「ジョミーだった。…あれは……ジョミーだった!」
そう言って嘆き悲しんだサム。幼馴染の変わりようを。
「なんで、あいつが!」と、「教えてくれよ」と。
あの表情が、声が、頭を離れない。
悲しむサムを慰めようと側にいたのに、「いやあ、キース君!」と現れた男。
プロフェッサーと呼ばれる教官。
彼の自慢話に、大袈裟に騒ぐ生徒たち。誰もが自分をヒーロー扱い。
打ち消される優しいサムの感情。
とても冷静ではいられなくて。
堪えようとしても瞳が揺れてしまって、ついには頭を抱えて呻いた。
「やめろ。…やめてくれ、もう沢山だ!」と。
それすらも通じないかと思ったけれども、騒ぎを収めに来た警備兵たち。
彼らが皆を散らしてくれた。その代わりに…。
(サム…)
座り込んでいたサムも連れ去られた、その警備兵に。
マザー・イライザの指示で医務室に連れてゆくと。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
ミュウの長と名乗ったサムの幼馴染、彼の思念に晒されたから、と。
自分以外の者たちは全て、念のためにと医務室へ。
誰もが意識を失ったのだから、当然の処置ではあるけれど。
(…すまない、サム…)
お前の力になれなかった、と引き揚げた部屋。
サムが落ち着くまで、話を聞いてやりたかったのに。
ジョミーという名は何度もサムから聞いていたから、こんな時こそ。
「きっと何かの間違いだろう」と、「他人の空似だ」と、励ましてやって。
サムはジョミーが「あの頃の姿のままで、全然変わっていない」と言ったのだから。
そんなことなど、ある筈がない。
人は必ず年を取るのだし、ジョミーがサムと一緒だった頃の姿だなどと。
そう言ってやれば、サムは落ち着いただろうに。
「そうだよな」と頷いてくれたのだろうに、掛けてやる暇が無かった言葉。
プロフェッサーに、「早くみんなにヒーローの顔を見せてやれ」と促されて。
強引に連れてゆかれてしまって。
サムは心細そうに座り込んだままで、悲しそうに顔を覆っていたのに。
幼馴染と、ジョミーと名乗ったミュウとの間で揺れていたのに。
…見たものが信じられなくて。
モニターに映ったミュウの長のジョミーが、幼馴染だとショックを受けて。
(…本当にそうなのかもしれないが…)
たとえそうでも、「違う」と一言、自分が言ってやれたなら。
「まだジョミーだと決まってはいない」と、肩を叩いてやっていたなら。
サムのことだから、きっと、考え直してくれただろう。
「本当に人違いなのかもしれない」と、「他人の空似だ」と前向きに。
持ち前の元気と、明るさでもって。
…なのに、励ましてやれなかったサム。
医務室へ連れてゆかれたサム。
今頃はきっと、治療を受けているのだろう。
他の者たちよりも酷かった動揺、それを収めるための治療を。
(…薬は確かに効くのだろうが…)
それだけでサムが受けたショックが癒えるだろうか?
心の傷になってはいないか、あのミュウの長が。
まだ本当にサムの幼馴染だと、決まったわけでもないというのに。
何の証拠もありはしないのに。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
会ったこともないのに、すらすらと空で言えてしまう名前。
サムが何度も繰り返し話した、幼馴染のジョミーの名前。
(シロエにそっくりの目をしていた、と…)
そんな話さえ聞いたほど。
サムの一番の友達だったと、「また会えたら」と思っていると。
友達とは重要なものなのか、と遠い日にサムに尋ねたけれど。
あの時に初めて、ジョミーの名前を耳にした。
それからは何度聞いたのだろう。
ジョミーの名前も、サムの故郷での思い出話も。
だからこそ、サムの悲しみも分かる。
モニターに映ったミュウの長の少年、彼が本当にジョミーだったなら、と。
もしもそうなら、サムの幼馴染はもういない。
少なくとも、同じ世界には。
いつの日かサムが友として再び巡り会えるだろう、この世界には。
ミュウのことは殆ど知らないけれども、敵だから。
少なくとも、自分や訓練中の仲間は命を落としかけたのだから。
サムも含めて、一人残らず。
あのまま意識が戻らなかったら、惑星の地表に叩き付けられて。
幼馴染がどういうものかは、自分には分からないけれど。
成人検査よりも前の記憶を持っていないらしい、自分にはまるで謎なのだけれど。
「古くからの友達」だとは分かっているから、想像はつく。
自分の友達はサムだから。
(…幼馴染が敵だというなら…)
ある日突然、友達のサムが敵へと変わるようなもの。
それも自分を殺そうとする敵、危うく殺されかけたなら。
