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(もう駄目っぽい…)
 着替えも無理ならシャワーも無理、とベッドにパタリと倒れたジョミー。
 もう動けない、と。
 ソルジャー候補の日々はハードで、シゴキの方も半端なかった。来る日も来る日も、長老たちに引き摺って行かれるサイオン訓練。
 かてて加えて、新たな試練が降って来た。
(舞台衣装じゃないんだからさー…)
 なんだってコレで訓練なわけ、と泣きたいキモチになったブツ。それは仰々しい衣装。
 白地に金をあしらった上着、それから手袋、ついでにブーツ。おまけに赤いマントまで。全部が揃ってこそのソルジャー、この船ではそういう考え方。
 つい数日前に出来たばかりのソルジャーの衣装、フルセットでガッツリ着せられた。
 あまつさえ、それの着こなしチェックが入る有様、あらゆる場面で。
 「マントはそうじゃありません!」だとか、「品が無いのう…」という冷笑だとか。
 ああだこうだと長老たちが文句三昧、歩き方まで指導付き。マントが品よく靡くよう。ブーツの踵がカッコ良く音を立てるよう。
(…指の先まで神経を配れって言われても…)
 その状態でサイオン訓練だなんて無理すぎだから、と愚痴を言ってもどうにもならない。自分はソルジャー候補なのだし、現ソルジャーのブルーはといえば…。
(…完璧に着こなすらしいしね…)
 流石はカリスマ、と嘆きたくても、いつかは継がねばならないソルジャー。
 考えただけで疲れがドッと来るから、起き上がる気力も出なかった。もう駄目ぽ、と。
 遠い昔のネットスラング、それと被ったのは偶然なだけ。
 其処で意識は途切れてしまって、眠りの淵へと落ちたのだけれど…。


「ジョミー・マーキス・シン!!」
 凄い怒声で破られた眠り。
 ハッと気付けば、長老たちが立っていた。鬼の形相で、ベッドの側に。
「…え、えっと…?」
 寝過ごしたのか、と慌てたけれども、時計が指している時刻は真夜中。
 なんだってこんな深夜に長老たちが集っているのか、キャプテンも込みで。こんな所に。
(…何が起こったわけ…?)
 まさか緊急事態じゃないよね、と眠い目をゴシゴシ擦っていたら。
「なんということをしているのです!」
 自分の姿をよく御覧なさい、とエラに言われた。思いっ切り眉を吊り上げて。
(……???)
 何か変かな、と自分の身体に目を向けてみたら、ソルジャー候補の服を着たままだった。倒れてそのまま寝てしまったから、ブーツまで履いていたわけで…。
「ご、ごめんなさい…!!」
 直ぐに脱ぎます、と慌てて脱ごうとしたブーツ。途端に飛んで来た罵声。
「何も分かっておらんのか! 馬鹿者めが!」
 これじゃから若いのは駄目なんじゃ、と頭から湯気を立てているゼル。他の面子も苦い顔。
「…分かってないって…?」
 何がでしょうか、と低姿勢で出たら、ピシャリと足を叩かれた。ブーツの上から、ヒルマンに。
「これだよ、寝るならこのままでだね…」
 きちんと寝たまえ、と入った指導。ソルジャーたるもの、この制服で寝てこそだ、と。


 そんな馬鹿な、とガクンと落ちたジョミーの顎。
 けれども長老たちは真面目で、キャプテンだって大真面目だった。
 曰く、「ソルジャー・ブルーは、そうしておられる」。
 ミュウのカリスマたる超絶美形は、そのイメージを保ってなんぼ。まるで王侯貴族のように。
「たとえ具合が悪くったってね、面会したい仲間もいるしさ…」
 そういう時にパジャマではねえ…、とブラウが振っている頭。パジャマや部屋着で面会したなら値打ちも何も、と。
 ソルジャーの威厳がまるで台無し、それでは話になりはしないと。
「そうなのです。ですから、ソルジャーは常にマントも含めて、全てお召しで…」
 ブーツも履いてお休みになっておられるでしょう、とエラがズズイと押し出して来た。言われてみれば、ソルジャー・ブルーはそうだった。
(…ぼくが初めて会った時にも、今だって…)
 ソルジャーの衣装をフルセットで着けて、その状態で寝ているブルー。マントもブーツも、手袋だって。上着もキッチリ着込んだままで。
 ということは、もしかしなくても…。
「…本当にコレで寝ろってこと!?」
 今日まで何も言われなかったのに、と反論したら、ハーレイにジロリと睨まれた。
「我々は待っていたのだが? 君が自覚を持ってくれるまで」
「そうじゃぞ、ワシらにも多少の情けはあるからのう…」
 しごくばかりが能ではないわい、と恩着せがましく言ってくれたゼル。
 どうやらソルジャー候補の制服については、猶予期間があった模様。着たままで寝ようと、自分自身で決めるまで。…そういう覚悟が生まれるまで。


