(…このタイミングで処分命令か…)
E-1077をか、と立ち上がったキース。
たった今、グランド・マザーから受けた極秘の命令。
「教育ステーション、E-1077を処分して来い」と。
とうの昔に、廃校になっているけれど。
スウェナもそれを知っていたけれど。
(…偶然なのか?)
この間、これを受け取ったばかり…、と本を手に取り、腰掛けた椅子。
さっき通信を受けたのとは別の、私的なスペース。
膝の上、傷んだピーターパンの本。シロエの持ち物だった本。
見返しの下にシロエが隠していたメッセージ。
それを自分は見たのだけれども…。
(…肝心の部分は見られず、か…)
劣化したのか、本と同じにレーザー砲を浴びて破損したのか。
シロエのサイオンは本を守ったけれども、あちこちが黒く焦げているから。
破れてしまった箇所も幾つか。
自分の命を守る代わりに、シロエが守った大切な本。
あのメッセージを守るためではなかっただろう。
ただひたすらに、本を守っただけだったろう。
遠い昔に、両腕で本を抱くのを見たから。
まるで幼い子供のような表情で。
あの時に知った、この本はシロエの宝物だと。
幼い時から持っていたもの、ステーションまで持って来た本。
だからこそ、シロエは本を守った。
ミュウの力で、本の周りにシールドを張って。
自分ごと守れば助かったものを、本のことだけを大切に考え続けて。
そうやって逝ってしまったシロエ。
彼が命を懸けて撮影した、フロア001の映像。
その核心は画像も音声も乱れてしまって、掴めないまま。
E-1077に出向けば、あのフロアへも行けるのだろう。
シロエが「忘れるな!」と叫んだ場所へ。
卒業の日までに、どう頑張っても辿り着けずに終わった場所へ。
(…やっとシロエとの約束を果たせる…)
十二年もの時が流れたけれども、遺言になったシロエの言葉に従える。
「自分の目で確かめろ」とシロエは言っていたから。
フロア001、其処にあるもの、それが何かは分からないけれど。
グランド・マザーからも聞いてはいないけれども。
(まるで神の手でも働いたような…)
そんな気がするタイミング。
シロエの本を手にした途端に、この命令が来たのだから。
E-1077のことなど、今日まで聞きはしなかったのに。
廃校になったということでさえも、軍の噂で耳にしていただけなのに。
(…呼んだのか?)
お前が私を呼んだのか、と心でシロエに語り掛けた。
来いと言うのかと、今、この時に、と。
ピーターパンの本を開いて、見詰めたシロエが残したサイン。
「セキ・レイ・シロエ」と書いてある名前、その下にチップが隠されていた。
けれど、シロエはチップを守ったわけではない。
違うと確信している自分。
シロエが守ったものは本だと、この本だった、と。
機械の言いなりになって生きる人生に、意味などは無いと言い切ったシロエ。
きっと命は要らなかったろう、彼が忌み嫌う機械に服従してまでは。
たとえシロエがミュウでなくとも、あの道を選んで散ったのだろう。
この本だけを持って、宇宙へと逃げて。
宝物の本を抱えて飛び去っただろう、宇宙の彼方に広がる空へ。
(…なのに、本だけが…)
こうして此処に残ってしまった。
シロエの宝物なのに。
本当だったら、シロエと共に在る筈なのに。
無意識の内にシロエが守って、宝物をシールドしていたから。
どういう結果になるのかも知らず、ミュウの力すらも知らないままで。
それに気付いて、思ったこと。
E-1077を処分するなら、そのために自分が出向くなら。
(…これをシロエに返してやろう)
もしもシロエが自分を呼んだと言うのなら。
来いと招いていると言うなら、彼が望んでいることは、きっと…。
(口では、フロア001だと言おうとも…)
本当の思いは、この本のこと。
宝物の本を返して欲しいと、それが出来るなら届けてくれと。
彼の魂が何処にいるかは分からないけれど、今もE-1077の辺りにいるのなら…。
(シロエに返してやらないとな…)
自分が持ったままでいるより、これの本当の持ち主に。
己の命を守る代わりに、本を守ったほどのシロエに。
きっと今でも、本を探しているだろうから。
ピーターパンの本は何処へ行ったかと、誰が奪って行ったのかと。
あの本が宝物だったのに、とシロエはきっと探している。
魂になって、今も宇宙にいるならば。
E-1077の辺りの漆黒の宇宙、其処を飛んでは、「ぼくの本は?」と。
自分ならこれを返してやれる、と思った本。
遠い日にシロエが逮捕された時、同じように本を返してやった。
意識を失くしたシロエを連れてゆこうとしていた、保安部隊の男たちの前に突き付けて。
シロエが横たえられていたベッド、その上にそっと置いてやって。
(あの時のように、返さないと…)
この本はシロエの宝物だから。
保安部隊に連れ去られた後も、皆の記憶から消された後にも、シロエは本と共にいた。
大切に抱えて、宇宙まで。
レーザー砲の光に焼かれた時にも、この本だけを守り抜いて。
だから返してやらねばならない、本の持ち主だったシロエに。
遠い日と同じに、自分の手で。
これがシロエの宝物だと知っているから、それを自分が手にしたからには。
ならば、自分が、今、すべきことは…。
グランド・マザーからの通信を受けた、さっきの部屋。
其処に戻ってアクセスしたデータ、今ならば開示される筈。
パルテノンの管轄下に置かれ、政府関係者ですら立ち入りを制限されている場所。
E-1077のデータに、恐らくはその殆どに。
(フロア001は無理なのだろうが…)
試してみて、やはり弾かれた。
国家機密を示すエラーに、そういうエラーメッセージに。
けれども、自分が探しているのは、それではない。
