(冷徹無比な破壊兵器か…)
よくも名付けた、とキースが翳らせた、冷たいアイスブルーの瞳。
自分の姿はそう見えるのか、と。
「コンピューターの申し子」の次は、「冷徹無比な破壊兵器」かと。
どちらも心が無さそうなモノで、破壊兵器の方が「申し子」よりも更に上。
「申し子」だったら人間だけれど、「破壊兵器」は機械だから。
元より心を持っていないモノ、持っていなくて当然のもの。
それが自分かと、ついに其処まで成り下がったかと。
(……グランド・マザーの御意志ならな……)
仕方ないが、と思うけれども、何故だか酷く疲れた気がする。
あの名が軍に、国家騎士団に広がってゆくだけで。
陰でヒソヒソ囁き交わしているならまだしも、褒め言葉として言われるのが今。
配属されたばかりの若い士官が最敬礼して。
「少佐の部下に配属されるとは、光栄であります!」と。
彼らの憧れ、キース・アニアン上級少佐。
それが自分で、冷徹無比な破壊兵器と称賛されている有様。
多分、そうではない筈なのに。
今はそうかもしれないけれども、元は違っていた筈なのに。
疲れた、と自分で淹れたコーヒー。
自室に座って口にしながら、思い出すのは名前の理由。
どうして今の異名があるのか、「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる所以は何なのか。
(マザー直々の命令だったが…)
陣頭指揮を執ることになった、ラスコーで起こった反乱の鎮圧。
マザー・システムに不満を抱く兵士たち、彼らが起こしたクーデター。
元々は小さな部隊の反乱、けれども増えた賛同者たち。
手をこまねく間に、燎原の火のように広がり、星を丸ごと巻き込んだ。
「独立しよう」と、「マザー・システムはもう要らない」と。
相手は戦闘に慣れた者たち、地の利もあるから手も足も出ない。
(…だから私が駆り出されたんだ…)
メンバーズならば、きっと鎮圧できるだろうと。
どういう指揮を執るのも良しと、兵器も何を使っても良し、と。
(そこまでお膳立てをされたからには、働くさ)
グランド・マザーの御意志のままに、と口に含んだコーヒーの苦味。
それが戦場を思い出させる、「こうやった」と。
あの作戦の指揮を執っていたのは、確かに自分だったのだと。
綿密に立てておいた作戦。
けれど、尻込みした兵士たち。
相手も同じ兵士だから。
通信回線を通して流れる、反乱軍からのメッセージ。
「共に戦おう」と、「我々は同志を歓迎する」と。
彼らは攻撃して来なかった。
「君たちの心を信じて待つ」と。
それこそが彼らの強さで、戦法。
考える時間を与えられる内に、「彼らが正しい」と共に反旗を翻した者たち。
彼らが集う場所がラスコー、幾つもの部隊が合流しては増える戦力。
銃を向けては来ないのに。
ミサイルの一つも放ちはしないで、戦わずに待っているだけなのに。
(ああいう奴らが厄介なんだ…)
何処から見たって、彼らの方が正義だから。
鎮圧しようと兵器を持ち出す方が悪魔で、邪悪だから。
(どいつもこいつも、役に立たなくて…)
持ち場にいたって、照準を合わせることさえしない。
「あそこにいるのは、仲間なのでは」と。
何も攻撃して来ないのだし、きっと話せば分かるのだろうと。
だから一人でやることに決めた。
「どけ!」と兵士たちを退け、淡々と照準を合わせていって。
反乱軍の拠点を一つ残らずロックオンして、発射ボタンを押したミサイル。
多分、迎撃するだろうから、「攻撃が来たら撃て」と命じた。
「奴らは敵だ」と、「我々を撃って来るのだからな」と。
狙いは当たって、第一波で潰れなかった拠点は、部下の兵士たちが当たった掃討。
彼らもようやく目が覚めたから。
こちらへ向かって撃たれたミサイル、それを目にして。
あちこちの基地から急発進した、戦闘機の群れで正気を取り戻して。
(…私は口火を切っただけのことだ)
そう思うけれど、それが「誰にも出来なかったこと」。
同じ仲間がいる筈の場所に、ミサイルを撃ち込んでやるということ。
撃てば、仲間は死ぬのだから。
自分と同じ仲間を殺してしまうのだから。
(ただ、それだけのことなのだがな…)
しかし、誰も出来ずにいたのが現実。
自分の他には、誰一人として。
反乱部隊を鎮圧した後、ついた異名が「冷徹無比な破壊兵器」というものだった。
血も涙も無いから出来たことだと、本当に破壊兵器だと。
普通、人間には出来はしないと、恐ろしすぎるメンバーズだと。
(…私はマザーに従ったまでで…)
それに、と心にわだかまる思い。
マザー・システムに反旗を翻した者、ラスコーに集っていた兵士たち。
彼らの中には、きっとシロエがいた筈だから。
そういう名前ではなかったとしても。
「セキ・レイ・シロエ」の名は持たなくても、シロエと同じ心の持ち主。
マザー・システムには従えない者、機械の言いなりになって生きたくなかった者。
大勢のシロエがいたのだろうと、自分だからこそ分かること。
あの時、作戦に赴いた兵士、その中の誰が気付かなくても。
誰一人として知らないままでも、自分には分かる。
「もう一度、シロエを殺したのだ」と。
シロエと同じに、強すぎる意志を持った者。
それを何人殺したのかと、この手は何処まで血に染まるのかと。
ラスコーの反乱、その首謀者が何人ものシロエだったなら。
彼らの下には、大勢のサムもいたのだろう。
優しい心を持っていた友、気のいいサム。
彼ならばきっと、危険な任務も「いいぜ」と進んで引き受ける。
それが仲間の役に立つなら、喜んで。
真っ先に爆撃される場所でも、「俺なんかで役に立つんなら」と。
何人のサムが、あのラスコーにいたことか。
自分がミサイルを撃ち込んだ場所に。
部下たちに「撃て」と命じた地点に、飛び立って来た戦闘機の操縦席に。
(…サムと、シロエと…)
どちらも私が殺したんだ、と分かっている。
もっとも、サムなら、今も元気にしているけれど。
ずいぶんと長く会っていなくても、本物のサムは今も宇宙を飛んでいる。
パイロットとして、今も何処かの宙域を。
昔のままに気のいい笑顔で、仲間たちとも仲良くして。
(…あのサムが、これを聞いたなら…)