 ジョミーが全く知らない間に、部屋の何処かに監視カメラが仕込まれていた。ソルジャー候補の制服での寝相、それを子細にチェックするために。
 長老たちの部屋から見られるモニター、今夜ようやく出番と相成ったらしい。
 もう駄目ぽ、とベッドに倒れ込んだから。シャワーも着替えもとても出来ない、と服を着たまま眠りに落ちてしまったから。
「いいかね、君の寝方はこんな具合で…」
 我々が見ていた光景はこうだ、とヒルマンが出して来た録画。それの中には、右へ左へと転がる姿が映っていた。マントはグシャグシャ、足に絡まったりもしているし…。
(……なんだかヒドイ……)
 自分で見たって、まるで救いの無い寝相。此処で誰かが入って来たなら、幻滅するに違いない。なんて寝相の悪い人かと、これがソルジャー候補なのかと。
(ブルーの寝相が凄くいいから…)
 比べられて馬鹿にされるよね、と言われなくても分かること。長老たちが怒る筈だと、部屋まで突撃して来たのだって、至極もっとも、ごもっともです、と。
「…ジョミー?」
 お分かりですか、と睨んでいるエラ。「こんなことではいけません」と。
「……分かってます……」
 もうションボリと項垂れるしかなくて、指導付きでの就寝の儀。
 マント捌きから足の運び方まで、口うるさくチェックが入りまくりで。「いいですか?」と。
 ベッドに上がる時にはこう、と。横になる時はこういう具合で、上掛けをかける時はこう、と。


 そして翌日から、完全に無くなってしまった自由。
 サイオンの特訓でヘロヘロになっても、ベッドまで監視つきだから。たまにはパジャマで寝たい気持ちでも、そうしようとしたら…。
「ジョミー・マーキス・シン!」
 ソルジャー候補の自覚はどうしたのです、とエラが走って来る始末。直ぐに着替えて、あっちの衣装で寝るように、と。
 エラが走って来ない時には、他の面子がやって来る。ゼルもヒルマンも、ブラウだって。
 こんなに遅い時間だったら大丈夫、と高を括ってパジャマを着たって、恐ろしい顔のハーレイが入って来るだとか。
(…あれって、シフトを組んでいるんだ…)
 絶対そうだ、と分かるけれども、自分の方では組めないシフト。
 あちらは五人もいるというのに、「ジョミー」は一人だけだから。別のジョミーに後を任せて、ぐっすり眠れはしないから。
(…叱られずに寝ようと思ったら…)
 安眠できる夜が欲しかったら、マスターするしかない寝方。
 マントも上着もブーツまで込みで、まるっと着たままグッスリ眠れる行儀良さ。
(……なんで、こういうトコまでカリスマ……)
 別にこだわらなくっても、と思ってはいても言えない文句。ソルジャー・ブルーは、同じ寝方で楽々と寝ているのだから。…生きた手本がいるのだから。


(…もう駄目っぽい…)
 ぼくの人生、マジで終わった、と泣きそうだったジョミーだけれど。
 寝る時間さえも奪われたんだ、とブツブツ愚痴を零したけれども、慣れというのは怖いもの。
 いつの間にやらマスターしていた、ソルジャー候補の服で寝ること。
 それは遥かな後の時代に、大いに役立つことになる。
 人類軍との激しい戦闘の最中、ソルジャー・シンは常にキリッと寝ていたから。
 トォニィが「グランパ!」と夜の夜中に飛び込んで行っても、「どうした!?」とソルジャーの衣装を纏って起き上がったから。
 最初はジョミーを舐めていたナスカの子供たちだって、それには恐れ入るばかり。
 「ソルジャー・シンは凄い人だ」と、「寝ている時も気を抜かない」と。
 あんな人には勝てやしないと、生まれながらの戦士でソルジャー、と。
 それを着たまま寝ている理由も知らないで。
 遠い昔にはとても寝相が悪かったなんて、夢にも思わないままで…。

 

         ソルジャーの寝相・了

※ソルジャー・ブルーがあの服装で寝ていたんなら、ソルジャー・シンも引き継ぐ筈、と。
 あの服装で寝るのが一番楽、というネタでも書いてますけどね。「ソルジャーの制服」を。





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(結局、何も分からないままか…)
 その上、謎が増えただけか、とキースの頭を悩ませること。
 ジルベスター星系での事故調査に赴く、任務は分かっているけれど。
 其処から戻れば、謎の一つは解けるのだけれど。
(…ピーターパン…)
 スウェナが口にしていたこと。
 サムの病院で出会った時に。
 わざわざ待ち伏せしていた上に、セキ・レイ・シロエの名を語ったスウェナ。
 誰もが忘れている筈の名前、E-1077にいた者たちは。
 マザー・イライザがそう指示したから、皆の記憶を消させたから。
(皮肉なものだな…)
 結婚を機にE-1077を離れたスウェナは、今もシロエを覚えていた。
 そしてシロエのメッセージを見付けた、何処でなのかは謎だけれども。
 分からない謎の一つがそれ。
 シロエが残したメッセージは何か、どうして自分宛なのか。
(ハッタリということも、ないことはないが…)
 そうだと言うなら、それでもいい。
 この謎は解ける謎だから。
 ジルベスターから戻りさえすれば、どんな答えが出るにしたって。


 心は激しく乱されたけれど、シロエのメッセージの件はいい。
 いずれ答えを手にするのだから、任務が終わりさえすれば。
 それとは別に謎が幾つも、どれも今回の任務絡みで。
 ジルベスターにはMがいるのか、それとも事故に過ぎないのか。
(…私が派遣されるからには…)
 間違いなくいる、と思うのがM。
 そう呼ばれているミュウどものこと。
 彼らは確実にいるだろうけれど、今の時点では何も無い証拠。
 ミュウの尻尾をどう掴むのか、どうやって拠点を探し出すのか。
 手掛かりすらも見付からないから、謎の一つはミュウたちの拠点。
(ジルベスター・セブン…)
 事故が多発すると言われる宙域、その中の何処か。
 際立って事故が多い惑星、ジルベスター・セブンが匂うのだけれど。
(何も証拠が無いからな…)
 今は謎だな、と思うしかない。
 これだけで軍は動かせない、とも。


