(メンバーズ・エリートね…)
とりあえず、今の目標はそれ、とシロエは机をトンと叩いた。
Eー1077の講義の数はとても多くて、内容も高度で難解なものばかり。
日々の授業の復習は必須、予習の方も欠かせない。
(本日分のお仕事終了、っと…)
使っていた端末の画面を消して、椅子に腰掛けたままで伸びをする。
キーボードを叩き続けていたから、少々、身体が固くなっているのは否めない。
(後は寝る前に、軽くストレッチ…)
身体のメンテも大切だしね、と大きく頷き、寝るまでの時間に何をするかを考え始めた。
つい先日から作り始めた、新しいバイクの組み立てを少し進めてもいい。
同じく手をつけたばかりで得意分野の、新作の小型コンピューターも…。
(まだまだ先は長いしね…)
どっちの作業をやるべきだろうか、と時間配分をザッと頭の中で図にしてみた。
今日、寝るまでに出来そうな方はどちらなのか、と。
(うーん…)
どっちも出来そうではあるんだけれど、と顎に手を当て、暗くなった端末の画面を眺める。
この向こうには、明日の授業や、そのまた次の授業に繋がる世界があって…。
(…明日も明後日も、そのまた次も…)
機械に追われて仕事だよね、と溜息が零れそうになる。
講義をするのは人間だけれど、受講するべき科目を決めて来るのは機械。
成績をつけて評価するのも、人間の仕事に見えるけれども…。
(最終的には、マザー・イライザ…)
あのコンピューターが決めて来るんだ、と嫌というほど分かっている。
SD体制の世界においては、人間は全て、駒でしかない。
機械が何もかも決めて動かし、人生さえもが機械に左右されてゆく。
なんと言っても、生まれた時から…。
(機械が管理する、人工子宮の中で育って…)
外に出られるほど大きくなったら、機械が選んだ養父母の許へ送り出される。
子供の方にも、養父母の方にも、選択権などは全く無い。
全ては機械の意向のままで、機械にとって最良の場所を決定しているだけなのだから。
そういう世界で生きている以上、機械の支配からは逃れられない。
此処での受講科目にしたって、ヘマをしたなら、たちまち変更されておしまい。
(メンバーズ・エリートを目指す、精鋭のために設けられたコースは…)
ごく少数の優秀な者しか、最終的には受講出来なくなると聞く。
一度、コースを外れてしまえば、元のコースに戻りたくても、機会は殆ど無いのだ、とも。
(エリート用の授業を聴講させて貰って、試験を受けて…)
編入する以外に「戻る」方法は無くて、そのための試験は滅多に合格出来ないらしい。
死に物狂いで勉強したって、その間にも、エリートコースの授業は進んでゆくのだから。
(試験の時点で、彼らに負けない成績を叩き出せないと…)
編入試験には合格出来ずに、負け犬のままで終わってしまう。
それが嫌なら、どんなに機械を嫌っていようと、指示される通りに授業を受けて…。
(言われるままに予習復習、自主学習も怠りなく、ってね)
ああ、嫌だ、と口に出してみて、「嫌だ、嫌だ」と重ねてぼやく。
いつまでこういう日々を続けたら、ステーションから出てゆけるのか。
(全部で四年もあるんだものね…)
まだ候補生の制服も着られない自分は、卒業までの年数も長い。
制服を着られる年になっても、そこから二年は勉強しないと、卒業の時期は来てくれない。
(それまでの間、必死に勉強し続けて…)
機械に素直に従い続けて、「授業を受けさせて貰わなければ」、その先の道も開けない。
まずは「メンバーズ・エリート」に選ばれ、支配している機械の傘下に入らなければ。
(その先もずっと、機械の指示に従い続けて…)
相当な年数と経験を積まない限りは、最終の目標には辿り着けない。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻すという「やらねばならない」大仕事。
多分、「シロエにしか出来ない」ことで、ピーターパンにも期待されていることだろう。
だから必ずメンバーズになって、国家主席の座に昇り詰めて…。
(機械に、「止まれ」と命令するんだ)
SD体制の世界を牛耳る、地球にある巨大コンピューターを停止させれば、それでいい。
グランド・マザーが「停止する」ことは、SD体制の終わりを意味する。
機械による「人間の統治」も終わって、何もかもが皆、「人間」の手に戻って来る。
成人検査で記憶を消されることもなくなり、人生を機械に決められることもなくなって。
(…頑張らないといけないってことは、分かるんだけど…)
本当に先が長すぎるよ、と愚痴を言っても、道を縮めることは出来ない。
どんなに優秀な者であろうと、教育ステーションでの期間中には…。
(飛び越して先に進むというのは、駄目らしいしね…)
それが出来るのは卒業した後、と授業で習った。
メンバーズに選ばれ、軍人としての道を歩み始めたら、成果を上げれば出世してゆける。
本来だったら「その年齢では無理」と言われる階級にだって、いくらでもなれる。
(二階級特進を繰り返していけば、アッと言う間に…)
大佐になれて、トントン拍子に国家騎士団元帥の座にも就けるだろう。
(そこまで行ったら、国家主席になれるように、と…)
未だ一人もいないと噂の、「軍人出身の元老」に選ばれるように努力する。
政治的手腕などを認められたら、道は必ず開けるから。
(頑張らないと…)
メンバーズになって、此処を卒業して…、と算段していて、ふと思い出した。
その「メンバーズ」が選ばれるのは卒業の前で、選ばれてからも暫くはステーションにいる。
Eー1077の生徒のままだけれども、選ばれた以上、その権限は…。
(教授たちを超えて、マザー・イライザじゃなくて、グランド・マザーの直轄で…)
生徒でありながら「メンバーズとして」、決定権などを持つらしい。
教授が「右だ」と指示していても、彼らが「左だ」と言ったら「左」。
全ての者がそれに従い、右ではなくて左へと動く。
(…そういう権限を持つわけだから…)
彼らは当然、ステーションに在籍していても…。
(地球を統治する機械に従う、外の世界のメンバーズたちと…)
連絡が取れて、直接、話も出来るのだという。
もちろん実際に会うのではなくて、通信画面を通しての会話になるけれど。
(とはいえ、いわゆるホットラインで…)
メンバーズの誰かを名指しで呼び出し、あれこれ相談出来たりもする。
今の局面をどうするべきか、自分の判断を話した上で、アドバイスを仰いだりもして。
(…つまりEー1077は、監獄みたいに孤立しているように見えても…)
外の世界と繋がっていて、条件が揃えば、生徒と外とを繋ぐ回路が開けるのだろう。
メンバーズに選出された者なら、外の世界で活躍しているメンバーズたちと話が出来る。
(ということは、メンバーズとして選び出される前だって…)
ある程度までの教育課程を終えたら、「外」と繋がれるのかもしれない。
メンバーズと連絡を取るのは無理でも、現役の軍人たちなどと。
(机の上の講義と、教授がついてくる実習だけでは…)
学べないものも多いことだろう。
そうした場合に、「外の世界」の者の知識や、体験談などは大いに役立つ。
彼らの話を聞ける機会が、まるで無いとは言い切れない。
(…多分、そういう人の話を聞くための…)
時間が何処かで設けられていて、必要とあらば、ホットラインが開設される可能性もある。
「相談するなら、この人に」と機械が決めて、割り振るのかもしれないけれど。
(それでも、外と繋がるのなら…)
外の知識を「仕入れる」ことが出来るのならば、此処がEー1077ではなくて…。
(技術者を育てるステーションだったら、もしかして、パパと…)
繋がる機会があったろうか、と消えたままの端末の暗い画面の向こうを見詰めた。
この端末は、Eー1077の中だけで「完結している」システムだけれど、機能は高い。
(ぼくがメンバーズに選ばれた時は、これを通して…)
外の世界にいるメンバーズと、「会話する」日も来るだろう。
選ばれる前にも、外の世界の軍人たちと連絡を取るなら、この端末を通すことになる。
(ぼくが技術者向けのステーションにいて、パパと同じ道に進んでいたら…)
教育課程を順調に進めて、外の世界の研究者の見解を聞きたくなることもあるかもしれない。
その研究の第一人者が「セキ博士」になるというのだったら、優秀な生徒だったなら…。
(セキ博士に質問したいんですが、って申告したら…)
ステーションを支配している機械は、許可するしかない。
「シロエが聞きたい質問の答え」を持っているのは、「セキ博士しかいない」から。
他の研究者では答えられなくて、「シロエの疑問」を解くことは出来ない。
それでは「シロエの研究」は先へ進まないから、「セキ博士」がシロエの何であろうと…。
(繋ぐしか道は無い、ってね…?)
