(…売らないと帰れないんだよね?)
これを全部、とジョミーが眺めるマッチの山。籠に山盛り、それを売らないと家に帰れない。家と言っても、怖い父親が思い切り番を張っているのだけれど。
(…逆らったら酷い目に遭うし…)
もう散々な目に遭っちゃったから、と思い出すのも情けない気分。父親のブルーは、それは厳しくてキツかったから。頑固ジジイと呼ぶのがピッタリ、そういう感じ。
(今日は大晦日なのに…)
しかも、とっくに暮れてしまって、街は夜。しんしんと雪が降り積んでゆく。
こんな夜でも、マッチを売らずに家に帰ったらブルーに張り倒される、と懸命に売ろうとするのだけれど。
「すみません、マッチを買ってくれませんか?」
ほんの一束でいいんです、と褐色の肌のガッシリした男の袖に縋ったら。
「ブリッジは火気厳禁だ! そんなモノが買えるか!」
キャプテンの責任問題だからな、と怒鳴り飛ばされた。買ってくれるどころか、大股で歩き去ってしまった男。肩章と緑色のマントまでついた、立派な服を着ているのに。
(…ぼくに怒鳴られても…)
そういうのはブルーに言って下さい、と心で泣きながら、呼び止めたジジイ。ツルリと禿げた頭だけれども、やたら偉そうなジジイなのだし、きっとお金もあるだろう。
「マッチを買ってくれませんか? 一束だけでいいですから」
「なんじゃと? わしにマッチを持ち込めと言うのか、機関部に!」
エンジンが火事になったらどうするんじゃ、と激怒したジジイ。機関部にマッチを持ち込んだが最後、エンジンはパアでワープドライブも駄目になるわい、と。
その上、「縁起でもないわ、この大晦日に!」と突き飛ばされて、派手に転んだ。
(……ジジイ……)
パワーだけは無駄にあるみたい、と雪の中に突っ伏したままで見送った。今度も駄目、と。
次に通り掛かった温厚そうな白い髭の爺さん、いけそうだと声を掛けたのに。
「マッチねえ…。子供たちが火遊びをしたら大変だからね」
船が燃えたらどうするんだね、と諭すような口調になった爺さん。子供たちは何でもオモチャにするから、マッチは危なくて持ち込めないね、と。
(…また売れなかった…)
雪はどんどん降って来るのに、寒くなってゆく一方なのに。気付けば凍えそうな寒さで、足元は裸足。いつの間にか靴を失くしたらしい。
(あの爺さんに突き飛ばされた時かな…?)
ブルーに知れたら、また叱られる、と泣きたいキモチ。叱られるだけで、きっと新しい靴などは買って貰えないから。
(これからは裸足でマッチ売りなんだ…)
冬はまだまだ厳しくなるのに、大晦日に靴まで失くすなんて、と悲しいけれども、全部売らないと帰れないのが籠の中のマッチ。
(でも、寒いし…)
足も冷たいから一休み、と家と家との隙間に座った。少しだけ軒が張り出しているから、頭の上に屋根がある気分、と。
(寒いよね…)
まるで売れないマッチだけれども、火気厳禁だの、船が燃えるだのと断りまくられてしまった危険なブツ。つまりは燃やせば火が出るわけで…。
(一本くらい…)
ちょっと温めるだけだから、と一本シュッと擦ってみた。小さくても火には違いないから。
(暖かい…!)
いいな、と冷えた手をかざした途端に、目の前に現れた立派なストーブ。温まれそう、と手足を近付けようとしたら…。
(あ…!)
消えてしまった大きなストーブ。代わりに燃え尽きたマッチが一本。
(…もう一度、ストーブ…)
暖かかったし、とシュッともう一本マッチを擦ったら、その光で透けた家の壁。大晦日の御馳走が並んだテーブル、それはまるで…。
(ママが作った料理みたいだ…!)
ブルーとセットのフィシスではなくて、本物のママ。もういなくなってしまったけれど。
ママの料理だ、と眺める間に、またまた消えてしまったマッチ。もっとしっかり、懐かしいママが作った料理を見たかったのに。
(…もう一度、ママの…)
料理が見たいよ、とマッチを擦ったら、光の中に浮かんだ家。厳しいブルーに捕まる前に、本物のママと暮らしていた家。パパも一緒で、幸せだった。本物のパパとママがいた家。
あそこに帰ろう、と駆け出そうとしたら、マッチの炎が消えてしまって…。
(……ママ、パパ……)
なんで、と見上げた空に流れた星。
「…今、誰かのサイオンが爆発したんだ…」
きっとそうだ、と思った理由は、前にみんなが言っていたから。
「あの子のせいで」と責められた自分。ブルーは大変な目に遭ったのだと、勝手に飛び出した挙句に成層圏まで駆け上がるなんて、と。
誰もが自分に厳しい世界。ブルーは怖いし、マッチも売れない。大晦日なのに、全部売らないと家に帰ってゆけないのに。…怖いブルーが番を張っている家だとしても。
(…もう一本くらい…)
夢を見たってかまわないよね、と擦ってみたマッチ。一瞬でも夢が見られるなら、と。
そうしたら…。
「ママ…!」
明るいマッチの光の中に立っている母。ブルーとセットのフィシスではなくて、本物のママ。
会いたかった、と喜んだけれど、マッチの炎が消えてしまったら、母だって消えてしまうから。
「待って、ママ…!」
お願い、ぼくを連れて帰って、とマッチを一束、思い切って擦った。大きな炎が出来るだろうし、ママはずっと側にいてくれるよ、と。
その炎の向こう、眩い光を纏った母が両手を広げて、「ジョミー!」と呼んでくれたから。
「ぼくも一緒に行くよ、ママ…!」
家に帰ろう、と抱き付いて、抱き締め返して貰って。そのまま天に昇ろうとしたら…。
「ジョミー・マーキス・シン。…不適格者は処分する!」
いきなり母の姿が変わった、奇妙に歪んだ顔の化け物に。何処から見たって機械でしかない、不気味な影を纏ったものに。
(……嘘……!)