…サムが自分に刃を向けたら、自分もきっと、ああなるだろう。
嘆き悲しんでいたサムのように。
「なんで、あいつが!」と、「教えてくれよ」と、肩を震わせて。
冷静さの欠片も失くしてしまって、ただ繰り返すだけだろう。
「どうして」と、「サムはどうなったんだ」と。
…考えるほどに、悔やまれること。
サムの話を聞いてやれずに、励ますことさえ出来なかったこと。
(プロフェッサーさえ出て来なければ…)
あの手を振り払うべきだった。
プロフェッサーの機嫌を損ねて、自分の評価が下がろうとも。
(……すまない、サム……)
せめて今からでも見舞いに行かねば、面会許可が下りるようなら。
こういう時に駆け付けなければ、とても友とは言えないから。
(…行ってみようか…)
駄目で元々、と見回した部屋。
見舞いの品を持ってゆこうにも、生憎と何も無いのだが、と。
けれど…。
あった、と思い出した物。
サムに貰ったぬいぐるみ。
宇宙の珍獣シリーズと言ったか、レア物だというナキネズミ。
(…元気でチューか…)
そう言ってサムが励ましてくれた、シロエを殴ってしまった時に。
ぬいぐるみを握って、お辞儀をさせて。
「元気でチューか?」と。
そしてそのまま、貰ってしまったぬいぐるみ。
「やるよ」と、「それはお前のだから」と。
けれど、レア物のぬいぐるみ。お返しの品も持っていないから、と断ったら…。
「それじゃ、貸しってことにしようぜ」と笑ったサム。
「いつか俺がさ、元気を失くすようなことがあったら、返してくれよ」と。
そんな日は来ないだろうけれど、と。
もしも来たなら、その時に「元気でチューか?」と返してくれ、と。
(元気でチューか、か…)
今がきっと、サムが言っていた時。
サムが元気を失くしている時。
今こそ返すべきだろう。貰ったレア物のぬいぐるみを。
ナキネズミを持って、サムの所へ。
「元気でチューか?」とあれを返して、サムを励ます時なのだろう。
ジョミーのことは心配するなと、きっと何かの間違いだからと。
「元気を出せ」と、「あれは幼馴染のジョミーじゃない」と。
(…まさか返せる時が来るとは…)
貰いっ放しだと思っていたが、と取り出したナキネズミのぬいぐるみ。
幼馴染のことで悲しむ今のサムには、きっと効果がある筈だから。
友達の自分が励ましたならば、どんな薬よりも効くだろうから。
「…元気でチューか…」
上手くやれればいいんだが、とキュッと握ったぬいぐるみ。
サムを励ましてやりたいから。…さっき励まし損ねた分まで、駆け損なった声の分まで。
「元気でチューか?」とサムに返そう、このナキネズミのぬいぐるみを。
それだけでサムは、きっと笑顔になるだろうから。
「あの貸し、返されちまったか」と。
「俺としたことが」と、「やられちまった」と、きっと笑ってくれるだろうから…。
励ましたい友・了
※キースがやった「元気でチューか?」。サムには効果抜群でしたよね、「癒される」と。
『友の励まし』と対になっています、とうとう書いてしまったか、自分…。
(ふうん…?)
耳に入った噂話。
キースという名が聞こえて来たから、耳を澄ませていたけれど。
面白い、とクスッと笑ったシロエ。
どうやらキースは、振られてしまったらしいから。
(機械の申し子はダテじゃないってね)
思った以上に、人の心の機微というものに疎いらしい。
あのエリートの先輩は。
(彼女に逃げられてるようじゃ…)
話にならない、と心で嘲る。
メンバーズ・エリートを目指すのだったら、恋は要らないものだけれども。
このステーションでは恋は不要だとも言えるけれども、それはまた別。
人間としての質の高さで考えるなら…。
(彼女の一人も繋ぎ止められないエリートなんてね)
本当に笑い話でしかない、そんな愚かな男など。
しかもキースが破れたらしい恋のライバル、それは宙航の技師だという噂。
メンバーズどころか、宙航の技師。
パイロットにすらもなれなかった男、キースに勝利を収めた男は。
なんとも可笑しくて、馬鹿々々しくて。
部屋に戻っても、まだ可笑しさがこみ上げてくる。
宙航の技師に魅力で劣るエリート、そんな者が自分のライバルなのか、と。
(…とりあえず…)
亜空間理論と位相幾何学の成績は抜かせて貰った、間違いなく。
E-1077始まって以来の秀才、キースの成績を塗り替えてやった。
他の教科も、もちろん抜いてやるけれど。
(エリートってヤツは、勉強だけじゃあ…)
駄目ってことさ、と机の代わりに座り込んだ床。手にした工具。
此処に来てから作り始めたバイクの仕上げをしなければ。
乗って颯爽と走ったならば、きっと気分も晴れるから。
(息抜きも大切…)
