒルマンが「うむ」と振った首。それも縦に。
「もちろん、相手は必要だとも。…我々だよ」
君も当然含まれている、と聞いてガクンと外れた顎。「ぼくもだって!?」と。
想像もつかないBLの世界、其処へ飛び込んで行けと言うのかと。第一、BLと地球の男の心を読むこと、その二つがどう繋がるのかと。
そうは言っても、秘密会議には違いないから、震えながらも座り続けて…。
なるほど、と納得したジョミー。
地球の男の心理防壁は半端ないけれど、BLなら破れるかもしれない。
少々、いや、とんでもなく恥ずかしいけれど、やってみる価値はあるだろう。それにヒルマンやハーレイもいるし、ゼルだっているわけだから…。
「よし、その作戦を採用しよう」
やって良し! と出したゴーサイン。名付けてBL大作戦で、資料はドッサリ揃っていた。作戦開始までに頭にガッツリ叩き込むのが自分の仕事。
(うーん…)
ディープすぎる、と自分の部屋で唸った世界。ホントにコワイと、恐ろしすぎると。
(でも、やらないと…)
あいつの心は読めないからな、と腹を括って学んだBL。まさに未知との遭遇な世界。
(…やっぱり兄貴はハーレイだろうか…)
きっとハーレイが適役だよな、と思った兄貴。BLの世界で「攻め」とかいうキャラ。
ついでに自分も、「攻め」でいかなくてはならない。地球の男はタメ年っぽい感じだけれども、外見の年では自分の方が若いから…。
(年下攻め…)
でもって鬼畜の方がいいよね、と組み立ててゆく自分のキャラ。ただの年下では、インパクトが不足しているから。
年下の方が鬼畜で攻めだと、俄然、人気が出そうな世界。…BLワールド。
これでいこう、と鬼畜で年下攻めな自分を作ってゆく。サッパリ謎な世界ながらも、道具なども使うキャラにしようと。年上の男を泣かせて苛め抜こうと、それでこそ鬼畜なんだから、と。
同じ頃、ハーレイやゼルやヒルマン、彼らも自分の役作りというのに燃えていた。
ハーレイはジョミーが読んだ通りに「兄貴」の道を探究中。色々な「兄貴」がいるようだから、どういう兄貴がいいだろうかと。
ゼルとヒルマンも、自分のキャラを生かせる道を探っていた。BLの世界で演じるべきキャラ、自分を最高に生かせるキャラ。それを掴むべく、資料を広げて。
「むっ、これは…」だとか、「ワシのキャラじゃ!」だとか、鼻息も荒く。
エラとブラウも、それぞれの部屋で一人作戦会議。
どうやって場を盛り上げるべきか、地球の男をBLの世界に蹴り込むべきか。
心理防壁を破るためには、きっとBLが最適だから。お宝な動画に出演しろと言ってやったら、プライドも何も砕け散るのに違いないから。
こうして次の日、キースの尋問に出掛けて行ったのが秘密会議のメンバーたち。
「私は兄貴でいってみますよ」と自信に溢れるハーレイがいれば、「ぼくは年下攻めの鬼畜で」などと薄笑いを浮かべるジョミーも。
キースはと言えば、椅子に拘束されていたけれど、其処でヒルマンが取り出した注射器。
「フン…。自白剤か?」
そんなものが効くと思っているのか、と嘲笑うキースの腕に針がブスリで、薬液注入。キースは余裕の顔だったけれど、その前に進み出たジョミー。
「自白剤などは使っていない。…今のは気分が良くなる薬だ」
「なんだって?」
何を、とキースが睨み付けるから、ジョミーはフッと鼻で嗤った。「BLだが?」と。今の薬で気分が高揚するだろうから、その勢いで楽しもうと。お宝を撮影しようじゃないか、と。
「お宝だと?」
「そうだ。君はBLを知らないのか? 男同士の愛の世界で…」
今も人気だと聞いているが、とジョミーがペロリと舐めた唇。君を相手に撮影する、と。撮った動画は思念波通信で宇宙にバラ撒き、大々的に宣伝すると。
「わ、私でBLな動画を撮る気か…!?」
「いけないか? ちなみに、ぼくの役どころは年下攻めの鬼畜なキャラで…」
道具も色々使うんだけどね、と言った横から出て来たハーレイ。「私は兄貴で」と。ヒルマンやゼルも自分が組み立てた自慢のBLキャラを、熱く語ったものだから…。
「貴様ら、私にいったい何を…!!」
本気なのか、とキースがブルッた途端に、心に開いた僅かな隙間。心理防壁に入った亀裂。
さっきヒルマンが打った注射は、生理食塩水なのに。媚薬ですらも無かったのに。
BL作戦は見事に成功、地球の男はBLがよほど嫌らしい。恥ずかしい動画をバラ撒かれるのが好きな人間など、多分いないだろうけれど。
(今だ…!)