 何か訊けないかと見舞ったサム。
 E-1077で四年間、一緒だった友、十二年も会っていなかった。
 けれど元気だと思っていたから、取ろうともしていなかった連絡。
 その間にサムは壊れてしまった、Mたちのせいで。
 どう考えても事故ではなくて。
(…怪しい点が多すぎるんだ…)
 特にサムのケースは、と零れる溜息。
 乗っていた船ごと漂流していたのを救われたサム、とうに正気を失くした姿で。
 心が子供に戻ってしまって。
(それだけでも充分、怪しいんだが…)
 人の心を食う化け物と言われるM。
 ミュウどもがサムを壊したのでは、と。
 恐らくそうだと思うけれども、解せない点がもう一つ。
 サムと一緒に乗っていた者、チーフパイロットは殺されていた。
 それもナイフで、サムの側に落ちていたもので。
 ミュウがやるなら、そんな武器など要らないだろうに。
 彼らの力は、人の心臓をも止めるだろうに。


 サムは人など殺さない。
 殺せない、とも確信している。
 E-1077で一緒だった四年、その間に思い知らされたこと。
 同じ道を歩みたい友だけれども、サムはその道を歩けはしない、と。
(人間としての能力以前に…)
 サムの資質が邪魔をするんだ、と当時からもう分かっていた。
 優しすぎるサムは、メンバーズには向かないと。
 どんなに才能があったとしたって、性格のせいで篩い落とされる。
 サムには人は殺せないから。
 その優しさを持ったままでは、軍人になどはなれないから。
(…サムなら、シロエも殺しはしない…)
 きっと見逃すことだろう。
 マザー・イライザに命じられても、「撃ちなさい」と声が届いても。
 「見失った」と報告して。
 そうしたせいで、自分の道が閉ざされても。
 メンバーズの資格を失くしたとしても、サムはシロエを殺さない。
 「行け」と見送り、そのまま機首を返すのだろう。
 そのせいで自分がどうなろうとも、エリートの道から一般人に転落しようとも。


 そうする筈だ、と今でも思っているのがサム。
 十二年間の歳月を経ても、サムは変わりはしないだろう。
 彼の優しさは本物だから。
 誰よりも自分が知っているから。
(船の中で何があったとしても…)
 サムにパイロットは殺せない。
 敵でさえも殺せないようなサムに、同僚を殺せる筈などがない。
 だからおかしい、サムの事故は。
 どうしてサムが人を殺したのか、そういうことになったのか。
(…サムからは何も訊けなかったが…)
 それもまた、Mの仕業だろうか。
 自分たちの手を汚す代わりに、サムに命じたチーフパイロットを殺すこと。
 彼は何かを知りすぎたのか、それとも他に何かあったか。
(…サムに殺せはしないんだ…)
 事故調査の結果は、サムの仕業になっていたけれど。
 サムがやったと、彼の心が壊れたこととの因果関係は不明だ、とも。
(あのサムが…)
 人を殺すなど有り得ない、と思うけれども、添えられたデータ。
 血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの写真と。
 サムは殺人者になってしまった、Mたちのせいで。
 ミュウの拠点に近付いたせいで、まるでサムらしくない存在に。


 サムは罪には問われない。
 心が壊れてしまっているから、責任を負えはしないから。
 けれど、記録はそうはいかない。
 チーフパイロットの名前と一緒に、永遠に記録され続ける。
 返り血を浴びた写真のままで。
 血染めのナイフを添えられたままで、殺人者のサム・ヒューストンとして。
(…サムは人など殺さないのに…!)
 どうしたらこれを覆せる、と歯噛みしたって、Mどもを連れて来たって無駄。
 人間扱いされていないM、ミュウの証言などに意味は無いから。
 彼らを法廷に出すよりも前に、処分するのが鉄則だから。
(サムは一生…)
 人殺しだ、と握った拳。
 サム・ヒューストンのデータを見る者、それを知り得る誰にとっても。
 自分を除いた誰が見たって、サムは殺人を犯した者。
 返り血を浴びた写真が動かぬ証拠で、血染めのナイフも同じに証拠。
 罪に問われはしなくても。
 病院で一生、穏やかに生きてゆけるとしても。


 どうしてサムが殺人者に、と濡れ衣を晴らしたいけれど。
 Mが相手では無理でしかなくて、サムの写真は血染めのまま。
 返り血を浴びた顔のまま。
(…一番、サムらしくない姿なのにな…)
 これがステーション時代だったら、「何の仮装だ?」と訊いただろうに。
 人気のドラマか何かだろうかと、まだ知らないから観てみたいとも。
(本当に悪い冗談だ…)
 血染めのサムか、と吐き捨てた瞬間、閃いたこと。
 「そうか、血なのか」と。
 サムの写真はこうだけれども、サムの体内にも血は流れている。
 広い宇宙にただ一人だけの、サムだけが持ち得る血というものが。
 一滴の血を分析したなら、それだけで「サムだ」と分かる赤い血が。
(…サムと一緒に行けそうだな)
 ジルベスターに、と浮かんだ笑み。
 あの病院から、サムの血を貰い受けたなら。
 ほんの一滴、赤い雫を貰ってこの身に付けたなら。
 そうすればサムは常に一緒で、何処までも共に行くことが出来る。
 ジルベスターへも、サムが病院で歌っていた歌にあった地球へも。


