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(……そういえば、明日は……)
 インタビューがあるのだったな、とキースは心で独りごちる。
 元老として与えられた個室で、「厄介なことだ」と溜息をついて。
 とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせた後。
 彼が淹れていったコーヒーだけが、カップで湯気を立てていた。
(明日はマツカにも、余計な仕事が…)
 一つ増えるな、と眺めるコーヒーのカップ。
 たかが取材に来る記者とはいえ、何も出さずにいられはしない。
 そういった輩にコーヒーを出すのも、マツカの役目。
 もっとも、有能なセルジュ辺りに言わせれば…。
(コーヒーを淹れるしか能が無いヘタレ野郎だ、と…)
 酷評されるのが「マツカ」でもある。
 彼の真価は、そんな所には無いというのに。
 今までの数々の暗殺計画、それを未然に防げた陰には、彼がいるのに。
(だが、表向きはコーヒー係…)
 そうしておくのが無難でもある。
 マツカの「機転」や「暗殺を阻止する力」の源、それを知られるわけにはいかない。
 人類には決して持ち得ない力、「サイオン」はミュウの特徴だから。
 異分子のミュウは抹殺すべきで、現にそうして来たのだから。
(明日のインタビューの内容も、どうせ…)
 キース・アニアンの対ミュウ戦略、そういったことについてだろう。
 国家騎士団総司令から、元老に抜擢された男。
 ミュウと戦う最前線にいた、初の軍人上がりの元老。
 どういう信条を持っているのか、この先、どのようにやってゆくのか。
(…インタビューして、記事を書くのが…)
 ジャーナリストたちの仕事の一つで、こうして取材を申し込まれる。
 もう幾つ目の取材なのかは、忘れたけれど。
 「申し込みは広報部を通してくれ」という逃げ口上も、何度言ったか記憶には無い。
 そんなものの数を数えるほど、暇ではないから。
 やるべき仕事が山と積まれて、「キース」を待っているのだから。


 そうは言っても、取材を逃れることは出来ない。
 インタビューに来る記者がいるなら、そういうこと。
 自分はともかく、地球にいる偉大なグランド・マザー。
 彼女が「不要」と判断したなら、取材の許可など決して下りない。
 なにしろ「キース」は多忙なのだし、つまらない取材に時間は割けない。
(以前だったら、本当にくだらん取材も多くて…)
 実に辟易させられたがな、と苦笑する。
 あれはいつ頃だっただろうか、国家騎士団で名を馳せた時代。
(ジルベスター星系の演習の事故で、大勢の部下たちの命を救って…)
 二階級特進という、異例の出世を遂げたりもした。
 本当の所は、「演習の事故」ではなかったのに。
 ジルベスター・セブンに巣食うミュウたち、彼らを星ごと殲滅しようと試みたのに。
(モビー・ディックには逃げられたが…)
 あの赤い星をメギドで砕いて、グランド・マザーに称賛された。
 それゆえの特進、少佐から上級大佐へと。
(そうなる前から、つまらん取材が…)
 多かったな、と思い出す。
 どう考えても「軍人向け」でも、「一般人向け」でもない取材。
 記者が差し出す名刺を見なくても、申し込みの時点で気が付いていた。
 インタビューを読むのは、「女性たち」だと。
 軍事にも政治にも興味など無い、ごくごく平凡な一般女性。
 それも若くて未婚の者たち。
 普段はスターを追い掛けるような、「頭の軽い」女性が相手の記事。
(インタビューよりも、私の写真を撮る方が…)
 大事だったらしい、その手の記者たち。
 プロのカメラマンを連れて来て。
 「こちらを向いて頂けますか?」などと、ポーズを取らせて切ったシャッター。
 「もう一枚」だとか「次は、あちらで」だとか、何枚も。
 そうした写真を幾つも鏤め、くだらない記事が書き上げられた。
 届いた記事など読む気もしなくて、右から左へ捨てさせていただけだけれども。


(ああいう時代に比べたら…)
 ずいぶんと楽になったものだ、と分かっているから、文句は言わない。
 つまらない質問をされるようでも、その取材には意味がある。
 グランド・マザーが許可するだけの、充分な価値が。
 ミュウの侵攻に恐れ慄く者たち、彼らを落ち着かせるための「何か」。
(……キース・アニアンさえいれば……)
 SD体制も人類も安泰なのだ、と思わせる記事を、記者たちは書いてくれるのだろう。
 多忙な自分は、それを読む暇など無いだろうけれど。
 見本誌が部屋に届けられても、「処分しておけ」とマツカに言うだろうけれど。
(まあ、くだらない取材よりはな…)
 遥かにマシだ、と今の状態には満足している。
 いつから「彼ら」は来なくなったろうか、「キース」をスター扱いした記者たち。
 写真を何枚も撮られた上に、質問の内容も呆れるようなものばかり。
 「お好きな食べ物は何ですか?」だとか、「休日は何をして過ごしますか?」だとか。
 そんなことを知っても、いいことなど何も無さそうなのに。
(……若い女性は、大いに興味があるのだろうが……)
 生憎と私はどうでもいいのだ、と何度欠伸を噛み殺したろう。
 記者の頭まで「軽そう」ではあっても、彼らも大切なピースの一つ。
 「社会」を上手く組み立てたいなら、そういった者たちも取り込まなければ。
 広い視野など持っていなくて、「軍人」と「スター」を同列に扱う者であろうと。
 まるでスターを追い掛けるように、「キース・アニアン」に夢中だろうと。
(…あの頃よりかは、厳選されたな…)
 くだらん取材に来る連中も、とグランド・マザーに感謝する。
 「元老」という肩書きにも。
 パルテノン入りした元老ともなれば、スターのように追い掛けるには…。
(かなり敷居が高くなるだろうさ)
 国家騎士団時代のようにはいかん、と可笑しくなる。
 いくら記者たちが申し込もうと、端から拒絶されるだろうから。
 どう頑張っても許可は下りずに、全て門前払いだろうから。