テラズ・ナンバー・ファイブ、と悟った母の正体。どうしてこんなことになるのかと、母と一緒に家に帰れるのではなかったのか、と。
もう本当に泣きたい気分で、どうすればいいかも分からなくて…。
「嫌だーーーっ!!!」
こんなの嫌だ、と絶叫したら、パァン! と頬を叩かれた。「いい加減にしろ」と。
「……ブルー……?」
「いい夢だったかい? ジョミー」
ぼくの力は本当に残り少なくてね、と説教を垂れ始めたソルジャー・ブルー。このシャングリラを束ねている長、寝たきりと言ってもいいほどなのに。
(…こんな時だけ、無駄に元気で…)
でもって怖い、と頭を抱えるしかない、ブルーのベッドの枕元。青の間の奥。
来る日も来る日も此処に呼ばれては、昼間の特訓の成果を報告させられ、場合によっては厳しい説教。長ったらしくて終わりもしないし、ついついウトウトしてしまうわけで。
(……あのままママと行っていたなら……)
シャングリラから無事に逃げられたかな、と思うけれども、オチがあまりに酷すぎたから。
懐かしい母はテラズ・ナンバー・ファイブに化けてしまったから、あの夢だって…。
(…ぼくには似合いの結末なんだ…)
ママは迎えに来てくれないんだ、と自分の境遇を嘆くしかない。
幼かった頃に読んだ童話の通りだったら、母と天国に行けるのに。ハッピーエンドが待っているのに、どうやら自分には無いらしいから。
「ジョミー? 今、ぼくが言ったことを復唱したまえ!」
「えっ? え、えっ、待って下さい、ブルー!」
もう一回最初からお願いします、と土下座せんばかりのソルジャー候補、ジョミーの未来は大変そうで。マッチ売りの少女みたいな逃げ道さえも用意されていなくて、ただひたすらに…。
(…努力しろって?)
いつまで続くの、と号泣モードのマッチ売りの少年、いやソルジャー候補。マッチを売る方がずっとマシだ、と夢の中へと戻りたくても、今夜は逃がして貰えそうにない。
説教の途中で居眠ったから。挙句に素敵な夢を見過ぎて、ブルーに張り飛ばされたから…。
マッチ売りの少年・了
※どう間違えたら、ジョミーがマッチを売るんだか…。本気で自分が分からないです。
この時代でもマッチはあるんですかね、レトロ趣味な人向けに作ってるかな?
「え…? コーヒーがお好きなんですか?」
その時、自覚は無かったけれども、きっと輝いていたのだろう。
キースと共に向かった宙港、其処で出会った老人に向けたマツカの瞳は。
「少し外す」と出て行ったキースは、まだ戻らない。
何か急用でも出来たというのか、あるいは誰かに呼び出されたか。
一人ポツンと待っていた自分は、所在なげに見えていたのだろうか。
それとも心細そうだったか、声を掛けて来てくれた老人が一人。
国家騎士団の退役軍人、今は悠々自適の日々を送っているという。
あちこちの星へ、ふらりと旅して。
「君もコーヒーが好きなのかね?」
そう問われたから、頷いた。
この老人は、どうやら無類のコーヒー好きのようだから。
誰かにそれを話したいような、そんな気配がしてくるから。
彼の心を読まずとも。
「コーヒー」と口にする時の瞳、それに表情。
きっとコーヒーをこよなく愛して、あれこれと飲んで来ただろうから。
コーヒーと言えば、直ぐに頭に浮かぶのがキース。
何度聞いただろう、「コーヒーを頼む」という彼の言葉を。
その度に用意するのだけれども、感想を聞いたことなどは無い。
「美味い」とも、「これは不味い」とも。
淹れ直して来いとも、「これでいい」とも。
けれども、分かるものだから。
コーヒーを好んで飲んでいることも、それを傾ける時が好きだとも分かるから。
いつしか心を砕くようになった、「もっと美味しいコーヒーを」と。
それを飲む時のキースの表情、ほんの少しだけ和らぐ空気。
心を澄ましていたならば分かる、どの一杯が美味しかったのか。
キースが好む味はどれかと、好む熱さはどのくらいかと。
気付けば、すっかりコーヒーの虜。
自分はさほど好きでもないのに、より美味しくと重ねた努力。
キースが美味しく飲めるようにと、この一杯が役に立つのなら、と。
彼がその背に負っているもの、その荷を下ろすほんの一瞬。
直ぐにキースは背負い直すけれど、憩いのための僅かな時間。
それを作るのがコーヒーならばと、これで休んで貰えるなら、と。
だから、老人の話に輝いた瞳。
耳寄りな話が聞けるのではと、この老人はコーヒーが自慢のようだから。
「コーヒーはね…。美味しく淹れるにはネルドリップが一番だね、うん」
知っているかい、と訊かれて「はい」と答えたら。
「どのくらいの量を淹れるのかね」という問いが返った。
何人分を用意するのかと、一度に淹れるのはどのくらいかと。
「えっと…。ぼくが淹れるのは一人分ですから…」
そんなに沢山は淹れませんけど、とキースが出掛けた方へと自然に向いた目。
冷めたコーヒーなどは美味しくないから、いつもキースが飲む分だけ。
「なるほどねえ…。それも悪くはないのだけどね」
美味しく淹れるには、十人分は淹れないとね、と笑った老人。
贅沢だけれど、それに限ると。
「十人分…ですか?」
「そうだよ。さっきの彼が君の上官だね」
キース・アニアン上級大佐。知っているよ。
もちろん、彼を知らないようでは、今どき話にならないんだが…。
一人分を淹れていると言うなら、彼のために淹れているんだろう?