 よし、と心に決めたこと。
 サムの身の証は立てられなくても、これからはサムと共に在ろうと。
 彼のものだと分かる血の雫、それでピアスを作らせようと。
 サムが血染めのサムだと言うなら、自分は「血のピアスのキース」でいい。
 その意味を誰も知らなくても。
 誰一人、血だと気付かなくても、自分だけが知っていればいい。
 サムは自分と共にいるから。
 優しすぎて人も殺せないサム、そのサムと共に、サムが行けなかった道をゆくのだから…。

 

        友の血のピアス・了

※アニテラでも原作でも、当たり前にキースが付けているピアス。どうして血なんだ、と。
 理由は全く語られないまま、サッパリ謎だと思い続けて何年だか。…こうなりました。





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(…我々はもう、時代遅れの人種なのだというのか…!)
 またか、とキースが噛んだ唇。あの屈辱をまたも味わうのか、と。
 遠い昔に、時代遅れだと知った人類。…自分が属している種族。
 世界はとうにミュウのものだと、時代はミュウに味方したのだと思い知らされた時。
(あの時は仕方なかったが…)
 そういう風に生まれついたし、自分の生まれは変えられない。
 覚悟したから、ブチかましたのが大演説。マザー・システムを否定すること。
(あれで一気に株が上がって…)
 敵だったミュウの長とも一緒に戦い、ますます上がった自分の株。
 命はパアになったけれども、それを補ってなお余りある栄光を手に入れた。大勢のファンたちにチヤホヤされて。行く先々で追い掛けられて。
(少々、迷惑な目にも遭ったが…)
 身に覚えのないゴシップと言うか、スキャンダルとでも呼ぶべきか。
 「実はマツカと深い仲」だの、「ステーション時代はシロエとデキていた」だの、それは迷惑な噂がドッサリ。それを本にしてバラ撒かれた。薄い本とかいうヤツで。
(絵には描かれるわ、小説になるわ…)
 ミュウの長との仲まで取り沙汰されたほど。ソルジャー・ブルーとか、ジョミーだとか。
 迷惑極まりなかったけれども、栄華の絶頂ではあった。「我が世の春」といった具合で、誰もが萌えてくれたのに…。


 気付けば、時代は変わっていた。
 自分たちは忘れ去られた人種で、時代遅れなものでしかない。それは重々、承知している。
(…盛者必衰、諸行無常と言うそうだからな…)
 栄華を誇った絶頂の時代、あれから流れた九年もの歳月。「十年ひと昔」と言うのだからして、忘れられても仕方ない。
 だから黙って耐え忍んで来た。世の荒波が激しかろうと、自分たちの栄光が色褪せようと。
(巨人が壁を越えて来ようが、立体機動が話題だろうが…)
 そういう世界に住んでいないから、諦めの境地でいるしかなかった。
 もしも巨人が人を食べまくる世界にいたなら、華麗に活躍出来ただろうに。立体機動装置を使いこなして、今をときめく人だったろうに。
(…相手がソレなら、まだ諦めも…)
 つくというものだ、と握った拳。
 かつて自分たちが人気を誇ったように、あの世界にもいる美形たち。ありとあらゆる美形が選り取り見取りな世界で、ファンがつくのも当然のこと。薄い本がバンバン出されるのも。
(時代が移るのは、世の習いだしな…)
 他の美形に人気が移れば、「まあ、仕方ない」と諦めもする。
 けれど、世界は「時代遅れ」という嫌な言葉を突き付けて来た。
 もはや美形の時代ではないと、「顔だけで売れる」時代は終わりを告げたのだと。


(…我々はアレに敗れるのか…!)
 どう見ても美形とは言えない六つ子。それが今では最先端で、自分たちは見事に取り残された。
 九年前にミュウにやられたように。「もう人類の時代ではない」と思い知らされたように。
(……どうして歴史は繰り返すのだ……)
 世の中、「松」さえ付けばいいのか、と愚痴りたいほど。
 あっちを向いても、こっちを向いても、絵も小説も「松」だらけだから。とにかく「松」だ、と言わんばかりに、「松」さえ付けば女性が群がるのだから。
(…だが、生憎と…)
 我々の世界には松が無いのだ、と零れる溜息。
 宇宙船が飛び交う世界の景色に、松は全く似合わないから。アルテメシアだろうが、首都惑星のノアであろうが、似合わない「松がある風景」。
(E-1077の中庭ともなれば、もう致命的に…)
 松は駄目だ、と分かっている。黒松だろうが赤松だろうが、盆栽向きの五葉松だろうが、けして似合ってくれない世界。
 どう転がっても「松」などは無くて、時代の流れについて行けない。
(……せめて、一本でも……)
 我々にも松があったなら、と歯噛みした所で聞こえたノック。「失礼します」と。
 そして、コーヒーのカップをトレイに載せて、部屋に入って来た者は…。
(…マツカ…!)
 いたじゃないか、と気付いた「松」。
 神は我々を見捨てなかったと、我々の世界にも今をときめく人気の「松」が、と。


 此処にあった、と見詰めた「マツカ」。
 松は松科の植物なのだし、マツカはガチで「松」な人物。多分、この世界では唯一の「松」。
 これを逃してなるものか、とコーヒーを「どうぞ」と置いたマツカに頭を下げた。
「頼む、私を養子にしてくれ!!」
「えっ!?」
 何故ですか、とマツカが目を真ん丸にするものだから、「我々には松が必要なのだ!」と叫んでやった。「松はお前しか持っていない」と、「お前が唯一の希望なのだ」と。
「いいか、今の世の中、松が人気だ。…それは分かるな?」
「は、はい…。それが何か…?」
「お前なら「ジョナ松」になることが出来る!」
 ジョナ・マツカだから「ジョナ松」だろうが、と指摘した名前。それと同じに、自分が養子縁組したなら「マツカ」な名前が手に入る、と。
「……キースがマツカになるんですか?」
「そうだ、キース・アニアン改め、キース・マツカになれるのだ!」
 そうすれば私は「キス松」になる、と畳み掛けた。
 時代遅れの人種にならないためには、とにかく「松」。「ジョナ松」に「キス松」、養子縁組で松が二人に増えるのだ、と。
「…わ、分かりました…!」
 ぼくの名前が役に立つなら、とマツカは快諾してくれた。直ぐに書類を取り寄せます、と。