いける、とキースの心に飛び込んだジョミー。「お前の心を明け渡せ!」と、勢いをつけて入り込んだのに…。
(えーっと…?)
其処にいた若き日のキース。恐らく、メンバーズ・エリートになって間もない頃。
「ほほう…。いい尻をしてるじゃないかね」
私の部屋に来ないかね、とキースの尻を撫でている男。どう見ても本物のゲイな軍人。
「お、お断りします…!」
「いいのかね? 君の出世は私次第だと思うのだがねえ…?」
グランド・マザー直々に、お声が掛かるくらいになるまではねえ、と触りまくりのキースの尻。他にも色々、キースが過去に受けたセクハラてんこ盛りだから…。
(…こんな記憶を見せて貰っても…!)
何の役にも立たないと思う、とジョミーは大慌てで戻って来た。「これは酷い」と。
けれどキースは呆然自失で、目の焦点が合っていないような状態だから…。
(…そうか、BLだと、こうなるだけで…)
この作戦は使いようだな、と閃いたのがジョミーのアイデア。
BLでなくても、キースの心に凄いショックを与えてやったら、きっと中身が読めるんだ、と。
そんなわけだから後日、ジョミーが出直したことは言うまでもない。
自然出産児のトォニィを抱えて、颯爽と。
今度こそキースの本音を読むぞと、ミュウについての考え方を吐いて貰おうと…。
秘密の尋問・了
※ジョミーがトォニィを使って読んでた、キースの心。あれで読めると何故、知ってたのか。
前段階があるなら長老絡みかもよ、と思っていたらBLな尋問が来てしまったオチ…。
「サム・ヒューストンを覚えているか?」
キースがジョミーに投げ掛けた問い。
ミュウの長はどう答えるのか、と。
彼は知っている筈だから。
サムがどうなったか、そうなったのは誰のせいなのか。
(…どう答える?)
拘束されたままで見詰めたけれど。
ミュウでない自分にジョミーの心は読めないけれども、それでも、と。
何か動きを見せるだろうと、サムとは幼馴染だから、と。
けれど、返って来た答え。
「ああ。…何故、彼のことを?」と。
ジョミーは訊きもしなかった。
サムのその後を、友達だったサムがどうなったのかを。
ならば答える必要も無い。
義務すらもな、と噤んだ口。
その沈黙に、「だんまりか」と苦笑を浮かべたジョミー。
苦笑したいのは、こちらなのに。
「サムはどうでもいいのか」と。
どうして自分がサムを知っているか、知りたいことは「何故」の一言だけなのか、と。
だから皮肉をぶつけてやった。
「待て」とジョミーを呼び止めて。
「一つ訊きたい」と、「星の自転を止めることが出来るか」と。
「さあ…。やってみなければ分からないが」と返した化け物。
星の自転さえも、止められるかもしれないミュウ。
「その力がある限り、人類とミュウは相容れない」と、「残念だったな」と突き放したけれど。
ジョミーの方でも、「残念だ」と部屋から出て行ったけれど。
(…サムのことを尋ねていたならな…)
あんな言い方はしなかったろうな、とギリッと強く噛んだ唇。
お前に私の何が分かる、と。
(子供まで使って、心に飛び込んで来たくせに…)
姑息な手段を使う割には、尋問すらも出来ないらしいミュウの長。
サムの名前を耳にしたなら、彼は食い付くべきなのに。
本当に幼馴染なら。
ジルベスター星系で事故に遭ったサム、きっとミュウどもが絡んでいる筈。
何も知らないわけなどが無くて、元凶はジョミーと仲間だろうに。
サムの心を破壊したのは、壊れたサムを捨てたのは彼ら。
もしも捨ててはいないと言うなら、ジョミーは自分に訊くべきだった。
「サムはどうした?」と。
サムの名前を知っているなら、その後のことを教えて欲しいと。
けれど、噛み合わなかった会話。
自分が投げたサムの名前に、微塵も反応しなかったジョミー。
「懐かしい名だ」とも、「サムとは幼馴染だ」とも。
彼にとってはその程度のこと、サムが壊れてしまったことは。
最初から心に留めていなければ、まるでどうでもいいのだろう。
サムの心が壊れても。
二度と元には戻せなくても、ほんの些細なことでしかない。
(…所詮、あいつは…)
ミュウの長だ、と握った拳。
手足を拘束されていたって、握ることだけは出来るから。
握った拳を叩き付けることは出来なくても。
胸の底から湧き上がる怒り、それをぶつける先は無くても。
(サムを壊して、放り出して…)
自分たちさえそれで良ければ、気にもしないのがミュウなのだろう。
ジルベスター・セブンをナスカと名付けて、自分たちの世界に閉じこもって。
歩み寄りたいなどと綺麗事を言って、その同じ口で訊こうともしない。
かつて友だったサムのその後を、サムはどうしているのかを。
もはや友ではないらしいから。