そうなるよね、と気付いて愕然とした。
自分は「間違えた」のだろうか、と。
技術者の道を歩んでいたなら、父とも「繋がれた」だろうか。
メンバーズになっても、いつか出張などの機会があったら、会えそうだけれど…。
(技術者だったら、もっと早くにパパと繋がる道が開けて…)
面識があれば何かと便利だ、と機械は「父の記憶」を多めに残していたかもしれない。
「セキ博士」と繋がり、意見交換をする立場になったら、その方が話が円滑に運ぶ。
(はじめまして、じゃないんだし…)
父の記憶が消されていないのだったら、「久しぶりだな、シロエ」と笑んでくれるだろう。
そして「研究の方はどうだ?」と尋ねて、「パパの研究所に来るか?」と誘ってくれもして。
(機械の方でも、そのつもりで準備しているだろうし…)
セキ・レイ・シロエは研究者として、故郷に戻っていたろうか。
ステーションを卒業したなら、父の研究所に配属されて。
「住まいも近い方がいいだろうから」と、懐かしい家の近くに新しく家を貰って。
(…もしかして、そういう道だって、あった…?)
ぼくは間違えちゃったのかな、と思うけれども、今の自分が歩んでいる道は…。
(やっぱり機械が決めた道だし、技術者になるっていう道は…)
機械が「駄目だ」と判断したのに違いない。
けれども、機械が「選ぶ」基準は…。
(…あくまで子供の資質と、成績…)
ならばやっぱり、自分は「間違えてしまった」ろうか。
父の研究所に入れそうな道を、自分自身の手で「潰して」。
技術者に選ばれる可能性の芽を、知らずにプツリと摘んでしまって。
(そうだった…?)
「パパ、もしかして、そうだったの?」と尋ねたくても、父と繋がることは出来ない。
違う道へ来てしまったから。
此処から「繋がれる」外の世界は、メンバーズと軍人の世界だから…。
端末の向こうに・了
※学生のシロエが「セキ博士」に質問してもいい、技術者を育てる教育ステーション。
そういうのもあったかもしれません。原作キースは、学生でも地球の代理人になれたので…。
とりあえず、今の目標はそれ、とシロエは机をトンと叩いた。
Eー1077の講義の数はとても多くて、内容も高度で難解なものばかり。
日々の授業の復習は必須、予習の方も欠かせない。
(本日分のお仕事終了、っと…)
使っていた端末の画面を消して、椅子に腰掛けたままで伸びをする。
キーボードを叩き続けていたから、少々、身体が固くなっているのは否めない。
(後は寝る前に、軽くストレッチ…)
身体のメンテも大切だしね、と大きく頷き、寝るまでの時間に何をするかを考え始めた。
つい先日から作り始めた、新しいバイクの組み立てを少し進めてもいい。
同じく手をつけたばかりで得意分野の、新作の小型コンピューターも…。
(まだまだ先は長いしね…)
どっちの作業をやるべきだろうか、と時間配分をザッと頭の中で図にしてみた。
今日、寝るまでに出来そうな方はどちらなのか、と。
(うーん…)
どっちも出来そうではあるんだけれど、と顎に手を当て、暗くなった端末の画面を眺める。
この向こうには、明日の授業や、そのまた次の授業に繋がる世界があって…。
(…明日も明後日も、そのまた次も…)
機械に追われて仕事だよね、と溜息が零れそうになる。
講義をするのは人間だけれど、受講するべき科目を決めて来るのは機械。
成績をつけて評価するのも、人間の仕事に見えるけれども…。
(最終的には、マザー・イライザ…)
あのコンピューターが決めて来るんだ、と嫌というほど分かっている。
SD体制の世界においては、人間は全て、駒でしかない。
機械が何もかも決めて動かし、人生さえもが機械に左右されてゆく。
なんと言っても、生まれた時から…。
(機械が管理する、人工子宮の中で育って…)
外に出られるほど大きくなったら、機械が選んだ養父母の許へ送り出される。
子供の方にも、養父母の方にも、選択権などは全く無い。
全ては機械の意向のままで、機械にとって最良の場所を決定しているだけなのだから。
そういう世界で生きている以上、機械の支配からは逃れられない。
此処での受講科目にしたって、ヘマをしたなら、たちまち変更されておしまい。
(メンバーズ・エリートを目指す、精鋭のために設けられたコースは…)
ごく少数の優秀な者しか、最終的には受講出来なくなると聞く。
一度、コースを外れてしまえば、元のコースに戻りたくても、機会は殆ど無いのだ、とも。
(エリート用の授業を聴講させて貰って、試験を受けて…)
編入する以外に「戻る」方法は無くて、そのための試験は滅多に合格出来ないらしい。
死に物狂いで勉強したって、その間にも、エリートコースの授業は進んでゆくのだから。
(試験の時点で、彼らに負けない成績を叩き出せないと…)
編入試験には合格出来ずに、負け犬のままで終わってしまう。
それが嫌なら、どんなに機械を嫌っていようと、指示される通りに授業を受けて…。
(言われるままに予習復習、自主学習も怠りなく、ってね)
ああ、嫌だ、と口に出してみて、「嫌だ、嫌だ」と重ねてぼやく。
いつまでこういう日々を続けたら、ステーションから出てゆけるのか。
(全部で四年もあるんだものね…)
まだ候補生の制服も着られない自分は、卒業までの年数も長い。
制服を着られる年になっても、そこから二年は勉強しないと、卒業の時期は来てくれない。
(それまでの間、必死に勉強し続けて…)
機械に素直に従い続けて、「授業を受けさせて貰わなければ」、その先の道も開けない。
まずは「メンバーズ・エリート」に選ばれ、支配している機械の傘下に入らなければ。
(その先もずっと、機械の指示に従い続けて…)
相当な年数と経験を積まない限りは、最終の目標には辿り着けない。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻すという「やらねばならない」大仕事。
多分、「シロエにしか出来ない」ことで、ピーターパンにも期待されていることだろう。
だから必ずメンバーズになって、国家主席の座に昇り詰めて…。
(機械に、「止まれ」と命令するんだ)
SD体制の世界を牛耳る、地球にある巨大コンピューターを停止させれば、それでいい。
グランド・マザーが「停止する」ことは、SD体制の終わりを意味する。
機械による「人間の統治」も終わって、何もかもが皆、「人間」の手に戻って来る。
成人検査で記憶を消されることもなくなり、人生を機械に決められることもなくなって。
(…頑張らないといけないってことは、分かるんだけど…)
本当に先が長すぎるよ、と愚痴を言っても、道を縮めることは出来ない。
どんなに優秀な者であろうと、教育ステーションでの期間中には…。
(飛び越して先に進むというのは、駄目らしいしね…)
それが出来るのは卒業した後、と授業で習った。
メンバーズに選ばれ、軍人としての道を歩み始めたら、成果を上げれば出世してゆける。
本来だったら「その年齢では無理」と言われる階級にだって、いくらでもなれる。