 若い女性が喜ぶことなど、自分は言えない。
 根っからの軍人、それに加えて「特別な」生まれ。
(養父母などいないし、生物としての両親もいないのだからな…)
 機械が無から作った生命、それゆえに「完璧な」存在となった。
 誰もが羨望の眼差しを注ぐ、エリートの中のエリートとして。
 E-1077で育った頃から、異例の出世を続けて来て。
(……だからこそ、スターと混同されるのだがな……)
 あちらも似たようなものだからな、と思い浮かべるスターたち。
 彼らは「人目を集めるように」育て上げられた、プロフェッショナル。
 俳優も歌手も、選りすぐりの美形や、素晴らしい才を持った者たち。
 ただ「居る」だけで華があるから、人の目を惹く。
(…スター扱いされるというのは、光栄の至りなのかもしれんが…)
 私は好かん、と窓の外へと目を遣った。
 宵闇に覆われた高層ビル街、其処に「キース」の姿も映る。
 窓は光を反射するから、ガラスが鏡のようになって。
(……キース・アニアン……)
 もう「スター扱い」の取材は来ない、とホッと吐息をついたけれども。
 窓に映る自分の姿を眺めて、元老の制服に目を細めたけども…。
(………今の私は………)
 あの頃の私の姿ではない、と愕然とした。
 多忙な日々に追われ続けて、鏡など見てはいなかった。
 もちろん「鏡」には向かうのだけれど、ただ身だしなみを整えるだけ。
 「自分の顔」をじっくり見詰めはしないし、観察もしない。
 女性と違って化粧は必要ないのだから。
(…ジルベスター・セブンから、何年経った……?)
 あれから過ぎた歳月の分だけ、重ねた齢。
 「それ」が自分の顔に出ていた。
 隠しようもない、年相応の面差しとなって。
 あの時代には無かった皺が、何本か、肌に刻まれていて。


(……これでは、たとえ断らなくても……)
 若い女性が相手の記事など、誰も書かないことだろう。
 書いても、「誰も読まない」から。
 もしも読む者がいたとしたって、ほんの僅かな女性たちだけ。
 遠い昔を思い返して「懐かしいわね」と、「老けたキース」を見る者たち。
 つまりは、長い年月が過ぎた。
 今ではすっかり、人類の敗色が濃くなるほどに。
 ジルベスター・セブンで収めた勝利が、まるで幻だったかのように。
(……そして、ミュウどもは……)
 全く年を取らないのだ、と冷えてゆく背筋。
 普段から「マツカ」に接しているのに、ついつい忘れ果てていたこと。
 ミュウの長、「ジョミー・マーキス・シン」は、今なお若い。
 彼の肉体は衰えを知らず、その寿命もまた…。
(人類の三倍以上もあるのだ…!)
 伝説と謳われたタイプ・ブルー・オリジン、彼が身をもって示したように。
 死の影が差すほどに年を重ねた後にも、身一つでメギドを破壊したのがソルジャー・ブルー。
(…私が老いて、指揮が覚束なくなった時でも…)
 若きミュウの長は健在だろう。
 その上、更に若い世代のタイプ・ブルーたちが何人もいる。
(……人類とミュウの戦いの……)
 行く末は見えているではないか、と、ただ恐ろしい。
 明らかにミュウの方が有利で、人類は不利な立場だから。
 それでも「キース」は戦うしかなく、「勝ちに行く」以外に道は無いから。
(……これが私の運命なのか……)
 肉体的にも「敵うわけがない」敵と戦い、敗れるのが。
 あるいは敗北するよりも先に、老いさらばえて死んでゆくのが。
 「キース」は、そのように「作られた」から。
 機械はミュウを認めないから、ミュウはあくまで「異分子」だから…。

 

           敵わない敵・了

※このお話、絶対、途中で「敵」は「老化」だと勘違いした人がいるな、という気がします。
 ミュウの寿命は人類の三倍、それだけで勝ち目が無さそうだよね、と思うんですけど…。











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「いたか、そっちは!?」
「捜せ、探せ!」
 緊迫した男たちの声が聞こえる。
 それに複数の荒々しい足音、あちこちの扉を開け放つ音。
 バスルームやら、クローゼットやら。
(……どうして……)
 どうしてこんなことになったのだろう、とシロエは息を潜める。
 個室の床下にもぐり込んで。
 たった一人で暗闇の中で、男たちが床下に気付かないよう、祈りながら。
(…ピーターパン……)
 ぼくを助けて、と心で叫ぶけれども、ピーターパンに届くだろうか。
 漆黒の宇宙にポツンと浮かんだ、ステーションなどで祈っても。
 遠い故郷の星ならともかく、E-1077では。
(……此処で見付かったら……)
 おしまいなのだ、と自分でも充分、承知している。
 頭上で歩き回る足音の主は、全員がマザー・イライザの手下。
 E-1077の保安部隊員で、武装していることは確実。
(このまま此処で撃ち殺されるか…)
 連行されて処刑されるか、道は二つに一つしかない。
 最高に運が良かったとしても、「シロエ」はいなくなるだろう。
 記憶を全て消されてしまって、全く別の人間にされて。
 「セキ・レイ・シロエ」の姿形は変わらなくても、中身はまるっきりの別人。
 他の候補生たちが「シロエ!」と呼んだら、振り向いても。
 笑顔で手を振り、応えたとしても。
(…そんなのはもう、ぼくじゃない…)
 ただの「シロエ」という名のエリート候補生、そう、あのキースと競い合ったほどの。
 E-1077始まって以来の秀才、彼とさえ肩を並べられるほどの。
 そんな形で生き延びたとして、いったい何になるだろう。
 自分が自分でなくなるのならば、それは「死んだ」も同然なのに。