そう簡単に謎が解けるとも思ってはいない。
(…だが、シロエの名は…)
出るのだろう、と打ち込んでいったシロエの名前。
「セキ・レイ・シロエ」と、それから彼が在籍していた時期と。
案の定、其処にいたシロエ。
候補生たちが皆、忘れ果てていた、セキ・レイ・シロエの名前は在った。
E-1077を運営していた者たちからすれば、それは必須のデータだから。
シロエの存在を消し去った後も、データは保存されるから。
名前の下には、欲しかったデータ。
あそこでシロエが暮らしていた部屋、その所在地と状態と。
(…やはり封鎖か…)
E-1077が廃校になる前からずっと、閉ざされたままだという情報。
候補生は誰も立ち入らない部屋、使われることがなかった部屋。
シロエはMのキャリアだったから。
ミュウ因子を持った人間を指す、ミュウに詳しくない者たちが使う言い回し。
此処でもそれが使われていた。
ミュウとは何かを知らない者たち、E-1077の上層部。
彼らはMの感染を恐れ、シロエの部屋を封印した。
誰も近付かないように。
同じような扉が並んでいたって、誤って入らないように。
E-1077の居住区の一角、時が止まったままだろう部屋。
シロエの私物はもう無いけれども、彼が暮らしていた頃のままに。
新しい住人が入らないまま、シロエと一緒に凍った刻(とき)。
予想通りか、と頭に叩き込んだ地図。
シロエの部屋へ行くには何処を通るか、どの通路からが近いのか。
扉を開くためのパスワードは何か、どうすれば中に入れるのか。
(…フロア001よりは…)
きっと簡単に行けるだろうさ、と唇に浮かべた自嘲の笑み。
卒業の日までに何度試みても、其処へは行けなかったから。
シロエが自分に遺した遺言、それを果たせはしなかったから。
(あのステーションを処分するだけなら…)
必要のない人工重力、それに照明。
どちらも復活させねばなるまい、シロエに本を返すなら。
かつてシロエが向かっていただろう机、その上に本を置いてやるなら。
頼りなく宙に浮いたままだと、返したことにならないから。
シロエの机の上に置いてこそ、「返したぞ」と言ってやれるのだから。
(…ステーションの処分と、フロア001だけならな…)
重力も照明も必要無いが、と鼻先で笑う。
マザー・イライザが何を言おうが、任務を遂行するだけだから。
フロア001の内部を確かめ、後はステーションの中枢を破壊してやるだけ。
それで終わりで、無重力だろうが、暗がりだろうが、自分にとっては容易いこと。
(しかし、シロエに本を返すなら…)
やはり机に置いてやらねば、シロエがそれを受け取れるように。
あの日と同じに、本を抱き締めて持ってゆけるように。
「お前の本だ」と見せてやるには、照明も要る。
非常灯だけでも点けてやらねば、シロエの部屋にも本が見える灯りが灯るよう。
(……本を隠して持って行くには……)
宇宙服の中がいいだろう、とも考える。
マツカしか連れてゆかないけれども、本の存在は隠しておきたいから。
これはシロエの大切な本で、直接、返しに出掛ける本。
任務とはまるで無関係だから、自分の心の声に従うだけなのだから…。
返したい本・了
※E-1077を処分しに行った時のキース、あの本を持っているんですよね…。
シロエに返しに行ったんだろう、という捏造。シロエの部屋だという証拠、掴めず。
(うーん…)
どうにも上手くいかないんだよね、とジョミーがついた大きな溜息。
今はソルジャー候補だけれど。
ミュウの母船なシャングリラに来て、そういう立場になったのだけれど…。
日課になったサイオンの訓練、それの成果が思わしくない。標的を順に破壊は出来ても、纏めてサクッと消すのが無理。
(…集中力が足りないだなんて言われても…)
頑張ってるつもりなんだけどな、と眺める右手。訓練の後で、自分の部屋でキュッと握って。
こういう感じ、と訓練の度に繰り出すサイオン。力を溜めて、思いっ切り。
なのに結果がついて来なくて、一個ずつしか消せない標的。
やったら出来る筈なのに。やれば出来ると思うのに。
(…ブルーの攻撃、凄かったしね?)
今もハッキリ覚えている。
成人検査を邪魔しに出て来て、派手に飛び回っていたソルジャー・ブルー。
テラズ・ナンバー・ファイブを相手に右へ左へ、上へ下へと。「離れるなよ!」と一声叫んで。
でもって最後は「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と一発…。
(食らわせちゃって、テラズ・ナンバー・ファイブが吹っ飛んで…)
あれがブルーの実力なのだし、後継者の自分も出来ると思う。あんな具合に。
ここぞとキメてやりたい時には、それはカッコ良く。
(絶対、出来ると思うんだけどな…)
でも出来ないし、という悲しい現実。いったい自分の何処が駄目なのか、悲しいキモチ。
ソルジャー・ブルーはキメたのに。
もう一撃でぶっ飛ばしたのがテラズ・ナンバー・ファイブで、まさに必殺技だったのに。
あの技みたいに、ぼくだって…、と描いたイメージ。頭の中で。
「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と一発、それで纏めて消し飛ぶ標的。…訓練用の。
いけそうな気がするけれど、と思った所で気が付いた。
(えっと…?)
ブルーがかました、あの必殺技。
あれと同じに繰り出すのならば、「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と叫ぶのだろうか。ブルーはそういう掛け声だったし、あの掛け声が必須だろうか?
(まさかね…?)
