「まずは人質を一人、解放しよう。受け取れ!」
そう言ってキースがブン投げた人質、片手でも投げられるトォニィ。
シャングリラの格納庫から逃亡するべく、やったのだけれど。
(その手には乗るか!)
年寄りを舐めるんじゃねえ、若造が! とキッと睨んだのがソルジャー・ブルー。
ダテに長生きしてはいないし、ソルジャーの看板を背負ってもいない。
あまりにも長く眠っていたから、身体にガタは来ているものの、判断力は至って正常。
キースがポイと投げ捨てた子供、そっちに行ったら見えている負け。人質はもう一人残っているから、何の解決にもならない結末。
だから一瞬で飛ばしたサイオン、まだその程度は使えるから。
(床に落ちたら、これでガードだ!)
何処から落ちても守れる筈だ、とトォニィの周りに張ったシールド。
それが済んだらマッハの速さで振り向いた先に、逃げてゆく地球の男が見えた。明らかに勝ちを確信している様子で、フィシスの手首を引っ掴んで。
「ブルー! ソルジャー・ブルー!」
フィシスが悲鳴を上げているから、「落ち着け」と思念で送った合図。ついでに「黙れ」と。
『ブルー?』
サッと思念波に切り替えたのがフィシス、「いいから黙れ」とリピートした。あまり消耗したくないから、これ以上は御免蒙りたい。
でもって急いだ、キースが乗ろうとしているギブリへ。
さっきトォニィの方へと行かなかった分、なんとか残っていた体力。
キースは前しか見ていないから、余裕で追えた。自分も後から乗り込んだ後は、座席の陰に身を隠した次第。隙間からキースが見える場所へと。
馬鹿め、と眺めた「逃げ切ったつもりの」地球の男、キース。
ギブリはミュウが開発した船だからして、人類の船とは少しばかり違う。いくらメンバーズでも初見でサクッと発進は無理で、手間取っているのが面白い。
(しかし、マニュアルに忠実な奴…)
わざわざフィシスにシートベルトを着けてやるのが、傑作の極みと言うべきか。どうせ生かしておく気も無いのに、もう人質の価値も無い筈なのに。
このシャングリラから逃げさえしたなら、関係無いのが人質の生死。誰も確認しては来ないし、これが自分だとしたならば…。
(…ぼくだけシートベルトだな)
人質の世話までやってられるか、と呆れてしまったマニュアル男。
なにしろキースは、シートベルトの着け方だけでも四苦八苦していたものだから。
自分の席のを着けるだけでも「なんだ、これは?」と悩みまくりで、やっと着けても他人の分を着けるとなったら、また一苦労。
(思いっ切りの時間ロスだし…)
フィシスは放っておけばいいのに、と漏らした苦笑。「本当に馬鹿だ」と。
そのキースはと言えば、今はエンジンと格闘中。「これか?」「こうすればかかるのか?」と。
まあ、間違ってはいないけれども、なんとも命知らずな男。
エンジンの掛け方も分からないような謎の機体で、宇宙に向かって逃げようだなんて。
(一つ間違えたら、死ねるんだけどね?)
ただの人類なんだから、と思うけれども、あちらも必死なのだろう。
此処で宇宙に逃げ損なったら、捕まって捕虜に逆戻りだから。
フィシスには「黙れ」と言ってあるから、これから先はこっちのターン。
余計なのが一人乗り込んだことに、キースは気付いていないのだから余裕は充分。かてて加えてミュウの特性、それが有利に働いてくれる。
(サイオンは、貸し借り可能なわけで…)
その上、地球の男と同じ生まれなフィシス。元はミュウではなかった存在。ミュウに変えたのは自分のサイオン、だから余計に借りやすい。こうして隠れている間にも…。
『聞こえるか!?』
シャングリラのブリッジに飛ばしたのが思念、直ぐに返って来た返事。
「ソルジャー・ブルー!?」と、仲間たちのがドッサリと。それに応えてサクサク送信。
『格納庫に医療スタッフを寄越してくれ。子供が一人倒れている』
『子供ですか!?』
あなたは何処に、と届いたキャプテンの思念、「まだ格納庫だ」と返してやった。
『もうすぐギブリが発進する。ぼくとフィシスも乗っているから、撃つんじゃない』
『どういうことです?』
『地球の男が、フィシスを人質に取った。ぼくは勝手に乗り込んだだけで…』
まだ気付かれていないから、と送った途端に、やっと掛かったらしいエンジン。とはいえ、まだ開かないのが格納庫の出口、またまた苦労しているキース。
『まだ暫くはかかりそうだが…。地球の男と行ってくる』
『しかし、あなたは…!?』
『大丈夫。ダテにソルジャーをやってはいないよ』
ジョミーは何処に、と訊いてみたらば、シャングリラにはいないとのこと。
そういうことなら臨機応変、出たトコ勝負でいいだろう。サイオンは充分、使えるのだから。
かくしてキースは、フィシスを人質に取ったつもりで逃げ出した。…シャングリラから。
格納庫に置いて来たつもりのタイプ・ブルーが、乗り込んだとは気付かないままで。
それも伝説のタイプ・ブルー・オリジン、彼に「ヤバイ」と思わせたミュウ。手段を選んでいる余裕など無いと、人質の子供をブン投げておいて逃げるべきだ、と。
その厄介なタイプ・ブルーが乗っていた上、只今、順調にサイオンを回復中だというのが怖い。
(人質がフィシスだったというのが好都合…)
他の誰よりも、ぼくとサイオンの相性がいいわけだから、とニンマリ笑っているブルー。
そうとも知らないのが地球の男で、彼に何処からかコンタクトして来たのがミュウらしき部下。これは使えると思ったのだろう、地球の男は船の動力炉を暴走させた。
早い話がギブリを爆破で、それに紛れて逃げる算段。部下のサイオン・シールドで。もう絶好のチャンス到来、颯爽と立ち上がったブルー。座席の陰から。
「…その辺で止まって貰おうか」
格納庫でさっき自分が言われた台詞を、まるっとパクッて決め台詞。
「き、貴様は…!?」
何故だ、と顎が外れそうになったのがキース、慌ててフィシスの首を掴もうとしたけれど。
先刻ブルーが張ったシールド、フィシスに手出しは不可能だった。地球の男はまさにリーチで、動力炉は絶賛暴走中。
「この船から逃げるつもりのようだが…。せっかくだから、選ばせてやろう」
此処に残って爆死するのか、ぼくと大人しく船に戻るか。
選ばないなら、こちらで決める、とブルーが浮かべた笑み。「死んで貰うのが良さそうだ」と。
「ま、待て…!」
少し考えさせてくれ、と地球の男が慌てる間に、船は爆発したものだから…。