(……キース・アニアン……)
 そう、発端は、その「キース」だった。
 過去の記憶を持たないエリート。
 「マザー・イライザ」の申し子と呼ばれる、まるで感情を見せない男。
 だから「アンドロイドなのだ」と思った。
 マザー・イライザが作った機械仕掛けの人形、「人間のように思考する」だけの。
(あの皮膚の下は、冷たい機械で…)
 赤い血などは流れていない、と確信したから、彼の秘密を暴きたくなった。
 目の前に真相を突き付けられたら、彼は壊れると考えたから。
 機械は所詮は機械なのだし、予測していない事象には弱い。
 「真実を知れば」、暴走するだろう「キースの思考プログラム」。
 狂ったように喚き散らして自滅するのか、瞬時に沈黙して「壊れる」か。
 どちらにしても見物なのだし、それを「この目で」見届けたくなった。
 憎い「機械」への仕返しとして。
 成人検査で記憶を奪った、マザー・システムへの意趣返しに。
 記憶を奪ったテラズ・ナンバー・ファイブと、マザー・イライザとは別物でも。
 全く違う機械であっても、コンピューターには違いない。
(…どっちも、マザー・システムの手下…)
 地球にあると聞くグランド・マザーが、統括しているコンピューターたち。
 機械が統治するSD体制、そのシステムに異を唱えたいなら…。
(…イライザの申し子を、壊してやろうと…)
 決心したのに、何処で計算が狂ったろうか。
 こんな床下で息を潜めて、見付からないように祈るしかないなんて。
 保安部隊に発見されたら、殺されるしかないなんて。
(……そんなのは、嫌だ……)
 ピーターパンに会えもしないで、死んでゆくなど。
 あの憎らしいマザー・イライザが命じるままに、処刑されるなど。


 出来ることなら、ステーションから逃げ出したい。
 E-1077を遠く離れて、故郷の星へと飛んでゆきたい。
 此処で殺されてしまうよりかは、少しでも望みのある方へ。
(……地球の座標は分からないから……)
 夢の星へは行けないけれども、アルテメシアになら行けるだろう。
 ステーションでは、宇宙船の操縦も教わったから。
 まだ実地では飛んでいないだけで、シミュレーションなら何度もやった。
 宇宙船さえ手に入ったなら、アルテメシアへ飛ぶことは…。
(…絶対に、出来る筈なんだ…)
 座標を打ち込んでやりさえすれば、オートパイロットで飛ぶことも出来る。
 そこそこ優秀な宇宙船なら、ワープも自分一人で可能。
 E-1077の宙港に行けば、飛んでゆける船は、きっとある筈。
 民間船は立ち入れなくても、それに準ずる船は来るから。
(……新入生を乗せて来る船……)
 それを奪えば、宇宙に出られる。
 上手く立ち回れば、新入生たちが下船する前に…。
(船を制圧して、乗員を全員、人質に取って…)
 新入生たちの命を盾に、アルテメシアへと漕ぎ出せるだろう。
 マザー・イライザが如何に冷徹でも、候補生たちの命は失えない。
 将来を嘱望されるエリートの卵、彼らの命を失ったなら…。
(グランド・マザーが、何と言うかな…?)
 お咎め無しでは済まないだろうし、歯噛みしながら見送ることしか出来ないだろう。
 ステーションから離れてゆく船、それに「シロエ」が乗っていたって。
 そうして、アルテメシアの方でも、着陸を拒否することは出来ない。
 海賊船にも等しい船でも、人質を大勢乗せているから。
 もしも自爆でもされようものなら、グランド・マザーに叱責される。
 誰も責任を取りたくないなら、着陸許可は下りるだろう。
 下船した「シロエ」は殺すにしたって、乗員は生かさねばならないから。


(……そうすれば、帰れる……)
 アルテメシアに、故郷のエネルゲイアに。
 もう顔さえも思い出せない両親、けれど片時も忘れてはいない。
 こんな時でも「帰りたい」のが故郷の星で、「会いたい」人が両親だから。
 人質を取って帰った「シロエ」は、両親に再会出来るだろうか。
 下船したなら、即座に殺されそうだけれども…。
(…まだ人質を取っていたなら…)
 アルテメシアの上層部だって、考えざるを得ないだろう。
 「セキ・レイ・シロエ」の要求通りに、かつての養父母を連れて来ることを。
 彼らを船に乗船させるか、ただ宙港へ呼んで「顔を見せる」だけかは謎だけれども。
(……運が良ければ、パパとママを……)
 人質と交換に出来るだろうか。
 全員を解放してしまわずに、一部の者だけ船から出せば…。
(代わりに、ぼくのパパとママを乗せて…)
 残りの人質は確保したまま、更に要求を突き付けられる。
 船にエネルギーを補給しろとか、「地球の座標を教えろ」だとか。
 候補生たちの命が惜しい上層部は、その要求を飲むしかない。
 「シロエが逃げる」と分かっていても。
 まんまと再会を遂げた両親、彼らを連れて地球に向かうと、承知していても。
(…撃墜しようにも、人質がいるしね…)
 手も足も出ない筈なんだ、と考えるけれど。
 ステーションの宙港に行きさえすれば、その選択肢があるのだけれど…。
(……キース・アニアン……)
 その前に、あいつの歪んだ顔を、と思ってしまう。
 いつも取り澄ましたトップエリート、彼が醜く取り乱すのを。
 ピーターパンの本に隠した真実、それを目の前に突き付けてやって。
 フロア001で撮影して来た、キースの「ゆりかご」。
 胎児や「キース」の標本を見せて、あのエリートを追い詰めたい、と。