(よし、これでいける…!)
 我々も松を手に入れたぞ、とキースの唇に浮かんだ笑み。ジョナ松にキス松、松が二人も。
 この世界に松は無いから無理だ、と絶望的な気分だったのに。
 時代遅れの人種になったと、ミュウの次には「松」にやられたと悔しさMAXだったのに。
(マツカは元から松だったわけだが、その価値に気付いていなかったからな…)
 きっと「マツカ」で話が大きすぎたのだ、と頷く「松」を束ねる「松科」。
 どんな松でも松科なのだし、「松科」というのが大前提。つまりマツカは…。
(松の総本山なのだ…!)
 もっと養子を取らせてやろう、と考える。人気の「松」は六つ子なのだし…。
(あと四人いれば、もう充分に対抗できるぞ…!)
 しかもこっちは正統派の美形揃いだからな、と巡らせる策。誰を養子に取らせるべきか、其処の所が重要だ、と。
(…シロエとセルジュは確定だな…)
 あの二人は人気があった筈だ、と「シロ松」と「セル松」は迷わない。残る二人は…。
(サム松にグレ松、そんな所か…?)
 グレイブも地味に人気だったし、サムは大切な親友だからな、と選んでゆく残り二人の松。
 顔だけだったら、ジョミ松もブル松もアリだけれども…。


(せっかく、我々に分があるのだしな?)
 ミュウの奴らには泣いて貰おう、と切り捨てた美形なミュウの長たち。
 今をときめく「松」が六人、その美味しさは人類だけで頂いておくべきだろう。
 遠い昔に「時代遅れ」にされた人類、それが今度はミュウどもを抜いて最先端を突っ走る。
 こちらには「松」の総本山がいるのだから。
 マツカの養子になりさえしたなら、誰もが「松」になれるのだから。
(ジョナ松、キス松、それにシロ松…)
 セル松にサム松、グレ松で「松」が六人だぞ、とキースが確信した勝利。
 「松」を持たないミュウの連中、彼らは時代遅れになる。
 こちらには「松」が六人だから。
 ジョナ松、キス松、シロ松、セル松、サム松、グレ松、六人ものマツカが揃うから。
 そのためだったら、「アニアン」の名はドブに捨てられる。
 今をときめく「松」になれるなら。「時代遅れの人種」にサヨナラ出来るのならば…。

 

         六人のマツカ・了

※久しぶりに疑った自分の頭。「気は確かか?」と。…確かにマツカは「松」なんだけど。
 時代が「松」になってしまっても、まだアニテラな管理人。「時代遅れな人種」そのもの…。





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 ぼくの名前は、セキ・レイ・シロエ。
(…本当は、セキ君なんだけれどね…)
 うんと平凡に、「関」なんだけど。
 関って苗字で、名前がシロエ。こっちは片仮名。
 だけど、学校ではセキ・レイ・シロエで通ってる。先生にだって。
(入って直ぐの、英語の時間に…)
 日本語は一切、喋っちゃいけないハードな授業。ネイティブの先生がやって来る。
 「自己紹介も英語でプリーズ」って言われたから、ちょっと凝りたくなった。
 この高校に入学する時、ツイッターとかの名前を全部、「セキレイ」で統一してたから。
 それまでの緩かった私立中学校から進学校へ、公立だけど特進コース。
(心機一転といきたいもんね?)
 だからセキレイ、何故セキレイかは、また後で。


 とにかくセキレイ、その名前もアピールしたかったから…。
(自己紹介の英語で、思いっ切り…)
 ミドルネームと洒落込んだ。
 本当だったら「シロエ・セキです」と言うべき所を、「セキ・レイ・シロエ」。
 ネイティブの先生と、クラスのみんなに、そう言った。
 「セキ・レイ・シロエと呼んで下さい」って。
 他の英語もパーフェクトだったし、先生が思わず「ワンダホー!」って叫んだほど。
 お蔭で、ぼくは「セキ・レイ・シロエ」。
 担任の先生も、他の教科の先生だって、「関君」よりも「シロエ君」。
 出席を取る時も、茶目っ気のある先生だと…。
(セキ・レイ・シロエ! って…)
 やってくれるから、面白い。
 生粋の日本人なのに、関君なのに、セキ・レイ・シロエ。
 ちょっぴり有名人の、ぼく。


 この春に入った今の高校、実は其処では…。
(入った時から、ちょっと有名…)
 首席で入って、新入生代表の挨拶をしたのも、理由の一つなんだけど。
 もう一つ、かなり知られたネタ。
(ひき逃げ事故の被害者だしね?)
 去年の暮れに、塾の帰りにはねられた。
 乗ってた自転車ごと、大型バイクに衝突されてしまった夜。
 ぼくはショックで意識不明で、何も覚えていないんだけど…。
(はねた男が消えちゃったんだよ)
 そういう、ミステリアスな事故。
 ぼくを自転車ごとはねた犯人、バイクに乗ってた若い男は溜池に落ちた。
 たまたま冬で水を抜いてて、犯人は溺れはしなかったけれど…。
(泥まみれになって、警察官に手錠をかけられて…)
 其処までは何人もの人が見ていた。警察官だって、しっかり見てた。
 だけど、パトカーに乗せようとしたら…。
(そいつ、何処にもいなかった、って…)
 パパとママからも、警察の人からも、そう聞かされた。
 病院で読んだ新聞の記事にも、おんなじことが書かれていた。
 「消えたひき逃げ犯」って見出しで、死亡事故ってわけじゃないのに、とても大きく。