それはなんだか違うんじゃあ…、と子供でも分かる。
幼い頃から幾つも観て来たヒーローもの。どのヒーローも必殺技を持っているのがお約束で…。
(でもって、技を繰り出す時には…)
技の名前を叫んだりもする、こう、色々と。ヒーローらしく。
だからブルーが出した技にだって、本当は名前があるのだろう。テラズ・ナンバー・ファイブに言うのが嫌だっただけで、カッコイイ名が。
(…テラズ・ナンバー・ファイブって、形からしてイケていないし…)
そんな相手に、必殺技の名前を叫んでキメるだけ無駄。
「でやあぁぁぁーーーっ!!!」で充分、それでもお釣りが来るくらい。
きっとそうだ、と考えたから…。
「ブルー! ソルジャー・ブルー…!!」
ちょっといいですか、と駆け込んで行ったブルーの居室。いわゆる青の間。
スロープを一息に走って上って、息を弾ませて立ったブルーの枕元。
「なんだい、ジョミー?」
何か用でも、とブルーが瞬かせた瞳。「訓練は上手くいっているかい?」とも。
「その訓練です! どうしても上手くいかなくて…」
集中力の問題らしいんです、と愚痴を零したら、「それで?」と見上げて来たブルー。
「…ぼくにそのコツを教えろとでも?」
コツは自分で掴まないと、とブルーは言ったけれども、コツはこの際、どうでもいい。訊きたいことは他にあるのだし、それを訊いたらコツだって掴めそうだから。
「えっとですね…。コツは自分で掴みますから、一つ教えて貰えませんか?」
「…何を知りたいと?」
ぼくたちミュウについてだろうか、とブルーのピントはズレていた。ミュウの長だけに。
「そうじゃなくって、あなたの技です!」
必殺技を教えて下さい、と切り込んだ核心、キョトンと見開かれたブルーの瞳。
「…ひっさつわざ…?」
それはどういう、と訊き返されたから、「必殺技です!」と繰り返した。
「テラズ・ナンバー・ファイブ相手に出してたでしょう! 必殺技を!」
アレの名前を教えて下さい、とガバッと下げた自分の頭。それを教えて貰いに来ました、と。
頭まで下げて頼んだのだし、教えて貰えると思ったのに。…答えが聞ける筈だったのに。
ブルーがパチクリと瞬かせた瞳、そして返って来た言葉。
「必殺技って…。ぼくのかい?」
「ええ、そうです! あの時は「でやあぁぁぁーーーっ!!!」って言ってましたけど…」
本当は何かあるんですよね、と重ねて訊いた。引き下がる気など無いのだから。
必殺技の名前を訊き出せたならば、自分もかますだけだから。…訓練用の標的へと。
「なるほどね…。必殺技を繰り出すとなれば、集中力が増すというわけか…」
「そうです、そうです! だからですね…」
あの技の名前を教えて下さい、とズイと迫った。「頑張りますから」と。
そうしたら…。
「…「でやあぁぁぁーーーっ!!!」では、何か不足だとでも?」
誤魔化されてしまった必殺技の名。なんともケチなソルジャー・ブルー。
「ぼくには教えられないとでも!? 一子相伝とか言うじゃありませんか!」
今どき死語かもしれませんけど、と持ち出した「一子相伝」なる言葉。SD体制に入る前には、宇宙に存在した習慣。子供の中から一人選んで、その子にだけ伝える秘法や技術。
「…そう来たか…。だったら、ぼくに明かせと言うのか、必殺技を?」
ブルー・クラッシュとか、ブルー・アタックだとか、そんな感じで、と見上げるブルー。
「…ブルー・クラッシュ…。それからブルー・アタックですか?」
必殺技を二つも持っているんですか、と今度はこっちが驚いた。まさか二つもあったとは、と。
「そういうわけでもないんだが…。その時の気分次第かな、うん」
どっちにするかは気分で決める、とブルーの答えは奮っていた。必殺技を繰り出す時には、先に力を溜めるもの。やるぞ、と自分に気合を入れて「必殺ゥ~~~!」と高めてゆく力。
それがMAXになった瞬間、叩き出すのが必殺技。渾身の力で、技の名前も叩き付けて。
「ブルー・クラッシュ!」とやるか、「ブルー・アタック!」といくか。
どちらにするかは気分次第で、その場のノリだ、と。
(…そうだったんだ…)
ノリも大切だったのか、と青の間を後にしたジョミー。ずいぶん勉強になったよね、と。
必殺技を繰り出す時には、「必殺ゥ~~~!」と力を溜めてゆくもの。気合を入れて。
溜めた力がMAXになったら、其処で繰り出す必殺技。カッコ良く技の名前を叫んで、その場のノリと勢いで。
(ブルー・クラッシュに、ブルー・アタック…)
どちらも「ブルー」とついているから、其処を「ジョミー」に変えればいい。一子相伝、習ったばかりの必殺技の名、それを生かして。
とにかく練習、と部屋に戻って構えた両手。こんな感じでどうだろう、と鏡を見ながら。
「必殺ゥ~~~!」
口にしただけでも、身体に力が漲る感じ。これならいける、と高まる期待。
部屋でやったら大変だけれど、明日の訓練では上手くやれるに違いない。必殺技で、一撃で。
(ジョミー・クラッシュか、ジョミー・アタック…)
そっちも練習、と勢いをつけて叫んでみた。部屋は完全防音だから。
「ジョミー・クラーッシュ!!」
うん、いい感じ、と大満足。ついでに叫んだ「ジョミー・アターック!」だって。
言葉からして最強な響き、きっと明日から上手くいく。一子相伝の必殺技だし、出来る筈。
ジョミー・クラッシュにジョミー・アタック、そう叫ぶだけで。
必殺技を繰り出す前には、「必殺ゥ~~~!」と力を溜めてゆくだけで。
かくして翌日、ジョミーは初の満点を取った。長老たちも文句を言えない出来栄えで。
「必殺ゥ~~~!」と取ったキメのポーズで、「ジョミー・アターック!」と。
その次の日にはジョミー・クラッシュ、もう安定の破壊力。一瞬の内に砕ける標的、先日までの集中力不足が嘘だったように。
(ぼくだって、やれば出来るんだよ…!)
これで立派なソルジャー候補、とガッツポーズのジョミーは知らない。
「よくやった」と褒めてくれる長老たち、彼らが知っている真相を。「嘘も方便じゃ」などと、ヒソヒソ語っていることを。
「ブルーもやるねえ、あんな大嘘、よくも言ったよ」
あたしだって初耳なんだけどね、とブラウも呆れる必殺技。そんな技など存在しない、と。
「それで結果が出ているのだから、問題は無いと思うがねえ…」
いいじゃないかね、とヒルマンが浮かべている苦笑。アタックだろうが、クラッシュだろうが、結果が出せればオールオッケー、と。
「ダテに三百年以上、生きてはおらんのう…」
ワシなら直ぐには思い付かんわ、とゼルも頭を振っていた。エラだって「ええ…」と。
つまりはまるっとブルーの大嘘、必殺技など最初から存在しなかった。
けれどもフルに回転した頭脳、「これは使える」と。
ヒーローものの観すぎなジョミーは、必殺技さえ教えておいたら頑張るから。ガッツリとコツを掴んだつもりで、集中力を高めてぶつけるから。
(ブルー・クラッシュねえ…)
あれはそういう名前だったのか、とブルーの顔にも苦笑い。「知らなかった」と。
テラズ・ナンバー・ファイブにかました一撃、あれは「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と叫んでいただけのことで、必殺技ではなかったから。
必殺技が欲しいと思ったことさえ…。
(ぼくは一度も無いんだけどね…?)