 それは破滅だと分かっている。
 その道を行けば、もう故郷には戻れはしない。
 キースに会う方を選んだならば、確実に保安部隊に捕まる。
 なにしろ個室は監視されていて、この床下のようにはいかない。
 どの個室にもある「マザー・イライザ」の端末、それが「いつでも見ている」から。
 個室でキースを捕まえなくても、それ以外の場所も、条件は同じ。
 「キース・アニアン」がいるような場所は、何処だって「見られている」だろう。
 完璧な「機械の申し子」の彼は、日の当たらない場所に行くことはない。
 こんな床下に入りはしないし、通気口を伝ってゆくこともない。
 だから「キースに会ったら」終わり。
 其処でマザー・イライザの瞳に捕まり、保安部隊が追って来る。
 「セキ・レイ・シロエ」を処分するために。
 キースの前では撃たないにしても、引き摺ってゆかれて殺されるだけ。
 それが嫌なら、故郷に帰りたいのなら…。
(…通気口を伝って、宙港に行って…)
 新入生を乗せた船が無くても、めぼしい船を奪えばいい。
 そのための手段は、いくらでもある。
 武器が無くても、頭を使いさえすれば。
(……でも、ぼくは……)
 キースを追い詰めてやりたいんだ、と握り締める拳。
 それで命を失おうとも、それもまた自分の選んだ道には違いないから。
 「機械の申し子」を嘲笑うことで、機械に復讐してやりたいから。
(……キース・アニアン……)
 今に見てろ、と息を潜めて、笑みを浮かべるシロエは知らない。
 そう「考える」思考そのものが、マザー・イライザの狙いなことを。
 そのためにシロエが「選ばれた」ことも、破滅までがイライザの目的なことも。
 自由なのだと信じているから。
 彼が「自由」を忘れないことも、全ては機械の手の中なのに…。

 

           仕組まれた自由・了

※キースの正体を知ったシロエは、捕まってサイオンチェックされたわけですが…。
 脱出した後、どうしてステーションから逃げなかったか、それが気になって書いたお話。











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(……増える一方というヤツか……)
 厄介なことだ、とキースが漏らした溜息。
 首都惑星ノアに与えられた個室で、書類をバサリと机の上に投げ出して。
 もう夜は更けて、側近のマツカも下がらせた後。
 マツカが淹れていったコーヒー、そのカップが湯気を立てているだけ。
 コーヒーの湯気は香り高いけれど、それを嗅いでも心から悩みは消えない。
 ミュウは増えてゆく一方だから。
 今日も落とされた惑星が一つ、そして逃げ出す難民も増える。
 人類とミュウは相容れないから。
 一つの星に同じ種族が住めはしないし、ミュウが来たなら人類は逃げる。
(……移民船は、地獄だと聞くのだがな……)
 密かに広がっている風聞。
 ノアまでは聞こえて来ないけれども、上層部の者なら知っていること。
 ただし、関心があったなら。
 ミュウを恐れて逃げ出す人々、彼らを心に留めていたなら。
(移民船に乗るには、とてつもない金が必要で…)
 全財産を処分した金で、乗り込む者さえあるという。
 そうして移民船に乗れても、船の環境は劣悪らしい。
 本来だったら個室だったろう部屋、それを改造してあるなどは当たり前。
 狭い部屋に多くの者を詰め込み、食事も調理などしてはいなくて…。
(レトルトパックの非常食ばかり…)
 配って済ませて、苦情には耳を傾けもしない。
(聞く耳などは持たないどころか、うるさい奴は…)
 真空の宇宙に捨ててゆくのだという、酷い噂が流れている。
 冷凍睡眠用のカプセル、その中に無理に押し込んで。
 宇宙葬よろしく、生きたまま宇宙に放り出して。
(そういう噂が絶えないのだが……)
 それでも人は逃げ出すらしい。
 ミュウが陥落させた星から、首都惑星ノアへ移民しようと。


 厄介な、と投げ出した書類は、ミュウに関するものではない。
 ミュウも関係しているけれども、人類の方に関わること。
(移民船の数が増えてゆくほど、ミュウのキャリアも…)
 多く見付かるというわけだ、と視線を遣った窓の外。
 漆黒の夜空と、その空の下に広がる街。
 其処で暮らしている住民たちは、何も知らない。
 移民船が来ていることは知っていても、その船に纏わる噂などは。
 ミュウのキャリアが増えていることも、彼らが何処へ消えたのかも。
(……今日だけでも、二件……)
 宙港で「ちょっとした騒ぎ」が起こった。
 ミュウのスパイが入り込まないよう、実施している入国審査。
 セキュリティーゲートに仕込んだセンサー、それがミュウ因子の有無を検査する。
 陽性だったら、鳴り響くアラーム。
 該当者は直ちに隔離された上、収容所へ送られる決まりだけども…。
(…大人しく連行される者など、何処にもいるわけがない)
 幼い子供だったらともかく、成人している大人なら。
 ミュウが何かを知っているなら、誰であろうと抗うだろう。
 自分の命と、自由を守り抜くために。
 収容所に送られることも嫌なら、処分されることも御免だろうから。
(だが、結局は…)
 保安部隊に取り押さえられるか、今日も一件、起こったように…。
(サイオンを発動させた挙句に、その場で射殺…)
 そういう末路を辿るのが常。
 ミュウのキャリアはそれで全てが終わりだけれども、問題は周囲の一般人たち。
 ただ「宙港に居合わせただけ」で、惨劇を目撃することになる。
 一般市民として生きていたなら、一生、縁が無いものを。
 引き摺られてゆくミュウはともかく、包囲され、射殺されるミュウ。
 火を噴く銃器に、飛び散る血飛沫。
 倒れ、死んでゆく者の身体から溢れ出す血や、断末魔の苦悶の表情やら。