(二階級特進を繰り返していけば、アッと言う間に…)
大佐になれて、トントン拍子に国家騎士団元帥の座にも就けるだろう。
(そこまで行ったら、国家主席になれるように、と…)
未だ一人もいないと噂の、「軍人出身の元老」に選ばれるように努力する。
政治的手腕などを認められたら、道は必ず開けるから。
(頑張らないと…)
メンバーズになって、此処を卒業して…、と算段していて、ふと思い出した。
その「メンバーズ」が選ばれるのは卒業の前で、選ばれてからも暫くはステーションにいる。
Eー1077の生徒のままだけれども、選ばれた以上、その権限は…。
(教授たちを超えて、マザー・イライザじゃなくて、グランド・マザーの直轄で…)
生徒でありながら「メンバーズとして」、決定権などを持つらしい。
教授が「右だ」と指示していても、彼らが「左だ」と言ったら「左」。
全ての者がそれに従い、右ではなくて左へと動く。
(…そういう権限を持つわけだから…)
彼らは当然、ステーションに在籍していても…。
(地球を統治する機械に従う、外の世界のメンバーズたちと…)
連絡が取れて、直接、話も出来るのだという。
もちろん実際に会うのではなくて、通信画面を通しての会話になるけれど。
(とはいえ、いわゆるホットラインで…)
メンバーズの誰かを名指しで呼び出し、あれこれ相談出来たりもする。
今の局面をどうするべきか、自分の判断を話した上で、アドバイスを仰いだりもして。
(…つまりEー1077は、監獄みたいに孤立しているように見えても…)
外の世界と繋がっていて、条件が揃えば、生徒と外とを繋ぐ回路が開けるのだろう。
メンバーズに選出された者なら、外の世界で活躍しているメンバーズたちと話が出来る。
(ということは、メンバーズとして選び出される前だって…)
ある程度までの教育課程を終えたら、「外」と繋がれるのかもしれない。
メンバーズと連絡を取るのは無理でも、現役の軍人たちなどと。
(机の上の講義と、教授がついてくる実習だけでは…)
学べないものも多いことだろう。
そうした場合に、「外の世界」の者の知識や、体験談などは大いに役立つ。
彼らの話を聞ける機会が、まるで無いとは言い切れない。
(…多分、そういう人の話を聞くための…)
時間が何処かで設けられていて、必要とあらば、ホットラインが開設される可能性もある。
「相談するなら、この人に」と機械が決めて、割り振るのかもしれないけれど。
(それでも、外と繋がるのなら…)
外の知識を「仕入れる」ことが出来るのならば、此処がEー1077ではなくて…。
(技術者を育てるステーションだったら、もしかして、パパと…)
繋がる機会があったろうか、と消えたままの端末の暗い画面の向こうを見詰めた。
この端末は、Eー1077の中だけで「完結している」システムだけれど、機能は高い。
(ぼくがメンバーズに選ばれた時は、これを通して…)
外の世界にいるメンバーズと、「会話する」日も来るだろう。
選ばれる前にも、外の世界の軍人たちと連絡を取るなら、この端末を通すことになる。
(ぼくが技術者向けのステーションにいて、パパと同じ道に進んでいたら…)
教育課程を順調に進めて、外の世界の研究者の見解を聞きたくなることもあるかもしれない。
その研究の第一人者が「セキ博士」になるというのだったら、優秀な生徒だったなら…。
(セキ博士に質問したいんですが、って申告したら…)
ステーションを支配している機械は、許可するしかない。
「シロエが聞きたい質問の答え」を持っているのは、「セキ博士しかいない」から。
他の研究者では答えられなくて、「シロエの疑問」を解くことは出来ない。
それでは「シロエの研究」は先へ進まないから、「セキ博士」がシロエの何であろうと…。
(繋ぐしか道は無い、ってね…?)
そうなるよね、と気付いて愕然とした。
自分は「間違えた」のだろうか、と。
技術者の道を歩んでいたなら、父とも「繋がれた」だろうか。
メンバーズになっても、いつか出張などの機会があったら、会えそうだけれど…。
(技術者だったら、もっと早くにパパと繋がる道が開けて…)
面識があれば何かと便利だ、と機械は「父の記憶」を多めに残していたかもしれない。
「セキ博士」と繋がり、意見交換をする立場になったら、その方が話が円滑に運ぶ。
(はじめまして、じゃないんだし…)
父の記憶が消されていないのだったら、「久しぶりだな、シロエ」と笑んでくれるだろう。
そして「研究の方はどうだ?」と尋ねて、「パパの研究所に来るか?」と誘ってくれもして。
(機械の方でも、そのつもりで準備しているだろうし…)
セキ・レイ・シロエは研究者として、故郷に戻っていたろうか。
ステーションを卒業したなら、父の研究所に配属されて。
「住まいも近い方がいいだろうから」と、懐かしい家の近くに新しく家を貰って。
(…もしかして、そういう道だって、あった…?)
ぼくは間違えちゃったのかな、と思うけれども、今の自分が歩んでいる道は…。
(やっぱり機械が決めた道だし、技術者になるっていう道は…)
機械が「駄目だ」と判断したのに違いない。
けれども、機械が「選ぶ」基準は…。
(…あくまで子供の資質と、成績…)
ならばやっぱり、自分は「間違えてしまった」ろうか。
父の研究所に入れそうな道を、自分自身の手で「潰して」。
技術者に選ばれる可能性の芽を、知らずにプツリと摘んでしまって。
(そうだった…?)
「パパ、もしかして、そうだったの?」と尋ねたくても、父と繋がることは出来ない。
違う道へ来てしまったから。
此処から「繋がれる」外の世界は、メンバーズと軍人の世界だから…。
端末の向こうに・了
※学生のシロエが「セキ博士」に質問してもいい、技術者を育てる教育ステーション。
そういうのもあったかもしれません。原作キースは、学生でも地球の代理人になれたので…。
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長きにわたる私の友よ。
そして、愛する者よ。
聞け、地球を故郷とする全ての命よ。
こんな風に話し始めると、緊張されてしまいそうだね。
ぼくは、かつてソルジャーと呼ばれた男。
とはいえ、今は「ただのブルー」だ。
仲間たちが、君に「元気が出るメッセージ」を伝えたいそうだから、聞いてくれたまえ。
どういう順で紹介しようか、少し困ってしまったけれど…。
先にミュウから、次に人類のみんな、といった順番で進めてゆこう。
それぞれのグループ毎での順序は、もう本当に難しすぎて…。
相談して決めて貰ったけれども、それで納得して貰えるかは、正直な所、分からない。
本人たちが「いい」と思った順番なのだし、そうしておくしかないのだろうね。
では、始めようか。
「俯くな、仲間たち!」
こう言ったなら、ぼくが誰だか分かるかな。
ジョミーだよ、ジョミー・マーキス・シンで、ソルジャー・シン。
なんだか色々あったらしいね、大丈夫?