覚えておくといいよ、十人分だ。
余ったコーヒーは、他の部下にでもくれてやるといい。
大佐からだ、と勿体をつけて淹れてやったら、冷めたヤツでも喜ぶだろうさ。
そして老人は教えてくれた。
十人分を淹れるだけでは、まだ足りないと。
秘訣は、ネルドリップに使う生地。
十人分だから生地もたっぷり必要だけれど、一度目に淹れたコーヒーは捨てる。
生地の匂いがしみているから、勿体ないなどと思わずに。
勿体ないと思うのだったら、それこそ部下に飲ませるといい、と。
「それからね…。その生地を直ぐに使っては駄目だ」
お湯で煮るんだよ、二十分ほど。
ぐらぐらと煮立てて、お湯がすっかりコーヒーの色になるくらいまで。
生地にしみていた分のコーヒーだからね、それほど濃くはならないんだが…。
コーヒーの色だな、と思う筈だよ。やってみたなら。
その生地をしっかり絞って、乾かす。
これで出来上がりだ、ネルドリップのための用意はね。
そういう生地を準備したなら、今度こそ本当に十人分のコーヒーだ。
惜しみなく淹れて、最高の一杯を彼に運んで行くといい。
きっと美味しい筈だから。
…とはいえ、相手が彼ではねえ…。
多分、感想は聞けないだろうと思うがね。
試してみたまえ、と教えて貰ったコーヒー。
老人の名前を尋ねたけれども、「名乗るほどでもないよ」と微笑んだ彼。
「キース・アニアンに、私のコーヒーを飲んで貰えるだけでも嬉しいね」と。
光栄だよと、コーヒー党の軍人冥利に尽きるねと。
そうして、彼は「それじゃ」と悠然と歩き去って行った。
自分の乗る便が出るようだから、と。
入れ替わるように戻って来たキース。
「待たせた」とも何も言わないけれども、もう慣れている。
こういう時には、どうすればいいか。
「まだ、少し時間があるようです。…コーヒーを取って来ましょうか」
「そうだな、頼む」
ただ、それだけしか言われないけれど。
こんな宙港で出て来るコーヒー、そんなものでも、キースは何も言わないけれど。
(…美味しいコーヒーの方がいいですよね?)
きっと、と思うものだから。
この旅が済んで戻った時には、あのコーヒーを淹れてみようか。
さっきの老人に教わったコーヒー、ネルドリップで十人分だというものを。
それだけ淹れるのがコツだというのを。
(…セルジュやパスカルが困るでしょうけど…)
大佐からのコーヒーですから、冷めていたっていいですよね、とクスリと笑う。
キースが背負っている重荷。
それは誰にも背負えないから、代われる者などいはしないから。
せめて荷を下ろす間のほんのひと時、それを作れるコーヒーを淹れてみたいと思う。
感想などは聞けなくても。
「美味いな」と言って貰えなくても。
きっとキースが纏う空気で、ほんの微かな息だけで分かるだろうから。
「美味い」と思って貰えたのなら、もうそれだけで充分だから。
ネルドリップで十人分、と頭の中でコツを繰り返す。
秘訣は生地を煮ることだったと、二十分ほど煮て乾かして…、と。
最初のコーヒーは捨てるのだったと、勿体ないなら部下に飲ませろと言っていたな、と。
(…すみません、セルジュ…)
皆さんで手伝って下さいね、と思い浮かべるキースの部下たち。
美味しいコーヒーを淹れるためですからと、それにキースからのコーヒーですよ、と…。
習ったコーヒー・了
※マツカが退役軍人の老人に習ったコーヒー。実は管理人が習ったんです、つい先日。
この話じゃないけど、名前も聞けなかったご老人に。…ネタにしちゃってスミマセン…。
(…どうして、こういうことになるんだ…)
来る日も来る日も掃除ばかりで、とキースがついた大きな溜息。この無駄に広くてデカイ家は、と掃除するけれど、どうにもならない。
床を掃いたり、モップをかけたり。灰まみれになって暖炉の掃除もするのに、一向に終わらない仕事。なにしろ、綺麗に掃除をしたと思ったら…。
「おっと、すまない。手が滑った」
この床を拭いてくれたまえ、と銀色の髪に赤い瞳の偉そうなヤツが零した紅茶。どう見てもわざとやったというタイミングで、やらかしてくれた義理の兄貴のブルーときたら。
(何が、年寄りと女子供は丁重に扱え、だ…!)
義理の兄だから、年上ではある。それは当然だと思うけれども、年寄りというのが嘘くさい。おまけに女子供でもないし、丁重に扱う義理などは多分、ない筈なのに。
(…逆らったら後が無いからな…)
亡くなった母のイライザの代わりにやって来た継母、名はフィシスという。面影が母に似ているからと父が連れて来て、居座った女。デカイ息子を二人も連れて。
そのフィシスがまたキッツイ女で、父がポックリ亡くなった後はやりたい放題。贅沢三昧に暮らしているのに、自分の連れ子ばかりを可愛がっていて…。
「キース、こっちも掃除してよね!」
こんな床、ママが見たら怒るよ、と指差している義理の兄貴のジョミー。明るい金髪に緑の瞳のジョミーは人が好さそうなのに、生憎と外面だけだった。彼の兄貴のブルーと同じく。
(…全部、貴様がやったんだろうが…!)
歩きながらポップコーンを食べるな、と怒鳴りたいけれど、やってしまったら後が無い。継母のフィシスに聞かれたら最後…。
(晩飯は抜きで、今夜のベッドも無しなんだ…)
暖炉の灰にもぐって寝るしかないし、と嘆くしかない自分の境遇。なんだって父はこんな後妻を迎えたのかと、酷い兄貴を二人も増やしてくれたのかと。
まったく惨いと、きっと一生、灰にまみれて掃除の日々だ、と。
顔も思い出せない父を恨んでも仕方ないから、せっせと掃除。来る日も来る日も掃除ばかりで、義理の兄たちとキッツイ母とに苛められまくって過ごしていたら…。
(舞踏会だと?)