特に此処では。
マザー・イライザが監視しているステーションでは。
勉強ばかりでは、本当にイライザの意のままになる人形だから。
それ以外のこともやってみなくては、やりたいことをやりたいように。
(…エネルゲイアの出身だったら…)
機械に強くて当たり前。
自分が育った故郷も意識しておきたいから、こうしてバイク。
工具を手にして作っていたなら、故郷にいるような気持ちだから。
その間だけは、懐かしい町へ心が飛んでゆくようだから。
(…キースなんかには負けないってね)
成績はキースに勝って当然、人間としてもキースに勝つ。
それが目標、いつかは自分が地球のトップに立つのだから。
器を大きく持っておかねば、人の上には決して立てはしないのだから。
(ぼくなら、彼女に振られるような無様な真似は…)
しないんだけどな、とクックッと笑う。
同じエリートが恋のライバルだったとしたって、振られた時には負けは負け。
いくら成績で勝っていたって、器では敵わないということ。
振られた相手が選んだ男に、まるで全く。
「成績は上だ」と叫んだ所で、魅力が無いと笑われるだけ。
なのに、振られてしまったキース。
よりにもよって宙航の技師と並んで秤にかけられて。
「要らない」とポイと捨てられたキース、宙航の技師の方が選ばれて。
もう可笑しくてたまらないから、早くバイクを仕上げなければ。
これが出来たら、きっと同期の候補生たちのヒーローだから。
誰もバイクを作れはしないし、乗って走りもしないから。
(女の子だって寄ってくる筈…)
日頃の彼女たちの言動、その辺りから考えてみても。
目新しいものが好きそうな少女、他の同期生たちに人気があるのも…。
(あの子だってね?)
きっと来るな、と思い浮かべたツインテールの少女。
同期生の中で一番人気の、クルンとした目の。
バイクを作り始めた時には、何も考えていなかったけれど。
出来上がったならば、彼女を乗せて走ってみようか、自分の後ろに。
そして振られたと噂のキースの前に、颯爽と。
バイクを作り始めた時の動機から、少し外れてしまったけれど。
エネルゲイアを懐かしんで走るつもりが、キースとの勝負になりそうだけれど。
それもいいか、と作り上げたバイク。
やっと出来たから、今日は早速試運転といこう、と繰り出した食堂。
案の定、皆に取り囲まれた。
同期生の男女にワッと囲まれ、質問攻め。
ツインテールの少女も出て来た、「乗せて、乗せて!」と。
一番人気の女の子だけに、男子の視線が一気に険しくなるけれど。
知ったことかと、「いいよ」と答えた。「後ろに乗って」と。
「危ないから、しっかり捕まっててよ?」と。
「うんっ!」と後ろに跨った少女。ツインテールの髪を揺らして。
抱き付くようにギュッと回された少女の両腕、「この野郎!」と睨む男子たち。
(…君たちに魅力が足りないからだよ)
何処かのキースと変わらないよね、とスイッとバイクで走り出す。
後ろの少女は、彼女などではないけれど。
二人きりで話したことなどは無くて、本当はどうでもいいのだけれど。
(ナンバーワンってトコが大切…)
誰もが羨む、今の自分がいるポジション。
男子に一番人気がある女子、それを後ろに乗せていることが。
キースには決して真似の出来ない離れ業。
自分ならこうして彼女も作れる、その気になりさえしたならば。
これを機会に「付き合わない?」と言いさえしたなら、後ろの少女は手に入るから。
そうやって走って、見付けたキース。
振られたと評判のキースがのんびり、友と座っているようだから。
すかさずバイクで横に乗り付け、インタビューよろしく問い掛けてみた。
二科目でキースの成績を抜いたと宣言してから、ついでのように。
なにしろ、腑抜けたキースときたら、成績の方で受けて立つ気は無いようだから。
張り合いが無いから、次はこっち、と。
「ところで、あなたの彼女は?」
そうしたら…。
「彼女? 誰のことだ?」
怪訝そうなキース、彼は自覚さえ無かったらしい。
彼の友人ですらも「スウェナか?」とキョトンとしている有様だから。
しかも「あいつがどうかしたのか?」とまで。
とっくの昔に、ステーション中にスウェナの噂が流れているのに。
宙航の技師と結婚すると、キースは振られてしまったらしいと。
キースが鈍いなら友人も鈍い、類は友を呼ぶと言うべきか。
(バーカ…)
そんな調子だから振られるんだよ、とツインテールの少女と顔を見合わせた。
「ね?」とばかりに。
「お二人とも、御存知ないんですか…」
呆れた、という口調で言ってやる。
「機械の申し子でも分からないことがあるんですね。いや…」
…機械の申し子だから、分からないのかな?