あのさ、俯いて膝を抱えていたんじゃ、前には進めないって知っていた?
そうして座ってみれば分かるよ、その状態でも「前に進める」んなら、君は凄いよ。
いつも鍛えている、アスリートかもしれないね。
でも、「普通に前に進んでゆく」のは無理だろう?
まずはね、俯くのをやめるといいよ。
抱え込んでた膝も放して、大きく伸びをしたら、深呼吸。
その後は、君の好みでどうぞ。
よかったら、オレンジスカッシュでも、どう?
『すみません。思念波で許して下さいね』
これで分かって貰えたでしょうか、リオですよ。
ご気分の方は、如何ですか?
落ち込んでいても、何も始まりませんから、顔を上げることをお勧めします。
ほら、顔を上げたら、視線も一緒に上がったでしょう?
今、そこに何が見えていますか、ちょっと見回してみて下さいね。
それだけで、首の運動になったわけなんですけど、気付いてました?
気分転換にもなっていますよ、意識していなかった「何か」が見えたでしょう?
少しばかり視野も広がりましたし、一休みすればいいんです。
休憩するのは、悪いことではありませんしね。
お好きな方法で休んで下さい、ひと眠りなさるのなら、ぼくが目覚ましの係をしますよ。
「あんた、ぼくより大人だろ。ぼくは、これでも子供なんだよ」
大人に見えるのは身体だけさ、と言ったら、ぼくが分かるだろう。
トォニィだっていうのがね。
あんた、立派な大人じゃないか、どっちかと言えば励ます方だろ、ぼくの方をさ。
まあ、それが出来ないのが分かってるから、こうして出て来たわけなんだけど…。
子供のぼくが何か言っても、生意気な奴って思われるかな?
面と向かって言いはしなくても、心の中で、ちょっと舌打ちするとかね。
えっ、そんなことはしない、って?
いいじゃないか、今、君は、ぼくに「そう言った」だろ?
落ち込んだままじゃ、今の台詞は出て来ないんだよ、そうだろう?
オッケー、ちょっぴり浮上したなら、その勢いで浮かび上がろうか。
はい、ぼくが三歳の頃に描いた、ジョミーとブルーの肖像画。
才能あるだろ、画家になるべきだったかな…?
「生まれて初めて、やりたいようにやっただけだ」
やりたいようにやるというのも、大切なのだが…。
私がどういう風に生きたか、全く知らない者が聞いたら、悪事を働いたと誤解するかもな。
キース・アニアンだ。
今のお前は、やりたいことさえ、思い付かなくなっていないか?
私は「やりたいこと」を思い付いても、それが「やれない」人生だった。
幾つかは出来たこともあったが、恐らく、片手で数えられるほどしかないだろう。
何が出来たか、と尋ねるのか?
最大のものは「マツカを側近にしていた」ことだな、規律違反どころの騒ぎではない。
事実が知れたら、軍法会議くらいで済んではいないし、記憶処理もされていたことだろうな。
グランド・マザー直々に、だ。
他には、どんなことをやったのか、だと?
興味が湧いて来たのだったら、いいことだ。
「やりたいこと」が一つ、たった今、お前の中に生まれた。
では、「私が何をやらかしたのか」を、自分で想像してみるがいい。
その好奇心が他のことにも向き始めるまで、付き合ってやろう。
お前が本当に「やりたかったこと」を思い付くまで、思い出すまで、幾らでもな…。
「どうしたんです? あなたは、あなたのままでしょう?」
ぼくと違って、機械に記憶を消されてなんかは、いないんですから。
こう言えば、もう分かりますよね、シロエですよ。
落ち込んでしまったみたいですけど、そう心配は要りませんってば、記憶さえあれば。
今は周りが闇に見えても、闇さえ晴れれば、ちゃんと色々、鮮やかに見えてくるんです。
景色はもちろん、あなたの心の中だって、全部。
そうやって闇が晴れて来たなら、何もかも思い出せますよ。
落ち込む前に「好きだったもの」も、「好きだったこと」も、一つも欠けてしまわずに。
心の中にしか残っていない思い出だって、持っていられるだけで幸せですってば。
ぼくには、それが「無かった」んです。
どんなに必死に探ってみたって、パパもママも、家も、ぼやけて思い出せないままでしたっけ。
あの頃の辛さを思い出すとね、「覚えている」ってことの「強さ」を実感出来ますよ。
そう、あなたは何一つ「忘れちゃいない」。
それがどれほど「強い」ことなのか、あなたにも気付いて欲しいんですけど…。
何でもいいです、楽しかったことを一つだけ、試しに「思い出して」みませんか?
欲張らずに、まずは一つからです。
知ってましたか、キースが「元気でチューか?」って、あの顔で言ったことがあるのを…?
「何かあったんですか、落ち込んでらっしゃるようですけれど…」
すみません、ぼくが勝手にそう思っただけです、心なんかは読んでいません。
キースに厳しく言われてますから、そんな無作法な真似はしませんよ。
でも、そういうのは分かるんですよね、ぼくの性分なんでしょうか。
ジョナ・マツカです、みんなには「マツカ」と呼ばれてますけど。
こういった時は、キースにはコーヒーを淹れていました。
もっとも、キースが落ち込んでいても、気付いていたのは、多分、ぼくだけでしょう。
キースにさえも、自分の本当の心は、分かっていなかったかもしれません。
あの人は、自分を厳しく律し続けることで「自分を強く保ち続けた」人でした。
誰にも弱みを見せないことがキースの「強さ」で、自分自身を守る方法だったんでしょうね。
けれど、強く生き抜くことは出来ても、あの生き方は辛いです。
誰よりも優しい心を持っていたのに、それを押し殺して生きるだなんて、辛すぎるんです。
それをキースに面と向かって言ったら、叱られてしまいましたけど…。
でもね、あなたは「違う」でしょう?
落ち込んだ時は、素直に落ち込んでしまえるんです、それは「いいこと」だと思いますよ。
あなたの心が自由だからこそ、落ち込んだままでいられるんです。
「浮上しろ」なんて、誰も言いませんから、気を張らないようにして下さいね。
コーヒー、お飲みになりますか?
それとも紅茶が良かったでしょうか、あなたのお好きな飲み物をどうぞ。
どうだったろう、これで全員分だが、君の心に届いたろうか?
ぼくからのメッセージは、もう、必要ないと思うけれども、やはり結びは欠かせないし…。
あえて言うなら、こんな具合にしておこうかな。
「自分を信じることから道は開ける。事の良し悪しは、全てが終わってみないと分からないさ」
ぼくがジョミーに贈った言葉だ、これをそっくり、君に贈ろう。
落ち込んでいる自分を嫌いにならずに、全て受け入れてやりたまえ。
周りに誰もいなくなっても、自分だけは自分の味方なんだよ。
そんな気持ちがして来ないかい?
君自身が君の「一番、強い味方」で、「信頼できる仲間」というわけだ。
その「君」が落ち込んでしまっているなら、「君が」寄り添ってやるといい。
甘やかすのも、叱り付けるのも、励ますにしても、どれが「一番いい道」なのか、分かるだろう?