なのに生まれてしまったようだ、と青の間から眺めるジョミーの訓練。思念を使って。
今日も炸裂する、ジョミー・クラッシュにジョミー・アタック。「必殺ゥ~~~!」とポーズをキメて、思いっ切り。
(…ジョミーの次のソルジャーがいたら…)
そっちにも伝わりそうなんだが、というブルーの予感は的中した。
遥か後の時代、赤いナスカで生まれたトォニィ、彼がやっぱり必殺技をかますことになる。
「必殺ゥ~~~!」と、大好きなグランパ仕込みの決めポーズで。
技を繰り出す時は「トォニィ・クラーッシュ!」と、それに「トォニィ・アターック!」と。
人類とミュウが和解した後の平和な時代に、カナリヤの子たちにせがまれて。
「ねえねえ、ソルジャー、あれをやって」と、「あれを見せて!」と、おねだりされて…。
出したい必殺技・了
※いや、せっかくだから必殺技があってもいいのに、と思っただけ。こう、カッコ良く。
そういやブルーが派手にやってたよね、と思い出したらこうなったオチ…。
(パパ、ママ…)
どうして忘れてしまったんだろう、とシロエがギリッと噛んだ唇。
ピーターパンの本を抱えて、ベッドの上で。
この本だけしか残らなかった、と強く抱き締める宝物。
子供時代の持ち物の中で、残ったものは一つだけ。
両親がくれた大切な本。
幼かった自分に夢を与えてくれた本。
いつかはネバーランドに行こうと、広い広い空を飛んでゆこうと。
ピーターパンと一緒に旅に出るのだと、子供のための国にゆくのだと。
(…もっと素敵な所にだって…)
行けると父が教えてくれた。
ネバーランドよりも素敵な地球へ、「シロエだったら行けそうだぞ」と。
頭がいい子は、いつの日か行けるらしい地球。
そう聞かされて、素直に夢見た。
地球に行けるなら、ネバーランドにも必ず行けるだろうから。
きちんと準備を整えておけば、いつでも旅に出られるから。
ピーターパンが迎えに来たなら、高い空へと舞い上がって。
ぐんぐんと飛んで、エネルゲイアを後にして。
きっと行けると夢見た国。
ネバーランドにも、もっと素敵な地球にだって。
(…ぼくは行けると思ってたのに…)
成人検査を好成績で通過したなら。
頭がいいと認められたら、其処への切符が手に入るのだと。
けれども、高すぎた代償。
地球への切符を貰える場所には、どうやら辿り着けたのだけれど。
皆の憧れの最高学府、E-1077。
此処で四年を過ごした後に、選出されるメンバーズ。
それになれたら、開けるらしい地球へ行く道。
ただ、このE-1077に来るためには…。
(……成人検査……)
あんなものだとは思わなかった、と後悔したって、もう遅すぎる。
何もかも奪い取られたから。
機械がすっかり消してしまって、何一つ残らなかったから。
ピーターパンの本だけしか。
両親の記憶も、懐かしい家も、何もかも失くしてしまったから。
こんな目に遭うくらいだったら、地球には行けないままで良かった。
ネバーランドがあれば良かった。
両親と暮らす家の窓から、いつか行けるかもしれない国。
其処を夢見て暮らしてゆければ、それだけでもう充分だった。
メンバーズにはなれなくても。
地球への道が開かなくても、両親と一緒にいられたならば。
エネルゲイアを離れずに済んで、何も失わなかったなら。
(……どうして、成人検査なんか……)
あんなシステムが存在するのか、考えるほどに苛立つばかり。
憎しみが増してゆくばかり。
他の候補生たちは、まるで気にしていないのに。
やっと大人の仲間入りだと、むしろ喜んでいるようなのに。
(あれも、機械が…)
そういう風に仕向けるのだろうか、記憶を消してゆくついでに?
子供時代の記憶を消し去り、代わりに叩き込むのだろうか。
このシステムに馴染むべきだと、それが正しい生き方だと。
社会の仕組みに従うがいいと、そうすれば地球へ行けるのだから、と。
もしもそうなら、自分にとっては余計なお世話。
地球など要らない、両親と、故郷と引き換えならば。
何もかも捨てねば行けない場所なら、行けないままでいいのだから。
どうして選べないのだろう。
地球へ行きたいか、地球へは行かずに生きる道がいいか。
大人になる道を歩き始めるか、子供の世界を離れずにいるか。
(それさえ、自分で選べるんなら…)
きっと此処には来ていない。
今も故郷を離れてはいない、両親の家で暮らしている筈。
メンバーズになるより、地球へ行くより、両親の側にいたかったから。
故郷の家の窓の向こうに、いつも夢見たネバーランド。
それだけがあれば、きっと満たされていた。
こんな空虚な心を抱えて、ベッドに座っているよりも。
穴だらけになってしまった記憶を、取り戻そうとして苦しむよりも。
(……ピーターパンが来てくれなくたって……)
ネバーランドは、けして消え失せない。
夢まで消えてしまいはしない。
本を開けば、夢の国は其処にあるのだから。
ピーターパンの本の向こうに、いつも、いつだって見えているから。
自分の記憶が曖昧になった、今さえも。
両親の顔さえ忘れ果てても、ネバーランドは消えずに今も在るのだから。
(成人検査を考えたヤツは…)
いったいどうして、こんなシステムを作ろうなどと考えたのか。
誰も拒否など出来ない検査を、記憶を消してしまう仕組みを。
子供時代の全てを否定し、握り潰してしまうなら…。
(……最初から、そんな過去なんか……)
与えないでいて欲しかった。
両親も故郷も無かったのなら、何も失くしはしないのだから。
最初からステーションで育っていたなら、両親も家も無かったならば。
(そういう風に育てられたら、そっちが普通なんだから…)
アンドロイドに育てられても、何の個性も無い暮らしでも。
右だと言われれば右を眺めて、左だと聞けば左を見る。
個性の欠片も育たないように教育されたら、成人検査がどんなものでも気にしない。
過去を失くしても、それに価値など無いのだから。
自分を育てたアンドロイドが、その後は何処へ行こうとも。
ステーションでの暮らしがガラリと変わってしまったとしても、それだけのこと。
「今日からは、こう生きてゆくのだ」と思うだけ。
過去を失くして悲しむ代わりに、消えた記憶を嘆く代わりに。
新しい生活パターンに馴染んで、それに相応しく暮らしてゆくだけ。
懐かしむ過去など、何も持ってはいないから。
両親も家も、最初から無かったのだから。
そうだったならば、どんなにいいか。
どれほどに楽で、幸福だったか。
失くす過去など持たなかったら、最初から過去が無かったら。
そういう風に育てられたら、両親も故郷も無かったら。
(…ネバーランドも無いけれど…)