いったい何と思うだろうか、ラスコーで自分がしてきたことを知ったなら。
対外的には、反乱軍の鎮圧でしかないけれど。
サムは事実を知りようもなくて、「流石はキース!」と言いそうだけれど。
昔と同じにエリートだよなと、「やっぱり俺とは出来が違うぜ」と。
(…サムに、シロエに…)
私が殺した相手はそうだ、と分かっているから覚える疲れ。
本当にこれでいいのか、と。
「冷徹無比な破壊兵器」の道を歩んでいていいのかと。
それは間違いではないけれど。
正しい道だと、グランド・マザーは自分を導いてゆくのだけれど。
(…いつか後悔せねばいいがな…)
そんな日が来る筈もないのに、時折、胸を掠める思い。
「誤りだった」と気付かされる日、その日は遠くないのでは、と。
サムはともかく、シロエの声が聞こえて来る日。
「前から言っていたでしょう?」と。
なのに気付かなかったんですかと、「機械の申し子も、大したことはありませんね」と。
(……そうなりたくはないのだが……)
分からないのが未来なんだ、と傾けたカップのコーヒーが苦い。
いつもは舌に心地良いのに、今日は疲れているせいなのか。
それともシロエの声が未来から、響いて来た気がするからなのか。
(ラスコーか…)
冷徹無比な破壊兵器か、と唇に浮かべた自虐の笑み。
それには心はありそうもないなと、兵器は心を持たないからな、と…。
ラスコーの反乱・了
※「冷徹無比な破壊兵器」の異名を取ったらしい、ラスコーの反乱。その中身は謎。
捏造したっていいんだよな、と書いたオチ。ラスコーもアルタミラも洞窟壁画だよね?
「シャングリラもえだと?」
なんだそれは、とキースは不愉快そうに眉を顰めた。
日に日に拡大の一途を辿る、ミュウどもの版図。シャングリラと言ったらミュウの母船で、その名を聞くのも忌々しい。
けれど、報告に来たスタージョン中尉は、「シャングリラもえ」だと告げたから…。
(燃えたのだったら歓迎だがな?)
そう思うけれど、燃えて沈んだなら「殲滅しました」と言いそうなもの。
だから、いったい何事なのか、と先を促したら…。
「萌えだそうです、シャングリラに」
「…萌え?」
ますます分からん、と首を捻るしかない展開。
スタージョン中尉もその辺りは予想していたらしくて、「ご覧下さい」と渡されたデータ。
はて、と机の端末にセットし、動画だと分かるデータを再生してみたら…。
(なんだ、これは!?)
もう思いっ切り見開かれた目。アイスブルーの眼球がポロリと落ちそうなほどに。
画面の向こうに、キュートな美少女。ただし実在しない人間、アニメなキャラ。
その美少女が、弾ける笑顔でこう言った。
「シャングリラ応援キャラクターの、シャングリラ萌(もえ)でーっす!」
ご丁寧にも、「シャングリラ萌」とテロップつき。そういう名前のキャラらしい。
シャングリラ萌と名乗った少女は、声もなかなか可愛らしくて。
「人類の皆さん、はじめまして! シャングリラは怖くないからねーっ!」
みんなに愛される船なんです、と紹介してゆく、シャングリラ萌。
「この人が、長のソルジャー・シン。イケメンでしょ?」
そしてこっちがキャプテン・ハーレイ、と続くメインの人物紹介。期待の星のトォニィだとか、ちょっと頑固なゼルおじいちゃん。
「こういう人たちが乗ってまぁーす! 次はあなたの星に行くかも!」
皆さんに早く会いたいな、と笑顔全開のシャングリラ萌。
(…これはいったい、何事なのだ…!)
キースの表情は冷静だけれど、顔の下はパニック状態だった。「シャングリラ萌…」と。
其処へ新たな美少女登場、これまた愛想の良さそうな子で。
「萌ちゃん、案内ありがとう! はじめまして、ギブリ好美(このみ)でぇーっす!」
ギブリはミュウのシャトルなの、と始まってしまったガイダンス。
人類の船より機能が遥かに上なのだという、ミュウどもの技術力の宣伝。「よろしくね!」と。
「…何なのだ、これは!?」
何処からこんなモノが出て来た、と凄すぎる画面を指差したキース。
どう眺めてもミュウのプロモーションだし、「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」なるブツ。
「…今、猛烈な人気だそうです。…シャングリラ萌が」
ミュウが落とした星はもちろん、まだ人類の勢力下にある星系でも、とスタージョン中尉も困り顔。「大変なことになりました」と。
「ミュウのイメージ戦略なのか!?」
「そのようです。自由アルテメシア放送で、繰り返し流れているとかで…」
この映像をダウンロードして、違法にアップする輩まで、という報告。
シャングリラ萌とギブリ好美は、今や絶大な人気を誇るキャラクター。しかも、シャングリラがやって来たなら、手に入るのが応援グッズ。
「…応援グッズ?」
「はい。子供でも買えるステッカーから、値段高めのフィギュアまで…」
各種取り揃えて来るのだそうです、とスタージョン中尉は直立不動。陥落直後の惑星だったら、期間限定コラボカフェまであるらしい。
「…コラボカフェだと!?」
「限定メニューが売りのようです。入店記念グッズも手に入るとかで…」
もう物凄い人気ですよ、と聞かされてゾクリと冷えたのが背中。応援グッズも、コラボカフェの方も、どうやらミュウの資金源。
「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」で人気を勝ち取り、集金しながら地球を目指すミュウ。
「よろしくね!」と微笑む美少女キャラを作って、人類のハートを鷲掴みで。
なんということだ、と愕然としたキースだけれども、其処は腐っても機械の申し子。この作戦の穴に直ぐに気付いた。シャングリラ萌とギブリ好美が、如何に人気を誇っても…。
(所詮、男しか…)
ついて行かない筈だからな、と弾き出した答え。
美少女キャラでは、女性の心は掴めないもの。幼い子供だったらともかく、人類の行く末を左右するような年の女性は見向きもしない。
(…焦るな、キース…)
こんな現象は一時的なものだ、と考え、スタージョン中尉にも「無視しておけ」と下した指示。
萌えキャラごときで失う星なら、最初から期待しないから。