遥か遠くに見えるお城で、舞踏会が開かれるらしい。キッツイ母親はもちろんお出掛け、義理の兄貴も出掛けるという。自分も是非、と考えたのに。
「あらあら、キース。…あなたはブーツを持っていないじゃありませんか」
そんな靴でお城に行くのはちょっと、と継母のフィシスに笑われた。ブーツも履かずに舞踏会なんて、笑い物になるだけですよ、と。
「そうだろうねえ…。ジョミー、ブーツは大切だよね?」
「うん、ブルー。お城に出掛けて行くんだったら、ブーツが要るよ」
マントはともかく、ブーツくらいは…、と嘲笑う兄たち、彼らの足には立派なブーツ。銀の縁取りのブーツがブルーで、金の縁取りのブーツがジョミー。
そう、お城の舞踏会に行くとなったら、欠かせないのが正装なのに…。
(…ブーツどころか…)
まだ候補生の制服なんだ、と零れた溜息。モノトーンに近い配色の制服、なにしろ候補生だから。世で言う所のヒヨコなるもの、社交界デビューを果たしてはいない。
ゆえにブーツは履いていなくて、ごくごく普通の靴というヤツ。出世していけば、いつかブーツを履けるのに。二人の兄貴も履いていないような、ニーハイだって。
(…しかし、出世は…)
あの兄貴どもと、キッツイ母とがいる限り無理、と肩を落とした。一生掃除で終わるのだろうと、舞踏会なぞは夢のまた夢、と。
そうこうする内、やって来たのが舞踏会の日。継母と義理の兄貴二人は馬車でお出掛け、ポツンと家に取り残された。しっかり掃除をしておくように、と。
(…どうせ、こうなる運命なんだが…)
あの継母と義理の兄どもがやって来た時から見えていたが、と泣き泣き掃除をしていたら…。
「よう、キース! お前、舞踏会、行かねえのかよ?」
じきに始まるぜ、と現れた陽気な男。いったい何処から、とポカンとするしかないのだけれど。
「すまん、自己紹介、まだだったよな? 俺はサム。…サム・ヒューストン」
ちょっと魔法が使えるもんで、と笑顔のサムは、同じ候補生にしか見えないのに…。
「本当ですよ? サム先輩に任せておけば安心ですって!」
ぼくはシロエと言うんです、とサムよりも小さいのが現れた。セキ・レイ・シロエと名乗ったチビは、サムの手伝いをしているそうで。
「…お前が馬車を曳いてくれると?」
「嫌ですねえ…。ぼくは馬車なんか曳きませんってば、御者ですってば」
馬車を曳くのはネズミですから、と答えたシロエ。まずは馬車を曳かせるネズミを捕ること、それから馬車にするカボチャ。両方用意して下さい、と。
「…ネズミにカボチャか…」
よく分からないが、と思いながらも台所に出掛けて捕まえたネズミ。それとカボチャを抱えて行ったら、サムが「よし、いくぜ!」と取り出した杖を一振り。
アッと言う間に出来上がった馬車、シロエが手綱を握っている。サムがもう一度杖を振ったら、候補生の制服が一瞬の内に…。
(…ニーハイブーツ…!)
嘘だろう、と眺め回した国家騎士団の制服。これなら立派に舞踏会に…。
「行けるってもんだろ、楽しんでこいよ!」
ただし、俺の魔法は十二時までな、と手を振るサムに見送られて出発した。いざ、お城へと。
カボチャの馬車で辿り着いたら、誰よりも立派だったニーハイブーツ。
たちまち、主催の女王陛下に気に入られた。グランド・マザーと呼ばれる大物、周りの王国の王たちもひれ伏すと噂の女傑。
「よく来てくれた。こういう人材が必要なのだよ、私が国を治めてゆくには」
これからは私の右腕になって欲しいものだね、と陛下はいたくお喜びで。
(…やったぞ、私もついに出世を…!)
チラと見れば歯軋りしている義理の兄貴たち、アテが外れて怒りMAXといった継母。
魔法使いのお蔭で開けた出世街道、思わぬ幸運が転がり込んだ。陛下と何度も杯を交わして、国の未来を語り合ったけれど。
(…なんだって?)
頭の中に、直接響いたシロエの声。「魔法の時間が切れますよ!」と。
時計を見れば十二時になる前、このままではヤバイことになる。魔法が切れたらブーツも履けない候補生の身で、つまみ出されることは確実で…。
「陛下、失礼いたします!」
ダッと駆け出したら、またまたシロエの声が聞こえた。「靴を片方、落として下さい」と。
「靴!?」
「ええ、靴です。お約束ですから、靴を片方…!」
それを落として帰らないと未来が無いんですよ、と言われたけれど。
(…か、片方と言われても…!)
走りながら脱げるようなモノではないのがニーハイブーツ。早く脱げろと焦るけれども、普通の靴のようにはいかない。そうこうする間に迫る十二時、とうとうブーツを履いたままで…。
「戻りましたか、急ぎますよ…!」
サム先輩の魔法が切れますからね、と馬車を走らせるシロエ、お城にブーツを残し損ねた。ニーハイブーツは履いたままだし、そのまま魔法は切れてしまって…。
「キース、しっかり掃除するのよ?」
ブルーもジョミーもお城にお勤めなのですからね、と拍車がかかった継母の苛め。女王陛下のお気に入りだった、ニーハイブーツの男は見付からなかったから。
代わりに取り立てられてしまったのが義理の兄たち、出世街道を突き進んでいて。
(…ニーハイブーツ…)
あの時、あれが脱げていたなら、と思うけれども、過ぎてしまったことは仕方ない。魔法使いも呆れてしまって二度と来ないし、部下だったらしいシロエも来ないし…。
(人生、終わった…)
此処で一生、掃除の日々だ、と嘆いていたら、声が聞こえた。
「何か、お手伝いしましょうか?」
(…魔法使い…!)
その二というヤツが来てくれたのか、とガバッと暖炉の灰の中から飛び起きたら…。
「どうしたんですか、キース?」
驚かせてしまったでしょうか、と目を真ん丸にしているマツカ。国家騎士団の制服の部下。
(…ゆ、夢か……!)
夢だったのか、と見下ろした足元、ちゃんとニーハイブーツがあった。お城で落とし損なったことを嘆き続けていたブーツが。
(…いったい、今のは…)
何だったんだ、と思うけれども、ビッシリと額にかいている汗。
(とんだシンデレラもあったものだ…)
あのミュウの長にしてやられたか、とコツンと自分の額を叩いた。ヤツの仕業かと、メギドを沈めたついでにお見舞いされたのか、と。
(……まさかな……)
時限式のサイオニック・ドリームの類だろうか、と寒くなった背筋。やたらとリアルな悪夢だったし、ブルーとジョミーが義理の兄貴で、ミュウの女が継母だったし…。
(…こんな調子で次があったら…)
どんな目に遭わされることだろうか、と情けない気持ち。ブーツを持たないシンデレラの次は、白雪姫が来るだとか。眠り続けるオーロラ姫とか、気付けば人魚姫だとか。
(あの野郎…!)