其処を夢見る自分もいないし、不都合なことは何も無い。
こうして苦しむシロエはいなくて、優等生のシロエが一人。
今日は普通に昨日の続きで、明日は今日から続いてゆくだけ。
成人検査で途切れたことさえ、きっと知らないままの人生。
何も失くしはしなかったから。
成人検査の前と後とで、何も変わりはしないのだから。
(どうせ機械が決めるんなら…)
何もかも機械がやればいい。
養父母が子供を育てる代わりに、アンドロイドが育てればいい。
夢も希望も何も与えずに、教育だけを施して。
故郷の光も風も無い場所、無個性な教育ステーションに住ませて。
そうすればいいと、何故そうしないと、ただ悔しくて唇を噛む。
どうして両親を与えたのかと、自分に故郷を持たせたのかと。
全部失くしてしまうのに。
どうせ持ってはいられないのに、与えられた甘い砂糖菓子。
まるで童話のお菓子の家で、食べたばかりに苦しむ自分。
両親も故郷も知らなかったら、苦しみさえもしないのに。
成人検査を受けた所で、何も失くしはしないのに。
(いったい、どうして…)
後で必ず取り上げるくせに、幸せな過去を寄越すのか。
幸福に満ちた子供時代を、温かな家を、優しい両親に守られる日々を。
ずっと持たせてくれないのならば、与えなければ良さそうなのに。
その方がこちらも楽でいいのに、何故、与えてから取り上げるのか。
(…理不尽すぎるし、非効率的…)
機械が統治してゆくのならば、機械のような人間でいい。
個性などは無くていい筈なのに、と考えていて気付いたこと。
もしかしたら、これが狙いだろうかと。
機械の意図は此処にあるかと、そのための養父母と故郷だろうかと。
(……夢が無ければ……)
誰も夢など抱かない。
自分も、きっとそうなった筈。
ネバーランドを夢見もしないし、地球へ行こうとも思わない。
ただ淡々と生きてゆくだけ、昨日の続きの今日という日を。
明日も同じに今日の続きで、其処からは何も生まれては来ない。
言われた通りに生きてゆくだけで、工夫もしないし、自分で考えることだって。
けれど、それでは機械が困る。
優秀な人間が出ては来ないし、これから先も進歩はしない。
進歩が無いなら、いずれは退化してゆくだけ。
誰も工夫を凝らさないなら、考えようともしないのなら。
(…退化されたら、機械の世話をする人間も…)
いつしか消えてしまうのだろう。
膨大な数の精密機械を相手に、メンテナンスをする人材。
そうなれば機械は壊れてしまって、誰も修理をしてくれはしない。
(……機械の世話をするためだけに……)
人間は生かされているのだろう。
奪い去られる夢の生活、子供時代を与えられて。
誰もが大きな夢を描いて、考える力や工夫することを覚えるように。
そうやって培った力を生かして、機械に仕えてゆくように。
何の疑いも抱くことなく、成人検査で押さえつけられて。
いいように飼いならされてしまって、機械の言いなりになる人生。
きっとそうだ、と気付いた成人検査の理由。
機械が人間を使いこなして、意のままにするために行うもの。
個性は充分に与えてやったと、夢を持つことも覚えただろうと、消し去る記憶。
子供時代はもう不要だと、これからは機械のために生きろと。
(…機械にはパパも、ママだって…)
いるわけがないし、故郷も無い。
だから機械には分からない苦痛、過去を失うということの意味。
機械にとっては、過去はデータに過ぎないから。
別のデータで補えるのなら、何も問題無いのだから。
(……何もかも、全部……)
機械が与えて奪い去った。
大好きだった両親も家も、故郷にあった風も光も。
ピーターパンの本だけが残って、他は何一つ残らなかった。
最初から機械が仕組んだ人生、それを生きるしかないのだろうか?
此処まで生きてしまったからには、このまま行くしかないのだろうか…?
(…そんなの、嫌だ…)
たとえ取り残されることになっても、出来るなら此処に留まりたい。
機械の手から逃れて生きたい、そうすれば破滅するのだとしても。
他の者たちと同じようにはなれないから。
世界が機械のためにあっても、そんな機械に従える心は持たないから…。
機械の思惑・了
※成人検査は何のためにあるのか、シロエが考えなかった筈はないよな、と。
シロエが出しそうな結論がコレで、実際の所はどうなんだか…。アニテラだと真面目に謎。
(調子こいて言ったのはいいんだけどさ…)
マジでヤバイし、とジョミーがついた大きな溜息。
デッカイことを言いすぎたかなと、こうなるとは思っていなかったから、と。
赤い星ナスカ、人類が捨てた植民惑星。元はジルベスター・セブン。
其処に入植したまでは良かった、問題はその先だった。定住しようと決めたその時、切っ掛けになった今後の方針。「命を作ってゆく」ということ。
元はカリナが言い出したことで、早い話が自然出産で子孫を増やすのだけれど…。
(…教授も賛成してくれたから…)
ブリッジで大々的に宣言、そうして今に至ったわけで。
ところが自分が落ちたのがドツボ、ふとしたことが原因で。
ナスカに降りると決まったその日に、目出度く誕生したカップル。カリナとユウイ。
それに触発されたらしくて、通路で出会ったニナに言われた。「私、本気よ?」と。
いったい何の話なのか、と訊き返したら…。
(…ぼくの子供が欲しいって…)
そう言って走り去ったのがニナで、元気一杯だった後姿。まるで子供だった頃のように。
(小さな子供だったのに…)
シャングリラで初めて出会った時は。
それが大きくなったものだと、一人前の口を利くよねと、微笑ましく見送ったのだけれども…。
後で自分の部屋に帰って思い出してみたら、大胆すぎたニナのモーション。
よりにもよって欲しいのが「子供」、つまりは結婚希望な上に…。
(…ぼくの子供を産むわけで…)
凄すぎるけれど、ちょっとイイかも、と考えた。
命を作ろうと決めたからには、ソルジャー自ら最先端を突っ走るのも、と。
なかなかに悪くない考え。自然出産は非効率的だし、カップルは多い方がいい。
(下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、で…)
幸い、ニナは乗り気なのだし、参加しようかと思ったジョミー。ぼくにも出来る、と。
そうと決まれば、もう早速に…。
(明日にでもニナにプロポーズして…)
話を先に進めなくちゃね、とウキウキしながら眠ったその夜。ベッドに入って暫くしたら…。
(………え?)
何処だ、と見回した見知らぬ場所。シャングリラの中ではないらしい。それにアタラクシアでもなくて、何故だか狭いスペースにいて…。
(えーっと…?)