 ぼくの町では、凄く有名になった事故。
 犯人捜しの似顔絵ポスター、それは今でも貼ってある。
 事故現場を扱う警察署の玄関前にある掲示板と、事故現場に立ってる目撃情報を募る看板。
(犯人が消えたのも、不思議だけれど…)
 バイクが盗まれたヤツだったことも、話題になった理由かも。
 最初の間は、消えた犯人は、バイクの持ち主の大学生だと思われてたから。
 そいつなんだ、って警察が学生アパートに出掛けて捕まえようとしたら、まるで別人。
 しかもバイクが盗まれてたから、盗難届を出しに行こうとしていた所。
(盗んだバイクで事故を起こして、おまけにドロンと消えちゃうなんてね?)
 ミステリー作家もビックリな事故で、ぼくが死んでたら、きっと小説になってたと思う。
 ぼくは何かの組織に属する、裏の顔がある中学生。
 それを消しに来たのが別の組織とか、でなきゃSF小説みたいな設定。
(でも、ぼく、死んでいないから…)
 有名人になったというだけ、「あの事故に遭った中学生だ」って。
 今の高校に入った時にも、アッと言う間に広がった噂。


(でもって、今じゃ、セキ・レイ・シロエで…)
 上級生だって知っている。
 クラブの先輩じゃない人だって、気軽に声を掛けて来る。
 「シロエ、犯人、見付かったか?」って。
 夏休みになったら、犯人捜しをしようって動きもあるくらい。
 高校生が犯人を見付け出したら、表彰されて大手柄。
 新聞にだって載せてくれるし、今の世の中、ツイッターとかで…。
(全国区のニュースで、時の人だし…)
 やりたい生徒は、とても沢山。
 男子も女子も、夏休みになったら謎解きしようと思ってるみたい。
 ぼくと一緒に現場に出掛けて、遺留品探しとか、ちょっとオカルトもどきとか。
 「霊の仕業だ」って言ってる子だって多いから。
 夏休みは肝試しにもってこいだし、「はねられた時間に行ってみようぜ」って声だとか。
 ぼくの学校、特進コースでも「塾に行かない」のが売りの学校。
 「授業をきちんと聞いていたなら、何処の大学でも合格出来ます」って。
 クラブ活動だって楽しく、それでホントに名門大学に受かっちゃう。
 だから夏休みも全力投球、犯人捜しも遊びの内。


 そんなこんなで、毎日、充実してるけど。
(パパとママにしか言ってないけど…)
 あの事故の時に、ぼくは不思議な体験をした。
 はねられて意識が無かった間に、見ていた夢がSFなんだ。
(ぼくは宇宙船で…)
 何処かを目指して飛んでいた。
 それが何処かは分からないけど、とても素敵な場所に向かって。
(いつまでも、何処までも飛び続けるんだ、って…)
 幸せ一杯で飛び続けてたら、真っ白な光に包まれた。
 着いたんだ、って思った途端に、目が覚めた場所が病院のベッド。
 ぼくの腕には点滴の針で、頭は包帯でグルグル巻きで。
(変な夢を見たよ、って話したら…)
 パパは笑ってこう言った。
 「個性的な臨死体験だな、シロエ」って。
 ママも泣きながら笑ってた。
 「三途の川とか、お花畑は無かったの?」って、「無事で良かった」って。


 もしも光に包まれたままで飛んで行ったら、ぼくは死んでたかもしれない。
 パパとママとが病院に着くのが、もう少しだけ遅かったら。
 「シロエ!」って呼ぶ声が聞こえて来なかったなら。
(…ホントに不思議で…)
 だけど気持ちが良かった夢。
 宇宙船の中でも、あの真っ白な光の中でも、ぼくは飛んでた。
 まるで鳥みたいに飛び続けていて、とても幸せだった夢。
(…だから、セキレイ…)
 ふと思ったんだ、「夢の中のぼくは、ホントに鳥みたいだった」って。
 鳥になるなら何がいいかな、って漠然と思い始めてて…。
 今の学校に合格した後、自転車で行ってみた事故現場。
 溜池にはまだ水が少しだけ、殆ど底が見えてる状態。
 乾いてひび割れた泥だらけのトコを、一羽の鳥が跳ねてった。
 小さな魚が残っていないか探しに来ていた、尻尾の長い可愛い小鳥。
(セキレイだよね、って…)
 眺めていたら、閃いた名前。
 ぼくは「関」だし、「セキレイ」がいい、って。
 高校に行ったら、そういう名前で色々やるのが素敵だよね、って。


 そう思ったから、ぼくは「セキレイ」。
 英語の時間にカッコ良くキメて、今は「セキ・レイ・シロエ」だけれど…。
(…あれ?)
 まただ、と眺めた、ぼくの左側。
(誰もいないよね…?)
 今は放課後でクラブ活動の時間、弓道部に入っているのが、ぼくなんだけど。
 こうして弓を構えてる時や、矢を射た後の瞬間とか。
(ぼくの左に…)
 とてもよく知っていた誰かが立ってる、そんな気がする時がある。
 ぼくと同じに弓を構えて、真剣な顔で的を射ている誰か。
 弓道なんか、中学じゃやっていないのに。
 やりたかったけれど無かったクラブで、剣道部所属だったのに。
(でも、左側…)
 確かにいたんだ、って気がする誰か。
 その誰かの顔が、例のひき逃げ犯の似顔絵にとても似ているだなんて…。