『ブルー!?』
其処へ折よく飛んで来たジョミー、実にナイスなタイミング。丁度いいから、フィシスは任せることにした。ブルーはと言えば、地球の男をガッツリ捕獲で、首に縄ならぬ自分の両手。
「さて…。このままギリギリ絞められたいか?」
多分、絞め殺せると思うが、とグッと入れた力、動けないのが憐れなキース。
そうする間に逃げてゆくのが、ミュウらしき部下が乗っている船。アレもあった、と思い出したから、「やってしまえ」とジョミーに顎をしゃくった。「アレを逃がすな」と、先のソルジャーの冷静さでもって。
「はいっ!」と威勢よく返事したジョミー、フィシスをしっかり抱えたままで追い掛けて…。
やや間があって起こった爆発、じきにジョミーは戻って来た。
「やっぱりミュウが乗っていました」と、気絶している乗員をフィシスとセットで抱えて。
「マ、マツカ…!?」
地球の男は部下を見るなり顔面蒼白、心拍数もドッと跳ね上がったけれど。
ブルーがガシッと掴んだ首から、もうドクドクと血流の音が伝わるけれども、地球の男が諸悪の根源。ガクブルだろうが、心臓バクバクだろうが、知ったことではないわけで…。
「ジョミー、細かい話は後だ。とにかく、こいつを連れて戻ろう」
「そうですね! 利用価値があるかどうかは知りませんけど…」
心が全く読めないもので、と困り顔のジョミー、「そうなのかい?」とキョトンとしたブルー。
自分にかかればサクッと読めたし、生まれも分かってしまったから。
きっとこの先も色々と読めて、利用価値だって、たっぷりだから。
そんな最強のタイプ・ブルーに、捕獲されたのがキースの運の尽き。
シャングリラに連れ戻された地球の男は、それはエライ目に遭わされた。
地球の機密を吐かされた挙句、人質に取られてしまったオチ。
「人質を一人解放しよう」と逃げた筈の船で、今度は自分と部下が人質。
ミュウにしてみれば棚からボタモチ、もう早速にかけた脅しはこうだった。
グランド・マザー宛てに、堂々と。
「未来の指導者を捕獲しているが、これを処分していいだろうか?」と。
グランド・マザーはビビッたけれども、キースの代わりに新しいのを育成するには、三十年近くかかるという悲しい現実。
これではどうにもならないからして、飲まざるを得なかったミュウの要求。
彼らが何処かへトンズラするまで、一切、攻撃しないこと。
おまけに、ナスカことジルベスター・セブンで、シェルターに閉じ込められているキース。彼とマツカを回収するのは、ミュウの船が消えてから一週間後という条件も。
グランド・マザーが歯噛みする間に、悠々と無傷で逃げてしまったシャングリラ。
一週間が経って、もう良かろうと、グレイブことマードック大佐が救助に駆け付けてみたら…。
シェルターの中のキースとマツカは、まるっとサクッと、身ぐるみ剥がれていたらしい。
「縛るよりかは人道的だ」という、ソルジャー・ブルーの判断で。
一週間も放置プレイなのだし、縛っておくのも気の毒だろうと、温情たっぷりの命令で。
こうしてシャングリラはナスカから消えて、暫くの間は静かな日々が続いたけれど。
後に人類が、ミュウにアッサリ敗北したのは、当然と言えば当然の結果。
国家主席になったキースは、ミュウの怖さを嫌というほど、味わい尽くしていたわけだから。
ソルジャー・シンの背後で院政を敷いた、伝説の男、ソルジャー・ブルー。
彼に歯向かったら何が起こるか、知っていたから掲げた白旗。
仰せにキッチリ従いますと、ノアでも地球でも、ご自由にお持ち下さいと…。
ミスった人質・了
※ブルーがトォニィの方に行かなかったら、流れは変わっていたんじゃあ…、と。
サイオンの貸し借りは多分出来る筈、ジョミーも「ソルジャー、生きて!」だったしね。
(ぼくの故郷…)
エネルゲイア、とシロエが手繰った自分の記憶。
一日の講義を終えた後の部屋で、「大丈夫」と、「まだ覚えている」と。
成人検査を受けた時から、おぼろに霞んでいる故郷。
それが怖くて、こうして辿る。
「まだ大丈夫」と、「忘れていない」と。
大好きだった故郷は、ちゃんと心の中にあるから。
どんなに霞んでしまっていたって、消えたわけではないのだから。
(パパとママがいて、ぼくの家があって…)
たったそれだけ、その程度しか確かなことが無かったとしても。
家が在った場所を示す住所を、まるで書くことが出来なくても。
(でも、覚えてる…)
あそこがぼくの故郷だった、と思い出す「エネルゲイア」という名前。
アルテメシアという星の上に、エネルゲイアは在ったのだと。
自分は其処で暮らしていたと、毎日が幸せだったのだと。
けれど、全てを奪われた。
忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブに、あの憎らしい成人検査に。
ピーターパンの本だけを残して、何もかもを。
両親も家も、エネルゲイアという場所も。
気付けば消されていた記憶。
あんなに「嫌だ」と抵抗したのに、機械が消してしまった記憶。
大人になるには、必要無いと。
両親も家も、故郷も要りはしないのだと。
(…だけど、忘れてやるもんか…)
こうして残っている分は。
今も自分の中に残った、大切な故郷の記憶の欠片。
顔さえ思い出せない両親、住所が分からなくなった家。
それでも記憶は残っているから、好きだったことは忘れないから。
穴だらけだろうが、欠けていようが、自分は自分。
こういう記憶を持っている者、それが自分でセキ・レイ・シロエ。
エネルゲイアの家で育って、ネバーランドを夢見た子供。
両親がくれたピーターパンの本が宝物、今でも持っているほどに。
成人検査を終えた後にも、此処まで持って来たほどに。
(ぼくは決して忘れやしない…)
機械が何をしたのかも。
記憶を消されてしまってもなお、自分を構成しているものも。
両親が、故郷が好きだった自分。
故郷の家も、風も光も。
エネルゲイアの映像を見ても、何処か現実味が無いけれど。
自分が確かに其処に居たこと、その実感が湧かないけれど。
あそこが大好きだったのに。
あの故郷から、故郷の空から、ネバーランドへ飛ぼうと何度も夢を見たのに。
(ぼくの好きな所が、一杯あって…)
パパやママと一緒に行ったっけ、と思った所で途切れた記憶。
いきなりプツリと切られたように。
せっせと辿った道しるべの糸、その糸が消えてしまったように。
(…これは、何…?)