右側を見たら、牛が一頭。その向こうにも仕切りがあって、また牛といった具合の光景。
何事なのか、と左側を見ると、そちらにも牛で、牛の向こうに続いてゆく牛。
(……どうして牛が?)
変だ、と自分の目の前を見たら、ドカンと置かれた飼葉桶。水を満たした器もあって、どうやら自分は牛らしい。其処は牛舎で、しっかりキッチリ繋がれていて…。
暫くしたら入って来たのが飼育係といった雰囲気のオッサン、そして呼ばれた自分のID。まだ人類の世界にいた頃のヤツで、そいつが牛の識別番号。もう間違いなく牛だった自分。
かてて加えて、オッサンが言ってくれたこと。
「明日には出荷するからな」
「出荷!?」
それって何だよ、と叫んだ所で目が覚めた。ビッショリと汗をかいていたわけで、目覚めるのが少し遅かったなら…。
(…食肉加工場だったわけ?)
そうなる運命だったわけね、と悟った夢の自分の末路。あの牛舎から引っ張り出されて、多分、トラックに乗せられて。
(……あの夢は……)
夢だったけれど、夢じゃないんだ、と激しく脈を打つ心臓。あれは警告というヤツだ、と。
目覚めた途端に分かったから。ああいう夢を見てしまった理由も、何故、牛なのかも。
(……人間の道から外れちゃったら……)
次の人生は牛になるんだ、とガタガタと震え始めた身体。人間だったら、自然出産しないから。それをするのは動物だけだし、相応しい道を歩むがいい、と。
うっかりニナと結婚したなら、子供を作ってしまったら。
今の人生を終えた後には、牛になる未来が待っているらしい。それも食肉加工場行きの。
(…エラ女史が正しかったんだ…)
自然出産は倫理に反する、と唱えた彼女。倫理に外れたことだからこそ、次の人生は牛になって食肉加工場送り。神様がそう決めているから、食らった強烈すぎる警告。
(でも、カリナは…)
ユウイと結婚して幸せそうだし、警告を受けていないのだろうか?
それとも勇気溢れる女性で、将来は牛でもいいのだろうか?
(…ユウイもメチャメチャ度胸あるよね…)
子供を作ったら牛なんだけど、とガクガクブルブル、自分にはとても出来そうにない。
今はともかく、次の人生、いや牛生は破滅だなんて、食肉加工場が待っているなんて。そうなることが分かっているのに、結婚して子供を作るだなんて。
(……ぼくが言い出したことだけど……)
絶対に参加出来そうにない、と震え上がった自然出産。牛になって飼葉だけならともかく、食肉加工場だから。…ハンバーグとかは好きだけれども、自分がミンチは最悪だから。
ブルブル震えて震えまくって、「勇者だ」と思ってしまったカリナ。それにユウイも。
惚れてくれたニナには悪いけれども、チキンな自分には選べない道。
(…ニナだって、牛は平気なんだ…)
それに食肉加工場も、と頭から被ってしまった上掛け。ニナたちは強い子供だけれども、自分は臆病でチキンなんだ、と。
そうして震え続ける間に、ハタと気付いたさっきの警告。牛になるぞ、と食らった夢。
(…あれって、ホントに…?)
神様の警告だったのだろうか、神様は其処まで面倒見のいい存在だろうか?
そうだとしたなら、もう少しばかり恵まれていそうなのがミュウ。…神がこんなに身近なら。
人間の道に外れる前から、「こうなるんだぞ」と警告をくれる距離にいたなら。
(…ミュウが人類に追われる立場は変わらなくても…)
人類に処分されるよりも前に、シャングリラに知らせてくれそうなもの。殺されそうなミュウの子供が現れるぞ、と夢か何かで。
ミュウの自分にさえ、「自然出産をしたら、次の人生は牛だ」と警告するのなら。
人類に追われる立場のミュウにも、キッチリ教えてくれるのならば。
これはアヤシイ、と思った夢。神様がくれた怖すぎる警告。
(…あれって、機械が仕掛けたんじゃあ…?)
完全な管理出産のシステム、それに逆らわないように。
普段は全く意識しなくても、考えた途端に、あの夢が発動するように。
(そうだとしたら、カリナやユウイが平気なのも…)
分かる気がする、きっとそうだと解けて来た謎。カリナもユウイも、幼い時から船にいるから。
成人検査を受けていないから、機械が仕掛け損なったままのプログラム。…意識の底に。
(だから、自然出産を考えたって…)
牛になる夢など見るわけがなくて、次の人生の心配はゼロ。
心配な部分があるとしたなら、自然出産そのものだけ。人間がそれをしなくなってから、とても長い時が流れたから。…今の時代は、誰も経験していないから。
(…その部分だけが、勇者っていうことなんだ…)
カリナやユウイや、ニナたちは。
命は作れるとヒントをくれた、あの子供たちは。でも…。
(…ぼくだと、機械に刷り込まれてて…)
もはや手遅れ、どう頑張っても牛になる夢しか見ないのだろう。
ついでに「牛になるぞ」と食らった警告、あれは一度で沢山な感じ。恐ろしすぎて未だに身体が震えるわけだし、その原因が機械のせいだと分かっても…。
(あのプログラムを消去出来ない限りは…)
チキンなジョミーは治らない。
自分が自然出産に関わると考えただけで、もうガタガタと震え出す身体。牛になってしまうと、次の人生は確実に食肉加工場だと。
(…ブルーだったら消せるのかな…?)