シャングリラ萌とギブリ好美に貢ぐ輩も、人類の未来を背負わせるには…。
(クズすぎて、どうしようもないからな…)
我々の世界に馬鹿は要らない、と冷たい笑いで切り捨てた。「ミュウにつく馬鹿は不要だ」と。
なにしろ世界の半分は女性、まだ充分に巻き返せる。
シャングリラ萌がやって来ようが、ギブリ好美が地球を目指そうが。
それきり忘れた「シャングリラ萌」。ギブリ好美の方もセットで、サックリと。
ところが一ヶ月も経たない間に、駆け込んで来たのがスタージョン中尉。
「大変であります!」と慌てた様子で、データ入りのケースを引っ掴んで。
「…今度はなんだ?」
またシャングリラ萌が出たのか、と嫌でも蘇って来た記憶。そういうキャラがいたのだった、と非常に不快な気分だけれども、スタージョン中尉は「違います」とデータを差し出した。
「どうぞ、ご自分の目でお確かめ下さい」
「………???」
まあいいが、とセットしてみたら、データは動画。身構えつつも再生を始めた途端に…。
「やあ、人類のみんな! ぼくの名前はアルテメシア!」
アル君と呼んでね、と爽やかなイケメンがニコッと笑った。またも実在しないキャラ。アニメの世界なイケメン青年、もちろん声もイケている。
「こっちが友達のソレイド君で…。ソレイド君、君の目標は?」
「やっぱり、地球(テラ)君に会うことかな!」
早く遊びに行きたいよね、とソレイド君もイケメンだった。アルテメシアとは違うタイプの。
「だよねえ…。地球(テラ)君、スポーツ万能、頭も凄くいいんだけど…」
「まだ会えないしね、ぼくたちが地球に着かないと…」
だから人類のみんなも応援してね、というメッセージ。
「素敵な友達を沢山増やして、地球(テラ)君に会いに行かなくちゃ」と。
超絶美形な地球(テラ)君の登場、その日を楽しみにしていてね、と。
「こ、これは…。まさか、こっちも大人気なのか…?」
アルテメシアとソレイド君が、と画面を指したら、スタージョン中尉は頷いた。
「ペセトラ君とか、友達が色々いるんです。しかもこっちは、ゲームも出来ていますから…」
ミュウどもが星や基地を落とす度に、キャラが一人増えます、という解説。
新しいイケメンが登場する度、女性たちが熱狂する仕組み。超絶美形な地球(テラ)君は、今の時点ではシルエットだけで…。
「モビー・ディックが地球に着いたら、地球(テラ)君が公開されるそうです」
「で、では…。この連中に萌えな女性たちは…」
我々がミュウに敗北するのを待っているのか、と言葉にせずとも自明の理。
「シャングリラ萌」を掲げて快進撃を続けるミュウたち。彼らが地球に着きさえしたなら、凄い美形がゲームにお目見えするのだから。
ついでに、アルテメシアやソレイド君にも、応援グッズやコラボカフェなどがセットもの。
人類はせっせとミュウに貢いで、今や敗北を期待している。
キッパリすっかり負けないことには、「シャングリラ萌」も「ギブリ好美」も来ないから。
超絶美形な地球(テラ)君だって、未公開のままで放置だから。
(…なんということだ…!)
いったい誰が仕掛けたのだ、と歯噛みしたってもう遅い。
「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」は男性のハートをガッツリ掴んで、アルテメシアが擬人化されたアル君たちには、女性が熱狂中だから。
(…男も女も、ミュウに貢いで…)
シャングリラが来るのを待っているのか、と慌てたけれども、とうに手遅れ。
それから間もなく、首都惑星ノアは戦わずして落ちてしまった。軍の内部にも広がりまくった、「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」萌え。「早く来ないかな」と待たれたミュウたちの船。
(…何がコラボカフェだ…!)
泣きたい気持ちのキースを放って、スタージョン中尉も駆け込んで行ったコラボカフェ。
その始末だから、地球もサックリ、ミュウたちのもの。
キースには何も出来ないままで。あっさりキッチリ、グランド・マザーを壊されて。
死人の一人も出ないまんまで、のうのうと降りたシャングリラ。地球の空へと。
SD体制は既に倒れて、マザー・システムも跡形も無い。
けれど熱狂している人類、「やっと地球(テラ)君が公開された」と。
シャングリラ萌もギブリ好美も、これからグッズが山ほど発売されるのだから、と…。
シャングリラに萌え・了
※どう転がったら、こんな話になるのやら…。「シャングリラ萌」って、何なのかと!
仕掛けたのはジョミーか、トォニィなのかも謎であります。案外、外部に丸投げだとか…?
(とりあえず…)
失恋したことは確かなんだよ、とジョミーがついた大きな溜息。
アッと言う間に変わりまくった自分の境遇、気付けばソルジャー候補とやら。
普通の少年のつもりでいたのに、成人検査で全てがパアに。未来はオシャカになってしまって、ミュウという種族になってしまった。かてて加えて、将来はミュウの長らしい。
(…そっちは問題がデカすぎて…)
考える気にもなれやしない、とフテ寝しているベッド。ソルジャー候補の衣装のままで。
サイオンの訓練はシゴキの日々だし、ソルジャー候補としての勉強も大概、疲れる。何もかもを投げてしまいたいキモチ、けれど投げたら終わるのが命。
このシャングリラから外へ出たって、人類に追われて殺されるだけ。嫌というほど学習したし、運命については諦めの境地。考えても無駄で、嘆いても無駄、と。
そんな日々だから、ちょっぴり離れてみたい現実。ソルジャー候補ではない、ただのジョミーな自分を探してみたくなる。「ただのジョミー」は元気だろうか、と。
思考をそっちへ向けた途端に、思い出したのがフィシスのこと。よって零れてしまった溜息。
(美少女なんだと思ってたのに…)
アタラクシアにいた頃、ソルジャー・ブルーに見せられた夢。
そうとも知らずに惚れたのがフィシス、「なんて綺麗な人なんだろう」と。ところがどっこい、夢の中でも上手く運ばなかった展開。
(ブルーが出て来て…)
掻っ攫われたのが夢の世界のフィシスで、やっと本物のフィシスに会えたと思ったら…。
(五十歳も年上なんだよね?)