どうして、と手繰ろうとした続き。
両親と一緒に何度も出掛けた、大好きだった思い出の場所。
お気に入りの場所は、と手繰った糸には先が無かった。
鋭い刃物でブツリと切られて、あるいはハサミでチョキンと切られて。
糸の先には、もう無かった道。
お気に入りの場所は何処だったのかが、まるで記憶に無かったから。
ただ「好き」としか、「好きだった」としか。
其処がいったい何処にあるのか、それが分からないなら、まだいいけれど…。
嘘だ、と見詰めた記憶の穴。
心にぽっかり開いた空洞、何も覚えていない自分。
両親と何処へ行ったのか。
胸を高鳴らせて出掛けた先には何があったか、何を見たのか。
(……そんな……)
そんな馬鹿な、と背中に流れた冷たい汗。
いくら霞んでしまったとはいえ、故郷の記憶はある筈なのに。
お気に入りの場所が何処にあったか、それはハッキリしなくても…。
(好きだったものは覚えている筈…)
そう思うのに、糸はプツンと切れたまま。
両親と何をしていたのか。
どうして其処が気に入っていたか、何をするための場所だったのか。
多分、子供が喜びそうな場所なのに。
とても気に入って、何度も出掛けていた筈なのに。
(あれは何処…?)
幼い頃から何度も行った。
両親の手をキュッと握って、大はしゃぎして。
自分一人では、上手く帽子も被れなかったほどの頃から。
母が被せて、父が直してくれたりしていた頭の帽子。
(…帽子なんだし…)
日よけの帽子で、それならば外。
屋外の何処か、気に入りの場所はそういう所。
(…海とか、山とか…?)
それだろうか、と思うけれども、記憶には穴が開いたまま。
何も返ってこない反応、「それだ」とも、「それじゃない」とさえ。
消された記憶を、自分は持っていないから。
機械にすっかり奪い去られて、手掛かりさえも掴めないから。
(…海でも山でもないのなら…)
公園だとか、と自分に向かって尋ねるけれど。
他に子供が好きそうな場所は、と次から次へと挙げてゆくけれど。
幾つ挙げても、「これだ」と思えない答え。
他には、もう思い付かないのに。
ピーターパンの本を広げて、端から拾っていったって。
これだろうか、と指で言葉を指したって。
(…好きだった場所を…)
ぼくは忘れた、と足元が崩れ落ちるよう。
大好きな両親と何度も出掛けた、お気に入りの場所が出て来ない。
いったい何を好んでいたのか、好きだった場所は何処だったのか。
それの答えが何と出るかで、きっと何通りもある組み合わせ。
海が大好きな子供だったら、泳ぎがとても好きだったとか。
山が好きなら、木登りが得意だったとか。
(…遊園地に出掛けて行ったって…)
好きだった遊具で変わるのだろう。
セキ・レイ・シロエの子供時代というものは。
今の自分が出来た切っ掛け、自分を構成しているものは。
(……酷い……)
酷い、と失くしてしまった言葉。
自分では「自分」を掴んでいるつもりだったのに。
記憶がおぼろになっていたって、セキ・レイ・シロエは自分だと。
此処にいるのだと、これがセキ・レイ・シロエだと。
それなのに欠けている記憶。
大切なものが、とても大切だった筈の部分が。
今のシロエを築き上げたもの、幹とも言うべき自分の根幹。
大好きで興味を示していた場所、其処で自分がやっていたこと。
それを丸ごと忘れてしまって、何も残っていないだなんて。
幼い頃から好きだった場所も、その場所でしか出来ないことも。
(…ぼくは、いったい…)
誰なんだろう、と揺らぐ足元。
今の自分を築いた記憶は、何も残っていなかったから。
プツリと途切れた糸の先には、何もくっついてはいなかったから。
ぼくは誰なの、と問い掛けてみても分からない。
どうやって今のセキ・レイ・シロエが出来たのか。
スポーツが好きな子供だったか、スポーツより読書が好きだったのか。
そんな単純なことさえも。
もしや、と記憶の糸を辿ったら、それも途切れて消えていたから。
機械が消してしまったから。
(パパ、ママ…)
教えて、と奈落の縁に立って震える。
ぼくはどうやって育って来たのと、何処へ連れてってくれていたの、と。
それの答えで、シロエが誰かが変わるから。
お気に入りの場所に全てがあるのに、何も覚えていないから。
(……お願い、ママ、パパ……)
ぼくに教えて、と零れ落ちる涙。
自分が誰だか分からないよと、本物のシロエは何処にいるの、と…。
ぼくは誰なの・了
※シロエの記憶の欠けっぷりからして、多分、こういう記憶も消えてるんだろう、と。
どういう風に育って来たかは、大切だと思うんですけどね…。ごめんよ、シロエ。
(ぼくは腰抜けの裏切り者なんだ…)
だから今だってこんな所に、とマツカが噛んだ自分の唇。「臆病者だ」と。
国家騎士団が開発中のAPDスーツ。
アンチ・サイオン・デバイス・スーツ。…装着者を超能力から防御するもの。
これが完成してしまったなら、今まで以上の危機に晒されるミュウ。自分と同じ力を持つ者。
(…ぼくがキースを助けたから…)
どんどん悪い方に行くんだ、と分かっているのがミュウの運命。
一番最初は、ジルベスター・セブンからキースを救い出したこと。行方不明のキースを捜して、降下中だった時に呼び掛けられた。「あなたはミュウか?」と。
(…あの時、ぼくが応えていれば…)
呼び掛けた声に応じていたなら、全ては変わっていたのだろう。
キースは生きて戻ることなく、ジルベスター・セブンも滅びなかった。あの星にいたミュウたちだって。
きっと一人も欠けたりはせずに、地球を目指していたのだろう。…今と同じに。
(…ソルジャー・ブルー…)
ミュウの前の長、彼も自分が見殺しにした。キースが撃つのを止めもしないで。
何もかも全部、自分の罪。
メギドの炎がジルベスター・セブンを滅ぼしたことも、ソルジャー・ブルーが斃れたことも。