それでも「味方が足りない」時には、このぼくを呼んでくれればいい。
「ただのブルー」が役に立つなら、存分に使ってくれたまえ。
ただのブルーをどう使おうとも、誰も文句を言いに来たりはしないのだから、安心だ。
家事は流石に自信が無いから、ぼくに任せる羽目になる前に、再起をお願いしたいけれどね…。
グッドラック。
君の幸運を、皆で心から祈る。
俯くな、仲間たち・了
※元日の地震、被害が拡大し続けているという厳しすぎる現実。東日本大震災が重なります。
落ち込んでしまいそうな自分が「欲しい言葉」を並べてみました、それだけです。
青の間へようこそ。
落ち着くまで、此処にいてくれていい。
ぼくで良ければ、ただ、側にいよう。
君の心が求めるのならば、聞き役にも、話し相手にもなろう。
けれども、君が話したいのが、ぼくでなければ、ほら、あそこにはジョミーがいる。
そう、そこの灯りの向こう側だよ。
ジョミーに青の間は似合わない、と不思議に思っているのかい?
ならば、あそこへ行ってみたまえ。
すぐそこのように見えているけれど、あそこは「ジョミーの場所」なんだよ。
君が思う「ジョミー」が、あそこに居場所を持っているから、そこを訪ねてゆくといい。
もしかすると、アタラクシアにあったジョミーの部屋かもしれないね。
シャングリラにあった部屋かもしれない。
それとも、ナスカの頃のものかな?
行ってみれば分かるよ、君が一番会いたい「ジョミー」が、君が来るのを待っているから。
おや、君が会いたいのは、ぼくでも、ジョミーでもないと?
なるほと、ミュウの誰かではなくて、キースに会いたかったのか…。
かまわないとも、そこの灯りの向こうに扉が見えるだろう?
扉の向こうに、きっとキースがいる筈だから、好きに通ってゆけばいい。
君が会いたいキースに会えるよ、ステーション時代のキースでも、国家主席でも。
キースに会ったら、よろしく伝えてくれたまえ。
彼の方でも知っているしね、此処から「キースの所に繋がる」扉があることを。
そして、君は、と…。
ああ、マツカなら、そこの扉だね。
キースの所と同じ扉からも行けるのだけれど、キース抜きなら、そっちの扉を勧めるよ。
ほら、君だって知っているだろう?
キースに「マツカ、お前にお客人だ」などと言われたら最後、マツカは上手く話せなくなる。
だからキースに気付かれないよう、会いに行くのが一番だしね。
大丈夫、ぼくは誰にも話しはしないから。
君が「そちらの扉」を通って、マツカに会いに出掛けたなんて。
ああ、君はシロエに会いに来たのか。
だったら、そっちの扉を通って、あとは朝までずっと真っ直ぐ…。
これはね、シロエが言っていたんだ。
「ぼくに会いたい人が来たなら、そう案内して貰えませんか」と楽しそうにね。
ネバーランドに行く道を真似てあるんだそうだ。
「本当は、二つ目の角を右に曲がるのも、やりたかったんですけどね」とも言っていたっけ。
機械弄りが趣味だからかな、そんなに通路を複雑にしたら、お客さんが困ってしまうのに。
それから君は、と…。
トォニィに会いにゆくなら、その向こう側の灯りだね。
もちろんフィシスにだって会えるよ、グレイブに会える扉もある。
サムも、スウェナも、アルテラだって、誰にだって会いに行けるんだ。
何故、青の間から、何処へでも道が繋がるのか、って?
此処が一番、分かりやすくて、誰でも辿り着けるからだよ。
考えてみたまえ、シャングリラを知らない人は一人もいないだろう?
青の間だって、みんな知っている。
けれど、ジョミーがアタラクシアで住んでいた家を、一瞬で思い出せるかい?
キースの執務室でも同じで、シロエがステーションでいた部屋も同じだ。
「ああ、あそこ!」と、パッと頭に浮かぶ場所なら、この青の間が手っ取り早い。
そういうわけで、ぼくが案内人を兼ねているという所かな。
さあ、好きな灯りを、扉を選んで、会いたい人に会いにゆくといい。
会えたら、君が満足するまで、ゆっくり過ごして、また、何度でも会いに来ればいい。
ぼくはいつでも、案内人を務めてあげるし、ぼくで良ければ話も聞こう。
そのために此処で待っているのが、ぼくの役目というものだから。
ぼくはもう、ソルジャーじゃなくて、ただのブルーで、君の行先を示すだけだよ。
どの灯りでも、どの扉でも、本当に「選ぶ」のは、君だ。
誰に会って何を話したいのか、どういう風に過ごしたいのか、決めるのもね。
会いたい人に会って、君の心が落ち着くのならば、それでいい。
君が会いたい人が誰でも、話したいことが何であっても、全ては君の心次第だ。
どんな時でも、どんな場所でも、此処への扉は開いているから、青の間へ来てくれたまえ。
そこから先へは、君が自由に進むといい。
君が会いたい人に会えたら、きっと間違いなく、心がほどけてゆくだろう。
悩みにしても、悲しみにしても、一人で抱え込んでいるより、誰かに話してみるのがいい。
「聞くだけだぞ」と言い放ちそうなキースにしたって、会えれば君も満足だろう?
一方的に話すだけでも、心は軽くなるものなのだし、好きに話して帰ればいい。
どの扉からでも、どの灯りからでも、君が会いたい人の所へ、真っ直ぐ出掛けて行って…。
心の守り人・了
※羽田で日航機が炎上した後、地震の被害も拡大してゆく1月2日という悪夢のような日。
日付が変わって1月3日になってしまった後、祈るような気持ちで書きました。
書き上げて最終チェックを終えたら、午前2時39分。
夜中にpixiv に投下した後、慌てて寝たからでしょうか、幸か不幸か、初夢は無し。
諸君、今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたい。
とはいえ、今の私の名前は、全く違う。
年にしても……そうだな、かつてのシロエくらいだろうか。
ステーションなら「入学したて」といった所か。
紹介しよう、友人の「ジョミー・マーキス・シン」だ。
「あっ、駄目だよ! ぼくの今の名前は…」
「悪い! だが、今の名前を言っていいのか?」
「あー…。それは困るかも…」
「なら、これしか仕方なかろうが。というわけで…」
「ジョミーです! みんな、元気にしてる? ぼくも、キースも…」
「この通り、とても元気にしていて、今日もこれから公園で…」
「サッカーなんだよ、でもって、ぼくたちだけじゃなくって…」
「どうも、セキ・レイ・シロエと呼んで下さい!」
「えっと…。ジョナ……、マツカでいいです…」
「俺さ、昔は、サム・ヒューストンな!」
「ぼくも名乗らせてくれたまえ…って、偉そうかな…。ブルーです」
「ブルーに遠慮されたら、ぼくはどうすれば…。トォニィです」
「ドサクサ紛れですみませんけど、これでもハーレイです!」
「どうも、ゼルです!」
「ヒルマンです!」
「あのさ、キース…。サッカーの人数、軽く超えるよ、その内に…」
「分かっている。向こうでスウェナたちも手を振ってるしな…」
「自己紹介とか始めるからだよ、キースがさ!」
「お前が他の連中を紹介したんだろうが!」
「だって、つい…。せっかくみんなで、こうして地球にいるんだし…」
「こうなっても仕方ないかもな…」
というわけで、皆、息災で、地球で暮らしている。
ただし、遥かに遠い未来の時代なのだが、地球という星には違いない。
それぞれ、別の名前や家があっても、こうして会えて、話やサッカーも出来る。
その昔、サムが言っていた通り、「みんな、友達」というわけだ。
何故、今頃、それを言いに来たか、と尋ねるのか?