これじゃ駄目だ、と嫌でも分かる。
ブルーには顔で惨敗な上に、実年齢でも激しく負けているのだから。どう考えても、フィシスに似合いのお相手はブルーの方だから。
なんてこったい、と嘆きたくなる自分の立場。
ただのジョミーを見付け出したら、「失恋したジョミー」が転がっていた。夢で出会った素敵な美少女、フィシスはブルーのものだったから。
(みんなが認めるミュウの女神で…)
ブルーにベッタリらしいもんね、と膝を抱えて丸くなりたい気分。ソルジャー候補なジョミーを待つのは訓練の日々で、ただのジョミーは失恋するのがこの船なのか、と。
シャングリラはキツイ船らしい。ジョミー・マーキス・シンにとっては。
(いいこと、なんにも…)
ありやしない、と幾つ目だか分からない溜息。
果たしてこの先、何かいいことがあるのだろうか。船の面子は把握したけれど、フィシスよりも魅力ある女性がいそうな気配はゼロで…。
(ブリッジのルリとかが、大きくなったら…)
ちょっとは望みがあるのかも、と思ってみたって失恋したら結果は同じ。
もう本当に泣きたいキモチがMAXだけれど、ふと浮かんだのが「恋占い」という言葉。
まだ人類の世界にいた頃、けっこう人気があった占い。将来、結婚出来るかとか。
そういえば、と気付いたフィシスの立ち位置なるもの。未来を占うソーシャラー。
タロットカードで未来を読めると評判なのだし、恋占いも出来るに違いない。
(…失恋しちゃった相手だけど…)
五十歳も上の人となったら、アタラクシアで育ててくれた母よりも遥かに「おばあちゃん」。
そう考えたら、失恋ショックも宥められないことはない。「おばあちゃんだしね?」と。
その「おばあちゃん」に頼む恋占い。「誰かいい人、見付かりますか?」と。
自分はソルジャー候補なのだし、フィシスは断らないだろう。遊びみたいな占いだって。
(訊いてみようかな…)
いつか運命の相手が見付かるのならば、ちょっとは希望もあるというもの。こんな船でも。
思い立ったが吉日なのだし、訊きに行こう、とガバッと起きた。
幸い、服は着たままだったし、時間もそれほど遅くない。
善は急げ、とダッと駆け出した通路。フィシスの私室と言っていいほどの天体の間へ。
そして…。
「ようこそ、ジョミー」
私に何か御用ですか、と迎えてくれた麗しのフィシス。
(…この人がブルーの…)
恋人なんだ、と胸に蘇ったのが失恋ショックで、こみ上げてくる情けなさ。顔でも年でも負けているよねと、ブルーは何でも持ってるんだ、と。
フィシスという美人な恋人はもとより、ソルジャーの地位も、強いサイオンも。カリスマすぎる超絶美形な姿形も何もかも…、と思ったら涙が溢れそう。
「どうせぼくなんか」と、「思いっ切り失恋したんだっけ」と。
そうしたら、首を傾げたフィシス。「どうしたのです?」と心配そうに。
「…私に御用だったのでしょう? でも…」
あなたは勘違いをしていますよ、とフィシスの手がめくった一枚のカード。白いテーブルの上に置かれたタロットカードは、見たって意味がサッパリだけれど。
「…えっと…。そのカードって何ですか?」
「さあ? でも、ジョミー…。真実は此処にあるのです。少なくとも私は…」
ソルジャーの恋人ではありませんわ、とフィシスが言うから驚いた。嘘だろう、と。
「ちょっと、それって…!」
有り得ない、と叫んだけれども、フィシスは優しく教えてくれた。「本当ですよ」と、柔らかな声で。「失恋だなんて、勘違いですわ」と鈴を転がすように笑って。
(…失恋したわけじゃなかったんだ…)
ソルジャー・ブルーの恋人だとばかり思っていたのに、違ったフィシス。
あまりにビックリしたものだから、恋占いを頼むのも忘れて部屋に戻って来たけれど。この船は本当に奥が深い、と考えたりもしていたのだけれど…。
(…えーっと…?)
フィシスの言葉を思い返したら、心に引っ掛かったこと。恋敵だと思ったソルジャー・ブルー、彼が問題。どうやら自分は失恋していなかったし、恋敵ではないのだと思ったけれど。
(…フィシスはブルーの恋人じゃなくて、ブルーは船のみんなを愛してるって…)
そう言ったよね、と忘れてはいないフィシスの言葉。この耳で確かにそう聞いた。
フィシスに限らず、船のみんなをブルーが愛しているのなら…。
(…もしかしなくても、みんなブルーの恋人だとか?)
恋人ではないなら愛人だろうか、フィシスともやたら親密そうに見えたから。恋人なんだと思い込んだ末に、勝手に失恋したほどだから。
(そうなのかも…?)