取り返しのつかない、大きすぎる罪。
けれど詫びさえ口にしないで、人類の中で生きている自分。しかもキースを守りながら。
(…襲撃も、爆破も…)
キースを狙った暗殺計画、どれも成功したことはない。セルジュたちの存在も大きいけれども、一番役立つ化け物が自分。
…銃の弾さえ、受け止めることが出来るから。キースの食事に盛られている毒、それも察知して密かに処分してしまうから。
(…ぼくがキースを守る度に…)
消えてゆくのがミュウの命で、今だってそう。
APDスーツが完成したなら、全軍きってのゴロツキどもが集められるのだろう。命知らずで、金さえ貰えば何でもする者。…ミュウを端から残らず虐殺することだって。
(この間だって…)
キースが無表情に見ていたモニター、それの向こうで無残に撃ち殺されたミュウたち。
開発中のAPDスーツを纏った部隊に、あどけなさが残る女性までもが。
あんな調子で、子供たちも殺してゆくのだろう。ミュウの子供なら、それは敵だと。
生まれたばかりの赤ん坊さえ、銃で頭を吹き飛ばして。
(…だけど、ぼくには…)
止める術が無い、そんな力を持ってはいない。
もしも力を持っていたなら、とうの昔に逃げ出していることだろう。ミュウの船へと。
何処かから小型艇を一隻奪って、ミュウの船がいる宙域へ。
通信回線を使うことなく、思念波で彼らに呼び掛けたなら…。
(きっと迎えて貰えるんだ…)
モビー・ディックに、ミュウの母船に。
これまでに犯した罪も問われず、「よく逃げたな」と労われて。
「国家騎士団にいたなら、知っている限りの情報を頼む」と、好待遇で。
けれど出来ない、離れられないキースの側。
最初に命を助けられたから、本当のキースを知っているから。
(でも、それだって…)
ミュウたちから見れば、ただの言い訳。
腰抜けだから逃げることさえ出来ないのだと、「お前はただの臆病者だ」と。
そう言われても仕方ない…、と零れる溜息。
自分は此処から逃げる気も無いし、これからもキースを守るから。
そのつもりだから、裏切り者。
APDスーツを纏った部隊がミュウを残らず殺す日が来るのを、知っていて知らぬふりだから。
(…あれが完成したら、ミュウたちは…)
今度こそ滅ぼされるのだろう、一人残らず。
キースはそういうつもりなのだし、開発を急がせているのだから。
(ぼくには、それをどうすることも…)
出来ないんだ、と俯いた所へ、入って来たのがまだ若い兵士。国家騎士団の制服の。
「アニアン大佐のお食事をお持ちしました」
お願いします、と渡されたトレイ。側近の自分が運ぶべきもの。
受け取ってキースに持ってゆく前に…。
(…この食事は…)
安全だろうか、とサイオンで探る。
毒を察知する力は無くても、それを誰かが入れていたなら、分かるから。
人類でも思念は残るものだし、良からぬ企てをしていたのならば、それを自分が防ぐから。
これは…、と調べてゆくトレイ。載せられた皿を一つずつ。
(…これは大丈夫で、この皿も…)
何も怪しい所はないな、とチェックしていった最後の皿。其処で止まってしまった視線。
(……誰かが入れた……)
盛られたシチューに、有り得ないものを。調味料ではないものを。
おまけに毒でもなかったそれ。
使いようによっては、毒になるかもしれないけれど。…それを狙って入れたのだけれど。
(……物凄く頑固な……)
便秘用だ、と分かった下剤。
一週間どころか十日ほども出ないで困っている人、そういう人間の御用達。
入れた人間の心を感じる、「アニアン大佐なら、さぞ効くだろう」と。
日々の運動を欠かさないキース、食生活にも抜かりはない。便秘などとは無縁な人物、いつでも快食快眠な人。…ついでに快便。
そんなキースに、これほどの効き目を秘めた下剤を飲ませたら…。
(もう絶対に…)
腹を壊して、ピーピーになることだろう。下痢止めだって効きはしなくて、もはや離れられないトイレの個室。
どうしても個室を出ると言うなら、個室の前にベッドを置かねばならないくらい。
催して来たら、直ぐにトイレに駆け込めるように。ベッドを出たなら五秒でトイレ、とズボンを下ろす間に飛び込めるトイレ、そういう場所に置くべきベッド。
最高に気の利く側近ならば。
キースがトイレの個室に立てこもることを、良しとしないで出て来るのなら。
(…強烈すぎる下剤だけれど…)
このままシチューを持って行ったら、もう大惨事になるのだけれど。
恐らくキースは三日間ほどトイレと友達、APDスーツの出来を確かめるどころではない。彼の仕事は止まってしまって、チェックするキースがいないのならば…。
(…APDスーツの開発は…)
きっと遅れるに違いない。キースが指揮をしているのだから、指揮官不在になるわけだから。
ならば、と見詰めたシチューの皿。
これをキースに運んで行ったら、後は下剤の出番になる。キースは食事を残しはしないし、空になるだろうシチューの皿。…中に仕込まれた下剤ごと。
(十日も出ないで困っている人と、キースだと…)
まるで違う、と自分でも分かる。シチューに下剤を仕込んだ人物、そちらの方でも百も承知で。
(…キースの足を引っ張りたい誰か…)
それに間違いないのだけれども、毒の代わりに強力な下剤。場合によっては薬になるもの、酷い便秘に苦しむ人なら救世主と言っていいくらい。
(キースが飲んだら、とんでもないことになるだけで…)
人によっては大喜びだ、と見詰めるシチュー。
飲めば頑固な便秘が解消、スッキリするだろう辛かった腹。いきみすぎた時は、見舞われる悲劇だってある。とてもお尻が痛くなるとか、もう座るのも辛いだとか。
(そういう人には薬なんだし…)
毒とは違う、と自分に向かって言い聞かせた。これは薬で、良薬は口に苦しだから、と。
キースの場合は腹に苦しで、腸に苦しかもしれないけれど。
