俯くな、仲間たち
長きにわたる私の友よ。
そして、愛する者よ。
聞け、地球を故郷とする全ての命よ。
こんな風に話し始めると、緊張されてしまいそうだね。
ぼくは、かつてソルジャーと呼ばれた男。
とはいえ、今は「ただのブルー」だ。
仲間たちが、君に「元気が出るメッセージ」を伝えたいそうだから、聞いてくれたまえ。
どういう順で紹介しようか、少し困ってしまったけれど…。
先にミュウから、次に人類のみんな、といった順番で進めてゆこう。
それぞれのグループ毎での順序は、もう本当に難しすぎて…。
相談して決めて貰ったけれども、それで納得して貰えるかは、正直な所、分からない。
本人たちが「いい」と思った順番なのだし、そうしておくしかないのだろうね。
では、始めようか。
「俯くな、仲間たち!」
こう言ったなら、ぼくが誰だか分かるかな。
ジョミーだよ、ジョミー・マーキス・シンで、ソルジャー・シン。
なんだか色々あったらしいね、大丈夫?
あのさ、俯いて膝を抱えていたんじゃ、前には進めないって知っていた?
そうして座ってみれば分かるよ、その状態でも「前に進める」んなら、君は凄いよ。
いつも鍛えている、アスリートかもしれないね。
でも、「普通に前に進んでゆく」のは無理だろう?
まずはね、俯くのをやめるといいよ。
抱え込んでた膝も放して、大きく伸びをしたら、深呼吸。
その後は、君の好みでどうぞ。
よかったら、オレンジスカッシュでも、どう?
『すみません。思念波で許して下さいね』
これで分かって貰えたでしょうか、リオですよ。
ご気分の方は、如何ですか?
落ち込んでいても、何も始まりませんから、顔を上げることをお勧めします。
ほら、顔を上げたら、視線も一緒に上がったでしょう?
今、そこに何が見えていますか、ちょっと見回してみて下さいね。
それだけで、首の運動になったわけなんですけど、気付いてました?
気分転換にもなっていますよ、意識していなかった「何か」が見えたでしょう?
少しばかり視野も広がりましたし、一休みすればいいんです。
休憩するのは、悪いことではありませんしね。
お好きな方法で休んで下さい、ひと眠りなさるのなら、ぼくが目覚ましの係をしますよ。
「あんた、ぼくより大人だろ。ぼくは、これでも子供なんだよ」
大人に見えるのは身体だけさ、と言ったら、ぼくが分かるだろう。
トォニィだっていうのがね。
あんた、立派な大人じゃないか、どっちかと言えば励ます方だろ、ぼくの方をさ。
まあ、それが出来ないのが分かってるから、こうして出て来たわけなんだけど…。
子供のぼくが何か言っても、生意気な奴って思われるかな?
面と向かって言いはしなくても、心の中で、ちょっと舌打ちするとかね。
えっ、そんなことはしない、って?
いいじゃないか、今、君は、ぼくに「そう言った」だろ?
落ち込んだままじゃ、今の台詞は出て来ないんだよ、そうだろう?
オッケー、ちょっぴり浮上したなら、その勢いで浮かび上がろうか。
はい、ぼくが三歳の頃に描いた、ジョミーとブルーの肖像画。
才能あるだろ、画家になるべきだったかな…?
「生まれて初めて、やりたいようにやっただけだ」
やりたいようにやるというのも、大切なのだが…。
私がどういう風に生きたか、全く知らない者が聞いたら、悪事を働いたと誤解するかもな。
キース・アニアンだ。
今のお前は、やりたいことさえ、思い付かなくなっていないか?
私は「やりたいこと」を思い付いても、それが「やれない」人生だった。
幾つかは出来たこともあったが、恐らく、片手で数えられるほどしかないだろう。
何が出来たか、と尋ねるのか?
最大のものは「マツカを側近にしていた」ことだな、規律違反どころの騒ぎではない。
事実が知れたら、軍法会議くらいで済んではいないし、記憶処理もされていたことだろうな。
グランド・マザー直々に、だ。
他には、どんなことをやったのか、だと?