(……そういった記憶を持ったままでは……)
 人は精神の均衡を欠く。
 運悪く居合わせた子供でなくても、立派に成人した大人でも。
(PTSDというヤツだ……)
 精神的外傷、いわゆる心に負った傷。
 それが後々まで癒えないままで、様々なトラブルを引き起こす。
 何かのはずみにフラッシュバックし、いきなりパニックに陥るだとか、気を失うとか。
(そうでなくても、憶えていられては都合が悪いのだ……)
 我々の世界においてはな、と顎に当てた手。
 SD体制の社会の中では、一般市民は「何も知らない」者であるべき。
 社会を構成してゆくためには、その方が都合が良いのだから。
 機械が治める世界が抱える、不条理や矛盾といったもの。
 そうしたものには、気が付かないでいて貰わねば。
 社会を壊さないためには。
 滅びゆこうとしている母なる地球を、もう一度蘇らせるためには。
(…都合の悪い記憶は、処理をさせねば…)
 宙港で彼らが目にしてしまった、ミュウのキャリアが「殺される」場面。
 そんな凄惨な記憶は要らない。
 ミュウといえども「身体の構造」は人類と同じで、その血は赤い。
 射殺されたのがミュウであっても、目撃者が受ける衝撃は「人類が射殺された」時と全く同じ。
 だから記憶は「消さねばならない」。
 居合わせた者たちを一人残らず、チェックしておいて。
 彼らの行動を追跡し続け、タイミングを選んで「消去する」記憶。
 担当の技師が、手際よく。
 記憶を遡り、リサーチしながら「消すべきもの」を選び出して。
 該当するものを全て消したら、別の記憶を流し込む。
 「宙港では、何も無かった」と。
 いつも通りに行き交う人々、そういう類の偽の記憶を与えてやる。
 後々、食い違うことが無いよう、記憶処理を受けた者、全員に。


 報告書には、そのことも付記されていた。
 記憶処理が必要な者が何人いるのか、いつまでに処理を終える予定か。
(……こうやってミュウが増えていったら……)
 そのシステムにも、改革が必要になるだろう。
 記憶の処理を続ける技師たち、彼らも「人」には違いない。
 他の誰かの記憶を消したり、また植え付けたりしてゆく作業は、システムに疑いを抱かせる。
 作業をしている自分たちの方も、「同じ目に遭っている」のでは、と。
 都合の悪い記憶は消されて、別の記憶と置き換えられて「今」があるのでは、と。
(…そして実際、その通りなのだ…)
 成人検査での記憶の消去に始まり、ありとあらゆる場面で操作をされるのが「記憶」。
 軍人のような特殊なケースを除けば、殆どの者が経験すること。
 それを「経験した」ことさえも、知らないままに。
 自分の記憶は「本物」なのだと、信じ込んで生きているのが人類。
 実の所は、消されて継ぎはぎだらけなのに。
 あちこちに穴が開いているのを、機械が作った偽の記憶が埋めているのに。
(……初めて見たのは、ステーションだった……)
 E-1077だった、と今も鮮明に思い出せる。
 ミュウのキャリアだった「シロエ」のことを、ステーション中の生徒が「忘れた」。
 誰に尋ねても「知りませんけど」だとか、「そんな子、いてましたっけ?」といった具合に。
(…まるで私の方が「おかしい」かのように…)
 皆が不審そうに見るものだから、あの時は心底、恐ろしかった。
 サムが「ジョミーを忘れた」時には、まだ、それほどでもなかったのに。
 「マザー・イライザの仕業なのだ」と憎みはしても、背筋が凍るほどまでは…。
(いかなかったし、そんなものだと…)
 システムに理解を示しもした。
 「仕方ないのだ」と、SD体制の仕組みを思い返して。
 けれども、シロエの時は違った。
 「自分一人だけが」彼を忘れていなかったから。
 しかも「忘れずに済んだ」シロエを、「処分させられた」のが自分だから。


(……あの時の私と同じように……)
 記憶処理を続けている技師たちも、疑念を抱いて、いずれ裏切るかもしれない。
 消すべき記憶を消さずにおいて、SD体制の根幹を揺るがせることも…。
(無いとは言えんし、彼らの記憶の処理の回数を…)
 今の既定の数より増やして、作業内容を早めに書き換えるべき。
 「蟻の穴から堤が崩れる」の言葉通りに、システムが崩れたら大変だから。
 これ以上、ミュウが増えるようなら、もう明日にでも…。
(パルテノンに進言するか、グランド・マザーに提案するか…)
 どちらが良いか、と考え始めて、ゾクリとした。
 記憶の処理が「当たり前」ならば、「自分の記憶」はどうなのだろう。
 一度も消されたことが無いから、疑いさえもしなかった。
 「私は、特別な存在なのだ」と。
 機械が無から作った生命、ゆえに機械も手出しはしない、と。
(だが、誰が……)
 そうだと保証してくれたのだ、と冷えてゆく背中。
 「自分は特別な存在なのだ」と考えることも、あるいは機械が…。
(…都合の悪い記憶を消させて、そういう思考を持つように…)
 仕向けていないと、いったい誰が言えるだろうか。
 そう、「自分さえも」そう言えはしない。
 機械が作った生命ならば、思考も、持っている記憶の全ても…。
(……何もかも、機械の思いのままに……)
 操作されていても不思議ではないし、むしろ「その方が」自然だろう。
 記憶を消されて、植え付けられて、何もかもシステムに都合よく。
 いつか人類の指導者となるべく、理想の人間に仕立てられて。
(……まさかな……)
 まさか、と今は思うけれども、それさえも「忘れる」かもしれない。
 「キース」は「作られた生命」だから。
 機械が無から作った命は、機械が好きに弄った所で、神さえも文句は言わないから…。

 

         処理される記憶・了

※SD体制では当たり前なのが「記憶の処理」。原作はもちろん、アニテラの世界でも。
 キースは無縁なわけですけれども、その特別っぷりを考えていたら、こんな話に…。











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(……どんどん記憶が薄れていく……)
 本当に実感が無くなってゆく、とシロエが覗き込む画面。
 E-1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
 画面の向こうには、エネルゲイア。
 育英惑星アルテメシアの、技術関係のエキスパートを育てる都市。
 流れる音声に耳を傾けなくても、そのくらいは分かっているのだけれど…。
(…ぼくが育った場所なのに…)
 まるで無いのが「懐かしい」と感じること。
 故郷は、今でも懐かしいのに。
 帰りたいと常に願っているのに、何故か感じない「懐かしさ」。
 エネルゲイアの映像を見ても、「此処にいたのだ」という気がしない。
 育った家も分からなければ、住所も覚えていないほどだから。
(テラズ・ナンバー・ファイブに消されて…)
 曖昧になってしまった記憶。
 顔さえ思い出せない両親。
 肝心の面差しが、焼け焦げてしまった写真みたいに穴だらけで。
 瞳の色すら分からないから、「どんな顔だったか」掴めはしない。
 どんなに記憶を手繰ってみても。
 思い出そうと足掻いてみても、奪われた記憶は戻っては来ない。
 しかも日に日に薄れてゆくから、一層、不安が増してゆくだけ。
 「ぼくも、いつかは…」と、寒くなる背筋。
 ステーションの候補生たちと同じに、「全部、忘れるかもしれない」と。
 そうして機械に従順になって、「マザー牧場の羊」になる日が訪れるかも、と。