腸も腸粘膜もまるっとやられて、お尻さえもが悲鳴なのかもしれないけれど。
(…ぼくが届けに行ったなら…)
三日間ほどは遅れるだろう、APDスーツの開発計画。
毒ではなくて、薬のせいで。
キースがトイレに籠ってしまって、其処から出られなくなって。
(出たとしたって、きっと五分と経たない内に…)
トイレに走ってゆくだろうから、個室の前に置くべきベッド。いざという時、トイレから離れた場所にいたならマズイから。…ズボンを下ろして座る時間が無くなるから。
その状態では、もう絶対に執れない指揮。
APDスーツの完成を如何に急がせていても、キース抜きでは進まないのが開発計画。
(…ぼくは裏切り者だけど…)
ミュウを散々裏切ったけれど、これからも裏切り続けるけれど。
裏切り者でも、キースを守って生きてゆこうと決めているのが自分だけれど…。
(…三日間だけ…)
ほんの三日にしかならないけれども、ミュウたちのために時間を稼ごうか。
これが毒なら運ばないけれど、毒ではなくて薬だから。…頑固な便秘の人には福音なのだから。
一度だけだ、と決意したマツカ。
シチューに毒など入っていないし、入っているのは救世主とも呼べる良薬。
頑固な便秘は、放っておいたら手術なのだと聞いているから。下剤を飲むのが遅すぎたならば、開腹手術になるという話も耳にしたから。
(…良薬は口に苦し、だから…)
キースの場合は、ちょっと薬が効きすぎるだけで、とマツカが運んだ食事のトレイ。
APDスーツを巡る報告を見ているキースに、「食事をお持ちしました」と。
臆病な自分に喝を入れながら、「裏切り者でも、たまには役に立ちたいから」と。
三日間だけ稼げそうな時間、その間に頑張って欲しいミュウたち。
APDスーツの開発をそれだけ遅らせるから、少しでも前へ進んで欲しい。
今日まで重ね続けた裏切り。これからも重ねるだろう裏切り、その罪滅ぼしに三日だけ。
薬入りのシチューで、キースを足止めしておくから。
強力すぎる下剤を飲ませて、トイレの側から離れられないようにさせるから。
(…すみません、キース…)
ぼくが看病しますから、とキースに心で詫びたマツカは頑張った。
臆病者の裏切り者なりに、なけなしの度胸で届けたシチュー。頑固な便秘の人が飲んだら、狂喜しそうな下剤入り。
かくしてキースは、三日間ほど現場から姿を消すことになった。
APDスーツの出来具合を見に出掛けたくても、トイレから離れられないから。たったの五分も離れていたなら、脂汗どころではなかったから。
「マツカ…!」
トイレットペーパーが切れる前に運んで来ておかないか、と個室で叫んでいるキース。
もっと紙をと、ありったけ運んで来ておけと。
「私がトイレに入っている間に、ベッドも快適に整えておけ」と。
そのベッドはと言えば、個室の前にドカンと据えてあるのだけれど。ベッドから出たら、五秒でトイレな場所に置かれているのだけれど。
(…ぼくはキースを裏切ってなんか…)
いないと思う、とマツカは甲斐甲斐しく世話を続ける。
自分が此処で頑張る間に、ミュウたちにも努力して欲しいと。
APDスーツが出来つつあると気付いてくれと、これが自分の精一杯の罪滅ぼしだから、と…。
裏切り者の薬・了
※マツカはキースに「毒を盛らない」そうですけれど。…毒に気付かないふりなら可能。
本当の毒なら処分な所が、便秘薬はスルーしたらしいです。切実に欲しい人もいますしねv
(…このタイミングで処分命令か…)
E-1077をか、と立ち上がったキース。
たった今、グランド・マザーから受けた極秘の命令。
「教育ステーション、E-1077を処分して来い」と。
とうの昔に、廃校になっているけれど。
スウェナもそれを知っていたけれど。
(…偶然なのか?)
この間、これを受け取ったばかり…、と本を手に取り、腰掛けた椅子。
さっき通信を受けたのとは別の、私的なスペース。
膝の上、傷んだピーターパンの本。シロエの持ち物だった本。
見返しの下にシロエが隠していたメッセージ。
それを自分は見たのだけれども…。
(…肝心の部分は見られず、か…)
劣化したのか、本と同じにレーザー砲を浴びて破損したのか。
シロエのサイオンは本を守ったけれども、あちこちが黒く焦げているから。
破れてしまった箇所も幾つか。
自分の命を守る代わりに、シロエが守った大切な本。
あのメッセージを守るためではなかっただろう。
ただひたすらに、本を守っただけだったろう。
遠い昔に、両腕で本を抱くのを見たから。
まるで幼い子供のような表情で。
あの時に知った、この本はシロエの宝物だと。
幼い時から持っていたもの、ステーションまで持って来た本。
だからこそ、シロエは本を守った。
ミュウの力で、本の周りにシールドを張って。
自分ごと守れば助かったものを、本のことだけを大切に考え続けて。
そうやって逝ってしまったシロエ。
彼が命を懸けて撮影した、フロア001の映像。
その核心は画像も音声も乱れてしまって、掴めないまま。
E-1077に出向けば、あのフロアへも行けるのだろう。
シロエが「忘れるな!」と叫んだ場所へ。
卒業の日までに、どう頑張っても辿り着けずに終わった場所へ。
(…やっとシロエとの約束を果たせる…)
十二年もの時が流れたけれども、遺言になったシロエの言葉に従える。
「自分の目で確かめろ」とシロエは言っていたから。
フロア001、其処にあるもの、それが何かは分からないけれど。
グランド・マザーからも聞いてはいないけれども。
(まるで神の手でも働いたような…)
そんな気がするタイミング。
シロエの本を手にした途端に、この命令が来たのだから。
E-1077のことなど、今日まで聞きはしなかったのに。
廃校になったということでさえも、軍の噂で耳にしていただけなのに。
(…呼んだのか?)