ただの人類、ミュウにとっては排除すべき敵を壊しただけ。
どうしているのか、知りたいとさえ思わないのだろう。
自分たちさえ守れれば。
あの赤い星と、この船とだけを守れれば。
許すものか、と睨んだ扉。
ジョミーたちが去って閉まった扉。
閉じて動かない扉と同じに、ジョミーの心もまた動かない。
サムの名前を聞いたって。
その名を知るとも思えない自分、捕虜の口から「サム・ヒューストン」と耳にしたって。
(…当然と言えば、当然だろうな)
ジョミーがサムを壊したのなら、その時点でもう終わったこと。
遠い日にサムと過ごした日々も。
サムの故郷のアタラクシアで、一緒に成長して来たことも。
ジョミーの中では消えてしまって、友達だったサムはもういない。
(私は過去を持っていないが…)
ジョミーよりかはずっとマシだ、と思える自分。
故郷の記憶を持っていなくても、自分は友を忘れないから。
今でもサムを覚えているから、友だった頃のままの姿で。
サムが壊れてしまっても。
もう覚えてはいてくれなくても。
それにシロエも忘れてはいない、彼は友ではなかったけれど。
友と呼んだらシロエはきっと怒るだろうけれど、友になり得た人間だから。
(私のようなメンバーズでも…)
多くの敵を殺した者でも、友のことをけして忘れはしない。
成人検査よりも前の記憶が無くても、両親も故郷も忘れていても。
何もかもすっかり消えていたって、その後に出来た友たちは今も忘れないから。
(なのに、あいつは…)
サムを忘れた、と手のひらに爪が深く食い込む。
皮膚が裂けて血が流れようとも、自分の手などはどうでもいい。
サムの苦痛に比べたら。
二度と元には戻らないサム、彼の心が砕けてしまった時の痛みに比べたら。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
あいつがやった、という確信。
サムのことは今も覚えているのに、容赦なく。
人類はミュウの敵だというだけ、ただそれだけの理由でもって壊したサム。
「彼は友達だ」と庇わずに。
見逃してやれと言いもしないで、冷たい瞳でサムを壊した。
人類が名付けたジルベスター・セブンを、「ナスカ」と変えてしまったように。
ミュウに都合よく、ミュウの世界を守るためだけに。
今ではミュウの長だから。
前は確かにサムの友でも、今では別の種族だから。
そんな輩を許しはしない、と睨み付けたジョミーを隠した扉。
彼が出て行った、今は閉ざされた扉。
あれの向こうに続く通路を、どう行くのかは知っている。
ミュウの女が持っていた知識、それを自分は垣間見たから。
どう進んだら逃れられるか、道筋はとうに頭に叩き込んだから。
(…此処を出られたら…)
サムの仇を討ってやろう、と誓った心。
此処にはサムの友はいなくて、化け物が一人いただけのこと。
星の自転も止められるような化け物が。
遠い日に共に過ごした友さえ、躊躇わず壊す化け物が。
サムの心を壊してしまった、ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
(あいつを必ず殺してやる…)
最初からそのために来たのだからな、と自分自身に誓うけれども、見えない道。
今も扉は閉ざされたままで、自分は拘束されているから。
この牢獄から出られない内は、宇宙へも逃げてゆけないから。
けれど、必ず逃げ出してみせる。
サムを壊してしまった化け物、あのミュウの長を消すために。
この宇宙からミュウを一人残らず、跡形もなく焼き払い、滅ぼすために。
(…奴らは心を読むくせに…)
肝心の心を誰も持ってはいないのだからな、と憎しみだけが募ってゆく。
サムの名前は覚えていたのに、そのサムを壊してしまったジョミー。
あれは化け物だと、存在してはならないのだと。
何故なら、自分は忘れないから。
サムを忘れていないからこそ、ジルベスターまで来たのだから。
(……この耳のピアス……)
これが何かも知ろうともしない化け物めが、と心の中だけで吐き捨てた言葉。
サムの血を固めたピアスと知っても、あいつの顔は変わるまいな、と。
自分を捕えて、閉じ込めたジョミー・マーキス・シン。
遠い日にサムの友だった彼は、今ではただの化け物だから。
サムを平気で壊した化け物、壊した相手を気にも留めてはいないのだから。
(生かしてはおけん…)
あいつも、ミュウも一人残らず、と睨み付ける扉。
必ず此処から逃げてみせると、心を持たない化け物どもは、一人残らず焼き払わねば、と…。
壊された友・了
※「サム・ヒューストンを覚えているか?」と、キースは訊いたわけですけれど。
どういう答えが聞きたかったのか、どうして黙っていたのかが謎。それを捏造してみたお話。