この船のみんながブルーの愛人、と見開いた瞳。子供はともかく、大人は一人残らず、と。
けれど男性も多いわけだし、男同士のカップルなんかは有り得ないし…、と考えたものの、頭の中から消えない疑惑。「もしかしたら」と。
だから部屋にもあった端末、それを使ってデータベースにアクセスしてみて…。
(……嘘……)
男同士もアリだったんだ、と愕然とさせられた恋の実態。学校では教わらなかったこと。
もうちょっと詳しく、と調べようとしたら、「これ以上は駄目」と出たエラーメッセージ。
曰く、「十八歳になってから、また来てね」とでもいった所だろうか、その内容は。
(…うーん……)
よく分からない、と思うけれども、男同士でも恋は出来るというのが真実。ならば、フィシスが言っていた通り、ソルジャー・ブルーは船の仲間の全員を…。
(…男も女も、分け隔てなく…)
愛人にしているわけですかい! と唖然呆然、けれどもピンと来ないでもない。
(アタラクシアに帰せ、って言ったら、何処かからリオが出て来たし…)
あんな具合で、青の間には常に誰かが侍っているのだろう。愛する人の世話をするために。
ソルジャー・ブルーが何か言ったら、「はいっ!」とお相手、あらゆることで。
(一緒に食事とか、お喋りだとか…)
きっとそういう世界なんだ、とジョミーが派手にやらかしてしまった勘違い。
それに加えて、「十八歳になってから、また来てね」というエラーメッセージも気になる年頃。
なんとか突破できないものか、とソルジャー候補のストレス解消とばかりに挑み続けて…。
ある日、開けてしまった道。エラーメッセージの向こうにあった大人な世界。
(……なんだか、色々……)
どんなカップルも恋もあるよね、とジョミーは納得してしまった。
世の中、男女の恋だけではなくて、男同士にも色々あると。上とか下とか、表現、様々。それに老け専とか、好みの方も山ほどらしい、と。
(…全部こなすのがブルーなんだ…)
相手が女でも男でも…、とビビるしかないブルーの素顔。シャングリラの誰もがブルーの愛人。
そうなってくると、組み合わせの方も星の数ほどあるわけで…。
(…リオが相手だと、ブルーは受けになるのかな…?)
それとも偉そうにしていたのだから、攻めなのだろうか。いやいや、ブルーが偉そうでも…。
(……女王様っていうのも、あるみたいだし……)
決めてかかっちゃいけないよね、とフィシスのことで学んでいたから、思慮深く。思い込みでは語っちゃ駄目だ、と。
(…ゼルやヒルマンだと、どうなるんだろう?)
老け専なのは分かるんだけど、と若きジョミーの悩みは尽きない。
フィシスばかりか、船の仲間の全てを愛しているのがソルジャー・ブルー。
この船は奥が深すぎるよねと、ブルーの全てを理解するには何年かかることだろう、と。
(…そのスキル、まさかソルジャーには必須とかじゃないよね…?)
ぼくにはとても真似出来ないよ、とブルッているのがソルジャー候補。
船を守るだけで許して欲しいと、皆を愛するのは絶対無理、と。
受けでも攻めでも男は勘弁、女の子の方に限定したい、と。
(…それって、ソルジャー失格かな…?)
だったらホントにヤバイんだけど、と勘違いしたままで過ごしたジョミーは、後に宇宙へ逃れた船でヒッキーの道を突き進む。
いきなりブルーが眠ってしまって、ソルジャーにされてしまったから。
船の仲間を分け隔てなく愛する立場にされたから。
(……五十歳上でも、フィシスだったら……)
歓迎だけれど、いくら若くてもキムやハロルドは困る。ゼルやヒルマンなどもう論外だし、船を纏めるキャプテンだって。
(…ブリッジに行ったら、絶対、言われる……)
どうして仲間を愛せないのか、と突っ込まれるに決まっているから、ヒッキーの道。
引きこもっていれば、受けだの攻めだの、悩まなくてもいいのだから。
誰かのベッドに引っ張り込まれて、それは恐ろしい目に遭わされなくても済むのだから…。
少年の悩み・了
※ジョミーはフィシスを「美少女」なんだと思ってたよね、と考えたらこうなったオチ。
五十歳も上の「おばあちゃん」でも、ゼルとかヒルマンよりは「若い女性」な分だけマシ。
(あの血の味…)
キースは知りもしないんだろうさ、と吐き捨てたシロエ。
灯りが消えた自分の部屋で。
あの時、自分がそうした通りに、唇を拳でグイと拭って。
キースに殴られ、衝撃で切れた口の中。
自分の歯が当たった頬の内側、人間だったらこれで出血するけれど。
現に自分も唇から血が流れたけれども、その傷をくれて寄越したキース。
(…あいつは知らない…)
知るわけがない、と思う血の味。
多分、彼には血など流れていないから。
機械仕掛けの操り人形、マザー・イライザの申し子のキース。
皮膚の下には、冷たい機械の肌が埋まっているのだろう。
一皮剥いたら、もう人間ではないキース。
(機械も怒るらしいけれどね?)
怒って自分を殴ったけれども、マザー・イライザも同じに怒る。
キースとは違って計算ずくで。
「叱った方が効果的だ」と判断したなら、厳しい顔で。
さっき自分も叱られたから。
コールを受けて食らった呼び出し、マザー・イライザは怒ったから。
それが何だ、と腹立たしいだけ。
キースに喧嘩を売った理由は、自分にとっては正当なもの。
勝負しようと言っているのに、キースはそれを退けたから。
受けて立とうという気が無いだけ、それだけのことで。
(エリートだったら…)
正面からぼくと勝負しろよ、と今だって思う。
逃げていないで、逃げる道など行かないで。
堂々と戦ってこそのエリート、それでこそだと思うから。
コソコソと逃げる卑怯者では、メンバーズ・エリートもきっと務まりはしないから。
(逃げるようなヤツに…)
腰抜けなんかに何が出来る、と思うけれども、マザー・イライザはキースを支持した。
彼の選択が正しいと。
なのにしつこく食い下がったから、手を上げざるを得なかったのだと。
(…殴られ損だよ…)
あんな機械に、と苛立つ心。
同じ人間に殴られたのなら、まだしも気分がマシなのだけれど。
人間ならば、血が通っているから。
自分と同じに生き物だから。
けれど、殴って来たのは機械で、血の味さえも知らない「モノ」。
こちらから殴り返していたって、キースの口の中は切れたりはしない。
あの精巧に出来た歯が当たろうとも、皮膚の下には機械の肌があるだけだから。
血など一滴も流れていなくて、切れたところで赤い血は出ない。
(…流れてない血は、流れ出すことも出来ないさ…)
彼は知らない、口の中に広がる鉄の味など。