お前が私を呼んだのか、と心でシロエに語り掛けた。
来いと言うのかと、今、この時に、と。
ピーターパンの本を開いて、見詰めたシロエが残したサイン。
「セキ・レイ・シロエ」と書いてある名前、その下にチップが隠されていた。
けれど、シロエはチップを守ったわけではない。
違うと確信している自分。
シロエが守ったものは本だと、この本だった、と。
機械の言いなりになって生きる人生に、意味などは無いと言い切ったシロエ。
きっと命は要らなかったろう、彼が忌み嫌う機械に服従してまでは。
たとえシロエがミュウでなくとも、あの道を選んで散ったのだろう。
この本だけを持って、宇宙へと逃げて。
宝物の本を抱えて飛び去っただろう、宇宙の彼方に広がる空へ。
(…なのに、本だけが…)
こうして此処に残ってしまった。
シロエの宝物なのに。
本当だったら、シロエと共に在る筈なのに。
無意識の内にシロエが守って、宝物をシールドしていたから。
どういう結果になるのかも知らず、ミュウの力すらも知らないままで。
それに気付いて、思ったこと。
E-1077を処分するなら、そのために自分が出向くなら。
(…これをシロエに返してやろう)
もしもシロエが自分を呼んだと言うのなら。
来いと招いていると言うなら、彼が望んでいることは、きっと…。
(口では、フロア001だと言おうとも…)
本当の思いは、この本のこと。
宝物の本を返して欲しいと、それが出来るなら届けてくれと。
彼の魂が何処にいるかは分からないけれど、今もE-1077の辺りにいるのなら…。
(シロエに返してやらないとな…)
自分が持ったままでいるより、これの本当の持ち主に。
己の命を守る代わりに、本を守ったほどのシロエに。
きっと今でも、本を探しているだろうから。
ピーターパンの本は何処へ行ったかと、誰が奪って行ったのかと。
あの本が宝物だったのに、とシロエはきっと探している。
魂になって、今も宇宙にいるならば。
E-1077の辺りの漆黒の宇宙、其処を飛んでは、「ぼくの本は?」と。
自分ならこれを返してやれる、と思った本。
遠い日にシロエが逮捕された時、同じように本を返してやった。
意識を失くしたシロエを連れてゆこうとしていた、保安部隊の男たちの前に突き付けて。
シロエが横たえられていたベッド、その上にそっと置いてやって。
(あの時のように、返さないと…)
この本はシロエの宝物だから。
保安部隊に連れ去られた後も、皆の記憶から消された後にも、シロエは本と共にいた。
大切に抱えて、宇宙まで。
レーザー砲の光に焼かれた時にも、この本だけを守り抜いて。
だから返してやらねばならない、本の持ち主だったシロエに。
遠い日と同じに、自分の手で。
これがシロエの宝物だと知っているから、それを自分が手にしたからには。
ならば、自分が、今、すべきことは…。
グランド・マザーからの通信を受けた、さっきの部屋。
其処に戻ってアクセスしたデータ、今ならば開示される筈。
パルテノンの管轄下に置かれ、政府関係者ですら立ち入りを制限されている場所。
E-1077のデータに、恐らくはその殆どに。
(フロア001は無理なのだろうが…)
試してみて、やはり弾かれた。
国家機密を示すエラーに、そういうエラーメッセージに。
けれども、自分が探しているのは、それではない。
そう簡単に謎が解けるとも思ってはいない。
(…だが、シロエの名は…)
出るのだろう、と打ち込んでいったシロエの名前。
「セキ・レイ・シロエ」と、それから彼が在籍していた時期と。
案の定、其処にいたシロエ。
候補生たちが皆、忘れ果てていた、セキ・レイ・シロエの名前は在った。
E-1077を運営していた者たちからすれば、それは必須のデータだから。
シロエの存在を消し去った後も、データは保存されるから。
名前の下には、欲しかったデータ。
あそこでシロエが暮らしていた部屋、その所在地と状態と。
(…やはり封鎖か…)
E-1077が廃校になる前からずっと、閉ざされたままだという情報。
候補生は誰も立ち入らない部屋、使われることがなかった部屋。
シロエはMのキャリアだったから。
ミュウ因子を持った人間を指す、ミュウに詳しくない者たちが使う言い回し。
此処でもそれが使われていた。
ミュウとは何かを知らない者たち、E-1077の上層部。
彼らはMの感染を恐れ、シロエの部屋を封印した。
誰も近付かないように。
同じような扉が並んでいたって、誤って入らないように。
E-1077の居住区の一角、時が止まったままだろう部屋。
シロエの私物はもう無いけれども、彼が暮らしていた頃のままに。
新しい住人が入らないまま、シロエと一緒に凍った刻(とき)。
予想通りか、と頭に叩き込んだ地図。
シロエの部屋へ行くには何処を通るか、どの通路からが近いのか。
扉を開くためのパスワードは何か、どうすれば中に入れるのか。
(…フロア001よりは…)
きっと簡単に行けるだろうさ、と唇に浮かべた自嘲の笑み。
卒業の日までに何度試みても、其処へは行けなかったから。
シロエが自分に遺した遺言、それを果たせはしなかったから。
(あのステーションを処分するだけなら…)
必要のない人工重力、それに照明。
どちらも復活させねばなるまい、シロエに本を返すなら。
かつてシロエが向かっていただろう机、その上に本を置いてやるなら。
頼りなく宙に浮いたままだと、返したことにならないから。
シロエの机の上に置いてこそ、「返したぞ」と言ってやれるのだから。
(…ステーションの処分と、フロア001だけならな…)
重力も照明も必要無いが、と鼻先で笑う。
マザー・イライザが何を言おうが、任務を遂行するだけだから。
フロア001の内部を確かめ、後はステーションの中枢を破壊してやるだけ。