2024年の日本が、正月早々、大変なことになっているからだ。
元日に地震で、二日の夜には、羽田空港で飛行機が炎上したと聞く。
一年で一番、平和でめでたい時の筈なのに、信じられないような非常事態が立て続けだ。
こういった時は、「タイムラインに落ち着く画像を流す」ものなのだろう?
だが生憎と、そういったものを流したくても、私たちの生きた時代には何も無かったのだ。
代わりに、今の日常を流してみたというわけなのだが、苦笑されたかもしれないな。
どうも私には、今も昔も、こういった役回りは向かないようだ。
では、この辺で失礼しよう。
さっきから、ジョミーがうるさいのでな。
すぐ行くと言っているだろう!
なに、遅れた分、後でおごれだと!?
しかも全員分だって!?
何人いると思っているんだ、破産させたいのか、馬鹿野郎ーっ!
遥か地球より・了
※新年早々、なんだかとんでもない年に。元日の能登の地震だけでも仰天でしたが…。
本日、二日の夕方に羽田空港で日航機の炎上事故とか、恐ろしすぎます。
三が日が無事に済みますように、今年はもう、これ以上、何も起こりませんように…!
(どうにも慣れんな…)
此処の水は私には合わん、とキースは一人、溜息を零す。
初の軍人出身の元老として、鳴り物入りで就任してから半月が過ぎた。
そろそろ慣れても良い頃だけれど、一向にその気配さえ無い。
(本当に、引いている水まで違うのではないのか?)
コーヒーまでが不味くて敵わん、と思わず顔を顰めてしまう。
今、机の上にあるカップの中身は、不味いコーヒーではないけども。
(こうして部屋で味わう分には…)
文句無しの味で、及第点ところか、最高の評価をつけられる。
ジルベスター・セブン以来の側近のマツカ、彼が淹れるコーヒーは常に味わい深い。
彼を連れて様々な場所に行ったけれども、何処で飲んでも、味は変わらなかった。
それだけ心を配って淹れて、いいタイミングで出して来るのだろう。
(…だからマツカのだけが美味いのか、水は変わっていないのか…)
まるで謎だな、と思いはしても、わざわざ調べる気にもなれない。
恐らく水源は全く同じで、このノアの、首都とも言える地域は、何処へ行っても同じこと。
首都惑星になるほどの星といえども、水源はさほど多くはない。
一つの地域に一カ所あったら、充分と言える世界なのだし、此処も一つの筈だった。
つまり、パルテノン入りを果たして転居した後も、その前も、居住空間に引かれた水は…。
(全く変わっていないのだろうな)
浄化システムも同じだろうさ、と分かっているのに、何故、コーヒーは不味いのか。
パルテノンで飲んでも、会議で出掛けた先で飲んでも、他の元老の家に招かれても…。
(本当に不味くて、どうにもならん)
他に無いから飲むしかないが、とマツカのコーヒーを口に含むと、また溜息をつきたくなる。
激務をこなして自分の個室に帰って来るまで、これが飲めない日が増えた。
国家騎士団総司令だった頃には、気が向いた時に飲めたのに。
「コーヒーを頼む」と命じさえすれば、マツカが淹れて持って来たのに。
(…此処では、マツカも異端だからな…)
マツカもセルジュもパスカルもだ、と溜息の種は全く尽きない。
なにしろ此処では「キース」までが異端、異色と呼ばれる存在だから。
人類を統べる最高機関が、元老院であり、パルテノン。
聖地、地球の地の底に座す巨大コンピューター、グランド・マザーの意を受けて動く。
その構成員である「元老」は皆、根っからの文官、政治家だった。
(…この私とは、根本からして違うのだ…)
生まれ以前の問題でな、とEー1077で見た光景を思い出す。
シロエが命懸けで暴いた、フロア001と「キース・アニアン」の生まれの秘密。
彼が「ゆりかご」と呼んだ場所では、何人もの「キース」が眠っていた。
標本にされて、二度と覚めない永遠の眠りに就いていた「彼ら」。
(…アレも、私も、全くの無から作り出されて…)
人類を統治するべく「キース」は生まれたけれども、どうして「軍人」だったのか。
Eー1077で「マザー・イライザが作る」必要は、何処にあったのか。
(他のステーションでは、作れないなどということは…)
無いということは、既に知っている。
あそこで目にした「ミュウの女」が気にかかったから、調べてみた。
「アレ」も同じにEー1077で作られたとは、どうしても考えられなくて。
(ミュウどもが、私が作られるよりも前の時代に…)
アルテメシアを出たという記録は全く無いし、存在さえも長く確認されてはいなかった。
ジョミー・マーキス・シンの成人検査に絡んで、雲海から母船が浮上してくるまで。
アルタミラでメギド兵器が使われて以来、彼らは息を潜めていた。
三百年もの長きに渡って、何も起こりはしなかった。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」の名が残ってはいても、見た者はいない。
(…そういう時代に、奴が危険を冒してまで…)
Eー1077に潜入するとは考え難いし、そうする理由も思い付かない。
ならばどうして、「あの女」はミュウの船にいたのか。
自ら逃げ出す筈などは無くて、マザー・イライザが脱走を許すわけもない。
それらを考え合わせてみれば、答えは一つだけしか無かった。
(あの女は恐らく、アルテメシアで…)
作り出されて、ソルジャー・ブルーが見付けて攫って行ったのだろう。
そのせいで研究の場所が移され、Eー1077で続けてゆくことになった。
其処までは理解出来るのだけれど、今もって解けない謎がある。
どうして「Eー1077」が選ばれ、其処で「キース」を作ったのか。
「初の軍人出身の元老」。
キースのパルテノン入りを喜び、讃える者たちなら星の数ほどいる。
一般社会を構成する者や、軍人たちからすれば「希望の星」と言えるだろう。
「軍人でも、やれば頂点に立てる」と証明した上、異色の経歴で未来を切り開きそうだから。
けれども、パルテノンと言ったら、文官と政治家たちの世界で、まるで水が違う。
(…文字通りに、水が合わなくて…)
コーヒーまでが不味いのだ、と幾つ目だか知れない溜息が落ちる。
周りを見たなら、「キース」とは違う人種ばかりが目につき、職員までもが違っていた。
国家騎士団に所属していた頃には、其処で働く職員さえもが「軍人」ばかり。
恐らく、厨房や清掃係といった職種以外は、全員、軍人だったろう。
(…もしかしたら、清掃係までもが…)
かつての「マツカ」のように落ちこぼれてしまった、軍人という可能性もある。
軍人としては無能だけれども、清掃係くらいにはなる、と配属されて来た者たち。
厨房は流石に専門職だし、料理人を育てるステーションから来た者たちだったろうけれど。
(私は、そういう世界で育って…)
Eー1077もまた、「軍人を育てる」ステーションだった。
「エリートを育てる最高学府」には違いなくても、育成するのは政治家ではない。
だから「文官向け」の教育などは全く受けていないし、その逆がパルテノンの構成員たち。
(まるで全く違う世界で育てられ、生きて来たのだからな…)
彼らと「キース」が違いすぎるのは、当然のことと言えるだろう。
水が合わないのも無理はない。
「コーヒーが不味い」と思う理由も、その辺にある。
何処へ行っても落ち着かないから、コーヒーの味が不味くなる。
「此処は私の世界ではない」と、嫌でも認識させられる場所で、真の味など分かりはしない。