(…ウッカリ話したら、オカルト研究会の出番で…)
 もう間違いなく、夏休みは引っ張り出されるから。
 「お前も来いよ」って、毎日のように犯人捜しに連れて行かれて、大変だから。
(黙っていなくちゃ…)
 でないと弓道の大会に行けるメンバーに選ばれないよ、って目の前の的を真っ直ぐに睨む。
 勉強もクラブも全力投球、弓も一位を目指すんだから。
(集中、集中…)
 左側なんて気にしない。
 ぼくと弓道で競った相手は、クラブの先輩しかいないわけだし…。
(同級生よりは、ぼくが上だよ)
 大会に行くのはぼくなんだから、って弓を構えて放った矢。
 的のド真ん中、見事に当たった。
(ふふっ、実力…)
 大会出場メンバーの一人は、絶対に、ぼくで決まりだと思う。
 セキ・レイ・シロエで、大会でも、きっといい成績。
 光の加減で紫に見える、瞳のぼくが。
 「関君」だけれど「セキ・レイ・シロエ」で、「セキレイ」を名乗る、このぼくが。


(夏休みだって…)
 うんと頑張る、朝早く起きて、クラブ活動。
 それに勉強、ひき逃げ犯を捜しに行くよりも。
 ぼくをバイクではねた犯人、それが誰でも気にしない。
(…もしも、SFの世界だったら…)
 弓を射る時、ぼくの左側に立っているような気がする誰か。
 黒髪にアイスブルーの瞳の、ハーフかもしれない犯人は、きっと、ぼくの知り合い。
(そうだったら、とても面白いけど…)
 有り得ないから、犯人捜しをやっているより、断然、クラブ。
 そっちの方がいいに決まってる。
 弓道部代表、セキ・レイ・シロエ。
 いつかは主将になってみたいし、全国大会一位の座だって、ぼくの大きな夢なんだから…。

 

         奇跡のその後・了

※「師走の奇跡」の後日談を、というリクエストを貰ったら、こうなったオチ。
 弓道部に入ったシロエの左にいるのは、もちろんキース。ステーション時代の記憶です。
 イロモノ時代からの最古参の読者様、リク主でらっしゃるI様に捧ぐv




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(…何処…)
 此処は、とシロエは思うけれども。
 次の瞬間、思考は砕けて、砂粒のように崩れ落ちてゆく。
 心を、頭を、機械が探り続けているから。
 端からバラバラに切り刻んでは、中身を調べてゆくのだから。
(…ぼくは…)
 誰なのか、もうそれすらも掴めないほど。
 囚われ人になった身だから、手足も拘束されているから。
 ミュウの思考を分析するための機械、それがE-1077に持ち込まれて。
 本当の所は、かなり早くからあったのだけれど。
 シロエがステーションに着いた時から、密かに手配されていた機械。
 その目的は伏せられたままで。
 「万一に備えて」という、マザー・イライザからの指示だけで。
 ミュウの因子を持った少年、それを迎えたとは誰も知らないままで。


(…パパ、ママ…)
 頭の中に浮かんだ言葉。
 何を意味するのか、シロエには分からないけれど。
 けれど、好きだったと思う「パパ」と「ママ」。
 とても大切なものだった、と考えた途端に砕かれる思考。
 手の中から虚しく落ちてゆく言葉。
(ママ…)
 パパ、と繰り返す内に、思考は徐々に繋がり始める。
 機械がいくら砕き続けても、人の心はそれに勝つから。
 人の想いを打ち砕く力、其処までは機械も持っていないから。
(…ママ、パパ……)
 そうだった、と苦痛の中でも生まれる想い。
 紡ぎ出す望み。
 「帰りたい」と。
 もう終わりだろう自分の人生、きっとこのまま断たれる命。
 ならば最後に帰ってみたい。
 帰れるものなら、あの故郷へと。


 今はもう、住所も分からない家。
 けれど其処へと向かうことは出来る。
(…船に乗ったら…)
 そう、船があれば。
 どんなに小さな宇宙船でも、それに乗ることが出来たなら。
(……エネルゲイア……)
 それにアルテメシア、と途切れ途切れに紡いでゆく思考。
 何度、機械に断ち切られても。
 ブツリと斧が振り下ろされても。
(…クリサリス星系…)
 そういう名前だった筈。
 アルテメシアが在った星系、エネルゲイアがある場所は。
 座標はきっと…。
(……オートパイロット……)
 どの宇宙船にも備わった機能、それを使えば自動的に設定されるだろう。
 アルテメシアへ、エネルゲイアへ飛ぶのなら。
 漆黒の宇宙を飛んでゆくなら。


 そうしたいのだ、と生まれる気持ち。
 この苦痛から抜け出せるのなら、故郷へと。
(…殺されたって……)
 かまうもんか、と紡ぎ出される明確な思考。
 どうせ自分には無い未来。
 此処で黙って殺されるよりは、少しでも夢のある方へ。
 同じ死ぬなら、少しでも…。
(…パパ、ママ…)
 パパとママに近い所まで、と湧き上がる望み。
 なんとしても其処へ行きたいと。
 此処で終わってたまるものかと、きっと宇宙へ逃れてみせると。
 小さな船でもかまわないから、逃げた途端に撃ち落とされても本望だから。
(…此処よりは……)
 ずっとマシだ、と思う死に場所。
 少しでも故郷に近付けたなら。
 両親が今もいるだろう家、其処に向かって飛べたなら。