それで終わりで、無重力だろうが、暗がりだろうが、自分にとっては容易いこと。
(しかし、シロエに本を返すなら…)
やはり机に置いてやらねば、シロエがそれを受け取れるように。
あの日と同じに、本を抱き締めて持ってゆけるように。
「お前の本だ」と見せてやるには、照明も要る。
非常灯だけでも点けてやらねば、シロエの部屋にも本が見える灯りが灯るよう。
(……本を隠して持って行くには……)
宇宙服の中がいいだろう、とも考える。
マツカしか連れてゆかないけれども、本の存在は隠しておきたいから。
これはシロエの大切な本で、直接、返しに出掛ける本。
任務とはまるで無関係だから、自分の心の声に従うだけなのだから…。
返したい本・了
※E-1077を処分しに行った時のキース、あの本を持っているんですよね…。
シロエに返しに行ったんだろう、という捏造。シロエの部屋だという証拠、掴めず。
(うーん…)
どうにも上手くいかないんだよね、とジョミーがついた大きな溜息。
今はソルジャー候補だけれど。
ミュウの母船なシャングリラに来て、そういう立場になったのだけれど…。
日課になったサイオンの訓練、それの成果が思わしくない。標的を順に破壊は出来ても、纏めてサクッと消すのが無理。
(…集中力が足りないだなんて言われても…)
頑張ってるつもりなんだけどな、と眺める右手。訓練の後で、自分の部屋でキュッと握って。
こういう感じ、と訓練の度に繰り出すサイオン。力を溜めて、思いっ切り。
なのに結果がついて来なくて、一個ずつしか消せない標的。
やったら出来る筈なのに。やれば出来ると思うのに。
(…ブルーの攻撃、凄かったしね?)
今もハッキリ覚えている。
成人検査を邪魔しに出て来て、派手に飛び回っていたソルジャー・ブルー。
テラズ・ナンバー・ファイブを相手に右へ左へ、上へ下へと。「離れるなよ!」と一声叫んで。
でもって最後は「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と一発…。
(食らわせちゃって、テラズ・ナンバー・ファイブが吹っ飛んで…)
あれがブルーの実力なのだし、後継者の自分も出来ると思う。あんな具合に。
ここぞとキメてやりたい時には、それはカッコ良く。
(絶対、出来ると思うんだけどな…)
でも出来ないし、という悲しい現実。いったい自分の何処が駄目なのか、悲しいキモチ。
ソルジャー・ブルーはキメたのに。
もう一撃でぶっ飛ばしたのがテラズ・ナンバー・ファイブで、まさに必殺技だったのに。
あの技みたいに、ぼくだって…、と描いたイメージ。頭の中で。
「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と一発、それで纏めて消し飛ぶ標的。…訓練用の。
いけそうな気がするけれど、と思った所で気が付いた。
(えっと…?)
ブルーがかました、あの必殺技。
あれと同じに繰り出すのならば、「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と叫ぶのだろうか。ブルーはそういう掛け声だったし、あの掛け声が必須だろうか?
(まさかね…?)
それはなんだか違うんじゃあ…、と子供でも分かる。
幼い頃から幾つも観て来たヒーローもの。どのヒーローも必殺技を持っているのがお約束で…。
(でもって、技を繰り出す時には…)
技の名前を叫んだりもする、こう、色々と。ヒーローらしく。
だからブルーが出した技にだって、本当は名前があるのだろう。テラズ・ナンバー・ファイブに言うのが嫌だっただけで、カッコイイ名が。
(…テラズ・ナンバー・ファイブって、形からしてイケていないし…)
そんな相手に、必殺技の名前を叫んでキメるだけ無駄。
「でやあぁぁぁーーーっ!!!」で充分、それでもお釣りが来るくらい。
きっとそうだ、と考えたから…。
「ブルー! ソルジャー・ブルー…!!」
ちょっといいですか、と駆け込んで行ったブルーの居室。いわゆる青の間。
スロープを一息に走って上って、息を弾ませて立ったブルーの枕元。
「なんだい、ジョミー?」
何か用でも、とブルーが瞬かせた瞳。「訓練は上手くいっているかい?」とも。
「その訓練です! どうしても上手くいかなくて…」
集中力の問題らしいんです、と愚痴を零したら、「それで?」と見上げて来たブルー。
「…ぼくにそのコツを教えろとでも?」
コツは自分で掴まないと、とブルーは言ったけれども、コツはこの際、どうでもいい。訊きたいことは他にあるのだし、それを訊いたらコツだって掴めそうだから。
「えっとですね…。コツは自分で掴みますから、一つ教えて貰えませんか?」
「…何を知りたいと?」
ぼくたちミュウについてだろうか、とブルーのピントはズレていた。ミュウの長だけに。
「そうじゃなくって、あなたの技です!」
必殺技を教えて下さい、と切り込んだ核心、キョトンと見開かれたブルーの瞳。
「…ひっさつわざ…?」
それはどういう、と訊き返されたから、「必殺技です!」と繰り返した。
「テラズ・ナンバー・ファイブ相手に出してたでしょう! 必殺技を!」
アレの名前を教えて下さい、とガバッと下げた自分の頭。それを教えて貰いに来ました、と。
頭まで下げて頼んだのだし、教えて貰えると思ったのに。…答えが聞ける筈だったのに。
ブルーがパチクリと瞬かせた瞳、そして返って来た言葉。
「必殺技って…。ぼくのかい?」
「ええ、そうです! あの時は「でやあぁぁぁーーーっ!!!」って言ってましたけど…」
本当は何かあるんですよね、と重ねて訊いた。引き下がる気など無いのだから。
必殺技の名前を訊き出せたならば、自分もかますだけだから。…訓練用の標的へと。