ふふっ、と笑ってまた走り出した、ツインテールの少女を乗せて。
同期生の嫉妬と羨望の眼差し、心地良いそれを浴びに行こうと。
(分かってないね…)
あの調子じゃね、とシロエはバイクで走り続ける。
こっちの面でもぼくの勝ちだ、と。
振られた自覚も無いらしいキース、何も分かっていないらしいキース。
宙航の技師に魅力で負けたと、まだ気付いてもいないのがキース。
それに比べて自分はと言えば…。
(今日からぼくの彼女なんです、って言うことだって…)
簡単に出来る、同期生に人気ナンバーワンの少女をあっさり手に入れることが。
面倒だからそれはしないけれども、望みさえすれば。
後ろの少女を誘いさえすれば。
勝った、と今日は爽快な気分。
バイクは出来たし、キースにも勝った。
最高の気分で初乗りが出来た、エネルゲイアと繋がるバイクの。
故郷で学んだ技術を生かして作り続けて来たバイクの。
これで何処までも走ってゆこうか、いつかは夢のネバーランドへも。
地球のトップに立った時には、これで故郷へ帰ろうか。
父の許へと、母の許へと、バイクを駆って。
「ただいま」と、「ぼくは帰って来たよ」と。
機械に命じて取り戻した記憶をしっかりと抱いて、懐かしい町へ、このバイクで…。
勝者のバイク・了
※放映当時に思ったこと。「シロエ、なんで女の子を乗せて走ってるわけ?」。
アンタそういうキャラだったのかよ、と印象には残ったんですが…。スミマセンです。
(…怯えた視線。何故、怯える?)
此処に、ソレイドに着いた時から気になった視線。
何故、とキースの意識は背後へと向く。
如何にも気の弱そうな青年。他に取り立てて特徴は無い。
自分はそんなに恐ろしそうに見えるだろうか。
(…冷徹無比な破壊兵器…)
そういう異名を取ってはいても、自覚はある。上辺だけだと。
本当に自分が冷徹無比な人間ならば…。
(……サム……)
この耳のピアス。
それを付けては来ていない。
友の、サムの血を固めたピアスなどは。
それでも怖く見えるのだろうか、と考えたから。
「ジョナ・マツカ。…此処へ配属されたばかりです」
よろしくお願いします、アニアン少佐。
敬礼したマツカと名乗った青年。
彼を無意味に怯えさせないよう、笑みを浮かべた。
さっきまでいた教育ステーションでの先輩、マードック大佐にも見せなかった笑みを。
「ああ、世話になる」と。
ただし、最前線でもあるソレイド。
自分が此処まで赴いた理由、Mの拠点が近いとの噂。
万が一ということもあるから、気付かれないよう引き締めた顔。
もしかしたら、この怯えた青年。
Mのスパイかもしれないから。…でなければ、自分に敵意を抱くM。
(ミュウだとしたら…)
対処法はもう分かっている。
彼らは心を読み取る生き物。わざと読ませてやればいい。
自分の思考を、言葉とは別に。
そういう訓練もメンバーズとして受けて来たから、容易いこと。
もしも単なる思い過ごしなら…。
(無駄に怖がらせては悪いからな)
だから、言葉では愛想よく。
さっきサムの名を思い浮かべたから、サムだと思って。
壊れてしまった今のサムなら、怖い人間は嫌いだろうから。
「二人の時はキースでいい」
少佐、と呼び掛けたマツカにそう返したら、またも「少佐」と呼んでしまって謝る始末。
本当にただの気弱な者かもしれないけれども、念のため。
(お前は誰だ?)
心の中でだけ尋ねた言葉。けれど…。
「テーブルにコーヒーを用意しておきました」
反応しなかったマツカ。なのに、一層、怯えた気配。
「気を遣わなくていい」
「いや、しかし…」
「私は客ではない」
そう言いながらも、わざと落としてみせた拳銃。
鍛え抜かれた軍人だったら有り得ないミス、それを床へと落とすなどは。
これも作戦、きっとマツカは拾おうと駆け付けて来るだろうから。
床の銃へと触れた途端に、その手に重なったマツカの手。
言葉にはせずに心で叱った。
(私に触れるな!)
「すみません、そんなつもりじゃ!」
返った答え。そして引き攣ったマツカの顔。
やはり、と撃とうとするよりも早く、マツカが放って来たサイオン。
壁へと叩き付けられたけれど、その程度で自分を倒せはしない。
力に抗って引いた引き金、倒れたマツカの襟首を掴み、突き付けた銃。
「こちらの心を読んだな。言え、どうやって成人検査をパスした!」
それとも、何百も年を誤魔化して潜り込んだミュウのスパイか!