同じコーヒーが、国家騎士団で出て来たならば、驚くほどに美味くても。
「マツカの他にも、上手く淹れる者がいるようだな」と、感嘆するほどのコーヒーでも。
(…とことん、私には合わん…)
未だに慣れん、と溜息ばかりが零れるけれども、もう「この道」を行くしかない。
それがグランド・マザーの意向で、「キース・アニアン」の役目だから。
いずれ人類の指導者として、国家主席に就任することになるのだろう。
どうしようもない、自分の未来。
変えることは出来ない、「キース」の生まれ。
Eー1077で「作られた」時から、こうなる未来は決まっていた。
「そういうキース」を作り出すために、サムやスウェナや、シロエまでが選び出されていた。
(そしてシロエは、私のこの手で撃墜されて…)
宇宙に散っていったのだけれど、どうして「そうなった」のだろう。
(パルテノン入りが決まっているなら、私をわざわざ、あそこで作って…)
長い回り道をさせる必要など、本当に何処にあったのか。
政治家を育てるステーションで「キース」を作っていたなら、全ては変わる。
文官は軍事教育などは、受けていないと言っていいほど。
護身用の銃を使える程度で、護身術のような体術の訓練も「受けた」というだけのことらしい。
実際、彼らは皆、隙だらけで、Eー1077の候補生でさえ、彼らよりも腕が上だろう。
(その代わり、彼らは実に狡猾で…)
政治の世界には必須の駆け引きなどには、抜きん出た才能を発揮する。
散々やられた「キース・アニアン暗殺計画」にしても、その才能が生んだ歪みと言える。
(…私を最初から、そういう世界で育てていれば…)
今頃はとうに、国家主席の座に就いていたのだろうな、と自分でも思う。
ライバルを蹴落とし、あらゆる手段を張り巡らせて、誰もが驚く速さで昇進し続けて。
上手く運べば、今の自分が「少佐」で、ジルベスター・セブンに行った年には…。
(最年少の元老として、パルテノンで名を轟かせていて…)
国家主席に就任する日も、目前になっていたかもしれない。
「そのために」生まれて育った以上は、大いに才を発揮するのが「キース」の役目。
シロエが乗った練習艇を追い掛け、撃墜している暇などは無い。
目出度く卒業が決まったのなら、政治の世界に住む人間と接触すべき。
彼らを乗せた宇宙船が、偶然、ステーションに立ち寄るように仕組まれていて。
其処で「キース」が彼らと出会って、目に留まり、未来が開けるように。
「卒業したなら、私の許で働かないか」と、いきなり出て来る「引き抜き話」。
本来、歩むべき道を飛び越え、最初から「ノアで」勤務するとか。
元老の側近に抜擢されて、パルテノン勤務で始まるだとか。
(…グランド・マザーの采配ならば、どうとでも…)
なった筈だ、と分かっているのに、現実は「水の合わない世界」に放り込まれてしまった。
コーヒーまでもが不味くて、やっていられないほど、とことん水の合わない環境。
けれど、「慣れる」しかないだろう。
どういう意図で「こういう育て方をしたか」は、未だに分からないけれど。
グランド・マザーが何を考え、どう計算して、軍人として育てたのかは、謎だけれども。
(…まさか、軍人として育てておいて…)
いざという時、ミュウの長と刺し違えてでも彼らを止めろ、というつもりか、と可笑しくなる。
そんなことなど不可能なことは、もう身をもって知っているから。
もしもマツカがいなかったならば、とうの昔に、メギドで死んでいる身だから。
(…私が助かった本当の理由を、機械は今も知らないからな…)
刺し違えさせるつもりでいるなら、おめでたいことだ、とクックッと笑う。
ジョミー・マーキス・シンと戦ったならば、勝負は一瞬でつくだろう。
オレンジ色の瞳の子供にしたって、恐らく勝ち目は全く無い。
(…まったく、私を何のために…)
軍人に育て上げたのだろうな、と「美味いコーヒー」で喉を潤す。
今の「キース」の癒しといったら、これだけだから。
マツカが淹れるコーヒー以外は、此処では、どれも「不味い」のだから…。
水が違う世界・了
※パルテノン入りして間もない、キースの愚痴。コーヒーまで不味くなる気分らしいです。
けれど実際、軍人として育てる必要は何処にあったのでしょう。政治のプロでは駄目だと?
此処の水は私には合わん、とキースは一人、溜息を零す。
初の軍人出身の元老として、鳴り物入りで就任してから半月が過ぎた。
そろそろ慣れても良い頃だけれど、一向にその気配さえ無い。
(本当に、引いている水まで違うのではないのか?)
コーヒーまでが不味くて敵わん、と思わず顔を顰めてしまう。
今、机の上にあるカップの中身は、不味いコーヒーではないけども。
(こうして部屋で味わう分には…)
文句無しの味で、及第点ところか、最高の評価をつけられる。
ジルベスター・セブン以来の側近のマツカ、彼が淹れるコーヒーは常に味わい深い。
彼を連れて様々な場所に行ったけれども、何処で飲んでも、味は変わらなかった。
それだけ心を配って淹れて、いいタイミングで出して来るのだろう。
(…だからマツカのだけが美味いのか、水は変わっていないのか…)
まるで謎だな、と思いはしても、わざわざ調べる気にもなれない。
恐らく水源は全く同じで、このノアの、首都とも言える地域は、何処へ行っても同じこと。
首都惑星になるほどの星といえども、水源はさほど多くはない。
一つの地域に一カ所あったら、充分と言える世界なのだし、此処も一つの筈だった。
つまり、パルテノン入りを果たして転居した後も、その前も、居住空間に引かれた水は…。
(全く変わっていないのだろうな)
浄化システムも同じだろうさ、と分かっているのに、何故、コーヒーは不味いのか。
パルテノンで飲んでも、会議で出掛けた先で飲んでも、他の元老の家に招かれても…。
(本当に不味くて、どうにもならん)
他に無いから飲むしかないが、とマツカのコーヒーを口に含むと、また溜息をつきたくなる。
激務をこなして自分の個室に帰って来るまで、これが飲めない日が増えた。
国家騎士団総司令だった頃には、気が向いた時に飲めたのに。
「コーヒーを頼む」と命じさえすれば、マツカが淹れて持って来たのに。
(…此処では、マツカも異端だからな…)
マツカもセルジュもパスカルもだ、と溜息の種は全く尽きない。
なにしろ此処では「キース」までが異端、異色と呼ばれる存在だから。
人類を統べる最高機関が、元老院であり、パルテノン。
聖地、地球の地の底に座す巨大コンピューター、グランド・マザーの意を受けて動く。
その構成員である「元老」は皆、根っからの文官、政治家だった。
(…この私とは、根本からして違うのだ…)
生まれ以前の問題でな、とEー1077で見た光景を思い出す。
シロエが命懸けで暴いた、フロア001と「キース・アニアン」の生まれの秘密。
彼が「ゆりかご」と呼んだ場所では、何人もの「キース」が眠っていた。
標本にされて、二度と覚めない永遠の眠りに就いていた「彼ら」。
(…アレも、私も、全くの無から作り出されて…)
人類を統治するべく「キース」は生まれたけれども、どうして「軍人」だったのか。
Eー1077で「マザー・イライザが作る」必要は、何処にあったのか。
(他のステーションでは、作れないなどということは…)
無いということは、既に知っている。
あそこで目にした「ミュウの女」が気にかかったから、調べてみた。