よくも、と拳を握り締めるけれど、どうにも取れない夢の確認。
ミュウの元長にしてやられたのか、自分が勝手に見た夢なのかが。
(…マツカに見せたら、分かるんだろうが…)
それもなんだか情けないから、弱みは見せたくないものだから。
(……頼むから、来るなよ……)
お伽話シリーズは勘弁してくれ、と呻くキースは、夢が相当に嫌だったらしい。ニーハイブーツを脱ぎ損なって出世街道を転げ落ちるのも、ブルーとジョミーに苛められるのも。
(…あれがサイオニック・ドリームならば…)
残りは何発あるのだろうか、とキースを怯えさせる悪夢は、自己責任というヤツだった。ミュウの長は何もしてはいないし、時限式も何もないのだけれど。
(…人魚姫よりかは、白雪姫の方が…)
いくらかマシだ、などと考えているから、自己責任で次が絶対無いとは言い切れない。夢は意のままにならないからこそ、夢だから。
とんでもないことが起こってしまって、ガバッと起きるのが悪夢だから…。
シンデレラのブーツ・了
※馬鹿ネタも此処に極まったよな、という感がある気がしますけど…。シンデレラのブーツ。
思い付いたネタは書くのがポリシー、だってホントに、偉い人ほどブーツなんだもの…!
「付き合っている人間を見れば、その人間の程度が分かる」
あんな人と行動を共にしていたようじゃ、あなたも大したことないのかも…。
ぼくの敵じゃあ……なかったかな?
フッ、と皮肉に笑ったシロエ。
その顔が、声が頭から消えてくれない。…何故、と自分に問い掛けても。
(分からない…。スウェナの気持ちも、サムの気持ちも)
ちゃんと分かっているつもりなのに、とキースが噛んだ自分の唇。
いっそシロエの言葉通りに、切り捨てられたら楽なのだろうに。
スウェナは「あんな人」だったから、結婚して去って行ったのだと。
エリートコースを自ら外れるような人間、ただ挫折しただけなのだと。
(だが、スウェナは…)
挫折するような心の弱い人間ではない、それだけは確か。
芯が強くて意志も強くて、勝ち気で、それに男勝りで。
高く評価をしていたからこそ、友だと思っていたスウェナ。
なのに、彼女に投げ付けられた言葉。
「あなたには、分かってなんか貰えないわよね」と。
サムもスウェナと同じに怒った、「スウェナの気持ち、お前には分かんねえのかよ!」と。
肩を震わせて憤っていたサム。
「この間は言い過ぎた」と今日、謝ってくれたけれども。
スウェナを乗せてステーションを離れてゆく船、それを二人で見送った時に。
同郷だったスウェナが、思い出そのものだったかのように語ったサム。
微かに残った故郷の記憶が、スウェナと一緒に消えてゆくような気がすると。
(…記憶は、やはり大切なのか…)
自分は持たない、故郷や幼馴染の記憶。
何かが欠けているような気持ちが、胸をチクリと刺した瞬間。
…飛び込んで来たのがシロエの言葉。
「結婚なんて所詮、ただの逃げ」と、「挫折でしょ」と。
まるでスウェナを侮辱するように。
あからさまな挑発、それに乗りかけたサムを制したら、ぶつけられた嘲笑。
「ぼくの敵じゃあ、なかったかな?」と。
シロエが自分を敵視しようが、それまでは無視していられたけれど。
あまりに悪すぎた、あのタイミング。
自分の心が揺れていた時に、余裕の笑みを浮かべたシロエ。
「あんな人」とスウェナを評価して。
スウェナと直接話したことさえ無いのだろうに、見下し、馬鹿にし切った声で。
(…あいつには分かるとでも言うのか?)
自分には分からない、スウェナの気持ちが。
スウェナが「結婚する」と打ち明けるよりも前に、「あなたの彼女は?」と訊いて来たシロエ。
「機械の申し子だから分からないのかな」とも言われた、同じ時に。
ならばシロエには分かるのだろうか、スウェナの、それにサムの気持ちが。
「あんな人」とスウェナを嘲笑うくせに、心は分かると言うのだろうか。
だとしたら、シロエの方が上。
人の心を知るというのも、エリートには必須の能力だから。
相手の気持ちを推し量ることも出来ないようでは、部下など持てはしないのだから。
(…ただの部下なら持てるだろうが…)
優秀な者はついては来ない、と何の講義で聞いたのだったか。
エリートたる者、部下の心を掴めなければ、けして昇進出来はしないと。
自分を補佐する有能な部下を使いこなすのも、メンバーズの出世の条件なのだと。
ならば自分はエリート失格、スウェナの気持ちも、サムの気持ちも分からないから。
シロエには分かるらしいのに。
…遥かに年下の候補生でも、ちゃんと分かっているらしいのに。
その日から乱れ始めた心。
夜には早速、マザー・イライザが部屋に現れた。
「何か悩み事でもあるのですか?」と。
コールよりかはマシだけれども、その前段階とも言える出現。
自分の脳波はそんなに乱れていたのだろうか、と愕然とさせられたイライザの姿。
(…落ち着かないと…)
でないと本当にエリート失格、自分の心も上手くコントロール出来ないようでは。
シロエが言った通りの結末、「ぼくの敵じゃあ、なかったかな?」と。
本当に全てシロエに抜かれる、ステーションでの成績や評価。
先に卒業してゆく自分は、その時点でのトップだったということになってしまうだけ。
シロエが卒業するよりも前に、教官たちは挙って彼を称え始めることだろう。
「ステーション始まって以来の秀才」と、「マザー・イライザの申し子のようだ」と。
そしてシロエは勝ち誇るだろう、いくらシステムを嫌っていても。
反抗的だと言われていようが、要注意人物とされていようが、優秀ならば許されるから。
現に自分も、システムの全てを信頼してはいないから。
(…シロエに抜かれる…)
もしも自分が、乱れた心のままならば。
スウェナの、サムの気持ちが分からず、シロエに劣るようならば。
これではシロエの思う壺だ、と自分でも分かっているのだけれど。
どうにも抑えられない苦しさ、解けないままで抱えた難問。
スウェナは、サムは、何を思って、どう考えて自分を詰ったのか。
何をどうやったら、自分はそれを読み解けるのか。
分からないから、駆け巡る疑問。それに引き摺られて乱れる心。
抑え切れない自分の感情、けして表には出さないけれど。