このプログラムを、と思ったけれども、出来るのならやっているだろう。とうの昔に。
アルテメシアの上空から落下して行ったブルー、力は尽きていたけれど…。
(…あれから後も、起きてたんだし…)
成人検査絡みの有害な記憶は、取り除いてくれた筈だった。機械が無理やり押し込んだものは、ミュウとして生きるのに不向きなものは。
それでも何かが残ったのなら、ブルーにも手出しは不可能なレベルの暗示なわけで…。
駄目だ、と今日も膝を抱えてベッドの上に蹲るだけ。
ナスカではカリナが妊娠中で、他にも自然出産希望のカップルたちが現れつつある時なのに。
こういう時こそ、ソルジャーの自分も名乗りを上げるべきなのに。
(……結婚だって、もう怖くって……)
今のノリだと、結婚したなら、子供を作ってなんぼだから。
シャングリラにいる者も、ナスカに入植した仲間たちも、そういう流れで生きているから。
(…ニナでなくても、誰と結婚しちゃっても…)
きっと子供を作らされるオチで、間違いなく夜な夜なうなされる。牛になる夢に、食肉加工場に送られる牛になっている夢に。
(あの夢、何処まであるんだろう…)
もしかしたなら、トラックに乗って、食肉加工場に着いてしまうとか。
「こっちへ来い!」と引っ張ってゆかれて、肉にされる所までセットものだとか。
(…有り得るよね…)
あまりの恐怖に止まる心臓、其処まで計算しかねない機械。
管理出産のシステムを守るためなら、心臓が止まるほどの強力な暗示を仕込むことだって。
(…もしも、ソルジャーのぼくが死んじゃったら…)
みんな困るし、それを防ぐためということで許して欲しい、とガクガクブルブル。
本当はチキンで、「次の人生は牛になる」という運命が怖くて耐えられないだけの臆病者。
食肉加工場に行く人生が嫌で、それを避けたいチキンな自分。
機械の仕業だと分かっていたって、どうにも克服出来ないから。
「あれは夢だ」と自分に発破をかけてみたって、心臓が縮み上がるから。
けれど、みんなに言えはしないし、夢の話もカリナたちは知らないわけだから…。
(……絶対、言えない……)
実はチキンで、とても怖いから自然出産に関わりたくはないなんて。
次の人生は牛という暗示、機械が仕込んだプログラムに勝てないヘタレだなんて。
だから、その辺は黙っておいて…。
(…ストイックな、ぼく…)
ソルジャーたるもの、恋や結婚に浮かれていては駄目なのだ、とキリッとするのがいいだろう。
何も知らない仲間から見れば、きっとカッコ良く見えるから。
「流石はソルジャー」と、「恋よりも仕事な人なんだ」と。
演出するのは孤高のソルジャー。
そういうキャラで押し通すんだ、と思うけれども、根っこはチキン。
牛になる夢が怖いばかりに、自分で言い出した自然出産の流れに乗れないチキンだから…。
「あなたは英雄だ、カリナ!」
みんなが妊娠や出産を恐れる中で…、と身重のカリナを見舞った時の言葉は本物だった。
実は自分が「恐れまくり」の最たるもので、考えただけでガクブルだから。
自然出産に関わったら最後、次の人生は牛になった上に、食肉加工場行きにされるのだから。
もうブルブルと震える身体に、竦んで動いてくれない足。
そんな怖すぎる自然出産、それに挑んで妊娠したのが英雄のカリナなのだから…。
孤高のチキン・了
※ニナがモーションをかけていたのに、結婚しないで終わったジョミー。
成長した意味が全く無いな、と考えたら出て来たネタがコレ。案外、正解だったりして…?
(……シロエ……)
暗澹たる思いでキースが戻ったステーション。
シロエの船を撃墜した後、E-1077に降り立ったけれど。
Mの精神攻撃の余波がまだ残る其処に、シロエを知る者はもういない。
少なくとも、候補生の中には。
セキ・レイ・シロエという名は消されたから。
最初は「居る」ことを消されてしまって、今はもう、その存在ごと。
宇宙の何処にも、いなくなったシロエ。
自分がこの手で撃ち落としたから、彼が乗った船を。
武装してさえいなかった船を、ただ逃げてゆくだけの練習艇を。
マザー・イライザの命令のままに、レーザー砲でロックオンして…。
(……撃ったんだ……)
そしてシロエは消えてしまった。
髪の一筋さえ残すことなく、光に溶けて。
レーザー砲の閃光の中で、一瞬の内に蒸発して。
何も残っていなかったことを、この目で確認して来たから。
シロエの船が在った場所には、残骸が散らばるだけだったから。
自分はこうして戻ったけれども、シロエは二度と戻りはしない。
皮肉に満ちた彼の言葉も、この耳にけして届きはしない。
(…ピーターパンの本を抱えた時の…)
あどけない子供のようだった顔も、もう見ることは叶わない。
魂ごと宇宙(そら)へと飛び立った者は、別の世界の住人だから。
いつか自分が其処へ逝くまで、行き方さえも分からないから。
(……シロエは自由に……)
なれたのだろうか、彼の望み通りに?
機械の言いなりになって生きる人生、意味などは無いとシロエは言った。
それならば彼は、自分の望みを叶えたろうか。
生きる意味の無い生を終わらせ、果ても見えぬ空へ飛び去ったから。
漆黒の宇宙の向こうにはきっと、まだ見ぬ空があるのだろう。
テラフォーミングされた星の空やら、母なる地球を取り巻く空や。
昼には光で青く染まって、夜は宇宙の色になる空。
そういった空より、もっと自由で果ての無い空。
シロエは其処へと行ったのだろう、生ある者には持ち得ない翼、それを広げて。
きっと誰よりも自由に羽ばたき、何処までも飛んでゆける世界へ。
…そんな気がする、彼は勝ったと。
真の自由を勝ち取ったのだと、誰も彼を追えはしないのだと。
そう思うけれど、シロエの勝ちだと感じるけれど。
これは自分の逃げなのだろうか、シロエを殺してしまったから。
連れ帰る代わりに船ごと撃って、この世から消してしまったから。
(…シロエが自由になれたのなら…)
それがシロエの意志だったならば、悔やむことなど何一つ無い。
シロエは自分を利用しただけ、撃たせて空へと飛び去っただけ。
そう思ったなら、楽になれるから。
レーザー砲を撃った罪の手、その手を真っ赤に染めた血潮も流れ去るから。
だからそちらへ向かうのだろうか、自分の思いは?