興味が湧いて来たのだったら、いいことだ。
「やりたいこと」が一つ、たった今、お前の中に生まれた。
では、「私が何をやらかしたのか」を、自分で想像してみるがいい。
その好奇心が他のことにも向き始めるまで、付き合ってやろう。
お前が本当に「やりたかったこと」を思い付くまで、思い出すまで、幾らでもな…。
「どうしたんです? あなたは、あなたのままでしょう?」
ぼくと違って、機械に記憶を消されてなんかは、いないんですから。
こう言えば、もう分かりますよね、シロエですよ。
落ち込んでしまったみたいですけど、そう心配は要りませんってば、記憶さえあれば。
今は周りが闇に見えても、闇さえ晴れれば、ちゃんと色々、鮮やかに見えてくるんです。
景色はもちろん、あなたの心の中だって、全部。
そうやって闇が晴れて来たなら、何もかも思い出せますよ。
落ち込む前に「好きだったもの」も、「好きだったこと」も、一つも欠けてしまわずに。
心の中にしか残っていない思い出だって、持っていられるだけで幸せですってば。
ぼくには、それが「無かった」んです。
どんなに必死に探ってみたって、パパもママも、家も、ぼやけて思い出せないままでしたっけ。
あの頃の辛さを思い出すとね、「覚えている」ってことの「強さ」を実感出来ますよ。
そう、あなたは何一つ「忘れちゃいない」。
それがどれほど「強い」ことなのか、あなたにも気付いて欲しいんですけど…。
何でもいいです、楽しかったことを一つだけ、試しに「思い出して」みませんか?
欲張らずに、まずは一つからです。
知ってましたか、キースが「元気でチューか?」って、あの顔で言ったことがあるのを…?
「何かあったんですか、落ち込んでらっしゃるようですけれど…」
すみません、ぼくが勝手にそう思っただけです、心なんかは読んでいません。
キースに厳しく言われてますから、そんな無作法な真似はしませんよ。
でも、そういうのは分かるんですよね、ぼくの性分なんでしょうか。
ジョナ・マツカです、みんなには「マツカ」と呼ばれてますけど。
こういった時は、キースにはコーヒーを淹れていました。
もっとも、キースが落ち込んでいても、気付いていたのは、多分、ぼくだけでしょう。
キースにさえも、自分の本当の心は、分かっていなかったかもしれません。
あの人は、自分を厳しく律し続けることで「自分を強く保ち続けた」人でした。
誰にも弱みを見せないことがキースの「強さ」で、自分自身を守る方法だったんでしょうね。
けれど、強く生き抜くことは出来ても、あの生き方は辛いです。
誰よりも優しい心を持っていたのに、それを押し殺して生きるだなんて、辛すぎるんです。
それをキースに面と向かって言ったら、叱られてしまいましたけど…。
でもね、あなたは「違う」でしょう?
落ち込んだ時は、素直に落ち込んでしまえるんです、それは「いいこと」だと思いますよ。
あなたの心が自由だからこそ、落ち込んだままでいられるんです。
「浮上しろ」なんて、誰も言いませんから、気を張らないようにして下さいね。
コーヒー、お飲みになりますか?
それとも紅茶が良かったでしょうか、あなたのお好きな飲み物をどうぞ。
どうだったろう、これで全員分だが、君の心に届いたろうか?
ぼくからのメッセージは、もう、必要ないと思うけれども、やはり結びは欠かせないし…。
あえて言うなら、こんな具合にしておこうかな。
「自分を信じることから道は開ける。事の良し悪しは、全てが終わってみないと分からないさ」
ぼくがジョミーに贈った言葉だ、これをそっくり、君に贈ろう。
落ち込んでいる自分を嫌いにならずに、全て受け入れてやりたまえ。
周りに誰もいなくなっても、自分だけは自分の味方なんだよ。
そんな気持ちがして来ないかい?
君自身が君の「一番、強い味方」で、「信頼できる仲間」というわけだ。
その「君」が落ち込んでしまっているなら、「君が」寄り添ってやるといい。
甘やかすのも、叱り付けるのも、励ますにしても、どれが「一番いい道」なのか、分かるだろう?
それでも「味方が足りない」時には、このぼくを呼んでくれればいい。
「ただのブルー」が役に立つなら、存分に使ってくれたまえ。
ただのブルーをどう使おうとも、誰も文句を言いに来たりはしないのだから、安心だ。
家事は流石に自信が無いから、ぼくに任せる羽目になる前に、再起をお願いしたいけれどね…。
グッドラック。
君の幸運を、皆で心から祈る。
俯くな、仲間たち・了
※元日の地震、被害が拡大し続けているという厳しすぎる現実。東日本大震災が重なります。
落ち込んでしまいそうな自分が「欲しい言葉」を並べてみました、それだけです。
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