(…どうして、シロエにも分かるような事が…)
自分には全く分からないのか、自分には何が足りないのか。
知識か、それとも自分は持たない過去の記憶が鍵なのか。
記憶だったら手も足も出ない、自分は持っていないのだから。
過去に戻って取り戻そうにも、タイムマシンと呼ばれる機械はまだ無いのだから。
(タイムマシンか…)
何処で知ったか、お伽話のような機械の名前を。
本で読んだか、サムに聞いたか、小耳に挟んだ言葉を自分で調べたか。
それがあったら乗って行きたい、自分が忘れた過去を探しに。
落としてしまった大切な鍵を、解けない疑問を解くための小さな鍵を拾いに。
タイムマシンがあったなら、と思ったはずみに浮かんだ気晴らし。
何か本でも読めばいい。
まだ読んだことのない本を何か、勉強ではなくて娯楽用の本。
そんな本など、自分から読みはしないから。読みたいと思うことも無いから。
(適当に…)
ステーションで人気の作品でも、と部屋からアクセスしたライブラリー。
一番人気の一冊がいいと、それでも読めば気分が変わると。
タイトルさえも確認しないで、表示された文字を追い始めて。
非現実の世界に入り込んでいたら、主人公の少女がこう言った。
「可哀相な人。…自分の尺度でしか物事を測れないのね」と。
その瞬間に引き戻されてしまった現実。
図らずも、現実にはいない少女に言い当てられた、自分の現状。
(…自分の尺度でしか…)
それが真実なのだろう。
自分の尺度で測っているから、スウェナの、サムの心が見えない。
シロエでさえも、自分の尺度と違う尺度で測れるのに。
器用にやってのけているのに、それが出来ない劣った自分。
マザー・イライザは何も言っては来ないけれども、薄々気付いているかもしれない。
自分よりもシロエの方が上だと、言動はともかく能力では、と。
(どうすれば…)
測れるというのか、別の物差しで。自分の尺度以外のもので。
それが分かれば苦労はしない。
非現実の世界の少女さえもが、サラリとそれを言ったのに。
驚いたはずみに消してしまって、本のタイトルも分からないけれど。
疑問は解けずに、抱え込んだまま。
違う物差しは見付からないまま、気晴らしの本もウッカリ読めない。
迂闊に読んだら、別の言葉で心を抉られそうだから。
たまたま選んだ一冊でさえも、主人公の少女に憐れまれたから。
(分からないままでシロエに負けるのか…?)
いつか追い抜かれてしまうのだろうか、ステーションでの成績を。
メンバーズになったシロエが自分を使うのだろうか、より重要なポストに就いて。
(そんな馬鹿な…!)
有り得ない、と思うけれども、日毎に大きくなってゆく焦り。
明らかに落ち着きを失った自分、幸い、誰も気付かないけれど。
今の所はまだ表れていない影響、けれどもいずれ出始めるだろう。
このまま心が乱れ続けたら、落ち着かない日々が続いたら。
(…心理的ストレス…)
それだ、と自分で下した診断。
ならば解消すればいい。
あの日は本を選んだばかりに、失敗して酷くなっただけ。
もっと自信を持てそうなもので、気晴らしが出来ることといったら…。
(何があるんだ…?)
気晴らしなどに馴染みが無いから、調べてみたら「ゲーム」という文字。
(レクリエーション・ルームか…!)
あそこへ行けば、と思い出した場所。
確かエレクトリック・アーチェリーのゲームがあった筈。
明日にでも行こう、ゲームではなくて訓練でやって、好成績を出したことがあるから。
的を射抜いたら、爽快な気分になれるから。
(あのゲームがいい…)
それにしよう、と決めた気晴らし。
きっと心が晴れるだろう。
幾つもの的を射抜いていったら、ゲームに夢中になったなら。
(考えても分からないことも…)
解けるかもしれない、無心に的を射抜いていたなら、思わぬヒントが降って来て。
皆が興じるゲームをしたなら、違う物差しが見えて来て。
そうなればいいと、自信を取り戻して強くあろうと、部屋で構えを取ってみる。
こう引き絞って、こう放って、と。
的に向かって飛んでゆく矢を、わだかまる疑問を打ち砕く一矢を思い描きながら…。
解けない疑問・了
※なんだってキースがゲームなんかをやっていたんだ、と考えていたらこうなったオチ。
ストレス解消、なのにシロエがノコノコと…。そりゃあ勝負を始めるよね、と。
(メリー・クリスマス…?)
今更、クリスマスも何も…、と首を捻ったアルビノの人物、実はかなりの有名人。
名前はソルジャー・ブルーという。今も「ソルジャー」とつくかどうかは、謎だけれども。
どうして今頃クリスマスカードが、と彼が悩むのも無理はなかった。とっくの昔に死んでいる上、心当たりがゼロの差出人。何故、彼から、と。
(サンタクロース…)
名前くらいは知っているものの、死後の世界にいそうにはない。きっと何かの間違いだろう、とカードをポイと投げたゴミ箱。間違いにしても、返す先など分からないから。
とりあえず、ゴミ箱はあるらしい。死後の世界にも。
ブルーがカードを捨てていた頃、同じく頭を抱える男が約一名。国家主席まで務めた人間、こちらも相当、名高い人物。
(メリー・クリスマスと言われても…)
死んでからかなり経つのだが、とクリスマスカードを眺めるキース。差出人はサンタクロースで、冗談だとしか思えない。
(地球が滅びてから、何年経つと思っているんだ…!)
サンタクロースも地球と一緒に滅びた筈だ、と唸るキースは全く知らない。死後の世界に時間なんぞは無いことを。縦、横、斜めと交わりまくりで、カオスになっていることを。
ついでに言うなら、キースが「滅びた」と言い切った地球。それはコッソリ蘇っていた、青い姿に。昔の話は忘れましたと言わんばかりに、それは美しく。
(…誰がこういう悪ふざけを…)
知らん、とキースもカードを捨てた。死後の世界でも、健在らしいゴミ箱へ。
二人の人物がクリスマスカードをポイ捨てした頃、やはり同じに悩める少年。僅か十四歳で夭折したシロエ、破格の若さ。
(…メリー・クリスマスって…)
ピーターパンなら良かったんだけど、とぼやくシロエは若い分だけ夢が大きい。サンタクロースよりもピーターパンの方が良かった、と思う彼にも届いたクリスマスカード。
(どうして、サンタクロースから…?)