あれはシロエが選んだ道だと、自分はそれを助けたのだと。
何も罪など犯していないと、悔やまなくてもいいのだと。
(……卑怯者め……)
認めたくないのか、己の罪を。
罪だと心に刻み付けつつ、まだ逃げようと足掻くのか。
自分は何もやっていないと、ただ従っただけに過ぎないと。
シロエの意志に、マザー・イライザの命令に。
全てはそうしたことの結果で、シロエも、マザー・イライザも勝った。
シロエはマザー・イライザに。
自らを捨てて、自由な道へ。
マザー・イライザも勝ちを収めた、シロエという反逆者を消して。
…自分は彼らに使われただけで、いいように使い捨てられただけ。
一人きりで消えない罪を抱えて、この左手を血染めにされて。
その通りだと認められたら、思い込むことが出来たなら。
どれほど楽になれるのだろうか、せめてシロエのせいに出来たら。
彼を自由に飛ばせてやったと、鳥籠から出してやったのだと。
(鳥籠から出してやった途端に…)
鋭い爪に捕えられても、鷹にその身を引き裂かれても。
それでも鳥は本望だろうか、自由に焦がれた籠の中の鳥は。
一瞬だけ自由に羽ばたいた空を、永遠に駆けてゆくのだろうか。
引き千切られた羽根が血まみれになって、空の鳥籠の側に散らばり、鳥は消えても。
籠の中で空を夢見て歌った、その声が絶えてしまっても。
(……シロエ、お前は……)
本当にそれで良かったのか、と尋ねても返らない答え。
きっと永遠に分からないから、たとえシロエの勝ちだとしても…。
(…ぼくがシロエを殺したことは…)
存在さえも消し去り、葬ったことは、もう間違いなく罪なのだろう。
シロエの口から「違いますよ」と聞けないのなら。
彼が自分で此処に出て来て、心を解いてくれないのなら。
(……誰もシロエを知らなくても……)
このステーションに存在したこと、それさえ忘れてしまっていても。
自分がシロエを忘れないこと、きっとそれだけが出来る贖罪。
なんとも皮肉な話だけれども、自分だけが彼を覚えているから。
セキ・レイ・シロエを殺した自分が、彼の存在を消してしまった人間が。
(…一生、シロエを忘れないこと…)
たとえシロエが自分を利用したのだとしても。
果ての無い空へと飛んでゆくために、この肩を蹴って去ったとしても。
飛び去ったシロエを忘れないこと、自分の罪を背負ってゆくこと。
友に成り得た可能性さえ、シロエは秘めていたのだから。
一つピースが違っていたなら、きっと良き友だったのだろう。
サムやスウェナと一緒に笑って、四人でテーブルを囲みもして。
スウェナが去って行った後には、三人で。
卒業の時も、此処を出てゆく船の中から、窓に向かって手を振ったろう。
シロエの姿は遠すぎてどれか分からなくても、其処にいるだろう窓に向かって。
「先に行くから、また会おう」と。
いつか地球でと、その日を待っているからと。
本当にきっと、ほんの僅かなすれ違い。
それがシロエと自分とを分けて、隔ててしまって、置いてゆかれた。
シロエは自由な空へ飛び去り、自分に残されたものは罪の手。
友だったかもしれないシロエを、彼を乗せた船をこの手で撃った。
永遠に消えはしない烙印、左手に刻まれた罪の刻印。
誰の目にも、それは見えなくても。
セキ・レイ・シロエを知っている者、それさえ誰もいなくなっても。
(……忘れない……)
彼を生涯、忘れはしない、と誓った左手。
見る度にそれを思い出そうと、この手の罪をと睨んだ左手。
レーザー砲の照準を合わせ、発射ボタンを押したことを自分は知っているから。
他に知る者が誰もいなくても、自分の心は誤魔化せないから。
(…シロエが自由になったのだとしても…)
そう思うことを、けして自分に許しはしない。
自分が正しいことをしたと思うなど、それは逃げでしかないのだから。
シロエの口から「今まで知らなかったんですか?」と聞かない限りは、逃げでしかない。
「気付かなかったなんて、機械の申し子も大したことはないんですね」と。
「キース先輩も、その程度でしたか」と、あの笑い声がしない限りは。
そういう声が聞こえたならば、と思う自分がいる内は。
消えない罪の意識と後悔、明かせる相手もいないのが自分。
誰もシロエを知らないのだから、語っても意味を成さないこと。
(…サムに言っても…)
返る言葉はもう分かっている、サムの姿を見なくても。
きっと、あの時より酷い。
幼馴染だと聞いたミュウの少年、ジョミー・マーキス・シンのこと。
あんなに動揺したというのに、サムは覚えていなかった。
かつて語った幼馴染を、鮮明だった筈の姿を。
あれよりもずっと、空しい結果が自分を待っているのだろう。
「シロエを殺してしまったんだ」と打ち明けたなら。
サムはキョトンと目を見開いてから、「それ、誰だよ?」と尋ねるのだろう。
そんな名前は知らないと。
「きっと夢だぜ」と、「そういや、前にも変だったよな?」と。
訓練飛行の日を間違えていなかったか、と。
しっかりしろよと、あの笑顔で。
(……どうせ、そうなる……)
そうなるのだと分かっているから、今はサムにも会いたくはない。
夕食の時間も皆とずらした方がいい。
シロエはいないと思い知るから、またしても罪を負わされるから。
本当だったら食堂に一人、生徒は多い筈なのだから。
シロエが今もいたならば。
皆が名前を、姿を覚えていた頃ならば。
後にしよう、と思った食事。
サムにも会うまいと考えかけた夕食の時間。
けれども、心を不意に掠めていった声。
(…シナモンミルク…)
何度も食堂で耳にしていた、シロエがそれを頼むのを。
彼の好物だったのだろうか、意識し始めたら不思議なほどに聞いていたから…。
(……逃げないのならば……)
シロエを殺した己の罪を、一生、背負ってゆくのなら。
誰も分かってくれない苦しみ、それを生涯、負ってゆくなら…。
(…あれを頼むか…)
きっとサムなら、「何だよ、それ?」と驚いてトレイを見るだろうけれど。
「お前、コーヒーじゃなかったのかよ?」と、「どうしたんだよ?」と訊くだろうけれど。
(…ちょっと興味があっただけだ、と言えたなら…)
自分の罪をきちんと罪だと受け止められるし、シロエのことも忘れないだろう。
これを好んだ人を殺したと、友だったかもしれない者を、と。
一度も飲んだことのない味、それと一緒に。
どういう味かは分からないけれど、食堂であれを頼んでみよう。
かつてシロエがそうしたように。
何度も耳にしていたように。
「シナモンミルク、マヌカ多めに」、それがシロエに捧げる挽歌。
自分はシロエを忘れないから。
これから食堂で初めて口にする味、それと一緒に心に刻む。
セキ・レイ・シロエ、自分が殺した少年の名を。
友に成り得た筈の少年、彼の姿を、死の瞬間まで自由に焦がれた鳥の名前を…。
飛び去った鳥に・了
※シロエの存在、誰もが忘れていましたからね…。キース以外は、もう全員が。
鳥籠から逃げた鳥の名前は「セキレイ」、そういうイメージ。日本語な上に野鳥ですけど。
