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水の記憶

(E-1077…)
 それが此処か、とキースは頷く。
 長い通路を歩きながら。
(…マザー・イライザ…)
 そう名乗った女性。
 ただし、人ではなかったけれど。
 教育ステーション、E-1077を統べるコンピューター。
 けれど、何故だか気味が悪いとは思わなかった。
 「そういうものか」と思っただけ。
 だから言われるままに歩き始めた、この通路を。
 新入生のためのガイダンスが行われると、教えられたホールに向かって。


 此処が何処なのか、それは分かっているけれど。
 宇宙港に到着して直ぐ、自分は倒れたらしいけれども。
 何も不思議に思いはしないし、不安に思う気持ちも無い。
 ガイダンスがあるホールへ、其処へ行かねばと、前へと進むだけのこと。
 他には特に思いなどは無くて。
 ホールに入って、ざわめく新入生たちを目にした時にも…。
(…あの場所がいいか)
 そう思っただけ。
 単に空いていて、見やすそうだと考えたから。
 それだけのことで、特に無い理由。


 そして始まったガイダンス。
 何の感慨もなく見ていたけれども、不意に懐かしく感じたもの。
 暗い水の中、湧き上がった気泡。
 それに心を掴まれた気がする、何故か、一瞬。
(水…?)
 何故、と思う間もなく、その向こうから現れた胎児。
 後は子供たちの育成に関する説明に変わり、懐かしむ声がホールに上がった。
 「赤ちゃん…!」と。
 「お父さん、お母さん…」と、「パパ」と。
 意味は分かるけれど、何の興味も湧かない言葉。
 けれど、新入生たちは…。
(…こちらの方が懐かしいのか…?)
 不思議だと思う、その感覚。
 ガイダンスでは「血縁関係の無い家族」と、はっきり言っているのに。


(水ならば分かるが…)
 地球は水の星らしいから。
 人類が最初に生まれた星は、水に覆われていたらしいから。
 だから自分も、それに反応したのだろう。
 退治の映像が浮かぶよりも前、暗い水の中からゴボリと上がった泡の形に。
 それが水だと気付いたから。
(…不思議だな…)
 ホールに集まった新入生たち、彼らには本質というものが見えないのだろうか?
 血縁関係の無い家族などより、水の方がずっと近しいのに。
 地球も胎児も、水に覆われているものなのに。
 「全ての者が等しく地球の子なのだ」と、ガイダンスの声も言っているのに。
 なんとも分からない、他の者たちの奇妙な思考。
 水よりも、血縁関係の無い家族。
 それに惹かれるらしい者たち。


 とはいえ、ガイダンスは上手い具合に出来ていると思う。
 水よりも家族がいいらしい者たち、彼らの心を捉えたから。
「なるほど…。こうして地球への慕情を抱かせ、自分の果たすべき役割を…」
 認識させるわけか、と納得した中身。
 自分にはピンと来なかったけれど。
 何処か違和感を覚えるけれど。
(…水の方が、ずっと…)
 地球にも人にも近しいと思う、そのせいだろうか。
 まるで感銘を受けなかったのは。
 手を取り合う仲間、それを探そうとも思わないのは。
 もっとも、わざわざ探さなくても…。


(サム・ヒューストンと言っていたな?)
 自分に声を掛けて来た者。
 丁度いいから、と手を差し出した。
 「キース・アニアンだ」と。
「あ、ああ…!」
 握り返して来たサム・ヒューストン。
 ステーションでの第一歩は、上手く踏み出せたのだろう。
 感じ方は皆と違うけれども、上々の出来。
 惹かれるものが水か、家族か、それだけの違い。
 …多分、きっと。


 ガイダンスの後で、サムと別れて向かった部屋。
 宇宙港で倒れた自分は、まだ自分の部屋を一度も見てはいなかったけれど。
(…これを好きなように変えられるのか…)
 ベッドの隣に設けられた壁。
 スイッチ一つで、どのようにでも。
 用意されているものが気に入らないなら、他のデータを探してもいい。
(壁のままでも、かまわないんだが…)
 元は壁だし、と順に切り替えていった映像。
 それが水槽に変わった瞬間、引き込まれた。
 シルエットの魚が何匹か泳ぐ、ただそれだけのものだけれども。
(……水か……)
 何故か惹かれる、あの時のように。
 ガイダンスで目にした、胎児よりも惹かれた水のように。


 これに決めた、と選んだ映像。
 懐かしく感じる水槽と魚。
 きっと魂の記憶なのだろう、人は水から生まれたから。
 水の星、地球が人間を創り出したから。
(…家族は少しもピンと来ないが…)
 水は好きだ、と幻のそれに手を伸ばしてみる。
 何処かでこうしていたように思う、そんな筈など無いのだけれど。
 けれど懐かしい、水というものが。
 家族などより、この水の方が。
(…いいものだな…)
 まるで吸い込まれるような気がする心地良さ。
 胎児の頃の記憶なのかと思うくらいに、水に惹かれている自分。
 ステーションで暮らす間は、ずっとこの水と過ごしてゆこうか。
 水槽と魚、それが一番安らぐから。
 何故か惹かれて、その中でずっと生きていたのだと、そんな気持ちまで抱かせるから…。

 

         水の記憶・了

※シロエが「殺風景な部屋ですね」と評したキースの部屋。「へ?」と首を傾げていた自分。
 水槽ってトコがキースらしいと思ったんですけど…。シロエ、気付かなかったんですか?





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