ぼくは北国よりネバーランドが好みで、とガン見してみても、差出人はサンタクロース。
(サンタクロースの国って、思い切り寒くて、雪だらけで…)
殆ど北極だったんじゃあ…、と彼もポイ捨てしたカード。死後の世界でも、ゴミ箱はアリ。
これで三人が捨てたけれども、侮るなかれ。クリスマスカードを捨てた人間は、他にも山ほど。そして北極に近い北国、其処でサンタクロースがバンザイしていた。万歳三唱、空に向かって。
「これでプレゼントを届けられる!」と。
なにしろ、本当に困った事態だったから。
(せめてクリスマスには、とお願いされても、難しくてねえ…)
サンタクロースが音を上げたものは、同人誌。薄い本という隠語で呼ばれるブツで、それが欲しいと願う人間がいるわけで。
(本当に本物の子供だったら、神様も力を貸して下さるのに…)
身体は大人で、中身が子供の場合はちょっと、とサンタクロースはブツブツと。
夢はたっぷりあるようだけれど、その子供たち。8年も前に放映終了のアニメ、それを未だに追っているのは、永遠の子供な証拠だけれど。
(欲しがるものが半端に大人で…)
R指定のBL本などと言われても…、と禿げた頭が更にツルリと禿げそうなくらい、悩みまくっていた、この季節。
ハタと閃いた凄い名案、餅は餅屋と言うのだから。
(本家本元に丸投げすれば…)
完璧というものじゃないかね、と大きな身体を揺すって笑った。自分が配るのは嫌だけれども、部下を任命すればいい。臨時雇いのサンタクロースを、そのためにだけ。
かくして、クリスマスカードを山ほど、ホホイのホイ、と配りまくったサンタクロース。
その正体は、なんと召喚状だった。貰った人間がポイと捨てれば、サンタの国への入口が開く。ポンと開いたら、問答無用。アッと言う間に吸い込まれる仕組み、北の国へと御案内。
だから…。
「メリー・クリスマス!!!」
おいでませ、サンタワールドへ! と満面の笑みのサンタクロースに、ハグで歓迎されてしまった面々。8年ほど前に「地球へ…」というアニメにハマった人なら、「マジで!?」と目を剥く、それはゴージャスで、豪華なメンバー。
ソルジャー・ブルーに、ジョミー・マーキス・シン。キース・アニアンもいれば、シロエに、マツカにトォニィなどなど。登場人物は全員揃っていそうな勢い、北の国へと呼ばれた面々。
全員をハグしたサンタクロースは、真っ赤な衣装で、ご機嫌で。
「ようこそ、サンタクロースの国へ! 君たちを今日から、サンタクロースに任命しよう!」
メリー・クリスマス! と、一瞬にして、全員に着せられた真っ赤な衣装。頭の上には真っ赤な帽子で、これぞサンタのコスチュームで。
「おい、オッサン! 何の真似だよ!」
オレンジ色の髪と瞳の、血気盛んなトォニィが掴みかかろうとしたら。
「ホッホッホッ…。君たちは臨時雇いのサンタクロースで、ちゃんとトナカイの橇もあるから」
一人に一台用意したから、頑張ってプレゼントを配ってくれたまえ、とボワンと出て来た真っ白な袋。いわゆるサンタの袋が山ほど、中身は入れてあるようで。
「これを君たちが持ってくれれば、中身がプレゼントになるのだよ。萌えのパワーで」
「「「萌え?」」」
何のことだ、と驚く面々、サンタクロースの方はシラッと。
「薄い本が山ほど入っていてねえ…。貰う人間のニーズに合わせて、萌えも色々…」
配りに出掛けてみれば分かるよ、とニッコニコ。
袋を開けて自由に読んでみるも良し、見ないで配って歩くのも良し。クリスマスまでは、まだ充分に日にちがあるから、ご自由にどうぞ、と。
「これの中身が、本なんだって言われても…」
薄い本って何なんだろう、とサンタ姿のジョミーが悩む、パチパチと燃える暖炉の前。
「クリスマスまで好きに使っていいよ」と、サンタクロースが案内してくれた、とても居心地のいい館。部屋数は充分、こんな大きな広間まで。
「さあねえ…。三百年以上も生きたぼくの知識にも、入っていないね。…薄い本というのは」
萌えだって、とブルーが頭を振っている横で、キースが仏頂面で。
「無駄に長生きしたわけか。伝説のタイプ・ブルー・オリジンは」
「そういう君こそ、マザー・イライザの最高傑作…だったと思ったけどねえ?」
君の知識も大概だねえ、とやっているのを、横目で眺めるシロエやサム。
「…サム先輩。どうなんです、これ?」
「開けて読んだら、分かるんじゃねえかと思うけどなあ…」
でも…、と腰が引けているサム。自分の袋をチラ見しながら。
開けて読むのは自由だけれども、開けたら最後。…何故だか誰もが、そう思う袋。
なんだか不幸になりそうだから、と悩めるサンタクロースの集団。
自分たちが配る、本の中身は気になるけれど。本当にとても気になるけれども、そこで袋をバッと開いて、読んでみようという勇者。それが一人もいない集団、つまりはチキン。
「…どけーい、ヒヨッコども! …と、私も言いたい所なのだが…」
メギドに突っ込む勇気はあっても、この袋を開ける勇気はちょっと、とコケた鶏。チキンの中でも期待の鶏、マードック大佐も逃げる有様。そんな袋だから、もう誰一人として開けられなくて。
「そういえば…。どうして、女の人がいないんでしょう?」
不思議ですね、と見回すマツカ。どういうわけだか、女性が一人もいなかった。ただの一人も。
「それが余計に不安な所じゃ。きっと、ロクでもない中身なんじゃ!」
開けて読んだら、目が潰れるのに違いない、と大袈裟に震えるミュウの長老。彼の名はゼル。およそBLとは無縁っぽいのに、ゼルの本まであるらしい。萌えは色々、ニーズも色々。
必要な面子は漏れなく揃える、それがサンタクロースの戦略で…。
ありとあらゆる、萌えなキャラたち。受けだの攻めだの、総受けだのと、それは色々。薄い本が欲しい人の数だけ、萌えの数だけ、BL本が詰まった袋。カップリング乱舞、そういう感じ。
サンタの衣装を着込んだ面子は、一人残らず、自分を描いたBL本を背負って配る運命だった。サンタクロースに託された袋、それへと注ぎ込まれた萌えを。