ヒトの血は鉄の味がするということも、その味が何によるものかも。
それとも知っているのだろうか、知識として。
マザー・イライザにプログラムされて、「人間の血は鉄の味がする」と。
「人間」には「血」が流れていると。
その「血」を人間が口に含めば、「鉄分」の味を知覚するのだと。
あいつらしいね、と思った答え。
如何にもキースが言いそうなことで、機械の申し子に似合いの答え。
「キース先輩」と呼び掛け、尋ねたならば。
「先輩は血の味を知ってますか」と、「どんな味だか、知らないんですか?」と。
訓練でも負けを知らないキース。
だから血などは流していないし、疑いもせずに答えるのだろう。
「知らないが、鉄の味がするらしいな」と。
「人間の血には鉄分が含まれているから、そのせいで鉄の味になるそうだ」とも。
(ご立派だよね…)
エリート様だ、と皮肉な笑みしか浮かんでは来ない。
確かに正しい答えだけれども、キースにはその「血」が無いのだから、と。
自分では持っているつもりでも。
キース自身に自覚が無くても、彼には血など流れていない。
どう考えても、彼は人では有り得ないから。
マザー・イライザが造った人形、そうだとしか思えないのだから。
(…あいつは何処からも来なかった…)
このE-1077へ。
記録の上ではトロイナスから来ているけれども、それは見せかけ。
何もかも全て偽りなのだと、調べれば調べてゆくほどに分かる。
キースの記録は、まるで無いから。
新入生を迎えてのガイダンスの場へ、突然に姿を現すまでは。
映像は何も残っていないし、同じ宇宙船で着いた筈の者たちも覚えていない。
船にキースが乗っていたなら、きっと記憶に残るだろうに。
(…ごく平凡な成績だったら…)
忘れられても、けして不思議ではないけれど。
人の記憶はそういうものだし、「キース、いたかな…?」と首を傾げもするだろうけれど。
あれほどのトップエリートともなれば、忘れる筈がないというもの。
入学した途端に取った成績、たちまち評判になったろう、それ。
E-1077始まって以来の成績だから。
それまでの記録を端から塗り替え、トップに躍り出たのだから。
忘れる方がどうかしている、と思うキースの活躍ぶり。
此処へ来てから間も無い頃に起こった事故でも、見事な働きをしているキース。
(あんなヤツが一緒の船にいたなら…)
最初は忘れていたとしたって、何処かで気付く。
「あの時のヤツだ」と、「一緒の船で此処に着いた」と。
記憶の海に埋もれていたって、思い出すには充分すぎる「優れた」キース。
けれども、誰も彼を知らない。
誰に訊いても、返る答えは同じこと。
「覚えていない」と、判で押したように。
忘れようもない人物なのに、普通だったら「覚えている」ことを誇るのに。
成人検査で記憶を消されて、故郷の記憶が曖昧でも。
両親の顔さえ忘れてしまったような者でも、「同郷だ」と。
トップエリートのキースと同じで、トロイナスから来たのだと。
(…それが一人もいないってことは…)
此処にいたんだ、という答えしか無い。
キースは何処からも来はしなかった。
最初からE-1077に居た者、マザー・イライザが造った者。
造り、知識を与えた者。
とびきりの頭脳を持ったエリート、そういう存在になるように。
機械が治める世界なのだし、エリートも機械の方がいい。
同じ機械と組む方が。
(パーツさえ上手に取り替えてやれば…)
何百年だって生きられるしね、と機械の頑丈さを思う。
地球に在るというグランド・マザーは、六百年近くも動いているから。
動き続けて、今も宇宙を、人間を支配しているから。
(…そうやって治めて、治め続けて…)
とうとう機械仕掛けの人形を思い付いたんだ、と忌まわしさしか感じない。
機械が統治しているだけでも反吐が出るのに、人のふりをした機械だなんて、と。
そんなモノが治める世界だなんてと、絶対に御免蒙りたいと。
だから壊す、と握った拳。
「ぼくがキースを壊してやる」と。
彼がトップに立つ前に。
人間の世界に出てゆく前に。
この手で彼をブチ壊してやる、キース・アニアンという人形を。
機械の申し子、マザー・イライザの精巧な操り人形を。
(どうせ機械だ…)
壊したって血も出やしないさ、とクックッと笑う。
「自分が何かを、知って仰天するがいい」と。
皮膚の下には血など無いこと、それを知って壊れてしまうがいいと。
「彼」は人間のつもりだから。
自分が機械で出来ていることを、キースは認めていないから。
想定外のデータを送り込まれれば、破壊されるのがプログラム。
そうやって自滅してゆくがいいと、お前には血など無いのだから、と…。
血を持たぬ者・了
※シロエがキースに殴られた時。その場はカッと来てるだろうけど、その後は…。
口の中は血の味がしてた筈だよ、と思ったらこういうお話に。人形に血は無いんだから。
(…本当に楽しそうに撃ってくるな…)
この馬鹿野郎、とブルーが睨んだキース。根性で張ったシールドの中で、メギドの制御室で。
「反撃してみせろ!」などと、喋りまくりで撃ってくるのが地球の男で、もう本当に腹立たしい限り。こんな男が「地球の男」で、憧れの地球に行けるなど。地球に手の届く場所にいるなど。
(…こっちは地球も見られないんだ…!)
此処で命が終わるのだから、とムカつくけれども、どうにもならない。元々、尽きていた寿命。それの残りでメギドを沈める、そういう運命。
(だが、それだけでは終わらない…!)
地球の男も巻き込んでやる、と怒りMAX。勝ち逃げだけはさせるものか、と。
そう計画しているというのに、「此処は危険です!」と飛び込んで来たのがキースの部下。
(逃がすか…!)
貴様の命も此処で終わりだ、と思いっ切りバーストさせたサイオン。
キースが言い放った台詞をそのまま、心で返して。「これで終わりだ!」と。噴き上げるように広がるサイオン、青い光の壁がキースを巻き込む。部下が駆け寄るより、一瞬早く。
(終わった…!)
これでキースの命も終わり、と大満足で浮かべた笑み。
右の瞳まで撃たれたけれども、悔いなどは無い。地球の男は仕留めたのだし、これでいい。
(ジョミー…。みんなを頼む…!)
どうか地球まで行ってくれ、と暗転した視界。其処で命が終わったから。
次に目を開けたら天国か地獄、どっちだろうか、とチラと思いはしたけれど。
ミュウに生まれて散々な目に遭わされたのだし、選べるのならば天国の方、と考えたのが、多分最後の思考だけれど。
(…天国…なのか…?)