「なるほどね…。必殺技を繰り出すとなれば、集中力が増すというわけか…」
「そうです、そうです! だからですね…」
あの技の名前を教えて下さい、とズイと迫った。「頑張りますから」と。
そうしたら…。
「…「でやあぁぁぁーーーっ!!!」では、何か不足だとでも?」
誤魔化されてしまった必殺技の名。なんともケチなソルジャー・ブルー。
「ぼくには教えられないとでも!? 一子相伝とか言うじゃありませんか!」
今どき死語かもしれませんけど、と持ち出した「一子相伝」なる言葉。SD体制に入る前には、宇宙に存在した習慣。子供の中から一人選んで、その子にだけ伝える秘法や技術。
「…そう来たか…。だったら、ぼくに明かせと言うのか、必殺技を?」
ブルー・クラッシュとか、ブルー・アタックだとか、そんな感じで、と見上げるブルー。
「…ブルー・クラッシュ…。それからブルー・アタックですか?」
必殺技を二つも持っているんですか、と今度はこっちが驚いた。まさか二つもあったとは、と。
「そういうわけでもないんだが…。その時の気分次第かな、うん」
どっちにするかは気分で決める、とブルーの答えは奮っていた。必殺技を繰り出す時には、先に力を溜めるもの。やるぞ、と自分に気合を入れて「必殺ゥ~~~!」と高めてゆく力。
それがMAXになった瞬間、叩き出すのが必殺技。渾身の力で、技の名前も叩き付けて。
「ブルー・クラッシュ!」とやるか、「ブルー・アタック!」といくか。
どちらにするかは気分次第で、その場のノリだ、と。
(…そうだったんだ…)
ノリも大切だったのか、と青の間を後にしたジョミー。ずいぶん勉強になったよね、と。
必殺技を繰り出す時には、「必殺ゥ~~~!」と力を溜めてゆくもの。気合を入れて。
溜めた力がMAXになったら、其処で繰り出す必殺技。カッコ良く技の名前を叫んで、その場のノリと勢いで。
(ブルー・クラッシュに、ブルー・アタック…)
どちらも「ブルー」とついているから、其処を「ジョミー」に変えればいい。一子相伝、習ったばかりの必殺技の名、それを生かして。
とにかく練習、と部屋に戻って構えた両手。こんな感じでどうだろう、と鏡を見ながら。
「必殺ゥ~~~!」
口にしただけでも、身体に力が漲る感じ。これならいける、と高まる期待。
部屋でやったら大変だけれど、明日の訓練では上手くやれるに違いない。必殺技で、一撃で。
(ジョミー・クラッシュか、ジョミー・アタック…)
そっちも練習、と勢いをつけて叫んでみた。部屋は完全防音だから。
「ジョミー・クラーッシュ!!」
うん、いい感じ、と大満足。ついでに叫んだ「ジョミー・アターック!」だって。
言葉からして最強な響き、きっと明日から上手くいく。一子相伝の必殺技だし、出来る筈。
ジョミー・クラッシュにジョミー・アタック、そう叫ぶだけで。
必殺技を繰り出す前には、「必殺ゥ~~~!」と力を溜めてゆくだけで。
かくして翌日、ジョミーは初の満点を取った。長老たちも文句を言えない出来栄えで。
「必殺ゥ~~~!」と取ったキメのポーズで、「ジョミー・アターック!」と。
その次の日にはジョミー・クラッシュ、もう安定の破壊力。一瞬の内に砕ける標的、先日までの集中力不足が嘘だったように。
(ぼくだって、やれば出来るんだよ…!)
これで立派なソルジャー候補、とガッツポーズのジョミーは知らない。
「よくやった」と褒めてくれる長老たち、彼らが知っている真相を。「嘘も方便じゃ」などと、ヒソヒソ語っていることを。
「ブルーもやるねえ、あんな大嘘、よくも言ったよ」
あたしだって初耳なんだけどね、とブラウも呆れる必殺技。そんな技など存在しない、と。
「それで結果が出ているのだから、問題は無いと思うがねえ…」
いいじゃないかね、とヒルマンが浮かべている苦笑。アタックだろうが、クラッシュだろうが、結果が出せればオールオッケー、と。
「ダテに三百年以上、生きてはおらんのう…」
ワシなら直ぐには思い付かんわ、とゼルも頭を振っていた。エラだって「ええ…」と。
つまりはまるっとブルーの大嘘、必殺技など最初から存在しなかった。
けれどもフルに回転した頭脳、「これは使える」と。
ヒーローものの観すぎなジョミーは、必殺技さえ教えておいたら頑張るから。ガッツリとコツを掴んだつもりで、集中力を高めてぶつけるから。
(ブルー・クラッシュねえ…)
あれはそういう名前だったのか、とブルーの顔にも苦笑い。「知らなかった」と。
テラズ・ナンバー・ファイブにかました一撃、あれは「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と叫んでいただけのことで、必殺技ではなかったから。
必殺技が欲しいと思ったことさえ…。
(ぼくは一度も無いんだけどね…?)
なのに生まれてしまったようだ、と青の間から眺めるジョミーの訓練。思念を使って。
今日も炸裂する、ジョミー・クラッシュにジョミー・アタック。「必殺ゥ~~~!」とポーズをキメて、思いっ切り。
(…ジョミーの次のソルジャーがいたら…)
そっちにも伝わりそうなんだが、というブルーの予感は的中した。
遥か後の時代、赤いナスカで生まれたトォニィ、彼がやっぱり必殺技をかますことになる。
「必殺ゥ~~~!」と、大好きなグランパ仕込みの決めポーズで。
技を繰り出す時は「トォニィ・クラーッシュ!」と、それに「トォニィ・アターック!」と。
人類とミュウが和解した後の平和な時代に、カナリヤの子たちにせがまれて。
「ねえねえ、ソルジャー、あれをやって」と、「あれを見せて!」と、おねだりされて…。
出したい必殺技・了
※いや、せっかくだから必殺技があってもいいのに、と思っただけ。こう、カッコ良く。
そういやブルーが派手にやってたよね、と思い出したらこうなったオチ…。