「アレ」も同じにEー1077で作られたとは、どうしても考えられなくて。
(ミュウどもが、私が作られるよりも前の時代に…)
アルテメシアを出たという記録は全く無いし、存在さえも長く確認されてはいなかった。
ジョミー・マーキス・シンの成人検査に絡んで、雲海から母船が浮上してくるまで。
アルタミラでメギド兵器が使われて以来、彼らは息を潜めていた。
三百年もの長きに渡って、何も起こりはしなかった。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」の名が残ってはいても、見た者はいない。
(…そういう時代に、奴が危険を冒してまで…)
Eー1077に潜入するとは考え難いし、そうする理由も思い付かない。
ならばどうして、「あの女」はミュウの船にいたのか。
自ら逃げ出す筈などは無くて、マザー・イライザが脱走を許すわけもない。
それらを考え合わせてみれば、答えは一つだけしか無かった。
(あの女は恐らく、アルテメシアで…)
作り出されて、ソルジャー・ブルーが見付けて攫って行ったのだろう。
そのせいで研究の場所が移され、Eー1077で続けてゆくことになった。
其処までは理解出来るのだけれど、今もって解けない謎がある。
どうして「Eー1077」が選ばれ、其処で「キース」を作ったのか。
「初の軍人出身の元老」。
キースのパルテノン入りを喜び、讃える者たちなら星の数ほどいる。
一般社会を構成する者や、軍人たちからすれば「希望の星」と言えるだろう。
「軍人でも、やれば頂点に立てる」と証明した上、異色の経歴で未来を切り開きそうだから。
けれども、パルテノンと言ったら、文官と政治家たちの世界で、まるで水が違う。
(…文字通りに、水が合わなくて…)
コーヒーまでが不味いのだ、と幾つ目だか知れない溜息が落ちる。
周りを見たなら、「キース」とは違う人種ばかりが目につき、職員までもが違っていた。
国家騎士団に所属していた頃には、其処で働く職員さえもが「軍人」ばかり。
恐らく、厨房や清掃係といった職種以外は、全員、軍人だったろう。
(…もしかしたら、清掃係までもが…)
かつての「マツカ」のように落ちこぼれてしまった、軍人という可能性もある。
軍人としては無能だけれども、清掃係くらいにはなる、と配属されて来た者たち。
厨房は流石に専門職だし、料理人を育てるステーションから来た者たちだったろうけれど。
(私は、そういう世界で育って…)
Eー1077もまた、「軍人を育てる」ステーションだった。
「エリートを育てる最高学府」には違いなくても、育成するのは政治家ではない。
だから「文官向け」の教育などは全く受けていないし、その逆がパルテノンの構成員たち。
(まるで全く違う世界で育てられ、生きて来たのだからな…)
彼らと「キース」が違いすぎるのは、当然のことと言えるだろう。
水が合わないのも無理はない。
「コーヒーが不味い」と思う理由も、その辺にある。
何処へ行っても落ち着かないから、コーヒーの味が不味くなる。
「此処は私の世界ではない」と、嫌でも認識させられる場所で、真の味など分かりはしない。
同じコーヒーが、国家騎士団で出て来たならば、驚くほどに美味くても。
「マツカの他にも、上手く淹れる者がいるようだな」と、感嘆するほどのコーヒーでも。
(…とことん、私には合わん…)
未だに慣れん、と溜息ばかりが零れるけれども、もう「この道」を行くしかない。
それがグランド・マザーの意向で、「キース・アニアン」の役目だから。
いずれ人類の指導者として、国家主席に就任することになるのだろう。
どうしようもない、自分の未来。
変えることは出来ない、「キース」の生まれ。
Eー1077で「作られた」時から、こうなる未来は決まっていた。
「そういうキース」を作り出すために、サムやスウェナや、シロエまでが選び出されていた。
(そしてシロエは、私のこの手で撃墜されて…)
宇宙に散っていったのだけれど、どうして「そうなった」のだろう。
(パルテノン入りが決まっているなら、私をわざわざ、あそこで作って…)
長い回り道をさせる必要など、本当に何処にあったのか。
政治家を育てるステーションで「キース」を作っていたなら、全ては変わる。
文官は軍事教育などは、受けていないと言っていいほど。
護身用の銃を使える程度で、護身術のような体術の訓練も「受けた」というだけのことらしい。
実際、彼らは皆、隙だらけで、Eー1077の候補生でさえ、彼らよりも腕が上だろう。
(その代わり、彼らは実に狡猾で…)
政治の世界には必須の駆け引きなどには、抜きん出た才能を発揮する。
散々やられた「キース・アニアン暗殺計画」にしても、その才能が生んだ歪みと言える。
(…私を最初から、そういう世界で育てていれば…)
今頃はとうに、国家主席の座に就いていたのだろうな、と自分でも思う。
ライバルを蹴落とし、あらゆる手段を張り巡らせて、誰もが驚く速さで昇進し続けて。
上手く運べば、今の自分が「少佐」で、ジルベスター・セブンに行った年には…。
(最年少の元老として、パルテノンで名を轟かせていて…)
国家主席に就任する日も、目前になっていたかもしれない。
「そのために」生まれて育った以上は、大いに才を発揮するのが「キース」の役目。
シロエが乗った練習艇を追い掛け、撃墜している暇などは無い。
目出度く卒業が決まったのなら、政治の世界に住む人間と接触すべき。
彼らを乗せた宇宙船が、偶然、ステーションに立ち寄るように仕組まれていて。
其処で「キース」が彼らと出会って、目に留まり、未来が開けるように。
「卒業したなら、私の許で働かないか」と、いきなり出て来る「引き抜き話」。
本来、歩むべき道を飛び越え、最初から「ノアで」勤務するとか。
元老の側近に抜擢されて、パルテノン勤務で始まるだとか。
(…グランド・マザーの采配ならば、どうとでも…)
なった筈だ、と分かっているのに、現実は「水の合わない世界」に放り込まれてしまった。
コーヒーまでもが不味くて、やっていられないほど、とことん水の合わない環境。
けれど、「慣れる」しかないだろう。
どういう意図で「こういう育て方をしたか」は、未だに分からないけれど。
グランド・マザーが何を考え、どう計算して、軍人として育てたのかは、謎だけれども。
(…まさか、軍人として育てておいて…)
いざという時、ミュウの長と刺し違えてでも彼らを止めろ、というつもりか、と可笑しくなる。
そんなことなど不可能なことは、もう身をもって知っているから。
もしもマツカがいなかったならば、とうの昔に、メギドで死んでいる身だから。
(…私が助かった本当の理由を、機械は今も知らないからな…)
刺し違えさせるつもりでいるなら、おめでたいことだ、とクックッと笑う。
ジョミー・マーキス・シンと戦ったならば、勝負は一瞬でつくだろう。
オレンジ色の瞳の子供にしたって、恐らく勝ち目は全く無い。
(…まったく、私を何のために…)
軍人に育て上げたのだろうな、と「美味いコーヒー」で喉を潤す。
今の「キース」の癒しといったら、これだけだから。
マツカが淹れるコーヒー以外は、此処では、どれも「不味い」のだから…。
水が違う世界・了
※パルテノン入りして間もない、キースの愚痴。コーヒーまで不味くなる気分らしいです。
けれど実際、軍人として育てる必要は何処にあったのでしょう。政治のプロでは駄目だと?