それにしては騒々しいような、と繁華街らしき場所の路上で目が覚めた。真っ昼間に。
ついでに自分を囲む人垣、ワイワイと声が聞こえてくる。補聴器なしでも実にうるさく、まるで天国らしくない。妙な天国もあったものだ、とパチクリと目を瞬かせて…。
(…ああ、天国…)
右目が潰れていないのだったら、もう間違いなく天国の筈。やたらうるさくても、繁華街でも。自分の周りを取り巻く連中、それが野次馬にしか見えなくても。
ぼんやりとそう考えていたら、「大丈夫ですか!?」と駆け寄って来た救急隊員。
(…見慣れない服だが…)
これは救急隊員だよな、と眺める間に脈を取られた。他の隊員が身体をチェックし、無線で何か連絡している。「弾は掠っただけのようです」と。
(掠っただけ…?)
ガッツリ当たった筈なんだが、と思っていたら強く縛られた腕。念のために止血するらしい。
はて、と傾げてしまった首。右肩だったら撃たれたけれども、右腕は撃たれただろうか、と。
それに天国に来て、救急隊員の出番があるとは知らなかった、とも思ったけれど。
「とにかく、病院に搬送しますから」
災難でしたね、と担架に乗せられ、運び込まれた救急車。どう考えても何かが変で、天国らしくない展開。野次馬も、それに救急車も…、と見慣れぬ車で運ばれて行って…。
「…暴力団?」
それはどういう、と丸くなった目。病院に着いて、手当ての後で。
ベッドに寝かされているのだけれども、本格的におかしい世界。ソルジャーの服が見当たらないのは、天国なのだし頷ける。もうソルジャーではないわけだから。
(…しかし、この服は…)
いったい何処から湧いたんだ、と思いたくなる「普通すぎる」服。シンプルなシャツやズボンは何処から来たのか、ベッドの脇に置かれたジャケットだって。
ただでも不思議でたまらないのに、医師が口にした言葉が「暴力団」。まるで知らない、初耳な言葉。暴力団とは何のことだろう…?
「さっきの流れ弾ですよ。小競り合いがあったようでしてね…」
最近、組が分裂しまして、と男性医師が教えてくれた。
自分が撃たれて、倒れた辺りの繁華街。…其処の裏社会を仕切っている組、「組」という言葉が「暴力団」を指すらしい。
要はその組が二つに分かれて、只今、派手に抗争中。たまたま通り掛かった所で、対立する組の幹部を狙って発砲した弾が…。
(…ぼくに当たったと?)
なんだか色々ややこしいんだな、と思った天国。
暴力団だの、銃を使っての抗争だのと、次元は多少違うけれども、生きていた頃と変わらない。人類とミュウで争っているか、天国の住人同士で揉めているかの違いだけだ、と考えたのに…。
暫く経ったら、気付いた現実。此処は天国ではないらしい、と。
(…地球の、日本…)
それもSD体制が始まるよりも遥かに前だ、と眺めた病院のカレンダー。とりあえず退院、そう決まったから出てゆく前に。
(そして、キースは留置場なんだな)
事情を訊きに来た警察官の言葉からして、捕まったのがキース・アニアン。あの地球の男。
暴力団の下っ端だという設定で。…組の幹部を狙って発砲、それが外れて民間人を撃ったという罪状で。
(…気の毒なことだ…)
キースには後が無いらしい。暴力団の世界の掟は絶対、カタギを巻き込むのは許されない。
民間人という役どころの自分、それを撃ったというだけで組の面汚し。出所した後には、追手がかかる。組長が放つ鶴の一声、「始末しておけ」と。
カタギを撃つような馬鹿をしでかし、警察が組に踏み込んで来たわけだから。
そんな輩は死ぬのが似合いで、山に埋められるか、何処かの港に沈められるか。二つに一つで、山か海かを選べたならば、もう上等。
(…ぼくが許しても、組長が許さないんだな…)
キースの腕でも逃げられまいな、と簡単に分かる。逮捕されたら、もう銃は無い。出所する時も返して貰えず、何処かの街角でパアン! と撃たれて、それっきり。
いくらキースがメンバーズでも、別の世界に飛ばされた上に、殺しのプロに追われたのでは…。
(丸腰では、死ぬしかないわけだから…)
消されて山に埋められるのか、港に沈められるのか。気の毒だけれど、それも運命だろう。
そう思って病院を後にしたブルー。「地球の男は、消されるのだな」と。
けれど、キースが暴力団員になっていたのと同じに、ブルーにもあった此処での設定。日本なる国で、其処の何処かのローカル都市で。
初老の夫妻が営む花屋の店員、それがブルーの今の生業。一度は死んでしまったせいか、身体は至って健康なもの。…虚弱な所は変わらなくても、耳は普通に聞こえるから。
毎日せっせと花を世話して、フラワーアレンジメントも作る。馴染みのお婆ちゃんたちが買いにやって来る、仏壇に供える花だって。
「すみません、今日はまだ出来てなくて…!」
今、作りますね、と今日も束ねる仏花。シルバーカーを押した馴染みの婆ちゃん、その家にある花筒にピッタリ合うように。婆ちゃんの好みの花を取り合わせて。
「悪いねえ、忙しいのにさ…。でも、今日は爺ちゃんの月命日だから」
新しい花にしてあげたいんだよ、とニコニコしている婆ちゃんを見ていて思ったこと。
(…キースが組の連中に始末されたなら…)
いったい誰が花を供えてくれるだろう?