そのどちらかだ、と考えたのに。
どちらにしたって、然るべき措置を。
ミュウは処分し、排除すべきだと自分の中で答えを弾き出したのに。
「ミュウ…。知らない…」
そう言ったマツカ。
嘘だと思った、当然のように。…そんなことなど有り得ないから。
けれど、外れてしまった読み。
マツカは本当に何も知らなかった。
ずっとマザーを騙し続けて来た、と放り出してやったベッドで震え続けたマツカ。
「こんな変な自分を、誰にも知られず済んだら満足だったんだ」と。
自分が突然変異種だと知らないマツカ。
人の心を読める力が、それのせいだということさえも。
ただ偶然の悪戯で成人検査をパスしただけ。…劣等生のふりをしていた憐れなミュウ。
(処分すべきだが…)
どうして自分は、黙って聞いているのだろう。
たかが一匹のミュウの嘆きを、と自分でも不思議に思っていた時。
馬鹿々々しい、と半ば自分にも向けて心で呟いた時。
「ぼくはそうなれなかったんだ!」
叫んで身体を起こしたマツカ。
(…シロエ…!)
不意に重なった、シロエの面影。
さっきマツカが肩を震わせて言っていた言葉は…。
(それぞれ個性は持っているのに、一つ、地球に関してだけは判で押したように…)
同じ反応をするようになる。
ぼくはそうなれなかったんだ、とマツカは叫んだ。
まるであの日のシロエのように。
「機械の言いなりになって生きることに、何の意味があるんですか」と笑ったシロエ。
そして続けた、「ぼくは許せないんだ!」と。
「正義面して、ぼくの大切なものを奪った成人検査がね」と。
テラズ・ナンバー・ファイブだけは許せないと、怒りを露わにしていたシロエ。
明確に過ぎたシステム批判。…要注意人物と見做されるどころか…。
「なるほど。…危険度第一級だな」
シロエと同じ。
方向性は違うけれども、マツカも、シロエも、その危険度は第一級。
あの後、シロエは宇宙へと逃れ、自分がこの手で撃ち落とした。
遥か後になってから、風の噂で聞いたこと。シロエはMのキャリアだった、と。
つまりはシロエもミュウだった。…だから消された。マザー・イライザに。
けれど、マツカは…。
どう扱うかは、自分の心次第。
誰もマツカがミュウだと知りはしないし、マザー・システムも気付いていない。
銃を突き付けられ、泣くだけのマツカ。
(…シロエとは全く違うタイプか…)
泣くことしか出来ない、弱いだけのミュウ。
何故か重なるサムの面影。…今の壊れてしまったサム。
今のサムなら泣くことだろう。こんな立場に追い込まれたならば、きっと怯えて。
かつて殺すしかなかったシロエ。
それから、今も友と思うサム。
二人の面影が重なるマツカ。
震え、涙を流す姿に、思わず失くしてしまった声。…「可哀相だ」と。
ならば、あの日のシロエの代わりに。
壊れてしまった友の代わりに、この青年を救ってみようか。
誰にも褒められはしないけれども、システムに逆らうことだけれども。
(だが、システムなど…)
最初から疑問だらけだから。けして正しいとは思わないから。
「…三時間もすれば痛みも痕も消える。…消炎にはDW005がいい」
胸に刻め。お前クラスの能力では次の機会は無い。
今度私にその力を使えば、必ず射殺する。
…そう言い置いて、踵を返した。
慌てて追って来たマツカに向かって、もう一発、さっきの衝撃弾を撃ち込んだけれど。
「私の後ろから近付くな」と。
もうそれ以上は、自分の与り知らぬこと。
(…ソレイドにMは一人もいない)
自分はMと出会っていないし、マツカはただの気弱な青年。
そういうことでいいだろう。
シロエが、サムが重なったから。
憐れで孤独なミュウの向こうに、二人の姿を見た気がするから。
だからマツカを咎めまい。
あの日、シロエが乗っていた船を落とすより他に道が無かった、候補生とは違うから。
今の自分はメンバーズ・エリート、部下を選んでいいのだから。
シロエが、サムが重なったマツカ。
彼を選ぼう、一人目として。
役に立つかは分からないけれど、今は自分の好きに出来るから。
たとえシステムに逆らおうとも、今なら自分の意志を貫く力を手にしているのだから…。
重ねた面影・了
※どうしてキースはマツカを見逃したんだろうね、と考えていたらこうなったオチ。
サムとシロエが重なっちゃったら、そりゃ、見逃したくもなりますよねえ…。
「なあ、キース。…ホントに何も覚えてねえのかよ?」
ある日、突然サムに問われた。
食事の途中で、まるで何かのついでのように。
「…何の話だ?」
自分は何かしただろうか、とキースは途惑ったのだけれども。
「悪ィ、言い方、マズかったよな」と頭を掻いたサム。
「前に言ってた話だよ。…成人検査よりも前のことは何も覚えていない、って」
言ったろ、お前?