 「羊になる」のは御免だと思う。
 けして全てを忘れはしないし、いつかは記憶を取り戻したい。
 機械が治める歪んだ世界の頂点に立って。
 国家主席の座に昇り詰めて、機械に「止まれ」と命令して。
 そうする前には、「ぼくの記憶を返せ」と命じる。
 機械が奪った記憶だったら、きっと機械は「戻すことも出来る」筈だから。
 「セキ・レイ・シロエ」から消した記憶を、また植え直して。
(…その日が来るまで、忘れるもんか…)
 ぼくは絶対に忘れない、と思うけれども、どうなのだろう。
 本当に敵う相手かどうかも、分からないのに。
 国家主席になるよりも前に、何もかも、忘れさせられたなら…。
(…ぼくだって、羊…)
 羊になったと思いもしないで、それを悔しいと感じもせずに。
 マザー・イライザに素直に従い、いずれは地球にあるグランド・マザーに…。
(何の疑いも持たないままで…)
 言われるままに任務に勤しみ、出世を遂げてゆくかもしれない。
 メンバーズ・エリートの道を歩んで、いずれはパルテノンに入って。
 元老として出世し、名を上げた後は、国家主席に昇進して。
(……結末は、同じなんだけど……)
 まるで違う、と恐ろしくなる。
 このまま進めば、そうなるのかもしれないから。
 コールされる度に薄れる記憶を、繋ぎ止めておく術も無いから。


 画面に映し出される映像。
 ピンとくる場所は一つも無いまま、エネルゲイアの案内が続く。
 高層ビルやら、家族連れが大勢歩く街やら、そういったものを紹介して。
 かつて「シロエがいた」筈の場所を、実感は伴わないままで。
(…こんなモノ…)
 眺めても、何になるのだろう。
 記憶が戻って来る筈もなくて、手掛かりさえも見付からない。
 「ぼくの家だ」と思いもしないし、「此処を歩いた」と心が躍りもしないから。
 画面の向こうを流れてゆくのは、「知っていた筈の場所」というだけ。
 今の自分は「知らない」のに。
 何を見たって、「こうだったっけ?」と疑問が浮かびさえもするのに。
 エネルゲイアを紹介する映像は、あくまで「一般向け」のサービス。
 不都合なものを映しはしないし、加工してある可能性もある。
 エネルゲイアで育った子供が、「ぼくの家だ」と、場所を特定できないように。
 偽の画像を混ぜるくらいは、ごく簡単なことなのだから。
(……そうでなくても……)
 子供たちが学ぶ学校。
 全景も教室も映るけれども、「学校の名前」は出て来ない。
 何処にあるのか、地図さえも出ない。
 「学校」は全て同じなのかも、映像からは分かりはしない。
 エネルゲイアにある学校だったら、どれも似たような建物なのか。
 グラウンドなども「そっくり同じ」で、見分けが付かないくらいなのか。
(…分からないよね…)
 映っているのが、自分の通った学校なのか、そうでないのかは。
 ただでも記憶が薄れているから、「これだ」と思う決め手が無くて。


 けれど、「見なければ」忘れるだろう。
 エネルゲイアという場所を。
 間違いなく自分が育った「故郷」を、いつの間にやら。
 故郷への関心を失くしてしまえば、機械の思う壺なのだから。
(…ぼくには要らない記憶なんだ、と判断されたら…)
 きっと今以上に忘れてしまう。
 懸命にしがみついていないと、コールされた時に…。
(もう要らない、って…)
 あっさり消されて、思い出すことも出来なくなる。
 ただ漠然と「エネルゲイア」の名前を覚えているだけになって。
 誰かに「故郷は?」と尋ねられたら、「エネルゲイア」と答えられたら充分だから。
(……嫌だ、そんなの……!)
 たとえ実感を伴わなくても、覚えていたい。
 高層ビルが幾つも立ち並んでいた、故郷のことを。
 歩いた記憶は全く無くても、家族連れで賑わう町の中心部を。
(…この次は…)
 プレイランドが映るんだっけ、と眺める画面。
 もう何度となく繰り返して見て、映像の流れは馴染んだもの。
 じきに切り替わったカメラの視点は、プレイランドを捉えている。
 幼い子たちに人気の場所。
 コースターやら、観覧車やらと、盛り沢山で。
(……ぼくだって、此処で……)
 パパやママと遊んだんだよね、と顔が綻ぶ。
 両親の顔立ちはおぼろになっても、プレイランドは「まだ覚えている」。
 順番を待って、やっと乗り込めたコースター。
 思った以上に速かったことも、ちょっぴり「怖い」と感じたことも。


(…うん、大丈夫…)
 全部忘れたわけじゃないよ、とホッとする心。
 観覧車だって、とても楽しかった。
 遥か上から見下ろした町は、もう覚えてはいなくても。
 隣に、向かいに座っていた両親、二人の顔は思い出せなくても。
(…ぼくの隣がママだったよね?)
 向かいの席にパパがいたよね、とプレイランドの映像を見る。
 幼かった自分が乗っていたのは、観覧車のゴンドラの「どれ」だったろう、と。
 今も現役で動いているのか、それとも交換されたのか。
(どうなのかな…?)
 そこまでのことは分からないよね、と考えた所で気が付いた。
 プレイランドは、何処の育英都市にも存在しているもの。
 健全な子供を育てるためには、欠かせない施設。
 映像とセットの音声でも、そう言っている。
 「エネルゲイアでは…」とプレイランドの名前を告げて。
 同じアルテメシアにある『アタラクシア』だと、「ドリームワールドと呼ばれています」と。
(……ドリームワールド……)
 エネルゲイアのは、そうは呼ばれていなかった。
 映像の音声とテロップも、それを裏付けている。
 けれども、プレイランド自体は…。
(…何処の育英都市にもあって、子供は誰でも…)
 養父母に連れて行って貰って、其処で楽しく遊ぶもの。
 コースターやら、観覧車に乗って。
 どんな子供でも「持っている」のが、プレイランドで遊んだ経験。
 それは「必要なこと」だから。
 子供が育ってゆく過程では、プレイランドは「外せない」から。