「食料に困らないのは有難いが…」とキャプテンらしい台詞を吐くハーレイも、こんな時にも気配りのリオも、サンタに袋を任されている。薄い本がドッサリ入ったヤツを。
とはいえ、衣食住には困らないのがサンタワールド。
ちょっと気の早い、クリスマス料理が食べ放題。ホットワインも飲み放題だし、外は大雪でも、館の中には温かい暖炉。
袋の中身を気にしないのなら、至極快適。サンタワールドは、そういう所。
サンタクロースは気前が良かった、けしてケチりはしなかった。臨時雇いのサンタクロースでも、トナカイなんぞは初対面だという面子でも。
そう、トナカイ。たまに窓の向こうを通ってゆくから、面通しだけは済んでいるものの。
「トナカイの橇か…。そんな乗り物は未経験だが」
メンバーズの訓練メニューにも無かった、とキースが愚痴れば、「落ちても別に死なないし」とジョミーがマジレス、そういう暮らし。
かつての敵は今日の友達、サムが言わずとも「みんな友達」、ワイワイやっているけれど。
サンタクロースの服を纏って、クリスマスを待つ日々だけれども。
「あの袋…」
何が入っているんでしょうか、と口にしかけたマツカに、「シーッ!」と「黙れ」の嵐。覗きたいなら止めはしないが、中身は決して口にするなと。嫌な予感がするから、と。
「そ、そうですね…。サンタクロースは、とにかく配ればいいんですしね」
どうせ臨時雇いのサンタクロースなんですから、とマツカは疑問をブン投げた。窓の向こうの雪の中へと、エイッと、消えろと。
もうサックリと捨てたマツカが、担当しているサンタの袋。中を覗けば後悔は必至、ギッチリ詰まったマツカ受けの本。ひっそりとマツカ攻めなどもあった、相手はドMなキースだとかで。
他の面子の袋も同じで、凄すぎるラインナップだけれど。どんなニッチなカップリングも見事にカバーで、R指定のレベルも色々なのだけど…。
誰も袋を開けてみようとしなかった。体当たりが売りのマードック大佐も、命なんぞはメギドに捨てた、なミュウの元長も。
見るな触るな、口にするなとサンタの袋を避けまくる内に、ついに来た出番。サンタクロースが走るクリスマス・イブで、ボスな上司がやって来て。
「では、君たち。メリー・クリスマス!」
頑張って配って回りたまえ、と激励されたプレゼントの山。薄い本とやらが詰まった袋。
配り終わったら、君たちにもクリスマスプレゼント! とサンタクロースが約束したのは、夢のハッピーエンドというヤツ。
トナカイの橇が、運んで行ってくれる地球。青い地球での新しい人生、それが御褒美。
「そうだったのか…。地球に行けるのか」
頑張らないと、とブルーが担いで橇に乗り込む袋。それの中身は強烈だった。ブルー総受けからブルー攻めまで、ギッシリ詰まっている袋。本人は何も知らないけれども、エロすぎる中身。
「ふん、ようやっと行けるようになったか。有難いと思うんだな、ソルジャー・ブルー」
私も仕事を頑張らねば、とキースも乗り込むトナカイの橇。これまた凄い中身の袋を背負って、颯爽と。「アドスが一番、サンタクロースが様になるのが…」癪だな、などと言いながら。
元老アドスまでがサンタの衣装で、トナカイの橇でスタンバイ。彼が背負った袋の中にも、凄い本が溢れているらしい。アドスの相手はキースはもちろん、ブルーだったり、ジョミーだったり。
「何なんだろうね、この面子…」
まあ、楽しくはあったんだけどさ、とジョミーが別れを惜しむサム。それにシロエも。それぞれトナカイの橇に乗り込み、後は出発を待つばかり。誰もが凄い中身の袋を背負って、本人は中身を知らないままで。
「「「メリー・クリスマス!!」」」
サンタクロースのボスの合図で、一斉に飛び立つトナカイの橇。地球で会おう、を合言葉に。
シャンシャンと賑やかに鈴を鳴らして、サンタクロースな面々を乗せて。サンタワールドの雪景色を後に、クリスマス・イブの空に向かって。
そんなわけだから、「地球へ…」でBL萌えな人の枕元には、クリスマスの朝にプレゼント。
目覚めた時には、きっと一冊、薄い本。御贔屓のキャラが夜の間に、そっと届けてくれるから。
ただし、彼らは初めて開ける袋だから。初めて目にする本だから。
「見ては駄目だ」と思っていたのに、枕元で読むかもしれないけれど。どういう本が欲しかったのかと、ちょっと開いてビックリ仰天、腰を抜かすかもしれないけれど。
そうなった時は捕獲のチャンス。サンタクロースの服を纏った、御贔屓のキャラをゲットかも。萌えが詰まった薄い本もセットで、ウハウハと。
御贔屓のキャラの腰が抜けるような、それは強烈なBL本。そこまでのブツを妄想できたら、腰を抜かしたサンタクロースが手に入るという凄い幸運。試すだけの価値は、きっとある。
今からクリスマスまでに妄想、受けでも攻めでも、思いのままに。萌えの限りに。
妄想しまくって、御贔屓キャラに腰を抜かさせて、ゲットするのは自由だけれど。捕獲したならアレもコレもと、考えるのもいいけれど。
きっと彼らが捕まったならば、助けに来るのがサンタクロース。大ボスと呼ぶか、ラスボスと呼ぶか、彼らの上司がやって来る。約束が「青い地球」だから。彼らは地球にゆくのだから。
サンタクロースに勝てはしないから、妄想の方はほどほどに。
一度捕まえた御贔屓キャラに、「ああいう人か」と呆れられたくなかったら。
逃げられた上に赤っ恥というオチが嫌なら、彼らが腰を抜かさないよう控えめに。あるいは、腰を抜かした彼らは放置で、黙って本だけ貰っておこう。そっと薄目で拝んでおいて。
いい子の所に、プレゼントはきっと届くから。御贔屓キャラが一冊届けてくれるから。
クリスマス・イブの夜の間に、それはピッタリの一冊を。
どんなにニッチなカップリングでも、受けでも攻めでも、思いのままの薄い一冊を。
臨時雇いのサンタクロースが、素敵な仕事をしてくれるから。
シャンシャンと賑やかに鈴を鳴らして、トナカイの橇で来てくれるから…。
聖夜に一冊 ~薄い本を貴女に~ ・了
※どうしようもなく馬鹿だ自分、と思ってしまった酷いお話。BLなんか書けないのに。
サンタクロースと同じくお手上げ、本の中身はご自由にどうぞv