本当に何も覚えてねえのか、少しくらいは覚えてるのか、気になってさ…。
ほら、普通は…って、お前、友達も覚えていねえんだっけ…。
「それは重要なものなのか」って、俺に訊いてたくらいだもんな。
でもさ…。
ちょっとくらいは、と問い掛けるサムは、心配してくれている顔で。
懐かしい記憶が何か無いのかと、次々と挙げてくれる例。
「キースだったら、やっぱり、学校かなあ…」
教室とかさ、先生とか。
覚えてねえかな、そんな感じで。
…俺だと叱られちまったこととか、勉強よりかはスポーツだけどよ。
お前だったら教室の前のボードとか…。お前が取ってたノートだとか。
それに教科書、と挙げて貰っても、どの例もピンと来ないものばかり。
(…教室に先生…)
どういうものかは分かるけれども、頭に浮かぶのは今の教育ステーション。
教科書もそうで、ノートも同じ。教室の前のボードにしても。
(…叱られたことも、スポーツも…)
何一つ思い出せない自分。
何処で教育を受けていたのか、どんなスポーツをしていたのかも。
(スポーツ…)
教育ステーションに来るよりも前にやるスポーツなら、何があっただろうか?
サッカーにテニス、それに水泳、と知識を反芻している内に。
そうだ、と思い付いたこと。
学校で習うスポーツなどとは、何の関係も無いのだけれど。
(……水……)
水泳という言葉で浮かんだ記憶。
あれを記憶と呼べるのかどうか、自分でもあまり自信が持てない。
けれど、ゴボリと湧き上がる気泡。
確かに自分はそれを頭に思い浮かべたし、あれはステーションに着いた日のこと。
目の前のサムと出会うよりも前に、ホールで見ていたガイダンス。
映像の中に現れた胎児、その先触れの水のイメージ。
(…水から生まれた、と思ったんだ…)
胎児も、地球の全ての命も。
あの映像の水に惹かれて、心を掴まれた気がした一瞬。
ほんの欠片に過ぎないけれども、きっと記憶の内なのだろう。
此処に来るよりも前に自分が見たもの。
もしかしたら、胎児であった頃に。
人工子宮の中にいた頃、まだ開いてもいなかったかもしれない目で。
(サムは笑うかもしれないが…)
話してみようか、あの水のことを。
きっと唯一の記憶だから。
ステーションに来るよりも前の、故郷にいた頃の自分が見たもの。
あまりに不確かで、夢だと一蹴されそうな記憶。
けれども確かに見たと思うから…。
「…一つだけ、無いこともないんだが…」
多分、笑うと思うんだが、と前置きをしたら「笑わねえよ」と唇を尖らせたサム。
「俺が笑うと思うのかよ? 訊いたの、俺だぜ?」
お前がハッキリ覚えてないなら、力になろうと思ってさ…。
俺の記憶も、成人検査を受けてから後は、曖昧になっちまっているんだけどな。
でもよ、お前よりマシだから。…こんなのだ、って手掛かりがあれば分かるかも、って。
どんな記憶か、言ってみてくれよ。
形でもいいし、色でもいいし。
そう言ってくれるサムは、本当に真剣だったから。
「手掛かりにもならないと思うんだが…」と切り出してみた。
「…水なんだ。ただ、水としか…」
「水?」
なんだよ、それ?
こう、一面の水なのかよ、と乗り出したサム。それなら海だ、と。
でなければ湖、そういったもの。故郷で見ていた景色なのでは、と。
「…違うと思う。…そうだとしても…」
見ていたと言うより、その中にいた。…水の中を泡が昇っていたから。
そういうイメージしか残っていない、とサムに明かした水の記憶。
ガイダンスで見て以来、気に入っていると。
だから自分の部屋の壁にも、水槽のイメージを投影したと。
そうしたら…。
「すげえや、キース! やっぱり、お前は並みじゃねえよな!」
俺なんかとは出来が違うぜ、とサムが指差した自分の頭。
「…凄いって…。サムの方がずっと凄いと思うが…」
色々なことを覚えているし、と記憶のことを褒めたのに。
「俺? …あんなの、誰でも覚えてるんだよ、友達だとか、学校とかは」
当たり前のことで、普通のことで…。
だけど、お前は最初のことをしっかり覚えていたってな!