(……だとしたら……)
 もしかしたら、とゾクリと凍えてしまった背中。
 機械が「それを望む」のだったら、「覚えている」プレイランドの記憶は…。
(…本物じゃなくて、機械が作った…?)
 成人検査で記憶を奪って、書き換えた時に。
 E-1077へ送り込む前に、「機械に都合がいいように」。
 理想とする「プレイランドの記憶」を刷り込んで。
 「セキ・レイ・シロエ」の個性は無視して、「どんな人間にも」合うように。
(…コースターの行列、大人しく待ったと思っているけど…)
 そうではなかったかもしれない。
 「ぼくの順番、ちっとも来ない」と膨れていたとか、怒っただとか。
 それを宥めるのに、両親が、とても苦労したとか。
(…順番が待てない子供なんかは…)
 機械にとっては、理想的とは言えないだろう。
 反抗的な子供よりかは、「大人しく待てる」子供の方が…。
(……ずっといいのに決まっているから……)
 あるいは「書き換えた」だろうか。
 自分では「覚えている」つもりでも。
 「こうだったよね?」と思う他の記憶も、それと同じで…。
(…機械が書き換えてしまったとか…?)
 まさか、と身体が震えるけれども、有り得る話。
 今の世界は、機械が統治しているから。
 世界の全ては、「機械の都合」が優先だから。
(……ぼくの記憶も……)
 事実とは違うのかもしれない、と考えただけで、ただ恐ろしい。
 もしもそうなら、「逆らい続けて」生きてゆけるか、危ういから。
 自分でも全く気付かない内に、いつか自分も「羊になる」かもしれないから…。

 

          羊になる日・了

※プレイランドは何処の育英都市にもある筈だよね、と思った所から出来たお話。
 必要不可欠な施設だったら、其処の記憶も、機械に都合のいいものだけなのかもね、と。









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(ジョミー…。みんなを頼む)
 それがブルーの最後の思念。
 『ヒト』として紡いだ、最後の思い。
 気付けば身体は宇宙に浮いていて、けれども、思念体ではなかった。
 「自分なのだ」とは感じられても、きっと「誰にも」見えないだろう。
 そう、後継者として後を託したジョミーでさえも。
 ナスカの上空で出会った「未来」、タイプ・ブルーの子供たちにも。
(……もしも、見られる者がいるなら……)
 フィシスくらいなものだろうか、とブルーは「自分」の姿を見てみる。
 自分の目にさえも透けて見えるような、頼りなさげな腕や、足やら。
 思念体とは似て非なるもので、恐らく、今は魂だけ。
 依るべき『身体』を失ったせいで、このようになっているのだろう。
 「誰にも捉えられないだろう」と思う姿に。
 それでもブルーが纏っているのは、あまりにも見慣れたソルジャーの衣装。
 キースに撃たれて血まみれになった、その跡は消えているけども。
(…何もかも消えてしまったな…)
 メギドと共に、と見回す宇宙。
 地獄の劫火でナスカを燃やした忌まわしい兵器は、もはや残骸と化していた。
 人類軍の船も同じで、生き残った船が引き揚げてゆく。
 キース・アニアンを乗せた旗艦を、先頭に立てて。
 ぽっかりと大穴が開いてしまった、ジルベスター・エイトを後に残して。


 その遥か彼方、砕け散ってゆくナスカが見えた。
 赤い大地を持っていた星、ブルーは一度も降りなかった星。
 ミュウの楽園だったナスカは、宇宙の藻屑と消えてしまった。
 何人のミュウが逃げ延びられたか、シャングリラは無事に飛び立てたのか。
(……もう何も……)
 感じ取れるものが「此処に」無いなら、白い箱舟は「飛んだ」のだろう。
 あの七人の子供たちを乗せ、「ミュウの未来」へ。
 いつか地球へと繋がる道へと、宇宙の彼方にワープして行って。
(……どうか、皆が無事に……)
 一人でも多く、あの船に乗っているように…、とブルーは祈りを捧げる。
 魂だけしか持たない者でも、祈ることなら出来るから。
 祈りが神に届くものなら、「皆を地球へ」と。
(…ぼくは、船には戻れないけれど…)
 屍さえも戻らないけれど、きっと、その方が良いのだと思う。
 いったい誰が想像したろう、「あんな最期」を。
 弄ぶように銃で何発も撃たれた挙句に、右の瞳まで砕かれるなど。
 直接、命を奪い去ったものは、メギドの爆発。
 けれども、それを生き延びていても、あの有様では助かりはしない。
 元々、寿命が尽きていた上、サイオン・バーストまでをも引き起こしたから。
 ミュウの誰かが「ソルジャー・ブルー」を救い出したところで、それは無駄なこと。
 どうせ助かるわけなどはなくて、そのことが皆にもたらすものは…。
(……悲しみと、人類への激しい憎しみ……)
 そうなったろう、と痛いほどに感じる。
 仲間たちが「ソルジャー・ブルーの最期」を知ったら、憎しみだけが残るのだと。
 ミュウは人類と手を取り合えずに、人類を滅ぼす道を歩む、と。