自分と同じで、誰も身寄りが無いキース。自分の場合は、子供のいない店主夫妻の養子にという話もある。目の前の婆ちゃんも、孫がいないから養子に来ないかと言うけれど…。
(…キースは刑務所を出たら終わりで…)
撃ち殺されて、山に埋められるか、港に沈められるかの二択。死んだことさえ、誰も知らない。いつか死体が発見されても、警察官が其処に花でも置いてくれたら御の字で…。
(…仏壇も無ければ、仏花だって…)
誰も供えはしないのだろう。身寄りが無い上、ただの暴力団員だから。
一度気が付いたら、仏花を束ねる度に、キースが頭に浮かぶようになった。仏花など、供えては貰えないキース。出所した後は、殺されるしか道が無いというのに。
(…ぼくが巻き添えにしたばっかりに…)
この平和な地球でそういう最期を…、と思うと気の毒でならないキース。
元いたSD体制の世界、あそこで死ぬか生きるかだったら、まるで歯牙にもかけないけれど。
キースが何処で野垂れ死のうと、知ったことではないのだけれども、この世界では…。
(……奴を見殺しにするというのは……)
ちょっとキツイな、と思ってしまう。誰もがノホホンと生きている日本、殺人事件はあまり縁が無い。毎日のように起こるけれども、大抵の人の目から見たなら…。
(…自分とは遠い世界のことで…)
せいぜい野次馬、それが殺人。…いずれキースは殺されるのに。もう確実に消されるのに。
それはあまりに惨いのでは、と今日も束ねる仏花。いつかキースが消された時には、仏花くらい供えてやってもいいけれど…。
(死体が発見されない限りは…)
知りようもないのがキースの死。何処かの山奥に埋められていても、冷たい海に沈んでいても。
死んだことさえ知りもしないで、きっと自分はのんびりと…。
(こうやって花を束ねているんだ…)
仏花を作って、馴染みの婆ちゃんたちの来店を待つ。そうでなければ、フラワーアレンジメント作りに精を出すとか、店の花たちの世話だとか。
キースはとうに消されてしまって、山奥に埋まっているというのに。あるいは重石をつけられて海に放り込まれて、仏花さえ供えて貰えないのに。
気の毒すぎる、と考える日が幾つも続いて、ある時、ついに決意した。
いつかキースが出所したなら、自分が身元引受人になればいい、と。そして一緒に花屋で働く。元は暴力団員にしても、足を洗ってカタギになったら消されないとも聞いたから。
(…キースはカタギだ、と組が認めてくれるまでは…)
自分が一緒に行動したなら、組の者でもキースを消せない。流れ弾で自分を巻き添えにしたら、待っているのは非情の掟。うっかりカタギに手出ししたなら、キースと同じに後が無いから。
(よし、その線で…)
行こう、と決めた自分の生き方。キースを見殺しにしてしまったら、自分も最低な男になる。
ミュウを残酷に殺し続けた人類とまるで変わりはしないし、それでは駄目だ、と。
だから見舞いに作った小さなフラワーアレンジメント。この程度だったら刑務所でも、と。
それを手にして出掛けた刑務所、「面会だ」と言われて出て来たキースは驚いたけれど。
「…お前が私を助けるだと…?」
私はお前を撃ったんだが、とキースは言ったけれども、「流れ弾だろう?」と微笑んだ。
元の世界でのことはどうあれ、此処では流れ弾だから。右腕を掠っただけなのだから。
「…待っているから、真面目に勤めて出て来て欲しい。また面会に来るよ」
何か差し入れの希望はあるかい、と訊いたら、キースは男泣きに泣いた。「感謝する」と。
「此処を出たら最期だと思っていたが…。そうか、助けてくれるのか…」
「仕方ないだろう、こういう世界だ。元の世界なら、見殺しにするのが妥当だけれど」
君は危険な男だしね、と笑みを浮かべた。「ミュウにとっては危険すぎる」と。
けれど、此処ではメンバーズですらもない男。とても見殺しには出来ないよ、とも。
そうやって何度も面会を重ね、差し入れをしたり、話したり。
キースの出所が決まった時には、花屋の夫妻にきちんと話して、もう色々と根回しもした。二人一緒に暮らせるアパートを借りたり、キースの部屋を整えたりと。
ついに出所の日がやって来て、刑務官が見送りに出て来てくれて…。
「いいか、二度と戻って来るんじゃないぞ」
「お世話になりました…!」
キースが深々と頭を下げた途端に、スウッと後ろを通り過ぎた車。明らかに組の者だけれども。
「…大丈夫。ぼくの隣を離れないで」
行くよ、と二人で歩き出した時、眩しい光に包まれた。いったい何が、と息を飲んだら…。
「よく頑張った。…ミュウの長よ。…それに人類を導く者よ」
私は神だ、と轟くような声。
全て見ていたと、お前たちになら世界の未来を託せると。
「「神だって…!?」」
眩しすぎて何も見えないけれども、神は確かに其処に居た。「良き未来を」と。
「ミュウを、人類を導くがいい。世界は私の手の内にある」
今の心を忘れるな、という声が消えたら、ブルーの目の前にシャングリラ。もう戻れないと後にした船、それが宇宙に浮かんでいた。
(…ぼくは帰って来られたんだ…)
この先はキースと手を取り合って行くんだな、とブルーが戻って行った船。
シャングリラの皆が驚く間に、キースからの通信が入って来た。それも国家主席の肩書きで。
(…どうなってるんだ?)
あの若さでもう国家主席とは、と思うけれども、神の仕業に違いない。それに、キースが送って寄越したメッセージは…。
「グランド・マザーを停止させたそうです!」
SD体制が終わりましたよ、と上がった歓声。キースにも神が力を貸したのだろう。
メッセージは「地球に来てくれ」とも告げているものだから…。
「ジョミー、直ぐに行くと返信したまえ。…キースは嘘をついてはいない」
話せば長いことになるけれどね…、と若き後継者の肩を叩いた。「地球へ行こう」と。
ついに開けた地球までの道。
此処からは長距離ワープになるから、その間にジョミーに話してやろう。
暴力団のことも、キースが刑務所に入っていたことも。
自分が花屋で暮らしたことも、店の馴染みの婆ちゃんたちに作った幾つもの仏花のことも…。
花屋と暴力団員・了
※ブルーとキースの現代珍道中を書いてみたいな、と思ったことは確かですけど…。
どう間違えたら、こんな話になるんだか。しかも完全パラレルでもなし、これって何?
「地球へ…」の小箱と「ネタでもハッピー」、pixiv で危機に瀕した二つのシリーズ。
残留か離脱か、混乱の中で、残留票を投じて下さった皆様に捧ぐ。返品オッケー。