だってそうだろ、誰だって最初は水の中だし。
…俺は忘れてしまったけどな、と残念そうなサム。
その頃の記憶が俺にもあったら、もっと成績良かったかもな、と。
「…あれが最初の記憶だと…? 笑わないのか…?」
勘違いだとか、思い違いだとか。
そう言われても、仕方ないんだと思っていたが…。
何処かで潜った時の記憶とか、そんな記憶の名残だろう、と…。
きっと笑われるか、思い違いだと諭されるか。
そんな所だと思っていたのに、サムは感動を覚えたようで。
しきりに「凄い」と繰り返しながら、自分のことのように喜んでくれた。
「それしか覚えていねえにしても…。良かったじゃねえか、一つあったぜ、お前の記憶」
ゼロってわけじゃねえんだよ。
…でもさ、他の奴らには言わねえ方がいいかもな。
なんか夢でも見たんじゃねえか、って真面目に取り合ってくれそうもねえし。
生まれる前の記憶なんてさ。…俺は凄いと思うけどな。
「…やはり言わない方がいいのか?」
「多分な。…忘れちまった、って方がマトモに聞こえるんじゃねえの?」
お前だけに、とポンと肩を叩いてくれたサム。
「頭のいいお前が生まれる前の記憶だなんて言ったら、きっと狂ったと思われるぜ?」と。
「そういうものか…?」
「それが俺だったら、笑い事で済むんだけどな」
他の記憶も山ほどあるから、夢でも見たな、って片付くからよ。
だけど、お前はやめとけよな。…「正気なのか」って顔をされそうだから。
そう忠告を貰ったけれど。
サムは笑いはしなかった。あの記憶を。
水の中にいたような気がする、たった一つの記憶のことを。
(…あれが、このステーションに来る前の…)
記憶なのだと、サムも認めてくれたから。
頼りないだけの水の記憶も、それなりに意味はあるのだろう。
自分は水から生まれたのだし、人は水から生まれるから。
あの記憶しか持たない自分も、ちゃんと生まれて来た証拠。
皆と変わらず水の中にいて、其処から生まれ出た証。
(…ぼくも、何処かで…)
水の中から生まれて来た。
そう考えると、安らぐ気持ち。あの水の記憶。
機械の申し子と呼ばれるけれども、やはり同じに人なのだから。
両親も故郷も何も覚えていないけれども、生まれる前の記憶なら持っているのだから…。
一つだけの記憶・了
※キースが持っている水のイメージ、考えようによっては「記憶」だよなあ、と。
これをシロエが知っていたなら、フロア001で高笑いは必至。
「キース先輩に助けられたな、シロエ」
そういう嫌味を言われたけれど。
シロエの耳には届いていないのと同じ。
意識はキースに向いていたから、歩み去る後姿を見ていたから。
(…キース・アニアン…)
あれがそうか、と睨んだ瞳。
視線で射殺したいかのように。
教育ステーション始まって以来の秀才、マザー・イライザの申し子のキース。
噂は前から聞いていたから。
嫌でも耳に入って来たから、何度となく。
(…キース…)
あんな奴か、と部屋に帰って思い返す顔。
何故、調べてもいなかったろうか、キースの顔を。
今日の諍いを止められるまで。
(あれにしたって…)
どうでも良かった、班のリーダーが誰であろうと。
「いつも勝手なことをしやがって」と怒ったリーダー。
採点がどうのと言っていたけれど、それは自分が言いたいこと。
「足を引っ張って欲しくないね」と。
実際、言ってやったのだけれど。
あんな連中と組まされていたら、ろくな成績にならないから。
(あいつらのせいで、ぼくが出せない点の分まで…)
余計な努力が必要になる。
高い評価を得たいなら。優秀な成績を収めたいなら。
このステーションでトップに立つこと、それが目標。
けれども、それはほんの手始め。
(…いつか地球まで…)
行ってやること、そして自分が地球のトップにまで昇り詰めること。
そう決めて、自分で思い定めて、今では思い詰めているほど。
それよりも他に道は無いから。
他に方法は無さそうだから。
(…このステーションも、マザー・イライザも…)
マザー・システムも、全てが憎い。
このシステムは、世界は歪んで狂ったもの。
機械が人間を支配するなど、どう考えてもおかしいから。
命さえ持っていない機械が、それが世界を我が物顔で支配するなどは。
(……ぼくの本……)
これしか持って来られなかった、と抱き締め、眺める大切な本。
両親がくれたピーターパンの本。
子供が子供でいられる世界が、ネバーランドが描かれた本。
其処へ行けると信じていた。
ネバーランドよりも素敵な地球へと、行ける方法があると言うなら。
きっとネバーランドにも行けるのだろうと、いつか行けると。
(…でも、ぼくは…)
騙されたんだ、と今も悔しくてたまらない。
地球へ行くための切符は手に入れたけれど、あまりにも大きすぎた代償。
このステーションに来られた代わりに、かけがえのないものを失った。
両親も、家も、育った故郷も。
思い出も、記憶も、懐かしい過去も。
何もかも機械が消してしまった、自分の中から。