 「ソルジャー・ブルーの亡骸」すらも、戻っては来ないシャングリラ。
 喪失感が船を包むだろうけれど、「知らない方が良い」こともある。
 長い年月、皆を導いた長が、どう散ったのか。
 惨たらしいほどに傷付けられて、赤い瞳さえ撃たれたなどは…。
(……誰も知らない方がいいんだ)
 知らなかったら、全ては時が癒してくれる。
 深い悲しみを抱えたままでも、仲間たちは未来へ進んでゆける。
 「ソルジャー・ブルー」が命を投げ出し、拓いた道を。
 メギドの炎に焼き尽くされずに、残った船で。
(……きっと、ジョミーがそうしてくれる)
 ナスカを失った今だからこそ、毅然と前を見詰めて立って。
 どうするべきかを自らに問うて、仲間たちに道を指し示して。
 「ソルジャー・ブルー」は、もういないのだし、ソルジャーは「ジョミー」ただ一人。
(…ぼくとは全く違った道を…)
 歩んでゆこうと、ジョミーなら行ってくれると思う。
 「自分」は見られなかった星まで。
 見たいと望んで、けれど叶わず、辿り着けなかった青い地球まで。


(……地球……)
 今ならば、其処へ行けるだろうか、とブルーの心に浮かんだこと。
 魂を縛る「身体」が無いなら、飛んでゆけるのかもしれない。
 その座標さえも知らない星でも、「想いさえ」すれば。
 強く強く「地球へ」と願ったならば、かの星を知る「誰か」の思いに魂を乗せて。
(…人類ならば、知っている筈…)
 青い地球は人類の聖地なのだし、知っている者は少ないだろう。
 けれども、聖地に「住む者」もいれば、「これから向かう者」だっている。
 彼らの心に「在る筈」の地球。
 それを標に飛んでゆけたら、一瞬の内に青い星まで…。
(……行けるかもしれない)
 地球へ、と心に強く念じた。
 どうか地球まで飛べるようにと、其処までの道が開くようにと。
(…………!!)
 感じた、空間を飛び越える時と同じ感覚。
 瞬間移動で飛ぶかのように、魂だけが宇宙(そら)を翔けてゆく。
 それこそ、瞬きするほどの間に。
 飛び越えた先に、夢に見た地球が…。
(……地球……?)
 あれが、と思わず疑った瞳。
 もう肉体の瞳は無くても、捉える像は変わらない筈。
 それなのに……。


(……青い……地球は……?)
 青く輝く母なる星は、と魂だけのブルーの身体が震え出す。
 あの星の何処が「地球」だと言うのか、青さの欠片も無い星の。
 生命は悉く死に絶えたと分かる、砂漠に覆われ、青い海も無い赤茶けた星。
(…あれが…地球だと……?)
 信じたくない気持ちだけれども、「それ」が真実の「地球の姿」。
 魂だけで飛んで来たから、間違えはしない。
 「地球へ」と念じて、導かれた先が「この星」だから。
 其処へ飛んでゆく人類の船、それに乗っている者たちも「地球」を目指しているから。
(……この星が、地球……)
 青い星だと信じていたから、仲間たちに「地球へ」と説き続けた。
 ジョミーにも同じことを話して、其処へ行くよう、自分は最後の最後まで…。
(…促したのではなかったのか?)
 だから、ジョミーは「そうする」だろう。
 地球の本当の姿も知らずに、ひたすらに前へ歩み続けて。
 シャングリラに乗った仲間たちも皆、ジョミーを信じて、その後に続く。
 どれほどの犠牲を払うことになろうと、「青い地球」まで。
 地球まで辿り着かない限りは、「何も解決しない」のだから。
 人類と戦い、滅ぼすにしても、手を取り合うにしても、倒さねばならないSD体制。
 それの要が「地球に在る」から、グランド・マザーは「地球に居る」から。


 長く辛く厳しい旅路の果てに、いつか着くだろう「母なる地球」。
 青く輝く銀河のオアシス、宇宙に浮かんだ一粒の真珠。
 そういう「ご褒美」が待っているから、ミュウたちは迷わず進んでゆける。
 「青い地球へ」を合言葉に。
 いつかその目で地球を見ようと、ブルー自身が「そうだった」ように。
 けれど、これでは「どうなる」のだろう。
 青い地球など幻影に過ぎず、本物は「ただの死の星」ならば。
 これからミュウたちが払う犠牲は、どれほどのものかも知れないのに。
(……それでも、地球に辿り着くしか……)
 道は無いのだ、と分かっているから、せめてシャングリラを追ってゆこうか。
 謝る術さえ今は無くても、「見守る」ことは出来るから。
 旅の途中で潰えた命に、詫びるくらいは出来るだろうから。
(……皆と、地球まで……)
 シャングリラと共に旅してゆこう、とブルーは地球に背を向けた。
 青くない地球を見た仲間の衝撃、それを見る時が怖いけれども。
 その時、皆に謝りたくても、その方法は無いのだけれど。


(……シャングリラへ)
 皆の許へ、と念じて一瞬で翔けた、其処までの宇宙(そら)。
 白い船は悲しみの色を纏って、その灯りさえも悲しげだけれど…。
(……ジョミー……)
 ぼくも行こう、とジョミーの心にそっと寄り添う。
 決意を固めつつある者に。
 悲しみを越えて、前へ進もうとしている「ソルジャー・シン」に。
 この船がどういう道をゆこうと、旅の終わりは、死の星の地球。
 そういう星へと導いたことを、いつの日か、ジョミーに謝れたらいい。
 船の皆にも、出来ることなら、心からの詫びを。
 白いシャングリラが向かう先には、青い地球など無いのだから。
 夢と憧れが崩れ去る日が、ミュウたちの旅の終わりだから…。

 

          青くない星へ・了

※「ブルー追悼は、もう書かない」と言った筈ですが…。転生ネタやってるんですが…。
 アニテラ放映から12周年、干支が一回りした上、元号まで変わってしまった今年。
 「今年くらいは書いておくか」というわけで、2019年7月28日記念作品。
 おりしも原作者様の画業50周年展、只今、京都漫画ミュージアムで開催中。
 9月8日までに行ったら、カフェでブルーのラテアートが飲めます、本当です。











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