 行ってみせる、と組み立てる思考。
 機械がそれを砕いても。
 組み上げる端から壊していっても、何度も紡げば形になる。
 人の想いは強いから。
 機械のそれより、遥かに強く思考するのが人だから。
(…帰りたいよ……)
 パパ、ママ、と生まれては直ぐに消される想い。
 機械に頭を掻き回されて、心の中身をバラバラにされて。
 それでもシロエは考え続ける、今の自分が望むことを。
 本当の想いは何処にあるかを、自分は何をしたいのかを。
(……パパとママに……)
 会えないままで命尽きようとも、此処から飛んでゆきたい宇宙(そら)。
 遠く故郷まで続く宇宙へ、其処へ自由に船出すること。
 それが望みで、欲しいのは自由。
 とても小さな船でいいから、練習艇でもかまわないから。
 此処から外へ出てゆけるなら。
 少しでも故郷に近い所へ、自分の意志で飛んでゆけるなら。


 故郷へ飛ぶこと、此処から宇宙(そら)へ飛び立つこと。
 望むことは一つ、夢見ることもただ一つだけ。
(…帰るんだから……)
 辿り着けずに終わったとしても、辿りたい家路。
 この先に自分の家が在ったと、これから帰ってゆくのだと。
(……命なんか……)
 どうせ無いから、捨ててしまってかまわない。
 今でも焦がれ続ける故郷へ、父と母の許へ飛べるなら。
 其処へと帰ってゆくための船に乗れるなら。
(……ピーターパン……)
 そうだ、と思い出した本。
 両親に貰った宝物。
 あの本も一緒に持って行きたい、故郷に帰ってゆく時は。
 此処から宇宙へ飛び立つ時は。
 あれのお蔭で、シロエは「シロエ」でいられたから。
 今もこうして、思考を紡ぎ続けているから。
 何度、機械に砕かれても。
 心ごと無残に踏み躙られても。


(負けるもんか…)
 このまま死んでたまるもんか、と組み立てる思考。
 手足が自由になりさえしたなら、この牢獄から抜け出せたなら…。
(…あの本を持って…)
 飛び立ってみせる、マザー・イライザが支配しているステーションから。
 E-1077から宇宙へ逃げ出してみせる、行き先には死が待っているとしても。
 此処で死ぬより、ずっとマシな死。
 懐かしい故郷に近い所で、両親に少しでも近い所で死ねたなら。
 宝物のように持って来た本、あの本を抱いてゆけるなら。
(…ぼくは負けない……)
 今日までそうして生きて来たから、と悔いることなど無い人生。
 セキ・レイ・シロエは立派に生きた。
 どう生きたのかは思い出せないままだけれども、機械に支配されないで。
 機械の言いなりに生きる人生、その道を選び取らないで。
(…そうして生きた結果がこれでも……)
 ぼくは後悔なんかしない、と刻まれる思考の中でもシロエは笑い続ける。
 この想いを機械は消せないだろう、と。
 ぼくの心を支配するなど、機械に出来るわけがないのだから、と。


 行く先が死でも、選びたい自由。
 このステーションから自由になること、宇宙へと船出してゆくこと。
 小さな練習艇でいいから、行き先を故郷に設定して。
 飛び立った途端に撃ち落とされても、少しでも故郷に近い場所へと飛んでゆきたい。
 両親が今もいる筈の星へ、クリサリス星系のアルテメシアへ。
 その星の上のエネルゲイアへ。
(…パパ、ママ……)
 ぼくは必ず帰るからね、と組み上げる思考は砕かれるけれど。
 端から機械が壊すけれども、それでもけして諦めはしない。
 諦めたら、其処で終わりだから。
 このステーションから出られもしないで、殺されてゆくだけだから。
(…ぼくは必ず……)
 帰ってみせる、と繰り返し考えて夢見ること。
 ピーターパンの本を抱えて、宇宙へ船出してゆく自分。
 これで自由だと、何処までも飛んでゆける船。
 たとえ一瞬で撃ち落とされても、それは自由への旅立ちで船出。
 行く先は死でも、故郷には辿り着けなくても。


 そうやって何度も組み立てた思考。
 機械に微塵に壊される度に、組み立て直した故郷への夢。
 自由になろうと、宇宙(そら)を飛ぼうと。
 必ず自由になってみせると、故郷へと船出するのだと。
 何度も組み立て、壊されたから。
 壊されても夢は、想いは、機械にも壊せなかったから。
(……ピーターパン……)
 幼い日に会ったと思った少年、ピーターパン。
 そう呼んだジョミーの思念波通信と共鳴した時、少しばかり違った思考が出来た。
 故郷へ帰る夢の代わりに、ネバーランドへ、地球へ行こうと。
 両親も一緒に地球へ行きたいと、そうすることが出来ればいい、と。
 だからシロエは飛び立って行った、彼の心が望んだままに。
 それで故郷へ飛ぼうと願った、小さな練習艇で宇宙へ。
 彼が夢見た自由への船出、飛んでゆく先に待つものが死でも。
 これがセキ・レイ・シロエの意志だと、何処までも自由に飛び続けようと…。

 

         自由への船出・了

※アニテラのシロエ、最期が「シロエらしくなかった」感があるのが管理人。原作のせいで。
 強い意志は何処へ行ったんだろう、と考えていたらこうなったオチ。これならシロエっぽい。





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