何の役にも立ってくれない、頼りない欠片だけを残して。
いっそ、それすらも無かったならば、と何度思ったことだろう。
全てを忘れてしまっていたなら、どんなに楽に生きられたかと。
(でも、ぼくは…)
忘れたくなかったし、忘れられなかった。
陽炎のように儚くゆらめく、今は幻かとさえ思いそうな過去を。
其処に自分が生きていたことを、両親と共に暮らしたことを。
こうして懸命に繋ぎ止める日々、失くしてしまいそうなそれ。
ともすれば手放したくなるほどの苦しみと辛さ、消えてくれていたらと思うほどの記憶。
けれど、自分は忘れはしない。
こうして此処まで持って来た本、それが「特別」な証だから。
きっと自分は、他の者とは違うのだから。
どう違うのかと、どう特別かと、ピーターパンの本を抱き締めては考え続けて。
(…子供が子供でいられる世界…)
それを自分が作ろうと決めた。
機械に騙され、陥れられる憐れな子供たち。
そんな子供が生まれない世界、子供が幸せに生きてゆける世界。
本当に本物のネバーランドを作ってやろうと、そのために地球のトップに立とうと。
もう長いこと、空席だという国家主席。
それになったなら、システムを変える力だってきっと手に入る。機械を止めてしまえる力。
だから自分がトップに立つ。
まずは教育ステーションから。
最高の成績で此処を後にし、メンバーズへの道を歩んでゆく。
そう決めた時から、成績が全て。
友達は要らない、仲間だって。
自分よりも劣る人間たちと一緒にいたって、何の得にもならないから。
高みへと駆ける邪魔になるだけ、そうに決まっているのだから。
ステーションのトップに、そしてメンバーズに。
いずれは国家主席の地位に就こうと、がむしゃらに上げてゆく成績。
勉強することは苦ではなかった、それが一番の早道だから。
一日でも早く国家主席になること、このシステムを変えてやること。
そうすれば全て、後からついてくるのだから。
「ぼくの記憶を返せ」と機械に命令したなら、機械はそれを返すしかない。
国家主席の地位に就いたら、それが自分の最初の命令。
次は機械を止めること。
歪んだ世界を支配する機械、全てを歪める根源の悪を。
そして、自分のような可哀相な子供が二度と出来ない世界を作る。
本当に本物のネバーランドを、子供が子供でいられる世界を。
順調に上がり続ける成績、これでいいのだと思ったけれど。
もっと上をと、更に上をと目指す間に、何度も耳に入った名前。
(…キース・アニアン…)
教育ステーション始まって以来の秀才、マザー・イライザの申し子という呼び名。
彼を抜かねば、自分は地球のトップになれない。
国家主席の地位を目指すなら、キース・アニアンよりも上の成績を。
「ステーション始まって以来の秀才」は自分の方でなくてはならない、キースではなくて。
ネバーランドを作りたければ、このシステムを変えたければ。
(…あいつがキース…)
取り澄ました顔の上級生。
視線で敵を射殺せるならば、あの場で射殺したかったキース。
トップに立つのは自分だから。
マザー・イライザの、機械の申し子などとは違って、機械を嫌う自分がトップに立つのだから。
そうなった時の…。
(あいつの顔が楽しみ、かな…)
一日でも早く、それを見てみたい。
きっとそんなに遠い日ではない、彼の成績を抜いたなら。
彼が「負けた」と跪いたなら、彼を踏み台にして高みへと飛ぼう。
このステーションから、メンバーズの道へ。その先の国家主席の地位へ。
(……ネバーランド……)
ぼくが作る、とピーターパンの本を抱き締める。
いつか必ず、きっと、この手で。
システムを変えて、機械を止めて。
子供が子供でいられる世界を、自分の望みも叶う世界を。
懐かしい過去を、失くした記憶を、両親を、家をこの手に取り戻せる世界。
それを自分は作らなければ、それが自分の使命だから。
きっと自分は「特別」だから。
キース・アニアンなどよりも、ずっと。
あの取り澄ましただけの上級生より、きっと選ばれた存在だから。
(…今日まで顔も知らなかったし…)
調べようとさえ思わなかったのも、キースなど、きっと敵ではないから。
自分よりも劣る者のことなど、気にしなくていいということだろう。
それでも今はキースの方が一応は、上。
(…今の間だけね?)
今だけだよ、とクックッと笑う。
自分は特別な人間だから。
このシステムを変えるためにだけ、自分は生まれて来たのだから。
成績を上げて、メンバーズになって、きっといつかは地球のトップに。
国家主席の地位に就いたら、真っ先に憎い機械を止める。
ネバーランドを創り出すために、本当に本物の、子供が子供でいられる世界のために。
きっと、と抱き締めるピーターパンの本。
その世界をぼくが作ってみせる、と…。
作りたい世界・了
※成績優秀なのに、システムに対して反抗的。そんなシロエが優秀な理由が何かある筈。
システムを変えたいなら国家主席になることだよね、と思っただけです、ゴメンナサイ…。
